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29行幸
2917443第一章 玉鬘の物語 冷泉帝の大原野行幸
291.17544第一段 大原野行幸
291.1.17645 かく(おぼ)しいたらぬことなく、いかでよからむことはと、(おぼ)(あつか)ひたまへど、この音無(おとなし)(たき)こそ、うたていとほしく、(みなみ)(うへ)御推(おほんお)(はか)りごとにかなひて、軽々(かるがる)しかるべき御名(おほんな)なれ。かの大臣(おとど)(なに)ごとにつけても、きはぎはしう、すこしもかたはなるさまのことを、(おぼ)(しの)ばずなどものしたまふ御心(みこころ)ざまを、「さて(おも)(ぐま)なく、けざやかなる(おほん)もてなしなどのあらむにつけては、をこがましうもや」など、(おぼ)(かへ)さふ。 かくおぼしいたらぬことなく、いかでよからんことはと、おぼあつかひたまへど、このおとなしたきこそ、うたていとほしく、みなみうへおほんおはかりごとにかなひて、かるがるしかるべきおほんななれ。かのおとどなにごとにつけても、きはぎはしう、すこしもかたはなるさまのことを、おぼしのばずなどものしたまふみこころざまを、"さておもぐまなく、けざやかなるおほんもてなしなどのあらんにつけては、をこがましうもや。"など、おぼかへさふ。
291.1.27746 その師走(しはす)に、大原野(おほはらの)行幸(ぎゃうがう)とて、()(のこ)(ひと)なく見騒(みさわ)ぐを、六条院(ろくでうのゐん)よりも、御方々引(おほんかたがたひ)()でつつ()たまふ。()(とき)()でたまうて、朱雀(すじゃく)より五条(ごでう)大路(おほぢ)を、西(にし)ざまに()れたまふ。桂川(かつらがは)のもとまで、物見車隙(ものみぐるまひま)なし。 そのしはすに、おほはらのぎゃうがうとて、のこひとなくみさわぐを、ろくでうのゐんよりも、おほんかたがたひでつつたまふ。ときでたまうて、すじゃくよりごでうおほぢを、にしざまにれたまふ。かつらがはのもとまで、ものみぐるまひまなし。
291.1.37847 行幸(ぎゃうがう)といへど、かならずかうしもあらぬを、今日(けふ)親王(みこ)たち、上達部(かんだちめ)も、皆心(みなこころ)ことに、御馬鞍(おほんむまくら)をととのへ、随身(ずいじん)馬副(むまぞひ)容貌丈(かたちたけ)だち、装束(さうぞく)(かざ)りたまうつつ、めづらかにをかし。左右大臣(さいうのおとど)内大臣(うちのおとど)納言(なふごん)より(しも)はた、まして(のこ)らず(つか)うまつりたまへり。青色(あをいろ)(うへのきぬ)葡萄染(えびぞめ)下襲(したがさね)を、殿上人(てんじゃうびと)五位六位(ごゐろくゐ)まで()たり。 ぎゃうがうといへど、かならずかうしもあらぬを、けふみこたち、かんだちめも、みなこころことに、おほんむまくらをととのへ、ずいじんむまぞひかたちたけだち、さうぞくかざりたまうつつ、めづらかにをかし。さいうのおとどうちのおとどなふごんよりしもはた、ましてのこらずつかうまつりたまへり。あをいろうへのきぬえびぞめしたがさねを、てんじゃうびとごゐろくゐまでたり。
291.1.47948 (ゆき)ただいささかづつうち()りて、(みち)(そら)さへ(えん)なり。親王(みこ)たち、上達部(かんだちめ)なども、(たか)にかかづらひたまへるは、めづらしき(かり)(おほん)よそひどもをまうけたまふ。近衛(このゑ)鷹飼(たかがひ)どもは、まして()目馴(めな)れぬ摺衣(すりごろも)(みだ)()つつ、けしきことなり。 ゆきただいささかづつうちりて、みちそらさへえんなり。みこたち、かんだちめなども、たかにかかづらひたまへるは、めづらしきかりおほんよそひどもをまうけたまふ。このゑたかがひどもは、ましてめなれぬすりごろもみだつつ、けしきことなり。
291.1.58049 めづらしうをかしきことに(きほ)()でつつ、その(ひと)ともなく、かすかなる足弱(あしよわ)(くるま)など、()()しひしがれ、あはれげなるもあり。浮橋(うきはし)のもとなどにも、(この)ましう()ちさまよふよき車多(くるまおほ)かり。 めづらしうをかしきことにきほでつつ、そのひとともなく、かすかなるあしよわくるまなど、しひしがれ、あはれげなるもあり。うきはしのもとなどにも、このましうちさまよふよきくるまおほかり。
291.28150第二段 玉鬘、行幸を見物
291.2.18251 西(にし)(たい)姫君(ひめぎみ)()()でたまへり。そこばく(いど)()くしたまへる(ひと)御容貌(おほんかたち)ありさまを()たまふに、(みかど)の、赤色(あかいろ)御衣(おほんぞ)たてまつりて、うるはしう(うご)きなき(おほん)かたはらめに、なずらひきこゆべき(ひと)なし。 にしたいひめぎみでたまへり。そこばくいどくしたまへるひとおほんかたちありさまをたまふに、みかどの、あかいろおほんぞたてまつりて、うるはしううごきなきおほんかたはらめに、なずらひきこゆべきひとなし。
291.2.28352 わが父大臣(ちちおとど)を、人知(ひとし)れず()をつけたてまつりたまへど、きらきらしうものきよげに、(さか)りにはものしたまへど、(かぎ)りありかし。いと(ひと)にすぐれたるただ(うど)()えて、御輿(みこし)のうちよりほかに、目移(めうつ)るべくもあらず。 わがちちおとどを、ひとしれずをつけたてまつりたまへど、きらきらしうものきよげに、さかりにはものしたまへど、かぎりありかし。いとひとにすぐれたるただうどえて、みこしのうちよりほかに、めうつるべくもあらず。
291.2.38454 まして、容貌(かたち)ありや、をかしやなど、(わか)御達(ごたち)()えかへり(こころ)うつす中少将(ちゅうせうしゃう)(なに)くれの殿上人(てんじゃうびと)やうの(ひと)は、(なに)にもあらず()えわたれるは、さらに(たぐ)ひなうおはしますなりけり。源氏(げんじ)大臣(おとど)御顔(おほんかほ)ざまは、(こと)ものとも()えたまはぬを、(おも)ひなしの(いま)すこしいつかしう、かたじけなくめでたきなり。 まして、かたちありや、をかしやなど、わかごたちえかへりこころうつすちゅうせうしゃうなにくれのてんじゃうびとやうのひとは、なににもあらずえわたれるは、さらにたぐひなうおはしますなりけり。げんじおとどおほんかほざまは、ことものともえたまはぬを、おもひなしのいますこしいつかしう、かたじけなくめでたきなり。
291.2.48555 さは、かかる(たぐ)ひはおはしがたかりけり。あてなる(ひと)は、(みな)ものきよげにけはひ(こと)なべいものとのみ、大臣(おとど)中将(ちゅうじゃう)などの(おほん)にほひに目馴(めな)れたまへるを、()()えどものかたはなるにやあらむ、(おな)目鼻(めはな)とも()えず、口惜(くちを)しうぞ()されたるや。 さは、かかるたぐひはおはしがたかりけり。あてなるひとは、みなものきよげにけはひことなべいものとのみ、おとどちゅうじゃうなどのおほんにほひにめなれたまへるを、えどものかたはなるにやあらん、おなめはなともえず、くちをしうぞされたるや。
291.2.58656 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)もおはす。右大将(うだいしゃう)の、さばかり(おも)りかによしめくも、今日(けふ)のよそひいとなまめきて、やなぐひなど()ひて、(つか)うまつりたまへり。色黒(いろくろ)(ひげ)がちに()えて、いと(こころ)づきなし。いかでかは、(をんな)のつくろひたてたる(かほ)(いろ)あひには()たらむ。いとわりなきことを、(わか)御心地(みここち)には、()おとしたまうてけり。 ひゃうぶきゃうのみやもおはす。うだいしゃうの、さばかりおもりかによしめくも、けふのよそひいとなまめきて、やなぐひなどひて、つかうまつりたまへり。いろくろひげがちにえて、いとこころづきなし。いかでかは、をんなのつくろひたてたるかほいろあひにはたらん。いとわりなきことを、わかみここちには、おとしたまうてけり。
291.2.68757 大臣(おとど)(きみ)(おぼ)()りてのたまふことを、「いかがはあらむ、宮仕(みやづか)へは、(こころ)にもあらで、見苦(みぐる)しきありさまにや」と(おも)ひつつみたまふを、「()()れしき(すぢ)などをばもて(はな)れて、おほかたに(つか)うまつり御覧(ごらん)ぜられむは、をかしうもありなむかし」とぞ、(おも)()りたまうける。 おとどきみおぼりてのたまふことを、"いかがはあらん、みやづかへは、こころにもあらで、みぐるしきありさまにや。"とおもひつつみたまふを、"れしきすぢなどをばもてはなれて、おほかたにつかうまつりごらんぜられんは、をかしうもありなんかし。"とぞ、おもりたまうける。
291.38858第三段 行幸、大原野に到着
291.3.18959 かうて、()におはしまし()きて、御輿(みこし)とどめ、上達部(かんだちめ)平張(ひらばり)にもの(まゐ)り、御装束(おほんさうぞく)ども、直衣(なほし)(かり)のよそひなどに(あらた)めたまふほどに、六条院(ろくでうのゐん)より、御酒(おほんみき)(おほん)くだものなどたてまつらせたまへり。今日仕(けふつか)うまつりたまふべく、かねて()けしきありけれど、御物忌(おほんものいみ)のよしを(そう)せさせたまへりけるなりけり。 かうて、におはしましきて、みこしとどめ、かんだちめひらばりにものまゐり、おほんさうぞくども、なほしかりのよそひなどにあらためたまふほどに、ろくでうのゐんより、おほんみきおほんくだものなどたてまつらせたまへり。けふつかうまつりたまふべく、かねてけしきありけれど、おほんものいみのよしをそうせさせたまへりけるなりけり。
291.3.29060 蔵人(くらうど)左衛門尉(さゑもんのぜう)御使(おほんつかひ)にて、雉一枝(きじひとえだ)たてまつらせたまふ。(おほ)(ごと)には(なに)とかや、さやうの(をり)のことまねぶに、わづらはしくなむ。 くらうどさゑもんのぜうおほんつかひにて、きじひとえだたてまつらせたまふ。おほごとにはなにとかや、さやうのをりのことまねぶに、わづらはしくなん。
291.3.39161 雪深(ゆきふか)小塩山(をしほのやま)にたつ(きじ)の<BR/>(ふる)(あと)をも今日(けふ)(たづ)ねよ」 "〔ゆきふかをしほのやまにたつきじの<BR/>ふるあとをもけふたづねよ〕
291.3.49262 太政大臣(おほきおとど)の、かかる()行幸(ぎゃうがう)(つか)うまつりたまへる(ためし)などやありけむ。大臣(おとど)御使(おほんつかひ)をかしこまりもてなさせたまふ。 おほきおとどの、かかるぎゃうがうつかうまつりたまへるためしなどやありけん。おとどおほんつかひをかしこまりもてなさせたまふ。
