第十七帖 絵合

光る源氏の内大臣時代三十一歳春の後宮制覇の物語

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注釈

第一章 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執


第一段 朱雀院、前斎宮の入内に際して贈り物する

1.1.1 注釈1 【前斎宮の御参りのこと】 源氏三十一歳春の物語。源氏二十九歳の秋、六条御息所死去し、一年の喪中期間をおいて、その娘前斎宮が冷泉帝に入内する話題。
1.1.1 注釈2 【こまかなる】 以下「御後見もなし」まで、源氏の心中。
1.1.1 注釈3 【大殿は、院に】 「大殿」は源氏をさし、「院」は朱雀院をさす。あえて内大臣源氏を強調した。
1.1.1 注釈4 【二条院に渡したてまつらむことをも】 既に「澪標」巻に語られていた。
1.1.1 注釈5 【ただ知らず顔にもてなしたまへれど】 朱雀院が前斎宮に好意を寄せていることに対して。
1.1.2 注釈6 【打乱の筥】 大島本は「うちみたれのハこ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「うちみだり」と校訂する。
1.1.2 注釈7 【大臣見たまひもせむに】 朱雀院の心中。
1.1.2 注釈8 【かねてよりや思しまうけけむ】 語り手の推測を介在させた表現。
1.1.2 注釈9 【わざとがましかむめり】 大島本は「わさとかましかむめり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「わざとがましかめり」と「む」を削除する。「わざとがましかるめり」の「る」が撥音便化して「わざとがましかむめり」と表記。推量の助動詞「めり」の主体は語り手。
1.1.4 注釈10 【別れ路に添へし小櫛をかことにて--遥けき仲と神やいさめし】 朱雀院から前斎宮への贈歌。遂げられない恋の怨みを含んだ歌。
1.1.5 注釈11 【いとかたじけなく】 『完訳』は「以下、源氏の反省的な心中」と注す。源氏の心を地の文で語る。
1.1.5 注釈12 【身を抓みて】 心中文の後の「思し続けたまふに」に掛かる。
1.1.6 注釈13 【かの下りたまひしほど】 以下「心動くべきふしかな」まで、途中「など」の引用句を挟んで、源氏の心中。朱雀院に同情し、もし自分がその立場だったらと、深く自分の行為を反省する。
1.1.6 注釈14 【いかに思すらむ】 以下「思すらん」まで、源氏が朱雀院の心中を忖度した文。
1.1.6 注釈15 【何にかく】 以下「御心ばへを」まで、源氏の心中。自分の行動を後悔し、朱雀院の人柄を賞揚する。
1.1.7 注釈16 【この御返りは】 以下「御消息もいかが」まで、源氏の詞。女別当を介して、前斎宮に申し上げた。「御消息」は朱雀院からの手紙をさす。どのように書かれていたか、という意。
1.1.8 注釈17 【御文はえ引き出でず】 朱雀院からの和歌は見せたが、手紙の方は見せることができないという意。
1.1.8 注釈18 【思ほして】 大島本は「お(お+も)ほして」と「も」を補訂する。『新大系』は底本の補訂に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「おぼして」と校訂する。
1.1.9 注釈19 【聞こえたまはざらむも】 以下「かたじけなかるべし」まで、女房たちの詞。返事を差し上げることを催促。
1.1.11 注釈20 【いとあるまじき御ことなり。しるしばかり聞こえさせたまへ】 源氏の詞。朱雀院に形ばかりのお礼の返事を差し上げるよう、言う。
1.1.12 注釈21 【御幼心も】 斎宮下向当時十四歳、現在は二十二歳。
1.1.13 注釈22 【別るとて遥かに言ひし一言も--かへりてものは今ぞ悲しき】 斎宮の返歌。「遥かに言ひし一言」は、斎宮下向の儀式で別れの御櫛を挿す時に、「帰りたまふな」という言葉をさす。斎宮の帰京は、御世交替または親族に不幸があった場合である。斎宮の帰京「帰りて」は朱雀帝の退位により、「今ぞ」の状況は母六条御息所の死去後の孤独な生活をさす。
1.1.14 注釈23 【とばかりやありけむ】 『集成』は「とだけ、書いていたであろうか。草子地」。『完訳』は「とぐらいお書きになったようである」「読者の想像に委ねる語り口」と注す。

