章.段.行テキストLineNoローマ字LineNo本文ひらがな
23初音
2315535第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち
231.15636第一段 春の御殿の紫の上の周辺
231.1.15737 年立(とした)ちかへる(あした)(そら)のけしき、名残(なごり)なく(くも)らぬうららかげさには、(かず)ならぬ垣根(かきね)のうちだに、雪間(ゆきま)草若(くさわか)やかに(いろ)づきはじめ、いつしかとけしきだつ(かすみ)に、()()もうちけぶり、おのづから(ひと)(こころ)ものびらかにぞ()ゆるかし。まして、いとど(たま)()ける御前(おまへ)の、(には)よりはじめ見所多(みどころおほ)く、(みが)きましたまへる御方々(おほんかたがた)のありさま、まねびたてむも(こと)葉足(はた)るまじくなむ。 としたちかへるあしたそらのけしき、なごりなくくもらぬうららかげさには、かずならぬかきねのうちだに、ゆきまくさわかやかにいろづきはじめ、いつしかとけしきだつかすみに、もうちけぶり、おのづからひとこころものびらかにぞゆるかし。まして、いとどたまけるおまへの、にはよりはじめみどころおほく、みがきましたまへるおほんかたがたのありさま、まねびたてんもことはたるまじくなん。
231.1.25838 (はる)御殿(おとど)御前(おまへ)、とりわきて、(むめ)()御簾(みす)のうちの(にほ)ひに()きまがひ、()ける(ほとけ)御国(みくに)とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに()みなしたまへり。さぶらふ(ひと)びとも、(わか)やかにすぐれたるは、姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)にと()りたまひて、すこし大人(おとな)びたる(かぎ)り、なかなかよしよししく、装束(さうぞく)ありさまよりはじめて、めやすくもてつけて、ここかしこに()れゐつつ、歯固(はがた)めの(いは)ひして、餅鏡(もちひかがみ)をさへ()()ぜて、千年(ちとせ)(かげ)にしるき(とし)のうちの(いは)(ごと)どもして、そぼれあへるに、大臣(おとど)(きみ)さしのぞきたまへれば、懐手(ふところで)ひきなほしつつ、「いとはしたなきわざかな」と、わびあへり。 はるおとどおまへ、とりわきて、むめみすのうちのにほひにきまがひ、けるほとけみくにとおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかにみなしたまへり。さぶらふひとびとも、わかやかにすぐれたるは、ひめぎみおほんかたにとりたまひて、すこしおとなびたるかぎり、なかなかよしよししく、さうぞくありさまよりはじめて、めやすくもてつけて、ここかしこにれゐつつ、はがためのいはひして、もちひかがみをさへぜて、ちとせかげにしるきとしのうちのいはごとどもして、そぼれあへるに、おとどきみさしのぞきたまへれば、ふところでひきなほしつつ、"いとはしたなきわざかな。"と、わびあへり。
231.1.35939 「いとしたたかなるみづからの(いは)(ごと)どもかな。(みな)おのおの(おも)ふことの道々(みちみち)あらむかし。すこし()かせよや。われことぶきせむ」 "いとしたたかなるみづからのいはごとどもかな。みなおのおのおもふことのみちみちあらんかし。すこしかせよや。われことぶきせん。"
231.1.46040 とうち(わら)ひたまへる(おほん)ありさまを、(とし)のはじめの(さか)えに()たてまつる。われはと(おも)ひあがれる中将(ちゅうじゃう)(きみ)ぞ、 とうちわらひたまへるおほんありさまを、としのはじめのさかえにたてまつる。われはとおもひあがれるちゅうじゃうきみぞ、
231.1.56141 「『かねてぞ()ゆる』などこそ、(かがみ)(かげ)にも(かた)らひはんべりつれ。(わたくし)(いの)りは、(なに)ばかりのことをか」 "〔かねてぞゆる〕などこそ、かがみかげにもかたらひはんべりつれ。わたくしいのりは、なにばかりのことをか。"
231.1.66242 など()こゆ。 などこゆ。
231.1.76343 (あした)のほどは(ひと)びと(まゐ)()みて、もの(さわ)がしかりけるを、(ゆふ)(かた)御方々(おほんかたがた)参座(さんざ)したまはむとて、(こころ)ことにひきつくろひ、化粧(けさう)じたまふ御影(おほんかげ)こそ、げに()るかひあめれ。 あしたのほどはひとびとまゐみて、ものさわがしかりけるを、ゆふかたおほんかたがたさんざしたまはんとて、こころことにひきつくろひ、けさうじたまふおほんかげこそ、げにるかひあめれ。
231.1.86444 今朝(けさ)、この(ひと)びとの(たはぶ)()はしつる、いとうらやましく()えつるを、(うへ)にはわれ()せたてまつらむ」 "けさ、このひとびとのたはぶはしつる、いとうらやましくえつるを、うへにはわれせたてまつらん。"
231.1.96545 とて、(みだ)れたる(こと)どもすこしうち()ぜつつ、(いは)ひきこえたまふ。 とて、みだれたることどもすこしうちぜつつ、いはひきこえたまふ。
231.1.106646 薄氷解(うすごほりと)けぬる(いけ)(かがみ)には<BR/>()(くも)りなき(かげ)(なら)べる」 "〔うすごほりとけぬるいけかがみには<BR/>くもりなきかげならべる〕
231.1.116747 げに、めでたき(おほん)あはひどもなり。 げに、めでたきおほんあはひどもなり。
231.1.126848 (くも)りなき(いけ)(かがみ)によろづ()を<BR/>すむべき(かげ)ぞしるく()えける」 "〔くもりなきいけかがみによろづを<BR/>すむべきかげぞしるくえける〕
