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43紅梅
4315531第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案
431.15632第一段 按察使大納言家の家族
431.1.15733 そのころ、按察使大納言(あぜちのだいなごん)()こゆるは、故致仕(こちじ)大臣(おとど)二郎(じろう)なり。()せたまひにし右衛門督(うゑもんのかみ)のさしつぎよ。(わらは)よりらうらうじう、はなやかなる(こころ)ばへものしたまひし(ひと)にて、なりのぼりたまふ年月(としつき)()へて、まいていと()にあるかひあり、あらまほしうもてなし、(おほん)おぼえいとやむごとなかりける。 そのころ、あぜちのだいなごんこゆるは、こちじおとどじろうなり。せたまひにしうゑもんのかみのさしつぎよ。わらはよりらうらうじう、はなやかなるこころばへものしたまひしひとにて、なりのぼりたまふとしつきへて、まいていとにあるかひあり、あらまほしうもてなし、おほんおぼえいとやんごとなかりける。
431.1.25834 (きた)方二人(かたふたり)ものしたまひしを、もとよりのは()くなりたまひて、(いま)ものしたまふは、(のち)太政大臣(おほきおとど)御女(おほんむすめ)真木柱離(まきばしらはな)れがたくしたまひし(きみ)を、式部卿宮(しきぶきゃうのみや)にて、故兵部卿親王(こひゃうぶきゃうのみこ)にあはせたてまつりたまへりしを、親王亡(みこう)せたまひてのち、(しの)びつつ(かよ)ひたまひしかど、年月経(としつきふ)れば、えさしも(はばか)りたまはぬなめり。 きたかたふたりものしたまひしを、もとよりのはくなりたまひて、いまものしたまふは、のちおほきおとどおほんむすめまきばしらはなれがたくしたまひしきみを、しきぶきゃうのみやにて、こひゃうぶきゃうのみこにあはせたてまつりたまへりしを、みこうせたまひてのち、しのびつつかよひたまひしかど、としつきふれば、えさしもはばかりたまはぬなめり。
431.1.35935 御子(みこ)は、故北(こきた)(かた)御腹(おほんはら)に、二人(ふたり)のみぞおはしければ、さうざうしとて、神仏(かみほとけ)(いの)りて、(いま)御腹(おほんはら)にぞ、男君一人(をとこぎみひとり)まうけたまへる。故宮(こみや)御方(おほんかた)に、女君一所(をんなぎみひとところ)おはす。(へだ)てわかず、いづれをも(おな)じごと、(おも)ひきこえ()はしたまへるを、おのおの御方(おほんかた)(ひと)などは、うるはしうもあらぬ(こころ)ばへうちまじり、なまくねくねしきことも()()時々(ときどき)あれど、(きた)(かた)、いと()()れしく(いま)めきたる(ひと)にて、(つみ)なく()りなし、わが御方(おほんかた)ざまに(くる)しかるべきことをも、なだらかに()きなし、(おも)(なほ)したまへば、()きにくからでめやすかりけり。 みこは、こきたかたおほんはらに、ふたりのみぞおはしければ、さうざうしとて、かみほとけいのりて、いまおほんはらにぞ、をとこぎみひとりまうけたまへる。こみやおほんかたに、をんなぎみひとところおはす。へだてわかず、いづれをもおなじごと、おもひきこえはしたまへるを、おのおのおほんかたひとなどは、うるはしうもあらぬこころばへうちまじり、なまくねくねしきこともときどきあれど、きたかた、いとれしくいまめきたるひとにて、つみなくりなし、わがおほんかたざまにくるしかるべきことをも、なだらかにきなし、おもなほしたまへば、きにくからでめやすかりけり。
431.26036第二段 按察使大納言家の三姫君
431.2.16137 (きみ)たち、(おな)じほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば、御裳(おほんも)など()せたてまつりたまふ。七間(しちけん)寝殿(しんでん)(ひろ)(おほ)きに(つく)りて、南面(みなみおもて)に、大納言殿(だいなごんどの)大君(おほいきみ)西(にし)(なか)(きみ)(ひんがし)(みや)御方(おほんかた)と、()ませたてまつりたまへり。 きみたち、おなじほどに、すぎすぎおとなびたまひぬれば、おほんもなどせたてまつりたまふ。しちけんしんでんひろおほきにつくりて、みなみおもてに、だいなごんどのおほいきみにしなかきみひんがしみやおほんかたと、ませたてまつりたまへり。
431.2.26238 おほかたにうち(おも)ふほどは、父宮(ちちみや)のおはせぬ心苦(こころぐる)しきやうなれど、こなたかなたの御宝物多(おほんたからものおほ)くなどして、うちうちの儀式(ぎしき)ありさまなど、(こころ)にくく気高(けだか)くなどもてなして、けはひあらまほしくおはす。 おほかたにうちおもふほどは、ちちみやのおはせぬこころぐるしきやうなれど、こなたかなたのおほんたからものおほくなどして、うちうちのぎしきありさまなど、こころにくくけだかくなどもてなして、けはひあらまほしくおはす。
