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42匂兵部卿
4214831第一章 光る源氏没後の物語 光る源氏の縁者たちのその後
421.14932第一段 匂宮と薫の評判
421.1.15033 光隠(ひかりかく)れたまひにし(のち)、かの御影(おほんかげ)()ちつぎたまふべき(ひと)、そこらの御末々(おほんすゑずゑ)にありがたかりけり。()りゐの(みかど)をかけたてまつらむはかたじけなし。当代(たうだい)(さん)(みや)、その(おな)御殿(おとど)にて()()でたまひし(みや)若君(わかぎみ)と、この二所(ふたところ)なむ、とりどりにきよらなる御名取(おほんなと)りたまひて、げに、いとなべてならぬ(おほん)ありさまどもなれど、いとまばゆき(きは)にはおはせざるべし。 ひかりかくれたまひにしのち、かのおほんかげちつぎたまふべきひと、そこらのおほんすゑずゑにありがたかりけり。りゐのみかどをかけたてまつらんはかたじけなし。たうだいさんみや、そのおなおとどにてでたまひしみやわかぎみと、このふたところなん、とりどりにきよらなるおほんなとりたまひて、げに、いとなべてならぬおほんありさまどもなれど、いとまばゆききはにはおはせざるべし。
421.1.25134 ただ()(つね)(ひと)ざまに、めでたくあてになまめかしくおはするをもととして、さる御仲(おほんなか)らひに、(ひと)(おも)ひきこえたるもてなし、ありさまも、いにしへの御響(おほんひび)きけはひよりも、やや()ちまさりたまへるおぼえからなむ、かたへは、こよなういつくしかりける。 ただつねひとざまに、めでたくあてになまめかしくおはするをもととして、さるおほんなからひに、ひとおもひきこえたるもてなし、ありさまも、いにしへのおほんひびきけはひよりも、ややちまさりたまへるおぼえからなん、かたへは、こよなういつくしかりける。
421.1.35235 (むらさき)(うへ)の、御心寄(おほんこころよ)せことに(はぐく)みきこえたまひしゆゑ、(さん)(みや)は、二条(にでう)(ゐん)におはします。春宮(とうぐう)をば、さるやむごとなきものにおきたてまつりたまひて、(みかど)(きさき)、いみじうかなしうしたてまつり、かしづききこえさせたまふ(みや)なれば、内裏住(うちず)みをせさせたてまつりたまへど、なほ(こころ)やすき故里(ふるさと)に、()みよくしたまふなりけり。御元服(おほんげんぷく)したまひては、兵部卿(ひゃうぶきゃう)()こゆ。 むらさきうへの、おほんこころよせことにはぐくみきこえたまひしゆゑ、さんみやは、にでうゐんにおはします。とうぐうをば、さるやんごとなきものにおきたてまつりたまひて、みかどきさき、いみじうかなしうしたてまつり、かしづききこえさせたまふみやなれば、うちずみをせさせたてまつりたまへど、なほこころやすきふるさとに、みよくしたまふなりけり。おほんげんぷくしたまひては、ひゃうぶきゃうこゆ。
421.25336第二段 今上の女一宮と夕霧の姫君たち
421.2.15437 女一(をんないち)(みや)は、六条(ろくでう)(ゐん)(みなみ)(まち)(ひんがし)(たい)を、その()(おほん)しつらひ(あらた)めずおはしまして、朝夕(あさゆふ)()ひしのびきこえたまふ。()(みや)も、(おな)御殿(おとど)寝殿(しんでん)を、時々(ときどき)御休(おほんやす)(どころ)にしたまひて、梅壺(むめつぼ)御曹司(おほんざうし)にしたまうて、(みぎ)大殿(おほいどの)(なか)姫君(ひめぎみ)()たてまつりたまへり。(つぎ)(ばう)がねにて、いとおぼえことに重々(おもおも)しう、人柄(ひとがら)もすくよかになむものしたまひける。 をんないちみやは、ろくでうゐんみなみまちひんがしたいを、そのおほんしつらひあらためずおはしまして、あさゆふひしのびきこえたまふ。みやも、おなおとどしんでんを、ときどきおほんやすどころにしたまひて、むめつぼおほんざうしにしたまうて、みぎおほいどのなかひめぎみたてまつりたまへり。つぎばうがねにて、いとおぼえことにおもおもしう、ひとがらもすくよかになんものしたまひける。
421.2.25538 大殿(おほいどの)御女(おほんむすめ)は、いとあまたものしたまふ。大姫君(おほひめぎみ)は、春宮(とうぐう)(まゐ)りたまひて、またきしろふ(ひと)なきさまにてさぶらひたまふ。その次々(つぎつぎ)、なほ(みな)ついでのままにこそはと、()(ひと)(おも)ひきこえ、(きさい)(みや)ものたまはすれど、この兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)は、さしも(おぼ)したらず、わが御心(みこころ)より()こらざらむことなどは、すさまじく(おぼ)しぬべき()けしきなめり。 おほいどのおほんむすめは、いとあまたものしたまふ。おほひめぎみは、とうぐうまゐりたまひて、またきしろふひとなきさまにてさぶらひたまふ。そのつぎつぎ、なほみなついでのままにこそはと、ひとおもひきこえ、きさいみやものたまはすれど、このひゃうぶきゃうのみやは、さしもおぼしたらず、わがみこころよりこらざらんことなどは、すさまじくおぼしぬべきけしきなめり。
