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<TITLE>紅梅(大島本)</TITLE> <TITLE>紅梅(大島本)</TITLE>
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<ADDRESS>Last updated 2/17/2002<BR> <ADDRESS>Last updated 2/17/2002<BR>
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)</ADDRESS> 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)</ADDRESS>
<P> <P>
  <H3>紅梅</H3>   <H3>紅梅</H3>
<P> <P>
匂宮と紅梅大納言家の物語<BR> 匂宮と紅梅大納言家の物語<BR>
<P> <P>
 [主要登場人物]<BR>  [主要登場人物]<BR>
<DL> <DL>
<DT> 匂宮<におうのみや> <DT> 匂宮<におうのみや>
<DD>呼称---兵部卿宮・宮・君、今上帝の第三親王<BR> <DD>呼称---兵部卿宮・宮・君、今上帝の第三親王<BR>
<DT> 紅梅大納言<こうばいのだいなごん><BR> <DT> 紅梅大納言<こうばいのだいなごん><BR>
<DD>呼称---按察使大納言・大納言・大納言殿・大納言の君、致仕大臣の二男、故柏木の弟<BR> <DD>呼称---按察使大納言・大納言・大納言殿・大納言の君、致仕大臣の二男、故柏木の弟<BR>
<DT> 大君<おおいきみ><BR> <DT> 大君<おおいきみ><BR>
<DD>呼称---麗景殿・春宮の御方、紅梅大納言の長女<BR> <DD>呼称---麗景殿・春宮の御方、紅梅大納言の長女<BR>
<DT> 中君<なかのきみ><BR> <DT> 中君<なかのきみ><BR>
<DD>呼称---西の御方、紅梅大納言の二女<BR> <DD>呼称---西の御方、紅梅大納言の二女<BR>
<DT> 真木柱<まきばしら><BR> <DT> 真木柱<まきばしら><BR>
<DD>呼称---北の方・母北の方・母上・上・君、鬚黒大将の娘、蛍兵部卿宮の北の方<BR> <DD>呼称---北の方・母北の方・母上・上・君、鬚黒大将の娘、蛍兵部卿宮の北の方<BR>
<DT> 宮の御方<みやのおおんかた><BR> <DT> 宮の御方<みやのおおんかた><BR>
<DD>呼称---東の姫君・女君・東・君、蛍宮と真木柱の娘<BR> <DD>呼称---東の姫君・女君・東・君、蛍宮と真木柱の娘<BR>
<DT> 夕霧<ゆうぎり><BR> <DT> 夕霧<ゆうぎり><BR>
<DD>呼称---右大臣・大臣、源氏の長男<BR> <DD>呼称---右大臣・大臣、源氏の長男<BR>
<DT> 明石の中宮<あかしのちゅうぐう><BR> <DT> 明石の中宮<あかしのちゅうぐう><BR>
<DD>呼称---中宮、今上帝の后<BR> <DD>呼称---中宮、今上帝の后<BR>
<DT> 今上帝<きんじょうてい><BR> <DT> 今上帝<きんじょうてい><BR>
<DD>呼称---内裏、朱雀院の御子<BR> <DD>呼称---内裏、朱雀院の御子<BR>
<DT> 東宮<とうぐう><BR> <DT> 東宮<とうぐう><BR>
<DD>呼称---春宮・宮、今上帝の第一親王<BR> <DD>呼称---春宮・宮、今上帝の第一親王<BR>
<DT> 大君<おおいきみ><BR> <DT> 大君<おおいきみ><BR>
<DD>呼称---右大殿の女御<BR> <DD>呼称---右大殿の女御<BR>
</DL> </DL>
<P> <P>
第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案<BR> 第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案<BR>
<OL> <OL>
<LI>按察使大納言家の家族---<A HREF="#in11">そのころ、按察使大納言と聞こゆるは</A> <LI>按察使大納言家の家族---<A HREF="#in11">そのころ、按察使大納言と聞こゆるは</A>
<LI>按察使大納言家の三姫君---<A HREF="#in12">君たち、同じほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば</A> <LI>按察使大納言家の三姫君---<A HREF="#in12">君たち、同じほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば</A>
<LI>宮の御方の魅力---<A HREF="#in13">殿は、つれづれなる心地して、西の御方は</A> <LI>宮の御方の魅力---<A HREF="#in13">殿は、つれづれなる心地して、西の御方は</A>
<LI>按察使大納言の音楽談義---<A HREF="#in14">「月ごろ、何となくもの騒がしきほどに、御琴の音を</A> <LI>按察使大納言の音楽談義---<A HREF="#in14">「月ごろ、何となくもの騒がしきほどに、御琴の音を</A>
</OL> </OL>
第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心<BR> 第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心<BR>
<OL> <OL>
<LI>按察使大納言、匂宮に和歌を贈る---<A HREF="#in21">若君、内裏へ参らむと、宿直姿にて参りたまへる</A> <LI>按察使大納言、匂宮に和歌を贈る---<A HREF="#in21">若君、内裏へ参らむと、宿直姿にて参りたまへる</A>
<LI>匂宮、若君と語る---<A HREF="#in22">中宮の上の御局より、御宿直所に出でたまふほどなり</A> <LI>匂宮、若君と語る---<A HREF="#in22">中宮の上の御局より、御宿直所に出でたまふほどなり</A>
<LI>匂宮、宮の御方を思う---<A HREF="#in23">「今宵は宿直なめり。やがてこなたにを</A> <LI>匂宮、宮の御方を思う---<A HREF="#in23">「今宵は宿直なめり。やがてこなたにを</A>
