diff | src/original/text54.html | src/modified/text54.html | ||
---|---|---|---|---|
1 | <HTML>⏎ | 1 | ||
2 | <HEAD>⏎ | 2 | ||
3 | <meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8">⏎ | 3 | ||
4 | <meta http-equiv="Content-Style-Type" content="text/css">⏎ | 4 | ||
5 | <meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 14.0.3.0 for Windows">⏎ | 5 | ||
6 | <TITLE>夢浮橋(大島本)</TITLE>⏎ | 6 | ||
7 | </HEAD>⏎ | 7 | ||
cd2:1 | 8-9 | <body background="wallppr063.gif">⏎ <p>First updated 9/20/1996(ver.1-1)<br>⏎ | 8 | <BODY>⏎ |
cd4:2 | 10-13 | Last updated 9/29/2011(ver.2-2)<br>⏎ 渋谷栄一校訂(C)</p>⏎ <P>⏎ ⏎ | 9-10 | <ADDRESS>Last updated 9/29/2011(ver.2-2)<BR>⏎ 渋谷栄一校訂(C)</ADDRESS>⏎ |
14 | <H3>夢浮橋</H3>⏎ | 11 | ||
d1 | 15 | <P>⏎ | ||
16 | 薫君の大納言時代二十八歳の夏の物語<BR>⏎ | 12 | ||
d1 | 17 | <P>⏎ | ||
18 | [主要登場人物]<BR>⏎ | 13 | ||
19 | <DL>⏎ | 14 | ||
20 | <DT> 薫<かおる>⏎ | 15 | ||
21 | <DD>呼称---大将殿・殿、源氏の子<BR>⏎ | 16 | ||
22 | <DT> 女一の宮<おんないちのみや>⏎ | 17 | ||
23 | <DD>呼称---一品の宮、今上帝の第一内親王<BR>⏎ | 18 | ||
24 | <DT> 浮舟<うきふね><BR>⏎ | 19 | ||
25 | <DD>呼称---入道の姫君・姫君、八の宮の三女<BR>⏎ | 20 | ||
26 | <DT> 中将の君<ちゅうじょうのきみ><BR>⏎ | 21 | ||
27 | <DD>呼称---親・母、浮舟の母<BR>⏎ | 22 | ||
28 | <DT> 小君<こぎみ><BR>⏎ | 23 | ||
29 | <DD>呼称---小君・御弟の童・童、浮舟の異父弟<BR>⏎ | 24 | ||
30 | <DT> 母尼<ははのあま>⏎ | 25 | ||
31 | <DD>呼称---朽尼、横川僧都の母<BR>⏎ | 26 | ||
32 | <DT> 横川僧都<よかわのそうず>⏎ | 27 | ||
33 | <DD>呼称---僧都<BR>⏎ | 28 | ||
34 | <DT> 妹尼<いもうとのあま>⏎ | 29 | ||
35 | <DD>呼称---故衛門督の北の方・尼君・妹・主人、横川僧都の妹<BR>⏎ | 30 | ||
36 | </DL>⏎ | 31 | ||
d1 | 37 | <P>⏎ | ||
38 | 第一章 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く<BR>⏎ | 32 | ||
39 | <OL>⏎ | 33 | ||
40 | <LI>薫、横川に出向く---<A HREF="#in11">山におはして、例せさせたまふやうに、経仏など</A>⏎ | 34 | ||
41 | <LI>僧都、薫に宇治での出来事を語る---<A HREF="#in12">僧都、「さればよ。ただ人と見えざりし人の</A>⏎ | 35 | ||
42 | <LI>薫、僧都に浮舟との面会を依頼---<A HREF="#in13">「さてこそあなれ」と、ほの聞きて</A>⏎ | 36 | ||
43 | <LI>僧都、浮舟への手紙を書く---<A HREF="#in14">かの御弟の童、御供に率ておはしたりけり</A>⏎ | 37 | ||
44 | <LI>浮舟、薫らの帰りを見る---<A HREF="#in15">小野には、いと深く茂りたる青葉の山に向かひて</A>⏎ | 38 | ||
45 | </OL>⏎ | 39 | ||
46 | 第二章 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない<BR>⏎ | 40 | ||
47 | <OL>⏎ | 41 | ||
48 | <LI>薫、浮舟のもとに小君を遣わす---<A HREF="#in21">かの殿は、「この子をやがてやらむ」と思しけれど</A>⏎ | 42 | ||
c1 | 49 | <LI>小君、小野山荘の浮舟を訪問---<A HREF="#in22">あやしけれど、「これこそは、さは、確かなる</A>⏎ | 43 | <LI>小君、小野山荘の浮舟を訪問---<A HREF="#in22">あやしけれど、「これこそは、さは,確かなる</A>⏎ |
50 | <LI>浮舟、小君との面会を拒む---<A HREF="#in23">まがふべくもあらず、書き明らめたまへれど</A>⏎ | 44 | ||
51 | <LI>小君、薫からの手紙を渡す---<A HREF="#in24">この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らむも</A>⏎ | 45 | ||
52 | <LI>浮舟、薫への返事を拒む---<A HREF="#in25">かくつぶつぶと書きたまへるさまの、紛らはさむ方</A>⏎ | 46 | ||
53 | <LI>小君、空しく帰り来る---<A HREF="#in26">所につけてをかしき饗応などしたれど</A>⏎ | 47 | ||
54 | </OL>⏎ | 48 | ||
d1 | 55 | <P>⏎ | ||
56 | <A HREF="#in31">【出典】</A><BR>⏎ | 49 | ||
57 | <A HREF="#in32">【校訂】</A><BR>⏎ | 50 | ||
d1 | 58 | <P>⏎ | ||
text54 | 59 | <H4>第一章 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く</H4> | 51 | |
text54 | 60 | <A NAME="in11">[第一段 薫、横川に出向く]</A><BR> | 52 | |
