第五十帖 東屋


50 ADUMAYA (Ohoshima-bon)


薫君の大納言時代
二十六歳秋八月から九月までの物語



Tale of Kaoru's Dainagon era, from August to September at the age of 26

1
第一章 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻


1  Tale of Ukifune  Ukifune and Sakon-shosho's offer of marriage is canceled

1.1
第一段 浮舟の母、娘の良縁を願う


1-1  Ukifune's mother desires her daughter's good match

1.1.1   筑波山を分け見まほしき御心はありながら、端山の繁りまであながちに思ひ入らむも 、いと 人聞き軽々しう、かたはらいたかるべきほどなれば、思し憚りて、御消息をだにえ伝へさせたまはず。
 筑波山を分け入ってみたいお気持ちはあるが、そんな端山の茂みにまで無理に熱中するようなのも、たいそう人聞きが軽々しく、確かに体裁の悪いことなので、お差し控えになって、お手紙をさえお伝えさせになることができない。
 源右大将は常陸守ひたちのかみの養女に興味は覚えながらも、しいて筑波つくばの葉山繁山しげやまを分け入るのは軽々しいことと人の批議するのが思われ、自身でも恥ずかしい気のされる家であるために、はばかって手紙すら送りえずにいた。
  Tukubayama wo wake mi mahosiki mi-kokoro ha ari nagara, hayama no sigeri made anagatini omohi ira m mo, ito hitogiki karogarosiu, kataharaitakaru beki hodo nare ba, obosi habakari te, ohom-seusoko wo dani e tutahe sase tamaha zu.
1.1.2  かの尼君のもとよりぞ、母北の方に のたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、 まめやかに御心とまるべきこととも思はねば、ただ、さまでも尋ね知りたまふらむこと、とばかりをかしう思ひて、 人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも数ならましかば、などぞよろづに思ひける。
 あの尼君のもとから、母北の方におっしゃったことなどを、何度もそれとなく言ってよこすが、本気でお心がとまるように思われないので、ただ、そんなにまでお探してご存知になったこと、というぐらいにおもしろく思って、ご身分が今の世ではめったにないようなのにつけても、人並みの身分であったら、などといろいろと思うのであった。
 ただ弁の尼の所からは母の常陸夫人へ、姫君を妻に得たいとかおるが熱心に望んでいることをたびたびほのめかして来るのであったが、真実の愛が姫に生じていることとも想像されず、薫のすぐれた人物であることは聞き知っていて、この縁談の受けられるほどの身の上であったならと悲観を母はするばかりであった。
  Kano AmaGimi no moto yori zo, haha-Kitanokata ni notamahi si sama nado, tabitabi honomekasi okose kere do, mameyakani mi-kokoro tomaru beki koto to mo omoha ne ba, tada, samade mo tadune siri tamahu ram koto, tobakari wokasiu omohi te, hito no ohom-hodo no tada ima yo ni arigatage naru wo mo, kazu nara masika ba, nado zo yoroduni omohi keru.
1.1.3   守の子どもは母亡くなりにけるなど、あまた、 この腹にも、姫君とつけてかしづくあり、まだ幼きなど、すぎすぎに五、六人ありければ、 さまざまにこの扱ひをしつつ異人と思ひ隔てたる心のありければ、常に いとつらきものに守をも恨みつつ、「 いかでひきすぐれて、おもだたしきほどにしなしても見えにしがな」と、明け暮れ、この母君は思ひ扱ひける。
 常陸介の子供は、母親が亡くなった者など、大勢いて、今の母腹にも、姫君と名づけて大切にする者があり、まだ幼い者など、次々に五、六人いたので、いろいろと子供の世話をしながら、連れ子と思い隔てる気持ちがあったので、いつもとてもつらいと介を恨みながら、「何とかすぐれて、晴れがましいところに縁づけたい」と、明け暮れ、この母君は思い世話をしていたのであった。
 常陸守の子は死んだ夫人ののこしたのも幾人かあり、この夫人の生んだ中にも父親が姫君と言わせて大事にしている娘があって、それから下にもまだ幼いのまで次々に五、六人はある。上の娘たちにはかみが骨を折って婿選びをし、結婚をさせているが、夫人の連れ子の姫君は別もののように思って、なんらの愛情も示さず、結婚について考えてやることもしないのを、妻は恨めしがっていて、どうかしてすぐれた良人おっとを持たせ、姫君を幸福な人妻にさせてみたいと明け暮れそれを心がけていた。
  Kami no kodomo ha, haha nakunari ni keru nado, amata, kono hara ni mo, HimeGimi to tuke te kasiduku ari, mada wosanaki nado, sugisugi ni go, rokunin ari kere ba, samazama ni kono atukahi wo si tutu, kotobito to omohi hedate taru kokoro no ari kere ba, tuneni ito turaki mono ni Kami wo mo urami tutu, "Ikade hiki sugure te, omodatasiki hodo ni si nasi te mo miye ni si gana!" to, akekure, kono HahaGimi ha omohi atukahi keru.
1.1.4   さま容貌の、なのめに、とりまぜても ありぬべくは、いとかうしも何かは苦しきまでももて なやまじ同じごと思はせても ありぬべき世を、ものにも混じらず、 あはれにかたじけなく生ひ出でたまへば、あたらしく心苦しき者に思へり。
 容姿や器量が、並々で、他の娘たちと同じようなのであったら、とてもこんなにまでどうして苦しいまでに悩んだりしようか、皆と同じように思わせてもよいものを、誰にも似ず、何とももったいなくもお生まれになったので、もったいなくおいたわしい人と思っていた。
 容貌ようぼうが十人並みのものであって、平凡なかみの娘と混ぜておいてもわからぬほどの人であれば、こんなに自分は見苦しいまでの苦労はしない、そうした人たちとは別もののように、もったいない貴女きじょのふうに成人した姫君であったから、心苦しい存在なのであると夫人は思っていた。
  Sama katati no, nanomeni, tori-maze te mo ari nu beku ha, ito kau simo nanikaha kurusiki made mo mote-nayama zi, onazi goto omohase te mo ari nu beki yo wo, mono ni mo mazira zu, ahareni katazikenaku ohiide tamahe ba, atarasiku kokorogurusiki mono ni omohe ri.
1.1.5  娘多かりと聞きて、 なま君達めく人びとも、おとなひ言ふ、いとあまたありけり。初めの腹の二、三人は、皆さまざまに配りて、 大人びさせたり。今は わが姫君を、「思ふやうにて見たてまつらばや」と、明け暮れ護りて、なでかしづくこと限りなし。
 娘が多いと聞いて、なまじ公達めいた人びとも、恋文を送り言い寄るのが、たいそう大勢いるのであった。先妻の腹の二、三人は、皆それぞれに縁づけて、一人前にさせていた。今は自分の姫君を、「思い通りにお世話申したい」と、朝から晩まで気をつけて、大切にお世話することこの上ない。
 娘がおおぜいいると聞いて、ともかくも世間から公達きんだちと思われている人なども結婚の申し込みに来るのがおおぜいあった。前夫人の生んだ二、三人は皆相当な相手を選んで結婚をさせてしまった今は、自身の姫君のためによい人を選んで結婚をさせるだけでいいのであると思い、明け暮れ夫人は姫君を大事にかしずいていた。
  Musume ohokari to kiki te, nama-Kindati meku hitobito mo, otonahi ihu, ito amata ari keri. Hazime no hara no ni, samnin ha, mina samazama ni kubari te, otonabi sase tari. Ima ha waga HimeGimi wo, "Omohu yau nite mi tatematura baya!" to, akekure mamori te, nade kasiduku koto kagirinasi.
注釈1筑波山を分け見まほしき御心はありながら端山の繁りまであながちに思ひ入らむも『異本紫明抄』は「筑波山端山繁山茂けれど思ひ入るには障らざりけり」(新古今集恋一、一〇一三、源重之)を指摘。1.1.1
注釈2人聞き軽々しう薫は右大将兼権大納言。それが受領常陸介の娘に恋するのは憚られる。『完訳』は「東国の受領の娘が相手では、と憚られる気持。大君の形代としてのみ関心」と注す。1.1.1
注釈3のたまひしさまなど主語は薫。1.1.2
注釈4まめやかに御心とまるべきこととも思はねば主語は浮舟の母北の方。以下、母北の方の心中に即した叙述。1.1.2
注釈5人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも薫の社会的地位。1.1.2
注釈6数ならましかば娘浮舟が人並みの貴族の娘であったら、の意。1.1.2
注釈7守の子どもは常陸介。長官は太守、親王が任命され赴任しない。介が赴任して実質上の長官なので「守」と呼称される。1.1.3
注釈8母亡くなり先妻。1.1.3
注釈9この腹にも浮舟の母北の方。後妻。1.1.3
注釈10さまざまにこの扱ひをしつつ主語は常陸介。1.1.3
注釈11異人と思ひ隔てたる心のありければ浮舟を他の自分の子とは分け隔てしていた。1.1.3
注釈12いとつらきものに守をも恨みつつ主語は北の方。1.1.3
注釈13いかでひきすぐれて以下「見えにしがな」まで、北の方の心中。1.1.3
注釈14さま容貌の浮舟の容姿容貌。1.1.4
注釈15ありぬべくは--なやまじ大島本は「なやまし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なやままし」と「ま」を補訂する。『新大系』は底本のまま「なやまじ」とする。反語表現。意志の打消し。1.1.4
注釈16同じごと他の夫の実の娘と同様に。1.1.4
注釈17ありぬべき世を大島本は「ありぬへきよを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありぬべきを」と「よ」を削除する。『新大系』は底本のまま「ありぬべき世を」とする。1.1.4
注釈18あはれにかたじけなく生ひ出でたまへば『完訳』は「もったないほどに。八の宮の高貴の血筋であることを強く意識する。尊敬語を用いるのも同様」と注す。1.1.4
注釈19なま君達めく人びとも『集成』は「ちょっとした家柄の若君といった人々も」。『完訳』は「なまじ公達然としている人々」と訳す。1.1.5
注釈20大人びさせたり主語は北の方。1.1.5
注釈21わが姫君を連れ子の浮舟。常陸守との間にできた姫君と区別してこういう。1.1.5
出典1 筑波山を分け 筑波山端山繁山繁けれど思ひ入るには障らざりけり 新古今集恋一-一〇一三 源重之 1.1.1
1.2
第二段 継父常陸介と求婚者左近少将


