第五十帖 東屋

薫君の大納言時代二十六歳秋八月から九月までの物語

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注釈

第一章 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻


第一段 浮舟の母、娘の良縁を願う

1.1.1 注釈1 【筑波山を分け見まほしき御心はありながら、端山の繁りまであながちに思ひ入らむも】 『異本紫明抄』は「筑波山端山繁山茂けれど思ひ入るには障らざりけり」(新古今集恋一、一〇一三、源重之)を指摘。
1.1.1 注釈2 【人聞き軽々しう】 薫は右大将兼権大納言。それが受領常陸介の娘に恋するのは憚られる。『完訳』は「東国の受領の娘が相手では、と憚られる気持。大君の形代としてのみ関心」と注す。
1.1.2 注釈3 【のたまひしさまなど】 主語は薫。
1.1.2 注釈4 【まめやかに御心とまるべきこととも思はねば】 主語は浮舟の母北の方。以下、母北の方の心中に即した叙述。
1.1.2 注釈5 【人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも】 薫の社会的地位。
1.1.2 注釈6 【数ならましかば】 娘浮舟が人並みの貴族の娘であったら、の意。
1.1.3 注釈7 【守の子どもは】 常陸介。長官は太守、親王が任命され赴任しない。介が赴任して実質上の長官なので「守」と呼称される。
1.1.3 注釈8 【母亡くなり】 先妻。
1.1.3 注釈9 【この腹にも】 浮舟の母北の方。後妻。
1.1.3 注釈10 【さまざまにこの扱ひをしつつ】 主語は常陸介。
1.1.3 注釈11 【異人と思ひ隔てたる心のありければ】 浮舟を他の自分の子とは分け隔てしていた。
1.1.3 注釈12 【いとつらきものに守をも恨みつつ】 主語は北の方。
1.1.3 注釈13 【いかでひきすぐれて】 以下「見えにしがな」まで、北の方の心中。
1.1.4 注釈14 【さま容貌の】 浮舟の容姿容貌。
1.1.4 注釈15 【ありぬべくは--なやまじ】 大島本は「なやまし」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なやままし」と「ま」を補訂する。『新大系』は底本のまま「なやまじ」とする。反語表現。意志の打消し。
1.1.4 注釈16 【同じごと】 他の夫の実の娘と同様に。
1.1.4 注釈17 【ありぬべき世を】 大島本は「ありぬへきよを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありぬべきを」と「よ」を削除する。『新大系』は底本のまま「ありぬべき世を」とする。
1.1.4 注釈18 【あはれにかたじけなく生ひ出でたまへば】 『完訳』は「もったないほどに。八の宮の高貴の血筋であることを強く意識する。尊敬語を用いるのも同様」と注す。
1.1.5 注釈19 【なま君達めく人びとも】 『集成』は「ちょっとした家柄の若君といった人々も」。『完訳』は「なまじ公達然としている人々」と訳す。
1.1.5 注釈20 【大人びさせたり】 主語は北の方。
1.1.5 注釈21 【わが姫君を】 連れ子の浮舟。常陸守との間にできた姫君と区別してこういう。

第二段 継父常陸介と求婚者左近少将

1.2.1 注釈22 【仲らひも】 一族の人々も、の意。
1.2.1 注釈23 【徳いかめしうなどあれば】 財力も大変にあったので、の意。
1.2.1 注釈24 【事好みしたるほどよりは、あやしう荒らかに田舎びたる心ぞつきたりける】 風流を好むわりには田舎びた粗野な性情がある。
1.2.2 注釈25 【さる東方の】 大島本は「あつま方の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「東の方の」と「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま「あづま方の」とする。
1.2.2 注釈26 【ものうち言ふ、すこしたみたるやうにて】 「たみ」清音。「迂、タミタリ・マガル・メグル」〈名義抄〉。『花鳥余情』は「東にて養はれたる人の子は舌だみてこそ物はいひけれ」(拾遺集物名、四一三、読人しらず)を指摘。
1.2.2 注釈27 【豪家のあたり恐ろしくわづらはしきものに憚り懼ぢ、すべていとまたく隙間なき心】 田舎びた者の性情。権力に対して怖じおもねる心と抜目なさ。
1.2.3 注釈28 【琴笛の道は遠う、弓をなむいとよく引ける】 大島本は「ひける」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「引きける」と「き」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ひける」とする。音楽には疎遠で弓馬の道に優れている。
1.2.3 注釈29 【なほなほしきあたりともいはず】 常陸介の家のこのようなありさまをさしていう。
1.2.3 注釈30 【勢ひに引かされて】 常陸介の財力に引かれて、の意。
1.2.3 注釈31 【よき若人ども】 大島本は「よきわか人とも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「よき若人どもつどひ」と「つどひ」を補訂する。『新大系』は底本のまま「よき若人ども」とする。
1.2.4 注釈32 【らうらうじく】 以下「いみじかなる」まで、君達の詞。
1.2.5 注釈33 【通ひし所なども絶えて】 左近少将が今まで通っていた妻たち。
1.2.7 注釈34 【この君は】 以下「尋ね寄らじ」まで、北の方の心中の思い。
1.2.7 注釈35 【心定まりても】 大島本は「心さたまりても」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心定まりて」と「も」を削除する。『新大系』は底本のまま「心定まりても」とする。
1.2.7 注釈36 【人もあてなりや】 大島本は「人もあてなりや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「人もあてなり」と「や」を削除する。『新大系』は底本のまま「人もあてなりや」とする。
1.2.8 注釈37 【この御方に】 浮舟をさす。
1.2.8 注釈38 【心一つに思ひまうく】 大島本は「思まうく」とある。『完本』は諸本に従って「思まうけて」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「思ひまうく」とする。主語は北の方。
1.2.9 注釈39 【守こそおろかに思ひなすとも】 以下「思ふ人あらじ」まで、北の方の心中の思い。
1.2.10 注釈40 【と思ひ立ち】 大島本は「思たち」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ立ちて」と「て」を補訂する。『新大系』は底本のまま「思たち」とする。
1.2.10 注釈41 【この御方にと取り隠して】 浮舟をさす。先妻の娘たちの結婚時をさすのだろう。
1.2.12 注釈42 【目をはつかにさし出づるばかりにて】 大島本は「さし出る」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「さし出づ」と「る」を削除する。『新大系』は底本のまま「さし出る」とする。『完訳』は「娘たちが道具の中に埋れて、目をわずかに出す趣。戯画的表現」と注す。
1.2.13 注釈43 【師を立ち居拝みてよろこび、禄を取らすること、埋むばかりにて】 『完訳』は「これも戯画化」と注す。
1.2.14 注釈44 【吾子をば、思ひ落としたまへり】 常陸介の心中の思い。自分の娘が連れ子の浮舟より軽んじられている。

第三段 左近少将、浮舟が継子だと知る

1.3.1 注釈45 【かくて、この少将】 大島本は「この少将」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かの少将」と校訂する。『新大系』は底本のまま「この少将」とする。
1.3.1 注釈46 【待ちつけで】 接続助詞「で」打消の意。
1.3.1 注釈47 【同じくは疾く】 少将の詞。
1.3.1 注釈48 【人の心の知りがたさを】 相手の少将の心中をさす。
1.3.1 注釈49 【初めより伝へそめける人】 仲人。
1.3.2 注釈50 【よろづ多く】 以下「悲しうなむある」まで、北の方の詞。
1.3.2 注釈51 【思ひ憚ることの多かるを】 大島本は「おほかるを」とある。『完本』は諸本に従って「あるを」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「多かるを」とする。
1.3.2 注釈52 【親などものしたまはぬ人なれば】 「親」は父親をさす。浮舟が連れ子であることを初めて言った。
1.3.3 注釈53 【若き人びと】 夫常陸介との間にできた娘たち。
1.3.3 注釈54 【思ふ人具したるは】 世話する人、父親がいる。
1.3.3 注釈55 【この君の御ことをのみ】 浮舟のこと。
1.3.3 注釈56 【もの思ひ知りぬべき御心ざま】 少将は情けのわかる人。
1.3.3 注釈57 【人笑へに悲しうなむ】 大島本は「かなしうなん」とある。『完本』は諸本に従って「悲しうなんあるべき」と「あるべき」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「悲しうなむ」とする。
1.3.6 注釈58 【けしき悪しくなりぬ】 主語は少将。
1.3.7 注釈59 【初めより、さらに】 以下「伝へける」まで、少将の詞。
1.3.9 注釈60 【詳しくも知りたまへず】 以下「罪はべるまじきことなり」まで、仲人の詞。
1.3.9 注釈61 【女どもの知るたよりにて】 仲人の妹が浮舟に仕えていた。その情報から仲人に入った。
1.3.10 注釈62 【容貌、心もすぐれて】 以下「あがめかしづかる」まで、仲人が妹から聞いたこと。
1.3.10 注釈63 【いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな】 少将が仲人に言った詞。
1.3.10 注釈64 【さるたより知りたまへり】 仲人が少将に答えた詞。
1.3.12 注釈65 【かやうのあたりに】 以下「いと人げなかるべき」まで、少将の詞。
1.3.12 注釈66 【人のをさをさ許さぬことなれど】 少将の身分で常陸介の娘に婿として通うのは世間の非難することだ、という。
1.3.12 注釈67 【今様のことにて、咎あるまじう】 近年は少将の身分で受領の娘に通うのも、非難されなくなったという。
1.3.12 注釈68 【もてあがめて後見だつに】 舅が婿を大切にして後見する。
1.3.12 注釈69 【同じことと】 連れ子を実の父の子の娘と同じく、の意。
1.3.13 注釈70 【源少納言、讃岐守などの、うけばりたるけしきにて】 いずれも常陸介の先妻の娘の夫たち。少納言は従五位下、讃岐守は上国の国守、従五位下相当官。少将は正五位下で彼等より上位。
1.3.13 注釈71 【受けられぬさまにて】 婿と認められない状態で。

第四段 左近少将、常陸介の実娘を所望す

1.4.1 注釈72 【この人、追従ある】 大島本は「ついそうある」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「追従あり」と校訂する。『新大系』は底本のまま「追従ある」とする。
1.4.2 注釈73 【まことに守の娘と】 以下「かなしうしたまふなる」まで、仲人の詞。
1.4.2 注釈74 【中にあたるなむ】 北の方の二番目の娘。常陸介との間にできた最初の娘。
1.4.2 注釈75 【守、いとかなしう】 大島本は「かミいとかなしう」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「守は」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「守」とする。
1.4.4 注釈76 【いさや。初めより】 以下「何かはさも」まで、少将の詞。
1.4.4 注釈77 【見るところありて思ひ始めしことなり】 常陸介の経済力に期待。
1.4.5 注釈78 【寂しうことうち合はぬ、みやび好める人の果て果ては、ものきよくもなく、人にも人ともおぼえたらぬを見れば】 『集成』は「家運衰えて万事不如意な、風雅を愛した人の行きつく果ては、小綺麗な暮しもできず、世間からも人並みにも思われていない有様を見ると」。『完訳』は「貧しく不如意がちな暮しをしていながら、風流を第一としている人が行きつくところは何かみすぼらしい感じで、世間からも一人前の扱いを受けられないところを見ると」と訳す。
1.4.5 注釈79 【何かは、さも】 婚約した浮舟のことは、かまうことない。

第五段 常陸介、左近少将に満足す

1.5.1 注釈80 【この人は、妹のこの西の御方にあるたよりに】 「この人」は仲人。「西の御方」は浮舟。仲人の妹が浮舟に女房として仕えている関係で。
1.5.2 注釈81 【とり申すべきことありて】 大島本は「ありてなと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありてなむ」と「む」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ありてなど」とする。仲人の詞。
1.5.3 注釈82 【など言はす】 取り次ぎに言わせる。
1.5.4 注釈83 【このわたりに】 以下「何ごと言ひにかあらむ」まで、常陸介の詞。
1.5.4 注釈84 【何ごと言ひにかあらむ】 大島本は「いひにかあらん」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「言ひにかはあらむ」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「言ひにかあらん」とする。
1.5.6 注釈85 【左近少将殿の御消息にてなむさぶらふ】 仲人が取り次ぎに言わせた詞。
1.5.7 注釈86 【語らひがたげなる顔して】 『集成』は「常陸の介の不愛想な態度をちらちらうかがう面持」。『完訳』は「話題を切り出しにくい表情で。介の態度にも、いささかためらう」と注す。
1.5.8 注釈87 【月ごろ、内の御方に】 以下「仰せられつれば」まで、仲人の詞。「内の御方」は北の方をさしていう。
1.5.8 注釈88 【聞こえさせたまふを】 主語は左近少将。
1.5.8 注釈89 【この月のほどに】 八月をさす。九月は結婚を忌む季節の末の月となる。
1.5.8 注釈90 【ある人の申しけるやう】 左近少将の言ったことを、ある人の言ったこととして言う。
1.5.9 注釈91 【まことに】 以下「便なかりぬべきよし」まで、ある人が言ったという内容。
1.5.9 注釈92 【北の方の御はからひに】 大島本は「北のかたの御はからひに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御腹に」と校訂する。『新大系』は底本のまま「御はからひに」とする。
1.5.9 注釈93 【君達】 左近少将をさす。君達は良家の子弟。
1.5.9 注釈94 【ただ私の君のごとく思ひかしづきたてまつり】 ひたすら内々のご主君のように大切にされて。
1.5.9 注釈95 【手に捧げたるごと】 『河海抄』は「如捧手、掌上珠と云体なり」と注す。
1.5.9 注釈96 【さる振る舞ひ】 高貴な家の子弟と受領の娘の縁組。
1.5.9 注釈97 【をさをさ受けられたまはで】 舅から婿と認めてもらえず、の意。
1.5.9 注釈98 【便なかりぬべきよし】 大島本は「ひんなかりぬへき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「便なかるべき」と校訂する。『新大系』は底本のまま「便なかりぬべき」とする。
1.5.11 注釈99 【初めよりただ】 以下「見て参うで来」まで、少将の趣旨。
1.5.11 注釈100 【きらぎらしう】 「潔 キラギラシ」(図書寮本名義抄)。
1.5.11 注釈101 【聞こえ始め申ししなり】 求婚し始めた、の意。
1.5.11 注釈102 【異人ものしたまふらむと】 常陸介の実子でない北の方の連れ子がいらっしゃる。
1.5.11 注釈103 【まだ幼きもの】 大島本は「をさなきもの」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「幼きも」と「の」を削除する。『新大系』は底本のまま「幼きもの」とする。
1.5.11 注釈104 【いとどうれしくなむ】 大島本は「いとゝうれしく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いとうれしく」と「ゝ」を削除する。『新大系』は底本のまま「いとどうれしく」とする。
1.5.11 注釈105 【御けしき】 常陸介の意向。
1.5.14 注釈106 【さらに、かかる御消息】 以下「思うたまへ憚りはべる」まで、常陸介の詞。
1.5.14 注釈107 【まことに同じことに思うたまふべき人】 『集成』は「(浮舟は)実子同然に世話すべき人ですが、ほかにも不出来な娘どもがたくさんいまして。以下、つい浮舟のことまで気が廻らぬ、という弁解」と注す。
1.5.14 注釈108 【これを異人と思ひ分けたることと】 主語は話者の常陸介。浮舟を差別している、意。
1.5.14 注釈109 【口入れさせぬ人】 浮舟には口出しさせない。
1.5.14 注釈110 【しかなむ仰せらるることはべりとは】 左近少将が浮舟に求婚していること。
1.5.14 注釈111 【なにがしを】 常陸介。自分自身をいう。
1.5.15 注釈112 【これをなむ命にも代へむと】 北の方と常陸介の間に出来た娘。浮舟の異父妹。
1.5.15 注釈113 【のたまふ人びと】 求婚する人々。
1.5.16 注釈114 【見たまへおかむと】 主語は話者の常陸介。
1.5.16 注釈115 【故大将殿にも】 左近少将の父。
1.5.16 注釈116 【若くより参り仕うまつりき】 主語は話者の常陸介。過去助動詞「き」自己の体験的過去を表す。
1.5.16 注釈117 【家の子にて見たてまつりしに】 わたしが大将殿の家来として少将の幼いころから拝見してきた、意。
1.5.16 注釈118 【いと警策に、仕うまつらまほしと】 若君の少将がたいそうすぐれた人柄なのでお仕えしたいと、の意。
1.5.16 注釈119 【遥かなる所に、うち続きて過ぐしはべる年ごろ】 陸奥国、常陸国の国守を歴任。
1.5.16 注釈120 【うひうひしくおぼえはべりて】 『集成』は「〔お目通りも〕身につかぬ気恥ずかしいことに思われまして」と訳す。
1.5.17 注釈121 【仰せの事たてまつらむ】 左近少将のおっしゃるとおり娘を差し上げる。
1.5.17 注釈122 【月ごろの御心違へたるやうに】 「御心」は左近少将の気持ち。主語は常陸介。『集成』は「今までのお気持を妨げでもしたかのように。少将の本意はやはり浮舟であるのに、常陸の介が妨害したかのように、の意」と注す。
1.5.17 注釈123 【この人、思ひたまへむこと】 大島本は「この人」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「この人の」と「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま「この人」とする。妻の北の方が存じますこと。「たまふ」は謙譲の補助動詞。

