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17絵合
1716343第一章 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執
171.16444第一段 朱雀院、前斎宮の入内に際して贈り物する
171.1.16545 前斎宮(さきのさいぐう)御参(おほんまゐ)りのこと、中宮(ちゅうぐう)御心(みこころ)()れてもよほしきこえたまふ。こまかなる(おほん)とぶらひまで、とり()てたる御後見(おほんうしろみ)もなしと(おぼ)しやれど、大殿(おほとの)は、(ゐん)()こし()さむことを(はばか)りたまひて、二条院(にでうのゐん)(わた)したてまつらむことをも、このたびは(おぼ)()まりて、ただ()らず(がほ)にもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちて(おや)めききこえたまふ。 さきのさいぐうおほんまゐりのこと、ちゅうぐうみこころれてもよほしきこえたまふ。こまかなるおほんとぶらひまで、とりてたるおほんうしろみもなしとおぼしやれど、おほとのは、ゐんこしさんことをはばかりたまひて、にでうのゐんわたしたてまつらんことをも、このたびはおぼまりて、ただらずがほにもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちておやめききこえたまふ。
171.1.26646 (ゐん)はいと口惜(くちを)しく(おぼ)()せど、人悪(ひとわ)ろければ、御消息(おほんせうそこ)など()えにたるを、その()になりて、えならぬ(おほん)よそひども、御櫛(みぐし)(はこ)打乱(うちみだれ)(はこ)香壺(かうご)(はこ)ども、()(つね)ならず、くさぐさの御薫物(おほんたきもの)ども、薫衣香(くぬえかう)、またなきさまに、百歩(ひゃくぶ)(ほか)(おほ)()(にほ)ふまで、(こころ)ことに調(ととの)へさせたまへり。大臣見(おとどみ)たまひもせむにと、かねてよりや(おぼ)しまうけけむ、いとわざとがましかむめり。 ゐんはいとくちをしくおぼせど、ひとわろければ、おほんせうそこなどえにたるを、そのになりて、えならぬおほんよそひども、みぐしはこうちみだれはこかうごはこども、つねならず、くさぐさのおほんたきものども、くぬえかう、またなきさまに、ひゃくぶほかおほにほふまで、こころことにととのへさせたまへり。おとどみたまひもせんにと、かねてよりやおぼしまうけけん、いとわざとがましかんめり。
171.1.36747 殿(との)(わた)りたまへるほどにて、「かくなむ」と、女別当御覧(にょべたうごらん)ぜさす。ただ、御櫛(みぐし)(はこ)(かた)(かた)()たまふに、()きせずこまかになまめきて、めづらしきさまなり。挿櫛(さしぐし)(はこ)心葉(こころば)に、 とのわたりたまへるほどにて、"かくなん。"と、にょべたうごらんぜさす。ただ、みぐしはこかたかたたまふに、きせずこまかになまめきて、めづらしきさまなり。さしぐしはここころばに、
171.1.46848 (わか)()()へし小櫛(をぐし)をかことにて<BR/>(はる)けき(なか)(かみ)やいさめし」 "〔わかへしをぐしをかことにて<BR/>はるけきなかかみやいさめし〕
171.1.56949 大臣(おとど)、これを御覧(ごらん)じつけて、(おぼ)しめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わが御心(みこころ)のならひ、あやにくなる()()みて、 おとど、これをごらんじつけて、おぼしめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わがみこころのならひ、あやにくなるみて、
171.1.67050 「かの(くだ)りたまひしほど、御心(みこころ)(おも)ほしけむこと、かう年経(としへ)(かへ)りたまひて、その御心(みこころ)ざしをも()げたまふべきほどに、かかる(たが)()のあるを、いかに(おぼ)すらむ。御位(みくらゐ)()り、もの(しづ)かにて、()(うら)めしとや(おぼ)すらむ」など、「(われ)になりて心動(こころうご)くべきふしかな」と、(おぼ)(つづ)けたまふに、いとほしく、「(なに)にかくあながちなることを(おも)ひはじめて、心苦(こころぐる)しく(おも)ほし(まや)ますらむ。つらしとも、(おも)ひきこえしかど、また、なつかしうあはれなる御心(みこころ)ばへを」など、(おも)(みだ)れたまひて、とばかりうち(なが)めたまへり。 "かのくだりたまひしほど、みこころおもほしけんこと、かうとしへかへりたまひて、そのみこころざしをもげたまふべきほどに、かかるたがのあるを、いかにおぼすらん。みくらゐり、ものしづかにて、うらめしとやおぼすらん。"など、"われになりてこころうごくべきふしかな。"と、おぼつづけたまふに、いとほしく、"なににかくあながちなることをおもひはじめて、こころぐるしくおもほしまやますらん。つらしとも、おもひきこえしかど、また、なつかしうあはれなるみこころばへを。"など、おもみだれたまひて、とばかりうちながめたまへり。
171.1.77151 「この御返(おほんかへ)りは、いかやうにか()こえさせたまふらむ。また、御消息(おほんせうそこ)もいかが」 "このおほんかへりは、いかやうにかこえさせたまふらん。また、おほんせうそこもいかが。"
171.1.87252 など、()こえたまへど、いとかたはらいたければ、御文(おほんふみ)はえ()()でず。(みや)(なや)ましげに(おも)ほして、御返(おほんかへ)りいともの()くしたまへど、 など、こえたまへど、いとかたはらいたければ、おほんふみはえでず。みやなやましげにおもほして、おほんかへりいとものくしたまへど、
171.1.97353 ()こえたまはざらむも、いと(なさ)けなく、かたじけなかるべし」 "こえたまはざらんも、いとなさけなく、かたじけなかるべし。"
171.1.107454 と、(ひと)びとそそのかしわづらひきこゆるけはひを()きたまひて、 と、ひとびとそそのかしわづらひきこゆるけはひをきたまひて、
171.1.117555 「いとあるまじき(おほん)ことなり。しるしばかり()こえさせたまへ」 "いとあるまじきおほんことなり。しるしばかりこえさせたまへ。"
171.1.127656 ()こえたまふも、いと()づかしけれど、いにしへ(おぼ)()づるに、いとなまめき、きよらにて、いみじう()きたまひし(おほん)さまを、そこはかとなくあはれと()たてまつりたまひし御幼心(おほんをさなごころ)も、ただ(いま)のこととおぼゆるに、故御息所(こみやすんどころ)(おほん)ことなど、かきつらねあはれに(おぼ)されて、ただかく、 こえたまふも、いとづかしけれど、いにしへおぼづるに、いとなまめき、きよらにて、いみじうきたまひしおほんさまを、そこはかとなくあはれとたてまつりたまひしおほんをさなごころも、ただいまのこととおぼゆるに、こみやすんどころおほんことなど、かきつらねあはれにおぼされて、ただかく、
171.1.137757 (わか)るとて(はる)かに()ひし一言(ひとこと)も<BR/>かへりてものは(いま)(かな)しき」 "〔わかるとてはるかにひしひとことも<BR/>かへりてものはいまかなしき〕