231.1.136949 何事(なにごと)につけても、末遠(すゑとほ)御契(おほんちぎ)りを、あらまほしく()こえ()はしたまふ。今日(けふ)()()なりけり。げに、千年(ちとせ)(はる)をかけて()はむに、ことわりなる()なり。 なにごとにつけても、すゑとほおほんちぎりを、あらまほしくこえはしたまふ。けふなりけり。げに、ちとせはるをかけてはんに、ことわりなるなり。
231.27050第二段 明石姫君、実母と和歌を贈答
231.2.17152 姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)(わた)りたまへれば、童女(わらは)下仕(しもづか)へなど、御前(おまへ)(やま)小松引(こまつひ)(あそ)ぶ。(わか)(ひと)びとの心地(ここち)ども、おきどころなく()ゆ。(きた)御殿(おとど)より、わざとがましくし(あつ)めたる鬚籠(ひげこ)ども、破籠(わりご)などたてまつれたまへり。えならぬ五葉(ごえふ)(えだ)(うつ)(うぐひす)も、(おも)(こころ)あらむかし。 ひめぎみおほんかたわたりたまへれば、わらはしもづかへなど、おまへやまこまつひあそぶ。わかひとびとのここちども、おきどころなくゆ。きたおとどより、わざとがましくしあつめたるひげこども、わりごなどたてまつれたまへり。えならぬごえふえだうつうぐひすも、おもこころあらんかし。
231.2.27253 年月(としつき)(まつ)にひかれて()(ひと)に<BR/>今日鴬(けふうぐひす)初音聞(はつねき)かせよ "〔としつきまつにひかれてひとに<BR/>けふうぐひすはつねきかせよ
231.2.37354 (おと)せぬ(さと)の』」 おとせぬさとの〕"
231.2.47455 ()こえたまへるを、「げに、あはれ」と(おぼ)()る。言忌(こといみ)もえしあへたまはぬけしきなり。 こえたまへるを、"げに、あはれ。"とおぼる。こといみもえしあへたまはぬけしきなり。
231.2.57556 「この御返(おほんかへ)りは、みづから()こえたまへ。初音惜(はつねを)しみたまふべき(かた)にもあらずかし」 "このおほんかへりは、みづからこえたまへ。はつねをしみたまふべきかたにもあらずかし。"
231.2.67657 とて、御硯取(おほんすずりと)りまかなひ、()かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、()()()たてまつる(ひと)だに、()かず(おも)ひきこゆる(おほん)ありさまを、(いま)までおぼつかなき年月(としつき)(へだ)たりにけるも、「罪得(つみえ)がましう、心苦(こころぐる)し」と(おぼ)す。 とて、おほんすずりとりまかなひ、かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、たてまつるひとだに、かずおもひきこゆるおほんありさまを、いままでおぼつかなきとしつきへだたりにけるも、"つみえがましう、こころぐるし。"とおぼす。
231.2.77758 「ひき(わか)(とし)()れども(うぐひす)の<BR/>巣立(すだ)ちし(まつ)()(わす)れめや」 "〔ひきわかとしれどもうぐひすの<BR/>すだちしまつわすれめや〕
231.2.87859 (をさな)御心(みこころ)にまかせて、くだくだしくぞあめる。 をさなみこころにまかせて、くだくだしくぞあめる。
231.37960第三段 夏の御殿の花散里を訪問
231.3.18061 (なつ)御住(おほんす)まひを()たまへば、(とき)ならぬけにや、いと(しづ)かに()えて、わざと(この)ましきこともなくて、あてやかに()みたるけはひ()えわたる。 なつおほんすまひをたまへば、ときならぬけにや、いとしづかにえて、わざとこのましきこともなくて、あてやかにみたるけはひえわたる。
231.3.28162 年月(としつき)()へて、御心(みこころ)(へだ)てもなく、あはれなる御仲(おほんなか)なり。(いま)は、あながちに(ちか)やかなる(おほん)ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いと(むつ)ましくありがたからむ妹背(いもせ)(ちぎ)りばかり、()こえ()はしたまふ。御几帳隔(みきちゃうへだ)てたれど、すこし()しやりたまへば、またさておはす。 としつきへて、みこころへだてもなく、あはれなるおほんなかなり。いまは、あながちにちかやかなるおほんありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いとむつましくありがたからんいもせちぎりばかり、こえはしたまふ。みきちゃうへだてたれど、すこししやりたまへば、またさておはす。
231.3.38263 (はなだ)は、げに、にほひ(おほ)からぬあはひにて、御髪(みぐし)などもいたく(さか)()ぎにけり。やさしき(かた)にあらぬと、葡萄鬘(えびかづら)してぞつくろひたまふべき。(われ)ならざらむ(ひと)は、見醒(みざ)めしぬべき(おほん)ありさまを、かくて()るこそうれしく本意(ほい)あれ。心軽(こころかろ)(ひと)(つら)にて、われに(そむ)きたまひなましかば」など、御対面(おほんたいめん)折々(をりをり)は、まづ、「わが(こころ)(なが)きも、(ひと)御心(みこころ)(おも)きをも、うれしく、(おも)ふやうなり」 "はなだは、げに、にほひおほからぬあはひにて、みぐしなどもいたくさかぎにけり。やさしきかたにあらぬと、えびかづらしてぞつくろひたまふべき。われならざらんひとは、みざめしぬべきおほんありさまを、かくてるこそうれしくほいあれ。こころかろひとつらにて、われにそむきたまひなましかば。"など、おほんたいめんをりをりは、まづ、"わがこころながきも、ひとみこころおもきをも、うれしく、おもふやうなり。"
231.3.48364 (おぼ)しけり。こまやかに、ふる(とし)御物語(おほんものがたり)など、なつかしう()こえたまひて、西(にし)(たい)(わた)りたまひぬ。 おぼしけり。こまやかに、ふるとしおほんものがたりなど、なつかしうこえたまひて、にしたいわたりたまひぬ。
