第四十帖 御法


40 MINORI (Ohoshima-bon)


光る源氏の准太上天皇時代
五十一歳三月から八月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo Tenno era, from March to August, at the age of 51

2
第二章 紫の上の物語 紫の上の死と葬儀


2  Tale of Murasaki  Murasaki's death and funeral

2.1
第一段 紫の上の部屋に明石中宮の御座所を設ける


2-1  Akashi-empress sets her seat to nurse Murasaki in the room

2.1.1   秋待ちつけて、世の中すこし涼しくなりては、御心地もいささかさはやぐやうなれど、 なほともすれば、かことがまし。さるは、 身にしむばかり思さるべき秋風ならねど、露けき折がちにて 過ぐしたまふ。
 ようやく待っていた秋になって、世の中が少し涼しくなってからは、ご気分も少しはさわやかになったようであるが、やはりどうかすると、何かにつけ悪くなることがある。といっても、身にしみるほどに思われなさる秋風ではないが、涙でしめりがちな日々をお過ごしになる。
 ようやく秋が来て京の中も涼しくなると、紫夫人の病気も少し快くなったようには見えるのであるが、どうかするとまたもとのような容体にかえるのであった。まだ身にしむほどの秋風が吹くのではないが、しめっぽく曇る心をばかり持って夫人は日を送った。
  Aki mati tuke te, yononaka sukosi suzusiku nari te ha, mi-kokoti mo isasaka sahayagu yau nare do, naho tomo-sure-ba, kakoto gamasi. Saruha, mi ni simu bakari obosa ru beki akikaze nara ne do, tuyukeki wori gati nite sugusi tamahu.
2.1.2   中宮は、参りたまひなむとするを、 今しばしは御覧ぜよとも、聞こえまほしう思せども、さかしきやうにもあり、内裏の御使の隙なきもわづらはしければ、さも聞こえたまはぬに、 あなたにもえ渡りたまはねば、 宮ぞ渡りたまひける
 中宮は、宮中に参内なさろうとするのを、もう暫くは御逗留をとも、申し上げたくお思いになるが、差し出がましいような気がし、宮中からのお使いがひっきりなしに見えるのも厄介なので、そのようにはお申し上げなさらず、あちらにもお渡りになることができないので、中宮がお越しなさった。
 中宮ちゅうぐうは御所へおはいりにならず、もう少しここにおいでになるほうがよいことになるでしょうと女王はお言いしたいのであるが、死期を予感しているように賢がって聞こえぬかと恥ずかしく思われもしたし、御所からの御催促の御使みつかいのひっきりなしに来ることに御遠慮がされもして、おとどめすることも申さないでいるうちに、夫人がもう東の対へ出て来ることができないために、宮のほうからそちらへ行こうと中宮が仰せられた。
  Tyuuguu ha, mawiri tamahi na m to suru wo, ima sibasi ha goranze yo to mo, kikoye mahosiu obose domo, sakasiki yau ni mo ari, Uti no ohom-tukahi no hima naki mo wadurahasikere ba, samo kikoye tamaha nu ni, anata ni mo e watari tamaha ne ba, Miya zo watari tamahi keru.
2.1.3  かたはらいたけれど、げに見たてまつらぬもかひなしとて、こなたに御しつらひをことにせさせたまふ。「 こよなう痩せ細りたまへれどかくてこそ、あてになまめかしきことの限りなさもまさりて めでたかりけれ」と、来し方あまり匂ひ多く、あざあざとおはせし盛りは、なかなかこの世の花の薫りにもよそへられたまひしを、限りもなくらうたげにをかしげなる御さまにて、 いとかりそめに世を思ひたまへるけしき、似るものなく心苦しく 、すずろにもの悲し。
 恐れ多いことであるが、いかにもお目にかからずには張り合いがないということで、こちらに御座所を特別に設えさせなさる。「すっかり痩せ細っていらっしゃるが、こうしても、高貴で優美でいらっしゃることの限りなさも一段と素晴らしく見事である」と、今まで匂い満ちて華やかでいらっしゃった女盛りは、かえってこの世の花の香にも喩えられていらっしゃったが、この上もなく可憐で美しいご様子で、まことにかりそめの世と思っていらっしゃる様子、他に似るものもなくおいたわしく、何となく物悲しい。
 失礼であると思い心苦しく思いながらも、お目にかからないでいることも悲しくて、西の対へ宮のお居間を設けさせて、夫人はなつかしい宮をお迎えしたのであった。夫人は非常にせてしまったが、かえってこれが上品で、最もえんな姿になったように思われた。これまであまりにはなやかであった盛りの時は、花などに比べて見られたものであるが、今は限りもない美の域に達して比較するものはもう地上になかった。その人が人生をはかなく、心細く思っている様子は、見るものの心をまでなんとなく悲しいものにさせた。
  Kataharaitakere do, geni mi tatematura nu mo kahinasi tote, konata ni ohom-siturahi wo koto ni se sase tamahu. "Koyonau yase hosori tamahe re do, kakute koso, ate ni namamekasiki koto no kagiri nasa mo masari te medetakarikere." to, kisikata amari nihohi ohoku, azaaza to ohase si sakari ha, nakanaka konoyo no hana no kawori ni mo yosohe rare tamahi si wo, kagiri mo naku rautage ni wokasige naru ohom-sama nite, ito karisome ni yo wo omohi tamahe ru kesiki, niru mono naku kokorogurusiku, suzuroni mono-ganasi.
注釈100秋待ちつけて世の中すこし涼しくなりては季節は夏から秋に推移。病人にとってもしのぎやすい季節となる。『完訳』は「ようやく待ちかねた秋になって」と訳す。2.1.1
注釈101なほともすれば、かことがまし『集成』は「「かことがまし」は、何かにつけて恨みたくなる、の意。何かにつけて、すぐぶり返す状態をいう」と注す。2.1.1
注釈102身にしむばかり思さるべき秋風ならねど、露けき折がちにて【身にしむばかり思さるべき秋風ならねど】−『源氏釈』は「秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ」(詞花集秋、和泉式部)。『源注拾遺』は「吹きくれば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」(古今六帖、秋の風)を指摘。
【秋風ならねど、露けき折がちにて】−「露」は「秋風」の縁語。涙にしめりがち、の意。
2.1.1
注釈103中宮は参りたまひなむと以下「消え果てたまひぬ」まで、国宝「源氏物語絵巻」詞書にある。2.1.2
注釈104今しばしは御覧ぜよとも聞こえまほしう思せども主語は紫の上。2.1.2
注釈105あなたにも西の対から東の対へ。2.1.2
注釈106宮ぞ渡りたまひける中宮がじきじきに西の対にお越しになった。2.1.2
注釈107こよなう痩せ細りたまへれど「れ」完了の助動詞、存続の意。『完訳』は「以下、中宮の目に映る紫の上」と注す。2.1.3
注釈108かくてこそ『集成』「かえってこのほうが」。『完訳』は「当時の美人はふっくらした感じ。その常識に反して、痩せても美しいと讃嘆」と注す。以下「めでたかりけれ」まで、明石中宮の感想。2.1.3
注釈109めでたかりけれと「限りもなくらうたげに」に続く。「来し方」以下「よそへられたまひしを」まで、挿入句。2.1.3
注釈110いとかりそめに世を思ひたまへるけしき似るものなく心苦しく大島本は「かりそめに(に+世をイ)思給へる」とある。すなわち「に」の後に「世を」と異本校合を記す。『集成』『完本』は底本の異本と諸本に従って「世を」を補訂する。『新大系』は底本の本行本文のままとする。『休聞抄』は「朝露のおくての山田かりそめに憂き世の中を思ひぬるかな」(古今集哀傷、八四二、貫之)を指摘。2.1.3
出典3 身にしむばかり思さるべき秋風 秋吹く風はいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ 詞花集秋-一〇九 和泉式部 2.1.1
校訂7 世を 世を--(/+世をイ) 2.1.3
2.2
第二段 明石中宮に看取られ紫の上、死去す