171.1.147858 とばかりやありけむ。御使(おほんつかひ)(ろく)品々(しなじな)(たま)はす。大臣(おとど)は、御返(おほんかへ)りをいとゆかしう(おぼ)せど、え()こえたまはず。 とばかりやありけん。おほんつかひろくしなじなたまはす。おとどは、おほんかへりをいとゆかしうおぼせど、えこえたまはず。
171.27959第二段 源氏、朱雀院の心中を思いやる
171.2.18060 (ゐん)(おほん)ありさまは、(をんな)にて()たてまつらまほしきを、この(おほん)けはひも()げなからず、いとよき(おほん)あはひなめるを、内裏(うち)は、まだいといはけなくおはしますめるに、かく()(たが)へきこゆるを、人知(ひとし)れず、ものしとや(おぼ)すらむ」など、(にく)きことをさへ(おぼ)しやりて、(むね)つぶれたまへど、今日(けふ)になりて(おぼ)(とど)むべきことにしあらねば、(こと)どもあるべきさまにのたまひおきて、むつましう(おぼ)修理宰相(すりのさいしゃう)(くは)しく(つか)うまつるべくのたまひて、内裏(うち)(まゐ)りたまひぬ。 "ゐんおほんありさまは、をんなにてたてまつらまほしきを、このおほんけはひもげなからず、いとよきおほんあはひなめるを、うちは、まだいといはけなくおはしますめるに、かくたがへきこゆるを、ひとしれず、ものしとやおぼすらん。"など、にくきことをさへおぼしやりて、むねつぶれたまへど、けふになりておぼとどむべきことにしあらねば、ことどもあるべきさまにのたまひおきて、むつましうおぼすりのさいしゃうくはしくつかうまつるべくのたまひて、うちまゐりたまひぬ。
171.2.28162 「うけばりたる(おや)ざまには、()こし()されじ」と、(ゐん)をつつみきこえたまひて、御訪(おほんとぶ)らひばかりと、()せたまへり。よき女房(にょうばう)などは、もとより(おほ)かる(みや)なれば、(さと)がちなりしも(まゐ)(つど)ひて、いと()なく、けはひあらまほし。 "うけばりたるおやざまには、こしされじ。"と、ゐんをつつみきこえたまひて、おほんとぶらひばかりと、せたまへり。よきにょうばうなどは、もとよりおほかるみやなれば、さとがちなりしもまゐつどひて、いとなく、けはひあらまほし。
171.2.38263 「あはれ、おはせましかば、いかにかひありて、(おぼ)しいたづかまし」と、(むかし)御心(みこころ)ざま(おぼ)()づるに、「おほかたの()につけては、()しうあたらしかりし(ひと)(おほん)ありさまぞや。さこそえあらぬものなりけれ。よしありし(かた)は、なほすぐれて」、(もの)(をり)ごとに(おも)()できこえたまふ。 "あはれ、おはせましかば、いかにかひありて、おぼしいたづかまし。"と、むかしみこころざまおぼづるに、"おほかたのにつけては、しうあたらしかりしひとおほんありさまぞや。さこそえあらぬものなりけれ。よしありしかたは、なほすぐれて"、ものをりごとにおもできこえたまふ。
171.38364第三段 帝と弘徽殿女御と斎宮女御
171.3.18465 中宮(ちゅうぐう)内裏(うち)にぞおはしましける。主上(うへ)は、めづらしき人参(ひとまゐ)りたまふと()こし()しければ、いとうつくしう御心(みこころ)づかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。(みや)も、 ちゅうぐううちにぞおはしましける。うへは、めづらしきひとまゐりたまふとこししければ、いとうつくしうみこころづかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。みやも、
171.3.28566 「かく()づかしき人参(ひとまゐ)りたまふを、御心(みこころ)づかひして、()えたてまつらせたまへ」 "かくづかしきひとまゐりたまふを、みこころづかひして、えたてまつらせたまへ。"
171.3.38667 ()こえたまひけり。 こえたまひけり。
171.3.48768 人知(ひとし)れず、「大人(おとな)()づかしうやあらむ」と(おぼ)しけるを、いたう夜更(よふ)けて()(のぼ)りたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかし、と(おぼ)しけり。 ひとしれず、"おとなづかしうやあらん。"とおぼしけるを、いたうよふけてのぼりたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかし、とおぼしけり。
171.3.58869 弘徽殿(こうきでん)には、御覧(ごらん)じつきたれば、(むつ)ましうあはれに(こころ)やすく(おも)ほし、これは、(ひと)ざまもいたうしめり、()づかしげに、大臣(おとど)(おほん)もてなしもやむごとなくよそほしければ、あなづりにくく(おぼ)されて、御宿直(おほんとのゐ)などは(ひと)しくしたまへど、うちとけたる御童遊(おほんわらはあそ)びに、(ひる)など(わた)らせたまふことは、あなたがちにおはします。 こうきでんには、ごらんじつきたれば、むつましうあはれにこころやすくおもほし、これは、ひとざまもいたうしめり、づかしげに、おとどおほんもてなしもやんごとなくよそほしければ、あなづりにくくおぼされて、おほんとのゐなどはひとしくしたまへど、うちとけたるおほんわらはあそびに、ひるなどわたらせたまふことは、あなたがちにおはします。
171.3.68970 権中納言(ごんちゅうなごん)は、(おも)(こころ)ありて()こえたまひけるに、かく(まゐ)りたまひて、御女(おほんむすめ)にきしろふさまにてさぶらひたまふを、方々(かたがた)にやすからず(おぼ)すべし。 ごんちゅうなごんは、おもこころありてこえたまひけるに、かくまゐりたまひて、おほんむすめにきしろふさまにてさぶらひたまふを、かたがたにやすからずおぼすべし。
171.49071第四段 源氏、朱雀院と語る
171.4.19172 (ゐん)には、かの(くし)(はこ)御返(おほんかへ)御覧(ごらん)ぜしにつけても、御心離(みこころはな)れがたかりけり。 ゐんには、かのくしはこおほんかへごらんぜしにつけても、みこころはなれがたかりけり。
171.4.29273 そのころ、大臣(おとど)(まゐ)りたまへるに、御物語(おほんものがたり)こまやかなり。ことのついでに、斎宮(さいぐう)(くだ)りたまひしこと、先々(さきざき)ものたまひ()づれば、()こえ()でたまひて、さ(おも)(こころ)なむありしなどは、えあらはしたまはず。大臣(おとど)も、かかる()けしき()(がほ)にはあらで、ただ「いかが(おぼ)したる」とゆかしさに、とかうかの御事(おほんこと)をのたまひ()づるに、あはれなる()けしき、あさはかならず()ゆれば、いといとほしく(おぼ)す。 そのころ、おとどまゐりたまへるに、おほんものがたりこまやかなり。ことのついでに、さいぐうくだりたまひしこと、さきざきものたまひづれば、こえでたまひて、さおもこころなんありしなどは、えあらはしたまはず。おとども、かかるけしきがほにはあらで、ただ"いかがおぼしたる。"とゆかしさに、とかうかのおほんことをのたまひづるに、あはれなるけしき、あさはかならずゆれば、いといとほしくおぼす。
171.4.39374 「めでたしと、(おも)ほししみにける御容貌(おほんかたち)、いかやうなるをかしさにか」と、ゆかしう(おも)ひきこえたまへど、さらにえ()たてまつりたまはぬを、ねたう(おも)ほす。 "めでたしと、おもほししみにけるおほんかたち、いかやうなるをかしさにか。"と、ゆかしうおもひきこえたまへど、さらにえたてまつりたまはぬを、ねたうおもほす。
