diff | src/original/text03.html | src/modified/text03.html | ||
---|---|---|---|---|
1 | <HTML>⏎ | 1 | ||
2 | <HEAD>⏎ | 2 | ||
3 | <meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8">⏎ | 3 | ||
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5 | <meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 14.0.3.0 for Windows">⏎ | 5 | ||
6 | <TITLE>空蝉(大島本)</TITLE>⏎ | 6 | ||
7 | </HEAD>⏎ | 7 | ||
cd4:3 | 8-11 | <body background="wallppr063.gif">First updated 09/20/1996(ver.1-1)<BR>⏎ Last updated 11/23/2010(ver.2-3)<BR>⏎ 渋谷栄一校訂(C)<BR>⏎ <P>⏎ | 8-10 | <BODY>⏎ <ADDRESS>Last updated 11/23/2010(ver.2-3)<BR>⏎ 渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎ |
12 | <H3>空 蝉</H3>⏎ | 11 | ||
13 | <BR>⏎ | 12 | ||
i0 | 13 | |||
14 | [主要登場人物]<BR>⏎ | 13 | ||
15 | <DL>⏎ | 14 | ||
16 | <DT> 光る源氏<ひかるげんじ>⏎ | 15 | ||
17 | <DD>呼称---君、十七歳 近衛中将<BR>⏎ | 16 | ||
18 | <DT> 空蝉<うつせみ>⏎ | 17 | ||
19 | <DD>呼称---いもうとの君・女・姉君、故中納言兼衛門督の娘、伊予介の後妻<BR>⏎ | 18 | ||
20 | <DT> 軒端荻<のきばのおぎ>⏎ | 19 | ||
21 | <DD>呼称---西の御方・紀伊守の妹・碁打ちつる君・西の君、伊予介の娘、紀伊守と兄妹<BR>⏎ | 20 | ||
22 | <DT> 小君<こぎみ>⏎ | 21 | ||
23 | <DD>呼称---若君・小さき上人、故中納言兼衛門督の子、空蝉の弟<BR>⏎ | 22 | ||
24 | </DL>⏎ | 23 | ||
25 | 光る源氏十七歳夏の物語<BR>⏎ | 24 | ||
d1 | 26 | ⏎ | ||
27 | <OL>⏎ | 25 | ||
28 | <LI>空蝉の物語---<A HREF="#in11">寝られたまはぬままに、</A><BR>⏎ | 26 | ||
29 | <LI>源氏、再度、紀伊守邸へ---<A HREF="#in12">幼き心地に、いかならむをりと待ちわたるに、</A>⏎ | 27 | ||
30 | <LI>空蝉と軒端荻、碁を打つ---<A HREF="#in13">灯近うともしたり。</A>⏎ | 28 | ||
31 | <LI>空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る---<A HREF="#in14">女は、さこそ忘れたまふを</A>⏎ | 29 | ||
32 | <LI>源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る---<A HREF="#in15">小君、御車の後にて、二条院に</A>⏎ | 30 | ||
33 | </OL>⏎ | 31 | ||
34 | <A HREF="#in21">【出典】</A><BR>⏎ | 32 | ||
35 | <A HREF="#in22">【校訂】</A><BR>⏎ | 33 | ||
d1 | 36 | <P>⏎ | ||
text03 | 37 | <H4>光る源氏十七歳夏の物語</H4> | 34 | |
text03 | 38 | <A NAME="in11">[第一段 空蝉の物語]</A><BR> | 35 | |
d1 | 39 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 40-41 | 寝られたまはぬままには、「我は、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なむ、初めて憂しと世を思ひ知りぬれば、恥づかしくて、ながらふまじうこそ、思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしと思す。手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさまかよひたるも、思ひなしにやあはれなり。あながちにかかづらひたどり寄らむも、人悪ろかるべく、まめやかにめざましと思し明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず。夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしく、さうざうしと思ふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 36 | 寝られたまはぬままには、「我は、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なむ、初めて憂しと世を思ひ知りぬれば、恥づかしくて、ながらふまじうこそ、思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしと思す。手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさまかよひたるも、思ひなしにやあはれなり。あながちにかかづらひたどり寄らむも、人悪ろかるべく、まめやかにめざましと思し明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず。夜深う出でたまへば、この子は,いといとほしく、さうざうしと思ふ。<BR>⏎ |
42 | 女も、並々ならずかたはらいたしと思ふに、<A HREF="#k01">御消息も</A><A NAME="t01">絶</A>えてなし。思し懲りにけると思ふにも、「やがてつれなくて止みたまひなましかば憂からまし。しひていとほしき御振る舞ひの絶えざらむもうたてあるべし。よきほどに、かくて閉ぢめてむ」と思ふものから、ただならず、ながめがちなり。<BR>⏎ | 37 | ||
d1 | 43 | <P>⏎ | ||
44 | 君は、心づきなしと思しながら、かくてはえ止むまじう御心にかかり、人悪ろく思ほしわびて、小君に、「いとつらうも、うれたうもおぼゆるに、しひて思ひ返せど、心にしも従はず苦しきを。さりぬべきをり見て、<A HREF="#k02">対面</A><A NAME="t02">す</A>べくたばかれ」とのたまひわたれば、わづらはしけれど、かかる方にても、のたまひまつはすは、うれしうおぼえけり。<BR>⏎ | 38 | ||
d1 | 45 | <P>⏎ | ||
text03 | 46 | <A NAME="in12">[第二段 源氏、再度、紀伊守邸へ]</A><BR> | 39 | |
47 | 幼き心地に、いかならむ折と待ちわたるに、紀伊守国に下りなどして、女どちのどやかなる<A HREF="#no1">夕闇の道たどたどしげなる</A><A NAME="te1">紛</A>れに、わが車にて率てたてまつる。<BR>⏎ | 40 | ||
d1 | 48 | <P>⏎ | ||
49 | この子も幼きを、いかならむと思せど、さのみもえ思しのどむまじければ、さりげなき姿にて、門など鎖さぬ先にと、急ぎおはす。<BR>⏎ | 41 | ||
d1 | 50 | <P>⏎ | ||
51 | 人見ぬ方より引き入れて、降ろしたてまつる。童なれば、宿直人などもことに見入れ追従せず、心やすし。<BR>⏎ | 42 | ||
d1 | 52 | <P>⏎ | ||
53 | 東の妻戸に、立てたてまつりて、我は南の隅の間より、格子叩きののしりて入りぬ。御達、<BR>⏎ | 43 | ||
d1 | 54 | <P>⏎ | ||
55 | 「あらはなり」と言ふなり。<BR>⏎ | 44 | ||
d1 | 56 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 57-58 | 「なぞ、かう暑きに、この格子は下ろされたる」と問へば、<BR>⏎ <P>⏎ | 45 | 「なぞ,かう暑きに、この格子は下ろされたる」と問へば、<BR>⏎ |
59 | 「昼より、西の御方の渡らせたまひて、碁打たせたまふ」と言ふ。<BR>⏎ | 46 | ||
d1 | 60 | <P>⏎ | ||
61 | さて向かひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。<BR>⏎ | 47 | ||
d1 | 62 | <P>⏎ | ||
63 | この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風、端の方おし畳まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。<BR>⏎ | 48 | ||
d1 | 64 | <P>⏎ | ||
text03 | 65 | <A NAME="in13">[第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ]</A><BR> | 49 | |
d1 | 66 | <P>⏎ | ||
67 | 火近う灯したり。母屋の中柱に側める人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾の単衣襲なめり。何にかあらむ表に着て、頭つき細やかに小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、差し向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。<BR>⏎ | 50 | ||
d1 | 68 | <P>⏎ | ||