第二段 源氏、朱雀院の心中を思いやる

1.2.1 注釈24 【院の御ありさまは】 源氏参内し、故六条御息所を回想する。以下「ものしとや思すらむ」まで、源氏の心中。
1.2.1 注釈25 【似げなからず、いとよき御あはひなめるを、内裏は、まだいといはけなくおはしますめるに】 朱雀院三十四歳、斎宮二十二歳、冷泉帝十三歳。朱雀院と斎宮は結婚するのにも適当な年齢のお間柄であるが、冷泉帝はまだ子供であると、源氏は思う。斎宮の冷泉帝入内を強引な政略結婚であることを自ら認めている。
1.2.1 注釈26 【引き違へきこゆるを】 『集成』は「こうして、無理の多い筋にお運び申し上げるのも」。『完訳』は「このように院のお気持にさからってお取り持ちするのを」と訳す。
1.2.1 注釈27 【憎きことをさへ思しやりて】 語り手の挿入句。『完訳』は「宮の内心を想像する源氏を、いやな気づかいと、語り手が批評」と注す。
1.2.1 注釈28 【今日になりて思し止むべきことにしあらねば】 源氏の反省と後悔は、斎宮入内の中止まで考えさせたが、もはや不可能の事態まで進行。
1.2.1 注釈29 【修理宰相】 参議兼修理大夫、従四位下相当官。
1.2.2 注釈30 【うけばりたる親ざまには、聞こし召されじ】 源氏の心中。朱雀院に気兼ねする気持ち。
1.2.3 注釈31 【あはれ、おはせましかば】 以下「思しいたづかまし」まで、源氏の心中。御息所が生きていたらどんなに甲斐あったことだろう、と思う。
1.2.3 注釈32 【おほかたの世につけては】 以下「なをすぐれて」まで、源氏の心中。ただし、その引用句はなく、地の文に続く。『完訳』は「心内語が直接、地の文に続く」と注す。

第三段 帝と弘徽殿女御と斎宮女御

1.3.1 注釈33 【中宮も内裏にぞおはしましける】 「中宮」は藤壺の宮。
1.3.1 注釈34 【めづらしき人】 前齋宮をさす。『集成』は「新しいお妃」。『完訳』は「立派なお方」と訳す。
1.3.2 注釈35 【かく恥づかしき人】 以下「見えたてまつらせたまへ」まで、藤壺の冷泉帝への詞。
1.3.4 注釈36 【大人は恥づかしうやあらむ】 冷泉帝の心中。
1.3.4 注釈37 【参う上りたまへり】 当時、入内の儀式は夜に行われた。
1.3.5 注釈38 【弘徽殿には】 弘徽殿女御、権中納言の娘。冷泉帝より一歳年上、十四歳。「澪標」巻で入内、既に二年を経過。冷泉帝の両妃に対する複雑な心境を長文で語る。
1.3.5 注釈39 【等しくしたまへど】 大島本は「ひとしくしまへと」と「た」を脱字する。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「したまへど」と補訂する。
1.3.6 注釈40 【思ふ心ありて】 立后をいう。

第四段 源氏、朱雀院と語る

1.4.1 注釈41 【院には】 朱雀院。
1.4.2 注釈42 【さ思ふ心なむありし】 朱雀院の心中を語り手が間接的に語る。斎宮を恋い慕っていた気持ちをさす。
1.4.2 注釈43 【かかる御けしき】 朱雀院が斎宮を妃にと所望していたことをさす。
1.4.2 注釈44 【いかが思したる】 源氏が朱雀院の心中を忖度。
1.4.3 注釈45 【めでたしと、思ほし】 以下「をかしさにか」まで、源氏の心中。朱雀院の斎宮への執着の深さから好色心を触発される。
1.4.4 注釈46 【あらばこそ】 係助詞「こそ」は「あらめ」に係るが、逆接で文は続く。
1.4.5 注釈47 【兵部卿宮、すがすがともえ思ほし立たず】 中君入内の件である。「澪標」巻にその希望が語られていた。
1.4.5 注釈48 【帝、おとなびたまひなば、さりとも、え思ほし捨てじ】 兵部卿宮の心中。帝のもうしばらくの成長に期待をよせる。

