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50東屋
50110875第一章 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻
501.110976第一段 浮舟の母、娘の良縁を願う
501.1.111077 筑波山(つくばやま)()()まほしき御心(みこころ)はありながら、端山(はやま)(しげ)りまであながちに(おも)()らむも、いと人聞(ひとぎ)軽々(かろがろ)しう、かたはらいたかるべきほどなれば、(おぼ)(はばか)りて、御消息(おほんせうそこ)をだにえ(つた)へさせたまはず。 つくばやままほしきみこころはありながら、はやましげりまであながちにおもらんも、いとひとぎかろがろしう、かたはらいたかるべきほどなれば、おぼはばかりて、おほんせうそこをだにえつたへさせたまはず。
501.1.211178 かの尼君(あまぎみ)のもとよりぞ、母北(ははきた)(かた)にのたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、まめやかに御心(みこころ)とまるべきこととも(おも)はねば、ただ、さまでも(たづ)()りたまふらむこと、とばかりをかしう(おも)ひて、(ひと)(おほん)ほどのただ今世(いまよ)にありがたげなるをも、(かず)ならましかば、などぞよろづに(おも)ひける。 かのあまぎみのもとよりぞ、ははきたかたにのたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、まめやかにみこころとまるべきことともおもはねば、ただ、さまでもたづりたまふらんこと、とばかりをかしうおもひて、ひとおほんほどのただいまよにありがたげなるをも、かずならましかば、などぞよろづにおもひける。
501.1.311279 (かみ)()どもは、母亡(ははな)くなりにけるなど、あまた、この(はら)にも、姫君(ひめぎみ)とつけてかしづくあり、まだ(をさな)きなど、すぎすぎに()六人(ろくにん)ありければ、さまざまにこの(あつか)ひをしつつ、異人(ことびと)(おも)(へだ)てたる(こころ)のありければ、(つね)にいとつらきものに(かみ)をも(うら)みつつ、「いかでひきすぐれて、おもだたしきほどにしなしても()えにしがな」と、()()れ、この母君(ははぎみ)(おも)(あつか)ひける。 かみどもは、ははなくなりにけるなど、あまた、このはらにも、ひめぎみとつけてかしづくあり、まだをさなきなど、すぎすぎにろくにんありければ、さまざまにこのあつかひをしつつ、ことびとおもへだてたるこころのありければ、つねにいとつらきものにかみをもうらみつつ、"いかでひきすぐれて、おもだたしきほどにしなしてもえにしがな。"と、れ、このははぎみおもあつかひける。
501.1.411380 さま容貌(かたち)の、なのめに、とりまぜてもありぬべくは、いとかうしも(なに)かは(くる)しきまでももてなやまじ、(おな)じごと(おも)はせてもありぬべき()を、ものにも()じらず、あはれにかたじけなく()()でたまへば、あたらしく心苦(こころぐる)しき(もの)(おも)へり。 さまかたちの、なのめに、とりまぜてもありぬべくは、いとかうしもなにかはくるしきまでももてなやまじ、おなじごとおもはせてもありぬべきを、ものにもじらず、あはれにかたじけなくでたまへば、あたらしくこころぐるしきものおもへり。
501.1.511481 娘多(むすめおほ)かりと()きて、なま君達(きんだち)めく(ひと)びとも、おとなひ()ふ、いとあまたありけり。(はじ)めの(はら)()三人(さんにん)は、(みな)さまざまに(くば)りて、大人(おとな)びさせたり。(いま)はわが姫君(ひめぎみ)を、「(おも)ふやうにて()たてまつらばや」と、()()(まも)りて、なでかしづくこと(かぎ)りなし。 むすめおほかりときて、なまきんだちめくひとびとも、おとなひふ、いとあまたありけり。はじめのはらさんにんは、みなさまざまにくばりて、おとなびさせたり。いまはわがひめぎみを、"おもふやうにてたてまつらばや。"と、まもりて、なでかしづくことかぎりなし。
501.211582第二段 継父常陸介と求婚者左近少将
501.2.111683 (かみ)(いや)しき(ひと)にはあらざりけり。上達部(かんだちめ)(すぢ)にて、(なか)らひもものきたなき(ひと)ならず、(とく)いかめしうなどあれば、ほどほどにつけては(おも)()がりて、(いへ)(うち)もきらきらしく、ものきよげに()みなし、事好(ことこの)みしたるほどよりは、あやしう(あら)らかに田舎(ゐなか)びたる(こころ)ぞつきたりける。 かみいやしきひとにはあらざりけり。かんだちめすぢにて、なからひもものきたなきひとならず、とくいかめしうなどあれば、ほどほどにつけてはおもがりて、いへうちもきらきらしく、ものきよげにみなし、ことこのみしたるほどよりは、あやしうあららかにゐなかびたるこころぞつきたりける。
501.2.211784 (わか)うより、さる東方(あづまかた)の、(はる)かなる世界(せかい)(うづ)もれて年経(としへ)ければにや、(こゑ)などほとほとうちゆがみぬべく、ものうち()ふ、すこしたみたるやうにて、豪家(がうけ)のあたり(おそ)ろしくわづらはしきものに(はばか)()ぢ、すべていとまたく隙間(すきま)なき(こころ)もあり。 わかうより、さるあづまかたの、はるかなるせかいうづもれてとしへければにや、こゑなどほとほとうちゆがみぬべく、ものうちふ、すこしたみたるやうにて、がうけのあたりおそろしくわづらはしきものにはばかぢ、すべていとまたくすきまなきこころもあり。
501.2.311885 をかしきさまに琴笛(ことふえ)(みち)(とほ)う、(ゆみ)をなむいとよく()ける。なほなほしきあたりともいはず、(いきほ)ひに()かされて、よき若人(わかうど)ども、装束(さうぞく)ありさまはえならず調(ととの)へつつ、腰折(こしを)れたる歌合(うたあは)せ、物語(ものがたり)庚申(かうしん)をし、まばゆく見苦(みぐる)しく、(あそ)びがちに(この)めるを、この懸想(けさう)君達(きんだち) をかしきさまにことふえみちとほう、ゆみをなんいとよくける。なほなほしきあたりともいはず、いきほひにかされて、よきわかうどども、さうぞくありさまはえならずととのへつつ、こしをれたるうたあはせ、ものがたりかうしんをし、まばゆくみぐるしく、あそびがちにこのめるを、このけさうきんだち
501.2.411986 「らうらうじくこそあるべけれ。容貌(かたち)なむいみじかなる」 "らうらうじくこそあるべけれ。かたちなんいみじかなる。"
501.2.512087 など、をかしき(かた)()ひなして、(こころ)()くし()へる(なか)に、左近少将(さこんのせうしゃう)とて、年二十二(としにじふに)(さん)ばかりのほどにて、(こころ)ばせしめやかに、(ざえ)ありといふ(かた)は、(ひと)(ゆる)されたれど、きらきらしう(いま)めいてなどはえあらぬにや、(かよ)ひし(ところ)なども()えて、いとねむごろに()ひわたりけり。 など、をかしきかたひなして、こころくしへるなかに、さこんのせうしゃうとて、としにじふにさんばかりのほどにて、こころばせしめやかに、ざえありといふかたは、ひとゆるされたれど、きらきらしういまめいてなどはえあらぬにや、かよひしところなどもえて、いとねんごろにひわたりけり。
501.2.612188 この母君(ははぎみ)、あまたかかること()(ひと)びとの(なか)に、 このははぎみ、あまたかかることひとびとのなかに、
501.2.712289 「この(きみ)は、人柄(ひとがら)もめやすかなり。心定(こころさだ)まりてももの(おも)()りぬべかなるを、(ひと)もあてなりや。これよりまさりて、ことことしき(きは)(ひと)はた、かかるあたりを、さいへど、(たづ)()らじ」 "このきみは、ひとがらもめやすかなり。こころさだまりてもものおもりぬべかなるを、ひともあてなりや。これよりまさりて、ことことしききはひとはた、かかるあたりを、さいへど、たづらじ。"
501.2.812390 (おも)ひて、この御方(おほんかた)()りつぎて、さるべき折々(をりをり)は、をかしきさまに(かへ)(ごと)などせさせたてまつる。心一(こころひと)つに(おも)ひまうく。 おもひて、このおほんかたりつぎて、さるべきをりをりは、をかしきさまにかへごとなどせさせたてまつる。こころひとつにおもひまうく。
501.2.912491 (かみ)こそおろかに(おも)ひなすとも、(われ)(いのち)(ゆづ)りてかしづきて、さま容貌(かたち)のめでたきを()つきなば、さりとも、おろかになどは、よも(おも)(ひと)あらじ」 "かみこそおろかにおもひなすとも、われいのちゆづりてかしづきて、さまかたちのめでたきをつきなば、さりとも、おろかになどは、よもおもひとあらじ。"
501.2.1012592 (おも)()ち、八月(はちがち)ばかりと(ちぎ)りて、調度(てうど)をまうけ、はかなき(あそ)びものをせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵(まきゑ)螺鈿(らでん)のこまやかなる(こころ)ばへまさりて()ゆるものをば、この御方(おほんかた)にと()(かく)して、(おと)りのを、 おもち、はちがちばかりとちぎりて、てうどをまうけ、はかなきあそびものをせさせても、さまことにやうをかしう、まきゑらでんのこまやかなるこころばへまさりてゆるものをば、このおほんかたにとかくして、おとりのを、
501.2.1112693 「これなむよき」 "これなんよき。"
501.2.1212794 とて()すれば、(かみ)はよくしも見知(みし)らず、そこはかとない(もの)どもの、(ひと)調度(てうど)といふ(かぎ)りは、ただとり(あつ)めて(なら)()ゑつつ、()をはつかにさし()づるばかりにて、(こと)琵琶(びわ)()とて、内教坊(ないけうばう)のわたりより(むか)()りつつ(なら)はす。 とてすれば、かみはよくしもみしらず、そこはかとないものどもの、ひとてうどといふかぎりは、ただとりあつめてならゑつつ、をはつかにさしづるばかりにて、ことびわとて、ないけうばうのわたりよりむかりつつならはす。
501.2.1312896 手一(てひと)()()れば、()()居拝(ゐをが)みてよろこび、(ろく)()らすること、(うづ)むばかりにてもて(さわ)ぐ。はやりかなる曲物(ごくもの)など(をし)へて、()と、をかしき夕暮(ゆふぐれ)などに、()()はせて(あそ)(とき)は、(なみだ)もつつまず、をこがましきまで、さすがにものめでしたり。かかることどもを、母君(ははぎみ)は、すこしもののゆゑ()りて、いと見苦(みぐる)しと(おも)へば、ことにあへしらはぬを、 てひとれば、ゐをがみてよろこび、ろくらすること、うづむばかりにてもてさわぐ。はやりかなるごくものなどをしへて、と、をかしきゆふぐれなどに、はせてあそときは、なみだもつつまず、をこがましきまで、さすがにものめでしたり。かかることどもを、ははぎみは、すこしもののゆゑりて、いとみぐるしとおもへば、ことにあへしらはぬを、
501.2.1412997 吾子(あこ)をば、(おも)()としたまへり」 "あこをば、おもとしたまへり。"
501.2.1513098 と、(つね)(うら)みけり。 と、つねうらみけり。
501.313199第三段 左近少将、浮舟が継子だと知る
501.3.1132100 かくて、この少将(せうしゃう)(ちぎ)りしほどを()ちつけで、「(おな)じくは()く」とせめければ、わが心一(こころひと)つに、かう(おも)(いそ)ぐも、いとつつましう、(ひと)(こころ)()りがたさを(おも)ひて、(はじ)めより(つた)へそめける(ひと)()たるに、(ちか)()()せて(かた)らふ。 かくて、このせうしゃうちぎりしほどをちつけで、"おなじくはく。"とせめければ、わがこころひとつに、かうおもいそぐも、いとつつましう、ひとこころりがたさをおもひて、はじめよりつたへそめけるひとたるに、ちかせてかたらふ。
501.3.2133101 「よろづ(おほ)(おも)(はばか)ることの(おほ)かるを、(つき)ごろかうのたまひてほど()ぬるを、並々(なみなみ)(ひと)にもものしたまはねば、かたじけなう心苦(こころぐる)しうて。かう(おも)()ちにたるを、(おや)などものしたまはぬ(ひと)なれば、心一(こころひと)つなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに()えたてまつることもやと、かねてなむ(おも)ふ。 "よろづおほおもはばかることのおほかるを、つきごろかうのたまひてほどぬるを、なみなみひとにもものしたまはねば、かたじけなうこころぐるしうて。かうおもちにたるを、おやなどものしたまはぬひとなれば、こころひとつなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまにえたてまつることもやと、かねてなんおもふ。
501.3.3134102 (わか)(ひと)びとあまたはべれど、(おも)人具(ひとぐ)したるは、おのづからと(おも)(ゆづ)られて、この(きみ)(おほん)ことをのみなむ、はかなき()(なか)()るにも、うしろめたくいみじきを、もの(おも)()りぬべき御心(みこころ)ざまと()きて、かうよろづのつつましさを(わす)れぬべかめるをしも、もし(おも)はずなる御心(みこころ)ばへも()えば、人笑(ひとわら)へに(かな)しうなむ」 わかひとびとあまたはべれど、おもひとぐしたるは、おのづからとおもゆづられて、このきみおほんことをのみなん、はかなきなかるにも、うしろめたくいみじきを、ものおもりぬべきみこころざまときて、かうよろづのつつましさをわすれぬべかめるをしも、もしおもはずなるみこころばへもえば、ひとわらへにかなしうなん。"
501.3.4135103 ()ひけるを、少将(せうしゃう)(きみ)()うでて、 ひけるを、せうしゃうきみうでて、
501.3.5136104 「しかしかなむ」 "しかしかなん。"
501.3.6137105 (まう)しけるに、けしき()しくなりぬ。 まうしけるに、けしきしくなりぬ。
501.3.7138106 (はじ)めより、さらに、(かみ)御娘(みむすめ)にあらずといふことをなむ()かざりつる。(おな)じことなれど、人聞(ひとぎ)きもけ(おと)りたる心地(ここち)して、()()りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内(あない)せで、()かびたることを(つた)へける」 "はじめより、さらに、かみみむすめにあらずといふことをなんかざりつる。おなじことなれど、ひとぎきもけおとりたるここちして、りせんにもよからずなんあるべき。ようもあないせで、かびたることをつたへける。"
501.3.8139107 とのたまふに、いとほしくなりて、 とのたまふに、いとほしくなりて、
501.3.9140108 (くは)しくも()りたまへず。(をんな)どもの()るたよりにて、(おほ)(ごと)(つた)(はじ)めはべりしに、(なか)にかしづく(むすめ)とのみ()きはべれば、(かみ)のにこそは、とこそ(おも)ひたまへつれ。異人(ことびと)子持(こも)たまへらむとも、()()きはべらざりつるなり。 "くはしくもりたまへず。をんなどものるたよりにて、おほごとつたはじめはべりしに、なかにかしづくむすめとのみきはべれば、かみのにこそは、とこそおもひたまへつれ。ことびとこもたまへらんとも、きはべらざりつるなり。
501.3.10141109 容貌(かたち)(こころ)もすぐれてものしたまふこと、母上(ははうへ)のかなしうしたまひて、おもだたしう気高(けだか)きことをせむと、あがめかしづかると()きはべりしかば、いかでかの(へん)のこと(つた)へつべからむ(ひと)もがな、とのたまはせしかば、さるたより()りたまへりと、()(まう)ししなり。さらに、()かびたる(つみ)、はべるまじきことなり」 かたちこころもすぐれてものしたまふこと、ははうへのかなしうしたまひて、おもだたしうけだかきことをせんと、あがめかしづかるときはべりしかば、いかでかのへんのことつたへつべからんひともがな、とのたまはせしかば、さるたよりりたまへりと、まうししなり。さらに、かびたるつみ、はべるまじきことなり。"
501.3.11142110 と、腹悪(はらあ)しく言葉多(ことばおほ)かる(もの)にて、(まう)すに、(きみ)、いとあてやかならぬさまにて、 と、はらあしくことばおほかるものにて、まうすに、きみ、いとあてやかならぬさまにて、
501.3.12143111 「かやうのあたりに()(かよ)はむ、(ひと)のをさをさ(ゆる)さぬことなれど、今様(いまやう)のことにて、(とが)あるまじう、もてあがめて後見(うしろみ)だつに、罪隠(つみかく)してなむあるたぐひもあめるを、(おな)じこととうちうちには(おも)ふとも、よそのおぼえなむ、へつらひて人言(ひとい)ひなすべき。 "かやうのあたりにかよはん、ひとのをさをさゆるさぬことなれど、いまやうのことにて、とがあるまじう、もてあがめてうしろみだつに、つみかくしてなんあるたぐひもあめるを、おなじこととうちうちにはおもふとも、よそのおぼえなん、へつらひてひといひなすべき。
501.3.13144112 源少納言(げんせうなごん)讃岐守(さぬきのかみ)などの、うけばりたるけしきにて()()らむに、(かみ)にもをさをさ()けられぬさまにて()じらはむなむ、いと(ひと)げなかるべき」 げんせうなごんさぬきのかみなどの、うけばりたるけしきにてらんに、かみにもをさをさけられぬさまにてじらはんなん、いとひとげなかるべき。"
501.3.14145113 とのたまふ。 とのたまふ。
501.4146114第四段 左近少将、常陸介の実娘を所望す
501.4.1147115 この(ひと)追従(ついしょう)あるうたてある(ひと)(こころ)にて、これをいと口惜(くちを)しう、こなたかなたに(おも)ひければ、 このひとついしょうあるうたてあるひとこころにて、これをいとくちをしう、こなたかなたにおもひければ、
501.4.2148116 「まことに(かみ)(むすめ)(おぼ)さば、まだ(わか)うなどおはすとも、しか(つた)へはべらむかし。(なか)にあたるなむ、姫君(ひめぎみ)とて、(かみ)、いとかなしうしたまふなる」 "まことにかみむすめおぼさば、まだわかうなどおはすとも、しかつたへはべらんかし。なかにあたるなん、ひめぎみとて、かみ、いとかなしうしたまふなる。"
501.4.3149117 ()こゆ。 こゆ。
501.4.4150118 「いさや。(はじ)めよりしか()()れることをおきて、また()はむこそうたてあれ。されど、わが本意(ほい)は、かの(かん)(ぬし)の、人柄(ひとがら)もものものしく、大人(おとな)しき(ひと)なれば、後見(うしろみ)にもせまほしう、()るところありて(おも)(はじ)めしことなり。もはら(かほ)容貌(かたち)のすぐれたらむ(をんな)(ねが)ひもなし。(しな)あてに(えん)ならむ(をんな)(ねが)はば、やすく()つべし。 "いさや。はじめよりしかれることをおきて、またはんこそうたてあれ。されど、わがほいは、かのかんぬしの、ひとがらもものものしく、おとなしきひとなれば、うしろみにもせまほしう、るところありておもはじめしことなり。もはらかほかたちのすぐれたらんをんなねがひもなし。しなあてにえんならんをんなねがはば、やすくつべし。
501.4.5151119 されど、(さび)しうことうち()はぬ、みやび(この)める(ひと)()()ては、ものきよくもなく、(ひと)にも(ひと)ともおぼえたらぬを()れば、すこし(ひと)にそしらるとも、なだらかにて()(なか)()ぐさむことを(ねが)ふなり。(かみ)に、かくなむと(かた)らひて、さもと(ゆる)すけしきあらば、(なに)かは、さも」 されど、さびしうことうちはぬ、みやびこのめるひとては、ものきよくもなく、ひとにもひとともおぼえたらぬをれば、すこしひとにそしらるとも、なだらかにてなかぐさんことをねがふなり。かみに、かくなんとかたらひて、さもとゆるすけしきあらば、なにかは、さも、"
501.4.6152120 とのたまふ。 とのたまふ。
501.5153121第五段 常陸介、左近少将に満足す
501.5.1154122 この(ひと)は、(いもうと)のこの西(にし)御方(おほんかた)にあるたよりに、かかる御文(おほんふみ)なども()(つた)へはじめけれど、(かみ)には(くは)しくも()()られぬ(もの)なりけり。ただ()きに、(かみ)()たりける(まへ)()きて、 このひとは、いもうとのこのにしおほんかたにあるたよりに、かかるおほんふみなどもつたへはじめけれど、かみにはくはしくもられぬものなりけり。ただきに、かみたりけるまへきて、
501.5.2155123 「とり(まう)すべきことありて」 "とりまうすべきことありて。"
501.5.3156124 など()はす。(かみ) などはす。かみ
501.5.4157125 「このわたりに時々出(ときどきい)()りはすと()けど、(まへ)には()()でぬ(ひと)の、(なに)ごと()ひにかあらむ」 "このわたりにときどきいりはすとけど、まへにはでぬひとの、なにごとひにかあらん。"
501.5.5158126 と、なま荒々(あらあら)しきけしきなれど、 と、なまあらあらしきけしきなれど、
501.5.6159127 左近少将殿(さこんのせうしゃうどの)御消息(おほんせうそこ)にてなむさぶらふ」 "さこんのせうしゃうどのおほんせうそこにてなんさぶらふ。"
501.5.7160128 ()はせたれば、()ひたり。(かた)らひがたげなる(かほ)して、(ちか)うゐ()りて、 はせたれば、ひたり。かたらひがたげなるかほして、ちかうゐりて、
501.5.8161129 (つき)ごろ、(うち)御方(おほんかた)消息聞(せうそこき)こえさせたまふを、御許(おほんゆる)しありて、この(つき)のほどにと(ちぎ)りきこえさせたまふことはべるを、()をはからひて、いつしかと(おぼ)すほどに、ある(ひと)(まう)しけるやう、 "つきごろ、うちおほんかたせうそこきこえさせたまふを、おほんゆるしありて、このつきのほどにとちぎりきこえさせたまふことはべるを、をはからひて、いつしかとおぼすほどに、あるひとまうしけるやう、
501.5.9162130 『まことに(きた)(かた)(おほん)はからひにものしたまへど、(かん)殿(との)御娘(みむすめ)にはおはせず。君達(きんだち)のおはし(かよ)はむに、()()こえなむへつらひたるやうならむ。受領(ずりゃう)御婿(おほんむこ)になりたまふかやうの君達(きみたち)は、ただ(わたくし)(きみ)のごとく(おも)ひかしづきたてまつり、()(ささ)げたるごと、(おも)(あつか)後見(うしろみ)たてまつるにかかりてなむ、さる()()ひしたまふ(ひと)びとものしたまふめるを、さすがにその御願(おほんねが)ひはあながちなるやうにて、をさをさ()けられたまはで、け(おと)りておはし(かよ)はむこと、便(びん)なかりぬべきよし』 'まことにきたかたおほんはからひにものしたまへど、かんとのみむすめにはおはせず。きんだちのおはしかよはんに、こえなんへつらひたるやうならん。ずりゃうおほんむこになりたまふかやうのきみたちは、ただわたくしきみのごとくおもひかしづきたてまつり、ささげたるごと、おもあつかうしろみたてまつるにかかりてなん、さるひしたまふひとびとものしたまふめるを、さすがにそのおほんねがひはあながちなるやうにて、をさをさけられたまはで、けおとりておはしかよはんこと、びんなかりぬべきよし。'
501.5.10163131 をなむ、(せち)にそしり(まう)(ひと)びとあまたはべるなれば、ただ今思(いまおぼ)しわづらひてなむ。 をなん、せちにそしりまうひとびとあまたはべるなれば、ただいまおぼしわづらひてなん。
501.5.11164132 (はじ)めよりただきらぎらしう、(ひと)後見(うしろみ)(たの)みきこえむに、()へたまへる(おほん)おぼえを(えら)(まう)して、()こえ(はじ)(まう)ししなり。さらに、異人(ことびと)ものしたまふらむといふこと()らざりければ、もとの(こころ)ざしのままに、まだ(をさな)きものあまたおはすなるを、(ゆる)いたまはば、いとどうれしくなむ。()けしき()()うで() 'はじめよりただきらぎらしう、ひとうしろみたのみきこえんに、へたまへるおほんおぼえをえらまうして、こえはじまうししなり。さらに、ことびとものしたまふらんといふことらざりければ、もとのこころざしのままに、まだをさなきものあまたおはすなるを、ゆるいたまはば、いとどうれしくなん。けしきうで。'
501.5.12165133 (おほ)せられつれば」 おほせられつれば。"
501.5.13166134 ()ふに、(かみ) ふに、かみ