421.2.35639 大臣(おとど)も、「(なに)かは、やうのものと、さのみうるはしうは」と(しづ)めたまへど、また、さる()けしきあらむをば、もて(はな)れてもあるまじうおもむけて、いといたうかしづききこえたまふ。(ろく)(きみ)なむ、そのころの、すこし(われ)はと(おも)ひのぼりたまへる親王(みこ)たち、上達部(かんだちめ)の、御心尽(みこころつ)くすくさはひにものしたまひける。 おとども、"なにかは、やうのものと、さのみうるはしうは。"としづめたまへど、また、さるけしきあらんをば、もてはなれてもあるまじうおもむけて、いといたうかしづききこえたまふ。ろくきみなん、そのころの、すこしわれはとおもひのぼりたまへるみこたち、かんだちめの、みこころつくすくさはひにものしたまひける。
421.35740第三段 光る源氏の夫人たちのその後
421.3.15841 さまざま(つど)ひたまへりし御方々(おほんかたがた)()()くつひにおはすべき()みかどもに、(みな)おのおの(うつ)ろひたまひしに、花散里(はなちるさと)()こえしは、(ひんがし)(ゐん)をぞ、御処分所(おほんそうぶんどころ)にて(わた)りたまひにける。 さまざまつどひたまへりしおほんかたがたくつひにおはすべきみかどもに、みなおのおのうつろひたまひしに、はなちるさとこえしは、ひんがしゐんをぞ、おほんそうぶんどころにてわたりたまひにける。
421.3.25942 入道(にふだう)(みや)は、三条(さんでう)(みや)におはします。今后(いまぎさき)は、内裏(うち)にのみさぶらひたまへば、(ゐん)のうち(さび)しく、人少(ひとずく)なになりにけるを、(みぎ)大臣(おとど) にふだうみやは、さんでうみやにおはします。いまぎさきは、うちにのみさぶらひたまへば、ゐんのうちさびしく、ひとずくなになりにけるを、みぎおとど
421.3.36043 (ひと)(うへ)にて、いにしへの(ためし)見聞(みき)くにも、()ける(かぎ)りの()に、(こころ)をとどめて(つく)()めたる(ひと)家居(いへゐ)の、名残(なごり)なくうち()てられて、()名残(なごり)(つね)なく()ゆるは、いとあはれに、はかなさ()らるるを、わが()にあらむ(かぎ)りだに、この院荒(ゐんあら)さず、ほとりの大路(おほぢ)など、人影離(ひとかげか)()つまじう」 "ひとうへにて、いにしへのためしみきくにも、けるかぎりのに、こころをとどめてつくめたるひといへゐの、なごりなくうちてられて、なごりつねなくゆるは、いとあはれに、はかなさらるるを、わがにあらんかぎりだに、このゐんあらさず、ほとりのおほぢなど、ひとかげかつまじう。"
421.3.46144 と、(おぼ)しのたまはせて、丑寅(うしとら)(まち)に、かの一条(いちでう)(みや)(わた)したてまつりたまひてなむ、三条殿(さんでうどの)と、()ごとに十五日(じふごにち)づつ、うるはしう(かよ)()みたまひける。 と、おぼしのたまはせて、うしとらまちに、かのいちでうみやわたしたてまつりたまひてなん、さんでうどのと、ごとにじふごにちづつ、うるはしうかよみたまひける。
421.3.56245 (にでう)条院(ゐん)とて、(つく)(みが)き、六条(ろくでう)(ゐん)(はる)御殿(おとど)とて、()にののしる(たま)(うてな)も、ただ一人(ひとり)御末(おほんすゑ)のためなりけり、と()えて、明石(あかし)御方(おほんかた)は、あまたの(みや)たちの御後見(おほんうしろみ)をしつつ、(あつか)ひきこえたまへり。大殿(おほいどの)は、いづかたの(おほん)ことをも、(むかし)御心(みこころ)おきてのままに、(あらた)(かは)ることなく、あまねき親心(おやごころ)(つか)うまつりたまふにも、「(たい)(うへ)の、かやうにてとまりたまへらましかば、いかばかり(こころ)()くして(つか)うまつり()えたてまつらまし。つひに、いささかも()()きて、わが心寄(こころよ)せと見知(みし)りたまふべきふしもなくて、()ぎたまひにしこと」を、口惜(くちを)しう()かず(かな)しう(おも)()できこえたまふ。 にでうゐんとて、つくみがき、ろくでうゐんはるおとどとて、にののしるたまうてなも、ただひとりおほんすゑのためなりけり、とえて、あかしおほんかたは、あまたのみやたちのおほんうしろみをしつつ、あつかひきこえたまへり。おほいどのは、いづかたのおほんことをも、むかしみこころおきてのままに、あらたかはることなく、あまねきおやごころつかうまつりたまふにも、"たいうへの、かやうにてとまりたまへらましかば、いかばかりこころくしてつかうまつりえたてまつらまし。つひに、いささかもきて、わがこころよせとみしりたまふべきふしもなくて、ぎたまひにしこと。"を、くちをしうかずかなしうおもできこえたまふ。
421.3.66346 (あめ)(した)(ひと)(ゐん)()ひきこえぬなく、とにかくにつけても、()はただ()()ちたるやうに、(なに)ごとも(はえ)なき(なげ)きをせぬ(をり)なかりけり。まして、殿(との)のうちの(ひと)びと、御方々(おほんかたがた)(みや)たちなどは、さらにも()こえず、(かぎ)りなき(おほん)ことをばさるものにて、またかの(むらさき)(おほん)ありさまを(こころ)にしめつつ、よろづのことにつけて、(おも)()できこえたまはぬ(とき)()なし。(はる)(はな)(さか)りは、げに、(なが)からぬにしも、おぼえまさるものとなむ。 あめしたひとゐんひきこえぬなく、とにかくにつけても、はただちたるやうに、なにごともはえなきなげきをせぬをりなかりけり。まして、とののうちのひとびと、おほんかたがたみやたちなどは、さらにもこえず、かぎりなきおほんことをばさるものにて、またかのむらさきおほんありさまをこころにしめつつ、よろづのことにつけて、おもできこえたまはぬときなし。はるはなさかりは、げに、ながからぬにしも、おぼえまさるものとなん。
