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<TITLE>野分(大島本)</TITLE> <TITLE>野分(大島本)</TITLE>
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First updated 9/20/1996(ver.1-1)<BR> First updated 9/20/1996(ver.1-1)<BR>
Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR> Last updated 9/21/2010(ver.2-3)<BR>
渋谷栄一校訂(C)<BR> 渋谷栄一校訂(C)<BR>
<P> <P>
  <H3>野分</H3>   <H3>野分</H3>
<P> <P>
光る源氏の太政大臣時代三十六歳の秋野分の物語<BR> 光る源氏の太政大臣時代三十六歳の秋野分の物語<BR>
<P> <P>
 [主要登場人物]<BR>  [主要登場人物]<BR>
<DL> <DL>
<DT> 光る源氏<ひかるげんじ><BR> <DT> 光る源氏<ひかるげんじ><BR>
<DD>呼称---大臣・殿、三十六歳<BR> <DD>呼称---大臣・殿、三十六歳<BR>
<DT> 夕霧<ゆうぎり><BR> <DT> 夕霧<ゆうぎり><BR>
<DD>呼称---中将の君・中将・朝臣・君、光る源氏の長男<BR> <DD>呼称---中将の君・中将・朝臣・君、光る源氏の長男<BR>
<DT> 玉鬘<たまかづら><BR> <DT> 玉鬘<たまかづら><BR>
<DD>呼称---西の対・女君・女、内大臣の娘<BR> <DD>呼称---西の対・女君・女、内大臣の娘<BR>
<DT> 内大臣<ないだいじん> <DT> 内大臣<ないだいじん>
<DD>呼称---父の大臣・内の大殿<BR> <DD>呼称---父の大臣・内の大殿<BR>
<DT> 雲井雁<くもいのかり><BR> <DT> 雲井雁<くもいのかり><BR>
<DD>呼称---姫君<BR> <DD>呼称---姫君<BR>
<DT> 秋好中宮<あきこのむちゅうぐう><BR> <DT> 秋好中宮<あきこのむちゅうぐう><BR>
<DD>呼称---中宮・宮<BR> <DD>呼称---中宮・宮<BR>
<DT> 紫の上<むらさきのうえ><BR> <DT> 紫の上<むらさきのうえ><BR>
<DD>呼称---南の上・女君・女<BR> <DD>呼称---南の上・女君・女<BR>
<DT> 花散里<はなちるさと><BR> <DT> 花散里<はなちるさと><BR>
<DD>呼称---東の御方・東の町<BR> <DD>呼称---東の御方・東の町<BR>
<DT> 明石御方<あかしのおおんかた><BR> <DT> 明石御方<あかしのおおんかた><BR>
<DD>呼称---明石の御方・北の御殿<BR> <DD>呼称---明石の御方・北の御殿<BR>
<DT> 明石姫君<あかしのひめぎみ><BR> <DT> 明石姫君<あかしのひめぎみ><BR>
<DD>呼称---姫君<BR> <DD>呼称---姫君<BR>
<DT> 大宮<おおみや><BR> <DT> 大宮<おおみや><BR>
<DD>呼称---祖母宮・宮<BR> <DD>呼称---祖母宮・宮<BR>
</DL> </DL>
<P> <P>
第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語<BR> 第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語<BR>
<OL> <OL>
<LI>八月野分の襲来---<A HREF="#in11">中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること</A> <LI>八月野分の襲来---<A HREF="#in11">中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること</A>
<LI>夕霧、紫の上を垣間見る---<A HREF="#in12">南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも</A> <LI>夕霧、紫の上を垣間見る---<A HREF="#in12">南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも</A>
<LI>夕霧、三条宮邸へ赴く---<A HREF="#in13">人びと参りて、「いといかめしう吹きぬべき風にはべり</A> <LI>夕霧、三条宮邸へ赴く---<A HREF="#in13">人びと参りて、「いといかめしう吹きぬべき風にはべり</A>
<LI>夕霧、暁方に六条院へ戻る---<A HREF="#in14">暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ</A> <LI>夕霧、暁方に六条院へ戻る---<A HREF="#in14">暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ</A>
<LI>源氏、夕霧と語る---<A HREF="#in15">御格子を御手づから引き上げたまへば</A> <LI>源氏、夕霧と語る---<A HREF="#in15">御格子を御手づから引き上げたまへば</A>
<LI>夕霧、中宮を見舞う---<A HREF="#in16">中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ</A> <LI>夕霧、中宮を見舞う---<A HREF="#in16">中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ</A>
</OL> </OL>
第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語<BR> 第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語<BR>
<OL> <OL>
<LI>源氏、中宮を見舞う---<A HREF="#in21">南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜</A> <LI>源氏、中宮を見舞う---<A HREF="#in21">南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜</A>
<LI>源氏、明石御方を見舞う---<A HREF="#in22">こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を</A> <LI>源氏、明石御方を見舞う---<A HREF="#in22">こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を</A>
<LI>源氏、玉鬘を見舞う---<A HREF="#in23">西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける</A> <LI>源氏、玉鬘を見舞う---<A HREF="#in23">西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける</A>
<LI>夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る---<A HREF="#in24">中将、いとこまやかに聞こえたまふを</A> <LI>夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る---<A HREF="#in24">中将、いとこまやかに聞こえたまふを</A>
<LI>源氏、花散里を見舞う---<A HREF="#in25">東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ</A> <LI>源氏、花散里を見舞う---<A HREF="#in25">東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ</A>
</OL> </OL>
第三章 夕霧の物語 幼恋の物語<BR> 第三章 夕霧の物語 幼恋の物語<BR>
<OL> <OL>
<LI>夕霧、雲井雁に手紙を書く---<A HREF="#in31">むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて</A> <LI>夕霧、雲井雁に手紙を書く---<A HREF="#in31">むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて</A>
<LI>夕霧、明石姫君を垣間見る---<A HREF="#in32">渡らせたまふとて、人々うちそよめき</A> <LI>夕霧、明石姫君を垣間見る---<A HREF="#in32">渡らせたまふとて、人々うちそよめき</A>
<LI>内大臣、大宮を訪う---<A HREF="#in33">祖母宮の御もとにも参りたまへれば</A> <LI>内大臣、大宮を訪う---<A HREF="#in33">祖母宮の御もとにも参りたまへれば</A>
</OL> </OL>
<P> <P>
<A HREF="#in41">【出典】</A><BR> <A HREF="#in41">【出典】</A><BR>
<A HREF="#in42">【校訂】</A><BR> <A HREF="#in42">【校訂】</A><BR>
<P> <P>
 <H4>第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語</H4>  <H4>第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語</H4>
 <A NAME="in11">[第一段 八月野分の襲来]</A><BR>  <A NAME="in11">[第一段 八月野分の襲来]</A><BR>
<P> <P>
