第二十帖 朝顔


20 ASAGAHO (Ohoshima-bon)


光る源氏の内大臣時代
三十二歳の晩秋九月から冬までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Nai-Daijin era, from September in late fall to winter at the age of 32

3
第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影


3  Tale of Murasaki  Lonely mind in the snow night of winter

3.1
第一段 紫の君、嫉妬す


3-1  Murasaki's jealousy to Asagao

3.1.1  大臣は、あながちに思しいらるるにしもあらねど、つれなき御けしきのうれたきに、負けてやみなむも口惜しく、 げにはた、人の御ありさま 、世のおぼえことに、あらまほしく、ものを深く思し知り、世の人の、とあるかかるけぢめも聞き集めたまひて、昔よりもあまた経まさりて思さるれば、今さらの 御あだけも、かつは世のもどきをも思しながら、
 大臣は、やみくもにご執心というわけではないが、つれない態度が腹立たしいので、負けて終わるのも悔しく、なるほどそれは、確かにご自身の人品や、世の評判は格別で、申し分なく、物事の道理を深くわきまえ、世間の人々の、それぞれの生き方の違いも広くお知りになって、昔よりも経験を多く積んでいらっしゃるので、今さらのお浮気事も、一方では世間の非難をお分りになりながら、
 宮家の財政も心細くなった際に、源氏が熱心な求婚者として出て来たのであるから、女たちは一人残らず結婚の成り立つことばかりを祈っていた。源氏はあながちにあせって結婚がしたいのではなかったが、恋人の冷淡なのに負けてしまうのが残念でならなかった。今日の源氏は最上の運に恵まれてはいるが、昔よりはいろいろなことに経験を積んできていて、今さら恋愛に没頭することの不可なことも、世間から受ける批難も知っていながらしていることで、これが成功しなければいよいよ不名誉であると信じて、
  Otodo ha, anagati ni obosi ira ruru ni simo ara ne do, turenaki mi-kesiki no uretaki ni, make te yami na m mo kutiwosiku, geni hata, hito no ohom-arisama, yo no oboye koto ni, aramahosiku, mono wo hukaku obosi siri, yo no hito no, toaru kakaru kedime mo kiki atume tamahi te, mukasi yori mo amata he masari te obosa rure ba, imasara no ohom-adake mo, katuha yo no modoki wo mo obosi nagara,
3.1.2  「 むなしからむは、いよいよ人笑へなるべし。いかにせむ」
 「このまま空しく引き下がっては、ますます物笑いとなるであろう。どうしたらよいものか」

