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27篝火
2713422第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語
271.13523第一段 近江君の世間の噂
271.1.13624 このごろ、()(ひと)言種(ことうさ)に、「(うち)大殿(おほいどの)今姫君(いまひめぎみ)」と、ことに()れつつ()()らすを、源氏(げんじ)大臣聞(おとどき)こしめして、 このごろ、ひとことうさに、"うちおほいどのいまひめぎみ"と、ことにれつつらすを、げんじおとどきこしめして、
271.1.23725 「ともあれ、かくもあれ、人見(ひとみ)るまじくて()もりゐたらむ女子(をんなご)を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし()でて、かく、(ひと)()せ、()(つた)へらるるこそ、心得(こころえ)ぬことなれ。いと際々(きはぎは)しうものしたまふあまりに、(ふか)(こころ)をも(たづ)ねずもて()でて、(こころ)にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」 "ともあれ、かくもあれ、ひとみるまじくてもりゐたらんをんなごを、なほざりのかことにても、さばかりにものめかしでて、かく、ひとせ、つたへらるるこそ、こころえぬことなれ。いときはぎはしうものしたまふあまりに、ふかこころをもたづねずもてでて、こころにもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ。"
271.1.33826 と、いとほしがりたまふ。 と、いとほしがりたまふ。
271.1.43927 かかるにつけても、「げによくこそと、(おや)()こえながらも、(とし)ごろの御心(みこころ)()りきこえず、()れたてまつらましに、()ぢがましきことやあらまし」と、(たい)姫君思(ひめぎみおぼ)()るを、右近(うこん)もいとよく()こえ()らせけり。 かかるにつけても、"げによくこそと、おやこえながらも、としごろのみこころりきこえず、れたてまつらましに、ぢがましきことやあらまし。"と、たいひめぎみおぼるを、うこんもいとよくこえらせけり。
271.1.54028 (にく)御心(みこころ)こそ()ひたれど、さりとて、御心(みこころ)のままに()したちてなどもてなしたまはず、いとど(ふか)御心(みこころ)のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。 にくみこころこそひたれど、さりとて、みこころのままにしたちてなどもてなしたまはず、いとどふかみこころのみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。
271.24129第二段 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう
271.2.14230 (あき)になりぬ。初風涼(はつかぜすず)しく()()でて、背子(せこ)(ころも)もうらさびしき心地(ここち)したまふに、(しの)びかねつつ、いとしばしば(わた)りたまひて、おはしまし()らし、御琴(おほんこと)なども(なら)はしきこえたまふ。 あきになりぬ。はつかぜすずしくでて、せこころももうらさびしきここちしたまふに、しのびかねつつ、いとしばしばわたりたまひて、おはしましらし、おほんことなどもならはしきこえたまふ。
271.2.24331 (いつか)六日(むゆか)夕月夜(ゆふづくよ)()()りて、すこし雲隠(くもがく)るるけしき、(おぎ)(おと)もやうやうあはれなるほどになりにけり。御琴(おほんこと)(まくら)にて、もろともに()()したまへり。かかる(たぐ)ひあらむやと、うち(なげ)きがちにて夜更(よふ)かしたまふも、(ひと)(とが)めたてまつらむことを(おぼ)せば、(わた)りたまひなむとて、御前(おまへ)篝火(かがりび)のすこし()えがたなるを、御供(おほんとも)なる右近(うこん)大夫(たいふ)()して、(とも)しつけさせたまふ。 いつかむゆかゆふづくよりて、すこしくもがくるるけしき、おぎおともやうやうあはれなるほどになりにけり。おほんことまくらにて、もろともにしたまへり。かかるたぐひあらんやと、うちなげきがちにてよふかしたまふも、ひととがめたてまつらんことをおぼせば、わたりたまひなんとて、おまへかがりびのすこしえがたなるを、おほんともなるうこんたいふして、ともしつけさせたまふ。
271.2.34433 いと(すず)しげなる遣水(やりみづ)のほとりに、けしきことに(ひろ)ごり()したる(まゆみ)()(した)に、打松(うちまつ)おどろおどろしからぬほどに()きて、さし退(しりぞ)きて(とも)したれば、御前(おまへ)(かた)は、いと(すず)しくをかしきほどなる(ひかり)に、(をんな)(おほん)さま()るにかひあり。御髪(みぐし)()あたりなど、いと(ひや)やかにあてはかなる心地(ここち)して、うちとけぬさまにものをつつましと(おぼ)したるけしき、いとらうたげなり。(かへ)()(おぼ)しやすらふ。 いとすずしげなるやりみづのほとりに、けしきことにひろごりしたるまゆみしたに、うちまつおどろおどろしからぬほどにきて、さししりぞきてともしたれば、おまへかたは、いとすずしくをかしきほどなるひかりに、をんなおほんさまるにかひあり。みぐしあたりなど、いとひややかにあてはかなるここちして、うちとけぬさまにものをつつましとおぼしたるけしき、いとらうたげなり。かへおぼしやすらふ。