<LI>按察使大納言と匂宮、和歌を贈答---<A HREF="#in24">これは、昨日の御返りなれば見せたてまつる</A> <LI>按察使大納言と匂宮、和歌を贈答---<A HREF="#in24">これは、昨日の御返りなれば見せたてまつる</A>
<LI>匂宮、宮の御方に執心---<A HREF="#in25">宮の御方は、もの思し知るほどにねびまさりたまへば</A> <LI>匂宮、宮の御方に執心---<A HREF="#in25">宮の御方は、もの思し知るほどにねびまさりたまへば</A>
</OL> </OL>
<P> <P>
<A HREF="#in31">【出典】</A><BR> <A HREF="#in31">【出典】</A><BR>
<A HREF="#in32">【校訂】</A><BR> <A HREF="#in32">【校訂】</A><BR>
<P> <P>
 <H4>第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案</H4>  <H4>第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案</H4>
 <A NAME="in11">[第一段 按察使大納言家の家族]</A><BR>  <A NAME="in11">[第一段 按察使大納言家の家族]</A><BR>
 そのころ、按察使大納言と聞こゆるは、故致仕の大臣の二郎なり。亡せたまひにし右衛門督のさしつぎよ。童よりらうらうじう、はなやかなる心ばへものしたまひし人にて、なりのぼりたまふ年月に添へて、まいていと世にあるかひあり、あらまほしうもてなし、御おぼえいとやむごとなかりける。<BR>  そのころ、按察使大納言と聞こゆるは、故致仕の大臣の二郎なり。亡せたまひにし右衛門督のさしつぎよ。童よりらうらうじう、はなやかなる心ばへものしたまひし人にて、なりのぼりたまふ年月に添へて、まいていと世にあるかひあり、あらまほしうもてなし、御おぼえいとやむごとなかりける。<BR>
 北の方二人ものしたまひしを、もとよりのは亡くなりたまひて、今ものしたまふは、後の太政大臣の御女、真木柱離れがたくしたまひし君を、式部卿宮にて、故兵部卿親王にあはせたてまつりたまへりしを、親王亡せたまひてのち、忍びつつ通ひたまひしかど、年月経れば、えさしも憚りたまはぬなめり。<BR>  北の方二人ものしたまひしを、もとよりのは亡くなりたまひて、今ものしたまふは、後の太政大臣の御女、真木柱離れがたくしたまひし君を、式部卿宮にて、故兵部卿親王にあはせたてまつりたまへりしを、親王亡せたまひてのち、忍びつつ通ひたまひしかど、年月経れば、えさしも憚りたまはぬなめり。<BR>
 御子は、故北の方の御腹に、二人のみぞおはしければ、さうざうしとて、神仏に祈りて、今の御腹にぞ、男君一人まうけたまへる。故宮の御方に、女君一所おはす。隔てわかず、いづれをも同じごと、思ひきこえ交はしたまへるを、おのおの御方の人などは、うるはしうもあらぬ心ばへうちまじり、なまくねくねしきことも出で来る時々あれど、北の方、いと晴れ晴れしく今めきたる人にて、罪なく取りなし、わが御方ざまに苦しかるべきことをも、なだらかに聞きなし、思ひ直したまへば、聞きにくからでめやすかりけり。<BR>  御子は、故北の方の御腹に、二人のみぞおはしければ、さうざうしとて、神仏に祈りて、今の御腹にぞ、男君一人まうけたまへる。故宮の御方に、女君一所おはす。隔てわかず、いづれをも同じごと、思ひきこえ交はしたまへるを、おのおの御方の人などは、うるはしうもあらぬ心ばへうちまじり、なまくねくねしきことも出で来る時々あれど、北の方、いと晴れ晴れしく今めきたる人にて、罪なく取りなし、わが御方ざまに苦しかるべきことをも、なだらかに聞きなし、思ひ直したまへば、聞きにくからでめやすかりけり。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in12">[第二段 按察使大納言家の三姫君]</A><BR>  <A NAME="in12">[第二段 按察使大納言家の三姫君]</A><BR>
 君たち、同じほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば、御裳など着せたてまつりたまふ。七間の寝殿、広く大きに造りて、南面に、大納言殿、大君、西に中の君、東に宮の御方と、住ませたてまつりたまへり。<BR>  君たち、同じほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば、御裳など着せたてまつりたまふ。七間の寝殿、広く大きに造りて、南面に、大納言殿、大君、西に中の君、東に宮の御方と、住ませたてまつりたまへり。<BR>
 おほかたにうち思ふほどは、父宮のおはせぬ心苦しきやうなれど、こなたかなたの御宝物多くなどして、うちうちの儀式ありさまなど、心にくく気高くなどもてなして、けはひあらまほしくおはす。<BR>  おほかたにうち思ふほどは、父宮のおはせぬ心苦しきやうなれど、こなたかなたの御宝物多くなどして、うちうちの儀式ありさまなど、心にくく気高くなどもてなして、けはひあらまほしくおはす。<BR>
 例の、かくかしづきたまふ聞こえありて、次々に従ひつつ聞こえたまふ人多く、「内裏、春宮より御けしきあれど、内裏には中宮おはします。いかばかりの人かは、かの御けはひに並びきこえむ。さりとて、思ひ劣り卑下せむもかひなかるべし。春宮には、<A HREF="#k01">右大臣殿の女御</A><A NAME="t01"></A>並ぶ人なげにてさぶらひたまふは、きしろひにくけれど、さのみ言ひてやは。人にまさらむと思ふ女子を、宮仕へに思ひ絶えては、何の本意かはあらむ」と思したちて、参らせたてまつりたまふ。十七、八のほどにて、うつくしう、匂ひ多かる容貌したまへり。<BR>  例の、かくかしづきたまふ聞こえありて、次々に従ひつつ聞こえたまふ人多く、「内裏、春宮より御けしきあれど、内裏には中宮おはします。いかばかりの人かは、かの御けはひに並びきこえむ。さりとて、思ひ劣り卑下せむもかひなかるべし。春宮には、<A HREF="#k01">右大臣殿の女御</A><A NAME="t01"></A>並ぶ人なげにてさぶらひたまふは、きしろひにくけれど、さのみ言ひてやは。人にまさらむと思ふ女子を、宮仕へに思ひ絶えては、何の本意かはあらむ」と思したちて、参らせたてまつりたまふ。十七、八のほどにて、うつくしう、匂ひ多かる容貌したまへり。<BR>