第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ


第一段 権中納言方、絵を集める

2.1.1 注釈49 【主上は、よろづのことに、すぐれて絵を】 冷泉帝は絵を好み、後宮では絵の蒐集に競い合う。
2.1.1 注釈50 【をかしう描かせたまふべければ】 大島本は「かゝせ給へけれは」とある。『新大系』は底本に従って「給べければ」と整定する。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまひければ」と校訂する。斎宮女御に対しても「せたまふ」という最高敬語が地の文で使われている。
2.1.1 注釈51 【描き通はさせたまふ】 「通はす」は心を通わす意。親密さがまして行く様子。
2.1.2 注釈52 【まして】 副詞「まして」の係る語句について、『集成』は「まして美しいご様子のお方が」と解し、『完訳』は「御心しみて」に係る、と解す。
2.1.2 注釈53 【あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて】 権中納言の性格。
2.1.2 注釈54 【われ人に劣りなむや】 権中納言の心中。負けてなるものか、という気持ち。

第二段 源氏方、須磨の絵日記を準備

2.2.1 注釈55 【物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ】 権中納言の詞。物語絵が見応えするといって、絵師に描かせる。
2.2.2 注釈56 【月次の絵】 一年十二か月の風物や年中行事を描いた絵。
2.2.3 注釈57 【こなたにても】 『集成』は「弘徽殿方」と解し、『完訳』は「斎宮の女御方」と解す。
2.2.4 注釈58 【なほ、権中納言の】 以下「改まりがたかめれ」まで、源氏の詞。
2.2.6 注釈59 【あながちに隠して】 以下「参らせむ」まで、源氏の詞。
2.2.7 注釈60 【今めかしきは、それそれ】 源氏と紫の君が絵を選んでいる様子。当世風な絵を選んでいる。
2.2.8 注釈61 【事の忌みあるは、こたみはたてまつらじ】 源氏の考え。「長恨歌」の楊貴妃や王昭君は帝と死別する、縁起でない内容。
2.2.9 注釈62 【かの旅の御日記】 源氏が須磨・明石のに流浪したころに書いた絵日記。「明石」巻第三章四段参照。
2.2.9 注釈63 【取り出でさせたまひて】 「させ」使役の助動詞。女房をして取り出させる意。
2.2.9 注釈64 【御心深く知らで】 大島本は「(+御)心ふかくしらて」と「御」を補訂する。『集成』『新大系』は底本の補訂に従う。『古典セレクション』は諸本に従って「心深く知らで」と底本の補訂以前の形にする。
2.2.9 注釈65 【御心どもには】 大島本は「御心とともにハ」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』共に諸本に従って「御心どもには」と「と」を削除する。
2.2.10 注釈66 【一人ゐて嘆きしよりは海人の住む--かたをかくてぞ見るべかりける】 紫の君から源氏への贈歌。「絵(かた)」と「潟」の掛詞。「見る」に「海松(みる)」を響かせ、「海人」「潟」「海松」が縁語。
2.2.11 注釈67 【慰みなましものを】 「な」完了の助動詞、未然形。「まし」反実仮想の助動詞、連体形。「を」詠嘆の間投助詞。心細さも慰められたでしょうに、しかし、一緒でなかったから、そうではなかった、の意。
2.2.12 注釈68 【いとあはれと、思して】 『集成』は「まことにもっともだと」。『完訳』は「まことにいとおしくお思いになって」と訳す。
2.2.13 注釈69 【憂きめ見しその折よりも今日はまた--過ぎにしかたにかへる涙か】 源氏の紫の君への返歌。「潟」「海松」の語句を受けて、「憂き目」「浮海布(うきめ)」、「方」「潟」の掛詞、「涙」に「波」を響かせ、「浮海布」「潟」「波」の縁語を用い、自分もその当時を思い出して、同じ気持ちでいると応える。

第三段 三月十日、中宮の御前の物語絵合せ

2.3.1 注釈70 【いと心を尽くして】 大島本は「いと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「いとど」と校訂する。
2.3.2 注釈71 【弥生の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろき折なるに、内裏わたりも、節会どものひまなれば】 三月十日ころ、気候と宮中の人心の延び延びとした様子。景情一致の描写。
2.3.2 注釈72 【御覧じ所もまさりぬべく】 主語は帝。
2.3.2 注釈73 【御心つきて】 主語は源氏。
2.3.3 注釈74 【梅壺の御方は】 斎宮女御の局、凝香舎。初めて局名が明かされる。

