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16関屋
1614531第一章 空蝉の物語 逢坂関での再会の物語
161.14632第一段 空蝉、夫と常陸国下向
161.1.14733 伊予介(いよのすけ)といひしは、故院崩(こゐんかく)れさせたまひて、またの(とし)常陸(ひたち)になりて(くだ)りしかば、かの帚木(ははきぎ)もいざなはれにけり。須磨(すま)御旅居(おほんたびゐ)(はる)かに()きて、人知(ひとし)れず(おも)ひやりきこえぬにしもあらざりしかど、(つた)()こゆべきよすがだになくて、筑波嶺(つくばね)(やま)()()(かぜ)も、()きたる心地(ここち)して、いささかの(つた)へだになくて、年月(としつき)かさなりにけり。(かぎ)れることもなかりし御旅居(おほんたびゐ)なれど、(きゃう)(かへ)()みたまひて、またの(とし)(あき)ぞ、常陸(ひたち)(のぼ)りける。 いよのすけといひしは、こゐんかくれさせたまひて、またのとしひたちになりてくだりしかば、かのははきぎもいざなはれにけり。すまおほんたびゐはるかにきて、ひとしれずおもひやりきこえぬにしもあらざりしかど、つたこゆべきよすがだになくて、つくばねやまかぜも、きたるここちして、いささかのつたへだになくて、としつきかさなりにけり。かぎれることもなかりしおほんたびゐなれど、きゃうかへみたまひて、またのとしあきぞ、ひたちのぼりける。
161.24834第二段 源氏、石山寺参詣
161.2.14935 関入(せきい)()しも、この殿(との)石山(いしやま)御願果(おほんがんはた)しに(まう)でたまひけり。(きゃう)より、かの紀伊守(きいのかみ)などいひし()ども、(むか)へに()たる(ひと)びと、「この殿(との)かく(まう)でたまふべし」と()げければ、「(みち)のほど(さわ)がしかりなむものぞ」とて、まだ(あかつき)より(いそ)ぎけるを、女車多(をんなぐるまおほ)く、所狭(ところせ)うゆるぎ()るに、()たけぬ。 せきいしも、このとのいしやまおほんがんはたしにまうでたまひけり。きゃうより、かのきいのかみなどいひしども、むかへにたるひとびと、"このとのかくまうでたまふべし。"とげければ、"みちのほどさわがしかりなんものぞ。"とて、まだあかつきよりいそぎけるを、をんなぐるまおほく、ところせうゆるぎるに、たけぬ。
161.2.25036 打出(うちいで)浜来(はまく)るほどに、「殿(との)は、粟田山越(あはたやまこ)えたまひぬ」とて、御前(ごぜん)(ひと)びと、(みち)もさりあへず来込(きこ)みぬれば、関山(せきやま)皆下(みなお)りゐて、ここかしこの(すぎ)(した)(くるま)どもかき()ろし、木隠(こがく)れに()かしこまりて()ぐしたてまつる。(くるま)など、かたへは(おく)らかし、(さき)()てなどしたれど、なほ、類広(るいひろ)()ゆ。 うちいではまくるほどに、"とのは、あはたやまこえたまひぬ。"とて、ごぜんひとびと、みちもさりあへずきこみぬれば、せきやまみなおりゐて、ここかしこのすぎしたくるまどもかきろし、こがくれにかしこまりてぐしたてまつる。くるまなど、かたへはおくらかし、さきてなどしたれど、なほ、るいひろゆ。
161.2.35137 車十(くるまとを)ばかりぞ、袖口(そでぐち)(もの)(いろ)あひなども、()()でて()えたる、田舎(ゐなか)びず、よしありて、斎宮(さいぐう)御下(おほんくだ)りなにぞやうの(をり)物見車思(ものみぐるまおぼ)()でらる。殿(との)も、かく()(さか)()でたまふめづらしさに、(かず)もなき御前(ごぜん)ども、皆目(みなめ)とどめたり。 くるまとをばかりぞ、そでぐちものいろあひなども、でてえたる、ゐなかびず、よしありて、さいぐうおほんくだりなにぞやうのをりものみぐるまおぼでらる。とのも、かくさかでたまふめづらしさに、かずもなきごぜんども、みなめとどめたり。