 中の君も、うちすがひて、あて緩なまめかしう、澄みたるさまはまさりて、をかしうおはすめれば、ただ人にては、あたらしく見せま憂き御さまを、「兵部卿宮の、さも思したらば」など思したる。この若君を、内裏にてなど見つけたまふ時は、召しまとはし、戯れ敵にしたまふ。心ばへありて、奥<A HREF="#k02">推し量らるる</A><A NAME="t02"></A>み額つきなり。<BR>  中の君も、うちすがひて、あて緩なまめかしう、澄みたるさまはまさりて、をかしうおはすめれば、ただ人にては、あたらしく見せま憂き御さまを、「兵部卿宮の、さも思したらば」など思したる。この若君を、内裏にてなど見つけたまふ時は、召しまとはし、戯れ敵にしたまふ。心ばへありて、奥<A HREF="#k02">推し量らるる</A><A NAME="t02"></A>み額つきなり。<BR>
 「せうとを見てのみはえやまじと、大納言に申せよ」などのたまひかくるを、「さなむ」と聞こゆれば、うち笑みて、「いとかひあり」と思したり。<BR>  「せうとを見てのみはえやまじと、大納言に申せよ」などのたまひかくるを、「さなむ」と聞こゆれば、うち笑みて、「いとかひあり」と思したり。<BR>
 「人に劣らむ宮仕ひよりは、この宮にこそは、よろしからむ女子は見せたてまつらまほしけれ。心ゆくにまかせて、かしづきて見たてまつらむに、命延びぬべき宮の御さまなり」<BR>  「人に劣らむ宮仕ひよりは、この宮にこそは、よろしからむ女子は見せたてまつらまほしけれ。心ゆくにまかせて、かしづきて見たてまつらむに、命延びぬべき宮の御さまなり」<BR>
 とのたまひながら、まづ、春宮の御ことをいそぎたまひて、「春日の神の御ことわりも、わが世にやもし出で来て、故大臣の、院の女御の御ことを、胸いたく思してやみにし慰めのこともあらなむ」と、心のうちに祈りて、参らせたてまつりたまひつ。いと時めきたまふよし、人びと聞こゆ。<BR>  とのたまひながら、まづ、春宮の御ことをいそぎたまひて、「春日の神の御ことわりも、わが世にやもし出で来て、故大臣の、院の女御の御ことを、胸いたく思してやみにし慰めのこともあらなむ」と、心のうちに祈りて、参らせたてまつりたまひつ。いと時めきたまふよし、人びと聞こゆ。<BR>
 かかる御まじらひの馴れたまはぬほどに、はかばかしき御後見なくてはいかがとて、北の方添ひてさぶらひたまへば、まことに限りもなく思ひかしづき、後見きこえたまふ<BR>  かかる御まじらひの馴れたまはぬほどに、はかばかしき御後見なくてはいかがとて、北の方添ひてさぶらひたまへば、まことに限りもなく思ひかしづき、後見きこえたまふ<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in13">[第三段 宮の御方の魅力]</A><BR>  <A NAME="in13">[第三段 宮の御方の魅力]</A><BR>
 殿は、つれづれなる心地して、西の御方は、一つに慣らひたまひて、いとさうざうしくながめたまふ。東の姫君も、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、夜々は一所に大殿籠もり、よろづの御こと習ひ、はかなき御遊びわざをも、こなたを師のやうに思ひきこえてぞ、誰れも習ひ遊びたまひける。<BR>  殿は、つれづれなる心地して、西の御方は、一つに慣らひたまひて、いとさうざうしくながめたまふ。東の姫君も、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、夜々は一所に大殿籠もり、よろづの御こと習ひ、はかなき御遊びわざをも、こなたを師のやうに思ひきこえてぞ、誰れも習ひ遊びたまひける。<BR>
 もの恥ぢを世の常ならずしたまひて、母北の方にだに、さやかにはをさをささし向ひたてまつりたまはず、かたはなるまでもてなしたまふものから、心ばへけはひの埋れたるさまならず、愛敬づきたまへること、はた、人よりすぐれたまへり。<BR>  もの恥ぢを世の常ならずしたまひて、母北の方にだに、さやかにはをさをささし向ひたてまつりたまはず、かたはなるまでもてなしたまふものから、心ばへけはひの埋れたるさまならず、愛敬づきたまへること、はた、人よりすぐれたまへり。<BR>
 かく、内裏参りや何やと、わが方ざまをのみ思ひ急ぐやうなるも、心苦しなど思して<BR>  かく、内裏参りや何やと、わが方ざまをのみ思ひ急ぐやうなるも、心苦しなど思して<BR>
 「さるべからむさまに思し定めてのたまへ。同じこととこそは、仕うまつらめ」<BR>  「さるべからむさまに思し定めてのたまへ。同じこととこそは、仕うまつらめ」<BR>
 と、母君にも聞こえたまひけれど、<BR>  と、母君にも聞こえたまひけれど、<BR>
 「さらにさやうの世づきたるさま、思ひ立つべきにもあらぬけしきなれば、なかなかならむことは、心苦しかるべし。御宿世にまかせて、世にあらむ限りは見たてまつらむ。後ぞあはれにうしろめたけれど、世を背く方にても、おのづから人笑へに、あはつけきこばなくて、過ぐしたまはなむ」<BR>  「さらにさやうの世づきたるさま、思ひ立つべきにもあらぬけしきなれば、なかなかならむことは、心苦しかるべし。御宿世にまかせて、世にあらむ限りは見たてまつらむ。後ぞあはれにうしろめたけれど、世を背く方にても、おのづから人笑へに、あはつけきこばなくて、過ぐしたまはなむ」<BR>
 など、うち泣きて、御心ばせの思ふやうなることをぞ聞こえたまふ。<BR>  など、うち泣きて、御心ばせの思ふやうなることをぞ聞こえたまふ。<BR>
 いづれも分かず親がりたまへど、御容貌を見ばやとゆかしう思して、「隠れたまふこそ心憂けれ」と恨みて、「人知れず、見えたまひぬべしや」と、覗きありきたまへど、絶えてかたそばをだに、え見たてまつりたまはず。<BR>  いづれも分かず親がりたまへど、御容貌を見ばやとゆかしう思して、「隠れたまふこそ心憂けれ」と恨みて、「人知れず、見えたまひぬべしや」と、覗きありきたまへど、絶えてかたそばをだに、え見たてまつりたまはず。<BR>
 「上おはせぬほどは、立ち代はりて参り来べきを、うとうとしく思し分くる御けしきなれば、心憂くこそ」<BR>  「上おはせぬほどは、立ち代はりて参り来べきを、うとうとしく思し分くる御けしきなれば、心憂くこそ」<BR>
