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28野分
2816338第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語
281.16439第一段 八月野分の襲来
281.1.16540 中宮(ちゅうぐう)御前(おまへ)に、(あき)(はな)()ゑさせたまへること、(つね)(とし)よりも見所多(みどころおほ)く、色種(いろくさ)()くして、よしある黒木赤木(くろきあかき)(ませ)()ひまぜつつ、(おな)じき(はな)(えだ)ざし、姿(すがた)朝夕露(あさゆふつゆ)(ひかり)()(つね)ならず、(たま)かとかかやきて(つく)りわたせる野辺(のべ)(いろ)()るに、はた、(はる)(やま)(わす)られて、(すず)しうおもしろく、(こころ)もあくがるるやうなり。 ちゅうぐうおまへに、あきはなゑさせたまへること、つねとしよりもみどころおほく、いろくさくして、よしあるくろきあかきませひまぜつつ、おなじきはなえだざし、すがたあさゆふつゆひかりつねならず、たまかとかかやきてつくりわたせるのべいろるに、はた、はるやまわすられて、すずしうおもしろく、こころもあくがるるやうなり。
281.1.26641 春秋(はるあき)(あらそ)ひに、(むかし)より(あき)心寄(こころよ)する(ひと)(かず)まさりけるを、名立(なだ)たる(はる)御前(おまへ)花園(はなぞの)心寄(こころよ)せし(ひと)びと、また()きかへし(うつ)ろふけしき、()のありさまに()たり。 はるあきあらそひに、むかしよりあきこころよするひとかずまさりけるを、なだたるはるおまへはなぞのこころよせしひとびと、またきかへしうつろふけしき、のありさまにたり。
281.1.36743 これを御覧(ごらん)じつきて、里居(さとゐ)したまふほど、御遊(おほんあそ)びなどもあらまほしけれど、八月(はづき)故前坊(こぜんばう)御忌月(おほんきづき)なれば、(こころ)もとなく(おぼ)しつつ()()るるに、この(はな)(いろ)まさるけしきどもを御覧(ごらん)ずるに、野分(のわき)(れい)(とし)よりもおどろおどろしく、(そら)色変(いろかは)りて()()づ。 これをごらんじつきて、さとゐしたまふほど、おほんあそびなどもあらまほしけれど、はづきこぜんばうおほんきづきなれば、こころもとなくおぼしつつるるに、このはないろまさるけしきどもをごらんずるに、のわきれいとしよりもおどろおどろしく、そらいろかはりてづ。
281.1.46844 (はな)どものしをるるを、いとさしも(おも)ひしまぬ(ひと)だに、あなわりなと(おも)(さわ)がるるを、まして、(くさ)むらの(つゆ)(たま)緒乱(をみだ)るるままに、御心惑(みこころまど)ひもしぬべく(おぼ)したり。おほふばかりの(そで)は、(あき)(そら)にしもこそ()しげなりけれ。()れゆくままに、ものも()えず()きまよはして、いとむくつけければ、御格子(みかうし)など(まゐ)りぬるに、うしろめたくいみじと、(はな)(うへ)(おぼ)(なげ)く。 はなどものしをるるを、いとさしもおもひしまぬひとだに、あなわりなとおもさわがるるを、まして、くさむらのつゆたまをみだるるままに、みこころまどひもしぬべくおぼしたり。おほふばかりのそでは、あきそらにしもこそしげなりけれ。れゆくままに、ものもえずきまよはして、いとむくつけければ、みかうしなどまゐりぬるに、うしろめたくいみじと、はなうへおぼなげく。
281.26945第二段 夕霧、紫の上を垣間見る
281.2.17046 (みなみ)御殿(おとど)にも、前栽(せんさい)つくろはせたまひける(をり)にしも、かく()()でて、もとあらの小萩(こはぎ)、はしたなく()ちえたる(かぜ)のけしきなり。()(かへ)り、(つゆ)もとまるまじく()()らすを、すこし端近(はしちか)くて()たまふ。 みなみおとどにも、せんさいつくろはせたまひけるをりにしも、かくでて、もとあらのこはぎ、はしたなくちえたるかぜのけしきなり。かへり、つゆもとまるまじくらすを、すこしはしちかくてたまふ。
281.2.27147 大臣(おとど)は、姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)におはしますほどに、中将(ちゅうじゃう)君参(きみまゐ)りたまひて、(ひんがし)渡殿(わたどの)小障子(こさうじ)(かみ)より、妻戸(つまど)()きたる(ひま)を、何心(なにごころ)もなく見入(みい)れたまへるに、女房(にょうばう)のあまた()ゆれば、()ちとまりて、(おと)もせで()る。 おとどは、ひめぎみおほんかたにおはしますほどに、ちゅうじゃうきみまゐりたまひて、ひんがしわたどのこさうじかみより、つまどきたるひまを、なにごころもなくみいれたまへるに、にょうばうのあまたゆれば、ちとまりて、おともせでる。
281.2.37248 御屏風(おほんびゃうぶ)も、(かぜ)のいたく()きければ、()(たた)()せたるに、見通(みとほ)しあらはなる(ひさし)御座(おまし)にゐたまへる(ひと)、ものに(まぎ)るべくもあらず、気高(けだか)くきよらに、さとにほふ心地(ここち)して、(はる)(あけぼの)(かすみ)()より、おもしろき樺桜(かばざくら)()(みだ)れたるを()心地(ここち)す。あぢきなく、()たてまつるわが(かほ)にも(うつ)()るやうに、愛敬(あいぎゃう)はにほひ()りて、またなくめづらしき(ひと)(おほん)さまなり。 おほんびゃうぶも、かぜのいたくきければ、たたせたるに、みとほしあらはなるひさしおましにゐたまへるひと、ものにまぎるべくもあらず、けだかくきよらに、さとにほふここちして、はるあけぼのかすみより、おもしろきかばざくらみだれたるをここちす。あぢきなく、たてまつるわがかほにもうつるやうに、あいぎゃうはにほひりて、またなくめづらしきひとおほんさまなり。
281.2.47349 御簾(みす)()()げらるるを、(ひと)びと(おさ)へて、いかにしたるにかあらむ、うち(わら)ひたまへる、いといみじく()ゆ。(はな)どもを心苦(こころぐる)しがりて、え見捨(みす)てて()りたまはず。御前(おまへ)なる(ひと)びとも、さまざまにものきよげなる姿(すがた)どもは()わたさるれど、目移(めうつ)るべくもあらず。 みすげらるるを、ひとびとおさへて、いかにしたるにかあらん、うちわらひたまへる、いといみじくゆ。はなどもをこころぐるしがりて、えみすててりたまはず。おまへなるひとびとも、さまざまにものきよげなるすがたどもはわたさるれど、めうつるべくもあらず。
281.2.57450 大臣(おとど)のいと気遠(けどほ)くはるかにもてなしたまへるは、かく()(ひと)ただにはえ(おも)ふまじき(おほん)ありさまを、いたり(ふか)御心(みこころ)にて、もし、かかることもやと(おぼ)すなりけり」 "おとどのいとけどほくはるかにもてなしたまへるは、かくひとただにはえおもふまじきおほんありさまを、いたりふかみこころにて、もし、かかることもやとおぼすなりけり。"
281.2.67551 (おも)ふに、けはひ(おそ)ろしうて、()()るにぞ、西(にし)御方(おほんかた)より、(うち)御障子引(みさうじひ)()けて(わた)りたまふ。 おもふに、けはひおそろしうて、るにぞ、にしおほんかたより、うちみさうじひけてわたりたまふ。
281.2.77652 「いとうたて、あわたたしき(かぜ)なめり。御格子下(みかうしお)ろしてよ。(をのこ)どもあるらむを、あらはにもこそあれ」 "いとうたて、あわたたしきかぜなめり。みかうしおろしてよ。をのこどもあるらんを、あらはにもこそあれ。"
