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33藤裏葉
3317142第一章 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る
331.17243第一段 夕霧と雲居雁の相思相愛の恋
331.1.17344 (おほん)いそぎのほどにも、宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)(なが)めがちにて、ほれぼれしき心地(ここち)するを、「かつはあやしく、わが(こころ)ながら執念(しふね)きぞかし。あながちにかう(おも)ふことならば、関守(せきもり)の、うちも()ぬべきけしきに(おも)(よわ)りたまふなるを()きながら、(おな)じくは、人悪(ひとわる)からぬさまに見果(みは)てむ」と(ねん)ずるも、(くる)しう(おも)(みだ)れたまふ。 おほんいそぎのほどにも、さいしゃうのちゅうじゃうながめがちにて、ほれぼれしきここちするを、"かつはあやしく、わがこころながらしふねきぞかし。あながちにかうおもふことならば、せきもりの、うちもぬべきけしきにおもよわりたまふなるをきながら、おなじくは、ひとわるからぬさまにみはてん。"とねんずるも、くるしうおもみだれたまふ。
331.1.27445 女君(をんなぎみ)も、大臣(おとど)のかすめたまひしことの(すぢ)を、「もし、さもあらば、(なに)名残(なごり)かは」と(なげ)かしうて、あやしく(そむ)(そむ)きに、さすがなる(おほん)もろ(ごひ)なり。 をんなぎみも、おとどのかすめたまひしことのすぢを、"もし、さもあらば、なになごりかは。"となげかしうて、あやしくそむそむきに、さすがなるおほんもろごひなり。
331.1.37546 大臣(おとど)も、さこそ心強(こころづよ)がりたまひしかど、たけからぬに(おぼ)しわづらひて、「かの(みや)にも、さやうに(おも)()()てたまひなば、またとかく(あらた)(おも)ひかかづらはむほど、(ひと)のためも(くる)しう、わが御方(おほんかた)ざまにも人笑(ひとわら)はれに、おのづから軽々(かろがろ)しきことやまじらむ。(しの)ぶとすれど、うちうちのことあやまりも、()()りにたるべし。とかく(まぎ)らはして、なほ()けぬべきなめり」と、(おぼ)しなりぬ。 おとども、さこそこころづよがりたまひしかど、たけからぬにおぼしわづらひて、"かのみやにも、さやうにおもてたまひなば、またとかくあらたおもひかかづらはんほど、ひとのためもくるしう、わがおほんかたざまにもひとわらはれに、おのづからかろがろしきことやまじらん。しのぶとすれど、うちうちのことあやまりも、りにたるべし。とかくまぎらはして、なほけぬべきなめり。"と、おぼしなりぬ。
331.1.47647 (うへ)はつれなくて、(うら)()けぬ御仲(おほんなか)なれば、「ゆくりなく()()らむもいかが」と、(おぼ)(はばか)りて、「ことことしくもてなさむも、(ひと)(おも)はむところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」など(おぼ)すに、三月二十日(やよひはつか)大殿(おほとの)大宮(おほみや)御忌日(おほんきにち)にて、極楽寺(ごくらくじ)(まう)でたまへり。 うへはつれなくて、うらけぬおほんなかなれば、"ゆくりなくらんもいかが。"と、おぼはばかりて、"ことことしくもてなさんも、ひとおもはんところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき。"などおぼすに、やよひはつかおほとのおほみやおほんきにちにて、ごくらくじまうでたまへり。
331.27748第二段 三月二十日、極楽寺に詣でる
331.2.17849 君達皆(きみたちみな)ひき()れ、(いきほ)ひあらまほしく、上達部(かんだちめ)などもあまた(まゐ)(つど)ひたまへるに、宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)、をさをさけはひ(おと)らず、よそほしくて、容貌(かたち)など、ただ(いま)のいみじき(さか)りにねびゆきて、()(あつ)めめでたき(ひと)(おほん)ありさまなり。 きみたちみなひきれ、いきほひあらまほしく、かんだちめなどもあまたまゐつどひたまへるに、さいしゃうのちゅうじゃう、をさをさけはひおとらず、よそほしくて、かたちなど、ただいまのいみじきさかりにねびゆきて、あつめめでたきひとおほんありさまなり。
331.2.27950 この大臣(おとど)をば、つらしと(おも)ひきこえたまひしより、()えたてまつるも、(こころ)づかひせられて、いといたう用意(ようい)し、もてしづめてものしたまふを、大臣(おとど)も、(つね)よりは()とどめたまふ。御誦経(みずきゃう)など、六条院(ろくでうのゐん)よりもせさせたまへり。宰相君(さいしゃうのきみ)は、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみ(つか)うまつりたまふ。 このおとどをば、つらしとおもひきこえたまひしより、えたてまつるも、こころづかひせられて、いといたうよういし、もてしづめてものしたまふを、おとども、つねよりはとどめたまふ。みずきゃうなど、ろくでうのゐんよりもせさせたまへり。さいしゃうのきみは、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみつかうまつりたまふ。
331.2.38051 (ゆふ)かけて、皆帰(みなかへ)りたまふほど、(はな)皆散(みなち)(みだ)れ、(かすみ)たどたどしきに、大臣(おとど)(むかし)(おぼ)()でて、なまめかしううそぶき(なが)めたまふ。宰相(さいしゃう)も、あはれなる(ゆふ)べのけしきに、いとどうちしめりて、「雨気(あまけ)あり」と、(ひと)びとの(さわ)ぐに、なほ(なが)()りてゐたまへり。(こころ)ときめきに()たまふことやありけむ、(そで)()()せて、 ゆふかけて、みなかへりたまふほど、はなみなちみだれ、かすみたどたどしきに、おとどむかしおぼでて、なまめかしううそぶきながめたまふ。さいしゃうも、あはれなるゆふべのけしきに、いとどうちしめりて、"あまけあり。"と、ひとびとのさわぐに、なほながりてゐたまへり。こころときめきにたまふことやありけん、そでせて、
331.2.48152 「などか、いとこよなくは(かん)じたまへる。今日(けふ)御法(みのり)(えに)をも(たづ)(おぼ)さば、罪許(つみゆる)したまひてよや。(のこ)(すく)なくなりゆく(すゑ)()に、(おも)()てたまへるも、(うら)みきこゆべくなむ」 "などか、いとこよなくはかんじたまへる。けふみのりえにをもたづおぼさば、つみゆるしたまひてよや。のこすくなくなりゆくすゑに、おもてたまへるも、うらみきこゆべくなん。"
331.2.58253 とのたまへば、うちかしこまりて、 とのたまへば、うちかしこまりて、
331.2.68354 ()ぎにし(おほん)おもむけも、(たの)みきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、(ゆる)しなき()けしきに、(はばか)りつつなむ」 "ぎにしおほんおもむけも、たのみきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、ゆるしなきけしきに、はばかりつつなん。"
331.2.78455 ()こえたまふ。 こえたまふ。
331.2.88556 (こころ)あわたたしき雨風(あまかぜ)に、(みな)ちりぢりに(きほ)(かへ)りたまひぬ。(きみ)、「いかに(おも)ひて、(れい)ならずけしきばみたまひつらむ」など、()とともに(こころ)をかけたる(おほん)あたりなれば、はかなきことなれど、(みみ)とまりて、とやかうやと(おも)()かしたまふ。 こころあわたたしきあまかぜに、みなちりぢりにきほかへりたまひぬ。きみ、"いかにおもひて、れいならずけしきばみたまひつらん。"など、とともにこころをかけたるおほんあたりなれば、はかなきことなれど、みみとまりて、とやかうやとおもかしたまふ。
331.38657第三段 内大臣、夕霧を自邸に招待
331.3.18758 ここらの(とし)ごろの(おも)ひのしるしにや、かの大臣(おとど)も、名残(なごり)なく(おぼ)(よわ)りて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからむを(おぼ)すに、四月(うづき)朔日(ついたち)ごろ、御前(おまへ)(ふぢ)(はな)、いとおもしろう()(みだ)れて、()(つね)(いろ)ならず、ただに見過(みす)ぐさむこと()しき(さか)りなるに、(あそ)びなどしたまひて、()()くほどの、いとど(いろ)まされるに、頭中将(とうのちゅうじゃう)して、御消息(おほんせうそこ)あり。 ここらのとしごろのおもひのしるしにや、かのおとども、なごりなくおぼよわりて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからんをおぼすに、うづきついたちごろ、おまへふぢはな、いとおもしろうみだれて、つねいろならず、ただにみすぐさんことしきさかりなるに、あそびなどしたまひて、くほどの、いとどいろまされるに、とうのちゅうじゃうして、おほんせうそこあり。
331.3.28859 一日(ひとひ)(はな)(かげ)対面(たいめん)の、()かずおぼえはべりしを、御暇(おほんいとま)あらば、()()りたまひなむや」 "ひとひはなかげたいめんの、かずおぼえはべりしを、おほんいとまあらば、りたまひなんや。"
331.3.38960 とあり。御文(おほんふみ)には、 とあり。おほんふみには、