d1 | 61 | <P>⏎ | ||
62 | 山におはして、例せさせたまふやうに、経仏など供養ぜさせたまふ。またの日は、横川におはしたれば、僧都驚きかしこまりきこえたまふ。<BR>⏎ | 53 | ||
d1 | 63 | <P>⏎ | ||
64 | 年ごろ、御祈りなどつけ語らひたまひけれど、ことにいと親しきことはなかりけるを、このたび、一品の宮の御心地のほどにさぶらひたまへるに、「すぐれたまへる験ものしたまひけり」と見たまひてより、こよなう尊びたまひて、今すこし深き契り<A HREF="#k01">加へたまひ</A><A NAME="t01">て</A>ければ、「重々しうおはする殿の、かくわざとおはしましたること」と、もて騷ぎきこえたまふ。御物語など、こまやかにしておはすれば、御湯漬など参りたまふ。<BR>⏎ | 54 | ||
d1 | 65 | <P>⏎ | ||
66 | すこし人びと静まりぬるに、<BR>⏎ | 55 | ||
d1 | 67 | <P>⏎ | ||
68 | 「小野のわたりに、知りたまへる宿りやはべる」<BR>⏎ | 56 | ||
d1 | 69 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 70-71 | と、問ひたまへば、<BR>⏎ <P>⏎ | 57 | と,問ひたまへば、<BR>⏎ |
72 | 「しかはべる。いと異様なる所になむ。なにがしが母なる朽尼のはべるを、京にはかばかしからぬ住処もはべらぬうちに、かくて籠もりはべるあひだは、夜中、暁にも、あひ訪らはむ、と思ひたまへおきてはべる」<BR>⏎ | 58 | ||
d1 | 73 | <P>⏎ | ||
74 | など申したまふ。<BR>⏎ | 59 | ||
d1 | 75 | <P>⏎ | ||
76 | 「そのわたりには、ただ近きころほひまで、人多う住みはべりけるを、今は、いとかすかにこそなりゆくめれ」<BR>⏎ | 60 | ||
d1 | 77 | <P>⏎ | ||
78 | などのたまひて、今すこし近くゐ寄りて、忍びやかに、<BR>⏎ | 61 | ||
d1 | 79 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 80-81 | 「いと浮きたる心地もしはべる、また、尋ねきこえむにつけては、いかなりけることにかと、心得ず思されぬべきに、かたがた、憚られはべれど、かの山里に、知るべき人の隠ろへてはべるやうに聞きはべりしを。確かにてこそは、いかなるさまにて、なども漏らしきこえめ、など思ひたまふるほどに、御弟子になりて、忌むことなど授けたまひてけり、と聞きはべるは、まことか。まだ年も若く、親などもありし人なれば、ここに失ひたるやうに、かことかくる人なむはべるを」<BR>⏎ <P>⏎ | 62 | 「いと浮きたる心地もしはべる、また,尋ねきこえむにつけては、いかなりけることにかと、心得ず思されぬべきに、かたがた、憚られはべれど、かの山里に、知るべき人の隠ろへてはべるやうに聞きはべりしを。確かにてこそは、いかなるさまにて、なども漏らしきこえめ、など思ひたまふるほどに、御弟子になりて、忌むことなど授けたまひてけり、と聞きはべるは、まことか。まだ年も若く、親などもありし人なれば、ここに失ひたるやうに、かことかくる人なむはべるを」<BR>⏎ |
82 | などのたまふ。<BR>⏎ | 63 | ||
d1 | 83 | <P>⏎ | ||
text54 | 84 | <A NAME="in12">[第二段 僧都、薫に宇治での出来事を語る]</A><BR> | 64 | |
d1 | 85 | <P>⏎ | ||
86 | 僧都、「さればよ。ただ人と見えざりし人のさまぞかし。かくまでのたまふは、軽々しくは思されざりける人にこそあめれ」と思ふに、「法師といひながら、心もなく、たちまちに容貌をやつしてけること」と、胸つぶれて、いらへきこえむやう思ひまはさる。<BR>⏎ | 65 | ||
d1 | 87 | <P>⏎ | ||
88 | 「確かに聞きたまへるにこそあめれ。かばかり心得たまひて、うかがひ尋ねたまはむに、隠れあるべきことにもあらず。なかなかあらがひ隠さむに、あいなかるべし」など、とばかり思ひ得て、<BR>⏎ | 66 | ||
d1 | 89 | <P>⏎ | ||
90 | 「いかなることにかはべりけむ。この月ごろ、うちうちにあやしみ思うたまふる人の御ことにや」とて、<BR>⏎ | 67 | ||
d1 | 91 | <P>⏎ | ||
92 | 「かしこにはべる尼どもの、初瀬に願はべりて、詣でて帰りける道に、宇治の院といふ所に留まりてはべりけるに、母の尼の労気にはかに起こりて、いたくなむわづらふと告げに、人の参うで来たりしかば、まかり向かひたりしに、まづ妖しきことなむ」<BR>⏎ | 68 | ||
d1 | 93 | <P>⏎ | ||
94 | とささめきて、<BR>⏎ | 69 | ||
d1 | 95 | <P>⏎ | ||
96 | 「親の死に返るをばさし置きて、もて扱ひ嘆きてなむはべりし。この人も、亡くなりたまへるさまながら、さすがに息は通ひておはしければ、昔物語に、魂殿に置きたりけむ人のたとひを思ひ出でて、さやうなることにや、と珍しがりはべりて、弟子ばらの中に験ある者どもを呼び寄せつつ、代はり代はりに加持せさせなどなむしはべりける。<BR>⏎ | 70 | ||
d1 | 97 | <P>⏎ | ||
98 | なにがしは、惜しむべき齢ならねど、母の旅の空にて病重きを助けて、念仏をも心乱れずせさせむと、仏を念じたてまつり思うたまへしほどに、その人のありさま、詳しうも見たまへずなむはべりし。ことの心推し量り思うたまふるに、天狗木霊などやうのものの、欺き率てたてまつりたりけるにや、となむ<A HREF="#k02">承り</A><A NAME="t02">し</A>。<BR>⏎ | 71 | ||
d1 | 99 | <P>⏎ | ||
100 | 助けて、京に率てたてまつりて後も、三月ばかりは亡き人にてなむものしたまひけるを、なにがしが妹、故衛門督の北の方にてはべりしが、尼になりてはべるなむ、一人持ちてはべりし女子を失ひて後、月日は多く隔てはべりしかど、悲しび堪へず嘆き<A HREF="#k03">思ひたまへはべる</A><A NAME="t03">に</A>、同じ年のほどと見ゆる人の、かく容貌いとうるはしくきよらなるを見出でたてまつりて、観音の賜へると喜び思ひて、この人いたづらになしたてまつらじと、惑ひ焦られて、泣く泣くいみじきことどもを申されしかば。<BR>⏎ | 72 | ||
d1 | 101 | <P>⏎ | ||
