帖 | 章.段.行 | テキストLineNo | ローマ字LineNo | 本文 | ひらがな |
28 | 野分 |
28 | 1 | 63 | 38 | 第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語 |
28 | 1.1 | 64 | 39 | 第一段 八月野分の襲来 |
28 | 1.1.1 | 65 | 40 |
中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること、常の年よりも見所多く、色種を尽くして、よしある黒木赤木の籬を結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし、姿、朝夕露の光も世の常ならず、玉かとかかやきて作りわたせる野辺の色を見るに、はた、春の山も忘られて、涼しうおもしろく、心もあくがるるやうなり。 |
ちゅうぐうのおまへに、あきのはなをうゑさせたまへること、つねのとしよりもみどころおほく、いろくさをつくして、よしあるくろきあかきのませをゆひまぜつつ、おなじきはなのえだざし、すがた、あさゆふつゆのひかりもよのつねならず、たまかとかかやきてつくりわたせるのべのいろをみるに、はた、はるのやまもわすられて、すずしうおもしろく、こころもあくがるるやうなり。 |
28 | 1.1.2 | 66 | 41 |
春秋の争ひに、昔より秋に心寄する人は数まさりけるを、名立たる春の御前の花園に心寄せし人びと、また引きかへし移ろふけしき、世のありさまに似たり。 |
はるあきのあらそひに、むかしよりあきにこころよするひとはかずまさりけるを、なだたるはるのおまへのはなぞのにこころよせしひとびと、またひきかへしうつろふけしき、よのありさまににたり。 |
28 | 1.1.3 | 67 | 43 |
これを御覧じつきて、里居したまふほど、御遊びなどもあらまほしけれど、八月は故前坊の御忌月なれば、心もとなく思しつつ明け暮るるに、この花の色まさるけしきどもを御覧ずるに、野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。 |
これをごらんじつきて、さとゐしたまふほど、おほんあそびなどもあらまほしけれど、はづきはこぜんばうのおほんきづきなれば、こころもとなくおぼしつつあけくるるに、このはなのいろまさるけしきどもをごらんずるに、のわき、れいのとしよりもおどろおどろしく、そらのいろかはりてふきいづ。 |
28 | 1.1.4 | 68 | 44 |
花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思ひ騒がるるを、まして、草むらの露の玉の緒乱るるままに、御心惑ひもしぬべく思したり。おほふばかりの袖は、秋の空にしもこそ欲しげなりけれ。暮れゆくままに、ものも見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上を思し嘆く。 |
はなどものしをるるを、いとさしもおもひしまぬひとだに、あなわりなとおもひさわがるるを、まして、くさむらのつゆのたまのをみだるるままに、みこころまどひもしぬべくおぼしたり。おほふばかりのそでは、あきのそらにしもこそほしげなりけれ。くれゆくままに、ものもみえずふきまよはして、いとむくつけければ、みかうしなどまゐりぬるに、うしろめたくいみじと、はなのうへをおぼしなげく。 |
28 | 1.2 | 69 | 45 | 第二段 夕霧、紫の上を垣間見る |
28 | 1.2.1 | 70 | 46 |
南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも、かく吹き出でて、もとあらの小萩、はしたなく待ちえたる風のけしきなり。折れ返り、露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見たまふ。 |
みなみのおとどにも、せんさいつくろはせたまひけるをりにしも、かくふきいでて、もとあらのこはぎ、はしたなくまちえたるかぜのけしきなり。をれかへり、つゆもとまるまじくふきちらすを、すこしはしちかくてみたまふ。 |
28 | 1.2.2 | 71 | 47 |
大臣は、姫君の御方におはしますほどに、中将の君参りたまひて、東の渡殿の小障子の上より、妻戸の開きたる隙を、何心もなく見入れたまへるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る。 |
おとどは、ひめぎみのおほんかたにおはしますほどに、ちゅうじゃうのきみまゐりたまひて、ひんがしのわたどののこさうじのかみより、つまどのあきたるひまを、なにごころもなくみいれたまへるに、にょうばうのあまたみゆれば、たちとまりて、おともせでみる。 |
28 | 1.2.3 | 72 | 48 |
御屏風も、風のいたく吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。 |
おほんびゃうぶも、かぜのいたくふきければ、おしたたみよせたるに、みとほしあらはなるひさしのおましにゐたまへるひと、ものにまぎるべくもあらず、けだかくきよらに、さとにほふここちして、はるのあけぼののかすみのまより、おもしろきかばざくらのさきみだれたるをみるここちす。あぢきなく、みたてまつるわがかほにもうつりくるやうに、あいぎゃうはにほひちりて、またなくめづらしきひとのおほんさまなり。 |
28 | 1.2.4 | 73 | 49 |
御簾の吹き上げらるるを、人びと押へて、いかにしたるにかあらむ、うち笑ひたまへる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見捨てて入りたまはず。御前なる人びとも、さまざまにものきよげなる姿どもは見わたさるれど、目移るべくもあらず。 |
みすのふきあげらるるを、ひとびとおさへて、いかにしたるにかあらん、うちわらひたまへる、いといみじくみゆ。はなどもをこころぐるしがりて、えみすてていりたまはず。おまへなるひとびとも、さまざまにものきよげなるすがたどもはみわたさるれど、めうつるべくもあらず。 |
28 | 1.2.5 | 74 | 50 |
「大臣のいと気遠くはるかにもてなしたまへるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御ありさまを、いたり深き御心にて、もし、かかることもやと思すなりけり」 |
"おとどのいとけどほくはるかにもてなしたまへるは、かくみるひとただにはえおもふまじきおほんありさまを、いたりふかきみこころにて、もし、かかることもやとおぼすなりけり。" |
28 | 1.2.6 | 75 | 51 |
と思ふに、けはひ恐ろしうて、立ち去るにぞ、西の御方より、内の御障子引き開けて渡りたまふ。 |
とおもふに、けはひおそろしうて、たちさるにぞ、にしのおほんかたより、うちのみさうじひきあけてわたりたまふ。 |
28 | 1.2.7 | 76 | 52 |
「いとうたて、あわたたしき風なめり。御格子下ろしてよ。男どもあるらむを、あらはにもこそあれ」 |
"いとうたて、あわたたしきかぜなめり。みかうしおろしてよ。をのこどもあるらんを、あらはにもこそあれ。" |
28 | 1.2.8 | 77 | 53 |
と聞こえたまふを、また寄りて見れば、もの聞こえて、大臣もほほ笑みて見たてまつりたまふ。親ともおぼえず、若くきよげになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。 |