4226447第二章 薫中将の物語 薫の厭世観と恋愛に消極的な性格
422.16548第一段 薫、冷泉院から寵遇される
422.1.16649 二品宮(にほんのみや)若君(わかぎみ)は、(ゐん)()こえつけたまへりしままに、冷泉院(れいぜいゐん)(みかど)()()きて(おぼ)しかしづき、(きさい)(みや)も、皇子(みこ)たちなどおはせず、心細(こころぼそ)(おぼ)さるるままに、うれしき御後見(おほんうしろみ)に、まめやかに(たの)みきこえたまへり。 にほんのみやわかぎみは、ゐんこえつけたまへりしままに、れいぜいゐんみかどきておぼしかしづき、きさいみやも、みこたちなどおはせず、こころぼそおぼさるるままに、うれしきおほんうしろみに、まめやかにたのみきこえたまへり。
422.1.26750 御元服(おほんげんぷく)なども、(ゐん)にてせさせたまふ。十四(じふし)にて、二月(にがつ)侍従(じじゅう)になりたまふ。(あき)右近中将(うこんのちゅうじゃう)になりて、(おほん)たうばりの加階(かかい)などをさへ、いづこの(こころ)もとなきにか、(いそ)(くは)へておとなびさせたまふ。おはします御殿近(おとどちか)(たい)曹司(ざうし)にしつらひなど、みづから御覧(ごらん)()れて、(わか)(ひと)も、(わらは)下仕(しもづか)へまで、すぐれたるを()りととのへ、(をんな)御儀式(おほんぎしき)よりもまばゆくととのへさせたまへり。 おほんげんぷくなども、ゐんにてせさせたまふ。じふしにて、にがつじじゅうになりたまふ。あきうこんのちゅうじゃうになりて、おほんたうばりのかかいなどをさへ、いづこのこころもとなきにか、いそくはへておとなびさせたまふ。おはしますおとどちかたいざうしにしつらひなど、みづからごらんれて、わかひとも、わらはしもづかへまで、すぐれたるをりととのへ、をんなおほんぎしきよりもまばゆくととのへさせたまへり。
422.1.36851 (うへ)にも(みや)にも、さぶらふ女房(にょうばう)(なか)にも、容貌(かたち)よく、あてやかにめやすきは、皆移(みなうつ)(わた)させたまひつつ、(ゐん)のうちを(こころ)につけて、()みよくありよく(おも)ふべくとのみ、わざとがましき御扱(おほんあつか)ひぐさに(おぼ)されたまへり。故致仕(こちじ)大殿(おほいどの)女御(にょうご)()こえし御腹(おほんはら)に、女宮(をんなみや)ただ一所(ひとところ)おはしけるをなむ、(かぎ)りなくかしづきたまふ(おほん)ありさまに(おと)らず、(きさい)(みや)(おほん)おぼえの、年月(としつき)にまさりたまふけはひにこそは、などかさしも、と()るまでなむ。 うへにもみやにも、さぶらふにょうばうなかにも、かたちよく、あてやかにめやすきは、みなうつわたさせたまひつつ、ゐんのうちをこころにつけて、みよくありよくおもふべくとのみ、わざとがましきおほんあつかひぐさにおぼされたまへり。こちじおほいどのにょうごこえしおほんはらに、をんなみやただひとところおはしけるをなん、かぎりなくかしづきたまふおほんありさまにおとらず、きさいみやおほんおぼえの、としつきにまさりたまふけはひにこそは、などかさしも、とるまでなん。
422.1.46952 母宮(ははみや)は、(いま)はただ御行(おほんおこな)ひを(しづ)かにしたまひて、(つき)御念仏(おほんねんぶつ)(とし)二度(ふたたび)御八講(みはかう)折々(をりをり)(たふと)(おほん)いとなみばかりをしたまひて、つれづれにおはしませば、この(きみ)()()りたまふを、かへりて(おや)のやうに、(たの)もしき(かげ)(おぼ)したれば、いとあはれにて、(ゐん)にも内裏(うち)にも、()しまとはし、春宮(とうぐう)も、次々(つぎつぎ)(みや)たちも、なつかしき御遊(おほんあそ)びがたきにてともなひたまへば、(いとま)なく(くる)しく、「いかで()()けてしがな」と、おぼえたまひける。 ははみやは、いまはただおほんおこなひをしづかにしたまひて、つきおほんねんぶつとしふたたびみはかうをりをりたふとおほんいとなみばかりをしたまひて、つれづれにおはしませば、このきみりたまふを、かへりておやのやうに、たのもしきかげおぼしたれば、いとあはれにて、ゐんにもうちにも、しまとはし、とうぐうも、つぎつぎみやたちも、なつかしきおほんあそびがたきにてともなひたまへば、いとまなくくるしく、"いかでけてしがな。"と、おぼえたまひける。
422.27053第二段 薫、出生の秘密に悩む
422.2.17154 幼心地(をさなごこち)にほの()きたまひしことの、折々(をりをり)いぶかしう、おぼつかなう(おも)ひわたれど、()ふべき(ひと)もなし。(みや)には、ことのけしきにても、()りけりと(おぼ)されむ、かたはらいたき(すぢ)なれば、()とともの(こころ)にかけて、 をさなごこちにほのきたまひしことの、をりをりいぶかしう、おぼつかなうおもひわたれど、ふべきひともなし。みやには、ことのけしきにても、りけりとおぼされん、かたはらいたきすぢなれば、ととものこころにかけて、