331.3.49061 「わが宿(やど)(ふぢ)色濃(いろこ)きたそかれに<BR/>(たづ)ねやは()(はる)名残(なごり)を」 "〔わがやどふぢいろこきたそかれに<BR/>たづねやははるなごりを〕
331.3.59162 げに、いとおもしろき(えだ)につけたまへり。()ちつけたまへるも、(こころ)ときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。 げに、いとおもしろきえだにつけたまへり。ちつけたまへるも、こころときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。
331.3.69263 「なかなかに()りやまどはむ(ふぢ)(はな)<BR/>たそかれ(どき)のたどたどしくは」 "〔なかなかにりやまどはんふぢはな<BR/>たそかれどきのたどたどしくは〕
331.3.79364 ()こえて、 こえて、
331.3.89465 口惜(くちを)しくこそ(おく)しにけれ。()(なほ)したまへよ」 "くちをしくこそおくしにけれ。なほしたまへよ。"
331.3.99566 ()こえたまふ。 こえたまふ。
331.3.109667 御供(おほんとも)にこそ」 "おほんともにこそ。"
331.3.119768 とのたまへば、 とのたまへば、
331.3.129869 「わづらはしき随身(ずいじん)は、(いな) "わづらはしきずいじんは、いな。"
331.3.139970 とて、(かへ)しつ。 とて、かへしつ。
331.3.1410071 大臣(おとど)御前(おまへ)に、かくなむ、とて、御覧(ごらん)ぜさせたまふ。 おとどおまへに、かくなん、とて、ごらんぜさせたまふ。
331.3.1510172 (おも)ふやうありてものしたまひつるにやあらむ。さも(すす)みものしたまはばこそは、()ぎにし(かた)(けう)なかりし(うら)みも()けめ」 "おもふやうありてものしたまひつるにやあらん。さもすすみものしたまはばこそは、ぎにしかたけうなかりしうらみもけめ。"
331.3.1610273 とのたまふ。御心(みこころ)おごり、こよなうねたげなり。 とのたまふ。みこころおごり、こよなうねたげなり。
331.3.1710374 「さしもはべらじ。(たい)(まへ)(ふぢ)(つね)よりもおもしろう()きてはべるなるを、(しづ)かなるころほひなれば、(あそ)びせむなどにやはべらむ」 "さしもはべらじ。たいまへふぢつねよりもおもしろうきてはべるなるを、しづかなるころほひなれば、あそびせんなどにやはべらん。"
331.3.1810475 (まう)したまふ。 まうしたまふ。
331.3.1910576 「わざと使(つか)ひさされたりけるを、(はや)うものしたまへ」 "わざとつかひさされたりけるを、はやうものしたまへ。"
331.3.2010677 (ゆる)したまふ。いかならむと、(した)には(くる)しう、ただならず。 ゆるしたまふ。いかならんと、したにはくるしう、ただならず。
331.3.2110778 直衣(なほし)こそあまり()くて、(かろ)びためれ。非参議(ひさんぎ)のほど、(なに)となき若人(わかうど)こそ、二藍(ふたあゐ)はよけれ、ひき(つくろ)はむや」 "なほしこそあまりくて、かろびためれ。ひさんぎのほど、なにとなきわかうどこそ、ふたあゐはよけれ、ひきつくろはんや。"
331.3.2210879 とて、わが御料(ごれう)(こころ)ことなるに、えならぬ御衣(おほんぞ)ども()して、御供(おほんとも)()たせてたてまつれたまふ。 とて、わがごれうこころことなるに、えならぬおほんぞどもして、おほんともたせてたてまつれたまふ。
331.410980第四段 夕霧、内大臣邸を訪問
331.4.111081 わが御方(おほんかた)にて、(こころ)づかひいみじう化粧(けさう)じて、たそかれも()ぎ、(こころ)やましきほどに()うでたまへり。主人(あるじ)君達(きみたち)中将(ちゅうじゃう)をはじめて、(しち)八人(はちにん)うち()れて迎ヘ入(むかへい)れたてまつる。いづれとなくをかしき容貌(かたち)どもなれど、なほ、(ひと)にすぐれて、あざやかにきよらなるものから、なつかしう、よしづき、()づかしげなり。 わがおほんかたにて、こころづかひいみじうけさうじて、たそかれもぎ、こころやましきほどにうでたまへり。あるじきみたちちゅうじゃうをはじめて、しちはちにんうちれてむかへいれたてまつる。いづれとなくをかしきかたちどもなれど、なほ、ひとにすぐれて、あざやかにきよらなるものから、なつかしう、よしづき、づかしげなり。
331.4.211182 大臣(おとど)御座(おまし)ひきつくろはせなどしたまふ御用意(おほんようい)、おろかならず。御冠(おほんかうぶり)などしたまひて、()でたまふとて、(きた)(かた)(わか)女房(にょうばう)などに、 おとどおましひきつくろはせなどしたまふおほんようい、おろかならず。おほんかうぶりなどしたまひて、でたまふとて、きたかたわかにょうばうなどに、
331.4.311283 (のぞ)きて()たまへ。いと警策(かうざく)にねびまさる(ひと)なり。用意(ようい)などいと(しづ)かに、ものものしや。あざやかに、()()でおよすけたる(かた)は、父大臣(ちちおとど)にもまさりざまにこそあめれ。 "のぞきてたまへ。いとかうざくにねびまさるひとなり。よういなどいとしづかに、ものものしや。あざやかに、でおよすけたるかたは、ちちおとどにもまさりざまにこそあめれ。
331.4.411384 かれは、ただいと(せち)になまめかしう愛敬(あいぎゃう)づきて、()るに()ましく、()中忘(なかわす)るる心地(ここち)ぞしたまふ。(おほやけ)ざまは、すこしたはれて、あざれたる(かた)なりし、ことわりぞかし。 かれは、ただいとせちになまめかしうあいぎゃうづきて、るにましく、なかわするるここちぞしたまふ。おほやけざまは、すこしたはれて、あざれたるかたなりし、ことわりぞかし。
331.4.511485 これは、(ざえ)(きは)もまさり、(こころ)もちゐ男々(をを)しく、すくよかに()らひたりと、()におぼえためり」 これは、ざえきはもまさり、こころもちゐををしく、すくよかにらひたりと、におぼえためり。"
331.4.611586 などのたまひてぞ、対面(たいめん)したまふ。ものまめやかに、むべむべしき御物語(おほんものがたり)は、すこしばかりにて、(はな)(きょう)(うつ)りたまひぬ。 などのたまひてぞ、たいめんしたまふ。ものまめやかに、むべむべしきおほんものがたりは、すこしばかりにて、はなきょううつりたまひぬ。
331.4.711687 (はる)(はな)、いづれとなく、皆開(みなひら)()づる(いろ)ごとに、()おどろかぬはなきを、心短(こころみじか)くうち()てて()りぬるが、(うら)めしうおぼゆるころほひ、この(はな)のひとり()(おく)れて、(なつ)()きかかるほどなむ、あやしう(こころ)にくくあはれにおぼえはべる。(いろ)もはた、なつかしきゆかりにしつべし」 "はるはな、いづれとなく、みなひらづるいろごとに、おどろかぬはなきを、こころみじかくうちててりぬるが、うらめしうおぼゆるころほひ、このはなのひとりおくれて、なつきかかるほどなん、あやしうこころにくくあはれにおぼえはべる。いろもはた、なつかしきゆかりにしつべし。"
331.4.811788 とて、うちほほ()みたまへる、けしきありて、(にほ)ひきよげなり。 とて、うちほほみたまへる、けしきありて、にほひきよげなり。
331.511889第五段 藤花の宴 結婚を許される
331.5.111990 (つき)はさし()でぬれど、(はな)(いろ)さだかにも()えぬほどなるを、もてあそぶに(こころ)()せて、大酒参(おほみきまゐ)り、御遊(おほんあそ)びなどしたまふ。大臣(おとど)、ほどなく空酔(そらゑ)ひをしたまひて、(みだ)りがはしく()()はしたまふを、さる(こころ)して、いたうすまひ(なや)めり。 つきはさしでぬれど、はないろさだかにもえぬほどなるを、もてあそぶにこころせて、おほみきまゐり、おほんあそびなどしたまふ。おとど、ほどなくそらゑひをしたまひて、みだりがはしくはしたまふを、さるこころして、いたうすまひなやめり。
331.5.212092 (きみ)は、(すゑ)()にはあまるまで、(あめ)(した)有職(いうそく)にものしたまふめるを、齢古(よはひふ)りぬる(ひと)(おも)()てたまふなむつらかりける。文籍(ぶんせき)にも、家礼(かれい)といふことあるべくや。なにがしの(をし)へも、よく(おぼ)()るらむと(おも)ひたまふるを、いたう心悩(こころなや)ましたまふと、(うら)みきこゆべくなむ」 "きみは、すゑにはあまるまで、あめしたいうそくにものしたまふめるを、よはひふりぬるひとおもてたまふなんつらかりける。ぶんせきにも、かれいといふことあるべくや。なにがしのをしへも、よくおぼるらんとおもひたまふるを、いたうこころなやましたまふと、うらみきこゆべくなん。"
331.5.312193 などのたまひて、()()きにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。 などのたまひて、きにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。
331.5.412294 「いかでか。(むかし)(おも)うたまへ()づる御変(おほんか)はりどもには、()()つるさまにもとこそ、(おも)うたまへ()りはべるを、いかに御覧(ごらん)じなすことにかはべらむ。もとより、おろかなる(こころ)のおこたりにこそ」 "いかでか。むかしおもうたまへづるおほんかはりどもには、つるさまにもとこそ、おもうたまへりはべるを、いかにごらんじなすことにかはべらん。もとより、おろかなるこころのおこたりにこそ。"
