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24胡蝶
2416040第一章 光る源氏の物語 春の町の船楽と季の御読経
241.16141第一段 三月二十日頃の春の町の船楽
241.1.16242 弥生(やよひ)二十日(はつか)あまりのころほひ、(はる)御前(おまへ)のありさま、(つね)よりことに()くして(にほ)(はな)(いろ)(とり)(こゑ)、ほかの(さと)には、まだ()りぬにやと、めづらしう()()こゆ。(やま)木立(こだち)中島(なかじま)のわたり、(いろ)まさる(こけ)のけしきなど、(わか)(ひと)びとのはつかに(こころ)もとなく(おも)ふべかめるに、(から)めいたる舟造(ふねつく)らせたまひける、(いそ)装束(さうぞ)かせたまひて、()ろし(はじ)めさせたまふ()は、雅楽寮(うたづかさ)人召(ひとめ)して、(ふね)(がく)せらる。親王(みこ)たち上達部(かんだちめ)など、あまた(まゐ)りたまへり。 やよひはつかあまりのころほひ、はるおまへのありさま、つねよりことにくしてにほはないろとりこゑ、ほかのさとには、まだりぬにやと、めづらしうこゆ。やまこだちなかじまのわたり、いろまさるこけのけしきなど、わかひとびとのはつかにこころもとなくおもふべかめるに、からめいたるふねつくらせたまひける、いそさうぞかせたまひて、ろしはじめさせたまふは、うたづかさひとめして、ふねがくせらる。みこたちかんだちめなど、あまたまゐりたまへり。
241.1.26343 中宮(ちゅうぐう)、このころ(さと)におはします。かの「春待(はるま)(その)は」と(はげ)ましきこえたまへりし御返(おほんかへ)りもこのころやと(おぼ)し、大臣(おとど)(きみ)も、いかでこの(はな)(をり)御覧(ごらん)ぜさせむと(おぼ)しのたまへど、ついでなくて(かる)らかにはひわたり、(はな)をももてあそびたまふべきならねば、(わか)女房(にょうばう)たちの、ものめでしぬべきを(ふね)()せたまうて、(みなみ)(いけ)の、こなたに(とほ)しかよはしなさせたまへるを、(ちひ)さき(やま)(へだ)ての(せき)()せたれど、その(やま)(さき)より()ぎまひて、(ひんがし)釣殿(つりどの)に、こなたの(わか)(ひと)びと(あつ)めさせたまふ。 ちゅうぐう、このころさとにおはします。かの〔はるまそのは"とはげましきこえたまへりしおほんかへりもこのころやとおぼし、おとどきみも、いかでこのはなをりごらんぜさせんとおぼしのたまへど、ついでなくてかるらかにはひわたり、はなをももてあそびたまふべきならねば、わかにょうばうたちの、ものめでしぬべきをふねせたまうて、みなみいけの、こなたにとほしかよはしなさせたまへるを、ちひさきやまへだてのせきせたれど、そのやまさきよりぎまひて、ひんがしつりどのに、こなたのわかひとびとあつめさせたまふ。
241.1.36444 龍頭鷁首(りょうとうげきす)を、(から)のよそひにことことしうしつらひて、楫取(かぢとり)(さを)さす(わらは)べ、(みな)みづら()ひて、唐土(もろこし)だたせて、さる(おほ)きなる(いけ)(なか)にさし()でたれば、まことの()らぬ(くに)()たらむ心地(ここち)して、あはれにおもしろく、()ならはぬ女房(にょうばう)などは(おも)ふ。 りょうとうげきすを、からのよそひにことことしうしつらひて、かぢとりさをさすわらはべ、みなみづらひて、もろこしだたせて、さるおほきなるいけなかにさしでたれば、まことのらぬくにたらんここちして、あはれにおもしろく、ならはぬにょうばうなどはおもふ。
241.1.46546 中島(なかじま)入江(いりえ)岩蔭(いはかげ)にさし()せて()れば、はかなき(いし)のたたずまひも、ただ()()いたらむやうなり。こなたかなた(かす)みあひたる(こずゑ)ども、(にしき)()きわたせるに、御前(おまへ)(かた)ははるばると()やられて、(いろ)をましたる(やなぎ)(えだ)()れたる、(はな)もえもいはぬ(にほ)ひを()らしたり。ほかには(さか)()ぎたる(さくら)も、今盛(いまさか)りにほほ()み、(らう)をめぐれる(ふぢ)(いろ)も、こまやかに(ひら)けゆきにけり。まして(いけ)(みづ)(かげ)(うつ)したる山吹(やまぶき)(きし)よりこぼれていみじき(さか)りなり。水鳥(みづとり)どもの、つがひを(はな)れず(あそ)びつつ、(ほそ)(えだ)どもを()ひて()びちがふ、鴛鴦(をし)(なみ)(あや)(もん)()じへたるなど、ものの()やうにも()()らまほしき、まことに()(のえ)()たいつべう(おも)ひつつ、()()らす。 なかじまいりえいはかげにさしせてれば、はかなきいしのたたずまひも、ただいたらんやうなり。こなたかなたかすみあひたるこずゑども、にしききわたせるに、おまへかたははるばるとやられて、いろをましたるやなぎえだれたる、はなもえもいはぬにほひをらしたり。ほかにはさかぎたるさくらも、いまさかりにほほみ、らうをめぐれるふぢいろも、こまやかにひらけゆきにけり。ましていけみづかげうつしたるやまぶききしよりこぼれていみじきさかりなり。みづとりどもの、つがひをはなれずあそびつつ、ほそえだどもをひてびちがふ、をしなみあやもんじへたるなど、もののやうにもらまほしき、まことにのえたいつべうおもひつつ、らす。
241.1.56647 風吹(かぜふ)けば(なみ)(はな)さへ色見(いろみ)えて<BR/>こや()()てる山吹(やまぶき)(さき) "〔かぜふけばなみはなさへいろみえて<BR/>こやてるやまぶきさき〕"
241.1.66748 (はる)(いけ)井手(ゐで)川瀬(かはせ)にかよふらむ<BR/>(きし)山吹(やまぶき)そこも(にほ)へり」 "〔はるいけゐでかはせにかよふらん<BR/>きしやまぶきそこもにほへり〕
241.1.76849 (かめ)(うへ)(やま)(たづ)ねじ(ふね)のうちに<BR/>()いせぬ()をばここに(のこ)さむ」 "〔かめうへやまたづねじふねのうちに<BR/>いせぬをばここにのこさん〕
241.1.86950 (はる)()のうららにさしてゆく(ふね)は<BR/>(さを)のしづくも(はな)()りける」 "〔はるのうららにさしてゆくふねは<BR/>さをのしづくもはなりける〕
241.1.97051 などやうの、はかなごとどもを、心々(こころごころ)()()はしつつ、()(かた)(かへ)らむ(さと)(わす)れぬべう、(わか)(ひと)びとの(こころ)(うつ)すに、ことわりなる(みづ)(おも)になむ。 などやうの、はかなごとどもを、こころごころはしつつ、かたかへらんさとわすれぬべう、わかひとびとのこころうつすに、ことわりなるみづおもになん。
241.27152第二段 船楽、夜もすがら催される
241.2.17253 ()れかかるほどに、「皇麞(わうじゃう)」といふ(がく)、いとおもしろく()こゆるに、(こころ)にもあらず、釣殿(つりどの)にさし()せられて()りぬ。ここのしつらひ、いとこと()ぎたるさまに、なまめかしきに、御方々(おほんかたがた)(わか)(ひと)どもの、われ(おと)らじと()くしたる装束(さうぞく)容貌(かたち)(はな)をこき()ぜたる(にしき)(おと)らず()えわたる。()目馴(めな)れずめづらかなる(がく)ども(つか)うまつる。舞人(まひびと)など、(こころ)ことに(えら)ばせたまひて。 れかかるほどに、〔わうじゃう〕といふがく、いとおもしろくこゆるに、こころにもあらず、つりどのにさしせられてりぬ。ここのしつらひ、いとことぎたるさまに、なまめかしきに、おほんかたがたわかひとどもの、われおとらじとくしたるさうぞくかたちはなをこきぜたるにしきおとらずえわたる。めなれずめづらかなるがくどもつかうまつる。まひびとなど、こころことにえらばせたまひて。
241.2.27354 (よる)()りぬれば、いと()かぬ心地(ここち)して、御前(おまへ)(には)篝火(かがりび)ともして、御階(みはし)のもとの(こけ)(うへ)に、楽人召(がくにんめ)して、上達部(かんだちめ)親王(みこ)たちも、(みな)おのおの()きもの、()きものとりどりにしたまふ。 よるりぬれば、いとかぬここちして、おまへにはかがりびともして、みはしのもとのこけうへに、がくにんめして、かんだちめみこたちも、みなおのおのきもの、きものとりどりにしたまふ。