102 | 後になむ、かの坂本にみづから下りはべりて、護身など仕まつりしに、やうやう生き出でて人となりたまへりけれど、『なほ、この領じたりけるものの、身に離れぬ心地なむする。この悪しきものの妨げを逃れて、後の世を思はむ』など、悲しげにのたまふ<A HREF="#k04">ことども</A><A NAME="t04">の</A>はべりしかば、法師にては、勧めも申しつべきことにこそはとて、まことに出家せしめたてまつりてしになむはべる。<BR>⏎ | 73 | ||
d1 | 103 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 104-105 | さらに、しろしめすべきこととは、いかでかそらにさとりはべらむ。珍しきことのさまにもあるを、世語りにもしはべりぬべかりしかど、聞こえありて、わづらはしかるべきことにもこそと、この老い人どものとかく申して、この月ごろ、音なくてはべりつるになむ」<BR>⏎ <P>⏎ | 74 | さらに,しろしめすべきこととは、いかでかそらにさとりはべらむ。珍しきことのさまにもあるを、世語りにもしはべりぬべかりしかど、聞こえありて、わづらはしかるべきことにもこそと、この老い人どものとかく申して、この月ごろ、音なくてはべりつるになむ」<BR>⏎ |
106 | と申したまへば、<BR>⏎ | 75 | ||
d1 | 107 | <P>⏎ | ||
text54 | 108 | <A NAME="in13">[第三段 薫、僧都に浮舟との面会を依頼]</A><BR> | 76 | |
d1 | 109 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 110-111 | 「さてこそあなれ」と、<A HREF="#k05">ほの聞きて</A><A NAME="t05">、</A>かくまでも問ひ出でたまへることなれど、「むげに亡き人と思ひ果てにし人を、さは、まことにあるにこそは」と思すほど、夢の心地してあさましければ、つつみもあへず涙ぐまれたまひぬるを、僧都の恥づかしげなるに、「かくまで見ゆべきことかは」と思ひ返して、つれなくもてなしたまへど、「かく思しけることを、この世には亡き人と同じやうになしたること」と、過ちしたる心地して、罪深ければ、<BR>⏎ <P>⏎ | 77 | 「さてこそあなれ」と、<A HREF="#k05">ほの聞きて</A><A NAME="t05">、</A>かくまでも問ひ出でたまへることなれど、「むげに亡き人と思ひ果てにし人を、さは,まことにあるにこそは」と思すほど、夢の心地してあさましければ、つつみもあへず涙ぐまれたまひぬるを、僧都の恥づかしげなるに、「かくまで見ゆべきことかは」と思ひ返して、つれなくもてなしたまへど、「かく思しけることを、この世には亡き人と同じやうになしたること」と、過ちしたる心地して、罪深ければ、<BR>⏎ |
112 | 「悪しきものに領ぜられたまひけむも、さるべき前の世の契りなり。思ふに、高き家の子にこそものしたまひけめ、いかなる誤りにて、かくまではふれたまひけむにか」<BR>⏎ | 78 | ||
d1 | 113 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 114-117 | と、問ひ申したまへば、<BR>⏎ <P>⏎ 「なま王家流などいふべき筋にやありけむ。ここにも、もとよりわざと思ひしことにもはべらず。ものはかなくて見つけそめてははべりしかど、また、いとかくまで落ちあふるべき際と思ひたまへざりしを。珍かに、跡もなく消え失せにしかば、身を投げたるにやなど、さまざまに疑ひ多くて、確かなることは、え聞きはべらざりつるになむ。<BR>⏎ <P>⏎ | 79-80 | と,問ひ申したまへば、<BR>⏎ 「なま王家流などいふべき筋にやありけむ。ここにも、もとよりわざと思ひしことにもはべらず。ものはかなくて見つけそめてははべりしかど、また,いとかくまで落ちあふるべき際と思ひたまへざりしを。珍かに、跡もなく消え失せにしかば、身を投げたるにやなど、さまざまに疑ひ多くて、確かなることは、え聞きはべらざりつるになむ。<BR>⏎ |
118 | 罪軽めてものすれば、いとよしと心やすくなむ、みづからは思ひたまへなりぬるを、母なる人なむ、いみじく恋ひ悲しぶなるを、かくなむ聞き出でたると、告げ知らせまほしくはべれど、月ごろ隠させたまひける本意違ふやうに、もの騒がしくやはべらむ。親子の仲の思ひ絶えず、悲しびに堪へで、訪らひものしなどしはべりなむかし」<BR>⏎ | 81 | ||
d1 | 119 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 120-121 | などのたまひて、さて、<BR>⏎ <P>⏎ | 82 | などのたまひて、さて,<BR>⏎ |
122 | 「いと便なきしるべとは思すとも、かの坂本に下りたまへ。かばかり聞きて、なのめに思ひ過ぐすべくは思ひはべらざりし人なるを、夢のやうなることどもも、今だに語り合はせむ、となむ思ひたまふる」<BR>⏎ | 83 | ||
d1 | 123 | <P>⏎ | ||
124 | とのたまふけしき、いとあはれと思ひたまへれば、<BR>⏎ | 84 | ||
d1 | 125 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 126-129 | 「容貌を変へ、世を背きにきとおぼえたれど、髪鬚を剃りたる法師だに、あやしき心は失せぬもあなり。まして、女の御身はいかがあらむ。いとほしう、罪得ぬべきわざにもあるべきかな」<BR>⏎ <P>⏎ と、あぢきなく心乱れぬ。<BR>⏎ <P>⏎ | 85-86 | 「容貌を変へ、世を背きにきとおぼえたれど、髪鬚を剃りたる法師だに、あやしき心は失せぬもあなり。まして,女の御身はいかがあらむ。いとほしう、罪得ぬべきわざにもあるべきかな」<BR>⏎ と,あぢきなく心乱れぬ。<BR>⏎ |
130 | 「まかり下りむこと、今日明日は障りはべり。月たちてのほどに、御消息を申させはべらむ」<BR>⏎ | 87 | ||
d1 | 131 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 132-133 | と申したまふ。いと心もとなけれど、「なほ、なほ」と、うちつけに焦られむも、さま悪しければ、「さらば」とて、帰りたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 88 | と申したまふ。いと心もとなけれど、「なほ,なほ」と、うちつけに焦られむも、さま悪しければ、「さらば」とて、帰りたまふ。<BR>⏎ |
text54 | 134 | <A NAME="in14">[第四段 僧都、浮舟への手紙を書く]</A><BR> | 89 | |
d1 | 135 | <P>⏎ | ||
136 | かの御弟の童、御供に率ておはしたりけり。異兄弟どもよりは、容貌もきよげなるを、呼び出でたまひて、<BR>⏎ | 90 | ||