第四段 「竹取」対「宇津保」

2.4.1 注釈75 【中宮も参らせたまへるころにて】 藤壺の宮が宮中に参内している。出家しても宮中に参内することはある。「中宮」という呼称。
2.4.3 注釈76 【なよ竹の】 以下「目及ばぬならむかし」まで、左方の『竹取りの翁』を推奨する詞。枕詞「なよたけ」、縁語「ふし」を使って朗々と、その素晴らしさをいう。
2.4.5 注釈77 【かぐや姫の】 以下「あやまちとなす」まで、『集成』は「右方(弘徽殿方)の反論の大略を述べる」といい、地の文にし、『完訳』は「 」に括り、訳文は「と言う」という言葉を補って、直接話法的に解す。竹の中から生まれた素性の卑しいこと、帝の妃とならなかったこと、その他、登場人物の失敗と欠点をいう。
2.4.5 注釈78 【あへなし】 「あへなし」(形容詞)に「阿倍なし」を掛ける。議論の中にことば遊びを交える。
2.4.5 注釈79 【玉の枝に疵をつけたる】 「玉に疵」の格言に合わせて欠点とする。
2.4.7 注釈80 【俊蔭は】 『集成』は「以下、右方が俊蔭の巻の主人公のすぐれた点を挙げる」と注し、地の文扱い。『完訳』は、以下「なほ並びなし」まで、「 」に括り、右方の直接話法とする。
2.4.8 注釈81 【左は、そのことわりなし】 大島本は「みきハ」とある。文脈から「左は」とあるべきところ。池田本は「みき($左)には」とある。肖は柏本「ひたりには」とある。河内本は「又左に」とある。『集成』は河内本に従って『また左に』と校訂する。『新大系』『古典セレクション』は底本のまま「右は」とする。『集成』は「反論する言葉がない」。『完訳』は「反論の決め手がない」と訳す。

第五段 「伊勢物語」対「正三位」

2.5.1 注釈82 【正三位】 散逸物語。
2.5.3 注釈83 【伊勢の海の深き心をたどらずて--ふりにし跡と波や消つべき】 左方の平典侍の歌。「海」「深き」「波」が縁語。『伊勢物語』の「深き心」といって、その価値を弁護強調する。
2.5.4 注釈84 【世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに】 以下「名をや朽たすべき」まで、歌に続けた平典侍の詞。「世の常のあだこと」とは『正三位』物語に対する批判。
2.5.6 注釈85 【雲の上に思ひのぼれる心には--千尋の底もはるかにぞ見る】 大島本は「ちいろ」と表記する。正しく「ちひろ」と改める。右方の大弍典侍の歌。平典侍の言った『伊勢物語』の「深き心」を受けて、『正三位』物語の「雲の上に思ひのほれる心」から見れば、「千尋の底も遥か」だと批判した。
2.5.7 注釈86 【兵衛の大君の】 以下「え朽たさじ」まで、藤壺の詞。兵衛大君の心も素晴らしいが、在五中将業平の名を汚すことはできない、という。
2.5.9 注釈87 【みるめこそうらふりぬらめ年経にし--伊勢をの海人の名をや沈めむ】 藤壺の歌。『集成』は「藤壺が、歌で判定を下し、左方を支持したのである」と注す。「海松布(みるめ)」と「見る目」、「浦古り」と「心(うら)古り」の掛詞。「海松布」「浦」「海人」「沈む」が縁語。
2.5.10 注釈88 【一巻に言の葉を尽くして】 『集成』は「物語絵一巻の判定に、あらん限りの論陣を張って」。『完訳』は「一巻の勝負に詞の限りを尽し」と訳す。
2.5.10 注釈89 【いといたう秘めさせたまふ】 主語は藤壺。中宮御前における物語絵合せを大層内密にしていらした、という意。