501.5.14167135 「さらに、かかる御消息(おほんせうそこ)はべるよし、(くは)しく(うけたまは)らず。まことに(おな)じことに(おも)うたまふべき(ひと)なれど、よからぬ(わらは)べあまたはべりて、はかばかしからぬ()に、さまざま(おも)ひたまへ(あつか)ふほどに、(はは)なる(もの)も、これを異人(ことびと)(おも)()けたることと、くねり()ふことはべりて、ともかくも口入(くちい)れさせぬ(ひと)のことにはべれば、ほのかに、しかなむ(おほ)せらるることはべりとは()きはべりしかど、なにがしを()(どころ)(おぼ)しける御心(みこころ)は、()りはべらざりけり。 "さらに、かかるおほんせうそこはべるよし、くはしくうけたまはらず。まことにおなじことにおもうたまふべきひとなれど、よからぬわらはべあまたはべりて、はかばかしからぬに、さまざまおもひたまへあつかふほどに、ははなるものも、これをことびとおもけたることと、くねりふことはべりて、ともかくもくちいれさせぬひとのことにはべれば、ほのかに、しかなんおほせらるることはべりとはきはべりしかど、なにがしをどころおぼしけるみこころは、りはべらざりけり。
501.5.15168136 さるは、いとうれしく(おも)ひたまへらるる(おほん)ことにこそはべるなれ。いとらうたしと(おも)()(わらは)は、あまたの(なか)に、これをなむ(いのち)にも()へむと(おも)ひはべる。のたまふ(ひと)びとあれど、(いま)()(ひと)御心(みこころ)(さだ)めなく()こえはべるに、なかなか(むね)いたき()をや()むの(はばか)りに、(おも)(さだ)むることもなくてなむ。 さるは、いとうれしくおもひたまへらるるおほんことにこそはべるなれ。いとらうたしとおもわらはは、あまたのなかに、これをなんいのちにもへんとおもひはべる。のたまふひとびとあれど、いまひとみこころさだめなくこえはべるに、なかなかむねいたきをやんのはばかりに、おもさだむることもなくてなん。
501.5.16169137 いかでうしろやすくも()たまへおかむと、()()れかなしく(おも)うたまふるを、少将殿(せうしゃうどの)におきたてまつりては、故大将殿(こだいしゃうどの)にも、(わか)くより(まゐ)(つか)うまつりき。(いへ)()にて()たてまつりしに、いと警策(きゃうざく)に、(つか)うまつらまほしと、(こころ)つきて(おも)ひきこえしかど、(はる)かなる(ところ)に、うち(つづ)きて()ぐしはべる(とし)ごろのほどに、うひうひしくおぼえはべりてなむ、(まゐ)りも(つか)まつらぬを、かかる御心(みこころ)ざしのはべりけるを。 いかでうしろやすくもたまへおかんと、れかなしくおもうたまふるを、せうしゃうどのにおきたてまつりては、こだいしゃうどのにも、わかくよりまゐつかうまつりき。いへにてたてまつりしに、いときゃうざくに、つかうまつらまほしと、こころつきておもひきこえしかど、はるかなるところに、うちつづきてぐしはべるとしごろのほどに、うひうひしくおぼえはべりてなん、まゐりもつかまつらぬを、かかるみこころざしのはべりけるを。
501.5.17170138 (かへ)(がへ)す、(おほ)せの(こと)たてまつらむはやすきことなれど、(つき)ごろの御心違(みこころたが)へたるやうに、この(ひと)(おも)ひたまへむことをなむ、(おも)うたまへ(はばか)りはべる」 かへがへす、おほせのことたてまつらんはやすきことなれど、つきごろのみこころたがへたるやうに、このひとおもひたまへんことをなん、おもうたまへはばかりはべる。"
501.5.18171139 と、いとこまやかに()ふ。 と、いとこまやかにふ。
501.6172140第六段 仲人、左近少将を絶賛す
501.6.1173141 よろしげなめりと、うれしく(おも)ふ。 よろしげなめりと、うれしくおもふ。
501.6.2174142 (なに)かと(おぼ)(はばか)るべきことにもはべらず。かの御心(みこころ)ざしは、ただ一所(ひとところ)御許(おほんゆる)しはべらむを(ねが)(おぼ)して、『いはけなく年足(とした)らぬほどにおはすとも、真実(しんじち)のやむごとなく(おも)ひおきてたまへらむをこそ、本意叶(ほいかな)ふにはせめ。もはらさやうのほとりばみたらむ()()ひすべきにもあらず』と、なむのたまひつる。 "なにかとおぼはばかるべきことにもはべらず。かのみこころざしは、ただひとところおほんゆるしはべらんをねがおぼして、'いはけなくとしたらぬほどにおはすとも、しんじちのやんごとなくおもひおきてたまへらんをこそ、ほいかなふにはせめ。もはらさやうのほとりばみたらんひすべきにもあらず'と、なんのたまひつる。
501.6.3175143 人柄(ひとがら)はいとやむごとなく、おぼえ(こころ)にくくおはする(きみ)なりけり。(わか)君達(きんだち)とて、()()きしくあてびてもおはしまさず、()のありさまもいとよく()りたまへり。(りゃう)じたまふ所々(ところどころ)もいと(おほ)くはべり。まだころの御徳(おほんとく)なきやうなれど、おのづからやむごとなき(ひと)(おほん)けはひのありげなるやう、直人(なほびと)(かぎ)りなき(とみ)といふめる(いきほ)ひには、まさりたまへり。来年(らいねん)四位(しゐ)になりたまひなむ。こたみの(とう)(うたが)ひなく、(みかど)御口(おほんくち)づからごてたまへるなり。 ひとがらはいとやんごとなく、おぼえこころにくくおはするきみなりけり。わかきんだちとて、きしくあてびてもおはしまさず、のありさまもいとよくりたまへり。りゃうじたまふところどころもいとおほくはべり。まだころのおほんとくなきやうなれど、おのづからやんごとなきひとおほんけはひのありげなるやう、なほびとかぎりなきとみといふめるいきほひには、まさりたまへり。らいねんしゐになりたまひなん。こたみのとううたがひなく、みかどおほんくちづからごてたまへるなり。
501.6.4176144 『よろづのこと()らひてめやすき朝臣(あそん)の、()をなむ(さだ)めざなる。はやさるべき人選(ひとえ)りて、後見(うしろみ)をまうけよ。上達部(かんだちめ)には、(われ)しあれば、今日明日(けふあす)といふばかりになし()げてむ』とこそ(おほ)せらるなれ。何事(なにごと)も、ただこの(きみ)ぞ、(みかど)にも(した)しく(つか)うまつりたまふなる。 'よろづのことらひてめやすきあそんの、をなんさだめざなる。はやさるべきひとえりて、うしろみをまうけよ。かんだちめには、われしあれば、けふあすといふばかりになしげてん。'とこそおほせらるなれ。なにごとも、ただこのきみぞ、みかどにもしたしくつかうまつりたまふなる。
501.6.5177145 御心(みこころ)はた、いみじう警策(きゃうざく)に、重々(おもおも)しくなむおはしますめる。あたら(ひと)御婿(おほんむこ)を。かう()きたまふほどに、(おも)ほし()ちなむこそよからめ。かの殿(との)には、(われ)(われ)婿(むこ)にとりたてまつらむと、所々(ところどころ)にはべるなれば、ここにしぶしぶなる(おほん)けはひあらば、(ほか)ざまにも(おぼ)しなりなむ。これ、ただうしろやすきことをとり(まう)すなり」 みこころはた、いみじうきゃうざくに、おもおもしくなんおはしますめる。あたらひとおほんむこを。かうきたまふほどに、おもほしちなんこそよからめ。かのとのには、われわれむこにとりたてまつらんと、ところどころにはべるなれば、ここにしぶしぶなるおほんけはひあらば、ほかざまにもおぼしなりなん。これ、ただうしろやすきことをとりまうすなり。"
501.6.6178146 と、いと(おほ)く、よげに()(つづ)くるに、いとあさましく(ひな)びたる(かみ)にて、うち()みつつ()きゐたり。 と、いとおほく、よげにつづくるに、いとあさましくひなびたるかみにて、うちみつつきゐたり。
501.7179147第七段 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える
501.7.1180148 「このころの御徳(おほんとく)などの(こころ)もとなからむことは、なのたまひそ。なにがし(いのち)はべらむほどは、(いただき)(ささ)げたてまつりてむ。(こころ)もとなく、(なに)()かぬとか(おぼ)すべき。たとひあへずして(つか)うまつりさしつとも、(のこ)りの宝物(たからもの)(りゃう)じはべる所々(ところどころ)(ひと)つにてもまた()(あらそ)ふべき(ひと)なし。 "このころのおほんとくなどのこころもとなからんことは、なのたまひそ。なにがしいのちはべらんほどは、いただきささげたてまつりてん。こころもとなく、なにかぬとかおぼすべき。たとひあへずしてつかうまつりさしつとも、のこりのたからものりゃうじはべるところどころひとつにてもまたあらそふべきひとなし。
501.7.2181149 ()ども(おほ)くはべれど、これはさま(こと)(おも)ひそめたる(もの)にはべり。ただ真心(まごころ)(おぼ)(かへり)みさせたまはば、大臣(だいじん)(くらゐ)(もと)めむと(おぼ)(ねが)ひて、()になき宝物(たからもの)をも()くさむとしたまはむに、なきものはべるまじ。 どもおほくはべれど、これはさまことおもひそめたるものにはべり。ただまごころおぼかへりみさせたまはば、だいじんくらゐもとめんとおぼねがひて、になきたからものをもくさんとしたまはんに、なきものはべるまじ。
501.7.3182150 当時(たうじ)(みかど)、しか(めぐ)(まう)したまふなれば、御後見(おほんうしろみ)(こころ)もとなかるまじ。これ、かの(おほん)ためにも、なにがしが()(わらは)のためにも、(さいは)ひとあるべきことにやとも()らず」 たうじみかど、しかめぐまうしたまふなれば、おほんうしろみこころもとなかるまじ。これ、かのおほんためにも、なにがしがわらはのためにも、さいはひとあるべきことにやともらず。"
501.7.4183151 と、よろしげに()(とき)に、いとうれしくなりて、(いもうと)にもかかることありとも(かた)らず、あなたにも()りつかで、(かみ)()ひつることを、「いともいともよげにめでたし」と(おも)ひて()こゆれば、(きみ)、「すこし(ひな)びてぞある」とは()きたまへど、(にく)からず、うち()みて()きゐたまへり。大臣(だいじん)にならむ贖労(ぞくらう)()らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、(みみ)とどまりける。 と、よろしげにときに、いとうれしくなりて、いもうとにもかかることありともかたらず、あなたにもりつかで、かみひつることを、"いともいともよげにめでたし。"とおもひてこゆれば、きみ、"すこしひなびてぞある。"とはきたまへど、にくからず、うちみてきゐたまへり。だいじんにならんぞくらうらんなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、みみとどまりける。
501.7.5184152 「さて、かの(きた)(かた)には、かくとものしつや。(こころ)ざしことに(おも)(はじ)めたまへらむに、ひき(たが)へたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす(ひと)もあらむ。いさや」 "さて、かのきたかたには、かくとものしつや。こころざしことにおもはじめたまへらんに、ひきたがへたらん、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなすひともあらん。いさや。"
501.7.6185153 (おぼ)したゆたひたるを、 おぼしたゆたひたるを、
501.7.7186154 (なに)か。(きた)(かた)も、かの姫君(ひめぎみ)をば、いとやむごとなきものに(おも)ひかしづきたてまつりたまふなりけり。ただ(なか)のこのかみにて、(とし)大人(おとな)びたまふを、心苦(こころぐる)しきことに(おも)ひて、そなたにとおもむけて(まう)されけるなりけり」 "なにか。きたかたも、かのひめぎみをば、いとやんごとなきものにおもひかしづきたてまつりたまふなりけり。ただなかのこのかみにて、としおとなびたまふを、こころぐるしきことにおもひて、そなたにとおもむけてまうされけるなりけり。"
501.7.8187155 ()こゆ。「(つき)ごろは、またなく()(つね)ならずかしづくと()ひつるものの、うちつけにかく()ふもいかならむと(おも)へども、なほ、(ひと)わたりはつらしと(おも)はれ、(ひと)にはすこし(そし)らるとも、(なが)らへて(たの)もしき(こと)をこそ」と、いとまたくかしこき(きみ)にて、(おも)()りてければ、()をだにとり()へで、(ちぎ)りし()れにぞ、おはし(はじ)めける。 こゆ。"つきごろは、またなくつねならずかしづくとひつるものの、うちつけにかくふもいかならんとおもへども、なほ、ひとわたりはつらしとおもはれ、ひとにはすこしそしらるとも、ながらへてたのもしきことをこそ。"と、いとまたくかしこききみにて、おもりてければ、をだにとりへで、ちぎりしれにぞ、おはしはじめける。
501.8188156第八段 浮舟の縁談、破綻す
501.8.1189157 (きた)(かた)は、人知(ひとし)れずいそぎ()ちて、(ひと)びとの装束(さうぞく)せさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。御方(おほんかた)をも、頭洗(かしらあら)はせ、()りつくろひて()るに、少将(せうしゃう)などいふほどの(ひと)()せむも、()しくあたらしきさまを、 きたかたは、ひとしれずいそぎちて、ひとびとのさうぞくせさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。おほんかたをも、かしらあらはせ、りつくろひてるに、せうしゃうなどいふほどのひとせんも、しくあたらしきさまを、
501.8.2190158 「あはれや。(おや)()られたてまつりて()()ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿(だいしゃうどの)ののたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは(おも)()たざらまし。されど、うちうちにこそかく(おも)へ、(ほか)音聞(おとぎ)きは、(かみ)()とも(おも)()かず、また、(じち)(たづ)()らむ(ひと)も、なかなか()としめ(おも)ひぬべきこそ(かな)しけれ」 "あはれや。おやられたてまつりてちたまはましかば、おはせずなりにたれども、だいしゃうどのののたまふらんさまに、おほけなくとも、などかはおもたざらまし。されど、うちうちにこそかくおもへ、ほかおとぎきは、かみともおもかず、また、じちたづらんひとも、なかなかとしめおもひぬべきこそかなしけれ。"
501.8.3191159 など、(おも)(つづ)く。 など、おもつづく。
501.8.4192160 「いかがはせむ。(さか)()ぎたまはむもあいなし。(いや)しからず、めやすきほどの(ひと)の、かくねむごろにのたまふめるを」 "いかがはせん。さかぎたまはんもあいなし。いやしからず、めやすきほどのひとの、かくねんごろにのたまふめるを。"
501.8.5193161 など、心一(こころひと)つに(おも)(さだ)むるも、(なかだち)のかく(こと)よくいみじきに、(をんな)はましてすかされたるにやあらむ。明日明後日(あすあさて)(おも)へば、(こころ)あわたたしくいそがしきに、こなたにも(こころ)のどかに()られたらず、そそめきありくに、守外(かみと)より()()て、ながながと、とどこほるところもなく()(つづ)けて、 など、こころひとつにおもさだむるも、なかだちのかくことよくいみじきに、をんなはましてすかされたるにやあらん。あすあさておもへば、こころあわたたしくいそがしきに、こなたにもこころのどかにられたらず、そそめきありくに、かみとよりて、ながながと、とどこほるところもなくつづけて、
501.8.6194162 (われ)(おも)(へだ)てて、吾子(あこ)御懸想人(おほんけさうびと)(うば)はむとしたまひける、おほけなく心幼(こころをさな)きこと。めでたからむ御娘(みむすめ)をば、(えう)ぜさせたまふ君達(きみたち)あらじ。(いや)しく(こと)やうならむなにがしらが女子(をんなご)をぞ、いやしうも(たづ)ねのたまふめれ。かしこく(おも)(くはだ)てられけれど、もはら本意(ほい)なしとて、(ほか)ざまへ(おも)ひなりたまふべかなれば、(おな)じくはと(おも)ひてなむ、さらば御心(みこころ)、と(ゆる)(まう)しつる」 "われおもへだてて、あこおほんけさうびとうばはんとしたまひける、おほけなくこころをさなきこと。めでたからんみむすめをば、えうぜさせたまふきみたちあらじ。いやしくことやうならんなにがしらがをんなごをぞ、いやしうもたづねのたまふめれ。かしこくおもくはだてられけれど、もはらほいなしとて、ほかざまへおもひなりたまふべかなれば、おなじくはとおもひてなん、さらばみこころ、とゆるまうしつる。"
501.8.7195163 など、あやしく(あう)なく、(ひと)(おも)はむところも()らぬ(ひと)にて、()()らしゐたり。 など、あやしくあうなく、ひとおもはんところもらぬひとにて、らしゐたり。
501.8.8196164 (きた)(かた)、あきれて(もの)()はれで、とばかり(おも)ふに、心憂(こころう)さをかき(つら)ね、(なみだ)()ちぬばかり(おも)(つづ)けられて、やをら()ちぬ。 きたかた、あきれてものはれで、とばかりおもふに、こころうさをかきつらね、なみだちぬばかりおもつづけられて、やをらちぬ。
502197165第二章 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる
502.1198166第一段 浮舟の母と乳母の嘆き
502.1.1199167 こなたに(わた)りて()るに、いとらうたげにをかしげにて()たまへるに、「さりとも、(ひと)には(おと)りたまはじ」とは(おも)(なぐさ)む。乳母(めのと)二人(ふたり) こなたにわたりてるに、いとらうたげにをかしげにてたまへるに、"さりとも、ひとにはおとりたまはじ。"とはおもなぐさむ。めのとふたり
502.1.2200168 心憂(こころう)きものは(ひと)(こころ)なりけり。おのれは、(おな)じごと(おも)(あつか)ふとも、この(きみ)のゆかりと(おも)はむ(ひと)のためには、(いのち)をも(ゆづ)りつべくこそ(おも)へ、(おや)なしと()きあなづりて、まだ(をさな)くなりあはぬ(ひと)を、さし()えて、かくは()ひなるべしや。 "こころうきものはひとこころなりけり。おのれは、おなじごとおもあつかふとも、このきみのゆかりとおもはんひとのためには、いのちをもゆづりつべくこそおもへ、おやなしときあなづりて、まだをさなくなりあはぬひとを、さしえて、かくはひなるべしや。
502.1.3201169 かく心憂(こころう)く、(ちか)きあたりに()()かじと(おも)ひぬれど、(かみ)のかくおもだたしきことに(おも)ひて、()()(さわ)ぐめれば、あひあひにたる()(ひと)のありさまを、すべてかかることに口入(くちい)れじと(おも)ふ。いかでここならぬ(ところ)に、しばしありにしがな」 かくこころうく、ちかきあたりにかじとおもひぬれど、かみのかくおもだたしきことにおもひて、さわぐめれば、あひあひにたるひとのありさまを、すべてかかることにくちいれじとおもふ。いかでここならぬところに、しばしありにしがな。"
502.1.4202170 とうち(なげ)きつつ()ふ。乳母(めのと)もいと腹立(はらだ)たしく、「わが(きみ)をかく()としむること」と(おも)ふに、 とうちなげきつつふ。めのともいとはらだたしく、"わがきみをかくとしむること。"とおもふに、
502.1.5203171 (なに)か、これも御幸(おほんさいは)ひにて(たが)ふこととも()らず。かく心口惜(こころくちを)しくいましける(きみ)なれば、あたら(おほん)さまをも見知(みし)らざらまし。わが(きみ)をば、(こころ)ばせあり、もの(おも)()りたらむ(ひと)にこそ、()せたてまつらまほしけれ。 "なにか、これもおほんさいはひにてたがふことともらず。かくこころくちをしくいましけるきみなれば、あたらおほんさまをもみしらざらまし。わがきみをば、こころばせあり、ものおもりたらんひとにこそ、せたてまつらまほしけれ。
502.1.6204172 大将殿(だいしゃうどの)(おほん)さま容貌(かたち)の、ほのかに()たてまつりしに、さも命延(いのちの)ぶる心地(ここち)のしはべりしかな。あはれにはた()こえたまふなり。御宿世(おほんすくせ)にまかせて、(おぼ)()りねかし」 だいしゃうどのおほんさまかたちの、ほのかにたてまつりしに、さもいのちのぶるここちのしはべりしかな。あはれにはたこえたまふなり。おほんすくせにまかせて、おぼりねかし。"
502.1.7205173 ()へば、 へば、
502.1.8206174 「あな、(おそ)ろしや。(ひと)()ふを()けば、(とし)ごろ、おぼろけならむ(ひと)をば()じとのたまひて、(みぎ)大殿(おほとの)按察使大納言(あぜちのだいなごん)式部卿宮(しきぶきゃうのみや)などの、いとねむごろにほのめかしたまひけれど、()()ぐして、(みかど)(おほん)かしづき(むすめ)()たまへる(きみ)は、いかばかりの(ひと)かまめやかには(おぼ)さむ。 "あな、おそろしや。ひとふをけば、としごろ、おぼろけならんひとをばじとのたまひて、みぎおほとのあぜちのだいなごんしきぶきゃうのみやなどの、いとねんごろにほのめかしたまひけれど、ぐして、みかどおほんかしづきむすめたまへるきみは、いかばかりのひとかまめやかにはおぼさん。
502.1.9207175 かの母宮(ははみや)などの御方(おほんかた)にあらせて、時々(ときどき)()むとは(おぼ)しもしなむ、それはた、げにめでたき(おほん)あたりなれども、いと胸痛(むねいた)かるべきことなり。(みや)(うへ)の、かく(さいは)(びと)(まう)すなれど、もの(おも)はしげに(おぼ)したるを()れば、いかにもいかにも、二心(ふたごころ)なからむ(ひと)のみこそ、めやすく(たの)もしきことにはあらめ。わが()にても()りにき。 かのははみやなどのおほんかたにあらせて、ときどきんとはおぼしもしなん、それはた、げにめでたきおほんあたりなれども、いとむねいたかるべきことなり。みやうへの、かくさいはびとまうすなれど、ものおもはしげにおぼしたるをれば、いかにもいかにも、ふたごころなからんひとのみこそ、めやすくたのもしきことにはあらめ。わがにてもりにき。
502.1.10208176 故宮(こみや)(おほん)ありさまは、いと(なさ)(なさ)けしく、めでたくをかしくおはせしかど、人数(ひとかず)にも(おぼ)さざりしかば、いかばかりかは心憂(こころう)くつらかりし。このいと()ふかひなく、(なさ)けなく、さま()しき(ひと)なれど、ひたおもむきに二心(ふたごころ)なきを()れば、(こころ)やすくて(とし)ごろをも()ぐしつるなり。 こみやおほんありさまは、いとなさなさけしく、めでたくをかしくおはせしかど、ひとかずにもおぼさざりしかば、いかばかりかはこころうくつらかりし。このいとふかひなく、なさけなく、さましきひとなれど、ひたおもむきにふたごころなきをれば、こころやすくてとしごろをもぐしつるなり。
502.1.11209177 をりふしの(こころ)ばへの、かやうに愛敬(あいぎゃう)なく用意(ようい)なきことこそ(にく)けれ、(なげ)かしく(うら)めしきこともなく、かたみにうちいさかひても、(こころ)にあはぬことをばあきらめつ。上達部(かんだちめ)親王(みこ)たちにて、みやびかに心恥(こころは)づかしき(ひと)(おほん)あたりといふとも、わが(かず)ならでは甲斐(かひ)あらじ。 をりふしのこころばへの、かやうにあいぎゃうなくよういなきことこそにくけれ、なげかしくうらめしきこともなく、かたみにうちいさかひても、こころにあはぬことをばあきらめつ。かんだちめみこたちにて、みやびかにこころはづかしきひとおほんあたりといふとも、わがかずならではかひあらじ。
502.1.12210178 よろづのこと、わが()からなりけりと(おも)へば、よろづに(かな)しうこそ()たてまつれ。いかにして、人笑(ひとわら)へならずしたてたてまつらむ」 よろづのこと、わがからなりけりとおもへば、よろづにかなしうこそたてまつれ。いかにして、ひとわらへならずしたてたてまつらん。"
502.1.13211179 (かた)らふ。 かたらふ。
502.2212180第二段 継父常陸介、実娘の結婚の準備
502.2.1213181 (かみ)(いそ)ぎたちて、 かみいそぎたちて、
502.2.2214182 女房(にょうばう)など、こなたにめやすきあまたあなるを、このほどは、あらせたまへ。やがて、(ちゃう)なども(あたら)しく仕立(した)てられためる(かた)を、(こと)にはかになりにためれば、()(わた)し、とかく(あらた)むまじ」 "にょうばうなど、こなたにめやすきあまたあなるを、このほどは、あらせたまへ。やがて、ちゃうなどもあたらしくしたてられためるかたを、ことにはかになりにためれば、わたし、とかくあらたむまじ。"
502.2.3215183 とて、西(にし)(かた)()て、()()、とかくしつらひ(さわ)ぐ。めやすきさまにさはらかに、あたりあたりあるべき(かぎ)りしたる(ところ)を、さかしらに屏風(びゃうぶ)ども()()て、いぶせきまで()(あつ)めて、厨子二階(づしにかい)など、あやしきまでし(くは)へて、(こころ)をやりて(いそ)げば、(きた)方見苦(かたみぐる)しく()れど、口入(くちい)れじと()ひてしかば、ただに見聞(みき)く。御方(おほんかた)は、北面(きたおもて)()たり。 とて、にしかたて、、とかくしつらひさわぐ。めやすきさまにさはらかに、あたりあたりあるべきかぎりしたるところを、さかしらにびゃうぶどもて、いぶせきまであつめて、づしにかいなど、あやしきまでしくはへて、こころをやりていそげば、きたかたみぐるしくれど、くちいれじとひてしかば、ただにみきく。おほんかたは、きたおもてたり。