422.2.27255 「いかなりけることにかは、(なに)(ちぎ)りにて、かうやすからぬ(おも)()ひたる()にしもなり()でけむ。善巧太子(ぜんげうたいし)の、わが()()ひけむ(さと)りをも()てしがな」とぞ、(ひと)りごたれたまひける。 "いかなりけることにかは、なにちぎりにて、かうやすからぬおもひたるにしもなりでけん。ぜんげうたいしの、わがひけんさとりをもてしがな。"とぞ、ひとりごたれたまひける。
422.2.37356 「おぼつかな()れに()はましいかにして<BR/>(はじ)めも()ても()らぬわが()ぞ」 "〔おぼつかなれにはましいかにして<BR/>はじめもてもらぬわがぞ〕
422.2.47457 いらふべき(ひと)もなし。ことに()れて、わが()につつがある心地(ここち)するも、ただならず、もの(なげ)かしくのみ、(おも)ひめぐらしつつ、「(みや)もかく(さか)りの御容貌(おほんかたち)をやつしたまひて、(なに)ばかりの御道心(おほんだうしん)にてか、にはかにおもむきたまひけむ。かく、(おも)はずなりけることの(みだ)れに、かならず()しと(おぼ)しなるふしありけむ。(ひと)もまさに()()で、()らじやは。なほ、つつむべきことの()こえにより、(われ)にはけしきを()らする(ひと)のなきなめり」と(おも)ふ。 いらふべきひともなし。ことにれて、わがにつつがあるここちするも、ただならず、ものなげかしくのみ、おもひめぐらしつつ、"みやもかくさかりのおほんかたちをやつしたまひて、なにばかりのおほんだうしんにてか、にはかにおもむきたまひけん。かく、おもはずなりけることのみだれに、かならずしとおぼしなるふしありけん。ひともまさにで、らじやは。なほ、つつむべきことのこえにより、われにはけしきをらするひとのなきなめり。"とおもふ。
422.2.57558 ()()れ、(つと)めたまふやうなめれど、はかなくおほどきたまへる(をんな)御悟(おほんさと)りのほどに、(はちす)(つゆ)(あき)らかに、(たま)(みが)きたまはむことも(かた)し。(いつ)つのなにがしも、なほうしろめたきを、(われ)、この御心地(みここち)を、(おな)じうは(のち)()をだに」と(おも)ふ。「かの()ぎたまひけむも、やすからぬ(おも)ひに(むす)ぼほれてや」など()(はか)るに、()()へても対面(たいめん)せまほしき(こころ)つきて、元服(げんぷく)はもの()がりたまひけれど、すまひ()てず、おのづから()(なか)にもてなされて、まばゆきまではなやかなる御身(おほんみ)(かざ)りも、(こころ)につかずのみ、(おも)ひしづまりたまへり。 "れ、つとめたまふやうなめれど、はかなくおほどきたまへるをんなおほんさとりのほどに、はちすつゆあきらかに、たまみがきたまはんこともかたし。いつつのなにがしも、なほうしろめたきを、われ、このみここちを、おなじうはのちをだに。"とおもふ。"かのぎたまひけんも、やすからぬおもひにむすぼほれてや。"などはかるに、へてもたいめんせまほしきこころつきて、げんぷくはものがりたまひけれど、すまひてず、おのづからなかにもてなされて、まばゆきまではなやかなるおほんみかざりも、こころにつかずのみ、おもひしづまりたまへり。
422.37659第三段 薫、目覚ましい栄達
422.3.17760 内裏(うち)にも、母宮(ははみや)御方(おほんかた)ざまの御心寄(みこころよ)(ふか)くて、いとあはれなるものに(おぼ)され、(きさい)(みや)はた、もとよりひとつ御殿(おとど)にて、(みや)たちももろともに()()で、(あそ)びたまひし(おほん)もてなし、をさをさ(あらた)めたまはず、「(すゑ)()まれたまひて、心苦(こころぐる)しう、おとなしうもえ()おかぬこと」と、(ゐん)(おぼ)しのたまひしを、(おも)()できこえたまひつつ、おろかならず(おも)ひきこえたまへり。 うちにも、ははみやおほんかたざまのみこころよふかくて、いとあはれなるものにおぼされ、きさいみやはた、もとよりひとつおとどにて、みやたちももろともにで、あそびたまひしおほんもてなし、をさをさあらためたまはず、"すゑまれたまひて、こころぐるしう、おとなしうもえおかぬこと。"と、ゐんおぼしのたまひしを、おもできこえたまひつつ、おろかならずおもひきこえたまへり。
422.3.27861 (みぎ)大臣(おとど)も、わが御子(みこ)どもの(きみ)たちよりも、この(きみ)をばこまやかにやうごとなくもてなしかしづきたてまつりたまふ。 みぎおとども、わがみこどものきみたちよりも、このきみをばこまやかにやうごとなくもてなしかしづきたてまつりたまふ。
422.3.37962 (むかし)(ひか)(きみ)()こえしは、さるまたなき(おほん)おぼえながら、そねみたまふ(ひと)うち()ひ、母方(ははかた)御後見(おほんうしろみ)なくなどありしに、御心(みこころ)ざまもの(ふか)く、()(なか)(おぼ)しなだらめしほどに、(なら)びなき御光(おほんひかり)を、まばゆからずもてしづめたまひ、つひにさるいみじき()(みだ)れも()()ぬべかりしことをも、ことなく()ぐしたまひて、(のち)()御勤(おほんつと)めも(おく)らかしたまはず、よろづさりげなくて、(ひさ)しくのどけき御心(みこころ)おきてにこそありしか、この(きみ)は、まだしきに、()のおぼえいと()ぎて、(おも)ひあがりたること、こよなくなどぞものしたまふ。 むかしひかきみこえしは、さるまたなきおほんおぼえながら、そねみたまふひとうちひ、ははかたおほんうしろみなくなどありしに、みこころざまものふかく、なかおぼしなだらめしほどに、ならびなきおほんひかりを、まばゆからずもてしづめたまひ、つひにさるいみじきみだれもぬべかりしことをも、ことなくぐしたまひて、のちおほんつとめもおくらかしたまはず、よろづさりげなくて、ひさしくのどけきみこころおきてにこそありしか、このきみは、まだしきに、のおぼえいとぎて、おもひあがりたること、こよなくなどぞものしたまふ。
