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渋谷栄一校訂(C)

  

薄雲

光る源氏の内大臣時代三十一歳冬十二月から三十二歳秋までの物語
 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---源氏の大臣・内の大臣・大臣・大臣の君・殿・君、三十一歳から三十二歳
 冷泉帝<れいぜいてい>
呼称---帝・内裏・主上、桐壺帝の第十皇子(実は光る源氏の子)
 藤壺の宮<ふじつぼのみや>
呼称---入道后の宮・入道の宮・后の宮・宮・故宮、冷泉帝の母
 明石の君<あかしのきみ>
呼称---山里の人・大堰・母君・君・女、源氏の妻
 明石の姫君<あかしのひめぎみ>
呼称---若君・姫君・君、光る源氏の娘
 明石の尼君<あかしのあまぎみ>
呼称---尼君、明石の君の母
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---女君・対・上・君、源氏の正妻
 夜居の僧都<よいのそうず>
呼称---僧都、藤壺の宮の加持僧
 斎宮の女御<さいぐうのにょうご>
呼称---前斎宮・女御・宮・君、冷泉帝の女御

第一章 明石の物語 母子の雪の別れ

  1. 明石、姫君の養女問題に苦慮する---冬になりゆくままに、川づらの住まひ
  2. 尼君、姫君を養女に出すことを勧める---尼君、思ひやり深き人にて
  3. 明石と乳母、和歌を唱和---雪、霰がちに、心細さまさりて
  4. 明石の母子の雪の別れ---この雪すこし解けて渡りたまへり
  5. 姫君、二条院へ到着---暗うおはし着きて、御車寄するより
  6. 歳末の大堰の明石---大堰には、尽きせず恋しきにも
第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活
  1. 東の院の花散里---年も返りぬ。うららかなる空に
  2. 源氏、大堰山荘訪問を思いつく---山里のつれづれをも絶えず思しやれば
  3. 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る---かしこには、いとのどやかに
第三章 藤壺の物語 藤壺女院の崩御
  1. 太政大臣薨去と天変地異---そのころ、太政大臣亡せたまひぬ
  2. 藤壺入道宮の病臥---入道后の宮、春のはじめより悩みわたらせたまひて
  3. 藤壺入道宮の崩御---大臣は、朝廷方ざまにても、かくやむごとなき
  4. 源氏、藤壺を哀悼---かしこき御身のほどと聞こゆるなかにも
第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし
  1. 夜居僧都、帝に密奏---御わざなども過ぎて、事ども静まりて
  2. 冷泉帝、出生の秘密を知る---主上、「何事ならむ。この世に恨み残るべく
  3. 帝、譲位の考えを漏らす---その日、式部卿の親王亡せたまひぬるよし
  4. 帝、源氏への譲位を思う---主上は、王命婦に詳しきことは
  5. 源氏、帝の意向を峻絶---秋の司召に、太政大臣になりたまふべきこと
第五章 光る源氏の物語 春秋優劣論と六条院造営の計画
  1. 斎宮女御、二条院に里下がり---斎宮の女御は、思ししもしるき御後見にて
  2. 源氏、女御と往時を語る---御几帳ばかりを隔てて、みづから
  3. 女御に春秋の好みを問う---「はかばかしき方の望みはさるものにて
  4. 源氏、紫の君と語らう---対に渡りたまひて、とみにも入りたまはず
  5. 源氏、大堰の明石を訪う---「山里の人も、いかに」など、絶えず思しやれど

【出典】
【校訂】

 

第一章 明石の物語 母子の雪の別れ

 [第一段 明石、姫君の養女問題に苦慮する]

 冬になりゆくままに、川づらのまひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつつ明かし暮らすを、君も、
 「なほ、かくては、え過ぐさじ。かの、近き所に思ひ立ちね」
 と、すすめたまへど、「つらき所多く見果てむも、残りなき心地すべきを、いかに言ひてかなどいふやうに思ひ乱れたり。

 「さらば、この若君を。かくてのみは、便なきことなり。思ふ心あれば、かたじけなし。対に聞き置きて、常にゆかしがるを、しばし見ならはさせて、袴着の事なども、人知れぬさまならずしなさむとなむ思ふ」

 と、まめやかに語らひたまふ。「さ思すらむ」と思ひわたることなれば、いとど胸つぶれぬ。

 「改めてやむごとなき方にもてなされたまふとも、人の漏り聞かむことは、なかなかにや、つくろひがたく思されむ」

 とて、放ちがたく思ひたる、ことわりにはあれど

 「うしろやすからぬ方にやなどは、な疑ひたまひそ。かしこには、年経ぬれど、かかる人もなきが、さうざうしくおぼゆるままに、前斎宮のおとなびものしたまふをだにこそ、あながちに扱ひきこゆめれば、まして、かく憎みがたげなめるほどを、おろかには見放つじき心ばへに」

 など、女君の御ありさまの思ふやうなることも語りたまふ。

 「げに、いにしへは、いかばかりのことに定まりたまふべきにかと、つてにもほの聞こえし御心の、名残なく静まりたまへるは、おぼろけの御宿世にもあらず、人の御ありさまも、ここらの御なかにすぐれたまへるにこそは」と思ひやられて、「数ならぬ人の並びきこゆべきおぼえにもあらぬを、さすがに、立ち出でて、人もめざましと思すことやあらむ。わが身は、とてもかくても同じこと。生ひ先遠き人の御うへも、つひには、かの御心にかかるべきにこそあめれ。さりとならば、げにかう何心なきほどにや譲りきこえまし」と思ふ。