171.4.49475 いと(おも)りかにて、(ゆめ)にもいはけたる(おほん)ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの()えたまふついでもあらめ、(こころ)にくき(おほん)けはひのみ(ふか)さまされば、()たてまつりたまふままに、いとあらまほしと(おも)ひきこえたまへり。 いとおもりかにて、ゆめにもいはけたるおほんふるまひなどのあらばこそ、おのづからほのえたまふついでもあらめ、こころにくきおほんけはひのみふかさまされば、たてまつりたまふままに、いとあらまほしとおもひきこえたまへり。
171.4.59576 かく隙間(すきま)なくて、二所(ふたところ)さぶらひたまへば、兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)、すがすがともえ(おも)ほし()たず、「(みかど)、おとなびたまひなば、さりとも、え(おも)ほし()てじ」とぞ、()()ぐしたまふ。二所(ふたところ)(おほん)おぼえども、とりどりに(いど)みたまへり。 かくすきまなくて、ふたところさぶらひたまへば、ひゃうぶきゃうのみや、すがすがともえおもほしたず、"みかど、おとなびたまひなば、さりとも、えおもほしてじ。"とぞ、ぐしたまふ。ふたところおほんおぼえども、とりどりにいどみたまへり。
1729677第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ
172.19778第一段 権中納言方、絵を集める
172.1.19879 主上(うへ)は、よろづのことに、すぐれて()(きょう)あるものに(おぼ)したり。()てて(この)ませたまへばにや、()なく()かせたまふ。斎宮(さいぐう)女御(にょうご)、いとをかしう()かせたまふべければ、これに御心移(みこころうつ)りて、(わた)らせたまひつつ、()(かよ)はさせたまふ。 うへは、よろづのことに、すぐれてきょうあるものにおぼしたり。ててこのませたまへばにや、なくかせたまふ。さいぐうにょうご、いとをかしうかせたまふべければ、これにみこころうつりて、わたらせたまひつつ、かよはさせたまふ。
172.1.29980 殿上(てんじゃう)(わか)(ひと)びとも、このことまねぶをば、御心(みこころ)とどめてをかしきものに(おも)ほしたれば、まして、をかしげなる(ひと)の、(こころ)ばへあるさまに、まほならず()きすさび、なまめかしう()()して、とかく(ふで)うちやすらひたまへる(おほん)さま、らうたげさに御心(みこころ)しみて、いとしげう(わた)らせたまひて、ありしよりけに御思(おほんおも)ひまされるを、権中納言(ごんちゅうなごん)()きたまひて、あくまでかどかどしく(いま)めきたまへる御心(みこころ)にて、「われ(ひと)(おと)りなむや」と(おぼ)しはげみて、すぐれたる上手(じゃうず)どもを()()りて、いみじくいましめて、またなきさまなる()どもを、()なき(かみ)どもに()(あつ)めさせたまふ。 てんじゃうわかひとびとも、このことまねぶをば、みこころとどめてをかしきものにおもほしたれば、まして、をかしげなるひとの、こころばへあるさまに、まほならずきすさび、なまめかしうして、とかくふでうちやすらひたまへるおほんさま、らうたげさにみこころしみて、いとしげうわたらせたまひて、ありしよりけにおほんおもひまされるを、ごんちゅうなごんきたまひて、あくまでかどかどしくいまめきたまへるみこころにて、"われひとおとりなんや。"とおぼしはげみて、すぐれたるじゃうずどもをりて、いみじくいましめて、またなきさまなるどもを、なきかみどもにあつめさせたまふ。
172.210081第二段 源氏方、須磨の絵日記を準備
172.2.110182 物語絵(ものがたりゑ)こそ、(こころ)ばへ()えて、見所(みどころ)あるものなれ」 "ものがたりゑこそ、こころばへえて、みどころあるものなれ。"
172.2.210283 とて、おもしろく(こころ)ばへある(かぎ)りを()りつつ()かせたまふ。(れい)月次(つきなみ)()も、見馴(みな)れぬさまに、(こと)()()(つづ)けて、御覧(ごらん)ぜさせたまふ。 とて、おもしろくこころばへあるかぎりをりつつかせたまふ。れいつきなみも、みなれぬさまに、ことつづけて、ごらんぜさせたまふ。
172.2.310384 わざとをかしうしたれば、また、こなたにてもこれを御覧(ごらん)ずるに、(こころ)やすくも()()でたまはず、いといたく()めて、この御方(おほんかた)()(わた)らせたまふを()しみ、(りゃう)じたまへば、大臣(おとど)()きたまひて、 わざとをかしうしたれば、また、こなたにてもこれをごらんずるに、こころやすくもでたまはず、いといたくめて、このおほんかたわたらせたまふをしみ、りゃうじたまへば、おとどきたまひて、
172.2.410485 「なほ、権中納言(ごんちゅうなごん)御心(みこころ)ばへの若々(わかわか)しさこそ、(あらた)まりがたかめれ」 "なほ、ごんちゅうなごんみこころばへのわかわかしさこそ、あらたまりがたかめれ。"
172.2.510586 など(わら)ひたまふ。 などわらひたまふ。
172.2.610687 「あながちに(かく)して、(こころ)やすくも御覧(ごらん)ぜさせず、(なや)ましきこゆる、いとめざましや。古代(こたい)御絵(おほんゑ)どものはべる、(まゐ)らせむ」 "あながちにかくして、こころやすくもごらんぜさせず、なやましきこゆる、いとめざましや。こたいおほんゑどものはべる、まゐらせん。"
172.2.710788 (そう)したまひて、殿(との)(ふる)きも(あたら)しきも、()ども()りたる御厨子(みづし)ども(ひら)かせたまひて、女君(をんなぎみ)ともろともに、「(いま)めかしきは、それそれ」と、()調(ととの)へさせたまふ。 そうしたまひて、とのふるきもあたらしきも、どもりたるみづしどもひらかせたまひて、をんなぎみともろともに、"いまめかしきは、それそれ。"と、ととのへさせたまふ。
172.2.810889 長恨歌(ちゃうごんか)」「王昭君(わうしょうくん)」などやうなる()は、おもしろくあはれなれど、「(こと)()みあるは、こたみはたてまつらじ」と()(とど)めたまふ。 ちゃうごんか〕〔わうしょうくん〕などやうなるは、おもしろくあはれなれど、"ことみあるは、こたみはたてまつらじ。"ととどめたまふ。
172.2.910990 かの(たび)御日記(おほんにき)(はこ)をも()()でさせたまひて、このついでにぞ、女君(をんなぎみ)にも()せたてまつりたまひける。御心深(みこころふか)()らで今見(いまみ)(ひと)だに、すこしもの(おも)()らむ(ひと)は、涙惜(なみだを)しむまじくあはれなり。まいて、(わす)れがたく、その()(ゆめ)(おぼ)()ます(をり)なき御心(みこころ)どもには、()りかへし(かな)しう(おぼ)()でらる。(いま)まで()せたまはざりける(うら)みをぞ()こえたまひける。 かのたびおほんにきはこをもでさせたまひて、このついでにぞ、をんなぎみにもせたてまつりたまひける。みこころふからでいまみひとだに、すこしものおもらんひとは、なみだをしむまじくあはれなり。まいて、わすれがたく、そのゆめおぼますをりなきみこころどもには、りかへしかなしうおぼでらる。いままでせたまはざりけるうらみをぞこえたまひける。
172.2.1011091 一人(ひとり)ゐて(なげ)きしよりは海人(あま)()む<BR/>かたをかくてぞ()るべかりける "〔ひとりゐてなげきしよりはあまむ<BR/>かたをかくてぞるべかりける