第六段 仲人、左近少将を絶賛す

1.6.2 注釈124 【何かと思し憚るべき】 以下「とり申すなり」まで、仲人の詞。
1.6.2 注釈125 【ただ一所の御許し】 常陸介の許可。
1.6.2 注釈126 【いはけなく】 以下「すべきにもあらず」まで、少将の詞を引用。
1.6.2 注釈127 【もはらさやうのほとりばみたらむ振る舞ひ】 『集成』は「絶対に、そんな肝心の方(主人の常陸の介)のご存じないような振舞をすべきではない。「ほとりばむ」は、ここでは、北の方などまわりの者たちだけの結婚話に乗ること。「ほとり」は周辺の意」。『完訳』は「まったくもって、そうしたさき様の顔色をうかがってうろうろするようなまねはしたくないのだ」と注す。
1.6.3 注釈128 【人柄はいとやむごとなく】 以下、左近少将の人柄をいう。
1.6.3 注釈129 【領じたまふ所々】 所領の荘園。
1.6.3 注釈130 【まだころの御徳なきやうなれど】 『集成』は「まだ今のところ、お金まわりもぱっとなさらないようですが」。『完訳』は「まだ現在はたいした威勢でないが、将来は大人物になろう、の意」と注す。
1.6.3 注釈131 【ありげなるやう】 大島本は「ありけなるやう」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありけるやう」と「な」を削除する。『新大系』は底本のまま「ありげなるやう」とする。
1.6.3 注釈132 【頭は】 蔵人頭。『完訳』は「蔵人頭への昇進。蔵人頭には熱意ある四位の者が選ばれ、上達部昇進の道も開ける。容易ならざる昇進。「帝の御口づから」ともあり、仲人口の出まかせの発言」と注す。
1.6.4 注釈133 【よろづのこと】 以下「なし上げてむ」まで、帝の詞として引用。
1.6.4 注釈134 【仰せらるなれ】 主語は帝。「なれ」は伝聞推定の助動詞。
1.6.5 注釈135 【かう聞きたまふほどに】 主語はあなた常陸介。結婚の申し込みを聞く。
1.6.5 注釈136 【かの殿には】 左近少将をさす。
1.6.5 注釈137 【所々に】 大島本は「所/\に」とある。『完本』は諸本に従って「所どころ」と「に」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「所々に」とする。
1.6.5 注釈138 【これ、ただうしろやすきことをとり申すなり】 『完訳』は「私はただ、ご安心のいくご縁談をと、お取り持ち申しているだけです」と訳す。

第七段 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える

1.7.1 注釈139 【このころの御徳など】 以下「ことにやとも知らず」まで、常陸介の詞。「御徳」は少将の収入。そのため「御」がつく。
1.7.1 注釈140 【頂に捧げたてまつりてむ】 大島本は「いたゝきに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「頂にも」と「も」を補訂する。『新大系』は底本のまま「頂に」とする。
1.7.1 注釈141 【一つにてもまた取り争ふべき人なし】 遺産をすべてこの娘に贈るという趣旨。
1.7.2 注釈142 【ただ真心に思し顧みさせたまはば】 『集成』は「少将に対して「おぼしかへりみ」「させたまはば」という最高に重い敬語を用いる親心」と注す。
1.7.2 注釈143 【大臣の位を求めむと思し願ひて、世になき宝物をも尽くさむとしたまはむに】 左近少将が贖労によって大臣の地位を獲得する意。
1.7.2 注釈144 【なきものはべるまじ】 常陸介は何でも調達する意。
1.7.3 注釈145 【かの御ためにも】 大島本は「かの御ためにも」とある。『完本』は諸本に従って「かの御ためも」と「に」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「かの御ためにも」とする。
1.7.4 注釈146 【妹にも】 仲人の妹。浮舟付きの女房。
1.7.4 注釈147 【あなた】 浮舟の母北の方のもと。
1.7.4 注釈148 【聞こゆれば】 仲人が左近少将に。
1.7.4 注釈149 【すこし鄙びてぞある」とは聞きたまへど】 左近少将は常陸介を少し田舎じみた人だと聞いていたが、の意。「たまふ」は少将に対す敬語。
1.7.4 注釈150 【大臣にならむ贖労を】 「贖労」は財物を納めて官職を得ること。
1.7.4 注釈151 【耳とどまりける】 大島本は「とゝまり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「とまり」と「ゝ」を削除する。『新大系』は底本のまま「とどまり」とする。
1.7.5 注釈152 【さて、かの】 以下「いさや」まで、少将の詞。
1.7.7 注釈153 【何か。北の方も】 以下「申されけるなりけり」まで、仲人の詞。
1.7.7 注釈154 【かの姫君をば】 二番目の娘。常陸介との間にできた娘。浮舟の異父妹。
1.7.7 注釈155 【たまふなりけり】 大島本は「なりけり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「なり」と「けり」を削除する。『新大系』は底本のまま「なりけり」とする。
1.7.7 注釈156 【ただ中のこのかみにて、年も大人びたまふを】 浮舟をさしていう。娘たちの中で最年長。二十歳ほど。
1.7.8 注釈157 【月ごろは】 以下「頼もしき事をこそ」まで、少将の心中。
1.7.8 注釈158 【つらしと思はれ】 北の方から少将が恨まれる。
1.7.8 注釈159 【いとまたくかしこき君にて】 『完訳』は「実に抜け目のない、しっかり者。語り手の揶揄。挿入句的辞句」と注す。

第八段 浮舟の縁談、破綻す

1.8.2 注釈160 【あはれや】 以下「こそ悲しけれ」まで、北の方の心中。
1.8.2 注釈161 【のたまふらむさまに】 大島本は「さまに」とある。『完本』は諸本に従って「さまにも」と「も」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「さまに」とする。
1.8.2 注釈162 【他の音聞きは、守の子とも思ひ分かず】 世間の評判では浮舟を常陸介の子と区別しない。すなわち受領の子と同じ。
1.8.2 注釈163 【また、実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ】 また一方で、八宮の子であることを知っている人も宮の子として認知されない子として卑しめるのが悲しい。
1.8.4 注釈164 【いかがはせむ】 以下「のたまふめるを」まで、北の方の心中。
1.8.5 注釈165 【媒のかく言よくいみじきに、女はましてすかされたるにやあらむ】 『湖月抄』は「草子地也」。『完訳』は「以下、語り手の評言」と注す。
1.8.5 注釈166 【明日明後日と思へば】 『完訳』は「中将の君の心に即した行文」と注す。
1.8.5 注釈167 【こなたにも】 浮舟の部屋。
1.8.5 注釈168 【ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて】 『集成』は「仲人の話したことをそのまま伝える体」。『完訳』は「仲人の言う話を一方的に語る」と注す。
1.8.6 注釈169 【我を思ひ隔てて】 以下「御心と許し申しつる」まで、常陸介の詞。
1.8.6 注釈170 【吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける】 大島本は「ける」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「けるが」と「が」を補訂する。『新大系』は底本のまま「ける」とする。私の実の娘の求婚者を横取りする、意。
1.8.6 注釈171 【めでたからむ御娘をば】 浮舟をさす。皮肉な物言い。
1.8.6 注釈172 【卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞ】 浮舟が八宮という皇族の血を引くのに対して、常陸介の娘は受領の子。
1.8.6 注釈173 【いやしうも】 漢文訓読語「苟も」の音便形。男性の物言い。
1.8.6 注釈174 【もはら本意なしとて】 漢文訓読語「専ら」。男性の物言い。
1.8.6 注釈175 【思ひなりたまふべかなれば】 大島本は「おもひなり給へかなれハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひなりたまひぬべかなれば」と校訂する。『新大系』は底本のまま「思ひなり給べかなれば」とする。

第二章 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる


第一段 浮舟の母と乳母の嘆き

2.1.1 注釈176 【こなたに渡りて見るに】 北の方が浮舟の部屋に。
2.1.2 注釈177 【心憂きものは】 以下「ありにしがな」まで、北の方の詞。
2.1.2 注釈178 【おのれは】 一人称。卑下して言うニュアンス。
2.1.2 注釈179 【この君のゆかりと思はむ人のためには】 浮舟の婿のためには、の意。
2.1.2 注釈180 【さし越えて】 浮舟を差し置いて、の意。
2.1.3 注釈181 【近きあたりに】 同じ家の中で。
2.1.3 注釈182 【あひあひにたる世の人のありさまを】 『集成』は「どちらもお似合いの当節の人のしそうなことだし」。「完訳』は「介も少将もお似合いの、当節の人のしそうなことだから」と訳す。
2.1.4 注釈183 【とうち嘆きつつ言ふ】 大島本は「うちなけきつゝ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「泣きつつ」と「け」を削除する。『新大系』は底本のまま「嘆きつつ」とする。
2.1.4 注釈184 【わが君を】 浮舟をさす。
2.1.5 注釈185 【何か、これも御幸ひにて】 以下「思し寄りねかし」まで、乳母の詞。浮舟の破談も幸運ゆえかもしれない、と強がりを言う。
2.1.5 注釈186 【君なれば】 左近少将をさす。
2.1.5 注釈187 【わが君をば】 浮舟をさす。
2.1.6 注釈188 【大将殿の御さま容貌の、ほのかに見たてまつりしに】 薫。『完訳』は「かねて交際をと願う薫に想到。乳母は宇治の山荘で宿り合せた折、薫をかいま見たか」と注す。
2.1.6 注釈189 【あはれにはた聞こえたまふなり】 『集成』は「それに、心から世話したいと仰せだとのことではありまんか」。『完訳』は「それにまた、こちらに深いおぼしめしがおありとの由です」と訳す。「なり」伝聞推定の助動詞。
2.1.8 注釈190 【あな、恐ろしや】 以下「たてまつらむ」まで、北の方の詞。
2.1.8 注釈191 【人の言ふを聞けば】 世間の人の噂。
2.1.8 注釈192 【おぼろけならむ人をば見じと】 薫の結婚観。『集成』は「長年、並々の人とは結婚する気はないとおっしゃって。薫が、出生の秘密や大君への執心から、権門との結婚を避けてきたことが、外部にはこう受け取られていたのである」と注す。
2.1.8 注釈193 【右の大殿】 霧をさす。「宿木」巻に六の君との結婚話が語られていた。
2.1.8 注釈194 【按察使大納言】 紅梅の大納言。故柏木の弟。「竹河」巻に薫を婿にと願っていた。
2.1.8 注釈195 【式部卿宮などの】 初出の人。蜻蛉の宮と呼称される。桐壺帝の皇子。薫の叔父に当たる人。
2.1.8 注釈196 【ほのめかしたまひけれど】 薫の縁談を申し込んだ。
2.1.8 注釈197 【帝の御かしづき女を】 今上帝の女二宮との結婚。「宿木」巻に語られている。
2.1.8 注釈198 【いかばかりの--思さむ】 反語表現。
2.1.9 注釈199 【かの母宮などの御方にあらせて、時々も見むとは思しもしなむ】 薫の母女三宮のもとに浮舟をおいて、召人のように扱う。
2.1.9 注釈200 【それはた、げにめでたき御あたりなれども】 召人として仕えるのも結構な勤め先だが。
2.1.9 注釈201 【胸痛かるべきことなり】 『集成』は「とても気の揉めることでしょう。女房扱いの、かりそめの相手ではたまらない、と言う」と注す。
2.1.9 注釈202 【宮の上の】 中君。浮舟の異母姉。
2.1.9 注釈203 【もの思はしげに思したるを見れば】 『完訳』は「中の君の、正妻ならざる嘆き。匂宮と六の君の結婚以来の苦悩」と注す。
2.1.9 注釈204 【わが身にても知りにき】 北の方の体験。『完訳』は「以下、貴人八の宮の愛人として辛酸をなめた自らの体験による」と注す。
2.1.10 注釈205 【故宮の御ありさまは】 故八宮の人柄。
2.1.10 注釈206 【人数にも思さざりしかば】 『集成』は「(私を)人並みには思って下さらなかったから。女房として、一段下に見下していられたから」と注す。
2.1.10 注釈207 【このいと言ふかひなく】 現在の夫常陸介をいう。
2.1.11 注釈208 【こそ憎けれ】 係結びの法則、逆接用法。
2.1.12 注釈209 【よろづのこと、わが身からなりけりと思へば】 万事こちらの身分によるのだ。『完訳』は「身分を思えば、薫の申し出も躊躇なく受ける気にはならない、と言う」と注す。
2.1.12 注釈210 【見たてまつれ】 大島本は「みたてまつれと(と#)」とある。すなわち「と」をミセケチにする。『完本』は諸本と底本の訂正以前本文に従って「見たてまつれど」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「見たてまつれ」とする。

第二段 継父常陸介、実娘の結婚の準備

2.2.2 注釈211 【女房など】 以下「改むまじ」まで、常陸介の詞。
2.2.2 注釈212 【こなたに】 浮舟方に。
2.2.2 注釈213 【このほどは、あらせたまへ】 『集成』は「当座の間私の方に貸して下さい」と訳す。
2.2.2 注釈214 【やがて、帳なども】 浮舟の結婚のために新調した御帳台をそのまま妹の結婚に使う。
2.2.2 注釈215 【とかく改むまじ】 実娘の部屋は模様替えせず、浮舟の部屋を結婚の部屋に使う意向。
2.2.3 注釈216 【西の方に来て】 浮舟の部屋に常陸介が来て。
2.2.3 注釈217 【御方は、北面に居たり】 浮舟は西の対の南北に仕切った北側の部屋にいた。
2.2.4 注釈218 【人の御心は】 以下「なくやはある」まで、常陸介の詞。「人の御心」とは北の方の気持ちをさす。
2.2.4 注釈219 【さはれ、世に母なき子は、なくやはある】 大島本は「さはれ」とある。『完本』は諸本に従って「されば」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「さはれ」とする。反語表現。『完訳』は「世間には母のない子もいる。母親に顧みられずともと居直る」と注す。
2.2.5 注釈220 【娘を】 常陸介の娘。
2.2.5 注釈221 【乳母と】 浮舟の異父妹の乳母。乳母は子それぞれに付く。
2.2.5 注釈222 【十五、六のほどにて】 浮舟の異父妹の年齢。当時としては結婚に早すぎる年齢ではない。
2.2.5 注釈223 【いと小さやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて】 小柄でふっくらして髪は長く豊富、当時の美人の条件をかなえている。
2.2.5 注釈224 【これを】 この娘を。常陸介の実娘。
2.2.6 注釈225 【何か、人の異ざまに】 以下「口惜しくてなむ」まで、常陸介の詞。「人」は北の方、「人の異ざまに」は浮舟のために、の意。
2.2.6 注釈226 【思ひ構へられける人をしも、と】 左近少将をさす。「しも」副助詞、よりによって、こともあろうに--、というニュアンスを添える。
2.2.6 注釈227 【人柄のあたらしく、警策に】 左近少将の人柄。格別に優れた人物である、という。
2.2.7 注釈228 【かの仲人にはかられて言ふもいとをこなり】 『集成』は「草子地」。『完訳』は「語り手の評言」と注す。
2.2.7 注釈229 【男君も】 左近少将。
2.2.7 注釈230 【よろづの罪あるまじう思ひて】 何の支障もないように思って。
2.2.7 注釈231 【その夜も替へず】 浮舟と予定していた結婚の日取り時刻を変えずに。

第三段 浮舟の母、京の中君に手紙を贈る

2.3.1 注釈232 【母君、御方の乳母】 浮舟の母と浮舟の乳母。
2.3.1 注釈233 【とかく見扱ふも】 あれこれと婿君の世話をすること。
2.3.1 注釈234 【宮の北の方の御もとに】 中君をさす。『完訳』は「「北の方」の呼称、やや異例」と注す。「宿木」に薫の詞中に「兵部卿宮の北の方」とあったが、ここは地の文。
2.3.2 注釈235 【そのこととはべらでは】 以下「頼もしき方にはまづなむ」まで、北の方の手紙文。
2.3.2 注釈236 【つつしむべきことはべりて】 物忌みと偽って、浮舟をそちらに方違えさたい、と願う。
2.3.2 注釈237 【さぶらひぬべき】 大島本は「さふらひぬへき」とある。『完本』は諸本に従って「さぶらひたまひぬべき」と「たまひ」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「さぶらひぬべき」とする。
2.3.2 注釈238 【頼もしき方には】 中君をさす。
2.3.3 注釈239 【あはれとは見たまひけれど】 主語は中君。
2.3.3 注釈240 【故宮の、さばかり】 故父八宮が。以下「見苦しかるべけきわざ」まで、中君の心中。末尾は地の文に流れる。
2.3.3 注釈241 【やみにし人を】 浮舟をさす。
2.3.3 注釈242 【見苦しきさまにて世にあぶれむも】 主語は浮舟。
2.3.3 注釈243 【かたみに散りぼはむも】 『集成』は「中の君自身も後見のない心細い身の上である」と注す。
2.3.3 注釈244 【亡き人の御ために見苦しかるべき】 故父八宮にとって不面目なこと。
2.3.3 注釈245 【思しわづらふ】 主語は中君。
2.3.4 注釈246 【大輔】 中君付きの女房。『完訳』は「浮舟の母とは往年の同僚女房」と注す。
2.3.5 注釈247 【さるやうこそは】 以下「世の常のことなり」まで、大輔の詞。
2.3.5 注釈248 【かかる劣りの者の、人の御中に】 『集成』は「このような母の卑しい者が、ごきょうだいのなかに」。『完訳』は「こうした母親の身分の低いご姉妹がおられるというのも」と訳す。「劣り」は母親をさす。
2.3.5 注釈249 【世の常のことなり】 大島本は「よのつねの事なり」とある。『完本』は諸本に従って「世の常のことなり。あまりいと情なくのたまはせしことなり」と「あまりいと情なくのたまはせしことなり」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「世の常のことなり」とする。
2.3.7 注釈250 【さらば、かの】 以下「しばしのほど」まで、大輔の詞。浮舟の母への返事の趣旨。
2.3.8 注釈251 【いとうれしと思ほして】 主語は浮舟の母。
2.3.8 注釈252 【御方も、かの御あたりをば】 浮舟も中君を。
2.3.8 注釈253 【なかなか、かかることどもの出で来たるを】 かえって少将との縁談が破談になって妹が結婚することになったことがうれしい。