ときこえたまふを、またよりてみれば、ものきこえて、おとどもほほゑみてみたてまつりたまふ。おやともおぼえず、わかくきよげになまめきて、いみじきおほんかたちのさかりなり。 |
28 | 1.2.9 | 78 | 54 |
女もねびととのひ、飽かぬことなき御さまどもなるを、身にしむばかりおぼゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。今参れるやうにうち声づくりて、簀子の方に歩み出でたまへれば、 |
をんなもねびととのひ、あかぬことなきおほんさまどもなるを、みにしむばかりおぼゆれど、このわたどののかうしもふきはなちて、たてるところのあらはになれば、おそろしうてたちのきぬ。いままゐれるやうにうちこわづくりて、すのこのかたにあゆみいでたまへれば、 |
28 | 1.2.10 | 79 | 55 |
「さればよ。あらはなりつらむ」 |
"さればよ。あらはなりつらん。" |
28 | 1.2.11 | 80 | 56 |
とて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と、今ぞ見咎めたまふ。 |
とて、"かのつまどのあきたりけるよ。"と、いまぞみとがめたまふ。 |
28 | 1.2.12 | 81 | 57 |
「年ごろかかることのつゆなかりつるを。風こそ、げに巌も吹き上げつべきものなりけれ。さばかりの御心どもを騒がして。めづらしくうれしき目を見つるかな」とおぼゆ。 |
"としごろかかることのつゆなかりつるを。かぜこそ、げにいはほもふきあげつべきものなりけれ。さばかりのみこころどもをさわがして。めづらしくうれしきめをみつるかな。"とおぼゆ。 |
28 | 1.3 | 82 | 58 | 第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く |
28 | 1.3.1 | 83 | 59 |
人びと参りて、 |
ひとびとまゐりて、 |
28 | 1.3.2 | 84 | 60 |
「いといかめしう吹きぬべき風にはべり。艮の方より吹きはべれば、この御前はのどけきなり。馬場の御殿、南の釣殿などは、危ふげになむ」 |
"いといかめしうふきぬべきかぜにはべり。うしとらのかたよりふきはべれば、このおまへはのどけきなり。むまばのおとど、みなみのつりどのなどは、あやふげになん。" |
28 | 1.3.3 | 85 | 61 |
とて、とかくこと行なひののしる。 |
とて、とかくことおこなひののしる。 |
28 | 1.3.4 | 86 | 62 |
「中将は、いづこよりものしつるぞ」 |
"ちゅうじゃうは、いづこよりものしつるぞ。" |
28 | 1.3.5 | 87 | 63 |
「三条の宮にはべりつるを、『風いたく吹きぬべし』と、人びとの申しつれば、おぼつかなさに参りはべりつる。かしこには、まして心細く、風の音をも、今はかへりて、若き子のやうに懼ぢたまふめれば。心苦しさに、まかではべりなむ」 |
"さんでうのみやにはべりつるを、"かぜいたくふきぬべし。"と、ひとびとのまうしつれば、おぼつかなさにまゐりはべりつる。かしこには、ましてこころぼそく、かぜのおとをも、いまはかへりて、わかきこのやうにおぢたまふめれば。こころぐるしさに、まかではべりなん。" |
28 | 1.3.6 | 88 | 64 |
と申したまへば、 |
とまうしたまへば、 |
28 | 1.3.7 | 89 | 65 |
「げに、はや、まうでたまひね。老いもていきて、また若うなること、世にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」 |
"げに、はや、まうでたまひね。おいもていきて、またわかうなること、よにあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ。" |
28 | 1.3.8 | 90 | 66 |
など、あはれがりきこえたまひて、 |
など、あはれがりきこえたまひて、 |
28 | 1.3.9 | 91 | 67 |
「かく騒がしげにはべめるを、この朝臣さぶらへばと、思ひたまへ譲りてなむ」 |
"かくさわがしげにはべめるを、このあそんさぶらへばと、おもひたまへゆづりてなん。" |
28 | 1.3.10 | 92 | 68 |
と、御消息聞こえたまふ。 |
と、おほんせうそこきこえたまふ。 |
28 | 1.3.11 | 93 | 69 |
道すがらいりもみする風なれど、うるはしくものしたまふ君にて、三条宮と六条院とに参りて、御覧ぜられたまはぬ日なし。内裏の御物忌などに、えさらず籠もりたまふべき日より外は、いそがしき公事、節会などの、暇いるべく、ことしげきにあはせても、まづこの院に参り、宮よりぞ出でたまひければ、まして今日、かかる空のけしきにより、風のさきにあくがれありきたまふもあはれに見ゆ。 |
みちすがらいりもみするかぜなれど、うるはしくものしたまふきみにて、さんでうのみやとろくでうのゐんとにまゐりて、ごらんぜられたまはぬひなし。うちのおほんものいみなどに、えさらずこもりたまふべきひよりほかは、いそがしきおほやけごと、せちゑなどの、いとまいるべく、ことしげきにあはせても、まづこのゐんにまゐり、みやよりぞいでたまひければ、ましてけふ、かかるそらのけしきにより、かぜのさきにあくがれありきたまふもあはれにみゆ。 |
28 | 1.3.12 | 94 | 70 |
宮、いとうれしう、頼もしと待ち受けたまひて、 |
みや、いとうれしう、たのもしとまちうけたまひて、 |
28 | 1.3.13 | 95 | 71 |
「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」 |
"ここらのよはひに、まだかくさわがしきのわきにこそあはざりつれ。" |
28 | 1.3.14 | 96 | 72 |
と、ただわななきにわななきたまふ。 |
と、ただわななきにわななきたまふ。 |
28 | 1.3.15 | 97 | 73 |
「大きなる木の枝などの折るる音も、いとうたてあり。御殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、かくてものしたまへること」 |
"おほきなるきのえだなどのをるるおとも、いとうたてあり。おとどのかはらさへのこるまじくふきちらすに、かくてものしたまへること。" |
28 | 1.3.16 | 98 | 74 |
と、かつはのたまふ。そこら所狭かりし御勢ひのしづまりて、この君を頼もし人に思したる、常なき世なり。今もおほかたのおぼえの薄らぎたまふことはなけれど、内の大殿の御けはひは、なかなかすこし疎くぞありける。 |
と、かつはのたまふ。そこらところせかりしおほんいきほひのしづまりて、このきみをたのもしびとにおぼしたる、つねなきよなり。いまもおほかたのおぼえのうすらぎたまふことはなけれど、うちのおほとののおほんけはひは、なかなかすこしうとくぞありける。 |
28 | 1.3.17 | 99 | 75 |
中将、夜もすがら荒き風の音にも、すずろにものあはれなり。心にかけて恋しと思ふ人の御ことは、さしおかれて、ありつる御面影の忘られぬを、 |
ちゅうじゃう、よもすがらあらきかぜのおとにも、すずろにものあはれなり。こころにかけてこひしとおもふひとのおほんことは、さしおかれて、ありつるおほんおもかげのわすられぬを、 |
28 | 1.3.18 | 100 | 76 |
「こは、いかにおぼゆる心ぞ。あるまじき思ひもこそ添へ。いと恐ろしきこと」 |