  "Munasikara m ha, iyoiyo hitowarahe naru besi. Ikani se m?"
3.1.3  と、御心動きて、二条院に夜離れ重ねたまふを、女君は、 たはぶれにくくのみ思す 。忍びたまへど、 いかがうちこぼるる折もなからむ
 と、お心が騒いで、二条院にお帰りにならない夜がお続きになるのを、女君は、冗談でなく恋しいとばかりお思いになる。我慢していらっしゃるが、どうして涙がこぼれる時がないであろうか。
 二条の院に寝ない夜も多くなったのを夫人は恨めしがっていた。悲しみをおさえる力も尽きることがあるわけである。源氏の前で涙のこぼれることもあった。
  to, mi-kokoro ugoki te, Nideunowin ni yogare kasane tamahu wo, Womnagimi ha, tahabure nikuku nomi obosu. Sinobi tamahe do, ikaga uti koboruru wori mo nakara m.
3.1.4  「 あやしく例ならぬ御けしきこそ、心得がたけれ
 「不思議にいつもと違ったご様子が、理解できませんね」
 「なぜ機嫌きげんを悪くしているのですか、理由わけがわからない」
  "Ayasiku rei nara nu mi-kesiki koso, kokoroe gatakere."
3.1.5  とて、御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、 絵に描かまほしき御あはひなり
 と言って、お髪をかき撫でながら、おいたわしいと思っていらっしゃる様子も、絵に描きたいようなお間柄である。
 と言いながら、額髪ひたいがみを手で払ってやり、あわれんだ表情で夫人の顔を源氏がながめている様子などは、絵にきたいほど美しい夫婦と見えた。
  tote, migusi wo kaki-yari tutu, itohosi to obosi taru sama mo, we ni kaka mahosiki ohom-ahahi nari.
3.1.6  「 宮亡せたまひて後、主上のいとさうざうしげにのみ世を思したるも、心苦しう見たてまつり、太政大臣もものしたまはで、見譲る人なきことしげさになむ。このほどの絶え間などを、見ならはぬことに思すらむも、ことわりに、あはれなれど、今はさりとも、心のどかに思せ。 おとなびたまひためれど、まだいと思ひやりもなく、人の心も見知らぬさまにものしたまふこそ、らうたけれ」
 「宮がお亡くなりになって後、主上がとてもお寂しそうにばかりしていらっしゃるのも、おいたわしく拝見していますし、太政大臣もいらっしゃらないので、政治を見譲る人がいない忙しさです。このごろの家に帰らないことを、今までになかったことのようにお恨みになるのも、もっともなことで、お気の毒ですが、今はいくら何でも、安心にお思いなさい。おとなのようにおなりになったようですが、まだ深いお考えもなく、わたしの心もまだお分りにならないようでいらっしゃるのが、かわいらしい」
 「女院がおかくれになってから、陛下が寂しそうにばかりしておいでになるのが心苦しいことだし、太政大臣が現在では欠けているのだから、政務は皆私が見なければならなくて、多忙なためにうちへ帰らない時の多いのを、あなたから言えば例のなかったことで、寂しく思うのももっともだけれど、ほんとうはもうあなたの不安がることは何もありませんよ。安心しておいでなさい。大人になったけれどまだ少女のように思いやりもできず、私を信じることもできない、可憐かれんなばかりのあなたなのだろう」
  "Miya use tamahi te noti, Uhe no ito sauzausige ni nomi yo wo obosi taru mo, kokorogurusiu mi tatematuri, Ohokiotodo mo monosi tamaha de, miyuduru hito naki koto sigesa ni nam. Kono hodo no tayema nado wo, mi naraha nu koto ni obosu ram mo, kotowari ni, ahare nare do, ima ha saritomo, kokoro nodoka ni obose. Otonabi tamahi ta' mere do, mada ito omohiyari mo naku, hito no kokoro mo misira nu sama ni monosi tamahu koso, rautakere."
3.1.7  など、まろがれたる御額髪、ひきつくろひたまへど、いよいよ背きてものも聞こえたまはず。
 などと言って、涙でもつれている額髪、おつくろいになるが、ますます横を向いて何とも申し上げなさらない。
 などと言いながら、優しく妻の髪を直したりして源氏はいるのであったが、夫人はいよいよ顔を向こうへやってしまって何も言わない。
  nado, marogare taru ohom-hitahigami, hiki-tukurohi tamahe do, iyoiyo somuki te mono mo kikoye tamaha zu.
3.1.8  「 いといたく若びたまへるは、誰がならはしきこえたるぞ」
 「とてもひどく子どもっぽくしていらっしゃるのは、誰がおしつけ申したことでしょう」
 「若々しい我儘わがままをあなたがするのも私のつけた癖なのだ」
  "Ito itaku wakabi tamahe ru ha, ta ga narahasi kikoye taru zo?"
3.1.9   とて、「 常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや」と、かつはうち眺めたまふ。
 と言って、「無常の世に、こうまで隔てられるのもつまらないことだ」と、一方では物思いに耽っていらっしゃる。
 歎息たんそくをして、短い人生に愛する人からこんなにまで恨まれているのも苦しいことであると源氏は思った。
  tote, "Tune naki yo ni, kaku made kokorooka ruru mo adikina no waza ya!" to, katu ha uti-nagame tamahu.
3.1.10  「 斎院にはかなしごと聞こゆるや、もし思しひがむる方ある。それは、いともて離れたることぞよ。おのづから見たまひてむ。昔よりこよなうけどほき御心ばへなるを、さうざうしき折々、 ただならで聞こえ悩ますに、かしこもつれづれにものしたまふ所なれば、たまさかの応へなどしたまへど、まめまめしきさまにもあらぬを、 かくなむあるとしも、愁へきこゆべきことにやは。うしろめたうはあらじとを、思ひ直したまへ」
 「斎院にとりとめのない文を差し上げたのを、もしや誤解なさっていることがありませんか。それは、大変な見当違いのことですよ。自然とお分かりになるでしょう。昔からまったくよそよそしいお気持ちなので、もの寂しい時々に、恋文めいたものを差し上げて困らせたところ、あちらも所在なくお過ごしのところなので、まれに返事などなさるが、本気ではないので、こういうことですと、不平をこぼさなければならないようなことでしょうか。不安なことは何もあるまいと、お思い直しなさい」
 「斎院との交際で何かあなたは疑っているのではないのですか。それはまったく恋愛などではないのですよ。自然わかってくるでしょうがね。昔からあの人はそんな気のないいっぷう変わった女性なのですよ。私の寂しい時などに手紙を書いてあげると、あちらはひまな方だから時々は返事をくださるのです。忠実に相手になってもくださらないと、そんなことをあなたにこぼすほどのことでもないから、いちいち話さないだけです。気がかりなことではないと思い直してください」
  "Saiwin ni hakanasi goto kikoyuru ya, mosi obosi higamuru kata aru? Sore ha, ito mote-hanare taru koto zo yo! Onodukara mi tamahi te m. Mukasi yori koyonau kedohoki mi-kokorobahe naru wo, sauzausiki woriwori, tadanara de kikoye nayamasu ni, kasiko mo turedure ni monosi tamahu tokoro nare ba, tamasaka no irahe nado si tamahe do, mamemamesiki sama ni mo ara nu wo, kaku nam aru to simo, urehe kikoyu beki koto ni yaha! Usirometau ha ara zi to wo, omohinahosi tamahe."
3.1.11  など、日一日慰めきこえたまふ。
 などと、一日中お慰め申し上げなさる。
 などと言って、源氏は終日夫人をなだめ暮らした。
  nado, hihitohi nagusame kikoye tamahu.
注釈149げにはた人の御ありさま「げに」は語り手が納得したニュアンス。『完訳』は「以下、源氏は反転して、自らを凝視し、姫君への恋慕に自制的」。また「人の御ありさま」について『完訳』は「源氏の人柄。一説には「あらまほしく」まで姫君とする」と注す。3.1.1
注釈150むなしからむは以下「いかにせむ」まで、源氏の心中。3.1.2
注釈151たはぶれにくくのみ思す「ありぬやとこころみがてらあひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき」(古今集俳諧歌、一〇二五、読人しらず)。『集成』は「冗談もならぬほど恋しくてたまらぬお気持である」と訳す。3.1.3
注釈152いかがうちこぼるる折もなからむ「いかが--む」反語表現。『完訳』は「語り手が、紫の上の涙を想像」と注す。3.1.3
注釈153あやしく例ならぬ御けしきこそ心得がたけれ源氏の詞。3.1.4
注釈154絵に描かまほしき御あはひなり『完訳』は「語り手が、二人の心情とは別に、理想の夫婦仲とする点に注意」と注す。表面と内面は別。冷えた関係。3.1.5
注釈155宮亡せたまひて後以下「らうたけれ」まで、源氏の詞。「宮」は藤壺をさす。3.1.6
注釈156おとなびたまひためれど紫の上についていう。3.1.6
注釈157いといたく以下「きこえたるぞ」まで、源氏の詞。3.1.8
注釈158常なき世にかくまで心置かるるもあぢきなのわざや源氏の心中。『集成』は「いつ死ぬか分らぬ無常な世に、このいとしい人にこんなにまで怨まれるのも、つまらぬことよと、前斎院のことを思う一方、浮かぬ思いでいらっしゃる」。『完訳』は「どうせ短い人生、せめて自分も人も心を分け合って生きたい、の願望。「心おく」は警戒する意」と注す。3.1.9
注釈159斎院にはかなしごと聞こゆるや以下「思ひ直したまへ」まで、源氏の詞。3.1.10
注釈160ただならで聞こえ悩ますに『集成』は「心を静めがたくて、お便りをさし上げてお困らせすると」。『完訳』は「恋文めかしたお手紙をさしあげてお困らせ申しあげたところ」と訳す。3.1.10
注釈161かくなむあるとしも愁へきこゆべきことにやは『集成』は「こういうことですなどと(前斎院とのことがうまくゆかないなどと)あなたに泣き事を申さねばならないことでしょうか。反語」と訳す。3.1.10
出典12 たはぶれにくく ありぬやと試みがてらあひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき 古今集俳諧歌-一〇二五 読人しらず 3.1.3
校訂14 げに げに--け(け/+に) 3.1.1
校訂15 御あだけ 御あだけ--御仇(仇/$あたけ) 3.1.1
校訂16 とて とて--と(と/+て) 3.1.9
3.2
第二段 夜の庭の雪まろばし