172.2.1111192 おぼつかなさは、(なぐさ)みなましものを」 おぼつかなさは、なぐさみなましものを。"
172.2.1211293 とのたまふ。いとあはれと、(おぼ)して、 とのたまふ。いとあはれと、おぼして、
172.2.1311394 ()きめ()しその(をり)よりも今日(けふ)はまた<BR/>()ぎにしかたにかへる(なみだ)か」 "〔きめしそのをりよりもけふはまた<BR/>ぎにしかたにかへるなみだか〕
172.2.1411495 中宮(ちゅうぐう)ばかりには、()せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖(いちでふ)づつ、さすがに浦々(うらうら)のありさまさやかに()えたるを、()りたまふついでにも、かの明石(あかし)家居(いへゐ)ぞ、まづ、「いかに」と(おぼ)しやらぬ(とき)()なき。 ちゅうぐうばかりには、せたてまつるべきものなり。かたはなるまじきいちでふづつ、さすがにうらうらのありさまさやかにえたるを、りたまふついでにも、かのあかしいへゐぞ、まづ、"いかに。"とおぼしやらぬときなき。
172.311596第三段 三月十日、中宮の御前の物語絵合せ
172.3.111697 かう()ども(あつ)めらると()きたまひて、権中納言(ごんちゅうなごん)、いと(こころ)()くして、(ぢく)表紙(へうし)(ひも)(かざ)り、いよいよ調(ととの)へたまふ。 かうどもあつめらるときたまひて、ごんちゅうなごん、いとこころくして、ぢくへうしひもかざり、いよいよととのへたまふ。
172.3.211798 弥生(やよひ)十日(とをか)のほどなれば、(そら)もうららかにて、(ひと)(こころ)ものび、ものおもしろき(をり)なるに、内裏(うち)わたりも、節会(せちゑ)どものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々暮(おほんかたがたく)らしたまふを、(おな)じくは、御覧(ごらん)(どころ)もまさりぬべくてたてまつらむの御心(みこころ)つきて、いとわざと(あつ)(まゐ)らせたまへり。 やよひとをかのほどなれば、そらもうららかにて、ひとこころものび、ものおもしろきをりなるに、うちわたりも、せちゑどものひまなれば、ただかやうのことどもにて、おほんかたがたくらしたまふを、おなじくは、ごらんどころもまさりぬべくてたてまつらんのみこころつきて、いとわざとあつまゐらせたまへり。
172.3.311899 こなたかなたと、さまざまに(おほ)かり。物語絵(ものがたりゑ)は、こまやかになつかしさまさるめるを、梅壺(むめつぼ)御方(おほんかた)は、いにしへの物語(ものがたり)名高(なだか)くゆゑある(かぎ)り、弘徽殿(こうきでん)は、そのころ()にめづらしく、をかしき(かぎ)りを()()かせたまへれば、うち()()(いま)めかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。 こなたかなたと、さまざまにおほかり。ものがたりゑは、こまやかになつかしさまさるめるを、むめつぼおほんかたは、いにしへのものがたりなだかくゆゑあるかぎり、こうきでんは、そのころにめづらしく、をかしきかぎりをかせたまへれば、うちいまめかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。
172.3.4119100 主上(うへ)女房(にょうばう)なども、よしある(かぎ)り、「これは、かれは」など(さだ)めあへるを、このころのことにすめり。 うへにょうばうなども、よしあるかぎり、"これは、かれは。"などさだめあへるを、このころのことにすめり。
172.4120101第四段 「竹取」対「宇津保」
172.4.1121102 中宮(ちゅうぐう)(まゐ)らせたまへるころにて、方々(かたがた)御覧(ごらん)()てがたく(おも)ほすことなれば、御行(おほんおこ)なひも(おこた)りつつ御覧(ごらん)ず。この(ひと)びとのとりどりに(ろん)ずるを()こし()して、左右(ひだりみぎ)方分(かたわ)かたせたまふ。 ちゅうぐうまゐらせたまへるころにて、かたがたごらんてがたくおもほすことなれば、おほんおこなひもおこたりつつごらんず。このひとびとのとりどりにろんずるをこしして、ひだりみぎかたわかたせたまふ。
172.4.2122103 梅壺(むめつぼ)御方(おほんかた)には、平典侍(へいないしのすけ)侍従(じじゅう)内侍(ないし)少将(せうしゃう)命婦(みゃうぶ)(みぎ)には、大弐(だいに)典侍(ないしのすけ)中将(ちゅうじゃう)命婦(みゃうぶ)兵衛(ひゃうゑ)命婦(みゃうぶ)を、ただ(いま)(こころ)にくき有職(いうそく)どもにて、心々(こころごころ)(あらそ)(くち)つきどもを、をかしと()こし()して、まづ、物語(ものがたり)()()はじめの(おや)なる『竹取(たけとり)(おきな)』に『宇津保(うつほ)俊蔭(としかげ)』を()はせて(あらそ)ふ。 むめつぼおほんかたには、へいないしのすけじじゅうないしせうしゃうみゃうぶみぎには、だいにないしのすけちゅうじゃうみゃうぶひゃうゑみゃうぶを、ただいまこころにくきいうそくどもにて、こころごころあらそくちつきどもを、をかしとこしして、まづ、ものがたりはじめのおやなる〔たけとりおきな〕に〔うつほとしかげ〕をはせてあらそふ。
172.4.3123104 「なよ(たけ)世々(よよ)()りにけること、をかしきふしもなけれど、かくや(ひめ)のこの()(にご)りにも(けが)れず、はるかに(おも)ひのぼれる(ちぎ)(たか)く、神代(かみよ)のことなめれば、あさはかなる(をんな)目及(めおよ)ばぬならむかし」 "なよたけよよりにけること、をかしきふしもなけれど、かくやひめのこのにごりにもけがれず、はるかにおもひのぼれるちぎたかく、かみよのことなめれば、あさはかなるをんなめおよばぬならんかし。"
172.4.4124105 ()ふ。(みぎ)は、 ふ。みぎは、
172.4.5125106 「かぐや(ひめ)ののぼりけむ雲居(くもゐ)は、げに、(およ)ばぬことなれば、(たれ)()りがたし。この()(ちぎ)りは(たけ)(なか)(むす)びければ、(くだ)れる(ひと)のこととこそは()ゆめれ。ひとつ(いへ)(うち)()らしけめど、百敷(ももしき)のかしこき御光(おほんひかり)には(なら)ばずなりにけり。阿部(あべ)のおほしが千々(ちぢ)黄金(こがね)()てて、火鼠(ひねずみ)(おも)片時(かたとき)()えたるも、いとあへなし。車持(くらもち)親王(みこ)の、まことの蓬莱(ほうらい)(ふか)(こころ)()りながら、いつはりて(たま)(えだ)(きず)をつけたるをあやまち」となす。 "かぐやひめののぼりけんくもゐは、げに、およばぬことなれば、たれりがたし。このちぎりはたけなかむすびければ、くだれるひとのこととこそはゆめれ。ひとついへうちらしけめど、ももしきのかしこきおほんひかりにはならばずなりにけり。あべのおほしがちぢこがねてて、ひねずみおもかたときえたるも、いとあへなし。くらもちみこの、まことのほうらいふかこころりながら、いつはりてたまえだきずをつけたるをあやまち。"となす。