291.3.59363 小塩山深雪積(をしほやまみゆきつ)もれる松原(まつばら)に<BR/>今日(けふ)ばかりなる(あと)やなからむ」 "〔をしほやまみゆきつもれるまつばらに<BR/>けふばかりなるあとやなからん〕
291.3.69464 と、そのころほひ()きしことの、そばそば(おも)()でらるるは、ひがことにやあらむ。 と、そのころほひきしことの、そばそばおもでらるるは、ひがことにやあらん。
291.49565第四段 源氏、玉鬘に宮仕えを勧める
291.4.19666 またの()大臣(おとど)西(にし)(たい)に、 またのおとどにしたいに、
291.4.29767 昨日(きのふ)主上(うへ)()たてまつりたまひきや。かのことは、(おぼ)しなびきぬらむや」 "きのふうへたてまつりたまひきや。かのことは、おぼしなびきぬらんや。"
291.4.39868 ()こえたまへり。(しろ)色紙(しきし)に、いとうちとけたる(ふみ)、こまかにけしきばみてもあらぬが、をかしきを()たまうて、 こえたまへり。しろしきしに、いとうちとけたるふみ、こまかにけしきばみてもあらぬが、をかしきをたまうて、
291.4.49969 「あいなのことや」 "あいなのことや。"
291.4.510070 (わら)ひたまふものから、「よくも()(はか)らせたまふものかな」と(おぼ)す。御返(おほんかへ)りに、 わらひたまふものから、"よくもはからせたまふものかな。"とおぼす。おほんかへりに、
291.4.610171 昨日(きのふ)は、 "きのふは、
291.4.710272 うちきらし(あさ)ぐもりせし行幸(みゆき)には<BR/>さやかに(そら)(ひかり)やは() うちきらしあさぐもりせしみゆきには<BR/>さやかにそらひかりやは
291.4.810373 おぼつかなき(おほん)ことどもになむ」 おぼつかなきおほんことどもになん。"
291.4.910474 とあるを、(うへ)()たまふ。 とあるを、うへたまふ。
291.4.1010575 「ささのことをそそのかししかど、中宮(ちゅうぐう)かくておはす、ここながらのおぼえには、便(びん)なかるべし。かの大臣(おとど)()られても、女御(にょうご)かくてまたさぶらひたまへばなど、(おも)(みだ)るめりし(すぢ)なり。若人(わかうど)の、さも()(つか)うまつらむに、(はばか)(おも)ひなからむは、主上(うへ)をほの()たてまつりて、えかけ(はな)れて(おも)ふはあらじ」 "ささのことをそそのかししかど、ちゅうぐうかくておはす、ここながらのおぼえには、びんなかるべし。かのおとどられても、にょうごかくてまたさぶらひたまへばなど、おもみだるめりしすぢなり。わかうどの、さもつかうまつらんに、はばかおもひなからんは、うへをほのたてまつりて、えかけはなれておもふはあらじ。"
291.4.1110676 とのたまへば、 とのたまへば、
291.4.1210777 「あな、うたて。めでたしと()たてまつるとも、(こころ)もて宮仕(みやづか)(おも)()たむこそ、いとさし()ぎたる(こころ)ならめ」 "あな、うたて。めでたしとたてまつるとも、こころもてみやづかおもたんこそ、いとさしぎたるこころならめ。"
291.4.1310878 とて、(わら)ひたまふ。 とて、わらひたまふ。
291.4.1410979 「いで、そこにしもぞ、めできこえたまはむ」 "いで、そこにしもぞ、めできこえたまはん。"
291.4.1511080 などのたまうて、また御返(おほんかへ)り、 などのたまうて、またおほんかへり、
291.4.1611181 「あかねさす(ひかり)(そら)(くも)らぬを<BR/>などて行幸(みゆき)()をきらしけむ "〔あかねさすひかりそらくもらぬを<BR/>などてみゆきをきらしけん
291.4.1711282 なほ、(おぼ)()て」 なほ、おぼて。"
291.4.1811383 など、()えず(すす)めたまふ。 など、えずすすめたまふ。
291.511484第五段 玉鬘、裳着の準備
291.5.111585 「とてもかうても、まづ御裳着(おほんもぎ)のことをこそは」と(おぼ)して、その(おほん)まうけの御調度(おほんてうど)の、こまかなるきよらども(くは)へさせたまひ、(なに)くれの儀式(ぎしき)を、御心(みこころ)にはいとも(おも)ほさぬことをだに、おのづからよだけくいかめしくなるを、まして、「(うち)大臣(おとど)にも、やがてこのついでにや()らせたてまつりてまし」と(おぼ)()れば、いとめでたくなむ。「年返(としかへ)りて、二月(きさらぎ)に」と(おぼ)す。 "とてもかうても、まづおほんもぎのことをこそは。"とおぼして、そのおほんまうけのおほんてうどの、こまかなるきよらどもくはへさせたまひ、なにくれのぎしきを、みこころにはいともおもほさぬことをだに、おのづからよだけくいかめしくなるを、まして、"うちおとどにも、やがてこのついでにやらせたてまつりてまし。"とおぼれば、いとめでたくなん。"としかへりて、きさらぎに。"とおぼす。
291.5.211686 (をんな)は、()こえ(たか)く、名隠(なかく)したまふべきほどならぬも、(ひと)御女(おほんむすめ)とて、()もりおはするほどは、かならずしも、氏神(うぢがみ)(おほん)つとめなど、あらはならぬほどなればこそ、年月(としつき)はまぎれ()ぐしたまへ、この、もし(おぼ)()ることもあらむには、春日(かすが)(かみ)御心違(みこころたが)ひぬべきも、つひには(かく)れてやむまじきものから、あぢきなく、わざとがましき(のち)()まで、うたたあるべし。なほなほしき(ひと)(きは)こそ、今様(いまやう)とては、氏改(うぢあらた)むることのたはやすきもあれ」など(おぼ)しめぐらすに、「親子(おやこ)御契(おほんちぎ)り、()ゆべきやうなし。(おな)じくは、わが心許(こころゆる)してを、()らせたてまつらむ」 "をんなは、こえたかく、なかくしたまふべきほどならぬも、ひとおほんむすめとて、もりおはするほどは、かならずしも、うぢがみおほんつとめなど、あらはならぬほどなればこそ、としつきはまぎれぐしたまへ、この、もしおぼることもあらんには、かすがかみみこころたがひぬべきも、つひにはかくれてやむまじきものから、あぢきなく、わざとがましきのちまで、うたたあるべし。なほなほしきひときはこそ、いまやうとては、うぢあらたむることのたはやすきもあれ。"などおぼしめぐらすに、"おやこおほんちぎり、ゆべきやうなし。おなじくは、わがこころゆるしてを、らせたてまつらん。"
291.5.311787 など(おぼ)(さだ)めて、この御腰結(おほんこしゆひ)には、かの大臣(おとど)をなむ、御消息聞(おほんせうそこき)こえたまうければ、大宮(おほみや)去年(こぞ)(ふゆ)(かた)より(なや)みたまふこと、さらにおこたりたまはねば、かかるに()はせて、便(びん)なかるべきよし、()こえたまへり。 などおぼさだめて、このおほんこしゆひには、かのおとどをなん、おほんせうそこきこえたまうければ、おほみやこぞふゆかたよりなやみたまふこと、さらにおこたりたまはねば、かかるにはせて、びんなかるべきよし、こえたまへり。
291.5.411888 中将(ちゅうじゃう)(きみ)も、夜昼(よるひる)三条(さんでう)にぞさぶらひたまひて、(こころ)(ひま)なくものしたまうて、折悪(をりあ)しきを、いかにせましと(おぼ)す。 ちゅうじゃうきみも、よるひるさんでうにぞさぶらひたまひて、こころひまなくものしたまうて、をりあしきを、いかにせましとおぼす。
291.5.511989 ()も、いと(さだ)めなし。(みや)()せさせたまはば、御服(おほんぶく)あるべきを、()らず(がほ)にてものしたまはむ、罪深(つみふか)きこと(おほ)からむ。おはする()に、このこと(あら)はしてむ」 "も、いとさだめなし。みやせさせたまはば、おほんぶくあるべきを、らずがほにてものしたまはん、つみふかきことおほからん。おはするに、このことあらはしてん。"
291.5.612090 (おぼ)()りて、三条(さんでう)(みや)に、御訪(おほんとぶ)らひがてら(わた)りたまふ。 おぼりて、さんでうみやに、おほんとぶらひがてらわたりたまふ。
29212191第二章 光源氏の物語 大宮に玉鬘の事を語る
292.112292第一段 源氏、三条宮を訪問
292.1.112393 (いま)はまして、(しの)びやかにふるまひたまへど、行幸(みゆき)(おと)らずよそほしく、いよいよ(ひかり)をのみ()へたまふ御容貌(おほんかたち)などの、この()()えぬ心地(ここち)して、めづらしう()たてまつりたまふには、いとど御心地(みここち)(なや)ましさも、()()てらるる心地(ここち)して、()きゐたまへり。御脇息(おほんけふそく)にかかりて、(よわ)げなれど、ものなどいとよく()こえたまふ。 いまはまして、しのびやかにふるまひたまへど、みゆきおとらずよそほしく、いよいよひかりをのみへたまふおほんかたちなどの、このえぬここちして、めづらしうたてまつりたまふには、いとどみここちなやましさも、てらるるここちして、きゐたまへり。おほんけふそくにかかりて、よわげなれど、ものなどいとよくこえたまふ。
292.1.212494 「けしうはおはしまさざりけるを、なにがしの朝臣(あそん)心惑(こころまど)はして、おどろおどろしう(なげ)ききこえさすめれば、いかやうにものせさせたまふにかとなむ、おぼつかながりきこえさせつる。内裏(うち)などにも、ことなるついでなき(かぎ)りは(まゐ)らず、朝廷(おほやけ)(つか)ふる(ひと)ともなくて()もりはべれば、よろづうひうひしう、よだけくなりにてはべり。(よはひ)など、これよりまさる(ひと)腰堪(こした)へぬまで(かが)まりありく(ためし)(むかし)(いま)もはべめれど、あやしくおれおれしき本性(ほんじゃう)に、()ふもの()さになむはべるべき」 "けしうはおはしまさざりけるを、なにがしのあそんこころまどはして、おどろおどろしうなげききこえさすめれば、いかやうにものせさせたまふにかとなん、おぼつかながりきこえさせつる。うちなどにも、ことなるついでなきかぎりはまゐらず、おほやけつかふるひとともなくてもりはべれば、よろづうひうひしう、よだけくなりにてはべり。よはひなど、これよりまさるひとこしたへぬまでかがまりありくためしむかしいまもはべめれど、あやしくおれおれしきほんじゃうに、ふものさになんはべるべき。"
292.1.312595 など()こえたまふ。 などこえたまふ。
