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11花散里
1113422花散里の物語
111.13523第一段 花散里訪問を決意
111.1.13624 人知(ひとし)れぬ、御心(みこころ)づからのもの(おも)はしさは、いつとなきことなめれど、かくおほかたの()につけてさへ、わづらはしう(おぼ)(みだ)るることのみまされば、もの心細(こころぼそ)く、()(なか)なべて(いと)はしう(おぼ)しならるるに、さすがなること(おほ)かり。 ひとしれぬ、みこころづからのものおもはしさは、いつとなきことなめれど、かくおほかたのにつけてさへ、わづらはしうおぼみだるることのみまされば、ものこころぼそく、なかなべていとはしうおぼしならるるに、さすがなることおほかり。
111.1.23725 麗景殿(れいけいでん)()こえしは、(みや)たちもおはせず、院隠(ゐんかく)れさせたまひて(のち)、いよいよあはれなる(おほん)ありさまを、ただこの大将殿(だいしゃうどの)御心(みこころ)にもて(かく)されて、()ぐしたまふなるべし。 れいけいでんこえしは、みやたちもおはせず、ゐんかくれさせたまひてのち、いよいよあはれなるおほんありさまを、ただこのだいしゃうどのみこころにもてかくされて、ぐしたまふなるべし。
111.1.33826 (おほん)おとうとの(さん)(きみ)内裏(うち)わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、(れい)御心(みこころ)なれば、さすがに(わす)れも()てたまはず、わざとももてなしたまはぬに、(ひと)御心(みこころ)をのみ()くし()てたまふべかめるをも、このごろ(のこ)ることなく(おぼ)(みだ)るる()のあはれのくさはひには、(おも)()でたまふには、(しの)びがたくて、五月雨(さみだれ)(そら)めづらしく()れたる雲間(くもま)(わた)りたまふ。 おほんおとうとのさんきみうちわたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、れいみこころなれば、さすがにわすれもてたまはず、わざとももてなしたまはぬに、ひとみこころをのみくしてたまふべかめるをも、このごろのこることなくおぼみだるるのあはれのくさはひには、おもでたまふには、しのびがたくて、さみだれそらめづらしくれたるくもまわたりたまふ。
111.23927第二段 中川の女と和歌を贈答
111.2.14028 (なに)ばかりの(おほん)よそひなく、うちやつして、御前(ごぜん)などもなく、(しの)びて、中川(なかがは)のほどおはし()ぐるに、ささやかなる(いへ)の、木立(こだち)などよしばめるに、よく()(こと)を、あづまに調(しら)べて、()()はせ、にぎははしく()きなすなり。 なにばかりのおほんよそひなく、うちやつして、ごぜんなどもなく、しのびて、なかがはのほどおはしぐるに、ささやかなるいへの、こだちなどよしばめるに、よくことを、あづまにしらべて、はせ、にぎははしくきなすなり。
111.2.24129 御耳(おほんみみ)とまりて、門近(かどぢか)なる(ところ)なれば、すこしさし()でて見入(みい)れたまへば、(おほ)きなる(かつら)()()(かぜ)に、(まつり)のころ(おぼ)()でられて、そこはかとなくけはひをかしきを、「ただ一目見(ひとめみ)たまひし宿(やど)りなり」と()たまふ。ただならず、「ほど()にける、おぼめかしくや」と、つつましけれど、()ぎがてにやすらひたまふ、(をり)しも、ほととぎす()きて(わた)る。もよほしきこえ(がほ)なれば、御車(みくるま)おし(かへ)させて、(れい)の、惟光入(これみつい)れたまふ。 おほんみみとまりて、かどぢかなるところなれば、すこしさしでてみいれたまへば、おほきなるかつらかぜに、まつりのころおぼでられて、そこはかとなくけはひをかしきを、"ただひとめみたまひしやどりなり。"とたまふ。ただならず、"ほどにける、おぼめかしくや。"と、つつましけれど、ぎがてにやすらひたまふ、をりしも、ほととぎすきてわたる。もよほしきこえがほなれば、みくるまおしかへさせて、れいの、これみついれたまふ。