241.2.37455 (もの)()ども、ことにすぐれたる(かぎ)り、双調吹(そうでうふ)きて、(うへ)()ちとる御琴(おほんこと)どもの調(しら)べ、いとはなやかにかき()てて、「安名尊(あなたふと)(あそ)びたまふほど、「()けるかひあり」と、(なに)のあやめも()らぬ(しづ)()も、御門(みかど)のわたり(ひま)なき(むま)(くるま)立処(たちど)()じりて、()みさかえ()きにけり。 ものども、ことにすぐれたるかぎり、そうでうふきて、うへちとるおほんことどものしらべ、いとはなやかにかきてて、〔あなたふとあそびたまふほど、"けるかひあり"と、なにのあやめもらぬしづも、みかどのわたりひまなきむまくるまたちどじりて、みさかえきにけり。
241.2.47556 (そら)(いろ)(もの)()も、(はる)調(しら)べ、(ひび)きは、いとことにまさりけるけぢめを、(ひと)びと(おぼ)()くらむかし。()もすがら(あそ)()かしたまふ。(かへ)(ごゑ)に「喜春楽(きしゅんらく)()ちそひて、兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)、「青柳(あをやぎ)()(かへ)しおもしろく(うた)ひたまふ。主人(あるじ)大臣(おとど)言加(ことくは)へたまふ。 そらいろものも、はるしらべ、ひびきは、いとことにまさりけるけぢめを、ひとびとおぼくらんかし。もすがらあそかしたまふ。かへごゑに〔きしゅんらくちそひて、ひゃうぶきゃうのみや、〔あをやぎかへしおもしろくうたひたまふ。あるじおとどことくはへたまふ。
241.37657第三段 蛍兵部卿宮、玉鬘を思う
241.3.17758 ()()けぬ。(あさ)ぼらけの(とり)のさへづりを、中宮(ちゅうぐう)はもの(へだ)てて、ねたう()こし()しけり。いつも(はる)(ひかり)()めたまへる大殿(おほとの)なれど、(こころ)をつくるよすがのまたなきを、()かぬことに(おぼ)(ひと)びともありけるに、西(にし)(たい)姫君(ひめぎみ)、こともなき(おほん)ありさま、大臣(おとど)(きみ)も、わざと(おぼ)しあがめきこえたまふ()けしきなど、皆世(みなよ)()こえ()でて、(おぼ)ししもしるく、(こころ)なびかしたまふ人多(ひとおほ)かるべし。 けぬ。あさぼらけのとりのさへづりを、ちゅうぐうはものへだてて、ねたうこししけり。いつもはるひかりめたまへるおほとのなれど、こころをつくるよすがのまたなきを、かぬことにおぼひとびともありけるに、にしたいひめぎみ、こともなきおほんありさま、おとどきみも、わざとおぼしあがめきこえたまふけしきなど、みなよこえでて、おぼししもしるく、こころなびかしたまふひとおほかるべし。
241.3.27859 わが()さばかりと(おも)()がりたまふ(きは)(ひと)こそ、便(たよ)りにつけつつ、けしきばみ、言出(ことい)()こえたまふもありけれ、えしもうち()でぬ(なか)(おも)ひに()えぬべき若君達(わかきんだち)などもあるべし。そのうちに、ことの(こころ)()らで、(うち)大殿(おほいどの)中将(ちゅうじゃう)などは、()きぬべかめり。 わがさばかりとおもがりたまふきはひとこそ、たよりにつけつつ、けしきばみ、こといこえたまふもありけれ、えしもうちでぬなかおもひにえぬべきわかきんだちなどもあるべし。そのうちに、ことのこころらで、うちおほいどのちゅうじゃうなどは、きぬべかめり。
241.3.37960 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)はた、(とし)ごろおはしける(きた)(かた)()せたまひて、この三年(みとせ)ばかり、(ひと)()みにてわびたまへば、うけばりて(いま)はけしきばみたまふ。 ひゃうぶきゃうのみやはた、としごろおはしけるきたかたせたまひて、このみとせばかり、ひとみにてわびたまへば、うけばりていまはけしきばみたまふ。
241.3.48061 今朝(けさ)も、いといたうそら(みだ)れして、(ふぢ)(はな)をかざして、なよびさうどきたまへる(おほん)さま、いとをかし。大臣(おとど)も、(おぼ)ししさまかなふと、(した)には(おぼ)せど、せめて()らず(がほ)をつくりたまふ。 けさも、いといたうそらみだれして、ふぢはなをかざして、なよびさうどきたまへるおほんさま、いとをかし。おとども、おぼししさまかなふと、したにはおぼせど、せめてらずがほをつくりたまふ。
241.3.58162 御土器(おほんかはらけ)のついでに、いみじうもて(なや)みたまうて、 おほんかはらけのついでに、いみじうもてなやみたまうて、
241.3.68263 (おも)(こころ)はべらずは、まかり()げはべりなまし。いと()へがたしや」 "おもこころはべらずは、まかりげはべりなまし。いとへがたしや。"
241.3.78364 とすまひたまふ。 とすまひたまふ。
241.3.88465 (むらさき)のゆゑに(こころ)をしめたれば<BR/>(ふち)身投(みな)げむ()やは()しけき」 "〔むらさきのゆゑにこころをしめたれば<BR/>ふちみなげんやはしけき〕
241.3.98566 とて、大臣(おとど)(きみ)に、(おな)じかざしを(まゐ)りたまふ。いといたうほほ()みたまひて、 とて、おとどきみに、おなじかざしをまゐりたまふ。いといたうほほみたまひて、
241.3.108667 (ふち)()()げつべしやとこの(はる)は<BR/>(はな)のあたりを()()らで()よ」 "〔ふちげつべしやとこのはるは<BR/>はなのあたりをらでよ〕
241.3.118768 (せち)にとどめたまへば、え()ちあかれたまはで、今朝(けさ)御遊(おほんあそ)び、ましていとおもしろし。 せちにとどめたまへば、えちあかれたまはで、けさおほんあそび、ましていとおもしろし。
241.48869第四段 中宮、春の季の御読経主催す
241.4.18970 今日(けふ)は、中宮(ちゅうぐう)御読経(みどきゃう)(はじ)めなりけり。やがてまかでたまはで、(やす)(どころ)とりつつ、()(おほん)よそひに()へたまふ(ひと)びとも(おほ)かり。(さは)りあるは、まかでなどもしたまふ。 けふは、ちゅうぐうみどきゃうはじめなりけり。やがてまかでたまはで、やすどころとりつつ、おほんよそひにへたまふひとびともおほかり。さはりあるは、まかでなどもしたまふ。
241.4.29071 (むま)(とき)ばかりに、(みな)あなたに(まゐ)りたまふ。大臣(おとど)(きみ)をはじめたてまつりて、皆着(みなつ)きわたりたまふ。殿上人(てんじゃうびと)なども、(のこ)るなく(まゐ)る。(おほ)くは、大臣(おとど)御勢(おほんいきほ)ひにもてなされたまひて、やむごとなく、いつくしき(おほん)ありさまなり。 むまときばかりに、みなあなたにまゐりたまふ。おとどきみをはじめたてまつりて、みなつきわたりたまふ。てんじゃうびとなども、のこるなくまゐる。おほくは、おとどおほんいきほひにもてなされたまひて、やんごとなく、いつくしきおほんありさまなり。
241.4.39172 (はる)(うへ)御心(みこころ)ざしに、(ほとけ)(はな)たてまつらせたまふ。鳥蝶(とりてふ)装束(さうぞ)()けたる(わらは)八人(はちにん)容貌(かたち)などことに(ととの)へさせたまひて、(とり)には、(しろがね)花瓶(はながめ)(さくら)をさし、(てふ)は、(こがね)(かめ)山吹(やまぶき)を、(おな)じき(はな)(ふさ)いかめしう、()になき(にほ)ひを()くさせたまへり。 はるうへみこころざしに、ほとけはなたてまつらせたまふ。とりてふさうぞけたるわらははちにんかたちなどことにととのへさせたまひて、とりには、しろがねはながめさくらをさし、てふは、こがねかめやまぶきを、おなじきはなふさいかめしう、になきにほひをくさせたまへり。