292.1.412696 (とし)()もりの(なや)みと(おも)うたまへつつ、(つき)ごろになりぬるを、今年(ことし)となりては、(たの)(すく)なきやうにおぼえはべれば、今一度(いまひとたび)、かく()たてまつりきこえさすることもなくてやと、心細(こころぼそ)(おも)ひたまへつるを、今日(けふ)こそ、またすこし()びぬる心地(ここち)しはべれ。(いま)()しみとむべきほどにもはべらず。さべき(ひと)びとにも()(おく)れ、()(すゑ)(のこ)りとまれる(たぐ)ひを、(ひと)(うへ)にて、いと(こころ)づきなしと()はべりしかば、()()ちいそぎをなむ、(おも)ひもよほされはべるに、この中将(ちゅうじゃう)の、いとあはれにあやしきまで(おも)ひあつかひ、(こころ)(さわ)がいたまふ()はべるになむ、さまざまにかけとめられて、(いま)まで(なが)びきはべる」 "としもりのなやみとおもうたまへつつ、つきごろになりぬるを、ことしとなりては、たのすくなきやうにおぼえはべれば、いまひとたび、かくたてまつりきこえさすることもなくてやと、こころぼそおもひたまへつるを、けふこそ、またすこしびぬるここちしはべれ。いましみとむべきほどにもはべらず。さべきひとびとにもおくれ、すゑのこりとまれるたぐひを、ひとうへにて、いとこころづきなしとはべりしかば、ちいそぎをなん、おもひもよほされはべるに、このちゅうじゃうの、いとあはれにあやしきまでおもひあつかひ、こころさわがいたまふはべるになん、さまざまにかけとめられて、いままでながびきはべる。"
292.1.512797 と、ただ()きに()きて、御声(おほんこゑ)のわななくも、をこがましけれど、さることどもなれば、いとあはれなり。 と、ただきにきて、おほんこゑのわななくも、をこがましけれど、さることどもなれば、いとあはれなり。
292.212898第二段 源氏と大宮との対話
292.2.112999 御物語(おほんものがたり)ども、昔今(むかしいま)のとり(あつ)()こえたまふついでに、 おほんものがたりども、むかしいまのとりあつこえたまふついでに、
292.2.2130100 (うち)大臣(おとど)は、日隔(ひへだ)てず(まゐ)りたまふことしげからむを、かかるついでに対面(たいめん)のあらば、いかにうれしからむ。いかで()こえ()らせむと(おも)ふことのはべるを、さるべきついでなくては、対面(たいめん)もありがたければ、おぼつかなくてなむ」 "うちおとどは、ひへだてずまゐりたまふことしげからんを、かかるついでにたいめんのあらば、いかにうれしからん。いかでこえらせんとおもふことのはべるを、さるべきついでなくては、たいめんもありがたければ、おぼつかなくてなん。"
292.2.3131101 ()こえたまふ。 こえたまふ。
292.2.4132102 公事(おほやけごと)のしげきにや、(わたくし)(こころ)ざしの(ふか)からぬにや、さしもとぶらひものしはべらず。のたまはすべからむことは、(なに)さまのことにかは。中将(ちゅうじゃう)(うら)めしげに(おも)はれたることもはべるを、『(はじ)めのことは()らねど、(いま)はけに()きにくくもてなすにつけて、()ちそめにし()の、()(かへ)さるるものにもあらず、をこがましきやうに、かへりては世人(よひと)()()らすなるを』などものしはべれば、()てたるところ、(むかし)よりいと()けがたき(ひと)本性(ほんじゃう)にて、心得(こころえ)ずなむ()たまふる」 "おほやけごとのしげきにや、わたくしこころざしのふかからぬにや、さしもとぶらひものしはべらず。のたまはすべからんことは、なにさまのことにかは。ちゅうじゃううらめしげにおもはれたることもはべるを、'はじめのことはらねど、いまはけにきにくくもてなすにつけて、ちそめにしの、かへさるるものにもあらず、をこがましきやうに、かへりてはよひとらすなるを。'などものしはべれば、てたるところ、むかしよりいとけがたきひとほんじゃうにて、こころえずなんたまふる。"
292.2.5133103 と、この中将(ちゅうじゃう)(おほん)ことと(おぼ)してのたまへば、うち(わら)ひたまひて、 と、このちゅうじゃうおほんこととおぼしてのたまへば、うちわらひたまひて、
292.2.6134104 「いふかひなきに、(ゆる)()てたまふこともやと()きはべりて、ここにさへなむかすめ(まう)すやうありしかど、いと(きび)しう(いさ)めたまふよしを()はべりし(のち)(なに)にさまで(こと)をもまぜはべりけむと、人悪(ひとわる)()(おも)うたまへてなむ。 "いふかひなきに、ゆるてたまふこともやときはべりて、ここにさへなんかすめまうすやうありしかど、いときびしういさめたまふよしをはべりしのちなににさまでことをもまぜはべりけんと、ひとわるおもうたまへてなん。
292.2.7135105 よろづのことにつけて、(きよ)めといふことはべれば、いかがは、さもとり(かへ)しすすいたまはざらむとは(おも)うたまへながら、かう口惜(くちを)しき(にご)りの(すゑ)に、()ちとり(ふか)()むべき(みづ)こそ()()がたかべい()なれ。(なに)ごとにつけても、(すゑ)になれば、()ちゆくけぢめこそやすくはべめれ。いとほしう()きたまふる」 よろづのことにつけて、きよめといふことはべれば、いかがは、さもとりかへしすすいたまはざらんとはおもうたまへながら、かうくちをしきにごりのすゑに、ちとりふかむべきみづこそがたかべいなれ。なにごとにつけても、すゑになれば、ちゆくけぢめこそやすくはべめれ。いとほしうきたまふる。"
292.2.8136106 など(まう)したまうて、 などまうしたまうて、
292.3137107第三段 源氏、大宮に玉鬘を語る
292.3.1138108 「さるは、かの()りたまふべき(ひと)をなむ、(おも)ひまがふることはべりて、不意(ふい)(たづ)()りてはべるを、その(をり)は、さるひがわざとも()かしはべらずありしかば、あながちにことの(こころ)(たづ)(かへ)さふこともはべらで、たださるものの(くさ)(すく)なきを、かことにても、(なに)かはと(おも)うたまへ(ゆる)して、をさをさ(むつ)びも()はべらずして、年月(としつき)はべりつるを、いかでか()こしめしけむ、内裏(うち)(おほ)せらるるやうなむある。 "さるは、かのりたまふべきひとをなん、おもひまがふることはべりて、ふいたづりてはべるを、そのをりは、さるひがわざともかしはべらずありしかば、あながちにことのこころたづかへさふこともはべらで、たださるもののくさすくなきを、かことにても、なにかはとおもうたまへゆるして、をさをさむつびもはべらずして、としつきはべりつるを、いかでかこしめしけん、うちおほせらるるやうなんある。
292.3.2139109 尚侍(ないしのかみ)宮仕(みやづか)へする(ひと)なくては、かの(ところ)のまつりごとしどけなく、女官(にょかん)なども公事(おほやけごと)(つか)うまつるに、たづきなく、こと(みだ)るるやうになむありけるを、ただ(いま)主上(うへ)にさぶらふ古老(こらう)典侍二人(すけふたり)、またさるべき(ひと)びと、さまざまに(まう)さするを、はかばかしう(えら)ばせたまはむ(たづ)ねに、(たぐ)ふべき(ひと)なむなき。 ないしのかみみやづかへするひとなくては、かのところのまつりごとしどけなく、にょかんなどもおほやけごとつかうまつるに、たづきなく、ことみだるるやうになんありけるを、ただいまうへにさぶらふこらうすけふたり、またさるべきひとびと、さまざまにまうさするを、はかばかしうえらばせたまはんたづねに、たぐふべきひとなんなき。
292.3.3140110 なほ、家高(いへたか)う、(ひと)のおぼえ(かろ)からで、(いへ)のいとなみたてたらぬ(ひと)なむ、いにしへよりなり()にける。したたかにかしこきかたの(えら)びにては、その(ひと)ならでも、年月(としつき)(らふ)になりのぼる(たぐ)ひあれど、しか(たぐ)ふべきもなしとならば、おほかたのおぼえをだに()らせたまはむとなむ、うちうちに(おほ)せられたりしを、()げなきこととしも、(なに)かは(おも)ひたまはむ。 なほ、いへたかう、ひとのおぼえかろからで、いへのいとなみたてたらぬひとなん、いにしへよりなりにける。したたかにかしこきかたのえらびにては、そのひとならでも、としつきらふになりのぼるたぐひあれど、しかたぐふべきもなしとならば、おほかたのおぼえをだにらせたまはんとなん、うちうちにおほせられたりしを、げなきこととしも、なにかはおもひたまはん。
292.3.4141111 宮仕(みやづか)へは、さるべき(すぢ)にて、(かみ)(しも)(おも)(およ)び、()()つこそ心高(こころたか)きことなれ。公様(おほやけざま)にて、さる(ところ)のことをつかさどり、まつりごとのおもぶきをしたため()らむことは、はかばかしからず、あはつけきやうにおぼえたれど、などかまたさしもあらむ。ただ、わが()のありさまからこそ、よろづのことはべめれと、(おも)(よわ)りはべりしついでになむ。 みやづかへは、さるべきすぢにて、かみしもおもおよび、つこそこころたかきことなれ。おほやけざまにて、さるところのことをつかさどり、まつりごとのおもぶきをしたためらんことは、はかばかしからず、あはつけきやうにおぼえたれど、などかまたさしもあらん。ただ、わがのありさまからこそ、よろづのことはべめれと、おもよわりはべりしついでになん。
292.3.5142112 (よはひ)のほどなど()()きはべれば、かの御尋(おほんたづ)ねあべいことになむありけるを、いかなべいことぞとも、(まう)しあきらめまほしうはべる。ついでなくては対面(たいめん)はべるべきにもはべらず。やがてかかることなむと、あらはし(まう)すべきやうを(おも)ひめぐらして、消息申(せうそこまう)ししを、御悩(おほんなや)みにことづけて、もの()げにすまひたまへりし。 よはひのほどなどきはべれば、かのおほんたづねあべいことになんありけるを、いかなべいことぞとも、まうしあきらめまほしうはべる。ついでなくてはたいめんはべるべきにもはべらず。やがてかかることなんと、あらはしまうすべきやうをおもひめぐらして、せうそこまうししを、おほんなやみにことづけて、ものげにすまひたまへりし。
292.3.6143113 げに、(をり)しも便(びん)なう(おも)ひとまりはべるに、よろしうものせさせたまひければ、なほ、かう(おも)ひおこせるついでにとなむ(おも)うたまふる。さやうに(つた)へものせさせたまへ」 げに、をりしもびんなうおもひとまりはべるに、よろしうものせさせたまひければ、なほ、かうおもひおこせるついでにとなんおもうたまふる。さやうにつたへものせさせたまへ。"
292.3.7144114 ()こえたまふ。(みや) こえたまふ。みや
292.3.8145115 「いかに、いかに、はべりけることにか。かしこには、さまざまにかかる()のりする(ひと)を、(いと)ふことなく(ひろ)(あつ)めらるめるに、いかなる(こころ)にて、かくひき(たが)へかこちきこえらるらむ。この(とし)ごろ、うけたまはりて、なりぬるにや」 "いかに、いかに、はべりけることにか。かしこには、さまざまにかかるのりするひとを、いとふことなくひろあつめらるめるに、いかなるこころにて、かくひきたがへかこちきこえらるらん。このとしごろ、うけたまはりて、なりぬるにや。"
