第二十二帖 玉鬘


22 TAMAKADURA (Ohoshima-bon)


玉鬘の筑紫時代と光る源氏の太政大臣時代
三十五歳の夏四月から冬十月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from April in the summer to October in the winter at the age of 35, and the tale of Tamakazura in the life of Tsukushi

5
第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論


5  Tale of Hikaru-Genji  Genji's opinion about waka and the tale of Suetsumuhana

5.1
第一段 歳末の衣配り


5-1  Present of kimono for Genji's wives in the end of the year

5.1.1  年の暮に、御しつらひのこと、人びとの装束など、やむごとなき御列に思しおきてたる、「 かかりとも、田舎びたることや」と、山賤の方にあなづり推し量りきこえたまひて調じたるも、たてまつりたまふついでに、織物どもの、我も我もと、手を尽くして織りつつ持て参れる細長、小袿の、色々さまざまなるを御覧ずるに、
 年の暮に、お飾りのことや、女房たちの装束などを、高貴な夫人方と同じようにお考えおいたが、「器量はこうでも、田舎めいている点もありはしないか」と、山里育ちのように軽んじ想像申し上げなさって仕立てたのを、差し上げなさる折に、いろいろな織物を、我も我もと、技を競って織っては持って上がった細長や、小袿の、色とりどりでさまざまなのを御覧になると、
 年末になって、新年の室内装飾、春の衣裳いしょうを配る時にも、源氏は玉鬘を尊貴な夫人らと同じに取り扱った。どんなに思いのほかによい趣味を知った人と見えても、またどんなまちがった物の取り合わせをするかもしれぬという不安な気持ちもあって、玉鬘のほうへはすでに衣裳にでき上がった物を贈ることにしたが、その時にほうぼうの織物師が力いっぱいに念を入れて作り出した厚織物の細長や小袿こうちぎの仕立てたのを源氏は手もとへ取り寄せて見た。
  Tosi no kure ni, ohom-siturahi no koto, hitobito no sauzoku nado, yamgotonaki ohom-tura ni obosioki te taru, "Kakari to mo, winakabi taru koto ya?" to, yamagatu no kata ni anaduri osihakari kikoye tamahi te teuzi taru mo, tatematuri tamahu tuide ni, orimono-domo no, ware mo ware mo to, te wo tukusi te ori tutu mote mawire ru hosonaga, koutiki no, iroiro samazama naru wo goranzuru ni,
5.1.2  「 いと多かりけるものどもかな。方々に、うらやみなくこそものすべかりけれ」
 「たいそうたくさんの織物ですね。それぞれの方々に、羨みがないように分けてやるとよいですね」
 「非常にたくさんありますね。奥さんたちなどにもそれぞれよい物をって贈ることにしよう」
  "Ito ohokari keru mono-domo kana! Katagata ni, urayami naku koso monosu bekari kere."
5.1.3  と、上に聞こえたまへば、御匣殿に仕うまつれるも、こなたにせさせたまへるも、皆取う出させたまへり。
 と、紫の上にお申し上げなさると、御匣殿でお仕立て申したのも、こちらでお仕立てさせなさったのも、みな取り出させなさっていた。
 と源氏が夫人に言ったので、女王は裁縫係の所にでき上がっている物も、手もとで作らせた物もまた皆出して源氏に見せた。
  to, Uhe ni kikoye tamahe ba, Mikusigedono ni tukaumature ru mo, konata ni se sase tamahe ru mo, mina toude sase tamahe ri.
5.1.4  かかる筋はた、いとすぐれて、世になき色あひ、匂ひを染めつけたまへば、 ありがたしと思ひきこえたまふ
 このような方面のことはそれは、とても上手で、世に類のない色合いや、艶を染め出させなさるので、めったにいない人だとお思い申し上げになさる。
 紫の女王はこうした服飾類を製作させることに趣味と能力を持っている点ででも源氏はこの夫人を尊重しているのである。
  Kakaru sudi hata, ito sugure te, yo ni naki iroahi, nihohi wo some tuke tamahe ba, arigatasi to omohi kikoye tamahu.