241.4.49273 (みなみ)御前(おまへ)山際(やまぎは)より()()でて、御前(おまへ)()づるほど、風吹(かぜふ)きて、(かめ)(さくら)すこしうち()りまがふ。いとうららかに()れて、(かすみ)()より()()でたるは、いとあはれになまめきて()ゆ。わざと平張(ひらばり)なども(うつ)されず、御前(おまへ)(わた)れる(らう)を、楽屋(がくや)のさまにして、(かり)胡床(あぐら)どもを()したり。 みなみおまへやまぎはよりでて、おまへづるほど、かぜふきて、かめさくらすこしうちりまがふ。いとうららかにれて、かすみよりでたるは、いとあはれになまめきてゆ。わざとひらばりなどもうつされず、おまへわたれるらうを、がくやのさまにして、かりあぐらどもをしたり。
241.4.59374 (わらは)べども、御階(みはし)のもとに()りて、(はな)どもたてまつる。行香(ぎゃうがう)(ひと)びと()()ぎて、閼伽(あか)(くは)へさせたまふ。 わらはべども、みはしのもとにりて、はなどもたてまつる。ぎゃうがうひとびとぎて、あかくはへさせたまふ。
241.59475第五段 紫の上と中宮和歌を贈答
241.5.19576 御消息(おほんせうそこ)殿(との)中将(ちゅうじゃう)(きみ)して()こえたまへり。 おほんせうそことのちゅうじゃうきみしてこえたまへり。
241.5.29677 花園(はなぞの)胡蝶(こてふ)をさへや下草(したくさ)に<BR/>秋待(あきま)(むし)はうとく()るらむ」 "〔はなぞのこてふをさへやしたくさに<BR/>あきまむしはうとくるらん〕
241.5.39778 (みや)、「かの紅葉(もみぢ)御返(おほんかへ)りなりけり」と、ほほ()みて御覧(ごらん)ず。昨日(きのふ)女房(にょうばう)たちも、 みや、"かのもみぢおほんかへりなりけり。"と、ほほみてごらんず。きのふにょうばうたちも、
241.5.49879 「げに、(はる)(いろ)は、え()とさせたまふまじかりけり」 "げに、はるいろは、えとさせたまふまじかりけり。"
241.5.59981 と、(はな)におれつつ()こえあへり。(うぐひす)のうららかなる()に、「(とり)(がく)」はなやかに()きわたされて、(いけ)水鳥(みづとり)もそこはかとなくさへづりわたるに、「(きふ)」になり()つるほど、()かずおもしろし。「(てふ)」は、ましてはかなきさまに()()ちて、山吹(やまぶき)(ませ)のもとに、()きこぼれたる(はな)(かげ)()()づる。 と、はなにおれつつこえあへり。うぐひすのうららかなるに、〔とりがく〕はなやかにきわたされて、いけみづとりもそこはかとなくさへづりわたるに、"きふ"になりつるほど、かずおもしろし。"てふ"は、ましてはかなきさまにちて、やまぶきませのもとに、きこぼれたるはなかげづる。
241.5.610082 (みや)(すけ)をはじめて、さるべき上人(うへびと)ども、禄取(ろくと)(つづ)きて、(わらは)べに()ぶ。(とり)には(さくら)細長(ほそなが)(てふ)には山吹襲賜(やまぶきがさねたま)はる。かねてしも()りあへたるやうなり。(もの)()どもは、(しろ)一襲(ひとかさね)腰差(こしざし)など、()()ぎに(たま)ふ。中将(ちゅうじゃう)(きみ)には、(ふぢ)細長添(ほそながそ)へて、(をんな)装束(さうぞく)かづけたまふ。御返(おほんかへ)り、 みやすけをはじめて、さるべきうへびとども、ろくとつづきて、わらはべにぶ。とりにはさくらほそながてふにはやまぶきがさねたまはる。かねてしもりあへたるやうなり。ものどもは、しろひとかさねこしざしなど、ぎにたまふ。ちゅうじゃうきみには、ふぢほそながそへて、をんなさうぞくかづけたまふ。おほんかへり、
241.5.710183 昨日(きのふ)()()きぬべくこそは。 "きのふきぬべくこそは。
241.5.810284 胡蝶(こてふ)にも(さそ)はれなまし(こころ)ありて<BR/>八重山吹(やへやまぶき)(へだ)てざりせば」 こてふにもさそはれなましこころありて<BR/>やへやまぶきへだてざりせば〕
241.5.910385 とぞありける。すぐれたる御労(おほんらう)どもに、かやうのことは()へぬにやありけむ、(おも)ふやうにこそ()えぬ御口(おほんくち)つきどもなめれ。 とぞありける。すぐれたるおほんらうどもに、かやうのことはへぬにやありけん、おもふやうにこそえぬおほんくちつきどもなめれ。
241.5.1010486 まことや、かの見物(みもの)女房(にょうばう)たち、(みや)のには、(みな)けしきある(おく)(もの)どもせさせたまうけり。さやうのこと、くはしければむつかし。 まことや、かのみものにょうばうたち、みやのには、みなけしきあるおくものどもせさせたまうけり。さやうのこと、くはしければむつかし。
241.5.1110587 ()()れにつけても、かやうのはかなき御遊(おほんあそ)びしげく、(こころ)をやりて()ぐしたまへば、さぶらふ(ひと)も、おのづからもの(おも)ひなき心地(ここち)してなむ、こなたかなたにも()こえ()はしたまふ。 れにつけても、かやうのはかなきおほんあそびしげく、こころをやりてぐしたまへば、さぶらふひとも、おのづからものおもひなきここちしてなん、こなたかなたにもこえはしたまふ。
24210688第二章 玉鬘の物語 初夏の六条院に求婚者たち多く集まる
242.110789第一段 玉鬘に恋人多く集まる
242.1.110890 西(にし)(たい)御方(おほんかた)は、かの踏歌(たふか)(をり)御対面(おほんたいめん)(のち)は、こなたにも()こえ()はしたまふ。(ふか)御心(みこころ)もちゐや、(あさ)くもいかにもあらむ、けしきいと(らう)あり、なつかしき(こころ)ばへと()えて、(ひと)心隔(こころへだ)つべくもものしたまはぬ(ひと)ざまなれば、いづ(かた)にも皆心寄(みなこころよ)せきこえたまへり。 にしたいおほんかたは、かのたふかをりおほんたいめんのちは、こなたにもこえはしたまふ。ふかみこころもちゐや、あさくもいかにもあらん、けしきいとらうあり、なつかしきこころばへとえて、ひとこころへだつべくもものしたまはぬひとざまなれば、いづかたにもみなこころよせきこえたまへり。
242.1.210991 ()こえたまふ(ひと)いとあまたものしたまふ。されど、大臣(おとど)、おぼろけに(おぼ)(さだ)むべくもあらず、わが御心(みこころ)にも、すくよかに(おや)がり()つまじき御心(みこころ)()ふらむ、「父大臣(ちちおとど)にも()らせやしてまし」など、(おぼ)()折々(をりをり)もあり。 こえたまふひといとあまたものしたまふ。されど、おとど、おぼろけにおぼさだむべくもあらず、わがみこころにも、すくよかにおやがりつまじきみこころふらん、"ちちおとどにもらせやしてまし。"など、おぼをりをりもあり。
242.1.311092 殿(との)中将(ちゅうじゃう)は、すこし気近(けぢか)く、御簾(みす)のもとなどにも()りて、御応(おほんいら)へみづからなどするも、(をんな)はつつましう(おぼ)せど、さるべきほどと(ひと)びとも()りきこえたれば、中将(ちゅうじゃう)はすくすくしくて(おも)ひも()らず。 とのちゅうじゃうは、すこしけぢかく、みすのもとなどにもりて、おほんいらへみづからなどするも、をんなはつつましうおぼせど、さるべきほどとひとびともりきこえたれば、ちゅうじゃうはすくすくしくておもひもらず。
242.1.411193 (うち)大殿(おほいどの)(きみ)たちは、この(きみ)()かれて、よろづにけしきばみ、わびありくを、その(かた)のあはれにはあらで、(した)心苦(こころぐる)しう、「まことの(おや)にさも()られたてまつりにしがな」と、人知(ひとし)れぬ(こころ)にかけたまへれど、さやうにも()らしきこえたまはず、ひとへにうちとけ(たの)みきこえたまふ(こころ)むけなど、らうたげに(わか)やかなり。()るとはなけれど、なほ母君(ははぎみ)のけはひにいとよくおぼえて、これはかどめいたるところぞ()ひたる。 うちおほいどのきみたちは、このきみかれて、よろづにけしきばみ、わびありくを、そのかたのあはれにはあらで、したこころぐるしう、"まことのおやにさもられたてまつりにしがな。"と、ひとしれぬこころにかけたまへれど、さやうにもらしきこえたまはず、ひとへにうちとけたのみきこえたまふこころむけなど、らうたげにわかやかなり。るとはなけれど、なほははぎみのけはひにいとよくおぼえて、これはかどめいたるところぞひたる。