"こは、いかにおぼゆるこころぞ。あるまじきおもひもこそそへ。いとおそろしきこと。" |
28 | 1.3.19 | 101 | 77 |
と、みづから思ひ紛らはし、異事に思ひ移れど、なほ、ふとおぼえつつ、 |
と、みづからおもひまぎらはし、ことことにおもひうつれど、なほ、ふとおぼえつつ、 |
28 | 1.3.20 | 102 | 78 |
「来し方行く末、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲らひに、いかで東の御方、さるものの数にて立ち並びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」 |
"きしかたゆくすゑ、ありがたくもものしたまひけるかな。かかるおほんなからひに、いかでひんがしのおほんかた、さるもののかずにてたちならびたまひつらん。たとしへなかりけりや。あな、いとほし。" |
28 | 1.3.21 | 103 | 79 |
とおぼゆ。大臣の御心ばへを、ありがたしと思ひ知りたまふ。 |
とおぼゆ。おとどのみこころばへを、ありがたしとおもひしりたまふ。 |
28 | 1.3.22 | 104 | 80 |
人柄のいとまめやかなれば、似げなさを思ひ寄らねど、「さやうならむ人をこそ、同じくは、見て明かし暮らさめ。限りあらむ命のほども、今すこしはかならず延びなむかし」と思ひ続けらる。 |
ひとがらのいとまめやかなれば、にげなさをおもひよらねど、"さやうならんひとをこそ、おなじくは、みてあかしくらさめ。かぎりあらんいのちのほども、いますこしはかならずのびなんかし。"とおもひつづけらる。 |
28 | 1.4 | 105 | 81 | 第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る |
28 | 1.4.1 | 106 | 82 |
暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ。 |
あかつきがたにかぜすこししめりて、むらさめのやうにふりいづ。 |
28 | 1.4.2 | 107 | 83 |
「六条院には、離れたる屋ども倒れたり」 |
"ろくでうのゐんには、はなれたるやどもたふれたり。" |
28 | 1.4.3 | 108 | 84 |
など人びと申す。 |
などひとびとまうす。 |
28 | 1.4.4 | 109 | 85 |
「風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人びと、おはします御殿のあたりにこそしげけれ、東の町などは、人少なに思されつらむ」 |
"かぜのふきまふほど、ひろくそこらたかきここちするゐんに、ひとびと、おはしますおとどのあたりにこそしげけれ、ひんがしのまちなどは、ひとずくなにおぼされつらん。" |
28 | 1.4.5 | 110 | 86 |
とおどろきたまひて、まだほのぼのとするに参りたまふ。 |
とおどろきたまひて、まだほのぼのとするにまゐりたまふ。 |
28 | 1.4.6 | 111 | 87 |
道のほど、横さま雨いと冷やかに吹き入る。空のけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地して、 |
みちのほど、よこさまあめいとひややかにふきいる。そらのけしきもすごきに、あやしくあくがれたるここちして、 |
28 | 1.4.7 | 112 | 88 |
「何ごとぞや。またわが心に思ひ加はれるよ」と思ひ出づれば、「いと似げなきことなりけり。あな、もの狂ほし」 |
"なにごとぞや。またわがこころにおもひくははれるよ。"とおもひいづれば、"いとにげなきことなりけり。あな、ものぐるほし。" |
28 | 1.4.8 | 113 | 89 |
と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に、まづまうでたまへれば、懼ぢ極じておはしけるに、とかく聞こえ慰めて、人召して、所々つくろはすべきよしなど言ひおきて、南の御殿に参りたまへれば、まだ御格子も参らず。 |
と、とざまかうざまにおもひつつ、ひんがしのおほんかたに、まづまうでたまへれば、おぢこうじておはしけるに、とかくきこえなぐさめて、ひとめして、ところどころつくろはすべきよしなどいひおきて、みなみのおとどにまゐりたまへれば、まだみかうしもまゐらず。 |
28 | 1.4.9 | 114 | 90 |
おはしますに当れる高欄に押しかかりて、見わたせば、山の木どもも吹きなびかして、枝ども多く折れ伏したり。草むらはさらにもいはず、桧皮、瓦、所々の立蔀、透垣などやうのもの乱りがはし。 |
おはしますにあたれるかうらんにおしかかりて、みわたせば、やまのきどももふきなびかして、えだどもおほくをれふしたり。くさむらはさらにもいはず、ひはだ、かはら、ところどころのたてじとみ、すいがいなどやうのものみだりがはし。 |
28 | 1.4.10 | 115 | 91 |
日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧りわたれるに、そこはかとなく涙の落つるを、おし拭ひ隠して、うちしはぶきたまへれば、 |
ひのわづかにさしいでたるに、うれへがほなるにはのつゆきらきらとして、そらはいとすごくきりわたれるに、そこはかとなくなみだのおつるを、おしのごひかくして、うちしはぶきたまへれば、 |
28 | 1.4.11 | 116 | 92 |
「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」 |
"ちゅうじゃうのこわづくるにぞあなる。よはまだふかからんは。" |
28 | 1.4.12 | 117 | 93 |
とて、起きたまふなり。何ごとにかあらむ、聞こえたまふ声はせで、大臣うち笑ひたまひて、 |
とて、おきたまふなり。なにごとにかあらん、きこえたまふこゑはせで、おとどうちわらひたまひて、 |
28 | 1.4.13 | 118 | 94 |
「いにしへだに知らせたてまつらずなりにし、暁の別れよ。今ならひたまはむに、心苦しからむ」 |
"いにしへだにしらせたてまつらずなりにし、あかつきのわかれよ。いまならひたまはんに、こころぐるしからん。" |
28 | 1.4.14 | 119 | 95 |
とて、とばかり語らひきこえたまふけはひども、いとをかし。女の御いらへは聞こえねど、ほのぼの、かやうに聞こえ戯れたまふ言の葉の趣きに、「ゆるびなき御仲らひかな」と、聞きゐたまへり。 |
とて、とばかりかたらひきこえたまふけはひども、いとをかし。をんなのおほんいらへはきこえねど、ほのぼの、かやうにきこえたはぶれたまふことのはのおもむきに、"ゆるびなきおほんなからひかな。"と、ききゐたまへり。 |
28 | 1.5 | 120 | 96 | 第五段 源氏、夕霧と語る |
28 | 1.5.1 | 121 | 97 |
御格子を御手づから引き上げたまへば、気近きかたはらいたさに、立ち退きてさぶらひたまふ。 |
みかうしをおほんてづからひきあげたまへば、けぢかきかたはらいたさに、たちのきてさぶらひたまふ。 |
28 | 1.5.2 | 122 | 98 |
「いかにぞ。昨夜、宮は待ちよろこびたまひきや」 |
"いかにぞ。よべ、みやはまちよろこびたまひきや。" |
28 | 1.5.3 | 123 | 99 |
「しか。はかなきことにつけても、涙もろにものしたまへば、いと不便にこそはべれ」 |
"しか。はかなきことにつけても、なみだもろにものしたまへば、いとふびんにこそはべれ。" |