5.1.5  ここかしこの擣殿より参らせたる擣物ども御覧じ比べて、濃き赤きなど、さまざまを選らせたまひつつ、御衣櫃、衣筥どもに入れさせたまうて、おとなびたる上臈どもさぶらひて、「これは、かれは」と取り具しつつ入る。上も見たまひて、
 あちらこちらの擣殿から進上したいくつもの擣物をご比較なさって、濃い紫や赤色などを、さまざまお選びになっては、いくつもの御衣櫃や、衣箱に入れさせなさって、年配の上臈の女房たちが伺候して、「これは、あれは」と取り揃えて入れる。紫の上も御覧になって、
 あちらこちらの打ち物の上げ場から仕上がって来ているのりをした打ち絹も源氏は見比べて、濃いべに、朱の色などとさまざまに分けて、それを衣櫃ころもびつ、衣服箱などに添えて入れさせていた。高級な女房たちがそばにいて、これをそれに、それをこれにというように源氏の命じるままに贈り物を作っているのであった。夫人もいっしょに見ていて、
  Koko kasiko no Utidono yori mawira se taru utimono-domo goranzi kurabe te, koki akaki nado, samazama wo era se tamahi tutu, mizobitu, koromobako-domo ni ire sase tamau te, otonabi taru zyaurahu-domo saburahi te, "Kore ha, kare ha." to torigusi tutu iru. Uhe mo mi tamahi te,
5.1.6  「 いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着たまはむ人の御容貌に思ひよそへつつたてまつれたまへかし。着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」
 「どれもこれも、劣り勝りの見えないもののようですが、お召しになる人のご器量に似合うように選んで差し上げなさい。お召し物が似合わないのは、みっともないことですから」
 「皆よくできているのですから、お召しになるかたのお顔によく似合いそうなのを見立てておあげなさいまし。着物と人の顔が離れ離れなのはよくありませんから」
  "Idure mo, otori masaru kedime mo miye nu mono-domo na' meru wo, ki tamaha m hito no ohom-katati ni omohi yosohe tutu tatemature tamahe kasi. Ki taru mono no sama ni ni nu ha, higahigasiku mo ari kasi."
5.1.7  とのたまへば、大臣うち笑ひて、
 とおっしゃると、大臣も笑って、
 と言うと、源氏は笑って、
  to notamahe ba, Otodo uti-warahi te,
5.1.8  「 つれなくて、人の御容貌推し量らむの御心なめりな。 さては、いづれをとか思す
 「それとなく、他の人たちのご器量を想像しようというおつもりのようですね。では、あなたはどれをご自分のにとお思いですか」
 「素知らぬ顔であなたは着る人の顔を想像しようとするのですね。それにしてもあなたはどれを着ますか」
  "Turenaku te, hito no ohom-katati osihakara m no mi-kokoro na' meri na! Sateha, idure wo to ka obosu?"
5.1.9  と聞こえたまへば、
 と申し上げなさると、
 と言った。
  to kikoye tamahe ba,
5.1.10  「 それも鏡にては、いかでか
 「それは鏡で見ただけでは、どうして決められましょうか」
 「鏡に見える自分の顔にはどの着物を着ようという自信も出ません」
  "Sore mo kagami nite ha, ikadeka?"
5.1.11  と、 さすが恥ぢらひておはす
 と、そうは言ったものの恥ずかしがっていらっしゃる。
 さすがに恥ずかしそうに言う女王であった。
  to, sasuga hadirahi te ohasu.
5.1.12  紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料。桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君の御料なり。
 紅梅のたいそうくっきりと紋が浮き出た葡萄染の御小袿と、流行色のとても素晴らしいのは、こちらのお召し物。桜の細長に、艶のある掻練を取り添えたのは、姫君の御料である。
 紅梅色の浮き模様のある紅紫の小袿こうちぎ、薄い臙脂紫えんじむらさきの服は夫人の着料として源氏に選ばれた。桜の色の細長に、明るい赤い掻練かいねりを添えて、ここの姫君の春着が選ばれた。
  Koubai no ito mon uki taru ebizome no ohom-koutiki, imayauiro no ito sugure taru to ha, kano go-reu. Sakura no hosonaga ni, tuyayaka naru kaineri torisohe te ha, Himegimi no go-reu nari.