69 | いま一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。白き羅の単衣襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つき額つきものあざやかに、まみ口つき、いと愛敬づき、はなやかなる容貌なり。髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、下り端、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。<BR>⏎ | 51 | ||
70 | <P> むべこそ親の世になくは思ふらめと、をかしく見たまふ。心地ぞ、なほ静かなる気を添へばやと、ふと見ゆる。かどなきにはあるまじ。碁打ち果てて、結さすわたり、心とげに見えて、きはぎはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、<BR>⏎ | 52 | ||
d1 | 71 | <P>⏎ | ||
72 | 「待ちたまへや。そこは持にこそあらめ。このわたりの劫をこそ」など言へど、<BR>⏎ | 53 | ||
d1 | 73 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 74-75 | 「いで、このたびは負けにけり。隅のところ、いでいで」と指をかがめて、「十、<A HREF="#k03">二十</A><A NAME="t03">、</A>三十、四十」など<A HREF="#k04">かぞふる</A><A NAME="t04">さ</A>ま、<A HREF="#no2">伊予の湯桁もたどたどしかるまじう</A><A NAME="te2">見</A>ゆ。すこし品おくれたり。<BR>⏎ <P>⏎ | 54 | 「いで,このたびは負けにけり。隅のところ、いでいで」と指をかがめて、「十、<A HREF="#k03">二十</A><A NAME="t03">、</A>三十、四十」など<A HREF="#k04">かぞふる</A><A NAME="t04">さ</A>ま、<A HREF="#no2">伊予の湯桁もたどたどしかるまじう</A><A NAME="te2">見</A>ゆ。すこし品おくれたり。<BR>⏎ |
76 | たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、目をしつけたまへれば、おのづから<A HREF="#k05">側目も</A><A NAME="t05">見</A>ゆ。目すこし腫れたる心地して、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず。言ひ立つれば、悪ろきによれる容貌をいといたうもてつけて、このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。<BR>⏎ | 55 | ||
d1 | 77 | <P>⏎ | ||
78 | にぎははしう愛敬づきをかしげなるを、いよいよほこりかにうちとけて、笑ひなどそぼるれば、にほひ多く見えて、さる方にいとをかしき人ざまなり。あはつけしとは思しながら、まめならぬ御心は、これもえ思し放つまじかりけり。<BR>⏎ | 56 | ||
d1 | 79 | <P>⏎ | ||
80 | 見たまふかぎりの人は、うちとけたる世なく、ひきつくろひ側めたるうはべをのみこそ見たまへ、かくうちとけたる人のありさまかいま見などは、まだしたまはざりつることなれば、何心もなうさやかなるはいとほしながら、久しう<A HREF="#k06">見たまは</A><A NAME="t06">ま</A>ほしきに、小君出で来る心地すれば、やをら出でたまひぬ。<BR>⏎ | 57 | ||
d1 | 81 | <P>⏎ | ||
82 | 渡殿の戸口に寄りゐたまへり。いとかたじけなしと思ひて、<BR>⏎ | 58 | ||
d1 | 83 | <P>⏎ | ||
84 | 「例ならぬ人はべりて、え近うも寄りはべらず」<BR>⏎ | 59 | ||
d1 | 85 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 86-87 | 「さて、今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」とのたまへば、<BR>⏎ <P>⏎ | 60 | 「さて,今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」とのたまへば、<BR>⏎ |
88 | 「などてか。あなたに帰りはべりなば、たばかりはべりなむ」と聞こゆ。<BR>⏎ | 61 | ||
d1 | 89 | <P>⏎ | ||
90 | 「さもなびかしつべき気色にこそはあらめ。童なれど、ものの心ばへ、人の気色見つべくしづまれるを」と、思すなりけり。<BR>⏎ | 62 | ||
d1 | 91 | <P>⏎ | ||
92 | 碁打ち果てつるにやあらむ、うちそよめく心地して、人びとあかるるけはひなどすなり。<BR>⏎ | 63 | ||
d1 | 93 | <P>⏎ | ||
94 | 「若君はいづくにおはしますならむ。この御格子は鎖してむ」とて、鳴らすなり。<BR>⏎ | 64 | ||
d1 | 95 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 96-97 | 「静まりぬなり。入りて、さらば、たばかれ」とのたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 65 | 「静まりぬなり。入りて、さらば,たばかれ」とのたまふ。<BR>⏎ |