1-2  Stepfather of Ukifune and her fiance Sakon-shosho

1.2.1  守も卑しき人にはあらざりけり。上達部の筋にて、 仲らひもものきたなき人ならず、 徳いかめしうなどあれば、ほどほどにつけては思ひ上がりて、家の内もきらきらしく、ものきよげに住みなし、 事好みしたるほどよりは、あやしう荒らかに田舎びたる心ぞつきたりける
 常陸介も卑しい人ではなかったのだ。上達部の血筋を引いて、一門の人びとも見苦しい人でなく、財力など大変に有ったので、身分相応に気位高くて、邸の内も輝くように美しく、こざっぱりと生活し、風流を好むわりには、妙に荒々しく田舎人めいた性情もついていたのであった。
 かみいやしい出身ではなかった。高級役人であった家の子孫で、親戚しんせきも皆よく、財産はすばらしいほど持っていたから自尊心も強く、生活も派手はでに物好みを尽くしている割合には、荒々しい田舎いなかめいた趣味が混じっていた。
  Kami mo iyasiki hito ni ha ara zari keri. Kamdatime no sudi nite, nakarahi mo mono kitanaki hito nara zu, toku ikamesiu nado are ba, hodohodo ni tuke te ha omohiagari te, ihe no uti mo kirakirasiku, mono-kiyogeni sumi nasi, koto konomi si taru hodo yori ha, ayasiu araraka ni winakabi taru kokoro zo tuki tari keru.
1.2.2  若うより、 さる東方の、遥かなる世界に埋もれて年経ければにや、声などほとほとうちゆがみぬべく、 ものうち言ふ、すこしたみたるやうにて 豪家のあたり恐ろしくわづらはしきものに憚り懼ぢ、すべていとまたく隙間なき心もあり。
 若くから、そのような東国の方の、遥か遠い世界に埋もれて長年過ごしてきたせいか、声などもほとんど田舎風になって、何か言うと、すこし訛りがあるようで、権勢家のあたりを恐ろしく厄介なものと気兼ねし恐がって、すべての面で実に抜け目ない心がある。
 若い時分から陸奥むつなどという京からはるかな国に行っていたから、声などもそうした地方の人と同じようななまり声の濁りを帯びたものになり、権勢の家に対しては非常に恭順にして恐れかしこむ態度をとる点などはすきのない人間のようでもあった。
  Wakau yori, saru Aduma kata no, haruka naru sekai ni udumore te tosi he kere ba ni ya, kowe nado hotohoto uti-yugami nu beku, mono uti-ihu, sukosi tami taru yau nite, gauke no atari osorosiku wadurahasiki mono ni habakari odi, subete ito mataku sukima naki kokoro mo ari.
1.2.3  をかしきさまに 琴笛の道は遠う、弓をなむいとよく引けるなほなほしきあたりともいはず勢ひに引かされてよき若人ども、装束ありさまはえならず調へつつ、腰折れたる歌合せ、物語、庚申をし、まばゆく見苦しく、遊びがちに好めるを、この懸想の君達、
 風雅な方面の琴や笛の芸道には疎遠で、弓をたいそう上手に引くのであった。身分の低い家柄を問題にせず、財力につられて、よい若い女房連中が、衣装や身なりは素晴らしく整えて、下手な歌合せや、物語、庚申待ちをし、まぶしいほど見苦しく、遊び事に風流めかしているのを、この懸想の公達は、
 優美に音楽を愛するようなことには遠く、弓を巧みに引いた。たかが地方官階級だと軽蔑けいべつもせずよい若い女房なども多く仕えていて、それらに美装をさせておくことを怠らないで、腰折歌こしおれうたの会、批判の会、庚申こうしんの夜の催しをし、人を集めて派手はでに見苦しく遊ぶいわゆる風流好きであったから、求婚者たちは、
  Wokasiki sama ni koto hue no miti ha tohou, yumi wo nam ito yoku hike ru. Nahonahosiki atari to mo iha zu, ikihohi ni hika sare te, yoki wakaudo-domo, sauzoku arisama ha e nara zu totonohe tutu, kosiwore taru uta-ahase, monogatari, kausin wo si, mabayuku migurusiku, asobi-gati ni konome ru wo, kono kesau no Kimdati,
1.2.4  「 らうらうじくこそあるべけれ。容貌なむいみじかなる」
 「才たけているにちがいない。器量も大変なものらしい」
 やれ貴族的であるとか、守の顔だちが上品であるとか、
  "Raurauziku koso aru bekere. Katati nam imizika' naru."
1.2.5  など、をかしき方に言ひなして、心を尽くし合へる中に、左近少将とて、年二十二、三ばかりのほどにて、心ばせしめやかに、才ありといふ方は、人に許されたれど、きらきらしう今めいてなどはえあらぬにや、 通ひし所なども絶えて、いとねむごろに言ひわたりけり。
 などと、素晴らしいように言い作って、恋心を尽くしあっている中で、左近少将といって、年は二十二、三歳くらいで、性格が落ち着いていて、学問があるという点では、誰からも認められていたが、きらきらしく派手にはしていなかったのか、通っていた妻とも縁が切れて、たいそう熱心に言い寄って来るのであった。
 よいふうにばかりしいて言って出入りしている中に、左近衛さこんえ少将で年は二十二、三くらい、性質は落ち着いていて、学問はできると人から認められている男であっても、格別目だつ才気も持たないせいで、第一の結婚にも破れたのが、ねんごろに申し込んで来ていた。
  nado, wokasiki kata ni ihi nasi te, kokoro wo tukusi ahe ru naka ni, Sakon-no-Seusyau tote, tosi nizihu ni, sam bakari no hodo nite, kokorobase simeyakani, zae ari to ihu kata ha, hito ni yurusa re tare do, kirakirasiu imamei te nado ha e ara nu ni ya, kayohi si tokoro nado mo taye te, ito nemgoroni ihi watari keri.
1.2.6  この母君、あまたかかること言ふ人びとの中に、
 この母君は、大勢このようなことを言って来る人びとの中で、
 常陸夫人は多くの求婚者の中で
  Kono HahaGimi, amata kakaru koto ihu hitobito no naka ni,
1.2.7  「 この君は、人柄もめやすかなり。 心定まりてももの思ひ知りぬべかなるを、 人もあてなりや。これよりまさりて、ことことしき際の人はた、かかるあたりを、さいへど、尋ね寄らじ」
 「この君は、人柄も無難である。思慮もしっかりしていて分別がありそうだし、人品も卑しくないな。この人以上の、立派な身分の人はまた、このようなあたりを、そうはいっても、探し求めて来るまい」
 これは人物に欠点が少ない、結婚すれば不幸な娘によく同情もするであろう、風采ふうさいも上品である、これ以上の貴族は、どんなに富に寄りつく人は多いとしても、地方官の家へ縁組みを求めるはずはないのであるから
  "Kono Kimi ha, hitogara mo meyasuka' nari. Kokoro sadamari te mo monoomohi siri nu beka' naru wo, hito mo ate nari ya! Kore yori masari te, kotokotosiki kiha no hito hata, kakaru atari wo, sa ihe do, tadune yora zi."
1.2.8  と思ひて、 この御方に取りつぎて、さるべき折々は、をかしきさまに返り事などせさせたてまつる。 心一つに思ひまうく
 と思って、この御方に取り次いで、適当な折々には、結構なように返事などをおさせ申し上げる。自分独りで心用意する。
 と思い、姫君のほうへその手紙などは取り次いで、返事をするほうがよいと認める時には、書くことを教えて書かせなどしていた。
  to omohi te, kono Ohom-Kata ni toritugi te, sarubeki woriwori ha, wokasiki sama ni kaherigoto nado se sase tatematuru. Kokoro hitotu ni omohi mauku.
1.2.9  「 守こそおろかに思ひなすとも、我は命を譲りてかしづきて、さま容貌のめでたきを見つきなば、さりとも、おろかになどは、よも思ふ人あらじ」
 「常陸介はいいかげんに思うとも、自分は命に代えて大切に世話し、容姿器量の素晴らしいのを見たならば、そうはいっても、いいかげんにまどは、けっして思う人はいまい」
 夫人はひとりぎめをして、守は愛さないでも自分は姫君の婿を命がけで大事にしてみせる、姫君の美しい容姿を知ったなら、どんな人であっても愛せずにはおられまい
  "Kami koso oroka ni omohi nasu tomo, ware ha inoti wo yuduri te kasiduki te, sama katati no medetaki wo mituki na ba, saritomo, oroka ni nado ha, yo mo omohu hito ara zi."
1.2.10   と思ひ立ち、八月ばかりと契りて、調度をまうけ、はかなき遊びものをせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵、螺鈿のこまやかなる心ばへまさりて見ゆるものをば、 この御方にと取り隠して、劣りのを、
 と決心して、八月ぐらいにと約束して、調度を準備し、ちょっとした遊び道具を作らせても、恰好は格別に美しく、蒔絵、螺鈿のこまやかな趣向がすぐれて見える物を、この御方のために隠し置いて、劣った物を、
 と思い立って、八月ぐらいと仲人なこうどと約束をし、手道具の新調をさせ、遊戯用の器具なども特に美しく作らせ、巻き絵、螺鈿らでんの仕上がりのよいのは皆姫君の物として別に隠して、できの悪いのを
  to omohitati, Hatigwati bakari to tigiri te, teudo wo mauke, hakanaki asobi mono wo se sase te mo, sama kotoni yau wokasiu, makiwe, raden no komayaka naru kokorobahe masari te miyuru mono wo ba, kono Ohom-Kata ni to tori-kakusi te, otori no wo,
1.2.11  「これなむよき」
 「これが結構です」

  "Kore nam yoki."
1.2.12  とて見すれば、守はよくしも見知らず、そこはかとない物どもの、人の調度といふ限りは、ただとり集めて並べ据ゑつつ、 目をはつかにさし出づるばかりにて、琴、琵琶の師とて、内教坊のわたりより迎へ取りつつ習はす。
 と言って見せると、常陸介はよくも分からず、これといった価値のない物どもで、世間でいう調度類という調度は、すべて集めて部屋中いっぱいに並べ据えて、目をわずかに覗かせるくらいで、琴、琵琶の師匠として、内教坊のあたりから迎え迎えして習わせる。
 守の娘の物にきめて良人おっとに見せるのであったが、守は何の識別もできる男でなかったからそれで済んだ。座敷の飾りになるという物はどれもこれも買い入れて、秘蔵娘の居間はそれらでいっぱいで、わずかに目をすきから出して外がうかがえるくらいにも手道具を並べ立て、琴や琵琶の稽古けいこをさせるために、御所の内教坊ないきょうぼう辺の楽師を迎えて師匠にさせていた。
  tote, misure ba, Kami ha yoku simo misira zu, sokohakatonai mono-domo no, hito no teudo to ihu kagiri ha, tada tori atume te narabe suwe tutu, me wo hatukani sasi-iduru bakari nite, koto, biwa no si tote, Naikeubau no watari yori mukahe tori tutu narahasu.
1.2.13  手一つ弾き取れば、 師を立ち居拝みてよろこび、禄を取らすること、埋むばかりにてもて騒ぐ。はやりかなる曲物など教へて、師と、をかしき夕暮などに、弾き合はせて遊ぶ時は、涙もつつまず、をこがましきまで、さすがにものめでしたり。かかることどもを、母君は、すこしもののゆゑ知りて、いと見苦しと思へば、ことにあへしらはぬを、
 一曲習得すると、師匠を立ったり座ったり拝んでお礼申し上げ、謝礼を与えることは、それで埋まるほどに大騒ぎする。調子の早い曲などを教えて、師匠と一緒に、美しい夕暮時などに、合奏して遊ぶときは、涙も隠さず、馬鹿馬鹿しいまでに、それほど感動していた。このようなことを、母君は、少しは物事を知っていて、とても見苦しいと思うので、特に相手にしないのを、
 曲の中の一つの手事がけたといっては、師匠に拝礼もせんばかりに守は喜んで、その人を贈り物でうずめるほどな大騒ぎをした。派手はでに聞こえる曲などを教えて、師匠が教え子と合奏をしている時には涙まで流して感激する。荒々しい心にもさすがに音楽はいいものであると知っているのであろう。こんなことを少し物をった女である夫人は見苦しがって、冷淡に見ていることで守は腹をたてて、
  Te hitotu hiki tore ba, si wo tatiwi wogami te yorokobi, roku wo tora suru koto, udumu bakari nite mote-sawagu. Hayarika naru gokumono nado wosihe te, si to, wokasiki yuhugure nado ni, hiki ahase te asobu toki ha, namida mo tutuma zu, wokogamasiki made, sasugani mono-mede si tari. Kakaru koto-domo wo, HahaGimi ha, sukosi mono no yuwe siri te, ito migurusi to omohe ba, kotoni ahe siraha nu wo,
1.2.14  「 吾子をば、思ひ落としたまへり
 「わが娘を、馬鹿にしておられる」
 わしの秘蔵子をほかの娘ほどに愛さない
  "Ako wo ba, omohi otosi tamahe ri."
1.2.15  と、常に恨みけり。
 と、いつも恨んでいるのであった。
 とよく恨んだ。
  to, tuneni urami keri.
注釈22仲らひも一族の人々も、の意。1.2.1
注釈23徳いかめしうなどあれば財力も大変にあったので、の意。1.2.1
注釈24事好みしたるほどよりはあやしう荒らかに田舎びたる心ぞつきたりける風流を好むわりには田舎びた粗野な性情がある。1.2.1
注釈25さる東方の大島本は「あつま方の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「東の方の」と「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま「あづま方の」とする。1.2.2
注釈26ものうち言ふすこしたみたるやうにて「たみ」清音。「迂、タミタリ・マガル・メグル」〈名義抄〉。『花鳥余情』は「東にて養はれたる人の子は舌だみてこそ物はいひけれ」(拾遺集物名、四一三、読人しらず)を指摘。1.2.2
注釈27豪家のあたり恐ろしくわづらはしきものに憚り懼ぢすべていとまたく隙間なき心田舎びた者の性情。権力に対して怖じおもねる心と抜目なさ。1.2.2
注釈28琴笛の道は遠う弓をなむいとよく引ける大島本は「ひける」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「引きける」と「き」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ひける」とする。音楽には疎遠で弓馬の道に優れている。1.2.3
注釈29なほなほしきあたりともいはず常陸介の家のこのようなありさまをさしていう。1.2.3
注釈30勢ひに引かされて常陸介の財力に引かれて、の意。1.2.3
注釈31よき若人ども大島本は「よきわか人とも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「よき若人どもつどひ」と「つどひ」を補訂する。『新大系』は底本のまま「よき若人ども」とする。1.2.3
注釈32らうらうじく以下「いみじかなる」まで、君達の詞。1.2.4
注釈33通ひし所なども絶えて左近少将が今まで通っていた妻たち。1.2.5
注釈34この君は以下「尋ね寄らじ」まで、北の方の心中の思い。1.2.7
注釈35心定まりても大島本は「心さたまりても」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心定まりて」と「も」を削除する。『新大系』は底本のまま「心定まりても」とする。1.2.7
注釈36人もあてなりや大島本は「人もあてなりや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「人もあてなり」と「や」を削除する。『新大系』は底本のまま「人もあてなりや」とする。1.2.7
注釈37この御方に浮舟をさす。1.2.8
注釈38心一つに思ひまうく大島本は「思まうく」とある。『完本』は諸本に従って「思まうけて」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「思ひまうく」とする。主語は北の方。1.2.8
注釈39守こそおろかに思ひなすとも以下「思ふ人あらじ」まで、北の方の心中の思い。1.2.9
注釈40と思ひ立ち大島本は「思たち」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ立ちて」と「て」を補訂する。『新大系』は底本のまま「思たち」とする。1.2.10
注釈41この御方にと取り隠して浮舟をさす。先妻の娘たちの結婚時をさすのだろう。1.2.10
注釈42目をはつかにさし出づるばかりにて大島本は「さし出る」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「さし出づ」と「る」を削除する。『新大系』は底本のまま「さし出る」とする。『完訳』は「娘たちが道具の中に埋れて、目をわずかに出す趣。戯画的表現」と注す。1.2.12
注釈43師を立ち居拝みてよろこび、禄を取らすること、埋むばかりにて『完訳』は「これも戯画化」と注す。1.2.13
注釈44吾子をば思ひ落としたまへり常陸介の心中の思い。自分の娘が連れ子の浮舟より軽んじられている。1.2.14
出典2 すこしたみたるやう 東にて養はれたる人の子は舌だみてこそ物は言ひけれ 拾遺集物名-四一三 読人しらず 1.2.2
1.3
第三段 左近少将、浮舟が継子だと知る