281.2.87753 ()こえたまふを、また()りて()れば、もの()こえて、大臣(おとど)もほほ()みて()たてまつりたまふ。(おや)ともおぼえず、(わか)くきよげになまめきて、いみじき御容貌(おほんかたち)(さか)りなり。 こえたまふを、またりてれば、ものこえて、おとどもほほみてたてまつりたまふ。おやともおぼえず、わかくきよげになまめきて、いみじきおほんかたちさかりなり。
281.2.97854 (をんな)もねびととのひ、()かぬことなき(おほん)さまどもなるを、()にしむばかりおぼゆれど、この渡殿(わたどの)格子(かうし)()(はな)ちて、()てる(ところ)のあらはになれば、(おそ)ろしうて()退()きぬ。今参(いままゐ)れるやうにうち(こわ)づくりて、簀子(すのこ)(かた)(あゆ)()でたまへれば、 をんなもねびととのひ、かぬことなきおほんさまどもなるを、にしむばかりおぼゆれど、このわたどのかうしはなちて、てるところのあらはになれば、おそろしうてきぬ。いままゐれるやうにうちこわづくりて、すのこかたあゆでたまへれば、
281.2.107955 「さればよ。あらはなりつらむ」 "さればよ。あらはなりつらん。"
281.2.118056 とて、「かの妻戸(つまど)()きたりけるよ」と、(いま)見咎(みとが)めたまふ。 とて、"かのつまどきたりけるよ。"と、いまみとがめたまふ。
281.2.128157 (とし)ごろかかることのつゆなかりつるを。(かぜ)こそ、げに(いはほ)()()げつべきものなりけれ。さばかりの御心(みこころ)どもを(さわ)がして。めづらしくうれしき()()つるかな」とおぼゆ。 "としごろかかることのつゆなかりつるを。かぜこそ、げにいはほげつべきものなりけれ。さばかりのみこころどもをさわがして。めづらしくうれしきつるかな。"とおぼゆ。
281.38258第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く
281.3.18359 (ひと)びと(まゐ)りて、 ひとびとまゐりて、
281.3.28460 「いといかめしう()きぬべき(かぜ)にはべり。(うしとら)(かた)より()きはべれば、この御前(おまへ)はのどけきなり。馬場(むまば)御殿(おとど)(みなみ)釣殿(つりどの)などは、(あや)ふげになむ」 "いといかめしうきぬべきかぜにはべり。うしとらかたよりきはべれば、このおまへはのどけきなり。むまばおとどみなみつりどのなどは、あやふげになん。"
281.3.38561 とて、とかくこと(おこ)なひののしる。 とて、とかくことおこなひののしる。
281.3.48662 中将(ちゅうじゃう)は、いづこよりものしつるぞ」 "ちゅうじゃうは、いづこよりものしつるぞ。"
281.3.58763 三条(さんでう)(みや)にはべりつるを、『(かぜ)いたく()きぬべし』と、(ひと)びとの(まう)しつれば、おぼつかなさに(まゐ)りはべりつる。かしこには、まして心細(こころぼそ)く、(かぜ)(おと)をも、(いま)はかへりて、(わか)()のやうに()ぢたまふめれば。心苦(こころぐる)しさに、まかではべりなむ」 "さんでうみやにはべりつるを、"かぜいたくきぬべし。"と、ひとびとのまうしつれば、おぼつかなさにまゐりはべりつる。かしこには、ましてこころぼそく、かぜおとをも、いまはかへりて、わかのやうにぢたまふめれば。こころぐるしさに、まかではべりなん。"
281.3.68864 (まう)したまへば、 まうしたまへば、
281.3.78965 「げに、はや、まうでたまひね。()いもていきて、また(わか)うなること、()にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」 "げに、はや、まうでたまひね。いもていきて、またわかうなること、にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ。"
281.3.89066 など、あはれがりきこえたまひて、 など、あはれがりきこえたまひて、
281.3.99167 「かく(さわ)がしげにはべめるを、この朝臣(あそん)さぶらへばと、(おも)ひたまへ(ゆづ)りてなむ」 "かくさわがしげにはべめるを、このあそんさぶらへばと、おもひたまへゆづりてなん。"
281.3.109268 と、御消息聞(おほんせうそこき)こえたまふ。 と、おほんせうそこきこえたまふ。
281.3.119369 (みち)すがらいりもみする(かぜ)なれど、うるはしくものしたまふ(きみ)にて、三条宮(さんでうのみや)六条院(ろくでうのゐん)とに(まゐ)りて、御覧(ごらん)ぜられたまはぬ()なし。内裏(うち)御物忌(おほんものいみ)などに、えさらず()もりたまふべき()より(ほか)は、いそがしき公事(おほやけごと)節会(せちゑ)などの、(いとま)いるべく、ことしげきにあはせても、まづこの(ゐん)(まゐ)り、(みや)よりぞ()でたまひければ、まして今日(けふ)、かかる(そら)のけしきにより、(かぜ)のさきにあくがれありきたまふもあはれに()ゆ。 みちすがらいりもみするかぜなれど、うるはしくものしたまふきみにて、さんでうのみやろくでうのゐんとにまゐりて、ごらんぜられたまはぬなし。うちおほんものいみなどに、えさらずもりたまふべきよりほかは、いそがしきおほやけごとせちゑなどの、いとまいるべく、ことしげきにあはせても、まづこのゐんまゐり、みやよりぞでたまひければ、ましてけふ、かかるそらのけしきにより、かぜのさきにあくがれありきたまふもあはれにゆ。
281.3.129470 (みや)、いとうれしう、(たの)もしと()()けたまひて、 みや、いとうれしう、たのもしとけたまひて、
281.3.139571 「ここらの(よはひ)に、まだかく(さわ)がしき野分(のわき)にこそあはざりつれ」 "ここらのよはひに、まだかくさわがしきのわきにこそあはざりつれ。"
281.3.149672 と、ただわななきにわななきたまふ。 と、ただわななきにわななきたまふ。
281.3.159773 (おほ)きなる()(えだ)などの()るる(おと)も、いとうたてあり。御殿(おとど)(かはら)さへ(のこ)るまじく()()らすに、かくてものしたまへること」 "おほきなるえだなどのるるおとも、いとうたてあり。おとどかはらさへのこるまじくらすに、かくてものしたまへること。"
281.3.169874 と、かつはのたまふ。そこら所狭(ところせ)かりし御勢(おほんいきほ)ひのしづまりて、この(きみ)(たの)もし(びと)(おぼ)したる、(つね)なき()なり。(いま)もおほかたのおぼえの(うす)らぎたまふことはなけれど、(うち)大殿(おほとの)(おほん)けはひは、なかなかすこし(うと)くぞありける。 と、かつはのたまふ。そこらところせかりしおほんいきほひのしづまりて、このきみたのもしびとおぼしたる、つねなきなり。いまもおほかたのおぼえのうすらぎたまふことはなけれど、うちおほとのおほんけはひは、なかなかすこしうとくぞありける。
281.3.179975 中将(ちゅうじゃう)()もすがら(あら)(かぜ)(おと)にも、すずろにものあはれなり。(こころ)にかけて(こひ)しと(おも)(ひと)(おほん)ことは、さしおかれて、ありつる御面影(おほんおもかげ)(わす)られぬを、 ちゅうじゃうもすがらあらかぜおとにも、すずろにものあはれなり。こころにかけてこひしとおもひとおほんことは、さしおかれて、ありつるおほんおもかげわすられぬを、