d1 | 137 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 138-139 | 「これなむ、その人の近きゆかりなるを、これをかつがつものせむ。御文一行賜へ。その人とはなくて、ただ、尋ねきこゆる人なむある、とばかりの心を知らせたまへ」<BR>⏎ <P>⏎ | 91 | 「これなむ、その人の近きゆかりなるを、これをかつがつものせむ。御文一行賜へ。その人とはなくて、ただ,尋ねきこゆる人なむある、とばかりの心を知らせたまへ」<BR>⏎ |
140 | とのたまへば、<BR>⏎ | 92 | ||
d1 | 141 | <P>⏎ | ||
142 | 「なにがし、このしるべにて、かならず罪得はべりなむ。ことのありさまは、詳しくとり申しつ。今は、御みづから立ち寄らせたまひて、あるべからむことはものせさせたまはむに、何の咎かはべらむ」<BR>⏎ | 93 | ||
d1 | 143 | <P>⏎ | ||
144 | と申したまへば、うち笑ひて、<BR>⏎ | 94 | ||
d1 | 145 | <P>⏎ | ||
146 | 「罪得ぬべきしるべと思ひなしたまふらむこそ、恥づかしけれ。ここには、俗の形にて、今まで過ぐすなむいとあやしき。<BR>⏎ | 95 | ||
d1 | 147 | <P>⏎ | ||
148 | いはけなかりしより、思ふ心ざし深くはべるを、三条の宮の、心細げにて、頼もしげなき身一つをよすがに思したるが、避りがたきほだしにおぼえはべりて、かかづらひはべりつるほどに、おのづから位などいふことも高くなり、身のおきても心にかなひがたくなどして、思ひながら過ぎはべるには、またえ避らぬことも、数のみ添ひつつは過ぐせど、公私に、逃れがたきことにつけてこそ、さもはべらめ、さらでは、仏の制したまふ方のことを、わづかにも聞き及ばむことは、いかで過たじと、慎しみて、心の内は聖に劣りはべらぬものを。<BR>⏎ | 96 | ||
d1 | 149 | <P>⏎ | ||
cd6:3 | 150-155 | まして、いとはかなきことにつけてしも、重き罪得べきことは、などてか思ひたまへむ。さらにあるまじきことにはべり。疑ひ思すまじ。ただ、いとほしき親の思ひなどを、聞きあきらめはべらむばかりなむ、うれしう心やすかるべき」<BR>⏎ <P>⏎ など、昔より深かりし方の心を語りたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ 僧都も、げにと、うなづきて、<BR>⏎ <P>⏎ | 97-99 | まして,いとはかなきことにつけてしも、重き罪得べきことは、などてか思ひたまへむ。さらにあるまじきことにはべり。疑ひ思すまじ。ただ,いとほしき親の思ひなどを、聞きあきらめはべらむばかりなむ、うれしう心やすかるべき」<BR>⏎ など,昔より深かりし方の心を語りたまふ。<BR>⏎ 僧都も、げにと,うなづきて、<BR>⏎ |
156 | 「いとど尊きこと」<BR>⏎ | 100 | ||
d1 | 157 | <P>⏎ | ||
158 | など聞こえたまふほどに、日も暮れぬれば、<BR>⏎ | 101 | ||
d1 | 159 | <P>⏎ | ||
160 | 「中宿りもいとよかりぬべけれど、うはの空にてものしたらむこそ、なほ便なかるべけれ」<BR>⏎ | 102 | ||
d1 | 161 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 162-163 | と、思ひわづらひて帰りたまふに、この弟の童を、僧都、目止めてほめたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 103 | と,思ひわづらひて帰りたまふに、この弟の童を、僧都、目止めてほめたまふ。<BR>⏎ |
164 | 「これにつけて、まづほのめかしたまへ」<BR>⏎ | 104 | ||
d1 | 165 | <P>⏎ | ||
166 | と聞こえたまへば、文書きて取らせたまふ。<BR>⏎ | 105 | ||
d1 | 167 | <P>⏎ | ||
168 | 「時々は山におはして遊びたまへよ」と「すずろなるやうには思すまじきゆゑもありけり」<BR>⏎ | 106 | ||
d1 | 169 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 170-171 | と、うち語らひたまふ。この子は心も得ねど、文取りて御供に出づ。坂本になれば、御前の人びとすこし立ちあかれて、「忍びやかにを」とのたまふ。<BR>⏎ <P>⏎ | 107 | と,うち語らひたまふ。この子は心も得ねど、文取りて御供に出づ。坂本になれば、御前の人びとすこし立ちあかれて、「忍びやかにを」とのたまふ。<BR>⏎ |
text54 | 172 | <A NAME="in15">[第五段 浮舟、薫らの帰りを見る]</A><BR> | 108 | |
d1 | 173 | <P>⏎ | ||
174 | 小野には、いと深く茂りたる青葉の山に向かひて、紛るることなく、遣水の蛍ばかりを、昔おぼゆる慰めにて眺めゐたまへるに、例の、遥かに見やらるる谷の軒端より、前駆心ことに追ひて、いと多う灯したる火の、のどかならぬ光を見るとて、尼君たちも端に出でゐたり。<BR>⏎ | 109 | ||
d1 | 175 | <P>⏎ | ||
176 | 「誰がおはするにかあらむ。御前などいと多くこそ見ゆれ」<BR>⏎ | 110 | ||
d1 | 177 | <P>⏎ | ||
178 | 「昼、あなたに引干し奉れたりつる返り事に、『大将殿おはしまして、御饗応のことにはかにするを、いとよき折なり』と、こそありつれ」<BR>⏎ | 111 | ||
d1 | 179 | <P>⏎ | ||
180 | 「大将殿とは、この女二の宮の御夫にやおはしつらむ」<BR>⏎ | 112 | ||
d1 | 181 | <P>⏎ | ||
182 | など言ふも、いとこの世遠く、田舎びにたりや。まことにさにやあらむ。時々、かかる山路分けおはせし時、いとしるかりし随身の声も、うちつけにまじりて聞こゆ。<BR>⏎ | 113 | ||
d1 | 183 | <P>⏎ | ||
184 | 月日の過ぎゆくままに、昔のことのかく思ひ忘れぬも、「今は何にすべきことぞ」と心憂ければ、阿弥陀仏に思ひ紛らはして、いとどものも言はでゐたり。横川に通ふ人のみなむ、このわたりには近きたよりなりける。<BR>⏎ | 114 | ||
d1 | 185 | <P>⏎ | ||
text54 | 186 | <H4>第二章 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない</H4> | 115 | |