231.48465第四段 続いて玉鬘を訪問
231.4.18566 まだいたくも()()れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童女(わらはべ)姿(すがた)なまめかしく、人影(ひとかげ)あまたして、(おほん)しつらひ、あるべき(かぎ)りなれど、こまやかなる御調度(みてうど)は、いとしも調(ととの)へたまはぬを、さる(かた)にものきよげに()みなしたまへり。 まだいたくもれたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなるわらはべすがたなまめかしく、ひとかげあまたして、おほんしつらひ、あるべきかぎりなれど、こまやかなるみてうどは、いとしもととのへたまはぬを、さるかたにものきよげにみなしたまへり。
231.4.28667 正身(さうじみ)も、あなをかしげと、ふと()えて、山吹(やまぶき)にもてはやしたまへる御容貌(おほんかたち)など、いとはなやかに、ここぞ(くも)れると()ゆるところなく、(くま)なく(にほ)ひきらきらしく、()まほしきさまぞしたまへる。もの(おも)ひに(しづ)みたまへるほどのしわざにや、(かみ)(すそ)すこし(ほそ)りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、「かくて()ざらましかば」と(おぼ)すにつけても、えしも見過(みす)ぐしたまふまじ。 さうじみも、あなをかしげと、ふとえて、やまぶきにもてはやしたまへるおほんかたちなど、いとはなやかに、ここぞくもれるとゆるところなく、くまなくにほひきらきらしく、まほしきさまぞしたまへる。ものおもひにしづみたまへるほどのしわざにや、かみすそすこしほそりて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、"かくてざらましかば。"とおぼすにつけても、えしもみすぐしたまふまじ。
231.4.38768 かくいと(へだ)てなく()たてまつりなれたまへど、なほ(おも)ふに、(へだ)たり(おほ)くあやしきが、うつつの心地(ここち)もしたまはねば、まほならずもてなしたまへるも、いとをかし。 かくいとへだてなくたてまつりなれたまへど、なほおもふに、へだたりおほくあやしきが、うつつのここちもしたまはねば、まほならずもてなしたまへるも、いとをかし。
231.4.48869 (とし)ごろになりぬる心地(ここち)して、()たてまつるにも(こころ)やすく、本意(ほい)かなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも(わた)りたまへかし。いはけなき初琴習(うひごとなら)(ひと)もあめるを、もろともに()きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心持(こころも)たる(ひと)なき(ところ)なり」 "としごろになりぬるここちして、たてまつるにもこころやすく、ほいかなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにもわたりたまへかし。いはけなきうひごとならひともあめるを、もろともにきならしたまへ。うしろめたく、あはつけきこころもたるひとなきところなり。"
231.4.58970 ()こえたまへば、 こえたまへば、
231.4.69071 「のたまはせむままにこそは」 "のたまはせんままにこそは。"
231.4.79172 ()こえたまふ。さもあることぞかし。 こえたまふ。さもあることぞかし。
231.59273第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる
231.5.19374 ()(かた)になるほどに、明石(あかし)御方(おほんかた)(わた)りたまふ。(ちか)渡殿(わたどの)戸押(とお)()くるより、御簾(みす)のうちの追風(おひかぜ)、なまめかしく()(にほ)はして、ものよりことに気高(けだか)(おぼ)さる。正身(さうじみ)()えず。いづらと()まはしたまふに、(すずり)のあたりにぎははしく、草子(さうし)どもなど()()らしたるなど()りつつ()たまふ。(から)東京錦(とうきゃうき)のことことしき(はし)さしたる(しとね)に、をかしげなる(きん)うち()き、わざとめきよしある火桶(ひおけ)に、侍従(じじゅう)をくゆらかして、(もの)ごとにしめたるに、衣被香(えびかう)()のまがへる、いと(えん)なり。手習(てならひ)どもの(みだ)れうちとけたるも、筋変(すぢか)はり、ゆゑある()きざまなり。ことことしう(さう)がちなどにもされ()かず、めやすく()きすましたり。 かたになるほどに、あかしおほんかたわたりたまふ。ちかわたどのとおくるより、みすのうちのおひかぜ、なまめかしくにほはして、ものよりことにけだかおぼさる。さうじみえず。いづらとまはしたまふに、すずりのあたりにぎははしく、さうしどもなどらしたるなどりつつたまふ。からとうきゃうきのことことしきはしさしたるしとねに、をかしげなるきんうちき、わざとめきよしあるひおけに、じじゅうをくゆらかして、ものごとにしめたるに、えびかうのまがへる、いとえんなり。てならひどものみだれうちとけたるも、すぢかはり、ゆゑあるきざまなり。ことことしうさうがちなどにもされかず、めやすくきすましたり。
231.5.29475 小松(こまつ)御返(おほんかへ)りを、めづらしと()けるままに、あはれなる古事(ふること)ども()きまぜて、 こまつおほんかへりを、めづらしとけるままに、あはれなるふることどもきまぜて、
231.5.39576 「めづらしや(はな)のねぐらに()づたひて<BR/>(たに)古巣(ふるす)()へる(うぐひす) "〔めづらしやはなのねぐらにづたひて<BR/>たにふるすへるうぐひす
231.5.49677 声待(こゑま)()でたる」 こゑまでたる。"