5.1.13  浅縹の海賦の織物、織りざまなまめきたれど、匂ひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に。
 浅縹の海賦の織物で、織り方は優美であるが、鮮やかな色合いでないものに、たいそう濃い紅の掻練を付けて、夏の御方に。
 薄いお納戸色に海草貝類が模様になった、織り方にたいした技巧の跡は見えながらも、見た目の感じの派手はででない物に濃い紅の掻練を添えたのが花散里はなちるさと
  Asahanada no kaihu no orimono, orizama namameki tare do, nihohiyaka nara nu ni, ito koki kaineri gusi te, Natu-no-Ohomkata ni.
5.1.14  曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、 かの西の対にたてまつれたまふを、上は見ぬやうにて思しあはす。「 内の大臣の、はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめり」と、げに 推し量らるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。
 曇りなく明るくて、山吹の花の細長は、あの西の対の方に差し上げなさるのを、紫の上は見ぬふりをして想像なさる。「内大臣が、はなやかで、ああ美しいと見える一方で、優美に見えるところがないのに似たのだろう」と、お言葉どおりだと推量されるのを、顔色にはお出しにならないが、殿がご覧やりなさると、ただならぬ関心を寄せているようである。
 真赤まっかな衣服に山吹やまぶきの花の色の細長は同じ所の西の対の姫君の着料に決められた。見ぬようにしながら、夫人にはひそかにうなずかれるところがあるのである。内大臣がはなやかできれいな人と見えながらもえんな所の混じっていない顔に玉鬘たまかずらの似ていることを、この黄色の上着の選ばれたことで想像したのであった。色に出して見せないのであるが、源氏はそのほうを見た時に、夫人の心の平静でないのを知った。
  Kumori naku akaki ni, yamabuki no hana no hosonaga ha, kano Nisi-no-Tai ni tatemature tamahu wo, Uhe ha mi nu yau nite obosi ahasu. "Uti-no-Otodo no, hanayaka ni, ana kiyoge to ha miye nagara, namamekasiu miye taru kata no mazira nu ni ni taru na' meri." to, geni osihakara ruru wo, iro ni ha idasi tamaha ne do, Tono miyari tamahe ru ni, tada nara zu.
5.1.15  「 いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。よきとても、物の色は限りあり、人の容貌は、おくれたるも、またなほ底ひ あるものを
 「いや、この器量比べは、当人の腹を立てるに違いないことだ。よいものだといっても、物の色には限りがあり、人の器量というものは、劣っていても、また一方でやはり奥底のあるものだから」
 「もう着る人たちの容貌きりょうを考えて着物を選ぶことはやめることにしよう、もらった人に腹をたてさせるばかりだ。どんなによくできた着物でも物質には限りがあって、人の顔は醜くても深さのあるものだからね」
  "Ide, kono katati no yosohe ha, hito haradati nu beki koto nari. Yoki tote mo, mono no iro ha kagiri ari, hito no katati ha, okure taru mo, mata naho sokohi aru mono wo."
5.1.16  とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、 人知れずほほ笑まれたまふ
 と言って、あの末摘花の御料に、柳の織物で、由緒ある唐草模様を乱れ織りにしたのも、とても優美なので、人知れず苦笑されなさる。
 こんなことも言いながら、源氏は末摘花すえつむはなの着料に柳の色の織物に、上品な唐草からくさの織られてあるのを選んで、それが艶な感じのする物であったから、人知れず微笑ほほえまれるのであった。
  tote, kano Suwetumuhana no go-reu ni, yanagi no orimono no, yosi aru karakusa wo midare ore ru mo, ito namameki tare ba, hitosirezu hohowema re tamahu.
5.1.17  梅の折枝、 蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に。思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。
 梅の折枝に、蝶や、鳥が、飛び交い、唐風の白い小袿に、濃い紫の艶のあるのを重ねて、明石の御方に。衣装から想像して気品があるのを、紫の上は憎らしいとお思いになる。
 梅の折り枝の上にちょうと鳥の飛びちがっている支那しな風な気のする白いうちぎに、濃い紅の明るい服を添えて明石あかし夫人のが選ばれたのを見て、紫夫人は侮辱されたのに似たような気が少しした。
  Mume no worieda, tehu, tori, tobi tigahi, karamei taru siroki koutiki ni, koki ga tuyayaka naru kasane te, Akasi-no-Ohomkata ni. Omohiyari kedakaki wo, Uhe ha mezamasi to mi tamahu.