第四段 母、浮舟を匂宮邸に連れ出す

2.4.1 注釈254 【押しまろがして投げ出でつ】 少将の下人たちへの引出物として、無造作に簾の下から投げ出した。巻絹にして与える。腰差という。
2.4.2 注釈255 【君も】 左近少将。
2.4.2 注釈256 【北の方、「このほどを見捨てて知らざらむも】 浮舟の母。『完訳』は「当座の婚儀を知らぬ顔に外出するのも片意地にすねているようだと我慢し、傍観する」と注す。
2.4.2 注釈257 【ただするままにまかせて】 夫の常陸介のなすままに任せて。
2.4.3 注釈258 【客人の御出居、侍ひと】 客人の少将の接待の部屋や供人の控え所などと。
2.4.3 注釈259 【源少納言、東の対には住む】 先妻の娘婿が東の対に住む。係助詞「は」は他との区別のニュアンス。
2.4.3 注釈260 【男子などの多かるに】 常陸介の男の子たち。
2.4.3 注釈261 【この御方に】 これまで浮舟がいた西の対。
2.4.3 注釈262 【廊などほとりばみたらむに住ませたてまつらむも、飽かずいとほしくおぼえて】 母北の方は浮舟を渡廊のような端に住ませるのは気の毒に思って。
2.4.3 注釈263 【宮にとは思ふなりけり】 『一葉抄』は「注にかけり」と指摘。
2.4.4 注釈264 【この御方ざまに】 以下「あなづるなめり」まで、母北の方の心中の思い。浮舟にはれっきとした後見人がいない。
2.4.4 注釈265 【ことに許いたまはざりしあたりを】 故父八の宮は生前に浮舟を認知しなかった。その遺族の中君のもとに行くこと。
2.4.4 注釈266 【西の廂の北に寄りて】 中君の居所である西の対の西廂の北側。
2.4.5 注釈267 【かくはかなかりつれど】 大島本は「はかなかり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「はるかなり」と校訂「する。『新大系』は底本のまま「はかなかり」とする。
2.4.5 注釈268 【疎く思すまじき人なれば】 浮舟の母は中君の母の姪に当たる縁者。
2.4.5 注釈269 【恥ぢたまはず】 主語は中君。『集成』は「几帳に身を隠したりはなさらないで」と注す。
2.4.5 注釈270 【けはひことにて】 『集成』は「とても上品な感じで」。常陸介邸の様子とはまるで違った感じ。
2.4.5 注釈271 【若君の御扱ひを】 この二月に誕生した男の子のお世話。
2.4.5 注釈272 【うらやましくおぼゆるも】 主語は浮舟の母。
2.4.6 注釈273 【我も、故北の方には】 以下「あなづらるる」まで、浮舟の母の心中の思い。「故北の方」は中君の母北の方。
2.4.6 注釈274 【仕うまつるといひしばかりに】 大島本は「いひしひかりに」とある。『集成』『完本』『新大系』は「言ひしばかりに」と校訂する。女房として仕えたばかりに。
2.4.6 注釈275 【数まへられたてまつらず】 八の宮から妻の一人として扱ってもらえず。「られ」受身の助動詞。「たてまつる」謙譲の補助動詞は、為手である八の宮に対する敬意。
2.4.7 注釈276 【かくしひて睦びきこゆるもあぢきなし】 『完訳』は「強引にも哀訴しなければならぬわが身の卑屈さを思う」と注す。
2.4.7 注釈277 【ここには、御物忌と言ひてければ】 浮舟のいる部屋。
2.4.7 注釈278 【こたみは、心のどかにこの御ありさまを見る】 主語は母北の方。

第五段 浮舟の母、匂宮と中君夫妻を垣間見る

2.5.1 注釈279 【宮渡りたまふ】 以下、母北の方が見た匂宮邸の様子。「宮」は匂宮。
2.5.1 注釈280 【わが頼もし人に思ひて】 常陸介をさす。
2.5.1 注釈281 【あひひざまづきさぶらひて】 『集成』は「〔お前に〕いっせいに膝まずいたまま控えて」と訳す。
2.5.2 注釈282 【わが継子の式部丞にて蔵人なる】 常陸介の先妻の子。式部丞兼蔵人。六位相当官。
2.5.2 注釈283 【御あたり】 匂宮の近く。
2.5.3 注釈284 【あはれ、こは何人ぞ】 以下「いみじかるべきわざかな」まで、母北の方の心中の思い。匂宮の素晴らしさに感嘆。
2.5.3 注釈285 【めでたさよ】 中君の幸運を思う。
2.5.3 注釈286 【この御ありさま容貌を】 匂宮の容姿や容貌をさす。
2.5.4 注釈287 【女君】 中君。
2.5.4 注釈288 【短き几帳を隔てておはするを】 三尺の几帳。夫匂宮との間に置く。
2.5.4 注釈289 【押しやりて、ものなど聞こえたまふ】 主語は匂宮。
2.5.4 注釈290 【御容貌ども、いときよらに似合ひたり】 匂宮と中君。似合いの夫婦。『完訳』は「中の君の居所は西の対。中将の君は西廂の北側からかいま見る」と注す。
2.5.4 注釈291 【故宮の寂しくおはせし御ありさまを】 故父八の宮の生前の様子。
2.5.4 注釈292 【思ひ比ぶるに】 主語は母北の方。
2.5.4 注釈293 【宮たちと聞こゆれど】 以下「こそありけれ」まで、母北の方の感想。
2.5.5 注釈294 【几帳の内に入りたまひぬれば】 大島本は「木丁のうちに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「帳」と「木」を削除する。『新大系』は「木丁」のままとする。主語は匂宮。諸本は「丁(帳)」とある。とすると、御帳台の中に、の意となる。
2.5.5 注釈295 【人びと参り集まれど】 『完訳』は「宮の威勢に追従する官人たち」と注す。
2.5.5 注釈296 【悩ましとて、大殿籠もり暮らしつ】 主語は匂宮。
2.5.5 注釈297 【わがいみじきことを尽くすと】 以下「口惜しかりけり」まで、母北の方の思い。わが家で浮舟のためにどんなに善美を尽くそうとしても。
2.5.5 注釈298 【わが娘も】 以下「つかふべかりけり」まで、母北の方の思い。浮舟もこのような尊貴な方の側においても遜色あるまい、の意。
2.5.5 注釈299 【さし並べたらむには】 大島本は「さしならへたらむにハ」とある。『完本』は諸本に従って「さし並べたらむに」と「ハ」を削除する。『集成』『新大系』は「さし並べたらむには」のままとする。
2.5.5 注釈300 【父ぬしの、后にもなしてむと】 常陸介。娘の父親というニュアンス。『完訳』は「財力を頼んで、父の介が、后にでもさせようとしている娘たちは、同じ自分(中将の君)の子ながら浮舟とは人品が違う。八の宮の血を引く浮舟の高貴さを思う」と注す。
2.5.5 注釈301 【心は高くつかふべかりけり】 『集成』は「理想は高く持つべきものだったと。身分の高い婿君と結婚させるべきだ、と考えを改める」と注す。

第六段 浮舟の母、左近少将を垣間見て失望

2.6.2 注釈302 【后の宮】 以下「参るべし」まで、匂宮の詞。母明石中宮がご不例。
2.6.3 注釈303 【ゆかしうおぼえて】 主語は母北の方。
2.6.3 注釈304 【こなたより出でたまふ】 匂宮は寝殿に戻らず、中君のいる西の対から出かける。
2.6.4 注釈305 【今朝より参りて】 匂宮の従者たち。朝から参上して控えている。
2.6.4 注釈306 【きよげだちて、なでふことなき人の】 左近少将。
2.6.4 注釈307 【御前にて】 匂宮の御前。
2.6.5 注釈308 【かれぞ、この】 以下「たよりのあるぞ」まで、女房たちの詞。
2.6.5 注釈309 【初めは御方にと】 大島本は「御かたに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「この御方に」と「この」を補訂する。『新大系』は「御方に」のままとする。
2.6.5 注釈310 【持たるななり】 大島本は「もたるなゝり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「得たる」と校訂する。『新大系』は「持たる」のままとする。
2.6.6 注釈311 【この御あたりの人は】 中君の二条宮邸の女房たちをさす。
2.6.6 注釈312 【かの君の方より】 少将方からの情報。
2.6.7 注釈313 【聞くらむとも知らで】 主語は母北の方。
2.6.7 注釈314 【げに、ことなることなかるべかりけり】 母北の方の心中の思い。
2.6.7 注釈315 【あなづらはしく思ひなりぬ】 主語は母北の方。左近少将を。
2.6.8 注釈316 【うち見たまひて】 主語は匂宮。
2.6.9 注釈317 【御心地よろしく見えたまはば】 以下「苦しけれ」まで、匂宮の詞。
2.6.9 注釈318 【宿直にぞ】 下に「はべらむ」などの語句が省略。
2.6.9 注釈319 【一夜を隔つるもおぼつかなきこそ】 『集成』は「恋の思いをいう歌語的表現」。『完訳』は「若君への執着を、恋の執心の常套表現で表す」と注す。
2.6.10 注釈320 【返す返す見るとも見るとも】 主語は母北の方。
2.6.10 注釈321 【さうざうしくぞ眺めらるる】 主語は母北の方。以上、母北の方の目と心を通しての叙述。

第三章 浮舟の物語 浮舟の母、中君に娘の浮舟を託す


第一段 浮舟の母、中君と談話す

3.1.1 注釈322 【女君の御前に出で来て】 浮舟の母が中君の御前に。
3.1.1 注釈323 【いみじくめでたてまつれば】 浮舟の母が匂宮の素晴らしさを。
3.1.1 注釈324 【田舎びたる、と思して笑ひたまふ】 主語は中君。
3.1.2 注釈325 【故上の亡せたまひしほどは】 以下「飽かぬことなれ」まで、母北の方の詞。「故上」は中君の母上。
3.1.2 注釈326 【いかにならせたまはむと】 主語は中君の母上。
3.1.2 注釈327 【見たてまつる人も】 故母上付きの女房たち。
3.1.2 注釈328 【故宮も】 故父八の宮。
3.1.2 注釈329 【こよなき御宿世のほどなりければ】 『集成』葉「不遇な生い立ちはむしろ異数の出世の予兆であった、という考え方」。『完訳』は「異数の運勢なればこそ山里での不遇な生い立ちだった、の理屈」と注す。
3.1.2 注釈330 【生ひ出でさせたまひしにこそありけれ】 主語は中君。
3.1.2 注釈331 【故姫君の】 中君の姉大君。
3.1.3 注釈332 【君もうち泣きたまひて】 中君。
3.1.4 注釈333 【世の中の恨めしく】 以下「口惜しけれ」まで、中君の詞。
3.1.4 注釈334 【すこしも思ひ慰めつべき折もあるを】 若宮誕生などをさす。
3.1.4 注釈335 【いにしへ頼みきこえける蔭どもに】 両親をさす。
3.1.4 注釈336 【この御ことは】 姉大君の死去をさす。
3.1.4 注釈337 【大将の】 薫。
3.1.4 注釈338 【見るにつけても】 主語は話者の中君。
3.1.6 注釈339 【大将殿は】 以下「したまはざらましや」まで、浮舟の母の詞。
3.1.6 注釈340 【おはしまさましかば】 大君が生きていらっしゃったら。「--ましや」反実仮想の構文。大君が亡くなられたので、女二宮の降嫁が行われた、の意。
3.1.6 注釈341 【このこと、せかれしも】 「このこと」は帝の女二宮の降嫁。「せかれ」は「塞く」、取り止めになる意。
3.1.8 注釈342 【いさや、やうのものと】 以下「後見ありきたまふめる」まで、中君の詞。姉妹ともに同じ境遇になろう、の意。姉大君は帝の女二宮が、自分中君は夕霧の六の君が、それぞれ正妻として迎えられ、側室の立場となる。
3.1.8 注釈343 【なかなかにやあらまし】 反実仮想の構文。
3.1.8 注釈344 【見果てぬにつけて】 主語は大君。途中で亡くなった意。
3.1.8 注釈345 【心にくくもある世にこそ、と思へど】 大島本は「世にこそと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「世にこそはと」と「は」を補訂する。『新大系』は「世にこそと」のままとする。『集成』は「いつまでも心に残る仲なのだ」。『完訳』は「そのために奥ゆかしくも思われる間柄なのでしょう」と訳す。
3.1.8 注釈346 【かの君は】 薫。
3.1.8 注釈347 【故宮の】 故八の宮。
3.1.10 注釈348 【かの過ぎにし御代はりに】 以下「御心深さなる」まで、浮舟の母の詞。故大君の代わりに娘の浮舟を引き取って。
3.1.10 注釈349 【この数ならぬ人を】 浮舟をさす。
3.1.10 注釈350 【さもやと】 薫の意向どおりに。
3.1.10 注釈351 【思うたまへ寄るべき】 「たまへ」謙譲の補助動詞。
3.1.10 注釈352 【一本ゆゑに】 『異本紫明抄』は「紫のひともとゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ思ふ」(古今集雑上、八六七、読人しらず)を指摘。
3.1.10 注釈353 【あはれになむ思うたまへらるる御心深さなる】 『集成』は「しみじみとおやさしいお方と思われます昔を忘れぬお心深さです」と訳す。
3.1.11 注釈354 【この君を】 娘の浮舟を。

第二段 浮舟の母、娘の不運を訴える

3.2.1 注釈355 【人も聞きけりと思ふに】 主語は浮舟の母。女房も聞き知っている。
3.2.1 注釈356 【少将の思ひあなづりけるさま】 左近少将が結婚相手を浮舟から妹に乗り換えたことをさす。
3.2.2 注釈357 【命はべらむ限りは】 以下「思ひ寄りはべる」まで、浮舟の母の詞。主語は浮舟の母。
3.2.2 注釈358 【尼になして】 浮舟を尼にして。
3.2.2 注釈359 【さる方に世の中を思ひ絶えてはべらましなど】 主語は浮舟の母。「はべる」とあるので、自分自身のこと。自分も出家生活をする。 【はべらましなど】-「まし」推量の助動詞、仮想の意。
3.2.4 注釈360 【げに、心苦しき】 以下「御さまにこそ」まで、中君の詞。
3.2.4 注釈361 【かやうになりぬる人】 父親に先立たれた子。
3.2.4 注釈362 【堪へぬわざなりければ】 大島本は「たえぬわさ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「え堪へぬ」と「え」を補訂する。『新大系』は「耐えぬ」のままとする。
3.2.4 注釈363 【むげにその方に】 山住みの生活をさす。
3.2.4 注釈364 【思ひおきてたまへりし】 主語は父八の宮。
3.2.4 注釈365 【やついたまはむも】 髪を落とすこと、出家することをいう。
3.2.5 注釈366 【ねびにたるさまなれど】 浮舟の母の姿態。『完訳』は「以下、語り手のやや諧謔的な批評」と注す。
3.2.5 注釈367 【常陸殿とは見えける】 『集成』は「いかにも田舎者の受領の妻といった風情、と茶化した草子地」と注す。
3.2.6 注釈368 【故宮の】 以下「慰みはべる」まで、浮舟の母の詞。
3.2.6 注釈369 【思し放ちたりしに】 八の宮が浮舟を。
3.2.7 注釈370 【浮島のあはれなりしことも】 『花鳥余情』は「塩釜の前に浮きたる浮島の浮きて思ひのある世なりけり」(古今六帖三、塩釜)を指摘。
3.2.8 注釈371 【わが身一つのと】 大島本は「わか身ひとつのと」とある。『完本』は諸本に従って「わが身ひとつと」と「の」を削除する。『集成』『新大系』は「わが身ひとつの」のままとする。以下「知りはべらじ」まで、浮舟の母の詞。『源氏釈』は「大方はわが身一つの憂きからになべての世をもうらみつるかな」(拾遺集恋五、九五三、読人しらず)。『異本紫明抄』は「世の中は昔よりやは憂かりけむわが身一つのためになれるか」(古今集雑下、九四八、読人しらず)を指摘。
3.2.8 注釈372 【筑波山のありさまも】 『紫明抄』は「筑波山端山繁山繁けれど思ひ入るには障らざりけり」(重之集)を指摘。ここは常陸国の歌枕として引用。
3.2.8 注釈373 【あきらめきこえさせて】 主語は話者の浮舟の母。中君に。
3.2.8 注釈374 【いつも】 大島本は「いつも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いつもいつも」と「いつも」を補訂する。『新大系』は「いつも」のままとする。
3.2.8 注釈375 【かしこにはよからぬあやしの者ども】 自邸の常陸介との間にできた娘たち。
3.2.8 注釈376 【かかるほどのありさまに】 受領の妻という身。
3.2.8 注釈377 【この君は】 浮舟。
3.2.8 注釈378 【ただ任せきこえさせて、知りはべらじ】 中君に浮舟を。自分は構わない。
3.2.9 注釈379 【げに、見苦しからでもあらなむ】 中君の心中の思い。浮舟によい結婚をしてほしいと思う。