422.3.48063 げに、さるべくて、いとこの()(ひと)とはつくり()でざりける、(かり)宿(やど)れるかとも()ゆること()ひたまへり。顔容貌(かほかたち)も、そこはかと、いづこなむすぐれたる、あなきよら、と()ゆるところもなきが、ただいとなまめかしう()づかしげに、(こころ)奥多(おくおほ)かりげなるけはひの、(ひと)()ぬなりけり。 げに、さるべくて、いとこのひととはつくりでざりける、かりやどれるかともゆることひたまへり。かほかたちも、そこはかと、いづこなんすぐれたる、あなきよら、とゆるところもなきが、ただいとなまめかしうづかしげに、こころおくおほかりげなるけはひの、ひとぬなりけり。
422.3.58164 ()のかうばしさぞ、この()(にほ)ひならず、あやしきまで、うち()()ひたまへるあたり、(とほ)(へだ)たるほどの追風(おひかぜ)に、まことに百歩(ひゃくぶ)(ほか)(かを)りぬべき心地(ここち)しける。(たれ)も、さばかりになりぬる(おほん)ありさまの、いとやつればみ、ただありなるやはあるべき、さまざまに、われ(ひと)にまさらむと、つくろひ用意(ようい)すべかめるを、かくかたはなるまで、うち(しの)()()らむものの(くま)も、しるきほのめきの(かく)れあるまじきに、うるさがりて、をさをさ()りもつけたまはねど、あまたの御唐櫃(おほんからびつ)にうづもれたる()(かう)どもも、この(きみ)のは、いふよしもなき(にほ)ひを(くは)へ、御前(おまへ)(はな)()も、はかなく袖触(そでふ)れたまふ(むめ)()は、春雨(はるさめ)(しづく)にも()れ、()にしむる人多(ひとおほ)く、(あき)()(ぬし)なき藤袴(ふぢばかま)も、もとの(かを)りは(かく)れて、なつかしき追風(おひかぜ)、ことに(をり)なしからなむまさりける。 のかうばしさぞ、このにほひならず、あやしきまで、うちひたまへるあたり、とほへだたるほどのおひかぜに、まことにひゃくぶほかかをりぬべきここちしける。たれも、さばかりになりぬるおほんありさまの、いとやつればみ、ただありなるやはあるべき、さまざまに、われひとにまさらんと、つくろひよういすべかめるを、かくかたはなるまで、うちしのらんもののくまも、しるきほのめきのかくれあるまじきに、うるさがりて、をさをさりもつけたまはねど、あまたのおほんからびつにうづもれたるかうどもも、このきみのは、いふよしもなきにほひをくはへ、おまへはなも、はかなくそでふれたまふむめは、はるさめしづくにもれ、にしむるひとおほく、あきぬしなきふぢばかまも、もとのかをりはかくれて、なつかしきおひかぜ、ことにをりなしからなんまさりける。
422.48265第四段 匂兵部卿宮、薫中将に競い合う
422.4.18366 かく、いとあやしきまで(ひと)のとがむる()にしみたまへるを、兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)なむ、異事(ことごと)よりも(いど)ましく(おぼ)して、それは、わざとよろづのすぐれたる(うつ)しをしめたまひ、朝夕(あさゆふ)のことわざに()はせいとなみ、御前(おまへ)前栽(せんさい)にも、(はる)(むめ)花園(はなぞの)(なが)めたまひ、(あき)()(ひと)のめづる女郎花(をみなへし)小牡鹿(さをしか)(つま)にすめる(はぎ)(つゆ)にも、をさをさ御心移(みこころうつ)したまはず、(おい)(わす)るる(きく)に、(おとろ)へゆく藤袴(ふぢばかま)、ものげなきわれもかうなどは、いとすさまじき霜枯(しもが)れのころほひまで(おぼ)()てずなど、わざとめきて、()にめづる(おも)ひをなむ、()てて(この)ましうおはしける。 かく、いとあやしきまでひとのとがむるにしみたまへるを、ひゃうぶきゃうのみやなん、ことごとよりもいどましくおぼして、それは、わざとよろづのすぐれたるうつしをしめたまひ、あさゆふのことわざにはせいとなみ、おまへせんさいにも、はるむめはなぞのながめたまひ、あきひとのめづるをみなへしさをしかつまにすめるはぎつゆにも、をさをさみこころうつしたまはず、おいわするるきくに、おとろへゆくふぢばかま、ものげなきわれもかうなどは、いとすさまじきしもがれのころほひまでおぼてずなど、わざとめきて、にめづるおもひをなん、ててこのましうおはしける。
422.4.28468 かかるほどに、すこしなよびやはらぎて、()いたる(かた)()かれたまへりと、()(ひと)(おも)ひきこえたり。(むかし)源氏(げんじ)は、すべて、かく()ててそのことと、やう(かは)り、しみたまへる(かた)ぞなかりしかし。 かかるほどに、すこしなよびやはらぎて、いたるかたかれたまへりと、ひとおもひきこえたり。むかしげんじは、すべて、かくててそのことと、やうかはり、しみたまへるかたぞなかりしかし。