1-3  Sakon-shosho recognizes Ukifune that she is a stepdaughter of Hitachi-no-suke

1.3.1   かくて、この少将、契りしほどを 待ちつけで、「 同じくは疾く」とせめければ、わが心一つに、かう思ひ急ぐも、いとつつましう、 人の心の知りがたさを思ひて、 初めより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せて語らふ。
 こうして、あの少将は、約束した月を待たないで、「同じことなら早く」と催促したので、自分の考え一つで、このように急ぐのも、たいそう気がひけて、相手の心の知りにくいことを思って、初めから取り次いだ人が来たので、近くに呼んで相談する。
 八月にと仲人から通じられていた左近少将はやっとその月が近づくと、同じことなら月の初めにと催促をして来た時、守の実の子でなく、母である自分一人が万事気をもんできた娘であることを言い、その真相を前に明らかにしておかねば婿になる人は、そんなことでのちに失望をすることがあるかもしれぬと思い、夫人は初めから仲へ立っていたその男を近くへ呼んで、
  Kakute, kono Seusyau, tigiri si hodo wo mati tuke de, "Onaziku ha toku." to seme kere ba, waga kokoro hitotu ni, kau omohi isogu mo, ito tutumasiu, hito no kokoro no siri gatasa wo omohi te, hazime yori tutahe some keru hito no ki taru ni, tikau yobi yose te katarahu.
1.3.2  「 よろづ多く 思ひ憚ることの多かるを、月ごろかうのたまひてほど経ぬるを、並々の人にもものしたまはねば、かたじけなう心苦しうて。かう思ひ立ちにたるを、 親などものしたまはぬ人なれば、心一つなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもやと、かねてなむ思ふ。
 「いろいろと気兼ねすることがありますが、何か月もこのようにおっしゃって月日がたったが、平凡な身分の方でもいらっしゃらないので、もったいなくお気の毒で。このように決心しましたが、父親などもいらっしゃらない娘なので、自分一人の考えのようで、はた目にも見苦しく、行き届かない点がありましょうかと、今から心配しています。
 「今度お相手に選んでくださいました子につきましては、いろいろ遠慮がありましてね、こちらからお話を進める心はなかったのですが、前々からおっしゃってくださいますのを、先が並み並みの方でもいらっしゃらないためにもったいなくお気の毒に思われまして、お取り決めしたのですが、お父様の今ではない方なのですから、私一人で仕度したくをしていまして、そんなことで不都合だらけでお気に入らぬことはないかと今から心配をしています。
  "Yorodu ohoku omohi habakaru koto no ohokaru wo, tukigoro kau notamahi te hodo he nuru wo, naminami no hito nimo monosi tamaha ne ba, katazikenau kokorogurusiu te. Kau omohitati ni taru wo, oya nado monosi tamaha nu hito nare ba, kokoro hitotu naru yau nite, kataharaitau, uti-aha nu sama ni miye tatematuru koto mo ya to, kane te nam omohu.
1.3.3   若き人びとあまたはべれど、 思ふ人具したるは、おのづからと思ひ譲られて、 この君の御ことをのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、 もの思ひ知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるをしも、もし思はずなる御心ばへも見えば、 人笑へに悲しうなむ
 若い娘たちは大勢いますが、世話する父親がいる者は、自然と何とかなろうと任せる気になりまして、この姫君のことばかりが、はかないこの世を見るにつけても、不安でたまらないので、物の情理を弁えるお方と聞いて、このようにいろいろと遠慮を忘れてしまいそうなのも、もし意外なお気持ちが見えたら、物笑いにになって悲しいことでしょう」
 娘は何人もありますが、保護者の父親てておやのあります子は、そのほうで心配をしてくれますことと安心していまして、この方の身の納まりだけを私はいろいろと苦労にして考えていまして、たくさんの若い方をそれとなく観察していたのですが、不安に思われることがどこかにある方ばかりで、結婚にまで話を進められませんでしたのに、少将さんは同情心に厚い性質だと伺いまして、こちらの資格の欠けたのも忘れてお約束をするまでになったのですが、私の大事な方を愛してくださらないようなことが起こり、世間体までも悪くなることがあっては悲しいだろうと思われます」
  Wakaki hitobito amata habere do, omohu hito gusi taru ha, onodukara to omohi yudurare te, kono Kimi no ohom-koto wo nomi nam, hakanaki yononaka wo miru ni mo, usirometaku imiziki wo, mono-omohi siri nu beki mi-kokorozama to kiki te, kau yorodu no tutumasisa wo wasure nu beka' meru wo simo, mosi omoha zu naru mi-kokorobahe mo miye ba, hitowarahe ni kanasiu nam."
1.3.4  と言ひけるを、少将の君に参うでて、
 と言ったのを、少将の君のもとに参って、
 と語った。
  to ihi keru wo, Seusyau-no-Kimi ni maude te,
1.3.5  「しかしかなむ」
 「これこれしかじかでした」
 仲介者はさっそく少将の所へ行って、常陸夫人の言葉を伝えた。
  "Sikasika nam."
1.3.6  と申しけるに、 けしき悪しくなりぬ
 と申したところ、機嫌が悪くなった。
 すると少将の機嫌きげんは見る見る悪くなった。
  to mausi keru ni, kesiki asiku nari nu.
1.3.7  「 初めより、さらに、守の御娘にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出で入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」
 「初めから、全然、介の娘でないということを聞かなかった。同じ結婚であるが、人聞きも劣った気がして、出入りするにも良くないことであろう。詳しく調べもしないで、いいかげんなことを伝えて」
 「初めから実子でないという話は少しも聞かなかったじゃないか。同じようなものだけれど、人聞きも一段劣る気がするし、出入りするにも家の人に好意を持たれることが少ないだろう。君はよくも聞かないでいいかげんなことを取り次いだものだね」
  "Hazime yori, sarani, Kami no mi-musume ni ara zu to ihu koto wo nam kika zari turu. Onazi koto nare do, hitogiki mo keotori taru kokoti si te, ideiri se m ni mo yokara zu nam aru beki. You mo anai se de, ukabi taru koto wo tutahe keru."
1.3.8  とのたまふに、いとほしくなりて、
 とおっしゃるので、困りきって、
 と少将が言うので仲人はかわいそうになり、
  to notamahu ni, itohosiku nari te,
1.3.9  「 詳しくも知りたまへず女どもの知るたよりにて、仰せ言を伝へ始めはべりしに、中にかしづく娘とのみ聞きはべれば、守のにこそは、とこそ思ひたまへつれ。異人の子持たまへらむとも、問ひ聞きはべらざりつるなり。
 「詳しくは存じませんでした。女房連中の知り合いのつてで、お願いを伝え始めたのでしたが、娘たちの中で大切にお世話している娘とばかり聞きましたので、介の娘であろうと存じました。他人の娘を連れておいでだったとは、尋ねませんでした。
 「私はもとよりくわしいことは知らなかったのですよ。あの家の内部に身内の者がいるものですから話をお取り次ぎしたのです。何人もの中で最も大切にかしずいている娘とだけ聞いていましたから、守の子だろうと信じてしまったのですよ。奥さんの連れ子があるなどとは少しも知りませんでした。
  "Kuhasiku mo siri tamahe zu. Womna-domo no siru tayori nite, ohosegoto wo tutahe hazime haberi si ni, naka ni kasiduku musume to nomi kiki habere ba, Kami no ni koso ha, to koso omohi tamahe ture. Kotobito no ko mo' tamahe ram to mo, tohi kiki habera zari turu nari.
1.3.10   容貌、心もすぐれてものしたまふこと、母上のかなしうしたまひて、おもだたしう気高きことをせむと、あがめかしづかると聞きはべりしかば、 いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、 さるたより知りたまへりと、取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪、はべるまじきことなり」
 器量や、気立てもすぐれていらっしゃることは、母上がかわいがっていらっしゃって、晴れがましく面目のたつようにしようと、大切にお育てしていると聞いておりましたので、何とかあの介の家と縁組を取り持ってくれる人がいないものか、とおっしゃいましたので、あるつてを存じておりますと、申し上げたのです。まったく、いいかげんなという非難を、受けることはございませんはずです」
 容貌ようぼうも性質もすぐれていること、奥さんが非常に愛していて、名誉な結婚をさせようと大事がっていられることなどを聞いたものですから、あなたが常陸家に結婚を申し込むのによいつてがないかと言っていらっしゃるのを聞いて、私にはそうしたちょっとした便宜がありますとお話ししたのが初めです。決していいかげんなことを言ったのではありませんよ。それは濡衣ぬれぎぬというものです」
  Katati, kokoro mo sugure te monosi tamahu koto, HahaUhe no kanasiu si tamahi te, omodatasiu kedakaki koto wo se m to, agame kasiduka ru to kiki haberi sika ba, ikade kano hen no koto tutahe tu bekara m hito mo gana, to notamahase sika ba, saru tayori siri tamahe ri to, tori mausi si nari. Sarani, ukabi taru tumi, haberu maziki koto nari."
1.3.11  と、腹悪しく言葉多かる者にて、申すに、君、いとあてやかならぬさまにて、
 と、腹黒く口数の多い者で、こう申すので、少将の君は、大して上品でない様子で、
 意地が悪くて多弁な男であったから、こんなふうに息まいてくるのを聞いていて、少将は上品でない表情を見せて言うのだった。
  to, haraasiku kotoba ohokaru mono nite, mausu ni, Kimi, ito ateyaka nara nu sama nite,
1.3.12  「 かやうのあたりに行き通はむ、 人のをさをさ許さぬことなれど今様のことにて、咎あるまじうもてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるたぐひもあめるを、 同じこととうちうちには思ふとも、 よそのおぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。
 「あのような受領ふぜいの家に通って行くのは、誰も良いことだとは認めないことだが、当節よくあることで、咎めもあるまいし、婿を大切に世話するので、欠点を隠している例もあるようだが、実の娘と同じように内々では思っても、世間の思惑は、追従しているように人は言うであろう。
 「地方官階級の家と縁組みをすることなどは人がよく言うことでないのだが、現代では貴族の婿をあがめて、後援をよくしてくれることに見栄みえの悪さを我慢する人もあるようになったのだからね。どうせ同じようなものだとしても、世間には、わざわざまま娘の婿にまでなってあの家の余沢をこうむりたがったように見えるからね。
  "Kayau no atari ni iki kayoha m, hito no wosawosa yurusa nu koto nare do, imayau no koto nite, toga aru maziu, mote-agame te usiromidatu ni, tumi kakusi te nam aru taguhi mo a' meru wo, onazi koto to utiuti ni ha omohu tomo, yoso no oboye nam, heturahi te hito ihinasu beki.
1.3.13   源少納言、讃岐守などの、うけばりたるけしきにて 出で入らむに、守にもをさをさ 受けられぬさまにて交じらはむなむ、いと人げなかるべき」
 源少納言や、讃岐守などが、威張った感じで出入りするのに、常陸介からも少しも認められずに婿入りするのは、実に不面目であろう」
 源少納言や讃岐守さぬきのかみは得意顔で出入りするであろうが、こちらはあまり好意を持たれない婿で通って行くのもみじめなものだよ」
  Gen-Seunagon, Sanuki-no-Kami nado no, ukebari taru kesiki nite ide ira m ni, Kami ni mo wosawosa uke rare nu sama nite maziraha m nam, ito hitogenakaru beki."
1.3.14  とのたまふ。
 とおっしゃる。