281.3.1810076 「こは、いかにおぼゆる(こころ)ぞ。あるまじき(おも)ひもこそ()へ。いと(おそ)ろしきこと」 "こは、いかにおぼゆるこころぞ。あるまじきおもひもこそへ。いとおそろしきこと。"
281.3.1910177 と、みづから(おも)(まぎ)らはし、異事(ことこと)(おも)(うつ)れど、なほ、ふとおぼえつつ、 と、みづからおもまぎらはし、ことことおもうつれど、なほ、ふとおぼえつつ、
281.3.2010278 ()方行(かたゆ)(すゑ)、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲(おほんなか)らひに、いかで(ひんがし)御方(おほんかた)、さるものの(かず)にて()(なら)びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」 "かたゆすゑ、ありがたくもものしたまひけるかな。かかるおほんなからひに、いかでひんがしおほんかた、さるもののかずにてならびたまひつらん。たとしへなかりけりや。あな、いとほし。"
281.3.2110379 とおぼゆ。大臣(おとど)御心(みこころ)ばへを、ありがたしと(おも)()りたまふ。 とおぼゆ。おとどみこころばへを、ありがたしとおもりたまふ。
281.3.2210480 人柄(ひとがら)のいとまめやかなれば、()げなさを(おも)()らねど、「さやうならむ(ひと)をこそ、(おな)じくは、()()かし()らさめ。(かぎ)りあらむ(いのち)のほども、(いま)すこしはかならず()びなむかし」と(おも)(つづ)けらる。 ひとがらのいとまめやかなれば、げなさをおもらねど、"さやうならんひとをこそ、おなじくは、かしらさめ。かぎりあらんいのちのほども、いますこしはかならずびなんかし。"とおもつづけらる。
281.410581第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る
281.4.110682 暁方(あかつきがた)(かぜ)すこししめりて、村雨(むらさめ)のやうに()()づ。 あかつきがたかぜすこししめりて、むらさめのやうにづ。
281.4.210783 六条院(ろくでうのゐん)には、(はな)れたる()ども(たふ)れたり」 "ろくでうのゐんには、はなれたるどもたふれたり。"
281.4.310884 など(ひと)びと(まう)す。 などひとびとまうす。
281.4.410985 (かぜ)()きまふほど、(ひろ)くそこら(たか)心地(ここち)する(ゐん)に、(ひと)びと、おはします御殿(おとど)のあたりにこそしげけれ、(ひんがし)(まち)などは、人少(ひとずく)なに(おぼ)されつらむ」 "かぜきまふほど、ひろくそこらたかここちするゐんに、ひとびと、おはしますおとどのあたりにこそしげけれ、ひんがしまちなどは、ひとずくなにおぼされつらん。"
281.4.511086 とおどろきたまひて、まだほのぼのとするに(まゐ)りたまふ。 とおどろきたまひて、まだほのぼのとするにまゐりたまふ。
281.4.611187 (みち)のほど、(よこ)さま(あめ)いと(ひや)やかに()()る。(そら)のけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地(ここち)して、 みちのほど、よこさまあめいとひややかにる。そらのけしきもすごきに、あやしくあくがれたるここちして、
281.4.711288 (なに)ごとぞや。またわが(こころ)(おも)(くは)はれるよ」と(おも)()づれば、「いと()げなきことなりけり。あな、もの(ぐる)ほし」 "なにごとぞや。またわがこころおもくははれるよ。"とおもづれば、"いとげなきことなりけり。あな、ものぐるほし。"
281.4.811389 と、とざまかうざまに(おも)ひつつ、(ひんがし)御方(おほんかた)に、まづまうでたまへれば、()(こう)じておはしけるに、とかく()こえ(なぐさ)めて、人召(ひとめ)して、所々(ところどころ)つくろはすべきよしなど()ひおきて、(みなみ)御殿(おとど)(まゐ)りたまへれば、まだ御格子(みかうし)(まゐ)らず。 と、とざまかうざまにおもひつつ、ひんがしおほんかたに、まづまうでたまへれば、こうじておはしけるに、とかくこえなぐさめて、ひとめして、ところどころつくろはすべきよしなどひおきて、みなみおとどまゐりたまへれば、まだみかうしまゐらず。
281.4.911490 おはしますに(あた)れる高欄(かうらん)()しかかりて、()わたせば、(やま)()どもも()きなびかして、(えだ)ども(おほ)()()したり。(くさ)むらはさらにもいはず、桧皮(ひはだ)(かはら)所々(ところどころ)立蔀(たてじとみ)透垣(すいがい)などやうのもの(みだ)りがはし。 おはしますにあたれるかうらんしかかりて、わたせば、やまどももきなびかして、えだどもおほしたり。くさむらはさらにもいはず、ひはだかはらところどころたてじとみすいがいなどやうのものみだりがはし。
281.4.1011591 ()のわづかにさし()でたるに、(うれ)(がほ)なる(には)(つゆ)きらきらとして、(そら)はいとすごく()りわたれるに、そこはかとなく(なみだ)()つるを、おし(のご)(かく)して、うちしはぶきたまへれば、 のわづかにさしでたるに、うれがほなるにはつゆきらきらとして、そらはいとすごくりわたれるに、そこはかとなくなみだつるを、おしのごかくして、うちしはぶきたまへれば、
281.4.1111692 中将(ちゅうじゃう)(こわ)づくるにぞあなる。()はまだ(ふか)からむは」 "ちゅうじゃうこわづくるにぞあなる。はまだふかからんは。"
281.4.1211793 とて、()きたまふなり。(なに)ごとにかあらむ、()こえたまふ(こゑ)はせで、大臣(おとど)うち(わら)ひたまひて、 とて、きたまふなり。なにごとにかあらん、こえたまふこゑはせで、おとどうちわらひたまひて、
281.4.1311894 「いにしへだに()らせたてまつらずなりにし、(あかつき)(わか)れよ。(いま)ならひたまはむに、心苦(こころぐる)しからむ」 "いにしへだにらせたてまつらずなりにし、あかつきわかれよ。いまならひたまはんに、こころぐるしからん。"
281.4.1411995 とて、とばかり(かた)らひきこえたまふけはひども、いとをかし。(をんな)(おほん)いらへは()こえねど、ほのぼの、かやうに()こえ(たはぶ)れたまふ(こと)()(おもむ)きに、「ゆるびなき御仲(おほんなか)らひかな」と、()きゐたまへり。 とて、とばかりかたらひきこえたまふけはひども、いとをかし。をんなおほんいらへはこえねど、ほのぼの、かやうにこえたはぶれたまふことおもむきに、"ゆるびなきおほんなからひかな。"と、きゐたまへり。
281.512096第五段 源氏、夕霧と語る
281.5.112197 御格子(みかうし)御手(おほんて)づから()()げたまへば、気近(けぢか)きかたはらいたさに、()退()きてさぶらひたまふ。 みかうしおほんてづからげたまへば、けぢかきかたはらいたさに、きてさぶらひたまふ。
281.5.212298 「いかにぞ。昨夜(よべ)(みや)()ちよろこびたまひきや」 "いかにぞ。よべみやちよろこびたまひきや。"
281.5.312399 「しか。はかなきことにつけても、(なみだ)もろにものしたまへば、いと不便(ふびん)にこそはべれ」 "しか。はかなきことにつけても、なみだもろにものしたまへば、いとふびんにこそはべれ。"