 また、「手を放ちて、うしろめたからむこと。つれづれも慰む方なくては、いかが明かし暮らすべからむ。何につけてか、たまさかの御立ち寄りもあらむ」など、さまざまに思ひ乱るるに、身の憂きこと、限りなし。

 [第二段 尼君、姫君を養女に出すことを勧める]

 尼君、思ひやり深き人にて、

 「あぢきなし。見たてまつらざらむことは、いと胸いたかりぬべけれど、つひにこの御ためによかるべからむことをこそ思はめ。浅く思してのたまふことにはあらじ。ただうち頼みきこえて、渡したてまつりたまひてよ。母方からこそ、帝の御子も際々におはすめれ。この大臣の君の、世に二つなき御ありさまながら、世に仕へたまふは、故大納言の、今ひときざみなり劣りたまひて、更衣腹と言はれたまひし、けぢめにこそはおはすめれ。まして、ただ人はなずらふべきことにもあらず。また、親王たち、大臣の御腹といへど、なほさし向かひたる劣りの所には、人も思ひ落とし、親の御もてなしも、え等しからぬものなり。まして、これは、やむごとなき御方々にかかる人、出でものしたまはば、こよなく消たれたまひなむ。ほどほどにつけて、親にもひとふしもてかしづかれぬる人こそ、やがて落としめられぬはじめとはなれ。御袴着のほども、いみじき心を尽くすとも、かかる深山隠れにては、何の栄かあらむ。ただ任せきこえたまひて、もてなしきこえたまはむありさまをも、聞きたまへ」

 と教ふ。

 さかしき人の心の占どもも、もの問はせなどするにも、なほ「渡りたまひてはまさるべし」とのみ言へば、思ひ弱りにたり。
 殿も、しか思しながら、思はむところのいとほしさに、しひてもえのたまはで、

 「御袴着のことはいかやうにか」

 とのたまへる御返りに、

 「よろづのこと、かひなき身にたぐへきこえては、げに生ひ先もいとほしかるべくおぼえはべるを、たち交じりても、いかに人笑へにや」

 と聞こえたるを、いとどあはれに思す。

 日など取らせたまひて、忍びやかに、さるべきことなどのたまひおきてさせたまふ。放ちきこえむことは、なほいとあはれにおぼゆれど、「君の御ためによかるべきことをこそは」と念ず。

 「乳母をもひき別れなむこと。明け暮れのもの思はしさ、つれづれをもうち語らひて、慰めならひつるに、いとどたつきなきことさへ取り添へ、いみじくおぼゆべきこと」と、君も泣く。

 乳母も、
 「さるべきにや、おぼえぬさまにて、見たてまつりそめて、年ごろの御心ばへの、忘れがたう恋しうおぼえたまふべきを、うち絶えきこゆることはよもはべらじ。つひにはと頼みながら、しばしにても、よそよそに、思ひのほかの交じらひしはべらむが、安からずもはべるべきかな」
 など、うち泣きつつ過ぐすほどに、師走にもなりぬ。

 [第三段 明石と乳母、和歌を唱和]

 雪、霰がちに、心細さまさりて、「あやしくさまざまに、もの思ふべかりける身かな」と、うち嘆きて、常よりもこの君を撫でつくろひつつ見ゐたり。

 雪かきくらし降りつもる朝、来し方行く末のこと、残らず思ひつづけて、例はことに端近なる出で居などもせぬを、汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て、眺めゐたる様体、頭つき、うしろでなど、「限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ」と人びとも見る。落つる涙をかき払ひて、
 「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ」と、らうたげにうち嘆きて、

 「雪深み深山の道は晴れずとも
  な
ほ文かよへ跡絶えずして」

 とのたまへば、乳母、うち泣きて、

 「雪間なき吉野の山を訪ねても
  心のかよふ跡絶えめやは」

 と言ひ慰む。

 [第四段 明石の母子の雪の別れ]

 この雪すこし解けて渡りたまへり。例は待ちきこゆるに、さならむとおぼゆることにより、胸うちつぶれて、人やりならず、おぼゆ。
 「わが心にこそあらめ。いなびきこえむをしひてやは、あぢきな」とおぼゆれど、「軽々しきやうなり」と、せめて思ひ返す。

 いとうつくしげにて、前にゐたまへるを見たまふに、
 「おろかには思ひがたかりける人の宿世かな」
 と思ほす。この春より生ふす髪、尼削ぎほどにて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、まみの薫れるほどなど、言へばさらなり。よそのものに思ひやらむほどの心の闇推し量りたまふに、いと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。

 「何か。かく口惜しき身のほどならずだにもてなしたまはば」
 と聞こゆるものから、念じあへずうち泣くけはひ、あはれなり。

 姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「乗りたまへ」と引くも、いみじうおぼえて、

 「末遠き二葉の松に引き別れ
  いつか木高きかげを見るべき」

 えも言ひやらず、いみじう泣けば、
 「さりや。あな苦し」と思して、

 「生ひそめし根も深ければ武隈の
  松に
松の千代をならべむ
 のどかにを」

 と、慰めたまふ。さることとは思ひ静むれど、えなむ堪へざりける。乳母の少将とて、あてやかなる人ばかり、御佩刀、天児やうの物取りて乗る。人だまひによろしき若人、童女など乗せて、御送りに参らす。
 道すがら、とまりつる人の心苦しさを、「いかに。罪や得らむ」と思す。

 [第五段 姫君、二条院へ到着]

 暗うおはし着きて、御車寄するより、はなやかにけはひことなるを、田舎びたる心地どもは、「はしたなくてや交じらはむ」と思ひつれど、西表をことにしつらはせたまひて、小さき御調度ども、うつくしげに調へさせたまへり。乳母の局には、西の渡殿の、北に当れるをせさせたまへり。