242.211294第二段 玉鬘へ求婚者たちの恋文
242.2.111395 更衣(ころもがへ)(いま)めかしう(あらた)まれるころほひ、(そら)のけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづの御遊(おほんあそ)びにて()ぐしたまふに、(たい)御方(おほんかた)に、(ひと)びとの御文(おほんふみ)しげくなりゆくを、「(おも)ひしこと」とをかしう(おぼ)いて、ともすれば(わた)りたまひつつ御覧(ごらん)じ、さるべきには御返(おほんかへ)りそそのかしきこえたまひなどするを、うちとけず(くる)しいことに(おぼ)いたり。 ころもがへいまめかしうあらたまれるころほひ、そらのけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづのおほんあそびにてぐしたまふに、たいおほんかたに、ひとびとのおほんふみしげくなりゆくを、"おもひしこと。"とをかしうおぼいて、ともすればわたりたまひつつごらんじ、さるべきにはおほんかへりそそのかしきこえたまひなどするを、うちとけずくるしいことにおぼいたり。
242.2.211496 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)の、ほどなく()られがましきわびごとどもを()(あつ)めたまへる御文(おほんふみ)御覧(ごらん)じつけて、こまやかに(わら)ひたまふ。 ひゃうぶきゃうのみやの、ほどなくられがましきわびごとどもをあつめたまへるおほんふみごらんじつけて、こまやかにわらひたまふ。
242.2.311597 「はやうより(へだ)つることなう、あまたの親王(みこ)たちの御中(おほんなか)に、この(きみ)をなむ、かたみに()()きて(おも)ひしに、ただかやうの(すぢ)のことなむ、いみじう(へだ)(おも)うたまひてやみにしを、()(すゑ)に、かく()きたまへる(こころ)ばへを()るが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ、御返(おほんかへ)りなど()こえたまへ。すこしもゆゑあらむ(をんな)の、かの親王(みこ)よりほかに、また(こと)()()はすべき(ひと)こそ()におぼえね。いとけしきある(ひと)(おほん)さまぞや」 "はやうよりへだつることなう、あまたのみこたちのおほんなかに、このきみをなん、かたみにきておもひしに、ただかやうのすぢのことなん、いみじうへだおもうたまひてやみにしを、すゑに、かくきたまへるこころばへをるが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ、おほんかへりなどこえたまへ。すこしもゆゑあらんをんなの、かのみこよりほかに、またことはすべきひとこそにおぼえね。いとけしきあるひとおほんさまぞや。"
242.2.411698 と、(わか)(ひと)はめでたまひぬべく()こえ()らせたまへど、つつましくのみ(おぼ)いたり。 と、わかひとはめでたまひぬべくこえらせたまへど、つつましくのみおぼいたり。
242.2.511799 右大将(うだいしゃう)の、いとまめやかに、ことことしきさましたる(ひと)の、「(こひ)(やま)には孔子(くじ)()ふれ」まねびつべきけしきに(うれ)へたるも、さる(かた)にをかしと、皆見比(みなみくら)べたまふ(なか)に、(から)(はなだ)(かみ)の、いとなつかしう、しみ(ふか)(にほ)へるを、いと(ほそ)(ちひ)さく(むす)びたるあり。 うだいしゃうの、いとまめやかに、ことことしきさましたるひとの、"こひやまにはくじふれ"まねびつべきけしきにうれへたるも、さるかたにをかしと、みなみくらべたまふなかに、からはなだかみの、いとなつかしう、しみふかにほへるを、いとほそちひさくむすびたるあり。
242.2.6118100 「これは、いかなれば、かく(むす)ぼほれたるにか」 "これは、いかなれば、かくむすぼほれたるにか。"
242.2.7119101 とて、()()けたまへり。()いとをかしうて、 とて、けたまへり。いとをかしうて、
242.2.8120102 (おも)ふとも(きみ)()らじなわきかへり<BR/>岩漏(いはも)(みづ)(いろ)()えねば」 "〔おもふともきみらじなわきかへり<BR/>いはもみづいろえねば〕
242.2.9121103 ()きざま(いま)めかしうそぼれたり。 きざまいまめかしうそぼれたり。
242.2.10122104 「これはいかなるぞ」 "これはいかなるぞ。"
242.2.11123105 ()ひきこえたまへど、はかばかしうも()こえたまはず。 ひきこえたまへど、はかばかしうもこえたまはず。
242.3124106第三段 源氏、玉鬘の女房に教訓す
242.3.1125107 右近(うこん)()()でて、 うこんでて、
242.3.2126108 「かやうに(おと)づれきこえむ(ひと)をば、人選(ひとえ)りして、(いら)へなどはせさせよ。()()きしうあざれがましき(いま)やうの(ひと)の、便(びん)ないことし()でなどする、(をのこ)(とが)にしもあらぬことなり。 "かやうにおとづれきこえんひとをば、ひとえりして、いらへなどはせさせよ。きしうあざれがましきいまやうのひとの、びんないことしでなどする、をのことがにしもあらぬことなり。
242.3.3127109 (われ)にて(おも)ひしにも、あな(なさ)けな、(うら)めしうもと、その(をり)にこそ、無心(むじん)なるにや、もしはめざましかるべき(きは)は、けやけうなどもおぼえけれ、わざと(ふか)からで、花蝶(はなてふ)につけたる便(たよ)りごとは、(こころ)ねたうもてないたる、なかなか心立(こころた)つやうにもあり。また、さて(わす)れぬるは、(なに)(とが)かはあらむ。 われにておもひしにも、あななさけな、うらめしうもと、そのをりにこそ、むじんなるにや、もしはめざましかるべききはは、けやけうなどもおぼえけれ、わざとふかからで、はなてふにつけたるたよりごとは、こころねたうもてないたる、なかなかこころたつやうにもあり。また、さてわすれぬるは、なにとがかはあらん。
242.3.4128110 ものの便(たよ)りばかりのなほざりごとに、口疾(くちと)心得(こころえ)たるも、さらでありぬべかりける、(のち)(なん)とありぬべきわざなり。すべて、(をんな)のものづつみせず、(こころ)のままに、もののあはれも()(がほ)つくり、をかしきことをも見知(みし)らむなむ、その()もりあぢきなかるべきを、(みや)大将(だいしゃう)は、おほなおほななほざりごとをうち()でたまふべきにもあらず、またあまりもののほど()らぬやうならむも、(おほん)ありさまに(たが)へり。 もののたよりばかりのなほざりごとに、くちとこころえたるも、さらでありぬべかりける、のちなんとありぬべきわざなり。すべて、をんなのものづつみせず、こころのままに、もののあはれもがほつくり、をかしきことをもみしらんなん、そのもりあぢきなかるべきを、みやだいしゃうは、おほなおほななほざりごとをうちでたまふべきにもあらず、またあまりもののほどらぬやうならんも、おほんありさまにたがへり。
242.3.5129111 その(きは)より(しも)は、(こころ)ざしのおもむきに(したが)ひて、あはれをも()きたまへ。(らう)をも(かぞ)へたまへ」 そのきはよりしもは、こころざしのおもむきにしたがひて、あはれをもきたまへ。らうをもかぞへたまへ。"