161.35238第三段 逢坂の関での再会
161.3.15339 九月晦日(ながつきつごもり)なれば、紅葉(もみぢ)色々(いろいろ)こきまぜ、霜枯(しもが)れの(くさ)むらむらをかしう()えわたるに、関屋(せきや)より、さとくづれ()でたる旅姿(たびすがた)どもの、色々(いろいろ)(あを)のつきづきしき縫物(ぬひもの)(くく)()めのさまも、さるかたにをかしう()ゆ。御車(おほんくるま)簾下(すだれお)ろしたまひて、かの(むかし)小君(こぎみ)(いま)右衛門佐(うゑもんのすけ)なるを()()せて、 ながつきつごもりなれば、もみぢいろいろこきまぜ、しもがれのくさむらむらをかしうえわたるに、せきやより、さとくづれでたるたびすがたどもの、いろいろあをのつきづきしきぬひものくくめのさまも、さるかたにをかしうゆ。おほんくるますだれおろしたまひて、かのむかしこぎみいまうゑもんのすけなるをせて、
161.3.25441 今日(けふ)御関迎(おほんせきむか)へは、え(おも)()てたまはじ」 "けふおほんせきむかへは、えおもてたまはじ。"
161.3.35542 などのたまふ御心(みこころ)のうち、いとあはれに(おぼ)()づること(おほ)かれど、おほぞうにてかひなし。(をんな)も、人知(ひとし)れず(むかし)のこと(わす)れねば、とりかへして、ものあはれなり。 などのたまふみこころのうち、いとあはれにおぼづることおほかれど、おほぞうにてかひなし。をんなも、ひとしれずむかしのことわすれねば、とりかへして、ものあはれなり。
161.3.45643 ()くと()とせき()めがたき(なみだ)をや<BR/>()えぬ清水(しみづ)(ひと)()るらむ "〔くととせきめがたきなみだをや<BR/>えぬしみづひとるらん
161.3.55744 ()りたまはじかし」と(おも)ふに、いとかひなし。 りたまはじかし。"とおもふに、いとかひなし。
1625845第二章 空蝉の物語 手紙を贈る
162.15946第一段 昔の小君と紀伊守
162.1.16047 石山(いしやま)より()でたまふ御迎(おほんむか)へに右衛門佐参(うゑもんのすけまゐ)りてぞ、まかり()ぎしかしこまりなど(まう)す。(むかし)(わらは)にて、いとむつましうらうたきものにしたまひしかば、かうぶりなど()しまで、この御徳(おほんとく)(かく)れたりしを、おぼえぬ()(さわ)ぎありしころ、ものの()こえに(はばか)りて、常陸(ひたち)(くだ)りしをぞ、すこし心置(こころお)きて(とし)ごろは(おぼ)しけれど、(いろ)にも()だしたまはず、(むかし)のやうにこそあらねど、なほ(した)しき家人(いへびと)のうちには(かぞ)へたまひけり。 いしやまよりでたまふおほんむかへにうゑもんのすけまゐりてぞ、まかりぎしかしこまりなどまうす。むかしわらはにて、いとむつましうらうたきものにしたまひしかば、かうぶりなどしまで、このおほんとくかくれたりしを、おぼえぬさわぎありしころ、もののこえにはばかりて、ひたちくだりしをぞ、すこしこころおきてとしごろはおぼしけれど、いろにもだしたまはず、むかしのやうにこそあらねど、なほしたしきいへびとのうちにはかぞへたまひけり。
162.1.26148 紀伊守(きいのかみ)といひしも、(いま)河内守(かうちのかみ)にぞなりにける。その(おとうと)右近将監解(うこんのぞうと)けて御供(おほんとも)(くだ)りしをぞ、とりわきてなし()でたまひければ、それにぞ(たれ)(おも)()りて、「などてすこしも、()(したが)(こころ)をつかひけむ」など、(おも)()でける。 きいのかみといひしも、いまかうちのかみにぞなりにける。そのおとうとうこんのぞうとけておほんともくだりしをぞ、とりわきてなしでたまひければ、それにぞたれおもりて、"などてすこしも、したがこころをつかひけん。"など、おもでける。