 若君は、道にて寝たまひにけり。抱き下ろされて、泣きなどはしたまはず。こなたにて御くだもの参りなどしたまへど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬをもとめて、らうたげにうちひそみたまへば、乳母召し出でて、慰め紛らはしきこえたまふ。

 「山里のつれづれ、ましていかに」と思しやるはいとほしけれど、明け暮れ思すさまにかしづきつつ、見たまふは、ものあひたる心地したまふらむ。
 「いかにぞや、人の思ふべき瑕なきとは、このわたりに出でおはせで」
 と、口惜しく思さる。

 しばしは、人びともとめて泣きなどしたまひしかど、おほかた心やすくをかしき心ざまなれば、上にいとよくつき睦びきこえたまへれば、「いみじううつくしきもの得たり」と思しけり。こと事なく抱き扱ひ、もてあそびきこえたまひて、乳母も、おのづから近う仕うまつり馴れにけり。また、やむごとなき人の乳ある、添へて参りたまふ。

 御袴着は、何ばかりわざと思しいそぐことはなけれど、けしきことなり。御しつらひ、雛遊びの心地してをかしう見ゆ。参りたまへる客人ども、ただ明け暮れのけぢめしなければ、あながちに目も立たざりき。ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしげさ添ひて見えたまひつる。

 [第六段 歳末の大堰の明石]

 大堰には、尽きせず恋しきにも、身のおこたりを嘆き添へたり。さこそ言ひしか、尼君もいとど涙もろなれど、かくもてかしづかれたまふを聞くはうれしかりけり。何ごとをか、なかなか訪らひきこえたまはむ、ただ御方の人びとに、乳母よりはじめて、世になき色あひを思ひいそぎてぞ、贈りきこえたまひける。

 「待ち遠ならむも、いとどさればよ」と思はむに、いとほしければ、年の内に忍びて渡りたまへり。
 いとどさびしき住まひに、明け暮れのかしづきぐさをさへ離れきこえて、思ふらむことの心苦しければ、御文なども絶え間なく遣はす。

 女君も、今はことに怨じきこえたまはず、うつくしき人に罪ゆるしきこえたまへり。

 

第二章  源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活

 [第一段 東の院の花散里]

 年も返りぬ。うららかなる空に、思ふことなき御ありさまは、いとどめでたく、磨き改めたる御よそひに、参り集ひたまふめる人の、おとなしきほどのは、七日、御よろこびなどしたまふ、ひき連れたまへり。
 若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。次々の人も、心のうちには思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆる、ころほひなりかし。

 東の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人びと、童女の姿など、うちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇の隙などには、ふとはひ渡りなどしたまへど、夜たち泊りなどやうに、わざとは見えたまはず。

 ただ御心ざまのおいらかにこめきて、「かばかりの宿世なりける身にこそあらめ」と思ひなしつつ、ありがたきまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、あなづりきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当どももおこたらず、なかなか乱れたるところなく、目やすき御ありさまなり。

 [第二段 源氏、大堰山荘訪問を思いつく]

 山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私もの騒がしきほど過ぐして、渡りたまふとて、常よりことにうち化粧じたまひて、桜の御直衣に、えならぬ御衣ひき重ねて、たきしめ、装束きたまひて、まかり申したまふさま、隈なき夕日に、いとどしくきよらに見えたまふ。女君、ただならず見たてまつり送りたまふ。

 姫君は、いはけなく御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。こしらへおきて、「明日帰り来むと、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。

 「舟とむる遠方人のなくはこそ
  明日帰り来む夫と待ち見め」

 いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、

 「行きて見て明日もさね来むなかなかに
  遠方人は心置くとも

 何事とも聞き分かでされありきたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、遠方人のめざましきも、こよなく思しゆるされにたり。
 「いかに思ひおこすらむ。われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」
 と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人びとは、
 「などか、同じくは」
 「いでや」
 など、語らひあへり。

 [第三段 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る]

 かしこには、いとのどやかに、心ばせあるけはひに住みなして、家のありさまも、やう離れめづらしきに、みづからのけはひなどは、見るたびごとに、やむごとなき人びとなどに劣るけぢめこよなからず、容貌、用意あらまほしうねびまさりゆく。

 「ただ、世の常のおぼえにかき紛れたらば、さるたぐひなくやはと思ふべきを、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。人のほどなどは、さてもあるべきを」など思す。

 はつかに、飽かぬほどにのみあればにや、心のどかならず立ち帰りたまふも苦しくて、「夢のわたりの浮橋かとのみ、うち嘆かれて、箏の琴のあるを引き寄せて、かの明石にて、小夜更けたりし音も、例の思し出でらるれば、琵琶をわりなく責めたまへば、すこし掻き合はせたる、「いかで、かうのみひき具しけむ」と思さる。若君の御ことなど、こまやかに語りたまひつつおはす。

 ここは、かかる所なれど、かやうに立ち泊りたまふ折々あれば、はかなき果物、強飯ばかりはきこしめす時もあり。近き御寺、桂殿などにおはしまし紛らはしつつ、いとまほには乱れたまはねど、また、いとけざやかにはしたなく、おしなべてのさまにはもてなしたまはぬなどこそは、いとおぼえことには見ゆめれ。

 女も、かかる御心のほどを見知りきこえて、過ぎたりと思すばかりのことはし出でず、また、いたく卑下せずなどして、御心おきてにもて違ふことなく、いとめやすくぞありける。

 おぼろけにやむごとなき所にてだに、かばかりもうちとけたまふことなく、気高き御もてなしを聞き置きたれば、
 「近きほどに交じらひては、なかなかいと目馴れて、人あなづられなることどももぞあらまし。たまさかにて、かやうにふりはへたまへるこそ、たけき心地すれ」
 と思ふべし。