231.5.59778 なども、 なども、
231.5.69879 ()ける岡辺(をかべ)(いへ)しあれば」 "〔けるをかべいへしあれば〕
231.5.79980 など、ひき(かへ)(なぐさ)めたる(すぢ)など()きまぜつつあるを、()りて()たまひつつほほ()みたまへる、()づかしげなり。 など、ひきかへなぐさめたるすぢなどきまぜつつあるを、りてたまひつつほほみたまへる、づかしげなり。
231.5.810081 (ふで)さし()らして()きすさみたまふほどに、ゐざり()でて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすき用意(ようい)なるを、「なほ、(ひと)よりはことなり」と(おぼ)す。(しろ)きに、けざやかなる(かみ)のかかりの、すこしさはらかなるほどに(うす)らぎにけるも、いとどなまめかしさ()ひて、なつかしければ、「(あたら)しき(とし)御騒(おほんさは)がれもや」と、つつましけれど、こなたに(とま)りたまひぬ。「なほ、おぼえことなりかし」と、方々(かたがた)(こころ)おきて(おぼ)す。 ふでさしらしてきすさみたまふほどに、ゐざりでて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすきよういなるを、"なほ、ひとよりはことなり。"とおぼす。しろきに、けざやかなるかみのかかりの、すこしさはらかなるほどにうすらぎにけるも、いとどなまめかしさひて、なつかしければ、"あたらしきとしおほんさはがれもや。"と、つつましけれど、こなたにとまりたまひぬ。"なほ、おぼえことなりかし。"と、かたがたこころおきておぼす。
231.5.910182 (みなみ)御殿(おとど)には、ましてめざましがる(ひと)びとあり。まだ(あけぼの)のほどに(わた)りたまひぬ。かうしもあるまじき夜深(よぶか)さぞかしと(おも)ふに、名残(なごり)もただならず、あはれに(おも)ふ。 みなみおとどには、ましてめざましがるひとびとあり。まだあけぼののほどにわたりたまひぬ。かうしもあるまじきよぶかさぞかしとおもふに、なごりもただならず、あはれにおもふ。
231.5.1010283 ()ちとりたまへるはた、なまけやけしと(おぼ)すべかめる(こころ)のうち、(はか)られたまひて、 ちとりたまへるはた、なまけやけしとおぼすべかめるこころのうち、はかられたまひて、
231.5.1110384 「あやしきうたた()をして、若々(わかわか)しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで」 "あやしきうたたをして、わかわかしかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで。"
231.5.1210485 と、()けしきとりたまふもをかしく()ゆ。ことなる(おほん)いらへもなければ、わづらはしくて、そら()をしつつ、日高(ひたか)御殿籠(おほとのご)もり()きたり。 と、けしきとりたまふもをかしくゆ。ことなるおほんいらへもなければ、わづらはしくて、そらをしつつ、ひたかおほとのごもりきたり。
231.610586第六段 六条院の正月二日の臨時客
231.6.110687 今日(けふ)は、臨時客(りんじかく)のことに(まぎ)らはしてぞ、面隠(おもかく)したまふ。上達部(かんだちめ)親王(みこ)たちなど、(れい)の、(のこ)りなく(まゐ)りたまへり。御遊(おほんあそ)びありて、引出物(ひきでもの)(ろく)など、()なし。そこら(つど)ひたまへるが、(われ)(おと)らじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにも()えたまはぬものかな。とり(はな)ちては、いと有職多(いうそくおほ)くものしたまふころなれど、御前(おまへ)にては気圧(けお)されたまふも、(わる)しかし。(なに)(かず)ならぬ下部(しもべ)どもなどだに、この(ゐん)(まゐ)()は、(こころ)づかひことなりけり。まして(わか)やかなる上達部(かんだちめ)などは、(おも)(こころ)などものしたまひて、すずろに心懸想(こころげさう)したまひつつ、(つね)(とし)よりもことなり。 けふは、りんじかくのことにまぎらはしてぞ、おもかくしたまふ。かんだちめみこたちなど、れいの、のこりなくまゐりたまへり。おほんあそびありて、ひきでものろくなど、なし。そこらつどひたまへるが、われおとらじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにもえたまはぬものかな。とりはなちては、いというそくおほくものしたまふころなれど、おまへにてはけおされたまふも、わるしかし。なにかずならぬしもべどもなどだに、このゐんまゐは、こころづかひことなりけり。ましてわかやかなるかんだちめなどは、おもこころなどものしたまひて、すずろにこころげさうしたまひつつ、つねとしよりもことなり。
231.6.210788 (はな)香誘(かさそ)夕風(ゆふかぜ)、のどやかにうち()きたるに、御前(おまへ)(むめ)やうやうひもときて、あれは()(どき)なるに、(もの)調(しら)べどもおもしろく、「この殿(との)」うち()でたる拍子(ひゃうし)、いとはなやかなり。大臣(おとど)時々声(ときどきこゑ)うち()へたまへる「さき(くさ)」の(すゑ)(かた)、いとなつかしくめでたく()こゆ。(なに)ごとも、さしいらへしたまふ御光(おほんひかり)にはやされて、(いろ)をも()をも()すけぢめ、ことになむ()かれける。 はなかさそゆふかぜ、のどやかにうちきたるに、おまへむめやうやうひもときて、あれはどきなるに、ものしらべどもおもしろく、〔このとの〕うちでたるひゃうし、いとはなやかなり。おとどときどきこゑうちへたまへる〔さきくさ〕のすゑかた、いとなつかしくめでたくこゆ。なにごとも、さしいらへしたまふおほんひかりにはやされて、いろをもをもすけぢめ、ことになんかれける。