2-2  Murasaki passes away as nursing by Akashi-empress

2.2.1  風すごく吹き出でたる夕暮に、前栽見たまふとて、脇息に寄りゐたまへるを、院渡りて見たてまつりたまひて、
 風が身にこたえるように吹き出した夕暮に、前栽を御覧になろうとして、脇息に寄りかかっていらっしゃるのを、院がお渡りになって拝見なさって、
 風がすごく吹く日の夕方に、前の庭をながめるために、夫人は起きて脇息きょうそくによりかかっているのを、おりからおいでになった院が御覧になって、
  Kaze sugoku huki ide taru yuhugure ni, sensai mi tamahu tote, kehusoku ni yori wi tamahe ru wo, Win watari te mi tatematuri tamahi te,
2.2.2  「 今日は、いとよく 起きゐたまふめるは。この御前にては、こよなく御心もはればれしげなめりかし」
 「今日は、とても具合好く起きていらっしゃいますね。この御前では、すっかりご気分も晴れ晴れなさるようですね」
 「今日はそんなに起きていられるのですね。宮がおいでになる時にだけ気分が晴れやかになるようですね」
  "Kehu ha, ito yoku oki wi tamahu meru ha! Kono o-mahe nite ha, koyonaku mi-kokoro mo harebaresige na' meri kasi."
2.2.3  と聞こえたまふ。かばかりの隙あるをも、 いとうれしと思ひきこえたまへる 御けしきを見たまふも、心苦しく、「 つひに、いかに思し騒がむ」と思ふに、あはれなれば、
 と申し上げなさる。この程度の気分の好い時があるのをも、まことに嬉しいとお思い申し上げていらっしゃるご様子を御覧になるのも、おいたわしく、「とうとう最期となった時、どんなにお嘆きになるだろう」と思うと、しみじみ悲しいので、
 とお言いになった。わずかに小康を得ているだけのことにも喜んでおいでになる院のお気持ちが、夫人には心苦しくて、この命がいよいよ終わった時にはどれほどお悲しみになるであろうと思うと物哀れになって、
  to kikoye tamahu. Kabakari no hima aru wo mo, ito uresi to omohi kikoye tamahe ru mi-kesiki wo mi tamahu mo, kokorogurusiku, "Tuhini, ikani obosi sawaga m?" to omohu ni, ahare nare ba,
2.2.4  「 おくと見るほどぞはかなきともすれば
   風に乱るる萩のうは露
 「起きていると見えますのも暫くの間のこと
  ややもすれば風に吹き乱れる萩の上露のようなわたしの命です
  おくと見るほどぞはかなきともすれば
  風に乱るるはぎの上露
    "Oku to miru hodo zo hakanaki tomo-sure-ba
    kaze ni midaruru hagi no uha tuyu
2.2.5   げにぞ、折れかへりとまるべうもあらぬ、よそへられたる折さへ忍びがたきを、見出だしたまひても、
 なるほど、風にひるがえってこぼれそうなのが、よそえられたのさえ我慢できないので、お覗きになっても、
 と言った。そのとおりに折れ返った萩の枝にとどまっているべくもない露にその命を比べたのであったし、時もまた秋風の立っている悲しい夕べであったから、
  Geni zo, wore kaheri tomaru beu mo ara nu, yosohe rare taru wori sahe sinobi gataki wo, mi idasi tamahi te mo,
2.2.6  「 ややもせば消えをあらそふ露の世に
   後れ先だつほど経ずもがな
 「どうかすると先を争って消えてゆく露のようにはかない人の世に
  せめて後れたり先立ったりせずに一緒に消えたいものです
  ややもせば消えを争ふ露の世に
  おくれ先きだつほどへずもがな
    "Yaya mo se ba kiye wo arasohu tuyu no yo ni
    okure sakidatu hodo he zu mo gana
2.2.7  とて、御涙を払ひあへたまはず。宮、
 と言って、お涙もお拭いになることができない。中宮、
 とお言いになる院は、涙をお隠しになる余裕もないふうでおありになった。宮は、
  tote, ohom-namida wo harahi ahe tamaha zu. Miya,
2.2.8  「 秋風にしばしとまらぬ露の世を
   誰れか草葉のうへとのみ見む
 「秋風に暫くの間も止まらず散ってしまう露の命を
  誰が草葉の上の露だけと思うでしょうか
  秋風にしばし留まらぬ露の世を
  たれか草葉の上とのみ見ん
    "Akikaze ni sibasi tomara nu tuyu no yo wo
    tare ka kusaba no uhe to nomi mi m
2.2.9  と聞こえ交はしたまふ御容貌ども、あらまほしく、 見るかひあるにつけても、「 かくて千年を過ぐすわざもがな」と思さるれど、心にかなはぬことなれば、かけとめむ方なきぞ悲しかりける。
 と詠み交わしなさるご器量、申し分なく、見る価値があるにつけても、「こうして千年を過ごしていたいものだ」と思われなさるが、思うにまかせないことなので、命を掛け止めるすべがないのが悲しいのであった。
 とお告げになるのであった。美貌びぼうの二女性が最も親しい家族として一堂に会することが快心のことであるにつけても、こうして千年を過ごす方法はないかと院はお思われになるのであったが、命は何の力でもとどめがたいものであるのは悲しい事実である。
  to kikoye kahasi tamahu ohom-katati-domo, aramahosiku, miru kahi aru ni tuke te mo, "Kakute titose wo sugusu waza mo gana" to obosa rure do, kokoro ni kanaha nu koto nare ba, kake tome m kata naki zo kanasikari keru.
2.2.10  「 今は渡らせたまひね。乱り心地いと苦しくなりはべりぬ。いふかひなくなりにけるほどと言ひながら、いとなめげにはべりや」