 など聞こえ、御簾の前にゐたまへば、御いらへなど、ほのかに聞こえたまふ。御声けはひなど、あてにをかしう、さま容貌思ひやられて、あはれにおぼゆる人の御ありさまなり。わが<A HREF="#k03">御姫君</A><A NAME="t03"></A>ちを、人に劣らじと思ひおごれど、「この君に、えしもまさらずやあらむ。かかればこそ、世の中の広きうちはわづらはしけれ。たぐひあらじと思ふに、まさる方も、おのづからありぬべかめり」など、いとどいぶかしう思ひきこえたまふ。<BR>  など聞こえ、御簾の前にゐたまへば、御いらへなど、ほのかに聞こえたまふ。御声けはひなど、あてにをかしう、さま容貌思ひやられて、あはれにおぼゆる人の御ありさまなり。わが<A HREF="#k03">御姫君</A><A NAME="t03"></A>ちを、人に劣らじと思ひおごれど、「この君に、えしもまさらずやあらむ。かかればこそ、世の中の広きうちはわづらはしけれ。たぐひあらじと思ふに、まさる方も、おのづからありぬべかめり」など、いとどいぶかしう思ひきこえたまふ。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in14">[第四段 按察使大納言の音楽談義]</A><BR>  <A NAME="in14">[第四段 按察使大納言の音楽談義]</A><BR>
 「月ごろ、何となくもの騒がしきほどに、御琴の音をだにうけたまはらで久しうなりはべりにけり。西の方にはべる人は、琵琶を心に入れてはべる、さもまねび取りつべくやおぼえはべらむ。なまかたほにしたるに、聞きにくきものの音がらなり。同じくは、御心とどめて教へさせたまへ。<BR>  「月ごろ、何となくもの騒がしきほどに、御琴の音をだにうけたまはらで久しうなりはべりにけり。西の方にはべる人は、琵琶を心に入れてはべる、さもまねび取りつべくやおぼえはべらむ。なまかたほにしたるに、聞きにくきものの音がらなり。同じくは、御心とどめて教へさせたまへ。<BR>
 翁は、とりたてて習ふものはべらざりしかど、そのかみ、盛りなりし世に遊びはべりし力にや、聞き知るばかりのわきまへは、何ごとにもいとつきなうはべらざりしを、うちとけても遊ばさねど、時々うけたまはる御琵琶の音なむ、昔おぼえはべる。<BR>  翁は、とりたてて習ふものはべらざりしかど、そのかみ、盛りなりし世に遊びはべりし力にや、聞き知るばかりのわきまへは、何ごとにもいとつきなうはべらざりしを、うちとけても遊ばさねど、時々うけたまはる御琵琶の音なむ、昔おぼえはべる。<BR>
 故六条院の御伝へにて、右の大臣なむ、このころ世に<A HREF="#k04">残り</A><A NAME="t04"></A>まへる。源中納言、兵部卿宮、何ごとにも、昔の人に劣るまじう、いと契りことにものしたまふ人びとにて、遊びの方は、取り分きて心とどめたまへるを、手づかひすこしなよびたる撥音などなむ、大臣には及びたまはずと思うたまふるを、<A HREF="#k05">この</A><A NAME="t05"></A>琴の音こそ、いとよくおぼえたまへれ。<BR>  故六条院の御伝へにて、右の大臣なむ、このころ世に<A HREF="#k04">残り</A><A NAME="t04"></A>まへる。源中納言、兵部卿宮、何ごとにも、昔の人に劣るまじう、いと契りことにものしたまふ人びとにて、遊びの方は、取り分きて心とどめたまへるを、手づかひすこしなよびたる撥音などなむ、大臣には及びたまはずと思うたまふるを、<A HREF="#k05">この</A><A NAME="t05"></A>琴の音こそ、いとよくおぼえたまへれ。<BR>
 琵琶は、押手しづやかなるをよきにするものなるに、柱さすほど、撥音のさま変はりて、なまめかしう聞こえ<A HREF="#k06">たるなむ</A><A NAME="t06"></A>女の御ことにて、なかなかをかしかりける。いで、遊ばさむや。御琴参れ」<BR>  琵琶は、押手しづやかなるをよきにするものなるに、柱さすほど、撥音のさま変はりて、なまめかしう聞こえ<A HREF="#k06">たるなむ</A><A NAME="t06"></A>女の御ことにて、なかなかをかしかりける。いで、遊ばさむや。御琴参れ」<BR>
 とのたまふ。女房などは、隠れたてまつるもをさをさなし。いと若き上臈だつが、見えたてまつらじと思ふはしも、心にまかせてゐたれば、「さぶらふ人さへかくもてなすが、やすからぬ」と腹立ちたまふ。<BR>  とのたまふ。女房などは、隠れたてまつるもをさをさなし。いと若き上臈だつが、見えたてまつらじと思ふはしも、心にまかせてゐたれば、「さぶらふ人さへかくもてなすが、やすからぬ」と腹立ちたまふ。<BR>
<P> <P>
 <H4>第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心</H4>  <H4>第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心</H4>
 <A NAME="in21">[第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る]</A><BR>  <A NAME="in21">[第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る]</A><BR>
 若君、内裏へ参らむと、宿直姿にて参りたまへる、わざとうるはしきみづらよりも、いとをかしく見えて、いみじううつくしと思したり。麗景殿に、御ことづけ聞こえたまふ。<BR>  若君、内裏へ参らむと、宿直姿にて参りたまへる、わざとうるはしきみづらよりも、いとをかしく見えて、いみじううつくしと思したり。麗景殿に、御ことづけ聞こえたまふ。<BR>
 「譲りきこえて、今宵もえ参るまじく、悩ましく、など聞こえよ」とのたまひて、「笛すこし仕うまつれ。ともすれば、御前の御遊びに召し出でらるる、かたはらいたしや。まだいと若き笛を」<BR>  「譲りきこえて、今宵もえ参るまじく、悩ましく、など聞こえよ」とのたまひて、「笛すこし仕うまつれ。ともすれば、御前の御遊びに召し出でらるる、かたはらいたしや。まだいと若き笛を」<BR>
 とうち笑みて、双調吹かせたまふ。いとをかしう吹いたまへば、<BR>  とうち笑みて、双調吹かせたまふ。いとをかしう吹いたまへば、<BR>
 「けしうはあらずなりゆくは、このわたりにて、おのづから物に合はするけなり。なほ、掻き合はせさせたまへ」<BR>  「けしうはあらずなりゆくは、このわたりにて、おのづから物に合はするけなり。なほ、掻き合はせさせたまへ」<BR>