第三段 浮舟の母、薫を見て感嘆す

3.3.1 注釈380 【容貌も心ざまも】 以下、中君から見た浮舟像。
3.3.1 注釈381 【昔の人の御さまに】 故大君の様子に。
3.3.1 注釈382 【おぼえたてまつりてぞあるや】 中君の心中と語り手の驚きとが融合した叙述。間投助詞「や」はその両義性ある表現。
3.3.1 注釈383 【かの人形求めたまふ人に見せたてまつらばや】 中君の心中の思い。浮舟を薫に逢わせたい。
3.3.2 注釈384 【大将殿参りたまふ】 女房の詞。
3.3.3 注釈385 【人聞こゆれば】 女房が中君に。
3.3.4 注釈386 【いで、見たてまつらむ】 以下「え並びたまはじ」まで、浮舟の母の詞。薫を拝見しよう。
3.3.4 注釈387 【ほのかに見たてまつりける人】 浮舟の乳母。
3.3.4 注釈388 【いみじきものに】 『集成』は「大層ご立派な方と」と訳す。
3.3.4 注釈389 【宮の御ありさまに】 匂宮のご様子。
3.3.6 注釈390 【いさや、えこそ聞こえ定めね】 中君付きの女房の詞。
3.3.8 注釈391 【いかばかり】 以下「たてまつらむ」まで、浮舟の母の詞。
3.3.9 注釈392 【今ぞ、車より降りたまふなる】 女房の詞。「なる」は伝聞推定の助動詞。『集成』は「気配で察する体」と注す。
3.3.9 注釈393 【待たれたまふほどに】 大島本は「またれ給」とある。『完本』は諸本に従って「待たれたる」と校訂する。『集成』『新大系』は「待たれたまふ」のままとする。
3.3.9 注釈394 【げに、あなめでた】 以下、浮舟の母の目を通しての叙述。
3.3.9 注釈395 【をかしげとも見えずながら】 『完訳』は「色めかしい風情とも見えぬが、の意か。誠実さを強調するか」と注す。
3.3.9 注釈396 【なまめかしうあてにきよげなるや】 大島本は「あてにきよけなるや」とある。『完本』は諸本に従って「きよげなるや」と「あてに」を削除する。『集成』『新大系』は「あてにきよげなるや」のままとする。
3.3.10 注釈397 【すずろに見え苦しう】 『集成』は「うっかり対面するのも憚られるほど立派なお姿で。薫の優雅さや気品に圧倒される思い」と注す。
3.3.10 注釈398 【額髪なども】 自分の額髪。
3.3.10 注釈399 【内裏より参りたまへるなるべし】 浮舟の母の推測。
3.3.10 注釈400 【御前どものけはひ】 薫の御前駆。前駆の場合、「御前」は「ごぜん」と読む。
3.3.11 注釈401 【昨夜、后の宮の】 以下「聞こえさせてなむ」まで、薫の詞。
3.3.11 注釈402 【見たてまつりて】 明石中宮を。
3.3.11 注釈403 【宮の御代はりに】 匂宮の代わり。
3.3.11 注釈404 【今朝もいと懈怠して参らせたまへるを】 主語は匂宮。匂宮の遅参。
3.3.11 注釈405 【あいなう】 『集成』は「失礼ながら」「冗談にいう」。『完訳』は「私としてはあらずもがなのことですけれど」と訳す。
3.3.13 注釈406 【げに】 以下「御用意になむ」まで、中君の詞。『完訳』は「冗談をきまじめに受け流す趣」と注す。
3.3.13 注釈407 【御用意】 薫の気づかいをいう。
3.3.14 注釈408 【見おきて】 主語は薫。
3.3.14 注釈409 【ただならずおはしたるなめり】 『細流抄』は「草子地也」と指摘。「なめり」は語り手の推測。

第四段 中君、薫に浮舟を勧める

3.4.1 注釈410 【ただいにしへの忘れがたく】 亡き大君を。
3.4.2 注釈411 【さしも、いかでか】 以下「名残なからじとにや」まで、中君の心中の思い。
3.4.2 注釈412 【浅からず言ひ初めてしことの筋なれば】 『完訳』は「最初に深い思いを訴えたので、忘れたと思われたくないせいか」と注す。
3.4.2 注釈413 【岩木ならねば】 『異本紫明抄』は「人は木石に非ず、皆情有り」(白氏文集、李夫人)を指摘。
3.4.3 注釈414 【かかる御心をやむる禊を】 『異本紫明抄』は「恋せじとみたらし河にせし禊神はうけずもなりにけるかな」(古今集恋一、五〇一、読人しらず)を指摘。
3.4.3 注釈415 【思ほすにやあらむ】 語り手の推測。挿入句的に挟み込む。
3.4.3 注釈416 【かの人形】 浮舟をさす。
3.4.4 注釈417 【いと忍びてこのわたりになむ】 中君の詞。
3.4.5 注釈418 【かれも】 薫をさす。
3.4.6 注釈419 【いでや、その本尊】 以下「濁りぬべく」まで、薫の詞。
3.4.8 注釈420 【うたての御聖心や】 中君の詞。冗談に言う。
3.4.10 注釈421 【いで、さらば】 以下「ゆゆしく」まで、薫の詞。
3.4.12 注釈422 【見し人の形代ならば身に添へて--恋しき瀬々のなでものにせむ】 薫の詠歌。「見し人」は故大君。「瀬々」と「なでもの」は縁語。
3.4.14 注釈423 【みそぎ河瀬々に出ださむなでものを--身に添ふ影と誰れか頼まむ】 中君の返歌。薫の「身に」「瀬々」「なでもの」の語句を受けて返す。『完訳』は「「なでもの」は水に流すものだから、生涯の伴侶と誰が頼みにしよう、と切り返した歌」と注す。
3.4.15 注釈424 【引く手あまたに、とかや。いとほしくぞはべるや】 歌に続けた中君の詞。『源氏釈』は「大幣の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ」(古今集恋四、七〇六、読人しらず)を指摘。
3.4.17 注釈425 【つひに寄る瀬は】 以下「慰むべきことぞ」まで、薫の詞。
3.4.17 注釈426 【水の泡にも争ひはべるかな】 『全書』は「水の泡の消えて憂き身と言ひながら流れてなほも頼まるるかな」(古今集恋五、七九二、紀友則)を指摘。
3.4.18 注釈427 【かりそめにものしたる人】 浮舟の母。
3.4.18 注釈428 【あやしくと思ふらむも】 主語は浮舟の母。薫の長居を。
3.4.19 注釈429 【今宵は、なほ、とく帰りたまひね】 中君の詞。

第五段 浮舟の母、娘に貴人の婿を願う

3.5.1 注釈430 【さらば、その客人に】 以下「おこがましきまでなむ」まで、薫の詞。 【その客人に】-浮舟に。
3.5.1 注釈431 【かかる心の願ひ】 浮舟を大君の「形代」として世話したい。
3.5.3 注釈432 【いとめでたく、思ふやうなるさまかな】 大島本は「さまかな」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御さま」と「御」を補訂する。『新大系』は「さま」のままとする。浮舟の母の感想。
3.5.4 注釈433 【乳母ゆくりかに】 以下「思ひけるを」あたりまで、浮舟の心中に即した叙述。途中から直接心中文に競り上がって、再び地の文に吸収されていく。
3.5.4 注釈434 【あるまじきことに言ひしかど】 主語は浮舟の母。
3.5.4 注釈435 【天の川を渡りても、かかる彦星の光を】 『異本紫明抄』は「彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめてよ」(伊勢物語)を指摘。
3.5.5 注釈436 【寄りゐたまへりつる真木柱も】 『源氏釈』は「わぎもこが来ては寄り立つ真木柱そもむつまじきゆかりと思へば」(出典未詳)を指摘。
3.5.5 注釈437 【言へばいとことさらめきたるまでありがたし】 語り手と浮舟の母の感想が一体化した叙述。
3.5.5 注釈438 【時々見たてまつる人だに】 中君付きの女房。
3.5.5 注釈439 【めできこゆ】 薫を。
3.5.6 注釈440 【経などを読みて】 以下「したまひければよ」まで、女房の詞。
3.5.8 注釈441 【前の世こそゆかしき御ありさまなれ】 女房の詞。
3.5.9 注釈442 【すずろに笑みて聞きゐたり】 主語は浮舟の母。

第六段 浮舟の母、中君に娘を託す

3.6.1 注釈443 【君は、忍びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ】 中君は薫が頼んだことを浮舟の母に言う。
3.6.2 注釈444 【思ひ初めつること】 以下「試みたまへかし」まで、中君の詞。主語は薫。
3.6.2 注釈445 【同じことに思ひなして】 『集成』は「それと同じ捨て身になった積りで」と訳す。
3.6.4 注釈446 【つらき目見せず】 以下「せさせたまへ」まで、浮舟の母の詞。
3.6.4 注釈447 【鳥の音聞こえざらむ住まひまで】 『異本紫明抄』は「飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ」(古今集恋一、五三五、読人しらず)を指摘。出家遁世の意。
3.6.4 注釈448 【人の御ありさまけはひを】 薫の様子や感じ。
3.6.4 注釈449 【下仕へのほど】 女房以下の下仕えの身分。
3.6.4 注釈450 【かかる人の御あたりに】 薫の身辺。
3.6.4 注釈451 【数ならぬ身に】 娘の浮舟の身を思う。『異本紫明抄』は「かずならぬ身には思ひのなかれかし人なみなみに濡るる袖かな」(出典未詳)「今はとて忘るる草の種をだに人の心に蒔かせずもがな」(伊勢物語)を指摘。
3.6.4 注釈452 【もの思ふ種】 大島本は「物おもふたね」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「もの思ひの」と校訂する。『新大系』は「物おもふ」のままとする。
3.6.5 注釈453 【それもただ御心になむ】 浮舟の身のふりを。『完訳』は「中の君の考えしだいと委ねる」と注す。
3.6.7 注釈454 【いさや】 以下「知りがたきを」まで、中君の詞。
3.6.9 注釈455 【守の消息など、いと腹立たしげに脅かしたれば】 娘の婚礼の日に外出していたので。
3.6.10 注釈456 【かたじけなく】 以下「教へさせたまへ」まで、浮舟の母の詞。浮舟の身の処遇を依頼する。
3.6.10 注釈457 【巌の中にとも、いかにとも】 『異本紫明抄』は「いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえ来ざらむ」(古今集雑下、九五二、読人しらず)を指摘。
3.6.10 注釈458 【数にはべらずとも】 浮舟の身を謙っていう。
3.6.11 注釈459 【この御方も】 浮舟。

第四章 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる


第一段 匂宮、二条院に帰邸

4.1.1 注釈460 【車引き出づるほどの】 浮舟の母の車。
4.1.1 注釈461 【例ならでおはしますに】 親王である匂宮の常用の車は檳榔毛の車。ここは微行の体なので、網代車であろう。
4.1.1 注釈462 【おしとどめて立てたれば】 浮舟の母の車。
4.1.1 注釈463 【廊に御車寄せて】 匂宮の車。
4.1.2 注釈464 【なぞの車ぞ。暗きほどに急ぎ出づる】 匂宮の詞。
4.1.3 注釈465 【かやうにてぞ、忍びたる所には出づるかし】 匂宮の心中の思い。
4.1.3 注釈466 【御心ならひに思し寄るも、むくつけし】 『全集』は「匂宮の気のまわし方に対する語り手の批評」と注す。
4.1.4 注釈467 【常陸殿のまかでさせたまふ】 常陸介方の供人の詞。その北の方の呼称を「--殿」という。
4.1.6 注釈468 【殿こそ、あざやかなれ】 匂宮方の供人の詞。
4.1.7 注釈469 【げに、こよなの身のほどや】 浮舟の母の心中の思い。
4.1.7 注釈470 【この御方のことを】 浮舟の身の上。
4.1.7 注釈471 【おのれも人びとしくならまほしく】 浮舟の母自分も人並みの貴族になりたいと思う。
4.1.7 注釈472 【正身を】 浮舟本人を。
4.1.8 注釈473 【常陸殿といふ人や】 以下「見えつれ」まで、匂宮の詞。「常陸殿」という男をここちらに通わせているのか、という問い。
4.1.9 注釈474 【聞きにくくかたはらいたし」と思して】 主語は中君。
4.1.10 注釈475 【大輔などが】 以下「なき名は立てで」まで、中君の詞。
4.1.10 注釈476 【人の聞きとがめつべきことを】 まるで中君が常陸殿という男を通わせているかと、誤解されるような言い方をする。
4.1.10 注釈477 【なき名は立てで】 『源氏釈』は「思はむと頼めしこともある物をなき名は立てでただに忘れね」(後撰集恋二、六六二、読人しらず)を指摘。
4.1.12 注釈478 【明くるも知らず大殿籠もりたるに】 『異本紫明抄』は「玉簾明くるも知らで寝しものを夢にも見じと思ひけるかな」(伊勢集)を指摘。
4.1.12 注釈479 【人びとあまた参りたまへば】 夕霧の従者たち。
4.1.12 注釈480 【寝殿に渡りたまひぬ】 主語は匂宮。寝殿で客人に応対。
4.1.12 注釈481 【后の宮は】 明石中宮。

第二段 匂宮、浮舟に言い寄る

4.2.1 注釈482 【宮こなたに渡らせたまへれば】 匂宮、中君のいる西の対へ。
4.2.2 注釈483 【折悪しき御ゆする】 以下「眺めむ」まで、匂宮の詞。
4.2.4 注釈484 【げに、おはしまさぬ】 以下「仕まつらせつるを」まで、大輔の詞。
4.2.4 注釈485 【日ごろも】 大島本は「ひころも」とある。『完本』は諸本に従って「日ごろ」と校訂する。『集成』『新大系』は「日ごろも」のままとする。
4.2.4 注釈486 【今日過ぎば、この月は日もなし。九、十月は】 洗髪入浴は吉日に行われた。『花鳥余情』は「九月は忌む月なり。十月はかみなし月にて髪あらふにはばかる月なるべし」とある。現在は八月。
4.2.6 注釈487 【そなたに】 若君の寝ている所。
4.2.6 注釈488 【西の方に】 西の対の西廂。その北側に浮舟がいる。
4.2.6 注釈489 【さし覗きたまふ】 匂宮が浮舟のいる北側を。
4.2.7 注釈490 【紫苑色のはなやかなるに】 以下、浮舟の衣装。匂宮が見た袖口の色。
4.2.7 注釈491 【屏風の一枚たたまれたるより】 屏風の一枚(曲)が畳まれている。
4.2.7 注釈492 【心にもあらで見ゆるなめり】 地の文が徐々に匂宮の心中文に競り上がってくる叙述。『完訳』は「屏風の一折れだけが畳まれている間から、当の浮舟は気づかないが、匂宮には見えるようだ、の意」と注す。
4.2.7 注釈493 【今参りの口惜しからぬなめり】 匂宮の心中の思い。
4.2.7 注釈494 【人知らず】 浮舟付きの女房の誰も気づかず、の意。
4.2.8 注釈495 【こなたの廊の中の壺前栽】 『完訳』は「西の対のさらに西側に建物があり、それとつなぐ廊か」と注す。
4.2.8 注釈496 【遣水のわたり】 大島本は「わたり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「わたりの」と「の」を補訂する。『新大系』は「わたり」のままとする。
4.2.8 注釈497 【端近く添ひ臥して眺むるなりけり】 主語は浮舟。匂宮は南から覗き、浮舟は西を向いて庭を眺めている。その横顔が見える。
4.2.8 注釈498 【宮とは思ひもかけず】 主語は浮舟。
4.2.8 注釈499 【例こなたに来馴れたる人にやあらむ】 浮舟の思い。中君と浮舟との間を取り次ぎする女房かと思う。
4.2.8 注釈500 【例の御心は過ぐしたまはで】 匂宮の好色の癖。
4.2.8 注釈501 【こなたの障子は】 匂宮が入ってきた障子。
4.2.9 注釈502 【扇を持たせながら捉へたまひて】 浮舟に扇を持たせたまま匂宮がつかまえて。
4.2.10 注釈503 【誰れぞ。名のりこそ、ゆかしけれ】 匂宮の詞。
4.2.11 注釈504 【さるもののつらに、顔を他ざまにもて隠して】 主語は匂宮。『完訳』は「屏風などの際で顔をあちら向きに隠して。自分が誰であるか知られまいとする匂宮の用心深さ」と注す。
4.2.11 注釈505 【このただならず】 以下「けはひなども」まで、浮舟の心中の思い。末尾は地の文に流れる。
4.2.11 注釈506 【大将にや】 浮舟は薫かと思う。しかし、匂宮邸にいて薫かと思うのは誤解も甚だしい。