23210889第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語
232.110990第一段 二条東院の末摘花を訪問
232.1.111091 かうののしる馬車(むまくるま)(おと)を、もの(へだ)てて()きたまふ御方々(おほんかたがた)は、(はちす)(なか)世界(せかい)に、まだ(ひら)けざらむ心地(ここち)もかくやと、(こころ)やましげなり。まして、(ひんがし)(ゐん)(はな)れたまへる御方々(おほんかたがた)は、年月(としつき)()へて、つれづれの(かず)のみまされど、「()()きめ()えぬ山路(やまぢ)」に(おも)ひなずらへて、つれなき(ひと)御心(みこころ)をば、(なに)とかは()たてまつりとがめむ、その(ほか)(こころ)もとなく(さび)しきことはたなければ、(おこ)なひの(かた)(ひと)は、その(まぎ)れなく(つと)め、仮名(かな)のよろづの草子(さうし)学問(がくもん)(こころ)()れたまはむ(ひと)は、また(ねが)ひに(したが)ひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ(こころ)(ねが)ひに(したが)ひたる()まひなり。(さわ)がしき()ごろ()ぐして(わた)りたまへり。 かうののしるむまくるまおとを、ものへだててきたまふおほんかたがたは、はちすなかせかいに、まだひらけざらんここちもかくやと、こころやましげなり。まして、ひんがしゐんはなれたまへるおほんかたがたは、としつきへて、つれづれのかずのみまされど、〔きめえぬやまぢ〕におもひなずらへて、つれなきひとみこころをば、なにとかはたてまつりとがめん、そのほかこころもとなくさびしきことはたなければ、おこなひのかたひとは、そのまぎれなくつとめ、かなのよろづのさうしがくもんこころれたまはんひとは、またねがひにしたがひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただこころねがひにしたがひたるまひなり。さわがしきごろぐしてわたりたまへり。
232.1.211192 常陸宮(ひたちのみや)御方(おほんかた)は、(ひと)のほどあれば、心苦(こころぐる)しく(おぼ)して、人目(ひとめ)(かざ)りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、(さか)りと()えし御若髪(おほんわかがみ)も、(とし)ごろに(おとろ)ひゆき、まして、(たき)(よど)()づかしげなる(おほん)かたはらめなどを、いとほしと(おぼ)せば、まほにも()かひたまはず。 ひたちのみやおほんかたは、ひとのほどあれば、こころぐるしくおぼして、ひとめかざりばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、さかりとえしおほんわかがみも、としごろにおとろひゆき、まして、たきよどづかしげなるおほんかたはらめなどを、いとほしとおぼせば、まほにもかひたまはず。
232.1.311293 (やなぎ)は、げにこそすさまじかりけれと()ゆるも、()なしたまへる(ひと)からなるべし。(ひかり)もなく(くろ)掻練(かいねり)の、さゐさゐしく()りたる一襲(ひとかさね)、さる織物(おりもの)袿着(うちきき)たまへる、いと(さむ)げに心苦(こころぐる)し。(かさね)(きぬ)などは、いかにしなしたるにかあらむ。 やなぎは、げにこそすさまじかりけれとゆるも、なしたまへるひとからなるべし。ひかりもなくくろかいねりの、さゐさゐしくりたるひとかさね、さるおりものうちききたまへる、いとさむげにこころぐるし。かさねきぬなどは、いかにしなしたるにかあらん。
232.1.411394 御鼻(おほんはな)(いろ)ばかり、(かすみ)にも(まぎ)るまじうはなやかなるに、御心(みこころ)にもあらずうち(なげ)かれたまひて、ことさらに御几帳引(みきちゃうひ)きつくろひ(へだ)てたまふ。なかなか、(をんな)はさしも(おぼ)したらず、(いま)は、かくあはれに(なが)御心(みこころ)のほどを、おだしきものにうちとけ(たの)みきこえたまへる(おほん)さま、あはれなり。 おほんはないろばかり、かすみにもまぎるまじうはなやかなるに、みこころにもあらずうちなげかれたまひて、ことさらにみきちゃうひきつくろひへだてたまふ。なかなか、をんなはさしもおぼしたらず、いまは、かくあはれにながみこころのほどを、おだしきものにうちとけたのみきこえたまへるおほんさま、あはれなり。
232.1.511495 かかる(かた)にも、おしなべての(ひと)ならず、いとほしく(かな)しき(ひと)(おほん)さまに(おぼ)せば、あはれに、(われ)だにこそはと、御心(みこころ)とどめたまへるも、ありがたきぞかし。御声(おほんこゑ)なども、いと(さむ)げに、うちわななきつつ(かた)らひきこえたまふ。()わづらひたまひて、 かかるかたにも、おしなべてのひとならず、いとほしくかなしきひとおほんさまにおぼせば、あはれに、われだにこそはと、みこころとどめたまへるも、ありがたきぞかし。おほんこゑなども、いとさむげに、うちわななきつつかたらひきこえたまふ。わづらひたまひて、
232.1.611596 御衣(おほんぞ)どもの(こと)など、後見(うしろみ)きこゆる(ひと)ははべりや。かく(こころ)やすき御住(おほんす)まひは、ただいとうちとけたるさまに、(ふく)みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる(おほん)よそひは、あいなくなむ」 "おほんぞどものことなど、うしろみきこゆるひとははべりや。かくこころやすきおほんすまひは、ただいとうちとけたるさまに、ふくみなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたるおほんよそひは、あいなくなん。"