3-2  Making snowman in the night

3.2.1   雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に人の御容貌も光まさりて見ゆ
 雪がたいそう降り積もった上に、今もちらちらと降って、松と竹との違いがおもしろく見える夕暮に、君のご容貌も一段と光り輝いて見える。
 雪のたくさん積もった上になお雪が降っていて、松と竹がおもしろく変わった個性を見せている夕暮れ時で、人の美貌びぼうもことさら光るように思われた。
  Yuki no itau huri tumori taru uhe ni, ima mo tiri tutu, matu to take to no kedime wokasiu miyuru yuhugure ni, hito no ohom-katati mo hikari masari te miyu.
3.2.2  「 時々につけても人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光りあひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。すさまじき例に言ひ置きけむ人の心浅さよ」
 「季節折々につけても、人が心を惹かれるらしい花や紅葉の盛りよりも、冬の夜の冴えた月に、雪の光が照り映えた空こそ、妙に、色のない世界ですが、身に染みて感じられ、この世の外のことまで思いやられて、おもしろさもあわれさも、尽くされる季節です。興醒めな例としてとして言った人の考えの浅いことよ」
 「春がよくなったり、秋がよくなったり、始終人の好みの変わる中で、私は冬の澄んだ月が雪の上にさした無色の風景が身にんで好きに思われる。そんな時にはこの世界のほかの大世界までが想像されてこれが人間の感じる極致の境だという気もするのに、すさまじいものに冬の月を言ったりする人の浅薄あさはかさが思われる」
  "Tokidoki ni tuke te mo, hito no kokoro wo utusu meru hana momidi no sakari yori mo, huyu no yo no sume ru tuki ni, yuki no hikari ahi taru sora koso, ayasiu, iro naki monono, mi ni simi te, konoyo no hoka no koto made omohi nagasa re, omosirosa mo aharesa mo, nokora nu wori nare. Susamaziki tamesi ni ihioki kem hito no kokoro asasa yo!"
3.2.3  とて、 御簾巻き上げさせたまふ
 と言って、御簾を巻き上げさせなさる。
 源氏はこんなことを言いながら御簾みすを巻き上げさせた。
  tote, misu makiage sase tamahu.
3.2.4   月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭心苦しう、遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ
 月は隈なく照らして、一色に見渡される中に、萎れた前栽の影も痛々しく、遣水もひどく咽び泣くように流れて、池の氷もぞっとするほど身に染みる感じで、童女を下ろして、雪まろばしをおさせになる。
 月光が明るく地に落ちてすべての世界が白く見える中に、植え込みの灌木かんぼく類の押しつけられた形だけが哀れに見え、流れの音もむせび声になっている。池の氷のきらきら光るのもすごかった。源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。
  Tuki ha kumanaku sasi-ide te, hitotu iro ni miye watasa re taru ni, siwore taru sensai no kage kokorogurusiu, yarimidu mo ito itau musebi te, ike no kohori mo e mo iha zu sugoki ni, warahabe orosi te, yuki marobasi se sase tamahu.
3.2.5  をかしげなる姿、頭つきども、月に映えて、大きやかに馴れたるが、さまざまの衵乱れ着、帯しどけなき宿直姿、 なまめいたるに、こよなうあまれる髪の末、白きにはましてもてはやしたる、いとけざやかなり。
 かわいらしげな姿、お髪の恰好が、月の光に映えて、大柄の物馴れた童女が、色とりどりの衵をしどけなく着て、袴の帯もゆったりした寝間着姿、優美なうえに、衵の裾より長い髪の末が、白い雪を背景にしていっそう引き立っているのは、たいそう鮮明な感じである。
 美しい姿、頭つきなどが月の光にいっそうよく見えて、やや大きな童女たちが、いろいろなあこめを着て、上着は脱いだ結び帯の略装で、もうずっと長くなっていて、すそひろがった髪は雪の上で鮮明にきれいに見られるのであった。
  Wokasige naru sugata, kasiratuki-domo, tuki ni haye te, ohokiyaka ni nare taru ga, samazama no akome midaregi, obi sidokenaki tonowisugata, namamei taru ni, koyonau amare ru kami no suwe, siroki ni ha masite motehayasi taru, ito kezayaka nari.
3.2.6  小さきは、童げてよろこび走るに、扇なども落して、うちとけ顔をかしげなり。
 小さい童女は、子どもらしく喜んで走りまわって、扇なども落として、気を許しているのがかわいらしい。
 小さい童女は子供らしく喜んで走りまわるうちには扇を落としてしまったりしている。
  Tihisaki ha, warahage te yorokobi hasiru ni, ahugi nado mo otosi te, utitokegaho wokasige nari.
3.2.7  いと多う まろばさらむと、ふくつけがれど、えも押し動かさでわぶめり。かたへは、東のつまなどに出でゐて、心もとなげに笑ふ。
 たいそう大きく丸めようと、欲張るが、転がすことができなくなって困っているようである。またある童女たちは、東の縁先に出ていて、もどかしげに笑っている。
 ますます大きくしようとしても、もう童女たちの力では雪のたまが動かされなくなっている。童女の半分は東の妻戸の外に集まって、自身たちの出て行けないのを残念がりながら、庭の連中のすることを見て笑っていた。
  Ito ohou marobasa ra m to, hukutukegare do, e mo osi ugokasa de wabu meri. Katahe ha, himgasi no tuma nado ni idewi te, kokoromotonage ni warahu.
注釈162雪のいたう降り積もりたる上に今も散りつつ松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に夕暮の松と竹の枝に雪の降り積もるかっこうでその違いが区別される様子。3.2.1
注釈163人の御容貌も光まさりて見ゆ源氏をさす。3.2.1
注釈164時々につけても以下「人の心浅さよ」まで、源氏の詞。「春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は」(拾遺集雑下、五〇九、紀貫之)を踏まえる。3.2.2
注釈165人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも冬の夜の澄める月に雪の光りあひたる空こそあやしう色なきものの身にしみてこの世のほかのことまで思ひ流されおもしろさもあはれさも残らぬ折なれ源氏の口を通して語らせた作者の冬の雪明りの夜の美意識。中世の美意識の先駆的なもの。「いざかくてをりに明かしてむ冬の月春の花にも劣らざりけり」(拾遺集雑秋、一一四六、清原元輔)。
【この世のほかのことまで】−来世をさす。『完訳』は「源氏の脳裡には亡き藤壺が去来していよう」と注す。
3.2.2
注釈166御簾巻き上げさせたまふ『白氏文集』の「香炉峯の雪は簾を撥げて看る」を踏まえた表現。3.2.3
注釈167月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭 心苦しう、遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ白と黒との無色の世界。遣水の流れを擬人法で描写、池の氷の無情な様子。源氏の荒寥寂寞とした心中との景情一致の世界、また源氏の心象風景であろう。そこに、童女を雪の庭に下ろして、かろうじて、色彩が加わり、人心を取り戻す。3.2.4
注釈168なまめいたるに『集成』は「あでやかなのに」。『完訳』は「みずみずしくいきな感じであるところへ」と訳す。3.2.5
注釈169まろばさらむと大島本は「まろはさらむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「まろばさむ」と「ら」を削除する。3.2.7
出典13 時々につけても 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は 拾遺集雑下-五〇九 紀貫之 3.2.2
出典14 御簾巻き上げ 遺愛寺鐘*枕聴 香鑪峯雪撥簾看 白氏文集巻十六、*=埼-土,+欠<右> 3.2.3
校訂17 心苦しう 心苦しう--心くる(る/+し<朱>)う 3.2.4
3.3
第三段 源氏、往古の女性を語る


