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15蓬生
1516444第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代
151.16545第一段 末摘花の孤独
151.1.16646 藻塩垂(もしほた)れつつわびたまひしころほひ、(みやこ)にも、さまざまに(おぼ)(なげ)人多(ひとおほ)かりしを、さても、わが御身(おほんみ)()(どころ)あるは、一方(ひとかた)(おも)ひこそ(くる)しげなりしか、二条(にでう)(うへ)なども、のどやかにて、(たび)御住(おほんす)みかをもおぼつかなからず、()こえ(かよ)ひたまひつつ、(くらゐ)()りたまへる(かり)(おほん)よそひをも、(たけ)()()()(ふし)を、時々(ときどき)につけてあつかひきこえたまふに、(なぐさ)めたまひけむ、なかなか、その(かず)(ひと)にも()られず、()(わか)れたまひしほどの(おほん)ありさまをも、よそのことに(おも)ひやりたまふ(ひと)びとの、(した)(こころ)くだきたまふたぐひ(おほ)かり。 もしほたれつつわびたまひしころほひ、みやこにも、さまざまにおぼなげひとおほかりしを、さても、わがおほんみどころあるは、ひとかたおもひこそくるしげなりしか、にでううへなども、のどやかにて、たびおほんすみかをもおぼつかなからず、こえかよひたまひつつ、くらゐりたまへるかりおほんよそひをも、たけふしを、ときどきにつけてあつかひきこえたまふに、なぐさめたまひけん、なかなか、そのかずひとにもられず、わかれたまひしほどのおほんありさまをも、よそのことにおもひやりたまふひとびとの、したこころくだきたまふたぐひおほかり。
151.1.26747 常陸宮(ひたちのみや)(きみ)は、父親王(ちちみこ)()せたまひにし名残(なごり)に、また(おも)ひあつかふ(ひと)もなき御身(おほんみ)にて、いみじう心細(こころぼそ)げなりしを、(おも)ひかけぬ(おほん)ことの()()て、(とぶ)らひきこえたまふこと()えざりしを、いかめしき御勢(おほんいきほひ)にこそ、ことにもあらず、はかなきほどの御情(おほんなさ)けばかりと(おぼ)したりしかど、()()けたまふ(たもと)(せば)きに、大空(おほぞら)(ほし)(ひかり)(たらひ)(みづ)(うつ)したる心地(ここち)して()ぐしたまひしほどに、かかる()(さわ)()()て、なべての世憂(よう)(おぼ)(みだ)れしまぎれに、わざと(ふか)からぬ(かた)(こころ)ざしはうち(わす)れたるやうにて、(とほ)くおはしましにしのち、ふりはへてしもえ(たづ)ねきこえたまはず。その名残(なごり)に、しばしは、()()くも()ぐしたまひしを、年月経(としつきふ)るままに、あはれにさびしき(おほん)ありさまなり。 ひたちのみやきみは、ちちみこせたまひにしなごりに、またおもひあつかふひともなきおほんみにて、いみじうこころぼそげなりしを、おもひかけぬおほんことのて、とぶらひきこえたまふことえざりしを、いかめしきおほんいきほひにこそ、ことにもあらず、はかなきほどのおほんなさけばかりとおぼしたりしかど、けたまふたもとせばきに、おほぞらほしひかりたらひみづうつしたるここちしてぐしたまひしほどに、かかるさわて、なべてのようおぼみだれしまぎれに、わざとふかからぬかたこころざしはうちわすれたるやうにて、とほくおはしましにしのち、ふりはへてしもえたづねきこえたまはず。そのなごりに、しばしは、くもぐしたまひしを、としつきふるままに、あはれにさびしきおほんありさまなり。
151.1.36848 (ふる)(をんな)ばらなどは、 ふるをんなばらなどは、
151.1.46949 「いでや、いと口惜(くちを)しき御宿世(おほんすくせ)なりけり。おぼえず神仏(かみほとけ)(あら)はれたまへらむやうなりし御心(みこころ)ばへに、かかるよすがも(ひと)()でおはするものなりけりと、ありがたう()たてまつりしを、おほかたの()(こと)といひながら、また(たの)(かた)なき(おほん)ありさまこそ、(かな)しけれ」 "いでや、いとくちをしきおほんすくせなりけり。おぼえずかみほとけあらはれたまへらんやうなりしみこころばへに、かかるよすがもひとでおはするものなりけりと、ありがたうたてまつりしを、おほかたのことといひながら、またたのかたなきおほんありさまこそ、かなしけれ。"
151.1.57050 と、つぶやき(なげ)く。さる(かた)にありつきたりしあなたの(とし)ごろは、いふかひなきさびしさに()なれて()ぐしたまふを、なかなかすこし()づきてならひにける年月(としつき)に、いと()へがたく(おも)(なげ)くべし。すこしも、さてありぬべき(ひと)びとは、おのづから(まゐ)りつきてありしを、皆次々(みなつぎつぎ)(したが)ひて()()りぬ。(をんな)ばらの命堪(いのちた)へぬもありて、月日(つきひ)(したが)ひては、上下人数少(かみしもひとかずすく)なくなりゆく。 と、つぶやきなげく。さるかたにありつきたりしあなたのとしごろは、いふかひなきさびしさになれてぐしたまふを、なかなかすこしづきてならひにけるとしつきに、いとへがたくおもなげくべし。すこしも、さてありぬべきひとびとは、おのづからまゐりつきてありしを、みなつぎつぎしたがひてりぬ。をんなばらのいのちたへぬもありて、つきひしたがひては、かみしもひとかずすくなくなりゆく。
151.27151第二段 常陸宮邸の窮乏
151.2.17252 もとより()れたりし(みや)(うち)、いとど(きつね)()みかになりて、うとましう、気遠(けどほ)木立(こだち)に、(ふくろふ)(こゑ)朝夕(あさゆふ)(みみ)ならしつつ、人気(ひとげ)にこそ、さやうのものもせかれて影隠(かげかく)しけれ、木霊(こだま)など、けしからぬものども、所得(ところえ)て、やうやう(かたち)(あら)はし、ものわびしきことのみ数知(かずし)らぬに、まれまれ(のこ)りてさぶらふ(ひと)は、 もとよりれたりしみやうち、いとどきつねみかになりて、うとましう、けどほこだちに、ふくろふこゑあさゆふみみならしつつ、ひとげにこそ、さやうのものもせかれてかげかくしけれ、こだまなど、けしからぬものども、ところえて、やうやうかたちあらはし、ものわびしきことのみかずしらぬに、まれまれのこりてさぶらふひとは、
151.2.27353 「なほ、いとわりなし。この受領(ずりゃう)どもの、おもしろき家造(いへづく)(この)むが、この(みや)木立(こだち)(こころ)につけて、(はな)ちたまはせてむやと、ほとりにつきて、案内(あない)(まう)さするを、さやうにせさせたまひて、いとかう、もの(おそ)ろしからぬ御住(おほんす)まひに、(おぼ)(うつ)ろはなむ。()ちとまりさぶらふ(ひと)も、いと()へがたし」 "なほ、いとわりなし。このずりゃうどもの、おもしろきいへづくこのむが、このみやこだちこころにつけて、はなちたまはせてんやと、ほとりにつきて、あないまうさするを、さやうにせさせたまひて、いとかう、ものおそろしからぬおほんすまひに、おぼうつろはなん。ちとまりさぶらふひとも、いとへがたし。"
151.2.37454 など()こゆれど、 などこゆれど、
151.2.47555 「あな、いみじや。(ひと)()(おも)はむこともあり。()ける()に、しか名残(なごり)なきわざ、いかがせむ。かく(おそ)ろしげに()()てぬれど、(おや)御影(おほんかげ)とまりたる心地(ここち)する(ふる)()みかと(おも)ふに、(なぐさ)みてこそあれ」 "あな、いみじや。ひとおもはんこともあり。けるに、しかなごりなきわざ、いかがせん。かくおそろしげにてぬれど、おやおほんかげとまりたるここちするふるみかとおもふに、なぐさみてこそあれ。"
151.2.57656 と、うち()きつつ、(おぼ)しもかけず。 と、うちきつつ、おぼしもかけず。
151.2.67757 御調度(おほんでうど)どもを、いと古代(こたい)になれたるが、(むかし)やうにてうるはしきを、なまもののゆゑ()らむと(おも)へる(ひと)、さるもの(えう)じて、わざとその(ひと)かの(ひと)にせさせたまへると(たづ)()きて、案内(あない)するも、おのづからかかる(まづ)しきあたりと(おも)ひあなづりて()()るを、(れい)(をんな)ばら、 おほんでうどどもを、いとこたいになれたるが、むかしやうにてうるはしきを、なまもののゆゑらんとおもへるひと、さるものえうじて、わざとそのひとかのひとにせさせたまへるとたづきて、あないするも、おのづからかかるまづしきあたりとおもひあなづりてるを、れいをんなばら、
151.2.77858 「いかがはせむ。そこそは()(つね)のこと」 "いかがはせん。そこそはつねのこと。"
