第四帖 夕顔


04 YUHUGAHO (Ohoshima-bon)


光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語


Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Chujo era from the summer to the first day in the winter at the age of 17

5
第五章 空蝉の物語(2)


5  Tale of Utsusemi

5.1
第一段 紀伊守邸の女たちと和歌の贈答


5-1  Genji composes and exchanges waka with Ki-no-Kami's stepmother and sister

5.1.1   かの、伊予の家の小君、参る折あれどことにありしやうなる言伝てもしたまはねば憂しと思し果てにけるを、いとほしと思ふにかくわづらひたまふを聞きて、さすがにうち 嘆きけり。 遠く下りなどするを、さすがに心細ければ、 思し忘れぬるかと、試みに、
 あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思っていた折柄、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠くへ下るのなどが、何といっても心細い気がするので、お忘れになってしまったかと、試しに、
 今も伊予介の家の小君は時々源氏の所へ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来るようなことがなかった。自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、空蝉は心苦しかったが、源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすがに歎かれた。それに良人の任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、自分を忘れておしまいになったかと試みる気で、
  Kano, Iyo no ihe no Kogimi, mawiru wori are do, koto ni arisi yau naru kotodute mo si tamaha ne ba, usi to obosi hate ni keru wo, itohosi to omohu ni, kaku wadurahi tamahu wo kiki te, sasuga ni uti-nageki keri. Tohoku kudari nado suru wo, sasuga ni kokorobosokere ba, obosi wasure nuru ka to, kokoromi ni,
5.1.2  「 承り、悩むを 、言に出でては、 えこそ
 「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、
 このごろの御様子を承り、お案じ申し上げてはおりますが、それを私がどうしてお知らせすることができましょう。
  "Uketamahari, nayamu wo, koto ni ide te ha, e koso,
5.1.3   問はぬをもなどかと問はでほどふるに
  いかばかりかは思ひ乱るる
 お見舞いできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが
 わたしもどんなにか思い悩んでいます
  問はぬをもなどかと問はで程ふるに
  いかばかりかは思ひ乱るる
    Toha nu wo mo nadoka to toha de hodo huru ni
    ikabakari ka ha omohi midaruru
5.1.4  『 益田』はまことになむ
 『益田の池の生きている甲斐ない』とは本当のことで」
 苦しかるらん君よりもわれぞ益田のいける甲斐なきという歌が思われます。
  'Masuda' ha makoto ni nam."
5.1.5  と聞こえたり。 めづらしきに、これもあはれ忘れたまはず。
 と申し上げた。久しぶりにうれしいので、この女へも愛情はお忘れにならない。
 こんな手紙を書いた。
 思いがけぬあちらからの手紙を見て源氏は珍しくもうれしくも思った。この人を思う熱情も決して醒めていたのではないのである。
  to kikoye tari. Medurasiki ni, kore mo ahare wasure tamaha zu.
5.1.6  「 生けるかひなきや誰が言はましことにか
 「生きている甲斐がないとは、誰が言ったらよい言葉でしょうか。
 生きがいがないとはだれが言いたい言葉でしょう。
  "Ike ru kahinaki ya, taga iha masi koto ni ka.
5.1.7   空蝉の世は憂きものと知りにしを
  また言の葉にかかる命よ
 あなたとのはかない仲は嫌なものと知ってしまったのに
 またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います
  うつせみの世はうきものと知りにしを
  また言の葉にかかる命よ
    Utusemi no yo ha uki mono to siri ni si wo
    mata kotonoha ni kakaru inoti yo
5.1.8   はかなしや
 頼りないことよ」
 はかないことです。
  Hakanasi ya!"
5.1.9  と、 御手もうちわななかるるに、乱れ書きたまへる、いとどうつくしげなり。 なほ、かのもぬけを忘れたまはぬを、 いとほしうもをかしうも思ひけり。
 と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのが、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもしろくも思うのであった。
 病後の慄えの見える手で乱れ書きをした消息は美しかった。蝉の脱殻が忘れずに歌われてあるのを、女は気の毒にも思い、うれしくも思えた。
  to, ohom-te mo uti-wananaka ruru ni, midare kaki tamahe ru, itodo utukusige nari. Naho, kano monuke wo wasure tamaha nu wo, itohosiu mo wokasiu mo omohi keri.
5.1.10  かやうに憎からずは、聞こえ交はせど、け近くとは思ひよらず、さすがに、 言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ、と思ふなりけり。
 このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、情趣を解さない女だと思われない格好で終わりにしたい、と思うのであった。
 こんなふうに手紙などでは好意を見せながらも、これより深い交渉に進もうという意思は空蝉になかった。理解のある優しい女であったという思い出だけは源氏の心に留めておきたいと願っているのである。
  Kayau ni nikukara zu ha, kikoye kahase do, kedikaku to ha omohiyora zu, sasugani, ihukahinakara zu ha miye tatematuri te yami na m, to omohu nari keri.
5.1.11   かの片つ方は蔵人少将をなむ通はす、と聞きたまふ。「 あやしや。いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、 かの人の気色もゆかしければ、小君して、「 死に返り思ふ心は、知りたまへりや」と言ひ遣はす。
 あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、あの女の様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。
 もう一人の女は蔵人少将と結婚したという噂を源氏は聞いた。それはおかしい、処女でない新妻を少将はどう思うだろうと、その良人に同情もされたし、またあの空蝉の継娘はどんな気持ちでいるのだろうと、それも知りたさに小君を使いにして手紙を送った。
 死ぬほど煩悶している私の心はわかりますか。
  Kano katatukata ha, Kuraudonoseusyau wo nam kayohasu, to kiki tamahu. "Ayasi ya! Ikani omohu ram?" to, Seusyau no kokoro no uti mo itohosiku, mata, kano hito no kesiki mo yukasikere ba, Kogimi site, "Sinikaheri omohu kokoro ha, siri tamahe ri ya?" to ihi tukahasu.
5.1.12  「 ほのかにも軒端の荻を結ばずは
   露のかことを何にかけまし
 「一夜の逢瀬なりとも軒端の荻を結ぶ契りをしなかったら
  わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか
  ほのかにも軒ばの荻をむすばずば
  露のかごとを何にかけまし
    "Honoka ni mo nokiba no wogi wo musuba zu ha
    tuyu no kakoto wo nani ni kake masi
5.1.13  高やかなる荻に付けて、「忍びて」と のたまへれど、「 取り過ちて、少将も見つけて、 我なりけりと思ひあはせばさりとも、罪ゆるしてむ」と思ふ、 御心おごりぞ、あいなかりける
 丈高い荻に結び付けて、「こっそりと」とおっしゃっていたが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと分かってしまったら、それでも、許してくれよう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。