502.2.4216185 (ひと)御心(みこころ)は、見知(みし)()てぬ。ただ(おな)()なれば、さりとも、いとかくは(おも)(はな)ちたまはじとこそ(おも)ひつれ。さはれ、()(はは)なき()は、なくやはある」 "ひとみこころは、みしてぬ。ただおななれば、さりとも、いとかくはおもはなちたまはじとこそおもひつれ。さはれ、ははなきは、なくやはある。"
502.2.5217186 とて、(むすめ)を、(ひる)より乳母(めのと)二人(ふたり)()でつくろひ()てたれば、(にく)げにもあらず、十五(じふご)(ろく)のほどにて、いと(ちひ)さやかにふくらかなる(ひと)の、(かみ)うつくしげにて小袿(こうちき)のほどなり、(すそ)いとふさやかなり。これをいとめでたしと(おも)ひて、()でつくろふ。 とて、むすめを、ひるよりめのとふたりでつくろひてたれば、にくげにもあらず、じふごろくのほどにて、いとちひさやかにふくらかなるひとの、かみうつくしげにてこうちきのほどなり、すそいとふさやかなり。これをいとめでたしとおもひて、でつくろふ。
502.2.6218187 (なに)か、(ひと)(こと)ざまに(おも)(かま)へられける(ひと)をしも、と(おも)へど、人柄(ひとがら)のあたらしく、警策(けうざく)にものしたまふ(きみ)なれば、(われ)(われ)もと、婿(むこ)()らまほしくする(ひと)(おほ)かなるに、()られなむも口惜(くちを)しくてなむ」 "なにか、ひとことざまにおもかまへられけるひとをしも、とおもへど、ひとがらのあたらしく、けうざくにものしたまふきみなれば、われわれもと、むこらまほしくするひとおほかなるに、られなんもくちをしくてなん。"
502.2.7219188 と、かの仲人(なかうど)にはかられて()ふもいとをこなり。男君(をとこぎみ)も、「このほどのいかめしく(おも)ふやうなること」と、よろづの(つみ)あるまじう(おも)ひて、その()()へず()そめぬ。 と、かのなかうどにはかられてふもいとをこなり。をとこぎみも、"このほどのいかめしくおもふやうなること。"と、よろづのつみあるまじうおもひて、そのへずそめぬ。
502.3220189第三段 浮舟の母、京の中君に手紙を贈る
502.3.1221190 母君(ははぎみ)御方(おほんかた)乳母(めのと)、いとあさましく(おも)ふ。ひがひがしきやうなれば、とかく見扱(みあつか)ふも(こころ)づきなければ、(みや)(きた)(かた)(おほん)もとに、御文(おほんふみ)たてまつる。 ははぎみおほんかためのと、いとあさましくおもふ。ひがひがしきやうなれば、とかくみあつかふもこころづきなければ、みやきたかたおほんもとに、おほんふみたてまつる。
502.3.2222191 「そのこととはべらでは、なれなれしくやとかしこまりて、え(おも)ひたまふるままにも()こえさせぬを、つつしむべきことはべりて、しばし所変(ところか)へさせむと(おも)うたまふるに、いと(しの)びてさぶらひぬべき(かく)れの(かた)さぶらはば、いともいともうれしくなむ。(かず)ならぬ身一(みひと)つの(かげ)(かく)れもあへず、あはれなることのみ(おほ)くはべる()なれば、(たの)もしき(かた)にはまづなむ」 "そのこととはべらでは、なれなれしくやとかしこまりて、えおもひたまふるままにもこえさせぬを、つつしむべきことはべりて、しばしところかへさせんとおもうたまふるに、いとしのびてさぶらひぬべきかくれのかたさぶらはば、いともいともうれしくなん。かずならぬみひとつのかげかくれもあへず、あはれなることのみおほくはべるなれば、たのもしきかたにはまづなん。"
502.3.3223192 と、うち()きつつ()きたる(ふみ)を、あはれとは()たまひけれど、「故宮(こみや)の、さばかり(ゆる)したまはでやみにし(ひと)を、我一人残(われひとりのこ)りて、()(かた)らはむもいとつつましく、また見苦(みぐる)しきさまにて()にあぶれむも、()らず(がほ)にて()かむこそ心苦(こころぐる)しかるべけれ。ことなることなくてかたみに()りぼはむも、()(ひと)(おほん)ために見苦(みぐる)しかるべきわざ」を(おぼ)しわづらふ。 と、うちきつつきたるふみを、あはれとはたまひけれど、"こみやの、さばかりゆるしたまはでやみにしひとを、われひとりのこりて、かたらはんもいとつつましく、またみぐるしきさまにてにあぶれんも、らずがほにてかんこそこころぐるしかるべけれ。ことなることなくてかたみにりぼはんも、ひとおほんためにみぐるしかるべきわざ。"をおぼしわづらふ。
502.3.4224193 大輔(たいふ)がもとにも、いと心苦(こころぐる)しげに()ひやりたりければ、 たいふがもとにも、いとこころぐるしげにひやりたりければ、
502.3.5225194 「さるやうこそははべらめ。人憎(ひとにく)くはしたなくも、なのたまはせそ。かかる(おと)りの(もの)の、(ひと)御中(おほんなか)()じりたまふも、()(つね)のことなり」 "さるやうこそははべらめ。ひとにくくはしたなくも、なのたまはせそ。かかるおとりのものの、ひとおほんなかじりたまふも、つねのことなり。"
502.3.6226195 など()こえて、 などこえて、
502.3.7227196 「さらば、かの西(にし)(かた)に、(かく)ろへたる(ところ)()でて、いとむつかしげなめれど、さても()ぐいたまひつべくは、しばしのほど」 "さらば、かのにしかたに、かくろへたるところでて、いとむつかしげなめれど、さてもぐいたまひつべくは、しばしのほど。"
502.3.8228197 ()ひつかはしつ。いとうれしと(おも)ほして、人知(ひとし)れず()()つ。御方(おほんかた)も、かの(おほん)あたりをば、(むつ)びきこえまほしと(おも)(こころ)なれば、なかなか、かかることどもの()()たるを、うれしと(おも)ふ。 ひつかはしつ。いとうれしとおもほして、ひとしれずつ。おほんかたも、かのおほんあたりをば、むつびきこえまほしとおもこころなれば、なかなか、かかることどものたるを、うれしとおもふ。
502.4229198第四段 母、浮舟を匂宮邸に連れ出す
502.4.1230199 (かみ)少将(せうしゃう)(あつか)ひを、いかばかりめでたきことをせむと(おも)ふに、そのきらきらしかるべきことも()らぬ(こころ)には、ただ、あららかなる東絹(あづまぎぬ)どもを、()しまろがして()()でつ。()(もの)も、所狭(ところせ)きまでなむ(はこ)()でてののしりける。 かみせうしゃうあつかひを、いかばかりめでたきことをせんとおもふに、そのきらきらしかるべきこともらぬこころには、ただ、あららかなるあづまぎぬどもを、しまろがしてでつ。ものも、ところせきまでなんはこでてののしりける。
502.4.2231200 下衆(げす)などは、それをいとかしこき(なさ)けに(おも)ひければ、(きみ)も、「いとあらまほしく、(こころ)かしこく()()りにけり」と(おも)ひけり。(きた)(かた)、「このほどを見捨(みす)てて()らざらむもひがみたらむ」と(おも)(ねん)じて、ただするままにまかせて()ゐたり。 げすなどは、それをいとかしこきなさけにおもひければ、きみも、"いとあらまほしく、こころかしこくりにけり。"とおもひけり。きたかた、"このほどをみすててらざらんもひがみたらん。"とおもねんじて、ただするままにまかせてゐたり。
502.4.3232201 客人(まらうと)御出居(おほんでゐ)(さぶら)ひとしつらひ(さわ)げば、(いへ)(ひろ)けれど、源少納言(げんせうなごん)(ひんがし)(たい)には()む、男子(をのこご)などの(おほ)かるに、(ところ)もなし。この御方(おほんかた)客人住(まらうとす)みつきぬれば、(らう)などほとりばみたらむに()ませたてまつらむも、()かずいとほしくおぼえて、とかく(おも)ひめぐらすほど、(みや)にとは(おも)ふなりけり。 まらうとおほんでゐさぶらひとしつらひさわげば、いへひろけれど、げんせうなごんひんがしたいにはむ、をのこごなどのおほかるに、ところもなし。このおほんかたまらうとすみつきぬれば、らうなどほとりばみたらんにませたてまつらんも、かずいとほしくおぼえて、とかくおもひめぐらすほど、みやにとはおもふなりけり。
502.4.4233202 「この御方(おほんかた)ざまに、(かず)まへたまふ(ひと)のなきを、あなづるなめり」と(おも)へば、ことに(ゆる)いたまはざりしあたりを、あながちに(まゐ)らず。乳母(めのと)(わか)(ひと)びと、(ふたり)三人(みたり)ばかりして、西(にし)(ひさし)(きた)()りて、(ひと)(とほ)(かた)(つぼね)したり。 "このおほんかたざまに、かずまへたまふひとのなきを、あなづるなめり。"とおもへば、ことにゆるいたまはざりしあたりを、あながちにまゐらず。めのとわかひとびと、ふたりみたりばかりして、にしひさしきたりて、ひととほかたつぼねしたり。
502.4.5234203 (とし)ごろ、かくはかなかりつれど、(うと)(おぼ)すまじき(ひと)なれば、(まゐ)(とき)()ぢたまはず、いとあらまほしく、けはひことにて、若君(わかぎみ)御扱(おほんあつか)ひをしておはする(おほん)ありさま、うらやましくおぼゆるもあはれなり。 としごろ、かくはかなかりつれど、うとおぼすまじきひとなれば、まゐときぢたまはず、いとあらまほしく、けはひことにて、わかぎみおほんあつかひをしておはするおほんありさま、うらやましくおぼゆるもあはれなり。
502.4.6235204 (われ)も、故北(こきた)(かた)には、(はな)れたてまつるべき(ひと)かは。(つか)うまつるといひしばかりに、(かず)まへられたてまつらず、口惜(くちを)しくて、かく(ひと)にはあなづらるる」 "われも、こきたかたには、はなれたてまつるべきひとかは。つかうまつるといひしばかりに、かずまへられたてまつらず、くちをしくて、かくひとにはあなづらるる。"
502.4.7236205 (おも)ふには、かくしひて(むつ)びきこゆるもあぢきなし。ここには、御物忌(おほんものいみ)()ひてければ、(ひと)(かよ)はず。(ふつか)三日(みか)ばかり母君(ははぎみ)もゐたり。こたみは、(こころ)のどかにこの()ありさまを()る。 おもふには、かくしひてむつびきこゆるもあぢきなし。ここには、おほんものいみひてければ、ひとかよはず。ふつかみかばかりははぎみもゐたり。こたみは、こころのどかにこのありさまをる。
502.5237206第五段 浮舟の母、匂宮と中君夫妻を垣間見る
502.5.1238207 宮渡(みやわた)りたまふ。ゆかしくてもののはさまより()れば、いときよらに、(さくら)()りたるさましたまひて、わが(たの)もし(びと)(おも)ひて、(うら)めしけれど、(こころ)には(たが)はじと(おも)常陸守(ひたちのかみ)より、さま容貌(かたち)(ひと)のほども、こよなく()ゆる五位四位(ごゐしゐ)ども、あひひざまづきさぶらひて、このことかのことと、あたりあたりのことども、家司(けいし)どもなど(まう)す。 みやわたりたまふ。ゆかしくてもののはさまよりれば、いときよらに、さくらりたるさましたまひて、わがたのもしびとおもひて、うらめしけれど、こころにはたがはじとおもひたちのかみより、さまかたちひとのほども、こよなくゆるごゐしゐども、あひひざまづきさぶらひて、このことかのことと、あたりあたりのことども、けいしどもなどまうす。
502.5.2239208 また(わか)やかなる五位(ごゐ)ども、(かほ)()らぬどもも(おほ)かり。わが継子(ままこ)式部丞(しきぶのぞう)にて蔵人(くらうど)なる、内裏(うち)御使(おほんつかひ)にて(まゐ)れり。(おほん)あたりにもえ(ちか)(まゐ)らず。こよなき(ひと)(おほん)けはひを、 またわかやかなるごゐども、かほらぬどももおほかり。わがままこしきぶのぞうにてくらうどなる、うちおほんつかひにてまゐれり。おほんあたりにもえちかまゐらず。こよなきひとおほんけはひを、
502.5.3240209 「あはれ、こは何人(なにびと)ぞ。かかる(おほん)あたりにおはするめでたさよ。よそに(おも)(とき)は、めでたき(ひと)びとと()こゆとも、つらき目見(めみ)せたまはばと、もの()()(はか)りきこえさせつらむあさましさよ。この(おほん)ありさま容貌(かたち)()れば、七夕(たなばた)ばかりにても、かやうに()たてまつり(かよ)はむは、いといみじかるべきわざかな」 "あはれ、こはなにびとぞ。かかるおほんあたりにおはするめでたさよ。よそにおもときは、めでたきひとびととこゆとも、つらきめみせたまはばと、ものはかりきこえさせつらんあさましさよ。このおほんありさまかたちれば、たなばたばかりにても、かやうにたてまつりかよはんは、いといみじかるべきわざかな。"
502.5.4241210 (おも)ふに、若君抱(わかぎみいだ)きてうつくしみおはす。女君(をんなぎみ)(みじか)几帳(きちゃう)(へだ)てておはするを、()しやりて、ものなど()こえたまふ御容貌(おほんかたち)ども、いときよらに似合(にあ)ひたり。故宮(こみや)(さび)しくおはせし(おほん)ありさまを(おも)(くら)ぶるに、「(みや)たちと()こゆれど、いとこよなきわざにこそありけれ」とおぼゆ。 おもふに、わかぎみいだきてうつくしみおはす。をんなぎみみじかきちゃうへだてておはするを、しやりて、ものなどこえたまふおほんかたちども、いときよらににあひたり。こみやさびしくおはせしおほんありさまをおもくらぶるに、"みやたちとこゆれど、いとこよなきわざにこそありけれ。"とおぼゆ。
502.5.5242211 几帳(きちゃう)(うち)()りたまひぬれば、若君(わかぎみ)は、(わか)(ひと)乳母(めのと)などもてあそびきこゆ。(ひと)びと(まゐ)(あつ)まれど、(なや)ましとて、大殿籠(おほとのご)もり()らしつ。御台(みだい)こなたに(まゐ)る。よろづのこと気高(けだか)く、(こころ)ことに()ゆれば、わがいみじきことを()くすと見思(みおも)へど、「なほなほしき(ひと)のあたりは、口惜(くちを)しかりけり」と(おも)ひなりぬれば、「わが(むすめ)も、かやうにてさし(なら)べたらむには、かたはならじかし。(いきほ)ひを(たの)みて、(ちち)ぬしの、(きさき)にもなしてむと(おも)ひたる(ひと)びと、(おな)じわが()ながら、けはひこよなきを(おも)ふも、なほ(いま)よりのちも、(こころ)(たか)くつかふべかりけり」と、夜一夜(よひとよ)あらまし(がた)(おも)(つづ)けらる。 きちゃううちりたまひぬれば、わかぎみは、わかひとめのとなどもてあそびきこゆ。ひとびとまゐあつまれど、なやましとて、おほとのごもりらしつ。みだいこなたにまゐる。よろづのことけだかく、こころことにゆれば、わがいみじきことをくすとみおもへど、"なほなほしきひとのあたりは、くちをしかりけり。"とおもひなりぬれば、"わがむすめも、かやうにてさしならべたらんには、かたはならじかし。いきほひをたのみて、ちちぬしの、きさきにもなしてんとおもひたるひとびと、おなじわがながら、けはひこよなきをおもふも、なほいまよりのちも、こころたかくつかふべかりけり。"と、よひとよあらましがたおもつづけらる。
502.6243212第六段 浮舟の母、左近少将を垣間見て失望
502.6.1244213 (みや)()たけて()きたまひて、 みやたけてきたまひて、
502.6.2245215 (きさい)(みや)(れい)の、(なや)ましくしたまへば、(まゐ)るべし」 "きさいみやれいの、なやましくしたまへば、まゐるべし。"
502.6.3246216 とて、御装束(おほんさうぞく)などしたまひておはす。ゆかしうおぼえて(のぞ)けば、うるはしくひきつくろひたまへる、はた、()るものなく気高(けだか)愛敬(あいぎゃう)づききよらにて、若君(わかぎみ)をえ見捨(みす)てたまはで(あそ)びおはす。御粥(おほんかゆ)強飯(こはいひ)など(まゐ)りてぞ、こなたより()でたまふ。 とて、おほんさうぞくなどしたまひておはす。ゆかしうおぼえてのぞけば、うるはしくひきつくろひたまへる、はた、るものなくけだかあいぎゃうづききよらにて、わかぎみをえみすてたまはであそびおはす。おほんかゆこはいひなどまゐりてぞ、こなたよりでたまふ。
502.6.4247217 今朝(けさ)より(まゐ)りて、さぶらひの(かた)にやすらひける(ひと)びと、(いま)(まゐ)りてものなど()こゆる(なか)に、きよげだちて、なでふことなき(ひと)のすさまじき(かほ)したる、直衣着(なほしき)太刀佩(たちは)きたるあり。御前(おまへ)にて(なに)とも()えぬを、 けさよりまゐりて、さぶらひのかたにやすらひけるひとびと、いままゐりてものなどこゆるなかに、きよげだちて、なでふことなきひとのすさまじきかほしたる、なほしきたちはきたるあり。おまへにてなにともえぬを、
502.6.5248218 「かれぞ、この常陸守(ひたちのかみ)婿(むこ)少将(せうしゃう)な。(はじ)めは御方(おほんかた)にと(さだ)めけるを、(かみ)(むすめ)()てこそいたはられめ、など()ひて、かしけたる()(わらは)()たるななり」 "かれぞ、このひたちのかみむこせうしゃうな。はじめはおほんかたにとさだめけるを、かみむすめてこそいたはられめ、などひて、かしけたるわらはたるななり。"
502.6.6249219 「いさ、この(おほん)あたりの(ひと)はかけても()はず。かの(きみ)(かた)より、よく()くたよりのあるぞ」 "いさ、このおほんあたりのひとはかけてもはず。かのきみかたより、よくくたよりのあるぞ。"
502.6.7250220 など、おのがどち()ふ。()くらむとも()らで、(ひと)のかく()ふにつけても、(むね)つぶれて、少将(せうしゃう)をめやすきほどと(おも)ひける(こころ)口惜(くちを)しく、「げに、ことなることなかるべかりけり」と(おも)ひて、いとどしくあなづらはしく(おも)ひなりぬ。 など、おのがどちふ。くらんともらで、ひとのかくふにつけても、むねつぶれて、せうしゃうをめやすきほどとおもひけるこころくちをしく、"げに、ことなることなかるべかりけり。"とおもひて、いとどしくあなづらはしくおもひなりぬ。
502.6.8251221 若君(わかぎみ)のはひ()でて、御簾(みす)のつまよりのぞきたまへるを、うち()たまひて、()(かへ)()りおはしたり。 わかぎみのはひでて、みすのつまよりのぞきたまへるを、うちたまひて、かへりおはしたり。
502.6.9252222 御心地(みここち)よろしく()えたまはば、やがてまかでなむ。なほ(くる)しくしたまはば、今宵(こよひ)宿直(とのゐ)にぞ。(いま)は、一夜(ひとよ)(へだ)つるもおぼつかなきこそ(くる)しけれ」 "みここちよろしくえたまはば、やがてまかでなん。なほくるしくしたまはば、こよひとのゐにぞ。いまは、ひとよへだつるもおぼつかなきこそくるしけれ。"
502.6.10253223 とて、しばし(なぐさ)(あそ)ばして、()でたまひぬるさまの、(かへ)(がへ)()るとも()るとも、()くまじく、(にほ)ひやかにをかしければ、()でたまひぬる名残(なごり)、さうざうしくぞ(なが)めらるる。 とて、しばしなぐさあそばして、でたまひぬるさまの、かへがへるともるとも、くまじく、にほひやかにをかしければ、でたまひぬるなごり、さうざうしくぞながめらるる。
503254224第三章 浮舟の物語 浮舟の母、中君に娘の浮舟を託す
503.1255225第一段 浮舟の母、中君と談話す
503.1.1256226 女君(をんなぎみ)御前(おまへ)()()て、いみじくめでたてまつれば、田舎(ゐなか)びたる、と(おぼ)して(わら)ひたまふ。 をんなぎみおまへて、いみじくめでたてまつれば、ゐなかびたる、とおぼしてわらひたまふ。
503.1.2257227 故上(こうへ)()せたまひしほどは、()ふかひなく(をさな)(おほん)ほどにて、いかにならせたまはむと、()たてまつる(ひと)も、故宮(こみや)(おぼ)(なげ)きしを、こよなき御宿世(おほんすくせ)のほどなりければ、さる(やま)ふところのなかにも、()()でさせたまひしにこそありけれ。口惜(くちを)しく、故姫君(こひめぎみ)のおはしまさずなりにたるこそ、()かぬことなれ」 "こうへせたまひしほどは、ふかひなくをさなおほんほどにて、いかにならせたまはんと、たてまつるひとも、こみやおぼなげきしを、こよなきおほんすくせのほどなりければ、さるやまふところのなかにも、でさせたまひしにこそありけれ。くちをしく、こひめぎみのおはしまさずなりにたるこそ、かぬことなれ。"
503.1.3258228 など、うち()きつつ()こゆ。(きみ)もうち()きたまひて、 など、うちきつつこゆ。きみもうちきたまひて、
503.1.4259229 ()(なか)(うら)めしく心細(こころぼそ)折々(をりをり)も、またかくながらふれば、すこしも(おも)(なぐさ)めつべき(をり)もあるを、いにしへ(たの)みきこえける(かげ)どもに(おく)れたてまつりけるは、なかなかに()(つね)(おも)ひなされて、()たてまつり()らずなりにければ、あるを、なほこの(おほん)ことは、()きせずいみじくこそ。大将(だいしゃう)の、よろづのことに(こころ)(うつ)らぬよしを(うれ)へつつ、(あさ)からぬ御心(みこころ)のさまを()るにつけても、いとこそ口惜(くちを)しけれ」 "なかうらめしくこころぼそをりをりも、またかくながらふれば、すこしもおもなぐさめつべきをりもあるを、いにしへたのみきこえけるかげどもにおくれたてまつりけるは、なかなかにつねおもひなされて、たてまつりらずなりにければ、あるを、なほこのおほんことは、きせずいみじくこそ。だいしゃうの、よろづのことにこころうつらぬよしをうれへつつ、あさからぬみこころのさまをるにつけても、いとこそくちをしけれ。"
503.1.5260230 とのたまへば、 とのたまへば、
503.1.6261231 大将殿(だいしゃうどの)は、さばかり()にためしなきまで、(みかど)のかしづき(おぼ)したなるに、(こころ)おごりしたまふらむかし。おはしまさましかば、なほこのこと、せかれしもしたまはざらましや」 "だいしゃうどのは、さばかりにためしなきまで、みかどのかしづきおぼしたなるに、こころおごりしたまふらんかし。おはしまさましかば、なほこのこと、せかれしもしたまはざらましや。"
503.1.7262232 など()こゆ。 などこゆ。
503.1.8263233 「いさや、やうのものと、人笑(ひとわら)はれなる心地(ここち)せましも、なかなかにやあらまし。見果(みは)てぬにつけて、(こころ)にくくもある()にこそ、と(おも)へど、かの(きみ)は、いかなるにかあらむ、あやしきまでもの(わす)れせず、故宮(こみや)御後(おほんのち)()をさへ、(おも)ひやり(ふか)後見(うしろみ)ありきたまふめる」 "いさや、やうのものと、ひとわらはれなるここちせましも、なかなかにやあらまし。みはてぬにつけて、こころにくくもあるにこそ、とおもへど、かのきみは、いかなるにかあらん、あやしきまでものわすれせず、こみやおほんのちをさへ、おもひやりふかうしろみありきたまふめる。"
503.1.9264234 など、(こころ)うつくしう(かた)りたまふ。 など、こころうつくしうかたりたまふ。
503.1.10265235 「かの()ぎにし御代(おほんか)はりに(たづ)ねて()むと、この(かず)ならぬ(ひと)をさへなむ、かの(べん)尼君(あまぎみ)にはのたまひける。さもやと、(おも)うたまへ()るべきことにははべらねど、一本(ひともと)ゆゑにこそはと、かたじけなけれど、あはれになむ(おも)うたまへらるる御心深(みこころふか)さなる」 "かのぎにしおほんかはりにたづねてんと、このかずならぬひとをさへなん、かのべんあまぎみにはのたまひける。さもやと、おもうたまへるべきことにははべらねど、ひともとゆゑにこそはと、かたじけなけれど、あはれになんおもうたまへらるるみこころふかさなる。"
503.1.11266236 など()ふついでに、この(きみ)をもてわづらふこと、()()(かた)る。 などふついでに、このきみをもてわづらふこと、かたる。
503.2267237第二段 浮舟の母、娘の不運を訴える
503.2.1268238 こまかにはあらねど、(ひと)()きけりと(おも)ふに、少将(せうしゃう)(おも)ひあなづりけるさまなどほのめかして、 こまかにはあらねど、ひときけりとおもふに、せうしゃうおもひあなづりけるさまなどほのめかして、
503.2.2269239 (いのち)はべらむ(かぎ)りは、(なに)か、朝夕(あさゆふ)(なぐさ)めぐさにて見過(みす)ぐしつべし。うち()てはべりなむのちは、(おも)はずなるさまに()りぼひはべらむが(かな)しさに、(あま)になして、(ふか)(やま)にやし()ゑて、さる(かた)()(なか)(おも)()えてはべらましなどなむ、(おも)うたまへわびては、(おも)()りはべる」 "いのちはべらんかぎりは、なにか、あさゆふなぐさめぐさにてみすぐしつべし。うちてはべりなんのちは、おもはずなるさまにりぼひはべらんがかなしさに、あまになして、ふかやまにやしゑて、さるかたなかおもえてはべらましなどなん、おもうたまへわびては、おもりはべる。"
503.2.3270240 など()ふ。 などふ。