292.3.9146116 と、()こえたまへば、 と、こえたまへば、
292.3.10147117 「さるやうはべることなり。(くは)しきさまは、かの大臣(おとど)もおのづから(たづ)()きたまうてむ。くだくだしき直人(なほびと)(なか)らひに()たることにはべれば、()かさむにつけても、らうがはしう人言(ひとい)(つた)へはべらむを、中将(ちゅうじゃう)朝臣(あそん)にだに、まだわきまへ()らせはべらず。(ひと)にも()らさせたまふまじ」 "さるやうはべることなり。くはしきさまは、かのおとどもおのづからたづきたまうてん。くだくだしきなほびとなからひにたることにはべれば、かさんにつけても、らうがはしうひといつたへはべらんを、ちゅうじゃうあそんにだに、まだわきまへらせはべらず。ひとにもらさせたまふまじ。"
292.3.11148118 と、御口(おほんくち)かためきこえたまふ。 と、おほんくちかためきこえたまふ。
292.4149119第四段 大宮、内大臣を招く
292.4.1150120 (うち)大殿(おほいどの)、かく三条(さんでう)(みや)太政大臣渡(おほきおとどわた)りおはしまいたるよし、()きたまひて、 うちおほいどの、かくさんでうみやおほきおとどわたりおはしまいたるよし、きたまひて、
292.4.2151121 「いかに(さび)しげにて、いつかしき(おほん)さまを()ちうけきこえたまふらむ。御前(ごぜん)どももてはやし、御座(おまし)ひきつくろふ(ひと)も、はかばかしうあらじかし。中将(ちゅうじゃう)は、御供(おほんとも)にこそものせられつらめ」 "いかにさびしげにて、いつかしきおほんさまをちうけきこえたまふらん。ごぜんどももてはやし、おましひきつくろふひとも、はかばかしうあらじかし。ちゅうじゃうは、おほんともにこそものせられつらめ。"
292.4.3152122 など、おどろきたまうて、御子(おほんこ)どもの君達(きみたち)(むつ)ましうさるべきまうち(ぎみ)たち、たてまつれたまふ。 など、おどろきたまうて、おほんこどものきみたちむつましうさるべきまうちぎみたち、たてまつれたまふ。
292.4.4153123 (おほん)くだもの、御酒(おほんみき)など、さりぬべく(まゐ)らせよ。みづからも(まゐ)るべきを、かへりてもの(さわ)がしきやうならむ」 "おほんくだもの、おほんみきなど、さりぬべくまゐらせよ。みづからもまゐるべきを、かへりてものさわがしきやうならん。"
292.4.5154124 などのたまふほどに、大宮(おほみや)御文(おほんふみ)あり。 などのたまふほどに、おほみやおほんふみあり。
292.4.6155125 六条(ろくでう)大臣(おとど)(とぶ)らひに(わた)りたまへるを、もの(さび)しげにはべれば、人目(ひとめ)のいとほしうも、かたじけなうもあるを、ことことしう、かう()こえたるやうにはあらで、(わた)りたまひなむや。対面(たいめん)()こえまほしげなることもあなり」 "ろくでうおとどとぶらひにわたりたまへるを、ものさびしげにはべれば、ひとめのいとほしうも、かたじけなうもあるを、ことことしう、かうこえたるやうにはあらで、わたりたまひなんや。たいめんこえまほしげなることもあなり。"
292.4.7156126 ()こえたまへり。 こえたまへり。
292.4.8157127 (なに)ごとにかはあらむ。この姫君(ひめぎみ)(おほん)こと、中将(ちゅうじゃう)(うれ)へにや」と(おぼ)しまはすに、「(みや)もかう御世残(みよのこ)りなげにて、このことと(せち)にのたまひ、大臣(おとど)(にく)からぬさまに一言(ひとこと)うち()(うら)みたまはむに、とかく(まう)しかへさふことえあらじかし。つれなくて(おも)()れぬを()るにはやすからず、さるべきついであらば、(ひと)御言(おほんこと)になびき(がほ)にて(ゆる)してむ」と(おぼ)す。 "なにごとにかはあらん。このひめぎみおほんこと、ちゅうじゃううれへにや。"とおぼしまはすに、"みやもかうみよのこりなげにて、このこととせちにのたまひ、おとどにくからぬさまにひとことうちうらみたまはんに、とかくまうしかへさふことえあらじかし。つれなくておもれぬをるにはやすからず、さるべきついであらば、ひとおほんことになびきがほにてゆるしてん。"とおぼす。
292.4.9158128 御心(みこころ)をさしあはせてのたまはむこと」と(おも)()りたまふに、「いとど(いな)びどころなからむが、また、などかさしもあらむ」とやすらはるる、いとけしからぬ(おほん)あやにく(ごころ)なりかし。「されど、(みや)かくのたまひ、大臣(おとど)対面(たいめん)すべく()ちおはするにや、かたがたにかたじけなし。(まゐ)りてこそは、()けしきに(したが)はめ」 "みこころをさしあはせてのたまはんこと。"とおもりたまふに、"いとどいなびどころなからんが、また、などかさしもあらん。"とやすらはるる、いとけしからぬおほんあやにくごころなりかし。"されど、みやかくのたまひ、おとどたいめんすべくちおはするにや、かたがたにかたじけなし。まゐりてこそは、けしきにしたがはめ。"
292.4.10159129 など(おも)ほしなりて、御装束心(おほんさうぞくこころ)ことにひきつくろひて、御前(ごぜん)などもことことしきさまにはあらで(わた)りたまふ。 などおもほしなりて、おほんさうぞくこころことにひきつくろひて、ごぜんなどもことことしきさまにはあらでわたりたまふ。
292.5160130第五段 内大臣、三条宮邸に参上
292.5.1161131 君達(きみたち)いとあまた()きつれて()りたまふさま、ものものしう(たの)もしげなり。(たけ)だちそぞろかにものしたまふに、(ふと)さもあひて、いと宿徳(しうとく)に、(おも)もち、(あゆ)まひ、大臣(おとど)といはむに()らひたまへり。 きみたちいとあまたきつれてりたまふさま、ものものしうたのもしげなり。たけだちそぞろかにものしたまふに、ふとさもあひて、いとしうとくに、おももち、あゆまひ、おとどといはんにらひたまへり。
292.5.2162132 葡萄染(えびぞめ)御指貫(おほんさしぬき)(さくら)下襲(したがさね)、いと(なが)うは裾引(しりひ)きて、ゆるゆるとことさらびたる(おほん)もてなし、あなきらきらしと()えたまへるに、六条殿(ろくでうどの)は、(さくら)(から)()御直衣(おほんなほし)今様色(いまやういろ)御衣(おほんぞ)ひき(かさ)ねて、しどけなき大君姿(おほきみすがた)、いよいよたとへむものなし。(ひかり)こそまさりたまへ、かうしたたかにひきつくろひたまへる(おほん)ありさまに、なずらへても()えたまはざりけり。 えびぞめおほんさしぬきさくらしたがさね、いとながうはしりひきて、ゆるゆるとことさらびたるおほんもてなし、あなきらきらしとえたまへるに、ろくでうどのは、さくらからおほんなほしいまやういろおほんぞひきかさねて、しどけなきおほきみすがた、いよいよたとへんものなし。ひかりこそまさりたまへ、かうしたたかにひきつくろひたまへるおほんありさまに、なずらへてもえたまはざりけり。
292.5.3163133 君達次々(きみたちつぎつぎ)に、いとものきよげなる御仲(おほんなか)らひにて、(つど)ひたまへり。藤大納言(とうだいなごん)春宮大夫(とうぐうのだいぶ)など、(いま)()こゆる()どもも、(みな)なり()でつつものしたまふ。おのづから、わざともなきに、おぼえ(たか)くやむごとなき殿上人(てんじゃうびと)蔵人頭(くらひとのとう)五位(ごゐ)蔵人(くらうど)近衛(このゑ)(ちゅう)少将(せうしゃう)弁官(べんかん)など、人柄(ひとがら)はなやかにあるべかしき、十余人集(じふよにんつど)ひたまへれば、いかめしう、次々(つぎつぎ)のただ(ふど)(おほ)くて、土器(かはらけ)あまたたび(なが)れ、皆酔(みなゑ)ひになりて、おのおのかう(さいは)(ひと)にすぐれたまへる(おほん)ありさまを物語(ものがたり)にしけり。 きみたちつぎつぎに、いとものきよげなるおほんなからひにて、つどひたまへり。とうだいなごんとうぐうのだいぶなど、いまこゆるどもも、みななりでつつものしたまふ。おのづから、わざともなきに、おぼえたかくやんごとなきてんじゃうびとくらひとのとうごゐくらうどこのゑちゅうせうしゃうべんかんなど、ひとがらはなやかにあるべかしき、じふよにんつどひたまへれば、いかめしう、つぎつぎのただふどおほくて、かはらけあまたたびながれ、みなゑひになりて、おのおのかうさいはひとにすぐれたまへるおほんありさまをものがたりにしけり。
292.6164134第六段 源氏、内大臣と対面
292.6.1165135 大臣(おとど)も、めづらしき御対面(おほんたいめん)に、(むかし)のこと(おぼ)()でられて、よそよそにてこそ、はかなきことにつけて、(いど)ましき御心(みこころ)()ふべかめれ、さし()かひきこえたまひては、かたみにいとあはれなることの数々思(かずかずおぼ)()でつつ、(れい)の、(へだ)てなく、昔今(むかしいま)のことども、(とし)ごろの御物語(おほんものがたり)に、日暮(ひく)れゆく。御土器(おほんかはらけ)など(すす)(まゐ)りたまふ。 おとども、めづらしきおほんたいめんに、むかしのことおぼでられて、よそよそにてこそ、はかなきことにつけて、いどましきみこころふべかめれ、さしかひきこえたまひては、かたみにいとあはれなることのかずかずおぼでつつ、れいの、へだてなく、むかしいまのことども、としごろのおほんものがたりに、ひくれゆく。おほんかはらけなどすすまゐりたまふ。
292.6.2166136 「さぶらはでは()しかりぬべかりけるを、()しなきに(はばか)りて。うけたまはり()ぐしてましかば、御勘事(おほんかうじ)()はまし」 "さぶらはではしかりぬべかりけるを、しなきにはばかりて。うけたまはりぐしてましかば、おほんかうじはまし。"
292.6.3167137 (まう)したまふに、 まうしたまふに、
292.6.4168138 勘当(かんだう)は、こなたざまになむ。勘事(かうじ)(おも)ふこと(おほ)くはべる」 "かんだうは、こなたざまになん。かうじおもふことおほくはべる。"
292.6.5169139 など、けしきばみたまふに、このことにやと(おぼ)せば、わづらはしうて、かしこまりたるさまにてものしたまふ。 など、けしきばみたまふに、このことにやとおぼせば、わづらはしうて、かしこまりたるさまにてものしたまふ。
292.6.6170140 (むかし)より、公私(おほやけわたくし)のことにつけて、(こころ)(へだ)てなく、大小(だいせう)のこと()こえうけたまはり、羽翼(はね)(なら)ぶるやうにて、朝廷(おほやけ)御後見(おほんうしろみ)をも(つか)うまつるとなむ(おも)うたまへしを、(すゑ)()となりて、そのかみ(おも)うたまへし本意(ほい)なきやうなること、うち(まじ)りはべれど、うちうちの私事(わたくしごと)にこそは。 "むかしより、おほやけわたくしのことにつけて、こころへだてなく、だいせうのことこえうけたまはり、はねならぶるやうにて、おほやけおほんうしろみをもつかうまつるとなんおもうたまへしを、すゑとなりて、そのかみおもうたまへしほいなきやうなること、うちまじりはべれど、うちうちのわたくしごとにこそは。