第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ


第一段 帝の御前の絵合せの企画

3.1.1 注釈90 【大臣参りたまひて】 源氏、参内し物語絵を争っている所に参上する。
3.1.2 注釈91 【同じくは、御前にて、この勝負定めむ】 源氏の詞。物語絵合せの続きを帝御前において催すことに決定。
3.1.3 注釈92 【のたまひなりぬ】 『完訳』は「「なり」に注意。源氏個人の意志よりも、宮廷全体の関心による」と注す。
3.1.3 注釈93 【かかることもや】 源氏の心中。かねてからの心づもり。
3.1.3 注釈94 【取り交ぜさせたまへり】 大島本は「給へり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまへりけり」と「けり」を補訂する。源氏に対して二重敬語表現を用いる。
3.1.5 注釈95 【今あらため描かむことは】 以下「限りをこそ」まで、源氏の詞。持ち合わせの絵で競うことを提案。
3.1.6 注釈96 【わりなき窓を開けて】 当時の諺か。秘密の部屋を用意しての意。
3.1.6 注釈97 【院にも】 朱雀院。「に」格助詞、尊敬のニュアンスを添える。
3.1.6 注釈98 【かかること】 梅壺方と弘徽殿方との絵合せの競技をさす。
3.1.6 注釈99 【たてまつらせたまへり】 「たてまつら」謙譲の意を含む動詞。「せ」尊敬の助動詞。「たまへ」尊敬の補助動詞。「り」完了の助動詞。朱雀院が梅壺女御に御献上あそばした。
3.1.7 注釈100 【描かせたまへる】 「せ」使役の助動詞。「たまへ」尊敬の補助動詞。「る」完了の助動詞。延喜の帝が昔の名人に描かせように、朱雀院も当代の名人にお描かせになった。
3.1.7 注釈101 【仰せられて】 「仰せらる」連語、最高敬語。「仰せ」+「らる」受身また尊敬の助動詞が、発令者に重点が置かれると、最高敬語になる。
3.1.8 注釈102 【左近中将】 系図不詳の人。
3.1.9 注釈103 【身こそかくしめの外なれそのかみの--心のうちを忘れしもせず】 朱雀院から斎宮女御への贈歌。「そのかみ」に「神」を掛ける。「注連(しめ)」は「神」の縁語。「注連の外」は内裏を離れた院の御所にいる意。「そのかみ」は斎宮であった当時をさす。
3.1.11 注釈104 【しめのうちは昔にあらぬ心地して--神代のことも今ぞ恋しき】 斎宮女御の返歌。院の「注連」「そのかみ」同様に「注連」「昔」「神代」の語句を用いて、「忘れしもせず」に対して「今ぞ恋しき」と、自分も同じ気持ちであることをいう。
3.1.13 注釈105 【大臣をも】 以下「御報ひにやありけむ」まで、語り手の文章。「けむ」過去推量の助動詞は、語り手の推量。『集成』は「草子地」。『完訳』「語り手の想像、推測」と注す。
3.1.14 注釈106 【院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも】 朱雀院の母弘徽殿大后からその妹の四君の夫権中納言の娘弘徽殿女御へ。弘徽殿大后と弘徽殿女御は伯母と姪、という関係。

第二段 三月二十日過ぎ、帝の御前の絵合せ

3.2.1 注釈107 【その日と定めて】 帝御前における絵合を三月二十日過ぎに決定。
3.2.1 注釈108 【女房のさぶらひに御座よそはせて】 台盤所に帝の玉座を設ける。
3.2.4 注釈109 【皆、御前に舁き立つ】 『集成』は「机を肩にして運び、帝の御前に並べ立てる」と注す。
3.2.5 注釈110 【大臣の、下にすすめたまへるやうやあらむ】 「やうやあらむ」、「や」疑問の係助詞、「む」推量の助動詞。語り手の推測。挿入句。
3.2.5 注釈111 【ことことしき】 『日葡辞書』に「コトコトシイ」とある。
3.2.5 注釈112 【御前に】 大島本は「御こせむ」とある。『集成』『新大系』は「御」を衍字と看做して「御前(ごぜん)」と整定する。『古典セレクション』は諸本に従って「御前(おまへ)」と校訂する。
3.2.7 注釈113 【例の四季の絵も】 以下「たとへむかたなし」まで、帥宮の目を通して語る文章。その始まりは地の文、やがて心中文へと変移する。この四季絵は左方。朱雀院が斎宮女御に贈った絵。
3.2.7 注釈114 【紙絵は限りありて】 『集成』は「画面が狭くて」。『完訳』は「紙絵は、屏風絵などに比べて紙幅に限りのあること」。紙絵そのものについていう。両方が四季の紙絵を出品。
3.2.7 注釈115 【ただ筆の飾り】 以下「あなおもしろ」まで、帥宮の目を通して語る文章。右方の四季絵についていう。
3.2.7 注釈116 【昔のあと恥なく】 大島本は「むかしのあと△(△#)」とある。すなわち「と」の次に一文字有ったのを、抹消している。『集成』『新大系』は底本の抹消に従って「あと」と整定する。『古典セレクション』は諸本に従って「跡に」と校訂する。
3.2.8 注釈117 【深うしろしめしたらむ】 源氏の心中。藤壺が絵に精通していることを思う。
3.2.8 注釈118 【大臣もいと優におぼえたまひて】 『完訳』は「源氏には自分の旅日記の絵の用意があるだけに、藤壺に大きな期待を寄せる」と注す。