331.5.512395 と、かしこまりきこえたまふ。御時(おほんとき)よく、さうどきて、 と、かしこまりきこえたまふ。おほんときよく、さうどきて、
331.5.612496 (ふぢ)裏葉(うらは)の」 "〔ふぢうらはの〕
331.5.712597 とうち()じたまへる、()けしきを(たま)はりて、頭中将(とうのちゅうじゃう)(はな)色濃(いろこ)く、ことに房長(ふさなが)きを()りて、客人(まらうと)御盃(おほんさかづき)(くは)ふ。()りて、もて(なや)むに、大臣(おとど) とうちじたまへる、けしきをたまはりて、とうのちゅうじゃうはないろこく、ことにふさながきをりて、まらうとおほんさかづきくはふ。りて、もてなやむに、おとど
331.5.812698 (むらさき)にかことはかけむ(ふぢ)(はな)<BR/>まつより()ぎてうれたけれども」 "〔むらさきにかことはかけんふぢはな<BR/>まつよりぎてうれたけれども〕
331.5.912799 宰相(さいしゃう)(さかづき)()ちながら、けしきばかり(はい)したてまつりたまへるさま、いとよしあり。 さいしゃうさかづきちながら、けしきばかりはいしたてまつりたまへるさま、いとよしあり。
331.5.10128100 「いく(かへ)(つゆ)けき(はる)()ぐし()て<BR/>(はな)紐解(ひもと)(をり)にあふらむ」 "〔いくかへつゆけきはるぐして<BR/>はなひもとをりにあふらん〕
331.5.11129101 頭中将(とうのちゅうじゃう)(たま)へば、 とうのちゅうじゃうたまへば、
331.5.12130102 「たをやめの(そで)にまがへる(ふぢ)(はな)<BR/>()(ひと)からや(いろ)もまさらむ」 "〔たをやめのそでにまがへるふぢはな<BR/>ひとからやいろもまさらん〕
331.5.13131103 次々順流(つぎつぎずんなが)るめれど、()ひの(まぎ)れにはかばかしからで、これよりまさらず。 つぎつぎずんながるめれど、ひのまぎれにはかばかしからで、これよりまさらず。
331.6132104第六段 夕霧、雲居雁の部屋を訪う
331.6.1133105 七日(なぬか)夕月夜(ゆふづくよ)(かげ)ほのかなるに、(いけ)(かがみ)のどかに()みわたれり。げに、まだほのかなる(こずゑ)どもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみ(よこ)たはれる(まつ)の、木高(こだか)きほどにはあらぬに、かかれる(はな)のさま、()(つね)ならずおもしろし。 なぬかゆふづくよかげほのかなるに、いけかがみのどかにみわたれり。げに、まだほのかなるこずゑどもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみよこたはれるまつの、こだかきほどにはあらぬに、かかれるはなのさま、つねならずおもしろし。
331.6.2134106 (れい)の、弁少将(べんのせうしゃう)(こゑ)いとなつかしくて、「葦垣(あしがき)」を(うた)ふ。大臣(おとど) れいの、べんのせうしゃうこゑいとなつかしくて、〔あしがき〕をうたふ。おとど
331.6.3135107 「いとけやけうも(つか)うまつるかな」 "いとけやけうもつかうまつるかな。"
331.6.4136108 と、うち(みだ)れたまひて、 と、うちみだれたまひて、
331.6.5137109 年経(としへ)にけるこの(いへ)の」 "〔としへにけるこのいへの〕
331.6.6138110 と、うち(くは)へたまへる御声(おほんこゑ)、いとおもしろし。をかしきほどに(みだ)りがはしき御遊(おほんあそ)びにて、もの(おも)(のこ)らずなりぬめり。 と、うちくはへたまへるおほんこゑ、いとおもしろし。をかしきほどにみだりがはしきおほんあそびにて、ものおものこらずなりぬめり。
331.6.7139111 やうやう夜更(よふ)()くほどに、いたうそら(なや)みして、 やうやうよふくほどに、いたうそらなやみして、
331.6.8140112 (みだ)心地(ごこち)いと()へがたうて、まかでむ(そら)もほとほとしうこそはべりぬべけれ。宿直所譲(とのゐどころゆづ)りたまひてむや」 "みだごこちいとへがたうて、まかでんそらもほとほとしうこそはべりぬべけれ。とのゐどころゆづりたまひてんや。"
331.6.9141113 と、中将(ちゅうじゃう)(うれ)へたまふ。大臣(おとど) と、ちゅうじゃううれへたまふ。おとど
331.6.10142114 朝臣(あそん)や、御休(おほんやす)所求(どころもと)めよ。(おきな)いたう()(すす)みて無礼(むらい)なれば、まかり()りぬ」 "あそんや、おほんやすどころもとめよ。おきないたうすすみてむらいなれば、まかりりぬ。"
331.6.11143115 ()()てて、()りたまひぬ。 てて、りたまひぬ。
331.6.12144116 中将(ちゅうじゃう) ちゅうじゃう
331.6.13145117 (はな)(かげ)旅寝(たびね)よ。いかにぞや、(くる)しきしるべにぞはべるや」 "はなかげたびねよ。いかにぞや、くるしきしるべにぞはべるや。"
331.6.14146118 ()へば、 へば、
331.6.15147119 (まつ)(ちぎ)れるは、あだなる(はな)かは。ゆゆしや」 "まつちぎれるは、あだなるはなかは。ゆゆしや。"
331.6.16148120 ()めたまふ。中将(ちゅうじゃう)は、(こころ)のうちに、「ねたのわざや」と(おも)ふところあれど、(ひと)ざまの(おも)ふさまにめでたきに、「かうもあり()てなむ」と、心寄(こころよ)せわたることなれば、うしろやすく(みちび)きつ。 めたまふ。ちゅうじゃうは、こころのうちに、"ねたのわざや。"とおもふところあれど、ひとざまのおもふさまにめでたきに、"かうもありてなん。"と、こころよせわたることなれば、うしろやすくみちびきつ。
331.6.17149121 男君(をとこぎみ)は、(ゆめ)かとおぼえたまふにも、わが()いとどいつかしうぞおぼえたまひけむかし。(をんな)は、いと()づかしと(おも)ひしみてものしたまふも、ねびまされる(おほん)ありさま、いとど()かぬところなくめやすし。 をとこぎみは、ゆめかとおぼえたまふにも、わがいとどいつかしうぞおぼえたまひけんかし。をんなは、いとづかしとおもひしみてものしたまふも、ねびまされるおほんありさま、いとどかぬところなくめやすし。
331.6.18150122 ()(ためし)にもなりぬべかりつる()を、(こころ)もてこそ、かうまでも(おぼ)(ゆる)さるめれ。あはれを()りたまはぬも、さま(こと)なるわざかな」 "ためしにもなりぬべかりつるを、こころもてこそ、かうまでもおぼゆるさるめれ。あはれをりたまはぬも、さまことなるわざかな。"
331.6.19151123 と、(うら)みきこえたまふ。 と、うらみきこえたまふ。
331.6.20152124 少将(せうしゃう)(すす)()だしつる『葦垣(あしがき)』の(おもむ)きは、(みみ)とどめたまひつや。いたき(ぬし)かな。『河口(かはぐち)の』とこそ、さしいらへまほしかりつれ」 "せうしゃうすすだしつる〔あしがき〕のおもむきは、みみとどめたまひつや。いたきぬしかな。"かはぐちの〕とこそ、さしいらへまほしかりつれ。"
331.6.21153125 とのたまへば、(をんな)、いと()(ぐる)し、と(おぼ)して、 とのたまへば、をんな、いとぐるし、とおぼして、
331.6.22154126 (あさ)()()(なが)しける河口(かはぐち)は<BR/>いかが()らしし(せき)荒垣(あらがき) "〔あさながしけるかはぐちは<BR/>いかがらししせきあらがき
331.6.23155127 あさまし」 あさまし。"
331.6.24156128 とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうち(わら)ひて、 とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうちわらひて、
331.6.25157129 ()りにける岫田(くきた)(せき)河口(かはぐち)の<BR/>(あさ)きにのみはおほせざらなむ "〔りにけるくきたせきかはぐちの<BR/>あさきにのみはおほせざらなん
331.6.26158130 年月(としつき)()もりも、いとわりなくて(なや)ましきに、ものおぼえず」 としつきもりも、いとわりなくてなやましきに、ものおぼえず。"
331.6.27159131 と、()ひにかこちて、(くる)しげにもてなして、()くるも()らず(がほ)なり。(ひと)びと、()こえわづらふを、大臣(おとど) と、ひにかこちて、くるしげにもてなして、くるもらずがほなり。ひとびと、こえわづらふを、おとど
331.6.28160132 「したり(がほ)なる朝寝(あさい)かな」 "したりがほなるあさいかな。"
331.6.29161133 と、とがめたまふ。されど、()かし()てでぞ()でたまふ。ねくたれの御朝顔(おほんあさがほ)()るかひありかし。 と、とがめたまふ。されど、かしてでぞでたまふ。ねくたれのおほんあさがほるかひありかし。
331.7162134第七段 後朝の文を贈る
331.7.1163135 御文(おほんふみ)は、なほ(しの)びたりつるさまの(こころ)づかひにてあるを、なかなか今日(けふ)はえ()こえたまはぬを、もの()ひさがなき御達(ごたち)つきじろふに、大臣渡(おとどわた)りて()たまふぞ、いとわりなきや。 おほんふみは、なほしのびたりつるさまのこころづかひにてあるを、なかなかけふはえこえたまはぬを、ものひさがなきごたちつきじろふに、おとどわたりてたまふぞ、いとわりなきや。