 と責めきこえたまへば、苦しと思したるけしきながら、爪弾きにいとよく合はせて、ただすこし掻き鳴らいたまふ。皮笛、ふつつかに馴れたる声して、この東のつまに、軒近き紅梅の、いとおもしろく匂ひたるを見たまひて、<BR>  と責めきこえたまへば、苦しと思したるけしきながら、爪弾きにいとよく合はせて、ただすこし掻き鳴らいたまふ。皮笛、ふつつかに馴れたる声して、この東のつまに、軒近き紅梅の、いとおもしろく匂ひたるを見たまひて、<BR>
 「御前の花、心ばへありて見ゆめり。兵部卿宮、内裏におはすなり。一枝折りて参れ<A HREF="#no1">知る人ぞ知る</A><A NAME="te1"></A>とて、「あはれ、光る源氏、といはゆる御盛りの大将などにおはせしころ、童にて、かやうにてまじらひ馴れきこえしこそ、世とともに恋しうはべれ。<BR>  「御前の花、心ばへありて見ゆめり。兵部卿宮、内裏におはすなり。一枝折りて参れ<A HREF="#no1">知る人ぞ知る</A><A NAME="te1"></A>とて、「あはれ、光る源氏、といはゆる御盛りの大将などにおはせしころ、童にて、かやうにてまじらひ馴れきこえしこそ、世とともに恋しうはべれ。<BR>
 この宮たちを、世人も、いとことに思ひきこえ、げに人にめでられむとなりたまへる御ありさまなれど、端が端にもおぼえたまはぬは、なほたぐひあらじと思ひきこえし心のなしにやありけむ。<BR>  この宮たちを、世人も、いとことに思ひきこえ、げに人にめでられむとなりたまへる御ありさまなれど、端が端にもおぼえたまはぬは、なほたぐひあらじと思ひきこえし心のなしにやありけむ。<BR>
 おほかたにて、思ひ出でたてまつるに、胸あく世なく悲しきを、気近き人の後れたてまつりて、生きめぐらふは、おぼろけの命長さなりかし、とこそおぼえはべれ」<BR>  おほかたにて、思ひ出でたてまつるに、胸あく世なく悲しきを、気近き人の後れたてまつりて、生きめぐらふは、おぼろけの命長さなりかし、とこそおぼえはべれ」<BR>
 など、聞こえ出でたまひて、ものあはれにすごく思ひめぐらししをれたまふ。<BR>  など、聞こえ出でたまひて、ものあはれにすごく思ひめぐらししをれたまふ。<BR>
 ついでの忍びがたきにや、花折らせて、急ぎ参らせたまふ。<BR>  ついでの忍びがたきにや、花折らせて、急ぎ参らせたまふ。<BR>
 「いかがはせむ。昔の恋しき御形見には、この宮ばかりこそは。仏の隠れたまひけむ御名残には、阿難が光放ちけむを、二度出でたまへるかと疑ふさかしき聖のありけるを、闇に惑ふはるけ所に、聞こえをかさむかし」とて、<BR>  「いかがはせむ。昔の恋しき御形見には、この宮ばかりこそは。仏の隠れたまひけむ御名残には、阿難が光放ちけむを、二度出でたまへるかと疑ふさかしき聖のありけるを、闇に惑ふはるけ所に、聞こえをかさむかし」とて、<BR>
 「心ありて風の匂はす園の梅に<BR>  「心ありて風の匂はす園の梅に<BR>
  まづ<A HREF="#no2">鴬の訪はずや</A><A NAME="te2"></A>るべき」<BR>   まづ<A HREF="#no2">鴬の訪はずや</A><A NAME="te2"></A>るべき」<BR>
 と、紅の紙に若やぎ書きて、この君の懐紙に取りまぜ、押したたみて出だしたてたまふを、幼き心に、いと馴れきこえまほしと思へば、急ぎ参りたまひぬ。<BR>  と、紅の紙に若やぎ書きて、この君の懐紙に取りまぜ、押したたみて出だしたてたまふを、幼き心に、いと馴れきこえまほしと思へば、急ぎ参りたまひぬ。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in22">[第二段 匂宮、若君と語る]</A><BR>  <A NAME="in22">[第二段 匂宮、若君と語る]</A><BR>
 中宮の上の御局より、御宿直所に出でたまふほどなり。殿上人あまた御送りに参る中に、見つけたまひて、<BR>  中宮の上の御局より、御宿直所に出でたまふほどなり。殿上人あまた御送りに参る中に、見つけたまひて、<BR>
 「昨日は、などいと疾くはまかでにし。いつ参りつるぞ」などのたまふ。<BR>  「昨日は、などいと疾くはまかでにし。いつ参りつるぞ」などのたまふ。<BR>
 「疾くまかではべりにし悔しさに、まだ内裏におはしますと人の申しつれば、急ぎ参りつるや」<BR>  「疾くまかではべりにし悔しさに、まだ内裏におはしますと人の申しつれば、急ぎ参りつるや」<BR>
 と、幼げなるものから、馴れきこゆ。<BR>  と、幼げなるものから、馴れきこゆ。<BR>
 「内裏ならで、心やすき所にも、時々は遊べかし。若き人どもの、そこはかとなく集まる所ぞ」<BR>  「内裏ならで、心やすき所にも、時々は遊べかし。若き人どもの、そこはかとなく集まる所ぞ」<BR>
 とのたまふ。この君召し放ちて語らひたまへば、人びとは、近うも参らず、まかで散りなどして、しめやかになりぬれば、<BR>  とのたまふ。この君召し放ちて語らひたまへば、人びとは、近うも参らず、まかで散りなどして、しめやかになりぬれば、<BR>
 「春宮には、暇すこし許されためりな。いとしげう思しまとはすめりしを、時取られて人悪ろかめり」<BR>  「春宮には、暇すこし許されためりな。いとしげう思しまとはすめりしを、時取られて人悪ろかめり」<BR>
 とのたまへば、<BR>  とのたまへば、<BR>
 「まつはさせたまひしこそ苦しかりしか。御前にはしも」<BR>  「まつはさせたまひしこそ苦しかりしか。御前にはしも」<BR>
 と、聞こえさしてゐたれば、<BR>  と、聞こえさしてゐたれば、<BR>
 「我をば、人げなしと思ひ離れたるとな。ことわりなり。されどやすからずこそ。古めかしき同じ筋にて、東と聞こゆなるは、あひ思ひたまひてむやと、忍びて語らひきこえよ」<BR>  「我をば、人げなしと思ひ離れたるとな。ことわりなり。されどやすからずこそ。古めかしき同じ筋にて、東と聞こゆなるは、あひ思ひたまひてむやと、忍びて語らひきこえよ」<BR>
 などのたまふついでに、この花をたてまつれば、うち笑みて、<BR>  などのたまふついでに、この花をたてまつれば、うち笑みて、<BR>
 「怨みてのちならましかば」<BR>  「怨みてのちならましかば」<BR>
 とて、うちも置かず御覧ず。枝のさま、花房、色も香も世の常ならず。<BR>  とて、うちも置かず御覧ず。枝のさま、花房、色も香も世の常ならず。<BR>