281.5.4124100 (まう)したまへば、(わら)ひたまひて、 まうしたまへば、わらひたまひて、
281.5.5125101 (いま)いくばくもおはせじ。まめやかに(つか)うまつり()えたてまつれ。内大臣(うちのおとど)は、こまかにしもあるまじうこそ、(うれ)へたまひしか。人柄(ひとがら)あやしうはなやかに、男々(をを)しき(かた)によりて、(おや)などの御孝(おほんけう)をも、いかめしきさまをば()てて、(ひと)にも()おどろかさむの(こころ)あり、まことにしみて(ふか)きところはなき(ひと)になむ、ものせられける。さるは、(こころ)隈多(くまおほ)く、いとかしこき(ひと)の、(すゑ)()にあまるまで、才類(ざえたぐ)ひなく、うるさながら。(ひと)として、かく(なん)なきことはかたかりける」 "いまいくばくもおはせじ。まめやかにつかうまつりえたてまつれ。うちのおとどは、こまかにしもあるまじうこそ、うれへたまひしか。ひとがらあやしうはなやかに、ををしきかたによりて、おやなどのおほんけうをも、いかめしきさまをばてて、ひとにもおどろかさんのこころあり、まことにしみてふかきところはなきひとになん、ものせられける。さるは、こころくまおほく、いとかしこきひとの、すゑにあまるまで、ざえたぐひなく、うるさながら。ひととして、かくなんなきことはかたかりける。"
281.5.6126102 などのたまふ。 などのたまふ。
281.5.7127103 「いとおどろおどろしかりつる(かぜ)に、中宮(ちゅうぐう)に、はかばかしき宮司(みやづかさ)などさぶらひつらむや」 "いとおどろおどろしかりつるかぜに、ちゅうぐうに、はかばかしきみやづかさなどさぶらひつらんや。"
281.5.8128104 とて、この(きみ)して、御消息聞(おほんせうそこき)こえたまふ。 とて、このきみして、おほんせうそこきこえたまふ。
281.5.9129105 (よる)(かぜ)(おと)は、いかが()こし()しつらむ。()(みだ)りはべりしに、おこりあひはべりて、いと()へがたき、ためらひはべるほどになむ」 "よるかぜおとは、いかがこししつらん。みだりはべりしに、おこりあひはべりて、いとへがたき、ためらひはべるほどになん。"
281.5.10130106 ()こえたまふ。 こえたまふ。
281.6131107第六段 夕霧、中宮を見舞う
281.6.1132108 中将下(ちゅうじゃうお)りて、(なか)(らう)()より(とほ)りて、(まゐ)りたまふ。(あさ)ぼらけの容貌(かたち)、いとめでたくをかしげなり。(ひんがし)(たい)(みなみ)(そば)()ちて、御前(おまへ)(かた)()やりたまへば、御格子(みかうし)、まだ二間(ふたま)ばかり()げて、ほのかなる(あさ)ぼらけのほどに、御簾巻(みすま)()げて(ひと)びとゐたり。 ちゅうじゃうおりて、なからうよりとほりて、まゐりたまふ。あさぼらけのかたち、いとめでたくをかしげなり。ひんがしたいみなみそばちて、おまへかたやりたまへば、みかうし、まだふたまばかりげて、ほのかなるあさぼらけのほどに、みすまげてひとびとゐたり。
281.6.2133109 高欄(かうらん)()しかかりつつ、(わか)やかなる(かぎ)りあまた()ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ()けぼののほど、色々(いろいろ)なる姿(すがた)は、いづれともなくをかし。 かうらんしかかりつつ、わかやかなるかぎりあまたゆ。うちとけたるはいかがあらん、さやかならぬけぼののほど、いろいろなるすがたは、いづれともなくをかし。
281.6.3134111 童女下(わらはべお)ろさせたまひて、(むし)()どもに露飼(つゆか)はせたまふなりけり。紫苑(しおん)撫子(なでしこ)()(うす)(あこめ)どもに、女郎花(をみなへし)汗衫(かざみ)などやうの、(とき)にあひたるさまにて、(よたり)五人連(いつたりつ)れて、ここかしこの(くさ)むらに()りて、色々(いろいろ)()どもを()てさまよひ、撫子(なでしこ)などの、いとあはれげなる(えだ)ども()()(まゐ)る、(きり)のまよひは、いと(えん)にぞ()えける。 わらはべおろさせたまひて、むしどもにつゆかはせたまふなりけり。しおんなでしこうすあこめどもに、をみなへしかざみなどやうの、ときにあひたるさまにて、よたりいつたりつれて、ここかしこのくさむらにりて、いろいろどもをてさまよひ、なでしこなどの、いとあはれげなるえだどもまゐる、きりのまよひは、いとえんにぞえける。
281.6.4135112 ()()追風(おひかぜ)は、紫苑(しおに)ことごとに(にほ)(そら)も、(かう)のかをりも、()ればひたまへる(おほん)けはひにやと、いと(おも)ひやりめでたく、心懸想(こころげさう)せられて、()()でにくけれど、(しの)びやかにうちおとなひて、(あゆ)()でたまへるに、(ひと)びと、けざやかにおどろき(がほ)にはあらねど、(みな)すべり()りぬ。 おひかぜは、しおにことごとににほそらも、かうのかをりも、ればひたまへるおほんけはひにやと、いとおもひやりめでたく、こころげさうせられて、でにくけれど、しのびやかにうちおとなひて、あゆでたまへるに、ひとびと、けざやかにおどろきがほにはあらねど、みなすべりりぬ。
281.6.5136113 御参(おほんまゐ)りのほどなど、(わらは)なりしに、()()()れたまへる、女房(にょうばう)なども、いとけうとくはあらず。御消息啓(おほんせうそこけい)せさせたまひて、宰相(さいしゃう)(きみ)内侍(ないし)など、けはひすれば、私事(わたくしごと)(しの)びやかに(かた)らひたまふ。これはた、さいへど、気高(けだか)()みたるけはひありさまを()るにも、さまざまにもの(おも)()でらる。 おほんまゐりのほどなど、わらはなりしに、れたまへる、にょうばうなども、いとけうとくはあらず。おほんせうそこけいせさせたまひて、さいしゃうきみないしなど、けはひすれば、わたくしごとしのびやかにかたらひたまふ。これはた、さいへど、けだかみたるけはひありさまをるにも、さまざまにものおもでらる。
282137114第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語
282.1138115第一段 源氏、中宮を見舞う
282.1.1139116 (みなみ)御殿(おとど)には、御格子参(みかうしまゐ)りわたして、昨夜(よべ)見捨(みす)てがたかりし(はな)どもの、行方(ゆくへ)()らぬやうにてしをれ()したるを()たまひけり。中将(ちゅうじゃう)御階(みはし)にゐたまひて、御返(おほんかへ)()こえたまふ。 みなみおとどには、みかうしまゐりわたして、よべみすてがたかりしはなどもの、ゆくへらぬやうにてしをれしたるをたまひけり。ちゅうじゃうみはしにゐたまひて、おほんかへこえたまふ。
282.1.2140117 (あら)(かぜ)をも(ふせ)がせたまふべくやと、若々(わかわか)しく心細(こころぼそ)くおぼえはべるを、(いま)なむ(なぐさ)みはべりぬる」 "あらかぜをもふせがせたまふべくやと、わかわかしくこころぼそくおぼえはべるを、いまなんなぐさみはべりぬる。"
282.1.3141118 ()こえたまへれば、 こえたまへれば、