331.7.2164136 ()きせざりつる()けしきに、いとど(おも)()らるる()のほどを。()へぬ(こころ)にまた()えぬべきも、 "きせざりつるけしきに、いとどおもらるるのほどを。へぬこころにまたえぬべきも、
331.7.3165137 とがむなよ(しの)びにしぼる()もたゆみ<BR/>今日(けふ)あらはるる(そで)のしづくを」 とがむなよしのびにしぼるもたゆみ<BR/>けふあらはるるそでのしづくを〕
331.7.4166138 など、いと()(がほ)なり。うち()みて、 など、いとがほなり。うちみて、
331.7.5167139 ()をいみじうも()きなられにけるかな」 "をいみじうもきなられにけるかな。"
331.7.6168140 などのたまふも、(むかし)名残(なごり)なし。 などのたまふも、むかしなごりなし。
331.7.7169141 御返(おほんかへ)り、いと()()がたげなれば、「見苦(みぐる)しや」とて、さも(おぼ)(はばか)りぬべきことなれば、(わた)りたまひぬ。 おほんかへり、いとがたげなれば、"みぐるしや。"とて、さもおぼはばかりぬべきことなれば、わたりたまひぬ。
331.7.8170142 御使(おほんつかひ)(ろく)、なべてならぬさまにて(たま)へり。中将(ちゅうじゃう)、をかしきさまにもてなしたまふ。(つね)にひき(かく)しつつ(かく)ろへありきし御使(おほんつかひ)今日(けふ)は、(おも)もちなど、(ひと)びとしく()()ふめり。右近将監(うこんのぞう)なる(ひと)の、むつましう(おぼ)使(つか)ひたまふなりけり。 おほんつかひろく、なべてならぬさまにてたまへり。ちゅうじゃう、をかしきさまにもてなしたまふ。つねにひきかくしつつかくろへありきしおほんつかひけふは、おももちなど、ひとびとしくふめり。うこんのぞうなるひとの、むつましうおぼつかひたまふなりけり。
331.7.9171143 六条(ろくでう)大臣(おとど)も、かくと()こし()してけり。宰相(さいしゃう)(つね)よりも光添(ひかりそ)ひて(まゐ)りたまへれば、うちまもりたまひて、 ろくでうおとども、かくとこししてけり。さいしゃうつねよりもひかりそひてまゐりたまへれば、うちまもりたまひて、
331.7.10172144 今朝(けさ)はいかに。(ふみ)などものしつや。(さか)しき(ひと)も、(をんな)(すぢ)には(みだ)るる(ためし)あるを、人悪(ひとわ)ろくかかづらひ、(こころ)いられせで()ぐされたるなむ、すこし(ひと)()けたりける御心(みこころ)とおぼえける。 "けさはいかに。ふみなどものしつや。さかしきひとも、をんなすぢにはみだるるためしあるを、ひとわろくかかづらひ、こころいられせでぐされたるなん、すこしひとけたりけるみこころとおぼえける。
331.7.11173145 大臣(おとど)(おほん)おきての、あまりすくみて、名残(なごり)なくくづほれたまひぬるを、世人(よひと)()()づることあらむや。さりとても、わが(かた)たけう(おも)(がほ)に、(こころ)おごりして、()()きしき(こころ)ばへなど()らしたまふな。 おとどおほんおきての、あまりすくみて、なごりなくくづほれたまひぬるを、よひとづることあらんや。さりとても、わがかたたけうおもがほに、こころおごりして、きしきこころばへなどらしたまふな。
331.7.12174146 さこそおいらかに、(おほ)きなる(こころ)おきてと()ゆれど、(した)(こころ)ばへ男々(をを)しからず(くせ)ありて、人見(ひとみ)えにくきところつきたまへる(ひと)なり」 さこそおいらかに、おほきなるこころおきてとゆれど、したこころばへををしからずくせありて、ひとみえにくきところつきたまへるひとなり。"
331.7.13175147 など、(れい)(をし)へきこえたまふ。ことうちあひ、めやすき(おほん)あはひ、と(おぼ)さる。 など、れいをしへきこえたまふ。ことうちあひ、めやすきおほんあはひ、とおぼさる。
331.7.14176148 御子(おほんこ)とも()えず、すこしがこのかみばかりと()えたまふ。ほかほかにては、(おな)(かほ)(うつ)()りたると()ゆるを、御前(おまへ)にては、さまざま、あなめでたと()えたまへり。 おほんこともえず、すこしがこのかみばかりとえたまふ。ほかほかにては、おなかほうつりたるとゆるを、おまへにては、さまざま、あなめでたとえたまへり。
331.7.15177149 大臣(おとど)は、(うす)御直衣(おほんなほし)(しろ)御衣(おほんぞ)(から)めきたるが、(もん)けざやかにつやつやと()きたるをたてまつりて、なほ()きせずあてになまめかしうおはします。 おとどは、うすおほんなほししろおほんぞからめきたるが、もんけざやかにつやつやときたるをたてまつりて、なほきせずあてになまめかしうおはします。
331.7.16178150 宰相殿(さいしゃうどの)は、すこし色深(いろふか)御直衣(おほんなほし)に、丁子染(ちゃうじぞ)めの()がるるまでしめる、(しろ)(あや)のなつかしきを()たまへる、ことさらめきて(えん)()ゆ。 さいしゃうどのは、すこしいろふかおほんなほしに、ちゃうじぞめのがるるまでしめる、しろあやのなつかしきをたまへる、ことさらめきてえんゆ。
331.8179151第八段 夕霧と雲居雁の固い夫婦仲
331.8.1180152 灌仏率(かんぶつゐ)てたてまつりて、御導師遅(おほんだうしおそ)(まゐ)りければ、日暮(ひく)れて、御方々(おほんかたがた)より童女出(わらはべい)だし、布施(ふせ)など、(おほやけ)ざまに()はらず、心々(こころごころ)にしたまへり。御前(おまへ)作法(さほふ)(うつ)して、君達(きみたち)なども(まゐ)(つど)ひて、なかなか、うるはしき御前(ごぜん)よりも、あやしう(こころ)づかひせられて(おく)しがちなり。 かんぶつゐてたてまつりて、おほんだうしおそまゐりければ、ひくれて、おほんかたがたよりわらはべいだし、ふせなど、おほやけざまにはらず、こころごころにしたまへり。おまへさほふうつして、きみたちなどもまゐつどひて、なかなか、うるはしきごぜんよりも、あやしうこころづかひせられておくしがちなり。
331.8.2181153 宰相(さいしゃう)は、静心(しづこころ)なく、いよいよ化粧(けさう)じ、ひきつくろひて()でたまふを、わざとならねど、(なさ)けだちたまふ若人(わかうど)は、(うら)めしと(おも)ふもありけり。(とし)ごろの()もり()()へて、(おも)ふやうなる御仲(おほんなか)らひなめれば、(みづ)()らむやは。 さいしゃうは、しづこころなく、いよいよけさうじ、ひきつくろひてでたまふを、わざとならねど、なさけだちたまふわかうどは、うらめしとおもふもありけり。としごろのもりへて、おもふやうなるおほんなからひなめれば、みづらんやは。
331.8.3182154 主人(あるじ)大臣(おとど)、いとどしき(ちか)まさりを、うつくしきものに(おぼ)して、いみじうもてかしづききこえたまふ。()けぬる(かた)口惜(くちを)しさは、なほ(おぼ)せど、(つみ)(のこ)るまじうぞ、まめやかなる御心(みこころ)ざまなどの、(とし)ごろ異心(ことごころ)なくて()ぐしたまへるなどを、ありがたく(おぼ)(ゆる)す。 あるじおとど、いとどしきちかまさりを、うつくしきものにおぼして、いみじうもてかしづききこえたまふ。けぬるかたくちをしさは、なほおぼせど、つみのこるまじうぞ、まめやかなるみこころざまなどの、としごろことごころなくてぐしたまへるなどを、ありがたくおぼゆるす。
331.8.4183155 女御(にょうご)(おほん)ありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、(きた)(かた)、さぶらふ(ひと)びとなどは、(こころ)よからず(おも)()ふもあれど、(なに)(くる)しきことかはあらむ。按察使(あぜち)(きた)(かた)なども、かかる(かた)にて、うれしと(おも)ひきこえたまひけり。 にょうごおほんありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、きたかた、さぶらふひとびとなどは、こころよからずおもふもあれど、なにくるしきことかはあらん。あぜちきたかたなども、かかるかたにて、うれしとおもひきこえたまひけり。
332184156第二章 光る源氏の物語 明石の姫君の入内
332.1185157第一段 紫の上、賀茂の御阿礼に参詣
332.1.1186158 かくて、六条院(ろくでうゐん)(おほん)いそぎは、二十余日(にじふよにち)のほどなりけり。(たい)(うへ)御阿礼(みあれ)()うでたまふとて、(れい)御方々(おほんかたがた)いざなひきこえたまへど、なかなか、さしも()(つづ)きて(こころ)やましきを(おぼ)して、(たれ)(たれ)もとまりたまひて、ことことしきほどにもあらず、御車二十(みくるまにじふ)ばかりして、御前(ごぜん)なども、くだくだしき人数多(ひとかずおほ)くもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。 かくて、ろくでうゐんおほんいそぎは、にじふよにちのほどなりけり。たいうへみあれうでたまふとて、れいおほんかたがたいざなひきこえたまへど、なかなか、さしもつづきてこころやましきをおぼして、たれたれもとまりたまひて、ことことしきほどにもあらず、みくるまにじふばかりして、ごぜんなども、くだくだしきひとかずおほくもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。