第三段 左方、勝利をおさめる

3.3.2 注釈119 【心苦し悲し】 この座の方々の心中。源氏の須磨明石流謫を悲しく気の毒に思ったこと。
3.3.3 注釈120 【まほの詳しき日記にはあらず】 正式の詳細な日記、すなわち、漢文体で書かれた日記ではなく、の意。
3.3.3 注釈121 【まじれる、たぐひゆかし】 「まじれる」連体中止、下には係らず、理由を表す連文節となって、一呼吸置いて「類ゆかし」という文が続く。
3.3.3 注釈122 【こと事思ほさず】 『完訳』は「誰も誰ももう他のことは念頭になく」と注す。

第四章 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明


第一段 学問と芸事の清談

4.1.1 注釈123 【夜明け方近くなるほどに】 絵合せ後の宴会で、源氏と帥宮、才芸について語り合う。
4.1.2 注釈124 【いはけなきほどより】 以下「きこえやあらむ」まで、源氏の詞。
4.1.2 注釈125 【才学といふもの】 以下「な深く習ひそ」まで、故院の詞を引用。
4.1.2 注釈126 【さらでも】 学問をすることをさす。
4.1.2 注釈127 【本才の方々のもの教へ】 『集成』は「実際の役に立つ技能。儀式、典礼など、政治家に必要な知識、技能。作詩、書道、舞、楽など諸方面が「かたがた」という」と注す。
4.1.3 注釈128 【いかにしてかは】 連語。手段に迷う気持ち。どのようにしたら--だろうか、の意。
4.1.3 注釈129 【思ひ寄らぬ隈なく至られにしかど】 『集成』「もはや思い及ばぬ所もないほど、十分に会得されましたが」。『完訳』は「まったく思い至らぬところのない境地にしぜん到達いたしましたけれども」。助動詞「れ」について、『集成』は可能の意、『完訳』は自発の意に解釈。
4.1.3 注釈130 【思うたまへられしを】 「たまへ」下二段、謙譲の補助動詞。助動詞「られ」自発の意。
4.1.3 注釈131 【かう好き好きしきやうなる、後の聞こえやあらむ】 『集成』は「(そんなものを)この機会に持ち出したりして、いかにも物好きなようなのは、後世から批判されるかもしれません」と訳す。
4.1.5 注釈132 【何の才も】 以下「けしからぬわざなり」まで、帥宮の詞。
4.1.5 注釈133 【人に抜けぬる人】 大島本は「ぬけぬる人の(の#<朱墨>)」とある。すなわち「の」を朱筆と墨筆で抹消する。『集成』『新大系』は底本の抹消に従って「人」とする。『古典セレクション』は底本の訂正以前本文と諸本に従って「人の」と校訂する。
4.1.6 注釈134 【いづれかは】 下文の「習はさせたまはざりけむ」に係る反語表現。『完訳』は「院の御前で、親王や内親王たちは、いずれも芸能のそれぞれをお習いにならなかった方はございませんでしょう」と訳す。
4.1.6 注釈135 【さまざま】 大島本は「さま」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「さまざま」と「さま」を補訂する。
4.1.6 注釈136 【習はさせたまはざりけむ】 「させ」使役の助動詞。主語は院。院が親王や内親王たちに。
4.1.6 注釈137 【伝へ受けとらせたまへるかひありて】 大島本は「う(う=つイ<墨朱>)たへ」とある。すなわち本行本文「う」の右傍らに朱筆と墨筆で「つイ」と異本との校合を記す。『集成』『新大系』『古典セレクション』は「つたへ」と校訂する。「せたまへ」二重敬語。主語は源氏。
4.1.6 注釈138 【文才をばさるものにて】 以下「習ひたまへる」まで、院の詞を引用。
4.1.6 注釈139 【こそ思ひたまへしか】 「こそ」係助詞、「しか」已然形の係結びは、逆接用法で、下文に続く。
4.1.7 注釈140 【うちしほれたまひぬ】 大島本は「しほ△(△#)れ給ぬ」とある。すなわち元の文字(不明)を抹消して「しほれ」とする。『新大系』は底本の抹消に従って「しほれ」と整定する。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「しほたれ」と校訂する。