 中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること、常の年よりも見所多く、色種を尽くして、よしある黒木赤木の籬を結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし、姿、朝夕露の光も世の常ならず、<A HREF="#no1">玉かとかかやきて</A><A NAME="te1"></A>りわたせる野辺の色を見るに、はた、春の山も忘られて、涼しうおもしろく、心もあくがるるやうなり。<BR>  中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること、常の年よりも見所多く、色種を尽くして、よしある黒木赤木の籬を結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし、姿、朝夕露の光も世の常ならず、<A HREF="#no1">玉かとかかやきて</A><A NAME="te1"></A>りわたせる野辺の色を見るに、はた、春の山も忘られて、涼しうおもしろく、心もあくがるるやうなり。<BR>
<P> <P>
 春秋の争ひに、昔より<A HREF="#no2">秋に心寄する人は数まさり</A><A NAME="te2"></A>るを、名立たる春の御前の花園に心寄せし人びと、また引きかへし<A HREF="#no3">移ろふけしき</A><A NAME="te3"></A>世のありさまに似たり。<BR>  春秋の争ひに、昔より<A HREF="#no2">秋に心寄する人は数まさり</A><A NAME="te2"></A>るを、名立たる春の御前の花園に心寄せし人びと、また引きかへし<A HREF="#no3">移ろふけしき</A><A NAME="te3"></A>世のありさまに似たり。<BR>
<P> <P>
 これを御覧じつきて、里居したまふほど、御遊びなどもあらまほしけれど、八月は故前坊の御忌月なれば、心もとなく思しつつ明け暮るるに、この花の色まさるけしきどもを御覧ずるに、野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。<BR>  これを御覧じつきて、里居したまふほど、御遊びなどもあらまほしけれど、八月は故前坊の御忌月なれば、心もとなく思しつつ明け暮るるに、この花の色まさるけしきどもを御覧ずるに、野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。<BR>
<P> <P>
 花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思ひ騒がるるを、まして、草むらの露の玉の緒乱るるままに、御心惑ひもしぬべく思したり。<A HREF="#no4">おほふばかりの袖</A><A NAME="te4"></A>、秋の空にしもこそ欲しげなりけれ。暮れゆくままに、ものも見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上を思し嘆く。<BR>  花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思ひ騒がるるを、まして、草むらの露の玉の緒乱るるままに、御心惑ひもしぬべく思したり。<A HREF="#no4">おほふばかりの袖</A><A NAME="te4"></A>、秋の空にしもこそ欲しげなりけれ。暮れゆくままに、ものも見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上を思し嘆く。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in12">[第二段 夕霧、紫の上を垣間見る]</A><BR>  <A NAME="in12">[第二段 夕霧、紫の上を垣間見る]</A><BR>
<P> <P>
 南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも、かく吹き出でて、<A HREF="#no5">もとあらの小萩</A><A NAME="te5"></A>はしたなく待ちえたる風のけしきなり。折れ返り、露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見たまふ。<BR>  南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも、かく吹き出でて、<A HREF="#no5">もとあらの小萩</A><A NAME="te5"></A>はしたなく待ちえたる風のけしきなり。折れ返り、露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見たまふ。<BR>
<P> <P>
 大臣は、姫君の御方におはしますほどに、中将の君参りたまひて、東の渡殿の小障子の上より、妻戸の開きたる隙を、何心もなく見入れたまへるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る。<BR>  大臣は、姫君の御方におはしますほどに、中将の君参りたまひて、東の渡殿の小障子の上より、妻戸の開きたる隙を、何心もなく見入れたまへるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る。<BR>
<P> <P>
 御屏風も、風のいたく吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。<BR>  御屏風も、風のいたく吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。<BR>
<P> <P>
 御簾の吹き上げらるるを、人びと押へて、いかにしたるにかあらむ、うち笑ひたまへる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見捨てて入りたまはず。御前なる人びとも、さまざまにものきよげなる姿どもは見わたさるれど、目移るべくもあらず。<BR>  御簾の吹き上げらるるを、人びと押へて、いかにしたるにかあらむ、うち笑ひたまへる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見捨てて入りたまはず。御前なる人びとも、さまざまにものきよげなる姿どもは見わたさるれど、目移るべくもあらず。<BR>
<P> <P>
 「大臣のいと気遠くはるかにもてなしたまへるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御ありさまを、いたり深き御心にて、もし、かかることもやと思すなりけり」<BR>  「大臣のいと気遠くはるかにもてなしたまへるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御ありさまを、いたり深き御心にて、もし、かかることもやと思すなりけり」<BR>
 と思ふに、けはひ恐ろしうて、立ち去るにぞ、西の御方より、内の御障子引き開けて渡りたまふ。<BR>  と思ふに、けはひ恐ろしうて、立ち去るにぞ、西の御方より、内の御障子引き開けて渡りたまふ。<BR>
<P> <P>
 「いとうたて、あわたたしき風なめり。御格子下ろしてよ。男どもあるらむを、あらはにもこそあれ」<BR>  「いとうたて、あわたたしき風なめり。御格子下ろしてよ。男どもあるらむを、あらはにもこそあれ」<BR>
<P> <P>
 と聞こえたまふを、また寄りて見れば、もの聞こえて、大臣もほほ笑みて見たてまつりたまふ。親ともおぼえず、若くきよげになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。<BR>  と聞こえたまふを、また寄りて見れば、もの聞こえて、大臣もほほ笑みて見たてまつりたまふ。親ともおぼえず、若くきよげになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。<BR>
<P> <P>
 女もねびととのひ、飽かぬことなき御さまどもなるを、身にしむばかりおぼゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。今参れるやうにうち声づくりて、簀子の方に歩み出でたまへれば、<BR>  女もねびととのひ、飽かぬことなき御さまどもなるを、身にしむばかりおぼゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。今参れるやうにうち声づくりて、簀子の方に歩み出でたまへれば、<BR>
<P> <P>
 「さればよ。あらはなりつらむ」<BR>  「さればよ。あらはなりつらむ」<BR>
 とて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と、今ぞ見咎めたまふ。<BR>  とて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と、今ぞ見咎めたまふ。<BR>
<P> <P>
 「年ごろかかることのつゆなかりつるを。風こそ、げに巌も吹き上げつべきものなりけれ。さばかりの御心どもを騒がして。めづらしくうれしき目を見つるかな」とおぼゆ<BR>  「年ごろかかることのつゆなかりつるを。風こそ、げに巌も吹き上げつべきものなりけれ。さばかりの御心どもを騒がして。めづらしくうれしき目を見つるかな」とおぼゆ<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in13">[第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く]</A><BR>  <A NAME="in13">[第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く]</A><BR>
<P> <P>
 人びと参りて、<BR>  人びと参りて、<BR>
<P> <P>
 「いといかめしう吹きぬべき風にはべり。艮の方より吹きはべれば、この御前はのどけきなり。馬場の御殿、南の釣殿などは、危ふげになむ」<BR>  「いといかめしう吹きぬべき風にはべり。艮の方より吹きはべれば、この御前はのどけきなり。馬場の御殿、南の釣殿などは、危ふげになむ」<BR>
<P> <P>
 とて、とかくこと行なひののしる。<BR>  とて、とかくこと行なひののしる。<BR>
<P> <P>
 「中将は、いづこよりものしつるぞ」<BR>  「中将は、いづこよりものしつるぞ」<BR>
<P> <P>
 「三条の宮にはべりつるを、『風いたく吹きぬべし』と、人びとの申しつれば、おぼつかなさに参りはべりつる。かしこには、まして心細く、風の音をも、今はかへりて、若き子のやうに懼ぢたまふめれば。心苦しさに、まかではべりなむ」<BR>  「三条の宮にはべりつるを、『風いたく吹きぬべし』と、人びとの申しつれば、おぼつかなさに参りはべりつる。かしこには、まして心細く、風の音をも、今はかへりて、若き子のやうに懼ぢたまふめれば。心苦しさに、まかではべりなむ」<BR>