 その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では粗相して少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。
  Takayaka naru wogi ni tuke te, "Sinobi te" to notamahe re do, "Tori-ayamati te, Seusyau mo mituke te, ware nari keri to omohiahase ba, saritomo, tumi yurusi te m" to omohu, mikokoroogori zo, ainakari keru.
5.1.14  少将のなき に見すれば、 心憂しと思へどかく思し出でたるも、さすがにて、御返り、口ときばかりを かことにて取らす。
 少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このように思い出してくださったのも、やはり嬉しくて、お返事を、早いのだけを申し訳にして与える。
 しかし小君は少将の来ていないひまをみて手紙の添った荻の枝を女に見せたのである。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。
  Seusyau no naki wori ni misure ba, kokorousi to omohe do, kaku obosi ide taru mo, sasuga ni te, ohom-kaheri, kutitoki bakari wo kakoto nite tora su.
5.1.15  「 ほのめかす風につけても下荻の
   半ばは霜にむすぼほれつつ
 「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような
  身分の賤しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています
  ほのめかす風につけても下荻の
  半は霜にむすぼほれつつ
    "Honomekasu kaze ni tuke te mo sita wogi no
    nakaba ha simo ni musubohore tutu
5.1.16   手は悪しげなるを、紛らはしさればみて書いたるさま、 品なし。火影に見し顔、 思し出でらる。「 うちとけで 向ひゐたる人は、 え疎み果つまじきさまもしたりしかな何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ」と思し出づるに、憎からず。 なほ「こりずまに、またもあだ名立ちぬべき」御心のすさびなめり
 筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子は、品がない。灯火で見た顔を、自然と思い出されなさる。「気を許さず対座していたあの人は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくなる。相変わらず、「性懲りも無く、また浮き名が立ってしまいそうな」好色心のようである。
 下手であるのを酒落れた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。灯の前にいた夜の顔も連想されるのである。碁盤を中にして慎み深く向かい合ったほうの人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何の深味もなく、自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心の惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。
  Te ha asige naru wo, magirahasi sarebami te kai taru sama, sina nasi. Hokage ni mi si kaho, obosi ide raru. "Utitoke de mukahi wi taru hito ha, e utomi hatu maziki sama mo si tari si kana! Nani no kokorobase arige mo naku, saudoki hokori tari si yo!" to obosi iduru ni, nikukara zu. Naho "Korizuma ni, mata mo adana tati nu beki" mikokoro no susabi na' meri.
注釈1028かの伊予の家の小君参る折あれど物語は「空蝉の物語」に変わる。「伊予の家の小君」、すなわち伊予介の妻空蝉の弟小君のこと。源氏のもとに「参る」。こう語り出す。5.1.1