282.1.4142119 「あやしくあえかにおはする(みや)なり。(をんな)どちは、もの(おそ)ろしく(おぼ)しぬべかりつる()のさまなれば、げに、おろかなりとも(おぼ)いつらむ」 "あやしくあえかにおはするみやなり。をんなどちは、ものおそろしくおぼしぬべかりつるのさまなれば、げに、おろかなりともおぼいつらん。"
282.1.5143120 とて、やがて(まゐ)りたまふ。御直衣(おほんなほし)などたてまつるとて、御簾引(みすひ)()げて()りたまふに、「(みじか)御几帳引(みきちゃうひ)()せて、はつかに()ゆる御袖口(おほんそでぐち)は、さにこそはあらめ」と(おも)ふに、(むね)つぶつぶと()心地(ここち)するも、うたてあれば、(ほか)ざまに()やりつ。 とて、やがてまゐりたまふ。おほんなほしなどたてまつるとて、みすひげてりたまふに、"みじかみきちゃうひせて、はつかにゆるおほんそでぐちは、さにこそはあらめ。"とおもふに、むねつぶつぶとここちするも、うたてあれば、ほかざまにやりつ。
282.1.6144121 殿(との)御鏡(おほんかがみ)など()たまひて、(しの)びて、 とのおほんかがみなどたまひて、しのびて、
282.1.7145122 中将(ちゅうじゃう)(あさ)けの姿(すがた)は、きよげなりな。ただ(いま)は、きびはなるべきほどを、かたくなしからず()ゆるも、(こころ)(やみ)にや」 "ちゅうじゃうあさけのすがたは、きよげなりな。ただいまは、きびはなるべきほどを、かたくなしからずゆるも、こころやみにや。"
282.1.8146123 とて、わが御顔(おほんかほ)は、()りがたくよしと()たまふべかめり。いといたう心懸想(こころげさう)したまひて、 とて、わがおほんかほは、りがたくよしとたまふべかめり。いといたうこころげさうしたまひて、
282.1.9147124 (みや)()えたてまつるは、()づかしうこそあれ。(なに)ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、()えたまはぬ(ひと)の、(おく)ゆかしく(こころ)づかひせられたまふぞかし。いとおほどかに(をんな)しきものから、けしきづきてぞおはするや」 "みやえたてまつるは、づかしうこそあれ。なにばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、えたまはぬひとの、おくゆかしくこころづかひせられたまふぞかし。いとおほどかにをんなしきものから、けしきづきてぞおはするや。"
282.1.10148125 とて、()でたまふに、中将(ちゅうじゃう)ながめ()りて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾(こころと)(ひと)御目(おほんめ)にはいかが()たまひけむ、()ちかへり、女君(をんなぎみ)に、 とて、でたまふに、ちゅうじゃうながめりて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、こころとひとおほんめにはいかがたまひけん、ちかへり、をんなぎみに、
282.1.11149126 昨日(きのふ)(かぜ)(まぎ)れに、中将(ちゅうじゃう)()たてまつりやしてけむ。かの()()きたりしによ」 "きのふかぜまぎれに、ちゅうじゃうたてまつりやしてけん。かのきたりしによ。"
282.1.12150127 とのたまへば、(おもて)うち(あか)みて、 とのたまへば、おもてうちあかみて、
282.1.13151128 「いかでか、さはあらむ。渡殿(わたどの)(かた)には、(ひと)(おと)もせざりしものを」 "いかでか、さはあらん。わたどのかたには、ひとおともせざりしものを。"
282.1.14152129 ()こえたまふ。 こえたまふ。
282.1.15153130 「なほ、あやし」とひとりごちて、(わた)りたまひぬ。 "なほ、あやし。"とひとりごちて、わたりたまひぬ。
282.1.16154131 御簾(みす)(うち)()りたまひぬれば、中将(ちゅうじゃう)渡殿(わたどの)戸口(とぐち)(ひと)びとのけはひするに()りて、ものなど()(たはぶ)るれど、(おも)ふことの筋々嘆(すぢすぢなげ)かしくて、(れい)よりもしめりてゐたまへり。 みすうちりたまひぬれば、ちゅうじゃうわたどのとぐちひとびとのけはひするにりて、ものなどたはぶるれど、おもふことのすぢすぢなげかしくて、れいよりもしめりてゐたまへり。
282.2155132第二段 源氏、明石御方を見舞う
282.2.1156133 こなたより、やがて(きた)(とほ)りて、明石(あかし)御方(おほんかた)()やりたまへば、はかばかしき家司(けいし)だつ(ひと)なども()えず、()れたる下仕(しもづか)ひどもぞ、(くさ)(なか)にまじりて(あり)く。童女(わらはべ)など、をかしき衵姿(あこめすがた)うちとけて、(こころ)とどめ()()()ゑたまふ龍胆(りんだう)朝顔(あさがほ)のはひまじれる(ませ)も、みな()(みだ)れたるを、とかく()()(たづ)ぬるなるべし。 こなたより、やがてきたとほりて、あかしおほんかたやりたまへば、はかばかしきけいしだつひとなどもえず、れたるしもづかひどもぞ、くさなかにまじりてありく。わらはべなど、をかしきあこめすがたうちとけて、こころとどめゑたまふりんだうあさがほのはひまじれるませも、みなみだれたるを、とかくたづぬるなるべし。
282.2.2157134 もののあはれにおぼえけるままに、(さう)(こと)()きまさぐりつつ、端近(はしちか)うゐたまへるに、御前駆追(おほんさきお)(こゑ)のしければ、うちとけ()えばめる姿(すがた)に、小袿(こうちき)ひき()として、けぢめ()せたる、いといたし。(はし)(かた)についゐたまひて、(かぜ)(さわ)ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく()(かへ)りたまふ、(こころ)やましげなり。 もののあはれにおぼえけるままに、さうこときまさぐりつつ、はしちかうゐたまへるに、おほんさきおこゑのしければ、うちとけえばめるすがたに、こうちきひきとして、けぢめせたる、いといたし。はしかたについゐたまひて、かぜさわぎばかりをとぶらひたまひて、つれなくかへりたまふ、こころやましげなり。
282.2.3158135 「おほかたに(おぎ)葉過(はす)ぐる(かぜ)(おと)も<BR/>()()ひとつにしむ心地(ここち)して」 "〔おほかたにおぎはすぐるかぜおとも<BR/>ひとつにしむここちして〕
282.2.4159136 とひとりごちけり。 とひとりごちけり。
282.3160137第三段 源氏、玉鬘を見舞う
282.3.1161138 西(にし)(たい)には、(おそ)ろしと(おも)()かしたまひける、名残(なごり)に、寝過(ねす)ぐして、(いま)(かがみ)なども()たまひける。 にしたいには、おそろしとおもかしたまひける、なごりに、ねすぐして、いまかがみなどもたまひける。
282.3.2162139 「ことことしく前駆(さき)、な()ひそ」 "ことことしくさき、なひそ。"
282.3.3163140 とのたまへば、ことに(おと)せで()りたまふ。屏風(びゃうぶ)なども皆畳(みなたた)()せ、ものしどけなくしなしたるに、()のはなやかにさし()でたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。(ちか)くゐたまひて、(れい)の、(かぜ)につけても(おな)(すぢ)に、むつかしう()こえ(たはぶ)れたまへば、()へずうたてと(おも)ひて、 とのたまへば、ことにおとせでりたまふ。びゃうぶなどもみなたたせ、ものしどけなくしなしたるに、のはなやかにさしでたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。ちかくゐたまひて、れいの、かぜにつけてもおなすぢに、むつかしうこえたはぶれたまへば、へずうたてとおもひて、