<P> <P>
 と申したまへば、<BR>  と申したまへば、<BR>
<P> <P>
 「げに、はや、まうでたまひね。老いもていきて、また若うなること、世にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」<BR>  「げに、はや、まうでたまひね。老いもていきて、また若うなること、世にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」<BR>
<P> <P>
 など、あはれがりきこえたまひて、<BR>  など、あはれがりきこえたまひて、<BR>
<P> <P>
 「かく騒がしげにはべめるを、この朝臣さぶらへばと、思ひたまへ譲りてなむ」<BR>  「かく騒がしげにはべめるを、この朝臣さぶらへばと、思ひたまへ譲りてなむ」<BR>
<P> <P>
 と、御消息聞こえたまふ。<BR>  と、御消息聞こえたまふ。<BR>
<P> <P>
 道すがらいりもみする風なれど、うるはしくものしたまふ君にて、三条宮と六条院とに参りて、御覧ぜられたまはぬ日なし。内裏の御物忌などに、えさらず籠もりたまふべき日より外は、いそがしき公事、節会などの、暇いるべく、ことしげきにあはせても、まづこの院に参り、宮よりぞ出でたまひければ、まして今日、かかる空のけしきにより、風のさきにあくがれありきたまふもあはれに見ゆ。<BR>  道すがらいりもみする風なれど、うるはしくものしたまふ君にて、三条宮と六条院とに参りて、御覧ぜられたまはぬ日なし。内裏の御物忌などに、えさらず籠もりたまふべき日より外は、いそがしき公事、節会などの、暇いるべく、ことしげきにあはせても、まづこの院に参り、宮よりぞ出でたまひければ、まして今日、かかる空のけしきにより、風のさきにあくがれありきたまふもあはれに見ゆ。<BR>
<P> <P>
 宮、いとうれしう、頼もしと待ち受けたまひて、<BR>  宮、いとうれしう、頼もしと待ち受けたまひて、<BR>
<P> <P>
 「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」<BR>  「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」<BR>
<P> <P>
 と、ただわななきにわななきたまふ。<BR>  と、ただわななきにわななきたまふ。<BR>
<P> <P>
 「大きなる木の枝などの折るる音も、いとうたてあり。御殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、かくてものしたまへること」<BR>  「大きなる木の枝などの折るる音も、いとうたてあり。御殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、かくてものしたまへること」<BR>
<P> <P>
 と、かつはのたまふ。そこら所狭かりし御勢ひのしづまりて、この君を頼もし人に思したる、常なき世なり。今もおほかたのおぼえの薄らぎたまふことはなけれど、内の大殿の御けはひは、なかなかすこし疎くぞありける。<BR>  と、かつはのたまふ。そこら所狭かりし御勢ひのしづまりて、この君を頼もし人に思したる、常なき世なり。今もおほかたのおぼえの薄らぎたまふことはなけれど、内の大殿の御けはひは、なかなかすこし疎くぞありける。<BR>
<P> <P>
 中将、夜もすがら荒き風の音にも、すずろにものあはれなり。心にかけて恋しと思ふ人の御ことは、さしおかれて、ありつる御面影の忘られぬを、<BR>  中将、夜もすがら荒き風の音にも、すずろにものあはれなり。心にかけて恋しと思ふ人の御ことは、さしおかれて、ありつる御面影の忘られぬを、<BR>
<P> <P>
 「こは、いかにおぼゆる心ぞ。あるまじき思ひもこそ添へ。いと恐ろしきこと」<BR>  「こは、いかにおぼゆる心ぞ。あるまじき思ひもこそ添へ。いと恐ろしきこと」<BR>
 と、みづから思ひ紛らはし、異事に思ひ移れど、なほ、ふとおぼえつつ、<BR>  と、みづから思ひ紛らはし、異事に思ひ移れど、なほ、ふとおぼえつつ、<BR>
 「来し方行く末、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲らひに、いかで東の御方、さるものの数にて立ち並びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」<BR>  「来し方行く末、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲らひに、いかで東の御方、さるものの数にて立ち並びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」<BR>
 とおぼゆ。大臣の御心ばへを、ありがたしと思ひ知りたまふ。<BR>  とおぼゆ。大臣の御心ばへを、ありがたしと思ひ知りたまふ。<BR>
<P> <P>
 人柄のいとまめやかなれば、似げなさを思ひ寄らねど、「さやうならむ人をこそ、同じくは、見て明かし暮らさめ。限りあらむ命のほども、今すこしはかならず延びなむかし」と思ひ続けらる。<BR>  人柄のいとまめやかなれば、似げなさを思ひ寄らねど、「さやうならむ人をこそ、同じくは、見て明かし暮らさめ。限りあらむ命のほども、今すこしはかならず延びなむかし」と思ひ続けらる。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in14">[第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る]</A><BR>  <A NAME="in14">[第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る]</A><BR>
<P> <P>
 暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ。<BR>  暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ。<BR>
<P> <P>
 「六条院には、離れたる屋ども倒れたり」<BR>  「六条院には、離れたる屋ども倒れたり」<BR>
<P> <P>
 など人びと申す。<BR>  など人びと申す。<BR>
<P> <P>
 「風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人びと、おはします御殿のあたりにこそしげけれ、東の町などは、人少なに思されつらむ」<BR>  「風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人びと、おはします御殿のあたりにこそしげけれ、東の町などは、人少なに思されつらむ」<BR>
 とおどろきたまひて、まだほのぼのとするに参りたまふ。<BR>  とおどろきたまひて、まだほのぼのとするに参りたまふ。<BR>
<P> <P>
 道のほど、横さま雨いと冷やかに吹き入る。空のけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地して、<BR>  道のほど、横さま雨いと冷やかに吹き入る。空のけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地して、<BR>
<P> <P>
 「何ごとぞや。またわが心に思ひ加はれるよ」と思ひ出づれば、「いと似げなきことなりけり。あな、もの狂ほし」<BR>  「何ごとぞや。またわが心に思ひ加はれるよ」と思ひ出づれば、「いと似げなきことなりけり。あな、もの狂ほし」<BR>
 と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に、まづまうでたまへれば、懼ぢ極じておはしけるに、とかく聞こえ慰めて、人召して、所々つくろはすべきよしなど言ひおきて、南の御殿に参りたまへれば、まだ御格子も参らず。<BR>  と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に、まづまうでたまへれば、懼ぢ極じておはしけるに、とかく聞こえ慰めて、人召して、所々つくろはすべきよしなど言ひおきて、南の御殿に参りたまへれば、まだ御格子も参らず。<BR>
<P> <P>
 おはしますに当れる高欄に押しかかりて、見わたせば、山の木どもも吹きなびかして、枝ども多く折れ伏したり。草むらはさらにもいはず、桧皮、瓦、所々の立蔀、透垣などやうのもの乱りがはし。<BR>  おはしますに当れる高欄に押しかかりて、見わたせば、山の木どもも吹きなびかして、枝ども多く折れ伏したり。草むらはさらにもいはず、桧皮、瓦、所々の立蔀、透垣などやうのもの乱りがはし。<BR>
<P> <P>
 日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧りわたれるに、そこはかとなく涙の落つるを、おし拭ひ隠して、うちしはぶきたまへれば、<BR>  日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧りわたれるに、そこはかとなく涙の落つるを、おし拭ひ隠して、うちしはぶきたまへれば、<BR>
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 「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」<BR>  「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」<BR>
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 とて、起きたまふなり。何ごとにかあらむ、聞こえたまふ声はせで、大臣うち笑ひたまひて、<BR>  とて、起きたまふなり。何ごとにかあらむ、聞こえたまふ声はせで、大臣うち笑ひたまひて、<BR>
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 「いにしへだに知らせたてまつらずなりにし、暁の別れよ。今ならひたまはむに、心苦しからむ」<BR>  「いにしへだに知らせたてまつらずなりにし、暁の別れよ。今ならひたまはむに、心苦しからむ」<BR>