5.1.18  空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて、同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。げに、似ついたる見むの御心なりけり。
 空蝉の尼君に、青鈍色の織物、たいそう気の利いたのを見つけなさって、御料にある梔子色の御衣で、聴し色なのをお添えになって、同じ元日にお召しになるようにとお手紙をもれなくお回しになる。なるほど、似合っているのを見ようというお心なのであった。
 空蝉うつせみの尼君には青鈍あおにび色の織物のおもしろい上着を見つけ出したのへ、源氏の服に仕立てられてあった薄黄の服を添えて贈るのであった。同じ日に着るようにとどちらへも源氏は言い添えてやった。自身の選定した物がしっくりと似合っているかを源氏は見に行こうと思うのである。
  Utusemi-no-Amagimi ni, awonibi no orimono, ito kokorobase aru wo, mituke tamahi te, go-reu ni aru kutinasi no ohom-zo, yurusiiro naru sohe tamahi te, onazi hi ki tamahu beki ohom-seusoko kikoye megurasi tamahu. Geni, nitui taru mi m no mi-kokoro nari keri.
注釈377かかりとも田舎びたることや大島本は「ことや」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「ことなどや」とし「など」を補訂する。源氏の心中。『集成』は「こちらでそうした配慮はしても、(衣裳の新調など)泥臭いところもあろうかと」。『完訳』は「いくら器量などはよくても、やはり垢ぬけしないところもあろうかと」と訳す。5.1.1
注釈378いと多かりける以下「ものすべかりけれ」まで、源氏の詞。5.1.2
注釈379ありがたしと思ひきこえたまふ源氏が紫の上を。5.1.4
注釈380いづれも劣りまさるけぢめも以下「ひがひがしくもありかし」まで、紫の上の詞。5.1.6
注釈381つれなくて以下「いづれをとか思す」まで、源氏の詞。5.1.8
注釈382さてはいづれをとか思す大島本は「さてハ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「さて」とし「は」を削除する。5.1.8
注釈383それも鏡にてはいかでか紫の上の詞。選択を源氏に任せる。5.1.10
注釈384さすが恥ぢらひておはす大島本は「さすか」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「さすがに」とし「に」を補訂する。5.1.11
注釈385かの西の対に玉鬘をさす。5.1.14
注釈386内の大臣の以下「似たるなめり」まで、紫の上に心中に即した叙述。5.1.14
注釈387いでこの容貌の以下「あるものを」まで、源氏の詞。5.1.15
注釈388あるものを格助詞「を」原因理由を表す。5.1.15
注釈389人知れずほほ笑まれたまふ『集成』は「末摘花には似合わぬ色合いのものをわざと選ぶ趣」。『完訳』は「似合わぬ立派さに苦笑する」と注す。5.1.16
校訂21 推し量らるる 推し量らるる--をしは(は/+か)らるゝ 5.1.14
校訂22 蝶、鳥 蝶、鳥--てうう(う<後出>/$とり) 5.1.17
5.2
第二段 末摘花の返歌


5-2  Suetsumuhana answers waka to Genji

5.2.1  皆、御返りどもただならず。御使の禄、心々なるに、末摘、東の院におはすれば、 今すこしさし離れ、艶なるべきを、うるはしくものしたまふ人にて、あるべきことは違へたまはず、山吹の袿の、袖口いたくすすけたるを、 うつほにてうち掛けたまへり。御文には、いとかうばしき陸奥紙の、すこし年経、厚きが黄ばみたるに、
 すべて、お返事は並大抵ではない。お使いへの禄も、それぞれに気をつかっていたが、末摘花は、東院にいらっしゃるので、もう少し違って、一趣向あってしかるべきなのに、几帳面でいらっしゃる人柄で、定まった形式は違えなさらず、山吹の袿で、袖口がたいそう煤けているのを、下に衣も重ねずにお与えになった。お手紙には、とても香ばしい陸奥国紙で、少し古くなって厚く黄ばんでいる紙に、
 夫人たちからはそれぞれの個性の見える返事が書いてよこされ、使いへ出した纏頭てんとうもさまざまであったが、末摘花は東の院にいて、六条院の中のことでないから纏頭などは気のきいた考えを出さねばならぬのに、この人は形式的にするだけのことはせずにいられぬ性格であったから纏頭も出したが、山吹色のうちぎ袖口そでぐちのあたりがもう黒ずんだ色に変色したのを、重ねもなく一枚きりなのである。末摘花女王すえつむはなにょおうの手紙は香のかおりのする檀紙だんしの、少し年数物になって厚くふくれたのへ、
  Mina, ohom-kaheri-domo tada nara zu. Ohom-tukahi no roku, kokorogokoro naru ni, Suwetumu, Himgasi-no-win ni ohasure ba, ima sukosi sasi-hanare, en naru beki wo, uruhasiku monosi tamahu hito nite, aru beki koto ha tagahe tamaha zu, yamabuki no utiki no, sodeguti itaku susuke taru wo, utuho nite utikake tamahe ri. Ohom-humi ni ha, ito kaubasiki mitinokunigami no, sukosi tosi he, atuki ga kibami taru ni,
5.2.2  「 いでや、賜へるはなかなかにこそ
 「どうも、戴くのは、かえって恨めしゅうございまして。
 どういたしましょう、いただき物はかえって私の心を暗くいたします。
  "Ideya, tamahe ru ha, nakanaka ni koso.