第二段 光る源氏体制の夜明け

4.2.1 注釈141 【おほかたの空をかしきほどなるに】 三月二十日過ぎの天象模様。
4.2.2 注釈142 【明け果つるままに、花の色も人の御容貌ども、ほのかに見えて、鳥のさへづるほど、心地ゆき、めでたき朝ぼらけなり】 大島本は「御かたちとも」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「御容貌も」と校訂する。冷泉朝の開幕を象徴する表現。
4.2.2 注釈143 【また重ねて賜はりたまふ】 帝から頂戴することをいう。

第三段 冷泉朝の盛世

4.3.1 注釈144 【そのころのことには】 その当時の話題としては、の意。
4.3.2 注釈145 【かの浦々の巻は、中宮にさぶらはせたまへ】 源氏の詞。須磨、明石の絵日記は藤壺の宮に献上する。
4.3.3 注釈146 【残りの巻々ゆかしがらせたまへど】 大島本は「のこりのまきまき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「また残りの巻々」と「また」を補訂する。主語は藤壺。「せ」尊敬の助動詞、「たまへ」尊敬の補助動詞。最高敬語。
4.3.4 注釈147 【今、次々に】 源氏の詞。
4.3.5 注釈148 【主上にも御心ゆかせたまひて】 主語は帝。「せ」尊敬の助動詞、「たまひ」尊敬の補助動詞、最高敬語。
4.3.5 注釈149 【うれしく見たてまつりたまふ】 主語は源氏。
4.3.6 注釈150 【なほ、おぼえ圧さるべきにや】 権中納言の心中。「おぼえ」は世の評判。
4.3.6 注釈151 【思さるべかめり】 「べかめり」連語、推量の助動詞。この主観的推量は語り手。
4.3.6 注釈152 【なほ、こまやかに】 『完訳』は「以下、権中納言の心中」と解す。
4.3.6 注釈153 【人知れず見たてまつり知りたまひてぞ】 主語は権中納言。
4.3.6 注釈154 【さりとも】 権中納言の心中。『集成』は「いくら源氏方の勢力が強くとも、まさかお見捨てになるまい」。『完訳』は「わが女御への帝寵は衰えまい」と注す。
4.3.6 注釈155 【思されける】 「れ」自発の助動詞。自然とそのように思われるの意。
4.3.7 注釈156 【この御時よりと、末の人の言ひ伝ふべき例を添へむ】 源氏の心中。『集成』は「聖代と仰がれるような立派な前例を遺すのが補佐の役目である。以下、今上の治世を聖代と印象づける筆致」と注す。

第四段 嵯峨野に御堂を建立

4.4.1 注釈157 【今すこしおとなび】 以下「世を背きなむ」まで、源氏の心中。
4.4.1 注釈158 【思ほすべかめる】 「べかめる」連語、推量の助動詞。源氏の心中を推量。この主観的推量は語り手。
4.4.2 注釈159 【昔のためしを】 以下「齢をも延べむ」まで、源氏の心中。
4.4.2 注釈160 【世に抜けぬる人の、長くえ保たぬわざなりけり】 「の」格助詞。『完訳』は「世にぬきんでてしまった人は、とても長寿を保つことができなかったのだった」と訳す。
4.4.2 注釈161 【今より後の栄えは、なほ命うしろめたし】 『集成』は「今後も栄華を貪っては、やはり命が心配だ」。『完訳』は「今よりのちの栄華は、やはり寿命がともなわず危ぶまれる」と訳す。
4.4.2 注釈162 【山里ののどかなるを占めて、御堂を造らせ】 次の「松風」巻によれば、嵯峨野の御堂。清涼寺がモデルとされる。
4.4.2 注釈163 【仏経のいとなみ添へてせさせたまふめるに】 「させ」使役の助動詞。「める」推量の助動詞。この主観的推量は語り手。以下の文章にも語り手の言辞がうかがえる。
4.4.2 注釈164 【末の君たち、思ふさまにかしづき出だして見む】 源氏の心中を間接的に語る表現。夕霧十歳、明石姫君三歳。
4.4.2 注釈165 【いかに思しおきつるにかと、いと知りがたし】 『集成』は「草子地」。『完訳』は「源氏の人生の奥行の深さを暗示させる、語り手の言辞」と注す。
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