151.2.87959 とて、()(まぎ)らはしつつ、()(ちか)今日明日(けふあす)見苦(みぐる)しさを(つくろ)はむとする(とき)もあるを、いみじう(いさ)めたまひて、 とて、まぎらはしつつ、ちかけふあすみぐるしさをつくろはんとするときもあるを、いみじういさめたまひて、
151.2.98060 ()よと(おも)ひたまひてこそ、しおかせたまひけめ。などてか、軽々(かろがろ)しき(ひと)(いへ)(かざ)りとはなさむ。()(ひと)御本意違(おほんほいたが)はむが、あはれなること」 "よとおもひたまひてこそ、しおかせたまひけめ。などてか、かろがろしきひといへかざりとはなさん。ひとおほんほいたがはんが、あはれなること。"
151.2.108161 とのたまひて、さるわざはせさせたまはず。 とのたまひて、さるわざはせさせたまはず。
151.38262第三段 常陸宮邸の荒廃
151.3.18363 はかなきことにても、見訪(みとぶ)らひきこゆる(ひと)はなき御身(おほんみ)なり。ただ、御兄(おほんせうと)禅師(ぜんじ)(きみ)ばかりぞ、まれにも(きゃう)()でたまふ(とき)は、さしのぞきたまへど、それも、()になき(ふる)めき(びと)にて、(おな)じき法師(ほふし)といふなかにも、たづきなく、この()(はな)れたる(ひじり)にものしたまひて、しげき(くさ)(よもぎ)をだに、かき(はら)はむものとも(おも)()りたまはず。 はかなきことにても、みとぶらひきこゆるひとはなきおほんみなり。ただ、おほんせうとぜんじきみばかりぞ、まれにもきゃうでたまふときは、さしのぞきたまへど、それも、になきふるめきびとにて、おなじきほふしといふなかにも、たづきなく、このはなれたるひじりにものしたまひて、しげきくさよもぎをだに、かきはらはんものともおもりたまはず。
151.3.28465 かかるままに、浅茅(あさぢ)(には)(おも)()えず、しげき(よもぎ)(のき)(あらそ)ひて()ひのぼる。(むぐら)西東(にしひんがし)御門(みかど)()ぢこめたるぞ(たの)もしけれど、(くづ)れがちなるめぐりの(かき)(むま)(うし)などの()みならしたる(みち)にて、春夏(はるなつ)になれば、(はな)()総角(あげまき)(こころ)さへぞ、めざましき。 かかるままに、あさぢにはおもえず、しげきよもぎのきあらそひてひのぼる。むぐらにしひんがしみかどぢこめたるぞたのもしけれど、くづれがちなるめぐりのかきむまうしなどのみならしたるみちにて、はるなつになれば、はなあげまきこころさへぞ、めざましき。
151.3.38566 八月(はづき)野分荒(のわきあら)かりし(とし)(らう)どもも(たふ)()し、(しも)()どもの、はかなき板葺(いたぶき)なりしなどは、(ほね)のみわづかに(のこ)りて、()ちとまる下衆(げす)だになし。煙絶(けぶりた)えて、あはれにいみじきこと(おほ)かり。 はづきのわきあらかりしとしらうどももたふし、しもどもの、はかなきいたぶきなりしなどは、ほねのみわづかにのこりて、ちとまるげすだになし。けぶりたえて、あはれにいみじきことおほかり。
151.3.48667 盗人(ぬすびと)などいふひたぶる(ごころ)ある(もの)も、(おも)ひやりの(さび)しければにや、この(みや)をば不要(ふよう)のものに()()ぎて、()()ざりければ、かくいみじき野良(のら)(やぶ)なれども、さすがに寝殿(しんでん)のうちばかりは、ありし(おほん)しつらひ(かは)らず、つややかに()()きなどする(ひと)もなし。(ちり)()もれど、(まぎ)るることなきうるはしき御住(おほんす)まひにて、()かし()らしたまふ。 ぬすびとなどいふひたぶるごころあるものも、おもひやりのさびしければにや、このみやをばふようのものにぎて、ざりければ、かくいみじきのらやぶなれども、さすがにしんでんのうちばかりは、ありしおほんしつらひかはらず、つややかにきなどするひともなし。ちりもれど、まぎるることなきうるはしきおほんすまひにて、かしらしたまふ。
151.48768第四段 末摘花の気紛らし
151.4.18869 はかなき古歌(ふるうた)物語(ものがたり)などやうのすさびごとにてこそ、つれづれをも(まぎ)らはし、かかる()まひをも(おも)(なぐさ)むるわざなめれ、さやうのことにも心遅(こころおそ)くものしたまふ。わざと(この)ましからねど、おのづからまた(いそ)ぐことなきほどは、(おな)(こころ)なる文通(ふみかよ)はしなどうちしてこそ、(わか)(ひと)木草(きくさ)につけても(こころ)(なぐさ)めたまふべけれど、(おや)のもてかしづきたまひし御心掟(みこころおきて)のままに、()(なか)をつつましきものに(おぼ)して、まれにも言通(ことかよ)ひたまふべき(おほん)あたりをも、さらに()れたまはず、()りにたる御厨子開(みづしあ)けて、『唐守(からもり)』、『藐姑射(はこや)刀自(とじ)』、『かぐや(ひめ)物語(ものがたり)』の()()きたるをぞ、時々(ときどき)のまさぐりものにしたまふ。 はかなきふるうたものがたりなどやうのすさびごとにてこそ、つれづれをもまぎらはし、かかるまひをもおもなぐさむるわざなめれ、さやうのことにもこころおそくものしたまふ。わざとこのましからねど、おのづからまたいそぐことなきほどは、おなこころなるふみかよはしなどうちしてこそ、わかひときくさにつけてもこころなぐさめたまふべけれど、おやのもてかしづきたまひしみこころおきてのままに、なかをつつましきものにおぼして、まれにもことかよひたまふべきおほんあたりをも、さらにれたまはず、りにたるみづしあけて、〔からもり〕、〔はこやとじ〕、〔かぐやひめものがたり〕のきたるをぞ、ときどきのまさぐりものにしたまふ。
151.4.28970 古歌(ふるうた)とても、をかしきやうに()()で、(だい)をも読人(よみびと)をもあらはし心得(こころえ)たるこそ見所(みどころ)もありけれ、うるはしき紙屋紙(かみゃがみ)陸奥紙(みちのくにがみ)などのふくだめるに、古言(ふること)どもの目馴(めな)れたるなどは、いとすさまじげなるを、せめて(なが)めたまふ折々(をりをり)は、ひき(ひろ)げたまふ。(いま)()(ひと)のすめる、(きゃう)うち()み、(おこ)なひなどいふことは、いと()づかしくしたまひて、()たてまつる(ひと)もなけれど、数珠(ずず)など()()せたまはず。かやうにうるはしくぞものしたまひける。 ふるうたとても、をかしきやうにで、だいをもよみびとをもあらはしこころえたるこそみどころもありけれ、うるはしきかみゃがみみちのくにがみなどのふくだめるに、ふることどものめなれたるなどは、いとすさまじげなるを、せめてながめたまふをりをりは、ひきひろげたまふ。いまひとのすめる、きゃううちみ、おこなひなどいふことは、いとづかしくしたまひて、たてまつるひともなけれど、ずずなどせたまはず。かやうにうるはしくぞものしたまひける。
151.59071第五段 乳母子の侍従と叔母
151.5.19172 侍従(じじゅう)などいひし御乳母子(おほんめのとご)のみこそ、(とし)ごろあくがれ()てぬ(もの)にてさぶらひつれど、(かよ)(まゐ)りし斎院亡(さいゐんう)せたまひなどして、いと()へがたく心細(こころぼそ)きに、この姫君(ひめぎみ)母北(ははきた)(かた)のはらから、()におちぶれて受領(ずりゃう)(きた)(かた)になりたまへるありけり。 じじゅうなどいひしおほんめのとごのみこそ、としごろあくがれてぬものにてさぶらひつれど、かよまゐりしさいゐんうせたまひなどして、いとへがたくこころぼそきに、このひめぎみははきたかたのはらから、におちぶれてずりゃうきたかたになりたまへるありけり。
151.5.29273 (むすめ)どもかしづきて、よろしき若人(わかうど)どもも、「むげに()らぬ(ところ)よりは、(おや)どももまうで(かよ)ひしを」と(おも)ひて、時々行(ときどきい)(かよ)ふ。この姫君(ひめぎみ)は、かく人疎(ひとうと)御癖(おほんくせ)なれば、むつましくも()(かよ)ひたまはず。 むすめどもかしづきて、よろしきわかうどどもも、"むげにらぬところよりは、おやどももまうでかよひしを。"とおもひて、ときどきいかよふ。このひめぎみは、かくひとうとおほんくせなれば、むつましくもかよひたまはず。
151.5.39374 「おのれをばおとしめたまひて、面伏(おもてぶ)せに(おぼ)したりしかば、姫君(ひめぎみ)(おほん)ありさまの心苦(こころぐる)しげなるも、え(とぶ)らひきこえず」 "おのれをばおとしめたまひて、おもてぶせにおぼしたりしかば、ひめぎみおほんありさまのこころぐるしげなるも、えとぶらひきこえず。"
151.5.49475 など、なま(にく)げなる言葉(ことば)ども()()かせつつ、時々聞(ときどきき)こえけり。 など、なまにくげなることばどもかせつつ、ときどききこえけり。