28 | 1.5.4 | 124 | 100 |
と申したまへば、笑ひたまひて、 |
とまうしたまへば、わらひたまひて、 |
28 | 1.5.5 | 125 | 101 |
「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見えたてまつれ。内大臣は、こまかにしもあるまじうこそ、愁へたまひしか。人柄あやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしきさまをば立てて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深きところはなき人になむ、ものせられける。さるは、心の隈多く、いとかしこき人の、末の世にあまるまで、才類ひなく、うるさながら。人として、かく難なきことはかたかりける」 |
"いまいくばくもおはせじ。まめやかにつかうまつりみえたてまつれ。うちのおとどは、こまかにしもあるまじうこそ、うれへたまひしか。ひとがらあやしうはなやかに、ををしきかたによりて、おやなどのおほんけうをも、いかめしきさまをばたてて、ひとにもみおどろかさんのこころあり、まことにしみてふかきところはなきひとになん、ものせられける。さるは、こころのくまおほく、いとかしこきひとの、すゑのよにあまるまで、ざえたぐひなく、うるさながら。ひととして、かくなんなきことはかたかりける。" |
28 | 1.5.6 | 126 | 102 |
などのたまふ。 |
などのたまふ。 |
28 | 1.5.7 | 127 | 103 |
「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮に、はかばかしき宮司などさぶらひつらむや」 |
"いとおどろおどろしかりつるかぜに、ちゅうぐうに、はかばかしきみやづかさなどさぶらひつらんや。" |
28 | 1.5.8 | 128 | 104 |
とて、この君して、御消息聞こえたまふ。 |
とて、このきみして、おほんせうそこきこえたまふ。 |
28 | 1.5.9 | 129 | 105 |
「夜の風の音は、いかが聞こし召しつらむ。吹き乱りはべりしに、おこりあひはべりて、いと堪へがたき、ためらひはべるほどになむ」 |
"よるのかぜのおとは、いかがきこしめしつらん。ふきみだりはべりしに、おこりあひはべりて、いとたへがたき、ためらひはべるほどになん。" |
28 | 1.5.10 | 130 | 106 |
と聞こえたまふ。 |
ときこえたまふ。 |
28 | 1.6 | 131 | 107 | 第六段 夕霧、中宮を見舞う |
28 | 1.6.1 | 132 | 108 |
中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ。朝ぼらけの容貌、いとめでたくをかしげなり。東の対の南の側に立ちて、御前の方を見やりたまへば、御格子、まだ二間ばかり上げて、ほのかなる朝ぼらけのほどに、御簾巻き上げて人びとゐたり。 |
ちゅうじゃうおりて、なかのらうのとよりとほりて、まゐりたまふ。あさぼらけのかたち、いとめでたくをかしげなり。ひんがしのたいのみなみのそばにたちて、おまへのかたをみやりたまへば、みかうし、まだふたまばかりあげて、ほのかなるあさぼらけのほどに、みすまきあげてひとびとゐたり。 |
28 | 1.6.2 | 133 | 109 |
高欄に押しかかりつつ、若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぼののほど、色々なる姿は、いづれともなくをかし。 |
かうらんにおしかかりつつ、わかやかなるかぎりあまたみゆ。うちとけたるはいかがあらん、さやかならぬあけぼののほど、いろいろなるすがたは、いづれともなくをかし。 |
28 | 1.6.3 | 134 | 111 |
童女下ろさせたまひて、虫の籠どもに露飼はせたまふなりけり。紫苑、撫子、濃き薄き衵どもに、女郎花の汗衫などやうの、時にあひたるさまにて、四、五人連れて、ここかしこの草むらに寄りて、色々の籠どもを持てさまよひ、撫子などの、いとあはれげなる枝ども取り持て参る、霧のまよひは、いと艶にぞ見えける。 |
わらはべおろさせたまひて、むしのこどもにつゆかはせたまふなりけり。しおん、なでしこ、こきうすきあこめどもに、をみなへしのかざみなどやうの、ときにあひたるさまにて、よたり、いつたりつれて、ここかしこのくさむらによりて、いろいろのこどもをもてさまよひ、なでしこなどの、いとあはれげなるえだどもとりもてまゐる、きりのまよひは、いとえんにぞみえける。 |
28 | 1.6.4 | 135 | 112 |
吹き来る追風は、紫苑ことごとに匂ふ空も、香のかをりも、触ればひたまへる御けはひにやと、いと思ひやりめでたく、心懸想せられて、立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて、歩み出でたまへるに、人びと、けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ。 |
ふきくるおひかぜは、しおにことごとににほふそらも、かうのかをりも、ふればひたまへるおほんけはひにやと、いとおもひやりめでたく、こころげさうせられて、たちいでにくけれど、しのびやかにうちおとなひて、あゆみいでたまへるに、ひとびと、けざやかにおどろきがほにはあらねど、みなすべりいりぬ。 |
28 | 1.6.5 | 136 | 113 |
御参りのほどなど、童なりしに、入り立ち馴れたまへる、女房なども、いとけうとくはあらず。御消息啓せさせたまひて、宰相の君、内侍など、けはひすれば、私事も忍びやかに語らひたまふ。これはた、さいへど、気高く住みたるけはひありさまを見るにも、さまざまにもの思ひ出でらる。 |
おほんまゐりのほどなど、わらはなりしに、いりたちなれたまへる、にょうばうなども、いとけうとくはあらず。おほんせうそこけいせさせたまひて、さいしゃうのきみ、ないしなど、けはひすれば、わたくしごともしのびやかにかたらひたまふ。これはた、さいへど、けだかくすみたるけはひありさまをみるにも、さまざまにものおもひいでらる。 |
28 | 2 | 137 | 114 | 第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語 |
28 | 2.1 | 138 | 115 | 第一段 源氏、中宮を見舞う |
28 | 2.1.1 | 139 | 116 |
南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜、見捨てがたかりし花どもの、行方も知らぬやうにてしをれ伏したるを見たまひけり。中将、御階にゐたまひて、御返り聞こえたまふ。 |
みなみのおとどには、みかうしまゐりわたして、よべ、みすてがたかりしはなどもの、ゆくへもしらぬやうにてしをれふしたるをみたまひけり。ちゅうじゃう、みはしにゐたまひて、おほんかへりきこえたまふ。 |
28 | 2.1.2 | 140 | 117 |
「荒き風をも防がせたまふべくやと、若々しく心細くおぼえはべるを、今なむ慰みはべりぬる」 |
"あらきかぜをもふせがせたまふべくやと、わかわかしくこころぼそくおぼえはべるを、いまなんなぐさみはべりぬる。" |
28 | 2.1.3 | 141 | 118 |
と聞こえたまへれば、 |
ときこえたまへれば、 |
28 | 2.1.4 | 142 | 119 |