422.4.38569 源中将(げんちゅうじゃう)、この(みや)には(つね)(まゐ)りつつ、御遊(おほんあそ)びなどにも、きしろふものの()()()て、げに(いど)ましくも、(わか)きどち(おも)()はしたまうつべき(ひと)ざまになむ。(れい)の、世人(よひと)は、「(にほ)兵部卿(ひゃうぶきゃう)(かを)中将(ちゅうじゃう)」と、()きにくく()(つづ)けて、そのころ、よき(むすめ)おはする、やうごとなき所々(ところどころ)は、(こころ)ときめきに、()こえごちなどしたまふもあれば、(みや)は、さまざまに、をかしうもありぬべきわたりをばのたまひ()りて、(ひと)(おほん)けはひ、ありさまをもけしきとりたまふ。わざと御心(みこころ)につけて(おぼ)(かた)は、ことになかりけり。 げんちゅうじゃう、このみやにはつねまゐりつつ、おほんあそびなどにも、きしろふもののて、げにいどましくも、わかきどちおもはしたまうつべきひとざまになん。れいの、よひとは、"にほひゃうぶきゃうかをちゅうじゃう"と、きにくくつづけて、そのころ、よきむすめおはする、やうごとなきところどころは、こころときめきに、こえごちなどしたまふもあれば、みやは、さまざまに、をかしうもありぬべきわたりをばのたまひりて、ひとおほんけはひ、ありさまをもけしきとりたまふ。わざとみこころにつけておぼかたは、ことになかりけり。
422.4.48670 冷泉院(れいぜいゐん)女一(をんないち)(みや)をぞ、さやうにても()たてまつらばや。かひありなむかし」と(おぼ)したるは、母女御(ははにょうご)もいと(おも)く、(こころ)にくくものしたまふあたりにて、姫宮(ひめみや)(おほん)けはひ、げに、いとありがたくすぐれて、よその()こえもおはしますに、まして、すこし(ちか)くもさぶらひ()れたる女房(にょうばう)などの、くはしき(おほん)ありさまの、ことに()れて()こえ(つた)ふるなどもあるに、いとど(しの)びがたく(おぼ)すべかめり。 "れいぜいゐんをんないちみやをぞ、さやうにてもたてまつらばや。かひありなんかし。"とおぼしたるは、ははにょうごもいとおもく、こころにくくものしたまふあたりにて、ひめみやおほんけはひ、げに、いとありがたくすぐれて、よそのこえもおはしますに、まして、すこしちかくもさぶらひれたるにょうばうなどの、くはしきおほんありさまの、ことにれてこえつたふるなどもあるに、いとどしのびがたくおぼすべかめり。
422.58771第五段 薫の厭世観と恋愛に消極的な性格
422.5.18872 中将(ちゅうじゃう)は、()(なか)(ふか)くあぢきなきものに(おも)()ましたる(こころ)なれば、「なかなか(こころ)とどめて、()(はな)れがたき(おも)ひや(のこ)らむ」など(おも)ふに、「わづらはしき(おも)ひあらむあたりにかかづらはむは、つつましく」など(おも)()てたまふ。さしあたりて、(こころ)にしむべきことのなきほど、さかしだつにやありけむ。(ひと)(ゆる)しなからむことなどは、まして(おも)()るべくもあらず。 ちゅうじゃうは、なかふかくあぢきなきものにおもましたるこころなれば、"なかなかこころとどめて、はなれがたきおもひやのこらん。"などおもふに、"わづらはしきおもひあらんあたりにかかづらはんは、つつましく。"などおもてたまふ。さしあたりて、こころにしむべきことのなきほど、さかしだつにやありけん。ひとゆるしなからんことなどは、ましておもるべくもあらず。
422.5.28973 十九(じふく)になりたまふ(とし)三位(さんみ)宰相(さいしゃう)にて、なほ中将(ちゅうじゃう)(はな)れず。(みかど)(きさき)(おほん)もてなしに、ただ(うど)にては、(はばか)りなきめでたき(ひと)のおぼえにてものしたまへど、(こころ)のうちには()(おも)()るかたありて、ものあはれになどもありければ、(こころ)にまかせて、はやりかなる()きごと、をさをさ(この)まず、よろづのこともてしづめつつ、おのづからおよすけたる(こころ)ざまを、(ひと)にも()られたまへり。 じふくになりたまふとしさんみさいしゃうにて、なほちゅうじゃうはなれず。みかどきさきおほんもてなしに、ただうどにては、はばかりなきめでたきひとのおぼえにてものしたまへど、こころのうちにはおもるかたありて、ものあはれになどもありければ、こころにまかせて、はやりかなるきごと、をさをさこのまず、よろづのこともてしづめつつ、おのづからおよすけたるこころざまを、ひとにもられたまへり。
422.5.39074 (さん)(みや)の、(とし)()へて(こころ)をくだきたまふめる、(ゐん)姫宮(ひめみや)(おほん)あたりを()るにも、(ひと)(ゐん)のうちに、()()()()れたまへば、ことに()れても、(ひと)のありさまを()()たてまつるに、「げに、いとなべてならず。(こころ)にくくゆゑゆゑしき(おほん)もてなし(かぎ)りなきを、(おな)じくは、げにかやうなる(ひと)()むにこそ、()ける(かぎ)りの(こころ)ゆくべきつまなれ」と(おも)ひながら、おほかたこそ(へだ)つることなく(おぼ)したれ、姫宮(ひめみや)御方(おほんかた)ざまの(へだ)ては、こよなく気遠(けどほ)くならはさせたまふも、ことわりにわづらはしければ、あながちにもまじらひ()らず。「もし、(こころ)より(ほか)(こころ)もつかば、(われ)(ひと)もいと()しかるべきこと」と(おも)()りて、もの()()ることもなかりけり。 さんみやの、としへてこころをくだきたまふめる、ゐんひめみやおほんあたりをるにも、ひとゐんのうちに、れたまへば、ことにれても、ひとのありさまをたてまつるに、"げに、いとなべてならず。こころにくくゆゑゆゑしきおほんもてなしかぎりなきを、おなじくは、げにかやうなるひとんにこそ、けるかぎりのこころゆくべきつまなれ。"とおもひながら、おほかたこそへだつることなくおぼしたれ、ひめみやおほんかたざまのへだては、こよなくけどほくならはさせたまふも、ことわりにわづらはしければ、あながちにもまじらひらず。"もし、こころよりほかこころもつかば、われひともいとしかるべきこと。"とおもりて、ものることもなかりけり。