3-3  Genji talks his old girlfriends to Murasaki

3.3.1  「 一年、中宮の御前に雪の山作られたりし、世に古りたることなれど、なほめづらしくもはかなきことをしなしたまへりしかな。 何の折々につけても、口惜しう飽かずもあるかな
 「先年、中宮の御前に雪の山をお作りになったのは、世間で昔からよく行われてきたことですが、やはり珍しい趣向を凝らしてちょっとした遊び事をもなさったものでしたなあ。どのような折々につけても、残念でたまたない思いですね。
 「昔中宮ちゅうぐうがお庭に雪の山をお作らせになったことがある。だれもすることだけれど、その場合に非常にしっくりと合ったことをなさる方だった。どんな時にもあの方がおいでになったらと、残念に思われることが多い。
  "Hitotose, Tyuuguu no omahe ni yuki no yama tukura re tari si, yo ni huri taru koto nare do, naho medurasiku mo hakanaki koto wo si nasi tamahe ri si kana! Nani no woriwori ni tukete mo, kutiwosiu aka zu mo aru kana!
3.3.2  いとけどほくもてなしたまひて、くはしき御ありさまを見ならしたてまつりしことはなかりしかど、御交じらひのほどに、うしろやすきものには思したりきかし。
 とても隔てを置いていらして、詳しいご様子は拝したことはございませんでしたが、宮中生活の中で、心安い相談相手としては、お考えくださいました。
 私などに対してのりを越えた御待遇はなさらなかったから、細かなことは拝見する機会もなかったが、さすがに尊敬している私を信用はしていてくだすった。
  Ito kedohoku motenasi tamahi te, kuhasiki ohom-arisama wo mi narasi tatematuri si koto ha nakari sika do, ohom-mazirahi no hodo ni, usiroyasuki mono ni ha obosi tari ki kasi.
3.3.3  うち頼みきこえて、とあることかかる折につけて、何ごとも聞こえかよひしに、もて出でてらうらうじきことも見えたまはざりしかど、 いふかひあり、思ふさまに、はかなきことわざをもしなしたまひしはや。世にまた、さばかりの たぐひありなむや
 ご信頼申し上げて、あれこれと何か事のある時には、どのようなこともご相談申し上げましたが、表面には巧者らしいところはお見せにならなかったが、十分で、申し分なく、ちょっとしたことでも格別になさったものでした。この世にまた、あれほどの方がありましょうか。
 私は何かのことがあると歌などを差し上げたが、文学的に見て優秀なお返事でないが、見識があるというよさはおありになって、お言いになることが皆深みのあるものだった。あれほど完全な貴女きじょがほかにもあるとは思われない。
  Uti-tanomi kikoye te, toaru koto kakaru wori ni tuke te, nanigoto mo kikoye kayohi si ni, mote-ide te raurauziki koto mo miye tamaha zari sika do, ihukahi ari, omohu sama ni, hakanaki waza wo mo si nasi tamahi si haya! Yo ni mata, sabakari no taguhi ari na m ya?
3.3.4  やはらかにおびれたるものから、深うよしづきたるところの、並びなくものしたまひしを、 君こそは、さいへど、紫のゆゑ、こよなからずものしたまふめれどすこしわづらはしき気添ひて、かどかどしさのすすみたまへるや、苦しからむ。
 しとやかでいらっしゃる一面、奥深い嗜みのあるところは、又となくいらっしゃったが、あなたこそは、そうはいっても、紫の縁で、たいして違っていらっしゃらないようですが、少しこうるさいところがあって、利発さの勝っているのが、困りますね。
 柔らかに弱々しくいらっしゃって、気高けだかい品のよさがあの方のものだったのですからね。しかしあなただけは血縁の近い女性だけあってあの方によく似ている。少しあなたは嫉妬しっとをする点だけが悪いかもしれないね。
  Yaharaka ni obire taru monokara, hukau yosiduki taru tokoro no, narabi naku monosi tamahi si wo, Kimi koso ha, sa ihe do, murasaki no yuwe, koyonakara zu monosi tamahu mere do, sukosi wadurahasiki ke sohi te, kadokadosisa no susumi tamahe ru ya, kurusikara m.
3.3.5  前斎院の御心ばへは、またさまことにぞ見ゆる。さうざうしきに、何とはなくとも聞こえあはせ、われも心づかひせらるべきあたり、ただこの一所や、世に残りたまへらむ」
 前斎院のご性質は、また格別に見えます。心寂しい時に、何か用事がなくても便りをしあって、自分も気を使わずにはいられないお方は、ただこのお一方だけが、世にお残りでしょうか」
 前斎院の性格はまたまったく変わっておいでになる。私の寂しい時に手紙などを書く交際相手で敬意の払われる、晴れがましい友人としてはあの方だけがまだ残っておいでになると言っていいでしょう」
  Zen-Saiwin no mi-kokorobahe ha, mata sama koto ni zo miyuru. Sauzausiki ni, nani to ha naku to mo kikoye ahase, ware mo kokorodukahi se raru beki atari, tada kono hitotokoro ya, yo ni nokori tamahe ra m."
3.3.6  とのたまふ。
 とおっしゃる。
 と源氏が言った。
  to notamahu.
3.3.7  「 尚侍こそは、らうらうじくゆゑゆゑしき方は、人にまさりたまへれ。 浅はかなる筋など、もて離れたまへりける人の御心を、あやしくもありけることどもかな」
 「尚侍は、利発で奥ゆかしいところは、どなたよりも優れていらっしゃるでしょう。軽率な方面などは、無縁なお方でいらしたのに、不思議なことでしたね」
 「尚侍ないしのかみは貴婦人の資格を十分に備えておいでになる、軽佻けいちょうな気などは少しもお見えにならないような方だのに、あんなことのあったのが、私は不思議でならない」
  "Naisi-no-Kami koso ha, raurauziku yuweyuwesiki kata ha, hito ni masari tamahe re. Asahaka naru sudi nado, mote-hanare tamahe ri keru hito no mi-kokoro wo, ayasiku mo ari keru koto-domo kana!"
3.3.8  とのたまへば、
 とおっしゃると、