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 とて、とばかり語らひきこえたまふけはひども、いとをかし。女の御いらへは聞こえねど、ほのぼの、かやうに聞こえ戯れたまふ言の葉の趣きに、「ゆるびなき御仲らひかな」と、聞きゐたまへり。<BR>  とて、とばかり語らひきこえたまふけはひども、いとをかし。女の御いらへは聞こえねど、ほのぼの、かやうに聞こえ戯れたまふ言の葉の趣きに、「ゆるびなき御仲らひかな」と、聞きゐたまへり。<BR>
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 <A NAME="in15">[第五段 源氏、夕霧と語る]</A><BR>  <A NAME="in15">[第五段 源氏、夕霧と語る]</A><BR>
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 御格子を御手づから引き上げたまへば、気近きかたはらいたさに、立ち退きてさぶらひたまふ。<BR>  御格子を御手づから引き上げたまへば、気近きかたはらいたさに、立ち退きてさぶらひたまふ。<BR>
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 「いかにぞ。昨夜、宮は待ちよろこびたまひきや」<BR>  「いかにぞ。昨夜、宮は待ちよろこびたまひきや」<BR>
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 「しか。はかなきことにつけても、涙もろにものしたまへば、いと不便にこそはべれ<BR>  「しか。はかなきことにつけても、涙もろにものしたまへば、いと不便にこそはべれ<BR>
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 と申したまへば、笑ひたまひて、<BR>  と申したまへば、笑ひたまひて、<BR>
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 「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見えたてまつれ。内大臣は、こまかにしもあるまじうこそ、愁へたまひしか。人柄あやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしきさまをば立てて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深きところはなき人になむ、ものせられける。さるは、心の隈多く、いとかしこき人の、末の世にあまるまで、才類ひなく、うるさながら。人として、かく難なきことはかたかりける」<BR>  「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見えたてまつれ。内大臣は、こまかにしもあるまじうこそ、愁へたまひしか。人柄あやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしきさまをば立てて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深きところはなき人になむ、ものせられける。さるは、心の隈多く、いとかしこき人の、末の世にあまるまで、才類ひなく、うるさながら。人として、かく難なきことはかたかりける」<BR>
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 などのたまふ。<BR>  などのたまふ。<BR>
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 「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮に、はかばかしき宮司などさぶらひつらむや」<BR>  「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮に、はかばかしき宮司などさぶらひつらむや」<BR>
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 とて、この君して、御消息聞こえたまふ。<BR>  とて、この君して、御消息聞こえたまふ。<BR>
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 「夜の風の音は、いかが聞こし召しつらむ。吹き乱りはべりしに、おこりあひはべりて、いと堪へがたき、ためらひはべるほどになむ」<BR>  「夜の風の音は、いかが聞こし召しつらむ。吹き乱りはべりしに、おこりあひはべりて、いと堪へがたき、ためらひはべるほどになむ」<BR>
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 と聞こえたまふ。<BR>  と聞こえたまふ。<BR>
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 <A NAME="in16">[第六段 夕霧、中宮を見舞う]</A><BR>  <A NAME="in16">[第六段 夕霧、中宮を見舞う]</A><BR>
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 中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ。朝ぼらけの容貌、いとめでたくをかしげなり。東の対の南の側に立ちて、御前の方を見やりたまへば、御格子、まだ二間ばかり上げて、ほのかなる朝ぼらけのほどに、御簾巻き上げて人びとゐたり。<BR>  中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ。朝ぼらけの容貌、いとめでたくをかしげなり。東の対の南の側に立ちて、御前の方を見やりたまへば、御格子、まだ二間ばかり上げて、ほのかなる朝ぼらけのほどに、御簾巻き上げて人びとゐたり。<BR>
<P> <P>
 高欄に押しかかりつつ、若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぼののほど、色々なる姿は、いづれともなくをかし。<BR>  高欄に押しかかりつつ、若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぼののほど、色々なる姿は、いづれともなくをかし。<BR>
<P> <P>
 童女下ろさせたまひて、虫の籠どもに露飼はせたまふなりけり。紫苑、撫子、濃き薄き衵どもに、女郎花の汗衫などやうの、時にあひたるさまにて、四、五人連れて、ここかしこの草むらに寄りて、色々の籠どもを持てさまよひ、撫子などの、いとあはれげなる枝ども取り持て参る、霧のまよひは、いと艶にぞ見えける。<BR>  童女下ろさせたまひて、虫の籠どもに露飼はせたまふなりけり。紫苑、撫子、濃き薄き衵どもに、女郎花の汗衫などやうの、時にあひたるさまにて、四、五人連れて、ここかしこの草むらに寄りて、色々の籠どもを持てさまよひ、撫子などの、いとあはれげなる枝ども取り持て参る、霧のまよひは、いと艶にぞ見えける。<BR>
<P> <P>
 吹き来る追風は、紫苑ことごとに匂ふ空も、香のかをりも、触ればひたまへる御けはひにやと、いと思ひやりめでたく、心懸想せられて、立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて、歩み出でたまへるに、人びと、けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ。<BR>  吹き来る追風は、紫苑ことごとに匂ふ空も、香のかをりも、触ればひたまへる御けはひにやと、いと思ひやりめでたく、心懸想せられて、立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて、歩み出でたまへるに、人びと、けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ。<BR>
<P> <P>
 御参りのほどなど、童なりしに、入り立ち馴れたまへる、女房なども、いとけうとくはあらず。御消息啓せさせたまひて、宰相の君、内侍など、けはひすれば、私事も忍びやかに語らひたまふ。これはた、さいへど、気高く住みたるけはひありさまを見るにも、さまざまにもの思ひ出でらる。<BR>  御参りのほどなど、童なりしに、入り立ち馴れたまへる、女房なども、いとけうとくはあらず。御消息啓せさせたまひて、宰相の君、内侍など、けはひすれば、私事も忍びやかに語らひたまふ。これはた、さいへど、気高く住みたるけはひありさまを見るにも、さまざまにもの思ひ出でらる。<BR>
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 <H4>第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語</H4>  <H4>第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語</H4>
 <A NAME="in21">[第一段 源氏、中宮を見舞う]</A><BR>  <A NAME="in21">[第一段 源氏、中宮を見舞う]</A><BR>
<P> <P>
 南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜、見捨てがたかりし花どもの、行方も知らぬやうにてしをれ伏したるを見たまひけり。中将、御階にゐたまひて、御返り聞こえたまふ。<BR>  南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜、見捨てがたかりし花どもの、行方も知らぬやうにてしをれ伏したるを見たまひけり。中将、御階にゐたまひて、御返り聞こえたまふ。<BR>
<P> <P>
 「荒き風をも防がせたまふべくやと、若々しく心細くおぼえはべるを、今なむ慰みはべりぬる」<BR>  「荒き風をも防がせたまふべくやと、若々しく心細くおぼえはべるを、今なむ慰みはべりぬる」<BR>
<P> <P>
 と聞こえたまへれば、<BR>  と聞こえたまへれば、<BR>
<P> <P>
 「あやしくあえかにおはする宮なり。女どちは、もの恐ろしく思しぬべかりつる夜のさまなれば、げに、<A HREF="#k01">おろかなりとも思い</A><A NAME="t01"></A>らむ」<BR>  「あやしくあえかにおはする宮なり。女どちは、もの恐ろしく思しぬべかりつる夜のさまなれば、げに、<A HREF="#k01">おろかなりとも思い</A><A NAME="t01"></A>らむ」<BR>