 「もうお帰りなさいませ。気分がひどく悪くなりました。お話にもならないほどの状態になってしまったとは申しながらも、まことに失礼でございます」
 「もうあちらへおいでなさいね。私は気分が悪くなってまいりました。病中と申してもあまり失礼ですから」
  "Ima ha watara se tamahi ne. Midarigokoti ito kurusiku nari haberi nu. Ihukahinaku nari ni keru hodo to ihi nagara, ito namege ni haberi ya!"
2.2.11  とて、御几帳引き寄せて臥したまへるさまの、常よりもいと頼もしげなく見えたまへば、
 と言って、御几帳引き寄せてお臥せりになった様子が、いつもより頼りなさそうにお見えなので、
 といって、女王は几帳きちょうを引き寄せて横になるのであったが、平生にえて心細い様子であるために、
  tote, mi-kityau hikiyose te husi tamahe ru sama no, tune yori mo ito tanomosige naku miye tamahe ba,
2.2.12  「いかに思さるるにか」
 「どうあそばしましたか」
 どんな気持ちがするのか
  "Ikani obosa ruru ni ka?"
2.2.13  とて、宮は、御手をとらへたてまつりて、泣く泣く見たてまつりたまふに、 まことに消えゆく露の心地して、限りに見えたまへば、御誦経の使ひども、数も知らず立ち騷ぎたり。 先ざきも、かくて生き出でたまふ折にならひたまひて、御もののけと疑ひたまひて、夜一夜 さまざまのことをし尽くさせたまへど、かひもなく、 明け果つるほどに消え果てたまひぬ
 とおっしゃって、中宮は、お手をお取り申して泣きながら拝し上げなさると、本当に消えてゆく露のような感じがして、今が最期とお見えなので、御誦経の使者たちが、数えきれないほど騷ぎだした。以前にもこうして生き返りなさったことがあったのと同じように、御物の怪のしわざかと疑いなさって、一晩中いろいろな加持祈祷のあらん限りをし尽くしなさったが、その甲斐もなく、夜の明けきるころにお亡くなりになった。
 と不安に思召おぼしめして、宮は手をおとらえになって泣く泣く母君を見ておいでになったが、あの最後の歌の露が消えてゆくように終焉しゅうえんの迫ってきたことが明らかになったので、誦経ずきょうの使いが寺々へ数も知らずつかわされ、院内は騒ぎ立った。以前も一度こんなふうになった夫人が蘇生そせいした例のあることによって、物怪もののけのすることかと院はお疑いになって、夜通しさまざまのことを試みさせられたが、かいもなくて翌朝の未明にまったくこと切れてしまった。
  tote, Miya ha, ohom-te wo torahe tatematuri te, nakunaku mi tatematuri tamahu ni, makotoni kiye yuku tuyu no kokoti si te, kagiri ni miye tamahe ba, mi-zukyau no tukahi-domo, kazu mo sira zu tati-sawagi tari. Sakizaki mo, kakute iki ide tamahu wori ni narahi tamahi te, ohom-mononoke to utagahi tamahi te, yo hitoyo samazama no koto wo si tukusa se tamahe do, kahi mo naku, ake haturu hodo ni kiye hate tamahi nu.
注釈111今日はいとよく以下「はればれしげなめりかし」まで、源氏の詞。2.2.2
注釈112起きゐたまふめるは終助詞「は」詠嘆の意。2.2.2
注釈113いとうれしと思ひきこえたまへる主語は源氏。2.2.3
注釈114御けしきを見たまふも心苦しく紫の上が源氏の様子を。2.2.3
注釈115つひにいかに思し騒がむ紫の上の心中。2.2.3
注釈116おくと見るほどぞはかなきともすれば--風に乱るる萩のうは露紫の上の和歌。「置く」「起く」の掛詞。「露」「置く」縁語。わが身を露に喩えてはかない命を詠む。2.2.4
注釈117げにぞ庭の光景に紫の上の歌をいかにもと思う、源氏の心中。『完訳』は「紫の上の詠歌どおり、庭前の萩は風に折れ返って、露がこぼれ落ちそう。それがむらあきの上のはかない生命に擬えられる。紫の上を思う源氏の心象風景である」と注す。2.2.5
注釈118ややもせば消えをあらそふ露の世に--後れ先だつほど経ずもがな源氏の唱和歌。「おく」「ほど」「露」の語句を受けて、自分も一緒に死にたいという歌。『異本紫明抄』は「ややもせば消えぞしぬべきとにかくに思ひ乱るる刈萱の露」(出典未詳)。『河海抄』は「ややもせば風にしたがふ雨の音を絶えぬ心にかけずもあらなむ」(出典未詳)、「末の露本の雫や世の中の後れ先立つためしなるらむ」(古今六帖、雫)を指摘。2.2.6
注釈119秋風にしばしとまらぬ露の世を--誰れか草葉のうへとのみ見む明石中宮の歌。紫の上の歌の「風」、源氏の歌の「露の世」の語句を受けて、わが身も同じことと、紫の上を慰める歌。『河海抄』は「暁の露は枕に置きにけるを草葉の上と何思ひけむ」(後拾遺集恋二、七〇一、馬内侍)を指摘。2.2.8
注釈120見るかひあるにつけても『孟津抄』は「草子地也」と注す。2.2.9
注釈121かくて千年を過ぐすわざもがな『河海抄』は「暮るる間は千歳を過す心地して待つはまことに久しかりけり」(後拾遺集恋二、六六七、藤原隆方)。『花鳥余情』は「頼むるに命の延ぶる物ならば千歳もかくてあらむとや思ふ」(後拾遺集恋一、六五四、小野宮太政大臣女)。『集成』は「桜花今宵かざしにさしながらかくて千歳の春をこそ経め」(拾遺集賀、九条右大臣)を指摘。2.2.9
注釈122今は渡らせたまひね以下「いとなめげにはべりや」まで、紫の上の詞。2.2.10
注釈123まことに消えゆく露の心地して『集成』は「さきほどの露に寄せた最後の唱和が想起される」。『完訳』は「三人の唱和した「露」を、さらに当時の通念としての「露の命」の語をも受け、「まことに」とする」。2.2.13
注釈124先ざきも、かくて生き出でたまふ折にならひたまひて「若菜下」巻(第八章一段)に紫の上の蘇生が語られていた。2.2.13
注釈125さまざまのことをし尽くさせたまへど加持祈祷のあらん限りを。2.2.13
注釈126明け果つるほどに消え果てたまひぬ紫の上の臨終のさま。露の消え果てるさまに擬えられる。2.2.13
2.3
第三段 源氏、紫の上の落飾のことを諮る