98 | この子も、いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば、言ひあはせむ方なくて、人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり。<BR>⏎ | 66 | ||
d1 | 99 | <P>⏎ | ||
100 | 「紀伊守の妹もこなたにあるか。我にかいま見せさせよ」とのたまへど、<BR>⏎ | 67 | ||
d1 | 101 | <P>⏎ | ||
102 | 「いかでか、さははべらむ。格子には几帳添へてはべり」と聞こゆ。<BR>⏎ | 68 | ||
d1 | 103 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 104-105 | さかし、されどもをかしく思せど、「見つとは知らせじ、いとほし」と思して、夜更くることの心もとなさをのたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 69 | さかし,されどもをかしく思せど、「見つとは知らせじ、いとほし」と思して、夜更くることの心もとなさをのたまふ。<BR>⏎ |
106 | こたみは妻戸を叩きて入る。皆人びと静まり寝にけり。<BR>⏎ | 70 | ||
d1 | 107 | <P>⏎ | ||
108 | 「この障子口に、まろは寝たらむ。風吹きとほせ」とて、畳広げて臥す。御達、東の廂にいとあまた寝たるべし。戸放ちつる<A HREF="#k07">童</A><A NAME="t07">も</A>そなたに入りて臥しぬれば、とばかり空寝して、灯明かき方に屏風を広げて、影ほのかなるに、やをら入れたてまつる。<BR>⏎ | 71 | ||
d1 | 109 | <P>⏎ | ||
110 | 「いかにぞ、をこがましきこともこそ」と思すに、いとつつましけれど、導くままに、母屋の几帳の帷子引き上げて、いとやをら入りたまふとすれど、皆静まれる夜の、御衣のけはひやはらかなるしも、いとしるかりけり。<BR>⏎ | 72 | ||
d1 | 111 | <P>⏎ | ||
text03 | 112 | <A NAME="in14">[第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る]</A><BR> | 73 | |
d1 | 113 | <P>⏎ | ||
114 | 女は、さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るる折なきころにて、心とけたる寝だに寝られずなむ、昼はながめ、夜は寝覚めがちなれば、春ならぬ木の芽も、いとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、「今宵は、こなたに」と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。<BR>⏎ | 74 | ||
d1 | 115 | <P>⏎ | ||
116 | 若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。かかるけはひの、いと香ばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣うち掛けたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。<BR>⏎ | 75 | ||
d1 | 117 | <P>⏎ | ||
118 | 君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすく思す。床の下に二人ばかりぞ臥したる。衣を押しやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしうも寄らずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、「人違へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と思す。かのをかしかりつる灯影ならば、いかがはせむに思しなるも、悪ろき御心浅さなめりかし。<BR>⏎ | 76 | ||
119 | <P> やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。我とも知らせじと思ほせど、いかにしてかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。<BR>⏎ | 77 | ||
d1 | 120 | <P>⏎ | ||
121 | 憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなき心地して、なほかのうれたき人の心をいみじく思す。「いづくにはひ紛れて、かたくなしと思ひゐたらむ。かく執念き人はありがたきものを」と思すしも、あやにくに、紛れがたう思ひ出でられたまふ。この人の、なま心なく、若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情け情けしく契りおかせたまふ。<BR>⏎ | 78 | ||