282.3.4164141 「かう心憂(こころう)ければこそ、今宵(こよひ)(かぜ)にもあくがれなまほしくはべりつれ」 "かうこころうければこそ、こよひかぜにもあくがれなまほしくはべりつれ。"
282.3.5165142 と、むつかりたまへば、いとよくうち(わら)ひたまひて、 と、むつかりたまへば、いとよくうちわらひたまひて、
282.3.6166143 (かぜ)につきてあくがれたまはむや、軽々(かるがる)しからむ。さりとも、()まる(かた)ありなむかし。やうやうかかる御心(みこころ)むけこそ()ひにけれ。ことわりや」 "かぜにつきてあくがれたまはんや、かるがるしからん。さりとも、まるかたありなんかし。やうやうかかるみこころむけこそひにけれ。ことわりや。"
282.3.7167144 とのたまへば、 とのたまへば、
282.3.8168145 「げに、うち(おも)ひのままに()こえてけるかな」 "げに、うちおもひのままにこえてけるかな。"
282.3.9169146 (おぼ)して、みづからもうち()みたまへる、いとをかしき(いろ)あひ、つらつきなり。酸漿(ほほづき)などいふめるやうにふくらかにて、(かみ)のかかれる隙々(ひまひま)うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高(しなたか)()えざりける。その(ほか)は、つゆ(なん)つくべうもあらず。 おぼして、みづからもうちみたまへる、いとをかしきいろあひ、つらつきなり。ほほづきなどいふめるやうにふくらかにて、かみのかかれるひまひまうつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしもしなたかえざりける。そのほかは、つゆなんつくべうもあらず。
282.4170147第四段 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る
282.4.1171148 中将(ちゅうじゃう)、いとこまやかに()こえたまふを、「いかでこの御容貌見(おほんかたちみ)てしがな」と(おも)ひわたる(こころ)にて、(すみ)()御簾(みす)の、几帳(きちゃう)()ひながらしどけなきを、やをら()()げて()るに、(まぎ)るるものどもも()りやりたれば、いとよく()ゆ。かく(たはぶ)れたまふけしきのしるきを、 ちゅうじゃう、いとこまやかにこえたまふを、"いかでこのおほんかたちみてしがな。"とおもひわたるこころにて、すみみすの、きちゃうひながらしどけなきを、やをらげてるに、まぎるるものどももりやりたれば、いとよくゆ。かくたはぶれたまふけしきのしるきを、
282.4.2172149 「あやしのわざや。親子(おやこ)()こえながら、かく懐離(ふところはな)れず、もの(ちか)かべきほどかは」 "あやしのわざや。おやここえながら、かくふところはなれず、ものちかかべきほどかは。"
282.4.3173150 ()とまりぬ。「()やつけたまはむ」と(おそ)ろしけれど、あやしきに、(こころ)もおどろきて、なほ()れば、柱隠(はしらがく)れにすこしそばみたまへりつるを、()()せたまへるに、御髪(みぐし)()()りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、(をんな)も、いとむつかしく(くる)しと(おも)うたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、()りかかりたまへるは、 とまりぬ。"やつけたまはん。"とおそろしけれど、あやしきに、こころもおどろきて、なほれば、はしらがくれにすこしそばみたまへりつるを、せたまへるに、みぐしりて、はらはらとこぼれかかりたるほど、をんなも、いとむつかしくくるしとおもうたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、りかかりたまへるは、
282.4.4174151 「ことと()()れしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。(おも)()らぬ(くま)なくおはしける御心(みこころ)にて、もとより見馴(みな)()ほしたてたまはぬは、かかる御思(おほんおも)()ひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、(うと)まし」 "こととれしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらん。おもらぬくまなくおはしけるみこころにて、もとよりみなほしたてたまはぬは、かかるおほんおもひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、うとまし。"
282.4.5175152 (おも)(こころ)()づかし。「(をんな)(おほん)さま、げに、はらからといふとも、すこし()退()きて、異腹(ことはら)ぞかし」など(おも)はむは、「などか、(こころ)あやまりもせざらむ」とおぼゆ。 おもこころづかし。"をんなおほんさま、げに、はらからといふとも、すこしきて、ことはらぞかし。"などおもはんは、"などか、こころあやまりもせざらん。"とおぼゆ。
282.4.6176153 昨日見(きのふみ)(おほん)けはひには、け(おと)りたれど、()るに()まるるさまは、()ちも(なら)びぬべく()ゆる。八重山吹(やへやまぶき)()(みだ)れたる(さか)りに、(つゆ)のかかれる夕映(ゆふば)えぞ、ふと(おも)()でらるる。(をり)にあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。(はな)(かぎ)りこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、(ひと)御容貌(おほんかたち)のよきは、たとへむ(かた)なきものなりけり。 きのふみおほんけはひには、けおとりたれど、るにまるるさまは、ちもならびぬべくゆる。やへやまぶきみだれたるさかりに、つゆのかかれるゆふばえぞ、ふとおもでらるる。をりにあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。はなかぎりこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、ひとおほんかたちのよきは、たとへんかたなきものなりけり。
282.4.7177154 御前(おまへ)(ひと)()()ず、いとこまやかにうちささめき(かた)らひ()こえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ()ちたまふ。女君(をんなぎみ) おまへひとず、いとこまやかにうちささめきかたらひこえたまふに、いかがあらん、まめだちてぞちたまふ。をんなぎみ
282.4.8178155 ()(みだ)(かぜ)のけしきに女郎花(をみなへし)<BR/>しをれしぬべき心地(ここち)こそすれ」 "〔みだかぜのけしきにをみなへし<BR/>しをれしぬべきここちこそすれ〕