2-3  Genji asks Yugiri about Murasaki's Buddhist funeral rites

2.3.1   宮も、帰りたまはで、かくて見たてまつりたまへるを、 限りなく思す。誰れも誰れも、ことわりの別れにて、たぐひあることとも思されず、めづらかにいみじく、 明けぐれの夢に惑ひたまふほど、さらなりや
 中宮もお帰りにならず、こうしてお看取り申されたことを、感慨無量にお思いあそばす。どなたもどなたも、当然の別れとして、誰にでもあることともお思いなされず、又とない大変な悲しみとして、明け方のほの暗い夢かとお惑いなさるのは、言うまでもないことであるよ。
 宮もお居間にお帰りにならぬままで臨終に立ち会えたことを、うれしくも悲しくも思召した。御良人ごりょうじん御娘みむすめも、これを人生の常としてだれも経験していることとはお思いになれないで、言語に絶した悲しみ方をしておいでになるのである。
  Miya mo, kaheri tamaha de, kakute mi tatematuri tamahe ru wo, kagiri naku obosu. Tare mo tare mo, kotowari no wakare nite, taguhi aru koto to mo obosa re zu, meduraka ni imiziku, akegure no yume ni madohi tamahu hodo, sara nari ya!
2.3.2   さかしき人おはせざりけり。さぶらふ女房なども、ある限り、さらにものおぼえたるなし。院は、まして思し静めむ方なければ、大将の君近く参りたまへるを、御几帳のもとに呼び寄せたてまつりたまひて、
 しっかりとした人はいらっしゃらなかった。伺候する女房たちも、居合わせた者は、全て分別のある者はまったくいない。院は、誰よりもお気の静めようもないので、大将の君がお側近くに参上なさっているのを、御几帳の側にお呼び寄せ申されて、
 二条の院の中は絶望して心を取り乱した人ばかりになった。院はお心の静めようもないふうで、大将を几帳のそばへお呼び寄せになって、
  Sakasiki hito ohase zari keri. Saburahu nyoubau nado mo, aru kagiri, sarani mono oboye taru nasi. Win ha, masite obosi sidume m kata nakere ba, Daisyau-no-Kimi tikaku mawiri tamahe ru wo, mi-kityau no moto ni yobi yose tatematuri tamahi te,
2.3.3  「 かく今は限りの さまなめるを年ごろの本意ありて思ひつること、かかるきざみに、その思ひ違へてやみなむが いといとほしき。御加持にさぶらふ大徳たち、読経の僧なども、皆声やめて出でぬなるを、さりとも、立ちとまりてものすべきもあらむ。この世にはむなしき心地するを、仏の御しるし、 今はかの冥き途のとぶらひにだに頼み申すべきを、頭おろすべきよしものしたまへ。さるべき僧、誰れかとまりたる」
 「このように今はもうご臨終のようなので、長年願っていたこと、このような際にその願いを果たせずに終わってしまうことがかわいそうだ。御加持を勤める大徳たち、読経の僧なども、皆声を止めて帰ったようだが、そうはいっても、まだ残っている僧たちもいるだろう。この現世のためには何の役にも立たないような気がするが、仏の御利益は、今はせめて冥途の道案内としてでもお頼み申さねばならないゆえ、剃髪するよう計らいなさい。適当な僧で、誰が残っているか」
 「もうだめになったことは確かなようだ。長く希望していた出家のことをこの際に遂げさせてやらないのは惨酷なように思われるが、加持に来ていた僧たちも読経どきょうの僧たちも皆することをやめて帰ったとしても、少しは残っているのもあろうから、この世の利益はもう必要がなくなった今では冥土めいどのお手引きに仏をお願いすることにして、髪を切って尼にすることをそのだれかにさせてくれ。相当な僧ではだれが残っているか」
  "Kaku ima ha kagiri no sama na' meru wo, tosigoro no ho'i ari te omohi turu koto, kakaru kizami ni, sono omohi tagahe te yami na m ga ito itohosiki. Ohom-kadi ni saburahu Daitoko-tati, dokyau no sou nado mo, mina kowe yame te ide nu naru wo, saritomo, tati tomari te monosu beki mo ara m. Konoyo ni ha munasiki kokoti suru wo, Hotoke no ohom-sirusi, ima ha kano kuraki miti no toburahi ni dani tanomi mawosu beki wo, kasira orosu beki yosi monosi tamahe. Sarubeki sou, tare ka tomari taru?"
2.3.4  などのたまふ御けしき、 心強く思しなすべかめれど、御顔の色もあらぬさまに、いみじく堪へかね、御涙のとまらぬを、 ことわりに悲しく見たてまつりたまふ
 などとおっしゃるご様子、気強くお思いのようであるが、お顔の色も常とは変わって、ひどく悲しみに堪えかね、お涙の止まらないのを、無理もないことと悲しく拝し上げなさる。
 こうお言いになる御様子にも、自制しておいでになるのであろうが、御血色もまったくないようで、涙がとまらず流れているお顔を、ごもっともなことであると大将は悲しく見た。
  nado notamahu mi-kesiki, kokoroduyoku obosi nasu beka' mere do, ohom-kaho no iro mo ara nu sama ni, imiziku tahe kane, ohom-namida no tomara nu wo, kotowari ni kanasiku mi tatematuri tamahu.
2.3.5  「 御もののけなどの、これも、人の御心乱らむとて、かくのみものははべめるを、 さもやおはしますらむさらば、とてもかくても、御本意のことは、よろしきことにはべなり。 一日一夜忌むことのしるしこそは、むなしからずははべなれ 。まことにいふかひなくなり果てさせたまひて、後の御髪ばかりをやつさせたまひても、異なるかの世の 御光ともならせたまはざらむものから、目の前の悲しびのみまさるやうにて、いかがはべるべからむ」
 「御物の怪などが、今度も、この方のお心を悩まそうとして、このようなことになるもののようでございますから、そのようなことでいらっしゃいましょう。それならば、いずれにせよ、御念願のことは、結構なことでございます。一日一夜でも戒をお守りになりましたら、その効は必ずあるものと聞いております。本当に息絶えてしまわれて、後から御髪だけをお下ろしなさっても、特に後世の御功徳とはおなりではないでしょうから、目の前の悲しみだけが増えるようで、いかがなものでございましょうか」
 「物怪などが周囲の者を驚かすために、そうしたことをすることもあるのですが、絶望の御状態とはそうしたわけではないのでございましょうか。それでございましたら、ただ今承りましたことは結構なことでございまして、一日一夜でも道におはいりになっただけのことは報いられるでしょうが、しかしもうまったくおくなりになったのでございましたら、死後のおぐしの形を変えますだけのことがあの世の光にはならないでしょう。そしてで見る遺族たちの悲しみだけが増大することになるだけのことでございますから、私はいかがかと存じます」
  "Ohom-mononoke nado no, kore mo, hito no mi-kokoro midara m tote, kaku nomi mono ha habemeru wo, samo ya ohasimasu ram. Saraba, totemo-kakutemo, ohom-ho'i no koto ha, yorosiki koto ni habe' nari. Iti-niti iti-ya imu koto no sirusi koso ha, munasikara zu ha haberu nare. Makoto ni ihukahinaku nari hate sase tamahi te, noti no mi-gusi bakari wo yatusa se tamahi te mo, koto naru kano yo no ohom-hikari to mo nara se tamaha zara m monokara, me no mahe no kanasibi nomi masaru yau nite, ikaga haberu bekara m?"
2.3.6  と申したまひて、 御忌に籠もりさぶらふべき心ざしありてまかでぬ僧、その人、かの人など召して、さるべきことども、この君ぞ行なひたまふ。
 と申し上げなさって、御忌みに籠もって伺候しようとするお志があって止まっている僧のうち、あの僧、この僧などをお召しになって、しかるべきことどもを、この君がお命じになる。
 と大将は言って、忌中をこの院でこもり続けようとする志のある僧たちの中から人選して念仏をさせることを命じたりすることなども皆この人がした。
  to mawosi tamahi te, ohom-imi ni komori saburahu beki kokorozasi ari te makade nu sou, sono hito, kano hito nado mesi te, sarubeki koto-domo, kono Kimi zo okonahi tamahu.
注釈127宮も帰りたまはで帝から宮中に帰るようにとの催促があった。2.3.1
注釈128限りなく思す臨終に立ち会えたことを前世からの因縁と感慨無量に思う。2.3.1
注釈129明けぐれの夢に惑ひたまふほどさらなりや語り手の感情移入による表現。『万水一露』は「双紙の批判の詞也」と注す。2.3.1
注釈130さかしき人おはせざりけり『集成』は「取り乱さない方はおられないのだった」。『完訳』は「しかと正気の方はいらっしゃらないのだった」と訳す。2.3.2
注釈131かく今は限りの以下「誰れかとまりたる」まで、源氏の詞。2.3.3
注釈132さまなめるを以下、接続助詞とも間投助詞ともつかぬ「を」の多用に注意。源氏の気持ちがよく表出されている。2.3.3
注釈133年ごろの本意ありて思ひつること主語は紫の上。敬語はつかない。たんたんとした述懐の表れ。2.3.3
注釈134いといとほしき大島本は「いと/\おしき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いといとほしきを」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。2.3.3
注釈135今はかの冥き途のとぶらひにだに『花鳥余情』は「暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月」(拾遺集哀傷、一三四二、和泉式部)を指摘。『法華経』「従冥入於冥、永不聞仏名」(化城喩品)に基づく。『集成』は「今はせめてあの冥土の道案内としてでも」と注す。2.3.3
注釈136心強く思しなすべかめれど推量の助動詞「べかめれ」は語り手の推量。2.3.4
注釈137ことわりに悲しく見たてまつりたまふ主語は夕霧。2.3.4
注釈138御もののけなどの以下「いかがはべるべからむ」まで、夕霧の詞。2.3.5
注釈139さもやおはしますらむ「さ」は仮死状態をさす。2.3.5
注釈140さらばとてもかくても生きている時に出家の作法をすることをさす。2.3.5
注釈141一日一夜忌むことのしるしこそはむなしからずははべなれ「観無量寿経」の中品中生に見える思想。「なれ」伝聞推定の助動詞。2.3.5
注釈142御光ともならせたまはざらむものから目の前の悲しびのみまさるやうにて「ものから」は順接の原因理由を表す接続助詞。なお、『例解古語辞典』(三省堂)では「中世に下って急速に文語化し、同時に、--ので、--だから、の意を表わす用法が生じた」という。しかし、『岩波古語辞典』では「「から」「ゆゑ」は順接条件も逆接条件も示しうる語なので、「ものから」「ものゆゑ」も、順接、逆接両方の例がある。平安時代には「ものゆゑ」は古語となり、「ものから」の方が歌などに多く使われ、「--ながら」「--だのに」の意味を表わした」と注す。2.3.5
注釈143御忌に籠もりさぶらふべき心ざしありてまかでぬ僧『集成』「死穢のため、三十日間、使者の近親が引き籠ること。僧もその間の仏事に従う」と注す。2.3.6
出典4 一日一夜忌むことのしるし 中品中生者 若有衆生 若一日一夜 受持八戒斎 若一日一夜 持沙弥戒 若一日一夜 持具足戒 観無量寿経-中品中生 2.3.5
2.4
第四段 夕霧、紫の上の死に顔を見る