162.26249第二段 空蝉へ手紙を贈る
162.2.16350 佐召(すけめ)()せて、御消息(おほんせうそこ)あり。「(いま)(おぼ)(わす)れぬべきことを、心長(こころなが)くもおはするかな」と(おも)ひゐたり。 すけめせて、おほんせうそこあり。"いまおぼわすれぬべきことを、こころながくもおはするかな。"とおもひゐたり。
162.2.26451 一日(ひとひ)は、(ちぎ)()られしを、さは(おぼ)()りけむや。 "ひとひは、ちぎられしを、さはおぼりけんや。
162.2.36552 わくらばに()()(みち)(たの)みしも<BR/>なほかひなしや(しほ)ならぬ(うみ) わくらばにみちたのみしも<BR/>なほかひなしやしほならぬうみ
162.2.46653 関守(せきもり)の、さもうらやましく、めざましかりしかな」 せきもりの、さもうらやましく、めざましかりしかな。"
162.2.56754 とあり。 とあり。
162.2.66855 (とし)ごろのとだえも、うひうひしくなりにけれど、(こころ)にはいつとなく、ただ(いま)心地(ここち)するならひになむ。()()きしう、いとど(にく)まれむや」 "としごろのとだえも、うひうひしくなりにけれど、こころにはいつとなく、ただいまここちするならひになん。きしう、いとどにくまれんや。"
162.2.76956 とて、(たま)へれば、かたじけなくて()()きて、 とて、たまへれば、かたじけなくてきて、
162.2.87057 「なほ、()こえたまへ。(むかし)にはすこし(おぼ)しのくことあらむと(おも)ひたまふるに、(おな)じやうなる御心(みこころ)のなつかしさなむ、いとどありがたき。すさびごとぞ(やう)なきことと(おも)へど、えこそすくよかに()こえ(かへ)さね。(をんな)にては、()けきこえたまへらむに、(つみ)ゆるされぬべし」 "なほ、こえたまへ。むかしにはすこしおぼしのくことあらんとおもひたまふるに、おなじやうなるみこころのなつかしさなん、いとどありがたき。すさびごとぞやうなきこととおもへど、えこそすくよかにこえかへさね。をんなにては、けきこえたまへらんに、つみゆるされぬべし。"
162.2.97158 など()ふ。(いま)は、ましていと()づかしう、よろづのこと、うひうひしき心地(ここち)すれど、めづらしきにや、え(しの)ばれざりけむ、 などふ。いまは、ましていとづかしう、よろづのこと、うひうひしきここちすれど、めづらしきにや、えしのばれざりけん、
162.2.107259 逢坂(あふさか)(せき)やいかなる(せき)なれば<BR/>しげき(なげ)きの(なか)()くらむ "〔あふさかせきやいかなるせきなれば<BR/>しげきなげきのなかくらん
162.2.117360 (ゆめ)のやうになむ」 ゆめのやうになん。"
162.2.127461 ()こえたり。あはれもつらさも、(わす)れぬふしと(おぼ)()かれたる(ひと)なれば、折々(をりをり)は、なほ、のたまひ(うご)かしけり。 こえたり。あはれもつらさも、わすれぬふしとおぼかれたるひとなれば、をりをりは、なほ、のたまひうごかしけり。
1637562第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家
163.17663第一段 夫常陸介死去
163.1.17764 かかるほどに、この常陸守(ひたちのかみ)()いの()もりにや、(なや)ましくのみして、もの心細(こころぼそ)かりければ、()どもに、ただこの(きみ)(おほん)ことをのみ()()きて、 かかるほどに、このひたちのかみいのもりにや、なやましくのみして、ものこころぼそかりければ、どもに、ただこのきみおほんことをのみきて、