「あやしくあえかにおはする宮なり。女どちは、もの恐ろしく思しぬべかりつる夜のさまなれば、げに、おろかなりとも思いつらむ」 |
"あやしくあえかにおはするみやなり。をんなどちは、ものおそろしくおぼしぬべかりつるよのさまなれば、げに、おろかなりともおぼいつらん。" |
28 | 2.1.5 | 143 | 120 |
とて、やがて参りたまふ。御直衣などたてまつるとて、御簾引き上げて入りたまふに、「短き御几帳引き寄せて、はつかに見ゆる御袖口は、さにこそはあらめ」と思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、他ざまに見やりつ。 |
とて、やがてまゐりたまふ。おほんなほしなどたてまつるとて、みすひきあげていりたまふに、"みじかきみきちゃうひきよせて、はつかにみゆるおほんそでぐちは、さにこそはあらめ。"とおもふに、むねつぶつぶとなるここちするも、うたてあれば、ほかざまにみやりつ。 |
28 | 2.1.6 | 144 | 121 |
殿、御鏡など見たまひて、忍びて、 |
との、おほんかがみなどみたまひて、しのびて、 |
28 | 2.1.7 | 145 | 122 |
「中将の朝けの姿は、きよげなりな。ただ今は、きびはなるべきほどを、かたくなしからず見ゆるも、心の闇にや」 |
"ちゅうじゃうのあさけのすがたは、きよげなりな。ただいまは、きびはなるべきほどを、かたくなしからずみゆるも、こころのやみにや。" |
28 | 2.1.8 | 146 | 123 |
とて、わが御顔は、古りがたくよしと見たまふべかめり。いといたう心懸想したまひて、 |
とて、わがおほんかほは、ふりがたくよしとみたまふべかめり。いといたうこころげさうしたまひて、 |
28 | 2.1.9 | 147 | 124 |
「宮に見えたてまつるは、恥づかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、見えたまはぬ人の、奥ゆかしく心づかひせられたまふぞかし。いとおほどかに女しきものから、けしきづきてぞおはするや」 |
"みやにみえたてまつるは、はづかしうこそあれ。なにばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、みえたまはぬひとの、おくゆかしくこころづかひせられたまふぞかし。いとおほどかにをんなしきものから、けしきづきてぞおはするや。" |
28 | 2.1.10 | 148 | 125 |
とて、出でたまふに、中将ながめ入りて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾き人の御目にはいかが見たまひけむ、立ちかへり、女君に、 |
とて、いでたまふに、ちゅうじゃうながめいりて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、こころときひとのおほんめにはいかがみたまひけん、たちかへり、をんなぎみに、 |
28 | 2.1.11 | 149 | 126 |
「昨日、風の紛れに、中将は見たてまつりやしてけむ。かの戸の開きたりしによ」 |
"きのふ、かぜのまぎれに、ちゅうじゃうはみたてまつりやしてけん。かのとのあきたりしによ。" |
28 | 2.1.12 | 150 | 127 |
とのたまへば、面うち赤みて、 |
とのたまへば、おもてうちあかみて、 |
28 | 2.1.13 | 151 | 128 |
「いかでか、さはあらむ。渡殿の方には、人の音もせざりしものを」 |
"いかでか、さはあらん。わたどののかたには、ひとのおともせざりしものを。" |
28 | 2.1.14 | 152 | 129 |
と聞こえたまふ。 |
ときこえたまふ。 |
28 | 2.1.15 | 153 | 130 |
「なほ、あやし」とひとりごちて、渡りたまひぬ。 |
"なほ、あやし。"とひとりごちて、わたりたまひぬ。 |
28 | 2.1.16 | 154 | 131 |
御簾の内に入りたまひぬれば、中将、渡殿の戸口に人びとのけはひするに寄りて、ものなど言ひ戯るれど、思ふことの筋々嘆かしくて、例よりもしめりてゐたまへり。 |
みすのうちにいりたまひぬれば、ちゅうじゃう、わたどののとぐちにひとびとのけはひするによりて、ものなどいひたはぶるれど、おもふことのすぢすぢなげかしくて、れいよりもしめりてゐたまへり。 |
28 | 2.2 | 155 | 132 | 第二段 源氏、明石御方を見舞う |
28 | 2.2.1 | 156 | 133 |
こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を見やりたまへば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、馴れたる下仕ひどもぞ、草の中にまじりて歩く。童女など、をかしき衵姿うちとけて、心とどめ取り分き植ゑたまふ龍胆、朝顔のはひまじれる籬も、みな散り乱れたるを、とかく引き出で尋ぬるなるべし。 |
こなたより、やがてきたにとほりて、あかしのおほんかたをみやりたまへば、はかばかしきけいしだつひとなどもみえず、なれたるしもづかひどもぞ、くさのなかにまじりてありく。わらはべなど、をかしきあこめすがたうちとけて、こころとどめとりわきうゑたまふりんだう、あさがほのはひまじれるませも、みなちりみだれたるを、とかくひきいでたづぬるなるべし。 |
28 | 2.2.2 | 157 | 134 |
もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、いといたし。端の方についゐたまひて、風の騷ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく立ち帰りたまふ、心やましげなり。 |
もののあはれにおぼえけるままに、さうのことをかきまさぐりつつ、はしちかうゐたまへるに、おほんさきおふこゑのしければ、うちとけなえばめるすがたに、こうちきひきおとして、けぢめみせたる、いといたし。はしのかたについゐたまひて、かぜのさわぎばかりをとぶらひたまひて、つれなくたちかへりたまふ、こころやましげなり。 |
28 | 2.2.3 | 158 | 135 |
「おほかたに荻の葉過ぐる風の音も<BR/>憂き身ひとつにしむ心地して」 |
"〔おほかたにおぎのはすぐるかぜのおとも<BR/>うきみひとつにしむここちして〕 |
28 | 2.2.4 | 159 | 136 |
とひとりごちけり。 |
とひとりごちけり。 |
28 | 2.3 | 160 | 137 | 第三段 源氏、玉鬘を見舞う |
28 | 2.3.1 | 161 | 138 |
西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける、名残に、寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。 |
にしのたいには、おそろしとおもひあかしたまひける、なごりに、ねすぐして、いまぞかがみなどもみたまひける。 |
28 | 2.3.2 | 162 | 139 |
「ことことしく前駆、な追ひそ」 |
"ことことしくさき、なおひそ。" |
28 | 2.3.3 | 163 | 140 |
とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋に、むつかしう聞こえ戯れたまへば、堪へずうたてと思ひて、 |