第三段 浮舟の乳母、困惑、右近、中君に急報

4.3.1 注釈507 【人げの例ならぬを】 『完訳』は「浮舟の乳母。「かうばしきけはひ」から、異常な事態を感取」と注す。
4.3.2 注釈508 【これは、いかなることにか】 以下「わざにもはべるかな」まで、乳母の詞。
4.3.2 注釈509 【はべる」--など】 大島本は「侍るなと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「はべるかなと」と「か」を補訂する。『新大系』は「侍るなど」のままとする。
4.3.3 注釈510 【憚りたまふべきことにもあらず】 匂宮はこの邸の主人。しかも好色の性癖がある。
4.3.3 注釈511 【言の葉多かる本性なれば】 大島本は「ことの葉おほかる本上」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御本情」と「御」を補訂する。『新大系』は「本上」のままとする。匂宮の好色者らしい言葉上手。
4.3.4 注釈512 【誰れと聞かざらむほどは許さじ】 匂宮の詞。
4.3.5 注釈513 【宮なりけり】 浮舟の合点。この邸の主の匂宮だっのだ。
4.3.6 注釈514 【大殿油は灯籠にて】 大殿油は灯籠に入れて、の意。
4.3.6 注釈515 【今渡らせたまひなむ】 女房の詞。中宮が洗髪を終えて間もなく戻って来られよう。
4.3.6 注釈516 【人びと言ふなり】 「なり」伝聞推定の助動詞。語り手が聞いている体。臨場感のある表現。
4.3.6 注釈517 【御前ならぬ方の御格子どもぞ下ろすなる】 中君の部屋の前の格子以外はみな下ろす。「なり」伝聞推定の助動詞。
4.3.6 注釈518 【こなたは】 浮舟のいる部屋。
4.3.6 注釈519 【高き棚厨子一具立て】 大島本は「一よろひ」とある。『完本』は諸本に従って「一具ばかり」と「ばかり」を補訂する。『集成』『新大系』は「一具」のままとする。
4.3.6 注釈520 【屏風の袋に入れこめたる】 使わない屏風は袋に入れて立て掛けておいた。
4.3.6 注釈521 【かく人のものしたまへば】 浮舟をさす。
4.3.6 注釈522 【右近とて、大輔が娘のさぶらふ】 中君付きの女房である大輔の娘、右近。『完訳』は「中の君づきの女房。後の浮舟巻の右近と同一人物か否か、古来論議のある人物」と注す。
4.3.6 注釈523 【ここに寄り来なり】 浮舟の近くに。「なり」伝聞推定の助動詞。
4.3.7 注釈524 【あな、暗や】 以下「闇に惑ふよ」まで、右近の詞。
4.3.7 注釈525 【苦しきに】 大変なのに。「に」接続助詞、順接、原因理由を表す。御格子を下ろすのは大変な作業なのに、それを、というニュアンス。
4.3.8 注釈526 【引き上ぐるに】 右近は格子を上げる。
4.3.8 注釈527 【宮も】 匂宮。
4.3.9 注釈528 【もの聞こえはべらむ】 以下「え動きはべらでなむ」まで、乳母の詞。
4.3.9 注釈529 【いとあやしきことのはべるに】 漠然と言っている。
4.3.9 注釈530 【見たまへ極じて】 大島本は「こうして」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「見たまへ極じて」と「見たまへ」を補訂する。『新大系』は「極じて」のままとする。
4.3.11 注釈531 【袿姿なる男】 直衣を脱いだ姿。
4.3.11 注釈532 【女の心合はせたまふまじきこと」と】 浮舟が同意してのことではないと。
4.3.12 注釈533 【げに、いと見苦しき】 以下「聞こえさせめ」まで、右近の詞。
4.3.12 注釈534 【いかにか聞こえさせむ】 反語表現。自分はあなた匂宮には何とも言えない。
4.3.12 注釈535 【御前に】 主人の中君に。
4.3.14 注釈536 【あさましきまで】 以下「あらざめり」まで、匂宮の心中の思い。浮舟に対する感想。
4.3.14 注釈537 【あらざめり】 大島本は「あらさめり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「あらざめりと」と「と」を補訂する。『新大系』は「あらざめり」のままとする。
4.3.15 注釈538 【心づきなげにけしきばみてももてなさねど】 浮舟の態度。はっきりと拒否する素振りでもない。
4.3.17 注釈539 【しかしかこそ】 以下「思ふらむ」まで、右近の報告。
4.3.17 注釈540 【いかに思ふらむ】 大島本は「おもふらん」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ほす」と校訂する。『新大系』は「思ふ」のままとする。主語は浮舟。
4.3.19 注釈541 【例の、心憂き】 以下「言ひおきつるものを」まで、中君の詞。
4.3.19 注釈542 【かの母も】 浮舟の母親。
4.3.19 注釈543 【言ひおきつるものを】 主語は浮舟の母親。
4.3.20 注釈544 【いかが聞こえむ】 以下「思ひよりたまひけめ」まで、中君の心中の思い。匂宮に対して。反語表現。好色癖には何と言うこともできない。
4.3.20 注釈545 【思ひ寄りたまひけむ】 浮舟の存在に気づいた、の意。

第四段 宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出

4.4.1 注釈546 【上達部あまた】 以下「思ひたりつれ」まで、右近の詞。
4.4.1 注釈547 【参りたまふ日】 大島本は「給ふ日」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たまへる」と校訂する。『新大系』は「給ふ」のままとする。
4.4.1 注釈548 【遊び戯れては】 大島本は「たハふれてハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「たはぶれたまひては」と「たまひ」を補訂する。『新大系』は「たはぶれては」のままとする。
4.4.1 注釈549 【渡りたまへば】 中君のもとへ。
4.4.1 注釈550 【やすみたまふぞかし】 主語は女房たち。会話文中なので、敬語が付く。
4.4.1 注釈551 【かの乳母】 浮舟の乳母。
4.4.2 注釈552 【少将と二人して】 中君付きの女房と。
4.4.2 注釈553 【大宮この夕暮より】 以下「おはしますよし」まで、使者の詞の要旨。
4.4.3 注釈554 【心なき折の】 以下「聞こえさせむ」まで、右近の詞。『完訳』は「匂宮には折悪しき母后のご病気だ、と戯れた言い方である」と注す。
4.4.5 注釈555 【いでや】 以下「きこえたまひそ」まで、少将の詞。
4.4.5 注釈556 【今は、かひなくもあべいことを】 『完訳』は「もう手遅れだろうから。すでに情交があったと、露骨に言う」と注す。
4.4.7 注釈557 【いな、まだしかるべし】 右近の詞。
4.4.8 注釈558 【いと聞きにくき】 以下「疎みぬべかめり」まで、中君の心中の思い。
4.4.9 注釈559 【参りて】 右近が匂宮のもとに。
4.4.9 注釈560 【動きたまふべきさまにもあらぬ御けしきに】 匂宮の態度。
4.4.10 注釈561 【誰れか参りたる】 以下「脅かす」まで、匂宮の詞。
4.4.12 注釈562 【宮の侍に】 以下「名のりはべりつる」まで、右近の詞。中宮職の官人で、の意。
4.4.13 注釈563 【出でたまはむことの】 浮舟の部屋から出ること。
4.4.13 注釈564 【この御使を西面にてと言へば】 大島本は「といへハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「問へば」と「い」を削除する。『新大系』は「と言へば」のままとする。『完訳』は「寝殿の南庭にいたらしい使者(平重経)を、匂宮のいる西の対の西廂の庭前に呼び出す。匂宮に直接聞かせるつもりである」と注す。
4.4.13 注釈565 【申し次ぎつる人も】 『集成』は「お使いの口上を、女房に取り次いだ宮家の家臣。やはり庭上に控える」と注す。
4.4.14 注釈566 【中務宮】 以下「見はべりつ」まで、使者の詞。『完訳』は「以下、取次が使者の報告を伝達」と注す。中務宮は、匂宮の弟か、とされる。
4.4.15 注釈567 【げに、にはかに】 以下「折々もあるを」まで、匂宮の心中の思い。

第五段 乳母、浮舟を慰める

4.5.1 注釈568 【恐ろしき夢の覚めたる心地して】 主語は浮舟。
4.5.1 注釈569 【うち扇ぎなどして】 乳母が扇で扇いだりなどして。
4.5.2 注釈570 【かかる御住まひは】 以下「おはしますべきものを」まで、乳母の詞。
4.5.2 注釈571 【かくおはしましそめて】 このように匂宮にいったん目を付けられたからには今後もただでは済むまい、の意。
4.5.3 注釈572 【よそのさし離れたらむ人にこそ】 『集成』は「中の君との間柄を思えば、匂宮とのことだけは困る、の意」と注す。
4.5.3 注釈573 【おぼえられたまはめ】 「られ」受身の助動詞。「たまふ」は浮舟に対する敬意。係結びの法則。逆接用法で下文に続く。
4.5.3 注釈574 【思して、手をいといたくつませたまひつる】 大島本は「いといたく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いたく」と「いと」を削除する。『新大系』は「いといたく」のままとする。主語は匂宮。宮が私乳母の手をつねって。
4.5.3 注釈575 【直人の懸想だちて】 身分の低い者の懸想めいて。
4.5.4 注釈576 【かの殿には、今日もいみじくいさかひたまひけり】 常陸介邸。日頃から夫婦のいさかいが絶えない。
4.5.4 注釈577 【ただ一所の御上を】 浮舟をさす。
4.5.4 注釈578 【わが子どもをば】 大島本は「我/\こともをハ」とある。『集成』『完本』『新大系』は諸本に従って「わが子ども」と校訂する。
4.5.4 注釈579 【客人のおはするほどの】 娘婿の左近少将が通ってくる。
4.5.5 注釈580 【この御ことはべらざらましかば】 少将との縁談にまつわるごたごた。「御」は「み」と読む。
4.5.7 注釈581 【君は】 浮舟。
4.5.7 注釈582 【いかに思すらむ】 中君がどうお思いになるだろう。
4.5.8 注釈583 【何か、かく】 以下「やみたまひなむや」まで、乳母の詞。
4.5.9 注釈584 【あはれと思ひきこえたまふらむ】 初瀬の観音が浮舟を不憫と。
4.5.9 注釈585 【人のかくあなづりざまに】 『完訳』は「具体的には左近少将、常陸介、匂宮などをさす」と注す。
4.5.9 注釈586 【かくもありけり、と思ふばかりの御幸ひ】 『完訳』は「実はこんなにも幸運の人なのだったと驚くほど、幸いがあるように祈っているのだ。浮舟を軽視する人々を見返したい気持」と注す。
4.5.9 注釈587 【やみたまひなむや】 反語表現。

第六段 匂宮、宮中へ出向く

4.6.1 注釈588 【内裏近き方にやあらむ】 挿入句。内裏へ行くには、西の対から出るのが近道。
4.6.1 注釈589 【御声も聞こゆ】 浮舟の耳に聞こえる。
4.6.1 注釈590 【心ばへある古言】 風情ある古歌。
4.6.1 注釈591 【わづらはしくおぼゆ】 浮舟には匂宮の好色が厄介に思われる。
4.6.2 注釈592 【上、いとほしく、うたて思ふらむとて】 中君は浮舟が。『完訳』は「浮舟が彼女の不快を忖度するのとは逆に、中の君は浮舟に同情し、その苦衷を想像する」と注す。
4.6.3 注釈593 【大宮悩みたまふとて】 以下「思さるらむ」まで、中君の浮舟への詞。
4.6.5 注釈594 【乱り心地のいと苦しうはべるを、ためらひて】 浮舟の返事。
4.6.7 注釈595 【いかなる御心地ぞ】 中君の浮舟へのさらなる問い掛けの詞。
4.6.8 注釈596 【返り訪らひ】 大島本は「返とふらひ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「立ち返り」と「立ち」を補訂する。『新大系』は底本のまま「返」とする。
4.6.9 注釈597 【何心地ともおぼえはべらず、ただいと苦しくはべり】 浮舟の返事。
4.6.11 注釈598 【かたはらぞいたくおはすらむ】 大島本は「おハすらむ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思すらむ」と校訂する。『新大系』は底本のまま「おはすらむ」とする。少将と右近の詞。『集成』は「(浮舟は)さぞきまり悪くお思いでしょうね」と訳す。
4.6.12 注釈599 【ただなるよりはいとほし】 『一葉抄』は「草子の詞也」と注す。語り手の同情。女房に知られて、の気持ち。
4.6.13 注釈600 【いと口惜しう】 以下「思ひ入れずなりなむ」まで、中君の心中の思い。
4.6.13 注釈601 【いかにあはあはしく思ひ落とさむ】 薫は浮舟を。『完訳』は「薫は、意向を伝えていた自分より前に匂宮を近づけた浮舟の軽率さを侮蔑するだろう、とする」と注す。
4.6.13 注釈602 【かく乱りがはしくおはする人】 大島本は「かくみたりかハしく」とある。『完本』は諸本に従って「かくのみ」と「のみ」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「かく」とする。 【乱りがはしくおはする人】-匂宮。匂宮の好色癖。
4.6.13 注釈603 【見許しつべうこそおはすめれ】 『集成』は「大ざっぱでいい加減なところのある匂宮の性格を見抜いている」と注す。
4.6.14 注釈604 【この君は】 薫。
4.6.14 注釈605 【言はで憂しと思はむこと】 『異本紫明抄』は「心には下行く水の湧き返り言はで思ふぞ言ふにまされる」(古今六帖五、いはで思ふ)を指摘。
4.6.14 注釈607 【あいなく思ふこと添ひぬる人の上なめり】 浮舟の身の上。心配事が加わった。
4.6.14 注釈606 【え思ひ離るまじう】 大島本は「思はなる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ放つ」と校訂する。『新大系』は底本のまま「思離る」とする。
4.6.15 注釈608 【かくものはかなき目も見つべかりける身の】 『集成』は「この妹のようにつまらぬ目に会うかもしれなかった身でありながら。匂宮などから、人並みでない扱いを受けること」と注す。
4.6.15 注釈609 【この憎き心添ひたまへる人】 薫。中君への懸想心のあるのをいう。
4.6.16 注釈610 【細やかにて】 大島本は「ほそやかにて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「細やかに」と「て」を削除する。『新大系』は底本のまま「細やかにて」とする。

第七段 中君、浮舟を慰める

4.7.1 注釈611 【この君は】 浮舟。
4.7.2 注釈612 【かたはらいたし】 以下「語りはべらむ」まで、乳母の詞。
4.7.2 注釈613 【事しもあり顔に思すらむを】 『完訳』は「上が何かわけがありげにおぼしめしましょうに」と訳す。「思す」の主語は中君。「を」接続助詞、逆接の意。
4.7.3 注釈614 【こなたの障子のもとにて】 中君の部屋の障子。
4.7.4 注釈615 【右近の君にもの聞こえさせむ】 乳母の詞。「聞こえさす」は会話文中なので、丁重な謙譲語表現となっている。
4.7.5 注釈616 【立ちて出でたれば】 右近の動作。
4.7.6 注釈617 【いとあやしくはべりつることの】 以下「見たてまつる」まで、乳母の詞。
4.7.6 注釈618 【見えさせたまふを、いとほしく見はべる】 大島本は「見えさせ給ふをいとおしくミ侍」とある。『完本』は諸本に従って「見えさせたまふを」と「いとおしくミ侍」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「見えさせたまふをいとほしく見はべる」とする。
4.7.6 注釈619 【御前にて】 中君の御前。
4.7.6 注釈620 【慰めきこえさせたまへ、とてなむ】 中君から浮舟が慰めて頂きたい、と思って罷り出た。
4.7.6 注釈621 【いささかにても世を知りたまへる人こそあれ】 『集成』は「少しでも男女のことをご存じの方ならともかく、とてもそう平気ではいらっしゃれまいと」。『完訳』は「少しでも男女関係を経験した者ならともかく。浮舟の動転ぶりがかえって潔白を証すとする」と注す。
4.7.7 注釈622 【引き起こして参らせたてまつる】 乳母は浮舟を起こして中君のもとへ。
4.7.8 注釈623 【いとやはらかにおほどき過ぎたまへる君にて】 浮舟の性格。
4.7.8 注釈624 【濡れたる】 大島本は「ぬれたる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「濡れたるを」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のまま「濡れたる」とする。
4.7.8 注釈625 【灯の方に背きたまへるさま】 以下、右近ら女房の目に映る浮舟の姿。
4.7.8 注釈626 【上をたぐひなく見たてまつるに】 中君を。主語は右近ら女房たち。
4.7.8 注釈627 【け劣るとも見えず、あてにをかし】 浮舟は中君に劣らず上品で美しい。
4.7.9 注釈628 【これに思しつきなば】 以下「御心を」まで、右近ら女房たちの心中の思い。浮舟に匂宮が執心なさったら。
4.7.9 注釈629 【めざましげなること】 妹が姉の夫を奪うということ。
4.7.9 注釈630 【いとかからぬをだに】 浮舟ほど美しい人でなくてさえ。
4.7.11 注釈631 【例ならずつつましき所など】 以下「いとうれしくなむ」まで、中君の詞。
4.7.11 注釈632 【故姫君の】 大君。
4.7.11 注釈633 【いとよく思ひよそへられたまふ御さまを】 浮舟が大君に大変によく似ている。
4.7.11 注釈634 【思ふ人もなき身に】 自分を大切に思ってくれる人。両親や姉など。
4.7.11 注釈635 【昔の御心ざしのやうに】 故大君の気持ち同様に。
4.7.13 注釈636 【年ごろ、いと遥かに】 以下「心地しはべりてなむ」まで、浮舟の返事。