  to notamahu.
注釈45かくてこの少将大島本は「この少将」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かの少将」と校訂する。『新大系』は底本のまま「この少将」とする。1.3.1
注釈46待ちつけで接続助詞「で」打消の意。1.3.1
注釈47同じくは疾く少将の詞。1.3.1
注釈48人の心の知りがたさを相手の少将の心中をさす。1.3.1
注釈49初めより伝へそめける人仲人。1.3.1
注釈50よろづ多く以下「悲しうなむある」まで、北の方の詞。1.3.2
注釈51思ひ憚ることの多かるを大島本は「おほかるを」とある。『完本』は諸本に従って「あるを」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「多かるを」とする。1.3.2
注釈52親などものしたまはぬ人なれば「親」は父親をさす。浮舟が連れ子であることを初めて言った。1.3.2
注釈53若き人びと夫常陸介との間にできた娘たち。1.3.3
注釈54思ふ人具したるは世話する人、父親がいる。1.3.3
注釈55この君の御ことをのみ浮舟のこと。1.3.3
注釈56もの思ひ知りぬべき御心ざま少将は情けのわかる人。1.3.3
注釈57人笑へに悲しうなむ大島本は「かなしうなん」とある。『完本』は諸本に従って「悲しうなんあるべき」と「あるべき」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「悲しうなむ」とする。1.3.3
注釈58けしき悪しくなりぬ主語は少将。1.3.6
注釈59初めよりさらに以下「伝へける」まで、少将の詞。1.3.7
注釈60詳しくも知りたまへず以下「罪はべるまじきことなり」まで、仲人の詞。1.3.9
注釈61女どもの知るたよりにて仲人の妹が浮舟に仕えていた。その情報から仲人に入った。1.3.9
注釈62容貌心もすぐれて以下「あがめかしづかる」まで、仲人が妹から聞いたこと。1.3.10
注釈63いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな少将が仲人に言った詞。1.3.10
注釈64さるたより知りたまへり仲人が少将に答えた詞。1.3.10
注釈65かやうのあたりに以下「いと人げなかるべき」まで、少将の詞。1.3.12
注釈66人のをさをさ許さぬことなれど少将の身分で常陸介の娘に婿として通うのは世間の非難することだ、という。1.3.12
注釈67今様のことにて咎あるまじう近年は少将の身分で受領の娘に通うのも、非難されなくなったという。1.3.12
注釈68もてあがめて後見だつに舅が婿を大切にして後見する。1.3.12
注釈69同じことと連れ子を実の父の子の娘と同じく、の意。1.3.12
注釈70源少納言讃岐守などのうけばりたるけしきにていずれも常陸介の先妻の娘の夫たち。少納言は従五位下、讃岐守は上国の国守、従五位下相当官。少将は正五位下で彼等より上位。1.3.13
注釈71受けられぬさまにて婿と認められない状態で。1.3.13
校訂1 よその よその--よそのの(の<後出>/#) 1.3.12
校訂2 源少納言 源少納言--源少(少/+納<朱>)言 1.3.13
1.4
第四段 左近少将、常陸介の実娘を所望す


1-4  Sakon-shosho desiers to get married to Hitachi-no-suke's daughter

1.4.1   この人、追従あるうたてある人の心にて、これをいと口惜しう、こなたかなたに思ひければ、
 この仲人は、人に追従する嫌なところのある性質の人なので、これをとても残念に、相手方とこちら方とに思ったので、
 仲人なこうどは追従男で、利己心の強い性質から、少将のためにも、自身のためにも都合よく話を変えさせようと思った。
  Kono hito, tuisyou aru utate aru hito no kokoro nite, kore wo ito kutiwosiu, konata kanata ni omohi kere ba,
1.4.2  「 まことに守の娘と思さば、まだ若うなどおはすとも、しか伝へはべらむかし。 中にあたるなむ、姫君とて、 守、いとかなしうしたまふなる」
 「実の介の娘をとお思いならば、まだ若くていらっしゃるが、そのようにお伝え申しましょう。妹にあたる娘を、姫君として、常陸介は、たいそうかわいがっていらっしゃるそうです」
 「守の実の娘がお望みでしたら、まだ若過ぎるようでも、そう話をしてみましょうか。何人もの中で姫君と言わせている守の秘蔵娘があるそうです」
  "Makoto ni Kami no musume to obosa ba, mada wakau nado ohasu tomo, sika tutahe habera m kasi. Naka ni ataru nam, HimeGimi tote, Kami, ito kanasiu si tamahu naru."
1.4.3  と聞こゆ。
 と申し上げる。

  to kikoyu.
1.4.4  「 いさや。初めよりしか言ひ寄れることをおきて、また言はむこそうたてあれ。されど、わが本意は、かの守の主の、人柄もものものしく、大人しき人なれば、後見にもせまほしう、 見るところありて思ひ始めしことなり。もはら顔、容貌のすぐれたらむ女の願ひもなし。品あてに艶ならむ女を願はば、やすく得つべし。
 「さあね。初めからあのように申し込んでいたことをおいて、別の娘に申し込むのも嫌な気がする。けれど、自分の願いは、あの常陸介の、人柄も堂々として、老成している人なので、後見人ともしたく、考えるところがあって思い始めたことなのだ。もっぱら器量や、容姿のすぐれている女の希望もない。上品で優美な女を望むなら、簡単に得られよう。
 「しかしだね、初めから申し込んでいた相手をすっぽかして、もう一人の娘に求婚をするのも見苦しいじゃないか。けれど私は初めからあの守の人物がりっぱだから感心して、後援者になってほしくて考えついた話なのだ。私は少しも美人を妻にしたいと思ってはいないよ。貴族の家のえんな娘がほしければたやすく得られることも知っているのだ。
  "Isaya! Hazime yori sika ihiyore ru koto wo oki te, mata iha m koso utate are. Saredo, waga ho'i ha, kano Kam-no-Nusi no, hitogara mo monomonosiku, otonasiki hito nare ba, usiromi ni mo se mahosiu, miru tokoro ari te omohi hazime si koto nari. Mohara kaho, katati no sugure tara m womna no negahi mo nasi. Sina ateni en nara m womna wo negaha ba, yasuku e tu besi.
1.4.5  されど、 寂しうことうち合はぬ、みやび好める人の果て果ては、ものきよくもなく、人にも人ともおぼえたらぬを見れば、すこし人にそしらるとも、なだらかにて世の中を過ぐさむことを願ふなり。守に、かくなむと語らひて、さもと許すけしきあらば、 何かは、さも
 けれど、物寂しく不如意でいて、風雅を好む人の最後は、みすぼらしい暮らしで、人から人とも思われないのを見ると、少し人から馬鹿にされようとも、平穏に世の中を過ごしたいと願うのである。介に、このように話して、そのように認める様子があったら、何の、かまうものか」
 しかし貧しくて風雅な生活を楽しもうとする人間が、しまいには堕落した行為もすることになり、人から人とも思われないようになっていくのを見ると、少々人にはそしられても物質的に恵まれた生活がしたくなる。守に君からその話を伝えてくれて、相談に乗ってくれそうなら、何もそう義理にこだわっている必要もまたないのだ」
  Saredo, sabisiu koto utiaha nu, miyabi konome ru hito no hatehate ha, mono-kiyoku mo naku, hito ni mo hito to mo oboye tara nu wo mire ba, sukosi hito ni sosira ru tomo, nadaraka nite yononaka wo sugusa m koto wo negahu nari. Kami ni, kaku nam to katarahi te, samo to yurusu kesiki ara ba, nanikaha, samo,"
1.4.6  とのたまふ。
 とおっしゃる。
 少将はこう言った。
  to notamahu.
注釈72この人追従ある大島本は「ついそうある」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「追従あり」と校訂する。『新大系』は底本のまま「追従ある」とする。1.4.1
注釈73まことに守の娘と以下「かなしうしたまふなる」まで、仲人の詞。1.4.2
注釈74中にあたるなむ北の方の二番目の娘。常陸介との間にできた最初の娘。1.4.2
注釈75守いとかなしう大島本は「かミいとかなしう」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「守は」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「守」とする。1.4.2
注釈76いさや初めより以下「何かはさも」まで、少将の詞。1.4.4
注釈77見るところありて思ひ始めしことなり常陸介の経済力に期待。1.4.4
注釈78寂しうことうち合はぬみやび好める人の果て果てはものきよくもなく人にも人ともおぼえたらぬを見れば『集成』は「家運衰えて万事不如意な、風雅を愛した人の行きつく果ては、小綺麗な暮しもできず、世間からも人並みにも思われていない有様を見ると」。『完訳』は「貧しく不如意がちな暮しをしていながら、風流を第一としている人が行きつくところは何かみすぼらしい感じで、世間からも一人前の扱いを受けられないところを見ると」と訳す。1.4.5
注釈79何かはさも婚約した浮舟のことは、かまうことない。1.4.5
1.5
第五段 常陸介、左近少将に満足す