とのたまへば、ことにおとせでいりたまふ。びゃうぶなどもみなたたみよせ、ものしどけなくしなしたるに、ひのはなやかにさしいでたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。ちかくゐたまひて、れいの、かぜにつけてもおなじすぢに、むつかしうきこえたはぶれたまへば、たへずうたてとおもひて、 |
28 | 2.3.4 | 164 | 141 |
「かう心憂ければこそ、今宵の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」 |
"かうこころうければこそ、こよひのかぜにもあくがれなまほしくはべりつれ。" |
28 | 2.3.5 | 165 | 142 |
と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、 |
と、むつかりたまへば、いとよくうちわらひたまひて、 |
28 | 2.3.6 | 166 | 143 |
「風につきてあくがれたまはむや、軽々しからむ。さりとも、止まる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。ことわりや」 |
"かぜにつきてあくがれたまはんや、かるがるしからん。さりとも、とまるかたありなんかし。やうやうかかるみこころむけこそそひにけれ。ことわりや。" |
28 | 2.3.7 | 167 | 144 |
とのたまへば、 |
とのたまへば、 |
28 | 2.3.8 | 168 | 145 |
「げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな」 |
"げに、うちおもひのままにきこえてけるかな。" |
28 | 2.3.9 | 169 | 146 |
と思して、みづからもうち笑みたまへる、いとをかしき色あひ、つらつきなり。酸漿などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その他は、つゆ難つくべうもあらず。 |
とおぼして、みづからもうちゑみたまへる、いとをかしきいろあひ、つらつきなり。ほほづきなどいふめるやうにふくらかにて、かみのかかれるひまひまうつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしもしなたかくみえざりける。そのほかは、つゆなんつくべうもあらず。 |
28 | 2.4 | 170 | 147 | 第四段 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る |
28 | 2.4.1 | 171 | 148 |
中将、いとこまやかに聞こえたまふを、「いかでこの御容貌見てしがな」と思ひわたる心にて、隅の間の御簾の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをら引き上げて見るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、 |
ちゅうじゃう、いとこまやかにきこえたまふを、"いかでこのおほんかたちみてしがな。"とおもひわたるこころにて、すみのまのみすの、きちゃうはそひながらしどけなきを、やをらひきあげてみるに、まぎるるものどももとりやりたれば、いとよくみゆ。かくたはぶれたまふけしきのしるきを、 |
28 | 2.4.2 | 172 | 149 |
「あやしのわざや。親子と聞こえながら、かく懐離れず、もの近かべきほどかは」 |
"あやしのわざや。おやこときこえながら、かくふところはなれず、ものちかかべきほどかは。" |
28 | 2.4.3 | 173 | 150 |
と目とまりぬ。「見やつけたまはむ」と恐ろしけれど、あやしきに、心もおどろきて、なほ見れば、柱隠れにすこしそばみたまへりつるを、引き寄せたまへるに、御髪の並み寄りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、女も、いとむつかしく苦しと思うたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、寄りかかりたまへるは、 |
とめとまりぬ。"みやつけたまはん。"とおそろしけれど、あやしきに、こころもおどろきて、なほみれば、はしらがくれにすこしそばみたまへりつるを、ひきよせたまへるに、みぐしのなみよりて、はらはらとこぼれかかりたるほど、をんなも、いとむつかしくくるしとおもうたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、よりかかりたまへるは、 |
28 | 2.4.4 | 174 | 151 |
「ことと馴れ馴れしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。思ひ寄らぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れ生ほしたてたまはぬは、かかる御思ひ添ひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、疎まし」 |
"こととなれなれしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらん。おもひよらぬくまなくおはしけるみこころにて、もとよりみなれおほしたてたまはぬは、かかるおほんおもひそひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、うとまし。" |
28 | 2.4.5 | 175 | 152 |
と思ふ心も恥づかし。「女の御さま、げに、はらからといふとも、すこし立ち退きて、異腹ぞかし」など思はむは、「などか、心あやまりもせざらむ」とおぼゆ。 |
とおもふこころもはづかし。"をんなのおほんさま、げに、はらからといふとも、すこしたちのきて、ことはらぞかし。"などおもはんは、"などか、こころあやまりもせざらん。"とおぼゆ。 |
28 | 2.4.6 | 176 | 153 |
昨日見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、人の御容貌のよきは、たとへむ方なきものなりけり。 |
きのふみしおほんけはひには、けおとりたれど、みるにゑまるるさまは、たちもならびぬべくみゆる。やへやまぶきのさきみだれたるさかりに、つゆのかかれるゆふばえぞ、ふとおもひいでらるる。をりにあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。はなはかぎりこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、ひとのおほんかたちのよきは、たとへんかたなきものなりけり。 |
28 | 2.4.7 | 177 | 154 |
御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞こえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ちたまふ。女君、 |
おまへにひともいでこず、いとこまやかにうちささめきかたらひきこえたまふに、いかがあらん、まめだちてぞたちたまふ。をんなぎみ、 |
28 | 2.4.8 | 178 | 155 |
「吹き乱る風のけしきに女郎花<BR/>しをれしぬべき心地こそすれ」 |
"〔ふきみだるかぜのけしきにをみなへし<BR/>しをれしぬべきここちこそすれ〕 |
28 | 2.4.9 | 179 | 156 |