431.2.36339 (れい)の、かくかしづきたまふ()こえありて、次々(つぎつぎ)(したが)ひつつ()こえたまふ人多(ひとおほ)く、「内裏(うち)春宮(とうぐう)より()けしきあれど、内裏(うち)には中宮(ちゅうぐう)おはします。いかばかりの(ひと)かは、かの(おほん)けはひに(なら)びきこえむ。さりとて、(おも)(おと)卑下(ひげ)せむもかひなかるべし。春宮(とうぐう)には、右大臣殿(うだいじんどの)女御(にょうご)(なら)(ひと)なげにてさぶらひたまふは、きしろひにくけれど、さのみ()ひてやは。(ひと)にまさらむと(おも)女子(をんなご)を、宮仕(みやづか)へに(おも)()えては、(なに)本意(ほい)かはあらむ」と(おぼ)したちて、(まゐ)らせたてまつりたまふ。十七(じふしち)(はち)のほどにて、うつくしう、(にほ)(おほ)かる容貌(かたち)したまへり。 れいの、かくかしづきたまふこえありて、つぎつぎしたがひつつこえたまふひとおほく、"うちとうぐうよりけしきあれど、うちにはちゅうぐうおはします。いかばかりのひとかは、かのおほんけはひにならびきこえん。さりとて、おもおとひげせんもかひなかるべし。とうぐうには、うだいじんどのにょうごならひとなげにてさぶらひたまふは、きしろひにくけれど、さのみひてやは。ひとにまさらんとおもをんなごを、みやづかへにおもえては、なにほいかはあらん。"とおぼしたちて、まゐらせたてまつりたまふ。じふしちはちのほどにて、うつくしう、にほおほかるかたちしたまへり。
431.2.46440 (なか)(きみ)も、うちすがひて、あてになまめかしう、()みたるさまはまさりて、をかしうおはすめれば、ただ(うど)にては、あたらしく()せま()(おほん)さまを、「兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)の、さも(おぼ)したらば」など(おぼ)したる。この若君(わかぎみ)を、内裏(うち)にてなど()つけたまふ(とき)は、()しまとはし、(たはぶ)(がたき)にしたまふ。(こころ)ばへありて、奥推(おくお)(はか)らるるまみ(ひたひ)つきなり。 なかきみも、うちすがひて、あてになまめかしう、みたるさまはまさりて、をかしうおはすめれば、ただうどにては、あたらしくせまおほんさまを、"ひゃうぶきゃうのみやの、さもおぼしたらば。"などおぼしたる。このわかぎみを、うちにてなどつけたまふときは、しまとはし、たはぶがたきにしたまふ。こころばへありて、おくおはからるるまみひたひつきなり。
431.2.56541 「せうとを()てのみはえやまじと、大納言(だいなごん)(まを)せよ」などのたまひかくるを、「さなむ」と()こゆれば、うち()みて、「いとかひあり」と(おぼ)したり。 "せうとをてのみはえやまじと、だいなごんまをせよ。"などのたまひかくるを、"さなん。"とこゆれば、うちみて、"いとかひあり"とおぼしたり。
431.2.66642 (ひと)(おと)らむ宮仕(みやづか)ひよりは、この(みや)にこそは、よろしからむ女子(をんなご)()せたてまつらまほしけれ。(こころ)ゆくにまかせて、かしづきて()たてまつらむに、命延(いのちの)びぬべき(みや)(おほん)さまなり」 "ひとおとらんみやづかひよりは、このみやにこそは、よろしからんをんなごせたてまつらまほしけれ。こころゆくにまかせて、かしづきてたてまつらんに、いのちのびぬべきみやおほんさまなり。"
431.2.76743 とのたまひながら、まづ、春宮(とうぐう)(おほん)ことをいそぎたまひて、「春日(かすが)(かみ)(おほん)ことわりも、わが()にやもし()()て、故大臣(こおとど)の、(ゐん)女御(にょうご)(おほん)ことを、(むね)いたく(おぼ)してやみにし(なぐさ)めのこともあらなむ」と、(こころ)のうちに(いの)りて、(まゐ)らせたてまつりたまひつ。いと(とき)めきたまふよし、(ひと)びと()こゆ。 とのたまひながら、まづ、とうぐうおほんことをいそぎたまひて、"かすがかみおほんことわりも、わがにやもして、こおとどの、ゐんにょうごおほんことを、むねいたくおぼしてやみにしなぐさめのこともあらなん。"と、こころのうちにいのりて、まゐらせたてまつりたまひつ。いとときめきたまふよし、ひとびとこゆ。
431.2.86844 かかる(おほん)まじらひの()れたまはぬほどに、はかばかしき御後見(おほんうしろみ)なくてはいかがとて、(きた)方添(かたそ)ひてさぶらひたまへば、まことに(かぎ)りもなく(おも)ひかしづき、後見(うしろみ)きこえたまふ。 かかるおほんまじらひのれたまはぬほどに、はかばかしきおほんうしろみなくてはいかがとて、きたかたそひてさぶらひたまへば、まことにかぎりもなくおもひかしづき、うしろみきこえたまふ。
431.36945第三段 宮の御方の魅力