d1 | 122 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 123-124 | 「人知りたることよりも、かやうなるは、あはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。あひ思ひたまへよ。つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。また、さるべき人びとも許されじかしと、かねて胸いたくなむ。忘れで待ちたまへよ」など、なほなほしく語らひたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 79 | 「人知りたることよりも、かやうなるは、あはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。あひ思ひたまへよ。つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。また,さるべき人びとも許されじかしと、かねて胸いたくなむ。忘れで待ちたまへよ」など、なほなほしく語らひたまふ。<BR>⏎ |
125 | 「人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ、え聞こえさすまじき」とうらもなく言ふ。<BR>⏎ | 80 | ||
d1 | 126 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 127-128 | 「なべて、人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝へて聞こえむ。気色なくもてなしたまへ」<BR>⏎ <P>⏎ | 81 | 「なべて,人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝へて聞こえむ。気色なくもてなしたまへ」<BR>⏎ |
129 | など言ひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ。<BR>⏎ | 82 | ||
d1 | 130 | <P>⏎ | ||
131 | 小君近う臥したるを起こしたまへば、うしろめたう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。戸をやをら押し開くるに、老いたる御達の声にて、<BR>⏎ | 83 | ||
d1 | 132 | <P>⏎ | ||
133 | 「あれは誰そ」<BR>⏎ | 84 | ||
d1 | 134 | <P>⏎ | ||
135 | とおどろおどろしく問ふ。わづらはしくて、<BR>⏎ | 85 | ||
d1 | 136 | <P>⏎ | ||
137 | 「まろぞ」と答ふ。<BR>⏎ | 86 | ||
d1 | 138 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 139-140 | 「夜中に、こは、なぞ外歩かせたまふ」<BR>⏎ <P>⏎ | 87 | 「夜中に、こは,なぞ外歩かせたまふ」<BR>⏎ |
141 | とさかしがりて、外ざまへ来。いと憎くて、<BR>⏎ | 88 | ||
d1 | 142 | <P>⏎ | ||
143 | 「あらず。ここもとへ出づるぞ」<BR>⏎ | 89 | ||
d1 | 144 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 145-146 | とて、君を押し出でたてまつるに、暁近き月、隈なくさし出でて、ふと人の影見えければ、<BR>⏎ <P>⏎ | 90 | とて,君を押し出でたてまつるに、暁近き月、隈なくさし出でて、ふと人の影見えければ、<BR>⏎ |
147 | 「またおはするは、誰そ」と問ふ。<BR>⏎ | 91 | ||
d1 | 148 | <P>⏎ | ||
149 | 「民部のおもとなめり。けしうはあらぬおもとの丈だちかな」<BR>⏎ | 92 | ||
d1 | 150 | <P>⏎ | ||
151 | と言ふ。丈高き人の常に笑はるるを言ふなりけり。老人、これを連ねて歩きけると思ひて、<BR>⏎ | 93 | ||
d1 | 152 | <P>⏎ | ||
153 | 「今、ただ今立ちならびたまひなむ」<BR>⏎ | 94 | ||
d1 | 154 | <P>⏎ | ||
155 | と言ふ言ふ、我もこの戸より出でて来。わびしければ、えはた押し返さで、渡殿の口にかい添ひて隠れ立ちたまへれば、このおもとさし寄りて、<BR>⏎ | 95 | ||
d1 | 156 | <P>⏎ | ||
157 | 「おもとは、今宵は、上にやさぶらひたまひつる。一昨日より腹を病みて、いとわりなければ、下にはべりつるを、人少ななりとて召ししかば、昨夜参う上りしかど、なほ<A HREF="#k08">え堪ふ</A><A NAME="t08">ま</A>じくなむ」<BR>⏎ | 96 | ||
d1 | 158 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 159-162 | と、憂ふ。答へも聞かで、<BR>⏎ <P>⏎ 「あな、腹々。今聞こえむ」とて過ぎぬるに、からうして出でたまふ。なほかかる歩きは軽々しくあやしかりけりと、いよいよ思し懲りぬべし。<BR>⏎ <P>⏎ | 97-98 | と,憂ふ。答へも聞かで、<BR>⏎ 「あな,腹々。今聞こえむ」とて過ぎぬるに、からうして出でたまふ。なほかかる歩きは軽々しくあやしかりけりと、いよいよ思し懲りぬべし。<BR>⏎ |