1-5  Hitachi-no-suke is satisfied with Sakon-shosho

1.5.1   この人は、妹のこの西の御方にあるたよりに、かかる御文なども取り伝へはじめけれど、守には詳しくも見え知られぬ者なりけり。ただ行きに、守の居たりける前に行きて、
 この仲人は、妹がこの西の御方に仕えているのをつてにして、このようなお手紙なども取り次ぎ始めたが、常陸介からは詳しく知られていない者なのであった。ただずかずかと、介の座っている前に出て行って、
 仲人は妹が常陸家の継子ままこの姫君の女房をしている関係で、恋の手紙なども取り次がせ始めたのであったが、守に直接ったこともないのだった。仲人はあつかましく守の住居すまいのほうへ行って、
  Kono hito ha, Imouto no kono nisi-no-ohomkata ni aru tayori ni, kakaru ohom-humi nado mo tori tutahe hazime kere do, Kami ni ha kuhasiku mo miye sira re nu mono nari keri. Tada iki ni, Kami no wi tari keru mahe ni iki te,
1.5.2  「 とり申すべきことありて
 「申し上げねばならないことがあります」
 「申し上げたいことがあって伺いました」
  "Tori mausu beki koto ari te."
1.5.3   など言はす
 などと言わせる。介は、
 と取り次がせた。
  nado ihasu. Kami,
1.5.4  「 このわたりに時々出で入りはすと聞けど、前には呼び出でぬ人の、 何ごと言ひにかあらむ
 「この家に時々出入りしているとは聞くが、前には呼び出さない人が、何事を言うのであろうか」
 守は自分の家へ時々出入りするとは聞いているが、前へ呼んだこともない男が、何の話をしようとするのであろう
  "Kono watari ni tokidoki ideiri ha su to kike do, mahe ni ha yobiide nu hito no, nanigoto ihi ni ka ara m?"
1.5.5  と、なま荒々しきけしきなれど、
 と、どこか荒々しい様子であるが、
 と、荒々しい不機嫌ふきげんな様子を見せたが、
  to, nama-araarasiki kesiki nare do,
1.5.6  「 左近少将殿の御消息にてなむさぶらふ
 「左近少将殿からのお手紙でございます」
 「左近少将さんからのお話を取り次ぎますために」
  "Sakon-no-Seusyau-dono no ohom-seusoko nite nam saburahu."
1.5.7  と言はせたれば、会ひたり。 語らひがたげなる顔して、近うゐ寄りて、
 と言わせたので、会った。話し出しにくそうな顔をして、近くに座り寄って、
 と男が言わせたので逢った。仲人は取りつきにくく思うふうで近くへ寄って、
  to ihase tare ba, ahi tari. Katarahi gatage naru kaho si te, tikau wi yori te,
1.5.8  「 月ごろ、内の御方に消息 聞こえさせたまふを、御許しありて、 この月のほどにと契りきこえさせたまふことはべるを、日をはからひて、いつしかと 思すほどに、 ある人の申しけるやう
 「ここ幾月も、御内儀の御方にお便りを差し上げなさっていましたが、お許しがあって、今月にとお約束申し上げなさったことがございましたが、吉日を選んで、早くとお考えのうちに、ある人が申したことには、
 「少将さんは幾月か前から奥さんに、お嬢さんとの御結婚の話でおたよりをしておいでになったのですが、お許しになりまして、今月にと言ってくだすったものですから、吉日を選んでおいでになりますうちに、
  "Tukigoro, Uti-no-Ohomkata ni seusoko kikoyesase tamahu wo, ohom-yurusi ari te, kono tuki no hodo ni to tigiri kikoyesase tamahu koto haberu wo, hi wo hakarahi te, itusika to obosu hodo ni, aru hito no mausi keru yau,
1.5.9  『 まことに 北の方の御はからひにものしたまへど、守の殿の御娘にはおはせず。 君達のおはし通はむに、世の聞こえなむへつらひたるやうならむ。受領の御婿になりたまふかやうの 君達は、 ただ私の君のごとく思ひかしづきたてまつり手に捧げたるごと 、思ひ扱ひ後見たてまつるにかかりてなむ、 さる振る舞ひしたまふ人びとものしたまふめるを、さすがにその御願ひはあながちなるやうにて、 をさをさ受けられたまはで、け劣りておはし通はむこと、 便なかりぬべきよし
 『確かに北の方のご計画ではあるが、常陸介様の御娘さまではいらっしゃらない。良家のご子息がお通いになるには、世間の評判も追従しているようであろう。受領の婿殿におなりになるこのような公達は、ただ私的な主君のように大切にされて、手に持った玉のように、大事にご後見申されることによって、そのような縁組を結びなさる人びともいらっしゃるようですが、やはりその願いは無理なようなので、少しも婿として承知していただけず、劣った扱いでお通いになることは、不都合なこと』  そのお嬢さんは奥さんのお子さんであっても常陸守さんのお嬢さんでない、公達きんだちが婿におなりになっては、世間でただ物持ちの余慶をこうむりたいだけで結婚したと悪くばかり言われるでしょう。地方官の婿になる人は私の主君のように大事がられて、手に載せるばかりにされるのを望んで縁組みをする人たちがあるのに、さすがにその望みも貫徹されず、あまり好意をも持たれぬ一段劣った婿で出入りをされるのはよろしくない
  'Makoto ni Kitanokata no ohom-hakarahi ni monosi tamahe do, Kam-no-Tono no mi-musume ni ha ohase zu. Kimdati no ohasi kayoha m ni, yo no kikoye na m heturahi taru yau nara m. Zuryau no ohom-muko ni nari tamahu kayau no Kimi-tati ha, tada watakusi no kimi no gotoku omohi kasiduki tatematuri, te ni sasage taru goto, omohi atukahi usiromi tatematuru ni kakari te nam, saru hurumahi si tamahu hitobito monosi tamahu meru wo, sasugani sono ohom-negahi ha anagati naru yau nite, wosawosa uke rare tamaha de, keotori te ohasi kayoha m koto, binnakari nu beki yosi.'
1.5.10  をなむ、切にそしり申す人びとあまたはべるなれば、ただ今思しわづらひてなむ。
 だと、しきりに申す人びとが大勢ございますようなので、ただ今お困りになっています。
 とまあこんなふうな忠告をある人がしたのだそうです。それはその人だけでなく何人となく皆同じことを言ったそうで、少将さんは今どうすればいいかと煩悶はんもんをしておられます。
  wo nam, setini sosiri mausu hitobito amata haberu nare ba, tada ima obosi wadurahi te nam.
1.5.11  『 初めよりただ きらぎらしう、人の後見と頼みきこえむに、堪へたまへる御おぼえを選び申して、 聞こえ始め申ししなり。さらに、 異人ものしたまふらむといふこと知らざりければ、もとの心ざしのままに、 まだ幼きものあまたおはすなるを、許いたまはば、 いとどうれしくなむ御けしき見て参うで来』
 『初めからただ威勢がよく、後見者としてお頼り申すのに、十分でいらっしゃるご評判をお選び申して、求婚しは始めたのです。まったく、他人の娘がいらっしゃるということは知らなかったので、最初の希望通りに、まだ幼い娘も大勢いらっしゃるというのを、お許しくださったら、ますます嬉しい。ご機嫌を伺って来るように』
 初めから自分は実力のある後援者を得たいと思って、それに最も適した方として選んだ家なのだ。実子でないお嬢さんがあるなどとは少しも知らなかったのだから、初めからの志望どおりに、まだ年のお若い方が幾人かいらっしゃるそうだから、そのお一人との結婚のお許しが得られたらうれしいだろう、この話を申し上げて思召おぼしめしを伺って来い
  'Hazime yori tada kiragirasiu, hito no usiromi to tanomi kikoye m ni, tahe tamahe ru ohom-oboye wo erabi mausi te, kikoye hazime mausi si nari. Sarani, kotobito monosi tamahu ram to ihu koto sira zari kere ba, moto no kokorozasi no mama ni, mada wosanaki mono amata ohasu naru wo, yurui tamaha ba, itodo uresiku nam. Mi-kesiki mi te maude ko.'
1.5.12  と仰せられつれば」
 と命じられましたので」
 と申されたものですから」
  to ohose rare ture ba."
1.5.13  と言ふに、守、
 と言うと、介は、
 などと言った。常陸守は、
  to ihu ni, Kami,
1.5.14  「 さらに、かかる御消息はべるよし、詳しく承らず。 まことに同じことに思うたまふべき人なれど、よからぬ童べあまたはべりて、はかばかしからぬ身に、さまざま思ひたまへ扱ふほどに、母なる者も、 これを異人と思ひ分けたることと、くねり言ふことはべりて、ともかくも 口入れさせぬ人のことにはべれば、ほのかに、 しかなむ仰せらるることはべりとは聞きはべりしかど、 なにがしを取り所に思しける御心は、知りはべらざりけり。
 「まったく、そのようなお便りがございますこと、詳しく存じませんでした。ほんとうに実の娘と同じように存じている人ですが、よろしくない娘どもが大勢おりまして、大したことでもないわが身で、いろいろとお世話申し上げて来たところ、母にあたる者も、わたしがこの娘を自分の娘と分け隔てしていると、僻んで言うことがありまして、何とも口出しさせない人のことでございましたので、ちらっと、そのようにおっしゃったということは聞きましたが、わたしを期待してお思いになっていたお心がありましたとは、存じませんでした。
 「そんな話の進行していたことなどを私はくわしく知りませんでした。私としては実子と同じようにしてやらなければならない人なのですが、つまらぬ子供もおおぜいいるものですから、意気地いくじのない私は力いっぱいにその者らの世話にかかっていますと、家内は自身の娘だけを分け隔てをして愛さないと意地悪く言ったりしたことがありまして、私にいっさい口を入れさせなくなった人のことですから、ほのかに少将さんからお手紙が来るということだけは聞いていたのですが、私を信頼してくだすっての思召しとは知りませんでした。
  "Sarani, kakaru ohom-seusoko haberu yosi, kuhasiku uketamahara zu. Makotoni onazi koto ni omou tamahu beki hito nare do, yokara nu warahabe amata haberi te, hakabakasikara nu mi ni, samazama omohi tamahe atukahu hodo ni, haha naru mono mo, kore wo kotobito to omohi wake taru koto to, kuneri ihu koto haberi te, tomokakumo kutiire sase nu hito no koto ni habere ba, honokani, sika nam ohose raruru koto haberi to ha kiki haberi sika do, nanigasi wo tori dokoro ni obosi keru mi-kokoro ha, siri habera zari keri.
1.5.15  さるは、いとうれしく思ひたまへらるる御ことにこそはべるなれ。いとらうたしと思ふ女の童は、あまたの中に、 これをなむ命にも代へむと思ひはべる。 のたまふ人びとあれど、今の世の人の御心、定めなく聞こえはべるに、なかなか胸いたき目をや見むの憚りに、思ひ定むることもなくてなむ。
 それは、実に嬉しく存じられることでございます。たいそうかわいいと思う幼い娘は、大勢の娘たちの中で、この子を命に代えてもよいと思っております。求婚なさる方々はいるが、今の世の中の人の心は、頼りないと聞いておりますので、かえって胸を痛めることになろうかと遠慮され、決心することもございませんでした。
 それは非常にうれしいお話です。私の特別かわいく思う女の子があります。おおぜいの子供の中に、その子だけは命に代えたいほどに愛されます。申し込まれる方はいろいろありますが、現代の人は皆移り気なふうになっていますから、娘に苦労をさせたくない心から、まだ相手をよう決めずにいます。
  Saruha, ito uresiku omohi tamahe raruru ohom-koto ni koso haberu nare. Ito rautasi to omohu menowaraha ha, amata no naka ni, kore wo nam inoti ni mo kahe m to omohi haberu. Notamahu hitobito are do, ima no yo no hito no mi-kokoro, sadame naku kikoye haberu ni, nakanaka mune itaki me wo ya mi m no habakari ni, omohi sadamuru koto mo naku te nam.
1.5.16  いかでうしろやすくも 見たまへおかむと、明け暮れかなしく思うたまふるを、少将殿におきたてまつりては、 故大将殿にも若くより参り仕うまつりき家の子にて見たてまつりしにいと警策に、仕うまつらまほしと、心つきて思ひきこえしかど、 遥かなる所に、うち続きて過ぐしはべる年ごろのほどに、 うひうひしくおぼえはべりてなむ、参りも仕まつらぬを、かかる御心ざしのはべりけるを。
 何とか安心な状態にしておきたいと、明け暮れかわいく存じておりましたが、少将殿におかれましては、亡き大将殿にも、若い時からお仕えしてまいりました。家来として拝見しましたが、たいそう人物が立派なので、お仕え申したいと、お慕い申し上げて来ましたが、遠国に、引き続いて過ごして来ました何年もの間に、お会いするのも恥ずかしく思われまして、参上してお仕えしませんでしたが、このようなお気持ちがございましたとは。
 どうにかして不安の伴わない結婚をさせたいと、毎日そればかりを思っていましたが、少将様におかせられては、御尊父様の故大将様にも若くからおそば近くまいっていた縁もありまして、身内の者としてお小さい時からおりこうなお生まれを知っておりましたから、今もおやしきへ伺候もしたく思いながら、続いて遠国に暮らすことになりましてからは、京にいますうちは何をいたすもおっくうで参候も実行できませんでしたような私へ、ありがたいお申し込みをしてくださいましたことは
  Ikade usiroyasuku mo mi tamahe oka m to, akekure kanasiku omou tamahuru wo, Seusyau-dono ni oki tatematuri te ha, ko-Daisyau-dono ni mo, wakaku yori mawiri tukaumaturi ki. Ihenoko nite mi tatematuri si ni, ito kyauzaku ni, tukaumatura mahosi to, kokorotuki te omohi kikoye sika do, haruka naru tokoro ni, uti-tuduki te sugusi haberu tosigoro no hodo ni, uhiuhisiku oboye haberi te nam, mawiri mo tukamatura nu wo, kakaru mi-kokorozasi no haberi keru wo.
1.5.17  返す返す、 仰せの事たてまつらむはやすきことなれど、 月ごろの御心違へたるやうにこの人、思ひたまへむことをなむ、思うたまへ憚りはべる」
 返し返すも、仰せの通り差し上げますことはたやすいことですが、今までのお考えに背いたように、わが妻が、思いますことが、気がかりに存じられるのです」
 返す返す恐縮されます。仰せどおりに娘を差し上げますのはたやすいことですが、今までの計画を無視されたように思って家内から恨まれるという点で少しはばかられます」
  Kahesugahesu, ohose no koto tatematura m ha yasuki koto nare do, tukigoro no mi-kokoro tagahe taru yau ni, kono hito, omohi tamahe m koto wo nam, omou tamahe habakari haberu."
1.5.18  と、いとこまやかに言ふ。
 と、たいそうこまごまと言う。
 とこまごまと述べた。
  to, ito komayakani ihu.
注釈80この人は妹のこの西の御方にあるたよりに「この人」は仲人。「西の御方」は浮舟。仲人の妹が浮舟に女房として仕えている関係で。1.5.1
注釈81とり申すべきことありて大島本は「ありてなと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありてなむ」と「む」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ありてなど」とする。仲人の詞。1.5.2
注釈82など言はす取り次ぎに言わせる。1.5.3
注釈83このわたりに以下「何ごと言ひにかあらむ」まで、常陸介の詞。1.5.4
注釈84何ごと言ひにかあらむ大島本は「いひにかあらん」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「言ひにかはあらむ」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「言ひにかあらん」とする。1.5.4
注釈85左近少将殿の御消息にてなむさぶらふ仲人が取り次ぎに言わせた詞。1.5.6
注釈86語らひがたげなる顔して『集成』は「常陸の介の不愛想な態度をちらちらうかがう面持」。『完訳』は「話題を切り出しにくい表情で。介の態度にも、いささかためらう」と注す。1.5.7
注釈87月ごろ内の御方に以下「仰せられつれば」まで、仲人の詞。「内の御方」は北の方をさしていう。1.5.8
注釈88聞こえさせたまふを主語は左近少将。1.5.8
注釈89この月のほどに八月をさす。九月は結婚を忌む季節の末の月となる。1.5.8
注釈90ある人の申しけるやう左近少将の言ったことを、ある人の言ったこととして言う。1.5.8
注釈91まことに以下「便なかりぬべきよし」まで、ある人が言ったという内容。1.5.9
注釈92北の方の御はからひに大島本は「北のかたの御はからひに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御腹に」と校訂する。『新大系』は底本のまま「御はからひに」とする。1.5.9
注釈93君達左近少将をさす。君達は良家の子弟。1.5.9
注釈94ただ私の君のごとく思ひかしづきたてまつりひたすら内々のご主君のように大切にされて。1.5.9
注釈95手に捧げたるごと『河海抄』は「如捧手、掌上珠と云体なり」と注す。1.5.9
注釈96さる振る舞ひ高貴な家の子弟と受領の娘の縁組。1.5.9
注釈97をさをさ受けられたまはで舅から婿と認めてもらえず、の意。1.5.9
注釈98便なかりぬべきよし大島本は「ひんなかりぬへき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「便なかるべき」と校訂する。『新大系』は底本のまま「便なかりぬべき」とする。1.5.9
注釈99初めよりただ以下「見て参うで来」まで、少将の趣旨。1.5.11
注釈100きらぎらしう「潔 キラギラシ」(図書寮本名義抄)。1.5.11
注釈101聞こえ始め申ししなり求婚し始めた、の意。1.5.11
注釈102異人ものしたまふらむと常陸介の実子でない北の方の連れ子がいらっしゃる。1.5.11
注釈103まだ幼きもの大島本は「をさなきもの」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「幼きも」と「の」を削除する。『新大系』は底本のまま「幼きもの」とする。1.5.11
注釈104いとどうれしくなむ大島本は「いとゝうれしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いとうれしく」と「ゝ」を削除する。『新大系』は底本のまま「いとどうれしく」とする。1.5.11
注釈105御けしき常陸介の意向。1.5.11
注釈106さらにかかる御消息以下「思うたまへ憚りはべる」まで、常陸介の詞。1.5.14
注釈107まことに同じことに思うたまふべき人『集成』は「(浮舟は)実子同然に世話すべき人ですが、ほかにも不出来な娘どもがたくさんいまして。以下、つい浮舟のことまで気が廻らぬ、という弁解」と注す。1.5.14
注釈108これを異人と思ひ分けたることと主語は話者の常陸介。浮舟を差別している、意。1.5.14
注釈109口入れさせぬ人浮舟には口出しさせない。1.5.14
注釈110しかなむ仰せらるることはべりとは左近少将が浮舟に求婚していること。1.5.14
注釈111なにがしを常陸介。自分自身をいう。1.5.14
注釈112これをなむ命にも代へむと北の方と常陸介の間に出来た娘。浮舟の異父妹。1.5.15
注釈113のたまふ人びと求婚する人々。1.5.15
注釈114見たまへおかむと主語は話者の常陸介。1.5.16
注釈115故大将殿にも左近少将の父。1.5.16
注釈116若くより参り仕うまつりき主語は話者の常陸介。過去助動詞「き」自己の体験的過去を表す。1.5.16
注釈117家の子にて見たてまつりしにわたしが大将殿の家来として少将の幼いころから拝見してきた、意。1.5.16
注釈118いと警策に仕うまつらまほしと若君の少将がたいそうすぐれた人柄なのでお仕えしたいと、の意。1.5.16
注釈119遥かなる所に、うち続きて過ぐしはべる年ごろ陸奥国、常陸国の国守を歴任。1.5.16
注釈120うひうひしくおぼえはべりて『集成』は「〔お目通りも〕身につかぬ気恥ずかしいことに思われまして」と訳す。1.5.16
注釈121仰せの事たてまつらむ左近少将のおっしゃるとおり娘を差し上げる。1.5.17
注釈122月ごろの御心違へたるやうに「御心」は左近少将の気持ち。主語は常陸介。『集成』は「今までのお気持を妨げでもしたかのように。少将の本意はやはり浮舟であるのに、常陸の介が妨害したかのように、の意」と注す。1.5.17
注釈123この人思ひたまへむこと大島本は「この人」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「この人の」と「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま「この人」とする。妻の北の方が存じますこと。「たまふ」は謙譲の補助動詞。1.5.17
校訂3 守、「このわたりに時々出で入りはすと--(+かみ此わたりに時/\出ていりはすと<朱>) 1.5.3
校訂4 思す 思す--おも(も/$)ほす 1.5.8
校訂5 捧げたるごと 捧げたるごと--さゝけたるか(か/#こ)と 1.5.9
1.6
第六段 仲人、左近少将を絶賛す