111.2.34230 「をちかへりえぞ(しの)ばれぬほととぎす<BR/>ほの(かた)らひし宿(やど)垣根(かきね)に」 "〔をちかへりえぞしのばれぬほととぎす<BR/>ほのかたらひしやどかきねに〕
111.2.44331 寝殿(しんでん)とおぼしき()西(にし)(つま)(ひと)びとゐたり。先々(さきざき)()きし(こゑ)なれば、(こわ)づくりけしきとりて、御消息聞(おほんせうそこき)こゆ。(わか)やかなるけしきどもして、おぼめくなるべし。 しんでんとおぼしきにしつまひとびとゐたり。さきざききしこゑなれば、こわづくりけしきとりて、おほんせうそこきこゆ。わかやかなるけしきどもして、おぼめくなるべし。
111.2.54432 「ほととぎす言問(ことと)(こゑ)はそれなれど<BR/>あなおぼつかな五月雨(さみだれ)(そら) "〔ほととぎすこととこゑはそれなれど<BR/>あなおぼつかなさみだれそら〕"
111.2.64533 ことさらたどると()れば、 ことさらたどるとれば、
111.2.74634 「よしよし、()ゑし垣根(かきね)も」 "よしよし、ゑしかきねも。"
111.2.84735 とて()づるを、人知(ひとし)れぬ(こころ)には、ねたうもあはれにも(おも)ひけり。 とてづるを、ひとしれぬこころには、ねたうもあはれにもおもひけり。
111.2.94836 「さも、つつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。かやうの(きは)に、筑紫(つくし)五節(ごせち)が、らうたげなりしはや」 "さも、つつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。かやうのきはに、つくしごせちが、らうたげなりしはや。"
111.2.104937 と、まづ(おぼ)()づ。 と、まづおぼづ。
111.2.115038 いかなるにつけても、御心(みこころ)(いとま)なく(くる)しげなり。年月(としつき)()ても、なほかやうに、()しあたり、(なさ)()ぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたの(ひと)のもの(おも)ひぐさなり。 いかなるにつけても、みこころいとまなくくるしげなり。としつきても、なほかやうに、しあたり、なさぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたのひとのものおもひぐさなり。
111.35139第三段 姉麗景殿女御と昔を語る
111.3.15240 かの本意(ほい)(ところ)は、(おぼ)しやりつるもしるく、人目(ひとめ)なく、(しづ)かにておはするありさまを()たまふも、いとあはれなり。まづ、女御(にょうご)御方(おほんかた)にて、(むかし)御物語(おほんものがたり)など()こえたまふに、夜更(よふ)けにけり。 かのほいところは、おぼしやりつるもしるく、ひとめなく、しづかにておはするありさまをたまふも、いとあはれなり。まづ、にょうごおほんかたにて、むかしおほんものがたりなどこえたまふに、よふけにけり。
111.3.25341 二十日(はつか)(つき)さし()づるほどに、いとど木高(こだか)(かげ)ども木暗(こぐら)()えわたりて、(ちか)(たちばな)(かを)りなつかしく(にほ)ひて、女御(にょうご)(おほん)けはひ、ねびにたれど、あくまで用意(ようい)あり、あてにらうたげなり。 はつかつきさしづるほどに、いとどこだかかげどもこぐらえわたりて、ちかたちばなかをりなつかしくにほひて、にょうごおほんけはひ、ねびにたれど、あくまでよういあり、あてにらうたげなり。
111.3.35442 「すぐれてはなやかなる(おほん)おぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしき(かた)には(おぼ)したりしものを」 "すぐれてはなやかなるおほんおぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしきかたにはおぼしたりしものを。"
111.3.45543 など、(おも)()できこえたまふにつけても、(むかし)のことかきつらね(おぼ)されて、うち()きたまふ。 など、おもできこえたまふにつけても、むかしのことかきつらねおぼされて、うちきたまふ。
111.3.55644 ほととぎす、ありつる垣根(かきね)のにや、(おな)(こゑ)にうち()く。「(した)()にけるよ」と、(おぼ)さるるほども、(えん)なりかし。「いかに()りてか」など、(しの)びやかにうち()んじたまふ。 ほととぎす、ありつるかきねのにや、おなこゑにうちく。"したにけるよ。"と、おぼさるるほども、えんなりかし。"いかにりてか。"など、しのびやかにうちんじたまふ。
111.3.65745 (たちばな)()をなつかしみほととぎす<BR/>花散(はなち)(さと)をたづねてぞとふ "〔たちばなをなつかしみほととぎす<BR/>はなちさとをたづねてぞとふ
111.3.75847 いにしへの(わす)れがたき(なぐさ)めには、なほ(まゐ)りはべりぬべかりけり。こよなうこそ、(まぎ)るることも、数添(かずそ)ふこともはべりけれ。おほかたの()(したが)ふものなれば、昔語(むかしがたり)もかきくづすべき人少(ひとすく)なうなりゆくを、まして、つれづれも(まぎ)れなく(おぼ)さるらむ」 いにしへのわすれがたきなぐさめには、なほまゐりはべりぬべかりけり。こよなうこそ、まぎるることも、かずそふこともはべりけれ。おほかたのしたがふものなれば、むかしがたりもかきくづすべきひとすくなうなりゆくを、まして、つれづれもまぎれなくおぼさるらん。"
111.3.85948 ()こえたまふに、いとさらなる()なれど、ものをいとあはれに(おぼ)(つづ)けたる()けしきの(あさ)からぬも、(ひと)(おほん)さまからにや、(おほ)くあはれぞ()ひにける。 こえたまふに、いとさらなるなれど、ものをいとあはれにおぼつづけたるけしきのあさからぬも、ひとおほんさまからにや、おほくあはれぞひにける。
111.3.96049 人目(ひとめ)なく()れたる宿(やど)(たちばな)の<BR/>(はな)こそ(のき)のつまとなりけれ」 "〔ひとめなくれたるやどたちばなの<BR/>はなこそのきのつまとなりけれ〕
111.3.106150 とばかりのたまへる、「さはいへど、(ひと)にはいとことなりけり」と、(おぼ)(くら)べらる。 とばかりのたまへる、"さはいへど、ひとにはいとことなりけり。"と、おぼくらべらる。
111.46251第四段 花散里を訪問
111.4.16352 西面(にしおもて)には、わざとなく、(しの)びやかにうち()()ひたまひて、(のぞ)きたまへるも、めづらしきに()へて、()()なれぬ(おほん)さまなれば、つらさも(わす)れぬべし。(なに)やかやと、(れい)の、なつかしく(かた)らひたまふも、(おぼ)さぬことにあらざるべし。 にしおもてには、わざとなく、しのびやかにうちひたまひて、のぞきたまへるも、めづらしきにへて、なれぬおほんさまなれば、つらさもわすれぬべし。なにやかやと、れいの、なつかしくかたらひたまふも、おぼさぬことにあらざるべし。
111.4.26453 かりにも()たまふかぎりは、おしなべての(きは)にはあらず、さまざまにつけて、いふかひなしと(おぼ)さるるはなければにや、(にく)げなく、(われ)(ひと)(なさ)けを()はしつつ、()ぐしたまふなりけり。それをあいなしと(おも)(ひと)は、とにかくに()はるも、「ことわりの、()のさが」と、(おも)ひなしたまふ。ありつる垣根(かきね)も、さやうにて、ありさま()はりにたるあたりなりけり。 かりにもたまふかぎりは、おしなべてのきはにはあらず、さまざまにつけて、いふかひなしとおぼさるるはなければにや、にくげなく、われひとなさけをはしつつ、ぐしたまふなりけり。それをあいなしとおもひとは、とにかくにはるも、"ことわりの、のさが。"と、おもひなしたまふ。ありつるかきねも、さやうにて、ありさまはりにたるあたりなりけり。