2-4  Yugiri gazes Murasaki in her face

2.4.1   年ごろ、何やかやとおほけなき心はなかりしかど、「いかならむ世に、ありしばかりも見たてまつらむ。 ほのかにも御声をだに聞かぬこと」など、心にも離れず思ひわたりつるものを、「声はつひに聞かせたまはずなりぬるに こそはあめれ、むなしき御骸にても、今一度見たてまつらむの心ざしかなふべき折は、ただ今よりほかにいかでかあらむ」と思ふに、つつみもあへず泣かれて、女房の、ある限り騷ぎ惑ふを、
 長年、何やかやと、分不相応な考えは持たなかったが、「いつの世にか、あの時同様に拝見したいものだ。かすかにお声さえ聞かなかったことよ」などと、忘れることなく慕い続けていたが、「声はとうとうお聞かせなさらないで終わったようだが、むなしい御亡骸なりとも、もう一度拝見したい気持ちが叶えられる折は、ただ今の時以外にどうしてあろう」と思うと、抑えることもできずつい泣けて、女房たちで、側に伺候する人たち皆が泣き騷ぎおろおろしているのを、
 今日までだいそれた恋の心をいだくというのではなかったが、どんな時にまたあの野分のわきの夕べに隙見すきみを遂げた程度にでも、また美しい継母が見られるのであろう、声すらも聞かれぬ運命で自分は終わるのであろうかというあこがれだけは念頭から去らなかったものであるが、声だけは永遠に聞かせてもらえない宿命であったとしても、遺骸いがいになった人にせよもう一度見る機会は今この時以外にあるわけもないと夕霧は思うと、声も立てて泣かれてしまうのであった。あるだけの女房は皆泣き騒いでいるのを、
  Tosigoro, naniya-kaya to, ohokenaki kokoro ha nakari sika do, "Ikanara m yo ni, arisi bakari mo mi tatematura m? Honokani mo ohom-kowe wo dani kika nu koto." nado, kokoro ni mo hanare zu omohi watari turu mono wo, "Kowe ha tuhini kika se tamaha zu nari nuru ni koso ha a' mere, munasiki ohom-kara nite mo, ima hitotabi mi tatematura m no kokorozasi kanahu beki wori ha, tada ima yori hoka ni ikadeka ara m?" to omohu ni, tutumi mo ahe zu naka re te, nyoubau no, aru kagiri sawagi madohu wo,
2.4.2  「 あなかま、しばし
 「静かに。暫く」
 「少し静かに、しばらく静かに」
  "Anakama! sibasi."
2.4.3  と、しづめ顔にて、御几帳の帷を、もののたまふ紛れに、引き上げて見たまへば、ほのぼのと明けゆく光もおぼつかなければ、大殿油を近くかかげて 見たてまつりたまふに、飽かずうつくしげに、めでたうきよらに見ゆる御顔のあたらしさに、 この君のかくのぞきたまふを見る見るも、あながちに隠さむの御心も思されぬなめり
 と制止するふりして、御几帳の帷子を、何かおっしゃるのに紛らして、引き上げて御覧になると、ほのぼのと明けてゆく光も弱々しいので、大殿油を近くにかかげて拝見なさると、どこまでもかわいらしげに、立派で美しく見えるお顔のもったいなさに、この君がこのように覗き込んでいらっしゃるのを目にしながらも、無理に隠そうとのお気持ちも起こらないようである。
 と制するようにして、ものを言う間に几帳の垂れ絹を手で上げて見たが、まだほのぼのとしはじめたばかりの夜明けの光でよく見えないために、を近くへ寄せてうかがうと、麗人の女王にょうおうは遺骸になってなお美しくきれいで、その顔を大将がのぞいていても隠そうとする心はもう残っていなかった。院は、
  to, sidume gaho nite, mi-kityau no katabira wo, mono notamahu magire ni, hikiage te mi tamahe ba, honobono to ake yuku hikari mo obotukanakere ba, ohotonabura wo tikaku kakage te mi tatematuri tamahu ni, aka zu utukusige ni, medetau kiyora ni miyuru ohom-kaho no atarasisa ni, kono Kimi no kaku nozoki tamahu wo miru miru mo, anagatini kakusa m no mi-kokoro mo obosa re nu na' meri.
2.4.4  「 かく何ごともまだ変らぬけしきながら、限りのさまはしるかりけるこそ」
 「このとおりに何事もまだそのままの感じだが、最期の様子ははっきりしているのです」
 「このとおりにまだなんら変わったところはないが、生きた人でないことだけはだれにもわかるではないか」
  "Kaku nanigoto mo mada kahara nu kesiki nagara, kagiri no sama ha sirukari keru koso."
2.4.5  とて、御袖を顔におしあてたまへるほど、大将の君も、涙にくれて、目も見えたまはぬを、 しひてしぼり開けて見たてまつるに、 なかなか飽かず悲しきことたぐひなきに、まことに心惑ひもしぬべし御髪のただうちやられたまへるほど、こちたくけうらにて、露ばかり乱れたるけしきもなう、つやつやとうつくしげなるさまぞ限りなき。
 と言って、お袖を顔におし当てていらっしゃる時、大将の君も、涙にくれて、目も見えなさらないのを、無理に涙を絞り出すように目を開いて拝見すると、かえって悲しみが増してたとえようもなく、本当に心もかき乱れてしまいそうである。御髪が無造作に枕許にうちやられていらっしゃる様子、ふさふさと美しくて、一筋も乱れた様子はなく、つやつやと美しそうな様子、この上ない。
 こうお言いになって、そでで顔をおさえておいでになるのを見ては、大将もしきりに涙がこぼれて、目も見えないのを、しいて引きあけて、遺骸をながめることをしたがかえって悲しみは増してくるばかりで、気も失うのではないかと夕霧はみずから思った。横にむぞうさになびけた髪が豊かで、清らかで、少しのもつれもなくつやつやとして美しい。