第八段 浮舟と中君、物語絵を見ながら語らう

4.8.1 注釈637 【絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見たまふに】 『完訳』は「この時代の物語鑑賞の実態を示す場面。絵を見ながら、女房の音読する物語の本文を聞く趣である」と注す。
4.8.1 注釈638 【ここと見ゆる所なく】 これという欠点。
4.8.1 注釈639 【ただそれとのみ思ひ出でらるれば】 中君は浮舟が故大君の生き写しの人に思われ感慨深い。
4.8.1 注釈640 【絵はことに目もとどめたまはで】 主語は中君。
4.8.2 注釈641 【いとあはれなる人の容貌かな】 以下「いみじきものなりけり」まで、中君の心中の思い。
4.8.2 注釈642 【故宮に】 故父八宮。
4.8.2 注釈643 【故姫君は、宮の御方ざまに、我は母上に似たてまつりたると】 大君は父親似、中君は母親似、浮舟は父親似。
4.8.2 注釈644 【げに、似たる人はいみじきものなりけり】 『集成』は「ほんとに似ている人というものはなつかしいものだこと」と訳す。
4.8.4 注釈645 【かれは、限りなく】 故大君は。以下「かたはなるまじ」まで、引き続き中君の心中の思い。浮舟と大君の比較。
4.8.5 注釈646 【これは】 浮舟。
4.8.5 注釈647 【ゆゑゆゑしきけはひ】 重々しい感じ。
4.8.6 注釈648 【思ひ扱はれたまふ】 「れ」自発の助動詞。自然と姉として心が動く。
4.8.7 注釈649 【かたはらに臥せたまひて】 中君は浮舟を。「臥せ」他動詞。「たまふ」中君に対する敬語。
4.8.7 注釈650 【故宮の御ことども】 故父八宮の生前のこと。
4.8.7 注釈651 【昨夜の心知りの人びと】 匂宮と浮舟の事件を知る女房たち。
4.8.8 注釈652 【いかなりつらむな】 以下「いとほし」まで、女房詞。
4.8.8 注釈653 【いみじう思すとも、甲斐あるべきことかは】 『完訳』は「中の君がどんなにかわいがろうと、そのかいがない。匂宮との関係ができたのでは仕方がないとする」と注す。
4.8.10 注釈654 【さも、あらじ】 以下「口ずさびたまひしか」まで、右近の詞。『集成』は「見えたまはざりしを」までを右近の詞とする。匂宮との肉体関係を否定する。
4.8.10 注釈655 【ひき据ゑて】 乳母が右近を呼び出して、の意。
4.8.10 注釈656 【もて離れてぞ言ひし】 匂宮との肉体関係を否定。
4.8.10 注釈657 【逢ひても逢はぬやうなる心ばへに】 『源氏釈』は「臥すほどもなくて明けぬる夏の夜は逢ひてもあはぬ心地こそすれ」(出典未詳)を指摘。
4.8.11 注釈658 【いさや。ことさらにもやあらむ。そは、知らずかし】 以下「見えたまはざりしを」まで、女房の詞。『集成』は、右近の一続きの詞とし、「いえでも、わざとそんなふうにおっしゃったのか、そこの所は分りません」と訳す。『完訳』は「さあどんなものでしょうか、わざとおっしゃってのことかもしれませんよ、よくは分りません」と訳す。
4.8.12 注釈659 【昨夜の火影の】 物語絵に熱中していた浮舟の姿。右近の詞に同意を示した発言。『完訳』は、以下を別の女房の詞とする。

第五章 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる


第一段 乳母の急報に浮舟の母、動転す

5.1.1 注釈660 【人もけしからぬ】 「人」は中君付きの女房。以下「貴人もなきものなり」まで、浮舟母の詞。
5.1.1 注釈661 【正身も】 中君自身、の意。
5.1.1 注釈662 【かかる筋のもの憎みは】 男女関係のことでの嫉妬。
5.1.1 注釈663 【おのが心ならひに】 『集成』は「自分のいつもの考えから推して」。『完訳』は「これまでの自分の経験から」と注す。
5.1.1 注釈664 【参りぬ】 二条院に。
5.1.3 注釈665 【あやしく】 以下「恨みられはべる」まで、浮舟母の詞。
5.1.3 注釈666 【鼬のはべらむやうなる心地】 『細流抄』は「いたちは狐の性の類也。狐は狐疑いとて物をよく疑ふ心のある物也。その如くにいたちも疑ひの心のあるもの也。うしろやすくは思へど疑はしき心のあると也。いたちのまかげなどいふも疑心のある故也」と指摘。『完訳』は「心配なあまり落ち着かぬことか。東国ふうの田舎じみた比喩であろう」と注す。
5.1.5 注釈667 【いとさ言ふばかりの】 以下「わづらはしけれ」まで、中君の詞。
5.1.5 注釈668 【幼さ】 大島本は「をさなさ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「幼げさ」と「げ」を補訂する。『新大系』は底本のまま「幼さ」とする。
5.1.5 注釈669 【御まかげ】 鼬が人を怪しんで目の上に手をかざすしぐさ。浮舟母の「鼬のはべらむやうなる心地」を受けて言った語句。心配ご無用の意。
5.1.6 注釈670 【笑ひたまへるが、心恥づかしげなる御まみを】 格助詞「が」同格を表す。笑っていらっしゃる、その気後れしそうなお目もとを、の文意。
5.1.6 注釈671 【心の鬼に】 浮舟母の良心の呵責。『完訳』は「内心気が咎める。中の君の言う「--幼げさにはあらざめるを」は、浮舟は夫を横取りできる年齢のくせに、ぐらいにも受け取れよう」と注す。
5.1.6 注釈672 【いかに思すらむ】 浮舟母の心中の思い。主語は中君。
5.1.7 注釈673 【かくてさぶらひたまはば】 以下「なむはべるべきを」まで、浮舟母の詞。
5.1.9 注釈674 【ここには、何事か】 大島本は「こゝにハ」とある。『完本』は諸本に従って「ここは」と「に」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「ここには」とする。以下「いかに推し量りたまふにか」まで、中君の詞。
5.1.9 注釈675 【思ひ放ちきこえばこそ】 私中君が浮舟を。
5.1.9 注釈676 【けしからずだちてよからぬ人の】 匂宮の行動をさしていう。
5.1.9 注釈677 【便なうはもてなしきこえじ】 自分にとって不都合が生じるようには匂宮をお扱い申すまい、の意。
5.1.11 注釈678 【さらに、御心を】 以下「きこえさする」まで、浮舟母の詞。
5.1.11 注釈679 【許しなかりし筋は】 故八宮から浮舟が実子として認知してもらえなかったことをさす。
5.1.11 注釈680 【その方ならで、思ほし放つまじき綱も】 大島本は「おもほし」とある。『完本』は諸本に従って「思し」と「も」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「思ほし」とする。『完訳』は「八の宮につながる縁以外にも、無関係ではない絆もあるとする。自分が中の君の母の姪にあたることをいう」と注す。
5.1.13 注釈681 【明日明後日】 以下「参らせはべらむ」まで、浮舟母の詞。『集成』は「物忌は普通二日間のことが多い」。『完訳』は「物忌にかこつけて引き取る」と注す。
5.1.14 注釈682 【いとほしく本意なきわざかな】 中君の心中の思い。
5.1.14 注釈683 【あさましう】 以下の文の主語は浮舟母。

第二段 浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す

5.2.1 注釈684 【かやうの方違へ所と思ひて】 主語は浮舟母。
5.2.2 注釈685 【あはれ、この御身一つを】 以下「仕うまつりてむ」まで、浮舟母の詞。浮舟の身の処遇に困惑する。
5.2.2 注釈686 【みづからばかりは】 自分浮舟の母自身は、の意。『完訳』は「自分一人は常陸介の後妻の境遇に甘んじて人並以下に生きてよい。しかし浮舟だけは高貴な別世界にと願っている」と注す。
5.2.2 注釈687 【さる方に】 受領の後妻という境遇をさす。
5.2.2 注釈688 【このゆかりは、心憂し】 大島本は「このゆかりハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「この御ゆかりは」と「御」を補訂する。『新大系』は底本のまま「このゆかりは」とする。『集成』は「このご親戚は(中の君方は)ひどいなさりようとお恨み申した所なのに。子と認めてもらえなかったことをいう」と注す。
5.2.2 注釈689 【ことやうなりとも】 普通でないさま。粗末な家の造りであるが。
5.2.2 注釈690 【ここを】 三条の隠れ家。
5.2.3 注釈691 【君は】 浮舟。
5.2.3 注釈692 【世にあらむこと所狭げなる身】 浮舟の思い。生きているのも肩身の狭い思い。
5.2.3 注釈693 【つつがなくて思ふごと見なさむ】 浮舟母の思い。浮舟を無事に縁付けてやりたい。
5.2.3 注釈694 【さるかたはらいたきこと】 匂宮に迫られた一件をさす。
5.2.4 注釈695 【心地なくなどはあらぬ人の】 三光院「草子地也」と指摘。『完訳』は「以下、中将の君の人柄。思慮に欠ける人ではないが、少し怒りっぽく、気持を抑えられぬところがいささかある」と注す。
5.2.4 注釈696 【かの家にも】 常陸介邸。
5.2.5 注釈697 【ここは、また】 以下「苦しければ」まで、浮舟母の詞。
5.2.5 注釈698 【言ひおきてはべるも】 浮舟母が宿直人に。
5.2.5 注釈699 【かしこに】 常陸介から。

第三段 母、左近少将と和歌を贈答す

5.3.1 注釈700 【少将の扱ひを】 常陸介の娘婿の世話。
5.3.1 注釈701 【もろ心に、さま悪しく、営まず】 「さま悪しく」挿入句。「もろ心に」は「営まず」にかかる。
5.3.1 注釈702 【いと心憂く】 以下「あるぞかし」まで、浮舟母の心中の思い。
5.3.1 注釈703 【この人により】 少将をさす。
5.3.1 注釈704 【またなく思ふ方の】 浮舟をさす。
5.3.2 注釈705 【かの宮の御前にて】 匂宮の御前で。
5.3.2 注釈706 【私ものに思ひかしづかましを」など、思ひしことは】 かつて浮舟母は少将を浮舟の婿にと望んでいた。
5.3.2 注釈707 【ここにては】 以下「見ぬに」まで、浮舟母の思い。「ここ」は常陸介邸に通って来る少将の様子を想像する。
5.3.2 注釈708 【うちとけたるさま】 少将の態度。
5.3.2 注釈709 【のどかにゐたまへる】 主語は少将。
5.3.2 注釈710 【こなたに渡りて】 主語は浮舟母。
5.3.3 注釈711 【今様色】 『新大系』は「平安中期に流行した紅花染めの薄色」と注す。
5.3.3 注釈712 【いづこかは劣る】 以下「いときよげなめるを」まで、浮舟母の少将を見ての感想。
5.3.3 注釈713 【まだ片なりに】 大島本は「またかたなりに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いとまだ」と「いと」を補訂する。『新大系』は底本のまま「まだ」とする。
5.3.3 注釈714 【宮の上の並びておはせし御さまども】 「宮の上」で一語。中君が匂宮と寄り添っていた様子と比較。
5.3.3 注釈715 【口惜しのさまどもや】 浮舟母の感想。少将と自分の娘夫婦について。
5.3.4 注釈716 【前なる御達にものなど言ひ戯れて】 主語は少将。
5.3.4 注釈717 【いと見しやうに、匂ひなく人悪ろげにて見えぬを】 大島本は「人わろけにて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「人わろげにも」と校訂する。『新大系』は底本のまま「人わろげにて」とする。副詞「いと」は「見えぬ」にかかる。かつて二条院で見たときのようにここ常陸介邸ではみっともなくも見えない。
5.3.4 注釈718 【かの宮なりしは、異少将なりけり】 実際は同一人物なのだが、まるで別人に見えたろいう驚き。
5.3.4 注釈719 【思ふ折しも、言ふことよ】 『完訳』は「そう思った折も折、こう言うではないか。少将への侮蔑」。語り手の批評の辞。
5.3.5 注釈720 【兵部卿宮の】 以下「見せたらましかば」まで、少将の詞。匂宮邸での体験を語る。同一人物であったことを自ら証明する。
5.3.5 注釈721 【出でたまふほどなりしかば】 主語は匂宮。
5.3.5 注釈722 【ことだに惜しき』と】 『源氏釈』は「移ろはむことだに惜しき秋萩に折れぬばかりもおける露かな」(拾遺集秋、一八三、伊勢)を指摘。
5.3.6 注釈723 【我も】 自分でも、の意。少将が和歌を詠んだ。
5.3.7 注釈724 【いでや。心ばせのほどを】 以下「言ひたるぞ」まで、浮舟母の心中の思い。
5.3.7 注釈725 【出で消えはいとこよなかりけるに】 『集成』は「宮のお前でのみすぼらしさは、もう言いようもなかたのに」と訳す。「出で消え」は人前に出て見劣りがすること。
5.3.7 注釈726 【言ひたるぞ】 大島本は独自異文。他本「いひゐたるそ」とある。『集成』『完本』等は「言ひゐたるぞ」と校訂する。『新大系』は底本のまま「言ひたるぞ」とする。
5.3.8 注釈727 【いかが言ふとて】 大島本は「いかゝいふとて」とある。『完本』は諸本に従って「いかが言ふと」と「て」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「いかが言ふとて」とする。『完訳』は「どんな返歌がよめるかと試す」と注す。
5.3.9 注釈728 【しめ結ひし小萩が上も迷はぬに--いかなる露に映る下葉ぞ】 浮舟母から少将への贈歌。「小萩」を浮舟、「露」を実の娘、「下葉」を少将に喩え、寝返った少将をなじる。
5.3.10 注釈729 【惜しくおぼえて】 大島本は「おしくおほえて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「いとほしく」と校訂する。『新大系』は底本のまま「お(を)しく」とする。
5.3.11 注釈730 【宮城野の小萩がもとと知らませば--露も心を分かずぞあらまし】 少将の返歌。「小萩」「露」の語句を受けて、「宮城野の小萩」は、皇族の血を引く浮舟、「露」は自分自身を喩えて、「心を分かずぞあらまし」と返す。「ませば--まし」反実仮想の構文。
5.3.12 注釈731 【いかでみづから聞こえさせあきらめむ】 歌に続けた詞。

第四段 母、薫のことを思う

5.4.1 注釈732 【故宮の御こと聞きたるなめり」と思ふに】 主語は浮舟母。
5.4.1 注釈733 【思ひ扱はる】 浮舟を。「る」自発の助動詞。
5.4.1 注釈734 【あいなう、大将殿の】 『完訳』は「筋ちがいながら、薫を想起する中将の君への、語り手の評言」と注す。
5.4.1 注釈735 【面影に見ゆる】 浮舟母は薫を。
5.4.1 注釈736 【思ひ離れたまひて】 『集成』は「「離れ」は「はなたれ」の誤脱か。「たまひ」は宮に対する敬語。以下、薫へと傾く母君の長い思案を述べる」と注す。
5.4.1 注釈737 【あなづりて押し入りたまへりけるを】 浮舟を見下して匂宮は押し入った。
5.4.2 注釈738 【この君は】 薫。以下「なべかりけれ」まで、浮舟母の心中。『完訳』は「心中叙述が地の文に流れる形」と注す。
5.4.2 注釈739 【思ひ出でらるれば】 大島本は「思は(は=いイ<朱>)て(て+らるれハわかき人ハましてかくや思はて<朱>)」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ出でらるれば」と校訂する。『新大系』は底本のまま「思はてらるれば」とする。
5.4.2 注釈740 【若き人は、まして】 以下「ことなるべかりけれ」まで、浮舟母の心中の思い。
5.4.2 注釈741 【思ひはて】 大島本は「思はて<朱>」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ出で」と校訂する。『新大系』は底本のまま「思はて」とする。
5.4.2 注釈742 【わがものにせむと】 少将を浮舟の婿にしようと、かつては考えたことがある。
5.4.2 注釈743 【憎き人】 少将。
5.4.4 注釈744 【やむごとなき御身のほど】 以下「つつましかるべきものかな」まで、浮舟母の心中の思い。薫の身分や風采を思う。
5.4.4 注釈745 【見たてまつりたまへらむ人は】 薫が結婚申し上げなさった方、女二宮。
5.4.4 注釈746 【いかばかりにてかは】 浮舟がどれほど薫に認めてもらえようか。
5.4.5 注釈747 【わが子どもを見るに、この君に似るべきやはある】 反語表現の構文。「わが子」は常陸介との間にできた娘たち、「この君」は浮舟をさす。
5.4.5 注釈748 【宮に見比べ】 匂宮。