242.3.6130112 など()こえたまへば、(きみ)はうち(そむ)きておはする、側目(そばめ)いとをかしげなり。撫子(なでしこ)細長(ほそなが)に、このころの(はな)(いろ)なる御小袿(おほんこうちき)、あはひ気近(けぢか)(いま)めきて、もてなしなども、さはいへど、田舎(ゐなか)びたまへりし名残(なごり)こそ、ただありに、おほどかなる(かた)にのみは()えたまひけれ、(ひと)のありさまをも見知(みし)りたまふままに、いとさまよう、なよびかに、化粧(けさう)なども、(こころ)してもてつけたまへれば、いとど()かぬところなく、はなやかにうつくしげなり。他人(ことびと)()なさむは、いと口惜(くちを)しかべう(おぼ)さる。 などこえたまへば、きみはうちそむきておはする、そばめいとをかしげなり。なでしこほそながに、このころのはないろなるおほんこうちき、あはひけぢかいまめきて、もてなしなども、さはいへど、ゐなかびたまへりしなごりこそ、ただありに、おほどかなるかたにのみはえたまひけれ、ひとのありさまをもみしりたまふままに、いとさまよう、なよびかに、けさうなども、こころしてもてつけたまへれば、いとどかぬところなく、はなやかにうつくしげなり。ことびとなさんは、いとくちをしかべうおぼさる。
242.4131113第四段 右近の感想
242.4.1132114 右近(うこん)も、うち()みつつ()たてまつりて、「(おや)()こえむには、()げなう(わか)くおはしますめり。さし(なら)びたまへらむはしも、あはひめでたしかし」と、(おも)ひゐたり。 うこんも、うちみつつたてまつりて、"おやこえんには、げなうわかくおはしますめり。さしならびたまへらんはしも、あはひめでたしかし。"と、おもひゐたり。
242.4.2133115 「さらに(ひと)御消息(おほんせうそこ)などは、()こえ(つた)ふることはべらず。先々(さきざき)()ろしめし御覧(ごらん)じたる()つ、()つは、()(かへ)し、はしたなめきこえむもいかがとて、御文(おほんふみ)ばかり()()れなどしはべるめれど、御返(おほんかへ)りは、さらに。()こえさせたまふ(をり)ばかりなむ。それをだに、(くる)しいことに(おぼ)いたる」 "さらにひとおほんせうそこなどは、こえつたふることはべらず。さきざきろしめしごらんじたるつ、つは、かへし、はしたなめきこえんもいかがとて、おほんふみばかりれなどしはべるめれど、おほんかへりは、さらに。こえさせたまふをりばかりなん。それをだに、くるしいことにおぼいたる。"
242.4.3134116 ()こゆ。 こゆ。
242.4.4135117 「さて、この(わか)やかに(むす)ぼほれたるは()がぞ。いといたう()いたるけしきかな」 "さて、このわかやかにむすぼほれたるはがぞ。いといたういたるけしきかな。"
242.4.5136118 と、ほほ()みて御覧(ごらん)ずれば、 と、ほほみてごらんずれば、
242.4.6137119 「かれは、執念(しふね)うとどめてまかりにけるにこそ。(うち)大殿(おほいどの)中将(ちゅうじゃう)の、このさぶらふみるこをぞ、もとより見知(みし)りたまへりける、(つた)へにてはべりける。また見入(みい)るる(ひと)もはべらざりしにこそ」 "かれは、しふねうとどめてまかりにけるにこそ。うちおほいどのちゅうじゃうの、このさぶらふみるこをぞ、もとよりみしりたまへりける、つたへにてはべりける。またみいるるひともはべらざりしにこそ。"
242.4.7138120 ()こゆれば、 こゆれば、
242.4.8139121 「いとらうたきことかな。下臈(げらう)なりとも、かの(ぬし)たちをば、いかがいとさははしたなめむ。公卿(くぎゃう)といへど、この(ひと)のおぼえに、かならずしも(なら)ぶまじきこそ(おほ)かれ。さるなかにも、いとしづまりたる(ひと)なり。おのづから(おも)ひあはする()もこそあれ。掲焉(けちえん)にはあらでこそ、()(まぎ)らはさめ。見所(みどころ)ある文書(ふみが)きかな」 "いとらうたきことかな。げらうなりとも、かのぬしたちをば、いかがいとさははしたなめん。くぎゃうといへど、このひとのおぼえに、かならずしもならぶまじきこそおほかれ。さるなかにも、いとしづまりたるひとなり。おのづからおもひあはするもこそあれ。けちえんにはあらでこそ、まぎらはさめ。みどころあるふみがきかな。"
242.4.9140122 など、とみにもうち()きたまはず。 など、とみにもうちきたまはず。
242.5141123第五段 源氏、求婚者たちを批評
242.5.1142124 「かう(なに)やかやと()こゆるをも、(おぼ)すところやあらむと、ややましきを、かの大臣(おとど)()られたてまつりたまはむことも、まだ若々(わかわか)しう(なに)となきほどに、ここら年経(としへ)たまへる御仲(おほんなか)にさし()でたまはむことは、いかがと(おも)ひめぐらしはべる。なほ()(ひと)のあめる(かた)(さだ)まりてこそは、(ひと)びとしう、さるべきついでもものしたまはめと(おも)ふを。 "かうなにやかやとこゆるをも、おぼすところやあらんと、ややましきを、かのおとどられたてまつりたまはんことも、まだわかわかしうなにとなきほどに、ここらとしへたまへるおほんなかにさしでたまはんことは、いかがとおもひめぐらしはべる。なほひとのあめるかたさだまりてこそは、ひとびとしう、さるべきついでもものしたまはめとおもふを。
242.5.2143125 (みや)は、(ひと)りものしたまふやうなれど、人柄(ひとがら)いといたうあだめいて、(かよ)ひたまふ(ところ)あまた()こえ、召人(めしうど)とか、(にく)げなる()のりする(ひと)どもなむ、(かず)あまた()こゆる。 みやは、ひとりものしたまふやうなれど、ひとがらいといたうあだめいて、かよひたまふところあまたこえ、めしうどとか、にくげなるのりするひとどもなん、かずあまたこゆる。
242.5.3144126 さやうならむことは、(にく)げなうて見直(みなほ)いたまはむ(ひと)は、いとようなだらかにもて()ちてむ。すこし(こころ)(くせ)ありては、(ひと)()かれぬべきことなむ、おのづから()()ぬべきを、その御心(みこころ)づかひなむあべき。 さやうならんことは、にくげなうてみなほいたまはんひとは、いとようなだらかにもてちてん。すこしこころくせありては、ひとかれぬべきことなん、おのづからぬべきを、そのみこころづかひなんあべき。
242.5.4145127 大将(だいしゃう)は、年経(としへ)たる(ひと)の、いたうねび()ぎたるを、(いと)ひがてにと(もと)むなれど、それも(ひと)びとわづらはしがるなり。さもあべいことなれば、さまざまになむ、人知(ひとし)れず(おも)(さだ)めかねはべる。 だいしゃうは、としへたるひとの、いたうねびぎたるを、いとひがてにともとむなれど、それもひとびとわづらはしがるなり。さもあべいことなれば、さまざまになん、ひとしれずおもさだめかねはべる。
242.5.5146128 かうざまのことは、(おや)などにも、さはやかに、わが(おも)ふさまとて、(かた)()でがたきことなれど、さばかりの御齢(おほんよはひ)にもあらず。(いま)は、などか(なに)ごとをも御心(みこころ)()いたまはざらむ。まろを、(むかし)ざまになずらへて、母君(ははぎみ)(おも)ひないたまへ。御心(みこころ)()かざらむことは、心苦(こころぐる)しく」 かうざまのことは、おやなどにも、さはやかに、わがおもふさまとて、かたでがたきことなれど、さばかりのおほんよはひにもあらず。いまは、などかなにごとをもみこころいたまはざらん。まろを、むかしざまになずらへて、ははぎみおもひないたまへ。みこころかざらんことは、こころぐるしく。"
242.5.6147129 など、いとまめやかにて()こえたまへば、(くる)しうて、御応(おほんいら)()こえむともおぼえたまはず。いと若々(わかわか)しきもうたておぼえて、 など、いとまめやかにてこえたまへば、くるしうて、おほんいらこえんともおぼえたまはず。いとわかわかしきもうたておぼえて、
242.5.7148130 (なに)ごとも(おも)()りはべらざりけるほどより、(おや)などは()ぬものにならひはべりて、ともかくも(おも)うたまへられずなむ」 "なにごともおもりはべらざりけるほどより、おやなどはぬものにならひはべりて、ともかくもおもうたまへられずなん。"