431.3.17046 殿(との)は、つれづれなる心地(ここち)して、西(にし)御方(おほんかた)は、(ひと)つに()らひたまひて、いとさうざうしくながめたまふ。(ひんがし)姫君(ひめぎみ)も、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、夜々(よるよる)一所(ひとところ)大殿籠(おほとのご)もり、よろづの(おほん)こと(なら)ひ、はかなき御遊(おほんあそ)びわざをも、こなたを()のやうに(おも)ひきこえてぞ、()れも(なら)(あそ)びたまひける。 とのは、つれづれなるここちして、にしおほんかたは、ひとつにらひたまひて、いとさうざうしくながめたまふ。ひんがしひめぎみも、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、よるよるひとところおほとのごもり、よろづのおほんことならひ、はかなきおほんあそびわざをも、こなたをのやうにおもひきこえてぞ、れもならあそびたまひける。
431.3.27147 もの()ぢを()(つね)ならずしたまひて、母北(ははきた)(かた)にだに、さやかにはをさをささし(むか)ひたてまつりたまはず、かたはなるまでもてなしたまふものから、(こころ)ばへけはひの(むも)れたるさまならず、愛敬(あいぎゃう)づきたまへること、はた、(ひと)よりすぐれたまへり。 ものぢをつねならずしたまひて、ははきたかたにだに、さやかにはをさをささしむかひたてまつりたまはず、かたはなるまでもてなしたまふものから、こころばへけはひのむもれたるさまならず、あいぎゃうづきたまへること、はた、ひとよりすぐれたまへり。
431.3.37248 かく、内裏参(うちまゐ)りや(なに)やと、わが(かた)ざまをのみ(おも)(いそ)ぐやうなるも、心苦(こころぐる)しなど(おぼ)して、 かく、うちまゐりやなにやと、わがかたざまをのみおもいそぐやうなるも、こころぐるしなどおぼして、
431.3.47349 「さるべからむさまに(おぼ)(さだ)めてのたまへ。(おな)じこととこそは、(つか)うまつらめ」 "さるべからんさまにおぼさだめてのたまへ。おなじこととこそは、つかうまつらめ。"
431.3.57450 と、母君(ははぎみ)にも()こえたまひけれど、 と、ははぎみにもこえたまひけれど、
431.3.67551 「さらにさやうの()づきたるさま、(おも)()つべきにもあらぬけしきなれば、なかなかならむことは、心苦(こころぐる)しかるべし。御宿世(おほんすくせ)にまかせて、()にあらむ(かぎ)りは()たてまつらむ。(のち)ぞあはれにうしろめたけれど、()(そむ)(かた)にても、おのづから人笑(ひとわら)へに、あはつけきことなくて、()ぐしたまはなむ」 "さらにさやうのづきたるさま、おもつべきにもあらぬけしきなれば、なかなかならんことは、こころぐるしかるべし。おほんすくせにまかせて、にあらんかぎりはたてまつらん。のちぞあはれにうしろめたけれど、そむかたにても、おのづからひとわらへに、あはつけきことなくて、ぐしたまはなん。"
431.3.77652 など、うち()きて、御心(みこころ)ばせの(おも)ふやうなることをぞ()こえたまふ。 など、うちきて、みこころばせのおもふやうなることをぞこえたまふ。
431.3.87753 いづれも()かず(おや)がりたまへど、御容貌(おほんかたち)()ばやとゆかしう(おぼ)して、「(かく)れたまふこそ心憂(こころう)けれ」と(うら)みて、「人知(ひとし)れず、()えたまひぬべしや」と、(のぞ)きありきたまへど、()えてかたそばをだに、え()たてまつりたまはず。 いづれもかずおやがりたまへど、おほんかたちばやとゆかしうおぼして、"かくれたまふこそこころうけれ。"とうらみて、"ひとしれず、えたまひぬべしや。"と、のぞきありきたまへど、えてかたそばをだに、えたてまつりたまはず。
431.3.97854 (うへ)おはせぬほどは、()()はりて(まゐ)()べきを、うとうとしく(おぼ)()くる()けしきなれば、心憂(こころう)くこそ」 "うへおはせぬほどは、はりてまゐべきを、うとうとしくおぼくるけしきなれば、こころうくこそ。"
431.3.107955 など()こえ、御簾(みす)(まへ)にゐたまへば、(おほん)いらへなど、ほのかに()こえたまふ。御声(おほんこゑ)けはひなど、あてにをかしう、さま容貌思(かたちおも)ひやられて、あはれにおぼゆる(ひと)()ありさまなり。わが御姫君(おほんひめぎみ)たちを、(ひと)(おと)らじと(おも)ひおごれど、「この(きみ)に、えしもまさらずやあらむ。かかればこそ、()(なか)(ひろ)きうちはわづらはしけれ。たぐひあらじと(おも)ふに、まさる(かた)も、おのづからありぬべかめり」など、いとどいぶかしう(おも)ひきこえたまふ。 などこえ、みすまへにゐたまへば、おほんいらへなど、ほのかにこえたまふ。おほんこゑけはひなど、あてにをかしう、さまかたちおもひやられて、あはれにおぼゆるひとありさまなり。わがおほんひめぎみたちを、ひとおとらじとおもひおごれど、"このきみに、えしもまさらずやあらん。かかればこそ、なかひろきうちはわづらはしけれ。たぐひあらじとおもふに、まさるかたも、おのづからありぬべかめり。"など、いとどいぶかしうおもひきこえたまふ。
431.48056第四段 按察使大納言の音楽談義