 「<A HREF="#no3">園に匂へる紅の、色に取られて、香なむ</A><A NAME="te3"></A>白き梅には劣れるといふめるを、いとかしこく、とり並べても咲きけるかな」<BR>  「<A HREF="#no3">園に匂へる紅の、色に取られて、香なむ</A><A NAME="te3"></A>白き梅には劣れるといふめるを、いとかしこく、とり並べても咲きけるかな」<BR>
 とて、御心とどめたまふ花なれば、<A HREF="#k07">かひありて</A><A NAME="t07"></A>もてはやしたまふ。<BR>  とて、御心とどめたまふ花なれば、<A HREF="#k07">かひありて</A><A NAME="t07"></A>もてはやしたまふ。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in23">[第三段 匂宮、宮の御方を思う]</A><BR>  <A NAME="in23">[第三段 匂宮、宮の御方を思う]</A><BR>
 「今宵は宿直なめり。やがてこなたにを」<BR>  「今宵は宿直なめり。やがてこなたにを」<BR>
 と、召し籠めつれば、春宮にもえ参らず、花も恥づかしく思ひぬべく香ばしくて、気近く臥せたまへるを、若き心地には、たぐひなくうれしくなつかしう思ひきこゆ。<BR>  と、召し籠めつれば、春宮にもえ参らず、花も恥づかしく思ひぬべく香ばしくて、気近く臥せたまへるを、若き心地には、たぐひなくうれしくなつかしう思ひきこゆ。<BR>
 「この花の主人は、など春宮には移ろひたまはざりし」<BR>  「この花の主人は、など春宮には移ろひたまはざりし」<BR>
 「知らず。<A HREF="#no4">心知らむ人に</A><A NAME="te4"></A>どこそ、聞きはべりしか」<BR>  「知らず。<A HREF="#no4">心知らむ人に</A><A NAME="te4"></A>どこそ、聞きはべりしか」<BR>
 など語りきこゆ。「大納言の御心ばへは、わが方ざまに思ふべかめれ」と聞き合はせたまへ管、思ふ心は<A HREF="#k08">異に</A><A NAME="t08"></A>みぬれば、この返りこと、けざやかにものたまひやらず。<BR>  など語りきこゆ。「大納言の御心ばへは、わが方ざまに思ふべかめれ」と聞き合はせたまへ管、思ふ心は<A HREF="#k08">異に</A><A NAME="t08"></A>みぬれば、この返りこと、けざやかにものたまひやらず。<BR>
 翌朝、この君のまかづるに、なほざりなるやうにて、<BR>  翌朝、この君のまかづるに、なほざりなるやうにて、<BR>
 「花の香に誘はれぬべき身なりせば<BR>  「花の香に誘はれぬべき身なりせば<BR>
  風のたよりを過ぐさましやは」<BR>   風のたよりを過ぐさましやは」<BR>
 さて、「なほ今は、翁どもにさかしら<A HREF="#k09">せさせで</A><A NAME="t09"></A>忍びやかに」と、返す返すのたまひて、この君も、東のをば、やむごとなく睦ましう思ひましたり。<BR>  さて、「なほ今は、翁どもにさかしら<A HREF="#k09">せさせで</A><A NAME="t09"></A>忍びやかに」と、返す返すのたまひて、この君も、東のをば、やむごとなく睦ましう思ひましたり。<BR>
 なかなか異方の姫君は、見えたまひなどして、例の兄弟のさまなれど、童心地に、いと重りかにあらまほしうおはする心ばへを、「かひあるさまにて見たてまつらばや」と思ひありくに、春宮の御方の、いとはなやかにもてなしたまふにつけて、同じこととは思ひながら、いと飽かず口惜しければ、「この宮をだに、気近くて見たてまつらばや」と思ひありくに、うれしき花のついでなり。<BR>  なかなか異方の姫君は、見えたまひなどして、例の兄弟のさまなれど、童心地に、いと重りかにあらまほしうおはする心ばへを、「かひあるさまにて見たてまつらばや」と思ひありくに、春宮の御方の、いとはなやかにもてなしたまふにつけて、同じこととは思ひながら、いと飽かず口惜しければ、「この宮をだに、気近くて見たてまつらばや」と思ひありくに、うれしき花のついでなり。<BR>
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 <A NAME="in24">[第四段 按察使大納言と匂宮、和歌を贈答]</A><BR>  <A NAME="in24">[第四段 按察使大納言と匂宮、和歌を贈答]</A><BR>
 これは、昨日の御返りなれば見せたてまつる。<BR>  これは、昨日の御返りなれば見せたてまつる。<BR>
 「ねたげにものたまへるかな。あまり好きたる方にすすみたまへるを、許しきこえずと聞きたまひて、右の大臣、われらが見たてまつるには、いとものまめやかに、御心をさめたまふこそをかしけれ。あだ人とせむに、足らひたまへる御さまを、しひてまめだちたまはむも、見所少なくやならまし」<BR>  「ねたげにものたまへるかな。あまり好きたる方にすすみたまへるを、許しきこえずと聞きたまひて、右の大臣、われらが見たてまつるには、いとものまめやかに、御心をさめたまふこそをかしけれ。あだ人とせむに、足らひたまへる御さまを、しひてまめだちたまはむも、見所少なくやならまし」<BR>
 など、しりうごちて、今日も参らせたまふに、また、<BR>  など、しりうごちて、今日も参らせたまふに、また、<BR>
 「本つ香の匂へる君が袖触れば<BR>  「本つ香の匂へる君が袖触れば<BR>
  花もえならぬ名をや散らさむ<BR>   花もえならぬ名をや散らさむ<BR>
 とすきずきしや。あなかしこ」<BR>  とすきずきしや。あなかしこ」<BR>
 と、まめやかに聞こえたまへり。まことに言ひなさむと思ふところあるにやと、さすがに御心ときめきしたまひて、<BR>  と、まめやかに聞こえたまへり。まことに言ひなさむと思ふところあるにやと、さすがに御心ときめきしたまひて、<BR>
 「花の香を匂はす宿に訪めゆかば<BR>  「花の香を匂はす宿に訪めゆかば<BR>
  色にめづとや人の咎めむ」<BR>   色にめづとや人の咎めむ」<BR>
 など、なほ心とけずいらへたまへるを、心やましと思ひゐたまへり。<BR>  など、なほ心とけずいらへたまへるを、心やましと思ひゐたまへり。<BR>