503.2.4271241 「げに、心苦(こころぐる)しき(おほん)ありさまにこそはあなれど、(なに)か、(ひと)にあなづらるる(おほん)ありさまは、かやうになりぬる(ひと)のさがにこそ。さりとても、()へぬわざなりければ、むげにその(かた)(おも)ひおきてたまへりし()だに、かく(こころ)より(ほか)にながらふれば、まいていとあるまじき(おほん)ことなり。やついたまはむも、いとほしげなる(おほん)さまにこそ」 "げに、こころぐるしきおほんありさまにこそはあなれど、なにか、ひとにあなづらるるおほんありさまは、かやうになりぬるひとのさがにこそ。さりとても、へぬわざなりければ、むげにそのかたおもひおきてたまへりしだに、かくこころよりほかにながらふれば、まいていとあるまじきおほんことなり。やついたまはんも、いとほしげなるおほんさまにこそ。"
503.2.5272242 など、いと大人(おとな)びてのたまへば、母君(ははぎみ)、いとうれしと(おも)ひたり。ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたく()()ぎにたるなむ、常陸殿(ひたちどの)とは()えける。 など、いとおとなびてのたまへば、ははぎみ、いとうれしとおもひたり。ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたくぎにたるなん、ひたちどのとはえける。
503.2.6273243 故宮(こみや)の、つらう(なさ)けなく(おぼ)(はな)ちたりしに、いとど(ひと)げなく、(ひと)にもあなづられたまふと()たまふれど、かう()こえさせ御覧(ごらん)ぜらるるにつけてなむ、いにしへの()さも(なぐさ)みはべる」 "こみやの、つらうなさけなくおぼはなちたりしに、いとどひとげなく、ひとにもあなづられたまふとたまふれど、かうこえさせごらんぜらるるにつけてなん、いにしへのさもなぐさみはべる。"
503.2.7274244 など、(とし)ごろの物語(ものがたり)浮島(うきしま)のあはれなりしことも()こえ()づ。 など、としごろのものがたりうきしまのあはれなりしこともこえづ。
503.2.8275245 「わが身一(みひと)つのとのみ、()()はする(ひと)もなき筑波山(つくばやま)のありさまも、かくあきらめきこえさせて、いつも、いとかくてさぶらはまほしく(おも)ひたまへなりはべりぬれど、かしこにはよからぬあやしの(もの)ども、いかにたち(さわ)(もと)めはべらむ。さすがに(こころ)あわたたしく(おも)ひたまへらるる。かかるほどのありさまに()をやつすは、口惜(くちを)しきものになむはべりけると、()にも(おも)()らるるを、この(きみ)は、ただ(まか)せきこえさせて、()りはべらじ」 "わがみひとつのとのみ、はするひともなきつくばやまのありさまも、かくあきらめきこえさせて、いつも、いとかくてさぶらはまほしくおもひたまへなりはべりぬれど、かしこにはよからぬあやしのものども、いかにたちさわもとめはべらん。さすがにこころあわたたしくおもひたまへらるる。かかるほどのありさまにをやつすは、くちをしきものになんはべりけると、にもおもらるるを、このきみは、ただまかせきこえさせて、りはべらじ。"
503.2.9276246 など、かこちきこえかくれば、「げに、見苦(みぐる)しからでもあらなむ」と()たまふ。 など、かこちきこえかくれば、"げに、みぐるしからでもあらなん。"とたまふ。
503.3277247第三段 浮舟の母、薫を見て感嘆す
503.3.1278248 容貌(かたち)(こころ)ざまも、え(にく)むまじうらうたげなり。もの()ぢもおどろおどろしからず、さまよう()めいたるものから、かどなからず、(ちか)くさぶらふ(ひと)びとにも、いとよく(かく)れてゐたまへり。ものなど()ひたるも、(むかし)(ひと)(おほん)さまに、あやしきまでおぼえたてまつりてぞあるや。かの人形求(ひとがたもと)めたまふ(ひと)()せたてまつらばやと、うち(おも)()でたまふ(をり)しも、 かたちこころざまも、えにくむまじうらうたげなり。ものぢもおどろおどろしからず、さまようめいたるものから、かどなからず、ちかくさぶらふひとびとにも、いとよくかくれてゐたまへり。ものなどひたるも、むかしひとおほんさまに、あやしきまでおぼえたてまつりてぞあるや。かのひとがたもとめたまふひとせたてまつらばやと、うちおもでたまふをりしも、
503.3.2279249 大将殿参(だいしゃうどのまゐ)りたまふ」 "だいしゃうどのまゐりたまふ。"
503.3.3280250 と、人聞(ひとき)こゆれば、(れい)の、御几帳(みきちゃう)ひきつくろひて、(こころ)づかひす。この客人(まらうと)母君(ははぎみ) と、ひときこゆれば、れいの、みきちゃうひきつくろひて、こころづかひす。このまらうとははぎみ
503.3.4281251 「いで、()たてまつらむ。ほのかに()たてまつりける(ひと)の、いみじきものに()こゆめれど、(みや)(おほん)ありさまには、え(なら)びたまはじ」 "いで、たてまつらん。ほのかにたてまつりけるひとの、いみじきものにこゆめれど、みやおほんありさまには、えならびたまはじ。"
503.3.5282252 ()へば、御前(おまへ)にさぶらふ(ひと)びと、 へば、おまへにさぶらふひとびと、
503.3.6283253 「いさや、えこそ()こえ(さだ)めね」 "いさや、えこそこえさだめね。"
503.3.7284254 ()こえあへり。 こえあへり。
503.3.8285255 「いかばかりならむ(ひと)か、(みや)をば()ちたてまつらむ」 "いかばかりならんひとか、みやをばちたてまつらん。"
503.3.9286256 など()ふほどに、「(いま)ぞ、(くるま)より()りたまふなる」と()くほど、かしかましきまで()ひののしりて、とみにも()えたまはず。()たれたまふほどに、(あゆ)()りたまふさまを()れば、げに、あなめでた、をかしげとも()えずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。 などふほどに、"いまぞ、くるまよりりたまふなる。"とくほど、かしかましきまでひののしりて、とみにもえたまはず。たれたまふほどに、あゆりたまふさまをれば、げに、あなめでた、をかしげともえずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。
503.3.10287257 すずろに()(くる)しう()づかしくて、額髪(ひたひがみ)などもひきつくろはれて、心恥(こころは)づかしげに用意多(よういおほ)く、(きは)もなきさまぞしたまへる。内裏(うち)より(まゐ)りたまへるなるべし、御前(ごぜん)どものけはひあまたして、 すずろにくるしうづかしくて、ひたひがみなどもひきつくろはれて、こころはづかしげによういおほく、きはもなきさまぞしたまへる。うちよりまゐりたまへるなるべし、ごぜんどものけはひあまたして、
503.3.11288258 昨夜(よべ)(きさい)(みや)(なや)みたまふよし(うけたまは)りて(まゐ)りたりしかば、(みや)たちのさぶらひたまはざりしかば、いとほしく()たてまつりて、(みや)御代(おほんか)はりに(いま)までさぶらひはべりつる。今朝(けさ)もいと懈怠(けたい)して(まゐ)らせたまへるを、あいなう、(おほん)あやまちに()(はか)りきこえさせてなむ」 "よべきさいみやなやみたまふよしうけたまはりてまゐりたりしかば、みやたちのさぶらひたまはざりしかば、いとほしくたてまつりて、みやおほんかはりにいままでさぶらひはべりつる。けさもいとけたいしてまゐらせたまへるを、あいなう、おほんあやまちにはかりきこえさせてなん。"
503.3.12289259 ()こえたまへば、 こえたまへば、
503.3.13290260 「げに、おろかならず、(おも)ひやり(ふか)御用意(おほんようい)になむ」 "げに、おろかならず、おもひやりふかおほんよういになん。"
503.3.14291261 とばかりいらへきこえたまふ。(みや)内裏(うち)にとまりたまひぬるを()おきて、ただならずおはしたるなめり。 とばかりいらへきこえたまふ。みやうちにとまりたまひぬるをおきて、ただならずおはしたるなめり。
503.4292262第四段 中君、薫に浮舟を勧める
503.4.1293263 (れい)の、物語(ものがたり)いとなつかしげに()こえたまふ。(こと)()れて、ただいにしへの(わす)れがたく、()(なか)のもの()くなりまさるよしを、あらはには()ひなさで、かすめ(うれ)へたまふ。 れいの、ものがたりいとなつかしげにこえたまふ。ことれて、ただいにしへのわすれがたく、なかのものくなりまさるよしを、あらはにはひなさで、かすめうれへたまふ。
503.4.2294264 「さしも、いかでか、()()(こころ)(はな)れずのみはあらむ。なほ、(あさ)からず()()めてしことの(すぢ)なれば、名残(なごり)なからじとにや」など、()なしたまへど、(ひと)()けしきはしるきものなれば、()もてゆくままに、あはれなる御心(みこころ)ざまを、岩木(いはき)ならねば、(おも)ほし()る。 "さしも、いかでか、こころはなれずのみはあらん。なほ、あさからずめてしことのすぢなれば、なごりなからじとにや。"など、なしたまへど、ひとけしきはしるきものなれば、もてゆくままに、あはれなるみこころざまを、いはきならねば、おもほしる。
503.4.3295265 (うら)みきこえたまふことも(おほ)かれば、いとわりなくうち(なげ)きて、かかる御心(みこころ)をやむる(みそぎ)をせさせたてまつらまほしく(おも)ほすにやあらむ、かの人形(ひとがた)のたまひ()でて、 うらみきこえたまふこともおほかれば、いとわりなくうちなげきて、かかるみこころをやむるみそぎをせさせたてまつらまほしくおもほすにやあらん、かのひとがたのたまひでて、
503.4.4296266 「いと(しの)びてこのわたりになむ」 "いとしのびてこのわたりになん。"
503.4.5297267 と、ほのめかしきこえたまふを、かれもなべての心地(ここち)はせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふと(うつ)らむ心地(ここち)はたせず。 と、ほのめかしきこえたまふを、かれもなべてのここちはせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふとうつらんここちはたせず。
503.4.6298268 「いでや、その本尊(ほんぞん)(ねが)()てたまふべくはこそ(たふと)からめ、時々(ときどき)(こころ)やましくは、なかなか山水(やまみづ)(にご)りぬべく」 "いでや、そのほんぞんねがてたまふべくはこそたふとからめ、ときどきこころやましくは、なかなかやまみづにごりぬべく。"
503.4.7299269 とのたまへば、()()ては、 とのたまへば、ては、
503.4.8300270 「うたての御聖心(おほんひじりごころ)や」 "うたてのおほんひじりごころや。"
503.4.9301271 と、ほのかに(わら)ひたまふも、をかしう()こゆ。 と、ほのかにわらひたまふも、をかしうこゆ。
503.4.10302272 「いで、さらば、(つた)()てさせたまへかし。この御逃(おほんのが)言葉(ことば)こそ、(おも)()づればゆゆしく」 "いで、さらば、つたてさせたまへかし。このおほんのがことばこそ、おもづればゆゆしく。"
503.4.11303273 とのたまひても、また(なみだ)ぐみぬ。 とのたまひても、またなみだぐみぬ。
503.4.12304274 ()(ひと)形代(かたしろ)ならば()()へて<BR/>(こひ)しき瀬々(せぜ)のなでものにせむ」 "〔ひとかたしろならばへて<BR/>こひしきせぜのなでものにせん〕
503.4.13305275 と、(れい)の、(たはぶ)れに()ひなして、(まぎ)らはしたまふ。 と、れいの、たはぶれにひなして、まぎらはしたまふ。
503.4.14306276 「みそぎ河瀬々(がはせぜ)()ださむなでものを<BR/>()()(かげ)()れか(たの)まむ "〔みそぎがはせぜださんなでものを<BR/>かげれかたのまん
503.4.15307277 ()()あまたに、とかや。いとほしくぞはべるや」 あまたに、とかや。いとほしくぞはべるや。"
503.4.16308278 とのたまへば、 とのたまへば、
503.4.17309279 「つひに()()は、さらなりや。いとうれたきやうなる(みづ)(あわ)にも(あらそ)ひはべるかな。かき(なが)さるるなでものは、いで、まことぞかし。いかで(なぐさ)むべきことぞ」 "つひには、さらなりや。いとうれたきやうなるみづあわにもあらそひはべるかな。かきながさるるなでものは、いで、まことぞかし。いかでなぐさむべきことぞ。"
503.4.18310280 など()ひつつ、(くら)うなるもうるさければ、かりそめにものしたる(ひと)も、あやしくと(おも)ふらむもつつましきを、 などひつつ、くらうなるもうるさければ、かりそめにものしたるひとも、あやしくとおもふらんもつつましきを、
503.4.19311281 今宵(こよひ)は、なほ、とく(かへ)りたまひね」 "こよひは、なほ、とくかへりたまひね。"
503.4.20312282 と、こしらへやりたまふ。 と、こしらへやりたまふ。
503.5313283第五段 浮舟の母、娘に貴人の婿を願う
503.5.1314284 「さらば、その客人(まらうと)に、かかる(こころ)(ねが)年経(としへ)ぬるを、うちつけになど、(あさ)(おも)ひなすまじう、のたまはせ()らせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべる()は、(なに)ごともをこがましきまでなむ」 "さらば、そのまらうとに、かかるこころねがとしへぬるを、うちつけになど、あさおもひなすまじう、のたまはせらせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべるは、なにごともをこがましきまでなん。"
503.5.2315285 と、(かた)らひきこえおきて()でたまひぬるに、この母君(ははぎみ) と、かたらひきこえおきてでたまひぬるに、このははぎみ
503.5.3316286 「いとめでたく、(おも)ふやうなるさまかな」 "いとめでたく、おもふやうなるさまかな。"
503.5.4317287 とめでて、乳母(めのと)ゆくりかに(おも)ひよりて、たびたび()ひしことを、あるまじきことに()ひしかど、この(おほん)ありさまを()るには、「(あま)(がは)(わた)りても、かかる彦星(ひこぼし)(ひかり)をこそ()ちつけさせめ。わが(むすめ)は、なのめならむ(ひと)()せむは()しげなるさまを、(えびす)めきたる(ひと)をのみ()ならひて、少将(せうしゃう)をかしこきものに(おも)ひける」を、(くや)しきまで(おも)ひなりにけり。 とめでて、めのとゆくりかにおもひよりて、たびたびひしことを、あるまじきことにひしかど、このおほんありさまをるには、"あまがはわたりても、かかるひこぼしひかりをこそちつけさせめ。わがむすめは、なのめならんひとせんはしげなるさまを、えびすめきたるひとをのみならひて、せうしゃうをかしこきものにおもひける。"を、くやしきまでおもひなりにけり。
503.5.5318288 ()りゐたまへりつる真木柱(まきばしら)(しとね)も、名残匂(なごりにほ)へる(うつ)()()へばいとことさらめきたるまでありがたし。時々見(ときどきみ)たてまつる(ひと)だに、たびごとにめできこゆ。 りゐたまへりつるまきばしらしとねも、なごりにほへるうつへばいとことさらめきたるまでありがたし。ときどきみたてまつるひとだに、たびごとにめできこゆ。
503.5.6319289 (きゃう)などを()みて、功徳(くどく)のすぐれたることあめるにも、()()うばしきをやむごとなきことに、(ほとけ)のたまひおきけるも、ことわりなりや。薬王品(やくわうほん)などに、()()きてのたまへる、牛頭栴檀(ごづせんだん)とかや、おどろおどろしきものの()なれど、まづかの殿(との)(ちか)()()ひたまへば、(ほとけ)はまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。(をさな)くおはしけるより、(おこな)ひもいみじくしたまひければよ」 "きゃうなどをみて、くどくのすぐれたることあめるにも、うばしきをやんごとなきことに、ほとけのたまひおきけるも、ことわりなりや。やくわうほんなどに、きてのたまへる、ごづせんだんとかや、おどろおどろしきもののなれど、まづかのとのちかひたまへば、ほとけはまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。をさなくおはしけるより、おこなひもいみじくしたまひければよ。"
503.5.7320290 など()ふもあり。また、 などふもあり。また、
503.5.8321291 (さき)()こそゆかしき(おほん)ありさまなれ」 "さきこそゆかしきおほんありさまなれ。"
503.5.9322292 など、口々(くちぐち)めづることどもを、すずろに()みて()きゐたり。 など、くちぐちめづることどもを、すずろにみてきゐたり。
503.6323293第六段 浮舟の母、中君に娘を託す
503.6.1324294 (きみ)は、(しの)びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ。 きみは、しのびてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ。
503.6.2325295 (おも)()めつること、執念(しふね)きまで軽々(かろがろ)しからずものしたまふめるを、げに、ただ(いま)のありさまなどを(おも)へば、わづらはしき心地(ここち)すべけれど、かの()(そむ)きても、など(おも)()りたまふらむも、(おな)じことに(おも)ひなして、(こころ)みたまへかし」 "おもめつること、しふねきまでかろがろしからずものしたまふめるを、げに、ただいまのありさまなどをおもへば、わづらはしきここちすべけれど、かのそむきても、などおもりたまふらんも、おなじことにおもひなして、こころみたまへかし。"
503.6.3326296 とのたまへば、 とのたまへば、
503.6.4327297 「つらき目見(めみ)せず、(ひと)にあなづられじの(こころ)にてこそ、(とり)音聞(ねき)こえざらむ()まひまで(おも)ひたまへおきつれ。げに、(ひと)(おほん)ありさまけはひを()たてまつり(おも)ひたまふるは、下仕(しもづか)へのほどなどにても、かかる(ひと)(おほん)あたりに、()れきこえむは、かひありぬべし。まいて(わか)(ひと)は、(こころ)つけたてまつりぬべくはべるめれど、(かず)ならぬ()に、もの(おも)(たね)をやいとど()かせて()はべらむ。 "つらきめみせず、ひとにあなづられじのこころにてこそ、とりねきこえざらんまひまでおもひたまへおきつれ。げに、ひとおほんありさまけはひをたてまつりおもひたまふるは、しもづかへのほどなどにても、かかるひとおほんあたりに、れきこえんは、かひありぬべし。まいてわかひとは、こころつけたてまつりぬべくはべるめれど、かずならぬに、ものおもたねをやいとどかせてはべらん。
503.6.5328298 (たか)きも(みじか)きも、(をんな)といふものは、かかる(すぢ)にてこそ、この()(のち)()まで、(くる)しき()になりはべるなれ、と(おも)ひたまへはべればなむ、いとほしく(おも)ひたまへはべる。それもただ御心(みこころ)になむ。ともかくも、(おぼ)()てず、ものせさせたまへ」 たかきもみじかきも、をんなといふものは、かかるすぢにてこそ、こののちまで、くるしきになりはべるなれ、とおもひたまへはべればなん、いとほしくおもひたまへはべる。それもただみこころになん。ともかくも、おぼてず、ものせさせたまへ。"
503.6.6329299 ()こゆれば、いとわづらはしくなりて、 こゆれば、いとわづらはしくなりて、
503.6.7330300 「いさや。()(かた)心深(こころぶか)さにうちとけて、()(さき)のありさまは()りがたきを」 "いさや。かたこころぶかさにうちとけて、さきのありさまはりがたきを。"
503.6.8331301 とうち(なげ)きて、ことに(もの)ものたまはずなりぬ。 とうちなげきて、ことにものものたまはずなりぬ。
503.6.9332302 ()けぬれば、(くるま)など()()て、(かみ)消息(せうそこ)など、いと腹立(はらだ)たしげに(おびや)かしたれば、 けぬれば、くるまなどて、かみせうそこなど、いとはらだたしげにおびやかしたれば、
503.6.10333303 「かたじけなく、よろづに(たの)みきこえさせてなむ。なほ、しばし(かく)させたまひて、(いはほ)(なか)にとも、いかにとも、(おも)ひたまへめぐらしはべるほど、(かず)にはべらずとも、(おも)ほし(はな)たず、(なに)ごとをも(をし)へさせたまへ」 "かたじけなく、よろづにたのみきこえさせてなん。なほ、しばしかくさせたまひて、いはほなかにとも、いかにとも、おもひたまへめぐらしはべるほど、かずにはべらずとも、おもほしはなたず、なにごとをもをしへさせたまへ。"
503.6.11334304 など()こえおきて、この御方(おほんかた)も、いと心細(こころぼそ)く、ならはぬ心地(ここち)に、()(はな)れむを(おも)へど、(いま)めかしくをかしく()ゆるあたりに、しばしも見馴(みな)れたてまつらむと(おも)へば、さすがにうれしくもおぼえけり。 などこえおきて、このおほんかたも、いとこころぼそく、ならはぬここちに、はなれんをおもへど、いまめかしくをかしくゆるあたりに、しばしもみなれたてまつらんとおもへば、さすがにうれしくもおぼえけり。
504335305第四章 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる
504.1336306第一段 匂宮、二条院に帰邸
504.1.1337307 車引(くるまひ)()づるほどの、すこし(あか)うなりぬるに、(みや)内裏(うち)よりまかでたまふ。若君(わかぎみ)おぼつかなくおぼえたまひければ、(しの)びたるさまにて、(くるま)なども(れい)ならでおはしますにさしあひて、おしとどめて()てたれば、(らう)御車寄(みくるまよ)せて()りたまふ。 くるまひづるほどの、すこしあかうなりぬるに、みやうちよりまかでたまふ。わかぎみおぼつかなくおぼえたまひければ、しのびたるさまにて、くるまなどもれいならでおはしますにさしあひて、おしとどめててたれば、らうみくるまよせてりたまふ。
504.1.2338308 「なぞの(くるま)ぞ。(くら)きほどに(いそ)()づるは」 "なぞのくるまぞ。くらきほどにいそづるは。"
504.1.3339309 ()とどめさせたまふ。「かやうにてぞ、(しの)びたる(ところ)には()づるかし」と、御心(みこころ)ならひに(おぼ)()るも、むくつけし。 とどめさせたまふ。"かやうにてぞ、しのびたるところにはづるかし。"と、みこころならひにおぼるも、むくつけし。
504.1.4340310 常陸殿(ひたちどの)のまかでさせたまふ」 "ひたちどののまかでさせたまふ。"
504.1.5341311 (まう)す。(わか)やかなる御前(ごぜん)ども、 まうす。わかやかなるごぜんども、
504.1.6342312 殿(との)こそ、あざやかなれ」 "とのこそ、あざやかなれ。"
504.1.7343313 と、(わら)ひあへるを()くも、「げに、こよなの()のほどや」と(かな)しく(おも)ふ。ただ、この御方(おほんかた)のことを(おも)ふゆゑにぞ、おのれも(ひと)びとしくならまほしくおぼえける。まして、正身(さうじみ)をなほなほしくやつして()むことは、いみじくあたらしう(おも)ひなりぬ。(みや)()りたまひて、 と、わらひあへるをくも、"げに、こよなののほどや。"とかなしくおもふ。ただ、このおほんかたのことをおもふゆゑにぞ、おのれもひとびとしくならまほしくおぼえける。まして、さうじみをなほなほしくやつしてんことは、いみじくあたらしうおもひなりぬ。みやりたまひて、
504.1.8344314 常陸殿(ひたちどの)といふ(ひと)や、ここに(かよ)はしたまふ。(こころ)ある(あさ)ぼらけに、(いそ)()でつる車副(くるまぞひ)などこそ、ことさらめきて()えつれ」 "ひたちどのといふひとや、ここにかよはしたまふ。こころあるあさぼらけに、いそでつるくるまぞひなどこそ、ことさらめきてえつれ。"
504.1.9345315 など、なほ(おぼ)(うたが)ひてのたまふ。「()きにくくかたはらいたし」と(おぼ)して、 など、なほおぼうたがひてのたまふ。"きにくくかたはらいたし。"とおぼして、
504.1.10346316 大輔(たいふ)などが(わか)くてのころ、友達(ともだち)にてありける(ひと)は。ことに(いま)めかしうも()えざめるを、ゆゑゆゑしげにものたまひなすかな。(ひと)()きとがめつべきことをのみ、(つね)にとりないたまふこそ、なき()()てで」 "たいふなどがわかくてのころ、ともだちにてありけるひとは。ことにいまめかしうもえざめるを、ゆゑゆゑしげにものたまひなすかな。ひときとがめつべきことをのみ、つねにとりないたまふこそ、なきてで。"
504.1.11347317 と、うち(そむ)きたまふも、らうたげにをかし。 と、うちそむきたまふも、らうたげにをかし。