431.4.18157 (つき)ごろ、(なに)となくもの(さわ)がしきほどに、御琴(おほんこと)()をだにうけたまはらで(ひさ)しうなりはべりにけり。西(にし)(かた)にはべる(ひと)は、琵琶(びは)(こころ)()れてはべる、さもまねび()りつべくやおぼえはべらむ。なまかたほにしたるに、()きにくきものの()がらなり。(おな)じくは、御心(みこころ)とどめて(をし)へさせたまへ。 "つきごろ、なにとなくものさわがしきほどに、おほんことをだにうけたまはらでひさしうなりはべりにけり。にしかたにはべるひとは、びはこころれてはべる、さもまねびりつべくやおぼえはべらん。なまかたほにしたるに、きにくきもののがらなり。おなじくは、みこころとどめてをしへさせたまへ。
431.4.28258 (おきな)は、とりたてて(なら)ふものはべらざりしかど、そのかみ、(さか)りなりし()(あそ)びはべりし(ちから)にや、()()るばかりのわきまへは、(なに)ごとにもいとつきなうはべらざりしを、うちとけても(あそ)ばさねど、時々(ときどき)うけたまはる御琵琶(おほんびは)()なむ、(むかし)おぼえはべる。 おきなは、とりたててならふものはべらざりしかど、そのかみ、さかりなりしあそびはべりしちからにや、るばかりのわきまへは、なにごとにもいとつきなうはべらざりしを、うちとけてもあそばさねど、ときどきうけたまはるおほんびはなん、むかしおぼえはべる。
431.4.38359 故六条院(ころくでうのゐん)御伝(おほんつた)へにて、(みぎ)大臣(おとど)なむ、このころ()(のこ)りたまへる。源中納言(げんちゅうなごん)兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)(なに)ごとにも、(むかし)(ひと)(おと)るまじう、いと(ちぎ)りことにものしたまふ(ひと)びとにて、(あそ)びの(かた)は、()()きて(こころ)とどめたまへるを、()づかひすこしなよびたる撥音(ばちおと)などなむ、大臣(おとど)には(およ)びたまはずと(おも)うたまふるを、この御琴(おほんこと)()こそ、いとよくおぼえたまへれ。 ころくでうのゐんおほんつたへにて、みぎおとどなん、このころのこりたまへる。げんちゅうなごんひゃうぶきゃうのみやなにごとにも、むかしひとおとるまじう、いとちぎりことにものしたまふひとびとにて、あそびのかたは、きてこころとどめたまへるを、づかひすこしなよびたるばちおとなどなん、おとどにはおよびたまはずとおもうたまふるを、このおほんことこそ、いとよくおぼえたまへれ。
431.4.48460 琵琶(びは)は、押手(おして)しづやかなるをよきにするものなるに、(ぢゅう)さすほど、撥音(ばちおと)のさま()はりて、なまめかしう()こえたるなむ、(をんな)(おほん)ことにて、なかなかをかしかりける。いで、(あそ)ばさむや。御琴参(おほんことまゐ)れ」 びはは、おしてしづやかなるをよきにするものなるに、ぢゅうさすほど、ばちおとのさまはりて、なまめかしうこえたるなん、をんなおほんことにて、なかなかをかしかりける。いで、あそばさんや。おほんことまゐれ。"
431.4.58561 とのたまふ。女房(にょうばう)などは、(かく)れたてまつるもをさをさなし。いと(わか)上臈(じゃうらふ)だつが、()えたてまつらじと(おも)ふはしも、(こころ)にまかせてゐたれば、「さぶらふ(ひと)さへかくもてなすが、やすからぬ」と腹立(はらだ)ちたまふ。 とのたまふ。にょうばうなどは、かくれたてまつるもをさをさなし。いとわかじゃうらふだつが、えたてまつらじとおもふはしも、こころにまかせてゐたれば、"さぶらふひとさへかくもてなすが、やすからぬ。"とはらだちたまふ。
4328662第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心
432.18763第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る
432.1.18864 若君(わかぎみ)内裏(うち)(まゐ)らむと、宿直姿(とのゐすがた)にて(まゐ)りたまへる、わざとうるはしきみづらよりも、いとをかしく()えて、いみじううつくしと(おぼ)したり。麗景殿(れいけいでん)に、(おほん)ことづけ()こえたまふ。 わかぎみうちまゐらんと、とのゐすがたにてまゐりたまへる、わざとうるはしきみづらよりも、いとをかしくえて、いみじううつくしとおぼしたり。れいけいでんに、おほんことづけこえたまふ。
432.1.28965 (ゆづ)りきこえて、今宵(こよひ)もえ(まゐ)るまじく、(なや)ましく、など()こえよ」とのたまひて、「(ふえ)すこし(つか)うまつれ。ともすれば、御前(おまへ)御遊(おほんあそ)びに()()でらるる、かたはらいたしや。まだいと(わか)(ふえ)を」 "ゆづりきこえて、こよひもえまゐるまじく、なやましく、などこえよ。"とのたまひて、"ふえすこしつかうまつれ。ともすれば、おまへおほんあそびにでらるる、かたはらいたしや。まだいとわかふえを。"
432.1.39066 とうち()みて、双調吹(さうでうふ)かせたまふ。いとをかしう()いたまへば、 とうちみて、さうでうふかせたまふ。いとをかしういたまへば、