 明石にも、さこそ言ひしか、この御心おきて、ありさまをゆかしがりて、おぼつかなからず、人は通はしつつ、胸つぶるることもあり、また、おもだたしく、うれしと思ふことも多くなむありける。

 

第三章 藤壺の物語 藤壺女院の崩御

 [第一段 太政大臣薨去と天変地異]

 そのころ、太政大臣亡せたまひぬ。世の重しとおはしつる人なれば、朝廷にも思し嘆く。しばし、籠もりたまひしほどをだに、天の下の騷ぎなりしかば、まして、悲しと思ふ人多かり。源氏の大臣も、いと口惜しく、よろづこと、おし譲りきこえてこそ、暇もありつるを、心細く、事しげくも思されて、嘆きおはす。

 帝は、御年よりはこよなう大人大人しうねびさせたまひて、世の政事もうしろめたく思ひきこえたまふべきにはあらねどもまたとりたてて御後見したまふべき人もなきを、「誰れに譲りてかは、静かなる御本意もかなはむ」と思すに、いと飽かず口惜し。

 後の御わざなどにも、御子ども孫に過ぎてなむ、こまやかに弔らひ、扱ひたまひける。

 その年、おほかた世の中騒がしくて、朝廷ざまに、もののさとししげく、のどかならで、
 「天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひあり」
 とのみ、世の人おどろくこと多くて、道々の勘文どもてまつれるにも、あやしく世になべてならぬことども混じりたり。内の大臣のみむ、御心のうちに、わづらはしく思し知らるることありける。

 [第二段 藤壺入道宮の病臥]

 入道后の宮、春のはじめより悩みわたらせたまひて、三月にはいと重くならせたまひぬれば、行幸などあり。院に別れたてまつらせたまひしほどは、いといはけなくて、もの深くも思されざりしを、いみじう思し嘆きたる御けしきなれば、宮もいと悲しく思し召さる。

 「今年は、かならず逃るまじき年と思ひたまへつれど、おどろおどろしき心地にもはべらざりつれば、命の限り知り顔にはべらむも、人やうたて、ことことしう思はむと憚りてなむ、功徳のことなども、わざと例よりも取り分きてしもはべらずなりにける。
 参りて、心のどかに昔の御物語もなど思ひたまへながら、うつしざまなる折少なくはべりて、口惜しく、いぶせくて過ぎはべりぬること」

 と、いと弱げに聞こえたまふ。

 三十七にぞはしましける。されど、いと若く盛りにおはしますさまを、惜しく悲しと見たてまつらせたまふ。

 「慎ませたまふべき御年なるに、晴れ晴れしからで、月ごろ過ぎさせたまふことをだに、嘆きわたりはべりつるに、御慎みなどをも、常よりことにせさせたまはざりけること」

 と、いみじう思し召したり。ただこのころぞおどろきて、よろづのことせさせたまふ。月ごろは、常の御悩みとのみうちたゆみたりつるを、源氏の大臣も深く思し入りたり。限りあれば、ほどなく帰らせたまふも、悲しきこと多かり。

 宮、いと苦しうて、はかばかしうものも聞こえさせたまはず。御心のうちに思し続くるに、「高き宿世、世の栄えも並ぶ人なく、心のうちに飽かず思ふこともにまさりける身」と思し知らる。主上の、夢のうちにも、かかる事の心を知らせたまはぬを、さすがに心苦しう見たてまつりたまひて、これのみぞ、うしろめたくむすぼほれたることに、思し置かるべき心地したまひける。

 [第三段 藤壺入道宮の崩御]

 大臣は、朝廷方ざまにても、かくやむごとなき人の限り、うち続き亡せたまひなむことを思し嘆く。人知れぬあはれ、はた、限りなくて、御祈りなど思し寄らぬことなし。年ごろ思し絶えたりつる筋さへ、今一度、聞こえずなりぬるが、いみじく思さるれば、近き御几帳のもとに寄りて、御ありさまなども、さるべき人びとに問ひ聞きたまへば、親しき限りさぶらひて、こまかに聞こゆ。

 「月ごろ悩ませたまへる御心地に、御行なひを時の間もたゆませたまはずせさせたまふ積もりの、いとどいたうくづほれさせたまふに、このころとなりては、柑子などをだに、触れさせたまはずなりにたれば、頼みどころなくならせたまひにたること」

 と、泣き嘆く人びと多かり。

 「院の御遺言にかなひて、内裏の御後見仕うまつりたまふこと、年ごろ思ひ知りはべること多かれど、何につけてかは、その心寄せことなるさまをも、漏らしきこえむとのみ、のどかに思ひはべりけるを、今なむあはれに口惜しく」

 と、ほのかにのたまはするも、ほのぼの聞こゆるに、御応へも聞こえやりたまはず、泣きたまふさま、いといみじ。「などかうしも心弱きさまに」と、人目を思し返せど、いにしへよりの御ありさまを、おほかたの世につけても、あたらしく惜しき人の御さまを、心にかなふわざらねば、かけとどめきこえむ方なく、いふかひなく思さるること限りなし。

 「はかばかしからぬ身ながらも、昔より、御後見仕うまつるべきことを、心のいたる限り、おろかならず思ひたまふるに、太政大臣の隠れたまひぬるをだに、世の中、心あわたたしく思ひたまへらるるに、また、かくおはしませば、よろづに心乱れはべりて、世にはべらむことも、残りなき心地なむしはべる」