text03 | 163 | <A NAME="in15">[第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る]</A><BR> | 99 | |
d1 | 164 | <P>⏎ | ||
165 | 小君、御車の後にて、二条院におはしましぬ。ありさまのたまひて、「幼かりけり」とあはめたまひて、かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ。いとほしうて、ものもえ聞こえず。<BR>⏎ | 100 | ||
d1 | 166 | <P>⏎ | ||
cd6:3 | 167-172 | 「いと深う憎みたまふべかめれば、身も憂く思ひ果てぬ。などか、よそにても、なつかしき答へばかりはしたまふまじき。伊予介に劣りける身こそ」<BR>⏎ <P>⏎ など、心づきなしと思ひてのたまふ。ありつる小袿を、さすがに、御衣の下に引き入れて、大殿籠もれり。小君を御前に臥せて、よろづに恨み、かつは、語らひたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ 「あこは、らうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひ果つまじけれ」<BR>⏎ <P>⏎ | 101-103 | 「いと深う憎みたまふべかめれば、身も憂く思ひ果てぬ。などか,よそにても、なつかしき答へばかりはしたまふまじき。伊予介に劣りける身こそ」<BR>⏎ など,心づきなしと思ひてのたまふ。ありつる小袿を、さすがに、御衣の下に引き入れて、大殿籠もれり。小君を御前に臥せて、よろづに恨み、かつは,語らひたまふ。<BR>⏎ 「あこは,らうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひ果つまじけれ」<BR>⏎ |
173 | とまめやかにのたまふを、いとわびしと思ひたり。<BR>⏎ | 104 | ||
d1 | 174 | <P>⏎ | ||
175 | しばしうち休みたまへど、寝られたまはず。御硯急ぎ召して、さしはへたる御文にはあらで、畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ。<BR>⏎ | 105 | ||
d1 | 176 | <P>⏎ | ||
cd3:1 | 177-179 | 「空蝉の身をかへてける木のもとに<BR>⏎ なほ人がらのなつかしきかな」<BR>⏎ <P>⏎ | 106 | 「空蝉の身をかへてける木のもとに<BR> なほ人がらのなつかしきかな」<BR>⏎ |
180 | と書きたまへるを、懐に引き入れて持たり。かの人もいかに思ふらむと、いとほしけれど、かたがた思ほしかへして、御ことつけもなし。かの薄衣は、小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近くならして見ゐたまへり。<BR>⏎ | 107 | ||
d1 | 181 | <P>⏎ | ||
182 | 小君、かしこに行きたれば、姉君待ちつけて、いみじくのたまふ。<BR>⏎ | 108 | ||
d1 | 183 | <P>⏎ | ||
184 | 「あさましかりしに、とかう紛らはしても、人の思ひけむことさりどころなきに、いとなむわりなき。いとかう心幼きを、かつはいかに思ほすらむ」<BR>⏎ | 109 | ||
d1 | 185 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 186-187 | とて、恥づかしめたまふ。左右に苦しう思へど、かの御手習取り出でたり。さすがに、取りて見たまふ。かのもぬけを、いかに、<A HREF="#no3">伊勢をの海人のしほなれてや</A><A NAME="te3">、</A>など思ふもただならず、いとよろづに乱れて。<BR>⏎ <P>⏎ | 110 | とて,恥づかしめたまふ。左右に苦しう思へど、かの御手習取り出でたり。さすがに、取りて見たまふ。かのもぬけを、いかに,<A HREF="#no3">伊勢をの海人のしほなれてや</A><A NAME="te3">、</A>など思ふもただならず、いとよろづに乱れて。<BR>⏎ |
188 | 西の君も、もの恥づかしき心地してわたりたまひにけり。また知る人もなきことなれば、人知れずうちながめてゐたり。小君の渡り歩くにつけても、胸のみ塞がれど、御消息もなし。あさましと思ひ得る方もなくて、されたる心に、ものあはれなるべし。<BR>⏎ | 111 | ||
d1 | 189 | <P>⏎ | ||
190 | つれなき人も、さこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながらのわが身ならばと、<A HREF="#no4">取り返すものならねど</A><A NAME="te4">、</A>忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、<BR>⏎ | 112 | ||
d1 | 191 | <P>⏎ | ||