  tote, ohom-sode wo kaho ni osiate tamahe ru hodo, Daisyau-no-Kimi mo, namida ni kure te, me mo miye tamaha nu wo, sihite sibori ake te mi tatematuru ni, nakanaka aka zu kanasiki koto taguhi naki ni, makoto ni kokoromadohi mo si nu besi. Mi-gusi no tada uti-yara re tamahe ru hodo, kotitaku keura nite, tuyu bakari midare taru kesiki mo nau, tuyatuya to utukusige naru sama zo kagiri naki.
2.4.6   灯のいと明かきに、御色はいと白く光るやうにて、とかくうち紛らはすこと、ありしうつつの御もてなしよりも、 いふかひなきさまにて何心なくて臥したまへる御ありさまの飽かぬ所なしと言はむもさらなりや。なのめにだにあらず、たぐひなきを見たてまつるに、「 死に入る魂の、やがてこの御骸にとまらなむ」と思ほゆるも、わりなきことなりや
 灯火がたいそう明るいので、お顔色はとても白く光るようで、何かと身づくろいをしていらっしゃった、生前のご様子よりも、今さら嘆いても嘆くかいのない、正体のない状態で無心に臥せっていらっしゃるご様子が、一点の非の打ちどころもないと言うのも、ことさらめいたことである。並一通りの美しさどころか、類のない美しさを拝見すると、「死に入ろうとする魂がそのままこの御亡骸に止まっていてほしい」と思われるのも、無理というものであるよ。
 明るい灯のもとに顔の色は白く光るようで、生きた佳人の、人から見られぬよう見られぬようと願う心の休みなく働いているのよりも、おのれをあやぶむことも、他を疑うこともない純粋なふうで寝ている美女の魅力は大きかった。少々の欠点があってもなお夕霧の心は恍惚こうこつとしていたであろうが、見れば見るほど故人の美貌びぼうの完全であることが認識されるばかりであったから、この自分を離れてしまうような気持ちのする心はそのままこの遺骸にとどまってしまうのではないかというような奇妙なことも夕霧は思った。
  Hi no ito akaki ni, ohom-iro ha ito siroku hikaru yau nite, tokaku uti-magirahasu koto, arisi ututu no ohom-motenasi yori mo, ihukahinaki sama nite, nanigokoro naku te husi tamahe ru ohom-arisama no, aka nu tokoro nasi to iha m mo saranari ya! Nanomeni dani ara zu, taguhinaki wo mi tatematuru ni, "Si ni iru tamasihi no, yagate kono ohom-kara ni tomara nam." to omohoyuru mo, warinaki koto nari ya!
注釈144年ごろ何やかやと以下「いかでかあらむ」まで、夕霧の心中と地の文が綾をなして織り込まれている。『集成』は「以下、夕霧の心中の思い」と注す。『完訳』は地の文扱い。「おほけなき心はなかりしかど」という文章を地の文(語り手の叙述)と解すか、心中文(夕霧の内省)と解すかで、夕霧の人物像が違ってくる。文章は地の文から徐々に夕霧の心中文になっていく表現である。明確にどこからとは峻別しがたい。2.4.1
注釈145おほけなき心継母紫の上に対する恋慕の情。2.4.1
注釈146ほのかにも御声をだに聞かぬこと『河海抄』は「声をだに聞かで別るる魂よりもなき床に寝む君ぞ恋しき」(古今集哀傷、八五八、読人しらず)を指摘。2.4.1
注釈147こそはあめれ推量の助動詞「めり」主観的推量。夕霧の推量。紫の上の死をまだ確定的には思っていないニュアンス。2.4.1
注釈148あなかましばし夕霧の詞。2.4.2
注釈149見たてまつりたまふに接続助詞「に」弱い逆接条件の文脈。拝見なさると、死人であるのにもかかわらず、というニュアンス。2.4.3
注釈150この君のかくのぞきたまふを見る見るも、あながちに隠さむの御心も思されぬなめり「なめり」語り手の源氏の心理状態を推測した叙述。『完訳』は「無理に隠そうとの気持にもなれぬようだ。源氏の茫然自失の体。紫の上の姿を夕霧に見られるとは、以前の源氏では考えられない」と注す。2.4.3
注釈151かく何ごとも以下「しるかりけるこそ」まで、源氏の詞。係助詞「こそ」の下に「はべれ」などの語句が省略。2.4.4
注釈152しひてしぼり開けて涙を絞り出すように目を開けるさま。2.4.5
注釈153なかなか飽かず悲しきことたぐひなきにまことに心惑ひもしぬべし推量の助動詞「べし」は、語り手が夕霧の心中を推測したもの。『集成』は「夕霧の心中を叙べる」。『完訳』は「以下、夕霧の惑乱しそうな悲嘆ぶり」と注す。2.4.5
注釈154御髪のただうちやられたまへるほどこちたくけうらにて『弄花抄』は「双紙詞歟、女たち歟、夕霧のみるめ歟。次詞になのめにたにあらす夕霧の心也」。『評釈』は「作者の見る目で描写する近代小説と違い、作中人物の目を通して語る物語は、今の場合、光る源氏をはずせば、女房の目をかりるべきだが、女房ふぜいに語る余裕はない。光る源氏も女房もだめなら、と、あえて夕霧を紀要したのである」。『集成』は「以下「--臥したまへる御ありさま」まで、夕霧の目に映る紫の上のさま」。『完訳』は「髪の毛が枕辺にわだかまる様子を擬人的に表現。剃髪はしなかったらしい。以下、夕霧の目と心に即して使者の美しさを叙述」と注す。臨終に際して出家の作法尼削ぎはしなかったらしい。2.4.5
注釈155灯のいと明かきに灯火の明かり。『紹巴抄』は「是より又源の御覧の心か、双地とも可見」と注す。2.4.6
注釈156いふかひなきさまにて大島本は「さまにて」とある。『完本』は諸本に従って「さまに」と「て」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。2.4.6
注釈157何心なくて臥したまへる御ありさまの『集成』は「もう正体もない有様で。亡くなって意識のない状態」と注す。死者を「何心なく」(無心に)と生きている人のごとく描写している。2.4.6
注釈158飽かぬ所なしと言はむもさらなりや語り手の評言。2.4.6
注釈159死に入る魂のやがてこの御骸にとまらなむと思ほゆるもわりなきことなりや「清(林逸抄所引)」は「双紙の詞也」と指摘。『集成』は「悲しみに正気を失って、消え入りそうなわが魂が、この紫の上のご遺骸に留まってほしいと思われるのも。紫の上の亡骸にでも取り憑きたい夕霧の気持」。『完訳』は「死せる紫の上の魂がそのままこの亡骸にとどまってほしい意。一説には、正気を失った夕霧の魂が紫の上の亡骸に、とするがとらない」と注す。終助詞「なむ」願望の意は、他に対する願望の用法である。
【わりなきことなりや】−語り手の批評。
2.4.6
2.5
第五段 紫の上の葬儀