422.5.49175 ()が、かく、(ひと)にめでられむとなりたまへるありさまなれば、はかなくなげの言葉(ことば)()らしたまふあたりも、こよなくもて(はな)るる(こころ)なく、なびきやすなるほどに、おのづからなほざりの(かよ)(どころ)もあまたになるを、(ひと)のために、ことことしくなどもてなさず、いとよく(まぎ)らはし、そこはかとなく(なさ)けなからぬほどの、なかなか(こころ)やましきを、(おも)()れる(ひと)は、(いざな)はれつつ、三条(さんでう)(みや)(まゐ)(あつ)まるはあまたあり。 が、かく、ひとにめでられんとなりたまへるありさまなれば、はかなくなげのことばらしたまふあたりも、こよなくもてはなるるこころなく、なびきやすなるほどに、おのづからなほざりのかよどころもあまたになるを、ひとのために、ことことしくなどもてなさず、いとよくまぎらはし、そこはかとなくなさけなからぬほどの、なかなかこころやましきを、おもれるひとは、いざなはれつつ、さんでうみやまゐあつまるはあまたあり。
422.5.59276 つれなきを()るも、(くる)しげなるわざなめれど、()えなむよりは、心細(こころぼそ)きに(おも)ひわびて、さもあるまじき(きは)(ひと)びとの、はかなき(ちぎ)りに(たの)みをかけたる(おほ)かり。さすがに、いとなつかしう、見所(みどころ)ある(ひと)(おほん)ありさまなれば、()(ひと)皆心(みなこころ)にはからるるやうにて、見過(みす)ぐさる。 つれなきをるも、くるしげなるわざなめれど、えなんよりは、こころぼそきにおもひわびて、さもあるまじききはひとびとの、はかなきちぎりにたのみをかけたるおほかり。さすがに、いとなつかしう、みどころあるひとおほんありさまなれば、ひとみなこころにはからるるやうにて、みすぐさる。
422.69377第六段 夕霧の六の君の評判
422.6.19478 (みや)のおはしまさむ()(かぎ)りは、朝夕(あさゆふ)御目離(おほんめか)れず御覧(ごらん)ぜられ、()えたてまつらむをだに」 "みやのおはしまさんかぎりは、あさゆふおほんめかれずごらんぜられ、えたてまつらんをだに。"
422.6.29579 (おも)ひのたまへば、(みぎ)大臣(おとど)も、あまたものしたまふ御女(おほんむすめ)たちを、一人一人(ひとりひとり)は、と(こころ)ざしたまひながら、え(こと)()でたまはず。「さすがに、ゆかしげなき(なか)らひなるを」とは(おも)ひなせど、「この(きみ)たちをおきて、ほかには、なずらひなるべき(ひと)(もと)()づべき()かは」と(おぼ)しわづらふ。 おもひのたまへば、みぎおとども、あまたものしたまふおほんむすめたちを、ひとりひとりは、とこころざしたまひながら、えことでたまはず。"さすがに、ゆかしげなきなからひなるを。"とはおもひなせど、"このきみたちをおきて、ほかには、なずらひなるべきひともとづべきかは。"とおぼしわづらふ。
422.6.39680 やむごとなきよりも、典侍腹(ないしのすけばら)(ろく)(きみ)とか、いとすぐれてをかしげに、(こころ)ばへなどもたらひて()()でたまふを、()のおぼえのおとしめざまなるべきしも、かくあたらしきを、心苦(こころぐる)しう(おぼ)して、一条(いちでう)(みや)の、さる(あつか)ひぐさ()たまへらでさうざうしきに、(むか)へとりてたてまつりたまへり。 やんごとなきよりも、ないしのすけばらろくきみとか、いとすぐれてをかしげに、こころばへなどもたらひてでたまふを、のおぼえのおとしめざまなるべきしも、かくあたらしきを、こころぐるしうおぼして、いちでうみやの、さるあつかひぐさたまへらでさうざうしきに、むかへとりてたてまつりたまへり。
422.6.49781 「わざとはなくて、この(ひと)びとに()せそめては、かならず(こころ)とどめたまひてむ。(ひと)のありさまをも()(ひと)は、ことにこそあるべけれ」など(おぼ)して、いといつくしくはもてなしたまはず、(いま)めかしくをかしきやうに、もの(ごの)みせさせて、(ひと)(こころ)つけむたより(おほ)くつくりなしたまふ。 "わざとはなくて、このひとびとにせそめては、かならずこころとどめたまひてん。ひとのありさまをもひとは、ことにこそあるべけれ。"などおぼして、いといつくしくはもてなしたまはず、いまめかしくをかしきやうに、ものごのみせさせて、ひとこころつけんたよりおほくつくりなしたまふ。
422.79882第七段 六条院の賭弓の還饗
