第十六帖 関屋

光る源氏の須磨明石離京時代から帰京後までの空蝉の物語

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注釈

第一章 空蝉の物語 逢坂関での再会の物語


第一段 空蝉、夫と常陸国下向

1.1.1 注釈1 【伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて下りしかば、かの帚木もいざなはれにけり】 桐壺院の崩御は「賢木」巻の源氏二十三歳の年。その翌年、朧月夜の君は尚侍になり、朝顔の姫君は齋院となり、藤壺宮は出家した。「帚木」という呼称は巻名に因んで呼ばれたもの。作者の命名。読者は「空蝉」と呼称する。
1.1.1 注釈2 【よすがだになくて】 大島本は「なくて」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「なく」と「て」を削除する。
1.1.1 注釈3 【筑波嶺の山を吹き越す風も】 「甲斐が嶺を嶺越し山越し吹く風を人にもがもや言づてやらむ」(古今集東歌、一〇九八)を踏まえ、「甲斐が嶺」を「筑波嶺」と言い換えた。
1.1.1 注釈4 【いささかの伝へ】 大島本は「いささかかの」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「いささかの」と「か」を削除する。
1.1.1 注釈5 【限れることもなかりし御旅居なれど】 源氏の須磨・明石退去をさす。「御旅居」と敬語表現。
1.1.1 注釈6 【京に帰り住みたまひて、またの年の秋ぞ、常陸は上りける】 『完訳』は「国守任命後、足かけ五年目に辞任、六年目(源氏帰京の翌年)に上京。澪標巻後半に相当」と注す。

第二段 源氏、石山寺参詣

1.2.1 注釈7 【関入る日しも、この殿、石山に御願果しに詣でたまひけり】 常陸介一行が逢坂関を通る日に、源氏は石山寺にお礼参りに逢坂関にさしかかる。
1.2.2 注釈8 【打出の浜来るほどに、「殿は、粟田山越えたまひぬ」とて】 「打出の浜」は大津の浜。「粟田山」は京山科との間の山。
1.2.2 注釈9 【道もさりあへず来込みぬれば】 『集成』は「梓弓春の山辺を越え来れば道もさりあへず花ぞちりける」(古今集春下、一一五、貫之)の言葉を借りた表現であることを指摘。
1.2.2 注釈10 【木隠れに居かしこまりて】 木蔭に隠れるように座って、源氏の一行の通り過ぎるのを待つ。
1.2.2 注釈11 【車など】 以下、常陸介一行の車をいう。敬語がついていない。
1.2.2 注釈12 【先に立てなどしたれど】 『集成』は「〔一部は〕前日に出発させたりしたが」と注す。
1.2.3 注釈13 【車十ばかりぞ】 係助詞「ぞ」は「見えたる」連体形に係るが、連体中止で、読点で下文に続き、その主格となる。
1.2.3 注釈14 【思し出でらる】 主語は源氏。「思す」という敬語表現による。

第三段 逢坂の関での再会

1.3.1 注釈15 【九月晦日なれば、紅葉の色々こきまぜ、霜枯れの草むらむらをかしう見えわたるに、関屋より、さとくづれ出でたる旅姿どもの】 大島本は「くつれいてたる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「はづれ出でたる」と校訂する。晩秋九月の晦、山道に紅葉、霜枯れの草々、源氏一行の人々の動きを活写。
1.3.1 注釈16 【今、右衛門佐】 大島本は「いま右衛門のすけ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「今は衛門佐」と「は」を補訂し「右」を削除する。従五位上相当官。
1.3.2 注釈17 【今日の御関迎へは、え思ひ捨てたまはじ】 源氏の詞。「御関迎へ」は自分を逢坂関で出迎えることをいう。「思ひ捨てたまはじ」の主語は空蝉。冗談を交えた物の言い方。『完訳』は「私の逢坂の関での出迎えを空蝉は無視なさるまい、の意。偶然の再会を、「関迎へ」と言いなした」と注す。
1.3.3 注釈18 【のたまふ】 『集成』は下文の「御心のうち」に続ける。『完訳』は句点で文を切る。
1.3.4 注釈19 【行くと来とせき止めがたき涙をや--絶えぬ清水と人は見るらむ】 空蝉の独詠歌。「塞き止め難き」に「(逢坂の)関」を掛ける。「清水」は歌枕「関の清水」。『完訳』は「源氏にも理解されない孤心を形象」と注す。
1.3.5 注釈20 【え知りたまはじかし】 空蝉の心中。「知りたまはじ」の主語は源氏。
1.3.5 注釈21 【いとかひなし】 前に源氏に対して「おほぞうにてかひなし」とあった。「女も」「いとかひなし」という文脈。

第二章 空蝉の物語 手紙を贈る


第一段 昔の小君と紀伊守

2.1.1 注釈22 【石山より出でたまふ御迎へに右衛門佐参りてぞ】 大島本は「右衛門のすけまいりてそ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「衛門佐参れり。一日」と校訂する。源氏が石山寺参詣を終えて、そのお迎え。
2.1.1 注釈23 【まかり過ぎしかしこまり】 『新大系』は「先日(逢坂の関で、源氏のお供もせず)通り過ぎたことのお詫び」と注す。
2.1.2 注釈24 【紀伊守といひしも、今は河内守に】 紀伊国は上国、河内国は大国。
2.1.2 注釈25 【などてすこしも】 以下「つかひけむ」まで、人々の心中。世におもねったことを誤悔。