5.2.3   着てみれば恨みられけり唐衣
  返しやりてむ袖を濡らして
  着てみると恨めしく思われます、この唐衣は
  お返ししましょう、涙で袖を濡らして
  着て見ればうらみられけりからごろも
  かへしやりてんそでらして
    Ki te mire ba urami rare keri karagoromo
    kahesiyari te m sode wo nurasi te
5.2.4  御手の筋、ことに奥よりにたり。いといたくほほ笑みたまひて、とみにもうち置きたまはねば、上、何ごとならむと見おこせたまへり。
 ご筆跡は、特に古風であった。たいそう微笑を浮かべなさって、直ぐには手放しなさらないので、紫の上は、どうしたのかしらと覗き込みなさった。
 と書かれてあった。字は非常に昔風である。源氏はそれをながめながらおかしくてならぬような笑い顔をしているのを、何があったのかというふうに夫人は見ていた。
  Ohom-te no sudi, koto ni au yori ni tari. Ito itaku hohowemi tamahi te, tomi ni mo uti-oki tamaha ne ba, Uhe, nanigoto nara m to miokose tamahe ri.
5.2.5  御使にかづけたる物を、いと侘しくかたはらいたしと思して、御けしき悪しければ、すべりまかでぬ。いみじく、おのおのはささめき笑ひけり。かやうにわりなう古めかしう、かたはらいたきところのつきたまへるさかしらに、もてわづらひぬべう思す。 恥づかしきまみなり
 お使いに取らせた物が、とてもみすぼらしく体裁が悪いとお思いになって、ご機嫌が悪かったので、御前をこっそり退出した。ひどく、ささやき合って笑うのであった。このようにむやみに古風に体裁の悪いところがおありになる振る舞いに、手を焼くのだとお思いになる。気恥ずかしくなる目もとである。
 源氏は使いへ末摘花の出した纏頭てんとうのまずいのを見て、機嫌きげんの悪くなったのを知り、使いはそっと立って行った。そしてその侍は自身たちの仲間とこれを笑い話にした。よけいな出すぎたことをする点で困らせられる人であると源氏は思っていた。
  Ohom-tukahi ni kaduke taru mono wo, ito wabisiku kataharaitasi to obosi te, mi-kesiki asikere ba, suberi makade nu. Imiziku, onoono ha sasameki warahi keri. Kayau ni warinau hurumekasiu, kataharaitaki tokoro no tuki tamahe ru sakasira ni, mote-wadurahi nu beu obosu. Hadukasiki mami nari.