422.7.19983 賭弓(のりゆみ)還饗(かへりあるじ)のまうけ、六条(ろくでう)(ゐん)にていと(こころ)ことにしたまひて、親王(みこ)をもおはしまさせむの(こころ)づかひしたまへり。 のりゆみかへりあるじのまうけ、ろくでうゐんにていとこころことにしたまひて、みこをもおはしまさせんのこころづかひしたまへり。
422.7.210084 その()親王(みこ)たち、大人(おとな)におはするは、(みな)さぶらひたまふ。后腹(きさいばら)のは、いづれともなく、気高(けだか)くきよげにおはします(なか)にも、この兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)は、げにいとすぐれてこよなう()えたまふ。()親王(みこ)常陸宮(ひたちのみや)()こゆる、更衣腹(かういばら)のは、(おも)ひなしにや、けはひこよなう(おと)りたまへり。 そのみこたち、おとなにおはするは、みなさぶらひたまふ。きさいばらのは、いづれともなく、けだかくきよげにおはしますなかにも、このひゃうぶきゃうのみやは、げにいとすぐれてこよなうえたまふ。みこひたちのみやこゆる、かういばらのは、おもひなしにや、けはひこよなうおとりたまへり。
422.7.310185 (れい)の、(ひだり)、あながちに()ちぬ。(れい)よりは、とくこと()てて、大将(だいしゃう)まかでたまふ。兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)常陸宮(ひたちのみや)后腹(きさきばら)()(みや)と、(ひと)(くるま)(まね)()せたてまつりて、まかでたまふ。宰相中将(さいしゃうのちゅうじゃう)は、負方(まけかた)にて、(おと)なくまかでたまひにけるを、 れいの、ひだり、あながちにちぬ。れいよりは、とくことてて、だいしゃうまかでたまふ。ひゃうぶきゃうのみやひたちのみやきさきばらみやと、ひとくるままねせたてまつりて、まかでたまふ。さいしゃうのちゅうじゃうは、まけかたにて、おとなくまかでたまひにけるを、
422.7.410286 親王(みこ)たちおはします御送(おほんおく)りには、(まゐ)りたまふまじや」 "みこたちおはしますおほんおくりには、まゐりたまふまじや。"
422.7.510387 と、おしとどめさせて、御子(おほんこ)右衛門督(うゑもんのかみ)権中納言(ごんのちゅうなごん)右大弁(うだいべん)など、さらぬ上達部(かんだちめ)あまた、これかれに()りまじり、(いざな)()てて、六条(ろくでう)(ゐん)へおはす。 と、おしとどめさせて、おほんこうゑもんのかみごんのちゅうなごんうだいべんなど、さらぬかんだちめあまた、これかれにりまじり、いざなてて、ろくでうゐんへおはす。
422.7.610488 (みち)のややほど()るに、(ゆき)いささか()りて、(えん)なるたそかれ(どき)なり。(もの)()をかしきほどに()()(あそ)びて()りたまふを、「げに、ここをおきて、いかならむ(ほとけ)(くに)にかは、かやうの折節(をりふし)(こころ)やり(どころ)(もと)めむ」と()えたり。 みちのややほどるに、ゆきいささかりて、えんなるたそかれどきなり。ものをかしきほどにあそびてりたまふを、"げに、ここをおきて、いかならんほとけくににかは、かやうのをりふしこころやりどころもとめん。"とえたり。
422.7.710589 寝殿(しんでん)(みなみ)(ひさし)に、(つね)のごと南向(みなみむ)きに、中少将着(ちゅうせうしゃうつ)きわたり、北向(きたむ)きにむかひて、垣下(ゑが)親王(みこ)たち、上達部(かんだちめ)御座(おまし)あり。御土器(おほんかはらけ)など(はじ)まりて、ものおもしろくなりゆくに、「求子(もとめご)()ひて、かよる(そで)どものうち(かへ)羽風(はかぜ)に、御前近(おまへちか)(むめ)の、いといたくほころびこぼれたる(にほ)ひの、さとうち()りわたれるに、(れい)の、中将(ちゅうじゃう)御薫(おほんかを)りの、いとどしくもてはやされて、いひ()らずなまめかし。はつかにのぞく女房(にょうばう)なども、「(やみ)はあやなく、(こころ)もとなきほどなれど、()にこそ、げに()たるものなかりけれ」と、めであへり。 しんでんみなみひさしに、つねのごとみなみむきに、ちゅうせうしゃうつきわたり、きたむきにむかひて、ゑがみこたち、かんだちめおましあり。おほんかはらけなどはじまりて、ものおもしろくなりゆくに、"もとめご"ひて、かよるそでどものうちかへはかぜに、おまへちかむめの、いといたくほころびこぼれたるにほひの、さとうちりわたれるに、れいの、ちゅうじゃうおほんかをりの、いとどしくもてはやされて、いひらずなまめかし。はつかにのぞくにょうばうなども、"やみはあやなく、こころもとなきほどなれど、にこそ、げにたるものなかりけれ。"と、めであへり。
422.7.810690 大臣(おとど)も、いとめでたしと()たまふ。容貌用意(かたちようい)も、(つね)よりまさりて、(みだ)れぬさまに(をさ)めたるを()て、 おとども、いとめでたしとたまふ。かたちよういも、つねよりまさりて、みだれぬさまにをさめたるをて、
422.7.910791 (みぎ)中将(すけ)声加(こゑくは)へたまへや。いたう客人(まらうと)だたしや」 "みぎすけこゑくはへたまへや。いたうまらうとだたしや。"
422.7.1010892 とのたまへば、(にく)からぬほどに、「(かみ)のます」など。 とのたまへば、にくからぬほどに、"かみのます"など。