<P> <P>
 とて、やがて参りたまふ。御直衣などたてまつるとて、御簾引き上げて入りたまふに、「短き御几帳引き寄せて、はつかに見ゆる御袖口は、さにこそはあらめ」と思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、他ざまに見やりつ。<BR>  とて、やがて参りたまふ。御直衣などたてまつるとて、御簾引き上げて入りたまふに、「短き御几帳引き寄せて、はつかに見ゆる御袖口は、さにこそはあらめ」と思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、他ざまに見やりつ。<BR>
<P> <P>
 殿、御鏡など見たまひて、忍びて、<BR>  殿、御鏡など見たまひて、忍びて、<BR>
<P> <P>
 「中将の朝けの姿は、きよげなりな。ただ今は、きびはなるべきほどを、かたくなしからず見ゆるも、<A HREF="#no6">心の闇</A><A NAME="te6"></A>や」<BR>  「中将の朝けの姿は、きよげなりな。ただ今は、きびはなるべきほどを、かたくなしからず見ゆるも、<A HREF="#no6">心の闇</A><A NAME="te6"></A>や」<BR>
<P> <P>
 とて、わが御顔は、古りがたくよしと見たまふべかめり。いといたう心懸想したまひて、<BR>  とて、わが御顔は、古りがたくよしと見たまふべかめり。いといたう心懸想したまひて、<BR>
<P> <P>
 「宮に見えたてまつるは、恥づかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、見えたまはぬ人の、奥ゆかしく心づかひせられたまふぞかし。いとおほどかに女しきものから、けしきづきてぞおはするや」<BR>  「宮に見えたてまつるは、恥づかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、見えたまはぬ人の、奥ゆかしく心づかひせられたまふぞかし。いとおほどかに女しきものから、けしきづきてぞおはするや」<BR>
<P> <P>
 とて、出でたまふに、中将ながめ入りて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾き人の御目にはいかが見たまひけむ、立ちかへり、女君に、<BR>  とて、出でたまふに、中将ながめ入りて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾き人の御目にはいかが見たまひけむ、立ちかへり、女君に、<BR>
<P> <P>
 「昨日、風の紛れに、中将は見たてまつりやしてけむ。かの戸の開きたりしによ」<BR>  「昨日、風の紛れに、中将は見たてまつりやしてけむ。かの戸の開きたりしによ」<BR>
<P> <P>
 とのたまへば、面うち赤みて、<BR>  とのたまへば、面うち赤みて、<BR>
<P> <P>
 「いかでか、さはあらむ。渡殿の方には、人の音もせざりしものを」<BR>  「いかでか、さはあらむ。渡殿の方には、人の音もせざりしものを」<BR>
<P> <P>
 と聞こえたまふ。<BR>  と聞こえたまふ。<BR>
<P> <P>
 「なほ、あやし」とひとりごちて、渡りたまひぬ。<BR>  「なほ、あやし」とひとりごちて、渡りたまひぬ。<BR>
<P> <P>
 御簾の内に入りたまひぬれば、中将、渡殿の戸口に人びとのけはひするに寄りて、ものなど言ひ戯るれど、思ふことの筋々嘆かしくて、例よりもしめりてゐたまへり。<BR>  御簾の内に入りたまひぬれば、中将、渡殿の戸口に人びとのけはひするに寄りて、ものなど言ひ戯るれど、思ふことの筋々嘆かしくて、例よりもしめりてゐたまへり。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in22">[第二段 源氏、明石御方を見舞う]</A><BR>  <A NAME="in22">[第二段 源氏、明石御方を見舞う]</A><BR>
<P> <P>
 こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を見やりたまへば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、馴れたる下仕ひどもぞ、草の中にまじりて歩く。童女など、をかしき衵姿うちとけて、心とどめ取り分き植ゑたまふ龍胆、朝顔のはひまじれる籬も、みな散り乱れたるを、とかく引き出で尋ぬるなるべし。<BR>  こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を見やりたまへば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、馴れたる下仕ひどもぞ、草の中にまじりて歩く。童女など、をかしき衵姿うちとけて、心とどめ取り分き植ゑたまふ龍胆、朝顔のはひまじれる籬も、みな散り乱れたるを、とかく引き出で尋ぬるなるべし。<BR>
<P> <P>
 もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、いといたし。端の方についゐたまひて、風の騷ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく立ち帰りたまふ、心やましげなり。<BR>  もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、いといたし。端の方についゐたまひて、風の騷ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく立ち帰りたまふ、心やましげなり。<BR>
<P> <P>
 「おほかたに荻の葉過ぐる風の音も<BR>  「おほかたに荻の葉過ぐる風の音も<BR>
  憂き身ひとつにしむ心地して」<BR>   憂き身ひとつにしむ心地して」<BR>
<P> <P>
 とひとりごちけり。<BR>  とひとりごちけり。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in23">[第三段 源氏、玉鬘を見舞う]</A><BR>  <A NAME="in23">[第三段 源氏、玉鬘を見舞う]</A><BR>
<P> <P>
 西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける、名残に、寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。<BR>  西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける、名残に、寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。<BR>
<P> <P>
 「ことことしく前駆、な追ひそ」<BR>  「ことことしく前駆、な追ひそ」<BR>
<P> <P>
 とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、日のはなやかにさし出でたるほど、<A HREF="#k02">けざけざと</A><A NAME="t02"></A>ものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋に、むつかしう聞こえ戯れたまへば、堪へずうたてと思ひて、<BR>  とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、日のはなやかにさし出でたるほど、<A HREF="#k02">けざけざと</A><A NAME="t02"></A>ものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋に、むつかしう聞こえ戯れたまへば、堪へずうたてと思ひて、<BR>
<P> <P>
 「かう心憂ければこそ、今宵の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」<BR>  「かう心憂ければこそ、今宵の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」<BR>
<P> <P>
 と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、<BR>  と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、<BR>
<P> <P>
 「風につきてあくがれたまはむや、軽々しからむ。さりとも、止まる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。ことわりや」<BR>  「風につきてあくがれたまはむや、軽々しからむ。さりとも、止まる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。ことわりや」<BR>
<P> <P>
 とのたまへば、<BR>  とのたまへば、<BR>
<P> <P>
 「げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな」<BR>  「げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな」<BR>
 と思して、みづからもうち笑みたまへる、いとをかしき色あひ、つらつきなり。酸漿などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その他は、つゆ難つくべうもあらず。<BR>  と思して、みづからもうち笑みたまへる、いとをかしき色あひ、つらつきなり。酸漿などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その他は、つゆ難つくべうもあらず。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in24">[第四段 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る]</A><BR>  <A NAME="in24">[第四段 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る]</A><BR>
<P> <P>