151.5.59576 もとよりありつきたるさやうの並々(なみなみ)(ひと)は、なかなかよき(ひと)真似(まね)(こころ)をつくろひ、(おも)()がるも(おほ)かるを、やむごとなき(すぢ)ながらも、かうまで()つべき宿世(すくせ)ありければにや、(こころ)すこしなほなほしき御叔母(おほんをば)にぞありける。 もとよりありつきたるさやうのなみなみひとは、なかなかよきひとまねこころをつくろひ、おもがるもおほかるを、やんごとなきすぢながらも、かうまでつべきすくせありければにや、こころすこしなほなほしきおほんをばにぞありける。
151.5.69677 「わがかく(おと)りのさまにて、あなづらはしく(おも)はれたりしを、いかで、かかる()(すゑ)に、この(きみ)を、わが(むすめ)どもの使人(つかひびと)になしてしがな。(こころ)ばせなどの(ふる)びたる(かた)こそあれ、いとうしろやすき後見(うしろみ)ならむ」と(おも)ひて、 "わがかくおとりのさまにて、あなづらはしくおもはれたりしを、いかで、かかるすゑに、このきみを、わがむすめどものつかひびとになしてしがな。こころばせなどのふるびたるかたこそあれ、いとうしろやすきうしろみならん。"とおもひて、
151.5.79778 時々(ときどき)ここに(わた)らせたまひて。御琴(おほんこと)()もうけたまはらまほしがる(ひと)なむはべる」 "ときどきここにわたらせたまひて。おほんこともうけたまはらまほしがるひとなんはべる。"
151.5.89879 ()こえけり。この侍従(じじゅう)も、(つね)()ひもよほせど、(ひと)にいどむ(こころ)にはあらで、ただこちたき(おほん)ものづつみなれば、さもむつびたまはぬを、ねたしとなむ(おも)ひける。 こえけり。このじじゅうも、つねひもよほせど、ひとにいどむこころにはあらで、ただこちたきおほんものづつみなれば、さもむつびたまはぬを、ねたしとなんおもひける。
151.5.99980 かかるほどに、かの家主人(いへあるじ)大弐(だいに)になりぬ。(むすめ)どもあるべきさまに見置(みお)きて、(くだ)りなむとす。この(きみ)を、なほも(いざな)はむの心深(こころふか)くて、 かかるほどに、かのいへあるじだいにになりぬ。むすめどもあるべきさまにみおきて、くだりなんとす。このきみを、なほもいざなはんのこころふかくて、
151.5.1010081 「はるかに、かくまかりなむとするに、心細(こころぼそ)(おほん)ありさまの、(つね)にしも(とぶ)らひきこえねど、(ちか)(たの)みはべりつるほどこそあれ、いとあはれにうしろめたくなむ」 "はるかに、かくまかりなんとするに、こころぼそおほんありさまの、つねにしもとぶらひきこえねど、ちかたのみはべりつるほどこそあれ、いとあはれにうしろめたくなん。"
151.5.1110182 など、(こと)よがるを、さらに()()きたまはねば、 など、ことよがるを、さらにきたまはねば、
151.5.1210283 「あな、(にく)。ことことしや。心一(こころひと)つに(おぼ)()がるとも、さる薮原(やぶはら)年経(としへ)たまふ(ひと)を、大将殿(だいしゃうどの)も、やむごとなくしも(おも)ひきこえたまはじ」 "あな、にく。ことことしや。こころひとつにおぼがるとも、さるやぶはらとしへたまふひとを、だいしゃうどのも、やんごとなくしもおもひきこえたまはじ。"
151.5.1310384 など、(ゑん)じうけひけり。 など、ゑんじうけひけり。
15210485第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後
152.110586第一段 顧みられない末摘花
152.1.110687 さるほどに、げに()(なか)(ゆる)されたまひて、(みやこ)(かへ)りたまふと、(あめ)(した)(よろこ)びにて()(さわ)ぐ。(われ)もいかで、(ひと)より(さき)に、(ふか)(こころ)ざしを御覧(ごらん)ぜられむとのみ、(おも)ひきほふ(をとこ)(をんな)につけて、(たか)きをも(くだ)れるをも、(ひと)(こころ)ばへを()たまふに、あはれに(おぼ)()ること、さまざまなり。かやうに、あわたたしきほどに、さらに(おも)()でたまふけしき()えで月日経(つきひへ)ぬ。 さるほどに、げになかゆるされたまひて、みやこかへりたまふと、あめしたよろこびにてさわぐ。われもいかで、ひとよりさきに、ふかこころざしをごらんぜられんとのみ、おもひきほふをとこをんなにつけて、たかきをもくだれるをも、ひとこころばへをたまふに、あはれにおぼること、さまざまなり。かやうに、あわたたしきほどに、さらにおもでたまふけしきえでつきひへぬ。
152.1.210788 (いま)(かぎ)りなりけり。(とし)ごろ、あらぬさまなる(おほん)さまを、(かな)しういみじきことを(おも)ひながらも、()()づる(はる)()ひたまはなむと(ねん)じわたりつれど、たびしかはらなどまで(よろこ)(おも)ふなる、御位改(おほんくらゐあらた)まりなどするを、よそにのみ()くべきなりけり。(かな)しかりし(をり)のうれはしさは、ただわが身一(みひと)つのためになれるとおぼえし、かひなき()かな」と、(こころ)くだけて、つらく(かな)しければ、人知(ひとし)れず()をのみ()きたまふ。 "いまかぎりなりけり。としごろ、あらぬさまなるおほんさまを、かなしういみじきことをおもひながらも、づるはるひたまはなんとねんじわたりつれど、たびしかはらなどまでよろこおもふなる、おほんくらゐあらたまりなどするを、よそにのみくべきなりけり。かなしかりしをりのうれはしさは、ただわがみひとつのためになれるとおぼえし、かひなきかな。"と、こころくだけて、つらくかなしければ、ひとしれずをのみきたまふ。
152.1.310889 大弐(だいに)(きた)(かた) だいにきたかた
152.1.410990 「さればよ。まさに、かくたづきなく、人悪(ひとわ)ろき(おほん)ありさまを、(かず)まへたまふ(ひと)はありなむや。(ほとけ)(ひじり)も、罪軽(つみかろ)きをこそ(みちび)きよくしたまふなれ、かかる(おほん)ありさまにて、たけく()(おぼ)し、(みや)(うへ)などのおはせし(とき)のままにならひたまへる、御心(みこころ)おごりの、いとほしきこと」 "さればよ。まさに、かくたづきなく、ひとわろきおほんありさまを、かずまへたまふひとはありなんや。ほとけひじりも、つみかろきをこそみちびきよくしたまふなれ、かかるおほんありさまにて、たけくおぼし、みやうへなどのおはせしときのままにならひたまへる、みこころおごりの、いとほしきこと。"
152.1.511091 と、いとどをこがましげに(おも)ひて、 と、いとどをこがましげにおもひて、
152.1.611192 「なほ、(おも)ほし()ちね。()()(とき)は、()えぬ山路(やまぢ)をこそは(たづ)ぬなれ。田舎(ゐなか)などは、むつかしきものと(おぼ)しやるらめど、ひたぶるに人悪(ひとわ)ろげには、よも、もてなしきこえじ」 "なほ、おもほしちね。ときは、えぬやまぢをこそはたづぬなれ。ゐなかなどは、むつかしきものとおぼしやるらめど、ひたぶるにひとわろげには、よも、もてなしきこえじ。"
152.1.711293 など、いとよく()へば、むげに()んじにたる(をんな)ばら、 など、いとよくへば、むげにんじにたるをんなばら、
152.1.811394 「さもなびきたまはなむ。たけきこともあるまじき御身(おほんみ)を、いかに(おぼ)して、かく()てたる御心(みこころ)ならむ」 "さもなびきたまはなん。たけきこともあるまじきおほんみを、いかにおぼして、かくてたるみこころならん。"
152.1.911495 と、もどきつぶやく。 と、もどきつぶやく。
152.1.1011596 侍従(じじゅう)も、かの大弐(だいに)(をひ)だつ(ひと)(かた)らひつきて、とどむべくもあらざりければ、(こころ)よりほかに()()ちて、 じじゅうも、かのだいにをひだつひとかたらひつきて、とどむべくもあらざりければ、こころよりほかにちて、
152.1.1111697 ()たてまつり()かむが、いと心苦(こころぐる)しきを」 "たてまつりかんが、いとこころぐるしきを。"
152.1.1211798 とて、そそのかしきこゆれど、なほ、かくかけ(はな)れて(ひさ)しうなりたまひぬる(ひと)(たの)みをかけたまふ。御心(みこころ)のうちに、「さりとも、あり()ても、(おぼ)()づるついであらじやは。あはれに心深(こころふか)(ちぎ)りをしたまひしに、わが()()くて、かく(わす)られたるにこそあれ、(かぜ)のつてにても、(われ)かくいみじきありさまを()きつけたまはば、かならず(とぶ)らひ()でたまひてむ」と、(とし)ごろ(おぼ)しければ、おほかたの御家居(おほんいへゐ)も、ありしよりけにあさましけれど、わが(こころ)もて、はかなき御調度(みでうど)どもなども()(うしな)はせたまはず、心強(こころづよ)(おな)じさまにて(ねん)()ごしたまふなりけり。 とて、そそのかしきこゆれど、なほ、かくかけはなれてひさしうなりたまひぬるひとたのみをかけたまふ。みこころのうちに、"さりとも、ありても、おぼづるついであらじやは。あはれにこころふかちぎりをしたまひしに、わがくて、かくわすられたるにこそあれ、かぜのつてにても、われかくいみじきありさまをきつけたまはば、かならずとぶらひでたまひてん。"と、としごろおぼしければ、おほかたのおほんいへゐも、ありしよりけにあさましけれど、わがこころもて、はかなきみでうどどもなどもうしなはせたまはず、こころづよおなじさまにてねんごしたまふなりけり。