432.1.49167 「けしうはあらずなりゆくは、このわたりにて、おのづから(もの)()はするけなり。なほ、()()はせさせたまへ」 "けしうはあらずなりゆくは、このわたりにて、おのづからものはするけなり。なほ、はせさせたまへ。"
432.1.59268 ()めきこえたまへば、(くる)しと(おぼ)したるけしきながら、爪弾(つまび)きにいとよく()はせて、ただすこし()()らいたまふ。皮笛(かはぶえ)、ふつつかに()れたる(こゑ)して、この(ひんがし)のつまに、軒近(のきちか)紅梅(こうばい)の、いとおもしろく(にほ)ひたるを()たまひて、 めきこえたまへば、くるしとおぼしたるけしきながら、つまびきにいとよくはせて、ただすこしらいたまふ。かはぶえ、ふつつかにれたるこゑして、このひんがしのつまに、のきちかこうばいの、いとおもしろくにほひたるをたまひて、
432.1.69369 御前(おまへ)(はな)(こころ)ばへありて()ゆめり。兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)内裏(うち)におはすなり。一枝折(ひとえだを)りて(まゐ)れ。()(ひと)()る」とて、「あはれ、(ひか)源氏(げんじ)、といはゆる御盛(おほんさか)りの大将(だいしゃう)などにおはせしころ、(わらは)にて、かやうにてまじらひ()れきこえしこそ、()とともに(こひ)しうはべれ。 "おまへはなこころばへありてゆめり。ひゃうぶきゃうのみやうちにおはすなり。ひとえだをりてまゐれ。ひとる。"とて、"あはれ、ひかげんじ、といはゆるおほんさかりのだいしゃうなどにおはせしころ、わらはにて、かやうにてまじらひれきこえしこそ、とともにこひしうはべれ。
432.1.79470 この(みや)たちを、世人(よひと)も、いとことに(おも)ひきこえ、げに(ひと)にめでられむとなりたまへる(おほん)ありさまなれど、(はし)(はし)にもおぼえたまはぬは、なほたぐひあらじと(おも)ひきこえし(こころ)のなしにやありけむ。 このみやたちを、よひとも、いとことにおもひきこえ、げにひとにめでられんとなりたまへるおほんありさまなれど、はしはしにもおぼえたまはぬは、なほたぐひあらじとおもひきこえしこころのなしにやありけん。
432.1.89571 おほかたにて、(おも)()でたてまつるに、(むね)あく()なく(かな)しきを、気近(けぢか)(ひと)(おく)れたてまつりて、()きめぐらふは、おぼろけの命長(いのちなが)さなりかし、とこそおぼえはべれ」 おほかたにて、おもでたてまつるに、むねあくなくかなしきを、けぢかひとおくれたてまつりて、きめぐらふは、おぼろけのいのちながさなりかし、とこそおぼえはべれ。"
432.1.99672 など、()こえ()でたまひて、ものあはれにすごく(おも)ひめぐらししをれたまふ。 など、こえでたまひて、ものあはれにすごくおもひめぐらししをれたまふ。
432.1.109773 ついでの(しの)びがたきにや、花折(はなを)らせて、(いそ)(まゐ)らせたまふ。 ついでのしのびがたきにや、はなをらせて、いそまゐらせたまふ。
432.1.119875 「いかがはせむ。(むかし)(こひ)しき御形見(おほんかたみ)には、この(みや)ばかりこそは。(ほとけ)(かく)れたまひけむ御名残(おほんなごり)には、阿難(あなん)光放(ひかりはな)ちけむを、二度出(ふたたびい)でたまへるかと(うたが)ふさかしき(ひじり)のありけるを、(やみ)(まど)ふはるけ(どころ)に、()こえをかさむかし」とて、 "いかがはせん。むかしこひしきおほんかたみには、このみやばかりこそは。ほとけかくれたまひけんおほんなごりには、あなんひかりはなちけんを、ふたたびいでたまへるかとうたがふさかしきひじりのありけるを、やみまどふはるけどころに、こえをかさんかし。"とて、
432.1.129976 (こころ)ありて(かぜ)(にほ)はす(その)(むめ)に<BR/>まづ(うぐひす)()はずやあるべき」 "〔こころありてかぜにほはすそのむめに<BR/>まづうぐひすはずやあるべき〕
432.1.1310077 と、(くれなゐ)(かみ)(わか)やぎ()きて、この(きみ)懐紙(ふところがみ)()りまぜ、()したたみて()だしたてたまふを、(をさな)(こころ)に、いと()れきこえまほしと(おも)へば、(いそ)(まゐ)りたまひぬ。 と、くれなゐかみわかやぎきて、このきみふところがみりまぜ、したたみてだしたてたまふを、をさなこころに、いとれきこえまほしとおもへば、いそまゐりたまひぬ。
432.210178第二段 匂宮、若君と語る
432.2.110279 中宮(ちゅうぐう)(うへ)御局(みつぼね)より、御宿直所(おほんとのゐどころ)()でたまふほどなり。殿上人(てんじゃうびと)あまた御送(おほんおく)りに(まゐ)(なか)に、()つけたまひて、 ちゅうぐううへみつぼねより、おほんとのゐどころでたまふほどなり。てんじゃうびとあまたおほんおくりにまゐなかに、つけたまひて、
432.2.210380 昨日(きのふ)は、などいと()くはまかでにし。いつ(まゐ)りつるぞ」などのたまふ。 "きのふは、などいとくはまかでにし。いつまゐりつるぞ。"などのたまふ。