1-6  A go-between speaks very highly of Sakon-shosho

1.6.1  よろしげなめりと、うれしく思ふ。
 うまく行きそうだと、嬉しく思う。
 さいさきがよさそうであると仲人なこうどはうれしく思った。
  Yorosige na' meri to, uresiku omohu.
1.6.2  「 何かと思し憚るべきことにもはべらず。かの御心ざしは、 ただ一所の御許しはべらむを願ひ思して、『 いはけなく年足らぬほどにおはすとも、真実のやむごとなく思ひおきてたまへらむをこそ、本意叶ふにはせめ。 もはらさやうのほとりばみたらむ振る舞ひすべきにもあらず』と、なむのたまひつる。
 「何やかやと気づかいなさることはございません。あの方のお気持ちは、ただあなたお一方のお許しがございますことを願っておいでで、『子供っぽくまだ幼くいらっしゃっても、実の娘で大切に思っていらっしゃる娘こそが、希望に叶うように思うのです。まったくあのような回りの話には乗るべきでない』と、おっしゃいました。
 「そんなことまでもお考えになる必要はございませんでしょう。少将さんのお心は、お母様はとにかく、お嬢さんのお父様お一人のお許しが得たいと願っていらっしゃるのでして、お年は若くても御実子のお嬢様で、たいせつにあそばしていらっしゃる方と御結婚の御同意が得られますことで十分満足されることでしょう。御実子でない方と連れ添って、まがい物の婿のようになることはしたくないと仰せになりました。
  "Nanika to obosi habakaru beki koto ni mo habera zu. Kano mi-kokorozasi ha, tada hitotokoro no ohom-yurusi habera m wo negahi obosi te, 'Ihakenaku tosi tara nu hodo ni ohasu tomo, sinziti no yamgotonaku omohi oki te tamahe ra m wo koso, ho'i kanahu ni ha se me. Mohara sayau no hotoribami tara m hurumahi su beki ni mo ara zu' to, nam notamahi turu.
1.6.3   人柄はいとやむごとなく、おぼえ心にくくおはする君なりけり。若き君達とて、好き好きしくあてびてもおはしまさず、世のありさまもいとよく知りたまへり。 領じたまふ所々もいと多く はべりまだころの御徳なきやうなれど 、おのづからやむごとなき人の御けはひの ありげなるやう、直人の限りなき富といふめる勢ひには、まさりたまへり。来年、四位になりたまひなむ。こたみの 頭は疑ひなく、帝の 御口づからごてたまへるなり。
 人柄はたいそう立派で、評判は大した方でいらっしゃる公達です。若い公達といっても、好色がましく上品ぶっていらっしゃらず、世間の実情もよくご存知でいらっしゃいます。所有するご荘園もたいそうたくさんあります。今はまだ大したご威勢でないようですが、自然と高貴な人の雰囲気が備わっているように、普通の人の莫大な財産というような威勢には、まさっていらっしゃいます。来年は、四位におなりになろう。今度の蔵人頭への任官は疑いなく、帝が直におっしゃったものです。
 人物はまことにごりっぱで、世間の評判もたいした方ですよ。若い公達きんだちといいましても、あの方だけは女に取り入ろうと気どることなどはなさらない。下情にもよく通じておられます。領地は何か所もおありになるのですよ。現在の御収入は少ないようでも、貴族は家についた勢いというものがあるのですから、ただの人の物持ちになっていばっているのなどその比じゃありませんとも。来年は必ず四位しいにおなりになるでしょう。この次の蔵人頭くろうどのかみはまちがいなくあの方にあたるとみかどが御自身でお約束になったんですよ。
  Hitogara ha ito yamgotonaku, oboye kokoronikuku ohasuru Kimi nari keri. Wakaki Kimdati tote, sukizukisiku atebi te mo ohasimasa zu, yo no arisama mo ito yoku siri tamahe ri. Ryauzi tamahu tokorodokoro mo ito ohoku haberi. Mada koro no ohom-toku naki yau nare do, onodukara yamgotonaki hito no ohom-kehahi no arige naru yau, nahobito no kagirinaki tomi to ihu meru ikihohi ni ha, masari tamahe ri. Rainen, siwi ni nari tamahi na m. Kotami no Tou ha utagahi naku, Mikado no ohom-kutidukara gote tamahe ru nari.
1.6.4  『 よろづのこと足らひてめやすき朝臣の、妻をなむ定めざなる。はやさるべき人選りて、後見をまうけよ。上達部には、我しあれば、今日明日といふばかりになし上げてむ』とこそ 仰せらるなれ。何事も、ただこの君ぞ、帝にも親しく仕うまつりたまふなる。
 『何事にわたって申し分なく結構な朝臣が、妻を持っていないという。早く適当な人を選んで、後見人を設けなさい。上達部には、わたしがいるので、今日明日にでもして上げよう』と仰せになったと言います。どのような事も、ただこの君は、帝にも親しくお仕え申し上げていらっしゃると言います。
 何の欠け目もない青年朝臣あそんでいて妻をまだめないのはどうしたことだ、しかるべく選定して後見のしゅうとを定めるがいい。自分がいる以上高級官吏には今日明日にでも上げてやろうとそう帝は仰せになるのですよ。だれよりもいちばん帝の御信任を受けていられるのはあの少将さんなのですよ。
  'Yorodu no koto tarahi te meyasuki Asom no, me wo nam sadame za' naru. Haya sarubeki hito eri te, usiromi wo mauke yo. Kamdatime ni ha, ware si are ba, kehu asu to ihu bakari ni nasi age te m.' to koso ohose raru nare. Nanigoto mo, tada kono Kimi zo, Mikado ni mo sitasiku tukaumaturi tamahu naru.
1.6.5  御心はた、いみじう警策に、重々しくなむおはしますめる。あたら人の御婿を。 かう聞きたまふほどに、思ほし立ちなむこそよからめ。 かの殿には、我も我も婿にとりたてまつらむと、 所々にはべるなれば、ここにしぶしぶなる御けはひあらば、他ざまにも思しなりなむ。 これ、ただうしろやすきことをとり申すなり
 お考えはまた、たいそう立派で、重々しくいらっしゃるようです。もったいなくも立派な婿殿よ。このようにお聞きになるうちに、ご決心なさるのがよいことでしょう。あの殿には、われもわれもと婿にお迎え申したいと、あちこちに話がございますので、こちらで渋っているご様子があったら、他のところにお決まりになりましょう。わたしは、ただ安心な縁談を申し上げるだけです」
 実際御性格だってすぐれた重々しい人ですよ。理想的な婿君ではありませんか。幸いあちらからお話があるのですから、この場合にぐずぐずしていずに話をお定めになるのが上策でしょう。実際あちらには縁談が降るほどあるのですからね。あなたの躊躇ちゅうちょして渋っておられるのが知れましたら、ほかの口の話をお定めになるでしょう。私はただあなたのためにこの御良縁をお勧めするのですよ」
  Mi-kokoro hata, imiziu kyauzaku ni, omoomosiku nam ohasimasu meru. Atara hito no ohom-muko wo! Kau kiki tamahu hodo ni, omohosi tati na m koso yokara me. Kano Tono ni ha, ware mo ware mo muko ni tori tatematura m to, tokorodokoro ni haberu nare ba, koko ni sibusibu naru ohom-kehahi ara ba, hokazama ni mo obosi nari na m. Kore, tada usiroyasuki koto wo tori mausu nari."
1.6.6  と、いと多く、よげに言ひ続くるに、いとあさましく鄙びたる守にて、うち笑みつつ聞きゐたり。
 と、たいそう言葉多く、うまそうに言い続けるので、まことにあきれるほど田舎人めいた介なので、にっこりして聞いていた。
 仲人が出まかせなよいことずくめを言い続けるのを、驚くほど田舎いなかめいた心になっている守であったから、うれしそうに笑顔えがおをして聞いていた。
  to, ito ohoku, yogeni ihi tudukuru ni, ito asamasiku hinabi taru Kami nite, uti-wemi tutu kiki wi tari.
注釈124何かと思し憚るべき以下「とり申すなり」まで、仲人の詞。1.6.2
注釈125ただ一所の御許し常陸介の許可。1.6.2
注釈126いはけなく以下「すべきにもあらず」まで、少将の詞を引用。1.6.2
注釈127もはらさやうのほとりばみたらむ振る舞ひ『集成』は「絶対に、そんな肝心の方(主人の常陸の介)のご存じないような振舞をすべきではない。「ほとりばむ」は、ここでは、北の方などまわりの者たちだけの結婚話に乗ること。「ほとり」は周辺の意」。『完訳』は「まったくもって、そうしたさき様の顔色をうかがってうろうろするようなまねはしたくないのだ」と注す。1.6.2
注釈128人柄はいとやむごとなく以下、左近少将の人柄をいう。1.6.3
注釈129領じたまふ所々所領の荘園。1.6.3
注釈130まだころの御徳なきやうなれど『集成』は「まだ今のところ、お金まわりもぱっとなさらないようですが」。『完訳』は「まだ現在はたいした威勢でないが、将来は大人物になろう、の意」と注す。1.6.3
注釈131ありげなるやう大島本は「ありけなるやう」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありけるやう」と「な」を削除する。『新大系』は底本のまま「ありげなるやう」とする。1.6.3
注釈132頭は蔵人頭。『完訳』は「蔵人頭への昇進。蔵人頭には熱意ある四位の者が選ばれ、上達部昇進の道も開ける。容易ならざる昇進。「帝の御口づから」ともあり、仲人口の出まかせの発言」と注す。1.6.3
注釈133よろづのこと以下「なし上げてむ」まで、帝の詞として引用。1.6.4
注釈134仰せらるなれ主語は帝。「なれ」は伝聞推定の助動詞。1.6.4
注釈135かう聞きたまふほどに主語はあなた常陸介。結婚の申し込みを聞く。1.6.5
注釈136かの殿には左近少将をさす。1.6.5
注釈137所々に大島本は「所/\に」とある。『完本』は諸本に従って「所どころ」と「に」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「所々に」とする。1.6.5
注釈138これただうしろやすきことをとり申すなり『完訳』は「私はただ、ご安心のいくご縁談をと、お取り持ち申しているだけです」と訳す。1.6.5
校訂6 はべり はべり--侍つる(つる/#り) 1.6.3
校訂7 まだころ まだころ--またこの(この/#)ころ 1.6.3
校訂8 御口づから 御口づから--御くちつ(つ/+か<朱>)ら 1.6.3
1.7
第七段 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える