詳しくも聞こえぬに、うち誦じたまふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見果てまほしけれど、「近かりけりと見えたてまつらじ」と思ひて、立ち去りぬ。 |
くはしくもきこえぬに、うちずじたまふをほのきくに、にくきもののをかしければ、なほみはてまほしけれど、"ちかかりけりとみえたてまつらじ。"とおもひて、たちさりぬ。 |
28 | 2.4.10 | 180 | 157 |
御返り、 |
おほんかへり、 |
28 | 2.4.11 | 181 | 158 |
「下露になびかましかば女郎花<BR/>荒き風にはしをれざらまし |
"〔したつゆになびかましかばをみなへし<BR/>あらきかぜにはしをれざらまし |
28 | 2.4.12 | 182 | 159 |
なよ竹を見たまへかし」 |
なよたけをみたまへかし。" |
28 | 2.4.13 | 183 | 160 |
など、ひが耳にやありけむ、聞きよくもあらずぞ。 |
など、ひがみみにやありけん、ききよくもあらずぞ。 |
28 | 2.5 | 184 | 161 | 第五段 源氏、花散里を見舞う |
28 | 2.5.1 | 185 | 162 |
東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに、綿引きかけてまさぐる若人どもあり。いときよらなる朽葉の羅、今様色の二なく擣ちたるなど、引き散らしたまへり。 |
ひんがしのおほんかたへ、これよりぞわたりたまふ。けさのあさざむなるうちとけわざにや、ものたちなどするねびごたち、おまへにあまたして、ほそびつめくものに、わたひきかけてまさぐるわかうどどもあり。いときよらなるくちばのうすもの、いまやういろのになくうちたるなど、ひきちらしたまへり。 |
28 | 2.5.2 | 186 | 163 |
「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴も止まりぬらむかし。かく吹き散らしてむには、何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」 |
"ちゅうじゃうのしたがさねか。おまへのつぼせんさいのえんもとまりぬらんかし。かくふきちらしてんには、なにごとかせられん。すさまじかるべきあきなめり。" |
28 | 2.5.3 | 187 | 164 |
などのたまひて、何にかあらむ、さまざまなるものの色どもの、いときよらなれば、「かやうなる方は、南の上にも劣らずかし」と思す。御直衣、花文綾を、このころ摘み出だしたる花して、はかなく染め出でたまへる、いとあらまほしき色したり。 |
などのたまひて、なににかあらん、さまざまなるもののいろどもの、いときよらなれば、"かやうなるかたは、みなみのうへにもおとらずかし。"とおぼす。おほんなほし、けもんれうを、このころつみいだしたるはなして、はかなくそめいでたまへる、いとあらまほしきいろしたり。 |
28 | 2.5.4 | 188 | 165 |
「中将にこそ、かやうにては着せたまはめ。若き人のにてめやすかめり」 |
"っちゅじゃうにこそ、かやうにてはきせたまはめ。わかきひとのにてめやすかめり。" |
28 | 2.5.5 | 189 | 166 |
などやうのことを聞こえたまひて、渡りたまひぬ。 |
などやうのことをきこえたまひて、わたりたまひぬ。 |
28 | 3 | 190 | 167 | 第三章 夕霧の物語 幼恋の物語 |
28 | 3.1 | 191 | 168 | 第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く |
28 | 3.1.1 | 192 | 169 |
むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて、中将は、なま心やましう、書かまほしき文など、日たけぬるを思ひつつ、姫君の御方に参りたまへり。 |
むつかしきかたがためぐりたまふおほんともにありきて、ちゅうじゃうは、なまこころやましう、かかまほしきふみなど、ひたけぬるをおもひつつ、ひめぎみのおほんかたにまゐりたまへり。 |
28 | 3.1.2 | 193 | 170 |
「まだあなたになむおはします。風に懼ぢさせたまひて、今朝はえ起き上がりたまはざりつる」 |
"まだあなたになんおはします。かぜにおぢさせたまひて、けさはえおきあがりたまはざりつる。" |
28 | 3.1.3 | 194 | 171 |
と、御乳母ぞ聞こゆる。 |
と、おほんめのとぞきこゆる。 |
28 | 3.1.4 | 195 | 172 |
「もの騒がしげなりしかば、宿直も仕うまつらむと思ひたまへしを、宮の、いとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿は、いかがおはすらむ」 |
"ものさわがしげなりしかば、とのゐもつかうまつらんとおもひたまへしを、みやの、いともこころぐるしうおぼいたりしかばなん。ひひなのとのは、いかがおはすらん。" |
28 | 3.1.5 | 196 | 173 |
と問ひたまへば、人びと笑ひて、 |
ととひたまへば、ひとびとわらひたまひて、 |
28 | 3.1.6 | 197 | 174 |
「扇の風だに参れば、いみじきことに思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱りはべりしか。この御殿あつかひに、わびにてはべり」など語る。 |
"あふぎのかぜだにまゐれば、いみじきことにおぼいたるを、ほとほとしくこそふきみだりはべりしか。このおほんとのあつかひに、わびにてはべり。"などかたる。 |
28 | 3.1.7 | 198 | 175 |
「ことことしからぬ紙やはべる。御局の硯」 |
"ことことしからぬかみやはべる。みつぼねのすずり。" |
28 | 3.1.8 | 199 | 176 |
と乞ひたまへば、御厨子に寄りて、紙一巻、御硯の蓋に取りおろしてたてまつれば、 |
とこひたまへば、みづしによりて、かみひとまき、おほんすずりのふたにとりおろしてたてまつれば、 |
28 | 3.1.9 | 200 | 177 |
「いな、これはかたはらいたし」 |
"いな、これはかたはらいたし。" |
28 | 3.1.10 | 201 | 178 |
とのたまへど、北の御殿のおぼえを思ふに、すこしなのめなる心地して、文書きたまふ。 |
とのたまへど、きたのおとどのおぼえをおもふに、すこしなのめなるここちして、ふみかきたまふ。 |
28 | 3.1.11 | 202 | 179 |
紫の薄様なりけり。墨、心とめておしすり、筆の先うち見つつ、こまやかに書きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく定まりて、憎き口つきこそものしたまへ。 |
むらさきのうすやうなりけり。すみ、こころとめておしすり、ふでのさきうちみつつ、こまやかにかきやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしくさだまりて、にくきくちつきこそものしたまへ。 |
28 | 3.1.12 | 203 | 180 |
「風騒ぎむら雲まがふ夕べにも<BR/>忘るる間なく忘られぬ君」 |
"〔かぜさわぎむらくもまがふゆふべにも<BR/>わするるまなくわすられぬきみ〕" |
28 | 3.1.13 | 204 | 181 |
吹き乱れたる苅萱につけたまへれば、人びと、 |