2-5  Murasaki's funeral

2.5.1  仕うまつり馴れたる女房などの、ものおぼゆるもなければ、 院ぞ、何ごとも思しわかれず思さるる御心地を、あながちに静めたまひて、限りの御ことどもしたまふ。 いにしへも、悲しと思すこともあまた見たまひし御身なれど、いとかうおり立ちてはまだ知りたまはざりけることを、すべて来し方行く先、たぐひなき心地したまふ。
 お仕え親しんでいた女房たちで、気の確かな者もいないので、院が、何事もお分かりにならないように思われなさるお気持ちを、無理にお静めになって、ご葬送のことをお指図なさる。昔も、悲しいとお思いになることを多くご経験なさったお身の上であるが、まことにこのようにご自身でもってお指図なさることはご経験なさらなかったことなので、すべて過去にも未来にも、またとない気がなさる。
 長く仕えていた女房の中に意識の確かにあるような者はない状態であったから、院は非常に悲しい気持ちをしいておしずめになって、遺骸の始末などをあそばすのであった。昔も愛人や妻の死におあいになった経験はおありになっても、まだこんなことまでも手ずから世話あそばされたことはなかったから、自身としては空前絶後の悲しみであると見ておいでになるのであった。
  Tukaumaturi nare taru nyoubau nado no, mono oboyuru mo nakere ba, Win zo, nanigoto mo obosi waka re zu obosa ruru mi-kokoti wo, anagatini sidume tamahi te, kagiri no ohom-koto-domo si tamahu. Inisihe mo, kanasi to obosu koto mo amata mi tamahi si ohom-mi nare do, ito kau oritati te ha mada siri tamaha zari keru koto wo, subete kisikata yukusaki, taguhinaki kokoti si tamahu.
2.5.2   やがて、その日、とかく収めたてまつる。限りありけることなれば、 骸を見つつもえ過ぐしたまふまじかりけるぞ 、心憂き世の中なりける。 はるばると広き野の、所もなく立ち込みて、限りなくいかめしき作法なれど、いとはかなき煙にて、はかなく昇りたまひぬるも、 例のことなれど、あへなくいみじ
 そのまま、その当日に、あれこれしてご葬儀をお営み申し上げる。所定の作法があることなので、亡骸を見ながらお過しになるということもできないのが、情けない人の世なのであった。広々とした広い野原に、いっぱいに人が立ち込めて、この上もなく厳めしい葬儀であるが、まことにあっけない煙となって、はかなく上っていっておしまいになったのも、常のことであるが、あっけなく何とも悲しい。
 紫の女王の遺骸はその日のうちに納棺された。どれほど愛すればとて遺骸は遺骸として葬送せねばならぬのが人生の悲しいおきてであった。はるばると広い野にあいた場所がないほどにも葬送の人の集まったいかめしい儀式であったが、送られた人ははかない煙になって間もなく立ちのぼってしまった。当然のことではあるがこれをも人々は悲しんだ。
  Yagate, sono hi, tokaku wosame tatematuru. Kagiri ari keru koto nare ba, kara wo mi tutu mo e sugusi tamahu mazikari keru zo, kokorouki yononaka nari keru. Harubaru to hiroki no no, tokoro mo naku tati-komi te, kagiri naku ikamesiki sahohu nare do, ito hakanaki keburi nite, hakanaku nobori tamahi nuru mo, rei no koto nare do, ahenaku imizi.
2.5.3   空を歩む心地して、人にかかりてぞおはしましけるを、見たてまつる人も、「 さばかりいつかしき御身を」と、ものの心知らぬ下衆さへ、泣かぬなかりけり。御送りの 女房は、まして夢路に惑ふ心地して車よりもまろび落ちぬべきをぞ、もてあつかひける。
 地に足が付かない感じで、人に支えられてお出ましになったのを、拝し上げる人も、「あれほど威厳のあるお方が」と、わけも分からない下衆まで泣かない者はいなかった。ご葬送の女房は、それ以上に夢路に迷ったような気がして、車から転び落ちてしまいそうになるのに、手を焼くのであった。
 空を歩いているような気持ちで院は人によりかかって足を運んでおいでになるのを見ては、あの高貴な御身分でと低級な頭のものさえも御同情して泣かない者はなかった。遺骸の供をして来た女房たちはまして夢の中に彷徨ほうこうしているような気持ちになっていて、車からころび落ちそうに見えるのを従者たちは扱いかねていた。
  Sora wo ayumu kokoti si te, hito ni kakari te zo ohasimasi keru wo, mi tatematuru hito mo, "Sabakari itukasiki ohom-mi wo." to, mono no kokorosira nu gesu sahe, naka nu nakari keri. Ohom-okuri no nyoubau ha, masite yumedi ni madohu kokoti si te, kuruma yori mo marobi oti nu beki wo zo, mote-atukahi keru.
2.5.4   昔、大将の君の御母君亡せたまへりし時の暁を思ひ出づるにもかれは、なほもののおぼえけるにや、月の顔の明らかにおぼえしを、今宵はただくれ惑ひたまへり
 昔、大将の君の御母君がお亡くなりになった時の暁のことをお思い出しになっても、あの時は、やはりまだ物事の分別ができたのであろうか、月の顔が明るく見えたが、今宵はただもう真暗闇で何も分からないお気持ちでいらっしゃった。
 昔、大将の母君のあおい夫人の葬送の夜明けのことを院は思い出しておいでになったが、その時はなお月の形が明瞭めいりょうに見えた御記憶があった。今は心も目も暗闇くらやみのうちのような気のあそばされる院でおありになった。
  Mukasi, Daisyau-no-Kimi no ohom-HahaGimi use tamahe ri si toki no akatuki wo omohi-iduru ni mo, kare ha, naho mono no oboye keru ni ya, tuki no kaho no akirakani oboye si wo, koyohi ha tada kure madohi tamahe ri.