504.1.12348318 ()くるも()らず大殿籠(おほとのご)もりたるに、(ひと)びとあまた(まゐ)りたまへば、寝殿(しんでん)(わた)りたまひぬ。(きさい)(みや)は、ことことしき御悩(おほんなや)みにもあらで、おこたりたまひにければ、心地(ここち)よげにて、(みぎ)大殿(おほとの)君達(きんだち)など、碁打(ごう)韻塞(いんふたぎ)などしつつ(あそ)びたまふ。 くるもらずおほとのごもりたるに、ひとびとあまたまゐりたまへば、しんでんわたりたまひぬ。きさいみやは、ことことしきおほんなやみにもあらで、おこたりたまひにければ、ここちよげにて、みぎおほとのきんだちなど、ごういんふたぎなどしつつあそびたまふ。
504.2349319第二段 匂宮、浮舟に言い寄る
504.2.1350320 (ゆふ)(かた)(みや)こなたに(わた)らせたまへれば、女君(をんなぎみ)は、(おほん)ゆするのほどなりけり。(ひと)びともおのおのうち(やす)みなどして、御前(おまへ)には(ひと)もなし。(ちひ)さき(わらは)のあるして、 ゆふかたみやこなたにわたらせたまへれば、をんなぎみは、おほんゆするのほどなりけり。ひとびともおのおのうちやすみなどして、おまへにはひともなし。ちひさきわらはのあるして、
504.2.2351321 折悪(をりあ)しき(おほん)ゆするのほどこそ、見苦(みぐる)しかめれ。さうざうしくてや、(なが)めむ」 "をりあしきおほんゆするのほどこそ、みぐるしかめれ。さうざうしくてや、ながめん。"
504.2.3352322 と、()こえたまへば、 と、こえたまへば、
504.2.4353323 「げに、おはしまさぬ隙々(ひまひま)にこそ、(れい)()ませ。あやしう()ごろももの()がらせたまひて、今日過(けふす)ぎば、この(つき)()もなし。()十月(じふがち)は、いかでかはとて、(つかう)まつらせつるを」 "げに、おはしまさぬひまひまにこそ、れいませ。あやしうごろもものがらせたまひて、けふすぎば、このつきもなし。じふがちは、いかでかはとて、つかうまつらせつるを。"
504.2.5354324 と、大輔(たいふ)いとほしがる。 と、たいふいとほしがる。
504.2.6355325 若君(わかぎみ)()たまへりければ、そなたにこれかれあるほどに、(みや)はたたずみ(あり)きたまひて、西(にし)(かた)(れい)ならぬ(わらは)()えつるを、「今参(いままゐ)りたるか」など(おぼ)して、さし(のぞ)きたまふ。(なか)のほどなる障子(さうじ)の、細目(ほそめ)()きたるより()たまへば、障子(さうじ)のあなたに、一尺(いちしゃく)ばかりひきさけて、屏風立(びゃうぶた)てたり。そのつまに、几帳(きちゃう)()()へて()てたり。 わかぎみたまへりければ、そなたにこれかれあるほどに、みやはたたずみありきたまひて、にしかたれいならぬわらはえつるを、"いままゐりたるか。"などおぼして、さしのぞきたまふ。なかのほどなるさうじの、ほそめきたるよりたまへば、さうじのあなたに、いちしゃくばかりひきさけて、びゃうぶたてたり。そのつまに、きちゃうへててたり。
504.2.7356326 帷一重(かたびらひとへ)をうちかけて、紫苑色(しをにろ)のはなやかなるに、女郎花(をみなへし)織物(おりもの)()ゆる(かさ)なりて、袖口(そでぐち)さし()でたり。屏風(びゃうぶ)一枚(ひとひら)たたまれたるより、「(こころ)にもあらで()ゆるなめり。今参(いままゐ)りの口惜(くちを)しからぬなめり」と(おぼ)して、この(ひさし)(かよ)障子(さうじ)を、いとみそかに()()けたまひて、やをら(あゆ)()りたまふも、人知(ひとし)らず。 かたびらひとへをうちかけて、しをにろのはなやかなるに、をみなへしおりものゆるかさなりて、そでぐちさしでたり。びゃうぶひとひらたたまれたるより、"こころにもあらでゆるなめり。いままゐりのくちをしからぬなめり。"とおぼして、このひさしかよさうじを、いとみそかにけたまひて、やをらあゆりたまふも、ひとしらず。
504.2.8357327 こなたの(らう)(なか)壺前栽(つぼせんさい)の、いとをかしう色々(いろいろ)()(みだ)れたるに、遣水(やりみづ)のわたり、石高(いしたか)きほど、いとをかしければ、端近(はしちか)()()して(なが)むるなりけり。()きたる障子(さうじ)を、(いま)すこし()()けて、屏風(びゃうぶ)のつまより(のぞ)きたまふに、(みや)とは(おも)ひもかけず、「(れい)こなたに来馴(きな)れたる(ひと)にやあらむ」と(おも)ひて、()()がりたる様体(やうだい)、いとをかしう()ゆるに、(れい)御心(みこころ)()ぐしたまはで、(きぬ)(すそ)(とら)へたまひて、こなたの障子(さうじ)()()てたまひて、屏風(びゃうぶ)のはさまに()たまひぬ。 こなたのらうなかつぼせんさいの、いとをかしういろいろみだれたるに、やりみづのわたり、いしたかきほど、いとをかしければ、はしちかしてながむるなりけり。きたるさうじを、いますこしけて、びゃうぶのつまよりのぞきたまふに、みやとはおもひもかけず、"れいこなたにきなれたるひとにやあらん。"とおもひて、がりたるやうだい、いとをかしうゆるに、れいみこころぐしたまはで、きぬすそとらへたまひて、こなたのさうじてたまひて、びゃうぶのはさまにたまひぬ。
504.2.9358329 あやしと(おも)ひて、(あふぎ)をさし(かく)して見返(みかへ)りたるさま、いとをかし。(あふぎ)()たせながら(とら)へたまひて、 あやしとおもひて、あふぎをさしかくしてみかへりたるさま、いとをかし。あふぎたせながらとらへたまひて、
504.2.10359330 ()れぞ。()のりこそ、ゆかしけれ」 "れぞ。のりこそ、ゆかしけれ。"
504.2.11360331 とのたまふに、むくつけくなりぬ。さるもののつらに、(かほ)(ほか)ざまにもて(かく)して、いといたう(しの)びたまへれば、「このただならずほのめかしたまふらむ大将(だいしゃう)にや、()うばしきけはひなども」(おも)ひわたさるるに、いと()づかしくせむ(かた)なし。 とのたまふに、むくつけくなりぬ。さるもののつらに、かほほかざまにもてかくして、いといたうしのびたまへれば、"このただならずほのめかしたまふらんだいしゃうにや、うばしきけはひなども。"おもひわたさるるに、いとづかしくせんかたなし。
504.3361332第三段 浮舟の乳母、困惑、右近、中君に急報
504.3.1362333 乳母(めのと)(ひと)げの(れい)ならぬを、あやしと(おも)ひて、あなたなる屏風(びゃうぶ)()()けて()たり。 めのとひとげのれいならぬを、あやしとおもひて、あなたなるびゃうぶけてたり。
504.3.2363334 「これは、いかなることにかはべらむ。あやしきわざにもはべる」 "これは、いかなることにかはべらん。あやしきわざにもはべる"
504.3.3364335 など()こゆれど、(はばか)りたまふべきことにもあらず。かくうちつけなる(おほん)しわざなれど、(こと)葉多(はおほ)かる本性(ほんじゃう)なれば、(なに)やかやとのたまふに、()()てぬれど、 などこゆれど、はばかりたまふべきことにもあらず。かくうちつけなるおほんしわざなれど、ことはおほかるほんじゃうなれば、なにやかやとのたまふに、てぬれど、
504.3.4365336 ()れと()かざらむほどは(ゆる)さじ」 "れとかざらんほどはゆるさじ。"
504.3.5366337 とて、なれなれしく()したまふに、「(みや)なりけり」と(おも)()つるに、乳母(めのと)()はむ(かた)なくあきれてゐたり。 とて、なれなれしくしたまふに、"みやなりけり。"とおもつるに、めのとはんかたなくあきれてゐたり。
504.3.6367338 大殿油(おほとなぶら)灯籠(とうろ)にて、「今渡(いまわた)らせたまひなむ」と(ひと)びと()ふなり。御前(おまへ)ならぬ(かた)御格子(みかうし)どもぞ()ろすなる。こなたは(はな)れたる(かた)にしなして、(たか)棚厨子一具立(たなづしひとよろひた)て、屏風(びゃうぶ)(ふくろ)()れこめたる、所々(ところどころ)()せかけ、(なに)かの(あら)らかなるさまにし(はな)ちたり。かく(ひと)のものしたまへばとて、(かよ)(みち)障子一間(さうじひとま)ばかりぞ()けたるを、右近(うこん)とて、大輔(たいふ)(むすめ)のさぶらふ()て、格子下(かうしお)ろしてここに()()なり。 おほとなぶらとうろにて、"いまわたらせたまひなん。"とひとびとふなり。おまへならぬかたみかうしどもぞろすなる。こなたははなれたるかたにしなして、たかたなづしひとよろひたて、びゃうぶふくろれこめたる、ところどころせかけ、なにかのあららかなるさまにしはなちたり。かくひとのものしたまへばとて、かよみちさうじひとまばかりぞけたるを、うこんとて、たいふむすめのさぶらふて、かうしおろしてここになり。
504.3.7368339 「あな、(くら)や。まだ大殿油(おほとなぶら)(まゐ)らざりけり。御格子(みかうし)を、(くる)しきに、(いそ)(まゐ)りて、(やみ)(まど)ふよ」 "あな、くらや。まだおほとなぶらまゐらざりけり。みかうしを、くるしきに、いそまゐりて、やみまどふよ。"
504.3.8369340 とて、()()ぐるに、(みや)も、「なま(くる)し」と()きたまふ。乳母(めのと)はた、いと(くる)しと(おも)ひて、ものづつみせずはやりかにおぞき(ひと)にて、 とて、ぐるに、みやも、"なまくるし。"ときたまふ。めのとはた、いとくるしとおもひて、ものづつみせずはやりかにおぞきひとにて、
504.3.9370341 「もの()こえはべらむ。ここに、いとあやしきことのはべるに、()たまへ(ごう)じてなむ、え(うご)きはべらでなむ」 "ものこえはべらん。ここに、いとあやしきことのはべるに、たまへごうじてなん、えうごきはべらでなん。"
504.3.10371342 (なに)ごとぞ」 "なにごとぞ。"
504.3.11372343 とて、(さぐ)()るに、袿姿(うちきすがた)なる(をとこ)の、いと()うばしくて()()したまへるを、「(れい)のけしからぬ(おほん)さま」と(おも)()りにけり。「(をんな)心合(こころあ)はせたまふまじきこと」と()(はか)らるれば、 とて、さぐるに、うちきすがたなるをとこの、いとうばしくてしたまへるを、"れいのけしからぬおほんさま。"とおもりにけり。"をんなこころあはせたまふまじきこと。"とはからるれば、
504.3.12373344 「げに、いと見苦(みぐる)しきことにもはべるかな。右近(うこん)は、いかにか()こえさせむ。今参(いままゐ)りて、御前(ごぜん)にこそは(しの)びて()こえさせめ」 "げに、いとみぐるしきことにもはべるかな。うこんは、いかにかこえさせん。いままゐりて、ごぜんにこそはしのびてこえさせめ。"
504.3.13374345 とて()つを、あさましくかたはに、(たれ)(たれ)(おも)へど、(みや)()ぢたまはず。 とてつを、あさましくかたはに、たれたれおもへど、みやぢたまはず。
504.3.14375346 「あさましきまであてにをかしき(ひと)かな。なほ、何人(なにびと)ならむ。右近(うこん)()ひつるけしきも、いとおしなべての今参(いままゐ)りにはあらざめり」 "あさましきまであてにをかしきひとかな。なほ、なにびとならん。うこんひつるけしきも、いとおしなべてのいままゐりにはあらざめり。"
504.3.15376347 心得(こころえ)がたく(おぼ)されて、と()ひかく()ひ、(うら)みたまふ。(こころ)づきなげにけしきばみてももてなさねど、ただいみじう()ぬばかり(おも)へるがいとほしければ、(なさ)けありてこしらへたまふ。 こころえがたくおぼされて、とひかくひ、うらみたまふ。こころづきなげにけしきばみてももてなさねど、ただいみじうぬばかりおもへるがいとほしければ、なさけありてこしらへたまふ。
504.3.16377348 右近(うこん)(うへ)に、 うこんうへに、
504.3.17378349 「しかしかこそおはしませ。いとほしく、いかに(おも)ふらむ」 "しかしかこそおはしませ。いとほしく、いかにおもふらん。"
504.3.18379350 ()こゆれば、 こゆれば、
504.3.19380351 (れい)の、心憂(こころう)(おほん)さまかな。かの(はは)も、いかにあはあはしく、けしからぬさまに(おも)ひたまはむとすらむ。うしろやすくと、(かへ)(がへ)()ひおきつるものを」 "れいの、こころうおほんさまかな。かのははも、いかにあはあはしく、けしからぬさまにおもひたまはんとすらん。うしろやすくと、かへがへひおきつるものを。"
504.3.20381352 と、いとほしく(おぼ)せど、「いかが()こえむ。さぶらふ(ひと)びとも、すこし(わか)やかによろしきは、見捨(みす)てたまふなく、あやしき(ひと)御癖(おほんくせ)なれば、いかがは(おも)()りたまひけむ」とあさましきに、ものも()はれたまはず。 と、いとほしくおぼせど、"いかがこえん。さぶらふひとびとも、すこしわかやかによろしきは、みすてたまふなく、あやしきひとおほんくせなれば、いかがはおもりたまひけん。"とあさましきに、ものもはれたまはず。
504.4382353第四段 宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出
504.4.1383354 上達部(かんだちめ)あまた(まゐ)りたまふ()にて、(あそ)(たはぶ)れては、(れい)も、かかる(とき)(おそ)くも(わた)りたまへば、(みな)うちとけてやすみたまふぞかし。さても、いかにすべきことぞ。かの乳母(めのと)こそ、おぞましかりけれ。つと()ひゐて(まも)りたてまつり、()きもかなぐりたてまつりつべくこそ(おも)ひたりつれ」 "かんだちめあまたまゐりたまふにて、あそたはぶれては、れいも、かかるときおそくもわたりたまへば、みなうちとけてやすみたまふぞかし。さても、いかにすべきことぞ。かのめのとこそ、おぞましかりけれ。つとひゐてまもりたてまつり、きもかなぐりたてまつりつべくこそおもひたりつれ。"
504.4.2384355 と、少将(せうしゃう)二人(ふたり)していとほしがるほどに、内裏(うち)より人参(ひとまゐ)りて、大宮(おほみや)この夕暮(ゆふぐれ)より御胸悩(おほんむねなや)ませたまふを、ただ(いま)いみじく(おも)(なや)ませたまふよし(まう)さす。右近(うこん) と、せうしゃうふたりしていとほしがるほどに、うちよりひとまゐりて、おほみやこのゆふぐれよりおほんむねなやませたまふを、ただいまいみじくおもなやませたまふよしまうさす。うこん
504.4.3385356 (こころ)なき(をり)御悩(おほんなや)みかな。()こえさせむ」 "こころなきをりおほんなやみかな。こえさせん。"
504.4.4386357 とて()つ。少将(せうしゃう) とてつ。せうしゃう
504.4.5387358 「いでや、(いま)は、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりな(おびや)かしきこえたまひそ」 "いでや、いまは、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりなおびやかしきこえたまひそ。"
504.4.6388359 ()へば、 へば、
504.4.7389360 「いな、まだしかるべし」 "いな、まだしかるべし。"
504.4.8390361 と、(しの)びてささめき()はすを、(うへ)は、「いと()きにくき(ひと)御本性(ごほんじゃう)にこそあめれ。すこし(こころ)あらむ(ひと)は、わがあたりをさへ(うと)みぬべかめり」と(おぼ)す。 と、しのびてささめきはすを、うへは、"いときにくきひとごほんじゃうにこそあめれ。すこしこころあらんひとは、わがあたりをさへうとみぬべかめり。"とおぼす。
504.4.9391362 (まゐ)りて、御使(おほんつかひ)(まう)すよりも、(いま)すこしあわたたしげに(まう)しなせば、(うご)きたまふべきさまにもあらぬ()けしきに、 まゐりて、おほんつかひまうすよりも、いますこしあわたたしげにまうしなせば、うごきたまふべきさまにもあらぬけしきに、
504.4.10392363 ()れか(まゐ)りたる。(れい)の、おどろおどろしく(おびや)かす」 "れかまゐりたる。れいの、おどろおどろしくおびやかす。"
504.4.11393364 とのたまはすれば、 とのたまはすれば、
504.4.12394365 (みや)(さぶらひ)に、平重経(たひらのしげつね)となむ()のりはべりつる」 "みやさぶらひに、たひらのしげつねとなんのりはべりつる。"
504.4.13395366 ()こゆ。()でたまはむことのいとわりなく口惜(くちを)しきに、人目(ひとめ)(おぼ)されぬに、右近立(うこんた)()でて、この御使(おほんつかひ)西面(にしおもて)にてと()へば、(まう)()ぎつる(ひと)()()て、 こゆ。でたまはんことのいとわりなくくちをしきに、ひとめおぼされぬに、うこんたでて、このおほんつかひにしおもてにてとへば、まうぎつるひとて、
504.4.14396367 中務宮(なかつかさのみや)(まゐ)らせたまひぬ。大夫(だいぶ)は、ただ(いま)なむ、(まゐ)りつる(みち)に、御車引(みくるまひ)()づる、()はべりつ」 "なかつかさのみやまゐらせたまひぬ。だいぶは、ただいまなん、まゐりつるみちに、みくるまひづる、はべりつ。"
504.4.15397368 (まう)せば、「げに、にはかに時々悩(ときどきなや)みたまふ折々(をりをり)もあるを」と(おぼ)すに、(ひと)(おぼ)すらむこともはしたなくなりて、いみじう(うら)(ちぎ)りおきて()でたまひぬ。 まうせば、"げに、にはかにときどきなやみたまふをりをりもあるを。"とおぼすに、ひとおぼすらんこともはしたなくなりて、いみじううらちぎりおきてでたまひぬ。
504.5398369第五段 乳母、浮舟を慰める
504.5.1399370 (おそ)ろしき(ゆめ)()めたる心地(ここち)して、(あせ)におし(ひた)して()したまへり。乳母(めのと)、うち(あふ)ぎなどして、 おそろしきゆめめたるここちして、あせにおしひたしてしたまへり。めのと、うちあふぎなどして、
504.5.2400371 「かかる御住(おほんす)まひは、よろづにつけて、つつましう便(びん)なかりけり。かくおはしましそめて、さらに、よきことはべらじ。あな、(おそ)ろしや。(かぎ)りなき(ひと)()こゆとも、やすからぬ(おほん)ありさまは、いとあぢきなかるべし。 "かかるおほんすまひは、よろづにつけて、つつましうびんなかりけり。かくおはしましそめて、さらに、よきことはべらじ。あな、おそろしや。かぎりなきひとこゆとも、やすからぬおほんありさまは、いとあぢきなかるべし。
504.5.3401372 よそのさし(はな)れたらむ(ひと)にこそ、()しとも()しともおぼえられたまはめ、人聞(ひとぎ)きもかたはらいたきこと、と(おも)ひたまへて、降魔(ごうま)(さう)()だして、つと()たてまつりつれば、いとむくつけく、下衆下衆(げすげす)しき(をんな)(おぼ)して、()をいといたくつませたまひつるこそ、直人(なほびと)懸想(けさう)だちて、いとをかしくもおぼえはべりつれ。 よそのさしはなれたらんひとにこそ、しともしともおぼえられたまはめ、ひとぎきもかたはらいたきこと、とおもひたまへて、ごうまさうだして、つとたてまつりつれば、いとむくつけく、げすげすしきをんなおぼして、をいといたくつませたまひつるこそ、なほびとけさうだちて、いとをかしくもおぼえはべりつれ。
504.5.4402373 かの殿(との)には、今日(けふ)もいみじくいさかひたまひけり。『ただ一所(ひとところ)御上(おほんうへ)見扱(みあつか)ひたまふとて、わが()どもをば(おぼ)()てたり、客人(まらうと)のおはするほどの御旅居見苦(おほんたびゐみぐる)し』と、荒々(あらあら)しきまでぞ()こえたまひける。下人(しもびと)さへ()きいとほしがりけり。 かのとのには、けふもいみじくいさかひたまひけり。"ただひとところおほんうへみあつかひたまふとて、わがどもをばおぼてたり、まらうとのおはするほどのおほんたびゐみぐるし。"と、あらあらしきまでぞこえたまひける。しもびとさへきいとほしがりけり。
504.5.5403374 すべてこの少将(せうしゃう)(きみ)ぞ、いと愛敬(あいぎゃう)なくおぼえたまふ。この(おほん)ことはべらざらましかば、うちうちやすからずむつかしきことは、折々(をりをり)はべりとも、なだらかに、(とし)ごろのままにておはしますべきものを」 すべてこのせうしゃうきみぞ、いとあいぎゃうなくおぼえたまふ。このおほんことはべらざらましかば、うちうちやすからずむつかしきことは、をりをりはべりとも、なだらかに、としごろのままにておはしますべきものを。"
504.5.6404375 など、うち(なげ)きつつ()ふ。 など、うちなげきつつふ。
504.5.7405376 (きみ)は、ただ(いま)はともかくも(おも)ひめぐらされず、ただいみじくはしたなく、見知(みし)らぬ()()つるに()へても、「いかに(おぼ)すらむ」と(おも)ふに、わびしければ、うつぶし()して()きたまふ。いと(くる)しと見扱(みあつか)ひて、 きみは、ただいまはともかくもおもひめぐらされず、ただいみじくはしたなく、みしらぬつるにへても、"いかにおぼすらん。"とおもふに、わびしければ、うつぶししてきたまふ。いとくるしとみあつかひて、
504.5.8406377 (なに)か、かく(おぼ)す。(はは)おはせぬ(ひと)こそ、たづきなう(かな)しかるべけれ。よそのおぼえは、(ちち)なき(ひと)はいと口惜(くちを)しけれど、さがなき継母(ままはは)(にく)まれむよりは、これはいとやすし。ともかくもしたてまつりたまひてむ。な(おぼ)(くん)ぜそ。 "なにか、かくおぼす。ははおはせぬひとこそ、たづきなうかなしかるべけれ。よそのおぼえは、ちちなきひとはいとくちをしけれど、さがなきままははにくまれんよりは、これはいとやすし。ともかくもしたてまつりたまひてん。なおぼくんぜそ。
504.5.9407378 さりとも、初瀬(はつせ)観音(かんおん)おはしませば、あはれと(おも)ひきこえたまふらむ。ならはぬ御身(おほんみ)に、たびたびしきりて()でたまふことは、(ひと)のかくあなづりざまにのみ(おも)ひきこえたるを、かくもありけり、と(おも)ふばかりの御幸(おほんさいは)ひおはしませ、とこそ(ねん)じはべれ。あが(きみ)は、人笑(ひとわら)はれにては、やみたまひなむや」 さりとも、はつせかんおんおはしませば、あはれとおもひきこえたまふらん。ならはぬおほんみに、たびたびしきりてでたまふことは、ひとのかくあなづりざまにのみおもひきこえたるを、かくもありけり、とおもふばかりのおほんさいはひおはしませ、とこそねんじはべれ。あがきみは、ひとわらはれにては、やみたまひなんや。"
504.5.10408379 と、()をやすげに()ひゐたり。 と、をやすげにひゐたり。
504.6409380第六段 匂宮、宮中へ出向く
504.6.1410381 (みや)は、(いそ)ぎて()でたまふなり。内裏近(うちちか)(かた)にやあらむ、こなたの御門(みかど)より()でたまへば、もののたまふ御声(おほんこゑ)()こゆ。いとあてに(かぎ)りもなく()こえて、(こころ)ばへある古言(ふること)などうち()じたまひて()ぎたまふほど、すずろにわづらはしくおぼゆ。(うつ)(むま)ども()()だして、宿直(とのゐ)にさぶらふ(ひと)十人(じふにん)ばかりして(まゐ)りたまふ。 みやは、いそぎてでたまふなり。うちちかかたにやあらん、こなたのみかどよりでたまへば、もののたまふおほんこゑこゆ。いとあてにかぎりもなくこえて、こころばへあるふることなどうちじたまひてぎたまふほど、すずろにわづらはしくおぼゆ。うつむまどもだして、とのゐにさぶらふひとじふにんばかりしてまゐりたまふ。
504.6.2411382 (うへ)、いとほしく、うたて(おも)ふらむとて、()らず(がほ)にて、 うへ、いとほしく、うたておもふらんとて、らずがほにて、
504.6.3412383 大宮悩(おほみやなや)みたまふとて(まゐ)りたまひぬれば、今宵(こよひ)()でたまはじ。(ゆする)名残(なごり)にや、心地(ここち)(なや)ましくて()きゐはべるを、(わた)りたまへ。つれづれにも(おぼ)さるらむ」 "おほみやなやみたまふとてまゐりたまひぬれば、こよひでたまはじ。ゆするなごりにや、ここちなやましくてきゐはべるを、わたりたまへ。つれづれにもおぼさるらん。"
504.6.4413384 ()こえたまへり。 こえたまへり。
504.6.5414385 (みだ)心地(ごこち)のいと(くる)しうはべるを、ためらひて」 "みだごこちのいとくるしうはべるを、ためらひて。"
504.6.6415386 と、乳母(めのと)して()こえたまふ。 と、めのとしてこえたまふ。
504.6.7416387 「いかなる御心地(みここち)ぞ」 "いかなるみここちぞ。"
504.6.8417388 と、(かへ)(とぶ)らひきこえたまへば、 と、かへとぶらひきこえたまへば、
504.6.9418389 何心地(なにごこち)ともおぼえはべらず、ただいと(くる)しくはべり」 "なにごこちともおぼえはべらず、ただいとくるしくはべり。"