1-7  Sakon-shosho changes stepdaughter Ukifune to daughter of Hitachi-no-suke

1.7.1  「 このころの御徳などの心もとなからむことは、なのたまひそ。なにがし命はべらむほどは、 頂に捧げたてまつりてむ。心もとなく、何を飽かぬとか思すべき。たとひあへずして仕うまつりさしつとも、残りの宝物、領じはべる所々、 一つにてもまた取り争ふべき人なし
 「ただ今のご収入などが少ないことなどは、おっしゃいますな。わたしが生きている間は、頭上にも戴き申し上げよう。気がかりに、何を不足とお思いになることがあろう。たとい寿命が尽きて中途でお仕えすることができなくなってしまったとしても、遺産の財宝や、所有していている領地など、一つとして他に争う者はいません。
 「現在の御収入の少ないことなどはお話しになる要はない。私が控えている以上は、頭の上へまでもささげて大事にしますよ。決して足らぬ思いはさせません。いつまでもお尽くしすることができずに中途で私がくなることがあっても、遺産の領地は一つだってあの娘以外に与えるものではありませんから、御安心くだすっていいのです。
  "Konokoro no ohom-toku nado no kokoromotonakara m koto ha, na notamahi so. Nanigasi inoti habera m hodo ha, itadaki ni sasage tatematuri te m. Kokoromotonaku, nani wo aka nu to ka obosu beki. Tatohi ahe zu si te tukaumaturi sasi tu tomo, nokori no takaramono, ryauzi haberu tokorodokoro, hitotu nite mo mata tori arasohu beki hito nasi.
1.7.2  子ども多くはべれど、これはさま異に思ひそめたる者にはべり。 ただ真心に思し顧みさせたまはば大臣の位を求めむと思し願ひて、世になき宝物をも尽くさむとしたまはむになきものはべるまじ
 子供は多くいますが、この娘は特別にかわいがっていた者でございます。ただ誠意をもってお情けをかけてくださいましたら、大臣の地位を手に入れようとお考えになって、世にない財宝を使い尽くそうとなさっても、無い物はございません。
 子供はおおぜいおりますが、あの娘にだけ私は特別な愛情を持っているのです。真心をもって愛してくださる方であれば、大臣の位置を得たく思いになり、うんと運動費を使いたくおなりになった時にも事は欠かせますまい。
  Kodomo ohoku habere do, kore ha sama koto ni omohi some taru mono ni haberi. Tada magokoro ni obosi kaherimi sase tamaha ba, Daizin no kurawi wo motome m to obosi negahi te, yo ni naki takaramono wo mo tukusa m to si tamaha m ni, naki mono haberu mazi.
1.7.3  当時の帝、しか恵み申したまふなれば、御後見は心もとなかるまじ。これ、 かの御ためにも、なにがしが女の童のためにも、幸ひとあるべきことにやとも知らず」
 今上の帝が、あのように引き立てなさるというのであれば、ご後見は不安なことはあるまい。この縁談は、あの方のためにも、わたしの娘のためにも、幸福なことになるかも知れません」
 現在の帝がそれほど愛護される方では、もうそれで十分で、私などが手を出す必要もないくらいのものでしょう。帝の御後見以外のものは少将さんのためにも私の女の子のためにもたいした結果になりますまい」
  Tauzi no Mikado, sika megumi mausi tamahu nare ba, ohom-usiromi ha kokoromotonakaru mazi. Kore, kano ohom-tame ni mo, nanigasi ga menowaraha no tame ni mo, saihahi to aru beki koto ni ya to mo sira zu."
1.7.4  と、よろしげに言ふ時に、いとうれしくなりて、 妹にもかかることありとも語らず、 あなたにも寄りつかで、守の言ひつることを、「いともいともよげにめでたし」と思ひて 聞こゆれば、君、「 すこし鄙びてぞある」とは聞きたまへど、憎からず、うち笑みて聞きゐたまへり。 大臣にならむ贖労を取らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、 耳とどまりける
 と、結構なように言うときに、実に嬉しくなって、仲人の妹にもこのような話があったとは話さず、あちらにも寄りつかないで、常陸介の言ったことを、「まことにたいそう結構な話だ」と思って申し上げるので、少将の君は、「少し田舎者めいている」とお聞きになったが、憎くは思わず、ほほ笑んで聞いていらっしゃった。大臣になるための物資を調達するなどと、あまりに大げさなことだと、耳が止まるのだった。
 かみがおおげさに承諾の意を表したために、仲人はうれしくなって、妹にこの事情も語らず、夫人のほうへも寄って行かずに帰り、仲人はかみの言ったことを、幸福そのものをもたらしたようにして少将へ報告した。少将は心に少し田舎者いなかものらしいことを言うとは思ったが、うれしくないこともなさそうな表情をして聞いていた。大臣になる運動費でも出そうと言ったことだけはあまりな妄想もうそうであるとおかしかった。
  to, yorosige ni ihu toki ni, ito uresiku nari te, imouto ni mo kakaru koto ari to mo katara zu, anata ni mo yorituka de, Kami no ihi turu koto wo, "Itomo itomo yoge ni medetasi." to omohi te kikoyure ba, Kimi, "Sukosi hinabi te zo aru." to ha kiki tamahe do, nikukara zu, uti-wemi te kiki wi tamahe ri. Daizin ni nara m zokurau wo tora m nado zo, amari odoroodorosiki koto to, mimi todomari keru.
1.7.5  「 さて、かの北の方には、かくとものしつや。心ざしことに思ひ始めたまへらむに、ひき違へたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす人もあらむ。いさや」
 「ところで、あの北の方には、このようになったとを伝えましたか。格別熱心に思い始めなさったので、変えたりするのは、間違った筋の通らないことのように取り沙汰する人もいるだろう。どんなものかしら」
 「それについて奥さんのほうへは話して来たかね。奥さんの考えていた人と別な人と結婚をしようというのだからね。私の利己主義からそうなったなどと中傷をする人もあるだろうから、このことはどんなものだかね」
  "Sate, kano Kitanokata ni ha, kaku to monosi tu ya? Kokorozasi kotoni omohi hazime tamahe ra m ni, hikitagahe tara m, higahigasiku nediketaru yau ni torinasu hito mo ara m. Isaya."
1.7.6  と思したゆたひたるを、
 と躊躇なさっているのを、
 少し躊躇ちゅうちょするふうを見せるのを仲人は皆まで言わせずに、
  to obosi tayutahi taru wo,
1.7.7  「 何か。北の方もかの姫君をば、いとやむごとなきものに思ひかしづきたてまつり たまふなりけりただ中のこのかみにて、年も大人びたまふを、心苦しきことに思ひて、そなたにとおもむけて申されけるなりけり」
 「どうしてそのようなことがありましょうか。北の方も、あの姫君を、たいそう大切にお世話申し上げていらっしゃるのです。ただ、姉妹の中で最年長で、年齢も成人していらっしゃるのを、気の毒に思って、結婚をと考えて申されるのです」
 「そんな御心配は無用です。奥さんだって今度のお嬢さんを大事にしておられるのですからね。ただいちばん年長の娘さんで、婚期も過ぎそうになっている点で、前の方のことを心配して、そちらへ話をお取り次ぎになっただけのものですよ」
  "Nanika. Kitanokata mo, kano HimeGimi wo ba, ito yamgotonaki mono ni omohi kasiduki tatematuri tamahu nari keri. Tada naka no konokami nite, tosi mo otonabi tamahu wo, kokorogurusiki koto ni omohi te, sonata ni to omomuke te mausa re keru nari keri."
1.7.8  と聞こゆ。「 月ごろは、またなく世の常ならずかしづくと言ひつるものの、うちつけにかく言ふもいかならむと思へども、なほ、一わたりは つらしと思はれ、人にはすこし誹らるとも、長らへて頼もしき事をこそ」と、 いとまたくかしこき君にて、思ひ取りてければ、日をだにとり替へで、契りし暮れにぞ、おはし始めける。
 と申し上げる。「今までは、並々ならず大切にお世話していると言ったものの、急にこのように言うのもどんなものかしらと思うが、やはり、一度はつらいと恨まれ、人からも少しは非難されようとも、長い目で見れば頼りになることこそ大切だ」と、実に抜け目ないしっかりした方なので、決心してしまったので、その日まで変えずに、約束した夕方に、お通い始めなさったのだった。
 と言うのであった。今まではその人のことを特別に大事にしている娘であると言っていた同じ男の口から、にわかにこう言われるのを信じてよいかどうかわからぬとは少将も思ったが、やはり利己的な考えが勝ちを占めて、一度は恨めしがられ、誹謗ひぼうはされても、一生楽々と暮らしうることは願わしいと処世法の要領を得た男であったから、決心をして、夫人と約束をした日どりまでも変えずにその夜から常陸守ひたちのかみの娘の所へ通い始めることにした。
  to kikoyu. "Tukigoro ha, mata naku yo no tune nara zu kasiduku to ihi turu mono no, utitukeni kaku ihu mo ikanara m to omohe domo, naho, hitowatari ha turasi to omoha re, hito ni ha sukosi sosira ru tomo, nagarahe te tanomosiki koto wo koso." to, ito mataku kasikoki Kimi nite, omohi tori te kere ba, hi wo dani torikahe de, tigiri si kure ni zo, ohasi hazime keru.
注釈139このころの御徳など以下「ことにやとも知らず」まで、常陸介の詞。「御徳」は少将の収入。そのため「御」がつく。1.7.1
注釈140頂に捧げたてまつりてむ大島本は「いたゝきに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「頂にも」と「も」を補訂する。『新大系』は底本のまま「頂に」とする。1.7.1
注釈141一つにてもまた取り争ふべき人なし遺産をすべてこの娘に贈るという趣旨。1.7.1
注釈142ただ真心に思し顧みさせたまはば『集成』は「少将に対して「おぼしかへりみ」「させたまはば」という最高に重い敬語を用いる親心」と注す。1.7.2
注釈143大臣の位を求めむと思し願ひて世になき宝物をも尽くさむとしたまはむに左近少将が贖労によって大臣の地位を獲得する意。1.7.2
注釈144なきものはべるまじ常陸介は何でも調達する意。1.7.2
注釈145かの御ためにも大島本は「かの御ためにも」とある。『完本』は諸本に従って「かの御ためも」と「に」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「かの御ためにも」とする。1.7.3
注釈146妹にも仲人の妹。浮舟付きの女房。1.7.4
注釈147あなた浮舟の母北の方のもと。1.7.4
注釈148聞こゆれば仲人が左近少将に。1.7.4
注釈149すこし鄙びてぞあるとは聞きたまへど左近少将は常陸介を少し田舎じみた人だと聞いていたが、の意。「たまふ」は少将に対す敬語。1.7.4
注釈150大臣にならむ贖労を「贖労」は財物を納めて官職を得ること。1.7.4
注釈151耳とどまりける大島本は「とゝまり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「とまり」と「ゝ」を削除する。『新大系』は底本のまま「とどまり」とする。1.7.4
注釈152さてかの以下「いさや」まで、少将の詞。1.7.5
注釈153何か北の方も以下「申されけるなりけり」まで、仲人の詞。1.7.7
注釈154かの姫君をば二番目の娘。常陸介との間にできた娘。浮舟の異父妹。1.7.7
注釈155たまふなりけり大島本は「なりけり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なり」と「けり」を削除する。『新大系』は底本のまま「なりけり」とする。1.7.7
注釈156ただ中のこのかみにて年も大人びたまふを浮舟をさしていう。娘たちの中で最年長。二十歳ほど。1.7.7
注釈157月ごろは以下「頼もしき事をこそ」まで、少将の心中。1.7.8
注釈158つらしと思はれ北の方から少将が恨まれる。1.7.8
注釈159いとまたくかしこき君にて『完訳』は「実に抜け目のない、しっかり者。語り手の揶揄。挿入句的辞句」と注す。1.7.8
1.8
第八段 浮舟の縁談、破綻す