152.1.1311899 音泣(ねな)きがちに、いとど(おぼ)(しづ)みたるは、ただ山人(やまびと)(あか)()実一(みひと)つを(かほ)(はな)たぬと()えたまふ、御側目(おほんそばめ)などは、おぼろけの(ひと)()たてまつりゆるすべきにもあらずかし。(くは)しくは()こえじ。いとほしう、もの()ひさがなきやうなり。 ねなきがちに、いとどおぼしづみたるは、ただやまびとあかみひとつをかほはなたぬとえたまふ、おほんそばめなどは、おぼろけのひとたてまつりゆるすべきにもあらずかし。くはしくはこえじ。いとほしう、ものひさがなきやうなり。
152.2119100第二段 法華御八講
152.2.1120101 (ふゆ)になりゆくままに、いとど、かき()かむかたなく、(かな)しげに(なが)()ごしたまふ。かの殿(との)には、故院(こゐん)御料(ごれう)御八講(みはかう)()(なか)ゆすりてしたまふ。ことに(そう)などは、なべてのは()さず、(ざえ)すぐれ(おこ)なひにしみ、(たふと)(かぎ)りを()らせたまひければ、この禅師(ぜんじ)君参(きみまゐ)りたまへりけり。 ふゆになりゆくままに、いとど、かきかんかたなく、かなしげにながごしたまふ。かのとのには、こゐんごれうみはかうなかゆすりてしたまふ。ことにそうなどは、なべてのはさず、ざえすぐれおこなひにしみ、たふとかぎりをらせたまひければ、このぜんじきみまゐりたまへりけり。
152.2.2121102 (かへ)りざまに()()りたまひて、 かへりざまにりたまひて、
152.2.3122103 「しかしか。権大納言殿(ごんだいなごんどの)御八講(みはかう)(まゐ)りてはべるなり。いとかしこう、()ける浄土(じゃうど)(かざ)りに(おと)らず、いかめしうおもしろきことどもの(かぎ)りをなむしたまひつる。仏菩薩(ぶつぼさつ)変化(へんげ)()にこそものしたまふめれ。(いつ)つの(にご)(ふか)()に、などて()まれたまひけむ」 "しかしか。ごんだいなごんどのみはかうまゐりてはべるなり。いとかしこう、けるじゃうどかざりにおとらず、いかめしうおもしろきことどものかぎりをなんしたまひつる。ぶつぼさつへんげにこそものしたまふめれ。いつつのにごふかに、などてまれたまひけん。"
152.2.4123104 ()ひて、やがて()でたまひぬ。 ひて、やがてでたまひぬ。
152.2.5124105 言少(ことずく)なに、()(ひと)()(おほん)あはひにて、かひなき()物語(ものがたり)をだにえ()こえ()はせたまはず。「さても、かばかりつたなき()のありさまを、あはれにおぼつかなくて()ぐしたまふは、心憂(こころう)仏菩薩(ぶつぼさつ)や」と、つらうおぼゆるを、「げに、(かぎ)りなめり」と、やうやう(おも)ひなりたまふに、大弐(だいに)(きた)(かた)、にはかに()たり。 ことずくなに、ひとおほんあはひにて、かひなきものがたりをだにえこえはせたまはず。"さても、かばかりつたなきのありさまを、あはれにおぼつかなくてぐしたまふは、こころうぶつぼさつや。"と、つらうおぼゆるを、"げに、かぎりなめり。"と、やうやうおもひなりたまふに、だいにきたかた、にはかにたり。
152.3125106第三段 叔母、末摘花を誘う
152.3.1126107 (れい)はさしもむつびぬを、(さそ)()てむの(こころ)にて、たてまつるべき御装束(おほんさうぞく)など調(てう)じて、よき(くるま)()りて、(おも)もち、けしき、ほこりかにもの(おも)ひなげなるさまして、ゆくりもなく(はし)()て、門開(かどあ)けさするより、人悪(ひとわ)ろく(さび)しきこと、(かぎ)りもなし。左右(ひだりみぎ)()もみなよろぼひ(たふ)れにければ、(をのこ)ども(たす)けてとかく()(さわ)ぐ。いづれか、この(さび)しき宿(やど)にもかならず()けたる(あと)あなる()つの(みち)と、たどる。 れいはさしもむつびぬを、さそてんのこころにて、たてまつるべきおほんさうぞくなどてうじて、よきくるまりて、おももち、けしき、ほこりかにものおもひなげなるさまして、ゆくりもなくはして、かどあけさするより、ひとわろくさびしきこと、かぎりもなし。ひだりみぎもみなよろぼひたふれにければ、をのこどもたすけてとかくさわぐ。いづれか、このさびしきやどにもかならずけたるあとあなるつのみちと、たどる。
152.3.2127109 わづかに南面(みなみおもて)格子上(かうしあ)げたる()()せたれば、いとどはしたなしと(おぼ)したれど、あさましう(すす)けたる几帳(きちゃう)さし()でて、侍従出(じじゅうい)()たり。容貌(かたち)など、(おとろ)へにけり。(とし)ごろいたうつひえたれど、なほものきよげによしあるさまして、かたじけなくとも、()()へつべく()ゆ。 わづかにみなみおもてかうしあげたるせたれば、いとどはしたなしとおぼしたれど、あさましうすすけたるきちゃうさしでて、じじゅういたり。かたちなど、おとろへにけり。としごろいたうつひえたれど、なほものきよげによしあるさまして、かたじけなくとも、へつべくゆ。
152.3.3128110 ()()ちなむことを(おも)ひながら、心苦(こころぐる)しきありさまの見捨(みす)てたてまつりがたきを。侍従(じじゅう)(むか)へになむ(まゐ)()たる。心憂(こころう)(おぼ)(へだ)てて、(おほん)みづからこそあからさまにも(わた)らせたまはね、この(ひと)をだに(ゆる)させたまへとてなむ。などかうあはれげなるさまには」 "ちなんことをおもひながら、こころぐるしきありさまのみすてたてまつりがたきを。じじゅうむかへになんまゐたる。こころうおぼへだてて、おほんみづからこそあからさまにもわたらせたまはね、このひとをだにゆるさせたまへとてなん。などかうあはれげなるさまには。"
152.3.4129111 とて、うちも()くべきぞかし。されど、()(みち)(こころ)をやりて、いと心地(ここち)よげなり。 とて、うちもくべきぞかし。されど、みちこころをやりて、いとここちよげなり。
152.3.5130112 故宮(こみや)おはせしとき、おのれをば面伏(おもてぶ)せなりと(おぼ)()てたりしかば、疎々(うとうと)しきやうになりそめにしかど、(とし)ごろも、(なに)かは。やむごとなきさまに(おぼ)しあがり、大将殿(だいしゃうどの)などおはしまし(かよ)御宿世(おほんすくせ)のほどを、かたじけなく(おも)ひたまへられしかばなむ、むつびきこえさせむも、(はばか)ること(おほ)くて、()ぐしはべるを、()(なか)のかく(さだ)めもなかりければ、(かず)ならぬ()は、なかなか(こころ)やすくはべるものなりけり。(およ)びなく()たてまつりし(おほん)ありさまの、いと(かな)しく心苦(こころぐる)しきを、(ちか)きほどはおこたる(をり)も、のどかに(たの)もしくなむはべりけるを、かく(はる)かにまかりなむとすれば、うしろめたくあはれになむおぼえたまふ」 "こみやおはせしとき、おのれをばおもてぶせなりとおぼてたりしかば、うとうとしきやうになりそめにしかど、としごろも、なにかは。やんごとなきさまにおぼしあがり、だいしゃうどのなどおはしましかよおほんすくせのほどを、かたじけなくおもひたまへられしかばなん、むつびきこえさせんも、はばかることおほくて、ぐしはべるを、なかのかくさだめもなかりければ、かずならぬは、なかなかこころやすくはべるものなりけり。およびなくたてまつりしおほんありさまの、いとかなしくこころぐるしきを、ちかきほどはおこたるをりも、のどかにたのもしくなんはべりけるを、かくはるかにまかりなんとすれば、うしろめたくあはれになんおぼえたまふ。"
152.3.6131113 など(かた)らへど、心解(こころと)けても(いら)へたまはず。 などかたらへど、こころとけてもいらへたまはず。
152.3.7132114 「いとうれしきことなれど、()()ぬさまにて、(なに)かは。かうながらこそ()ちも()せめとなむ(おも)ひはべる」 "いとうれしきことなれど、ぬさまにて、なにかは。かうながらこそちもせめとなんおもひはべる。"
152.3.8133115 とのみのたまへば、 とのみのたまへば、