504.6.10419390 ()こえたまへば、少将(せうしゃう)右近目(うこんめ)まじろきをして、 こえたまへば、せうしゃううこんめまじろきをして、
504.6.11420391 「かたはらぞいたくおはすらむ」 "かたはらぞいたくおはすらん。"
504.6.12421392 ()ふも、ただなるよりはいとほし。 ふも、ただなるよりはいとほし。
504.6.13422393 「いと口惜(くちを)しう心苦(こころぐる)しきわざかな。大将(だいしゃう)(こころ)とどめたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしく(おも)()とさむ。かく(みだ)りがはしくおはする(ひと)は、()きにくく、(じつ)ならぬことをもくねり()ひ、またまことにすこし(おも)はずならむことをも、さすがに見許(みゆる)しつべうこそおはすめれ。 "いとくちをしうこころぐるしきわざかな。だいしゃうこころとどめたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしくおもとさん。かくみだりがはしくおはするひとは、きにくく、じつならぬことをもくねりひ、またまことにすこしおもはずならんことをも、さすがにみゆるしつべうこそおはすめれ。
504.6.14423394 この(きみ)は、()はで()しと(おも)はむこと、いと()づかしげに心深(こころふか)きを、あいなく(おも)ふこと()ひぬる(ひと)(うへ)なめり。(とし)ごろ()()らざりつる(ひと)(うへ)なれど、(こころ)ばへ容貌(かたち)()れば、え(おも)(はな)るまじう、らうたく心苦(こころぐる)しきに、()(なか)はありがたくむつかしげなるものかな。 このきみは、はでしとおもはんこと、いとづかしげにこころふかきを、あいなくおもふことひぬるひとうへなめり。としごろらざりつるひとうへなれど、こころばへかたちれば、えおもはなるまじう、らうたくこころぐるしきに、なかはありがたくむつかしげなるものかな。
504.6.15424395 わが()のありさまは、()かぬこと(おほ)かる心地(ここち)すれど、かくものはかなき()()つべかりける()の、さは、はふれずなりにけるにこそ、げに、めやすきなりけれ。(いま)はただ、この(にく)心添(こころそ)ひたまへる(ひと)の、なだらかにて(おも)(はな)れなば、さらに(なに)ごとも(おも)()れずなりなむ」 わがのありさまは、かぬことおほかるここちすれど、かくものはかなきつべかりけるの、さは、はふれずなりにけるにこそ、げに、めやすきなりけれ。いまはただ、このにくこころそひたまへるひとの、なだらかにておもはなれなば、さらになにごともおもれずなりなん。"
504.6.16425396 (おも)ほす。いと(おほ)かる御髪(みぐし)なれば、とみにもえ()しやらず、()きゐたまへるも(くる)し。(しろ)御衣一襲(おほんぞひとかさね)ばかりにておはする、(ほそ)やかにてをかしげなり。 おもほす。いとおほかるみぐしなれば、とみにもえしやらず、きゐたまへるもくるし。しろおほんぞひとかさねばかりにておはする、ほそやかにてをかしげなり。
504.7426397第七段 中君、浮舟を慰める
504.7.1427398 この(きみ)は、まことに心地(ここち)()しくなりにたれど、乳母(めのと) このきみは、まことにここちしくなりにたれど、めのと
504.7.2428399 「いとかたはらいたし。(こと)しもあり(がほ)(おぼ)すらむを。ただおほどかにて()えたてまつりたまへ。右近(うこん)(きみ)などには、(こと)のありさま、(はじ)めより(かた)りはべらむ」 "いとかたはらいたし。ことしもありがほおぼすらんを。ただおほどかにてえたてまつりたまへ。うこんきみなどには、ことのありさま、はじめよりかたりはべらん。"
504.7.3429400 と、せめてそそのかしたてて、こなたの障子(さうじ)のもとにて、 と、せめてそそのかしたてて、こなたのさうじのもとにて、
504.7.4430401 右近(うこん)(きみ)にもの()こえさせむ」 "うこんきみにものこえさせん。"
504.7.5431402 ()へば、()ちて()でたれば、 へば、ちてでたれば、
504.7.6432403 「いとあやしくはべりつることの名残(なごり)に、()(あつ)うなりたまひて、まめやかに(くる)しげに()えさせたまふを、いとほしく()はべる。御前(おまへ)にて(なぐさ)めきこえさせたまへ、とてなむ。(あやま)ちもおはせぬ()を、いとつつましげに(おも)ほしわびためるも、いささかにても()()りたまへる(ひと)こそあれ、いかでかはと、ことわりに、いとほしく()たてまつる」 "いとあやしくはべりつることのなごりに、あつうなりたまひて、まめやかにくるしげにえさせたまふを、いとほしくはべる。おまへにてなぐさめきこえさせたまへ、とてなん。あやまちもおはせぬを、いとつつましげにおもほしわびためるも、いささかにてもりたまへるひとこそあれ、いかでかはと、ことわりに、いとほしくたてまつる。"
504.7.7433404 とて、()()こして(まゐ)らせたてまつる。 とて、こしてまゐらせたてまつる。
504.7.8434405 (われ)にもあらず、(ひと)(おも)ふらむことも()づかしけれど、いとやはらかにおほどき()ぎたまへる(きみ)にて、()()でられて()たまへり。額髪(ひたひがみ)などの、いたう()れたる、もて(かく)して、()(かた)(そむ)きたまへるさま、(うへ)をたぐひなく()たてまつるに、け(おと)るとも()えず、あてにをかし。 われにもあらず、ひとおもふらんこともづかしけれど、いとやはらかにおほどきぎたまへるきみにて、でられてたまへり。ひたひがみなどの、いたうれたる、もてかくして、かたそむきたまへるさま、うへをたぐひなくたてまつるに、けおとるともえず、あてにをかし。
504.7.9435406 「これに(おぼ)しつきなば、めざましげなることはありなむかし。いとかからぬをだに、めづらしき(ひと)、をかしうしたまふ御心(みこころ)を」 "これにおぼしつきなば、めざましげなることはありなんかし。いとかからぬをだに、めづらしきひと、をかしうしたまふみこころを。"
504.7.10436407 と、二人(ふたり)ばかりぞ、御前(おまへ)にてえ()ぢたまはねば、()ゐたりける。物語(ものがたり)いとなつかしくしたまひて、 と、ふたりばかりぞ、おまへにてえぢたまはねば、ゐたりける。ものがたりいとなつかしくしたまひて、
504.7.11437408 (れい)ならずつつましき(ところ)など、な(おも)ひなしたまひそ。故姫君(こひめぎみ)のおはせずなりにしのち、(わす)るる()なくいみじく、()(うら)めしく、たぐひなき心地(ここち)して()ぐすに、いとよく(おも)ひよそへられたまふ(おほん)さまを()れば、(なぐさ)心地(ここち)してあはれになむ。(おも)(ひと)もなき()に、(むかし)御心(みこころ)ざしのやうに(おも)ほさば、いとうれしくなむ」 "れいならずつつましきところなど、なおもひなしたまひそ。こひめぎみのおはせずなりにしのち、わするるなくいみじく、うらめしく、たぐひなきここちしてぐすに、いとよくおもひよそへられたまふおほんさまをれば、なぐさここちしてあはれになん。おもひともなきに、むかしみこころざしのやうにおもほさば、いとうれしくなん。"
504.7.12438409 など(かた)らひたまへど、いとものつつましくて、また(ひな)びたる(こころ)に、いらへきこえむこともなくて、 などかたらひたまへど、いとものつつましくて、またひなびたるこころに、いらへきこえんこともなくて、
504.7.13439410 (とし)ごろ、いと(はる)かにのみ(おも)ひきこえさせしに、かう()たてまつりはべるは、(なに)ごとも(なぐさ)心地(ここち)しはべりてなむ」 "としごろ、いとはるかにのみおもひきこえさせしに、かうたてまつりはべるは、なにごともなぐさここちしはべりてなん。"
504.7.14440411 とばかり、いと(わか)びたる(こゑ)にて()ふ。 とばかり、いとわかびたるこゑにてふ。
504.8441412第八段 浮舟と中君、物語絵を見ながら語らう
504.8.1442413 ()など()()でさせて、右近(うこん)詞読(ことばよ)ませて()たまふに、(むか)ひてもの()ぢもえしあへたまはず、(こころ)()れて()たまへる灯影(ほかげ)、さらにここと()ゆる(ところ)なく、こまかにをかしげなり。(ひたひ)つき、まみの(かを)りたる心地(ここち)して、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみ(おも)()でらるれば、()はことに()もとどめたまはで、 などでさせて、うこんことばよませてたまふに、むかひてものぢもえしあへたまはず、こころれてたまへるほかげ、さらにこことゆるところなく、こまかにをかしげなり。ひたひつき、まみのかをりたるここちして、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみおもでらるれば、はことにもとどめたまはで、
504.8.2443414 「いとあはれなる(ひと)容貌(かたち)かな。いかでかうしもありけるにかあらむ。故宮(こみや)にいとよく()たてまつりたるなめりかし。故姫君(こひめぎみ)は、(みや)御方(おほんかた)ざまに、(われ)母上(ははうへ)()たてまつりたるとこそは、古人(ふるびと)ども()ふなりしか。げに、()たる(ひと)はいみじきものなりけり」 "いとあはれなるひとかたちかな。いかでかうしもありけるにかあらん。こみやにいとよくたてまつりたるなめりかし。こひめぎみは、みやおほんかたざまに、われははうへたてまつりたるとこそは、ふるびとどもふなりしか。げに、たるひとはいみじきものなりけり。"
504.8.3444415 (おぼ)(くら)ぶるに、(なみだ)ぐみて()たまふ。 おぼくらぶるに、なみだぐみてたまふ。
504.8.4445416 「かれは、(かぎ)りなくあてに気高(けだか)きものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。 "かれは、かぎりなくあてにけだかきものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。
504.8.5446417 これは、またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみ(おも)ひたるけにや、見所多(みどころおほ)かるなまめかしさぞ(おと)りたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、大将(だいしゃう)()たまはむにも、さらにかたはなるまじ」 これは、またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみおもひたるけにや、みどころおほかるなまめかしさぞおとりたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、だいしゃうたまはんにも、さらにかたはなるまじ。"
504.8.6447418 など、このかみ(ごころ)(おも)(あつか)はれたまふ。 など、このかみごころおもあつかはれたまふ。
504.8.7448419 物語(ものがたり)などしたまひて、暁方(あかつきがた)になりてぞ()たまふ。かたはらに()せたまひて、故宮(こみや)(おほん)ことども、(とし)ごろおはせし(おほん)ありさまなど、まほならねど(かた)りたまふ。いとゆかしう、()たてまつらずなりにけるを、「いと口惜(くちを)しう(かな)し」と(おも)ひたり。昨夜(よべ)心知(こころし)りの(ひと)びとは、 ものがたりなどしたまひて、あかつきがたになりてぞたまふ。かたはらにせたまひて、こみやおほんことども、としごろおはせしおほんありさまなど、まほならねどかたりたまふ。いとゆかしう、たてまつらずなりにけるを、"いとくちをしうかなし。"とおもひたり。よべこころしりのひとびとは、
504.8.8449420 「いかなりつらむな。いとらうたげなる(おほん)さまを。いみじう(おぼ)すとも、甲斐(かひ)あるべきことかは。いとほし」 "いかなりつらんな。いとらうたげなるおほんさまを。いみじうおぼすとも、かひあるべきことかは。いとほし。"
504.8.9450421 ()へば、右近(うこん)ぞ、 へば、うこんぞ、
504.8.10451422 「さも、あらじ。かの御乳母(おほんめのと)の、ひき()ゑてすずろに(かた)(うれ)へしけしき、もて(はな)れてぞ()ひし。(みや)も、()ひても()はぬやうなる(こころ)ばへにこそ、うちうそぶき(くち)ずさびたまひしか」 "さも、あらじ。かのおほんめのとの、ひきゑてすずろにかたうれへしけしき、もてはなれてぞひし。みやも、ひてもはぬやうなるこころばへにこそ、うちうそぶきくちずさびたまひしか。"
504.8.11452423 「いさや。ことさらにもやあらむ。そは、()らずかし」 "いさや。ことさらにもやあらん。そは、らずかし。"
504.8.12453424 昨夜(よべ)火影(ほかげ)のいとおほどかなりしも、(こと)あり(がほ)には()えたまはざりしを」 "よべほかげのいとおほどかなりしも、ことありがほにはえたまはざりしを。"
504.8.13454425 など、うちささめきていとほしがる。 など、うちささめきていとほしがる。
505455426第五章 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる
505.1456427第一段 乳母の急報に浮舟の母、動転す
505.1.1457428 乳母(めのと)車請(くるまこ)ひて、常陸殿(ひたちどの)()ぬ。(きた)(かた)にかうかうと()へば、(むね)つぶれ(さわ)ぎて、「(ひと)もけしからぬさまに()(おも)ふらむ。正身(さうじみ)もいかが(おぼ)すべき。かかる(すぢ)のもの(にく)みは、貴人(あてびと)もなきものなり」と、おのが(こころ)ならひに、あわたたしく(おも)ひなりて、(ゆふ)方参(かたまゐ)りぬ。 めのとくるまこひて、ひたちどのぬ。きたかたにかうかうとへば、むねつぶれさわぎて、"ひともけしからぬさまにおもふらん。さうじみもいかがおぼすべき。かかるすぢのものにくみは、あてびともなきものなり。"と、おのがこころならひに、あわたたしくおもひなりて、ゆふかたまゐりぬ。
505.1.2458429 (みや)おはしまさねば(こころ)やすくて、 みやおはしまさねばこころやすくて、
505.1.3459430 「あやしく心幼(こころをさな)げなる(ひと)(まゐ)らせおきて、うしろやすくは(たの)みきこえさせながら、(いたち)のはべらむやうなる心地(ここち)のしはべれば、よからぬものどもに、(にく)(うら)みられはべる」 "あやしくこころをさなげなるひとまゐらせおきて、うしろやすくはたのみきこえさせながら、いたちのはべらんやうなるここちのしはべれば、よからぬものどもに、にくうらみられはべる。"
505.1.4460431 ()こゆ。 こゆ。
505.1.5461432 「いとさ()ふばかりの(をさな)さにはあらざめるを。うしろめたげにけしきばみたる(おほん)まかげこそ、わづらはしけれ」 "いとさふばかりのをさなさにはあらざめるを。うしろめたげにけしきばみたるおほんまかげこそ、わづらはしけれ。"
505.1.6462433 とて(わら)ひたまへるが、心恥(こころは)づかしげなる(おほん)まみを()るも、(こころ)(おに)()づかしくぞおぼゆる。「いかに(おぼ)すらむ」と(おも)へば、えもうち()()こえず。 とてわらひたまへるが、こころはづかしげなるおほんまみをるも、こころおにづかしくぞおぼゆる。"いかにおぼすらん。"とおもへば、えもうちこえず。
505.1.7463434 「かくてさぶらひたまはば、(とし)ごろの(ねが)ひの()心地(ここち)して、(ひと)()()きはべらむもめやすく、おもだたしきことになむ(おも)ひたまふるを、さすがにつつましきことになむはべりける。(ふか)(やま)本意(ほい)は、みさをになむはべるべきを」 "かくてさぶらひたまはば、としごろのねがひのここちして、ひときはべらんもめやすく、おもだたしきことになんおもひたまふるを、さすがにつつましきことになんはべりける。ふかやまほいは、みさをになんはべるべきを。"
505.1.8464435 とて、うち()くもいといとほしくて、 とて、うちくもいといとほしくて、
505.1.9465436 「ここには、何事(なにごと)かうしろめたくおぼえたまふべき。とてもかくても、疎々(うとうと)しく(おも)(はな)ちきこえばこそあらめ、けしからずだちてよからぬ(ひと)の、時々(ときどき)ものしたまふめれど、その(こころ)皆人見知(みなひとみし)りためれば、(こころ)づかひして、便(びん)なうはもてなしきこえじと(おも)ふを、いかに()(はか)りたまふにか」 "ここには、なにごとかうしろめたくおぼえたまふべき。とてもかくても、うとうとしくおもはなちきこえばこそあらめ、けしからずだちてよからぬひとの、ときどきものしたまふめれど、そのこころみなひとみしりためれば、こころづかひして、びんなうはもてなしきこえじとおもふを、いかにはかりたまふにか。"
505.1.10466437 とのたまふ。 とのたまふ。
505.1.11467438 「さらに、御心(みこころ)をば(へだ)てありても(おも)ひきこえさせはべらず。かたはらいたう(ゆる)しなかりし(すぢ)は、(なに)にかかけても()こえさせはべらむ。その(かた)ならで、(おも)ほし(はな)つまじき(つな)もはべるをなむ、とらへ(どころ)(たの)みきこえさする」 "さらに、みこころをばへだてありてもおもひきこえさせはべらず。かたはらいたうゆるしなかりしすぢは、なににかかけてもこえさせはべらん。そのかたならで、おもほしはなつまじきつなもはべるをなん、とらへどころたのみきこえさする。"
505.1.12468439 など、おろかならず()こえて、 など、おろかならずこえて、
505.1.13469440 明日明後日(あすあさて)、かたき物忌(ものいみ)にはべるを、おほぞうならぬ(ところ)にて()ぐして、またも(まゐ)らせはべらむ」 "あすあさて、かたきものいみにはべるを、おほぞうならぬところにてぐして、またもまゐらせはべらん。"
505.1.14470441 ()こえて、いざなふ。「いとほしく本意(ほい)なきわざかな」と(おぼ)せど、えとどめたまはず。あさましうかたはなることに(おどろ)(さわ)ぎたれば、をさをさものも()こえで()でぬ。 こえて、いざなふ。"いとほしくほいなきわざかな。"とおぼせど、えとどめたまはず。あさましうかたはなることにおどろさわぎたれば、をさをさものもこえででぬ。
505.2471442第二段 浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す
505.2.1472443 かやうの方違(かたたが)(どころ)(おも)ひて、(ちひ)さき(いへ)まうけたりけり。三条(さんでう)わたりに、さればみたるが、まだ(つく)りさしたる(ところ)なれば、はかばかしきしつらひもせでなむありける。 かやうのかたたがどころおもひて、ちひさきいへまうけたりけり。さんでうわたりに、さればみたるが、まだつくりさしたるところなれば、はかばかしきしつらひもせでなんありける。
505.2.2473444 「あはれ、この御身一(おほんみひと)つを、よろづにもて(なや)みきこゆるかな。(こころ)にかなはぬ()には、あり()まじきものにこそありけれ。みづからばかりは、ただひたぶるに品々(しなじな)しからず(ひと)げなう、たださる(かた)にはひ()もりて()ぐしつべし。このゆかりは、心憂(こころう)しと(おも)ひきこえしあたりを、(むつ)びきこゆるに、便(びん)なきことも()()なば、いと人笑(ひとわら)へなるべし。あぢきなし。ことやうなりとも、ここを(ひと)にも()らせず、(しの)びておはせよ。おのづからともかくも(つか)うまつりてむ」 "あはれ、このおほんみひとつを、よろづにもてなやみきこゆるかな。こころにかなはぬには、ありまじきものにこそありけれ。みづからばかりは、ただひたぶるにしなじなしからずひとげなう、たださるかたにはひもりてぐしつべし。このゆかりは、こころうしとおもひきこえしあたりを、むつびきこゆるに、びんなきこともなば、いとひとわらへなるべし。あぢきなし。ことやうなりとも、ここをひとにもらせず、しのびておはせよ。おのづからともかくもつかうまつりてん。"
505.2.3474445 ()ひおきて、みづからは(かへ)りなむとす。(きみ)は、うち()きて、「()にあらむこと所狭(ところせ)げなる()」と、(おも)()したまへるさま、いとあはれなり。(おや)はた、ましてあたらしく()しければ、つつがなくて(おも)ふごと()なさむと(おも)ひ、さるかたはらいたきことにつけて、(ひと)にもあはあはしく(おも)はれむが、やすからぬなりけり。 ひおきて、みづからはかへりなんとす。きみは、うちきて、"にあらんことところせげなる。"と、おもしたまへるさま、いとあはれなり。おやはた、ましてあたらしくしければ、つつがなくておもふごとなさんとおもひ、さるかたはらいたきことにつけて、ひとにもあはあはしくおもはれんが、やすからぬなりけり。
505.2.4475446 心地(ここち)なくなどはあらぬ(ひと)の、なま腹立(はらだ)ちやすく、(おも)ひのままにぞすこしありける。かの(いへ)にも(かく)ろへては()ゑたりぬべけれど、しか(かく)ろへたらむをいとほしと(おも)ひて、かく(あつか)ふに、(とし)ごろかたはら()らず、()()()ならひて、かたみに心細(こころぼそ)くわりなしと(おも)へり。 ここちなくなどはあらぬひとの、なまはらだちやすく、おもひのままにぞすこしありける。かのいへにもかくろへてはゑたりぬべけれど、しかかくろへたらんをいとほしとおもひて、かくあつかふに、としごろかたはららず、ならひて、かたみにこころぼそくわりなしとおもへり。
505.2.5476447 「ここは、またかくあばれて、(あや)ふげなる(ところ)なめり。さる(こころ)したまへ。曹司曹司(ざうしざうし)にある(もの)ども、()()でて使(つか)ひたまへ。宿直人(とのゐびと)のことなど()ひおきてはべるも、いとうしろめたけれど、かしこに腹立(はらだ)(うら)みらるるが、いと(くる)しければ」 "ここは、またかくあばれて、あやふげなるところなめり。さるこころしたまへ。ざうしざうしにあるものども、でてつかひたまへ。とのゐびとのことなどひおきてはべるも、いとうしろめたけれど、かしこにはらだうらみらるるが、いとくるしければ。"
505.2.6477448 と、うち()きて(かへ)る。 と、うちきてかへる。
505.3478449第三段 母、左近少将と和歌を贈答す
505.3.1479450 少将(せうしゃう)(あつか)ひを、(かみ)は、またなきものに(おも)(いそ)ぎて、「もろ(ごころ)に、さま()しく、(いとな)まず」と(ゑん)ずるなりけり。「いと心憂(こころう)く、この(ひと)により、かかる(まぎ)れどももあるぞかし」と、またなく(おも)(かた)のことのかかれば、つらく心憂(こころう)くて、をさをさ見入(みい)れず。 せうしゃうあつかひを、かみは、またなきものにおもいそぎて、"もろごころに、さましく、いとなまず。"とゑんずるなりけり。"いとこころうく、このひとにより、かかるまぎれどももあるぞかし。"と、またなくおもかたのことのかかれば、つらくこころうくて、をさをさみいれず。
505.3.2480451 かの(みや)御前(おまへ)にて、いと(ひと)げなく()えしに、(おほ)(おも)()としてければ、「(わたくし)ものに(おも)ひかしづかましを」など、(おも)ひしことはやみにたり。「ここにては、いかが()ゆらむ。まだうちとけたるさま()ぬに」と(おも)ひて、のどかにゐたまへる(ひる)(かた)、こなたに(わた)りて、ものより(のぞ)く。 かのみやおまへにて、いとひとげなくえしに、おほおもとしてければ、"わたくしものにおもひかしづかましを。"など、おもひしことはやみにたり。"ここにては、いかがゆらん。まだうちとけたるさまぬに。"とおもひて、のどかにゐたまへるひるかた、こなたにわたりて、ものよりのぞく。
505.3.3481453 (しろ)(あや)のなつかしげなるに、今様色(いまやういろ)擣目(うちめ)などもきよらなるを()て、(はし)(かた)前栽見(せんさいみ)るとて()たるは、「いづこかは(おと)る。いときよげなめるは」と()ゆ。(むすめ)、まだ(かた)なりに、何心(なにごころ)もなきさまにて()()したり。(みや)(うへ)(なら)びておはせし(おほん)さまどもの(おも)()づれば、「口惜(くちを)しのさまどもや」と()ゆ。 しろあやのなつかしげなるに、いまやういろうちめなどもきよらなるをて、はしかたせんさいみるとてたるは、"いづこかはおとる。いときよげなめるは。"とゆ。むすめ、まだかたなりに、なにごころもなきさまにてしたり。みやうへならびておはせしおほんさまどものおもづれば、"くちをしのさまどもや。"とゆ。