第五段 浮舟の三条のわび住まい

5.5.1 注釈749 【旅の宿りは】 浮舟の三条の隠れ家の生活。
5.5.1 注釈750 【いやしき東声したる者ども】 常陸介の家来たちの声。
5.5.1 注釈751 【宮の上の御ありさま】 中君の二条院における生活ぶり。
5.5.1 注釈752 【若い心地に】 浮舟。
5.5.1 注釈753 【あやにくだちたまへりし人】 匂宮が迫ってきたことをさす。
5.5.2 注釈754 【何事にかありけむ】 以下「のたまひしかな」まで、浮舟の心中。『完訳』は「無我夢中だった浮舟は、匂宮の言葉までは覚えていない」と注す。
5.5.3 注釈755 【思ひ出でらる】 「らる」自発の助動詞。
5.5.4 注釈756 【母君、たつやと】 以下「たてまつること」まで、浮舟の心中。『集成』は「「たつやと」は、諸本異同はないが、解しがたい。『玉の小櫛』は、「いかにやと」の誤写とするが首肯しがたい。旧説は「母君だつやと」と読んで、母君らしくか、と解する」と注す。
5.5.4 注釈757 【うち泣かれて】 「れ」自発の助動詞。
5.5.5 注釈758 【いかにつれづれに】 以下「過ぐしたまへ」まで、浮舟の母君の手紙の一節。
5.5.7 注釈759 【つれづれは何か】 以下「思はましかば」まで、浮舟の母への返事。「何か」で文は切れる。反語表現。
5.5.8 注釈760 【ひたぶるにうれしからまし世の中に--あらぬ所と思はましかば】 「まし--ましかば」反語仮想の倒置法表現。『河海抄』は「世の中にあらぬ所もえてしがな年ふりにたるかたち隠さむ」(拾遺集雑上、五〇六、読人しらず)。『花鳥余情』は「恋ひわびてへじとぞ思ふ世の中にあらぬ所やいづこなるらむ」(曽丹集)を指摘。
5.5.9 注釈761 【見るままに】 浮舟の返書を。主語は浮舟母。
5.5.9 注釈762 【かう惑はしはふるるやうにもてなすこと】 浮舟母の心中。
5.5.10 注釈763 【憂き世にはあらぬ所を求めても--君が盛りを見るよしもがな】 浮舟母の返歌。「世」「あらぬ所」の語句を用いて「君が盛りを見るよしもがな」と返す。
5.5.11 注釈764 【なほなほしきことどもを言ひ交はしてなむ、心のべける】 『弄花抄』は「哥のさまを人にをしへんとの紫式部か心也」と指摘。『集成』は「何の曲もない思ったままの歌を」と注す。

第六章 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く


第一段 薫、宇治の御堂を見に出かける

6.1.1 注釈765 【かの大将殿は、例の、秋深くなりゆくころ】 薫の宇治行きは慣例化。
6.1.1 注釈766 【宇治の御堂造り果てつ」と聞きたまふに】 故八宮の寝殿を解体して阿闍梨の山寺の御堂に造り変えて寄進した。「宿木」巻(第七章第二段)に語られている。
6.1.2 注釈767 【寝殿、こたみはいと晴れ晴れしう造りなしたり】 旧寝殿は解体して山寺に寄進。改めて寝殿を新築した。
6.1.2 注釈768 【この宮も】 大島本は「この宮」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「故宮」と「の」を削除する。『新大系』は底本のまま「この宮」とする。故八宮。
6.1.2 注釈769 【さま変へてけるも】 寝殿の様子をいう。『完訳』は「往時の面影をとどめないのが残念」と注す。
6.1.3 注釈770 【もとありし御しつらひは】 元の建物は寝殿の西面と母屋が仏間で西廂間が八宮の居間であった。「椎本」巻に語られている。
6.1.3 注釈771 【今片つ方を女しく】 寝殿の東廂間が姫君たちの部屋であった。
6.1.3 注釈772 【ことさらになさせたまへり】 『集成』は「〔供養のため〕特に役立てるようになさった」と注す。
6.1.4 注釈773 【居たまひて】 大島本は「ゐたまひて」とある。『完本』は諸本に従って「ゐたまひてとみにも立たれず」と「とみにも立たれず」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「ゐたまひて」とする。
6.1.5 注釈774 【絶え果てぬ清水になどか亡き人の--面影をだにとどめざりけむ】 薫の独詠歌。「亡き人」は八宮や大君。
6.1.6 注釈775 【涙を拭ひて】 大島本は「のこひて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「のごひつつ」と校訂する。『新大系』は底本のまま「のごひて」とする。
6.1.6 注釈776 【いと悲しと見たてまつるに】 弁尼が薫を悲しい気持ちで拝する。
6.1.7 注釈777 【かの人は】 以下「伝へ果てたまへ」まで、薫の詞。「かの人」は浮舟をさしていう。
6.1.9 注釈778 【一日、かの母君の】 以下「なむとはべりし」まで、弁尼の詞。
6.1.9 注釈779 【忌違ふとて】 方違いをするといって。
6.1.9 注釈780 【すこし近きほどならましかば】 宇治が京から近い所であったなら。反実仮想の構文。
6.1.11 注釈781 【人びとのかく】 以下「あはれになむ」まで、薫の詞。
6.1.11 注釈782 【まろこそ古りがたく分け来れ】 『集成』は「「まろ」は、親しい間で用いる一人称」。『完訳』は「自分だけはいつまでも昔を忘れず踏み分けてやって来る意。大君への絶えざる追慕をいう。それを「--契り」と、宿世ゆえとする」と注す。
6.1.13 注釈783 【さらば、その心やすからむ所に】 以下「出でたまはぬ」まで、薫の詞。浮舟の隠れ家をさしていう。
6.1.13 注釈784 【みづからやは】 弁尼自身で、の意。「やは」疑問、依頼の意。
6.1.15 注釈785 【仰せ言を】 以下「え参らぬを」まで、弁尼の詞。
6.1.15 注釈786 【宮にだに】 匂宮邸。

第二段 薫、弁の尼に依頼して出る

6.2.1 注釈787 【などてか】 以下「尊からめ」まで、薫の詞。
6.2.1 注釈788 【人の願ひを】 「人」は一般の人、凡人をさす。
6.2.3 注釈789 【人渡すことも】 以下「出でまうで来れ」まで、弁尼の心中の思い。『異本紫明抄』は「人わたすことだになきを何しかも長柄の橋と身のなりぬらむ」(後撰集雑一、一一一七、七条后)を指摘。「人渡す」は衆生済度の和訳。
6.2.5 注釈790 【なほ、よき折なるを】 大島本は「おりなるを」とある。『完本』は諸本に従って「をりななるを」と「な」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「をりなるを」とする。薫の詞。
6.2.7 注釈791 【明後日ばかり】 以下「ひがわざすまじくを」まで、薫の詞。
6.2.7 注釈792 【すまじきを】 大島本は「すましきを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「すまじくを」と校訂する。『新大系』は底本のまま「すまじきを」とする。
6.2.8 注釈793 【いかに思すことならむ】 弁尼の心中。薫の考えをいぶかしがる。
6.2.8 注釈794 【奥なく】 以下「包みたまふらむ」まで、弁尼の心中。
6.2.8 注釈795 【わがためにも】 大島本は「わかためにも」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「わが御ためにも」と「御」を補訂する。『新大系』は底本のまま「わがためにも」とする。薫御自身のためにも。
6.2.9 注釈796 【さらば、承りぬ】 以下「慎ましくてなむ」まで、弁尼の詞。
6.2.9 注釈797 【近きほどにこそ】 下に「おはすれ」などの語句が省略。浮舟は薫の三条宮邸の近くの隠れ家にいます、の意。
6.2.9 注釈798 【御文などを見せさせたまへかし】 『完訳』は「前もって薫から浮舟に手紙を遣わしてほしいとする。尼の身で媒に積極的になりすぎるのを憚る」と注す。三条西家本には仮名で「おほむふみ」とある。
6.2.9 注釈799 【伊賀専女にや】 言葉巧みに媒をする老女、の意。
6.2.11 注釈800 【文は、やすかるべきを】 以下「荒々しげなめり」まで、薫の詞。
6.2.11 注釈801 【右大将は、常陸守の娘をなむよばふなる】 噂として言うだろうことを仮想して言う。
6.2.11 注釈802 【その守の主】 常陸介。『集成』は「「ぬし」は軽い敬語」と注す。
6.2.12 注釈803 【いとほしと思ふ】 『集成』は「お気の毒にと思う。大君追慕のあまり、常陸の介ごとき者の継子に執心するのもいたわしく思う」と注す。
6.2.13 注釈804 【暗うなれば出でたまふ】 薫、宇治の山荘を出る。
6.2.13 注釈805 【折らせたまひて、宮に御覧ぜさせたまふ】 「せ」使役の助動詞。「宮」は正室の女二宮。
6.2.13 注釈806 【甲斐なからず】 女二宮との結婚の甲斐。
6.2.13 注釈807 【かしこまり置きたるさまにて、いたうも馴れきこえたまはずぞあめる】 語り手の推測を交えた叙述。『完訳』は「薫は、畏れ敬って遇するが、打ち解けて親しみ申さない。薫の捨てがたい大君執心ゆえ」と注す。
6.2.13 注釈808 【内裏より、ただの親めきて、入道の宮にも聞こえたまへば】 女二宮の父帝からも薫の母入道の宮にも、の意。帝と入道の宮は兄妹の関係。「ただの親めきて」は挿入句。
6.2.13 注釈809 【こなたかなたと、かしづききこえたまふ宮仕ひに添へて】 大島本は「ミやつかひ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「宮仕へ」と校訂する。『新大系』は底本のまま「宮仕ひ」とする。こちら薫の母入道の宮とあちら父帝から大切に後見申される女二宮への奉仕に加えて。薫には女二宮との結婚が「宮仕え」と意識される。
6.2.13 注釈810 【むつかしき私の心の添ひたるも】 大島本は「わたくしの心」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「私心」と「の」を削除する。『新大系』は底本のまま「私の心」とする。浮舟への執心。「私の心」と対比される。

第三段 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる

6.3.1 注釈811 【のたまひしまだつとめて】 約束した日の早朝。前に「明後日ばかり」とあった日。
6.3.1 注釈812 【遣はす】 宇治へ弁尼を迎えに遣わす。
6.3.2 注釈813 【荘の者ども】 以下「つけよ」まで、薫が使者に言った詞。
6.3.3 注釈814 【のたまへりければ】 主語は薫。
6.3.3 注釈815 【乗りぬ】 主語は弁尼。
6.3.3 注釈816 【来着きける】 弁尼、浮舟の隠れ家に着く。
6.3.4 注釈817 【かくなむ、参り来つる】 弁尼が案内の男に言わせた詞。
6.3.5 注釈818 【初瀬の供にありし若人】 浮舟の初瀬詣でに従っていた若い女房。
6.3.5 注釈819 【うれしくて呼び入れたまひて】 主語は浮舟。
6.3.5 注釈820 【親と聞こえける人の御あたりの人と】 父八宮に近侍した人、弁尼。
6.3.5 注釈821 【睦ましきなるべし】 語り手の浮舟の心中を推量した叙述。
6.3.6 注釈822 【あはれに、人知れず】 以下「思ひたまへおこしてなむ」まで、弁尼の詞。
6.3.6 注釈823 【見たてまつりしのちよりは】 浮舟を。
6.3.6 注釈824 【思ひ出できこえぬ折なけれど】 大島本は「思ひいてきこえぬ」とある。『完本』は諸本に従って「思ひ出きこえさせぬ」と「させ」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「思ひ出できこえぬ」とする。浮舟を。
6.3.6 注釈825 【かの宮に】 中君のいる匂宮邸。
6.3.7 注釈826 【めでたしと見おききこえてし人】 薫をさす。二条院で拝見した。
6.3.7 注釈827 【忘れぬさまにのたまふらむも】 主語は薫。薫が浮舟を。
6.3.7 注釈828 【かく思したばかるらむと】 大島本は「らんと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「らむとは」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「らんと」とする。「かく」は以下の薫の来訪をさす。

第四段 薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う

6.4.1 注釈829 【宇治より人参れり」と】 三条の浮舟の隠れ家に来ている弁尼のもとに、宇治から使者が来た、と言わせる。
6.4.1 注釈830 【さにやあらむ】 弁尼、薫の使者かと合点する。
6.4.1 注釈831 【弁の開けさせたれば】 大島本は「弁の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「弁」と「の」を削除する。『新大系』は底本のまま「弁の」とする。
6.4.1 注釈832 【引き入るなる】 「なる」は伝聞推定の助動詞。浮舟の女房の認知。臨場感ある表現。
6.4.1 注釈833 【あやし」と思ふに】 『完訳』は「使者なら馬が当然なのに、車なので身分の高い人の来訪かと、浮舟づきの女房が不審がる」と注す。
6.4.2 注釈834 【尼君に、対面賜はらむ】 薫が荘園の管理人に言わせた詞。
6.4.3 注釈835 【雨すこしうちそそくに、風はいと冷やかに吹き入りて】 湿気と微風によって薫の薫香が一際香る。
6.4.3 注釈836 【かうなりけり」と】 「心騒ぎて」にかかる。
6.4.3 注釈837 【誰れも誰れも】 以下「ほどなれば」まで、挿入句。
6.4.4 注釈838 【いかなることにかあらむ】 女房の詞。
6.4.6 注釈839 【心やすき所にて】 以下「とてなむ」まで、薫が供人に言わせた詞。
6.4.8 注釈840 【いかに聞こゆべきことにか】 浮舟の心中。
6.4.9 注釈841 【しかおはしましたらむを】 以下「近きほどなれば」まで、乳母の詞。
6.4.9 注釈842 【立ちながらや】 大島本は「た(△&た)ちなからや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「立ちながらやは」と「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま「立ちながらや」とする。
6.4.9 注釈843 【かの殿に】 常陸介邸にいる浮舟母に。
6.4.9 注釈844 【近きほどなれば】 浮舟の三条の隠れ家は常陸介邸に近い距離にある。
6.4.11 注釈845 【うひうひしく】 以下「うちとけたまはじ」まで、弁尼の詞。『完訳』は「それでは女君が幼い人のようではないか、の気持。以下、今さら母君との相談など不要だとする」と注す。
6.4.11 注釈846 【あやしきまで心のどかに、もの深うおはする君なれば】 薫の性格。不思議なほど気長で思慮深い人。
6.4.11 注釈847 【人の許し】 浮舟の承諾、同意。
6.4.13 注釈848 【家の辰巳の隅の】 以下「心はうたてあれ」まで、宿直人の声。
6.4.13 注釈849 【御供人こそ】 大島本は「みとも人こそ」とある。『完本』は諸本に従って「供人」と「御」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「御供人」とする。
6.4.15 注釈850 【佐野のわたりに家もあらなくに】 薫の口ずさみ。『奥入』は「苦しくも降り来る雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」(万葉集巻三、長奥麻呂)を指摘。
6.4.17 注釈851 【さしとむる葎やしげき東屋の--あまりほど降る雨そそきかな】 薫の独詠歌。催馬楽「東屋」の歌詞を踏まえる。
6.4.18 注釈852 【東の里人も】 宿直人などをさす。
6.4.19 注釈853 【心やすくしも対面したまはぬを】 主語は浮舟。
6.4.19 注釈854 【遣戸といふもの鎖して、いささか開けたれば】 遣戸は高貴な人の邸宅では用いない建具。「といふもの」は薫の気持ちに即した叙述。閉めてあった遣戸を少し開けた、という文脈。
6.4.20 注釈855 【飛騨の工も】 以下「まだ居ならはず」まで、薫の詞。
6.4.21 注釈856 【いかがしたまひけむ】 挿入句。『全集』は「そのいきさつに立ち入らぬ語り手の推量的な叙述」と注す。
6.4.22 注釈857 【おぼえなき、もののはさまより】 以下「思ひきこゆる」まで、薫の詞。宇治で垣間見たことをいう。
6.4.22 注釈858 【さるべきにやあらむ】 前世からの因縁か、の意。口説きの常套句。
6.4.23 注釈859 【とぞ語らひたまふべき】 『一葉抄』は「双紙の詞也推量したる心也」と指摘。語り手の推量。
6.4.23 注釈860 【人のさま】 浮舟。相手浮舟の様子、のニュアンス。「女」とはない。

