帖 | 章.段.行 | テキストLineNo | ローマ字LineNo | 本文 | ひらがな |
27 | 篝火 |
27 | 1 | 34 | 22 | 第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語 |
27 | 1.1 | 35 | 23 | 第一段 近江君の世間の噂 |
27 | 1.1.1 | 36 | 24 |
このごろ、世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、ことに触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こしめして、 |
このごろ、よのひとのことうさに、"うちのおほいどののいまひめぎみ"と、ことにふれつついひちらすを、げんじのおとどきこしめして、 |
27 | 1.1.2 | 37 | 25 |
「ともあれ、かくもあれ、人見るまじくて籠もりゐたらむ女子を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし出でて、かく、人に見せ、言ひ伝へらるるこそ、心得ぬことなれ。いと際々しうものしたまふあまりに、深き心をも尋ねずもて出でて、心にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」 |
"ともあれ、かくもあれ、ひとみるまじくてこもりゐたらんをんなごを、なほざりのかことにても、さばかりにものめかしいでて、かく、ひとにみせ、いひつたへらるるこそ、こころえぬことなれ。いときはぎはしうものしたまふあまりに、ふかきこころをもたづねずもていでて、こころにもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ。" |
27 | 1.1.3 | 38 | 26 |
と、いとほしがりたまふ。 |
と、いとほしがりたまふ。 |
27 | 1.1.4 | 39 | 27 |
かかるにつけても、「げによくこそと、親と聞こえながらも、年ごろの御心を知りきこえず、馴れたてまつらましに、恥ぢがましきことやあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞こえ知らせけり。 |
かかるにつけても、"げによくこそと、おやときこえながらも、としごろのみこころをしりきこえず、なれたてまつらましに、はぢがましきことやあらまし。"と、たいのひめぎみおぼししるを、うこんもいとよくきこえしらせけり。 |
27 | 1.1.5 | 40 | 28 |
憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。 |
にくきみこころこそそひたれど、さりとて、みこころのままにおしたちてなどもてなしたまはず、いとどふかきみこころのみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。 |
27 | 1.2 | 41 | 29 | 第二段 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう |
27 | 1.2.1 | 42 | 30 |
秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。 |
あきになりぬ。はつかぜすずしくふきいでて、せこがころももうらさびしきここちしたまふに、しのびかねつつ、いとしばしばわたりたまひて、おはしましくらし、おほんことなどもならはしきこえたまふ。 |
27 | 1.2.2 | 43 | 31 |
五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれなるほどになりにけり。御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。 |
いつか、むゆかのゆふづくよはとくいりて、すこしくもがくるるけしき、おぎのおともやうやうあはれなるほどになりにけり。おほんことをまくらにて、もろともにそひふしたまへり。かかるたぐひあらんやと、うちなげきがちにてよふかしたまふも、ひとのとがめたてまつらんことをおぼせば、わたりたまひなんとて、おまへのかがりびのすこしきえがたなるを、おほんともなるうこんのたいふをめして、ともしつけさせたまふ。 |
27 | 1.2.3 | 44 | 33 |
いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。 |
いとすずしげなるやりみづのほとりに、けしきことにひろごりふしたるまゆみのきのしたに、うちまつおどろおどろしからぬほどにおきて、さししりぞきてともしたれば、おまへのかたは、いとすずしくをかしきほどなるひかりに、をんなのおほんさまみるにかひあり。みぐしのてあたりなど、いとひややかにあてはかなるここちして、うちとけぬさまにものをつつましとおぼしたるけしき、いとらうたげなり。かへりうくおぼしやすらふ。 |
27 | 1.2.4 | 45 | 34 |
「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」 |
"たえずひとさぶらひて、ともしつけよ。なつのつきなきほどは、にはのひかりなき、いとものむつかしく、おぼつかなしや。" |
27 | 1.2.5 | 46 | 35 |
とのたまふ。 |
とのたまふ。 |