332.1.2187159 (まつり)()(あかつき)()うでたまひて、かへさには、物御覧(ものごらん)ずべき御桟敷(おほんさじき)におはします。御方々(おほんかたがた)女房(にょうばう)、おのおの車引(くるまひ)(つづ)きて、御前(おまへ)所占(ところし)めたるほど、いかめしう、「かれはそれ」と、遠目(とほめ)よりおどろおどろしき御勢(おほんいきほ)ひなり。 まつりあかつきうでたまひて、かへさには、ものごらんずべきおほんさじきにおはします。おほんかたがたにょうばう、おのおのくるまひつづきて、おまへところしめたるほど、いかめしう、"かれはそれ。"と、とほめよりおどろおどろしきおほんいきほひなり。
332.1.3188160 大臣(おとど)は、中宮(ちゅうぐう)御母御息所(おほんははみやすんどころ)の、車押(くるまお)()けられたまへりし(をり)のこと(おぼ)()でて、 おとどは、ちゅうぐうおほんははみやすんどころの、くるまおけられたまへりしをりのことおぼでて、
332.1.4189161 (とき)により(こころ)おごりして、さやうなることなむ、(なさ)けなきことなりける。こよなく(おも)()ちたりし(ひと)も、(なげ)()ふやうにて()くなりにき」 "ときによりこころおごりして、さやうなることなん、なさけなきことなりける。こよなくおもちたりしひとも、なげふやうにてくなりにき。"
332.1.5190162 と、そのほどはのたまひ()ちて、 と、そのほどはのたまひちて、
332.1.6191163 (のこ)りとまれる(ひと)の、中将(ちゅうじゃう)は、かくただ(うど)にて、わづかになりのぼるめり。(みや)(なら)びなき(すぢ)にておはするも、(おも)へば、いとこそあはれなれ。すべていと(さだ)めなき()なればこそ、(なに)ごとも(おも)ふさまにて、()ける(かぎ)りの()()ぐさまほしけれと、(のこ)りたまはむ(すゑ)()などの、たとしへなき(おとろ)へなどをさへ、(おも)(はばか)らるれば」 "のこりとまれるひとの、ちゅうじゃうは、かくただうどにて、わづかになりのぼるめり。みやならびなきすぢにておはするも、おもへば、いとこそあはれなれ。すべていとさだめなきなればこそ、なにごともおもふさまにて、けるかぎりのぐさまほしけれと、のこりたまはんすゑなどの、たとしへなきおとろへなどをさへ、おもはばからるれば。"
332.1.7192164 と、うち(かた)らひたまひて、上達部(かんだちめ)なども御桟敷(おほんさじき)(まゐ)(つど)ひたまへれば、そなたに()でたまひぬ。 と、うちかたらひたまひて、かんだちめなどもおほんさじきまゐつどひたまへれば、そなたにでたまひぬ。
332.2193165第二段 柏木や夕霧たちの雄姿
332.2.1194166 近衛司(このゑづかさ)使(つかひ)は、頭中将(とうのちゅうじゃう)なりけり。かの大殿(おほとの)にて、()()(ところ)よりぞ(ひと)びとは(まゐ)りたまうける。藤典侍(とうないしのすけ)使(つかひ)なりけり。おぼえことにて、内裏(うち)春宮(とうぐう)よりはじめたてまつりて、六条院(ろくでうゐん)などよりも、御訪(おほんとぶ)らひども所狭(ところせ)きまで、御心寄(みこころよ)せいとめでたし。 このゑづかさつかひは、とうのちゅうじゃうなりけり。かのおほとのにて、ところよりぞひとびとはまゐりたまうける。とうないしのすけつかひなりけり。おぼえことにて、うちとうぐうよりはじめたてまつりて、ろくでうゐんなどよりも、おほんとぶらひどもところせきまで、みこころよせいとめでたし。
332.2.2195167 宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)()()ちの(ところ)にさへ(とぶ)らひたまへり。うちとけずあはれを()はしたまふ御仲(おほんなか)なれば、かくやむごとなき(かた)(さだ)まりたまひぬるを、ただならずうち(おも)ひけり。 さいしゃうのちゅうじゃうちのところにさへとぶらひたまへり。うちとけずあはれをはしたまふおほんなかなれば、かくやんごとなきかたさだまりたまひぬるを、ただならずうちおもひけり。
332.2.3196168 (なに)とかや今日(けふ)のかざしよかつ()つつ<BR/>おぼめくまでもなりにけるかな "〔なにとかやけふのかざしよかつつつ<BR/>おぼめくまでもなりにけるかな
332.2.4197169 あさまし」 あさまし。"
332.2.5198170 とあるを、折過(をりす)ぐしたまはぬばかりを、いかが(おも)ひけむ、いともの(さわ)がしく、(くるま)()るほどなれど、 とあるを、をりすぐしたまはぬばかりを、いかがおもひけん、いとものさわがしく、くるまるほどなれど、
332.2.6199171 「かざしてもかつたどらるる(くさ)()は<BR/>(かつら)()りし(ひと)()るらむ "〔かざしてもかつたどらるるくさは<BR/>かつらりしひとるらん
332.2.7200172 博士(はかせ)ならでは」 はかせならでは。"
332.2.8201173 ()こえたり。はかなけれど、ねたきいらへと(おぼ)す。なほ、この内侍(ないし)にぞ、(おも)(はな)れず、はひまぎれたまふべき。 こえたり。はかなけれど、ねたきいらへとおぼす。なほ、このないしにぞ、おもはなれず、はひまぎれたまふべき。
332.3202174第三段 四月二十日過ぎ、明石姫君、東宮に入内
332.3.1203175 かくて、御参(おほんまゐ)りは(きた)方添(かたそ)ひたまふべきを、「(つね)長々(ながなが)しうえ()ひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かの御後見(おほんうしろみ)をや()へまし」と(おぼ)す。 かくて、おほんまゐりはきたかたそひたまふべきを、"つねながながしうえひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かのおほんうしろみをやへまし。"とおぼす。
332.3.2204176 (うへ)も、「つひにあるべきことの、かく(へだ)たりて()ぐしたまふを、かの(ひと)も、ものしと(おも)(なげ)かるらむ。この御心(みこころ)にも、(いま)はやうやうおぼつかなく、あはれに(おぼ)()るらむ。かたがた(こころ)おかれたてまつらむも、あいなし」と(おも)ひなりたまひて、 うへも、"つひにあるべきことの、かくへだたりてぐしたまふを、かのひとも、ものしとおもなげかるらん。このみこころにも、いまはやうやうおぼつかなく、あはれにおぼるらん。かたがたこころおかれたてまつらんも、あいなし。"とおもひなりたまひて、
332.3.3205177 「この(をり)()へたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふ(ひと)とても、若々(わかわか)しきのみこそ(おほ)かれ。御乳母(おほんめのと)たちなども、見及(みおよ)ぶことの(こころ)いたる(かぎ)りあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらむほど、うしろやすかるべく」 "このをりへたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふひととても、わかわかしきのみこそおほかれ。おほんめのとたちなども、みおよぶことのこころいたるかぎりあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらんほど、うしろやすかるべく。"
332.3.4206178 ()こえたまへば、「いとよく(おぼ)()るかな」と(おぼ)して、「さなむ」と、あなたにも(かた)らひのたまひければ、いみじくうれしく、(おも)ふこと(かな)ひはべる心地(ここち)して、(ひと)装束(さうぞく)(なに)かのことも、やむごとなき(おほん)ありさまに(おと)るまじくいそぎたつ。 こえたまへば、"いとよくおぼるかな。"とおぼして、"さなん。"と、あなたにもかたらひのたまひければ、いみじくうれしく、おもふことかなひはべるここちして、ひとさうぞくなにかのことも、やんごとなきおほんありさまにおとるまじくいそぎたつ。
332.3.5207179 尼君(あまぎみ)なむ、なほこの御生(おほんお)先見(さきみ)たてまつらむの心深(こころふか)かりける。「今一度見(いまひとたびみ)たてまつる()もや」と、(いのち)をさへ執念(しふね)くなして(ねん)じけるを、「いかにしてかは」と、(おも)ふも(かな)し。 あまぎみなん、なほこのおほんおさきみたてまつらんのこころふかかりける。"いまひとたびみたてまつるもや。"と、いのちをさへしふねくなしてねんじけるを、"いかにしてかは。"と、おもふもかなし。
332.3.6208180 その()は、上添(うへそ)ひて(まゐ)りたまふに、さて、(くるま)にも()ちくだりうち(あゆ)みなど、人悪(ひとわ)るかるべきを、わがためは(おも)(はばか)らず、ただ、かく(みが)きたてまつりたまふ(たま)(きず)にて、わがかくながらふるを、かつはいみじう心苦(こころぐる)しう(おも)ふ。 そのは、うへそひてまゐりたまふに、さて、くるまにもちくだりうちあゆみなど、ひとわるかるべきを、わがためはおもはばからず、ただ、かくみがきたてまつりたまふたまきずにて、わがかくながらふるを、かつはいみじうこころぐるしうおもふ。
332.3.7209181 御参(おほんまゐ)りの儀式(ぎしき)、「(ひと)()おどろくばかりのことはせじ」と(おぼ)しつつめど、おのづから()(つね)のさまにぞあらぬや。(かぎ)りもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、(うへ)は、「まことにあはれにうつくし」と(おも)ひきこえたまふにつけても、(ひと)(ゆづ)るまじう、「まことにかかることもあらましかば」と(おぼ)す。大臣(おとど)も、宰相(さいしゃう)(きみ)も、ただこのことひとつをなむ、「()かぬことかな」と、(おぼ)しける。 おほんまゐりのぎしき、"ひとおどろくばかりのことはせじ。"とおぼしつつめど、おのづからつねのさまにぞあらぬや。かぎりもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、うへは、"まことにあはれにうつくし。"とおもひきこえたまふにつけても、ひとゆづるまじう、"まことにかかることもあらましかば。"とおぼす。おとども、さいしゃうきみも、ただこのことひとつをなん、"かぬことかな。"と、おぼしける。
332.4210182第四段 紫の上、明石御方と対面する
332.4.1211183 三日過(みかす)ごしてぞ、(うへ)はまかでさせたまふ。たち()はりて(まゐ)りたまふ()御対面(おほんたいめん)あり。 みかすごしてぞ、うへはまかでさせたまふ。たちはりてまゐりたまふおほんたいめんあり。
332.4.2212184 「かくおとなびたまふけぢめになむ、年月(としつき)のほども()られはべれば、疎々(うとうと)しき(へだ)ては、(のこ)るまじくや」 "かくおとなびたまふけぢめになん、としつきのほどもられはべれば、うとうとしきへだては、のこるまじくや。"
332.4.3213185 と、なつかしうのたまひて、物語(ものがたり)などしたまふ。これもうちとけぬる(はじ)めなめり。ものなどうち()ひたるけはひなど、「むべこそは」と、めざましう()たまふ。 と、なつかしうのたまひて、ものがたりなどしたまふ。これもうちとけぬるはじめなめり。ものなどうちひたるけはひなど、"むべこそは"と、めざましうたまふ。
332.4.4214186 また、いと気高(けだか)(さか)りなる(おほん)けしきを、かたみにめでたしと()て、「そこらの御中(おほんなか)にもすぐれたる御心(おほんこころ)ざしにて、(なら)びなきさまに(さだ)まりたまひけるも、いとことわり」と(おも)()らるるに、「かうまで、()(なら)びきこゆる(ちぎ)り、おろかなりやは」と(おも)ふものから、()でたまふ儀式(ぎしき)の、いとことによそほしく、御輦車(おほんてぐるま)など(ゆる)されたまひて、女御(にょうご)(おほん)ありさまに(こと)ならぬを、(おも)(くら)ぶるに、さすがなる()のほどなり。 また、いとけだかさかりなるおほんけしきを、かたみにめでたしとて、"そこらのおほんなかにもすぐれたるおほんこころざしにて、ならびなきさまにさだまりたまひけるも、いとことわり。"とおもらるるに、"かうまで、ならびきこゆるちぎり、おろかなりやは。"とおもふものから、でたまふぎしきの、いとことによそほしく、おほんてぐるまなどゆるされたまひて、にょうごおほんありさまにことならぬを、おもくらぶるに、さすがなるのほどなり。
332.4.5215187 いとうつくしげに、(ひひな)のやうなる(おほん)ありさまを、(ゆめ)心地(ここち)して()たてまつるにも、(なみだ)のみとどまらぬは、(ひと)つものとぞ()えざりける。(とし)ごろよろづに(なげ)(しづ)み、さまざま()()(おも)()しつる(いのち)()べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉(すみよし)(かみ)もおろかならず(おも)()らる。 いとうつくしげに、ひひなのやうなるおほんありさまを、ゆめここちしてたてまつるにも、なみだのみとどまらぬは、ひとつものとぞえざりける。としごろよろづになげしづみ、さまざまおもしつるいのちべまほしう、はればれしきにつけて、まことにすみよしかみもおろかならずおもらる。
332.4.6216188 (おも)ふさまにかしづききこえて、(こころ)およばぬことはた、をさをさなき(ひと)のらうらうじさなれば、おほかたの()せ、おぼえよりはじめ、なべてならぬ(おほん)ありさま容貌(かたち)なるに、(みや)も、(わか)御心地(みここち)に、いと(こころ)ことに(おも)ひきこえたまへり。 おもふさまにかしづききこえて、こころおよばぬことはた、をさをさなきひとのらうらうじさなれば、おほかたのせ、おぼえよりはじめ、なべてならぬおほんありさまかたちなるに、みやも、わかみここちに、いとこころことにおもひきこえたまへり。
332.4.7217189 (いど)みたまへる御方々(おほんかたがた)(ひとびと)などは、この母君(ははぎみ)の、かくてさぶらひたまふを、(きず)()ひなしなどすれど、それに()たるべくもあらず。いまめかしう、(なら)びなきことをば、さらにもいはず、(こころ)にくくよしある(おほん)けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人(てんじゃうびと)なども、めづらしき(いど)(どころ)にて、とりどりにさぶらふ(ひと)びとも、(こころ)をかけたる女房(にょうばう)の、用意(ようい)ありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。 いどみたまへるおほんかたがたひとびとなどは、このははぎみの、かくてさぶらひたまふを、きずひなしなどすれど、それにたるべくもあらず。いまめかしう、ならびなきことをば、さらにもいはず、こころにくくよしあるおほんけはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、てんじゃうびとなども、めづらしきいどどころにて、とりどりにさぶらふひとびとも、こころをかけたるにょうばうの、よういありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。
332.4.8218190 (うへ)も、さるべき折節(をりふし)には(まゐ)りたまふ。御仲(おほんなか)らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし()ぎもの()れず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき(ひと)のありさま、(こころ)ばへなり。 うへも、さるべきをりふしにはまゐりたまふ。おほんなからひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさしぎものれず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしきひとのありさま、こころばへなり。
333219191第三章 光る源氏の物語 准太上天皇となる
333.1220192第一段 源氏、秋に准太上天皇の待遇を得る
333.1.1221193 大臣(おとど)も、「(なが)からずのみ(おぼ)さるる御世(みよ)のこなたに」と、(おぼ)しつる御参(おほんまゐ)りの、かひあるさまに()たてまつりなしたまひて、(こころ)からなれど、()()きたるやうにて、見苦(みぐる)しかりつる宰相(さいしゃう)(きみ)も、(おも)ひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、御心(みこころ)おちゐ()てたまひて、「(いま)本意(ほい)()げなむ」と、(おぼ)しなる。 おとども、"ながからずのみおぼさるるみよのこなたに。"と、おぼしつるおほんまゐりの、かひあるさまにたてまつりなしたまひて、こころからなれど、きたるやうにて、みぐるしかりつるさいしゃうきみも、おもひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、みこころおちゐてたまひて、"いまほいげなん。"と、おぼしなる。
333.1.2222194 (たい)(うへ)(おほん)ありさまの、見捨(みす)てがたきにも、「中宮(ちゅうぐう)おはしませば、おろかならぬ御心寄(みこころよ)せなり。この御方(おほんかた)にも、()()られたる(おや)ざまには、まづ(おも)ひきこえたまふべければ、さりとも」と、(おぼ)(ゆづ)りけり。 たいうへおほんありさまの、みすてがたきにも、"ちゅうぐうおはしませば、おろかならぬみこころよせなり。このおほんかたにも、られたるおやざまには、まづおもひきこえたまふべければ、さりとも。"と、おぼゆづりけり。
333.1.3223195 (なつ)御方(おほんかた)の、(とき)(はな)やぎたまふまじきも、「宰相(さいしゃう)のものしたまへば」と、(みな)とりどりにうしろめたからず(おぼ)しなりゆく。 なつおほんかたの、ときはなやぎたまふまじきも、"さいしゃうのものしたまへば。"と、みなとりどりにうしろめたからずおぼしなりゆく。
333.1.4224196 ()けむ(とし)四十(よそぢ)になりたまふ、御賀(おほんが)のことを、朝廷(おほやけ)よりはじめたてまつりて、(おほ)きなる()のいそぎなり。 けんとしよそぢになりたまふ、おほんがのことを、おほやけよりはじめたてまつりて、おほきなるのいそぎなり。
333.1.5225197 その(あき)太上天皇(だいじゃうてんわう)(なず)らふ御位得(おほんくらゐえ)たまうて、御封加(みふくは)はり、年官年爵(つかさかうぶり)など、皆添(みなそ)ひたまふ。かからでも、()御心(みこころ)(かな)はぬことなけれど、なほめづらしかりける(むかし)(れい)(あらた)めで、院司(ゐんじ)どもなどなり、さまことにいつくしうなり()ひたまへば、内裏(うち)(まゐ)りたまふべきこと、(かた)かるべきをぞ、かつは(おぼ)しける。 そのあきだいじゃうてんわうなずらふおほんくらゐえたまうて、みふくははり、つかさかうぶりなど、みなそひたまふ。かからでも、みこころかなはぬことなけれど、なほめづらしかりけるむかしれいあらためで、ゐんじどもなどなり、さまことにいつくしうなりひたまへば、うちまゐりたまふべきこと、かたかるべきをぞ、かつはおぼしける。