292.6.7171141 おほかたの(こころ)ざしは、さらに(うつ)ろふことなくなむ。(なに)ともなくて()もりはべる年齢(としよはひ)()へて、いにしへのことなむ(こひ)しかりけるを、対面賜(たいめんたま)はることもいとまれにのみはべれば、こと(かぎ)りありて、()だけき(おほん)ふるまひとは(おも)うたまへながら、(した)しきほどには、その御勢(おほんいきほ)ひをも、()きしじめたまひてこそは、(とぶ)らひものしたまはめとなむ、(うら)めしき折々(をりをり)はべる」 おほかたのこころざしは、さらにうつろふことなくなん。なにともなくてもりはべるとしよはひへて、いにしへのことなんこひしかりけるを、たいめんたまはることもいとまれにのみはべれば、ことかぎりありて、だけきおほんふるまひとはおもうたまへながら、したしきほどには、そのおほんいきほひをも、きしじめたまひてこそは、とぶらひものしたまはめとなん、うらめしきをりをりはべる。"
292.6.8172142 ()こえたまへば、 こえたまへば、
292.6.9173143 「いにしへは、げに面馴(おもな)れて、あやしくたいだいしきまで()れさぶらひ、(こころ)(へだ)つることなく御覧(ごらん)ぜられしを、朝廷(おほやけ)(つか)うまつりし(きは)は、羽翼(はね)(なら)べたる(かず)にも(おも)ひはべらで、うれしき(おほん)かへりみをこそ、はかばかしからぬ()にて、かかる(くらゐ)(およ)びはべりて、朝廷(おほやけ)(つか)うまつりはべることに()へても、(おも)うたまへ()らぬにははべらぬを、(よはひ)()もりには、げにおのづからうちゆるぶことのみなむ、(おほ)くはべりける」 "いにしへは、げにおもなれて、あやしくたいだいしきまでれさぶらひ、こころへだつることなくごらんぜられしを、おほやけつかうまつりしきはは、はねならべたるかずにもおもひはべらで、うれしきおほんかへりみをこそ、はかばかしからぬにて、かかるくらゐおよびはべりて、おほやけつかうまつりはべることにへても、おもうたまへらぬにははべらぬを、よはひもりには、げにおのづからうちゆるぶことのみなん、おほくはべりける。"
292.6.10174144 などかしこまり(まう)したまふ。 などかしこまりまうしたまふ。
292.6.11175145 そのついでに、ほのめかし()でたまひてけり。大臣(おとど) そのついでに、ほのめかしでたまひてけり。おとど
292.6.12176146 「いとあはれに、めづらかなることにもはべるかな」と、まづうち()きたまひて、「そのかみより、いかになりにけむと(たづ)(おも)うたまへしさまは、(なに)のついでにかはべりけむ、(うれ)へに()へず、()らし()こしめさせし心地(ここち)なむしはべる。(いま)かく、すこし人数(ひとかず)にもなりはべるにつけて、はかばかしからぬ(もの)どもの、かたがたにつけてさまよひはべるを、かたくなしく、見苦(みぐる)しと()はべるにつけても、またさるさまにて、数々(かずかず)(つら)ねては、あはれに(おも)うたまへらるる(をり)()へても、まづなむ(おも)ひたまへ()でらるる」 "いとあはれに、めづらかなることにもはべるかな。"と、まづうちきたまひて、"そのかみより、いかになりにけんとたづおもうたまへしさまは、なにのついでにかはべりけん、うれへにへず、らしこしめさせしここちなんしはべる。いまかく、すこしひとかずにもなりはべるにつけて、はかばかしからぬものどもの、かたがたにつけてさまよひはべるを、かたくなしく、みぐるしとはべるにつけても、またさるさまにて、かずかずつらねては、あはれにおもうたまへらるるをりへても、まづなんおもひたまへでらるる。"
292.6.13177148 とのたまふついでに、かのいにしへの雨夜(あまよ)物語(ものがたり)に、いろいろなりし御睦言(おほんむつごと)(さだ)めを(おぼ)()でて、()きみ(わら)ひみ、(みな)うち(みだ)れたまひぬ。 とのたまふついでに、かのいにしへのあまよものがたりに、いろいろなりしおほんむつごとさだめをおぼでて、きみわらひみ、みなうちみだれたまひぬ。
292.7178149第七段 源氏、内大臣、三条宮邸を辞去
292.7.1179150 ()いたう()けて、おのおのあかれたまふ。 いたうけて、おのおのあかれたまふ。
292.7.2180151 「かく(まゐ)()あひては、さらに、(ひさ)しくなりぬる()古事(ふること)(おも)うたまへ()でられ、(こひ)しきことの(しの)びがたきに、()()でむ心地(ここち)もしはべらず」 "かくまゐあひては、さらに、ひさしくなりぬるふることおもうたまへでられ、こひしきことのしのびがたきに、でんここちもしはべらず。"
292.7.3181152 とて、をさをさ心弱(こころよわ)くおはしまさぬ六条殿(ろくでうどの)も、()()きにや、うちしほれたまふ。(みや)はたまいて、姫君(ひめぎみ)(おほん)ことを(おぼ)()づるに、ありしにまさる(おほん)ありさま、(いきほ)ひを()たてまつりたまふに、()かず(かな)しくて、とどめがたく、しほしほと()きたまふ尼衣(あまごろも)は、げに(こころ)ことなりけり。 とて、をさをさこころよわくおはしまさぬろくでうどのも、きにや、うちしほれたまふ。みやはたまいて、ひめぎみおほんことをおぼづるに、ありしにまさるおほんありさま、いきほひをたてまつりたまふに、かずかなしくて、とどめがたく、しほしほときたまふあまごろもは、げにこころことなりけり。
292.7.4182153 かかるついでなれど、中将(ちゅうじゃう)(おほん)ことをば、うち()でたまはずなりぬ。ひとふし用意(ようい)なしと(おぼ)しおきてければ、口入(くちい)れむことも人悪(ひとわる)(おぼ)しとどめ、かの大臣(おとど)はた、(ひと)()けしきなきに、さし()ぐしがたくて、さすがにむすぼほれたる心地(ここち)したまうけり。 かかるついでなれど、ちゅうじゃうおほんことをば、うちでたまはずなりぬ。ひとふしよういなしとおぼしおきてければ、くちいれんこともひとわるおぼしとどめ、かのおとどはた、ひとけしきなきに、さしぐしがたくて、さすがにむすぼほれたるここちしたまうけり。
292.7.5183154 今宵(こよひ)御供(おほんとも)にさぶらふべきを、うちつけに(さわ)がしくもやとてなむ。今日(けふ)のかしこまりは、ことさらになむ(まゐ)るべくはべる」 "こよひおほんともにさぶらふべきを、うちつけにさわがしくもやとてなん。けふのかしこまりは、ことさらになんまゐるべくはべる。"
292.7.6184155 (まう)したまへば、 まうしたまへば、
292.7.7185156 「さらば、この御悩(おほんなや)みもよろしう()えたまふを、かならず()こえし日違(ひたが)へさせたまはず、(わた)りたまふべき」よし、()こえ(ちぎ)りたまふ。 "さらば、このおほんなやみもよろしうえたまふを、かならずこえしひたがへさせたまはず、わたりたまふべき。"よし、こえちぎりたまふ。
292.7.8186157 ()けしきどもようて、おのおの()でたまふ(ひび)き、いといかめし。君達(きみたち)御供(おほんとも)(ひと)びと、 けしきどもようて、おのおのでたまふひびき、いといかめし。きみたちおほんともひとびと、
292.7.9187158 (なに)ごとありつるならむ。めづらしき御対面(おほんたいめん)に、いと()けしきよげなりつるは」 "なにごとありつるならん。めづらしきおほんたいめんに、いとけしきよげなりつるは。"
292.7.10188159 「また、いかなる御譲(おほんゆづ)りあるべきにか」 "また、いかなるおほんゆづりあるべきにか。"
292.7.11189160 など、ひが(こころ)()つつ、かかる(すぢ)とは(おも)()らざりけり。 など、ひがこころつつ、かかるすぢとはおもらざりけり。
293190161第三章 玉鬘の物語 裳着の物語
293.1191162第一段 内大臣、源氏の意向に従う
293.1.1192163 大臣(おとど)、うちつけにいといぶかしう、(こころ)もとなうおぼえたまへど、 おとど、うちつけにいといぶかしう、こころもとなうおぼえたまへど、
293.1.2193164 「ふと、しか()けとり、(おや)がらむも便(びん)なからむ。(たづ)()たまへらむ(はじ)めを(おも)ふに、(さだ)めて(こころ)きよう見放(みはな)ちたまはじ。やむごとなき方々(かたがた)(はばか)りて、うけばりてその(きは)にはもてなさず、さすがにわづらはしう、ものの()こえを(おも)ひて、かく()かしたまふなめり」 "ふと、しかけとり、おやがらんもびんなからん。たづたまへらんはじめをおもふに、さだめてこころきようみはなちたまはじ。やんごとなきかたがたはばかりて、うけばりてそのきはにはもてなさず、さすがにわづらはしう、もののこえをおもひて、かくかしたまふなめり。"
293.1.3194165 (おぼ)すは、口惜(くちを)しけれど、 おぼすは、くちをしけれど、
293.1.4195166 「それを(きず)とすべきことかは。ことさらにも、かの(おほん)あたりに()ればはせむに、などかおぼえの(おと)らむ。宮仕(みやづか)へざまにおもむきたまへらば、女御(にょうご)などの(おぼ)さむこともあぢきなし」と(おぼ)せど、「ともかくも、(おも)()りのたまはむおきてを(たが)ふべきことかは」 "それをきずとすべきことかは。ことさらにも、かのおほんあたりにればはせんに、などかおぼえのおとらん。みやづかへざまにおもむきたまへらば、にょうごなどのおぼさんこともあぢきなし。"とおぼせど、"ともかくも、おもりのたまはんおきてをたがふべきことかは。"
293.1.5196167 と、よろづに(おぼ)しけり。 と、よろづにおぼしけり。
293.1.6197168 かくのたまふは、二月朔日(きさらぎのついたち)ころなりけり。十六日(じふろくにち)彼岸(ひがん)(はじ)めにて、いと()()なりけり。(ちか)うまた()()なしと(かんが)(まう)しけるうちに、(みや)よろしうおはしませば、いそぎ()ちたまうて、(れい)(わた)りたまうても、大臣(おとど)(まう)しあらはししさまなど、いとこまかにあべきことども(をし)へきこえたまへば、 かくのたまふは、きさらぎのついたちころなりけり。じふろくにちひがんはじめにて、いとなりけり。ちかうまたなしとかんがまうしけるうちに、みやよろしうおはしませば、いそぎちたまうて、れいわたりたまうても、おとどまうしあらはししさまなど、いとこまかにあべきことどもをしへきこえたまへば、