152.3.9134116 「げに、しかなむ(おぼ)さるべけれど、()ける()()て、かくむくつけき()まひするたぐひははべらずやあらむ。大将殿(だいしゃうどの)(つく)(みが)きたまはむにこそは、()きかへ(たま)(うてな)にもなりかへらめとは、(たの)もしうははべれど、ただ(いま)は、式部卿宮(しきぶきゃうのみや)御女(おほんむすめ)よりほかに、心分(こころわ)けたまふ(かた)もなかなり。(むかし)より()()きしき御心(みこころ)にて、なほざりに(かよ)ひたまひける所々(ところどころ)皆思(みなおぼ)(はな)れにたなり。まして、かうものはかなきさまにて、薮原(やぶはら)()ぐしたまへる(ひと)をば、(こころ)きよく(われ)(たの)みたまへるありさまと(たづ)ねきこえたまふこと、いとかたくなむあるべき」 "げに、しかなんおぼさるべけれど、けるて、かくむくつけきまひするたぐひははべらずやあらん。だいしゃうどのつくみがきたまはんにこそは、きかへたまうてなにもなりかへらめとは、たのもしうははべれど、ただいまは、しきぶきゃうのみやおほんむすめよりほかに、こころわけたまふかたもなかなり。むかしよりきしきみこころにて、なほざりにかよひたまひけるところどころみなおぼはなれにたなり。まして、かうものはかなきさまにて、やぶはらぐしたまへるひとをば、こころきよくわれたのみたまへるありさまとたづねきこえたまふこと、いとかたくなんあるべき。"
152.3.10135117 など()()らするを、げにと(おぼ)すも、いと(かな)しくて、つくづくと()きたまふ。 などらするを、げにとおぼすも、いとかなしくて、つくづくときたまふ。
152.4136118第四段 侍従、叔母に従って離京
152.4.1137119 されど、(うご)くべうもあらねば、よろづに()ひわづらひ()らして、 されど、うごくべうもあらねば、よろづにひわづらひらして、
152.4.2138120 「さらば、侍従(じじゅう)をだに」 "さらば、じじゅうをだに。"
152.4.3139121 と、()()るるままに(いそ)げば、(こころ)あわたたしくて、()()く、 と、るるままにいそげば、こころあわたたしくて、く、
152.4.4140122 「さらば、まづ今日(けふ)は。かう()めたまふ(おく)りばかりにまうではべらむ。かの()こえたまふもことわりなり。また、(おぼ)しわづらふもさることにはべれば、(なか)()たまふるも心苦(こころぐる)しくなむ」 "さらば、まづけふは。かうめたまふおくりばかりにまうではべらん。かのこえたまふもことわりなり。また、おぼしわづらふもさることにはべれば、なかたまふるもこころぐるしくなん。"
152.4.5141123 と、(しの)びて()こゆ。 と、しのびてこゆ。
152.4.6142124 この(ひと)さへうち()ててむとするを、(うら)めしうもあはれにも(おぼ)せど、()(とど)むべき(かた)もなくて、いとど()をのみたけきことにてものしたまふ。 このひとさへうちててんとするを、うらめしうもあはれにもおぼせど、とどむべきかたもなくて、いとどをのみたけきことにてものしたまふ。
152.4.7143125 形見(かたみ)()へたまふべき身馴(みな)(ごろも)も、しほなれたれば、年経(としへ)ぬるしるし()せたまふべきものなくて、わが御髪(みぐし)()ちたりけるを()(あつ)めて、(かづら)にしたまへるが、九尺余(きうさくよ)ばかりにて、いときよらなるを、をかしげなる(はこ)()れて、(むかし)薫衣香(くのえかう)のいとかうばしき、一壺具(ひとつぼぐ)して(たま)ふ。 かたみへたまふべきみなごろもも、しほなれたれば、としへぬるしるしせたまふべきものなくて、わがみぐしちたりけるをあつめて、かづらにしたまへるが、きうさくよばかりにて、いときよらなるを、をかしげなるはこれて、むかしくのえかうのいとかうばしき、ひとつぼぐしてたまふ。
152.4.8144126 ()ゆまじき(すぢ)(たの)みし(たま)かづら<BR/>(おも)ひのほかにかけ(はな)れぬる "〔ゆまじきすぢたのみしたまかづら<BR/>おもひのほかにかけはなれぬる
152.4.9145127 ()ままの、のたまひ()きしこともありしかば、かひなき()なりとも、見果(みは)ててむとこそ(おも)ひつれ。うち()てらるるもことわりなれど、(たれ)()ゆづりてかと、(うら)めしうなむ」 ままの、のたまひきしこともありしかば、かひなきなりとも、みはててんとこそおもひつれ。うちてらるるもことわりなれど、たれゆづりてかと、うらめしうなん。"
152.4.10146128 とて、いみじう()いたまふ。この(ひと)も、ものも()こえやらず。 とて、いみじういたまふ。このひとも、ものもこえやらず。
152.4.11147129 「ままの遺言(ゆいごん)は、さらにも()こえさせず、(とし)ごろの(しの)びがたき()()さを()ぐしはべりつるに、かくおぼえぬ(みち)にいざなはれて、(はる)かにまかりあくがるること」とて、 "ままのゆいごんは、さらにもこえさせず、としごろのしのびがたきさをぐしはべりつるに、かくおぼえぬみちにいざなはれて、はるかにまかりあくがるること。"とて、
152.4.12148130 (たま)かづら()えてもやまじ()(みち)の<BR/>手向(たむけ)(かみ)もかけて(ちか)はむ "〔たまかづらえてもやまじみちの<BR/>たむけかみもかけてちかはん
152.4.13149131 (いのち)こそ()りはべらね」 いのちこそりはべらね。"
152.4.14150132 など()ふに、 などふに、
152.4.15151133 「いづら。(くら)うなりぬ」 "いづら。くらうなりぬ。"
152.4.16152134 と、つぶやかれて、(こころ)(そら)にて()()づれば、かへり()のみせられける。 と、つぶやかれて、こころそらにてづれば、かへりのみせられける。
152.4.17153135 (とし)ごろわびつつも()(はな)れざりつる(ひと)の、かく(わか)れぬることを、いと心細(こころぼそ)(おぼ)すに、()(もち)ゐらるまじき老人(おいびと)さへ、 としごろわびつつもはなれざりつるひとの、かくわかれぬることを、いとこころぼそおぼすに、もちゐらるまじきおいびとさへ、
152.4.18154136 「いでや、ことわりぞ。いかでか()()まりたまはむ。われらも、えこそ(ねん)()つまじけれ」 "いでや、ことわりぞ。いかでかまりたまはん。われらも、えこそねんつまじけれ。"
152.4.19155137 と、おのが身々(みみ)につけたるたよりども(おも)()でて、()まるまじう(おも)へるを、人悪(ひとわ)ろく()きおはす。 と、おのがみみにつけたるたよりどもおもでて、まるまじうおもへるを、ひとわろくきおはす。
152.5156138第五段 常陸宮邸の寂寥
152.5.1157139 霜月(しもつき)ばかりになれば、(ゆき)(あられ)がちにて、ほかには()ゆる()もあるを、朝日(あさひ)夕日(ゆふひ)をふせぐ蓬葎(よもぎむぐら)(かげ)(ふか)()もりて、(こし)白山思(しらやまおも)ひやらるる(ゆき)のうちに、()()下人(しもびと)だになくて、つれづれと(なが)めたまふ。はかなきことを()こえ(なぐさ)め、()きみ(わら)ひみ(まぎ)らはしつる(ひと)さへなくて、(よる)(ちり)がましき御帳(みちゃう)のうちも、かたはらさびしく、もの(がな)しく(おぼ)さる。 しもつきばかりになれば、ゆきあられがちにて、ほかにはゆるもあるを、あさひゆふひをふせぐよもぎむぐらかげふかもりて、こししらやまおもひやらるるゆきのうちに、しもびとだになくて、つれづれとながめたまふ。はかなきことをこえなぐさめ、きみわらひみまぎらはしつるひとさへなくて、よるちりがましきみちゃうのうちも、かたはらさびしく、ものがなしくおぼさる。
152.5.2158140 かの殿(との)には、めづらし(びと)に、いとどもの(さわ)がしき(おほん)ありさまにて、いとやむごとなく(おぼ)されぬ所々(ところどころ)には、わざともえ(おとづ)れたまはず。まして、「その(ひと)はまだ()にやおはすらむ」とばかり(おぼ)()づる(をり)もあれど、(たづ)ねたまふべき御心(みこころ)ざしも(いそ)がであり()るに、年変(としか)はりぬ。 かのとのには、めづらしびとに、いとどものさわがしきおほんありさまにて、いとやんごとなくおぼされぬところどころには、わざともえおとづれたまはず。まして、"そのひとはまだにやおはすらん。"とばかりおぼづるをりもあれど、たづねたまふべきみこころざしもいそがでありるに、としかはりぬ。
153159141第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語
153.1160142第一段 花散里訪問途上