163.1.27865 「よろづのこと、ただこの御心(みこころ)にのみ(まか)せて、ありつる()()はらで(つか)うまつれ」 "よろづのこと、ただこのみこころにのみまかせて、ありつるはらでつかうまつれ。"
163.1.37966 とのみ、()()()ひけり。 とのみ、ひけり。
163.1.48067 女君(をんなぎみ)、「心憂(こころう)宿世(すくせ)ありて、この(ひと)にさへ(おく)れて、いかなるさまにはふれ(まど)ふべきにかあらむ」と(おも)(なげ)きたまふを()るに、 をんなぎみ、"こころうすくせありて、このひとにさへおくれて、いかなるさまにはふれまどふべきにかあらん。"とおもなげきたまふをるに、
163.1.58168 (いのち)(かぎ)りあるものなれば、()しみ(とど)むべき(かた)もなし。いかでか、この(ひと)(おほん)ために(のこ)()(たましひ)もがな。わが()どもの(こころ)()らぬを」 "いのちかぎりあるものなれば、しみとどむべきかたもなし。いかでか、このひとおほんためにのこたましひもがな。わがどものこころらぬを。"
163.1.68269 と、うしろめたう(かな)しきことに、()(おも)へど、(こころ)にえ(とど)めぬものにて、()せぬ。 と、うしろめたうかなしきことに、おもへど、こころにえとどめぬものにて、せぬ。
163.28370第二段 空蝉、出家す
163.2.18471 しばしこそ、「さのたまひしものを」など、(なさ)けつくれど、うはべこそあれ、つらきこと(おほ)かり。とあるもかかるも()道理(ことわり)なれば、身一(みひと)つの()きことにて、(なげ)()かし()らす。ただ、この河内守(かはちのかみ)のみぞ、(むかし)より()(ごころ)ありて、すこし(なさ)けがりける。 しばしこそ、"さのたまひしものを。"など、なさけつくれど、うはべこそあれ、つらきことおほかり。とあるもかかるもことわりなれば、みひとつのきことにて、なげかしらす。ただ、このかはちのかみのみぞ、むかしよりごころありて、すこしなさけがりける。
163.2.28572 「あはれにのたまひ()きし、(かず)ならずとも、(おぼ)(うと)までのたまはせよ」 "あはれにのたまひきし、かずならずとも、おぼうとまでのたまはせよ。"
163.2.38673 など追従(ついしょう)()りて、いとあさましき(こころ)()えければ、 などついしょうりて、いとあさましきこころえければ、
163.2.48774 ()宿世(すくせ)ある()にて、かく()きとまりて、()()ては、めづらしきことどもを()()ふるかな」と、人知(ひとし)れず(おも)()りて、(ひと)にさなむとも()らせで、(あま)になりにけり。 "すくせあるにて、かくきとまりて、ては、めづらしきことどもをふるかな。"と、ひとしれずおもりて、ひとにさなんともらせで、あまになりにけり。
163.2.58875 ある(ひと)びと、いふかひなしと、(おも)(なげ)く。(かみ)も、いとつらう、 あるひとびと、いふかひなしと、おもなげく。かみも、いとつらう、
163.2.68976 「おのれを(いと)ひたまふほどに。(のこ)りの御齢(おほんよはひ)(おほ)くものしたまふらむ。いかでか()ぐしたまふべき」 "おのれをいとひたまふほどに。のこりのおほんよはひおほくものしたまふらん。いかでかぐしたまふべき。"
163.2.79077 などぞ、あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる。 などぞ、あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる。