帖 | 章.段.行 | テキストLineNo | ローマ字LineNo | 本文 | ひらがな |
33 | 藤裏葉 |
33 | 1 | 71 | 42 | 第一章 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る |
33 | 1.1 | 72 | 43 | 第一段 夕霧と雲居雁の相思相愛の恋 |
33 | 1.1.1 | 73 | 44 |
御いそぎのほどにも、宰相中将は眺めがちにて、ほれぼれしき心地するを、「かつはあやしく、わが心ながら執念きぞかし。あながちにかう思ふことならば、関守の、うちも寝ぬべきけしきに思ひ弱りたまふなるを聞きながら、同じくは、人悪からぬさまに見果てむ」と念ずるも、苦しう思ひ乱れたまふ。 |
おほんいそぎのほどにも、さいしゃうのちゅうじゃうはながめがちにて、ほれぼれしきここちするを、"かつはあやしく、わがこころながらしふねきぞかし。あながちにかうおもふことならば、せきもりの、うちもねぬべきけしきにおもひよわりたまふなるをききながら、おなじくは、ひとわるからぬさまにみはてん。"とねんずるも、くるしうおもひみだれたまふ。 |
33 | 1.1.2 | 74 | 45 |
女君も、大臣のかすめたまひしことの筋を、「もし、さもあらば、何の名残かは」と嘆かしうて、あやしく背き背きに、さすがなる御もろ恋なり。 |
をんなぎみも、おとどのかすめたまひしことのすぢを、"もし、さもあらば、なにのなごりかは。"となげかしうて、あやしくそむきそむきに、さすがなるおほんもろごひなり。 |
33 | 1.1.3 | 75 | 46 |
大臣も、さこそ心強がりたまひしかど、たけからぬに思しわづらひて、「かの宮にも、さやうに思ひ立ち果てたまひなば、またとかく改め思ひかかづらはむほど、人のためも苦しう、わが御方ざまにも人笑はれに、おのづから軽々しきことやまじらむ。忍ぶとすれど、うちうちのことあやまりも、世に漏りにたるべし。とかく紛らはして、なほ負けぬべきなめり」と、思しなりぬ。 |
おとども、さこそこころづよがりたまひしかど、たけからぬにおぼしわづらひて、"かのみやにも、さやうにおもひたちはてたまひなば、またとかくあらためおもひかかづらはんほど、ひとのためもくるしう、わがおほんかたざまにもひとわらはれに、おのづからかろがろしきことやまじらん。しのぶとすれど、うちうちのことあやまりも、よにもりにたるべし。とかくまぎらはして、なほまけぬべきなめり。"と、おぼしなりぬ。 |
33 | 1.1.4 | 76 | 47 |
上はつれなくて、恨み解けぬ御仲なれば、「ゆくりなく言ひ寄らむもいかが」と、思し憚りて、「ことことしくもてなさむも、人の思はむところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」など思すに、三月二十日、大殿の大宮の御忌日にて、極楽寺に詣でたまへり。 |
うへはつれなくて、うらみとけぬおほんなかなれば、"ゆくりなくいひよらんもいかが。"と、おぼしはばかりて、"ことことしくもてなさんも、ひとのおもはんところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき。"などおぼすに、やよひはつか、おほとののおほみやのおほんきにちにて、ごくらくじにまうでたまへり。 |
33 | 1.2 | 77 | 48 | 第二段 三月二十日、極楽寺に詣でる |
33 | 1.2.1 | 78 | 49 |
君達皆ひき連れ、勢ひあらまほしく、上達部などもあまた参り集ひたまへるに、宰相中将、をさをさけはひ劣らず、よそほしくて、容貌など、ただ今のいみじき盛りにねびゆきて、取り集めめでたき人の御ありさまなり。 |
きみたちみなひきつれ、いきほひあらまほしく、かんだちめなどもあまたまゐりつどひたまへるに、さいしゃうのちゅうじゃう、をさをさけはひおとらず、よそほしくて、かたちなど、ただいまのいみじきさかりにねびゆきて、とりあつめめでたきひとのおほんありさまなり。 |
33 | 1.2.2 | 79 | 50 |
この大臣をば、つらしと思ひきこえたまひしより、見えたてまつるも、心づかひせられて、いといたう用意し、もてしづめてものしたまふを、大臣も、常よりは目とどめたまふ。御誦経など、六条院よりもせさせたまへり。宰相君は、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみ仕うまつりたまふ。 |
このおとどをば、つらしとおもひきこえたまひしより、みえたてまつるも、こころづかひせられて、いといたうよういし、もてしづめてものしたまふを、おとども、つねよりはめとどめたまふ。みずきゃうなど、ろくでうのゐんよりもせさせたまへり。さいしゃうのきみは、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみつかうまつりたまふ。 |
33 | 1.2.3 | 80 | 51 |
夕かけて、皆帰りたまふほど、花は皆散り乱れ、霞たどたどしきに、大臣、昔を思し出でて、なまめかしううそぶき眺めたまふ。宰相も、あはれなる夕べのけしきに、いとどうちしめりて、「雨気あり」と、人びとの騒ぐに、なほ眺め入りてゐたまへり。心ときめきに見たまふことやありけむ、袖を引き寄せて、 |
ゆふかけて、みなかへりたまふほど、はなはみなちりみだれ、かすみたどたどしきに、おとど、むかしをおぼしいでて、なまめかしううそぶきながめたまふ。さいしゃうも、あはれなるゆふべのけしきに、いとどうちしめりて、"あまけあり。"と、ひとびとのさわぐに、なほながめいりてゐたまへり。こころときめきにみたまふことやありけん、そでをひきよせて、 |
33 | 1.2.4 | 81 | 52 |
「などか、いとこよなくは勘じたまへる。今日の御法の縁をも尋ね思さば、罪許したまひてよや。残り少なくなりゆく末の世に、思ひ捨てたまへるも、恨みきこゆべくなむ」 |
"などか、いとこよなくはかんじたまへる。けふのみのりのえにをもたづねおぼさば、つみゆるしたまひてよや。のこりすくなくなりゆくすゑのよに、おもひすてたまへるも、うらみきこゆべくなん。" |
33 | 1.2.5 | 82 | 53 |
とのたまへば、うちかしこまりて、 |
とのたまへば、うちかしこまりて、 |
33 | 1.2.6 | 83 | 54 |
「過ぎにし御おもむけも、頼みきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、許しなき御けしきに、憚りつつなむ」 |
"すぎにしおほんおもむけも、たのみきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、ゆるしなきみけしきに、はばかりつつなん。" |
33 | 1.2.7 | 84 | 55 |
と聞こえたまふ。 |
ときこえたまふ。 |
33 | 1.2.8 | 85 | 56 |
心あわたたしき雨風に、皆ちりぢりに競ひ帰りたまひぬ。君、「いかに思ひて、例ならずけしきばみたまひつらむ」など、世とともに心をかけたる御あたりなれば、はかなきことなれど、耳とまりて、とやかうやと思ひ明かしたまふ。 |
こころあわたたしきあまかぜに、みなちりぢりにきほひかへりたまひぬ。きみ、"いかにおもひて、れいならずけしきばみたまひつらん。"など、よとともにこころをかけたるおほんあたりなれば、はかなきことなれど、みみとまりて、とやかうやとおもひあかしたまふ。 |
33 | 1.3 | 86 | 57 | 第三段 内大臣、夕霧を自邸に招待 |
33 | 1.3.1 | 87 | 58 |
ここらの年ごろの思ひのしるしにや、かの大臣も、名残なく思し弱りて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからむを思すに、四月の朔日ごろ、御前の藤の花、いとおもしろう咲き乱れて、世の常の色ならず、ただに見過ぐさむこと惜しき盛りなるに、遊びなどしたまひて、暮れ行くほどの、いとど色まされるに、頭中将して、御消息あり。 |
ここらのとしごろのおもひのしるしにや、かのおとども、なごりなくおぼしよわりて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからんをおぼすに、うづきのついたちごろ、おまへのふぢのはな、いとおもしろうさきみだれて、よのつねのいろならず、ただにみすぐさんことをしきさかりなるに、あそびなどしたまひて、くれゆくほどの、いとどいろまされるに、とうのちゅうじゃうして、おほんせうそこあり。 |
33 | 1.3.2 | 88 | 59 |
「一日の花の蔭の対面の、飽かずおぼえはべりしを、御暇あらば、立ち寄りたまひなむや」 |
"ひとひのはなのかげのたいめんの、あかずおぼえはべりしを、おほんいとまあらば、たちよりたまひなんや。" |
33 | 1.3.3 | 89 | 60 |
とあり。御文には、 |
とあり。おほんふみには、 |
33 | 1.3.4 | 90 | 61 |
「わが宿の藤の色濃きたそかれに<BR/>尋ねやは来ぬ春の名残を」 |
"〔わがやどのふぢのいろこきたそかれに<BR/>たづねやはこぬはるのなごりを〕 |
33 | 1.3.5 | 91 | 62 |
げに、いとおもしろき枝につけたまへり。待ちつけたまへるも、心ときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。 |
げに、いとおもしろきえだにつけたまへり。まちつけたまへるも、こころときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。 |
33 | 1.3.6 | 92 | 63 |
「なかなかに折りやまどはむ藤の花<BR/>たそかれ時のたどたどしくは」 |
"〔なかなかにをりやまどはんふぢのはな<BR/>たそかれどきのたどたどしくは〕 |
33 | 1.3.7 | 93 | 64 |
と聞こえて、 |
ときこえて、 |
33 | 1.3.8 | 94 | 65 |
「口惜しくこそ臆しにけれ。取り直したまへよ」 |
"くちをしくこそおくしにけれ。とりなほしたまへよ。" |
33 | 1.3.9 | 95 | 66 |
と聞こえたまふ。 |
ときこえたまふ。 |
33 | 1.3.10 | 96 | 67 |
「御供にこそ」 |
"おほんともにこそ。" |
33 | 1.3.11 | 97 | 68 |
とのたまへば、 |
とのたまへば、 |
33 | 1.3.12 | 98 | 69 |
「わづらはしき随身は、否」 |
"わづらはしきずいじんは、いな。" |
33 | 1.3.13 | 99 | 70 |
とて、返しつ。 |
とて、かへしつ。 |
33 | 1.3.14 | 100 | 71 |
大臣の御前に、かくなむ、とて、御覧ぜさせたまふ。 |
おとどのおまへに、かくなん、とて、ごらんぜさせたまふ。 |
33 | 1.3.15 | 101 | 72 |
「思ふやうありてものしたまひつるにやあらむ。さも進みものしたまはばこそは、過ぎにし方の孝なかりし恨みも解けめ」 |
"おもふやうありてものしたまひつるにやあらん。さもすすみものしたまはばこそは、すぎにしかたのけうなかりしうらみもとけめ。" |
33 | 1.3.16 | 102 | 73 |
とのたまふ。御心おごり、こよなうねたげなり。 |
とのたまふ。みこころおごり、こよなうねたげなり。 |
33 | 1.3.17 | 103 | 74 |
「さしもはべらじ。対の前の藤、常よりもおもしろう咲きてはべるなるを、静かなるころほひなれば、遊びせむなどにやはべらむ」 |
"さしもはべらじ。たいのまへのふぢ、つねよりもおもしろうさきてはべるなるを、しづかなるころほひなれば、あそびせんなどにやはべらん。" |
33 | 1.3.18 | 104 | 75 |
と申したまふ。 |
とまうしたまふ。 |
33 | 1.3.19 | 105 | 76 |
「わざと使ひさされたりけるを、早うものしたまへ」 |
"わざとつかひさされたりけるを、はやうものしたまへ。" |
33 | 1.3.20 | 106 | 77 |
と許したまふ。いかならむと、下には苦しう、ただならず。 |
とゆるしたまふ。いかならんと、したにはくるしう、ただならず。 |
33 | 1.3.21 | 107 | 78 |
「直衣こそあまり濃くて、軽びためれ。非参議のほど、何となき若人こそ、二藍はよけれ、ひき繕はむや」 |
"なほしこそあまりこくて、かろびためれ。ひさんぎのほど、なにとなきわかうどこそ、ふたあゐはよけれ、ひきつくろはんや。" |
33 | 1.3.22 | 108 | 79 |
とて、わが御料の心ことなるに、えならぬ御衣ども具して、御供に持たせてたてまつれたまふ。 |
とて、わがごれうのこころことなるに、えならぬおほんぞどもぐして、おほんともにもたせてたてまつれたまふ。 |
33 | 1.4 | 109 | 80 | 第四段 夕霧、内大臣邸を訪問 |
33 | 1.4.1 | 110 | 81 |
わが御方にて、心づかひいみじう化粧じて、たそかれも過ぎ、心やましきほどに参うでたまへり。主人の君達、中将をはじめて、七、八人うち連れて迎ヘ入れたてまつる。いづれとなくをかしき容貌どもなれど、なほ、人にすぐれて、あざやかにきよらなるものから、なつかしう、よしづき、恥づかしげなり。 |
わがおほんかたにて、こころづかひいみじうけさうじて、たそかれもすぎ、こころやましきほどにまうでたまへり。あるじのきみたち、ちゅうじゃうをはじめて、しち、はちにんうちつれてむかへいれたてまつる。いづれとなくをかしきかたちどもなれど、なほ、ひとにすぐれて、あざやかにきよらなるものから、なつかしう、よしづき、はづかしげなり。 |
33 | 1.4.2 | 111 | 82 |
大臣、御座ひきつくろはせなどしたまふ御用意、おろかならず。御冠などしたまひて、出でたまふとて、北の方、若き女房などに、 |
おとど、おましひきつくろはせなどしたまふおほんようい、おろかならず。おほんかうぶりなどしたまひて、いでたまふとて、きたのかた、わかきにょうばうなどに、 |
33 | 1.4.3 | 112 | 83 |
「覗きて見たまへ。いと警策にねびまさる人なり。用意などいと静かに、ものものしや。あざやかに、抜け出でおよすけたる方は、父大臣にもまさりざまにこそあめれ。 |
"のぞきてみたまへ。いとかうざくにねびまさるひとなり。よういなどいとしづかに、ものものしや。あざやかに、ぬけいでおよすけたるかたは、ちちおとどにもまさりざまにこそあめれ。 |
33 | 1.4.4 | 113 | 84 |
かれは、ただいと切になまめかしう愛敬づきて、見るに笑ましく、世の中忘るる心地ぞしたまふ。公ざまは、すこしたはれて、あざれたる方なりし、ことわりぞかし。 |
かれは、ただいとせちになまめかしうあいぎゃうづきて、みるにゑましく、よのなかわするるここちぞしたまふ。おほやけざまは、すこしたはれて、あざれたるかたなりし、ことわりぞかし。 |
33 | 1.4.5 | 114 | 85 |
これは、才の際もまさり、心もちゐ男々しく、すくよかに足らひたりと、世におぼえためり」 |
これは、ざえのきはもまさり、こころもちゐををしく、すくよかにたらひたりと、よにおぼえためり。" |
33 | 1.4.6 | 115 | 86 |
などのたまひてぞ、対面したまふ。ものまめやかに、むべむべしき御物語は、すこしばかりにて、花の興に移りたまひぬ。 |
などのたまひてぞ、たいめんしたまふ。ものまめやかに、むべむべしきおほんものがたりは、すこしばかりにて、はなのきょうにうつりたまひぬ。 |
33 | 1.4.7 | 116 | 87 |
「春の花、いづれとなく、皆開け出づる色ごとに、目おどろかぬはなきを、心短くうち捨てて散りぬるが、恨めしうおぼゆるころほひ、この花のひとり立ち後れて、夏に咲きかかるほどなむ、あやしう心にくくあはれにおぼえはべる。色もはた、なつかしきゆかりにしつべし」 |
"はるのはな、いづれとなく、みなひらけいづるいろごとに、めおどろかぬはなきを、こころみじかくうちすててちりぬるが、うらめしうおぼゆるころほひ、このはなのひとりたちおくれて、なつにさきかかるほどなん、あやしうこころにくくあはれにおぼえはべる。いろもはた、なつかしきゆかりにしつべし。" |
33 | 1.4.8 | 117 | 88 |
とて、うちほほ笑みたまへる、けしきありて、匂ひきよげなり。 |
とて、うちほほゑみたまへる、けしきありて、にほひきよげなり。 |
33 | 1.5 | 118 | 89 | 第五段 藤花の宴 結婚を許される |
33 | 1.5.1 | 119 | 90 |
月はさし出でぬれど、花の色さだかにも見えぬほどなるを、もてあそぶに心を寄せて、大酒参り、御遊びなどしたまふ。大臣、ほどなく空酔ひをしたまひて、乱りがはしく強ひ酔はしたまふを、さる心して、いたうすまひ悩めり。 |
つきはさしいでぬれど、はなのいろさだかにもみえぬほどなるを、もてあそぶにこころをよせて、おほみきまゐり、おほんあそびなどしたまふ。おとど、ほどなくそらゑひをしたまひて、みだりがはしくしひゑはしたまふを、さるこころして、いたうすまひなやめり。 |
33 | 1.5.2 | 120 | 92 |
「君は、末の世にはあまるまで、天の下の有職にものしたまふめるを、齢古りぬる人、思ひ捨てたまふなむつらかりける。文籍にも、家礼といふことあるべくや。なにがしの教へも、よく思し知るらむと思ひたまふるを、いたう心悩ましたまふと、恨みきこゆべくなむ」 |
"きみは、すゑのよにはあまるまで、あめのしたのいうそくにものしたまふめるを、よはひふりぬるひと、おもひすてたまふなんつらかりける。ぶんせきにも、かれいといふことあるべくや。なにがしのをしへも、よくおぼししるらんとおもひたまふるを、いたうこころなやましたまふと、うらみきこゆべくなん。" |
33 | 1.5.3 | 121 | 93 |
などのたまひて、酔ひ泣きにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。 |
などのたまひて、ゑひなきにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。 |
33 | 1.5.4 | 122 | 94 |
「いかでか。昔を思うたまへ出づる御変はりどもには、身を捨つるさまにもとこそ、思うたまへ知りはべるを、いかに御覧じなすことにかはべらむ。もとより、おろかなる心のおこたりにこそ」 |
"いかでか。むかしをおもうたまへいづるおほんかはりどもには、みをすつるさまにもとこそ、おもうたまへしりはべるを、いかにごらんじなすことにかはべらん。もとより、おろかなるこころのおこたりにこそ。" |
33 | 1.5.5 | 123 | 95 |
と、かしこまりきこえたまふ。御時よく、さうどきて、 |
と、かしこまりきこえたまふ。おほんときよく、さうどきて、 |
33 | 1.5.6 | 124 | 96 |
「藤の裏葉の」 |
"〔ふぢのうらはの〕 |
33 | 1.5.7 | 125 | 97 |
とうち誦じたまへる、御けしきを賜はりて、頭中将、花の色濃く、ことに房長きを折りて、客人の御盃に加ふ。取りて、もて悩むに、大臣、 |
とうちずじたまへる、みけしきをたまはりて、とうのちゅうじゃう、はなのいろこく、ことにふさながきををりて、まらうとのおほんさかづきにくはふ。とりて、もてなやむに、おとど、 |
33 | 1.5.8 | 126 | 98 |
「紫にかことはかけむ藤の花<BR/>まつより過ぎてうれたけれども」 |
"〔むらさきにかことはかけんふぢのはな<BR/>まつよりすぎてうれたけれども〕 |
33 | 1.5.9 | 127 | 99 |
宰相、盃を持ちながら、けしきばかり拝したてまつりたまへるさま、いとよしあり。 |
さいしゃう、さかづきをもちながら、けしきばかりはいしたてまつりたまへるさま、いとよしあり。 |
33 | 1.5.10 | 128 | 100 |
「いく返り露けき春を過ぐし来て<BR/>花の紐解く折にあふらむ」 |
"〔いくかへりつゆけきはるをすぐしきて<BR/>はなのひもとくをりにあふらん〕 |
33 | 1.5.11 | 129 | 101 |
頭中将に賜へば、 |
とうのちゅうじゃうにたまへば、 |
33 | 1.5.12 | 130 | 102 |
「たをやめの袖にまがへる藤の花<BR/>見る人からや色もまさらむ」 |
"〔たをやめのそでにまがへるふぢのはな<BR/>みるひとからやいろもまさらん〕 |
33 | 1.5.13 | 131 | 103 |
次々順流るめれど、酔ひの紛れにはかばかしからで、これよりまさらず。 |
つぎつぎずんながるめれど、ゑひのまぎれにはかばかしからで、これよりまさらず。 |
33 | 1.6 | 132 | 104 | 第六段 夕霧、雲居雁の部屋を訪う |
33 | 1.6.1 | 133 | 105 |
七日の夕月夜、影ほのかなるに、池の鏡のどかに澄みわたれり。げに、まだほのかなる梢どもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみ横たはれる松の、木高きほどにはあらぬに、かかれる花のさま、世の常ならずおもしろし。 |
なぬかのゆふづくよ、かげほのかなるに、いけのかがみのどかにすみわたれり。げに、まだほのかなるこずゑどもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみよこたはれるまつの、こだかきほどにはあらぬに、かかれるはなのさま、よのつねならずおもしろし。 |
33 | 1.6.2 | 134 | 106 |
例の、弁少将、声いとなつかしくて、「葦垣」を謡ふ。大臣、 |
れいの、べんのせうしゃう、こゑいとなつかしくて、〔あしがき〕をうたふ。おとど、 |
33 | 1.6.3 | 135 | 107 |
「いとけやけうも仕うまつるかな」 |
"いとけやけうもつかうまつるかな。" |
33 | 1.6.4 | 136 | 108 |
と、うち乱れたまひて、 |
と、うちみだれたまひて、 |
33 | 1.6.5 | 137 | 109 |
「年経にけるこの家の」 |
"〔としへにけるこのいへの〕 |
33 | 1.6.6 | 138 | 110 |
と、うち加へたまへる御声、いとおもしろし。をかしきほどに乱りがはしき御遊びにて、もの思ひ残らずなりぬめり。 |
と、うちくはへたまへるおほんこゑ、いとおもしろし。をかしきほどにみだりがはしきおほんあそびにて、ものおもひのこらずなりぬめり。 |
33 | 1.6.7 | 139 | 111 |
やうやう夜更け行くほどに、いたうそら悩みして、 |
やうやうよふけゆくほどに、いたうそらなやみして、 |
33 | 1.6.8 | 140 | 112 |
「乱り心地いと堪へがたうて、まかでむ空もほとほとしうこそはべりぬべけれ。宿直所譲りたまひてむや」 |
"みだりごこちいとたへがたうて、まかでんそらもほとほとしうこそはべりぬべけれ。とのゐどころゆづりたまひてんや。" |
33 | 1.6.9 | 141 | 113 |
と、中将に愁へたまふ。大臣、 |
と、ちゅうじゃうにうれへたまふ。おとど、 |
33 | 1.6.10 | 142 | 114 |
「朝臣や、御休み所求めよ。翁いたう酔ひ進みて無礼なれば、まかり入りぬ」 |
"あそんや、おほんやすみどころもとめよ。おきないたうゑひすすみてむらいなれば、まかりいりぬ。" |
33 | 1.6.11 | 143 | 115 |
と言ひ捨てて、入りたまひぬ。 |
といひすてて、いりたまひぬ。 |
33 | 1.6.12 | 144 | 116 |
中将、 |
ちゅうじゃう、 |
33 | 1.6.13 | 145 | 117 |
「花の蔭の旅寝よ。いかにぞや、苦しきしるべにぞはべるや」 |
"はなのかげのたびねよ。いかにぞや、くるしきしるべにぞはべるや。" |
33 | 1.6.14 | 146 | 118 |
と言へば、 |
といへば、 |
33 | 1.6.15 | 147 | 119 |
「松に契れるは、あだなる花かは。ゆゆしや」 |
"まつにちぎれるは、あだなるはなかは。ゆゆしや。" |
33 | 1.6.16 | 148 | 120 |
と責めたまふ。中将は、心のうちに、「ねたのわざや」と思ふところあれど、人ざまの思ふさまにめでたきに、「かうもあり果てなむ」と、心寄せわたることなれば、うしろやすく導きつ。 |
とせめたまふ。ちゅうじゃうは、こころのうちに、"ねたのわざや。"とおもふところあれど、ひとざまのおもふさまにめでたきに、"かうもありはてなん。"と、こころよせわたることなれば、うしろやすくみちびきつ。 |
33 | 1.6.17 | 149 | 121 |
男君は、夢かとおぼえたまふにも、わが身いとどいつかしうぞおぼえたまひけむかし。女は、いと恥づかしと思ひしみてものしたまふも、ねびまされる御ありさま、いとど飽かぬところなくめやすし。 |
をとこぎみは、ゆめかとおぼえたまふにも、わがみいとどいつかしうぞおぼえたまひけんかし。をんなは、いとはづかしとおもひしみてものしたまふも、ねびまされるおほんありさま、いとどあかぬところなくめやすし。 |
33 | 1.6.18 | 150 | 122 |
「世の例にもなりぬべかりつる身を、心もてこそ、かうまでも思し許さるめれ。あはれを知りたまはぬも、さま異なるわざかな」 |
"よのためしにもなりぬべかりつるみを、こころもてこそ、かうまでもおぼしゆるさるめれ。あはれをしりたまはぬも、さまことなるわざかな。" |
33 | 1.6.19 | 151 | 123 |
と、怨みきこえたまふ。 |
と、うらみきこえたまふ。 |
33 | 1.6.20 | 152 | 124 |
「少将の進み出だしつる『葦垣』の趣きは、耳とどめたまひつや。いたき主かな。『河口の』とこそ、さしいらへまほしかりつれ」 |
"せうしゃうのすすみいだしつる〔あしがき〕のおもむきは、みみとどめたまひつや。いたきぬしかな。"かはぐちの〕とこそ、さしいらへまほしかりつれ。" |
33 | 1.6.21 | 153 | 125 |
とのたまへば、女、いと聞き苦し、と思して、 |
とのたまへば、をんな、いとききぐるし、とおぼして、 |
33 | 1.6.22 | 154 | 126 |
「浅き名を言ひ流しける河口は<BR/>いかが漏らしし関の荒垣 |
"〔あさきなをいひながしけるかはぐちは<BR/>いかがもらししせきのあらがき |
33 | 1.6.23 | 155 | 127 |
あさまし」 |
あさまし。" |
33 | 1.6.24 | 156 | 128 |
とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうち笑ひて、 |
とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうちわらひて、 |
33 | 1.6.25 | 157 | 129 |
「漏りにける岫田の関を河口の<BR/>浅きにのみはおほせざらなむ |
"〔もりにけるくきたのせきをかはぐちの<BR/>あさきにのみはおほせざらなん |
33 | 1.6.26 | 158 | 130 |
年月の積もりも、いとわりなくて悩ましきに、ものおぼえず」 |
としつきのつもりも、いとわりなくてなやましきに、ものおぼえず。" |
33 | 1.6.27 | 159 | 131 |
と、酔ひにかこちて、苦しげにもてなして、明くるも知らず顔なり。人びと、聞こえわづらふを、大臣、 |
と、ゑひにかこちて、くるしげにもてなして、あくるもしらずがほなり。ひとびと、きこえわづらふを、おとど、 |
33 | 1.6.28 | 160 | 132 |
「したり顔なる朝寝かな」 |
"したりがほなるあさいかな。" |
33 | 1.6.29 | 161 | 133 |
と、とがめたまふ。されど、明かし果てでぞ出でたまふ。ねくたれの御朝顔、見るかひありかし。 |
と、とがめたまふ。されど、あかしはてでぞいでたまふ。ねくたれのおほんあさがほ、みるかひありかし。 |
33 | 1.7 | 162 | 134 | 第七段 後朝の文を贈る |
33 | 1.7.1 | 163 | 135 |
御文は、なほ忍びたりつるさまの心づかひにてあるを、なかなか今日はえ聞こえたまはぬを、もの言ひさがなき御達つきじろふに、大臣渡りて見たまふぞ、いとわりなきや。 |
おほんふみは、なほしのびたりつるさまのこころづかひにてあるを、なかなかけふはえきこえたまはぬを、ものいひさがなきごたちつきじろふに、おとどわたりてみたまふぞ、いとわりなきや。 |
33 | 1.7.2 | 164 | 136 |
「尽きせざりつる御けしきに、いとど思ひ知らるる身のほどを。堪へぬ心にまた消えぬべきも、 |
"つきせざりつるみけしきに、いとどおもひしらるるみのほどを。たへぬこころにまたきえぬべきも、 |
33 | 1.7.3 | 165 | 137 |
とがむなよ忍びにしぼる手もたゆみ<BR/>今日あらはるる袖のしづくを」 |
とがむなよしのびにしぼるてもたゆみ<BR/>けふあらはるるそでのしづくを〕 |
33 | 1.7.4 | 166 | 138 |
など、いと馴れ顔なり。うち笑みて、 |
など、いとなれがほなり。うちゑみて、 |
33 | 1.7.5 | 167 | 139 |
「手をいみじうも書きなられにけるかな」 |
"てをいみじうもかきなられにけるかな。" |
33 | 1.7.6 | 168 | 140 |
などのたまふも、昔の名残なし。 |
などのたまふも、むかしのなごりなし。 |
33 | 1.7.7 | 169 | 141 |
御返り、いと出で来がたげなれば、「見苦しや」とて、さも思し憚りぬべきことなれば、渡りたまひぬ。 |
おほんかへり、いといできがたげなれば、"みぐるしや。"とて、さもおぼしはばかりぬべきことなれば、わたりたまひぬ。 |
33 | 1.7.8 | 170 | 142 |
御使の禄、なべてならぬさまにて賜へり。中将、をかしきさまにもてなしたまふ。常にひき隠しつつ隠ろへありきし御使、今日は、面もちなど、人びとしく振る舞ふめり。右近将監なる人の、むつましう思し使ひたまふなりけり。 |
おほんつかひのろく、なべてならぬさまにてたまへり。ちゅうじゃう、をかしきさまにもてなしたまふ。つねにひきかくしつつかくろへありきしおほんつかひ、けふは、おももちなど、ひとびとしくふるまふめり。うこんのぞうなるひとの、むつましうおぼしつかひたまふなりけり。 |
33 | 1.7.9 | 171 | 143 |
六条の大臣も、かくと聞こし召してけり。宰相、常よりも光添ひて参りたまへれば、うちまもりたまひて、 |
ろくでうのおとども、かくときこしめしてけり。さいしゃう、つねよりもひかりそひてまゐりたまへれば、うちまもりたまひて、 |
33 | 1.7.10 | 172 | 144 |
「今朝はいかに。文などものしつや。賢しき人も、女の筋には乱るる例あるを、人悪ろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、すこし人に抜けたりける御心とおぼえける。 |
"けさはいかに。ふみなどものしつや。さかしきひとも、をんなのすぢにはみだるるためしあるを、ひとわろくかかづらひ、こころいられせですぐされたるなん、すこしひとにぬけたりけるみこころとおぼえける。 |
33 | 1.7.11 | 173 | 145 |
大臣の御おきての、あまりすくみて、名残なくくづほれたまひぬるを、世人も言ひ出づることあらむや。さりとても、わが方たけう思ひ顔に、心おごりして、好き好きしき心ばへなど漏らしたまふな。 |
おとどのおほんおきての、あまりすくみて、なごりなくくづほれたまひぬるを、よひともいひいづることあらんや。さりとても、わがかたたけうおもひがほに、こころおごりして、すきずきしきこころばへなどもらしたまふな。 |
33 | 1.7.12 | 174 | 146 |
さこそおいらかに、大きなる心おきてと見ゆれど、下の心ばへ男々しからず癖ありて、人見えにくきところつきたまへる人なり」 |
さこそおいらかに、おほきなるこころおきてとみゆれど、したのこころばへををしからずくせありて、ひとみえにくきところつきたまへるひとなり。" |
33 | 1.7.13 | 175 | 147 |
など、例の教へきこえたまふ。ことうちあひ、めやすき御あはひ、と思さる。 |
など、れいのをしへきこえたまふ。ことうちあひ、めやすきおほんあはひ、とおぼさる。 |
33 | 1.7.14 | 176 | 148 |
御子とも見えず、すこしがこのかみばかりと見えたまふ。ほかほかにては、同じ顔を写し取りたると見ゆるを、御前にては、さまざま、あなめでたと見えたまへり。 |
おほんこともみえず、すこしがこのかみばかりとみえたまふ。ほかほかにては、おなじかほをうつしとりたるとみゆるを、おまへにては、さまざま、あなめでたとみえたまへり。 |
33 | 1.7.15 | 177 | 149 |
大臣は、薄き御直衣、白き御衣の唐めきたるが、紋けざやかにつやつやと透きたるをたてまつりて、なほ尽きせずあてになまめかしうおはします。 |
おとどは、うすきおほんなほし、しろきおほんぞのからめきたるが、もんけざやかにつやつやとすきたるをたてまつりて、なほつきせずあてになまめかしうおはします。 |
33 | 1.7.16 | 178 | 150 |
宰相殿は、すこし色深き御直衣に、丁子染めの焦がるるまでしめる、白き綾のなつかしきを着たまへる、ことさらめきて艶に見ゆ。 |
さいしゃうどのは、すこしいろふかきおほんなほしに、ちゃうじぞめのこがるるまでしめる、しろきあやのなつかしきをきたまへる、ことさらめきてえんにみゆ。 |
33 | 1.8 | 179 | 151 | 第八段 夕霧と雲居雁の固い夫婦仲 |
33 | 1.8.1 | 180 | 152 |
灌仏率てたてまつりて、御導師遅く参りければ、日暮れて、御方々より童女出だし、布施など、公ざまに変はらず、心々にしたまへり。御前の作法を移して、君達なども参り集ひて、なかなか、うるはしき御前よりも、あやしう心づかひせられて臆しがちなり。 |
かんぶつゐてたてまつりて、おほんだうしおそくまゐりければ、ひくれて、おほんかたがたよりわらはべいだし、ふせなど、おほやけざまにかはらず、こころごころにしたまへり。おまへのさほふをうつして、きみたちなどもまゐりつどひて、なかなか、うるはしきごぜんよりも、あやしうこころづかひせられておくしがちなり。 |
33 | 1.8.2 | 181 | 153 |
宰相は、静心なく、いよいよ化粧じ、ひきつくろひて出でたまふを、わざとならねど、情けだちたまふ若人は、恨めしと思ふもありけり。年ごろの積もり取り添へて、思ふやうなる御仲らひなめれば、水も漏らむやは。 |
さいしゃうは、しづこころなく、いよいよけさうじ、ひきつくろひていでたまふを、わざとならねど、なさけだちたまふわかうどは、うらめしとおもふもありけり。としごろのつもりとりそへて、おもふやうなるおほんなからひなめれば、みづももらんやは。 |
33 | 1.8.3 | 182 | 154 |
主人の大臣、いとどしき近まさりを、うつくしきものに思して、いみじうもてかしづききこえたまふ。負けぬる方の口惜しさは、なほ思せど、罪も残るまじうぞ、まめやかなる御心ざまなどの、年ごろ異心なくて過ぐしたまへるなどを、ありがたく思し許す。 |
あるじのおとど、いとどしきちかまさりを、うつくしきものにおぼして、いみじうもてかしづききこえたまふ。まけぬるかたのくちをしさは、なほおぼせど、つみものこるまじうぞ、まめやかなるみこころざまなどの、としごろことごころなくてすぐしたまへるなどを、ありがたくおぼしゆるす。 |
33 | 1.8.4 | 183 | 155 |
女御の御ありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、北の方、さぶらふ人びとなどは、心よからず思ひ言ふもあれど、何の苦しきことかはあらむ。按察使の北の方なども、かかる方にて、うれしと思ひきこえたまひけり。 |
にょうごのおほんありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、きたのかた、さぶらふひとびとなどは、こころよからずおもひいふもあれど、なにのくるしきことかはあらん。あぜちのきたのかたなども、かかるかたにて、うれしとおもひきこえたまひけり。 |
33 | 2 | 184 | 156 | 第二章 光る源氏の物語 明石の姫君の入内 |
33 | 2.1 | 185 | 157 | 第一段 紫の上、賀茂の御阿礼に参詣 |
33 | 2.1.1 | 186 | 158 |
かくて、六条院の御いそぎは、二十余日のほどなりけり。対の上、御阿礼に詣うでたまふとて、例の御方々いざなひきこえたまへど、なかなか、さしも引き続きて心やましきを思して、誰も誰もとまりたまひて、ことことしきほどにもあらず、御車二十ばかりして、御前なども、くだくだしき人数多くもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。 |
かくて、ろくでうゐんのおほんいそぎは、にじふよにちのほどなりけり。たいのうへ、みあれにまうでたまふとて、れいのおほんかたがたいざなひきこえたまへど、なかなか、さしもひきつづきてこころやましきをおぼして、たれもたれもとまりたまひて、ことことしきほどにもあらず、みくるまにじふばかりして、ごぜんなども、くだくだしきひとかずおほくもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。 |
33 | 2.1.2 | 187 | 159 |
祭の日の暁に詣うでたまひて、かへさには、物御覧ずべき御桟敷におはします。御方々の女房、おのおの車引き続きて、御前、所占めたるほど、いかめしう、「かれはそれ」と、遠目よりおどろおどろしき御勢ひなり。 |
まつりのひのあかつきにまうでたまひて、かへさには、ものごらんずべきおほんさじきにおはします。おほんかたがたのにょうばう、おのおのくるまひきつづきて、おまへ、ところしめたるほど、いかめしう、"かれはそれ。"と、とほめよりおどろおどろしきおほんいきほひなり。 |
33 | 2.1.3 | 188 | 160 |
大臣は、中宮の御母御息所の、車押し避けられたまへりし折のこと思し出でて、 |
おとどは、ちゅうぐうのおほんははみやすんどころの、くるまおしさけられたまへりしをりのことおぼしいでて、 |
33 | 2.1.4 | 189 | 161 |
「時により心おごりして、さやうなることなむ、情けなきことなりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、嘆き負ふやうにて亡くなりにき」 |
"ときによりこころおごりして、さやうなることなん、なさけなきことなりける。こよなくおもひけちたりしひとも、なげきおふやうにてなくなりにき。" |
33 | 2.1.5 | 190 | 162 |
と、そのほどはのたまひ消ちて、 |
と、そのほどはのたまひけちて、 |
33 | 2.1.6 | 191 | 163 |
「残りとまれる人の、中将は、かくただ人にて、わづかになりのぼるめり。宮は並びなき筋にておはするも、思へば、いとこそあはれなれ。すべていと定めなき世なればこそ、何ごとも思ふさまにて、生ける限りの世を過ぐさまほしけれと、残りたまはむ末の世などの、たとしへなき衰へなどをさへ、思ひ憚らるれば」 |
"のこりとまれるひとの、ちゅうじゃうは、かくただうどにて、わづかになりのぼるめり。みやはならびなきすぢにておはするも、おもへば、いとこそあはれなれ。すべていとさだめなきよなればこそ、なにごともおもふさまにて、いけるかぎりのよをすぐさまほしけれと、のこりたまはんすゑのよなどの、たとしへなきおとろへなどをさへ、おもひはばからるれば。" |
33 | 2.1.7 | 192 | 164 |
と、うち語らひたまひて、上達部なども御桟敷に参り集ひたまへれば、そなたに出でたまひぬ。 |
と、うちかたらひたまひて、かんだちめなどもおほんさじきにまゐりつどひたまへれば、そなたにいでたまひぬ。 |
33 | 2.2 | 193 | 165 | 第二段 柏木や夕霧たちの雄姿 |
33 | 2.2.1 | 194 | 166 |
近衛司の使は、頭中将なりけり。かの大殿にて、出で立つ所よりぞ人びとは参りたまうける。藤典侍も使なりけり。おぼえことにて、内裏、春宮よりはじめたてまつりて、六条院などよりも、御訪らひども所狭きまで、御心寄せいとめでたし。 |
このゑづかさのつかひは、とうのちゅうじゃうなりけり。かのおほとのにて、いでたつところよりぞひとびとはまゐりたまうける。とうないしのすけもつかひなりけり。おぼえことにて、うち、とうぐうよりはじめたてまつりて、ろくでうゐんなどよりも、おほんとぶらひどもところせきまで、みこころよせいとめでたし。 |
33 | 2.2.2 | 195 | 167 |
宰相中将、出で立ちの所にさへ訪らひたまへり。うちとけずあはれを交はしたまふ御仲なれば、かくやむごとなき方に定まりたまひぬるを、ただならずうち思ひけり。 |
さいしゃうのちゅうじゃう、いでたちのところにさへとぶらひたまへり。うちとけずあはれをかはしたまふおほんなかなれば、かくやんごとなきかたにさだまりたまひぬるを、ただならずうちおもひけり。 |
33 | 2.2.3 | 196 | 168 |
「何とかや今日のかざしよかつ見つつ<BR/>おぼめくまでもなりにけるかな |
"〔なにとかやけふのかざしよかつみつつ<BR/>おぼめくまでもなりにけるかな |
33 | 2.2.4 | 197 | 169 |
あさまし」 |
あさまし。" |
33 | 2.2.5 | 198 | 170 |
とあるを、折過ぐしたまはぬばかりを、いかが思ひけむ、いともの騒がしく、車に乗るほどなれど、 |
とあるを、をりすぐしたまはぬばかりを、いかがおもひけん、いとものさわがしく、くるまにのるほどなれど、 |
33 | 2.2.6 | 199 | 171 |
「かざしてもかつたどらるる草の名は<BR/>桂を折りし人や知るらむ |
"〔かざしてもかつたどらるるくさのなは<BR/>かつらををりしひとやしるらん |
33 | 2.2.7 | 200 | 172 |
博士ならでは」 |
はかせならでは。" |
33 | 2.2.8 | 201 | 173 |
と聞こえたり。はかなけれど、ねたきいらへと思す。なほ、この内侍にぞ、思ひ離れず、はひまぎれたまふべき。 |
ときこえたり。はかなけれど、ねたきいらへとおぼす。なほ、このないしにぞ、おもひはなれず、はひまぎれたまふべき。 |
33 | 2.3 | 202 | 174 | 第三段 四月二十日過ぎ、明石姫君、東宮に入内 |
33 | 2.3.1 | 203 | 175 |
かくて、御参りは北の方添ひたまふべきを、「常に長々しうえ添ひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かの御後見をや添へまし」と思す。 |
かくて、おほんまゐりはきたのかたそひたまふべきを、"つねにながながしうえそひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かのおほんうしろみをやそへまし。"とおぼす。 |
33 | 2.3.2 | 204 | 176 |
上も、「つひにあるべきことの、かく隔たりて過ぐしたまふを、かの人も、ものしと思ひ嘆かるらむ。この御心にも、今はやうやうおぼつかなく、あはれに思し知るらむ。かたがた心おかれたてまつらむも、あいなし」と思ひなりたまひて、 |
うへも、"つひにあるべきことの、かくへだたりてすぐしたまふを、かのひとも、ものしとおもひなげかるらん。このみこころにも、いまはやうやうおぼつかなく、あはれにおぼししるらん。かたがたこころおかれたてまつらんも、あいなし。"とおもひなりたまひて、 |
33 | 2.3.3 | 205 | 177 |
「この折に添へたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふ人とても、若々しきのみこそ多かれ。御乳母たちなども、見及ぶことの心いたる限りあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらむほど、うしろやすかるべく」 |
"このをりにそへたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふひととても、わかわかしきのみこそおほかれ。おほんめのとたちなども、みおよぶことのこころいたるかぎりあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらんほど、うしろやすかるべく。" |
33 | 2.3.4 | 206 | 178 |
と聞こえたまへば、「いとよく思し寄るかな」と思して、「さなむ」と、あなたにも語らひのたまひければ、いみじくうれしく、思ふこと叶ひはべる心地して、人の装束、何かのことも、やむごとなき御ありさまに劣るまじくいそぎたつ。 |
ときこえたまへば、"いとよくおぼしよるかな。"とおぼして、"さなん。"と、あなたにもかたらひのたまひければ、いみじくうれしく、おもふことかなひはべるここちして、ひとのさうぞく、なにかのことも、やんごとなきおほんありさまにおとるまじくいそぎたつ。 |
33 | 2.3.5 | 207 | 179 |
尼君なむ、なほこの御生ひ先見たてまつらむの心深かりける。「今一度見たてまつる世もや」と、命をさへ執念くなして念じけるを、「いかにしてかは」と、思ふも悲し。 |
あまぎみなん、なほこのおほんおひさきみたてまつらんのこころふかかりける。"いまひとたびみたてまつるよもや。"と、いのちをさへしふねくなしてねんじけるを、"いかにしてかは。"と、おもふもかなし。 |
33 | 2.3.6 | 208 | 180 |
その夜は、上添ひて参りたまふに、さて、車にも立ちくだりうち歩みなど、人悪るかるべきを、わがためは思ひ憚らず、ただ、かく磨きたてまつりたまふ玉の疵にて、わがかくながらふるを、かつはいみじう心苦しう思ふ。 |
そのよは、うへそひてまゐりたまふに、さて、くるまにもたちくだりうちあゆみなど、ひとわるかるべきを、わがためはおもひはばからず、ただ、かくみがきたてまつりたまふたまのきずにて、わがかくながらふるを、かつはいみじうこころぐるしうおもふ。 |
33 | 2.3.7 | 209 | 181 |
御参りの儀式、「人の目おどろくばかりのことはせじ」と思しつつめど、おのづから世の常のさまにぞあらぬや。限りもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、上は、「まことにあはれにうつくし」と思ひきこえたまふにつけても、人に譲るまじう、「まことにかかることもあらましかば」と思す。大臣も、宰相の君も、ただこのことひとつをなむ、「飽かぬことかな」と、思しける。 |
おほんまゐりのぎしき、"ひとのめおどろくばかりのことはせじ。"とおぼしつつめど、おのづからよのつねのさまにぞあらぬや。かぎりもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、うへは、"まことにあはれにうつくし。"とおもひきこえたまふにつけても、ひとにゆづるまじう、"まことにかかることもあらましかば。"とおぼす。おとども、さいしゃうのきみも、ただこのことひとつをなん、"あかぬことかな。"と、おぼしける。 |
33 | 2.4 | 210 | 182 | 第四段 紫の上、明石御方と対面する |
33 | 2.4.1 | 211 | 183 |
三日過ごしてぞ、上はまかでさせたまふ。たち変はりて参りたまふ夜、御対面あり。 |
みかすごしてぞ、うへはまかでさせたまふ。たちかはりてまゐりたまふよ、おほんたいめんあり。 |
33 | 2.4.2 | 212 | 184 |
「かくおとなびたまふけぢめになむ、年月のほども知られはべれば、疎々しき隔ては、残るまじくや」 |
"かくおとなびたまふけぢめになん、としつきのほどもしられはべれば、うとうとしきへだては、のこるまじくや。" |
33 | 2.4.3 | 213 | 185 |
と、なつかしうのたまひて、物語などしたまふ。これもうちとけぬる初めなめり。ものなどうち言ひたるけはひなど、「むべこそは」と、めざましう見たまふ。 |
と、なつかしうのたまひて、ものがたりなどしたまふ。これもうちとけぬるはじめなめり。ものなどうちいひたるけはひなど、"むべこそは"と、めざましうみたまふ。 |
33 | 2.4.4 | 214 | 186 |
また、いと気高う盛りなる御けしきを、かたみにめでたしと見て、「そこらの御中にもすぐれたる御心ざしにて、並びなきさまに定まりたまひけるも、いとことわり」と思ひ知らるるに、「かうまで、立ち並びきこゆる契り、おろかなりやは」と思ふものから、出でたまふ儀式の、いとことによそほしく、御輦車など聴されたまひて、女御の御ありさまに異ならぬを、思ひ比ぶるに、さすがなる身のほどなり。 |
また、いとけだかうさかりなるおほんけしきを、かたみにめでたしとみて、"そこらのおほんなかにもすぐれたるおほんこころざしにて、ならびなきさまにさだまりたまひけるも、いとことわり。"とおもひしらるるに、"かうまで、たちならびきこゆるちぎり、おろかなりやは。"とおもふものから、いでたまふぎしきの、いとことによそほしく、おほんてぐるまなどゆるされたまひて、にょうごのおほんありさまにことならぬを、おもひくらぶるに、さすがなるみのほどなり。 |
33 | 2.4.5 | 215 | 187 |
いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見たてまつるにも、涙のみとどまらぬは、一つものとぞ見えざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。 |
いとうつくしげに、ひひなのやうなるおほんありさまを、ゆめのここちしてみたてまつるにも、なみだのみとどまらぬは、ひとつものとぞみえざりける。としごろよろづになげきしづみ、さまざまうきみとおもひくしつるいのちものべまほしう、はればれしきにつけて、まことにすみよしのかみもおろかならずおもひしらる。 |
33 | 2.4.6 | 216 | 188 |
思ふさまにかしづききこえて、心およばぬことはた、をさをさなき人のらうらうじさなれば、おほかたの寄せ、おぼえよりはじめ、なべてならぬ御ありさま容貌なるに、宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひきこえたまへり。 |
おもふさまにかしづききこえて、こころおよばぬことはた、をさをさなきひとのらうらうじさなれば、おほかたのよせ、おぼえよりはじめ、なべてならぬおほんありさまかたちなるに、みやも、わかきみここちに、いとこころことにおもひきこえたまへり。 |
33 | 2.4.7 | 217 | 189 |
挑みたまへる御方々の人などは、この母君の、かくてさぶらひたまふを、疵に言ひなしなどすれど、それに消たるべくもあらず。いまめかしう、並びなきことをば、さらにもいはず、心にくくよしある御けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人なども、めづらしき挑み所にて、とりどりにさぶらふ人びとも、心をかけたる女房の、用意ありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。 |
いどみたまへるおほんかたがたのひとびとなどは、このははぎみの、かくてさぶらひたまふを、きずにいひなしなどすれど、それにけたるべくもあらず。いまめかしう、ならびなきことをば、さらにもいはず、こころにくくよしあるおほんけはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、てんじゃうびとなども、めづらしきいどみどころにて、とりどりにさぶらふひとびとも、こころをかけたるにょうばうの、よういありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。 |
33 | 2.4.8 | 218 | 190 |
上も、さるべき折節には参りたまふ。御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの馴れず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき人のありさま、心ばへなり。 |
うへも、さるべきをりふしにはまゐりたまふ。おほんなからひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさしすぎものなれず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしきひとのありさま、こころばへなり。 |
33 | 3 | 219 | 191 | 第三章 光る源氏の物語 准太上天皇となる |
33 | 3.1 | 220 | 192 | 第一段 源氏、秋に准太上天皇の待遇を得る |
33 | 3.1.1 | 221 | 193 |
大臣も、「長からずのみ思さるる御世のこなたに」と、思しつる御参りの、かひあるさまに見たてまつりなしたまひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて、見苦しかりつる宰相の君も、思ひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、御心おちゐ果てたまひて、「今は本意も遂げなむ」と、思しなる。 |
おとども、"ながからずのみおぼさるるみよのこなたに。"と、おぼしつるおほんまゐりの、かひあるさまにみたてまつりなしたまひて、こころからなれど、よにうきたるやうにて、みぐるしかりつるさいしゃうのきみも、おもひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、みこころおちゐはてたまひて、"いまはほいもとげなん。"と、おぼしなる。 |
33 | 3.1.2 | 222 | 194 |
対の上の御ありさまの、見捨てがたきにも、「中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひきこえたまふべければ、さりとも」と、思し譲りけり。 |
たいのうへのおほんありさまの、みすてがたきにも、"ちゅうぐうおはしませば、おろかならぬみこころよせなり。このおほんかたにも、よにしられたるおやざまには、まづおもひきこえたまふべければ、さりとも。"と、おぼしゆづりけり。 |
33 | 3.1.3 | 223 | 195 |
夏の御方の、時に花やぎたまふまじきも、「宰相のものしたまへば」と、皆とりどりにうしろめたからず思しなりゆく。 |
なつのおほんかたの、ときにはなやぎたまふまじきも、"さいしゃうのものしたまへば。"と、みなとりどりにうしろめたからずおぼしなりゆく。 |
33 | 3.1.4 | 224 | 196 |
明けむ年、四十になりたまふ、御賀のことを、朝廷よりはじめたてまつりて、大きなる世のいそぎなり。 |
あけんとし、よそぢになりたまふ、おほんがのことを、おほやけよりはじめたてまつりて、おほきなるよのいそぎなり。 |
33 | 3.1.5 | 225 | 197 |
その秋、太上天皇に准らふ御位得たまうて、御封加はり、年官年爵など、皆添ひたまふ。かからでも、世の御心に叶はぬことなけれど、なほめづらしかりける昔の例を改めで、院司どもなどなり、さまことにいつくしうなり添ひたまへば、内裏に参りたまふべきこと、難かるべきをぞ、かつは思しける。 |
そのあき、だいじゃうてんわうになずらふおほんくらゐえたまうて、みふくははり、つかさかうぶりなど、みなそひたまふ。かからでも、よのみこころにかなはぬことなけれど、なほめづらしかりけるむかしのれいをあらためで、ゐんじどもなどなり、さまことにいつくしうなりそひたまへば、うちにまゐりたまふべきこと、かたかるべきをぞ、かつはおぼしける。 |
33 | 3.1.6 | 226 | 198 |
かくても、なほ飽かず帝は思して、世の中を憚りて、位をえ譲りきこえぬことをなむ、朝夕の御嘆きぐさなりける。 |
かくても、なほあかずみかどはおぼして、よのなかをはばかりて、くらゐをえゆづりきこえぬことをなん、あさゆふのおほんなげきぐさなりける。 |
33 | 3.1.7 | 227 | 199 |
内大臣上がりたまひて、宰相中将、中納言になりたまひぬ。御よろこびに出でたまふ。光いとどまさりたまへるさま、容貌よりはじめて、飽かぬことなきを、主人の大臣も、「なかなか人に圧されまし宮仕へよりは」と、思し直る。 |
ないだいじんあがりたまひて、さいしゃうのちゅうじゃう、ちゅうなごんになりたまひぬ。おほんよろこびにいでたまふ。ひかりいとどまさりたまへるさま、かたちよりはじめて、あかぬことなきを、あるじのおとども、"なかなかひとにおされましみやづかへよりは。"と、おぼしなほる。 |
33 | 3.1.8 | 228 | 200 |
女君の大輔乳母、「六位宿世」と、つぶやきし宵のこと、ものの折々に思し出でければ、菊のいとおもしろくて、移ろひたるを賜はせて、 |
をんなぎみのたいふのめのと、"ろくゐすくせ"と、つぶやきしよひのこと、もののをりをりにおぼしいでければ、きくのいとおもしろくて、うつろひたるをたまはせて、 |
33 | 3.1.9 | 229 | 201 |
「浅緑若葉の菊を露にても<BR/>濃き紫の色とかけきや |
"〔あさみどりわかばのきくをつゆにても<BR/>こきむらさきのいろとかけきや |
33 | 3.1.10 | 230 | 202 |
からかりし折の一言葉こそ忘られね」 |
からかりしをりのひとことばこそわすられね。" |
33 | 3.1.11 | 231 | 203 |
と、いと匂ひやかにほほ笑みて賜へり。恥づかしう、いとほしきものから、うつくしう見たてまつる。 |
と、いとにほひやかにほほゑみてたまへり。はづかしう、いとほしきものから、うつくしうみたてまつる。 |
33 | 3.1.12 | 232 | 204 |
「双葉より名立たる園の菊なれば<BR/>浅き色わく露もなかりき |
"〔ふたばよりなだたるそののきくなれば<BR/>あさきいろわくつゆもなかりき |
33 | 3.1.13 | 233 | 205 |
いかに心おかせたまへりけるにか」 |
いかにこころおかせたまへりけるにか。" |
33 | 3.1.14 | 234 | 206 |
と、いと馴れて苦しがる。 |
と、いとなれてくるしがる。 |
33 | 3.2 | 235 | 207 | 第二段 夕霧夫妻、三条殿に移る |
33 | 3.2.1 | 236 | 208 |
御勢ひまさりて、かかる御住まひも所狭ければ、三条殿に渡りたまひぬ。すこし荒れにたるを、いとめでたく修理しなして、宮のおはしましし方を改めしつらひて住みたまふ。昔おぼえて、あはれに思ふさまなる御住まひなり。 |
おほんいきほひまさりて、かかるおほんすまひもところせければ、さんでうどのにわたりたまひぬ。すこしあれにたるを、いとめでたくすりしなして、みやのおはしまししかたをあらためしつらひてすみたまふ。むかしおぼえて、あはれにおもふさまなるおほんすまひなり。 |
33 | 3.2.2 | 237 | 210 |
前栽どもなど、小さき木どもなりしも、いとしげき蔭となり、一村薄も心にまかせて乱れたりける、つくろはせたまふ。遣水の水草もかき改めて、いと心ゆきたるけしきなり。 |
せんさいどもなど、ちひさききどもなりしも、いとしげきかげとなり、ひとむらすすきもこころにまかせてみだれたりける、つくろはせたまふ。やりみづのみくさもかきあらためて、いとこころゆきたるけしきなり。 |
33 | 3.2.3 | 238 | 211 |
をかしき夕暮のほどを、二所眺めたまひて、あさましかりし世の、御幼さの物語などしたまふに、恋しきことも多く、人の思ひけむことも恥づかしう、女君は思し出づ。古人どもの、まかで散らず、曹司曹司にさぶらひけるなど、参う上り集りて、いとうれしと思ひあへり。 |
をかしきゆふぐれのほどを、ふたところながめたまひて、あさましかりしよの、おほんをさなさのものがたりなどしたまふに、こひしきこともおほく、ひとのおもひけんこともはづかしう、をんなぎみはおぼしいづ。ふるびとどもの、まかでちらず、ざうしざうしにさぶらひけるなど、まうのぼりあつまりて、いとうれしとおもひあへり。 |
33 | 3.2.4 | 239 | 212 |
男君、 |
をとこぎみ、 |
33 | 3.2.5 | 240 | 213 |
「なれこそは岩守るあるじ見し人の<BR/>行方は知るや宿の真清水」 |
"〔なれこそはいはもるあるじみしひとの<BR/>ゆくへはしるややどのましみづ〕" |
33 | 3.2.6 | 241 | 214 |
女君、 |
をんなぎみ、 |
33 | 3.2.7 | 242 | 215 |
「亡き人の影だに見えずつれなくて<BR/>心をやれるいさらゐの水」 |
"〔なきひとのかげだにみえずつれなくて<BR/>こころをやれるいさらゐのみづ〕" |
33 | 3.2.8 | 243 | 216 |
などのたまふほどに、大臣、内裏よりまかでたまひけるを、紅葉の色に驚かされて渡りたまへり。 |
などのたまふほどに、おとど、うちよりまかでたまひけるを、もみぢのいろにおどろかされてわたりたまへり。 |
33 | 3.3 | 244 | 217 | 第三段 内大臣、三条殿を訪問 |
33 | 3.3.1 | 245 | 218 |
昔おはさひし御ありさまにも、をさをさ変はることなく、あたりあたりおとなしく住まひたまへるさま、はなやかなるを見たまふにつけても、いとものあはれに思さる。中納言も、けしきことに、顔すこし赤みて、いとどしづまりてものしたまふ。 |
むかしおはさひしおほんありさまにも、をさをさかはることなく、あたりあたりおとなしくすまひたまへるさま、はなやかなるをみたまふにつけても、いとものあはれにおぼさる。ちゅうぐうも、けしきことに、かほすこしあかみて、いとどしづまりてものしたまふ。 |
33 | 3.3.2 | 246 | 219 |
あらまほしくうつくしげなる御あはひなれど、女は、またかかる容貌のたぐひも、などかなからむと見えたまへり。男は、際もなくきよらにおはす。古人ども御前に所得て、神さびたることども聞こえ出づ。ありつる御手習どもの、散りたるを御覧じつけて、うちしほたれたまふ。 |
あらまほしくうつくしげなるおほんあはひなれど、をんなは、またかかるかたちのたぐひも、などかなからんとみえたまへり。をとこは、きはもなくきよらにおはす。ふるびとどもおまへにところえて、かみさびたることどもきこえいづ。ありつるおほんてならひどもの、ちりたるをごらんじつけて、うちしほたれたまふ。 |
33 | 3.3.3 | 247 | 220 |
「この水の心尋ねまほしけれど、翁は言忌して」 |
"このみづのこころたづねまほしけれど、おきなはこといみして。" |
33 | 3.3.4 | 248 | 221 |
とのたまふ。 |
とのたまふ。 |
33 | 3.3.5 | 249 | 222 |
「そのかみの老木はむべも朽ちぬらむ<BR/>植ゑし小松も苔生ひにけり」 |
"〔そのかみのおいきはむべもくちぬらん<BR/>うゑしこまつもこけおひにけり〕 |
33 | 3.3.6 | 250 | 223 |
男君の御宰相の乳母、つらかりし御心も忘れねば、したり顔に、 |
をとこぎみのおほんさいしゃうのめのと、つらかりしみこころもわすれねば、したりがほに、 |
33 | 3.3.7 | 251 | 224 |
「いづれをも蔭とぞ頼む双葉より<BR/>根ざし交はせる松の末々」 |
"〔いづれをもかげとぞたのむふたばより<BR/>ねざしかはせるまつのすゑずゑ〕" |
33 | 3.3.8 | 252 | 225 |
老人どもも、かやうの筋に聞こえ集めたるを、中納言は、をかしと思す。女君は、あいなく面赤み、苦しと聞きたまふ。 |
おいびとどもも、かやうのすぢにきこえあつめたるを、ちゅうなごんは、をかしとおぼす。をんなぎみは、あいなくおもてあかみ、くるしとききたまふ。 |
33 | 3.4 | 253 | 226 | 第四段 十月二十日過ぎ、六条院行幸 |
33 | 3.4.1 | 254 | 227 |
神無月の二十日あまりのほどに、六条院に行幸あり。紅葉の盛りにて、興あるべきたびの行幸なるに、朱雀院にも御消息ありて、院さへ渡りおはしますべければ、世にめづらしくありがたきことにて、世人も心をおどろかす。主人の院方も、御心を尽くし、目もあやなる御心まうけをせさせたまふ。 |
かんなづきのはつかあまりのほどに、ろくでうゐんにぎゃうがうあり。もみぢのさかりにて、きょうあるべきたびのぎゃうがうなるに、すじゃくゐんにもおほんせうそくありて、ゐんさへわたりおはしますべければ、よにめづらしくありがたきことにて、よひともこころをおどろかす。あるじのゐんがたも、みこころをつくし、めもあやなるみこころまうけをせさせたまふ。 |
33 | 3.4.2 | 255 | 228 |
巳の時に行幸ありて、まづ、馬場殿に左右の寮の御馬牽き並べて、左右近衛立ち添ひたる作法、五月の節にあやめわかれず通ひたり。未くだるほどに、南の寝殿に移りおはします。道のほどの反橋、渡殿には錦を敷き、あらはなるべき所には軟障を引き、いつくしうしなさせたまへり。 |
みのときにぎゃうがうありて、まづ、むまばどのにひだりみぎのつかさのおほんむまひきならべて、ひだりみぎのこのゑたちそひたるさほふ、さつきのせちにあやめわかれずかよひたり。ひつじくだるほどに、みなみのしんでんにうつりおはします。みちのほどのそりはし、わたどのにはにしきをしき、あらはなるべきところにはぜんじゃうをひき、いつくしうしなさせたまへり。 |
33 | 3.4.3 | 256 | 229 |
東の池に舟ども浮けて、御厨子所の鵜飼の長、院の鵜飼を召し並べて、鵜をおろさせたまへり。小さき鮒ども食ひたり。わざとの御覧とはなけれども、過ぎさせたまふ道の興ばかりになむ。 |
ひんがしのいけにふねどもうけて、みづしどころのうかひのをさ、ゐんのうかひをめしならべて、うをおろさせたまへり。ちひさきふなどもくひたり。わざとのごらんとはなけれども、すぎさせたまふみちのきょうばかりになん。 |
33 | 3.4.4 | 257 | 230 |
山の紅葉、いづ方も劣らねど、西の御前は心ことなるを、中の廊の壁を崩し、中門を開きて、霧の隔てなくて御覧ぜさせたまふ。 |
やまのもみぢ、いづかたもおとらねど、にしのおまへはこころことなるを、なかのらうのかべをくづし、ちゅうもんをひらきて、きりのへだてなくてごらんぜさせたまふ。 |
33 | 3.4.5 | 258 | 231 |
御座、二つよそひて、主人の御座は下れるを、宣旨ありて直させたまふほど、めでたく見えたれど、帝は、なほ限りあるゐやゐやしさを尽くして見せたてまつりたまはぬことをなむ、思しける。 |
おほんざ、ふたつよそひて、あるじのおほんざはくだれるを、せんじありてなほさせたまふほど、めでたくみえたれど、みかどは、なほかぎりあるゐやゐやしさをつくしてみせたてまつりたまはぬことをなん、おぼしける。 |
33 | 3.4.6 | 259 | 233 |
池の魚を、左少将捕り、蔵人所の鷹飼の、北野に狩仕まつれる鳥一番を、右少将捧げて、寝殿の東より御前に出でて、御階の左右に膝をつきて奏す。太政大臣、仰せ言賜ひて、調じて御膳に参る。親王たち、上達部などの御まうけも、めづらしきさまに、常の事どもを変へて仕うまつらせたまへり。 |
いけのいをを、ひだりのせうしゃうとり、くらうどどころのたかがひの、きたのにかりつかまつれるとりひとつがひを、みぎのすけささげて、しんでんのひんがしよりおまへにいでて、みはしのひだりみぎにひざをつきてそうす。おほきおとど、おほせごとたまひて、てうじておものにまゐる。みこたち、かんだちめなどのおほんまうけも、めづらしきさまに、つねのことどもをかへてつかうまつらせたまへり。 |
33 | 3.5 | 260 | 234 | 第五段 六条院行幸の饗宴 |
33 | 3.5.1 | 261 | 235 |
皆御酔ひになりて、暮れかかるほどに、楽所の人召す。わざとの大楽にはあらず、なまめかしきほどに、殿上の童べ、舞仕うまつる。朱雀院の紅葉の賀、例の古事思し出でらる。「賀王恩」といふものを奏するほどに、太政大臣の御弟子の十ばかりなる、切におもしろう舞ふ。内裏の帝、御衣ぬぎて賜ふ。太政大臣降りて舞踏したまふ。 |
みなおほんゑひになりて、くれかかるほどに、がくそのひとめす。わざとのおほがくにはあらず、なまめかしきほどに、てんじゃうのわらはべ、まひつかうまつる。すじゃくゐんのもみぢのが、れいのふることおぼしいでらる。〔がわうおん〕といふものをそうするほどに、おほきおとどのおほんをとごのとをばかりなる、せちにおもしろうまふ。うちのみかど、おほんぞぬぎてたまふ。おほきおとどおりてぶたうしたまふ。 |
33 | 3.5.2 | 262 | 236 |
主人の院、菊を折らせたまひて、「青海波」の折を思し出づ。 |
あるじのゐん、きくををらせたまひて、〔せいがいは〕のをりをおぼしいづ。 |
33 | 3.5.3 | 263 | 237 |
「色まさる籬の菊も折々に<BR/>袖うちかけし秋を恋ふらし」 |
"〔いろまさるまがきのきくもをりをりに<BR/>そでうちかけしあきをこふらし〕 |
33 | 3.5.4 | 264 | 238 |
大臣、その折は、同じ舞に立ち並びきこえたまひしを、我も人にはすぐれたまへる身ながら、なほこの際はこよなかりけるほど、思し知らる。時雨、折知り顔なり。 |
おとど、そのをりは、おなじまひにたちならびきこえたまひしを、われもひとにはすぐれたまへるみながら、なほこのきははこよなかりけるほど、おぼししらる。しぐれ、をりしりがほなり。 |
33 | 3.5.5 | 265 | 239 |
「紫の雲にまがへる菊の花<BR/>濁りなき世の星かとぞ見る |
"〔むらさきのくもにまがへるきくのはな<BR/>にごりなきよのほしかとぞみる |
33 | 3.5.6 | 266 | 240 |
時こそありけれ」 |
ときこそありけれ。" |
33 | 3.5.7 | 267 | 241 |
と聞こえたまふ。 |
ときこえたまふ。 |
33 | 3.6 | 268 | 242 | 第六段 朱雀院と冷泉帝の和歌 |
33 | 3.6.1 | 269 | 243 |
夕風の吹き敷く紅葉の色々、濃き薄き、錦を敷きたる渡殿の上、見えまがふ庭の面に、容貌をかしき童べの、やむごとなき家の子どもなどにて、青き赤き白橡、蘇芳、葡萄染めなど、常のごと、例のみづらに、額ばかりのけしきを見せて、短きものどもをほのかに舞ひつつ、紅葉の蔭に返り入るほど、日の暮るるもいと惜しげなり。 |
ゆふかぜのふきしくもみぢのいろいろ、こきうすき、にしきをしきたるわたどののうへ、みえまがふにはのおもに、かたちをかしきわらはべの、やんごとなきいへのこどもなどにて、あをきあかきしらつるばみ、すはう、えびぞめなど、つねのごと、れいのみづらに、ひたいばかりのけしきをみせて、みぢかきものどもをほのかにまひつつ、もみぢのかげにかへりいるほど、ひのくるるもいとをしげなり。 |
33 | 3.6.2 | 270 | 244 |
楽所などおどろおどろしくはせず。上の御遊び始まりて、書司の御琴ども召す。ものの興切なるほどに、御前に皆御琴ども参れり。宇多法師の変はらぬ声も、朱雀院は、いとめづらしくあはれに聞こし召す。 |
がくしょなどおどろおどろしくはせず。うへのおほんあそびはじまりて、ふみのつかさのおほんことどもめす。もののきょうせちなるほどに、ごぜんにみなおほんことどもまゐれり。うだのほふしのかはらぬこゑも、すじゃくゐんは、いとめづらしくあはれにきこしめす。 |
33 | 3.6.3 | 271 | 245 |
「秋をへて時雨ふりぬる里人も<BR/>かかる紅葉の折をこそ見ね」 |
"〔あきをへてしぐれふりぬるさとびとも<BR/>かかるもみぢのをりをこそみね〕 |
33 | 3.6.4 | 272 | 246 |
うらめしげにぞ思したるや。帝、 |
うらめしげにぞおぼしたるや。みかど、 |
33 | 3.6.5 | 273 | 247 |
「世の常の紅葉とや見るいにしへの<BR/>ためしにひける庭の錦を」 |
"〔よのつねのもみぢとやみるいにしへの<BR/>ためしにひけるにはのにしきを〕 |
33 | 3.6.6 | 274 | 248 |
と、聞こえ知らせたまふ。御容貌いよいよねびととのほりたまひて、ただ一つものと見えさせたまふを、中納言さぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、思ひなしに劣りまさらむ、あざやかに匂はしきところは、添ひてさへ見ゆ。 |
と、きこえしらせたまふ。おほんかたちいよいよねびととのほりたまひて、ただひとつものとみえさせたまふを、ちゅうなごんさぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、おもひなしにおとりまさらん、あざやかににほはしきところは、そひてさへみゆ。 |
33 | 3.6.7 | 275 | 249 |
笛仕うまつりたまふ、いとおもしろし。唱歌の殿上人、御階にさぶらふ中に、弁少将の声すぐれたり。なほさるべきにこそと見えたる御仲らひなめり。 |
ふえつかうまつりたまふ、いとおもしろし。さうがのてんじゃうびと、みはしにさぶらふなかに、べんのせうしゃうのこゑすぐれたり。なほさるべきにこそとみえたるおほんなからひなめり。 |