153.1.1161143 卯月(うづき)ばかりに、花散里(はなちるさと)(おも)()できこえたまひて、(しの)びて(たい)(うへ)御暇聞(おほんいとまき)こえて()でたまふ。()ごろ()りつる名残(なごり)(あめ)、いますこしそそきて、をかしきほどに、(つき)さし()でたり。(むかし)(おほん)ありき(おぼ)()でられて、(えん)なるほどの夕月夜(ゆふづくよ)に、(みち)のほど、よろづのこと(おぼ)()でておはするに、(かた)もなく()れたる(いへ)の、木立(こだち)しげく(もり)のやうなるを()ぎたまふ。 うづきばかりに、はなちるさとおもできこえたまひて、しのびてたいうへおほんいとまきこえてでたまふ。ごろりつるなごりあめ、いますこしそそきて、をかしきほどに、つきさしでたり。むかしおほんありきおぼでられて、えんなるほどのゆふづくよに、みちのほど、よろづのことおぼでておはするに、かたもなくれたるいへの、こだちしげくもりのやうなるをぎたまふ。
153.1.2162144 (おほ)きなる(まつ)(ふぢ)()きかかりて、月影(つきかげ)になよびたる、(かぜ)につきてさと(にほ)ふがなつかしく、そこはかとなき(かを)りなり。(たちばな)()はりてをかしければ、さし()でたまへるに、(やなぎ)もいたうしだりて、築地(ついぢ)()はらねば、(みだ)()したり。 おほきなるまつふぢきかかりて、つきかげになよびたる、かぜにつきてさとにほふがなつかしく、そこはかとなきかをりなり。たちばなはりてをかしければ、さしでたまへるに、やなぎもいたうしだりて、ついぢはらねば、みだしたり。
153.1.3163145 ()心地(ここち)する木立(こだち)かな」と(おぼ)すは、(はや)う、この(みや)なりけり。いとあはれにて、おし(とど)めさせたまふ。(れい)の、惟光(これみつ)はかかる御忍(おほんしの)びありきに(おく)れねば、さぶらひけり。()()せて、 "ここちするこだちかな。"とおぼすは、はやう、このみやなりけり。いとあはれにて、おしとどめさせたまふ。れいの、これみつはかかるおほんしのびありきにおくれねば、さぶらひけり。せて、
153.1.4164146 「ここは、常陸(ひたち)(みや)ぞかしな」 "ここは、ひたちみやぞかしな。"
153.1.5165147 「しかはべる」 "しかはべる。"
153.1.6166148 ()こゆ。 こゆ。
153.1.7167149 「ここにありし(ひと)は、まだや(なが)むらむ。(とぶ)らふべきを、わざとものせむも所狭(ところせ)し。かかるついでに、()りて消息(せうそこ)せよ。よく(たづ)()りてを、うち()でよ。人違(ひとたが)へしては、をこならむ」 "ここにありしひとは、まだやながむらん。とぶらふべきを、わざとものせんもところせし。かかるついでに、りてせうそこせよ。よくたづりてを、うちでよ。ひとたがへしては、をこならん。"
153.1.8168150 とのたまふ。 とのたまふ。
153.1.9169151 ここには、いとど(なが)めまさるころにて、つくづくとおはしけるに、昼寝(ひるね)(ゆめ)故宮(こみや)()えたまひければ、()めて、いと名残悲(なごりかな)しく(おぼ)して、()()れたる(ひさし)(はし)(かた)おし(のご)はせて、ここかしこの御座引(おましひ)きつくろはせなどしつつ、(れい)ならず()づきたまひて、 ここには、いとどながめまさるころにて、つくづくとおはしけるに、ひるねゆめこみやえたまひければ、めて、いとなごりかなしくおぼして、れたるひさしはしかたおしのごはせて、ここかしこのおましひきつくろはせなどしつつ、れいならずづきたまひて、
153.1.10170152 ()(ひと)()ふる(たもと)のひまなきに<BR/>()れたる(のき)のしづくさへ()ふ」 "〔ひとふるたもとのひまなきに<BR/>れたるのきのしづくさへふ〕
153.1.11171153 も、心苦(こころぐる)しきほどになむありける。 も、こころぐるしきほどになんありける。
153.2172154第二段 惟光、邸内を探る
153.2.1173155 惟光入(これみつい)りて、めぐるめぐる(ひと)(おと)する(かた)やと()るに、いささかの人気(ひとげ)もせず。「さればこそ、()()(みち)見入(みい)るれど、人住(ひとす)みげもなきものを」と(おも)ひて、(かへ)(まゐ)るほどに、月明(つきあか)くさし()でたるに、()れば、格子二間(かうしふたま)ばかり()げて、簾動(すだれうご)くけしきなり。わづかに()つけたる心地(ここち)(おそ)ろしくさへおぼゆれど、()りて、(こわ)づくれば、いともの()りたる(こゑ)にて、まづしはぶきを(さき)にたてて、 これみついりて、めぐるめぐるひとおとするかたやとるに、いささかのひとげもせず。"さればこそ、みちみいるれど、ひとすみげもなきものを。"とおもひて、かへまゐるほどに、つきあかくさしでたるに、れば、かうしふたまばかりげて、すだれうごくけしきなり。わづかにつけたるここちおそろしくさへおぼゆれど、りて、こわづくれば、いとものりたるこゑにて、まづしはぶきをさきにたてて、
153.2.2174156 「かれは()れぞ。何人(なにびと)ぞ」 "かれはれぞ。なにびとぞ。"
153.2.3175157 ()ふ。()のりして、 ふ。のりして、
153.2.4176158 侍従(じじゅう)(きみ)()こえし(ひと)に、対面賜(たいめんたま)はらむ」 "じじゅうきみこえしひとに、たいめんたまはらん。"
153.2.5177159 ()ふ。 ふ。
153.2.6178160 「それは、ほかになむものしたまふ。されど、(おぼ)しわくまじき(をんな)なむはべる」 "それは、ほかになんものしたまふ。されど、おぼしわくまじきをんななんはべる。"
153.2.7179161 ()(こゑ)、いたうねび()ぎたれど、()きし老人(おいびと)()()りたり。 こゑ、いたうねびぎたれど、きしおいびとりたり。
153.2.8180162 (うち)には、(おも)ひも()らず、狩衣姿(かりぎぬすがた)なる(をとこ)(しの)びやかにもてなし、なごやかなれば、()ならはずなりにける()にて、「もし、(きつね)などの変化(へんげ)にや」とおぼゆれど、(ちか)()りて、 うちには、おもひもらず、かりぎぬすがたなるをとこしのびやかにもてなし、なごやかなれば、ならはずなりにけるにて、"もし、きつねなどのへんげにや。"とおぼゆれど、ちかりて、
153.2.9181163 「たしかになむ、うけたまはらまほしき。()はらぬ(おほん)ありさまならば、(たづ)ねきこえさせたまふべき御心(みこころ)ざしも、()えずなむおはしますめるかし。今宵(こよひ)()()ぎがてに、()まらせたまへるを、いかが()こえさせむ。うしろやすくを」 "たしかになん、うけたまはらまほしき。はらぬおほんありさまならば、たづねきこえさせたまふべきみこころざしも、えずなんおはしますめるかし。こよひぎがてに、まらせたまへるを、いかがこえさせん。うしろやすくを。"
153.2.10182164 ()へば、(をんな)どもうち(わら)ひて、 へば、をんなどもうちわらひて、
153.2.11183165 ()はらせたまふ(おほん)ありさまならば、かかる浅茅(あさぢ)(はら)(うつ)ろひたまはでははべりなむや。ただ()(はか)りて()こえさせたまへかし。年経(としへ)たる(ひと)(こころ)にも、たぐひあらじとのみ、めづらかなる()をこそは()たてまつり()ごしはべれ」 "はらせたまふおほんありさまならば、かかるあさぢはらうつろひたまはでははべりなんや。ただはかりてこえさせたまへかし。としへたるひとこころにも、たぐひあらじとのみ、めづらかなるをこそはたてまつりごしはべれ。"
153.2.12184166 と、ややくづし()でて、()はず(がた)りもしつべきが、むつかしければ、 と、ややくづしでて、はずがたりもしつべきが、むつかしければ、
153.2.13185167 「よしよし。まづ、かくなむ、()こえさせむ」 "よしよし。まづ、かくなん、こえさせん。"
153.2.14186168 とて(まゐ)りぬ。 とてまゐりぬ。
153.3187169第三段 源氏、邸内に入る
153.3.1188170 「などかいと(ひさ)しかりつる。いかにぞ。(むかし)のあとも()えぬ(よもぎ)のしげさかな」 "などかいとひさしかりつる。いかにぞ。むかしのあともえぬよもぎのしげさかな。"
153.3.2189171 とのたまへば、 とのたまへば、
153.3.3190172 「しかしかなむ、たどり()りてはべりつる。侍従(じじゅう)叔母(をば)少将(せうしゃう)といひはべりし老人(おいびと)なむ、()はらぬ(こゑ)にてはべりつる」 "しかしかなん、たどりりてはべりつる。じじゅうをばせうしゃうといひはべりしおいびとなん、はらぬこゑにてはべりつる。"
153.3.4191173 と、ありさま()こゆ。 と、ありさまこゆ。
153.3.5192174 いみじうあはれに、 いみじうあはれに、