333.1.6226198 かくても、なほ()かず(みかど)(おぼ)して、()(なか)(はばか)りて、(くらゐ)をえ(ゆづ)りきこえぬことをなむ、朝夕(あさゆふ)御嘆(おほんなげ)きぐさなりける。 かくても、なほかずみかどおぼして、なかはばかりて、くらゐをえゆづりきこえぬことをなん、あさゆふおほんなげきぐさなりける。
333.1.7227199 内大臣上(ないだいじんあ)がりたまひて、宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)中納言(ちゅうなごん)になりたまひぬ。(おほん)よろこびに()でたまふ。(ひかり)いとどまさりたまへるさま、容貌(かたち)よりはじめて、()かぬことなきを、主人(あるじ)大臣(おとど)も、「なかなか(ひと)()されまし宮仕(みやづか)へよりは」と、(おぼ)(なほ)る。 ないだいじんあがりたまひて、さいしゃうのちゅうじゃうちゅうなごんになりたまひぬ。おほんよろこびにでたまふ。ひかりいとどまさりたまへるさま、かたちよりはじめて、かぬことなきを、あるじおとども、"なかなかひとされましみやづかへよりは。"と、おぼなほる。
333.1.8228200 女君(をんなぎみ)大輔乳母(たいふのめのと)、「六位宿世(ろくゐすくせ)」と、つぶやきし(よひ)のこと、ものの折々(をりをり)(おぼ)()でければ、(きく)のいとおもしろくて、(うつ)ろひたるを(たま)はせて、 をんなぎみたいふのめのと、"ろくゐすくせ"と、つぶやきしよひのこと、もののをりをりおぼでければ、きくのいとおもしろくて、うつろひたるをたまはせて、
333.1.9229201 浅緑若葉(あさみどりわかば)(きく)(つゆ)にても<BR/>()(むらさき)(いろ)とかけきや "〔あさみどりわかばきくつゆにても<BR/>むらさきいろとかけきや
333.1.10230202 からかりし(をり)一言葉(ひとことば)こそ(わす)られね」 からかりしをりひとことばこそわすられね。"
333.1.11231203 と、いと(にほ)ひやかにほほ()みて(たま)へり。()づかしう、いとほしきものから、うつくしう()たてまつる。 と、いとにほひやかにほほみてたまへり。づかしう、いとほしきものから、うつくしうたてまつる。
333.1.12232204 双葉(ふたば)より名立(なだ)たる(その)(きく)なれば<BR/>(あさ)(いろ)わく(つゆ)もなかりき "〔ふたばよりなだたるそのきくなれば<BR/>あさいろわくつゆもなかりき
333.1.13233205 いかに(こころ)おかせたまへりけるにか」 いかにこころおかせたまへりけるにか。"
333.1.14234206 と、いと()れて(くる)しがる。 と、いとれてくるしがる。
333.2235207第二段 夕霧夫妻、三条殿に移る
333.2.1236208 御勢(おほんいきほ)ひまさりて、かかる御住(おほんす)まひも所狭(ところせ)ければ、三条殿(さんでうどの)(わた)りたまひぬ。すこし()れにたるを、いとめでたく修理(すり)しなして、(みや)のおはしましし(かた)(あらた)めしつらひて()みたまふ。(むかし)おぼえて、あはれに(おも)ふさまなる御住(おほんす)まひなり。 おほんいきほひまさりて、かかるおほんすまひもところせければ、さんでうどのわたりたまひぬ。すこしれにたるを、いとめでたくすりしなして、みやのおはしまししかたあらためしつらひてみたまふ。むかしおぼえて、あはれにおもふさまなるおほんすまひなり。
333.2.2237210 前栽(せんさい)どもなど、(ちひ)さき()どもなりしも、いとしげき(かげ)となり、一村薄(ひとむらすすき)(こころ)にまかせて(みだ)れたりける、つくろはせたまふ。遣水(やりみづ)水草(みくさ)もかき(あらた)めて、いと(こころ)ゆきたるけしきなり。 せんさいどもなど、ちひさきどもなりしも、いとしげきかげとなり、ひとむらすすきこころにまかせてみだれたりける、つくろはせたまふ。やりみづみくさもかきあらためて、いとこころゆきたるけしきなり。
333.2.3238211 をかしき夕暮(ゆふぐれ)のほどを、二所眺(ふたところなが)めたまひて、あさましかりし()の、御幼(おほんをさな)さの物語(ものがたり)などしたまふに、(こひ)しきことも(おほ)く、(ひと)(おも)ひけむことも()づかしう、女君(をんなぎみ)(おぼ)()づ。古人(ふるびと)どもの、まかで()らず、曹司曹司(ざうしざうし)にさぶらひけるなど、()(のぼ)(あつま)りて、いとうれしと(おも)ひあへり。 をかしきゆふぐれのほどを、ふたところながめたまひて、あさましかりしの、おほんをさなさのものがたりなどしたまふに、こひしきこともおほく、ひとおもひけんこともづかしう、をんなぎみおぼづ。ふるびとどもの、まかでらず、ざうしざうしにさぶらひけるなど、のぼあつまりて、いとうれしとおもひあへり。
333.2.4239212 男君(をとこぎみ) をとこぎみ
333.2.5240213 「なれこそは岩守(いはも)るあるじ()(ひと)の<BR/>行方(ゆくへ)()るや宿(やど)真清水(ましみづ) "〔なれこそはいはもるあるじひとの<BR/>ゆくへるややどましみづ〕"
333.2.6241214 女君(をんなぎみ) をんなぎみ
333.2.7242215 ()(ひと)(かげ)だに()えずつれなくて<BR/>(こころ)をやれるいさらゐの(みづ) "〔ひとかげだにえずつれなくて<BR/>こころをやれるいさらゐのみづ〕"
333.2.8243216 などのたまふほどに、大臣(おとど)内裏(うち)よりまかでたまひけるを、紅葉(もみぢ)(いろ)(おどろ)かされて(わた)りたまへり。 などのたまふほどに、おとどうちよりまかでたまひけるを、もみぢいろおどろかされてわたりたまへり。
333.3244217第三段 内大臣、三条殿を訪問
333.3.1245218 (むかし)おはさひし(おほん)ありさまにも、をさをさ()はることなく、あたりあたりおとなしく()まひたまへるさま、はなやかなるを()たまふにつけても、いとものあはれに(おぼ)さる。中納言(ちゅうぐう)も、けしきことに、(かほ)すこし(あか)みて、いとどしづまりてものしたまふ。 むかしおはさひしおほんありさまにも、をさをさはることなく、あたりあたりおとなしくまひたまへるさま、はなやかなるをたまふにつけても、いとものあはれにおぼさる。ちゅうぐうも、けしきことに、かほすこしあかみて、いとどしづまりてものしたまふ。
333.3.2246219 あらまほしくうつくしげなる(おほん)あはひなれど、(をんな)は、またかかる容貌(かたち)のたぐひも、などかなからむと()えたまへり。(をとこ)は、(きは)もなくきよらにおはす。古人(ふるびと)ども御前(おまへ)所得(ところえ)て、(かみ)さびたることども()こえ()づ。ありつる御手習(おほんてならひ)どもの、()りたるを御覧(ごらん)じつけて、うちしほたれたまふ。 あらまほしくうつくしげなるおほんあはひなれど、をんなは、またかかるかたちのたぐひも、などかなからんとえたまへり。をとこは、きはもなくきよらにおはす。ふるびとどもおまへところえて、かみさびたることどもこえづ。ありつるおほんてならひどもの、りたるをごらんじつけて、うちしほたれたまふ。
333.3.3247220 「この(みづ)心尋(こころたづ)ねまほしけれど、(おきな)言忌(こといみ)して」 "このみづこころたづねまほしけれど、おきなこといみして。"
333.3.4248221 とのたまふ。 とのたまふ。
333.3.5249222 「そのかみの老木(おいき)はむべも()ちぬらむ<BR/>()ゑし小松(こまつ)苔生(こけお)ひにけり」 "〔そのかみのおいきはむべもちぬらん<BR/>ゑしこまつこけおひにけり〕
333.3.6250223 男君(をとこぎみ)御宰相(おほんさいしゃう)乳母(めのと)、つらかりし御心(みこころ)(わす)れねば、したり(がほ)に、 をとこぎみおほんさいしゃうめのと、つらかりしみこころわすれねば、したりがほに、
333.3.7251224 「いづれをも(かげ)とぞ(たの)双葉(ふたば)より<BR/>()ざし()はせる(まつ)末々(すゑずゑ) "〔いづれをもかげとぞたのふたばより<BR/>ざしはせるまつすゑずゑ〕"
333.3.8252225 老人(おいびと)どもも、かやうの(すぢ)()こえ(あつ)めたるを、中納言(ちゅうなごん)は、をかしと(おぼ)す。女君(をんなぎみ)は、あいなく面赤(おもてあか)み、(くる)しと()きたまふ。 おいびとどもも、かやうのすぢこえあつめたるを、ちゅうなごんは、をかしとおぼす。をんなぎみは、あいなくおもてあかみ、くるしときたまふ。
333.4253226第四段 十月二十日過ぎ、六条院行幸
333.4.1254227 神無月(かんなづき)二十日(はつか)あまりのほどに、六条院(ろくでうゐん)行幸(ぎゃうがう)あり。紅葉(もみぢ)(さか)りにて、(きょう)あるべきたびの行幸(ぎゃうがう)なるに、朱雀院(すじゃくゐん)にも御消息(おほんせうそく)ありて、(ゐん)さへ(わた)りおはしますべければ、()にめづらしくありがたきことにて、世人(よひと)(こころ)をおどろかす。主人(あるじ)院方(ゐんがた)も、御心(みこころ)()くし、()もあやなる御心(みこころ)まうけをせさせたまふ。 かんなづきはつかあまりのほどに、ろくでうゐんぎゃうがうあり。もみぢさかりにて、きょうあるべきたびのぎゃうがうなるに、すじゃくゐんにもおほんせうそくありて、ゐんさへわたりおはしますべければ、にめづらしくありがたきことにて、よひとこころをおどろかす。あるじゐんがたも、みこころくし、もあやなるみこころまうけをせさせたまふ。