  to notamahe ba,
3.3.9  「 さかし。なまめかしう容貌よき女の例には、なほ引き出でつべき人ぞかし。さも思ふに、いとほしく悔しきことの多かるかな。まいて、 うちあだけ好きたる人の、年積もりゆくままに、いかに悔しきこと多からむ。人よりは ことなき静けさ、と 思ひしだに
 「そうですね。優美で器量のよい女性の例としては、やはり引き合いに出さなければならない方ですね。そう思うと、お気の毒で悔やまれることが多いのですね。まして、浮気っぽい好色な人が、年をとるにつれて、どんなにか後悔されることが多いことでしょう。誰よりもはるかにおとなしい、と思っていましたわたしでさえですから」
 「そうですよ。えんな美しい女の例には、今でもむろん引かねばならない人ですよ。そんなことを思うと自分のしたことで人をそこなった後悔が起こってきてならない。まして多情な生活をしては年が行ったあとでどんなに後悔することが多いだろう。人ほど軽率なことはしないでいる男だと思っていた私でさえこうだから」
  "Sakasi. Namamekasiu katati yoki womna no tamesi ni ha, naho hikiide tu beki hito zo kasi. Samo omohu ni, itohosiku kuyasiki koto no ohokaru kana! Maite, uti-adake suki taru hito no, tosi tumori yuku mama ni, ikani kuyasiki koto ohokara m. Hito yori ha koto naki sidukesa, to omohi si dani."
3.3.10  など、のたまひ出でて、 尚侍の君の御ことににも、涙すこしは落したまひつ。
 などと、お口になさって、尚侍の君の御事にも、涙を少しはお落としなった。
 源氏は尚侍の話をする時にも涙を少しこぼした。
  nado, notamahi ide te, Kam-no-Kimi no ohom-koto ni ni mo, namida sukosi ha otosi tamahi tu.
3.3.11  「 この、数にもあらずおとしめたまふ山里の人こそは、身のほどにはややうち過ぎ、ものの心など得つべけれど、人より ことなべきものなれば思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな。いふかひなき際の人はまだ見ず。人は、すぐれたるは、かたき世なりや。
 「あの、人数にも入らないほどさげすんでいらっしゃる山里の女は、身分にはやや過ぎて、物の道理をわきまえているようですが、他の人とは同列に扱えない人ですから、気位を高くもっているのも、見ないようにしております。お話にもならない身分の人はまだ知りません。人というものは、すぐれた人というのはめったにいないものですね。
 「あなたが眼中にも置かないように軽蔑けいべつしている山荘の女は、身分以上に貴婦人の資格というものを皆そろえて持った人ですがね、思い上がってますますよく見えるのも人によることですから、私はその点をその人によけいなもののようにも見ておりますがね。私はまだずっと下の階級に属する女性たちを知らないが、私の見た範囲でもすぐれた人はなかなかないものですよ。
  "Kono, kazu ni mo ara zu otosime tamahu yamazato no hito koso ha, minohodo ni ha yaya uti-sugi, mono no kokoro nado e tu bekere do, hito yori koto na' beki mono nare ba, omohi-agare ru sama wo mo, miketi te haberu kana! Ihukahinaki kiha no hito ha mada mi zu. Hito ha, sugure taru ha, kataki yo nari ya!
3.3.12   東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ。さはた、さらにえあらぬものを、さる方につけての心ばせ、人にとりつつ見そめしより、同じやうに世をつつましげに思ひて過ぎぬるよ。今はた、かたみに背くべくもあらず、深うあはれと思ひはべる」
 東の院に寂しく暮らしている人の気立ては、昔に変わらず可憐なものがあります。あのように、はとてもできないものですが。その方面につけての気立てのよさで、世話するようになって以来、同じように夫婦仲を遠慮深げな態度で過ごしてきましたよ。今はもう、互いに別れられそうなく、心からいとしいと思っております」
 東の院に置いてある人の善良さは、若い時から今まで一貫しています。愛すべき人ですよ。ああはいかないものですよ。私たちは青春時代から信じ合った、そしてつつましい恋を続けてきたものです。今になって別れ別れになることなどはできませんよ。私は深く愛しています」
  Himgasinowin ni nagamuru hito no kokorobahe koso, huri gataku rautakere! Sa hata, sarani e ara nu mono wo, saru kata ni tuke te no kokorobase, hito ni tori tutu misome si yori, onazi yau ni yo wo tutumasige ni omohi te sugi nuru yo! Ima hata, katami ni somuku beku mo ara zu, hukau ahare to omohi haberu."
3.3.13  など、昔今の御物語に夜更けゆく。
 などと、昔の話や今の話などに夜が更けてゆく。
 こんな話に夜はふけていった。
  nado, mukasi ima no ohom-monogatari ni yo huke yuku.
注釈170一年中宮の御前に以下「世に残りたまへらむ」まで、源氏の詞。3.3.1
注釈171何の折々につけても口惜しう飽かずもあるかな藤壺崩御後の寂寥感を吐露する。3.3.1
注釈172いふかひあり思ふさまにはかなきことわざをもしなしたまひしはや『集成』は「立派に、申し分なく、ほんのちょっとしたことでも格別のなさりようでした」と訳す。3.3.3
注釈173たぐひありなむや大島本は「たくひありなむ」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「ありなむや」と「や」を補訂する。底本は次の「やはらかに」の「や」と目移りして脱字したものか。「や」を補訂する。3.3.3
注釈174君こそはさいへど紫のゆゑこよなからずものしたまふめれど「紫の一本とゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る」(古今集雑上、八六七、読人しらず)「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ」(古今六帖、五)。あなた(紫の上)は故藤壺中宮の縁者ゆえに身分も格別である、という。3.3.4
注釈175すこしわづらはしき気添ひてかどかどしさのすすみたまへるや『集成』は「利発さの勝っておられるところが」。『完訳』は「きかぬ気の勝ちすぎていらしゃるのが」と訳す。3.3.4
注釈176尚侍こそは以下「ありけることどもかな」まで、紫の上の詞。3.3.7
注釈177浅はかなる筋などもて離れたまへりける人の御心を紫の上は、朧月夜尚侍を軽率な振る舞いなど無関係な人柄であったのに、と評すが、源氏とのスキャンダルについて事の真相を質そうとするさぐりの言葉であろうか。3.3.7
注釈178さかし以下「と思ひしだに」まで、源氏の詞。古りせぬ好色心の末路が、源典侍によって照射される一方で、藤壺の死があり、人の世の皮肉な無常感がこの巻の主題となっている。物語の伝統である「色好み」「好き心」が問い直されている巻である。3.3.9
注釈179うちあだけ好きたる人好色な男。3.3.9
注釈180ことなき静けさ大島本は「ことなき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「こよなき」と校訂する。3.3.9
注釈181思ひしだに『完訳』は「下に、こんなに後悔が多いのだから、の意。自らの述懐である」と注す。3.3.9
注釈182尚侍の君の御ことににも大島本は「御ことににも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御ことにも」と「に」を削除する。3.3.10
注釈183この数にもあらず以下「と思ひはべる」まで、源氏の詞。3.3.11
注釈184ことなべきものなれば大島本は「ことなへき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「ことなるべき」と「る」を補訂する。3.3.11
注釈185思ひ上がれるさまをも見消ちてはべるかな『集成』は「気位の高いところなども無視しているのです」。『完訳』は「気位の高い様子もたいしたこととは思わないのでいるのです」と訳す。3.3.11
注釈186東の院にながむる人の心ばへこそ古りがたくらうたけれ花散里をいう。3.3.12
校訂18 なむや なむや--*なむ 3.3.3
3.4
第四段 藤壺、源氏の夢枕に立つ