282.4.9179156 (くは)しくも()こえぬに、うち()じたまふをほの()くに、(にく)きもののをかしければ、なほ見果(みは)てまほしけれど、「(ちか)かりけりと()えたてまつらじ」と(おも)ひて、()()りぬ。 くはしくもこえぬに、うちじたまふをほのくに、にくきもののをかしければ、なほみはてまほしけれど、"ちかかりけりとえたてまつらじ。"とおもひて、りぬ。
282.4.10180157 御返(おほんかへ)り、 おほんかへり、
282.4.11181158 下露(したつゆ)になびかましかば女郎花(をみなへし)<BR/>(あら)(かぜ)にはしをれざらまし "〔したつゆになびかましかばをみなへし<BR/>あらかぜにはしをれざらまし
282.4.12182159 なよ(たけ)()たまへかし」 なよたけたまへかし。"
282.4.13183160 など、ひが(みみ)にやありけむ、()きよくもあらずぞ。 など、ひがみみにやありけん、きよくもあらずぞ。
282.5184161第五段 源氏、花散里を見舞う
282.5.1185162 (ひんがし)御方(おほんかた)へ、これよりぞ(わた)りたまふ。今朝(けさ)朝寒(あさざむ)なるうちとけわざにや、もの()ちなどするねび御達(ごたち)御前(おまへ)にあまたして、細櫃(ほそびつ)めくものに、綿引(わたひ)きかけてまさぐる若人(わかうど)どもあり。いときよらなる朽葉(くちば)(うすもの)今様色(いまやういろ)()なく()ちたるなど、()()らしたまへり。 ひんがしおほんかたへ、これよりぞわたりたまふ。けさあさざむなるうちとけわざにや、ものちなどするねびごたちおまへにあまたして、ほそびつめくものに、わたひきかけてまさぐるわかうどどもあり。いときよらなるくちばうすものいまやういろなくちたるなど、らしたまへり。
282.5.2186163 中将(ちゅうじゃう)下襲(したがさね)か。御前(おまへ)壺前栽(つぼせんさい)(えん)()まりぬらむかし。かく()()らしてむには、何事(なにごと)かせられむ。すさまじかるべき(あき)なめり」 "ちゅうじゃうしたがさねか。おまへつぼせんさいえんまりぬらんかし。かくらしてんには、なにごとかせられん。すさまじかるべきあきなめり。"
282.5.3187164 などのたまひて、(なに)にかあらむ、さまざまなるものの(いろ)どもの、いときよらなれば、「かやうなる(かた)は、(みなみ)(うへ)にも(おと)らずかし」と(おぼ)す。御直衣(おほんなほし)花文綾(けもんれう)を、このころ()()だしたる(はな)して、はかなく()()でたまへる、いとあらまほしき(いろ)したり。 などのたまひて、なににかあらん、さまざまなるもののいろどもの、いときよらなれば、"かやうなるかたは、みなみうへにもおとらずかし。"とおぼす。おほんなほしけもんれうを、このころだしたるはなして、はかなくでたまへる、いとあらまほしきいろしたり。
282.5.4188165 中将(っちゅじゃう)にこそ、かやうにては()せたまはめ。(わか)(ひと)のにてめやすかめり」 "っちゅじゃうにこそ、かやうにてはせたまはめ。わかひとのにてめやすかめり。"
282.5.5189166 などやうのことを()こえたまひて、(わた)りたまひぬ。 などやうのことをこえたまひて、わたりたまひぬ。
283190167第三章 夕霧の物語 幼恋の物語
283.1191168第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く
283.1.1192169 むつかしき方々(かたがた)めぐりたまふ御供(おほんとも)(あり)きて、中将(ちゅうじゃう)は、なま(こころ)やましう、()かまほしき(ふみ)など、()たけぬるを(おも)ひつつ、姫君(ひめぎみ)御方(おほんかた)(まゐ)りたまへり。 むつかしきかたがためぐりたまふおほんともありきて、ちゅうじゃうは、なまこころやましう、かまほしきふみなど、たけぬるをおもひつつ、ひめぎみおほんかたまゐりたまへり。
283.1.2193170 「まだあなたになむおはします。(かぜ)()ぢさせたまひて、今朝(けさ)はえ()()がりたまはざりつる」 "まだあなたになんおはします。かぜぢさせたまひて、けさはえがりたまはざりつる。"
283.1.3194171 と、御乳母(おほんめのと)()こゆる。 と、おほんめのとこゆる。
283.1.4195172 「もの(さわ)がしげなりしかば、宿直(とのゐ)(つか)うまつらむと(おも)ひたまへしを、(みや)の、いとも心苦(こころぐる)しう(おぼ)いたりしかばなむ。(ひひな)殿(との)は、いかがおはすらむ」 "ものさわがしげなりしかば、とのゐつかうまつらんとおもひたまへしを、みやの、いともこころぐるしうおぼいたりしかばなん。ひひなとのは、いかがおはすらん。"
283.1.5196173 ()ひたまへば、(ひと)びと(わらひたま)ひて、 ひたまへば、ひとびとわらひたまひて、
283.1.6197174 (あふぎ)(かぜ)だに(まゐ)れば、いみじきことに(おぼ)いたるを、ほとほとしくこそ()(みだ)りはべりしか。この御殿(おほんとの)あつかひに、わびにてはべり」など(かた)る。 "あふぎかぜだにまゐれば、いみじきことにおぼいたるを、ほとほとしくこそみだりはべりしか。このおほんとのあつかひに、わびにてはべり。"などかたる。
283.1.7198175 「ことことしからぬ(かみ)やはべる。御局(みつぼね)(すずり) "ことことしからぬかみやはべる。みつぼねすずり。"
283.1.8199176 ()ひたまへば、御厨子(みづし)()りて、紙一巻(かみひとまき)御硯(おほんすずり)(ふた)()りおろしてたてまつれば、 ひたまへば、みづしりて、かみひとまきおほんすずりふたりおろしてたてまつれば、
283.1.9200177 「いな、これはかたはらいたし」 "いな、これはかたはらいたし。"
283.1.10201178 とのたまへど、(きた)御殿(おとど)のおぼえを(おも)ふに、すこしなのめなる心地(ここち)して、文書(ふみか)きたまふ。 とのたまへど、きたおとどのおぼえをおもふに、すこしなのめなるここちして、ふみかきたまふ。
283.1.11202179 (むらさき)薄様(うすやう)なりけり。(すみ)(こころ)とめておしすり、(ふで)(さき)うち()つつ、こまやかに()きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく(さだ)まりて、(にく)(くち)つきこそものしたまへ。 むらさきうすやうなりけり。すみこころとめておしすり、ふでさきうちつつ、こまやかにきやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしくさだまりて、にくくちつきこそものしたまへ。
283.1.12203180 風騒(かぜさわ)ぎむら(くも)まがふ(ゆふ)べにも<BR/>(わす)るる()なく(わす)られぬ(きみ) "〔かぜさわぎむらくもまがふゆふべにも<BR/>わするるなくわすられぬきみ〕"
283.1.13204181 ()(みだ)れたる苅萱(かるかや)につけたまへれば、(ひと)びと、 みだれたるかるかやにつけたまへれば、ひとびと、
283.1.14205182 交野(かたの)少将(せうしゃう)は、(かみ)(いろ)にこそととのへはべりけれ」と()こゆ。 "かたのせうしゃうは、かみいろにこそととのへはべりけれ。"とこゆ。