333.4.2255228 ()(とき)行幸(ぎゃうがう)ありて、まづ、馬場殿(むまばどの)左右(ひだりみぎ)(つかさ)御馬牽(おほんむまひ)(なら)べて、左右近衛立(ひだりみぎのこのゑた)()ひたる作法(さほふ)五月(さつき)(せち)にあやめわかれず(かよ)ひたり。(ひつじ)くだるほどに、(みなみ)寝殿(しんでん)(うつ)りおはします。(みち)のほどの反橋(そりはし)渡殿(わたどの)には(にしき)()き、あらはなるべき(ところ)には軟障(ぜんじゃう)()き、いつくしうしなさせたまへり。 ときぎゃうがうありて、まづ、むまばどのひだりみぎつかさおほんむまひならべて、ひだりみぎのこのゑたひたるさほふさつきせちにあやめわかれずかよひたり。ひつじくだるほどに、みなみしんでんうつりおはします。みちのほどのそりはしわたどのにはにしきき、あらはなるべきところにはぜんじゃうき、いつくしうしなさせたまへり。
333.4.3256229 (ひんがし)(いけ)(ふね)ども()けて、御厨子所(みづしどころ)鵜飼(うかひ)(をさ)(ゐん)鵜飼(うかひ)()(なら)べて、()をおろさせたまへり。(ちひ)さき(ふな)ども()ひたり。わざとの御覧(ごらん)とはなけれども、()ぎさせたまふ(みち)(きょう)ばかりになむ。 ひんがしいけふねどもけて、みづしどころうかひをさゐんうかひならべて、をおろさせたまへり。ちひさきふなどもひたり。わざとのごらんとはなけれども、ぎさせたまふみちきょうばかりになん。
333.4.4257230 (やま)紅葉(もみぢ)、いづ(かた)(おと)らねど、西(にし)御前(おまへ)(こころ)ことなるを、(なか)(らう)(かべ)(くづ)し、中門(ちゅうもん)(ひら)きて、(きり)(へだ)てなくて御覧(ごらん)ぜさせたまふ。 やまもみぢ、いづかたおとらねど、にしおまへこころことなるを、なからうかべくづし、ちゅうもんひらきて、きりへだてなくてごらんぜさせたまふ。
333.4.5258231 御座(おほんざ)(ふた)つよそひて、主人(あるじ)御座(おほんざ)(くだ)れるを、宣旨(せんじ)ありて(なほ)させたまふほど、めでたく()えたれど、(みかど)は、なほ(かぎ)りあるゐやゐやしさを()くして()せたてまつりたまはぬことをなむ、(おぼ)しける。 おほんざふたつよそひて、あるじおほんざくだれるを、せんじありてなほさせたまふほど、めでたくえたれど、みかどは、なほかぎりあるゐやゐやしさをくしてせたてまつりたまはぬことをなん、おぼしける。
333.4.6259233 (いけ)(いを)を、左少将捕(ひだりのせうしゃうと)り、蔵人所(くらうどどころ)鷹飼(たかがひ)の、北野(きたの)狩仕(かりつか)まつれる鳥一番(とりひとつがひ)を、右少将捧(みぎのすけささ)げて、寝殿(しんでん)(ひんがし)より御前(おまへ)()でて、御階(みはし)左右(ひだりみぎ)(ひざ)をつきて(そう)す。太政大臣(おほきおとど)(おほ)言賜(ごとたま)ひて、調(てう)じて御膳(おもの)(まゐ)る。親王(みこ)たち、上達部(かんだちめ)などの(おほん)まうけも、めづらしきさまに、(つね)(こと)どもを()へて(つか)うまつらせたまへり。 いけいをを、ひだりのせうしゃうとり、くらうどどころたかがひの、きたのかりつかまつれるとりひとつがひを、みぎのすけささげて、しんでんひんがしよりおまへでて、みはしひだりみぎひざをつきてそうす。おほきおとどおほごとたまひて、てうじておものまゐる。みこたち、かんだちめなどのおほんまうけも、めづらしきさまに、つねことどもをへてつかうまつらせたまへり。
333.5260234第五段 六条院行幸の饗宴
333.5.1261235 皆御酔(みなおほんゑ)ひになりて、()れかかるほどに、楽所(がくそ)人召(ひとめ)す。わざとの大楽(おほがく)にはあらず、なまめかしきほどに、殿上(てんじゃう)(わらは)べ、舞仕(まひつか)うまつる。朱雀院(すじゃくゐん)紅葉(もみぢ)()(れい)古事思(ふることおぼ)()でらる。「賀王恩(がわうおん)」といふものを(そう)するほどに、太政大臣(おほきおとど)御弟子(おほんをとご)(とを)ばかりなる、(せち)におもしろう()ふ。内裏(うち)(みかど)御衣(おほんぞ)ぬぎて(たま)ふ。太政大臣降(おほきおとどお)りて舞踏(ぶたう)したまふ。 みなおほんゑひになりて、れかかるほどに、がくそひとめす。わざとのおほがくにはあらず、なまめかしきほどに、てんじゃうわらはべ、まひつかうまつる。すじゃくゐんもみぢれいふることおぼでらる。〔がわうおん〕といふものをそうするほどに、おほきおとどおほんをとごとをばかりなる、せちにおもしろうふ。うちみかどおほんぞぬぎてたまふ。おほきおとどおりてぶたうしたまふ。
333.5.2262236 主人(あるじ)(ゐん)(きく)()らせたまひて、「青海波(せいがいは)」の(をり)(おぼ)()づ。 あるじゐんきくらせたまひて、〔せいがいは〕のをりおぼづ。
333.5.3263237 (いろ)まさる(まがき)(きく)折々(をりをり)に<BR/>(そで)うちかけし(あき)()ふらし」 "〔いろまさるまがききくをりをりに<BR/>そでうちかけしあきふらし〕
333.5.4264238 大臣(おとど)、その(をり)は、(おな)(まひ)()(なら)びきこえたまひしを、(われ)(ひと)にはすぐれたまへる()ながら、なほこの(きは)はこよなかりけるほど、(おぼ)()らる。時雨(しぐれ)折知(をりし)(がほ)なり。 おとど、そのをりは、おなまひならびきこえたまひしを、われひとにはすぐれたまへるながら、なほこのきははこよなかりけるほど、おぼらる。しぐれをりしがほなり。
333.5.5265239 (むらさき)(くも)にまがへる(きく)(はな)<BR/>(にご)りなき()(ほし)かとぞ() "〔むらさきくもにまがへるきくはな<BR/>にごりなきほしかとぞ
333.5.6266240 (とき)こそありけれ」 ときこそありけれ。"
333.5.7267241 ()こえたまふ。 こえたまふ。
333.6268242第六段 朱雀院と冷泉帝の和歌
333.6.1269243 夕風(ゆふかぜ)()()紅葉(もみぢ)色々(いろいろ)()(うす)き、(にしき)()きたる渡殿(わたどの)(うへ)()えまがふ(には)(おも)に、容貌(かたち)をかしき(わらは)べの、やむごとなき(いへ)()どもなどにて、(あを)(あか)白橡(しらつるばみ)蘇芳(すはう)葡萄染(えびぞ)めなど、(つね)のごと、(れい)のみづらに、(ひたい)ばかりのけしきを()せて、(みぢか)きものどもをほのかに()ひつつ、紅葉(もみぢ)(かげ)(かへ)()るほど、()()るるもいと()しげなり。 ゆふかぜもみぢいろいろうすき、にしききたるわたどのうへえまがふにはおもに、かたちをかしきわらはべの、やんごとなきいへどもなどにて、あをあかしらつるばみすはうえびぞめなど、つねのごと、れいのみづらに、ひたいばかりのけしきをせて、みぢかきものどもをほのかにひつつ、もみぢかげかへるほど、るるもいとしげなり。
333.6.2270244 楽所(がくしょ)などおどろおどろしくはせず。(うへ)御遊(おほんあそ)(はじ)まりて、書司(ふみのつかさ)御琴(おほんこと)ども()す。ものの興切(きょうせち)なるほどに、御前(ごぜん)皆御琴(みなおほんこと)ども(まゐ)れり。宇多法師(うだのほふし)()はらぬ(こゑ)も、朱雀院(すじゃくゐん)は、いとめづらしくあはれに()こし()す。 がくしょなどおどろおどろしくはせず。うへおほんあそはじまりて、ふみのつかさおほんことどもす。もののきょうせちなるほどに、ごぜんみなおほんことどもまゐれり。うだのほふしはらぬこゑも、すじゃくゐんは、いとめづらしくあはれにこしす。
333.6.3271245 (あき)をへて時雨(しぐれ)ふりぬる里人(さとびと)も<BR/>かかる紅葉(もみぢ)(をり)をこそ()ね」 "〔あきをへてしぐれふりぬるさとびとも<BR/>かかるもみぢをりをこそね〕
333.6.4272246 うらめしげにぞ(おぼ)したるや。(みかど) うらめしげにぞおぼしたるや。みかど
333.6.5273247 ()(つね)紅葉(もみぢ)とや()るいにしへの<BR/>ためしにひける(には)(にしき)を」 "〔つねもみぢとやるいにしへの<BR/>ためしにひけるにはにしきを〕
333.6.6274248 と、()こえ()らせたまふ。御容貌(おほんかたち)いよいよねびととのほりたまひて、ただ(ひと)つものと()えさせたまふを、中納言(ちゅうなごん)さぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、(おも)ひなしに(おと)りまさらむ、あざやかに(にほ)はしきところは、()ひてさへ()ゆ。 と、こえらせたまふ。おほんかたちいよいよねびととのほりたまひて、ただひとつものとえさせたまふを、ちゅうなごんさぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、おもひなしにおとりまさらん、あざやかににほはしきところは、ひてさへゆ。
333.6.7275249 笛仕(ふえつか)うまつりたまふ、いとおもしろし。唱歌(さうが)殿上人(てんじゃうびと)御階(みはし)にさぶらふ(なか)に、弁少将(べんのせうしゃう)(こゑ)すぐれたり。なほさるべきにこそと()えたる御仲(おほんなか)らひなめり。 ふえつかうまつりたまふ、いとおもしろし。さうがてんじゃうびとみはしにさぶらふなかに、べんのせうしゃうこゑすぐれたり。なほさるべきにこそとえたるおほんなからひなめり。