172.4.6126107 ()は、巨勢相覧(こせのあふみ)()は、紀貫之書(きのつらゆきか)けり。紙屋紙(かみゃがみ)(から)()をばいして、赤紫(あかむらさき)表紙(へうし)紫檀(したん)(ぢく)()(つね)(よそ)ひなり。 は、こせのあふみは、きのつらゆきかけり。かみゃがみからをばいして、あかむらさきへうししたんぢくつねよそひなり。
172.4.7127108 俊蔭(としかげ)は、はげしき波風(なみかぜ)におぼほれ、()らぬ(くに)(はな)たれしかど、なほ、さして()きける(かた)(こころ)ざしもかなひて、つひに、(ひと)朝廷(みかど)にもわが(くに)にも、ありがたき(ざえ)のほどを(ひろ)め、()(のこ)しける(ふる)(こころ)()ふに、()のさまも、唐土(もろこし)()(もと)とを()(なら)べて、おもしろきことども、なほ(なら)びなし」 "としかげは、はげしきなみかぜにおぼほれ、らぬくにはなたれしかど、なほ、さしてきけるかたこころざしもかなひて、つひに、ひとみかどにもわがくににも、ありがたきざえのほどをひろめ、のこしけるふるこころふに、のさまも、もろこしもととをならべて、おもしろきことども、なほならびなし。"
172.4.8128109 ()ふ。(しろ)色紙(しきし)(あを)表紙(へうし)()なる(たま)(ぢく)なり。()は、常則(つねのり)()は、道風(みちかぜ)なれば、(いま)めかしうをかしげに、()もかかやくまで()ゆ。(ひだり)は、そのことわりなし。 ふ。しろしきしあをへうしなるたまぢくなり。は、つねのりは、みちかぜなれば、いまめかしうをかしげに、もかかやくまでゆ。ひだりは、そのことわりなし。
172.5129110第五段 「伊勢物語」対「正三位」
172.5.1130111 (つぎ)に、『伊勢物語(いせものがたり)』に『正三位(じゃうざんみ)』を()はせて、また(さだ)めやらず。これも、(みぎ)はおもしろくにぎははしく、内裏(うち)わたりよりうちはじめ、(ちか)()のありさまを()きたるは、をかしう見所(みどころ)まさる。 つぎに、〔いせものがたり〕に〔じゃうざんみ〕をはせて、またさだめやらず。これも、みぎはおもしろくにぎははしく、うちわたりよりうちはじめ、ちかのありさまをきたるは、をかしうみどころまさる。
172.5.2131112 平内侍(へいないし) へいないし
172.5.3132113 伊勢(いせ)(うみ)(ふか)(こころ)をたどらずて<BR/>ふりにし(あと)(なみ)()つべき "〔いせうみふかこころをたどらずて<BR/>ふりにしあとなみつべき
172.5.4133114 ()(つね)のあだことのひきつくろひ(かざ)れるに()されて、業平(なりひら)()をや()たすべき」 つねのあだことのひきつくろひかざれるにされて、なりひらをやたすべき。"
172.5.5134115 と、(あらそ)ひかねたり。(みぎ)典侍(すけ) と、あらそひかねたり。みぎすけ
172.5.6135116 (くも)(うへ)(おも)ひのぼれる(こころ)には<BR/>千尋(ちひろ)(そこ)もはるかにぞ()る」 "〔くもうへおもひのぼれるこころには<BR/>ちひろそこもはるかにぞる〕
172.5.7136117 兵衛(ひゃうゑ)大君(おほきみ)心高(こころたか)さは、げに()てがたけれど、在五中将(ざいごちゅうじゃう)()をば、え()たさじ」 "ひゃうゑおほきみこころたかさは、げにてがたけれど、ざいごちゅうじゃうをば、えたさじ。"
172.5.8137118 とのたまはせて、(みや) とのたまはせて、みや
172.5.9138119 「みるめこそうらふりぬらめ年経(としへ)にし<BR/>伊勢(いせ)をの海人(あま)()をや(しづ)めむ」 "〔みるめこそうらふりぬらめとしへにし<BR/>いせをのあまをやしづめん〕
172.5.10139120 かやうの女言(をんなごと)にて、(みだ)りがはしく(あらそ)ふに、一巻(ひとまき)(こと)()()くして、えも()ひやらず。ただ、あさはかなる若人(わかうど)どもは、()にかへりゆかしがれど、主上(うへ)のも、(みや)のも片端(かたはし)をだにえ()ず、いといたう()めさせたまふ。 かやうのをんなごとにて、みだりがはしくあらそふに、ひとまきことくして、えもひやらず。ただ、あさはかなるわかうどどもは、にかへりゆかしがれど、うへのも、みやのもかたはしをだにえず、いといたうめさせたまふ。
173140121第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ
173.1141122第一段 帝の御前の絵合せの企画
173.1.1142123 大臣参(おとどまゐ)りたまひて、かくとりどりに(あらそ)(さわ)(こころ)ばへども、をかしく(おぼ)して、 おとどまゐりたまひて、かくとりどりにあらそさわこころばへども、をかしくおぼして、
173.1.2143124 (おな)じくは、御前(おまへ)にて、この勝負定(かちまけさだ)めむ」 "おなじくは、おまへにて、このかちまけさだめん。"
173.1.3144125 と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねて(おぼ)しければ、(なか)にもことなるは()りとどめたまへるに、かの「須磨(すま)」「明石(あかし)」の二巻(ふたまき)は、(おぼ)すところありて、()()ぜさせたまへり。 と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねておぼしければ、なかにもことなるはりとどめたまへるに、かの〔すま〕〔あかし〕のふたまきは、おぼすところありて、ぜさせたまへり。
173.1.4145126 中納言(ちゅうなごん)も、その御心劣(みこころおと)らず。このころの()には、ただかくおもしろき紙絵(かみゑ)をととのふることを、(あめ)(した)いとなみたり。 ちゅうなごんも、そのみこころおとらず。このころのには、ただかくおもしろきかみゑをととのふることを、あめしたいとなみたり。
173.1.5146127 (いま)あらため()かむことは、本意(ほい)なきことなり。ただありけむ(かぎ)りをこそ」 "いまあらためかんことは、ほいなきことなり。ただありけんかぎりをこそ。"
173.1.6147128 とのたまへど、中納言(ちゅうなごん)(ひと)にも()せで、わりなき(まど)()けて、()かせたまひけるを、(ゐん)にも、かかること()かせたまひて、梅壺(むめつぼ)御絵(おほんゑ)どもたてまつらせたまへり。 とのたまへど、ちゅうなごんひとにもせで、わりなきまどけて、かせたまひけるを、ゐんにも、かかることかせたまひて、むめつぼおほんゑどもたてまつらせたまへり。
173.1.7148129 (とし)(うち)節会(せちゑ)どものおもしろく(きょう)あるを、(むかし)上手(じゃうず)どものとりどりに()けるに、延喜(えんぎ)御手(おほんて)づから(こと)心書(こころか)かせたまへるに、またわが御世(みよ)(こと)()かせたまへる(まき)に、かの斎宮(さいぐう)(くだ)りたまひし()大極殿(だいごくでん)儀式(ぎしき)御心(みこころ)にしみて(おぼ)しければ、()くべきやう(くは)しく(おほ)せられて、公茂(きんもち)(つか)うまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。 としうちせちゑどものおもしろくきょうあるを、むかしじゃうずどものとりどりにけるに、えんぎおほんてづからことこころかかせたまへるに、またわがみよことかせたまへるまきに、かのさいぐうくだりたまひしだいごくでんぎしきみこころにしみておぼしければ、くべきやうくはしくおほせられて、きんもちつかうまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。