153.3.6193175 「かかるしげき(なか)に、何心地(なにごこち)して()ぐしたまふらむ。(いま)まで()はざりけるよ」 "かかるしげきなかに、なにごこちしてぐしたまふらん。いままではざりけるよ。"
153.3.7194176 と、わが御心(みこころ)(なさ)けなさも(おぼ)()らる。 と、わがみこころなさけなさもおぼらる。
153.3.8195177 「いかがすべき。かかる(しの)びあるきも(かた)かるべきを、かかるついでならでは、え()()らじ。()はらぬありさまならば、げにさこそはあらめと、()(はか)らるる(ひと)ざまになむ」 "いかがすべき。かかるしのびあるきもかたかるべきを、かかるついでならでは、えらじ。はらぬありさまならば、げにさこそはあらめと、はからるるひとざまになん。"
153.3.9196178 とはのたまひながら、ふと()りたまはむこと、なほつつましう(おぼ)さる。ゆゑある御消息(おほんせうそこ)もいと()こえまほしけれど、()たまひしほどの口遅(くちおそ)さも、まだ(かは)らずは、御使(おほんつかひ)()ちわづらはむもいとほしう、(おぼ)しとどめつ。惟光(これみつ)も、 とはのたまひながら、ふとりたまはんこと、なほつつましうおぼさる。ゆゑあるおほんせうそこもいとこえまほしけれど、たまひしほどのくちおそさも、まだかはらずは、おほんつかひちわづらはんもいとほしう、おぼしとどめつ。これみつも、
153.3.10197180 「さらにえ()けさせたまふまじき、(よもぎ)(つゆ)けさになむはべる。(つゆ)すこし(はら)はせてなむ、()らせたまふべき」 "さらにえけさせたまふまじき、よもぎつゆけさになんはべる。つゆすこしはらはせてなん、らせたまふべき。"
153.3.11198181 ()こゆれば、 こゆれば、
153.3.12199182 (たづ)ねても(われ)こそ()はめ(みち)もなく<BR/>(ふか)(よもぎ)のもとの(こころ)を」 "〔たづねてもわれこそはめみちもなく<BR/>ふかよもぎのもとのこころを〕
153.3.13200183 (ひと)りごちて、なほ()りたまへば、御先(おほんさき)(つゆ)を、(むま)(むち)して(はら)ひつつ()れたてまつる。 ひとりごちて、なほりたまへば、おほんさきつゆを、むまむちしてはらひつつれたてまつる。
153.3.14201184 (あま)そそきも、なほ(あき)時雨(しぐれ)めきてうちそそけば、 あまそそきも、なほあきしぐれめきてうちそそけば、
153.3.15202185 御傘(みかさ)さぶらふ。げに、()下露(したつゆ)は、(あめ)にまさりて」 "みかささぶらふ。げに、したつゆは、あめにまさりて。"
153.3.16203186 ()こゆ。御指貫(おほんさしぬき)(すそ)は、いたうそほちぬめり。(むかし)だにあるかなきかなりし中門(ちゅうもん)など、まして(かた)もなくなりて、()りたまふにつけても、いと無徳(むとく)なるを、()ちまじり()(ひと)なきぞ(こころ)やすかりける。 こゆ。おほんさしぬきすそは、いたうそほちぬめり。むかしだにあるかなきかなりしちゅうもんなど、ましてかたもなくなりて、りたまふにつけても、いとむとくなるを、ちまじりひとなきぞこころやすかりける。
153.4204187第四段 末摘花と再会
153.4.1205188 姫君(ひめぎみ)は、さりともと()()ぐしたまへる(こころ)もしるく、うれしけれど、いと()づかしき(おほん)ありさまにて対面(たいめん)せむも、いとつつましく(おぼ)したり。大弐(だいに)(きた)(かた)のたてまつり()きし御衣(おほんぞ)どもをも、(こころ)ゆかず(おぼ)されしゆかりに、見入(みい)れたまはざりけるを、この(ひと)びとの、(かう)御唐櫃(おほんからびつ)()れたりけるが、いとなつかしき()したるをたてまつりければ、いかがはせむに、着替(きが)へたまひて、かの(すす)けたる御几帳引(みきちゃうひ)()せておはす。 ひめぎみは、さりともとぐしたまへるこころもしるく、うれしけれど、いとづかしきおほんありさまにてたいめんせんも、いとつつましくおぼしたり。だいにきたかたのたてまつりきしおほんぞどもをも、こころゆかずおぼされしゆかりに、みいれたまはざりけるを、このひとびとの、かうおほんからびつれたりけるが、いとなつかしきしたるをたてまつりければ、いかがはせんに、きがへたまひて、かのすすけたるみきちゃうひせておはす。
153.4.2206189 ()りたまひて、 りたまひて、
153.4.3207190 (とし)ごろの(へだ)てにも、(こころ)ばかりは()はらずなむ、(おも)ひやりきこえつるを、さしもおどろかいたまはぬ(うら)めしさに、(いま)までこころみきこえつるを、(すぎ)ならぬ木立(こだち)のしるさに、え()ぎでなむ、()けきこえにける」 "としごろのへだてにも、こころばかりははらずなん、おもひやりきこえつるを、さしもおどろかいたまはぬうらめしさに、いままでこころみきこえつるを、すぎならぬこだちのしるさに、えぎでなん、けきこえにける。"
153.4.4208191 とて、帷子(かたびら)をすこしかきやりたまへれば、(れい)の、いとつつましげに、とみにも(いら)へきこえたまはず。かくばかり()()りたまへるが(あさ)からぬに、(おも)()こしてぞ、ほのかに()こえ()でたまひける。 とて、かたびらをすこしかきやりたまへれば、れいの、いとつつましげに、とみにもいらへきこえたまはず。かくばかりりたまへるがあさからぬに、おもこしてぞ、ほのかにこえでたまひける。
153.4.5209192 「かかる草隠(くさがく)れに()ぐしたまひける年月(としつき)のあはれも、おろかならず、また()はらぬ(こころ)ならひに、(ひと)御心(みこころ)のうちもたどり()らずながら、()()りはべりつる(つゆ)けさなどを、いかが(おぼ)す。(とし)ごろのおこたり、はた、なべての()(おぼ)しゆるすらむ。(いま)よりのちの御心(みこころ)にかなはざらむなむ、()ひしに(たが)(つみ)()ふべき」 "かかるくさがくれにぐしたまひけるとしつきのあはれも、おろかならず、またはらぬこころならひに、ひとみこころのうちもたどりらずながら、りはべりつるつゆけさなどを、いかがおぼす。としごろのおこたり、はた、なべてのおぼしゆるすらん。いまよりのちのみこころにかなはざらんなん、ひしにたがつみふべき。"
153.4.6210193 など、さしも(おぼ)されぬことも、(なさ)(なさ)けしう()こえなしたまふことども、あむめり。 など、さしもおぼされぬことも、なさなさけしうこえなしたまふことども、あんめり。
153.4.7211194 ()ちとどまりたまはむも、(ところ)のさまよりはじめ、まばゆき(おほん)ありさまなれば、つきづきしうのたまひすぐして、()でたまひなむとす。()()ゑしならねど、(まつ)木高(こだか)くなりにける年月(としつき)のほどもあはれに、(ゆめ)のやうなる御身(おほんみ)のありさまも(おぼ)(つづ)けらる。 ちとどまりたまはんも、ところのさまよりはじめ、まばゆきおほんありさまなれば、つきづきしうのたまひすぐして、でたまひなんとす。ゑしならねど、まつこだかくなりにけるとしつきのほどもあはれに、ゆめのやうなるおほんみのありさまもおぼつづけらる。
153.4.8212195 藤波(ふぢなみ)のうち()ぎがたく()えつるは<BR/>(まつ)こそ宿(やど)のしるしなりけれ "〔ふぢなみのうちぎがたくえつるは<BR/>まつこそやどのしるしなりけれ
153.4.9213196 (かぞ)ふれば、こよなう()もりぬらむかし。(みやこ)()はりにけることの(おほ)かりけるも、さまざまあはれになむ。(いま)、のどかにぞ(ひな)(わか)れに(おとろ)へし()物語(ものがたり)()こえ()くすべき。年経(としへ)たまへらむ春秋(はるあき)()らしがたさなども、(たれ)にかは(うれ)へたまはむと、うらもなくおぼゆるも、かつは、あやしうなむ」 かぞふれば、こよなうもりぬらんかし。みやこはりにけることのおほかりけるも、さまざまあはれになん。いま、のどかにぞひなわかれにおとろへしものがたりこえくすべき。としへたまへらんはるあきらしがたさなども、たれにかはうれへたまはんと、うらもなくおぼゆるも、かつは、あやしうなん。"
153.4.10214197 など()こえたまへば、 などこえたまへば、
153.4.11215198 (とし)()()つしるしなきわが宿(やど)を<BR/>(はな)のたよりに()ぎぬばかりか」 "〔としつしるしなきわがやどを<BR/>はなのたよりにぎぬばかりか〕
153.4.12216199 (しの)びやかにうちみじろきたまへるけはひも、(そで)()も、「(むかし)よりはねびまさりたまへるにや」と(おぼ)さる。 しのびやかにうちみじろきたまへるけはひも、そでも、"むかしよりはねびまさりたまへるにや。"とおぼさる。