293.1.7198169 「あはれなる御心(みこころ)は、(おや)()こえながらも、ありがたからむを」 "あはれなるみこころは、おやこえながらも、ありがたからんを。"
293.1.8199170 (おぼ)すものから、いとなむうれしかりける。 おぼすものから、いとなんうれしかりける。
293.1.9200171 かくて(のち)は、中将(ちゅうじゃう)(きみ)にも、(しの)びてかかることの(こころ)のたまひ()らせけり。 かくてのちは、ちゅうじゃうきみにも、しのびてかかることのこころのたまひらせけり。
293.1.10201172 「あやしのことどもや。むべなりけり」 "あやしのことどもや。むべなりけり。"
293.1.11202173 と、(おも)ひあはすることどもあるに、かのつれなき(ひと)(おほん)ありさまよりも、なほもあらず(おも)()でられて、「(おも)()らざりけることよ」と、しれじれしき心地(ここち)す。されど、「あるまじう、ねじけたるべきほどなりけり」と、(おも)(かへ)すことこそは、ありがたきまめまめしさなめれ。 と、おもひあはすることどもあるに、かのつれなきひとおほんありさまよりも、なほもあらずおもでられて、"おもらざりけることよ。"と、しれじれしきここちす。されど、"あるまじう、ねじけたるべきほどなりけり。"と、おもかへすことこそは、ありがたきまめまめしさなめれ。
293.2203174第二段 二月十六日、玉鬘の裳着の儀
293.2.1204175 かくてその()になりて、三条(さんでう)(みや)より、(しの)びやかに御使(おほんつかひ)あり。御櫛(みくし)(はこ)など、にはかなれど、ことどもいときよらにしたまうて、御文(おほんふみ)には、 かくてそのになりて、さんでうみやより、しのびやかにおほんつかひあり。みくしはこなど、にはかなれど、ことどもいときよらにしたまうて、おほんふみには、
293.2.2205176 ()こえむにも、いまいましきありさまを、今日(けふ)(しの)びこめはべれど、さるかたにても、(なが)(ためし)ばかりを(おぼ)(ゆる)すべうや、とてなむ。あはれにうけたまはり、あきらめたる(すぢ)をかけきこえむも、いかが。()けしきに(したが)ひてなむ。 "こえんにも、いまいましきありさまを、けふしのびこめはべれど、さるかたにても、ながためしばかりをおぼゆるすべうや、とてなん。あはれにうけたまはり、あきらめたるすぢをかけきこえんも、いかが。けしきにしたがひてなん。
293.2.3206177 ふたかたに()ひもてゆけば玉櫛笥(たまくしげ)<BR/>わが()はなれぬ懸子(かけご)なりけり」 ふたかたにひもてゆけばたまくしげ<BR/>わがはなれぬかけごなりけり〕
293.2.4207178 と、いと(ふる)めかしうわななきたまへるを、殿(との)もこなたにおはしまして、ことども御覧(ごらん)(さだ)むるほどなれば、()たまうて、 と、いとふるめかしうわななきたまへるを、とのもこなたにおはしまして、ことどもごらんさだむるほどなれば、たまうて、
293.2.5208179 古代(こたい)なる御文書(おほんふみが)きなれど、いたしや、この御手(おほんて)よ。(むかし)上手(じゃうず)にものしたまひけるを、(とし)()へて、あやしく()いゆくものにこそありけれ。いとからく御手(おほんて)ふるひにけり」 "こたいなるおほんふみがきなれど、いたしや、このおほんてよ。むかしじゃうずにものしたまひけるを、としへて、あやしくいゆくものにこそありけれ。いとからくおほんてふるひにけり。"
293.2.6209180 など、うち(かへ)()たまうて、 など、うちかへたまうて、
293.2.7210181 「よくも玉櫛笥(たまくしげ)にまつはれたるかな。三十一字(みそひともじ)(なか)に、異文字(こともじ)(すく)なく()へたることのかたきなり」 "よくもたまくしげにまつはれたるかな。みそひともじなかに、こともじすくなくへたることのかたきなり。"
293.2.8211182 と、(しの)びて(わら)ひたまふ。 と、しのびてわらひたまふ。
293.3212183第三段 玉鬘の裳着への祝儀の品々
293.3.1213184 中宮(ちゅうぐう)より、(しろ)御裳(おほんも)唐衣(からぎぬ)御装束(おほんさうぞく)御髪上(みぐしあげ)()など、いと()なくて、(れい)の、(つぼ)どもに、(から)薫物(たきもの)(こころ)ことに(かを)(ふか)くてたてまつりたまへり。 ちゅうぐうより、しろおほんもからぎぬおほんさうぞくみぐしあげなど、いとなくて、れいの、つぼどもに、からたきものこころことにかをふかくてたてまつりたまへり。
293.3.2214185 御方々(おほんかたがた)皆心々(みなこころごころ)に、御装束(おほんさうぞく)(ひと)びとの(れう)に、櫛扇(くしあふぎ)まで、とりどりにし()でたまへるありさま、(おと)りまさらず、さまざまにつけて、かばかりの御心(みこころ)ばせどもに、(いど)()くしたまへれば、をかしう()ゆるを、(ひんがし)(ゐん)(ひと)びとも、かかる(おほん)いそぎは()きたまうけれども、(とぶ)らひきこえたまふべき(かず)ならねば、ただ()()ぐしたるに、常陸(ひたち)(みや)御方(おほんかた)、あやしうものうるはしう、さるべきことの折過(をりす)ぐさぬ古代(こたい)御心(みこころ)にて、いかでかこの(おほん)いそぎを、よそのこととは()()ぐさむ、と(おぼ)して、(かた)のごとなむし()でたまうける。 おほんかたがたみなこころごころに、おほんさうぞくひとびとのれうに、くしあふぎまで、とりどりにしでたまへるありさま、おとりまさらず、さまざまにつけて、かばかりのみこころばせどもに、いどくしたまへれば、をかしうゆるを、ひんがしゐんひとびとも、かかるおほんいそぎはきたまうけれども、とぶらひきこえたまふべきかずならねば、ただぐしたるに、ひたちみやおほんかた、あやしうものうるはしう、さるべきことのをりすぐさぬこたいみこころにて、いかでかこのおほんいそぎを、よそのこととはぐさん、とおぼして、かたのごとなんしでたまうける。
293.3.3215186 あはれなる御心(みこころ)ざしなりかし。青鈍(あをにび)細長一襲(ほそながひとかさね)落栗(おちぐり)とかや、(なに)とかや、(むかし)(ひと)のめでたうしける(あはせ)袴一具(はかまいちぐ)(むらさき)のしらきり()ゆる霰地(あられぢ)御小袿(おほんこうちき)と、よき衣筥(ころもばこ)()れて、(つつみ)いとうるはしうて、たてまつれたまへり。 あはれなるみこころざしなりかし。あをにびほそながひとかさねおちぐりとかや、なにとかや、むかしひとのめでたうしけるあはせはかまいちぐむらさきのしらきりゆるあられぢおほんこうちきと、よきころもばこれて、つつみいとうるはしうて、たてまつれたまへり。
293.3.4216187 御文(おほんふみ)には、 おほんふみには、
293.3.5217188 ()らせたまふべき(かず)にもはべらねば、つつましけれど、かかる(をり)(おも)たまへ(しの)びがたくなむ。これ、いとあやしけれど、(ひと)にも(たま)はせよ」 "らせたまふべきかずにもはべらねば、つつましけれど、かかるをりおもたまへしのびがたくなん。これ、いとあやしけれど、ひとにもたまはせよ。"
293.3.6218189 と、おいらかなり。殿(との)御覧(ごらん)じつけて、いとあさましう、(れい)の、と(おぼ)すに、御顔赤(おほんかほあか)みぬ。 と、おいらかなり。とのごらんじつけて、いとあさましう、れいの、とおぼすに、おほんかほあかみぬ。
293.3.7219190 「あやしき古人(ふるびと)にこそあれ。かくものづつみしたる(ひと)は、()()(しづ)()りたるこそよけれ。さすがに()ぢがましや」とて、「(かへ)りことはつかはせ。はしたなく(おも)ひなむ。父親王(ちちみこ)の、いとかなしうしたまひける、(おも)()づれば、(ひと)(おと)さむはいと心苦(こころぐる)しき(ひと)なり」 "あやしきふるびとにこそあれ。かくものづつみしたるひとは、しづりたるこそよけれ。さすがにぢがましや。"とて、"かへりことはつかはせ。はしたなくおもひなん。ちちみこの、いとかなしうしたまひける、おもづれば、ひとおとさんはいとこころぐるしきひとなり。"
293.3.8220191 ()こえたまふ。御小袿(おほんこうちき)(たもと)に、(れい)の、(おな)(すぢ)(うた)ありけり。 こえたまふ。おほんこうちきたもとに、れいの、おなすぢうたありけり。
293.3.9221192 「わが()こそ(うら)みられけれ唐衣(からごろも)<BR/>(きみ)(たもと)()れずと(おも)へば」 "〔わがこそうらみられけれからごろも<BR/>きみたもとれずとおもへば〕
293.3.10222193 御手(おほんて)は、(むかし)だにありしを、いとわりなうしじかみ、彫深(ゑりふか)う、(つよ)う、(かた)()きたまへり。大臣(おとど)(にく)きものの、をかしさをばえ(ねん)じたまはで、 おほんては、むかしだにありしを、いとわりなうしじかみ、ゑりふかう、つよう、かたきたまへり。おとどにくきものの、をかしさをばえねんじたまはで、
293.3.11223194 「この歌詠(うたよ)みつらむほどこそ。まして(いま)(ちから)なくて、所狭(ところせ)かりけむ」 "このうたよみつらんほどこそ。ましていまちからなくて、ところせかりけん。"
293.3.12224195 と、いとほしがりたまふ。 と、いとほしがりたまふ。
293.3.13225196 「いで、この(かへ)りこと、(さわ)がしうとも、われせむ」 "いで、このかへりこと、さわがしうとも、われせん。"
293.3.14226197 とのたまひて、 とのたまひて、
293.3.15227198 「あやしう、(ひと)(おも)()るまじき御心(みこころ)ばへこそ、あらでもありぬべけれ」 "あやしう、ひとおもるまじきみこころばへこそ、あらでもありぬべけれ。"
293.3.16228199 と、(にく)さに()きたまうて、 と、にくさにきたまうて、
293.3.17229200 唐衣(からごろも)また唐衣唐衣(からごろもからごろも)<BR/>かへすがへすも唐衣(からごろも)なる」 "〔からごろもまたからごろもからごろも<BR/>かへすがへすもからごろもなる〕
293.3.18230201 とて、 とて、
293.3.19231202 「いとまめやかに、かの(ひと)()てて(この)(すぢ)なれば、ものしてはべるなり」 "いとまめやかに、かのひとててこのすぢなれば、ものしてはべるなり。"
293.3.20232203 とて、()せたてまつりたまへば、(きみ)、いとにほひやかに(わら)ひたまひて、 とて、せたてまつりたまへば、きみ、いとにほひやかにわらひたまひて、