3-4  Fujitsubo appears in Genji's dreaming

3.4.1   月いよいよ澄みて、静かにおもしろし。女君、
 月がいよいよ澄んで、静かで趣がある。女君、
 月はいよいよ澄んで美しい。夫人が、
  Tuki iyoiyo sumi te, siduka ni omosirosi. Womnagimi,
3.4.2  「 氷閉ぢ石間の水は行きなやみ
   空澄む月の影ぞ流るる
 「氷に閉じこめられた石間の遣水は流れかねているが
  空に澄む月の光はとどこおりなく西へ流れて行く
  氷とぢ岩間の水は行き悩み
  空澄む月の影ぞ流るる
    "Kohori todi isima no midu ha yuki nayami
    sora sumu tuki no kage zo nagaruru
3.4.3  外を見出だして、すこし傾きたまへるほど、似るものなく うつくしげなり。髪ざし、面様の、 恋ひきこゆる人の面影にふとおぼえて、めでたければ、 いささか分くる御心もとり重ねつべし。鴛鴦のうち鳴きたるに、
 外の方を御覧になって、少し姿勢を傾けていらっしゃるところ、似る者がないほどかわいらしげである。髪の具合、顔立ちが、恋い慕い申し上げている方の面影のようにふと思われて、素晴らしいので、少しは他に分けていらっしゃったご寵愛もあらためてお加えになることであろう。鴛鴦がちょっと鳴いたので、
 と言いながら、外を見るために少し傾けた顔が美しかった。髪の性質たち、顔だちが恋しい故人の宮にそっくりな気がして、源氏はうれしかった。少し外に分けられていた心も取り返されるものと思われた。鴛鴦おしどりの鳴いているのを聞いて、源氏は、
  To wo miidasi te, sukosi katabuki tamahe ru hodo, niru mono naku utukusige nari. Kamzasi, omoyau no, kohi kikoyuru hito no omokage ni huto oboye te, medetakere ba, isasaka wakuru mi-kokoro mo tori-kasane tu besi. Wosi no uti-naki taru ni,
3.4.4  「 かきつめて昔恋しき雪もよに
   あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か
 「何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に
  いっそうしみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ
  かきつめて昔恋しき雪もよに
  哀れを添ふる鴛鴦をしのうきねか
    "Kaki-tume te mukasi kohisiki yukimoyo ni
    ahare wo sohuru wosi no ukine ka
3.4.5   入りたまひても、宮の御ことを思ひつつ大殿籠もれるに、夢ともなく ほのかに見たてまつる、いみじく恨みたまへる御けしきにて、
 お入りになっても、宮のことを思いながらお寝みになっていると、夢ともなくかすかにお姿を拝するが、たいそうお怨みになっていらっしゃるご様子で、
 と言っていた。寝室にはいってからも源氏は中宮の御事を恋しく思いながら眠りについたのであったが、夢のようにでもなくほのかに宮の面影が見えた。非常にお恨めしいふうで、
  Iri tamahi te mo, Miya no ohom-koto wo omohi tutu ohotonogomore ru ni, yume to mo naku honoka ni mi tatematuru wo, imiziku urami tamahe ru mi-kesiki nite,
3.4.6  「 漏らさじとのたまひしかど、憂き名の隠れなかりければ、恥づかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」
 「漏らさないとおっしゃったが、つらい噂は隠れなかったので、恥ずかしく、苦しい目に遭うにつけ、つらい」
 「あんなに秘密を守るとお言いになりましたけれど、私たちのした過失あやまちはもう知れてしまって、私は恥ずかしい思いと苦しい思いとをしています。あなたが恨めしく思われます」
  "Morasa zi to notamahi sika do, ukina no kakure nakari kere ba, hadukasiu, kurusiki me wo miru ni tuke te mo, turaku nam."
3.4.7  とのたまふ。 御応へ聞こゆと思すに、襲はるる心地して、女君の、
 とおっしゃる。お返事を申し上げるとお思いになった時、ものに襲われるような気がして、女君が、
 とお言いになった。返辞を申し上げるつもりでたてた声が、夢に襲われた声であったから、夫人が、
  to notamahu. Ohom-irahe kikoyu to obosu ni, osoha ruru kokoti si te, Womnagimi no,
3.4.8  「 こは、など、かくは
 「これは、どうなさいました、このように」
 「まあ、どうなさいました、そんなに」
  "Koha, nado, kaku ha!"
3.4.9  とのたまふに、おどろきて、 いみじく口惜しく、胸のおきどころなく騒げば、抑へて、涙も流れ出でにけり。 今も、いみじく濡らし添へたまふ。
 とおっしゃったのに、目が覚めて、ひどく残念で、胸の置きどころもなく騒ぐので、じっと抑えて、涙までも流していたのであった。今もなお、ひどくお濡らし加えになっていらっしゃる。
 と言ったので源氏は目がさめた。非常に残り惜しい気がして、張り裂けるほどの鼓動を感じる胸をおさえていると、涙も流れてきた。夢のまったくめたのちでも源氏は泣くことをやめないのであった。