242.5.8149131 と、()こえたまふさまのいとおいらかなれば、げにと(おぼ)いて、 と、こえたまふさまのいとおいらかなれば、げにとおぼいて、
242.5.9150132 「さらば()のたとひの、(のち)(おや)をそれと(おぼ)いて、おろかならぬ(こころ)ざしのほども、()あらはし()てたまひてむや」 "さらばのたとひの、のちおやをそれとおぼいて、おろかならぬこころざしのほども、あらはしてたまひてんや。"
242.5.10151133 など、うち(かた)らひたまふ。(おぼ)すさまのことは、まばゆければ、えうち()でたまはず。けしきある言葉(ことば)時々混(ときどきま)ぜたまへど、見知(みし)らぬさまなれば、すずろにうち(なげ)かれて(わた)りたまふ。 など、うちかたらひたまふ。おぼすさまのことは、まばゆければ、えうちでたまはず。けしきあることばときどきまぜたまへど、みしらぬさまなれば、すずろにうちなげかれてわたりたまふ。
243152134第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語
243.1153135第一段 源氏、玉鬘と和歌を贈答
243.1.1154136 御前近(おまへちか)呉竹(くれたけ)の、いと(わか)やかに()ひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、()ちとまりたまうて、 おまへちかくれたけの、いとわかやかにひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、ちとまりたまうて、
243.1.2155137 「ませのうちに根深(ねぶか)()ゑし(たけ)()の<BR/>おのが世々(よよ)にや()ひわかるべき "〔ませのうちにねぶかゑしたけの<BR/>おのがよよにやひわかるべき
243.1.3156138 (おも)へば(うら)めしかべいことぞかし」 おもへばうらめしかべいことぞかし。"
243.1.4157139 と、御簾(みす)()()げて()こえたまへば、ゐざり()でて、 と、みすげてこえたまへば、ゐざりでて、
243.1.5158140 (いま)さらにいかならむ()若竹(わかたけ)の<BR/>()(はじ)めけむ()をば(たづ)ねむ "〔いまさらにいかならんわかたけの<BR/>はじめけんをばたづねん
243.1.6159141 なかなかにこそはべらめ」 なかなかにこそはべらめ。"
243.1.7160142 ()こえたまふを、いとあはれと(おぼ)しけり。さるは、(こころ)のうちにはさも(おも)はずかし。いかならむ折聞(をりき)こえ()でむとすらむと、(こころ)もとなくあはれなれど、この大臣(おとど)御心(みこころ)ばへのいとありがたきを、 こえたまふを、いとあはれとおぼしけり。さるは、こころのうちにはさもおもはずかし。いかならんをりきこえでんとすらんと、こころもとなくあはれなれど、このおとどみこころばへのいとありがたきを、
243.1.8161143 (おや)()こゆとも、もとより見馴(みな)れたまはぬは、えかうしもこまやかならずや」 "おやこゆとも、もとよりみなれたまはぬは、えかうしもこまやかならずや。"
243.1.9162144 と、昔物語(むかしものがたり)()たまふにも、やうやう(ひと)のありさま、()(なか)のあるやうを見知(みし)りたまへば、いとつつましう、(こころ)()られたてまつらむことはかたかるべう、(おぼ)す。 と、むかしものがたりたまふにも、やうやうひとのありさま、なかのあるやうをみしりたまへば、いとつつましう、こころられたてまつらんことはかたかるべう、おぼす。
243.2163145第二段 源氏、紫の上に玉鬘を語る
243.2.1164146 殿(との)は、いとどらうたしと(おも)ひきこえたまふ。(うへ)にも(かた)(まう)したまふ。 とのは、いとどらうたしとおもひきこえたまふ。うへにもかたまうしたまふ。
243.2.2165147 「あやしうなつかしき(ひと)のありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。この(きみ)は、もののありさまも見知(みし)りぬべく、気近(けぢか)(こころ)ざま()ひて、うしろめたからずこそ()ゆれ」 "あやしうなつかしきひとのありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。このきみは、もののありさまもみしりぬべく、けぢかこころざまひて、うしろめたからずこそゆれ。"
243.2.3166148 など、ほめたまふ。ただにしも(おぼ)すまじき御心(みこころ)ざまを見知(みし)りたまへれば、(おぼ)()りて、 など、ほめたまふ。ただにしもおぼすまじきみこころざまをみしりたまへれば、おぼりて、
243.2.4167149 「ものの心得(こころえ)つべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ、(たの)みきこえたまふらむこそ、心苦(こころぐる)しけれ」 "もののこころえつべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ、たのみきこえたまふらんこそ、こころぐるしけれ。"
243.2.5168150 とのたまへば、 とのたまへば、
243.2.6169151 「など、(たの)もしげなくやはあるべき」 "など、たのもしげなくやはあるべき。"
243.2.7170152 ()こえたまへば、 こえたまへば、
243.2.8171153 「いでや、われにても、また(しの)びがたう、もの(おも)はしき折々(をりをり)ありし御心(みこころ)ざまの、(おも)()でらるるふしぶしなくやは」 "いでや、われにても、またしのびがたう、ものおもはしきをりをりありしみこころざまの、おもでらるるふしぶしなくやは。"
243.2.9172154 と、ほほ()みて()こえたまへば、「あな、心疾(こころと)」とおぼいて、 と、ほほみてこえたまへば、"あな、こころと'。"とおぼいて、
243.2.10173155 「うたても(おぼ)()るかな。いと見知(みし)らずしもあらじ」 "うたてもおぼるかな。いとみしらずしもあらじ。"
243.2.11174156 とて、わづらはしければ、のたまひさして、(こころ)のうちに、「(ひと)のかう()(はか)りたまふにも、いかがはあべからむ」と(おぼ)(みだ)れ、かつは、ひがひがしう、けしからぬ()(こころ)のほども、(おも)()られたまうけり。 とて、わづらはしければ、のたまひさして、こころのうちに、"ひとのかうはかりたまふにも、いかがはあべからん。"とおぼみだれ、かつは、ひがひがしう、けしからぬこころのほども、おもられたまうけり。
243.2.12175157 (こころ)にかかれるままに、しばしば(わた)りたまひつつ()たてまつりたまふ。 こころにかかれるままに、しばしばわたりたまひつつたてまつりたまふ。
243.3176158第三段 源氏、玉鬘を訪問し恋情を訴える
243.3.1177159 (あめ)のうち()りたる名残(なごり)の、いとものしめやかなる(ゆふ)(かた)御前(おまへ)若楓(わかかえで)柏木(かしはぎ)などの、(あを)やかに(しげ)りあひたるが、(なに)となく心地(ここち)よげなる(そら)()()したまひて、 あめのうちりたるなごりの、いとものしめやかなるゆふかたおまへわかかえでかしはぎなどの、あをやかにしげりあひたるが、なにとなくここちよげなるそらしたまひて、
243.3.2178160 ()してまた(きよ)し」 "〔してまたきよし〕
243.3.3179161 とうち(じゅ)じたまうて、まづ、この姫君(ひめぎみ)(おほん)さまの、(にほ)ひやかげさを(おぼ)()でられて、(れい)の、(しの)びやかに(わた)りたまへり。 とうちじゅじたまうて、まづ、このひめぎみおほんさまの、にほひやかげさをおぼでられて、れいの、しのびやかにわたりたまへり。