 中将、いとこまやかに聞こえたまふを、「いかでこの御容貌見てしがな」と思ひわたる心にて、隅の間の御簾の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをら<A HREF="#k03">引き上げて</A><A NAME="t03"></A>るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、<BR>  中将、いとこまやかに聞こえたまふを、「いかでこの御容貌見てしがな」と思ひわたる心にて、隅の間の御簾の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをら<A HREF="#k03">引き上げて</A><A NAME="t03"></A>るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、<BR>
<P> <P>
 「あやしのわざや。親子と聞こえながら、かく懐離れず、もの近かべきほどかは」<BR>  「あやしのわざや。親子と聞こえながら、かく懐離れず、もの近かべきほどかは」<BR>
<P> <P>
 と目とまりぬ。「見やつけたまはむ」と恐ろしけれど、あやしきに、心もおどろきて、なほ見れば、柱隠れにすこしそばみたまへりつるを、引き寄せたまへるに、御髪の並み寄りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、女も、いとむつかしく苦しと思うたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、寄りかかりたまへるは、<BR>  と目とまりぬ。「見やつけたまはむ」と恐ろしけれど、あやしきに、心もおどろきて、なほ見れば、柱隠れにすこしそばみたまへりつるを、引き寄せたまへるに、御髪の並み寄りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、女も、いとむつかしく苦しと思うたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、寄りかかりたまへるは、<BR>
<P> <P>
 「ことと馴れ馴れしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。思ひ寄らぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れ生ほしたてたまはぬは、かかる御思ひ添ひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、疎まし」<BR>  「ことと馴れ馴れしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。思ひ寄らぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れ生ほしたてたまはぬは、かかる御思ひ添ひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、疎まし」<BR>
<P> <P>
 と思ふ心も恥づかし。「女の<A HREF="#k04">御さま</A><A NAME="t04"></A>げに、はらからといふとも、すこし立ち退きて、異腹ぞかし」など思はむは、「などか、心あやまりもせざらむ」とおぼゆ。<BR>  と思ふ心も恥づかし。「女の<A HREF="#k04">御さま</A><A NAME="t04"></A>げに、はらからといふとも、すこし立ち退きて、異腹ぞかし」など思はむは、「などか、心あやまりもせざらむ」とおぼゆ。<BR>
<P> <P>
 昨日見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、人の御容貌のよきは、たとへむ方なきものなりけり。<BR>  昨日見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、人の御容貌のよきは、たとへむ方なきものなりけり。<BR>
<P> <P>
 御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞こえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ちたまふ。女君、<BR>  御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞こえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ちたまふ。女君、<BR>
<P> <P>
 「吹き乱る風のけしきに女郎花<BR>  「吹き乱る風のけしきに女郎花<BR>
  しをれしぬべき心地こそすれ」<BR>   しをれしぬべき心地こそすれ」<BR>
<P> <P>
 詳しくも聞こえぬに、うち誦じたまふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見果てまほしけれど、「近かりけりと見えたてまつらじ」と思ひて、立ち去りぬ。<BR>  詳しくも聞こえぬに、うち誦じたまふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見果てまほしけれど、「近かりけりと見えたてまつらじ」と思ひて、立ち去りぬ。<BR>
 御返り、<BR>  御返り、<BR>
<P> <P>
 「下露になびかましかば女郎花<BR>  「下露になびかましかば女郎花<BR>
  荒き風にはしをれざらまし<BR>   荒き風にはしをれざらまし<BR>
 なよ竹を見たまへかし」<BR>  なよ竹を見たまへかし」<BR>
<P> <P>
 など、ひが耳にやありけむ、聞きよくもあらずぞ。<BR>  など、ひが耳にやありけむ、聞きよくもあらずぞ。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in25">[第五段 源氏、花散里を見舞う]</A><BR>  <A NAME="in25">[第五段 源氏、花散里を見舞う]</A><BR>
<P> <P>
 東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに、綿引きかけてまさぐる若人どもあり。いときよらなる朽葉の羅、今様色の二なく擣ちたるなど、引き散らしたまへり。<BR>  東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに、綿引きかけてまさぐる若人どもあり。いときよらなる朽葉の羅、今様色の二なく擣ちたるなど、引き散らしたまへり。<BR>
<P> <P>
 「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴も止まりぬらむかし。かく吹き散らしてむには、何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」<BR>  「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴も止まりぬらむかし。かく吹き散らしてむには、何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」<BR>
<P> <P>
 などのたまひて、何にかあらむ、さまざまなるものの色どもの、いときよらなれば、「かやうなる方は、南の上にも劣らずかし」と思す。御直衣、花文綾を、このころ摘み出だしたる花して、はかなく染め出でたまへる、いとあらまほしき色したり。<BR>  などのたまひて、何にかあらむ、さまざまなるものの色どもの、いときよらなれば、「かやうなる方は、南の上にも劣らずかし」と思す。御直衣、花文綾を、このころ摘み出だしたる花して、はかなく染め出でたまへる、いとあらまほしき色したり。<BR>
<P> <P>
 「中将にこそ、かやうにては着せたまはめ。若き人のにてめやすかめり」<BR>  「中将にこそ、かやうにては着せたまはめ。若き人のにてめやすかめり」<BR>
<P> <P>
 などやうのことを聞こえたまひて、渡りたまひぬ。<BR>  などやうのことを聞こえたまひて、渡りたまひぬ。<BR>
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 <H4>第三章 夕霧の物語 幼恋の物語</H4>  <H4>第三章 夕霧の物語 幼恋の物語</H4>
 <A NAME="in31">[第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く]</A><BR>  <A NAME="in31">[第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く]</A><BR>
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 むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて、中将は、なま心やましう、書かまほしき文など、日たけぬるを思ひつつ、姫君の御方に参りたまへり。<BR>  むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて、中将は、なま心やましう、書かまほしき文など、日たけぬるを思ひつつ、姫君の御方に参りたまへり。<BR>
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 「まだあなたになむおはします。風に懼ぢさせたまひて、今朝はえ起き上がりたまはざりつる」<BR>  「まだあなたになむおはします。風に懼ぢさせたまひて、今朝はえ起き上がりたまはざりつる」<BR>
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 と、御乳母ぞ聞こゆる。<BR>  と、御乳母ぞ聞こゆる。<BR>
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 「もの騒がしげなりしかば、宿直も仕うまつらむと思ひたまへしを、宮の、いとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿は、いかがおはすらむ」<BR>  「もの騒がしげなりしかば、宿直も仕うまつらむと思ひたまへしを、宮の、いとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿は、いかがおはすらむ」<BR>
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 と問ひたまへば、人びと笑ひて、<BR>  と問ひたまへば、人びと笑ひて、<BR>