注釈390今すこしさし離れ艶なるべきを『集成』は「もう少し他人行儀に、しゃれた趣向があるべきなのだが、内輪じみず、恋人ふうであるべきだ、の意」と注す。5.2.1
注釈391うつほにてうち掛けたまへり下に衣を重ねないで、使者に与えたの意。5.2.1
注釈392いでや賜へるは以下、和歌の終わりまで、末摘花から源氏への手紙。5.2.2
注釈393なかなかにこそ『集成』は「源氏の日頃の疎遠を恨む気持」と注す。5.2.2
注釈394恥づかしきまみなり源氏についての描写。5.2.5
5.3
第三段 源氏の和歌論


5-3  Genji's opinion about waka

5.3.1  「 古代の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』かことこそ離れねな。まろも、その列ぞかし。さらに一筋にまつはれて、今めきたる言の葉にゆるぎたまはぬこそ、 ねたきことは、はたあれ。人の中なることを、をりふし、御前などのわざとある歌詠みのなかにては、『円居』離れぬ三文字ぞかし。昔の懸想のをかしき挑みには、『あだ人』といふ五文字を、 やすめどころにうち置きて、言の葉の続きたよりある心地すべかめり」
 「昔風の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』といった恨み言が抜けないですね。自分も、同じですが。まったく一つの型に凝り固まって、当世風の詠み方に変えなさらないのが、ご立派と言えばご立派なものです。人々が集まっている中にいることを、何かの折ふしに、御前などにおける特別の歌を詠む時には『まとゐ』が欠かせぬ三文字なのですよ。昔の恋のやりとりは、『あだ人--』という五文字を、休め所の第三句に置いて、言葉の続き具合が落ち着くような感じがするようです」
 「りっぱな歌人なのだね、この女王は。昔風の歌みはから衣、たもと濡るるという恨みの表現法から離れられないものだ。私などもその仲間だよ。凝り固まっていて、新しい言葉にも表現法にも影響されないところがえらいものだ。御前などの歌会の時に古い人らが友情を言う言葉に必ずまどいという三字が使われるのもいやなことだ。昔の恋愛をする者の詠む歌には相手を悪く見て仇人あだびとという言葉を三句めに置くことにして、それをさえ中心にすれば前後は何とでもつくと思ったものらしい」
  "Kotai no utayomi ha, Karakoromo,Tamoto nururu kakoto koso hanare ne na! Maro mo, sono tura zo kasi. Sarani hitosudi ni matuhare te, imameki taru kotonoha ni yurugi tamaha nu koso, netaki koto ha, hata are. Hito no naka naru koto wo, worihusi, omahe nado no waza to aru utayomi no naka nite ha, Madowi hanare nu mi-mozi zo kasi. Mukasi no kesau no wokasiki idomi ni ha, Adabito to ihu itu-mozi wo, yasumedokoro ni utioki te, kotonoha no tuduki tayori aru kokoti su beka' meri."
5.3.2  など笑ひたまふ。
 などとお笑いになる。
 などと源氏は夫人に語った。
  nado warahi tamahu.
5.3.3  「 よろづの草子、歌枕、よく案内知り見尽くして、そのうちの言葉を取り出づるに、詠みつきたる筋こそ、強うは変はらざるべけれ。
 「さまざまな草子や、歌枕に、よく精通し読み尽くして、その中の言葉を取り出しても、詠み馴れた型は、たいして変わらないだろう。
 「いろんな歌の手引き草とか、歌に使う名所の名とかの集めてあるのを始終見ていて、その中にある言葉を抜き出して使う習慣のついている人は、それよりほかの作り方ができないものと見える。
  "Yorodu no sausi, utamakura, yoku a'nai siri mi tukusi te, sono uti no kotoba wo toriiduru ni, yomituki taru sudi koso, tuyou ha kahara zaru bekere.
5.3.4   常陸の親王の書き置きたまへりける紙屋紙の草子をこそ、見よとて おこせたりしか。和歌の髄脳いと所狭う、病去るべきところ多かりしかば、もとよりおくれたる方の、いとどなかなか動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。 よく案内知りたまへる人の口つきにては、目馴れてこそあれ」
 常陸の親王がお書き残しになった紙屋紙の草子を、読んでみなさいと贈ってよこしたことがありました。和歌の規則がたいそうびっしりとあって、歌の病として避けるべきところが多く書いてあったので、もともと苦手としたことで、ますますかえって身動きがとれなく思えたので、わずらわしくて返してしまった。よく内容をご存知の方の詠みぶりとしては、ありふれた歌ですね」
 常陸ひたちの親王のお書きになった紙屋紙かんやがみの草紙というのを、読めと言って女王にょおうさんが貸してくれたがね、歌の髄脳ずいのう、歌のやまい、そんなことがあまりたくさん書いてあったから、もともとそのほうの才分の少ない私などは、それを見たからといって、歌のよくなる見込みはないから、むずかしくてお返ししましたよ。それに通じている人の歌としては、だれでもが作るような古いところがあるじゃないかね」
  Hitati-no-Miko no kakioki tamahe ri keru kauyagami no sausi wo koso, miyo tote okose tari sika. Waka no zuinau ito tokoroseu, yamahi saru beki tokoro ohokari sika ba, motoyori okure taru kata no, itodo nakanaka ugoki su beku mo miye zari sika ba, mutukasiku te kahesi te ki. Yoku a'nai siri tamahe ru hito no kutituki nite ha, me nare te koso are."