243.3.4180162 手習(てならひ)などして、うちとけたまへりけるを、()()がりたまひて、()ぢらひたまへる(かほ)(いろ)あひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふと昔思(むかしおぼ)()でらるるにも、(しの)びがたくて、 てならひなどして、うちとけたまへりけるを、がりたまひて、ぢらひたまへるかほいろあひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふとむかしおぼでらるるにも、しのびがたくて、
243.3.5181163 ()そめたてまつりしは、いとかうしもおぼえたまはずと(おも)ひしを、あやしう、ただそれかと(おも)ひまがへらるる折々(をりをり)こそあれ。あはれなるわざなりけり。中将(ちゅうじゃう)の、さらに(むかし)ざまの(にほ)ひにも()えぬならひに、さしも()ぬものと(おも)ふに、かかる(ひと)もものしたまうけるよ」 "そめたてまつりしは、いとかうしもおぼえたまはずとおもひしを、あやしう、ただそれかとおもひまがへらるるをりをりこそあれ。あはれなるわざなりけり。ちゅうじゃうの、さらにむかしざまのにほひにもえぬならひに、さしもぬものとおもふに、かかるひともものしたまうけるよ。"
243.3.6182164 とて、(なみだ)ぐみたまへり。(はこ)(ふた)なる御果物(おほんくだもの)(なか)に、(たちばな)のあるをまさぐりて、 とて、なみだぐみたまへり。はこふたなるおほんくだものなかに、たちばなのあるをまさぐりて、
243.3.7183165 (たちばな)(かを)りし(そで)によそふれば<BR/>()はれる()とも(おも)ほえぬかな "〔たちばなかをりしそでによそふれば<BR/>はれるともおもほえぬかな
243.3.8184166 ()とともの(こころ)にかけて(わす)れがたきに、(なぐさ)むことなくて()ぎつる(とし)ごろを、かくて()たてまつるは、(ゆめ)にやとのみ(おも)ひなすを、なほえこそ(しの)ぶまじけれ。(おぼ)(うと)むなよ」 ととものこころにかけてわすれがたきに、なぐさむことなくてぎつるとしごろを、かくてたてまつるは、ゆめにやとのみおもひなすを、なほえこそしのぶまじけれ。おぼうとむなよ。"
243.3.9185167 とて、御手(おほんて)をとらへたまへれば、(をんな)、かやうにもならひたまはざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものしたまふ。 とて、おほんてをとらへたまへれば、をんな、かやうにもならひたまはざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものしたまふ。
243.3.10186168 (そで)()をよそふるからに(たちばな)の<BR/>()さへはかなくなりもこそすれ」 "〔そでをよそふるからにたちばなの<BR/>さへはかなくなりもこそすれ〕
243.3.11187169 むつかしと(おも)ひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、()つきのつぶつぶと()えたまへる、()なり、(はだ)つきのこまやかにうつくしげなるに、なかなかなるもの(おも)()心地(ここち)したまて、今日(けふ)はすこし(おも)ふこと()こえ()らせたまひける。 むつかしとおもひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、つきのつぶつぶとえたまへる、なり、はだつきのこまやかにうつくしげなるに、なかなかなるものおもここちしたまて、けふはすこしおもふことこえらせたまひける。
243.3.12188170 (をんな)は、心憂(こころう)く、いかにせむとおぼえて、わななかるけしきもしるけれど、 をんなは、こころうく、いかにせんとおぼえて、わななかるけしきもしるけれど、
243.3.13189171 (なに)か、かく(うと)ましとは(おぼ)いたる。いとよくも(かく)して、(ひと)(とが)めらるべくもあらぬ(こころ)のほどぞよ。さりげなくてをもて(かく)したまへ。(あさ)くも(おも)ひきこえさせぬ(こころ)ざしに、また()ふべければ、()にたぐひあるまじき心地(ここち)なむするを、この(おと)づれきこゆる(ひと)びとには、(おぼ)()とすべくやはある。いとかう(ふか)(こころ)ある(ひと)は、()にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ」 "なにか、かくうとましとはおぼいたる。いとよくもかくして、ひととがめらるべくもあらぬこころのほどぞよ。さりげなくてをもてかくしたまへ。あさくもおもひきこえさせぬこころざしに、またふべければ、にたぐひあるまじきここちなんするを、このおとづれきこゆるひとびとには、おぼとすべくやはある。いとかうふかこころあるひとは、にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ。"
243.3.14190172 とのたまふ。いとさかしらなる御親心(おほんおやごころ)なりかし。 とのたまふ。いとさかしらなるおほんおやごころなりかし。
243.4191173第四段 源氏、自制して帰る
243.4.1192174 (あめ)はやみて、(かぜ)(たけ)()るほど、はなやかにさし()でたる月影(つきかげ)、をかしき()のさまもしめやかなるに、(ひと)びとは、こまやかなる御物語(おほんものがたり)にかしこまりおきて、気近(けぢか)くもさぶらはず。 あめはやみて、かぜたけるほど、はなやかにさしでたるつきかげ、をかしきのさまもしめやかなるに、ひとびとは、こまやかなるおほんものがたりにかしこまりおきて、けぢかくもさぶらはず。
243.4.2193175 (つね)()たてまつりたまふ御仲(おほんなか)なれど、かくよき(をり)しもありがたければ、(こと)()でたまへるついでの、(おほん)ひたぶる(こころ)にや、なつかしいほどなる御衣(おほんぞ)どものけはひは、いとよう(まぎ)らはしすべしたまひて、(ちか)やかに()したまへば、いと心憂(こころう)く、(ひと)(おも)はむこともめづらかに、いみじうおぼゆ。 つねたてまつりたまふおほんなかなれど、かくよきをりしもありがたければ、ことでたまへるついでの、おほんひたぶるこころにや、なつかしいほどなるおほんぞどものけはひは、いとようまぎらはしすべしたまひて、ちかやかにしたまへば、いとこころうく、ひとおもはんこともめづらかに、いみじうおぼゆ。
243.4.3194176 「まことの(おや)(おほん)あたりならましかば、おろかには見放(みはな)ちたまふとも、かくざまの()きことはあらましや」と(かな)しきに、つつむとすれどこぼれ()でつつ、いと心苦(こころぐる)しき()けしきなれば、 "まことのおやおほんあたりならましかば、おろかにはみはなちたまふとも、かくざまのきことはあらましや。"とかなしきに、つつむとすれどこぼれでつつ、いとこころぐるしきけしきなれば、
243.4.4195177 「かう(おぼ)すこそつらけれ。もて(はな)()らぬ(ひと)だに、()のことわりにて、皆許(みなゆる)すわざなめるを、かく年経(としへ)ぬる(むつ)ましさに、かばかり()えたてまつるや、(なに)(うと)ましかるべきぞ。これよりあながちなる(こころ)は、よも()せたてまつらじ。おぼろけに(しの)ぶるにあまるほどを、(なぐさ)むるぞや」 "かうおぼすこそつらけれ。もてはならぬひとだに、のことわりにて、みなゆるすわざなめるを、かくとしへぬるむつましさに、かばかりえたてまつるや、なにうとましかるべきぞ。これよりあながちなるこころは、よもせたてまつらじ。おぼろけにしのぶるにあまるほどを、なぐさむるぞや。"
243.4.5196178 とて、あはれげになつかしう()こえたまふこと(おほ)かり。まして、かやうなるけはひは、ただ(むかし)心地(ここち)して、いみじうあはれなり。 とて、あはれげになつかしうこえたまふことおほかり。まして、かやうなるけはひは、ただむかしここちして、いみじうあはれなり。