2.5.5   十四日に亡せたまひて、これは十五日の暁なりけり。日はいとはなやかにさし上がりて、 野辺の露も隠れたる隈なくて、世の中思し続くるに、いとど厭はしくいみじければ、「 後るとても、幾世かは経べきかかる悲しさの紛れに、昔よりの御本意も遂げてまほしく」思ほせど、心弱き後のそしりを思せば、「このほどを過ぐさむ」としたまふに、胸のせきあぐるぞ堪へがたかりける。
 十四日にお亡くなりになって、葬儀は十五日の暁であった。日はたいそう明るくさし昇って、野辺の露も隠れたところなく照らし出して、人の世をお思い続けなさると、ますます厭わしく悲しいので、「先立たれたとて、何年生きられようか。このような悲しみに紛れて、昔からのご本意の出家を遂げたく」お思いになるが、女々しいとの後の評判をお考えになると、「この時期を過ごしてから」とお思いなさるにつけ、胸に込み上げてくるものが我慢できないのであった。
 女王は十四日に薨去こうきょしたのであって、これは十五日の夜明けのことである。はなやかな日が上って、野原一面に置き渡した露がすみずみまできらめく所をお通りになりながら、院はいっそうこの時人生というものをいとわしく悲しく思召して、残った自分の命といっても、もう長くは保ちえられるものではないであろうから、こうした苦しみを見る時に、昔からの希望であった出家も遂げたいとしきりにお思われになるのであったが、気の弱さを史上に残すことが顧慮されて、当分はこのままで忍ぶほかはないと御決心はあそばされても、なお胸の悲しみはせき上がってくるのであった。
  Zihuyo-niti ni use tamahi te, kore ha zihugo-niti no akatuki nari keri. Hi ha ito hanayaka ni sasi-agari te, nobe no tuyu mo kakure taru kuma naku te, yononaka obosi tudukuru ni, itodo itohasiku imizikere ba, "Okuru tote mo, ikuyo kaha hu beki. Kakaru kanasisa no magire ni, mukasi yori no ohom-ho'i mo toge te mahosiku" omohose do, kokoroyowaki noti no sosiri wo obose ba, "Kono hodo wo sugusa m" to si tamahu ni, mune no seki aguru zo tahe gatakari keru.
注釈160院ぞ「限りの御ことどもしたまふ」に続く。「何ごとも」以下「静めたまひて」は挿入句。2.5.1
注釈161いにしへも悲しと思すこともあまた見たまひし御身なれど源氏の身近な人との死別は、母桐壺更衣(桐壺)、祖母(桐壺)、夕顔(夕顔)、葵の上(葵)、父帝(賢木)、六条御息所(澪標)、藤壺(薄雲)等がある。2.5.1
注釈162やがてその日とかく収めたてまつる亡くなったその日のうちに葬儀をとり行う。八月十四日暁に亡くなって、その日の夜に荼毘にふし、十五日の暁に遺骨を拾って帰る、という手順。2.5.2
注釈163骸を見つつもえ過ぐしたまふまじかりけるぞ『源氏釈』は「空蝉はからを見つつも慰めつ深草の山煙だにたて」(古今集哀傷、八三一、僧都勝延)を指摘。2.5.2
注釈164はるばると広き野の『完訳』は「愛宕か」。『新大系』は「鳥辺野であろう」と注す。2.5.2
注釈165例のことなれどあへなくいみじ語り手の感情移入の評言。2.5.2
注釈166空を歩む心地して人にかかりてぞおはしましけるを主語は源氏。2.5.3
注釈167さばかりいつかしき御身をと『集成』は「あれほどのご立派なお方なのにと」。『完訳』は「あれほどにも尊くご立派なお方なのにと」と訳す。「を」接続助詞、逆接の意。また間投助詞、詠嘆の意にも解せる。2.5.3
注釈168女房はまして夢路に惑ふ心地して副詞「まして」は源氏の「空を歩む心地して」に比較。2.5.3
注釈169車よりもまろび落ちぬべきをぞ「桐壺」巻(第一章五段)にも同じような表現があった。2.5.3
注釈170昔大将の君の御母君亡せたまへりし時の暁を思ひ出づるにも夕霧の母葵の上の葬儀。「葵」巻に「八月二十余日の有明なれば、空のけしき」(第二章七段))云々とあった。2.5.4
注釈171かれは、なほもののおぼえけるにや、月の顔の明らかにおぼえしを、今宵はただくれ惑ひたまへり「かれは」と「これは」、「月の顔の明らか」と「暮れまどひ」の対比構文。2.5.4
注釈172十四日に亡せたまひてこれは十五日の暁なりけり事の後から説明する性格の叙述。「これ」は遺骨を拾って帰ることをさす。2.5.5
注釈173野辺の露も隠れたる隈なくて世の中思し続くるに『完訳』は「野辺の露も日の光に隠れるところなく照らし出され。「露も」に、源氏の涙も、の意をこめる。日射しの中で露の消えるはかなさが、源氏の心象風景として厭世観を導く」と注す。2.5.5
注釈174後るとても幾世かは経べき『集成』は「末の露本の雫や世の中の後れ先立つためしなるらむ」(古今六帖、雫)にもとづく行文と注す。源氏の心中文と地の文が綯い交ぜになった表現。2.5.5
注釈175かかる悲しさの紛れに『玉の小櫛』は「源氏君の心を、ただにいふ語より、冊子地よりいふ語へ、ただに続きて堺なし、大かた此物語、ここらの巻々、いともいとも長く大きなる文なれば、その間にはまれまれにはかうやうのとりはずしもなどかなからむ」と指摘。2.5.5
出典5 骸を見つつも 空蝉はからを見つつも慰めつ深草の山煙だにたて 古今集哀傷-八三一 僧都勝延 2.5.2
Last updated 9/22/2010(ver.2-3)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 7/29/2010(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)
Last updated 2/3/2002
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
柳沢成雄(青空文庫)

2003年10月6日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2005年7月20日

Last updated 7/29/2010 (ver.2-2)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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