5.3.5  とて、をかしく思いたるさまぞ、 いとほしきや
 とおっしゃって、おもしろがっていらっしゃる様子、お気の毒なことである。
 滑稽こっけいでならないように源氏に笑われている末摘花の女王はかわいそうである。
  tote, wokasiku oboi taru sama zo, itohosiki ya!
5.3.6  上、いとまめやかにて、
 上は、たいそう真面目になって、
 夫人はまじめに、
  Uhe, ito mameyaka nite,
5.3.7  「 などて、返したまひけむ。書きとどめて、姫君にも見せたてまつりたまふべかりけるものを。ここにも、もののなかなりしも、虫みな損なひてければ。 見ぬ人はた、心ことにこそは遠かりけれ」
 「どうして、お返しになったのですか。書き写して、姫君にもお見せなさるべきでしたのに。私の手もとにも、何かの中にあったのも、虫がみな食ってしまいましたので。まだ見てない人は、やはり特に心得が足りないのです」
 「なぜすぐお返しになりましたの、写させておいて姫君にも見せておあげになるほうがよかったでしょうにね。私の書物の中にも古いその本はありましたけれど、虫が穴をあけて何も読めませんでした。その御本に通じていて歌の下手へたな方よりも、全然知らない私などはもっとひどくつたないわけですよ」
  "Nadote, kahesi tamahi kem? Kaki todome te, Himegimi ni mo mise tatematuri tamahu bekari keru mono wo. Koko ni mo, mono no naka nari si mo, musi mina sokonahi te kere ba. Minu hito hata, kokorokoto ni koso ha tohokari kere."
5.3.8  とのたまふ。
 とおっしゃる。
 と言った。
  to notamahu.
5.3.9  「 姫君の御学問に、いと用なからむ。すべて女は、 立てて好めることまうけてしみぬるは、さまよからぬことなり。 何ごとも、いとつきなからむは口惜しからむ。ただ心の筋を、漂はしからずもてしづめおきて、なだらかならむのみなむ、めやすかるべかりける」
 「姫君のお勉強には、必要がないでしょう。総じて女性は、何か好きなものを見つけてそれに凝ってしまうことは、体裁のよいものではありません。どのようなことにも、不調法というのも感心しないものです。ただ自分の考えだけは、ふらふらさせずに持っていて、おだやかに振る舞うのが、見た目にも無難というものです」
 「姫君の教育にそんなものは必要でない。いったい女というものは一つのことに熱中して専門家的になっていることが感じのいいものではない。といって、どの芸にも門外の人であることはよくないでしょうがね。ただ思想的に確かな人にだけしておいて、ほかは平穏できずのない程度の女に私は教育したい」
  "Himegimi no ohom-gakumon ni, ito you nakara m. Subete womna ha, tate te konome ru koto mauke te simi nuru ha, sama yokara nu koto nari. Nanigoto mo, ito tuki nakara m ha kutiwosikara m. Tada kokoro no sudi wo, tadayohasikara zu mote-sidume oki te, nadaraka nara m nomi nam, meyasukaru bekari keru."
5.3.10  などのたまひて、 返しは思しもかけねば
 などとおっしゃって、返歌をしようとはまったくお考えでないので、
 こんなことを源氏は言っていて、もう一度末摘花へ返事を書こうとするふうのないのを、夫人は、
  nado notamahi te, kahesi ha obosi mo kake ne ba,
5.3.11  「 返しやりてむ、とあめるに、これよりおし返したまはざらむも、ひがひがしからむ」
 「返してしまおう、とあるようなのに、こちらからお返歌なさらないのも、礼儀に外れていましょう」
 「返しやりてん、とお言いになったのですから、もう一度何とかおっしゃらないでは失礼ですわ」
  "Kahesi yari te m, to a' meru ni, kore yori osikahesi tamaha zara m mo, higahigasikara m."