293.3.21233204 「あな、いとほし。(ろう)じたるやうにもはべるかな」 "あな、いとほし。ろうじたるやうにもはべるかな。"
293.3.22234205 と、(くる)しがりたまふ。ようなしごといと(おほ)かりや。 と、くるしがりたまふ。ようなしごといとおほかりや。
293.4235206第四段 内大臣、腰結に役を勤める
293.4.1236207 内大臣(うちのおとど)は、さしも(いそ)がれたまふまじき御心(みこころ)なれど、めづらかに()きたまうし(のち)は、いつしかと御心(みこころ)にかかりたれば、()(まゐ)りたまへり。 うちのおとどは、さしもいそがれたまふまじきみこころなれど、めづらかにきたまうしのちは、いつしかとみこころにかかりたれば、まゐりたまへり。
293.4.2237208 儀式(ぎしき)など、あべい(かぎ)りにまた()ぎて、めづらしきさまにしなさせたまへり。「げにわざと御心(みこころ)とどめたまうけること」と()たまふも、かたじけなきものから、やう()はりて(おぼ)さる。 ぎしきなど、あべいかぎりにまたぎて、めづらしきさまにしなさせたまへり。"げにわざとみこころとどめたまうけること。"とたまふも、かたじけなきものから、やうはりておぼさる。
293.4.3238209 ()(とき)にて、()れたてまつりたまふ。(れい)(おほん)まうけをばさるものにて、(うち)御座(おまし)いと()なくしつらはせたまうて、御肴参(みさかなまゐ)らせたまふ。御殿油(おほんとのあぶら)(れい)のかかる(ところ)よりは、すこし光見(ひかりみ)せて、をかしきほどにもてなしきこえたまへり。 ときにて、れたてまつりたまふ。れいおほんまうけをばさるものにて、うちおましいとなくしつらはせたまうて、みさかなまゐらせたまふ。おほんとのあぶられいのかかるところよりは、すこしひかりみせて、をかしきほどにもてなしきこえたまへり。
293.4.4239210 いみじうゆかしう(おも)ひきこえたまへど、今宵(こよひ)はいとゆくりかなべければ、()(むす)びたまふほど、え(しの)びたまはぬけしきなり。 いみじうゆかしうおもひきこえたまへど、こよひはいとゆくりかなべければ、むすびたまふほど、えしのびたまはぬけしきなり。
293.4.5240211 主人(あるじ)大臣(おとど) あるじおとど
293.4.6241212 今宵(こよひ)は、いにしへざまのことはかけはべらねば、(なに)のあやめも()かせたまふまじくなむ。心知(こころし)らぬ人目(ひとめ)(かざ)りて、なほ()(つね)作法(さほふ)に」 "こよひは、いにしへざまのことはかけはべらねば、なにのあやめもかせたまふまじくなん。こころしらぬひとめかざりて、なほつねさほふに。"
293.4.7242213 ()こえたまふ。 こえたまふ。
293.4.8243214 「げに、さらに()こえさせやるべき(かた)はべらずなむ」 "げに、さらにこえさせやるべきかたはべらずなん。"
293.4.9244215 御土器参(おほんかはらけまゐ)るほどに、 おほんかはらけまゐるほどに、
293.4.10245216 (かぎ)りなきかしこまりをば、()(ためし)なきことと()こえさせながら、(いま)までかく(しの)びこめさせたまひける(うら)みも、いかが()へはべらざらむ」 "かぎりなきかしこまりをば、ためしなきこととこえさせながら、いままでかくしのびこめさせたまひけるうらみも、いかがへはべらざらん。"
293.4.11246217 ()こえたまふ。 こえたまふ。
293.4.12247218 (うら)めしや(おき)玉藻(たまも)をかづくまで<BR/>(いそ)がくれける海人(あま)(こころ)よ」 "〔うらめしやおきたまもをかづくまで<BR/>いそがくれけるあまこころよ〕
293.4.13248219 とて、なほつつみもあへずしほたれたまふ。姫君(ひめぎみ)は、いと()づかしき(おほん)さまどものさし(つど)ひ、つつましさに、え()こえたまはねば、殿(との) とて、なほつつみもあへずしほたれたまふ。ひめぎみは、いとづかしきおほんさまどものさしつどひ、つつましさに、えこえたまはねば、との
293.4.14249220 「よるべなみかかる(なぎさ)にうち()せて<BR/>海人(あま)(たづ)ねぬ藻屑(もくず)とぞ() "〔よるべなみかかるなぎさにうちせて<BR/>あまたづねぬもくずとぞ
293.4.15250221 いとわりなき(おほん)うちつけごとになむ」 いとわりなきおほんうちつけごとになん。"
293.4.16251222 ()こえたまへば、 こえたまへば、
293.4.17252223 「いとことわりになむ」 "いとことわりになん。"
293.4.18253224 と、()こえやる(かた)なくて、()でたまひぬ。 と、こえやるかたなくて、でたまひぬ。
293.5254225第五段 祝賀者、多数参上
293.5.1255226 親王(みこ)たち、次々(つぎつぎ)(ひと)びと(のこ)るなく(つど)ひたまへり。御懸想人(おほんけさうびと)もあまた()じりたまへれば、この大臣(おとど)、かく()りおはしてほど()るを、いかなることにかと(うたが)ひたまへり。 みこたち、つぎつぎひとびとのこるなくつどひたまへり。おほんけさうびともあまたじりたまへれば、このおとど、かくりおはしてほどるを、いかなることにかとうたがひたまへり。
293.5.2256227 かの殿(との)君達(きんだち)中将(ちゅうじゃう)(べん)(きみ)ばかりぞ、ほの()りたまへりける。人知(ひとし)れず(おも)ひしことを、からうも、うれしうも(おも)ひなりたまふ。(べん)は、 かのとのきんだちちゅうじゃうべんきみばかりぞ、ほのりたまへりける。ひとしれずおもひしことを、からうも、うれしうもおもひなりたまふ。べんは、
293.5.3257228 「よくぞうち()でざりける」とささめきて、「さま(こと)なる大臣(おとど)御好(おほんこの)みどもなめり。中宮(ちゅうぐう)御類(おほんたぐ)ひに仕立(した)てたまはむとや(おぼ)すらむ」 "よくぞうちでざりける。"とささめきて、"さまことなるおとどおほんこのみどもなめり。ちゅうぐうおほんたぐひにしたてたまはんとやおぼすらん。"
293.5.4258229 など、おのおの()ふよしを()きたまへど、 など、おのおのふよしをきたまへど、
293.5.5259230 「なほ、しばしは御心(みこころ)づかひしたまうて、()にそしりなきさまにもてなさせたまへ。(なに)ごとも、(こころ)やすきほどの(ひと)こそ、(みだ)りがはしう、ともかくもはべべかめれ、こなたをもそなたをも、さまざま(ひと)()こえ(なや)まさむ、ただならむよりはあぢきなきを、なだらかに、やうやう人目(ひとめ)をも()らすなむ、よきことにははべるべき」 "なほ、しばしはみこころづかひしたまうて、にそしりなきさまにもてなさせたまへ。なにごとも、こころやすきほどのひとこそ、みだりがはしう、ともかくもはべべかめれ、こなたをもそなたをも、さまざまひとこえなやまさん、ただならんよりはあぢきなきを、なだらかに、やうやうひとめをもらすなん、よきことにははべるべき。"
293.5.6260231 (まう)したまへば、 まうしたまへば、
293.5.7261232 「ただ(おほん)もてなしになむ(したが)ひはべるべき。かうまで御覧(ごらん)ぜられ、ありがたき御育(おほんはぐく)みに(かく)ろへはべりけるも、(さき)()(ちぎ)りおろかならじ」 "ただおほんもてなしになんしたがひはべるべき。かうまでごらんぜられ、ありがたきおほんはぐくみにかくろへはべりけるも、さきちぎりおろかならじ。"
293.5.8262233 (まう)したまふ。 まうしたまふ。
293.5.9263234 御贈物(おほんおくりもの)など、さらにもいはず、すべて引出物(ひきいでもの)(ろく)ども、品々(しなじな)につけて、(れい)あること(かぎ)りあれど、またこと(くは)へ、()なくせさせたまへり。大宮(おほみや)御悩(おほんなや)みにことづけたまうし名残(なごり)もあれば、ことことしき御遊(おほんあそ)びなどはなし。 おほんおくりものなど、さらにもいはず、すべてひきいでものろくども、しなじなにつけて、れいあることかぎりあれど、またことくはへ、なくせさせたまへり。おほみやおほんなやみにことづけたまうしなごりもあれば、ことことしきおほんあそびなどはなし。
293.5.10264235 兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや) ひゃうぶきゃうのみや
293.5.11265236 (いま)はことづけやりたまふべき(とどこほ)りもなきを」 "いまはことづけやりたまふべきとどこほりもなきを。"
293.5.12266237 と、おりたち()こえたまへど、 と、おりたちこえたまへど、
293.5.13267238 内裏(うち)より()けしきあること、かへさひ(そう)し、またまた(おほ)(ごと)(したが)ひてなむ、(こと)ざまのことは、ともかくも(おも)(さだ)むべき」 "うちよりけしきあること、かへさひそうし、またまたおほごとしたがひてなん、ことざまのことは、ともかくもおもさだむべき。"
293.5.14268239 とぞ()こえさせたまひける。 とぞこえさせたまひける。
293.5.15269240 父大臣(ちちおとど)は、 ちちおとどは、
293.5.16270241 「ほのかなりしさまを、いかでさやかにまた()む。なまかたほなること()えたまはば、かうまでことことしうもてなし(おぼ)さじ」 "ほのかなりしさまを、いかでさやかにまたん。なまかたほなることえたまはば、かうまでことことしうもてなしおぼさじ。"
293.5.17271242 など、なかなか(こころ)もとなう(こひ)しう(おも)ひきこえたまふ。 など、なかなかこころもとなうこひしうおもひきこえたまふ。
293.5.18272243 (いま)ぞ、かの御夢(おほんゆめ)も、まことに(おぼ)しあはせける。女御(にょうご)ばかりには、さだかなることのさまを()こえたまうけり。 いまぞ、かのおほんゆめも、まことにおぼしあはせける。にょうごばかりには、さだかなることのさまをこえたまうけり。
293.6273244第六段 近江の君、玉鬘を羨む
293.6.1274245 ()人聞(ひとぎ)きに、「しばしこのこと()ださじ」と、(せち)()めたまへど、(くち)さがなきものは()(ひと)なりけり。自然(じねん)()()らしつつ、やうやう()こえ()()るを、かのさがな(もの)君聞(きみき)きて、女御(にょうご)御前(おまへ)に、中将(ちゅうじゃう)少将(せうしゃう)さぶらひたまふに()()て、 ひとぎきに、"しばしこのことださじ。"と、せちめたまへど、くちさがなきものはひとなりけり。じねんらしつつ、やうやうこえるを、かのさがなものきみききて、にょうごおまへに、ちゅうじゃうせうしゃうさぶらひたまふにて、