  to notamahu ni, odoroki te, imiziku kutiwosiku, mune no oki dokoro naku sawage ba, osahe te, namida mo nagare ide ni keri. Ima mo, imiziku nurasi sohe tamahu.
3.4.10  女君、いかなることにかと思すに、 うちもみじろかで臥したまへり
 女君が、どうしたことかとお思いになるので、身じろぎもしないで横になっていらっしゃった。
 夫人はどんな夢であったのであろうと思うと、自分だけが別物にされた寂しさを覚えて、じっとみじろぎもせずに寝ていた。
  Womnagimi, ikanaru koto ni ka to obosu ni, uti mo miziroka de husi tamahe ri.
3.4.11  「 とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に
   むすぼほれつる夢の短さ
 「安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に
  見た夢の短かかったことよ
  とけて寝ぬ寝めさびしき冬の夜に
  結ぼほれつる夢のみじかさ
    "Toke te ne nu nezame sabisiki huyu no yo ni
    musubohore turu yume no mizikasa
注釈187月いよいよ澄みて静かにおもしろし時間の経過とさらに研ぎ澄まされてゆく心を象徴する。3.4.1
注釈188氷閉ぢ石間の水は行きなやみ--空澄む月の影ぞ流るる紫の上の独詠歌。『集成』は「氷が張って石の間を流れる遣水は流れかねていますが、空に澄む月の光はとどこおることなく西に向ってゆきます。「ながるる」は、氷の面に映じながら移る景をいう。庭を眺めての叙景の歌である」。『完訳』は「「行き」「生き」、「澄む」「住む」、「流るる」「泣かるる」、「空」「嘘言」の掛詞。自身を石間の水に、源氏を月影にたとえ、孤心を形象」「氷の張った石間の水は流れかねているけれども、空に澄む月影は西へと傾いてゆきます--私は閉じこめられて、どう生きていけばよいのか悩んでおりますので、嘘ばっかりおっしゃって私を離れていこうとするあなたのお顔を見ると泣けてきます」。『新大系』は「冬夜の庭と月光に触発された歌。先刻までの朝顔姫君への嫉妬も、自然観照のうちに封じこめられる。石間の水に自身を、月光に源氏を喩えたとする読み方もあるが、とらない」と注す。3.4.2
注釈189恋ひきこゆる人藤壺をさす。3.4.3
注釈190いささか分くる御心もとり重ねつべし『集成』は「源氏の気持をそのまま地の文として書いたもの」と注す。『新大系』は「いささか他の女(朝顔姫君)に分けているお気持も、きっと(紫上に)さらに加わることだろう」と訳す。
【とり重ねつべし】−とり返されつへし為−とりかへしへし肖−とりかさね(さね$へし)つへし三 河内本は一本(宮)が「とりかへしつへし」、別本四本(陽坂平国)は「とりかへしつへし」。源氏の心が紫の上に、「取り重ねつべし」又は「取り返しつべし」という重要な相違。そして、「取り返す」の場合、それは誰にか。紫の上にか、あるいは藤壺にか。藤壺という解釈も有効である。
3.4.3
注釈191かきつめて昔恋しき雪もよに--あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か源氏の独詠歌。『集成』は「あれもこれも昔のことが恋しく思われる雪の降る中に、哀れをそそる鴛鴦の浮き寝であることよ。「かきつめて」は、かき集めて。「昔」は、藤壺のこと。「鴛鴦の浮寝」は、紫の上との間柄を意味していよう」。『完訳』は「「むかし恋しき」は藤壺追懐の情。「雪もよに」は「雪もよよに」の約か。「鴛鴦のうきね」は、藤壺を亡くした悲情を象徴。前述の、雪の夜にかたどられた心象風景に連なり、亡き藤壺への哀傷を詠む。同じく雪の夜を詠みながらも、紫の上の孤心と、源氏の哀傷という相違に注意」と注す。3.4.4
注釈192入りたまひても『集成』は「奥に」。『完訳』は「御寝所に」と訳す。同床異夢の源氏と紫の上。3.4.5
注釈193ほのかに見たてまつる大島本は「ミたてまつるを(を$)」とある。すなわち「を」をミセケチにする。『新大系』は底本の削除に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本及び底本の訂正以前本文に従って「見たてまつるを」と校訂する。3.4.5
注釈194漏らさじとのたまひしかど以下「つらくなむ」まで、源氏の夢の中の藤壺の詞。『集成』は「紫の上に自分のことを語ったのを恨んでいる。女としての悲しい嫉妬の思いが篭められている」と注す。3.4.6
注釈195御応へ聞こゆと思すに『集成』は「何かお答え申し上げているつもりが」。『完訳』は「ご返事申しあげているとお思いのときに」と訳す。3.4.7
注釈196こはなどかくは紫の上の詞。3.4.8
注釈197いみじく口惜しく夢の覚めたことをさす。藤壺への執心。3.4.9
注釈198今も夢から覚めた今も、の意。3.4.9
注釈199うちもみじろかで臥したまへり『集成』は「源氏は身動きもしないで横になっておいでになる。主語を紫の上とするのは誤り」。『完訳』は「紫の上は闇のなかの不思議を探るべく身を固くする」と注する。3.4.10
注釈200とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に--むすぼほれつる夢の短さ源氏の心中独詠歌。「とけて寝ぬ」の「ぬ」打消の助動詞。夢の中での藤壺との短い逢瀬を惜しむ気持ち。3.4.11
校訂19 うつくしげ うつくしげ--うつ(つ/+く<朱>)しけ 3.4.3
3.5
第五段 源氏、藤壺を供養す