 など聞こえたまふほどに、燈火などの消え入るやうて果てたまひぬれば、いふかひなく悲しきことを思し嘆く。

 [第四段 源氏、藤壺を哀悼]

 かしこき御身のほどと聞こゆるなかにも、御心ばへなどの、世のためしにもあまねくあはれにおはしまして、豪家にことよせて、人の愁へとあることなどものづからうち混じるを、いささかもさやうなる事の乱れなく、人の仕うまつることをも、世の苦しみとあるべきことをば、止めたまふ。

 功徳の方とても、勧むるによりたまひて、いかめしうめづらしうしたまふ人なども昔のさかしきに皆ありけるを、これは、さやうなることなく、ただもとよりの宝物、得たまふべき年官、年爵、御封の物のさるべき限りして、まことに心深きことどもの限りをし置かせたまへれば、何とわくまじき山伏などまで惜しみきこゆ。

 をさめたてまつるにも、世の中響きて、悲しと思はぬ人なし。殿上人など、なべてひとつ色に黒みわたりて、ものの栄なき春の暮なり。二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴の折など思し出づ。「今年ばかりはと、一人ごちたまひて、人の見とがめつべければ、御念誦堂に籠もりゐたまひて、日一日泣き暮らしたまふ。夕日はなやかにさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄くわたれるが、鈍色なるを、何ごとも御目とどまらぬころなれど、いとものあはれに思さる。

 「入り日さす峰にたなびく薄雲は
  もの思ふ袖に色やまがへる」

 人聞かぬ所なれば、かひなし。

 

第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし

 [第一段 夜居僧都、帝に密奏]

 御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝、もの心細く思したり。この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。

 このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、

 「今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、古き心ざしを添へて」

 とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、

 「いと奏しがたく、かへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、知ろし召さぬに、罪重くて、天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、何の益かははべらむ。仏も心ぎたなしとや思し召さむ」

 とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。

 [第二段 冷泉帝、出生の秘密を知る]

 主上、「何事ならむ。この世に恨み残るべく思ふことやあらむ。法師は、聖といへども、あるまじき横様の嫉み深く、うたてあるものを」と思して、

 「いはけなかり時より、隔て思ふことなきを、そこには、かく忍び残されたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」

 とのたまはすれば、

 「あなかしこ。さらに、仏の諌め守りたまふ真言の深き道をだに、隠しとどむることなく広め仕うまつりはべり。まして、心に隈あること、何ごとにかはべらむ。
 これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、すべて、かへりてよからぬ事にや漏り出ではべらむ。かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも、何の悔かはべらむ。仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。
 わが君はらまれおはしましたりし時より、故宮の深く思し嘆くことありて、御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし。詳しくは法師の心にえ悟りはべらず。事の違ひめありて、大臣横様の罪に当たりたまひし時、いよいよ懼ぢ思し召して、重ねて御祈りどもはりはべりしを、大臣も聞こし召してなむ、またさらに言加へ仰せられて、御位に即きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。
 その承りしさま」

 とて、詳しく奏するを聞こし召すに、あさましうめづらかにて、恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。

 とばかり、御応へもなければ、僧都、「進み奏しつるを便なく思し召すにや」と、わづらはしく思ひて、やをらかしこまりてまかづるを、召し止めて、

 「心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを、今まで忍び籠められたりけるをなむ、かへりてはうしろめたき心なりと思ひぬる。またこの事を知りて漏らし伝ふるたぐひやらむ」

 とのたまはす。

 「さらに、なにがしと王命婦とより他の人、この事のけしき見たるはべらず。さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。天変しきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。いときなく、ものの心知ろし召すまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御齢足りおはしまして、何事もわきまへさせたまふべき時に至りて、咎をも示すなり。よろづのこと、親の御世より始まるにこそはべるなれ。何の罪とも知ろし召さぬが恐ろしきにより、思ひたまへ消ちてしことを、さらに心より出しはべりぬること」

 と、泣く泣く聞こゆるほどに、明け果てぬれば、まかでぬ。

 主上は、夢のやうにいみじきことを聞かせたまひて、いろいろに思し乱れさせたまふ。
 「故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふも、あはれにかたじけなかりける事」
 かたがた思し悩みて、日たくるまで出でさせたまはねば、「かくなむ」と聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを、御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思し召されて、御涙のこぼれさせたまひぬるを、
 「おほかた故宮の御事を、干る世なく思し召したるころなればなめり」
 と見たてまつりたまふ。

 [第三段 帝、譲位の考えを漏らす]

 その日、式部卿の親王亡せたまひぬるよし奏するに、いよいよ世の中の騒がしきことを嘆き思したり。かかるころなれば、大臣は里にもえまかでたまはで、つとさぶらひたまふ。
 しめやかなる御物語のついでに、

 「世は尽きぬるにやあらむ。もの心細く例ならぬ心地なむするを、天の下もかくのどかならぬに、よろづあわたたしくなむ。故宮の思さむところによりてこそ、世間のことも思ひ憚りつれ、今は心やすきさまにても過ぐさまほしくなむ」

 と語らひきこえたまふ。

 「いとあるまじき御ことなり。世の静かならぬことは、かならず政事の直く、ゆがめるにもよりはべらず。さかしき世にしもなむ、よからぬことどももはべりける。聖の帝の世にも、横様の乱れ出で来ること、唐土にもはべりける。わが国にもさなむはべる。まして、ことわりの齢ども、時至りぬるを、思し嘆くべきことにもはべらず」