293.6.2275246 殿(との)は、御女(おほんむすめ)まうけたまふべかなり。あな、めでたや。いかなる(ひと)二方(ふたかた)にもてなさるらむ。()けば、かれも(おと)(ばら)なり」 "とのは、おほんむすめまうけたまふべかなり。あな、めでたや。いかなるひとふたかたにもてなさるらん。けば、かれもおとばらなり。"
293.6.3276247 と、あふなげにのたまへば、女御(にょうご)、かたはらいたしと(おぼ)して、ものものたまはず。中将(ちゅうじゃう) と、あふなげにのたまへば、にょうご、かたはらいたしとおぼして、ものものたまはず。ちゅうじゃう
293.6.4277248 「しか、かしづかるべきゆゑこそものしたまふらめ。さても、()()ひしことを、かくゆくりなくうち()でたまふぞ。もの()ひただならぬ女房(にょうばう)などこそ、(みみ)とどむれ」 "しか、かしづかるべきゆゑこそものしたまふらめ。さても、ひしことを、かくゆくりなくうちでたまふぞ。ものひただならぬにょうばうなどこそ、みみとどむれ。"
293.6.5278249 とのたまへば、 とのたまへば、
293.6.6279250 「あなかま。皆聞(みなき)きてはべり。尚侍(ないしのかみ)になるべかなり。宮仕(みやづか)へにと(いそ)()()ちはべりしことは、さやうの(おほん)かへりみもやとてこそ、なべての女房(にょうばう)たちだに(つか)うまつらぬことまで、おりたち(つか)うまつれ。御前(おまへ)のつらくおはしますなり」 "あなかま。みなききてはべり。ないしのかみになるべかなり。みやづかへにといそちはべりしことは、さやうのおほんかへりみもやとてこそ、なべてのにょうばうたちだにつかうまつらぬことまで、おりたちつかうまつれ。おまへのつらくおはしますなり。"
293.6.7280251 と、(うら)みかくれば、(みな)ほほ()みて、 と、うらみかくれば、みなほほみて、
293.6.8281252 尚侍(ないしのかみ)あかば、なにがしこそ(のぞ)まむと(おも)ふを、非道(ひだう)にも(おぼ)しかけけるかな」 "ないしのかみあかば、なにがしこそのぞまんとおもふを、ひだうにもおぼしかけけるかな。"
293.6.9282253 などのたまふに、腹立(はらだ)ちて、 などのたまふに、はらだちて、
293.6.10283254 「めでたき御仲(おほんなか)に、(かず)ならぬ(ひと)は、()じるまじかりけり。中将(ちゅうじゃう)(きみ)ぞつらくおはする。さかしらに(むか)へたまひて、(かろ)めあざけりたまふ。せうせうの(ひと)は、え()てるまじき殿(との)(うち)かな。あな、かしこ。あな、かしこ」 "めでたきおほんなかに、かずならぬひとは、じるまじかりけり。ちゅうじゃうきみぞつらくおはする。さかしらにむかへたまひて、かろめあざけりたまふ。せうせうのひとは、えてるまじきとのうちかな。あな、かしこ。あな、かしこ。"
293.6.11284255 と、(しり)へざまにゐざり退(しぞ)きて、()おこせたまふ。(にく)げもなけれど、いと腹悪(はらあ)しげに目尻引(まじりひ)()げたり。 と、しりへざまにゐざりしぞきて、おこせたまふ。にくげもなけれど、いとはらあしげにまじりひげたり。
293.6.12285256 中将(ちゅうじゃう)は、かく()ふにつけても、「げにし(あやま)ちたること」と(おも)へば、まめやかにてものしたまふ。少将(せうしゃう)は、 ちゅうじゃうは、かくふにつけても、"げにしあやまちたること。"とおもへば、まめやかにてものしたまふ。せうしゃうは、
293.6.13286257 「かかる(かた)にても、(たぐ)ひなき(おほん)ありさまを、おろかにはよも(おぼ)さじ。御心(みこころ)しづめたまうてこそ。(かた)(いはほ)沫雪(あわゆき)になしたまうつべき(おほん)けしきなれば、いとよう(おも)ひかなひたまふ(とき)もありなむ」 "かかるかたにても、たぐひなきおほんありさまを、おろかにはよもおぼさじ。みこころしづめたまうてこそ。かたいはほあわゆきになしたまうつべきおほんけしきなれば、いとようおもひかなひたまふときもありなん。"
293.6.14287258 と、ほほ()みて()ひゐたまへり。中将(ちゅうじゃう)も、 と、ほほみてひゐたまへり。ちゅうじゃうも、
293.6.15288259 (あま)岩門鎖(いはとさ)()もりたまひなむや、めやすく」 "あまいはとさもりたまひなんや、めやすく。"
293.6.16289260 とて、()ちぬれば、ほろほろと()きて、 とて、ちぬれば、ほろほろときて、
293.6.17290261 「この君達(きみたち)さへ、(みな)すげなくしたまふに、ただ御前(おまへ)御心(みこころ)のあはれにおはしませば、さぶらふなり」 "このきみたちさへ、みなすげなくしたまふに、ただおまへみこころのあはれにおはしませば、さぶらふなり。"
293.6.18291262 とて、いとかやすく、いそしく、下臈童女(げらふわらはべ)などの(つか)うまつりたらぬ雑役(ざふやく)をも、()(はし)り、やすく(まど)ひありきつつ、(こころ)ざしを()くして宮仕(みやづか)へしありきて、 とて、いとかやすく、いそしく、げらふわらはべなどのつかうまつりたらぬざふやくをも、はしり、やすくまどひありきつつ、こころざしをくしてみやづかへしありきて、
293.6.19292263 尚侍(ないしのかみ)に、おれを、(まう)しなしたまへ」 "ないしのかみに、おれを、まうしなしたまへ。"
293.6.20293264 ()めきこゆれば、あさましう、「いかに(おも)ひて()ふことならむ」と(おぼ)すに、ものも()はれたまはず。 めきこゆれば、あさましう、"いかにおもひてふことならん。"とおぼすに、ものもはれたまはず。
293.7294265第七段 内大臣、近江の君を愚弄
293.7.1295266 大臣(おとど)、この(のぞ)みを()きたまひて、いとはなやかにうち(わら)ひたまひて、女御(にょうご)御方(おほんかた)(まゐ)りたまへるついでに、 おとど、こののぞみをきたまひて、いとはなやかにうちわらひたまひて、にょうごおほんかたまゐりたまへるついでに、
293.7.2296267 「いづら、この、近江(あふみ)(きみ)。こなたに」 "いづら、この、あふみきみ。こなたに。"
293.7.3297268 ()せば、 せば、
293.7.4298269 「を」 "を。"
293.7.5299270 と、いとけざやかに()こえて、()()たり。 と、いとけざやかにこえて、たり。
293.7.6300271 「いと、(つか)へたる(おほん)けはひ、公人(おほやけびと)にて、げにいかにあひたらむ。尚侍(ないしのかみ)のことは、などか、おのれに()くはものせざりし」 "いと、つかへたるおほんけはひ、おほやけびとにて、げにいかにあひたらん。ないしのかみのことは、などか、おのれにくはものせざりし。"
293.7.7301272 と、いとまめやかにてのたまへば、いとうれしと(おも)ひて、 と、いとまめやかにてのたまへば、いとうれしとおもひて、
293.7.8302273 「さも、()けしき(たま)はらまほしうはべりしかど、この女御殿(にょうごどの)など、おのづから(つた)()こえさせたまひてむと、(たの)みふくれてなむさぶらひつるを、なるべき(ひと)ものしたまふやうに()きたまふれば、(ゆめ)(とみ)したる心地(ここち)しはべりてなむ、(むね)()()きたるやうにはべる」 "さも、けしきたまはらまほしうはべりしかど、このにょうごどのなど、おのづからつたこえさせたまひてんと、たのみふくれてなんさぶらひつるを、なるべきひとものしたまふやうにきたまふれば、ゆめとみしたるここちしはべりてなん、むねきたるやうにはべる。"
293.7.9303274 (まう)したまふ。(した)ぶりいとものさはやかなり。()みたまひぬべきを(ねん)じて、 まうしたまふ。したぶりいとものさはやかなり。みたまひぬべきをねんじて、
293.7.10304275 「いとあやしう、おぼつかなき御癖(おほんくせ)なりや。さも(おぼ)しのたまはましかば、まづ(ひと)(さき)(そう)してまし。太政大臣(おほきおとど)御女(おほんむすめ)、やむごとなくとも、ここに(せち)(まう)さむことは、()こし()さぬやうあらざらまし。(いま)にても、(まう)(ぶみ)()(つく)りて、びびしう()()だされよ。長歌(ながうた)などの(こころ)ばへあらむを御覧(ごらん)ぜむには、()てさせたまはじ。主上(うへ)は、そのうちに(なさ)()てずおはしませば」 "いとあやしう、おぼつかなきおほんくせなりや。さもおぼしのたまはましかば、まづひとさきそうしてまし。おほきおとどおほんむすめ、やんごとなくとも、ここにせちまうさんことは、こしさぬやうあらざらまし。いまにても、まうぶみつくりて、びびしうだされよ。ながうたなどのこころばへあらんをごらんぜんには、てさせたまはじ。うへは、そのうちになさてずおはしませば。"
293.7.11305276 など、いとようすかしたまふ。(ひと)(おや)げなく、かたはなりや。 など、いとようすかしたまふ。ひとおやげなく、かたはなりや。
293.7.12306277 大和歌(やまとうた)は、()()しも(つづ)けはべりなむ。むねむねしき(かた)のことはた、殿(との)より(まう)させたまはば、つま(ごゑ)のやうにて、御徳(おほんとく)をもかうぶりはべらむ」 "やまとうたは、しもつづけはべりなん。むねむねしきかたのことはた、とのよりまうさせたまはば、つまごゑのやうにて、おほんとくをもかうぶりはべらん。"
293.7.13307278 とて、()()しすりて()こえゐたり。御几帳(みきちゃう)のうしろなどにて()女房(にょうばう)()ぬべくおぼゆ。もの(わら)ひに()へぬは、すべり()でてなむ、(なぐさ)めける。女御(にょうご)御面赤(おほんおもてあか)みて、わりなう見苦(みぐる)しと(おぼ)したり。殿(との)も、 とて、しすりてこえゐたり。みきちゃうのうしろなどにてにょうばうぬべくおぼゆ。ものわらひにへぬは、すべりでてなん、なぐさめける。にょうごおほんおもてあかみて、わりなうみぐるしとおぼしたり。とのも、
293.7.14308279 「ものむつかしき(をり)は、近江(あふみ)君見(きみみ)るこそ、よろづ(まぎ)るれ」 "ものむつかしきをりは、あふみきみみるこそ、よろづまぎるれ。"
293.7.15309280 とて、ただ(わら)(ぐさ)につくりたまへど、世人(よひと)は、 とて、ただわらぐさにつくりたまへど、よひとは、
293.7.16310281 ()ぢがてら、はしたなめたまふ」 "ぢがてら、はしたなめたまふ。"
293.7.17311282 など、さまざま()ひけり。 など、さまざまひけり。