text54 | 187 | <A NAME="in21">[第一段 薫、浮舟のもとに小君を遣わす]</A><BR> | 116 | |
d1 | 188 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 189-190 | かの殿は、「この子をやがてやらむ」と思しけれど、人目多くて便なければ、殿に帰りたまひて、またの日、ことさらにぞ出だし立てたまふ。睦ましく思す人の、ことことしからぬ二、三人、送りにて、昔も常に遣はしし随身添へたまへり。人聞かぬ間に呼び寄せたまひて、<BR>⏎ <P>⏎ | 117 | かの殿は、「この子をやがてやらむ」と思しけれど、人目多くて便なければ、殿に帰りたまひて、またの日、ことさらにぞ出だし立てたまふ。睦ましく思す人の、ことことしからぬ二,三人、送りにて、昔も常に遣はしし随身添へたまへり。人聞かぬ間に呼び寄せたまひて、<BR>⏎ |
191 | 「あこが亡せにし姉の顔は、おぼゆや。今は世に亡き人と思ひ果てにしを、いと確かにこそ、ものしたまふなれ。疎き人には聞かせじと思ふを、行きて尋ねよ。母に、いまだしきに言ふな。なかなか驚き騒がむほどに、知るまじき人も知りなむ。その親の御思ひのいとほしさにこそ、かくも尋ぬれ」<BR>⏎ | 118 | ||
d1 | 192 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 193-196 | と、まだきにいと口固めたまふを、幼き心地にも、姉弟は多かれど、この君の容貌をば、似るものなしと思ひしみたりしに、亡せたまひにけりと聞きて、いと悲しと思ひわたるに、かくのたまへば、うれしきにも涙の落つるを、恥づかしと思ひて、<BR>⏎ <P>⏎ 「を、を」<BR>⏎ <P>⏎ | 119-120 | と,まだきにいと口固めたまふを、幼き心地にも、姉弟は多かれど、この君の容貌をば、似るものなしと思ひしみたりしに、亡せたまひにけりと聞きて、いと悲しと思ひわたるに、かくのたまへば、うれしきにも涙の落つるを、恥づかしと思ひて、<BR>⏎ 「を,を」<BR>⏎ |
197 | と荒らかに聞こえゐたり。<BR>⏎ | 121 | ||
d1 | 198 | <P>⏎ | ||
199 | かしこには、まだつとめて、僧都の御もとより、<BR>⏎ | 122 | ||
d1 | 200 | <P>⏎ | ||
201 | 「昨夜、大将殿の御使にて、小君や参うでたまへりし。ことの心承りしに、あぢきなく、かへりて臆しはべりてなむ、と姫君に聞こえたまへ。みづから聞こえさすべきことも多かれど、今日明日過ぐしてさぶらふべし」<BR>⏎ | 123 | ||
d1 | 202 | <P>⏎ | ||
203 | と書きたまへり。「これは何ごとぞ」と尼君驚きて、こなたへもて渡りて見せたてまつりたまへば、面うち赤みて、「ものの聞こえのあるにや」と苦しう、「もの隠ししける」と恨みられむを思ひ続くるに、いらへむ方なくてゐたまへるに、<BR>⏎ | 124 | ||
d1 | 204 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 205-208 | 「なほ、のたまはせよ。心憂く思し隔つること」<BR>⏎ <P>⏎ と、いみじく恨みて、ことの心を知らねば、あわたたしきまで思ひたるほどに、<BR>⏎ <P>⏎ | 125-126 | 「なほ,のたまはせよ。心憂く思し隔つること」<BR>⏎ と,いみじく恨みて、ことの心を知らねば、あわたたしきまで思ひたるほどに、<BR>⏎ |
209 | 「山より、僧都の御消息にて、参りたる人なむある」<BR>⏎ | 127 | ||
d1 | 210 | <P>⏎ | ||
211 | と言ひ入れたり。<BR>⏎ | 128 | ||
d1 | 212 | <P>⏎ | ||
text54 | 213 | <A NAME="in22">[第二段 小君、小野山荘の浮舟を訪問]</A><BR> | 129 | |
d1 | 214 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 215-216 | あやしけれど、「これこそは、さは、確かなる御消息ならめ」とて、<BR>⏎ <P>⏎ | 130 | あやしけれど、「これこそは、さは,確かなる御消息ならめ」とて、<BR>⏎ |
217 | 「こなたに」<BR>⏎ | 131 | ||
d1 | 218 | <P>⏎ | ||
219 | と言はせたれば、いときよげにしなやかなる童の、えならず装束きたるぞ、歩み来たる。円座さし出でたれば、簾のもとについゐて、<BR>⏎ | 132 | ||
d1 | 220 | <P>⏎ | ||
221 | 「かやうにては、さぶらふまじくこそは、僧都は、のたまひしか」<BR>⏎ | 133 | ||
d1 | 222 | <P>⏎ | ||
223 | と言へば、尼君ぞ、いらへなどしたまふ。文取り入れて見れば、<BR>⏎ | 134 | ||
d1 | 224 | <P>⏎ | ||
225 | 「入道の姫君の御方に、山より」<BR>⏎ | 135 | ||
d1 | 226 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 227-228 | とて、名書きたまへり。あらじなど、あらがふべきやうもなし。<BR>⏎ <P>⏎ | 136 | とて,名書きたまへり。あらじなど、あらがふべきやうもなし。<BR>⏎ |
229 | いとはしたなくおぼえて、いよいよ引き入られて、人に顔も見合はせず。<BR>⏎ | 137 | ||
d1 | 230 | <P>⏎ | ||
231 | 「常にほこりかならずものしたまふ人柄なれど、いとうたて、心憂し」<BR>⏎ | 138 | ||
d1 | 232 | <P>⏎ | ||
233 | など言ひて、僧都の御文見れば、<BR>⏎ | 139 | ||
d1 | 234 | <P>⏎ | ||
235 | 「今朝、ここに大将殿のものしたまひて、御ありさま尋ね問ひたまふに、初めよりありしやう詳しく聞こえはべりぬ。御心ざし深かりける御仲を背きたまひて、あやしき山賤の中に出家したまへること、かへりては、仏の責め添ふべきことなるをなむ、承り驚きはべる。<BR>⏎ | 140 | ||
d1 | 236 | <P>⏎ | ||
237 | いかがはせむ。もとの御契り過ちたまはで、愛執の罪を<A HREF="#k06">はるかし</A><A NAME="t06">き</A>こえたまひて、一日の出家の功徳は、はかりなきものなれば、なほ頼ませたまへとなむ。ことごとには、みづからさぶらひて申しはべらむ。かつがつ、この小君聞こえたまひてむ」<BR>⏎ | 141 | ||