 北の方まかでたまひて、内裏わたりのことのたまふついでに、<BR>  北の方まかでたまひて、内裏わたりのことのたまふついでに、<BR>
 「若君の、一夜、宿直して、まかり出でたりし匂ひの、いとをかしかりしを、人はなほと思ひしを、宮の、いと思ほし寄りて、『兵部卿宮に近づききこえにけり。うべ、我をばすさめたり』と、けしきとり、怨じたまへりしか。ここに、御消息やありし。さも見えざりしを」<BR>  「若君の、一夜、宿直して、まかり出でたりし匂ひの、いとをかしかりしを、人はなほと思ひしを、宮の、いと思ほし寄りて、『兵部卿宮に近づききこえにけり。うべ、我をばすさめたり』と、けしきとり、怨じたまへりしか。ここに、御消息やありし。さも見えざりしを」<BR>
 とのたまへば、<BR>  とのたまへば、<BR>
 「さかし。梅の花めでたまふ君なれば、あなたのつまの紅梅、いと盛りに見えしを、ただならで、折りてたてまつれたりしなり。移り香は、げにこそ心ことなれ。晴れまじらひしたまはむ女などは、さはえしめぬかな。<BR>  「さかし。梅の花めでたまふ君なれば、あなたのつまの紅梅、いと盛りに見えしを、ただならで、折りてたてまつれたりしなり。移り香は、げにこそ心ことなれ。晴れまじらひしたまはむ女などは、さはえしめぬかな。<BR>
 源中納言は、かうざまに好ましうはたき匂はさで、人柄こそ世になけれ。あやしう、前の世の契りいかなりける報いにかと、ゆかしきことにこそあれ。<BR>  源中納言は、かうざまに好ましうはたき匂はさで、人柄こそ世になけれ。あやしう、前の世の契りいかなりける報いにかと、ゆかしきことにこそあれ。<BR>
 同じ花の名なれど、梅は生ひ出でけむ根こそあはれなれ。この宮などのめでたまふ、さることぞかし」<BR>  同じ花の名なれど、梅は生ひ出でけむ根こそあはれなれ。この宮などのめでたまふ、さることぞかし」<BR>
 など、花によそへても、まづかけきこえたまふ。<BR>  など、花によそへても、まづかけきこえたまふ。<BR>
<P> <P>
 <A NAME="in25">[第五段 匂宮、宮の御方に執心]</A><BR>  <A NAME="in25">[第五段 匂宮、宮の御方に執心]</A><BR>
 宮の御方は、もの思し知るほどにねびまさりたまへれば、何ごとも見知り、聞きとどめたまはぬにはあらねど、「人に見え、世づきたらむありさまは、さらに」と思し離れたり。<BR>  宮の御方は、もの思し知るほどにねびまさりたまへれば、何ごとも見知り、聞きとどめたまはぬにはあらねど、「人に見え、世づきたらむありさまは、さらに」と思し離れたり。<BR>
 世の人も、時に寄る心ありてにや、さし向ひたる御方々には、心を尽くし聞こえわび、今めかしきこと多かれど、こなたは、よろづにつけ、ものしめやかに引き入りたまへるを、宮は、御ふさひの方に聞き伝へたまひて、深う、いかで、と思ほしなりにけり。<BR>  世の人も、時に寄る心ありてにや、さし向ひたる御方々には、心を尽くし聞こえわび、今めかしきこと多かれど、こなたは、よろづにつけ、ものしめやかに引き入りたまへるを、宮は、御ふさひの方に聞き伝へたまひて、深う、いかで、と思ほしなりにけり。<BR>
 若君を、常にまつはし寄せたまひつつ、忍びやかに御文あれど、大納言の君、深く心かけきこえたまひて、「さも思ひたちてのたまふことあらば」と、けしきとり、心まうけしたまふを見るに、いとほしう、<BR>  若君を、常にまつはし寄せたまひつつ、忍びやかに御文あれど、大納言の君、深く心かけきこえたまひて、「さも思ひたちてのたまふことあらば」と、けしきとり、心まうけしたまふを見るに、いとほしう、<BR>
 「ひき違へて、かう思ひ寄るべうもあらぬ方にしも、なげの言の葉を尽くしたまふ、かひなげなること」<BR>  「ひき違へて、かう思ひ寄るべうもあらぬ方にしも、なげの言の葉を尽くしたまふ、かひなげなること」<BR>
 と、北の方も思しのたまふ。<BR>  と、北の方も思しのたまふ。<BR>
 はかなき御返りなどもなければ、負けじの御心添ひて、思ほしやむべくもあらず。「何かは、人の御ありさま、などかは、さても見たてまつらまほしう、生ひ先遠くなどは<A HREF="#k10">見えさせ</A><A NAME="t10"></A>まふに」など、北の方思ほし寄る時々あれど、いといたう色めきたまひて、通ひたまふ忍び所多く、八の宮の姫君にも、御心ざしの浅からで、いとしげうまうでありきたまふ。頼もしげなき御心の、あだあだしさなども、いとどつつましければ、まめやかには思ほし絶えたるを、かたじけなきばかりに、忍びて、母君ぞ、たまさかにさかしらがり聞こえたまふ。<BR>  はかなき御返りなどもなければ、負けじの御心添ひて、思ほしやむべくもあらず。「何かは、人の御ありさま、などかは、さても見たてまつらまほしう、生ひ先遠くなどは<A HREF="#k10">見えさせ</A><A NAME="t10"></A>まふに」など、北の方思ほし寄る時々あれど、いといたう色めきたまひて、通ひたまふ忍び所多く、八の宮の姫君にも、御心ざしの浅からで、いとしげうまうでありきたまふ。頼もしげなき御心の、あだあだしさなども、いとどつつましければ、まめやかには思ほし絶えたるを、かたじけなきばかりに、忍びて、母君ぞ、たまさかにさかしらがり聞こえたまふ。<BR>
   
<P> <P>
 <a name="in31">【出典】<BR>  <a name="in31">【出典】<BR>
</a><A NAME="no1">出典1</A> 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る(古今集春上-三八 紀友則)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR> </a><A NAME="no1">出典1</A> 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る(古今集春上-三八 紀友則)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>
<A NAME="no2">出典2</A> 花の香を風のたよりにたぐへてぞ鴬誘ふしるべにはやる(古今集春上-一三 紀友則)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR> <A NAME="no2">出典2</A> 花の香を風のたよりにたぐへてぞ鴬誘ふしるべにはやる(古今集春上-一三 紀友則)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>