271.2.44534 ()えず(ひと)さぶらひて、(とも)しつけよ。(なつ)(つき)なきほどは、(には)(ひかり)なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」 "えずひとさぶらひて、ともしつけよ。なつつきなきほどは、にはひかりなき、いとものむつかしく、おぼつかなしや。"
271.2.54635 とのたまふ。 とのたまふ。
271.2.64736 篝火(かがりび)にたちそふ(こひ)(けぶり)こそ<BR/>()には()えせぬ(ほのほ)なりけれ "〔かがりびにたちそふこひけぶりこそ<BR/>にはえせぬほのほなりけれ
271.2.74837 いつまでとかや。ふすぶるならでも、(くる)しき下燃(したも)えなりけり」 いつまでとかや。ふすぶるならでも、くるしきしたもえなりけり。"
271.2.84938 ()こえたまふ。女君(をんなぎみ)、「あやしのありさまや」と(おぼ)すに、 こえたまふ。をんなぎみ、"あやしのありさまや。"とおぼすに、
271.2.95039 行方(ゆくへ)なき(そら)()ちてよ篝火(かがりび)の<BR/>たよりにたぐふ(けぶり)とならば "〔ゆくへなきそらちてよかがりびの<BR/>たよりにたぐふけぶりとならば
271.2.105140 (ひと)のあやしと(おも)ひはべらむこと」 ひとのあやしとおもひはべらんこと。"
271.2.115241 とわびたまへば、「くはや」とて、()でたまふに、(ひんがし)(たい)(かた)に、おもしろき(ふえ)()(さう)()きあはせたり。 とわびたまへば、"くはや。"とて、でたまふに、ひんがしたいかたに、おもしろきふえさうきあはせたり。
271.2.125342 中将(ちゅうじゃう)の、(れい)のあたり(はな)れぬどち(あそ)ぶにぞあなる。頭中将(とうのちゅうじゃう)にこそあなれ。いとわざとも()きなる()かな」 "ちゅうじゃうの、れいのあたりはなれぬどちあそぶにぞあなる。とうのちゅうじゃうにこそあなれ。いとわざともきなるかな。"
271.2.135443 とて、()ちとまりたまふ。 とて、ちとまりたまふ。
271.35544第三段 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏
271.3.15645 御消息(おほんせうそこ)、「こなたになむ、いと影涼(かげすず)しき篝火(かがりび)に、とどめられてものする」 おほんせうそこ、"こなたになん、いとかげすずしきかがりびに、とどめられてものする。"
271.3.25746 とのたまへれば、うち()れて三人参(みたりまゐ)りたまへり。 とのたまへれば、うちれてみたりまゐりたまへり。
271.3.35847 (かぜ)音秋(おとあき)になりけりと、()こえつる(ふえ)()に、(しの)ばれでなむ」 "かぜおとあきになりけりと、こえつるふえに、しのばれでなん。"
271.3.45948 とて、御琴(おほんこと)ひき()でて、なつかしきほどに()きたまふ。源中将(げんのちゅうじゃう)は、「盤渉調(ばんしきでう)」にいとおもしろく()きたり。頭中将(とうのちゅうじゃう)(こころ)づかひして()だし()てがたうす。「(おそ)し」とあれば、弁少将(べんのせうしゃう)拍子打(ひゃうしう)()でて、(しの)びやかに(うた)(こゑ)鈴虫(すずむし)にまがひたり。二返(ふたかへ)りばかり(うた)はせたまひて、御琴(おほんこと)中将(ちゅうじゃう)(ゆづ)らせたまひつ。げに、かの父大臣(ちちおとど)御爪音(おほんつまおと)に、をさをさ(おと)らず、はなやかにおもしろし。 とて、おほんことひきでて、なつかしきほどにきたまふ。げんのちゅうじゃうは、〔ばんしきでう〕にいとおもしろくきたり。とうのちゅうじゃうこころづかひしてだしてがたうす。"おそし。"とあれば、べんのせうしゃうひゃうしうでて、しのびやかにうたこゑすずむしにまがひたり。ふたかへりばかりうたはせたまひて、おほんことちゅうじゃうゆづらせたまひつ。げに、かのちちおとどおほんつまおとに、をさをさおとらず、はなやかにおもしろし。
271.3.56049 御簾(みす)のうちに、(もの)音聞(ねき)()(ひと)ものしたまふらむかし。今宵(こよひ)は、(さかづき)など(こころ)してを。(さか)()ぎたる(ひと)は、()()きのついでに、(しの)ばぬこともこそ」 "みすのうちに、ものねきひとものしたまふらんかし。こよひは、さかづきなどこころしてを。さかぎたるひとは、きのついでに、しのばぬこともこそ。"
271.3.66150 とのたまへば、姫君(ひめぎみ)もげにあはれと()きたまふ。 とのたまへば、ひめぎみもげにあはれときたまふ。
271.3.76251 ()えせぬ(なか)御契(おほんちぎ)り、おろかなるまじきものなればにや、この(きみ)たちを人知(ひとし)れず()にも(みみ)にもとどめたまへど、かけてさだに(おも)()らず、この中将(ちゅうじゃう)は、(こころ)(かぎ)()くして、(おも)(すぢ)にぞ、かかるついでにも、え(しの)()つまじき心地(ここち)すれど、さまよくもてなして、をさをさ(こころ)とけても()きわたさず。 えせぬなかおほんちぎり、おろかなるまじきものなればにや、このきみたちをひとしれずにもみみにもとどめたまへど、かけてさだにおもらず、このちゅうじゃうは、こころかぎくして、おもすぢにぞ、かかるついでにも、えしのつまじきここちすれど、さまよくもてなして、をさをさこころとけてもきわたさず。