505.3.4482454 (まへ)なる御達(ごたち)にものなど()(たはぶ)れて、うちとけたるは、いと()しやうに、(にほ)ひなく人悪(ひとわ)ろげにて()えぬを、「かの(みや)なりしは、異少将(ことせうしゃう)なりけり」と(おも)(をり)しも、()ふことよ。 まへなるごたちにものなどたはぶれて、うちとけたるは、いとしやうに、にほひなくひとわろげにてえぬを、"かのみやなりしは、ことせうしゃうなりけり。"とおもをりしも、ふことよ。
505.3.5483455 兵部卿宮(ひゃうぶかやうのみや)(はぎ)の、なほことにおもしろくもあるかな。いかで、さる(たね)ありけむ。(おな)(えだ)さしなどのいと(えん)なるこそ。一日参(ひとひまゐ)りて、()でたまふほどなりしかば、え()らずなりにき。『ことだに()しき』と、(みや)のうち()じたまへりしを、(わか)(ひと)たちに()せたらましかば」 "ひゃうぶかやうのみやはぎの、なほことにおもしろくもあるかな。いかで、さるたねありけん。おなえださしなどのいとえんなるこそ。ひとひまゐりて、でたまふほどなりしかば、えらずなりにき。'ことだにしき。'と、みやのうちじたまへりしを、わかひとたちにせたらましかば。"
505.3.6484456 とて、(われ)歌詠(うたよ)みゐたり。 とて、われうたよみゐたり。
505.3.7485457 「いでや。(こころ)ばせのほどを(おも)へば、(ひと)ともおぼえず、()()えはいとこよなかりけるに。(なに)ごと()ひたるぞ」 "いでや。こころばせのほどをおもへば、ひとともおぼえず、えはいとこよなかりけるに。なにごとひたるぞ。"
505.3.8486458 とつぶやかるれど、いと心地(ここち)なげなるさまは、さすがにしたらねば、いかが()ふとて、(こころ)みに、 とつぶやかるれど、いとここちなげなるさまは、さすがにしたらねば、いかがふとて、こころみに、
505.3.9487459 「しめ()ひし小萩(こはぎ)(うへ)(まよ)はぬに<BR/>いかなる(つゆ)(うつ)下葉(したば)ぞ」 "〔しめひしこはぎうへまよはぬに<BR/>いかなるつゆうつしたばぞ〕
505.3.10488460 とあるに、()しくおぼえて、 とあるに、しくおぼえて、
505.3.11489461 宮城野(みやぎの)小萩(こはぎ)がもとと()らませば<BR/>(つゆ)(こころ)()かずぞあらまし "〔みやぎのこはぎがもととらませば<BR/>つゆこころかずぞあらまし
505.3.12490462 いかでみづから()こえさせあきらめむ」 いかでみづからこえさせあきらめん。"
505.3.13491463 ()ひたり。 ひたり。
505.4492464第四段 母、薫のことを思う
505.4.1493465 故宮(こみや)(おほん)こと()きたるなめり」と(おも)ふに、「いとどいかで(ひと)(ひと)しく」とのみ(おも)(あつか)はる。あいなう、大将殿(だいしゃうどの)(おほん)さま容貌(かたち)ぞ、(こひ)しう面影(おもかげ)()ゆる。(おな)じうめでたしと()たてまつりしかど、(みや)(おも)(はな)れたまひて、(こころ)もとまらず。あなづりて()()りたまへりけるを、(おも)ふもねたし。 "こみやおほんこときたるなめり。"とおもふに、"いとどいかでひとひとしく。"とのみおもあつかはる。あいなう、だいしゃうどのおほんさまかたちぞ、こひしうおもかげゆる。おなじうめでたしとたてまつりしかど、みやおもはなれたまひて、こころもとまらず。あなづりてりたまへりけるを、おもふもねたし。
505.4.2494466 「この(きみ)は、さすがに(たづ)(おぼ)(こころ)ばへのありながら、うちつけにも()ひかけたまはず、つれなし(がほ)なるしもこそいたけれ、よろづにつけて(おも)()でらるれば、(わか)(ひと)は、まして、かくや(おも)ひはてきこえたまふらむ。わがものにせむと、かく(にく)(ひと)(おも)ひけむこそ、見苦(みぐる)しきことなべかりけれ」 "このきみは、さすがにたづおぼこころばへのありながら、うちつけにもひかけたまはず、つれなしがほなるしもこそいたけれ、よろづにつけておもでらるれば、わかひとは、まして、かくやおもひはてきこえたまふらん。わがものにせんと、かくにくひとおもひけんこそ、みぐるしきことなべかりけれ。"
505.4.3495467 など、ただ(こころ)にかかりて、(なが)めのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからむあらまし(ごと)(おも)(つづ)くるに、いと(かた)し。 など、ただこころにかかりて、ながめのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからんあらましごとおもつづくるに、いとかたし。
505.4.4496468 「やむごとなき御身(おほんみ)のほど、(おほん)もてなし、()たてまつりたまへらむ(ひと)は、(いま)すこしなのめならず、いかばかりにてかは(こころ)をとどめたまはむ。()(ひと)のありさまを見聞(みき)くに、(おと)りまさり、いやしうあてなる、(しな)(したが)ひて、容貌(かたち)(こころ)もあるべきものなりけり。 "やんごとなきおほんみのほど、おほんもてなし、たてまつりたまへらんひとは、いますこしなのめならず、いかばかりにてかはこころをとどめたまはん。ひとのありさまをみきくに、おとりまさり、いやしうあてなる、しなしたがひて、かたちこころもあるべきものなりけり。
505.4.5497469 わが()どもを()るに、この(きみ)()るべきやはある。少将(せうしゃう)を、この(いへ)のうちにまたなき(もの)(おも)へども、(みや)見比(みくら)べたてまつりしは、いとも口惜(くちを)しかりしに()(はか)らる。当帝(とうだい)(おほん)かしづき(むすめ)()たてまつりたまへらむ(ひと)御目移(おほんめうつ)しには、いともいとも()づかしく、つつましかるべきものかな」 わがどもをるに、このきみるべきやはある。せうしゃうを、このいへのうちにまたなきものおもへども、みやみくらべたてまつりしは、いともくちをしかりしにはからる。とうだいおほんかしづきむすめたてまつりたまへらんひとおほんめうつしには、いともいともづかしく、つつましかるべきものかな。"
505.4.6498470 (おも)ふに、すずろに心地(ここち)もあくがれにけり。 おもふに、すずろにここちもあくがれにけり。
505.5499471第五段 浮舟の三条のわび住まい
505.5.1500472 (たび)宿(やど)りは、つれづれにて、(には)(くさ)もいぶせき心地(ここち)するに、いやしき東声(あづまごゑ)したる(もの)どもばかりのみ()()り、(なぐさ)めに()るべき前栽(せんさい)(はな)もなし。うちあばれて、()()れしからで()かし()らすに、(みや)(うへ)(おほん)ありさま(おも)()づるに、(わか)心地(ここち)(こひ)しかりけり。あやにくだちたまへりし(ひと)(おほん)けはひも、さすがに(おも)()でられて、 たびやどりは、つれづれにて、にはくさもいぶせきここちするに、いやしきあづまごゑしたるものどもばかりのみり、なぐさめにるべきせんさいはなもなし。うちあばれて、れしからでかしらすに、みやうへおほんありさまおもづるに、わかここちこひしかりけり。あやにくだちたまへりしひとおほんけはひも、さすがにおもでられて、
505.5.2501473 何事(なにごと)にかありけむ。いと(おほ)くあはれげにのたまひしかな」 "なにごとにかありけん。いとおほくあはれげにのたまひしかな。"
505.5.3502474 名残(なごり)をかしかりし御移(おほんうつ)()も、まだ(のこ)りたる心地(ここち)して、(おそ)ろしかりしも(おも)()でらる。 なごりをかしかりしおほんうつも、まだのこりたるここちして、おそろしかりしもおもでらる。
505.5.4503475 母君(ははぎみ)、たつやと、いとあはれなる(ふみ)()きておこせたまふ。おろかならず心苦(こころぐる)しう(おも)(あつか)ひたまふめるに、かひなうもて(あつか)はれたてまつること」とうち()かれて、 "ははぎみ、たつやと、いとあはれなるふみきておこせたまふ。おろかならずこころぐるしうおもあつかひたまふめるに、かひなうもてあつかはれたてまつること。"とうちかれて、
505.5.5504476 「いかにつれづれに()ならはぬ心地(ここち)したまふらむ。しばし(しの)()ぐしたまへ」 "いかにつれづれにならはぬここちしたまふらん。しばししのぐしたまへ。"
505.5.6505477 とある(かへ)(ごと)に、 とあるかへごとに、
505.5.7506478 「つれづれは(なに)か。(こころ)やすくてなむ。 "つれづれはなにか。こころやすくてなん。
505.5.8507479 ひたぶるにうれしからまし()(なか)に<BR/>あらぬ(ところ)(おも)はましかば」 ひたぶるにうれしからましなかに<BR/>あらぬところおもはましかば〕
505.5.9508480 と、(をさな)げに()ひたるを()るままに、ほろほろとうち()きて、「かう(まど)はしはふるるやうにもてなすこと」と、いみじければ、 と、をさなげにひたるをるままに、ほろほろとうちきて、"かうまどはしはふるるやうにもてなすこと。"と、いみじければ、
505.5.10509481 ()()にはあらぬ(ところ)(もと)めても<BR/>(きみ)(さか)りを()るよしもがな」 "〔にはあらぬところもとめても<BR/>きみさかりをるよしもがな〕
505.5.11510482 と、なほなほしきことどもを()()はしてなむ、(こころ)のべける。 と、なほなほしきことどもをはしてなん、こころのべける。
506511483第六章 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く
506.1512484第一段 薫、宇治の御堂を見に出かける
506.1.1513485 かの大将殿(だいしゃうどの)は、(れい)の、秋深(あきふか)くなりゆくころ、ならひにしことなれば、寝覚(ねざ)寝覚(ねざ)めにもの(わす)れせず、あはれにのみおぼえたまひければ、「宇治(うぢ)御堂造(みだうつく)()てつ」と()きたまふに、みづからおはしましたり。 かのだいしゃうどのは、れいの、あきふかくなりゆくころ、ならひにしことなれば、ねざねざめにものわすれせず、あはれにのみおぼえたまひければ、"うぢみだうつくてつ。"ときたまふに、みづからおはしましたり。
506.1.2514486 (ひさ)しう()たまはざりつるに、(やま)紅葉(もみぢ)もめづらしうおぼゆ。こぼちし寝殿(しんでん)、こたみはいと()()れしう(つく)りなしたり。(むかし)いとことそぎて、(ひじり)だちたまへりし()まひを(おも)()づるに、この(みや)(こひ)しうおぼえたまひて、さま()へてけるも、口惜(くちを)しきまで、(つね)よりも(なが)めたまふ。 ひさしうたまはざりつるに、やまもみぢもめづらしうおぼゆ。こぼちししんでん、こたみはいとれしうつくりなしたり。むかしいとことそぎて、ひじりだちたまへりしまひをおもづるに、このみやこひしうおぼえたまひて、さまへてけるも、くちをしきまで、つねよりもながめたまふ。
506.1.3515487 もとありし(おほん)しつらひは、いと(たふと)げにて、今片(いまかた)(かた)(をんな)しくこまやかになど、一方(ひとかた)ならざりしを、網代屏風何(あじろびゃうぶなに)かのあらあらしきなどは、かの御堂(みだう)僧坊(そうばう)()に、ことさらになさせたまへり。山里(やまざと)めきたる()どもを、ことさらにせさせたまひて、いたうもことそがず、いときよげにゆゑゆゑしくしつらはれたり。 もとありしおほんしつらひは、いとたふとげにて、いまかたかたをんなしくこまやかになど、ひとかたならざりしを、あじろびゃうぶなにかのあらあらしきなどは、かのみだうそうばうに、ことさらになさせたまへり。やまざとめきたるどもを、ことさらにせさせたまひて、いたうもことそがず、いときよげにゆゑゆゑしくしつらはれたり。
506.1.4516488 遣水(やりみづ)のほとりなる(いは)()たまひて、 やりみづのほとりなるいはたまひて、
506.1.5517489 ()()てぬ清水(しみづ)になどか()(ひと)の<BR/>面影(おもかげ)をだにとどめざりけむ」 "〔てぬしみづになどかひとの<BR/>おもかげをだにとどめざりけん〕
506.1.6518490 (なみだ)(のご)ひて、(べん)尼君(あまぎみ)(かた)()()りたまへれば、いと(かな)しと()たてまつるに、ただひそみにひそむ。長押(なげし)にかりそめに()たまひて、(すだれ)のつま()()げて、物語(ものがたり)したまふ。几帳(きちゃう)(かく)ろへて()たり。ことのついでに、 なみだのごひて、べんあまぎみかたりたまへれば、いとかなしとたてまつるに、ただひそみにひそむ。なげしにかりそめにたまひて、すだれのつまげて、ものがたりしたまふ。きちゃうかくろへてたり。ことのついでに、
506.1.7519491 「かの(ひと)は、さいつころ(みや)にと()きしを、さすがにうひうひしくおぼえてこそ、(おとづ)()らね。なほ、これより(つた)()てたまへ」 "かのひとは、さいつころみやにときしを、さすがにうひうひしくおぼえてこそ、おとづらね。なほ、これよりつたてたまへ。"
506.1.8520492 とのたまへば、 とのたまへば、
506.1.9521493 一日(ひとひ)、かの母君(ははぎみ)(ふみ)はべりき。忌違(いみたが)ふとて、ここかしこになむあくがれたまふめる。このころも、あやしき小家(こいへ)(かく)ろへものしたまふめるも心苦(こころぐる)しく、すこし(ちか)きほどならましかば、そこにも(わた)して(こころ)やすかるべきを、(あら)ましき山道(やまみち)に、たはやすくもえ(おも)()たでなむ、とはべりし」 "ひとひ、かのははぎみふみはべりき。いみたがふとて、ここかしこになんあくがれたまふめる。このころも、あやしきこいへかくろへものしたまふめるもこころぐるしく、すこしちかきほどならましかば、そこにもわたしてこころやすかるべきを、あらましきやまみちに、たはやすくもえおもたでなん、とはべりし。"
506.1.10522494 ()こゆ。 こゆ。
506.1.11523495 (ひと)びとのかく(おそ)ろしくすめる(みち)に、まろこそ()りがたく()()れ。(なに)ばかりの(ちぎ)りにかと(おも)ふは、あはれになむ」 "ひとびとのかくおそろしくすめるみちに、まろこそりがたくれ。なにばかりのちぎりにかとおもふは、あはれになん。"
506.1.12524496 とて、(れい)の、(なみだ)ぐみたまへり。 とて、れいの、なみだぐみたまへり。
506.1.13525497 「さらば、その(こころ)やすからむ(ところ)に、消息(せうそこ)したまへ。みづからやは、かしこに()でたまはぬ」 "さらば、そのこころやすからんところに、せうそこしたまへ。みづからやは、かしこにでたまはぬ。"
506.1.14526498 とのたまへば、 とのたまへば、
506.1.15527499 (おほ)(ごと)(つた)へはべらむことはやすし。(いま)さらに(きゃう)()はべらむことはもの()くて、(みや)にだにえ(まゐ)らぬを」 "おほごとつたへはべらんことはやすし。いまさらにきゃうはべらんことはものくて、みやにだにえまゐらぬを。"
506.1.16528500 ()こゆ。 こゆ。
506.2529501第二段 薫、弁の尼に依頼して出る
506.2.1530502 「などてか。ともかくも、(ひと)()(つた)へばこそあらめ、愛宕(あたご)(ひじり)だに、(とき)(したが)ひては()でずやはありける。(ふか)(ちぎ)りを(やぶ)りて、(ひと)(ねが)ひを()てたまはむこそ(たふと)からめ」 "などてか。ともかくも、ひとつたへばこそあらめ、あたごひじりだに、ときしたがひてはでずやはありける。ふかちぎりをやぶりて、ひとねがひをてたまはんこそたふとからめ。"
506.2.2531503 とのたまへば、 とのたまへば、
506.2.3532504 人渡(ひとわた)すこともはべらぬに、()きにくきこともこそ、()でまうで()れ」 "ひとわたすこともはべらぬに、きにくきこともこそ、でまうでれ。"
506.2.4533505 と、(くる)しげに(おも)ひたれど、 と、くるしげにおもひたれど、
506.2.5534506 「なほ、よき(をり)なるを」 "なほ、よきをりなるを。"
506.2.6535507 と、(れい)ならずしひて、 と、れいならずしひて、
506.2.7536508 明後日(あさて)ばかり、(くるま)たてまつらむ。その(たび)所尋(ところたづ)ねおきたまへ。ゆめをこがましうひがわざすまじきを」 "あさてばかり、くるまたてまつらん。そのたびところたづねおきたまへ。ゆめをこがましうひがわざすまじきを。"
506.2.8537509 と、ほほ()みてのたまへば、わづらはしく、「いかに(おぼ)すことならむ」と(おも)へど、「(あう)なくあはあはしからぬ御心(みこころ)ざまなれば、おのづからわがためにも、人聞(ひとぎ)きなどは(つつ)みたまふらむ」と(おも)ひて、 と、ほほみてのたまへば、わづらはしく、"いかにおぼすことならん。"とおもへど、"あうなくあはあはしからぬみこころざまなれば、おのづからわがためにも、ひとぎきなどはつつみたまふらん。"とおもひて、
506.2.9538510 「さらば、(うけたまは)りぬ。(ちか)きほどにこそ。御文(おほんふみ)などを()せさせたまへかし。ふりはへさかしらめきて、(こころ)しらひのやうに(おも)はれはべらむも、(いま)さらに伊賀専女(いがたうめ)にや、と(つつ)ましくてなむ」 "さらば、うけたまはりぬ。ちかきほどにこそ。おほんふみなどをせさせたまへかし。ふりはへさかしらめきて、こころしらひのやうにおもはれはべらんも、いまさらにいがたうめにや、とつつましくてなん。"
506.2.10539511 ()こゆ。 こゆ。
506.2.11540512 (ふみ)は、やすかるべきを、(ひと)のもの()ひ、いとうたてあるものなれば、右大将(うだいしゃう)は、常陸守(ひたちのかみ)(むすめ)をなむよばふなるなども、とりなしてむをや。その(かん)(ぬし)、いと荒々(あらあら)しげなめり」 "ふみは、やすかるべきを、ひとのものひ、いとうたてあるものなれば、うだいしゃうは、ひたちのかみむすめをなんよばふなるなども、とりなしてんをや。そのかんぬし、いとあらあらしげなめり。"
506.2.12541513 とのたまへば、うち(わら)ひて、いとほしと(おも)ふ。 とのたまへば、うちわらひて、いとほしとおもふ。
506.2.13542514 (くら)うなれば()でたまふ。下草(したくさ)のをかしき(はな)ども、紅葉(もみぢ)など()らせたまひて、(みや)御覧(ごらん)ぜさせたまふ。甲斐(かひ)なからずおはしぬべけれど、かしこまり()きたるさまにて、いたうも()れきこえたまはずぞあめる。内裏(うち)より、ただの(おや)めきて、入道(にふだう)(みや)にも()こえたまへば、いとやむごとなき(かた)は、(かぎ)りなく(おも)ひきこえたまへり。こなたかなたと、かしづききこえたまふ宮仕(みやづか)ひに()へて、むつかしき(わたくし)(こころ)()ひたるも、(くる)しかりけり。 くらうなればでたまふ。したくさのをかしきはなども、もみぢなどらせたまひて、みやごらんぜさせたまふ。かひなからずおはしぬべけれど、かしこまりきたるさまにて、いたうもれきこえたまはずぞあめる。うちより、ただのおやめきて、にふだうみやにもこえたまへば、いとやんごとなきかたは、かぎりなくおもひきこえたまへり。こなたかなたと、かしづききこえたまふみやづかひにへて、むつかしきわたくしこころひたるも、くるしかりけり。
506.3543515第三段 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる
506.3.1544516 のたまひしまだつとめて、(むつ)ましく(おぼ)下臈侍一人(げらふさぶらひひとり)顔知(かほし)らぬ牛飼(うしかひ)つくり()でて(つか)はす。 のたまひしまだつとめて、むつましくおぼげらふさぶらひひとりかほしらぬうしかひつくりでてつかはす。
506.3.2545517 (さう)(もの)どもの田舎(ゐなか)びたる()()でつつ、つけよ」 "さうものどものゐなかびたるでつつ、つけよ。"
506.3.3546518 とのたまふ。かならず()づべくのたまへりければ、いとつつましく(くる)しけれど、うち化粧(けさう)じつくろひて()りぬ。野山(のやま)のけしきを()るにつけても、いにしへよりの古事(ふること)ども(おも)()でられて、(なが)()らしてなむ来着(きつ)きける。いとつれづれに人目(ひとめ)()えぬ(ところ)なれば、()()れて、 とのたまふ。かならずづべくのたまへりければ、いとつつましくくるしけれど、うちけさうじつくろひてりぬ。のやまのけしきをるにつけても、いにしへよりのふることどもおもでられて、ながらしてなんきつきける。いとつれづれにひとめえぬところなれば、れて、
506.3.4547519 「かくなむ、(まゐ)()つる」 "かくなん、まゐつる。"
506.3.5548520 と、しるべの(をとこ)して()はせたれば、初瀬(はつせ)(とも)にありし若人(わかうど)()()()ろす。あやしき(ところ)(なが)()らし()かすに、昔語(むかしがた)りもしつべき(ひと)()たれば、うれしくて()()れたまひて、(おや)()こえける(ひと)(おほん)あたりの(ひと)(おも)ふに、(むつ)ましきなるべし。 と、しるべのをとこしてはせたれば、はつせともにありしわかうどろす。あやしきところながらしかすに、むかしがたりもしつべきひとたれば、うれしくてれたまひて、おやこえけるひとおほんあたりのひとおもふに、むつましきなるべし。
506.3.6549521 「あはれに、人知(ひとし)れず()たてまつりしのちよりは、(おも)()できこえぬ(をり)なけれど、()(なか)かばかり(おも)ひたまへ()てたる()にて、かの(みや)にだに(まゐ)りはべらぬを、この大将殿(だいしゃうどの)の、あやしきまでのたまはせしかば、(おも)うたまへおこしてなむ」 "あはれに、ひとしれずたてまつりしのちよりは、おもできこえぬをりなけれど、なかかばかりおもひたまへてたるにて、かのみやにだにまゐりはべらぬを、このだいしゃうどのの、あやしきまでのたまはせしかば、おもうたまへおこしてなん。"
506.3.7550522 ()こゆ。(きみ)乳母(めのと)も、めでたしと()おききこえてし(ひと)(おほん)さまなれば、(わす)れぬさまにのたまふらむも、あはれなれど、にはかにかく(おぼ)したばかるらむと、(おも)ひも()らず。 こゆ。きみめのとも、めでたしとおききこえてしひとおほんさまなれば、わすれぬさまにのたまふらんも、あはれなれど、にはかにかくおぼしたばかるらんと、おもひもらず。
506.4551523第四段 薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う
506.4.1552524 (よひ)うち()ぐるほどに、「宇治(うぢ)より人参(ひとまゐ)れり」とて、門忍(かどしの)びやかにうちたたく。「さにやあらむ」と(おも)へど、(べん)()けさせたれば、(くるま)をぞ()()るなる。「あやし」と(おも)ふに、 よひうちぐるほどに、"うぢよりひとまゐれり。"とて、かどしのびやかにうちたたく。"さにやあらん。"とおもへど、べんけさせたれば、くるまをぞるなる。"あやし。"とおもふに、
506.4.2553525 尼君(あまぎみ)に、対面賜(たいめんたま)はらむ」 "あまぎみに、たいめんたまはらん。"
506.4.3554526 とて、この(ちか)御庄(みさう)(あづか)りの()のりをせさせたまへれば、戸口(とぐち)にゐざり()でたり。(あめ)すこしうちそそくに、(かぜ)はいと(ひや)やかに()()りて、()()らず(かを)()れば、「かうなりけり」と、()れも()れも(こころ)ときめきしぬべき(おほん)けはひをかしければ、用意(ようい)もなくあやしきに、まだ(おも)ひあへぬほどなれば、心騷(こころさわ)ぎて、 とて、このちかみさうあづかりののりをせさせたまへれば、とぐちにゐざりでたり。あめすこしうちそそくに、かぜはいとひややかにりて、らずかをれば、"かうなりけり。"と、れもれもこころときめきしぬべきおほんけはひをかしければ、よういもなくあやしきに、まだおもひあへぬほどなれば、こころさわぎて、
506.4.4555527 「いかなることにかあらむ」 "いかなることにかあらん。"
506.4.5556528 ()ひあへり。 ひあへり。
506.4.6557529 (こころ)やすき(ところ)にて、(つき)ごろの(おも)ひあまることも()こえさせむとてなむ」 "こころやすきところにて、つきごろのおもひあまることもこえさせんとてなん。"
506.4.7558530 ()はせたまへり。 はせたまへり。
506.4.8559531 「いかに()こゆべきことにか」と、(きみ)(くる)しげに(おも)ひてゐたまへれば、乳母見苦(めのとみぐる)しがりて、 "いかにこゆべきことにか。"と、きみくるしげにおもひてゐたまへれば、めのとみぐるしがりて、
506.4.9560532 「しかおはしましたらむを、()ちながらや、(かへ)したてまつりたまはむ。かの殿(との)にこそ、かくなむ、と(しの)びて()こえめ。(ちか)きほどなれば」 "しかおはしましたらんを、ちながらや、かへしたてまつりたまはん。かのとのにこそ、かくなん、としのびてこえめ。ちかきほどなれば。"