 など、すべて多くのことどもを聞こえたまふ。片端まねぶも、いとかたはらいたしや。

 常よりも黒き御装ひに、やつしたまへる御容貌、違ふところなし。主上も、年ごろ御鏡にも、思しよることなれど、聞こし召ししことの後は、またこまかに見たてまつりたまひつつことにいとあはれに思し召さるれば、「いかで、このことをかすめ聞こえばや」と思せど、さすがに、はしたなくも思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくて、ふともうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。

 うちかしこまりたまへるさまにて、いと御けしきことなるを、かしこき人の御目には、あやしと見たてまつりたまへど、いとかく、さださだと聞こし召したらむとは思さざりけり。

 [第四段 帝、源氏への譲位を思う]

 主上は、王命婦に詳しきことは、問はまほしう思し召せど、

 「今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけりと、かの人にも思はれじ。ただ、大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりやと問ひ聞かむ」

 とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御学問をせさせたまひつつ、さまざまの書ども御覧ずるに、

 「唐土には、現はれても忍びても、乱りがはしき事いと多かりけり。日本には、さらに御覧じ得るところなし。たとひあらむにても、かやうに忍びたらむことをば、いかでか伝へ知るやうのあらむとする。一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、さらに親王にもなり、位にも即きたまひつるも、あまたの例ありけり。人柄のかしこきにことよせて、さもや譲りきこえまし」

 など、よろづにぞ思しける。

 [第五段 源氏、帝の意向を峻絶]

 秋の司召に、太政大臣になりたまふべきこと、うちうちに定め申したまふついでになむ、帝、思し寄する筋のこと、漏らしきこえたまひけるを、大臣、いとまばゆく、恐ろしう思して、さらにあるまじきよしを申し返したまふ。

 「故院の御心ざし、あまたの皇子たちの御中に、とりわきて思し召しながら、位を譲らせたまはむことを思し召し寄らずなりにけり。何か、その御心改めて、及ばぬ際には昇りはべらむ。ただ、もとの御おきてのままに、朝廷に仕うまつりて、今すこしの齢かさなりはべりなば、のどかなる行なひに籠もりはべりなむと思ひたまふる」

 と、常の御言の葉に変はらず奏したまへば、いと口惜しうなむ思しける。

 太政大臣になりたまふべき定めあれど、しばし、と思すところありて、ただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かず、かたじけなきものにひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、

 「世の中の御後見したまふべき人なし。権中納言、大納言になりて、右大将かけたまへるを、今一際あがりなむに、何ごとも譲りてむ。さて後に、ともかくも、静かなるさまに」

 とぞ思しける。なほ思しめぐらすに、

 「故宮の御ためにもいとほしう、また主上のかく思し召し悩めるを見たてまつりたまふもかたじけなきに、誰れかかることを漏らし奏しけむ」
 と、あやしう思さる。

 命婦は、御匣殿の替はりたる所に移りて、曹司たまはりて参りたり。大臣、対面したまひて、

 「このことを、もし、もののついでに、露ばかりにても漏らし奏したまふことやありし」

 と案内したまへど、

 「さらに。かけても聞こし召さむことを、いみじきことに思し召して、かつは、罪得ることにやと、主上の御ためを、なほ思し召し嘆きたりし」

 と聞こゆるにも、ひとかたならず心深くおはせし御ありさまなど、尽きせず恋ひきこえたまふ。

 

第五章 光る源氏の物語 春秋優劣論と六条院造営の計画

 [第一段 斎宮女御、二条院に里下がり]

 斎宮の女御は、思ししもしるき御後見にて、やむごとなき御おぼえなり。御用意、ありさまなども、思ふさまにあらまほしう見えたまへれば、かたじけなきものにもてかしづききこえたまへり。

 秋のころ二条院にまかでたまへり。寝殿の御しつらひ、いとど輝くばかりしたまひて、今はむげの親ざまにもてなして、扱ひきこえたまふ。

 秋の雨いと静かに降りて、御前の前栽の色々乱れたる露のしげさに、いにしへのことどもかき続け思し出でられて、御袖も濡れつつ、女御の御方に渡りたまへり。こまやかなる鈍色の御直衣姿にて、世の中の騒がしきなどことつけたまひて、やがて御精進なれば、数珠ひき隠して、さまよくもてなしたまへる、尽きせずなまめかしき御ありさまにて、御簾の内に入りたまひぬ。

 [第二段 源氏、女御と往時を語る]

 御几帳ばかりを隔てて、みづから聞こえたまふ。

 「前栽どもそ残りなく紐解きべりにけれ。いとものすさまじき年なるを、心やりて時知り顔なるも、あはれにこそ」

 とて、柱に寄りゐたまへる夕ばえ、いとめでたし。昔の御ことども、かの野の宮に立ちわづらひし曙などを、聞こえ出でたまふ。いとものあはれと思したり。

 宮も、「かくればとにや、すこし泣きたまふけはひ、いとらうたげにて、うち身じろきたまふほども、あさましくやはらかになまめきておはすべかめる。「見たてまつらぬこそ、口惜しけれ」と、胸のうちつぶるるぞ、うたてあるや。

 「過ぎにし方、ことに思ひ悩むべきこともくてはべりぬべかりし世の中にも、なほ心から、好き好きしきことにつけて、もの思ひの絶えずもはべりけるかな。さるまじきことどもの、心苦しきが、あまたはべりし中に、つひに心も解けず、むすぼほれ止みぬること、二つなむはべる。
 一つは、この過ぎたまひにし御ことよ。あさましうのみ思ひつめて止みたまひにしが、長き世の愁はしきふしと思ひたまへられしを、かうまでも仕うまつり、御覧ぜらるるをなむ、慰めに思うたまへなせど、燃えし煙のむすぼほれたまひけむは、なほいぶせうこそ思ひたまへらるれ」
 とて、今一つはのたまひさしつ。