第五段 薫と浮舟、宇治へ出発

6.5.1 注釈861 【ほどもなう明けぬ心地するに】 『対校』は「長しとも思ひぞはてぬ昔よりあふ人からの秋の夜なれば」(古今集恋三、六三六、凡河内躬恒)を指摘。
6.5.1 注釈862 【大路近き所に】 三条大路に近い隠れ家。
6.5.1 注釈863 【おぼとれたる声して】 「オボはオボロ(朧)のオボと同根。さだかでない、はっきりしないさま。トレは朝鮮語tol(髪)同源か。オボトレで乱髪の意が原義」(岩波古語辞典)。『完訳』は「間のびした物売りの声」と注す。
6.5.1 注釈864 【名のりをして】 売り物の名を呼び上げる声がして。
6.5.1 注釈865 【かかる蓬のまろ寝】 「蓬」は荒れた邸、「まろ寝」は帯も解かずに寝る旅寝。歌語的表現。
6.5.2 注釈866 【門開けて出づる音する】 大島本は「をとする」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「音す」と「る」を削除する。『新大系』は底本のまま「音する」とする。
6.5.2 注釈867 【かき抱きて乗せたまひつ】 薫は浮舟を牛車に。
6.5.3 注釈868 【九月にもありけるを】 以下「いかにしつることぞ」まで、女房の詞。九月は季の末なので、結婚は忌まれた。
6.5.5 注釈869 【おのづから】 以下「聞きしか」まで、弁尼の詞。
6.5.5 注釈870 【長月は、明日こそ節分と聞きしか】 長月は明日が秋の季節の末、明後日は立冬。後文に「今日は十三日」とあるので、十四日は秋の末日、十五日は立冬。『集成』は「ここは、明日立冬の前日ゆえ、多少のことはこだわるに及ぶまい、の意か」と注す。
6.5.7 注釈871 【こたみは、え参らじ】 以下「うたてなむ」まで、弁尼の詞。
6.5.7 注釈872 【宮の上】 中君。
6.5.8 注釈873 【まだきこのことを】 早々にこのこと、浮舟を薫が世話するようになったことを。
6.5.8 注釈874 【心恥づかしくおぼえたまひて】 主語は薫。
6.5.9 注釈875 【それは、のちにも】 以下「たづきなき所を」まで、薫の詞。『完訳』は「後日でも申し訳が立とう」と訳す。
6.5.9 注釈876 【かしこもしるべなくては】 宇治の邸をさす。弁尼を宇治へ誘う。
6.5.11 注釈877 【人一人や、はべるべき】 薫の詞。
6.5.12 注釈878 【この君に】 浮舟。
6.5.12 注釈879 【侍従】 浮舟付きの女房。初出。

第六段 薫と浮舟の宇治への道行き

6.6.1 注釈880 【近きほどにや」と思へば】 浮舟や侍従などの気持ち。
6.6.1 注釈881 【おはするなりけり】 「けり」は、初めて気づいた気持ちを表す。
6.6.1 注釈882 【河原過ぎ、法性寺のわたり】 加茂河原を過ぎ、九条河原の法性寺付近。現在の東福寺あたり。
6.6.2 注釈883 【若き人は】 浮舟の女房、侍従。
6.6.2 注釈884 【ほのかに見たてまつりて】 侍従が薫を。『完訳』は「薫の美しい風姿に接して、浮き立つ気分である」と注す。
6.6.2 注釈885 【君ぞ】 浮舟。
6.6.3 注釈886 【石高きわたりは、苦しきものを】 薫の詞。大きな石ころのある道、の意。
6.6.4 注釈887 【抱きたまへり】 薫が浮舟を。
6.6.4 注釈888 【故姫君の御供にこそ】 以下「見るかな」まで、弁尼の心中。これが大君のお供であったらよかったのに、と思う。
6.6.4 注釈889 【ものの初めに】 以下「いやめなる」まで、侍従の思い。浮舟の新婚生活に。
6.6.4 注釈890 【形異にて】 尼姿をいう。
6.6.4 注釈891 【憎くをこにも思ふ】 大島本は「おこにも思ふ」とある。『完本』は諸本に従って「をこに」と「も」を削除する。『集成』『新大系』は底本のまま「をこにも」とする。
6.6.4 注釈892 【老いたる者は--おろそかにうち思ふなりけり】 三光院は「侍従か心を察してかけり」と指摘。『集成』は「草子地」。『完訳』は「弁の複雑な心中を理解しえぬとする」と注す。
6.6.5 注釈893 【君も】 薫。
6.6.5 注釈894 【空のけしきにつけても、来し方の恋しさ】 『完訳』は「晩秋の景に、大君追慕が触発される。浮舟を抱きながら、薫は亡き人の面影を追い続ける。彼女はしょせん大君の形代にすぎない」と注す。
6.6.5 注釈895 【霧立ちわたる心地したまふ】 『完訳』は「宇治に近づくにつれて薫は憂愁に捉えられる。「霧」はその象徴」と注す。
6.6.5 注釈896 【うち眺めて寄りゐたまへる袖の】 主語は薫。薫の直衣の袖。
6.6.5 注釈897 【重なりながら長やかに】 薫の直衣の袖と浮舟の袖とが重なって。
6.6.5 注釈898 【御衣の紅なるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを】 一つには薫の下着の袿と上着の直衣が重なって、『集成』は「下のお召し物(袿)が紅なのに、表着の御直衣の花色(薄い藍色)が、ひどく色変りして見えるのを。紅と薄藍の重なったのが、二藍(紫に近い色)に見える」と注す。また一つには浮舟の御衣と薫の直衣が重なって、『完訳』は「浮舟の衣の紅に薫の直衣の花色(縹色)が重なり、二藍色(青みがかった紫色)に見える」と注す。
6.6.5 注釈899 【落としがけ】 『集成』は「おとしかけ」と清音、『完訳』は「おとしがけ」と濁音。
6.6.6 注釈900 【形見ぞと見るにつけては朝露の--ところせきまで濡るる袖かな】 薫の独詠歌。『完訳』は「浮舟を亡き大君の形見と見て詠嘆する歌。「露」に涙を響かす」と注す。
6.6.7 注釈901 【聞きて、いとどしぼるばかり】 主語は弁尼。「故姫君の御供にこそ」とあったのを受けて「いとど」となる。薫の歌に共感。
6.6.7 注釈902 【若き人】 侍従。薫の真意を理解していない。
6.6.7 注釈903 【あやしう見苦しき世かな】 以下「むつかしきこと添ひたる」あたりまで、侍従の心中の思い。『完訳』は「心中叙述がそのまま地の文に続く」と注す。
6.6.7 注釈904 【忍びがたげなる鼻すすり】 弁尼の鼻水。
6.6.7 注釈905 【聞きたまひて、我も】 薫をさす。
6.6.7 注釈906 【いかが思ふらむ」といとほしければ】 薫は浮舟の心中を忖度。
6.6.8 注釈907 【あまたの年ごろ】 以下「いと埋れたりや」まで、薫の詞。『完訳』は「大君を思い多年通い続けた宇治行を回顧。半ば独り言である」と注す。
6.6.9 注釈908 【かき起こしたまへば】 薫が浮舟を。
6.6.9 注釈909 【いとよく思ひ出でらるれど】 浮舟の姿態から薫は亡き大君を思い出す。『集成』は「〔亡き大君に〕とてもよく似ているけれども」。『完訳』は「まったく亡き姫宮を思い起さずにはいられぬ顔だちであるけれども」と訳す。
6.6.9 注釈910 【心もとなかめる】 推量助動詞「める」の主観的推量は薫と語り手の推測が一体化した表現。
6.6.9 注釈911 【いといたう児めいたるものから】 以下「ものしたまひしはや」まで、薫の心中。大君の人柄を思う。
6.6.9 注釈912 【行く方なき悲しさは、むなしき空にも】 『源氏釈』は「我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし」(古今集恋一、四八八、読人しらず)を指摘。
6.6.9 注釈913 【満ちぬべかめり】 「べかめり」は語り手の推測。

第七段 宇治に到着、薫、京に手紙を書く

6.7.2 注釈914 【あはれ、亡き魂や】 以下「ものにもあらなくに」まで、薫の感想。亡き大君の霊魂の存在を思う。『完訳』は「大君の亡き魂に見守られている自分であると実感」と注す。
6.7.3 注釈915 【すこし心しらひて、立ち去りたまへり】 『集成』は「少し気を利かせて。浮舟を休息させるため」と注す。
6.7.3 注釈916 【女は】 浮舟。「女」という呼称に注意。
6.7.3 注釈917 【語らひたまふに】 主語は薫。
6.7.4 注釈918 【尼君は、ことさらに降りで、廊にぞ寄するを】 『完訳』は「薫や浮舟は寝殿の正面に下車、弁は自分の住む廊に車を回す」と注す。
6.7.4 注釈919 【わざと思ふべき】 以下「あまりなれ」まで、薫の感想。
6.7.5 注釈920 【いぶせさ、慰みぬる心地すれど】 主語は浮舟。三条あたりの隠れ家生活と比較。
6.7.5 注釈921 【浮きてあやしうおぼゆ】 『完訳』は「浮舟特有の語「浮き」に注意」と注す。
6.7.6 注釈922 【殿は、京に御文書きたまふ】 薫は京の母女三宮や正室の女二宮に手紙を書き送る。「殿」のニュアンスについて『集成』は「一家の主人といった語感がある」と注す。
6.7.7 注釈923 【なりあはぬ仏の】 大島本は「御文かき給ふ也・あハぬ」とある。すなわち「也」と「あはぬ」の間に朱句点を打ち、「也」を前文に続く助動詞とする。『完本』は諸本に従って「まだなりあはぬ」と「まだ」を補訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「なりあはぬ」とする。以下「慎みはべるべき」まで、薫の文。御堂はすでに完成している。ここは内部の仏の飾りについていうものか。
6.7.8 注釈924 【母宮にも姫宮にも】 薫の母女三宮と正室の女二宮。

第八段 薫、浮舟の今後を思案す

6.8.1 注釈925 【うちとけたる御ありさま】 薫の態度。
6.8.1 注釈926 【恥づかしけれど】 主語は浮舟。
6.8.1 注釈927 【女の装束】 浮舟の衣装。
6.8.1 注釈928 【色々にきよくと思ひてし】 大島本は「きよく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「よくと」と「き」を削除する。『新大系』は底本のまま「きよく」とする。主語は浮舟の母。その思い入れが窺える。
6.8.1 注釈929 【うち混じりてぞ】 係助詞「ぞ」は、結びの流れ、あるいは省略、文が切れているとみるべきか。
6.8.1 注釈930 【昔のいと萎えばみたりし御姿の、あてになまめかしかりし】 故大君の生前の姿。
6.8.2 注釈931 【髪の裾の】 以下「劣るまじかりけり」まで、薫の目に移った浮舟の姿。正室の女二宮と比較。
6.8.2 注釈932 【宮の】 薫の正室、女二宮。
6.8.4 注釈933 【この人をいかにもてなして】 以下「隠してあらむ」まで、薫の心中の思い。浮舟の処遇をめぐって悩む。
6.8.4 注釈934 【かの宮に】 薫の自邸三条の宮邸。
6.8.4 注釈935 【しばし、ここに隠して】 浮舟を宇治に。
6.8.5 注釈936 【故宮の御ことも】 故八宮のこと。
6.8.5 注釈937 【昔物語】 八宮生前中の話。
6.8.6 注釈938 【あやまりても】 大島本は「あやまりてもかう」とある。『完本』は諸本に従って「あやまりてかうも」と校訂する。『集成』『新大系』は底本のまま「あやまりてもかう」とする。以下「不用ならまし」まで、薫の心中の思い。
6.8.6 注釈939 【田舎びたるされ心】 以下「ましかば--不用ならまし」の反実仮想の構文。「品々しからず」「はやりか」は並列の関係。
6.8.6 注釈940 【はやりかならましかば】 大島本は「ましかはしも(はしも$かはイ)」とある。すなわち「はしも」をミセケチにして「かはイ」とする。『集成』『完本』は諸本と底本の訂正以前の本文に従って「ましかばしも」と校訂する。『新大系』は底本の訂正に従って「ましかば」とする。

第九段 薫と浮舟、琴を調べて語らう

6.9.1 注釈941 【かかることはた、ましてえせじかし】 薫の心中の思い。浮舟は楽器を嗜むまい、と想像。
6.9.2 注釈942 【宮亡せたまひてのち】 以下「手触れざりつかし」まで、薫の心中の思い。「宮」は八宮。
6.9.4 注釈943 【宮の御琴の音の】 以下「あはれに弾きたまひしはや」まで、薫の心中の思い。故八宮の琴の琴を回想。
6.9.6 注釈944 【昔、誰れも誰れもおはせし世に】 以下「年ごろへたまひしぞ」まで、薫の詞。八宮や大君の生存中。「ましかば--まし」反実仮想の構文。
6.9.6 注釈945 【親王の御ありさま】 八宮の人柄。
6.9.6 注釈946 【よその人だに】 『集成』は「他人の私でさえ」と訳す。
6.9.7 注釈947 【いと恥づかしくて】 主語は浮舟。
6.9.7 注釈948 【白き扇を】 『集成』は「骨に白い紙を張った、いはゆる「かはぼり」の扇である。夏扇」と注す。
6.9.7 注釈949 【いとよく思ひ出でられてあはれなり】 『集成』は「まざまざと亡き人の面影が思い出されて胸が迫ってくる」。『完訳』は「じっさいに亡き姫宮その人を思い出さずにはいられないので、大将は感慨も無量である」と注す。
6.9.7 注釈950 【かやうのことも】 琴の嗜み。
6.9.8 注釈951 【これは、すこし】 以下「手ならしたまひけむ」まで、薫の詞。「これ」は後文から東琴と知られる。浮舟が東国育ちなので話題にする。
6.9.8 注釈952 【ほのめかいたまひたりや】 琴に手を触れる、弾く、の意。
6.9.8 注釈953 【あはれ、吾が妻といふ琴】 吾が妻、東琴、すなわち和琴。
6.9.10 注釈954 【その大和言葉だに】 以下「ましてこれは」まで、浮舟の詞。「大和言葉」は和歌の意。和歌さえ知らぬ、まして和琴は知らない、の意。
6.9.11 注釈955 【ここに置きて】 浮舟を宇治に置いて。
6.9.11 注釈956 【なのめには思さぬなるべし】 『休聞抄』は「双」と指摘。『完訳』は「薫の浮舟執心。語り手の推測」と注す。
6.9.12 注釈957 【楚王の台の上の夜の琴の声】 薫の口ずさみ。『和漢朗詠集』中の詩句。夏の白扇のように捨てられた女の話が省略されている。
6.9.13 注釈958 【いとめでたく、思ふやうなり】 侍従の感想。薫の口ずさんだ詩句の内容を理解せず、美声に感嘆している。
6.9.13 注釈959 【さるは、扇の色も心おきつべき閨のいにしへをば知らねば】 以下「後れたるなめるかし」まで、語り手の批評。『万水一露』は「草子の詞也」と指摘。『集成』は「今、浮舟は「白き扇をまさぐりつつ」あるので、不吉な符号に気づくべきなのである。以下、草子地」と注す。
6.9.13 注釈960 【ことこそあれ、あやしくも、言ひつるかな】 薫の心中の思い。「楚王台上夜琴声」の詩句を口ずさんだことを後悔。
6.9.14 注釈961 【ゆゑゆゑなからず】 大島本は「ゆへ/\なからす」とある。『集成』『完本』は諸本と底本の訂正以前の本文に従って「ゆゑなからず」と校訂する。『新大系』は「「那」と「斯」の草体の紛れと見て」(脚注)「ゆへ(ゑ)/\しからず」と校訂する。
6.9.14 注釈962 【ふつつかに書きたるもの】 『集成』は「筆太に書いてあるのが。老人らしい太い字」と注す。
6.9.14 注釈963 【くだもの急ぎにぞ見えける】 『一葉抄』は「双紙地也」と指摘。『評釈』は「字を読み解こうとして、のぞきこむ薫を、「くだものいそぎにぞ見えける」とひやかす」。『集成』は「まるで、くだものを早く欲しがっているように見えた。たわむれに取りなした草子地」と注す。
6.9.15 注釈964 【宿り木は色変はりぬる秋なれど--昔おぼえて澄める月かな】 弁尼から薫への贈歌。『集成』は「上の句、大君から浮舟に変ったことを暗に言い、月を薫に喩える。「澄める」に「住める」の意を掛ける。去年の秋の、「宿木」を詠み込んだ薫との贈答を踏まえたもの」と注す。
6.9.16 注釈965 【恥づかしくもあはれにも】 浮舟のこと、大君のことを思って複雑な心境である。
6.9.17 注釈966 【里の名も昔ながらに見し人の--面変はりせる閨の月影】 薫の返歌。「昔」「月」の語句を受けて返す。
6.9.18 注釈967 【わざと返り事とはなくてのたまふ】 ことさら返歌として返した、というのでなく。
6.9.18 注釈968 【侍従なむ伝へけるとぞ】 侍従が薫の歌を弁尼に。『細流抄』は「例の作者のかける也」と指摘。『集成』は「お側にいた侍従が伝えたとか。語り手の存在を示す草子地」。『完訳』は「侍従が語り手に組み込まれる」と注す。
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