d1 | 238 | <P>⏎ | ||
239 | と書いたり。<BR>⏎ | 142 | ||
d1 | 240 | <P>⏎ | ||
text54 | 241 | <A NAME="in23">[第三段 浮舟、小君との面会を拒む]</A><BR> | 143 | |
d1 | 242 | <P>⏎ | ||
243 | まがふべくもあらず、書き明らめたまへれど、異人は心も得ず。<BR>⏎ | 144 | ||
d1 | 244 | <P>⏎ | ||
cd6:3 | 245-250 | 「この君は、誰れにかおはすらむ。なほ、いと心憂し。今さへ、かくあながちに隔てさせたまふ」<BR>⏎ <P>⏎ と責められて、すこし外ざまに向きて見たまへば、この子は、今はと世を思ひなりし夕暮れに、いと恋しと思ひし人なりけり。同じ所にて見しほどは、いと性なく、あやにくにおごりて憎かりしかど、母のいとかなしくして、宇治にも時々率ておはせしかば、すこしおよすけしままに、かたみに思へり。<BR>⏎ <P>⏎ 童心を思ひ出づるにも、夢のやうなり。まづ、母のありさま、いと問はまほしく、「異人びとの上は、おのづからやうやうと聞けど、親のおはすらむやうは、ほのかにもえ聞かずかし」と、なかなかこれを見るに、いと悲しくて、ほろほろと泣かれぬ。<BR>⏎ <P>⏎ | 145-147 | 「この君は、誰れにかおはすらむ。なほ,いと心憂し。今さへ、かくあながちに隔てさせたまふ」<BR>⏎ と責められて、すこし外ざまに向きて見たまへば、この子は,今はと世を思ひなりし夕暮れに、いと恋しと思ひし人なりけり。同じ所にて見しほどは、いと性なく、あやにくにおごりて憎かりしかど、母のいとかなしくして、宇治にも時々率ておはせしかば、すこしおよすけしままに、かたみに思へり。<BR>⏎ 童心を思ひ出づるにも、夢のやうなり。まづ,母のありさま、いと問はまほしく、「異人びとの上は、おのづからやうやうと聞けど、親のおはすらむやうは、ほのかにもえ聞かずかし」と、なかなかこれを見るに、いと悲しくて、ほろほろと泣かれぬ。<BR>⏎ |
251 | いとをかしげにて、すこしうちおぼえたまへる心地もすれば、<BR>⏎ | 148 | ||
d1 | 252 | <P>⏎ | ||
253 | 「御兄弟にこそおはすめれ。聞こえまほしく思すこともあらむ。内に入れたてまつらむ」<BR>⏎ | 149 | ||
d1 | 254 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 255-258 | と言ふを、「何か、今は世にあるものとも思はざらむに、あやしきさまに面変りして、ふと見えむも恥づかし」と思へば、とばかりためらひて、<BR>⏎ <P>⏎ 「げに、隔てありと、思しなすらむが苦しさに、ものも言はれでなむ。あさましかりけむありさまは、珍かなることと見たまひてけむを、うつし心も失せ、魂などいふらむものも、あらぬさまになりにけるにやあらむ。いかにもいかにも、過ぎにし方のことを、我ながらさらにえ思ひ出でぬに、紀伊守とかありし人の、世の物語すめりし中になむ、見しあたりのことにやと、ほのかに思ひ出でらるることある心地せし。<BR>⏎ <P>⏎ | 150-151 | と言ふを、「何か,今は世にあるものとも思はざらむに、あやしきさまに面変りして、ふと見えむも恥づかし」と思へば、とばかりためらひて、<BR>⏎ 「げに,隔てありと、思しなすらむが苦しさに、ものも言はれでなむ。あさましかりけむありさまは、珍かなることと見たまひてけむを、うつし心も失せ、魂などいふらむものも、あらぬさまになりにけるにやあらむ。いかにもいかにも、過ぎにし方のことを、我ながらさらにえ思ひ出でぬに、紀伊守とかありし人の、世の物語すめりし中になむ、見しあたりのことにやと、ほのかに思ひ出でらるることある心地せし。<BR>⏎ |
259 | その後、とざまかうざまに思ひ続くれど、さらにはかばかしくもおぼえぬに、ただ一人ものしたまひし人の、いかでとおろかならず思ひためりしを、まだや世におはすらむと、そればかりなむ心に離れず、悲しき折々はべるに、今日見れば、この童の顔は、小さくて見し心地するにも、いと忍びがたけれど、今さらに、かかる人にも、ありとは知られでやみなむ、となむ思ひはべる。<BR>⏎ | 152 | ||
d1 | 260 | <P>⏎ | ||
261 | かの人、もし世にものしたまはば、それ一人になむ、対面せまほしく思ひはべる。この僧都の、のたまへる人などには、さらに知られたてまつらじ、とこそ思ひはべりつれ。かまへて、ひがことなりけりと聞こえなして、もて隠したまへ」<BR>⏎ | 153 | ||
d1 | 262 | <P>⏎ | ||
263 | とのたまへば、<BR>⏎ | 154 | ||
d1 | 264 | <P>⏎ | ||
265 | 「いと難いことかな。僧都の御心は、聖といふなかにも、あまり隈なくものしたまへば、まさに残いては、聞こえたまひてむや。後に隠れあらじ。なのめに軽々しき御ほどにもおはしまさず」<BR>⏎ | 155 | ||
d1 | 266 | <P>⏎ | ||
267 | など言ひ騷ぎて、<BR>⏎ | 156 | ||
d1 | 268 | <P>⏎ | ||
269 | 「世に知らず心強くおはしますこそ」<BR>⏎ | 157 | ||
d1 | 270 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 271-272 | と、皆言ひ合はせて、母屋の際に几帳立てて入れたり。<BR>⏎ <P>⏎ | 158 | と,皆言ひ合はせて、母屋の際に几帳立てて入れたり。<BR>⏎ |
text54 | 273 | <A NAME="in24">[第四段 小君、薫からの手紙を渡す]</A><BR> | 159 | |
d1 | 274 | <P>⏎ | ||
275 | この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らむもつつましけれど、<BR>⏎ | 160 | ||
d1 | 276 | <P>⏎ | ||
277 | 「またはべる御文、いかでたてまつらむ。僧都の御しるべは、確かなるを、かくおぼつかなくはべるこそ」<BR>⏎ | 161 | ||
d1 | 278 | <P>⏎ | ||
cd4:2 | 279-282 | と、伏目にて言へば、<BR>⏎ <P>⏎ 「そそや。あな、うつくし」<BR>⏎ <P>⏎ | 162-163 | と,伏目にて言へば、<BR>⏎ 「そそや。あな,うつくし」<BR>⏎ |
283 | など言ひて、<BR>⏎ | 164 | ||
d1 | 284 | <P>⏎ | ||