232.1.711697 ()こえたまへば、こちごちしくさすがに(わら)ひたまひて、 こえたまへば、こちごちしくさすがにわらひたまひて、
232.1.811798 醍醐(だいご)阿闍梨(あざり)(きみ)(おほん)あつかひしはべるとて、(きぬ)どももえ()ひはべらでなむ。皮衣(かはぎぬ)をさへ()られにし(のち)(さむ)くはべる」 "だいごあざりきみおほんあつかひしはべるとて、きぬどももえひはべらでなん。かはぎぬをさへられにしのちさむくはべる。"
232.1.911899 ()こえたまふは、いと鼻赤(はなあか)御兄(おほんせうと)なりけり。(こころ)うつくしといひながら、あまりうちとけ()ぎたりと(おぼ)せど、ここにては、いとまめにきすくの(ひと)にておはす。 こえたまふは、いとはなあかおほんせうとなりけり。こころうつくしといひながら、あまりうちとけぎたりとおぼせど、ここにては、いとまめにきすくのひとにておはす。
232.1.10119100 皮衣(かはぎぬ)はいとよし。山伏(やまぶし)蓑代衣(みのしろごろも)(ゆづ)りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙(しろたへ)(きぬ)は、七重(ななへ)にも、などか(かさ)ねたまはざらむ。さるべき折々(をりをり)は、うち(わす)れたらむこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆき(こころ)のおこたりに。まして方々(かたがた)(まぎ)らはしき(きほ)ひにも、おのづからなむ」 "かはぎぬはいとよし。やまぶしみのしろごろもゆづりたまひてあへなん。さて、このいたはりなきしろたへきぬは、ななへにも、などかかさねたまはざらん。さるべきをりをりは、うちわすれたらんこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆきこころのおこたりに。ましてかたがたまぎらはしききほひにも、おのづからなん。"
232.1.11120101 とのたまひて、()かひの(ゐん)御倉開(みくらあ)けさせたまひて、(きぬ)(あや)などたてまつらせたまふ。 とのたまひて、かひのゐんみくらあけさせたまひて、きぬあやなどたてまつらせたまふ。
232.1.12121103 ()れたる(ところ)もなけれど、()みたまはぬ(ところ)のけはひは(しづ)かにて、御前(おまへ)木立(こだち)ばかりぞいとおもしろく、紅梅(こうばい)()()でたる(にほ)ひなど、()はやす(ひと)もなきを()わたしたまひて、 れたるところもなけれど、みたまはぬところのけはひはしづかにて、おまへこだちばかりぞいとおもしろく、こうばいでたるにほひなど、はやすひともなきをわたしたまひて、
232.1.13122104 「ふるさとの(はる)(こずゑ)(たづ)()て<BR/>()(つね)ならぬ(はな)()るかな」 "〔ふるさとのはるこずゑたづて<BR/>つねならぬはなるかな〕
232.1.14123105 (ひと)りごちたまへど、()()りたまはざりけむかし。 ひとりごちたまへど、りたまはざりけんかし。
232.2124106第二段 続いて空蝉を訪問
232.2.1125107 空蝉(うつせみ)尼衣(あまごろも)にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかに局住(つぼねず)みにしなして、(ほとけ)ばかりに所得(ところえ)させたてまつりて、(おこ)なひ(つと)めけるさまあはれに()えて、(きゃう)(ほとけ)御飾(おほんかざ)り、はかなくしたる閼伽(あか)()なども、をかしげになまめかしう、なほ(こころ)ばせありと()ゆる(ひと)のけはひなり。 うつせみあまごろもにも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかにつぼねずみにしなして、ほとけばかりにところえさせたてまつりて、おこなひつとめけるさまあはれにえて、きゃうほとけおほんかざり、はかなくしたるあかなども、をかしげになまめかしう、なほこころばせありとゆるひとのけはひなり。
232.2.2126108 青鈍(あをにび)几帳(きちょう)(こころ)ばへをかしきに、いたくゐ(かく)れて、袖口(そでぐち)ばかりぞ(いろ)ことなるしもなつかしければ、(なみだ)ぐみたまひて、 あをにびきちょうこころばへをかしきに、いたくゐかくれて、そでぐちばかりぞいろことなるしもなつかしければ、なみだぐみたまひて、
232.2.3127109 「『(まつ)浦島(うらしま)』をはるかに(おも)ひてぞやみぬべかりける。(むかし)より心憂(こころう)かりける御契(おほんちぎ)りかな。さすがにかばかりの御睦(おほんむつ)びは、()ゆまじかりけるよ」 "〔まつうらしま〕をはるかにおもひてぞやみぬべかりける。むかしよりこころうかりけるおほんちぎりかな。さすがにかばかりのおほんむつびは、ゆまじかりけるよ。"
232.2.4128110 などのたまふ。尼君(あまぎみ)も、ものあはれなるけはひにて、 などのたまふ。あまぎみも、ものあはれなるけはひにて、
232.2.5129111 「かかる(かた)(たの)みきこえさするしもなむ、(あさ)くはあらず(おも)ひたまへ()られはべりける」 "かかるかたたのみきこえさするしもなん、あさくはあらずおもひたまへられはべりける。"
232.2.6130112 ()こゆ。 こゆ。
232.2.7131113 「つらき折々重(をりをりかさ)ねて、心惑(こころまど)はしたまひし()(むく)いなどを、(ほとけ)にかしこまりきこゆるこそ(くる)しけれ。(おぼ)()るや。かくいと素直(すなほ)にもあらぬものをと、(おも)()はせたまふこともあらじやはとなむ(おも)ふ」 "つらきをりをりかさねて、こころまどはしたまひしむくいなどを、ほとけにかしこまりきこゆるこそくるしけれ。おぼるや。かくいとすなほにもあらぬものをと、おもはせたまふこともあらじやはとなんおもふ。"