173.1.8149130 (えん)()きたる(ぢん)(はこ)に、(おな)じき心葉(こころば)のさまなど、いと(いま)めかし。御消息(おほんせうそこ)はただ言葉(ことば)にて、(ゐん)殿上(てんじゃう)にさぶらふ左近中将(さこんのちゅうじゃう)御使(おほんつかひ)にてあり。かの大極殿(だいごくでん)御輿寄(みこしよ)せたる(ところ)の、神々(かうがう)しきに、 えんきたるぢんはこに、おなじきこころばのさまなど、いといまめかし。おほんせうそこはただことばにて、ゐんてんじゃうにさぶらふさこんのちゅうじゃうおほんつかひにてあり。かのだいごくでんみこしよせたるところの、かうがうしきに、
173.1.9150131 ()こそかくしめの(ほか)なれそのかみの<BR/>(こころ)のうちを(わす)れしもせず」 "〔こそかくしめのほかなれそのかみの<BR/>こころのうちをわすれしもせず〕
173.1.10151132 とのみあり。()こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、(くる)しう(おぼ)しながら、(むかし)御簪(おほんかんざし)(はし)をいささか()りて、 とのみあり。こえたまはざらんも、いとかたじけなければ、くるしうおぼしながら、むかしおほんかんざしはしをいささかりて、
173.1.11152133 「しめのうちは(むかし)にあらぬ心地(ここち)して<BR/>神代(かみよ)のことも(いま)(こひ)しき」 "〔しめのうちはむかしにあらぬここちして<BR/>かみよのこともいまこひしき〕
173.1.12153134 とて、(はなだ)(から)(かみ)(つつ)みて(まゐ)らせたまふ。御使(おほんつかひ)(ろく)など、いとなまめかし。 とて、はなだからかみつつみてまゐらせたまふ。おほんつかひろくなど、いとなまめかし。
173.1.13154135 (ゐん)帝御覧(みかどごらん)ずるに、(かぎ)りなくあはれと(おぼ)すにぞ、ありし()()(かへ)さまほしく(おも)ほしける。大臣(おとど)をもつらしと(おも)ひきこえさせたまひけむかし。()ぎにし(かた)御報(おほんむく)いにやありけむ。 ゐんみかどごらんずるに、かぎりなくあはれとおぼすにぞ、ありしかへさまほしくおもほしける。おとどをもつらしとおもひきこえさせたまひけんかし。ぎにしかたおほんむくいにやありけん。
173.1.14155136 (ゐん)御絵(おほんゑ)は、(きさい)(みや)より(つた)はりて、あの女御(にょうご)御方(おほんかた)にも(おほ)(まゐ)るべし。尚侍(ないしのかん)(きみ)も、かやうの御好(おほんこの)ましさは(ひと)にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ(あつ)めたまふ。 ゐんおほんゑは、きさいみやよりつたはりて、あのにょうごおほんかたにもおほまゐるべし。ないしのかんきみも、かやうのおほんこのましさはひとにすぐれて、をかしきさまにとりなしつつあつめたまふ。
173.2156137第二段 三月二十日過ぎ、帝の御前の絵合せ
173.2.1157138 その()(さだ)めて、にはかなるやうなれど、をかしきさまにはかなうしなして、左右(ひだりみぎ)御絵(おほんゑ)ども(まゐ)らせたまふ。女房(にょうばう)のさぶらひに御座(おまし)よそはせて、北南方々別(きたみなみかたがたわか)れてさぶらふ。殿上人(てんじゃうびと)は、後涼殿(こうらうでん)簀子(すのこ)に、おのおの心寄(こころよ)せつつさぶらふ。 そのさだめて、にはかなるやうなれど、をかしきさまにはかなうしなして、ひだりみぎおほんゑどもまゐらせたまふ。にょうばうのさぶらひにおましよそはせて、きたみなみかたがたわかれてさぶらふ。てんじゃうびとは、こうらうでんすのこに、おのおのこころよせつつさぶらふ。
173.2.2158139 (ひだり)は、紫檀(したん)(はこ)蘇芳(すはう)花足(けそく)敷物(しきもの)には紫地(むらさきぢ)(から)(にしき)打敷(うちしき)葡萄染(えびぞめ)(から)()なり。童六人(わらはろくにん)赤色(あかいろ)桜襲(さくらがさね)汗衫(かざみ)(あこめ)(くれなゐ)藤襲(ふぢがさね)織物(おりもの)なり。姿(すがた)用意(ようい)など、なべてならず()ゆ。 ひだりは、したんはこすはうけそくしきものにはむらさきぢからにしきうちしきえびぞめからなり。わらはろくにんあかいろさくらがさねかざみあこめくれなゐふぢがさねおりものなり。すがたよういなど、なべてならずゆ。
173.2.3159140 (みぎ)は、(ぢん)(はこ)浅香(せんかう)下机(したづくゑ)打敷(うちしき)青地(あをぢ)高麗(こま)(にしき)、あしゆひの(くみ)花足(けそく)(こころ)ばへなど、(いま)めかし。(わらは)青色(あをいろ)(やなぎ)汗衫(かざみ)山吹襲(やまぶきがさね)衵着(あこめき)たり。 みぎは、ぢんはこせんかうしたづくゑうちしきあをぢこまにしき、あしゆひのくみけそくこころばへなど、いまめかし。わらはあをいろやなぎかざみやまぶきがさねあこめきたり。
173.2.4160141 (みな)御前(おまへ)()()つ。主上(うへ)女房(にょうばう)前後(まへしりへ)と、装束(さうぞ)()けたり。 みなおまへつ。うへにょうばうまへしりへと、さうぞけたり。
173.2.5161143 ()しありて、内大臣(うちのおとど)権中納言(ごんちゅうなごん)(まゐ)りたまふ。その()帥宮(そちのみや)(まゐ)りたまへり。いとよしありておはするうちに、()(この)みたまへば、大臣(おとど)の、(した)にすすめたまへるやうやあらむ、ことことしき()しにはあらで、殿上(てんじゃう)におはするを、(おほ)(ごと)ありて御前(ごぜん)(まゐ)りたまふ。 しありて、うちのおとどごんちゅうなごんまゐりたまふ。そのそちのみやまゐりたまへり。いとよしありておはするうちに、このみたまへば、おとどの、したにすすめたまへるやうやあらん、ことことしきしにはあらで、てんじゃうにおはするを、おほごとありてごぜんまゐりたまふ。
173.2.6162144 この判仕(はんつか)うまつりたまふ。いみじう、げに()()くしたる()どもあり。さらにえ(さだ)めやりたまはず。 このはんつかうまつりたまふ。いみじう、げにくしたるどもあり。さらにえさだめやりたまはず。
173.2.7163145 (れい)四季(しき)()も、いにしへの上手(じゃうず)どものおもしろきことどもを(えら)びつつ、(ふで)とどこほらず()きながしたるさま、たとへむかたなしと()るに、紙絵(かみゑ)(かぎ)りありて、山水(やまみづ)のゆたかなる(こころ)ばへをえ()()くさぬものなれば、ただ(ふで)(かざ)り、(ひと)(こころ)(つく)()てられて、(いま)のあさはかなるも、(むかし)のあと(はぢ)なく、にぎははしく、あなおもしろと()ゆる(すぢ)はまさりて、(おほ)くの(あらそ)ひども、今日(けふ)方々(かたがた)(きょう)あることも(おほ)かり。 れいしきも、いにしへのじゃうずどものおもしろきことどもをえらびつつ、ふでとどこほらずきながしたるさま、たとへんかたなしとるに、かみゑかぎりありて、やまみづのゆたかなるこころばへをえくさぬものなれば、ただふでかざり、ひとこころつくてられて、いまのあさはかなるも、むかしのあとはぢなく、にぎははしく、あなおもしろとゆるすぢはまさりて、おほくのあらそひども、けふかたがたきょうあることもおほかり。