cd4:1 | 192-195 | 「空蝉の羽に置く露の木隠れて<BR>⏎ 忍び忍びに濡るる袖かな」<BR>⏎ ⏎ <P>⏎ | 113 | 「空蝉の羽に置く露の木隠れて<BR> 忍び忍びに濡るる袖かな」<BR>⏎ |
text03 | 196 | <a name="in21">【出典】<BR> | 114 | |
c1 | 197 | </a><A NAME="no1">出典1</A> 夕闇は道たどたどし月待ちて帰れわが背子そのまにも見む(古今六帖一-三七一 大宅娘女)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ | 115 | <A NAME="no1">出典1</A> 夕闇は道たどたどし月待ちて帰れわが背子そのまにも見む(古今六帖一-三七一 大宅娘女)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ |
198 | <A NAME="no2">出典2</A> 伊予の湯の 湯桁はいくつ いさ知らず や 算へず よまず やれ そよや なよや 君ぞ知るらうや(風俗歌-伊予湯)<A HREF="#te2">(戻)</A><BR>⏎ | 116 | ||
199 | <A NAME="no3">出典3</A> 鈴鹿山伊勢をの海人の捨て衣しほなれたりと人や見るらむ(後撰集恋三-七一八 藤原伊尹)<A HREF="#te3">(戻)</A><BR>⏎ | 117 | ||
200 | <A NAME="no4">出典4</A> 取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ(出典未詳)<A HREF="#te4">(戻)</A><BR>⏎ | 118 | ||
d1 | 201 | ⏎ | ||
text03 | 202 | <p> <a name="in22">【校訂】<BR> | 119 | |
203 | 備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文--* 朱筆--<朱><BR>⏎ | 120 | ||
c1 | 204 | </a><A NAME="k01">校訂1</A> 御消息も--御消息(息/+も)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ | 121 | <A NAME="k01">校訂1</A> 御消息も--御消息(息/+も)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ |
205 | <A NAME="k02">校訂2</A> 対面--た(た/+い)めむ<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎ | 122 | ||
206 | <A NAME="k03">校訂3</A> 二十--はたち(ち/$<朱>)<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎ | 123 | ||
207 | <A NAME="k04">校訂4</A> かぞふる--*かさふる<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎ | 124 | ||
208 | <A NAME="k05">校訂5</A> 側目も--そはめも(も/=にイ<朱>)<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎ | 125 | ||
209 | <A NAME="k06">校訂6</A> 見たまは--みたまふ(ふ/$は)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎ | 126 | ||
210 | <A NAME="k07">校訂7</A> 童--わら(ら/+は)へ<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎ | 127 | ||
211 | <A NAME="k08">校訂8</A> え堪ふ--え(え/+た)ふ<A HREF="#t08">(戻)</A><BR>⏎ | 128 | ||
d1 | 212 | </p>⏎ | ||
213 | <p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎ | 129 | ||
214 | <a href="roman03.html">ローマ字版 </a><BR>⏎ | 130 | ||
215 | <a href="version03.html">現代語訳 </a><BR>⏎ | 131 | ||
216 | <a href="note03.html">注釈</a><BR>⏎ | 132 | ||
217 | <a href="data03.html">大島本</a><BR>⏎ | 133 | ||
218 | <a href="okuiri03.html">自筆本奥入</a><BR>⏎ | 134 | ||
d1 | 219 | </p>⏎ | ||
220 | <hr size="4">⏎ | 135 | ||
221 | </body>⏎ | 136 | ||
222 | </HTML>⏎ | 137 | ||
i1 | 138 | ⏎ |