283.1.15206183 「さばかりの(いろ)(おも)()かざりけりや。いづこの野辺(のべ)のほとりの(はな) "さばかりのいろおもかざりけりや。いづこののべのほとりのはな。"
283.1.16207184 など、かやうの(ひと)びとにも、言少(ことずく)なに()えて、心解(こころと)くべくももてなさず、いとすくすくしう気高(けだか)し。 など、かやうのひとびとにも、ことずくなにえて、こころとくべくももてなさず、いとすくすくしうけだかし。
283.1.17208185 またも()いたまうて、(むま)(すけ)(たま)へれば、をかしき(わらは)、またいと()れたる御随身(みずいじん)などに、うちささめきて()らするを、(わか)(ひと)びと、ただならずゆかしがる。 またもいたまうて、むますけたまへれば、をかしきわらは、またいとれたるみずいじんなどに、うちささめきてらするを、わかひとびと、ただならずゆかしがる。
283.2209186第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る
283.2.1210187 (わた)らせたまふとて、(ひと)びとうちそよめき、几帳引(きちゃうひ)(なほ)しなどす。()つる(はな)(かほ)どもも、(おも)(くら)べまほしうて、(れい)はものゆかしからぬ心地(ここち)に、あながちに、妻戸(つまど)御簾(みす)()()て、几帳(きちゃう)のほころびより()れば、もののそばより、ただはひ(わた)りたまふほどぞ、ふとうち()えたる。 わたらせたまふとて、ひとびとうちそよめき、きちゃうひなほしなどす。つるはなかほどもも、おもくらべまほしうて、れいはものゆかしからぬここちに、あながちに、つまどみすて、きちゃうのほころびよりれば、もののそばより、ただはひわたりたまふほどぞ、ふとうちえたる。
283.2.2211188 (ひと)のしげくまがへば、(なに)のあやめも()えぬほどに、いと(こころ)もとなし。薄色(うすいろ)御衣(おほんぞ)に、(かみ)のまだ(たけ)にははづれたる(すゑ)の、()(ひろ)げたるやうにて、いと(ほそ)(ちひ)さき様体(やうだい)、らうたげに心苦(こころぐる)し。 ひとのしげくまがへば、なにのあやめもえぬほどに、いとこころもとなし。うすいろおほんぞに、かみのまだたけにははづれたるすゑの、ひろげたるやうにて、いとほそちひさきやうだい、らうたげにこころぐるし。
283.2.3212189 一昨年(おととし)ばかりは、たまさかにもほの()たてまつりしに、またこよなく()ひまさりたまふなめりかし。まして(さか)りいかならむ」と(おも)ふ。「かの()つる先々(さきざき)の、(さくら)山吹(やまぶき)といはば、これは(ふぢ)(はな)とやいふべからむ。木高(こだか)()より()きかかりて、(かぜ)になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と(おも)ひよそへらる。「かかる(ひと)びとを、(こころ)にまかせて()()()たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、(へだ)(へだ)てのけざやかなるこそつらけれ」など(おも)ふに、まめ(ごころ)も、なまあくがるる心地(ここち)す。 "おととしばかりは、たまさかにもほのたてまつりしに、またこよなくひまさりたまふなめりかし。ましてさかりいかならん。"とおもふ。"かのつるさきざきの、さくらやまぶきといはば、これはふぢはなとやいふべからん。こだかよりきかかりて、かぜになびきたるにほひは、かくぞあるかし。"とおもひよそへらる。"かかるひとびとを、こころにまかせてたてまつらばや。さもありぬべきほどながら、へだへだてのけざやかなるこそつらけれ。"などおもふに、まめごころも、なまあくがるるここちす。
283.3213190第三段 内大臣、大宮を訪う
283.3.1214191 祖母宮(おばみや)(おほん)もとにも(まゐ)りたまへれば、のどやかにて御行(おほんおこ)なひしたまふ。よろしき若人(わかうど)など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束(さうぞく)どもも、(さか)りなるあたりには()るべくもあらず。容貌(かたち)よき尼君(あまぎみ)たちの、墨染(すみぞめ)にやつれたるぞ、なかなかかかる(ところ)につけては、さるかたにてあはれなりける。 おばみやおほんもとにもまゐりたまへれば、のどやかにておほんおこなひしたまふ。よろしきわかうどなど、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、さうぞくどもも、さかりなるあたりにはるべくもあらず。かたちよきあまぎみたちの、すみぞめにやつれたるぞ、なかなかかかるところにつけては、さるかたにてあはれなりける。
283.3.2215192 (うち)大臣(おとど)(まゐ)りたまへるに、御殿油(おほんとなぶら)など(まゐ)りて、のどやかに御物語(おほんものがたり)など()こえたまふ。 うちおとどまゐりたまへるに、おほんとなぶらなどまゐりて、のどやかにおほんものがたりなどこえたまふ。
283.3.3216193 姫君(ひめぎみ)(ひさ)しく()たてまつらぬがあさましきこと」 "ひめぎみひさしくたてまつらぬがあさましきこと。"
283.3.4217194 とて、ただ()きに()きたまふ。 とて、ただきにきたまふ。
283.3.5218195 (いま)このごろのほどに(まゐ)らせむ。(こころ)づからもの(おも)はしげにて、口惜(くちを)しう(おとろ)へにてなむはべめる。(をんな)こそ、よく()はば、()ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、(こころ)のみなむ()くされはべりける」 "いまこのごろのほどにまゐらせん。こころづからものおもはしげにて、くちをしうおとろへにてなんはべめる。をんなこそ、よくはば、ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、こころのみなんくされはべりける。"
283.3.6219196 など、なほ心解(こころと)けず(おも)ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂(こころう)くて、(せち)にも()こえたまはず。そのついでにも、 など、なほこころとけずおもひおきたるけしきしてのたまへば、こころうくて、せちにもこえたまはず。そのついでにも、
283.3.7220197 「いと不調(ふでう)なる(むすめ)まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」 "いとふでうなるむすめまうけはべりて、もてわづらひはべりぬ。"
283.3.8221198 と、(うれ)へきこえたまひて、(わら)ひたまふ。(みや) と、うれへきこえたまひて、わらひたまふ。みや
283.3.9222199 「いで、あやし。(むすめ)といふ()はして、さがなかるやうやある」 "いで、あやし。むすめといふはして、さがなかるやうやある。"
283.3.10223200 とのたまへば、 とのたまへば、
283.3.11224201 「それなむ見苦(みぐる)しきことになむはべる。いかで、御覧(ごらん)ぜさせむ」 "それなんみぐるしきことになんはべる。いかで、ごらんぜさせん。"
283.3.12225202 と、()こえたまふとや。 と、こえたまふとや。