5.3.12  と、そそのかしきこえたまふ。 情け捨てぬ御心にて、書きたまふ。いと心やすげなり。
 と、お勧め申し上げなさる。思いやりのあるお心なので、お書きになる。とても気安いふうである。
 と言って、書くことを勧めていた。人情味のある源氏であったから、すぐに返歌が書かれた、非常に楽々と、
  to, sosonokasi kikoye tamahu. Nasake sute nu mi-kokoro nite, kaki tamahu. Ito kokoroyasuge nari.
5.3.13  「 返さむと言ふにつけても片敷の
   夜の衣を思ひこそやれ
 「お返ししましょうとおっしゃるにつけても
  独り寝のあなたをお察しいたします
  かへさんと言ふにつけても片しきの
  夜の衣を思ひこそやれ
    "Kahesa m to ihu ni tuke te mo katasiki no
    yoru no koromo wo omohi koso yare
5.3.14  ことわりなりや」
 ごもっともですね」
 ごもっともです。
  kotowari nari ya!"
5.3.15   とぞあめる
 とあったようである。
 という手紙であったらしい。
  to zo a' meru.
注釈395古代の歌詠みは以下「心地すべかめり」まで、源氏の詞。歌論。5.3.1
注釈396ねたきことははたあれ『集成』「ご立派と言えばご立派なものです」と訳す。皮肉。5.3.1
注釈397やすめどころにうち置きて和歌の第三句をいう。5.3.1
注釈398よろづの草子以下「こそあれ」まで、源氏の詞。歌論の続き。5.3.3
注釈399常陸の親王の書き置きたまへりける末摘花の父故常陸宮が書き写し残しておいたの意。自ら創作執筆した意ではない。5.3.4
注釈400おこせたりしか過去助動詞「しか」已然形。「こそ」の係結び。過去の出来事をいう。5.3.4
注釈401よく案内知りたまへる人末摘花をさす。5.3.4
注釈402いとほしきや『完訳』は「語り手の末摘花への憐愍を挿入しながら、末摘花を批判」と注す。5.3.5
注釈403などて返したまひけむ以下「け遠かりけれ」まで、紫の上の詞。5.3.7
注釈404見ぬ人はた紫の上自身をさす。5.3.7
注釈405姫君の御学問に以下「めやすかるべかりけれ」まで、源氏の詞。5.3.9
注釈406立てて好めることまうけてしみぬるは『集成』は「表看板にするものをわざわざ作ってそれに打ち込んだのは」と訳す。5.3.9
注釈407何ごともいとつきなからむは口惜しからむ『集成』は「全く不案内というのでは仕方がないでしょう」。『完訳』は「どんなことでもまったく無調法というのも感心しないでしょう」と訳す。5.3.9
注釈408返しは思しもかけねば大島本は「返し(△&し)ハ」とある。すなわち元の文字(判読不明)を摺り消してその上に重ねて「し」と訂正する。『新大系』は底本の訂正に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「返事」と校訂する。5.3.10
注釈409返しやりてむと以下「ひがひがしからむ」まで、紫の上の詞。『完訳』は「語呂を合せた洒落」と注す。5.3.11
注釈410情け捨てぬ御心にて、書きたまふ源氏をいう。『集成』は「諧謔の筆を弄したもの」と注す。5.3.12
注釈411返さむと言ふにつけても片敷の--夜の衣を思ひこそやれ源氏の返歌。「返し」「衣」の語句を用いて返す。「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」(古今集恋二、五五四、小野小町)を踏まえる。5.3.13
注釈412とぞあめる推量の助動詞「めり」は語り手の主観的推量のニュアンス。『新大系』は「語り手が伝聞した内容を語り伝えるという趣で、この巻をしめくくる。類型的な巻末表現」と注す。5.3.15
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
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渋谷栄一注釈(C)
Last updated 11/25/2013
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-3)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kompass(青空文庫)

2003年7月31日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2009年12月18日

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Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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