232.2.8132114 とのたまふ。「かのあさましかりし()古事(ふること)()()きたまへるなめり」と、()づかしく、 とのたまふ。"かのあさましかりしふることきたまへるなめり。"と、づかしく、
232.2.9133115 「かかるありさまを御覧(ごらん)()てらるるよりほかの(むく)いは、いづくにかはべらむ」 "かかるありさまをごらんてらるるよりほかのむくいは、いづくにかはべらん。"
232.2.10134116 とて、まことにうち()きぬ。いにしへよりももの(ふか)()づかしげさまさりて、かくもて(はな)れたること、と(おぼ)すしも、見放(みはな)ちがたく(おぼ)さるれど、はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今(むかしいま)物語(ものがたり)をしたまひて、「かばかりの()ふかひだにあれかし」と、あなたを()やりたまふ。 とて、まことにうちきぬ。いにしへよりもものふかづかしげさまさりて、かくもてはなれたること、とおぼすしも、みはなちがたくおぼさるれど、はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたのむかしいまものがたりをしたまひて、"かばかりのふかひだにあれかし。"と、あなたをやりたまふ。
232.2.11135117 かやうにても、御蔭(おほんかげ)(かく)れたる(ひと)びと(おほ)かり。(みな)さしのぞきわたしたまひて、 かやうにても、おほんかげかくれたるひとびとおほかり。みなさしのぞきわたしたまひて、
232.2.12136118 「おぼつかなき日数(ひかず)つもる折々(をりをり)あれど、(こころ)のうちはおこたらずなむ。ただ(かぎ)りある(みち)(わか)れのみこそうしろめたけれ。『(いのち)()らぬ』」 "おぼつかなきひかずつもるをりをりあれど、こころのうちはおこたらずなん。ただかぎりあるみちわかれのみこそうしろめたけれ。〔いのちらぬ〕。"
232.2.13137119 など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと(おぼ)したり。(われ)はと(おぼ)しあがりぬべき御身(おほんみ)のほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、(ところ)につけ、(ひと)のほどにつけつつ、さまざまあまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心(みこころ)にかかりてなむ、(おほ)くの(ひと)びと(とし)()ける。 など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれとおぼしたり。われはとおぼしあがりぬべきおほんみのほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、ところにつけ、ひとのほどにつけつつ、さまざまあまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりのみこころにかかりてなん、おほくのひとびととしける。
233138120第三章 光る源氏の物語 男踏歌
233.1139121第一段 男踏歌、六条院に回り来る
233.1.1140122 今年(ことし)男踏歌(をとこたふか)あり。内裏(うち)より朱雀院(すじゃくゐん)(まゐ)りて、(つぎ)にこの(ゐん)(まゐ)る。(みち)のほど(とほ)くなどして、夜明(よあ)(がた)になりにけり。(つき)(くも)りなく()みまさりて、薄雪(うすゆき)すこし()れる(には)のえならぬに、殿上人(てんじゃうびと)なども、(もの)上手多(じゃうずおほ)かるころほひにて、(ふえ)()もいとおもしろう()()てて、この御前(おまへ)はことに(こころ)づかひしたり。御方々物見(おほんかたがたものみ)(わた)りたまふべく、かねて御消息(おほんせうそく)どもありければ、左右(ひだりみぎ)(たい)渡殿(わたどの)などに、御局(みつぼね)しつつおはさす。 ことしをとこたふかあり。うちよりすじゃくゐんまゐりて、つぎにこのゐんまゐる。みちのほどとほくなどして、よあがたになりにけり。つきくもりなくみまさりて、うすゆきすこしれるにはのえならぬに、てんじゃうびとなども、ものじゃうずおほかるころほひにて、ふえもいとおもしろうてて、このおまへはことにこころづかひしたり。おほんかたがたものみわたりたまふべく、かねておほんせうそくどもありければ、ひだりみぎたいわたどのなどに、みつぼねしつつおはさす。
233.1.2141123 西(にし)(たい)姫君(ひめぎみ)は、寝殿(しんでん)(みなみ)御方(おほんかた)(わた)りたまひて、こなたの姫君(ひめぎみ)御対面(おほんたいめん)ありけり。(うへ)一所(ひとところ)におはしませば、御几帳(みきちゃう)ばかり(へだ)てて()こえたまふ。 にしたいひめぎみは、しんでんみなみおほんかたわたりたまひて、こなたのひめぎみおほんたいめんありけり。うへひとところにおはしませば、みきちゃうばかりへだててこえたまふ。
233.1.3142124 朱雀院(すじゃくゐん)(きさき)御方(おほんかた)などめぐりけるほどに、(よる)もやうやう()けゆけば、水駅(みづむまや)にてこと()がせたまふべきを、(れい)あることより、ほかにさまことに(くは)へて、いみじくもてはやさせたまふ。 すじゃくゐんきさきおほんかたなどめぐりけるほどに、よるもやうやうけゆけば、みづむまやにてことがせたまふべきを、れいあることより、ほかにさまことにくはへて、いみじくもてはやさせたまふ。