506.4.10561533 ()ふ。 ふ。
506.4.11562534 「うひうひしく。などてか、さはあらむ。(わか)(おほん)どちもの()こえたまはむは、ふとしもしみつくべくもあらぬを。あやしきまで(こころ)のどかに、もの(ふか)うおはする(きみ)なれば、よも(ひと)(ゆる)しなくて、うちとけたまはじ」 "うひうひしく。などてか、さはあらん。わかおほんどちものこえたまはんは、ふとしもしみつくべくもあらぬを。あやしきまでこころのどかに、ものふかうおはするきみなれば、よもひとゆるしなくて、うちとけたまはじ。"
506.4.12563536 など()ふほど、(あめ)やや()()れば、(そら)はいと(くら)し。宿直人(とのゐびと)のあやしき(こゑ)したる、夜行(やぎゃう)うちして、 などふほど、あめややれば、そらはいとくらし。とのゐびとのあやしきこゑしたる、やぎゃううちして、
506.4.13564537 (やか)辰巳(たつみ)(すみ)(くづ)れ、いと(あや)ふし。この、(ひと)御車入(みくるまい)るべくは、()()れて御門鎖(みかどさ)してよ。かかる(ひと)御供人(みともびと)こそ、(こころ)はうたてあれ」 "やかたつみすみくづれ、いとあやふし。この、ひとみくるまいるべくは、れてみかどさしてよ。かかるひとみともびとこそ、こころはうたてあれ。"
506.4.14565538 など()ひあへるも、むくむくしく()きならはぬ心地(ここち)したまふ。 などひあへるも、むくむくしくきならはぬここちしたまふ。
506.4.15566539 佐野(さの)のわたりに(いへ)もあらなくに」 "〔さののわたりにいへもあらなくに〕
506.4.16567540 など(くち)ずさびて、(さと)びたる簀子(すのこ)(はし)(かた)()たまへり。 などくちずさびて、さとびたるすのこはしかたたまへり。
506.4.17568541 「さしとむる(むぐら)やしげき東屋(あづまや)の<BR/>あまりほど()(あま)そそきかな」 "〔さしとむるむぐらやしげきあづまやの<BR/>あまりほどあまそそきかな〕
506.4.18569542 と、うち(はら)ひたまへる、追風(おひかぜ)、いとかたはなるまで、(あづま)里人(さとびと)(おどろ)きぬべし。 と、うちはらひたまへる、おひかぜ、いとかたはなるまで、あづまさとびとおどろきぬべし。
506.4.19570543 とざまかうざまに()こえ(のが)れむ(かた)なければ、(みなみ)(ひさし)御座(おまし)ひきつくろひて、()れたてまつる。(こころ)やすくしも対面(たいめん)したまはぬを、これかれ()()でたり。遣戸(やりど)といふもの()して、いささか()けたれば、 とざまかうざまにこえのがれんかたなければ、みなみひさしおましひきつくろひて、れたてまつる。こころやすくしもたいめんしたまはぬを、これかれでたり。やりどといふものして、いささかけたれば、
506.4.20571544 飛騨(ひだ)(たくみ)(うら)めしき(へだ)てかな。かかるものの()には、まだ()ならはず」 "ひだたくみうらめしきへだてかな。かかるもののには、まだならはず。"
506.4.21572545 (うれ)へたまひて、いかがしたまひけむ、()りたまひぬ。かの人形(ひとがた)(ねが)ひものたまはで、ただ、 うれへたまひて、いかがしたまひけん、りたまひぬ。かのひとがたねがひものたまはで、ただ、
506.4.22573546 「おぼえなき、もののはさまより()しより、すずろに(こひ)しきこと。さるべきにやあらむ、あやしきまでぞ(おも)ひきこゆる」 "おぼえなき、もののはさまよりしより、すずろにこひしきこと。さるべきにやあらん、あやしきまでぞおもひきこゆる。"
506.4.23574547 とぞ(かた)らひたまふべき。(ひと)のさま、いとらうたげにおほどきたれば、見劣(みおと)りもせず、いとあはれと(おぼ)しけり。 とぞかたらひたまふべき。ひとのさま、いとらうたげにおほどきたれば、みおとりもせず、いとあはれとおぼしけり。
506.5575548第五段 薫と浮舟、宇治へ出発
506.5.1576549 ほどもなう()けぬ心地(ここち)するに、(とり)などは()かで、大路近(おほぢちか)(ところ)に、おぼとれたる(こゑ)して、いかにとか()きも()らぬ()のりをして、うち()れて()くなどぞ()こゆる。かやうの(あさ)ぼらけに()れば、ものいただきたる(もの)の、「(おに)のやうなるぞかし」と()きたまふも、かかる(よもぎ)のまろ()にならひたまはぬ心地(ここち)も、をかしくもありけり。 ほどもなうけぬここちするに、とりなどはかで、おほぢちかところに、おぼとれたるこゑして、いかにとかきもらぬのりをして、うちれてくなどぞこゆる。かやうのあさぼらけにれば、ものいただきたるものの、"おにのやうなるぞかし。"ときたまふも、かかるよもぎのまろにならひたまはぬここちも、をかしくもありけり。
506.5.2577550 宿直人(とのゐびと)門開(かどあ)けて()づる(おと)する。おのおの()りて()しなどするを()きたまひて、人召(ひとめ)して、車妻戸(くるまつまど)()せさせたまふ。かき(いだ)きて()せたまひつ。()れも()れも、あやしう、あへなきことを(おも)(さわ)ぎて、 とのゐびとかどあけてづるおとする。おのおのりてしなどするをきたまひて、ひとめして、くるまつまどせさせたまふ。かきいだきてせたまひつ。れもれも、あやしう、あへなきことをおもさわぎて、
506.5.3578551 九月(くがち)にもありけるを。心憂(こころう)のわざや。いかにしつることぞ」 "くがちにもありけるを。こころうのわざや。いかにしつることぞ。"
506.5.4579552 (なげ)けば、尼君(あまぎみ)も、いといとほしく、(おも)ひの(ほか)なることどもなれど、 なげけば、あまぎみも、いといとほしく、おもひのほかなることどもなれど、
506.5.5580553 「おのづから(おぼ)すやうあらむ。うしろめたうな(おも)ひたまひそ。長月(ながつき)は、明日(あす)こそ節分(せちぶん)()きしか」 "おのづからおぼすやうあらん。うしろめたうなおもひたまひそ。ながつきは、あすこそせちぶんきしか。"
506.5.6581554 ()(なぐさ)む。今日(けふ)は、十三日(じふさんにち)なりけり。尼君(あまぎみ) なぐさむ。けふは、じふさんにちなりけり。あまぎみ
506.5.7582555 「こたみは、え(まゐ)らじ。(みや)(うへ)()こし()さむこともあるに、(しの)びて()(かへ)りはべらむも、いとうたてなむ」 "こたみは、えまゐらじ。みやうへこしさんこともあるに、しのびてかへりはべらんも、いとうたてなん。"
506.5.8583556 ()こゆれど、まだきこのことを()かせたてまつらむも、心恥(こころは)づかしくおぼえたまひて、 こゆれど、まだきこのことをかせたてまつらんも、こころはづかしくおぼえたまひて、
506.5.9584557 「それは、のちにも(つみ)さり(まう)したまひてむ。かしこもしるべなくては、たづきなき(ところ)を」 "それは、のちにもつみさりまうしたまひてん。かしこもしるべなくては、たづきなきところを。"
506.5.10585558 ()めてのたまふ。 めてのたまふ。
506.5.11586559 人一人(ひとひとり)や、はべるべき」 "ひとひとりや、はべるべき。"
506.5.12587560 とのたまへば、この(きみ)()ひたる侍従(じじゅう)()りぬ。乳母(めのと)尼君(あまぎみ)(とも)なりし(わらは)などもおくれて、いとあやしき心地(ここち)してゐたり。 とのたまへば、このきみひたるじじゅうりぬ。めのとあまぎみともなりしわらはなどもおくれて、いとあやしきここちしてゐたり。
506.6588561第六段 薫と浮舟の宇治への道行き
506.6.1589562 (ちか)きほどにや」と(おも)へば、宇治(うぢ)へおはするなりけり。(うし)などひき()ふべき(こころ)まうけしたまへりけり。河原過(かはらす)ぎ、法性寺(ほふしゃうじ)のわたりおはしますに、()()()てぬ。 "ちかきほどにや。"とおもへば、うぢへおはするなりけり。うしなどひきふべきこころまうけしたまへりけり。かはらすぎ、ほふしゃうじのわたりおはしますに、てぬ。
506.6.2590563 (わか)(ひと)は、いとほのかに()たてまつりて、めできこえて、すずろに()ひたてまつるに、()(なか)のつつましさもおぼえず。(きみ)ぞいとあさましきに、ものもおぼえでうつぶし()したるを、 わかひとは、いとほのかにたてまつりて、めできこえて、すずろにひたてまつるに、なかのつつましさもおぼえず。きみぞいとあさましきに、ものもおぼえでうつぶししたるを、
506.6.3591564 石高(いしたか)きわたりは、(くる)しきものを」 "いしたかきわたりは、くるしきものを。"
506.6.4592565 とて、(いだ)きたまへり。(うすもの)細長(ほそなが)を、(くるま)(なか)()(へだ)てたれば、はなやかにさし()でたる朝日影(あさひかげ)に、尼君(あまぎみ)はいとはしたなくおぼゆるにつけて、「故姫君(こひめぎみ)御供(おほんとも)にこそ、かやうにても()たてまつりつべかりしか。あり()れば、(おも)ひかけぬことをも()るかな」と、(かな)しうおぼえて、(つつ)むとすれど、うちひそみつつ()くを、侍従(じじゅう)はいと(にく)く、「ものの(はじ)めに形異(かたちこと)にて()()ひたるをだに(おも)ふに、なぞ、かくいやめなる」と、(にく)くをこにも(おも)ふ。()いたる(もの)は、すずろに(なみだ)もろにあるものぞと、おろそかにうち(おも)ふなりけり。 とて、いだきたまへり。うすものほそながを、くるまなかへだてたれば、はなやかにさしでたるあさひかげに、あまぎみはいとはしたなくおぼゆるにつけて、"こひめぎみおほんともにこそ、かやうにてもたてまつりつべかりしか。ありれば、おもひかけぬことをもるかな。"と、かなしうおぼえて、つつむとすれど、うちひそみつつくを、じじゅうはいとにくく、"もののはじめにかたちことにてひたるをだにおもふに、なぞ、かくいやめなる。"と、にくくをこにもおもふ。いたるものは、すずろになみだもろにあるものぞと、おろそかにうちおもふなりけり。
506.6.5593566 (きみ)も、()(ひと)(にく)からねど、(そら)のけしきにつけても、()(かた)(こひ)しさまさりて、山深(やまふか)()るままにも、霧立(きりた)ちわたる心地(ここち)したまふ。うち(なが)めて()りゐたまへる(そで)の、(かさ)なりながら(なが)やかに()でたりけるが、川霧(かはぎり)()れて、御衣(おほんぞ)(くれなゐ)なるに、御直衣(おほんなほし)(はな)のおどろおどろしう(うつ)りたるを、()としがけの(たか)(ところ)()つけて、()()れたまふ。 きみも、ひとにくからねど、そらのけしきにつけても、かたこひしさまさりて、やまふかるままにも、きりたちわたるここちしたまふ。うちながめてりゐたまへるそでの、かさなりながらながやかにでたりけるが、かはぎりれて、おほんぞくれなゐなるに、おほんなほしはなのおどろおどろしううつりたるを、としがけのたかところつけて、れたまふ。
506.6.6594567 形見(かたみ)ぞと()るにつけては朝露(あさつゆ)の<BR/>ところせきまで()るる(そで)かな」 "〔かたみぞとるにつけてはあさつゆの<BR/>ところせきまでるるそでかな〕
506.6.7595568 と、(こころ)にもあらず一人(ひとり)ごちたまふを()きて、いとどしぼるばかり、尼君(あまぎみ)(そで)()()らすを、(わか)(ひと)、「あやしう見苦(みぐる)しき()かな」。(こころ)ゆく(みち)に、いとむつかしきこと、()ひたる心地(ここち)す。(しの)びがたげなる(はな)すすりを()きたまひて、(われ)(しの)びやかにうちかみて、「いかが(おも)ふらむ」といとほしければ、 と、こころにもあらずひとりごちたまふをきて、いとどしぼるばかり、あまぎみそでらすを、わかひと、"あやしうみぐるしきかな。"こころゆくみちに、いとむつかしきこと、ひたるここちす。しのびがたげなるはなすすりをきたまひて、われしのびやかにうちかみて、"いかがおもふらん。"といとほしければ、
506.6.8596569 「あまたの(とし)ごろ、この(みち)()()ふたび(かさ)なるを(おも)ふに、そこはかとなくものあはれなるかな。すこし()()がりて、この(やま)(いろ)()たまへ。いと(むも)れたりや」 "あまたのとしごろ、このみちふたびかさなるをおもふに、そこはかとなくものあはれなるかな。すこしがりて、このやまいろたまへ。いとむもれたりや。"
506.6.9597570 と、しひてかき()こしたまへば、をかしきほどに、さし(かく)して、つつましげに見出(みい)だしたるまみなどは、いとよく(おも)()でらるれど、おいらかにあまりおほどき()ぎたるぞ、(こころ)もとなかめる。「いといたう()めいたるものから、用意(ようい)(あさ)からずものしたまひしはや」と、なほ()(かた)なき(かな)しさは、むなしき(そら)にも()ちぬべかめり。 と、しひてかきこしたまへば、をかしきほどに、さしかくして、つつましげにみいだしたるまみなどは、いとよくおもでらるれど、おいらかにあまりおほどきぎたるぞ、こころもとなかめる。"いといたうめいたるものから、よういあさからずものしたまひしはや。"と、なほかたなきかなしさは、むなしきそらにもちぬべかめり。
506.7598571第七段 宇治に到着、薫、京に手紙を書く
506.7.1599572 おはし()きて、 おはしきて、
506.7.2600574 「あはれ、()(たま)宿(やど)りて()たまふらむ。(たれ)によりて、かくすずろに(まど)ひありくものにもあらなくに」 "あはれ、たまやどりてたまふらん。たれによりて、かくすずろにまどひありくものにもあらなくに。"
506.7.3601575 (おも)(つづ)けたまひて、()りてはすこし(こころ)しらひて、()()りたまへり。(をんな)は、母君(ははぎみ)(おも)ひたまはむことなど、いと(なげ)かしけれど、(えん)なるさまに、心深(こころふか)くあはれに(かた)らひたまふに、(おも)(なぐさ)めて()りぬ。 おもつづけたまひて、りてはすこしこころしらひて、りたまへり。をんなは、ははぎみおもひたまはんことなど、いとなげかしけれど、えんなるさまに、こころふかくあはれにかたらひたまふに、おもなぐさめてりぬ。
506.7.4602576 尼君(あまぎみ)は、ことさらに()りで、(らう)にぞ()するを、「わざと(おも)ふべき()まひにもあらぬを、用意(ようい)こそあまりなれ」と()たまふ。御荘(みさう)より、(れい)の、(ひと)びと(さわ)がしきまで(まゐ)(あつ)まる。(をんな)御台(みだい)は、尼君(あまぎみ)(かた)より(まゐ)る。(みち)(しげ)かりつれど、このありさまは、いと()()れし。 あまぎみは、ことさらにりで、らうにぞするを、"わざとおもふべきまひにもあらぬを、よういこそあまりなれ。"とたまふ。みさうより、れいの、ひとびとさわがしきまでまゐあつまる。をんなみだいは、あまぎみかたよりまゐる。みちしげかりつれど、このありさまは、いとれし。
506.7.5603577 (かは)のけしきも(やま)(いろ)も、もてはやしたる(つく)りざまを見出(みい)だして、()ごろのいぶせさ、(なぐさ)みぬる心地(ここち)すれど、「いかにもてないたまはむとするにか」と、()きてあやしうおぼゆ。 かはのけしきもやまいろも、もてはやしたるつくりざまをみいだして、ごろのいぶせさ、なぐさみぬるここちすれど、"いかにもてないたまはんとするにか。"と、きてあやしうおぼゆ。
506.7.6604578 殿(との)は、(きゃう)御文書(おほんふみか)きたまふ。 とのは、きゃうおほんふみかきたまふ。
506.7.7605579 「なりあはぬ(ほとけ)御飾(おほんかざ)りなど()たまへおきて、今日吉(けふよ)ろしき()なりければ、(いそ)ぎものしはべりて、(みだ)心地(ここち)(なや)ましきに、物忌(ものいみ)なりけるを(おも)ひたまへ()でてなむ、今日明日(けふあす)ここにて(つつし)みはべるべき」 "なりあはぬほとけおほんかざりなどたまへおきて、けふよろしきなりければ、いそぎものしはべりて、みだここちなやましきに、ものいみなりけるをおもひたまへでてなん、けふあすここにてつつしみはべるべき。"
506.7.8606580 など、母宮(ははみや)にも姫宮(ひめみや)にも()こえたまふ。 など、ははみやにもひめみやにもこえたまふ。
506.8607581第八段 薫、浮舟の今後を思案す
506.8.1608582 うちとけたる(おほん)ありさま、(いま)すこしをかしくて()りおはしたるも()づかしけれど、もて(かく)すべくもあらで()たまへり。(をまな)装束(さうぞく)など、色々(いろいろ)にきよくと(おも)ひてし(かさ)ねたれど、すこし田舎(ゐなか)びたることもうち()じりてぞ、(むかし)のいと()えばみたりし御姿(おほんすがた)の、あてになまめかしかりしのみ(おも)()でられて、 うちとけたるおほんありさま、いますこしをかしくてりおはしたるもづかしけれど、もてかくすべくもあらでたまへり。をまなさうぞくなど、いろいろにきよくとおもひてしかさねたれど、すこしゐなかびたることもうちじりてぞ、むかしのいとえばみたりしおほんすがたの、あてになまめかしかりしのみおもでられて、
506.8.2609583 (かみ)(すそ)のをかしげさなどは、こまごまとあてなり。(みや)御髪(みぐし)のいみじくめでたきにも(おと)るまじかりけり」 "かみすそのをかしげさなどは、こまごまとあてなり。みやみぐしのいみじくめでたきにもおとるまじかりけり。"
506.8.3610584 ()たまふ。かつは、 たまふ。かつは、
506.8.4611585 「この(ひと)をいかにもてなしてあらせむとすらむ。ただ(いま)、ものものしげにて、かの(みや)(むか)()ゑむも、音聞(おとぎ)便(びん)なかるべし。さりとて、これかれある(つら)にて、おほぞうに()じらはせむは本意(ほい)なからむ。しばし、ここに(かく)してあらむ」 "このひとをいかにもてなしてあらせんとすらん。ただいま、ものものしげにて、かのみやむかゑんも、おとぎびんなかるべし。さりとて、これかれあるつらにて、おほぞうにじらはせんはほいなからん。しばし、ここにかくしてあらん。"
506.8.5612586 (おも)ふも、()ずはさうざうしかるべく、あはれにおぼえたまへば、おろかならず(かた)らひ()らしたまふ。故宮(こみや)(おほん)ことものたまひ()でて、昔物語(むかしものがたり)をかしうこまやかに()(たはぶ)れたまへど、ただいとつつましげにて、ひたみちに()ぢたるを、さうざうしう(おぼ)す。 おもふも、ずはさうざうしかるべく、あはれにおぼえたまへば、おろかならずかたらひらしたまふ。こみやおほんことものたまひでて、むかしものがたりをかしうこまやかにたはぶれたまへど、ただいとつつましげにて、ひたみちにぢたるを、さうざうしうおぼす。
506.8.6613587 「あやまりても、かう(こころ)もとなきはいとよし。(をし)へつつも()てむ。田舎(ゐなか)びたるされ(ごころ)もてつけて、品々(しなじな)しからず、はやりかならましかば、形代不用(かたしろふよう)ならまし」 "あやまりても、かうこころもとなきはいとよし。をしへつつもてん。ゐなかびたるされごころもてつけて、しなじなしからず、はやりかならましかば、かたしろふようならまし。"
506.8.7614588 (おも)(なほ)したまふ。 おもなほしたまふ。
506.9615589第九段 薫と浮舟、琴を調べて語らう
506.9.1616590 ここにありける(きん)(さう)琴召(ことめ)()でて、「かかることはた、ましてえせじかし」と、口惜(くちを)しければ、一人調(ひとりしら)べて、 ここにありけるきんさうことめでて、"かかることはた、ましてえせじかし。"と、くちをしければ、ひとりしらべて、
506.9.2617591 宮亡(みやう)せたまひてのち、ここにてかかるものに、いと(ひさ)しう手触(てふ)れざりつかし」 "みやうせたまひてのち、ここにてかかるものに、いとひさしうてふれざりつかし。"
506.9.3618592 と、めづらしく(われ)ながらおぼえて、いとなつかしくまさぐりつつ(なが)めたまふに、(つき)さし()でぬ。 と、めづらしくわれながらおぼえて、いとなつかしくまさぐりつつながめたまふに、つきさしでぬ。
506.9.4619593 (みや)御琴(おほんきん)()の、おどろおどろしくはあらで、いとをかしくあはれに()きたまひしはや」 "みやおほんきんの、おどろおどろしくはあらで、いとをかしくあはれにきたまひしはや。"
506.9.5620594 (おぼ)()でて、 おぼでて、
506.9.6621595 (むかし)()れも()れもおはせし()に、ここに()()でたまへらましかば、(いま)すこしあはれはまさりなまし。親王(みこ)(おほん)ありさまは、よその(ひと)だに、あはれに(こひ)しくこそ、(おも)()でられたまへ。などて、さる(ところ)には、(とし)ごろ()たまひしぞ」 "むかしれもれもおはせしに、ここにでたまへらましかば、いますこしあはれはまさりなまし。みこおほんありさまは、よそのひとだに、あはれにこひしくこそ、おもでられたまへ。などて、さるところには、としごろたまひしぞ。"
506.9.7622596 とのたまへば、いと()づかしくて、(しろ)(あふぎ)をまさぐりつつ、()()したるかたはらめ、いと(くま)なう(しろ)うて、なまめいたる額髪(ひたひがみ)(ひま)など、いとよく(おも)()でられてあはれなり。まいて、「かやうのこともつきなからず(をし)へなさばや」と(おぼ)して、 とのたまへば、いとづかしくて、しろあふぎをまさぐりつつ、したるかたはらめ、いとくまなうしろうて、なまめいたるひたひがみひまなど、いとよくおもでられてあはれなり。まいて、"かやうのこともつきなからずをしへなさばや。"とおぼして、
506.9.8623597 「これは、すこしほのめかいたまひたりや。あはれ、()(つま)といふ(こと)は、さりとも()ならしたまひけむ」 "これは、すこしほのめかいたまひたりや。あはれ、つまといふことは、さりともならしたまひけん。"
506.9.9624598 など()ひたまふ。 などひたまふ。
506.9.10625599 「その大和言葉(やまとことば)だに、つきなくならひにければ、まして、これは」 "そのやまとことばだに、つきなくならひにければ、まして、これは。"
506.9.11626600 ()ふ。いとかたはに心後(こころおく)れたりとは()えず。ここに()きて、え(おも)ふままにも()ざらむことを(おぼ)すが、(いま)より(くる)しきは、なのめには(おぼ)さぬなるべし。(こと)()しやりて、 ふ。いとかたはにこころおくれたりとはえず。ここにきて、えおもふままにもざらんことをおぼすが、いまよりくるしきは、なのめにはおぼさぬなるべし。ことしやりて、
506.9.12627601 楚王(そわう)(だい)(うへ)(よる)(きん)(こゑ) "〔そわうだいうへよるきんこゑ〕"
506.9.13628602 ()じたまへるも、かの(ゆみ)をのみ()くあたりにならひて、「いとめでたく、(おも)ふやうなり」と、侍従(じじゅう)()きゐたりけり。さるは、(あふぎ)(いろ)(こころ)おきつべき(ねや)のいにしへをば()らねば、ひとへにめできこゆるぞ、(おく)れたるなめるかし。「ことこそあれ、あやしくも、()ひつるかな」と(おぼ)す。 じたまへるも、かのゆみをのみくあたりにならひて、"いとめでたく、おもふやうなり。"と、じじゅうきゐたりけり。さるは、あふぎいろこころおきつべきねやのいにしへをばらねば、ひとへにめできこゆるぞ、おくれたるなめるかし。"ことこそあれ、あやしくも、ひつるかな。"とおぼす。
506.9.14629603 尼君(あまぎみ)(かた)より、くだもの(まゐ)れり。(はこ)(ふた)に、紅葉(もみぢ)(つた)など()()きて、ゆゑゆゑなからず()りまぜて、()きたる(かみ)に、ふつつかに()きたるもの、(くま)なき(つき)にふと()ゆれば、()とどめたまふほどに、くだもの(いそ)ぎにぞ()えける。 あまぎみかたより、くだものまゐれり。はこふたに、もみぢつたなどきて、ゆゑゆゑなからずりまぜて、きたるかみに、ふつつかにきたるもの、くまなきつきにふとゆれば、とどめたまふほどに、くだものいそぎにぞえける。
506.9.15630604 宿(やど)()色変(いろか)はりぬる(あき)なれど<BR/>(むかし)おぼえて()める(つき)かな」 "〔やどいろかはりぬるあきなれど<BR/>むかしおぼえてめるつきかな〕
506.9.16631605 (ふる)めかしく()きたるを、()づかしくもあはれにも(おぼ)されて、 ふるめかしくきたるを、づかしくもあはれにもおぼされて、
506.9.17632606 (さと)()(むかし)ながらに()(ひと)の<BR/>面変(おもが)はりせる(ねや)月影(つきかげ) "〔さとむかしながらにひとの<BR/>おもがはりせるねやつきかげ〕"
506.9.18633607 わざと(かへ)(ごと)とはなくてのたまふ、侍従(じじゅう)なむ(つた)へけるとぞ。 わざとかへごととはなくてのたまふ、じじゅうなんつたへけるとぞ。