3-5  Genji holds a memorial service for the late Fujitsubo

3.5.1  なかなか飽かず、悲しと思すに、とく起きたまひて、さとはなくて、所々に御誦経などせさせたまふ。
 かえって心満たされず、悲しくお思いになって、早くお起きになって、それとは言わず、所々の寺々に御誦経などをおさせになる。
 源氏の歌である。夢に死んだ恋人を見たことに心は慰まないで、かえって恋しさ悲しさのまさる気のする源氏は、早く起きてしまって、何とは表面に出さずに、誦経ずきょうを寺へ頼んだ。
  Nakanaka aka zu, kanasi to obosu ni, toku oki tamahi te, sa to ha naku te, tokorodokoro ni mi-zukyau nado se sase tamahu.
3.5.2  「 苦しき目見せたまふと、恨みたまへるも、さぞ思さるらむかし。行なひをしたまひ、よろづに罪軽げなりし御ありさまながら、この一つことにてぞ、この世の濁りを すすいたまはざらむ」
 「苦しい目にお遭いになっていると、お怨みになったが、きっとそのようにお恨みになってのことなのだろう。勤行をなさり、さまざまに罪障を軽くなさったご様子でありながら、自分との一件で、この世の罪障をおすすぎになれなかったのだろう」
 苦しい目を見せるとお恨みになったのもきっとそういう気のあそばすことであろうと源氏に悟れるところがあった。仏勤めをなされたほかに民衆のためにも功徳を多くお行ないになった宮が、あの一つの過失のためにこの世での罪障が消滅し尽くさずにいるかと、
  "Kurusiki me mise tamahu to, urami tamahe ru mo, sazo obosa ru ram kasi. Okonahi wo si tamahi, yorodu ni tumi karoge nari si ohom-arisama nagara, kono hitotu koto nite zo, konoyo no nigori wo susui tamaha zara m."
3.5.3  と、ものの心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、
 と、ものの道理を深くおたどりになると、ひどく悲しくて、
 深く考えてみればみるほど源氏は悲しくなった。
  to, mono no kokoro wo hukaku obosi tadoru ni, imiziku kanasikere ba,
3.5.4  「 何わざをして、知る人なき世界におはすらむを、訪らひきこえに参うでて、罪にも 代はりきこえばや」
 「どのような方法をしてでも、誰も知る人のいない冥界にいらっしゃるのを、お見舞い申し上げて、その罪にも代わって差し上げたい」
 自分はどんな苦行をしても寂しい世界に贖罪しょくざいの苦しみをしておいでになる中宮の所へ行って、罪に代わっておあげすることがしたいと、
  "Nani waza wo si te, siru hito naki sekai ni ohasu ram wo, toburahi kikoye ni maude te, tumi ni mo kahari kikoye baya!"
3.5.5  など、つくづくと思す。
 などと、つくづくとお思いになる。
 こんなことをつくづくと思い暮らしていた。
  nado, tukuduku to obosu.
3.5.6  「 かの御ために、とり立てて何わざをもしたまはむは、人とがめきこえつべし。内裏にも、御心の鬼に思すところやあらむ」
 「あのお方のために、特別に何かの法要をなさるのは、世間の人が不審に思い申そう。主上におかれても、良心の呵責にお悟りになるかもしれない」
 中宮のために仏事を自分の行なうことはどんな簡単なことであっても世間の疑いを受けることに違いない、
  "Kano ohom-tame ni, toritate te nani waza wo mo si tamaha m ha, hito togame kikoye tu besi. Uti ni mo, mi-kokoro no oni ni obosu tokoro ya ara m?"
3.5.7  と、思しつつむほどに、阿弥陀仏を心にかけて念じたてまつりたまふ。「 同じ蓮に」とこそは
 と、気がねなさるので、阿弥陀仏を心に浮かべてお念じ申し上げなさる。「同じ蓮の上に」と思って、
 みかど御心みこころの鬼に思召おぼしめし合わすことになってもよろしくないと源氏ははばかられて、ただ一人心で阿弥陀仏あみだぶつを念じ続けた。同じ蓮華れんげの上に生まれしめたまえと祈ったことであろう。
  to, obosi tutumu hodo ni, Amida-Hotoke wo kokoro ni kake te nenzi tatematuri tamahu. "Onazi hatisu ni." to koso ha,
3.5.8  「 亡き人を慕ふ心にまかせても
   影見ぬ三つの瀬にや惑はむ
 「亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても
  その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか
  なき人を慕ふ心にまかせても
  かげ見ぬ水の瀬にやまどはん
    "Naki hito wo sitahu kokoro ni makase te mo
    kage mi nu mitunose ni ya madoha m
3.5.9  と思すぞ、 憂かりけるとや
 とお思いになるのは、つらい思いであったとか。
 と思うと悲しかったそうである。(訳注) 源氏の君三十二歳。
  to obosu zo, ukari keru to ya.
注釈201苦しき目見せたまふと以下「すすいたまはざらむ」まで、源氏の心中。『完訳』は「夢の中で、苦患に責められていらっしゃるとお恨みになったが、宮はさぞそのように自分を恨んでいらっしゃるのだろう」と訳す。3.5.2
注釈202何わざをして以下「代はりきこえばや」まで、源氏の心中。3.5.4
注釈203かの御ために以下「思すところやあらむ」まで、源氏の心中。途中「たまはむ」という敬語表現がまじる。『集成』は「内容は源氏の心中の思いであるが、地の文のような書き方をしている」と注す。3.5.6
注釈204同じ蓮にとこそは『集成』は「極楽の同じ蓮の上に往生しようと。歌のなき人をしたふ--」に続く。極楽の往生人は、蓮華の上に半座をあけて同行の人を待つとされる」。『完訳』は「浄土では夫婦が後から来る伴侶のために蓮華の座をあけて待つ。しかし夫婦ならざる源氏は、一蓮托生を望みえず、絶望の歌を託す」と注す。3.5.7
注釈205亡き人を慕ふ心にまかせても--影見ぬ三つの瀬にや惑はむ源氏の独詠歌。「亡き人」「影」は藤壺をさす。「水の瀬」「三つの瀬」の掛詞。『新大系』は「女は最初に契った男に負われて三途の川を渡るとされる。冥界でも面会ができぬとする源氏の絶望を詠んだ歌」と注す。3.5.8
注釈206憂かりけるとや『集成』は「源氏の気持を伝える語り手の言葉」。『完訳』は「語り手の感想」。『新大系』は「源氏の心を語り伝える語り手の言葉」と注す。3.5.9
校訂20 すすい すすい--すゝ(ゝ/$す<朱>)い 3.5.2
校訂21 代はりきこえ 代はりきこえ--かはりき(き/$)きこえ 3.5.4
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 10/31/2009(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 7/21/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kumi(青空文庫)

2003年7月16日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2008年3月22日

Last updated 10/31/2009 (ver.2-2)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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