注釈1029ことにありしやうなる言伝てもしたまはねば主語は源氏。5.1.1
注釈1030憂しと思し果てにけるをいとほしと思ふに「憂しと思し果てにける」の主語は源氏。「いとほしと思ふ」の主語は空蝉。自分自身に対して、つらいと思う意。「思ふに」の「に」は格助詞。時間を表す。思っていた折柄。5.1.1
注釈1031かくわづらひたまふを聞きて「わづらひたまふ」の主語は源氏。病気であることをさす。「聞きて」の主語は空蝉。5.1.1
注釈1032嘆き御物本、横山本、榊原家本、池田本は「なき」とある。大島本、肖柏本、三条西家本、書陵部本は「なけき」とある。なお、河内本は「なき」とあり、別本の陽明文庫本は「なけき」とある。『古典セレクション』は諸本に従って「泣き」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「嘆き」とする。5.1.1
注釈1033遠く下りなどするを前に「娘をばさるべき人に預けて、北の方をば率て下りぬべし」(第二章)とあったことを受ける。夫の伊予介は空蝉を伴って任国に下る。以下、空蝉をの心を視点にして語る。
【下りなど】−大島本のみ「くたりなと」とある。副助詞「など」婉曲のニュアンスを添える。他は「くたりなむと」とある。『集成』『古典セレクション』共に本文を「なむと」と改める。『新大系』は底本のまま。完了の助動詞「な」未然形、確述の意、推量の助動詞「む」終止形、意志の意。
5.1.1
注釈1034思し忘れぬるか完了の助動詞「ぬる」連体形、源氏の君はわたしのことをお忘れになってしまっただろうか、の意。空蝉の心。5.1.1
注釈1035承り悩むを以下「まことになむ」まで、空蝉の手紙文。「悩むを」「承り」と倒置されたような文であるが、「承り」の前に「御病気と」などの内容が省略され、「悩むを」案じておりますが、と後から具体的に書いた文と考えられる。5.1.2
注釈1036えこそ副詞「え」は打消しの語句と呼応して不可能の意を表す。係助詞「こそ」の下に「問はね」已然形などの語句が続くところを、次の和歌に続かせた文脈。5.1.2
注釈1037問はぬをもなどかと問はでほどふるに--いかばかりかは思ひ乱るる空蝉の贈歌。「問はぬ」の主語は空蝉、「などかと問はぬ」の主語は源氏、「いかばかりかは思ひ乱るる」の主語は再び空蝉。5.1.3
注釈1038益田はまことになむ空蝉の和歌に添えた文句。『源氏釈』は「ねぬなはの苦しかるらむ人よりもわれも益田の生けるかひなき」(拾遺集、恋四、八九四、読人しらず)を指摘。「生けるかひなき」(生きている甲斐がない)を言おうとする。5.1.4
注釈1039めづらしきに主語は源氏に転じる。久しぶりでうれしい気持ち。5.1.5
注釈1040生けるかひなきや以下「はかなしや」まで、源氏の返信。引歌「ねぬなはの」の文句「生けるかひなき」を引用して言う。5.1.6
注釈1041誰が言はましことにか推量の助動詞「まし」連体形、反実仮想を表す。誰の言う言葉でしょうか、あなたではなく、わたしが言いたい言葉です、の意。『新大系』『古典セレクション』は「言はましごと」と濁音に読み、『集成』は「言はましこと」と清音に読む。5.1.6
注釈1042空蝉の世は憂きものと知りにしを--また言の葉にかかる命よ源氏の返歌。「空蝉の」は「世」の枕詞。また空蝉が脱ぎ置いていった薄衣をさし、「世」は源氏と空蝉との男女の仲。完了の助動詞「に」連用形、過去の助動詞「し」連体形+接続助詞「を」逆接を表す。5.1.7
注釈1043はかなしや源氏の返歌に添えた文句。5.1.8
注釈1044御手もうちわななかるるに自発の助動詞「るる」連体形+接続助詞「に」順接、原因理由を表す。5.1.9
注釈1045なほかのもぬけを主語は空蝉。脱ぎ捨てた小袿をさす。5.1.9
注釈1046いとほしうもをかしうも主語は空蝉。「いとほし」は源氏に対する気の毒なという同情の感情、「をかし」は源氏から今でも思われていることに心ときめかす感情。5.1.9
注釈1047言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ空蝉の心。『集成』は「木石のような女だと思われてしまいたくない」と解す。「やみ」連用形+完了の助動詞「な」未然形、推量の助動詞「む」終止形、意志を表す。5.1.10
注釈1048かの片つ方は軒端荻をいう。5.1.11
注釈1049蔵人少将をなむ通はす系図不詳の人。軒端荻は蔵人少将と結婚。係助詞「なむ」は「通はす」連体形に係る、係結びの法則。5.1.11
注釈1050あやしやいかに思ふらむ源氏の心。源氏が蔵人少将の心中を推測している文。間投助詞「や」詠嘆の意。「あやしや」は源氏の心とも、また蔵人少将の心ともとれる。「いかに思ふらむ」の主語は蔵人少将。推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量。『新大系』は「女が心を通わせているらしい別の男がいる、と疑う少将の心を推し量る」と注す。『古典セレクション』では「軒端荻が意外にも処女ではなかったことを知って変だと思うだろう、の意」と注す。5.1.11
注釈1051かの人の気色も軒端荻をさす。5.1.11