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 「扇の風だに参れば、いみじきことに思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱りはべりしか。この御殿あつかひに、わびにてはべり」など語る。<BR>  「扇の風だに参れば、いみじきことに思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱りはべりしか。この御殿あつかひに、わびにてはべり」など語る。<BR>
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 「ことことしからぬ紙やはべる。御局の硯」<BR>  「ことことしからぬ紙やはべる。御局の硯」<BR>
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 と乞ひたまへば、御厨子に寄りて、紙一巻、御硯の蓋に取りおろしてたてまつれば、<BR>  と乞ひたまへば、御厨子に寄りて、紙一巻、御硯の蓋に取りおろしてたてまつれば、<BR>
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 「いな、これはかたはらいたし」<BR>  「いな、これはかたはらいたし」<BR>
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 とのたまへど、北の御殿のおぼえを思ふに、すこしなのめなる心地して、文書きたまふ。<BR>  とのたまへど、北の御殿のおぼえを思ふに、すこしなのめなる心地して、文書きたまふ。<BR>
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 紫の薄様なりけり。墨、心とめておしすり、筆の先うち見つつ、こまやかに書きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく定まりて、憎き口つきこそものしたまへ。<BR>  紫の薄様なりけり。墨、心とめておしすり、筆の先うち見つつ、こまやかに書きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく定まりて、憎き口つきこそものしたまへ。<BR>
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 「風騒ぎむら雲まがふ夕べにも<BR>  「風騒ぎむら雲まがふ夕べにも<BR>
  忘るる間なく忘られぬ君」<BR>   忘るる間なく忘られぬ君」<BR>
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 吹き乱れたる<A HREF="#no7">苅萱</A><A NAME="te7"></A>つけたまへれば、人びと、<BR>  吹き乱れたる<A HREF="#no7">苅萱</A><A NAME="te7"></A>つけたまへれば、人びと、<BR>
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 「交野の少将は、紙の色にこそととのへはべりけれ」と聞こゆ。<BR>  「交野の少将は、紙の色にこそととのへはべりけれ」と聞こゆ。<BR>
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 「さばかりの色も思ひ分かざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」<BR>  「さばかりの色も思ひ分かざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」<BR>
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 など、かやうの人びとにも、言少なに見えて、心解くべくももてなさず、いとすくすくしう気高し。<BR>  など、かやうの人びとにも、言少なに見えて、心解くべくももてなさず、いとすくすくしう気高し。<BR>
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 またも書いたまうて、馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人びと、ただならずゆかしがる。<BR>  またも書いたまうて、馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人びと、ただならずゆかしがる。<BR>
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 <A NAME="in32">[第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る]</A><BR>  <A NAME="in32">[第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る]</A><BR>
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 渡らせたまふとて、人びとうちそよめき、几帳引き直しなどす。見つる花の顔どもも、思ひ比べまほしうて、例はものゆかしからぬ心地に、あながちに、妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびより<A HREF="#k05">見れば</A><A NAME="t05"></A>もののそばより、ただはひ渡りたまふほどぞ、ふとうち見えたる。<BR>  渡らせたまふとて、人びとうちそよめき、几帳引き直しなどす。見つる花の顔どもも、思ひ比べまほしうて、例はものゆかしからぬ心地に、あながちに、妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびより<A HREF="#k05">見れば</A><A NAME="t05"></A>もののそばより、ただはひ渡りたまふほどぞ、ふとうち見えたる。<BR>
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 人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、引き広げたるやうにて、いと細く<A HREF="#k06">小さき</A><A NAME="t06"></A>体、らうたげに心苦し。<BR>  人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、引き広げたるやうにて、いと細く<A HREF="#k06">小さき</A><A NAME="t06"></A>体、らうたげに心苦し。<BR>
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 「一昨年ばかりは、たまさかにもほの見たてまつりしに、またこよなく生ひまさりたまふなめりかし。まして盛りいかならむ」と思ふ。「かの見つる先々の、桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と思ひよそへらる。「かかる人びとを、心にまかせて明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、隔て隔てのけざやかなるこそつらけれ」など思ふに、まめ心も、なまあくがるる心地す。<BR>  「一昨年ばかりは、たまさかにもほの見たてまつりしに、またこよなく生ひまさりたまふなめりかし。まして盛りいかならむ」と思ふ。「かの見つる先々の、桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と思ひよそへらる。「かかる人びとを、心にまかせて明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、隔て隔てのけざやかなるこそつらけれ」など思ふに、まめ心も、なまあくがるる心地す。<BR>
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 <A NAME="in33">[第三段 内大臣、大宮を訪う]</A><BR>  <A NAME="in33">[第三段 内大臣、大宮を訪う]</A><BR>
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 祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。<BR>  祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。<BR>
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 内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ<BR>  内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ<BR>
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 「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」<BR>  「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」<BR>
<P> とて、ただ泣きに泣きたまふ。<BR> <P> とて、ただ泣きに泣きたまふ。<BR>
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 「今このごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」<BR>  「今このごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」<BR>
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 など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、<BR>  など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、<BR>