1-8  Ukifune and Sakon-shosho's offer of marriage is canceled

1.8.1  北の方は、人知れずいそぎ立ちて、人びとの装束せさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。御方をも、頭洗はせ、取りつくろひて見るに、少将などいふほどの人に見せむも、惜しくあたらしきさまを、
 北の方は、誰にも知られず準備して、女房たちの衣装を新調させ、飾りつけなど風流になさる。御方にも、髪を洗わせ、身繕いさせて見ると、少将などという程度の人に結婚させるのも、惜しくもったいないようなのを、
 夫人は良人おっとにも言わず一人で姫君の結婚の仕度したくをして、女房の服装を調べさせ、座敷の中などを品よく飾り、姫君には髪を洗わせ、化粧をさせてみると、少将などというほどの男の妻にするのは惜しいようで、
  Kitanokata ha, hitosirezu isogitati te, hitobito no sauzoku se sase, siturahi nado yosiyosisiu si tamahu. Ohom-kata wo mo, kasira araha se, toritukurohi te miru ni, Seusyau nado ihu hodo no hito ni mise m mo, wosiku atarasiki sama wo,
1.8.2  「 あはれや。親に知られたてまつりて生ひ立ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿の のたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは思ひ立たざらまし。されど、うちうちにこそかく思へ、 他の音聞きは、守の子とも思ひ分かずまた、実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ
 「お気の毒に。父親に認知していただいてお育ちになったならば、お亡くなりになったとしても、大将殿がおっしゃるようにも、分不相応だが、どうして思い立たないことがあろうか。けれども、内心ではこう思っても、世間の評判では、常陸介の娘と区別せずに、また、真実を知った人でも、かえって認知してもらえなかったゆえに見下すであろうことが悲しい」
 あわれむべき人である、父宮に子と認められて成長していたなら、たとえ宮のおかくれになったあとでも、源大将などの申し込みは晴れがましいことにもせよ、受け入れなくもなかったはずである、しかしながら自分の心だけではこうも思うものの、ほかから見れば守の子同然に思うことであろうし、また真相を知っても私生児と見てかえって軽蔑けいべつするであろうことが悲しい
  "Ahare ya! Oya ni sira re tatematuri te ohitati tamaha masika ba, ohase zu nari ni tare domo, Daisyau-dono no notamahu ram sama ni, ohokenaku tomo, nadokaha omohitata zara masi. Saredo, utiuti ni koso kaku omohe, hoka no otogiki ha, Kami no ko to mo omohiwaka zu, mata, ziti wo tadune sira m hito mo, nakanaka otosime omohi nu beki koso kanasikere."
1.8.3  など、思ひ続く。
 などと、思い続ける。
 などと夫人は思い続けていた。
  nado, omohi tuduku.
1.8.4  「 いかがはせむ。盛り過ぎたまはむもあいなし。卑しからず、めやすきほどの人の、かくねむごろにのたまふめるを」
 「どうしたらよかろう。女盛りをお過ぎになるのもつまらない。身分の低くない、無難な人が、このように熱心に求婚なさっているようだから」
 どうすればいいのであろう、婚期の過ぎてしまうことも幸福でない、家柄のよい無事な男が今度のように懇切に言って来たのであるから与えるほうがいいのであろうか
  "Ikagaha se m. Sakari sugi tamaha m mo ainasi. Iyasikara zu, meyasuki hodo no hito no, kaku nemgoroni notamahu meru wo."
1.8.5  など、心一つに思ひ定むるも、 媒のかく言よくいみじきに、女はましてすかされたるにやあらむ 明日明後日と思へば、心あわたたしくいそがしきに、 こなたにも心のどかに居られたらず、そそめきありくに、守外より入り来て、 ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて
 などと、自分の考え一つで決めてしまうのも、仲人のこのような言葉巧みに大変なものだから、女はそれ以上にだまされたのだろうか。婚儀が明日明後日と思うと、心が落ち着かず気がせくので、こちらでものんびりとしていられず、そわそわと歩いていると、常陸介が外から入って来て、長々と、つかえるところもなく話し続けて、
 などと、結局そのほうへ心が傾いたというのも、仲人が守へ言ったと同じようなよいことずくめの話に、まして女の人はやすやすとあざむかれたからであるかもしれぬ。もう明日あす明後日あさってになったかと思うと、心が落ち着かず忙がしく、どこにもひとところにじっとしておられず夫人がいらいらとしている所へ、外から守がはいって来て、長々と雄弁に次のようなことを言った。
  nado, kokoro hitotu ni omohi sadamuru mo, nakadati no kaku koto yoku imiziki ni, womna ha masite sukasa re taru ni ya ara m. Asu asate to omohe ba, kokoroawatatasiku isogasiki ni, konata ni mo kokoro nodoka ni wi rare tara zu, sosomeki ariku ni, Kami to yori iri ki te, naganaga to, todokohoru tokoro mo naku ihituduke te,
1.8.6  「 我を思ひ隔てて吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける、おほけなく心幼きこと。 めでたからむ御娘をば、要ぜさせたまふ君達あらじ。 卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞいやしうも尋ねのたまふめれ。かしこく思ひ企てられけれど、 もはら本意なしとて、他ざまへ 思ひなりたまふべかなれば、同じくはと思ひてなむ、さらば御心、と許し申しつる」
 「わたしを分け隔てして、わたしの実の娘のお婿殿を横取りしようとなさったのが、分不相応なあさはかなことだ。立派そうなあなたの娘を、お求あそばす公達はいらっしゃるまい。身分低くみっともないわたくしめの娘を、かりそめにも求婚なさるようだ。結構に計画立てられたが、全然その気がないと、他家の婿になろうとお考えになってしまうようなので、同じことならと思って、それでは実娘を、とお許し申したのです」
 「私をけ者にしておいて、私の大事な娘の求婚者を自分の子のほうへ取ろうとあなたはしたのか、ばかばかしく幼稚な話だ。あなたのりっぱな娘さんを入り用だと思う公達きんだちはなさそうだね。卑賤な私風情ふぜいの女の子をぜひ妻にと言ってくださるので、うまく計画をしたつもりだろうが、それは初めの精神と違うと言ってほかの縁談をめようとされていたから、それなら思召しどおりこちらの子のほうにと言って私は定めてしまった」
  "Ware wo omohi hedate te, Ako no ohom-kesaubito wo ubaha m to si tamahi keru, ohokenaku kokorowosanaki koto. Medetakara m mi-musume wo ba, euze sase tamahu Kimi-tati ara zi. Iyasiku kotoyau nara m nanigasira ga womnago wo zo, iyasiu mo tadune notamahu mere. Kasikoku omohi kuhadate rare kere do, mohara ho'i nasi tote, hokazama he omohi nari tamahu beka' nare ba, onaziku ha to omohi te nam, saraba mi-kokoro, to yurusi mausi turu."
1.8.7  など、あやしく奥なく、人の思はむところも知らぬ人にて、言ひ散らしゐたり。
 などと、妙に無頓着で、相手の気持ちも考えない人で、言いまくっていた。
 何の思いやりもなく守はこの奇怪な報告を得意になって妻へした。
  nado, ayasiku aunaku, hito no omoha m tokoro mo sira nu hito nite, ihitirasi wi tari.
1.8.8  北の方、あきれて物も言はれで、とばかり思ふに、 心憂さをかき連ね、涙も落ちぬばかり思ひ続けられて、やをら立ちぬ。
 北の方は、驚きあきれて何も言うことができないで、しばらく思い沈んでいたが、つらさが次から次へと浮かんで来て、涙もこぼれ落ちそうに思い続けて、そっと立った。
 夫人はあきれてものも言われない。そんなことであったかと思うと、人生の情けなさが一時に胸へせき上がってきて涙が落ちそうにまでなったから、静かに立って歩み去った。
  Kitanokata, akire te mono mo iha re de, tobakari omohu ni, kokorousa wo kaki-turane, namida mo oti nu bakari omohituduke rare te, yawora tati nu.
注釈160あはれや以下「こそ悲しけれ」まで、北の方の心中。1.8.2
注釈161のたまふらむさまに大島本は「さまに」とある。『完本』は諸本に従って「さまにも」と「も」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「さまに」とする。1.8.2
注釈162他の音聞きは守の子とも思ひ分かず世間の評判では浮舟を常陸介の子と区別しない。すなわち受領の子と同じ。1.8.2
注釈163また実を尋ね知らむ人もなかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれまた一方で、八宮の子であることを知っている人も宮の子として認知されない子として卑しめるのが悲しい。1.8.2
注釈164いかがはせむ以下「のたまふめるを」まで、北の方の心中。1.8.4
注釈165媒のかく言よくいみじきに女はましてすかされたるにやあらむ『湖月抄』は「草子地也」。『完訳』は「以下、語り手の評言」と注す。1.8.5
注釈166明日明後日と思へば『完訳』は「中将の君の心に即した行文」と注す。1.8.5
注釈167こなたにも浮舟の部屋。1.8.5
注釈168ながながととどこほるところもなく言ひ続けて『集成』は「仲人の話したことをそのまま伝える体」。『完訳』は「仲人の言う話を一方的に語る」と注す。1.8.5
注釈169我を思ひ隔てて以下「御心と許し申しつる」まで、常陸介の詞。1.8.6
注釈170吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける大島本は「ける」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「けるが」と「が」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ける」とする。私の実の娘の求婚者を横取りする、意。1.8.6
注釈171めでたからむ御娘をば浮舟をさす。皮肉な物言い。1.8.6
注釈172卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞ浮舟が八宮という皇族の血を引くのに対して、常陸介の娘は受領の子。1.8.6
注釈173いやしうも漢文訓読語「苟も」の音便形。男性の物言い。1.8.6
注釈174もはら本意なしとて漢文訓読語「専ら」。男性の物言い。1.8.6
注釈175思ひなりたまふべかなれば大島本は「おもひなり給へかなれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひなりたまひぬべかなれば」と校訂する。『新大系』は底本のまま「思ひなり給べかなれば」とする。1.8.6
校訂9 かく言よく かく言よく--かくこそ(そ/$と<朱>)よく 1.8.5
校訂10 心憂さ 心憂さ--世中の(世中の/$)心うさ 1.8.8
Last updated 7/21/2011(ver.2-2)
渋谷栄一校訂(C)
Last updated 7/21/2011(ver.2-2)
渋谷栄一注釈
Last updated 4/24/2002
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
kompass(青空文庫)

2004年8月6日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2005年9月7日

Last updated 7/21/2011 (ver.2-1)
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya(C)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
このページは再編集プログラムによって2015/1/12に出力されました。
源氏物語の世界 再編集プログラム Ver 3.38: Copyright (c) 2003,2015 宮脇文経