ふきみだれたるかるかやにつけたまへれば、ひとびと、 |
28 | 3.1.14 | 205 | 182 |
「交野の少将は、紙の色にこそととのへはべりけれ」と聞こゆ。 |
"かたののせうしゃうは、かみのいろにこそととのへはべりけれ。"ときこゆ。 |
28 | 3.1.15 | 206 | 183 |
「さばかりの色も思ひ分かざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」 |
"さばかりのいろもおもひわかざりけりや。いづこののべのほとりのはな。" |
28 | 3.1.16 | 207 | 184 |
など、かやうの人びとにも、言少なに見えて、心解くべくももてなさず、いとすくすくしう気高し。 |
など、かやうのひとびとにも、ことずくなにみえて、こころとくべくももてなさず、いとすくすくしうけだかし。 |
28 | 3.1.17 | 208 | 185 |
またも書いたまうて、馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人びと、ただならずゆかしがる。 |
またもかいたまうて、むまのすけにたまへれば、をかしきわらは、またいとなれたるみずいじんなどに、うちささめきてとらするを、わかきひとびと、ただならずゆかしがる。 |
28 | 3.2 | 209 | 186 | 第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る |
28 | 3.2.1 | 210 | 187 |
渡らせたまふとて、人びとうちそよめき、几帳引き直しなどす。見つる花の顔どもも、思ひ比べまほしうて、例はものゆかしからぬ心地に、あながちに、妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびより見れば、もののそばより、ただはひ渡りたまふほどぞ、ふとうち見えたる。 |
わたらせたまふとて、ひとびとうちそよめき、きちゃうひきなほしなどす。みつるはなのかほどもも、おもひくらべまほしうて、れいはものゆかしからぬここちに、あながちに、つまどのみすをひききて、きちゃうのほころびよりみれば、もののそばより、ただはひわたりたまふほどぞ、ふとうちみえたる。 |
28 | 3.2.2 | 211 | 188 |
人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、引き広げたるやうにて、いと細く小さき様体、らうたげに心苦し。 |
ひとのしげくまがへば、なにのあやめもみえぬほどに、いとこころもとなし。うすいろのおほんぞに、かみのまだたけにははづれたるすゑの、ひきひろげたるやうにて、いとほそくちひさきやうだい、らうたげにこころぐるし。 |
28 | 3.2.3 | 212 | 189 |
「一昨年ばかりは、たまさかにもほの見たてまつりしに、またこよなく生ひまさりたまふなめりかし。まして盛りいかならむ」と思ふ。「かの見つる先々の、桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と思ひよそへらる。「かかる人びとを、心にまかせて明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、隔て隔てのけざやかなるこそつらけれ」など思ふに、まめ心も、なまあくがるる心地す。 |
"おととしばかりは、たまさかにもほのみたてまつりしに、またこよなくおひまさりたまふなめりかし。ましてさかりいかならん。"とおもふ。"かのみつるさきざきの、さくら、やまぶきといはば、これはふぢのはなとやいふべからん。こだかききよりさきかかりて、かぜになびきたるにほひは、かくぞあるかし。"とおもひよそへらる。"かかるひとびとを、こころにまかせてあけくれみたてまつらばや。さもありぬべきほどながら、へだてへだてのけざやかなるこそつらけれ。"などおもふに、まめごころも、なまあくがるるここちす。 |
28 | 3.3 | 213 | 190 | 第三段 内大臣、大宮を訪う |
28 | 3.3.1 | 214 | 191 |
祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。 |
おばみやのおほんもとにもまゐりたまへれば、のどやかにておほんおこなひしたまふ。よろしきわかうどなど、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、さうぞくどもも、さかりなるあたりにはにるべくもあらず。かたちよきあまぎみたちの、すみぞめにやつれたるぞ、なかなかかかるところにつけては、さるかたにてあはれなりける。 |
28 | 3.3.2 | 215 | 192 |
内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ。 |
うちのおとどもまゐりたまへるに、おほんとなぶらなどまゐりて、のどやかにおほんものがたりなどきこえたまふ。 |
28 | 3.3.3 | 216 | 193 |
「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」 |
"ひめぎみをひさしくみたてまつらぬがあさましきこと。" |
28 | 3.3.4 | 217 | 194 |
とて、ただ泣きに泣きたまふ。 |
とて、ただなきになきたまふ。 |
28 | 3.3.5 | 218 | 195 |
「今このごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」 |
"いまこのごろのほどにまゐらせん。こころづからものおもはしげにて、くちをしうおとろへにてなんはべめる。をんなこそ、よくいはば、もちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、こころのみなんつくされはべりける。" |
28 | 3.3.6 | 219 | 196 |
など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、 |
など、なほこころとけずおもひおきたるけしきしてのたまへば、こころうくて、せちにもきこえたまはず。そのついでにも、 |
28 | 3.3.7 | 220 | 197 |
「いと不調なる娘まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」 |
"いとふでうなるむすめまうけはべりて、もてわづらひはべりぬ。" |
28 | 3.3.8 | 221 | 198 |
と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、 |
と、うれへきこえたまひて、わらひたまふ。みや、 |
28 | 3.3.9 | 222 | 199 |
「いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」 |
"いで、あやし。むすめといふなはして、さがなかるやうやある。" |
28 | 3.3.10 | 223 | 200 |
とのたまへば、 |
とのたまへば、 |
28 | 3.3.11 | 224 | 201 |
「それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」 |
"それなんみぐるしきことになんはべる。いかで、ごらんぜさせん。" |
28 | 3.3.12 | 225 | 202 |
と、聞こえたまふとや。 |
と、きこえたまふとや。 |