285 | 「御文御覧ずべき人は、ここにものせさせたまふめり。見証の人なむ、いかなることにかと、心得がたくはべるを、なほのたまはせよ。幼き御ほどなれど、かかる御しるべに頼みきこえたまふやうもあらむ」<BR>⏎ | 165 | ||
d1 | 286 | <P>⏎ | ||
287 | など言へど、<BR>⏎ | 166 | ||
d1 | 288 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 289-290 | 「思し隔てて、おぼおぼしくもてなさせたまふには、何事をか聞こえはべらむ。疎く思しなりにければ、聞こゆべきこともはべらず。ただ、この御文を、人伝てならで奉れ、とてはべりつる、いかでたてまつらむ」<BR>⏎ <P>⏎ | 167 | 「思し隔てて、おぼおぼしくもてなさせたまふには、何事をか聞こえはべらむ。疎く思しなりにければ、聞こゆべきこともはべらず。ただ,この御文を、人伝てならで奉れ、とてはべりつる、いかでたてまつらむ」<BR>⏎ |
291 | と言へば、<BR>⏎ | 168 | ||
d1 | 292 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 293-294 | 「いとことわりなり。なほ、いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき御心にこそ」<BR>⏎ <P>⏎ | 169 | 「いとことわりなり。なほ,いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき御心にこそ」<BR>⏎ |
295 | と聞こえ動かして、几帳のもとに押し寄せたてまつりたれば、あれにもあらでゐたまへるけはひ、異人には似ぬ心地すれば、そこもとに寄りて奉りつ。<BR>⏎ | 170 | ||
d1 | 296 | <P>⏎ | ||
297 | 「御返り疾く<A HREF="#k07">賜はりて</A><A NAME="t07">、</A>参りなむ」<BR>⏎ | 171 | ||
d1 | 298 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 299-300 | と、かく疎々しきを、心憂しと思ひて急ぐ。<BR>⏎ <P>⏎ | 172 | と,かく疎々しきを、心憂しと思ひて急ぐ。<BR>⏎ |
301 | 尼君、御文ひき解きて、見せたてまつる。ありしながらの御手にて、紙の香など、例の、世づかぬまでしみたり。ほのかに見て、例の、ものめでのさし過ぎ人、いとありがたくをかしと思ふべし。<BR>⏎ | 173 | ||
d1 | 302 | <P>⏎ | ||
cd11:5 | 303-313 | 「さらに聞こえむ方なく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひ許しきこえて、今はいかで、あさましかりし世の夢語りをだに、と急がるる心の、我ながらもどかしきになむ。まして、人目はいかに」<BR>⏎ <P>⏎ と、書きもやりたまはず。<BR>⏎ <P>⏎ 「法の師と尋ぬる道をしるべにて<BR>⏎ 思はぬ山に踏み惑ふかな<BR>⏎ <P>⏎ この人は、見や忘れたまひぬらむ。ここには、行方なき御形見に見る物にてなむ」<BR>⏎ <P>⏎ など、こまやかなり。<BR>⏎ <P>⏎ | 174-178 | 「さらに聞こえむ方なく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひ許しきこえて、今はいかで、あさましかりし世の夢語りをだに、と急がるる心の、我ながらもどかしきになむ。まして,人目はいかに」<BR>⏎ と,書きもやりたまはず。<BR>⏎ 「法の師と尋ぬる道をしるべにて<BR> 思はぬ山に踏み惑ふかな<BR>⏎ この人は,見や忘れたまひぬらむ。ここには、行方なき御形見に見る物にてなむ」<BR>⏎ など,こまやかなり。<BR>⏎ |
text54 | 314 | <A NAME="in25">[第五段 浮舟、薫への返事を拒む]</A><BR> | 179 | |
d1 | 315 | <P>⏎ | ||
316 | かくつぶつぶと書きたまへるさまの、紛らはさむ方なきに、さりとて、その人にもあらぬさまを、思ひの外に見つけられきこえたらむほどの、はしたなさなどを思ひ乱れて、いとど晴れ晴れしからぬ心は、言ひやるべき方もなし。<BR>⏎ | 180 | ||
d1 | 317 | <P>⏎ | ||
318 | さすがにうち泣きて、ひれ臥したまへれば、「いと世づかぬ御ありさまかな」と、見わづらひぬ。<BR>⏎ | 181 | ||
d1 | 319 | <P>⏎ | ||
320 | 「いかが聞こえむ」<BR>⏎ | 182 | ||
d1 | 321 | <P>⏎ | ||
322 | など責められて、<BR>⏎ | 183 | ||
d1 | 323 | <P>⏎ | ||
324 | 「心地のかき乱るやうにしはべるほど、ためらひて、今聞こえむ。昔のこと思ひ出づれど、さらにおぼゆることなく、あやしう、いかなりける夢にかとのみ、心も得ずなむ。すこし静まりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、なほ持て参りたまひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし」<BR>⏎ | 184 | ||
d1 | 325 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 326-327 | とて、広げながら、尼君にさしやりたまへれば、<BR>⏎ <P>⏎ | 185 | とて,広げながら、尼君にさしやりたまへれば、<BR>⏎ |
328 | 「いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見たてまつる人も、罪さりどころなかるべし」<BR>⏎ | 186 | ||
d1 | 329 | <P>⏎ | ||
330 | など言ひ騒ぐも、うたて聞きにくくおぼゆれば、顔も引き入れて臥したまへり。<BR>⏎ | 187 | ||
d1 | 331 | <P>⏎ | ||
332 | 主人ぞ、この君に物語すこし聞こえて、<BR>⏎ | 188 | ||
d1 | 333 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 334-335 | 「もののけにやおはすらむ。例のさまに見えたまふ折なく、悩みわたりたまひて、御容貌も異になりたまへるを、尋ねきこえたまふ人あらば、いとわづらはしかるべきこと、と見たてまつり嘆きはべりしも、しるく、かくいとあはれに、心苦しき御ことどもはべりけるを、今なむ、いとかたじけなく思ひはべる。<BR>⏎ <P>⏎ | 189 | 「もののけにやおはすらむ。例のさまに見えたまふ折なく、悩みわたりたまひて、御容貌も異になりたまへるを、尋ねきこえたまふ人あらば、いとわづらはしかるべきこと、と見たてまつり嘆きはべりしも、しるく,かくいとあはれに、心苦しき御ことどもはべりけるを、今なむ、いとかたじけなく思ひはべる。<BR>⏎ |