432.2.310481 ()くまかではべりにし(くや)しさに、まだ内裏(うち)におはしますと(ひと)(まを)しつれば、(いそ)(まゐ)りつるや」 "くまかではべりにしくやしさに、まだうちにおはしますとひとまをしつれば、いそまゐりつるや。"
432.2.410582 と、(をさな)げなるものから、()れきこゆ。 と、をさなげなるものから、れきこゆ。
432.2.510683 内裏(うち)ならで、(こころ)やすき(ところ)にも、時々(ときどき)(あそ)べかし。(わか)(ひと)どもの、そこはかとなく(あつ)まる(ところ)ぞ」 "うちならで、こころやすきところにも、ときどきあそべかし。わかひとどもの、そこはかとなくあつまるところぞ。"
432.2.610784 とのたまふ。この君召(きみめ)(はな)ちて(かた)らひたまへば、(ひと)びとは、(ちか)うも(まゐ)らず、まかで()りなどして、しめやかになりぬれば、 とのたまふ。このきみめはなちてかたらひたまへば、ひとびとは、ちかうもまゐらず、まかでりなどして、しめやかになりぬれば、
432.2.710885 春宮(とうぐう)には、(いとま)すこし(ゆる)されためりな。いとしげう(おぼ)しまとはすめりしを、時取(ときと)られて人悪(ひとわ)ろかめり」 "とうぐうには、いとますこしゆるされためりな。いとしげうおぼしまとはすめりしを、ときとられてひとわろかめり。"
432.2.810986 とのたまへば、 とのたまへば、
432.2.911087 「まつはさせたまひしこそ(くる)しかりしか。御前(おまへ)にはしも」 "まつはさせたまひしこそくるしかりしか。おまへにはしも。"
432.2.1011188 と、()こえさしてゐたれば、 と、こえさしてゐたれば、
432.2.1111289 (われ)をば、(ひと)げなしと(おも)(はな)れたるとな。ことわりなり。されどやすからずこそ。(ふる)めかしき(おな)(すぢ)にて、(ひんがし)()こゆなるは、あひ(おも)ひたまひてむやと、(しの)びて(かた)らひきこえよ」 "われをば、ひとげなしとおもはなれたるとな。ことわりなり。されどやすからずこそ。ふるめかしきおなすぢにて、ひんがしこゆなるは、あひおもひたまひてんやと、しのびてかたらひきこえよ。"
432.2.1211390 などのたまふついでに、この(はな)をたてまつれば、うち()みて、 などのたまふついでに、このはなをたてまつれば、うちみて、
432.2.1311491 (うら)みてのちならましかば」 "うらみてのちならましかば。"
432.2.1411592 とて、うちも()かず御覧(ごらん)ず。(えだ)のさま、花房(はなぶさ)(いろ)()()(つね)ならず。 とて、うちもかずごらんず。えだのさま、はなぶさいろつねならず。
432.2.1511693 (その)(にほ)へる(くれなゐ)の、(いろ)()られて、()なむ、(しろ)(むめ)には(おと)れるといふめるを、いとかしこく、とり(なら)べても()きけるかな」 "そのにほへるくれなゐの、いろられて、なん、しろむめにはおとれるといふめるを、いとかしこく、とりならべてもきけるかな。"
432.2.1611794 とて、御心(みこころ)とどめたまふ(はな)なれば、かひありて、もてはやしたまふ。 とて、みこころとどめたまふはななれば、かひありて、もてはやしたまふ。
432.311895第三段 匂宮、宮の御方を思う
432.3.111996 今宵(こよひ)宿直(とのゐ)なめり。やがてこなたにを」 "こよひとのゐなめり。やがてこなたにを。"
432.3.212097 と、()()めつれば、春宮(とうぐう)にもえ(まゐ)らず、(はな)()づかしく(おも)ひぬべく(かう)ばしくて、気近(けぢか)()せたまへるを、(わか)心地(ここち)には、たぐひなくうれしくなつかしう(おも)ひきこゆ。 と、めつれば、とうぐうにもえまゐらず、はなづかしくおもひぬべくかうばしくて、けぢかせたまへるを、わかここちには、たぐひなくうれしくなつかしうおもひきこゆ。
432.3.312198 「この(はな)主人(あるじ)は、など春宮(とうぐう)には(うつ)ろひたまはざりし」 "このはなあるじは、などとうぐうにはうつろひたまはざりし。"
432.3.412299 ()らず。心知(こころし)らむ(ひと)になどこそ、()きはべりしか」 "らず。こころしらんひとになどこそ、きはべりしか。"
432.3.5123100 など(かた)りきこゆ。「大納言(だいなごん)御心(みこころ)ばへは、わが(かた)ざまに(おも)ふべかめれ」と()()はせたまへど、(おも)(こころ)(こと)にしみぬれば、この(かへ)りこと、けざやかにものたまひやらず。 などかたりきこゆ。"だいなごんみこころばへは、わがかたざまにおもふべかめれ。"とはせたまへど、おもこころことにしみぬれば、このかへりこと、けざやかにものたまひやらず。
432.3.6124101 翌朝(つとめて)、この(きみ)のまかづるに、なほざりなるやうにて、 つとめて、このきみのまかづるに、なほざりなるやうにて、