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 「いと不調なる娘まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」<BR>  「いと不調なる娘まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」<BR>
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 と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、<BR>  と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、<BR>
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 「いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」<BR>  「いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」<BR>
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 とのたまへば、<BR>  とのたまへば、<BR>
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 「それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」<BR>  「それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」<BR>
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 と、聞こえたまふとや。<BR>  と、聞こえたまふとや。<BR>
   
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 <a name="in41">【出典】<BR>  <a name="in41">【出典】<BR>
</a><A NAME="no1">出典1</A> 植ゑたてて君がしめゆふ野辺なれば玉とも見よと露や置くらむ(古今六帖一-五六二 伊勢)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR> </a><A NAME="no1">出典1</A> 植ゑたてて君がしめゆふ野辺なれば玉とも見よと露や置くらむ(古今六帖一-五六二 伊勢)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>
<A NAME="no2">出典2</A> 春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる(拾遺集雑下-五一一 読人しらず)春はただ花こそは咲け野辺ごとに錦を張れる秋はまされり(論春秋歌合-二 豊主)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR> <A NAME="no2">出典2</A> 春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる(拾遺集雑下-五一一 読人しらず)春はただ花こそは咲け野辺ごとに錦を張れる秋はまされり(論春秋歌合-二 豊主)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>
<A NAME="no3">出典3</A> 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は(拾遺集雑下-五〇九 紀貫之)色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける(古今集恋五-797 小野小町)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR> <A NAME="no3">出典3</A> 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は(拾遺集雑下-五〇九 紀貫之)色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける(古今集恋五-797 小野小町)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>
<A NAME="no4">出典4</A> 大空をおほふばかりの袖もがな春咲く花を風に任せじ(後撰集春中-六四 読人しらず)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR> <A NAME="no4">出典4</A> 大空をおほふばかりの袖もがな春咲く花を風に任せじ(後撰集春中-六四 読人しらず)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>
<A NAME="no5">出典5</A> 宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て(古今集恋四-六九四 読人しらず)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR> <A NAME="no5">出典5</A> 宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て(古今集恋四-六九四 読人しらず)<A HREF="#te5">(戻)</A><BR>
<A NAME="no6">出典6</A> 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR> <A NAME="no6">出典6</A> 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)<A HREF="#te6">(戻)</A><BR>
<A NAME="no7">出典7</A> 苅萱の穂に出でて物を言はねどもなびく草葉にあはれとぞ見し(古今六帖六-三七八七)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR> <A NAME="no7">出典7</A> 苅萱の穂に出でて物を言はねどもなびく草葉にあはれとぞ見し(古今六帖六-三七八七)<A HREF="#te7">(戻)</A><BR>
   
<p> <a name="in42">【校訂】<BR> <p> <a name="in42">【校訂】<BR>
備考--/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<> 不明--<BR> 備考--/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<> 不明--<BR>
</a><A NAME="k01">校訂1</A> おろかなりとも思い--おろかにし(にし/$なりともおほひ)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR> </a><A NAME="k01">校訂1</A> おろかなりとも思い--おろかにし(にし/$なりともおほひ)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>
<A NAME="k02">校訂2</A> けざけざと--けさ/\(/\/+<><A HREF="#t02">(戻)</A><BR> <A NAME="k02">校訂2</A> けざけざと--けさ/\(/\/+<><A HREF="#t02">(戻)</A><BR>
<A NAME="k03">校訂3</A> 引き上げて--ひま(ひま/$)ひきあけて<A HREF="#t03">(戻)</A><BR> <A NAME="k03">校訂3</A> 引き上げて--ひま(ひま/$)ひきあけて<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>
<A NAME="k04">校訂4</A> 御さま--/+御)さま<A HREF="#t04">(戻)</A><BR> <A NAME="k04">校訂4</A> 御さま--/+御)さま<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>
<A NAME="k05">校訂5</A> 見れば--みれ(れ/+<><A HREF="#t05">(戻)</A><BR> <A NAME="k05">校訂5</A> 見れば--みれ(れ/+<><A HREF="#t05">(戻)</A><BR>
<A NAME="k06">校訂6</A> 小さき--ちう(う/$い)さき<A HREF="#t06">(戻)</A><BR> <A NAME="k06">校訂6</A> 小さき--ちう(う/$い)さき<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>
</p> </p>
<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR> <p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>
<a href="roman28.html">ローマ字版 </a><BR> <a href="roman28.html">ローマ字版 </a><BR>
<a href="version28.html">現代語訳 </a><BR> <a href="version28.html">現代語訳 </a><BR>
<a href="note28.html">注釈</a><BR> <a href="note28.html">注釈</a><BR>
<a href="data28.html">大島本</a><BR> <a href="data28.html">大島本</a><BR>
<a href="okuiri28.html">自筆本奥入</a><BR> <a href="okuiri28.html">自筆本奥入</a><BR>
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