243.4.6197179 わが御心(みこころ)ながらも、「ゆくりかにあはつけきこと」と(おぼ)()らるれば、いとよく(おぼ)(かへ)しつつ、(ひと)もあやしと(おも)ふべければ、いたう()()かさで()でたまひぬ。 わがみこころながらも、"ゆくりかにあはつけきこと"とおぼらるれば、いとよくおぼかへしつつ、ひともあやしとおもふべければ、いたうかさででたまひぬ。
243.4.7198180 (おも)(うと)みたまはば、いと心憂(こころう)くこそあるべけれ。よその(ひと)は、かうほれぼれしうはあらぬものぞよ。(かぎ)りなく、そこひ()らぬ(こころ)ざしなれば、(ひと)(とが)むべきさまにはよもあらじ。ただ昔恋(むかしこひ)しき(なぐさ)めに、はかなきことをも()こえむ。(おな)(こころ)(いら)へなどしたまへ」 "おもうとみたまはば、いとこころうくこそあるべけれ。よそのひとは、かうほれぼれしうはあらぬものぞよ。かぎりなく、そこひらぬこころざしなれば、ひととがむべきさまにはよもあらじ。ただむかしこひしきなぐさめに、はかなきことをもこえん。おなこころいらへなどしたまへ。"
243.4.8199181 と、いとこまかに()こえたまへど、(われ)にもあらぬさまして、いといと()しと(おぼ)いたれば、 と、いとこまかにこえたまへど、われにもあらぬさまして、いといとしとおぼいたれば、
243.4.9200182 「いとさばかりには()たてまつらぬ御心(みこころ)ばへを、いとこよなくも(にく)みたまふべかめるかな」 "いとさばかりにはたてまつらぬみこころばへを、いとこよなくもにくみたまふべかめるかな。"
243.4.10201183 (なげ)きたまひて、 なげきたまひて、
243.4.11202184 「ゆめ、けしきなくてを」 "ゆめ、けしきなくてを。"
243.4.12203185 とて、()でたまひぬ。 とて、でたまひぬ。
243.4.13204186 女君(をんなぎみ)も、御年(おほんとし)こそ()ぐしたまひにたるほどなれ、()(なか)()りたまはぬなかにも、すこしうち世馴(よな)れたる(ひと)のありさまをだに見知(みし)りたまはねば、これより気近(けぢか)きさまにも(おぼ)()らず、「(おも)ひの(ほか)にもありける()かな」と、(なげ)かしきに、いとけしきも()しければ、(ひと)びと、御心地悩(みここちなや)ましげに()えたまふと、もて(なや)みきこゆ。 をんなぎみも、おほんとしこそぐしたまひにたるほどなれ、なかりたまはぬなかにも、すこしうちよなれたるひとのありさまをだにみしりたまはねば、これよりけぢかきさまにもおぼらず、"おもひのほかにもありけるかな。"と、なげかしきに、いとけしきもしければ、ひとびと、みここちなやましげにえたまふと、もてなやみきこゆ。
243.4.14205187 殿(との)()けしきの、こまやかに、かたじけなくもおはしますかな。まことの御親(おほんおや)()こゆとも、さらにかばかり(おぼ)()らぬことなくは、もてなしきこえたまはじ」 "とのけしきの、こまやかに、かたじけなくもおはしますかな。まことのおほんおやこゆとも、さらにかばかりおぼらぬことなくは、もてなしきこえたまはじ。"
243.4.15206188 など、兵部(ひゃうぶ)なども、(しの)びて()こゆるにつけて、いとど(おも)はずに、(こころ)づきなき御心(みこころ)のありさまを、(うと)ましう(おも)()てたまふにも、()心憂(こころう)かりける。 など、ひゃうぶなども、しのびてこゆるにつけて、いとどおもはずに、こころづきなきみこころのありさまを、うとましうおもてたまふにも、こころうかりける。
243.5207189第五段 苦悩する玉鬘
243.5.1208190 またの(あした)御文(おほんふみ)とくあり。(なや)ましがりて()したまへれど、(ひと)びと御硯(おほんすずり)など(まゐ)りて、「御返(おほんかへ)りとく」と()こゆれば、しぶしぶに()たまふ。(しろ)(かみ)の、うはべはおいらかに、すくすくしきに、いとめでたう()いたまへり。 またのあしたおほんふみとくあり。なやましがりてしたまへれど、ひとびとおほんすずりなどまゐりて、"おほんかへりとく。"とこゆれば、しぶしぶにたまふ。しろかみの、うはべはおいらかに、すくすくしきに、いとめでたういたまへり。
243.5.2209191 「たぐひなかりし()けしきこそ、つらきしも(わす)れがたう。いかに人見(ひとみ)たてまつりけむ。 "たぐひなかりしけしきこそ、つらきしもわすれがたう。いかにひとみたてまつりけん。
243.5.3210192 うちとけて()()ぬものを若草(わかくさ)の<BR/>ことあり(がほ)にむすぼほるらむ うちとけてぬものをわかくさの<BR/>ことありがほにむすぼほるらん
243.5.4211193 (をさな)くこそものしたまひけれ」 をさなくこそものしたまひけれ。"
243.5.5212194 と、さすがに(おや)がりたる御言葉(おほんことば)も、いと(にく)しと()たまひて、御返(おほんかへ)事聞(ごとき)こえざらむも、人目(ひとめ)あやしければ、ふくよかなる陸奥紙(みちのくにがみ)に、ただ、 と、さすがにおやがりたるおほんことばも、いとにくしとたまひて、おほんかへごときこえざらんも、ひとめあやしければ、ふくよかなるみちのくにがみに、ただ、
243.5.6213195 「うけたまはりぬ。(みだ)心地(ごこち)()しうはべれば、()こえさせぬ」 "うけたまはりぬ。みだごこちしうはべれば、こえさせぬ。"
243.5.7214196 とのみあるに、「かやうのけしきは、さすがにすくよかなり」とほほ()みて、(うら)みどころある心地(ここち)したまふ、うたてある(こころ)かな。 とのみあるに、"かやうのけしきは、さすがにすくよかなり。"とほほみて、うらみどころあるここちしたまふ、うたてあるこころかな。
243.5.8215197 (いろ)()でたまひてのちは、「太田(おほた)(まつ)の」と(おも)はせたることなく、むつかしう()こえたまふこと(おほ)かれば、いとど所狭(ところせ)心地(ここち)して、おきどころなきもの(おも)ひつきて、いと(なや)ましうさへしたまふ。 いろでたまひてのちは、〔おほたまつの〕とおもはせたることなく、むつかしうこえたまふことおほかれば、いとどところせここちして、おきどころなきものおもひつきて、いとなやましうさへしたまふ。
243.5.9216198 かくて、ことの心知(こころし)(ひと)(すく)なうて、(うと)きも(した)しきも、むげの(おや)ざまに(おも)ひきこえたるを、 かくて、ことのこころしひとすくなうて、うときもしたしきも、むげのおやざまにおもひきこえたるを、
243.5.10217199 「かうやうのけしきの()()でば、いみじう人笑(ひとわら)はれに、()()にもあるべきかな。父大臣(ちちおとど)などの(たづ)()りたまふにても、まめまめしき御心(みこころ)ばへにもあらざらむものから、ましていとあはつけう、()()(おぼ)さむこと」 "かうやうのけしきのでば、いみじうひとわらはれに、にもあるべきかな。ちちおとどなどのたづりたまふにても、まめまめしきみこころばへにもあらざらんものから、ましていとあはつけう、おぼさんこと。"
243.5.11218200 と、よろづにやすげなう(おぼ)(みだ)る。 と、よろづにやすげなうおぼみだる。
243.5.12219201 (みや)大将(だいしゃう)などは、殿(との)()けしき、もて(はな)れぬさまに(つた)()きたまうて、いとねむごろに()こえたまふ。この岩漏(いはも)中将(ちゅうじゃう)も、大臣(おとど)御許(おほんゆる)しを()てこそ、かたよりにほの()きて、まことの(すぢ)をば()らず、ただひとへにうれしくて、おりたち(うら)みきこえまどひありくめり。 みやだいしゃうなどは、とのけしき、もてはなれぬさまにつたきたまうて、いとねんごろにこえたまふ。このいはもちゅうじゃうも、おとどおほんゆるしをてこそ、かたよりにほのきて、まことのすぢをばらず、ただひとへにうれしくて、おりたちうらみきこえまどひありくめり。