432.3.7125102 (はな)()(さそ)はれぬべき()なりせば<BR/>(かぜ)のたよりを()ぐさましやは」 "〔はなさそはれぬべきなりせば<BR/>かぜのたよりをぐさましやは〕
432.3.8126103 さて、「なほ(いま)は、(おきな)どもにさかしらせさせで、(しの)びやかに」と、(かへ)(がへ)すのたまひて、この(きみ)も、(ひんがし)のをば、やむごとなく(むつ)ましう(おも)ひましたり。 さて、"なほいまは、おきなどもにさかしらせさせで、しのびやかに。"と、かへがへすのたまひて、このきみも、ひんがしのをば、やんごとなくむつましうおもひましたり。
432.3.9127104 なかなか異方(ことかた)姫君(ひめぎみ)は、()えたまひなどして、(れい)兄弟(はらから)のさまなれど、童心地(わらはごこち)に、いと(おも)りかにあらまほしうおはする(こころ)ばへを、「かひあるさまにて()たてまつらばや」と(おも)ひありくに、春宮(とうぐう)御方(おほんかた)の、いとはなやかにもてなしたまふにつけて、(おな)じこととは(おも)ひながら、いと()かず口惜(くちを)しければ、「この(みや)をだに、気近(けぢか)くて()たてまつらばや」と(おも)ひありくに、うれしき(はな)のついでなり。 なかなかことかたひめぎみは、えたまひなどして、れいはらからのさまなれど、わらはごこちに、いとおもりかにあらまほしうおはするこころばへを、"かひあるさまにてたてまつらばや。"とおもひありくに、とうぐうおほんかたの、いとはなやかにもてなしたまふにつけて、おなじこととはおもひながら、いとかずくちをしければ、"このみやをだに、けぢかくてたてまつらばや。"とおもひありくに、うれしきはなのついでなり。
432.4128105第四段 按察使大納言と匂宮、和歌を贈答
432.4.1129106 これは、昨日(きのふ)御返(おほんかへ)りなれば()せたてまつる。 これは、きのふおほんかへりなればせたてまつる。
432.4.2130107 「ねたげにものたまへるかな。あまり()きたる(かた)にすすみたまへるを、(ゆる)しきこえずと()きたまひて、(みぎ)大臣(おとど)、われらが()たてまつるには、いとものまめやかに、御心(みこころ)をさめたまふこそをかしけれ。あだ(びと)とせむに、()らひたまへる(おほん)さまを、しひてまめだちたまはむも、見所少(みどころすく)なくやならまし」 "ねたげにものたまへるかな。あまりきたるかたにすすみたまへるを、ゆるしきこえずときたまひて、みぎおとど、われらがたてまつるには、いとものまめやかに、みこころをさめたまふこそをかしけれ。あだびととせんに、らひたまへるおほんさまを、しひてまめだちたまはんも、みどころすくなくやならまし。"
432.4.3131108 など、しりうごちて、今日(けふ)(まゐ)らせたまふに、また、 など、しりうごちて、けふまゐらせたまふに、また、
432.4.4132109 (もと)()(にほ)へる(きみ)袖触(そでふ)れば<BR/>(はな)もえならぬ()をや()らさむ "〔もとにほへるきみそでふれば<BR/>はなもえならぬをやらさん
432.4.5133110 とすきずきしや。あなかしこ」 とすきずきしや。あなかしこ。"
432.4.6134111 と、まめやかに()こえたまへり。まことに()ひなさむと(おも)ふところあるにやと、さすがに御心(みこころ)ときめきしたまひて、 と、まめやかにこえたまへり。まことにひなさんとおもふところあるにやと、さすがにみこころときめきしたまひて、
432.4.7135112 (はな)()(にほ)はす宿(やど)()めゆかば<BR/>(いろ)にめづとや(ひと)(とが)めむ」 "〔はなにほはすやどめゆかば<BR/>いろにめづとやひととがめん〕
432.4.8136113 など、なほ(こころ)とけずいらへたまへるを、(こころ)やましと(おも)ひゐたまへり。 など、なほこころとけずいらへたまへるを、こころやましとおもひゐたまへり。
432.4.9137114 (きた)(かた)まかでたまひて、内裏(うち)わたりのことのたまふついでに、 きたかたまかでたまひて、うちわたりのことのたまふついでに、
432.4.10138115 若君(わかぎみ)の、一夜(ひとよ)宿直(とのゐ)して、まかり()でたりし(にほ)ひの、いとをかしかりしを、(ひと)はなほと(おも)ひしを、(みや)の、いと(おも)ほし()りて、『兵部卿宮(ひゃうぶきゃうのみや)(ちか)づききこえにけり。うべ、(われ)をばすさめたり』と、けしきとり、(ゑん)じたまへりしか。ここに、御消息(おほんせうそこ)やありし。さも()えざりしを」 "わかぎみの、ひとよとのゐして、まかりでたりしにほひの、いとをかしかりしを、ひとはなほとおもひしを、みやの、いとおもほしりて、'ひゃうぶきゃうのみやちかづききこえにけり。うべ、われをばすさめたり。'と、けしきとり、ゑんじたまへりしか。ここに、おほんせうそこやありし。さもえざりしを。"
432.4.11139116 とのたまへば、 とのたまへば、