注釈1052死に返り思ふ心は知りたまへりや源氏の消息。その主旨。係助詞「や」疑問の意。5.1.11
注釈1053ほのかにも軒端の荻を結ばずは--露のかことを何にかけまし源氏の贈歌。「荻を結ぶ」は契りを結ぶの象徴表現。「結ぶ」「掛く」は「露」の縁語。打消の助動詞「ず」連用形+係助詞「は」仮定条件を表す。カ下二「かけ」未然形+仮想の助動詞「まし」終止形。
【かこと】−『集成』『新大系』は「かこと」と清音で読む。『岩波古語辞典』は「かこと」、『小学館古語大辞典』は「かごと」を見出語とする。『日葡辞書』にも両方の表記がある。『古典セレクション』は「かごと」と濁音に読む。
5.1.12
注釈1054取り過ちて以下「罪ゆるしてむ」まで、源氏の心。5.1.13
注釈1055我なりけりと思ひあはせば「我」は源氏をさす。「思ひあはせ」未然形+接続助詞「ば」順接の仮定条件を表す。5.1.13
注釈1056さりとも罪ゆるしてむ接続詞「さりとも」逆接を表す。いくらなんでも、そうはいっても。完了の助動詞「て」未然形、確述+推量の助動詞「む」終止形、当然の意。きっと許すことだろうというニュアンス。5.1.13
注釈1057御心おごりぞあいなかりける『岷江入楚』所引「三光院実枝説」は「草子地なり」と指摘。語り手の源氏の態度に対する評言。係助詞「ぞ」過去の助動詞「ける」連体形、係結びの法則。強調のニュアンス。5.1.13
注釈1058心憂しと思へど主語は軒端荻。5.1.14
注釈1059かく思し出でたるもさすがにて「思し出でたる」の主語は源氏。副詞「さすが」、それでも、やはり、の意。断定の助動詞「に」連用形+接続助詞「て」。その間に形容詞「うれしく」連用形などの語が省略。5.1.14
注釈1060かこと『集成』『新大系』は「かこと」と清音で読む。『岩波古語辞典』は「かこと」、『小学館古語大辞典』は「かごと」を見出語とする。『日葡辞書』にも両方の表記がある。『古典セレクション』は「かごと」と濁音に読む。5.1.14
注釈1061ほのめかす風につけても下荻の--半ばは霜にむすぼほれつつ軒端荻の返歌。源氏の贈歌の語句を「ほのかにも」を「ほのめかす」に、「軒端荻の」を「下荻」に、「露」を「霜」に、「結ぶ」は「結ぼほる」と巧みに少しずつ変えて返す。「風」と「荻」、「霜」と「結ぼほる」は縁語。源氏の便りを「風」に、自分を「下荻」に喩える。5.1.15
注釈1062手は悪しげなるを「手」は筆跡。格助詞「を」目的格を表す。5.1.16
注釈1063品なし語り手の軒端荻の筆跡に対する評言。5.1.16
注釈1064思し出でらる「らる」自発の助動詞。5.1.16
注釈1065うちとけで以下「誇りたりしよ」まで、源氏の心。空蝉と軒端荻の人柄を比較する。カ下二「うちとけ」連用形+接続助詞「で」打消の意。5.1.16
注釈1066向ひゐたる人空蝉をさす。5.1.16
注釈1067え疎み果つまじきさまもしたりしかな副詞「え」打消推量の助動詞「まじき」連体形と呼応して不可能の意を表す。過去の助動詞「し」連体形+終助詞「かな」詠嘆。自己の体験。5.1.16
注釈1068何の心ばせありげもなく軒端荻についていう。5.1.16
注釈1069なほこりずまにまたもあだ名立ちぬべき御心のすさびなめり完了の助動詞「ぬ」終止形、確述+推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量を表す。『湖月抄』は「地」(草子地)と指摘。語り手の物語の今後の展開を推測した文である。
【こりずまに】−『源氏釈』は「こりずまにまたもなき名は立ちぬべし人にくからぬ世にし住まへば」(古今集、恋三、六三一、 読人しらず)を指摘する。
5.1.16
出典17 『益田』はまことに ねぬなはの苦しかるらむ人よりぞ我ぞ益田の生けるかひなき 拾遺集恋四-八九四 読人しらず 5.1.4
出典18 「こりずまに、またもあだ名立ちぬべき」 こりずまに又もなき名は立ちぬべし人憎からぬ世にしすまへば 古今集恋三-六〇一 読人しらず 5.1.16
校訂39 承り 承り--*うけ給 5.1.2
校訂40 また また--たま(たま/$また<朱>) 5.1.7
校訂41 のたまへれど のたまへれど--の給つ(つ/$へ)れと 5.1.13
校訂42 折--かほ(かほ/$おり<朱>) 5.1.14
Last updated 09/09/2010(ver.2-2)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 2/19/2009(ver.2-1)
渋谷栄一注釈
Last updated 6/25/2003
渋谷栄一訳(C)(ver.1-3-1)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
渋谷栄一訳
との突合せ
宮脇文経

2003年8月14日

Last updated 2/19/2009 (ver.2-1)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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