27 | 1.2.6 | 47 | 36 |
「篝火にたちそふ恋の煙こそ<BR/>世には絶えせぬ炎なりけれ |
"〔かがりびにたちそふこひのけぶりこそ<BR/>よにはたえせぬほのほなりけれ |
27 | 1.2.7 | 48 | 37 |
いつまでとかや。ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」 |
いつまでとかや。ふすぶるならでも、くるしきしたもえなりけり。" |
27 | 1.2.8 | 49 | 38 |
と聞こえたまふ。女君、「あやしのありさまや」と思すに、 |
ときこえたまふ。をんなぎみ、"あやしのありさまや。"とおぼすに、 |
27 | 1.2.9 | 50 | 39 |
「行方なき空に消ちてよ篝火の<BR/>たよりにたぐふ煙とならば |
"〔ゆくへなきそらにけちてよかがりびの<BR/>たよりにたぐふけぶりとならば |
27 | 1.2.10 | 51 | 40 |
人のあやしと思ひはべらむこと」 |
ひとのあやしとおもひはべらんこと。" |
27 | 1.2.11 | 52 | 41 |
とわびたまへば、「くはや」とて、出でたまふに、東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。 |
とわびたまへば、"くはや。"とて、いでたまふに、ひんがしのたいのかたに、おもしろきふえのね、さうにふきあはせたり。 |
27 | 1.2.12 | 53 | 42 |
「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞあなる。頭中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」 |
"ちゅうじゃうの、れいのあたりはなれぬどちあそぶにぞあなる。とうのちゅうじゃうにこそあなれ。いとわざともふきなるねかな。" |
27 | 1.2.13 | 54 | 43 |
とて、立ちとまりたまふ。 |
とて、たちとまりたまふ。 |
27 | 1.3 | 55 | 44 | 第三段 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏 |
27 | 1.3.1 | 56 | 45 |
御消息、「こなたになむ、いと影涼しき篝火に、とどめられてものする」 |
おほんせうそこ、"こなたになん、いとかげすずしきかがりびに、とどめられてものする。" |
27 | 1.3.2 | 57 | 46 |
とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。 |
とのたまへれば、うちつれてみたりまゐりたまへり。 |
27 | 1.3.3 | 58 | 47 |
「風の音秋になりけりと、聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」 |
"かぜのおとあきになりけりと、きこえつるふえのねに、しのばれでなん。" |
27 | 1.3.4 | 59 | 48 |
とて、御琴ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。源中将は、「盤渉調」にいとおもしろく吹きたり。頭中将、心づかひして出だし立てがたうす。「遅し」とあれば、弁少将、拍子打ち出でて、忍びやかに歌ふ声、鈴虫にまがひたり。二返りばかり歌はせたまひて、御琴は中将に譲らせたまひつ。げに、かの父大臣の御爪音に、をさをさ劣らず、はなやかにおもしろし。 |
とて、おほんことひきいでて、なつかしきほどにひきたまふ。げんのちゅうじゃうは、〔ばんしきでう〕にいとおもしろくふきたり。とうのちゅうじゃう、こころづかひしていだしたてがたうす。"おそし。"とあれば、べんのせうしゃう、ひゃうしうちいでて、しのびやかにうたふこゑ、すずむしにまがひたり。ふたかへりばかりうたはせたまひて、おほんことはちゅうじゃうにゆづらせたまひつ。げに、かのちちおとどのおほんつまおとに、をさをさおとらず、はなやかにおもしろし。 |
27 | 1.3.5 | 60 | 49 |
「御簾のうちに、物の音聞き分く人ものしたまふらむかし。今宵は、盃など心してを。盛り過ぎたる人は、酔ひ泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」 |
"みすのうちに、もののねききわくひとものしたまふらんかし。こよひは、さかづきなどこころしてを。さかりすぎたるひとは、ゑひなきのついでに、しのばぬこともこそ。" |
27 | 1.3.6 | 61 | 50 |
とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。 |
とのたまへば、ひめぎみもげにあはれとききたまふ。 |
27 | 1.3.7 | 62 | 51 |
絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍び果つまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず。 |
たえせぬなかのおほんちぎり、おろかなるまじきものなればにや、このきみたちをひとしれずめにもみみにもとどめたまへど、かけてさだにおもひよらず、このちゅうじゃうは、こころのかぎりつくして、おもふすぢにぞ、かかるついでにも、えしのびはつまじきここちすれど、さまよくもてなして、をさをさこころとけてもかきわたさず。 |