233.1.4143125 (かげ)すさまじき暁月夜(あかつきづくよ)に、(ゆき)はやうやう()()む。松風木高(まつかぜこだか)()きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色(あをいろ)のなえばめるに、白襲(しらがさね)(いろ)あひ、(なに)(かざ)りかは()ゆる。 かげすさまじきあかつきづくよに、ゆきはやうやうむ。まつかぜこだかきおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、あをいろのなえばめるに、しらがさねいろあひ、なにかざりかはゆる。
233.1.5144126 插頭(かざし)綿(わた)は、(なに)(にほ)ひもなきものなれど、(ところ)からにやおもしろく、(こころ)ゆき、命延(いのちの)ぶるほどなり。 かざしわたは、なににほひもなきものなれど、ところからにやおもしろく、こころゆき、いのちのぶるほどなり。
233.1.6145127 殿(との)中将(ちゅうじゃう)(きみ)(うち)大殿(おほとの)君達(きんだち)ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。 とのちゅうじゃうきみうちおほとのきんだちぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。
233.1.7146128 ほのぼのと()けゆくに、(ゆき)やや()りて、そぞろ(さむ)きに、「竹河(たけかは)(うた)ひて、かよれる姿(すがた)、なつかしき声々(こゑごゑ)の、()にも()きとどめがたからむこそ口惜(くちを)しけれ。 ほのぼのとけゆくに、ゆきややりて、そぞろさむきに、〔たけかはうたひて、かよれるすがた、なつかしきこゑごゑの、にもきとどめがたからんこそくちをしけれ。
233.1.8147129 御方々(おほんかたがた)、いづれもいづれも(おと)らぬ袖口(そでぐち)ども、こぼれ()でたるこちたさ、(もの)(いろ)あひなども、(あけぼの)(そら)に、(はる)(にしき)たち()でにける(かすみ)のうちかと()えわたさる。あやしく(こころ)のうちゆく見物(みもの)にぞありける。 おほんかたがた、いづれもいづれもおとらぬそでぐちども、こぼれでたるこちたさ、ものいろあひなども、あけぼのそらに、はるにしきたちでにけるかすみのうちかとえわたさる。あやしくこころのうちゆくみものにぞありける。
233.1.9148130 さるは、高巾子(かうこじ)世離(よばな)れたるさま、寿詞(ことぶき)(みだ)りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか(なに)ばかりのおもしろかるべき拍子(ひゃうし)()こえぬものを。(れい)の、綿(わた)かづきわたりてまかでぬ。 さるは、かうこじよばなれたるさま、ことぶきみだりがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなかなにばかりのおもしろかるべきひゃうしこえぬものを。れいの、わたかづきわたりてまかでぬ。
233.2149131第二段 源氏、踏歌の後宴を計画す
233.2.1150132 夜明(よあ)()てぬれば、御方々帰(おほんかたがたかへ)りわたりたまひぬ。大臣(おとど)(きみ)、すこし御殿籠(おほとのご)もりて、日高(ひたか)()きたまへり。 よあてぬれば、おほんかたがたかへりわたりたまひぬ。おとどきみ、すこしおほとのごもりて、ひたかきたまへり。
233.2.2151133 中将(ちゅうじゃう)(こゑ)は、弁少将(べんのせうしゃう)にをさをさ(おと)らざめるは。あやしう有職(いうそく)ども()()づるころほひにこそあれ。いにしへの(ひと)は、まことにかしこき(かた)やすぐれたることも(おほ)かりけむ、(なさ)けだちたる(すぢ)は、このころの(ひと)にえしもまさらざりけむかし。中将(ちゅうじゃう)などをば、すくすくしき朝廷人(おほやけびと)にしなしてむとなむ(おも)ひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もて(はな)れよと(おも)ひしかども、なほ(した)にはほの()きたる(すぢ)(こころ)をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり」 "ちゅうじゃうこゑは、べんのせうしゃうにをさをさおとらざめるは。あやしういうそくどもづるころほひにこそあれ。いにしへのひとは、まことにかしこきかたやすぐれたることもおほかりけん、なさけだちたるすぢは、このころのひとにえしもまさらざりけんかし。ちゅうじゃうなどをば、すくすくしきおほやけびとにしなしてんとなんおもひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もてはなれよとおもひしかども、なほしたにはほのきたるすぢこころをこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり。"
233.2.3152134 など、いとうつくしと(おぼ)したり。「万春楽(ばんすらく)」と、御口(おほんくち)ずさみにのたまひて、 など、いとうつくしとおぼしたり。〔ばんすらく〕と、おほんくちずさみにのたまひて、
233.2.4153135 (ひと)びとのこなたに(つど)ひたまへるついでに、いかで(もの)()こころみてしがな。(わたくし)後宴(ごえん)すべし」 "ひとびとのこなたにつどひたまへるついでに、いかでものこころみてしがな。わたくしごえんすべし。"
233.2.5154136 とのたまひて、御琴(おほんこと)どもの、うるはしき(ふくろ)どもして()めおかせたまへる、皆引(みなひ)()でて、おし(のご)ひ、ゆるべる()調(ととの)へさせたまひなどす。御方々(おほんかたがた)(こころ)づかひいたくしつつ、心懸想(こころげさう)()くしたまふらむかし。 とのたまひて、おほんことどもの、うるはしきふくろどもしてめおかせたまへる、みなひでて、おしのごひ、ゆるべるととのへさせたまひなどす。おほんかたがたこころづかひいたくしつつ、こころげさうくしたまふらんかし。