432.4.12140117 「さかし。(むめ)(はな)めでたまふ(きみ)なれば、あなたのつまの紅梅(こうばい)、いと(さか)りに()えしを、ただならで、()りてたてまつれたりしなり。(うつ)()は、げにこそ(こころ)ことなれ。()れまじらひしたまはむ(をんな)などは、さはえしめぬかな。 "さかし。むめはなめでたまふきみなれば、あなたのつまのこうばい、いとさかりにえしを、ただならで、りてたてまつれたりしなり。うつは、げにこそこころことなれ。れまじらひしたまはんをんななどは、さはえしめぬかな。
432.4.13141118 源中納言(げんちゅうなごん)は、かうざまに(この)ましうはたき(にほ)はさで、人柄(ひとがら)こそ()になけれ。あやしう、(さき)()(ちぎ)りいかなりける(むく)いにかと、ゆかしきことにこそあれ。 げんちゅうなごんは、かうざまにこのましうはたきにほはさで、ひとがらこそになけれ。あやしう、さきちぎりいかなりけるむくいにかと、ゆかしきことにこそあれ。
432.4.14142119 (おな)(はな)()なれど、(むめ)()()でけむ()こそあはれなれ。この(みや)などのめでたまふ、さることぞかし」 おなはななれど、むめでけんこそあはれなれ。このみやなどのめでたまふ、さることぞかし。"
432.4.15143120 など、(はな)によそへても、まづかけきこえたまふ。 など、はなによそへても、まづかけきこえたまふ。
432.5144121第五段 匂宮、宮の御方に執心
432.5.1145122 (みや)御方(おほんかた)は、もの(おぼ)()るほどにねびまさりたまへれば、(なに)ごとも見知(みし)り、()きとどめたまはぬにはあらねど、「(ひと)()え、()づきたらむありさまは、さらに」と(おぼ)(はな)れたり。 みやおほんかたは、ものおぼるほどにねびまさりたまへれば、なにごともみしり、きとどめたまはぬにはあらねど、"ひとえ、づきたらんありさまは、さらに。"とおぼはなれたり。
432.5.2146123 ()(ひと)も、(とき)()(こころ)ありてにや、さし(むか)ひたる御方々(おほんかたがた)には、(こころ)()くし()こえわび、(いま)めかしきこと(おほ)かれど、こなたは、よろづにつけ、ものしめやかに()()りたまへるを、(みや)は、(おほん)ふさひの(かた)()(つた)へたまひて、(ふか)う、いかで、と(おも)ほしなりにけり。 ひとも、ときこころありてにや、さしむかひたるおほんかたがたには、こころくしこえわび、いまめかしきことおほかれど、こなたは、よろづにつけ、ものしめやかにりたまへるを、みやは、おほんふさひのかたつたへたまひて、ふかう、いかで、とおもほしなりにけり。
432.5.3147124 若君(わかぎみ)を、(つね)にまつはし()せたまひつつ、(しの)びやかに御文(おほんふみ)あれど、大納言(だいなごん)(きみ)(ふか)(こころ)かけきこえたまひて、「さも(おも)ひたちてのたまふことあらば」と、けしきとり、(こころ)まうけしたまふを()るに、いとほしう、 わかぎみを、つねにまつはしせたまひつつ、しのびやかにおほんふみあれど、だいなごんきみふかこころかけきこえたまひて、"さもおもひたちてのたまふことあらば。"と、けしきとり、こころまうけしたまふをるに、いとほしう、
432.5.4148125 「ひき(たが)へて、かう(おも)()るべうもあらぬ(かた)にしも、なげの(こと)()()くしたまふ、かひなげなること」 "ひきたがへて、かうおもるべうもあらぬかたにしも、なげのことくしたまふ、かひなげなること。"
432.5.5149126 と、(きた)(かた)(おぼ)しのたまふ。 と、きたかたおぼしのたまふ。
432.5.6150127 はかなき御返(おほんかへ)りなどもなければ、()けじの御心添(みこころそ)ひて、(おも)ほしやむべくもあらず。「(なに)かは、(ひと)()ありさま、などかは、さても()たてまつらまほしう、()先遠(さきとほ)くなどは()えさせたまふに」など、(きた)方思(かたおも)ほし()時々(ときどき)あれど、いといたう(いろ)めきたまひて、(かよ)ひたまふ(しの)所多(どころおほ)く、(はち)(みや)姫君(ひめぎみ)にも、御心(みこころ)ざしの(あさ)からで、いとしげうまうでありきたまふ。(たの)もしげなき御心(みこころ)の、あだあだしさなども、いとどつつましければ、まめやかには(おも)ほし()えたるを、かたじけなきばかりに、(しの)びて、母君(ははぎみ)ぞ、たまさかにさかしらがり()こえたまふ。 はかなきおほんかへりなどもなければ、けじのみこころそひて、おもほしやむべくもあらず。"なにかは、ひとありさま、などかは、さてもたてまつらまほしう、さきとほくなどはえさせたまふに。"など、きたかたおもほしときどきあれど、いといたういろめきたまひて、かよひたまふしのどころおほく、はちみやひめぎみにも、みこころざしのあさからで、いとしげうまうでありきたまふ。たのもしげなきみこころの、あだあだしさなども、いとどつつましければ、まめやかにはおもほしえたるを、かたじけなきばかりに、しのびて、ははぎみぞ、たまさかにさかしらがりこえたまふ。