153.4.13217200 月入(つきい)(がた)になりて、西(にし)妻戸(つまど)()きたるより、()はるべき渡殿(わたどの)だつ()もなく、(のき)のつまも(のこ)りなければ、いとはなやかにさし()りたれば、あたりあたり()ゆるに、(むかし)()はらぬ(おほん)しつらひのさまなど、忍草(しのぶぐさ)にやつれたる(うへ)()るめよりは、みやびかに()ゆるを、昔物語(むかしものがたり)(たふ)こぼちたる(ひと)もありけるを(おぼ)しあはするに、(おな)じさまにて年古(としふ)りにけるもあはれなり。ひたぶるにものづつみしたるけはひの、さすがにあてやかなるも、(こころ)にくく(おぼ)されて、さる(かた)にて(わす)れじと心苦(こころぐる)しく(おも)ひしを、(とし)ごろさまざまのもの(おも)ひに、ほれぼれしくて(へだ)てつるほど、つらしと(おも)はれつらむと、いとほしく(おぼ)す。 つきいがたになりて、にしつまどきたるより、はるべきわたどのだつもなく、のきのつまものこりなければ、いとはなやかにさしりたれば、あたりあたりゆるに、むかしはらぬおほんしつらひのさまなど、しのぶぐさにやつれたるうへるめよりは、みやびかにゆるを、むかしものがたりたふこぼちたるひともありけるをおぼしあはするに、おなじさまにてとしふりにけるもあはれなり。ひたぶるにものづつみしたるけはひの、さすがにあてやかなるも、こころにくくおぼされて、さるかたにてわすれじとこころぐるしくおもひしを、としごろさまざまのものおもひに、ほれぼれしくてへだてつるほど、つらしとおもはれつらんと、いとほしくおぼす。
153.4.14218201 かの花散里(はなちるさと)も、あざやかに(いま)めかしうなどは(はな)やぎたまはぬ(ところ)にて、御目移(おほんめうつ)しこよなからぬに、咎多(とがおほ)(かく)れにけり。 かのはなちるさとも、あざやかにいまめかしうなどははなやぎたまはぬところにて、おほんめうつしこよなからぬに、とがおほかくれにけり。
154219202第四章 末摘花の物語 その後の物語
154.1220203第一段 末摘花への生活援助
154.1.1221204 (まつり)御禊(ごけい)などのほど、(おほん)いそぎどもにことつけて、(ひと)のたてまつりたる(もの)いろいろに(おほ)かるを、さるべき(かぎ)御心加(みこころくは)へたまふ。(なか)にもこの(みや)にはこまやかに(おぼ)()りて、むつましき(ひと)びとに(おほ)言賜(ごとたま)ひ、下部(しもべ)どもなど(つか)はして、蓬払(よもぎはら)はせ、めぐりの見苦(みぐる)しきに、板垣(いたがき)といふもの、うち(かた)(つくろ)はせたまふ。かう(たづ)()でたまへりと、()(つた)へむにつけても、わが(おほん)ため面目(めんぼく)なければ、(わた)りたまふことはなし。御文(おほんふみ)いとこまやかに()きたまひて、二条院近(にでうのゐんちか)(ところ)(つく)らせたまふを、 まつりごけいなどのほど、おほんいそぎどもにことつけて、ひとのたてまつりたるものいろいろにおほかるを、さるべきかぎみこころくはへたまふ。なかにもこのみやにはこまやかにおぼりて、むつましきひとびとにおほごとたまひ、しもべどもなどつかはして、よもぎはらはせ、めぐりのみぐるしきに、いたがきといふもの、うちかたつくろはせたまふ。かうたづでたまへりと、つたへんにつけても、わがおほんためめんぼくなければ、わたりたまふことはなし。おほんふみいとこまやかにきたまひて、にでうのゐんちかところつくらせたまふを、
154.1.2222205 「そこになむ(わた)したてまつるべき。よろしき童女(わらはべ)など、(もと)めさぶらはせたまへ」 "そこになんわたしたてまつるべき。よろしきわらはべなど、もとめさぶらはせたまへ。"
154.1.3223206 など、(ひと)びとの(うへ)まで(おぼ)しやりつつ、(とぶ)らひきこえたまへば、かくあやしき(よもぎ)のもとには、()(どころ)なきまで、(をんな)ばらも(そら)(あふ)ぎてなむ、そなたに()きて(よろこ)びきこえける。 など、ひとびとのうへまでおぼしやりつつ、とぶらひきこえたまへば、かくあやしきよもぎのもとには、どころなきまで、をんなばらもそらあふぎてなん、そなたにきてよろこびきこえける。
154.1.4224207 なげの(おほん)すさびにても、おしなべたる()(つね)(ひと)をば、目止(めとど)耳立(みみた)てたまはず、()にすこしこれはと(おも)ほえ、心地(ここち)にとまる(ふし)あるあたりを(たづ)()りたまふものと、(ひと)()りたるに、かく()(たが)へ、(なに)ごともなのめにだにあらぬ(おほん)ありさまを、ものめかし()でたまふは、いかなりける御心(みこころ)にかありけむ。これも(むかし)(ちぎ)りなめりかし。 なげのおほんすさびにても、おしなべたるつねひとをば、めとどみみたてたまはず、にすこしこれはとおもほえ、ここちにとまるふしあるあたりをたづりたまふものと、ひとりたるに、かくたがへ、なにごともなのめにだにあらぬおほんありさまを、ものめかしでたまふは、いかなりけるみこころにかありけん。これもむかしちぎりなめりかし。
154.2225208第二段 常陸宮邸に活気戻る
154.2.1226209 (いま)(かぎ)りと、あなづり()てて、さまざまに(まよ)()りあかれし上下(うへしも)(ひと)びと、(われ)(われ)(まゐ)らむと(あらそ)()づる(ひと)もあり。(こころ)ばへなど、はた、()もれいたきまでよくおはする(おほん)ありさまに、(こころ)やすくならひて、ことなることなきなま受領(ずりゃう)などやうの(いへ)にある(ひと)は、ならはずはしたなき心地(ここち)するもありて、うちつけの(こころ)みえに(まゐ)(かへ)り、(きみ)は、いにしへにもまさりたる御勢(おほんいきほひ)のほどにて、ものの(おも)ひやりもまして()ひたまひにければ、こまやかに(おぼ)しおきてたるに、にほひ()でて、(みや)(うち)やうやう人目見(ひとめみ)え、木草(きくさ)()もただすごくあはれに()えなされしを、遣水(やりみづ)かき(はら)ひ、前栽(せんさい)のもとだちも(すず)しうしなしなどして、ことなるおぼえなき下家司(しもげいし)の、ことに(つか)へまほしきは、かく御心(みこころ)とどめて(おぼ)さるることなめりと見取(みと)りて、()けしき(たま)はりつつ、追従(ついしょう)(つか)うまつる。 いまかぎりと、あなづりてて、さまざまにまよりあかれしうへしもひとびと、われわれまゐらんとあらそづるひともあり。こころばへなど、はた、もれいたきまでよくおはするおほんありさまに、こころやすくならひて、ことなることなきなまずりゃうなどやうのいへにあるひとは、ならはずはしたなきここちするもありて、うちつけのこころみえにまゐかへり、きみは、いにしへにもまさりたるおほんいきほひのほどにて、もののおもひやりもましてひたまひにければ、こまやかにおぼしおきてたるに、にほひでて、みやうちやうやうひとめみえ、きくさもただすごくあはれにえなされしを、やりみづかきはらひ、せんさいのもとだちもすずしうしなしなどして、ことなるおぼえなきしもげいしの、ことにつかへまほしきは、かくみこころとどめておぼさるることなめりとみとりて、けしきたまはりつつ、ついしょうつかうまつる。
154.3227210第三段 末摘花のその後
154.3.1228211 二年(ふたとせ)ばかりこの古宮(ふるみや)(なが)めたまひて、(ひんがし)(ゐん)といふ(ところ)になむ、(のち)(わた)したてまつりたまひける。対面(たいめん)したまふことなどは、いとかたけれど、(ちか)きしめのほどにて、おほかたにも(わた)りたまふに、さしのぞきなどしたまひつつ、いとあなづらはしげにもてなしきこえたまはず。 ふたとせばかりこのふるみやながめたまひて、ひんがしゐんといふところになん、のちわたしたてまつりたまひける。たいめんしたまふことなどは、いとかたけれど、ちかきしめのほどにて、おほかたにもわたりたまふに、さしのぞきなどしたまひつつ、いとあなづらはしげにもてなしきこえたまはず。
154.3.2229212 かの大弐(だいに)(きた)(かた)(のぼ)りて(おどろ)(おも)へるさま、侍従(じじゅう)が、うれしきものの、(いま)しばし()ちきこえざりける心浅(こころあさ)さを、()づかしう(おも)へるほどなどを、(いま)すこし()はず(がた)りもせまほしけれど、いと(かしら)いたう、うるさく、もの()ければなむ。(いま)またもついであらむ(をり)に、(おも)()でて()こゆべき、とぞ。 かのだいにきたかたのぼりておどろおもへるさま、じじゅうが、うれしきものの、いましばしちきこえざりけるこころあささを、づかしうおもへるほどなどを、いますこしはずがたりもせまほしけれど、いとかしらいたう、うるさく、ものければなん。いままたもついであらんをりに、おもでてこゆべき、とぞ。