173.2.8164146 朝餉(あさがれひ)御障子(みさうじ)()けて、中宮(ちゅうぐう)もおはしませば、(ふか)うしろしめしたらむと(おも)ふに、大臣(おとど)もいと(いう)におぼえたまひて、所々(ところどころ)(はん)ども(こころ)もとなき折々(をりをり)に、時々(ときどき)さし(いら)へたまひけるほど、あらまほし。 あさがれひみさうじけて、ちゅうぐうもおはしませば、ふかうしろしめしたらんとおもふに、おとどもいというにおぼえたまひて、ところどころはんどもこころもとなきをりをりに、ときどきさしいらへたまひけるほど、あらまほし。
173.3165147第三段 左方、勝利をおさめる
173.3.1166148 (さだ)めかねて()()りぬ。(ひだり)はなほ数一(かずひと)つある()てに、「須磨(すま)」の巻出(まきい)()たるに、中納言(ちゅうなごん)御心(みこころ)(さわ)ぎにけり。あなたにも(こころ)して、()ての(まき)(こころ)ことにすぐれたるを()()きたまへるに、かかるいみじきものの上手(じゃうず)の、(こころ)(かぎ)(おも)ひすまして(しづ)かに()きたまへるは、たとふべきかたなし。 さだめかねてりぬ。ひだりはなほかずひとつあるてに、〔すま〕のまきいたるに、ちゅうなごんみこころさわぎにけり。あなたにもこころして、てのまきこころことにすぐれたるをきたまへるに、かかるいみじきもののじゃうずの、こころかぎおもひすましてしづかにきたまへるは、たとふべきかたなし。
173.3.2167149 親王(みこ)よりはじめたてまつりて、(なみだ)とどめたまはず。その()に、「心苦(こころぐる)(かな)し」と(おも)ほししほどよりも、おはしけむありさま、御心(みこころ)(おぼ)ししことども、ただ(いま)のやうに()え、(ところ)のさま、おぼつかなき浦々(うらうら)(いそ)(かく)れなく()きあらはしたまへり。 みこよりはじめたてまつりて、なみだとどめたまはず。そのに、"こころぐるかなし"とおもほししほどよりも、おはしけんありさま、みこころおぼししことども、ただいまのやうにえ、ところのさま、おぼつかなきうらうらいそかくれなくきあらはしたまへり。
173.3.3168150 (そう)()仮名(かな)所々(ところどころ)()きまぜて、まほの(くは)しき日記(にき)にはあらず、あはれなる(うた)などもまじれる、たぐひゆかし。(たれ)もこと事思(ごとおも)ほさず、さまざまの御絵(おほんゑ)(きょう)、これに皆移(みなうつ)()てて、あはれにおもしろし。よろづ(みな)おしゆづりて、(ひだり)()つになりぬ。 そうかなところどころきまぜて、まほのくはしきにきにはあらず、あはれなるうたなどもまじれる、たぐひゆかし。たれもことごとおもほさず、さまざまのおほんゑきょう、これにみなうつてて、あはれにおもしろし。よろづみなおしゆづりて、ひだりつになりぬ。
174169151第四章 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明
174.1170152第一段 学問と芸事の清談
174.1.1171153 夜明(よあ)方近(がたちか)くなるほどに、ものいとあはれに(おぼ)されて、御土器(おほんかはらけ)など(まゐ)るついでに、(むかし)御物語(おほんものがたり)ども()()て、 よあがたちかくなるほどに、ものいとあはれにおぼされて、おほんかはらけなどまゐるついでに、むかしおほんものがたりどもて、
174.1.2172154 「いはけなきほどより、学問(がくもん)(こころ)()れてはべりしに、すこしも(ざえ)などつきぬべくや御覧(ごらん)じけむ、(ゐん)ののたまはせしやう、『才学(さいがく)といふもの、()にいと(おも)くするものなればにやあらむ、いたう(すす)みぬる(ひと)の、(いのち)(さいは)ひと(なら)びぬるは、いとかたきものになむ。品高(しなたか)()まれ、さらでも(ひと)(おと)るまじきほどにて、あながちにこの(みち)(ふか)(なら)ひそ』と、(いさ)めさせたまひて、本才(ほんざい)方々(かたがた)のもの(をし)へさせたまひしに、つたなきこともなく、またとり()ててこのことと心得(こころう)ることもはべらざりき。 "いはけなきほどより、がくもんこころれてはべりしに、すこしもざえなどつきぬべくやごらんじけん、ゐんののたまはせしやう、'さいがくといふもの、にいとおもくするものなればにやあらん、いたうすすみぬるひとの、いのちさいはひとならびぬるは、いとかたきものになん。しなたかまれ、さらでもひとおとるまじきほどにて、あながちにこのみちふかならひそ。'と、いさめさせたまひて、ほんざいかたがたのものをしへさせたまひしに、つたなきこともなく、またとりててこのこととこころうることもはべらざりき。
174.1.3173155 絵描(ゑか)くことのみなむ、あやしくはかなきものから、いかにしてかは(こころ)ゆくばかり()きて()るべきと、(おも)折々(をりをり)はべりしを、おぼえぬ山賤(やまがつ)になりて、四方(よも)(うみ)(ふか)(こころ)()しに、さらに(おも)()らぬ(くま)なく(いた)られにしかど、(ふで)のゆく(かぎ)りありて、(こころ)よりはことゆかずなむ(おも)うたまへられしを、ついでなくて、御覧(ごらん)ぜさすべきならねば、かう()()きしきやうなる、(のち)()こえやあらむ」 ゑかくことのみなん、あやしくはかなきものから、いかにしてかはこころゆくばかりきてるべきと、おもをりをりはべりしを、おぼえぬやまがつになりて、よもうみふかこころしに、さらにおもらぬくまなくいたられにしかど、ふでのゆくかぎりありて、こころよりはことゆかずなんおもうたまへられしを、ついでなくて、ごらんぜさすべきならねば、かうきしきやうなる、のちこえやあらん。"
174.1.4174156 と、親王(みこ)(まう)したまへば、 と、みこまうしたまへば、
174.1.5175157 (なに)(ざえ)も、(こころ)より(はな)ちて(なら)ふべきわざならねど、道々(みちみち)(もの)()あり、(まな)(どころ)あらむは、(こと)(ふか)(あさ)さは()らねど、おのづから(うつ)さむに(あと)ありぬべし。筆取(ふでと)(みち)碁打(ごう)つこととぞ、あやしう(たましひ)のほど()ゆるを、(ふか)(らう)なく()ゆるおれ(もの)も、さるべきにて、()()つたぐひも()()れど、(いへ)()(なか)には、なほ(ひと)()けぬる(ひと)(なに)ごとをも(この)()けるとぞ()えたる。 "なにざえも、こころよりはなちてならふべきわざならねど、みちみちものあり、まなどころあらんは、ことふかあささはらねど、おのづからうつさんにあとありぬべし。ふでとみちごうつこととぞ、あやしうたましひのほどゆるを、ふからうなくゆるおれものも、さるべきにて、つたぐひもれど、いへなかには、なほひとけぬるひとなにごとをもこのけるとぞえたる。