<A NAME="no3">出典3</A> 紅に色をば変へて梅の花香ぞことごとに匂はざりける(後撰集春上-四四 凡河内躬恒)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR> <A NAME="no3">出典3</A> 紅に色をば変へて梅の花香ぞことごとに匂はざりける(後撰集春上-四四 凡河内躬恒)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>
<A NAME="no4">出典4</A> あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや(後撰集春下-一〇三 源信明)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR> <A NAME="no4">出典4</A> あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや(後撰集春下-一〇三 源信明)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>
   
<p> <a name="in32">【校訂】<BR> <p> <a name="in32">【校訂】<BR>
備考--/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<> 不明--<BR> 備考--/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<> 不明--<BR>
</a><A NAME="k01">校訂1</A> 右大臣殿の女御--*右大(大/+<>)の<A HREF="#t01">(戻)</A><BR> </a><A NAME="k01">校訂1</A> 右大臣殿の女御--*右大(大/+<>)の<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>
<A NAME="k02">校訂2</A> 推し量らるる--おしは(は/+から<>)るゝ<A HREF="#t02">(戻)</A><BR> <A NAME="k02">校訂2</A> 推し量らるる--おしは(は/+から<>)るゝ<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>
<A NAME="k03">校訂3</A> 御姫君--/+<>)姫君<A HREF="#t03">(戻)</A><BR> <A NAME="k03">校訂3</A> 御姫君--/+<>)姫君<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>
<A NAME="k04">校訂4</A> 残り--のこる(る/$り<><A HREF="#t04">(戻)</A><BR> <A NAME="k04">校訂4</A> 残り--のこる(る/$り<><A HREF="#t04">(戻)</A><BR>
<A NAME="k05">校訂5</A> この--/+<><A HREF="#t05">(戻)</A><BR> <A NAME="k05">校訂5</A> この--/+<><A HREF="#t05">(戻)</A><BR>
<A NAME="k06">校訂6</A> たるなむ--*たる<A HREF="#t06">(戻)</A><BR> <A NAME="k06">校訂6</A> たるなむ--*たる<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>
<A NAME="k07">校訂7</A> かひありて--かひあり(り/+て)<A HREF="#t07">(戻)</A><BR> <A NAME="k07">校訂7</A> かひありて--かひあり(り/+て)<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>
<A NAME="k08">校訂8</A> 異に--こと(と/+<><A HREF="#t08">(戻)</A><BR> <A NAME="k08">校訂8</A> 異に--こと(と/+<><A HREF="#t08">(戻)</A><BR>
<A NAME="k09">校訂9</A> せさせで--せま(ま/$さ<>)せて<A HREF="#t09">(戻)</A><BR> <A NAME="k09">校訂9</A> せさせで--せま(ま/$さ<>)せて<A HREF="#t09">(戻)</A><BR>
<A NAME="k10">校訂10</A> 見えさせ--/+<>)えさせ<A HREF="#t10">(戻)</A><BR> <A NAME="k10">校訂10</A> 見えさせ--/+<>)えさせ<A HREF="#t10">(戻)</A><BR>
</p> </p>
<p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR> <p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>
<a href="roman43.html">ローマ字版 </a><BR> <a href="roman43.html">ローマ字版 </a><BR>
<a href="version43.html">現代語訳 </a><BR> <a href="version43.html">現代語訳 </a><BR>
<a href="note43.html">注釈</a><BR> <a href="note43.html">注釈</a><BR>
<a href="data43.html">大島本</a><BR> <a href="data43.html">大島本</a><BR>
<a href="okuiri43.html">自筆本奥入</a><BR> <a href="okuiri43.html">自筆本奥入</a><BR>
</p> </p>
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