第二段 空蝉へ手紙を贈る

2.2.1 注釈26 【御消息あり】 源氏から空蝉への手紙。
2.2.1 注釈27 【今は】 以下「おはする」まで、右衛門佐の心中。源氏の空蝉を思い続ける変わらぬ愛情に感心する。
2.2.2 注釈28 【一日は】 大島本は「つる(へる&つる、=一日イ<朱>)は」とある。すなわち初め「つ」とあったのを「へ」となぞり書き訂正し、その右傍らに朱筆で「一日イ」と傍記する。『新大系』『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「一日は」と校訂する。以下「めざましかりしかな」まで、源氏の空蝉への手紙文。
2.2.3 注釈29 【わくらばに行き逢ふ道を頼みしも--なほかひなしや潮ならぬ海】 源氏から空蝉への贈歌。「逢ふ道」に「近江路」、「効」に「貝」を掛ける。「潮ならぬ海」だから「海布松(見る目)」が生えてなく、「貝(効)」がない、という。『集成』は「潮満たぬ海と聞けばや世とともにみるめなくして年の経ぬらむ」(後撰集恋一、五二六、貫之)を指摘。
2.2.4 注釈30 【関守の】 「逢坂の関」の縁語で「関守」という。恋路を妨げる空蝉の夫常陸介という気持ち。
2.2.6 注釈31 【年ごろの】 以下「いとど憎まれむや」まで、源氏の詞。右衛門佐に手紙を託す折の詞。
2.2.8 注釈32 【なほ、聞こえたまへ】 以下「罪ゆるされぬべし」まで、右衛門佐の空蝉への詞。
2.2.8 注釈33 【女にては、負けきこえたまへらむに、罪ゆるされぬべし】 『完訳』は「女の身としては、相手の説得に負けて応答したところで誰の避難も受けまい。「罪」は夫以外の男に通じる罪。それを楽観的に言う。不義の仲を取り持とうとするのは、権勢家への追従心によろう」と注す。右衛門佐の成長が感じられる。
2.2.9 注釈34 【めづらしきにや、え忍ばれざりけむ】 「にや」連語(断定の助動詞「に」係助詞「や」)、「けむ」過去推量の助動詞。語り手の感情移入を伴った登場人物の心中を推測した表現。
2.2.10 注釈35 【逢坂の関やいかなる関なれば--しげき嘆きの仲を分くらむ】 空蝉の返歌。歌中の「近江路」「潮ならぬ海」は用いず、歌に添えた「関守」の語句を受けて、「逢坂の関」に「(人に)逢ふ」の意を掛け、また「嘆き」に「(投げ)木」を響かす。「仲を分くらむ」と、源氏の意を迎えた歌を返す。
2.2.11 注釈36 【夢のやうになむ】 歌に添えた詞。

第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家


第一段 夫常陸介死去

3.1.1 注釈37 【かかるほどに、この常陸守】 常陸国は親王が大守となり遥任なので、介が実質上の守となるので、「常陸守」と呼称された。
3.1.2 注釈38 【よろづのこと、ただこの御心に】 以下「仕うまつれ」まで、常陸介の遺言。万事空蝉の心に従って、自分の生前と同様に仕えなさい、という主旨。
3.1.4 注釈39 【心憂き宿世ありて】 以下「惑ふべきにかあらむ」まで、空蝉の心中。地の文から心中文に自然と流れていく形で、その始まりは判然としない。
3.1.4 注釈40 【思ひ嘆きたまふを見るに】 「思い嘆く」空蝉には敬語がつき、「見る」常陸介にはつかない。
3.1.5 注釈41 【命の限り】 以下「心も知らぬを」まで、常陸介の心中。
3.1.5 注釈42 【わが子どもの心も知らぬを】 『集成』は「わが子とはいえ気心も知れないのに」と訳す。「を」間投助詞、詠嘆の意。

第二段 空蝉、出家す

3.2.1 注釈43 【うはべこそあれ】 「こそ」係助詞、「あれ」已然形、逆接用法で下文に続く。
3.2.1 注釈44 【世の道理なれば】 『完訳』は「継子が継母を疎略にすることをいう」と注す。
3.2.1 注釈45 【昔より好き心ありて】 前に「紀伊守、好き心に、この継母のありさまを、あたらしきものに思ひて」(「帚木」巻)とあった。
3.2.4 注釈46 【憂き宿世ある身にて】 以下「聞き添ふるかな」まで、空蝉の心中。
3.2.6 注釈47 【おのれを】 以下「過ぐしたまふべき」まで、河内守の心中また詞。
3.2.7 注釈48 【あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる】 『集成』は「つまらぬおせっかいだ、などと人は申しているようです。世間の評判を伝える語り手の言葉。草子地」。『完訳』は「現身を不憫がる河内守への、世人の批評」と注す。
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