336 | 日ごろも、うちはへ悩ませたまふめるを、いとどかかることどもに思し乱るるにや、常よりもものおぼえさせたまはぬさまにてなむ」<BR>⏎ | 190 | ||
d1 | 337 | <P>⏎ | ||
338 | と聞こゆ。<BR>⏎ | 191 | ||
d1 | 339 | <P>⏎ | ||
text54 | 340 | <A NAME="in26">[第六段 小君、空しく帰り来る]</A><BR> | 192 | |
d1 | 341 | <P>⏎ | ||
342 | 所につけてをかしき饗応などしたれど、幼き心地は、そこはかとなくあわてたる心地して、<BR>⏎ | 193 | ||
d1 | 343 | <P>⏎ | ||
344 | 「わざと奉れさせたまへるしるしに、何事をかは聞こえさせむとすらむ。ただ一言をのたまはせよかし」<BR>⏎ | 194 | ||
d1 | 345 | <P>⏎ | ||
346 | など言へば、<BR>⏎ | 195 | ||
d1 | 347 | <P>⏎ | ||
348 | 「げに」<BR>⏎ | 196 | ||
d1 | 349 | <P>⏎ | ||
350 | など言ひて、かくなむ、と移し語れど、ものものたまはねば、かひなくて、<BR>⏎ | 197 | ||
d1 | 351 | <P>⏎ | ||
cd2:1 | 352-353 | 「ただ、かく、おぼつかなき御ありさまを聞こえさせたまふべきなめり。<A HREF="#no1">雲の遥かに</A><A NAME="te1">隔</A>たらぬほどにもはべるめるを、山風吹くとも、またもかならず立ち寄らせたまひなむかし」<BR>⏎ <P>⏎ | 198 | 「ただ,かく、おぼつかなき御ありさまを聞こえさせたまふべきなめり。<A HREF="#no1">雲の遥かに</A><A NAME="te1">隔</A>たらぬほどにもはべるめるを、山風吹くとも、またもかならず立ち寄らせたまひなむかし」<BR>⏎ |
354 | と言へば、すずろにゐ暮らさむもあやしかるべければ、帰りなむとす。人知れずゆかしき御ありさまをも、え見ずなりぬるを、おぼつかなく口惜しくて、心ゆかずながら参りぬ。<BR>⏎ | 199 | ||
d1 | 355 | <P>⏎ | ||
356 | いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくて帰り来たれば、すさまじく、「なかなかなり」と、思すことさまざまにて、「人の隠し据ゑたるにやあらむ」と、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、落とし置きたまへりしならひに、とぞ本にはべめる。<BR>⏎ | 200 | ||
d2 | 357-358 | ⏎ <P>⏎ | ||
text54 | 359 | <a name="in31">【出典】<BR> | 201 | |
cd2:1 | 360-361 | </a><A NAME="no1">出典1</A> 逢ふことは雲居遥かに鳴る神の音に聞きつつ恋ひわたるかな(古今集恋一-四八二 紀貫之)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ ⏎ | 202 | <A NAME="no1">出典1</A> 逢ふことは雲居遥かに鳴る神の音に聞きつつ恋ひわたるかな(古今集恋一-四八二 紀貫之)<A HREF="#te1">(戻)</A><BR>⏎ |
text54 | 362 | <p> <a name="in32">【校訂】<BR> | 203 | |
363 | 備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△<BR>⏎ | 204 | ||
c1 | 364 | </a><A NAME="k01">校訂1</A> 加へたまひ--くはへ(へ/+給<朱>)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ | 205 | <A NAME="k01">校訂1</A> 加へたまひ--くはへ(へ/+給<朱>)<A HREF="#t01">(戻)</A><BR>⏎ |
365 | <A NAME="k02">校訂2</A> 承り--うけ給ひ(ひ/$はり)し<A HREF="#t02">(戻)</A><BR>⏎ | 206 | ||
366 | <A NAME="k03">校訂3</A> 思ひたまへはべる--*おもひ給へる<A HREF="#t03">(戻)</A><BR>⏎ | 207 | ||
367 | <A NAME="k04">校訂4</A> ことども--こと(と/+と<朱>)も<A HREF="#t04">(戻)</A><BR>⏎ | 208 | ||
368 | <A NAME="k05">校訂5</A> ほの聞きて--ほのきゝ給(給/$<朱>)て<A HREF="#t05">(戻)</A><BR>⏎ | 209 | ||
369 | <A NAME="k06">校訂6</A> はるかし--はるか(か/+し<朱>)<A HREF="#t06">(戻)</A><BR>⏎ | 210 | ||
370 | <A NAME="k07">校訂7</A> 賜はりて--*給て<A HREF="#t07">(戻)</A><BR>⏎ | 211 | ||
d1 | 371 | </p>⏎ | ||
372 | <p><a href="index.html">源氏物語の世界ヘ</a><BR>⏎ | 212 | ||
373 | <a href="roman54.html">ローマ字版 </a><BR>⏎ | 213 | ||
374 | <a href="version54.html">現代語訳 </a><BR>⏎ | 214 | ||
375 | <a href="note54.html">注釈</a><BR>⏎ | 215 | ||
376 | <a href="data54.html">大島本</a><BR>⏎ | 216 | ||
377 | <a href="okuiri54.html">自筆本奥入</a><BR>⏎ | 217 | ||
d1 | 378 | </p>⏎ | ||
379 | <hr size="4">⏎ | 218 | ||
380 | </body>⏎ | 219 | ||
381 | </HTML>⏎ | 220 | ||
i0 | 222 |