 「中ごろ、身のなきに沈みはべりしほど、方々に思ひたまへしことは、片端づつかなひにたり。東の院にものする人の、そこはかとなくて、心苦しうおぼえわたりはべりしも、おだしう思ひなりにてはべり。心ばへの憎からぬなど、我も人も見たまへあきらめて、いとこそさはやかなれ

 かく立ち返り、朝廷の御後見仕うまつるよろこびなどは、さしも心に深く染まず、かやうなる好きがましき方は、静めがたうのみはべるを、おぼろけに思ひびたる御後見とは、思し知らせたまふらむや。あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ」

 とのたまへば、むつかしうて、御応へもなければ、
 「さりや。あな心憂」
 とて、異事に言ひ紛らはしたまひつ。

 「今は、いかでのどやかに、生ける世の限り、思ふこと残さず、後の世の勤めも心にまかせて、籠もりゐなむと思ひはべるを、この世の思ひ出にしつべきふしのはべらぬこそ、さすがに口惜しうはべりぬべけれ。かならず、幼き人のはべる、生ひ先いと待ち遠なりや。かたじけなくとも、なほ、この門広げさせたまひて、はべらずなりなむ後にも、数まへさせたまへ」

 など聞こえたまふ。
 御応へは、いとおほどかなるさまに、からうして一言ばかりかすめたまへるけはひ、いとなつかしげなるに聞きつきて、しめじめと暮るるまでおはす。

 [第三段 女御に春秋の好みを問う]

 「はかばかしき方の望みはさるものにて、年のうち行き交はる時々の花紅葉、空のけしきにつけても、心の行くこともはべりにしがな。春の花の林、秋の野の盛りを、とりどりに人争ひはべりける、そのころの、げにと心寄るばかりあらはなる定めこそはべらざなれ。

 唐土には、春の花の錦に如くものなしと言ひはべめり。大和言の葉には、秋のあはれ取り立てて思へる。いづれも時々につけてたまふに、目移りて、えこそ花鳥の色をも音をもきまへはべらね。

 狭き垣根のうちなりとも、その折の心見知るばかり、春の花の木をも植ゑわたし、秋の草をも堀り移して、いたづらなる野辺の虫をも棲ませて、人に御覧ぜさせむと思ひたまふるを、いづ方にか御心寄せはべるべからむ」

 と聞こえたまふに、いと聞こえにくきことと思せど、むげに絶えて御応へ聞こえたまはざらむもうたてあれば、

 「まして、いかが思ひ分きはべらむ。げに、いつとなきなかに、あやしと聞きし夕べそ、はかなう消えたまひにし露のよすがにも、思ひたまへられぬべけれ」

 と、しどけなげにのたまひ消つも、いとらうたげなるに、え忍びたまはで、

 「君もさはあはれを交はせ人知れず
  わが身にしむる秋の夕風
 忍びがたき折々もはべりかし」

 と聞こえたまふに、「いづこの御応へかはあらむ。心得ず」と思したる御けしきなり。このついでに、え籠めたまはで、恨みきこえたまふことどもあるべし。

 今すこし、ひがこともたまひつべけれども、いとうたてと思いたるも、ことわりに、わが御心も、「若々しうけしからず」と思し返して、うち嘆きたまへるさまの、もの深うなまめかしきも、心づきなうぞ思しなりぬる。
 やをらづつひき入りたまひぬるけしきなれば、

 「あさましうも、疎ませたまひぬるかな。まことに心深き人は、かくこそあらざなれ。よし、今よりは、憎ませたまふなよ。つらからむ」

 とて、渡りたまひぬ。

 うちしめりたる御匂ひのとまりたるさへ、疎ましく思さる。人びと、御格子など参りて、
 「この御茵の移り香、言ひ知らぬものかな
 「いか
でかく取り集め、柳の枝に咲かせる御ありさまならむ」
 「ゆゆしう」
 と聞こえあへり。

 [第四段 源氏、紫の君と語らう]

 対に渡りたまひて、とみにも入りたまはず、いたう眺めて、端近う臥したまへり。燈籠遠くかけて、近く人びとさぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。

 「かうあながちなることに胸ふたがる癖の、なほありけるよ」

 と、わが身ながら思し知らる。

 「これはいと似げなきことなり。恐ろしう罪深き方は多うまさりけめど、いにしへの好きは、思ひやりすくなきほどの過ちに、仏神も許したまひけむ」と、思しさますも、「なほ、この道は、うしろやすく深き方のまさりけるかな」
 と、思し知られたまふ。

 女御は、秋のあはれを知り顔に応へ聞こえてけるも、「悔しう恥づかし」と、御心ひとつにものむつかしうて、悩ましげにさへしたまふを、いとすくよかにつれなくて、常よりも親がりありきたまふ。

 女君に、
 「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春の曙に心しめたまへるもことわりにこそれ。時々につけたる木草の花によせても、御心とまるばかりの遊びなどしてしがなと、公私のいとなみしげき身こそふさはしからね、いかで思ふことしてしがなと、ただ、御ためさうざうしくやと思ふこそ、心苦しけれ」
 など語らひきこえたまふ。

 [第五段 源氏、大堰の明石を訪う]

 「山里の人も、いかに」など、絶えず思しやれど、所狭さのみまさる御身にて、渡りたまふこと、いとかたし。
 「世の中をあぢきなく憂しと思ひ知るけしき、などかさしも思ふべき。心やすく立ち出でて、おほぞうの住まひはせじと思へる」を、「おほけなし」とは思すものから、いとほしくて、例の、不断の御念仏にことつけて渡りたまへり。

 住み馴るるままに、いと心すごげなる所のさまに、いと深からざらむことにてだに、あはれ添ひぬべし。まして、見たてまつるにつけても、つらかりける御契りの、さすがに、浅からぬを思ふに、なかなかにて慰めがたきけしきなれば、こしらへかねたまふ。

 いと木繁き中より、篝火どもの影の、遣水の螢に見えまがふもをかし。

 「かかる住まひにしほじまざらましかば、めづらかにおぼえまし」

 とのたまふに、

 「漁りせし影忘られぬ篝火は
  身の浮舟や慕ひ来にけむ
 思ひこそ、まがへられはべれ」

 と聞こゆれば、

 「浅からぬしたの思ひを知らねばや
  なほ篝火の影騒げる
 誰れ憂きもの

 と、おし返し恨みたまへる。
 おほかたもの静かに思さるるころなれば、尊きことどもに御心とまりて、例よりは日ごろ経たまふにや、すこし思ひ紛れけむ、とぞ。

 【出典】
出典1 宿変へて松にも見えずなりぬればつらき所の多くもあるかな(後撰集恋三-七〇五 女)(戻)
出典2 恨みての後さへ人のつらからばいかに言ひてか音をも泣かまし(拾遺集恋五-九八五 読人しらず)(戻)
出典3 かく恋ひむものとも我は思ひにき心のうらぞまさしかりける(古今集恋四-七〇〇 読人しらず)(戻)
出典4 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典5 植ゑし時契りやしけむ武隈の松を再びあひ見つるかな(後撰集雑三-一二四一 藤原元善)(戻)
出典6 桜人 その舟止め 島つ田を 十町作れる 見て帰り来むや そよや 明日帰り来む そよや 言をこそ 明日とも言はめ 遠方に 妻ざる夫は 明日もさね来じや そよや 明日もさね来じや そよや(催馬楽-桜人)(戻)
出典7 世の中は夢のわたりの浮き橋かうち渡りつつ物をこそ思へ(源氏釈所引、出典未詳)(戻)
出典8 命だに心にかなふものならば何か別れの悲しからまし(古今集離別-三八七 白女)(戻)
出典9 説無漏妙法 度無量衆生 後当入涅槃 如煙尽灯滅(法華経-安楽行品)(戻)
出典10 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け(古今集哀傷-八三二 上野岑雄)(戻)
出典11 百草の花の紐解く秋の野を思ひ戯れむ人な咎めそ(古今集秋上-二四六 読人しらず)(戻)
出典12 いにしへの昔のことをいとどしくかくれば袖に露けかりけり(源氏釈所引、出典未詳)(戻)
出典13 結ぼほれ燃えし煙をいかがせむ君だにこめよ長き契りを(源氏釈所引、出典未詳)(戻)
出典14 春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる(拾遺集雑下-五一一 読人しらず)(戻)
出典15 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は(拾遺集雑下-五〇九 紀貫之)(戻)
出典16 花鳥の色をも音をもいたづらにもの憂かる身には過ぐすのみなりけり(後撰集夏-二一二 藤原雅正)(戻)
出典17 いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり(古今集恋一-五四六 読人しらず)(戻)
出典18 梅が香を桜の花に匂はせて柳が枝に咲かせてしがな(後拾遺集春上-八二 中原致時)(戻)
出典19 篝火の影となる身のわびしきは流れて下に燃ゆるなりけり(古今集恋一-五三〇 読人しらず)(戻)
出典20 うたかたも思へば悲し世の中を誰れ憂きものと知らせそめけむ(古今六帖三-一七二六)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 川づらの--か(か/+は)つらの(戻)
校訂2 あれど--あれ(れ/+と)(戻)
校訂3 見放つ--見(見/+は)なつ(戻)
校訂4 ことは--事(事/+は)(戻)
校訂5 とも--とん(ん/#も)(戻)
校訂6 生ふす--おほ(ほ/#ふ)す(戻)
校訂7 尼削ぎ--あま(ま/+そき)(戻)
校訂8 なき--なく(く/$き)(戻)
校訂9 どもも--とんゝ(んゝ/#もゝ)(戻)
校訂10 とも--とん(ん/$も)(戻)
校訂11 政事も--まつりことん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂12 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂13 ども--とん(ん/#も)(戻)
校訂14 のみ--の身(身/$み)(戻)
校訂15 にぞ--にて(て/#そ)(戻)
校訂16 ころぞ--ころそ(そ/$そ)(戻)
校訂17 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂18 なども--なとん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂19 なども--なとん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂20 さかしき--さ(さ/+か)しき(戻)
校訂21 いはけなかり--いは(は/$は<朱>)けなかり(戻)
校訂22 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂23 たぐひや--たくひ(ひ/+や)(戻)
校訂24 ころ--こゝ(ゝ/#)ろ(戻)
校訂25 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂26 たまひつつ--*給ふつゝ(戻)
校訂27 ふとも--ふとん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂28 問ひ--(/+とひ<朱>)(戻)
校訂29 ども--とん(ん/$も)(戻)
校訂30 ものに--もの(も/+にイ)(戻)
校訂31 秋のころ--秋(秋/+の<朱>)ころ(戻)
校訂32 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂33 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂34 むすぼほれ--む(む/+す<朱>)ほゝれ(戻)
校訂35 なれ--なれは(は/$<朱>)(戻)
校訂36 思ひ--(/+思<朱>)(戻)
校訂37 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂38 ひがことも--ひかことん(ん/$も<朱>)(戻)
校訂39 かな--(/+かな)(戻)
校訂40 こそ--(/+こ<朱>)そ(戻)

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
注釈
大島本
自筆本奥入