174.1.6176158 (ゐん)御前(ごぜん)にて、親王(みこ)たち、内親王(ないしんわう)、いづれかは、さまざまとりどりの才習(ざえなら)はさせたまはざりけむ。その(なか)にも、とり()てたる御心(みこころ)()れて、(つた)()けとらせたまへるかひありて、『文才(もんざい)をばさるものにて()はず、さらぬことの(なか)には、琴弾(きんひ)かせたまふことなむ(いち)(ざえ)にて、(つぎ)には横笛(よこぶえ)琵琶(びわ)(さう)(こと)をなむ、次々(つぎつぎ)(なら)ひたまへる』と、主上(うへ)(おぼ)しのたまはせき。()(ひと)、しか(おも)ひきこえさせたるを、()はなほ(ふで)のついでにすさびさせたまふあだこととこそ(おも)ひたまへしか、いとかう、まさなきまで、いにしへの(すみ)がきの上手(じゃうず)ども、(あと)をくらうなしつべかめるは、かへりて、けしからぬわざなり」 ゐんごぜんにて、みこたち、ないしんわう、いづれかは、さまざまとりどりのざえならはさせたまはざりけん。そのなかにも、とりてたるみこころれて、つたけとらせたまへるかひありて、'もんざいをばさるものにてはず、さらぬことのなかには、きんひかせたまふことなんいちざえにて、つぎにはよこぶえびわさうことをなん、つぎつぎならひたまへる。'と、うへおぼしのたまはせき。ひと、しかおもひきこえさせたるを、はなほふでのついでにすさびさせたまふあだこととこそおもひたまへしか、いとかう、まさなきまで、いにしへのすみがきのじゃうずども、あとをくらうなしつべかめるは、かへりて、けしからぬわざなり。"
174.1.7177159 と、うち(みだ)れて()こえたまひて、()()きにや、(ゐん)(おほん)こと()こえ()でて、(みな)うちしほれたまひぬ。 と、うちみだれてこえたまひて、きにや、ゐんおほんことこえでて、みなうちしほれたまひぬ。
174.2178160第二段 光る源氏体制の夜明け
174.2.1179161 二十日(はつか)あまりの(つき)さし()でて、こなたは、まださやかならねど、おほかたの(そら)をかしきほどなるに、書司(ふんのつかさ)御琴召(おほんことめ)()でて、和琴(わごん)権中納言賜(ごんちゅうなごんたま)はりたまふ。さはいへど、(ひと)にまさりてかき()てたまへり。親王(みこ)(さう)御琴(おほんこと)大臣(おとど)(きん)琵琶(びは)少将(せうしゃう)命婦仕(みゃうぶつか)うまつる。上人(うへびと)(なか)にすぐれたるを()して、拍子賜(はうしたま)はす。いみじうおもしろし。 はつかあまりのつきさしでて、こなたは、まださやかならねど、おほかたのそらをかしきほどなるに、ふんのつかさおほんことめでて、わごんごんちゅうなごんたまはりたまふ。さはいへど、ひとにまさりてかきてたまへり。みこさうおほんことおとどきんびはせうしゃうみゃうぶつかうまつる。うへびとなかにすぐれたるをして、はうしたまはす。いみじうおもしろし。
174.2.2180162 ()()つるままに、(はな)(いろ)(ひと)御容貌(おほんかたち)ども、ほのかに()えて、(とり)のさへづるほど、心地(ここち)ゆき、めでたき(あさ)ぼらけなり。(ろく)どもは、中宮(ちゅうぐう)御方(おほんかた)より(たま)はす。親王(みこ)は、御衣(おほんぞ)また(かさ)ねて(たま)はりたまふ。 つるままに、はないろひとおほんかたちども、ほのかにえて、とりのさへづるほど、ここちゆき、めでたきあさぼらけなり。ろくどもは、ちゅうぐうおほんかたよりたまはす。みこは、おほんぞまたかさねてたまはりたまふ。
174.3181163第三段 冷泉朝の盛世
174.3.1182164 そのころのことには、この()(さだ)めをしたまふ。 そのころのことには、このさだめをしたまふ。
174.3.2183165 「かの浦々(うらうら)(まき)は、中宮(ちゅうぐう)にさぶらはせたまへ」 "かのうらうらまきは、ちゅうぐうにさぶらはせたまへ。"
174.3.3184166 ()こえさせたまひければ、これが(はじ)め、(のこ)りの巻々(まきまき)ゆかしがらせたまへど、 こえさせたまひければ、これがはじめ、のこりのまきまきゆかしがらせたまへど、
174.3.4185167 (いま)次々(つぎつぎ)に」 "いまつぎつぎに。"
174.3.5186168 ()こえさせたまふ。主上(うへ)にも御心(みこころ)ゆかせたまひて(おぼ)()したるを、うれしく()たてまつりたまふ。 こえさせたまふ。うへにもみこころゆかせたまひておぼしたるを、うれしくたてまつりたまふ。
174.3.6187169 はかなきことにつけても、かうもてなしきこえたまへば、権中納言(ごんちゅうなごん)は、「なほ、おぼえ()さるべきにや」と、(こころ)やましう(おぼ)さるべかめり。主上(うへ)御心(みこころ)ざしは、もとより(おぼ)ししみにければ、なほ、こまやかに(おぼ)()したるさまを、人知(ひとし)れず()たてまつり()りたまひてぞ、(たの)もしく、「さりとも」と(おぼ)されける。 はかなきことにつけても、かうもてなしきこえたまへば、ごんちゅうなごんは、"なほ、おぼえさるべきにや。"と、こころやましうおぼさるべかめり。うへみこころざしは、もとよりおぼししみにければ、なほ、こまやかにおぼしたるさまを、ひとしれずたてまつりりたまひてぞ、たのもしく、"さりとも"とおぼされける。
174.3.7188170 さるべき節会(せちゑ)どもにも、「この御時(おほんとき)よりと、(すゑ)(ひと)()(つた)ふべき(れい)()へむ」と(おぼ)し、(わたくし)ざまのかかるはかなき御遊(おほんあそ)びも、めづらしき(すぢ)にせさせたまひて、いみじき(さか)りの御世(みよ)なり。 さるべきせちゑどもにも、"このおほんときよりと、すゑひとつたふべきれいへん。"とおぼし、わたくしざまのかかるはかなきおほんあそびも、めづらしきすぢにせさせたまひて、いみじきさかりのみよなり。
174.4189171第四段 嵯峨野に御堂を建立
174.4.1190172 大臣(おとど)ぞ、なほ(つね)なきものに()(おぼ)して、(いま)すこしおとなびおはしますと()たてまつりて、なほ()(そむ)きなむと(ふか)(おも)ほすべかめる。 おとどぞ、なほつねなきものにおぼして、いますこしおとなびおはしますとたてまつりて、なほそむきなんとふかおもほすべかめる。
174.4.2191173 (むかし)のためしを見聞(みき)くにも、齢足(よはひた)らで、官位高(つかさくらゐたか)(のぼ)り、()()けぬる(ひと)の、(なが)くえ(たも)たぬわざなりけり。この御世(みよ)には、()のほどおぼえ()ぎにたり。(なか)ごろなきになりて(しづ)みたりし(うれ)へに()はりて、(いま)までもながらふるなり。(いま)より(のち)(さか)えは、なほ(いのち)うしろめたし。(しづ)かに()もりゐて、(のち)()のことをつとめ、かつは(いのち)をも()べむ」と(おも)ほして、山里(やまざと)ののどかなるを()めて、御堂(みだう)(つく)らせたまひ、仏経(ほとけきゃう)のいとなみ()へてせさせたまふめるに、(すゑ)(きん)たち、(おも)ふさまにかしづき()だして()むと(おぼ)()すにぞ、とく()てたまはむことは、かたげなる。いかに(おぼ)しおきつるにかと、いと()りがたし。 "むかしのためしをみきくにも、よはひたらで、つかさくらゐたかのぼり、けぬるひとの、ながくえたもたぬわざなりけり。このみよには、のほどおぼえぎにたり。なかごろなきになりてしづみたりしうれへにはりて、いままでもながらふるなり。いまよりのちさかえは、なほいのちうしろめたし。しづかにもりゐて、のちのことをつとめ、かつはいのちをもべん。"とおもほして、やまざとののどかなるをめて、みだうつくらせたまひ、ほとけきゃうのいとなみへてせさせたまふめるに、すゑきんたち、おもふさまにかしづきだしてんとおぼすにぞ、とくてたまはんことは、かたげなる。いかにおぼしおきつるにかと、いとりがたし。