第二十帖 朝顔

光る源氏の内大臣時代三十二歳の晩秋九月から冬までの物語

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注釈

第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃


第一段 九月、故桃園式部卿宮邸を訪問

1.1.1 注釈1 【斎院は、御服にて下りゐたまひにきかし】 朝顔君は父桃園式部卿宮の薨去により喪に服し、斎院を退下。式部卿宮の薨去は「薄雲」に語られている。
1.1.1 注釈2 【大臣、例の、思しそめつること、絶えぬ御癖にて】 『完訳』は「一度でも逢った女は捨てることのない、源氏の心長い性格」と注す。「癖」は良い意味のニュアンスではない。
1.1.1 注釈3 【宮、わづらはしかりしことを思せば】 『集成』は「賢木の巻に、源氏が雲林院滞在中、斎院に文通したことが見え、源氏と斎院の文通のことが右大臣と弘徽殿の大后の間で話題になっている。そのことは斎院の耳にも入っていたのであろう」。『完訳』は「姫君が源氏を「わづらはしかりし」と思う過去の具体的な事実は不明。情交はなかったらしい」と注す。
1.1.2 注釈4 【長月になりて、桃園宮に渡りたまひぬるを聞きて】 父桃園式部卿宮の薨去は夏ころ。朝顔の君は斎院退下直後は別の所にいて、九月に桃園宮に移った。
1.1.2 注釈5 【女五の宮のそこにおはすれば】 桃園式部卿宮と兄妹。故桐壺の妹宮。葵の上の母は三の宮。
1.1.2 注釈6 【故院の、この御子たちをば】 故桐壺院が。「の」格助詞、主格を表す。
1.1.2 注釈7 【次々に聞こえ交はしたまふめり】 『集成』は「それからそれへとお付合いしていられるようだ」。『完訳』は「そうした方々と互いに親しくお便りを取り交わし申しておられるようである」と訳す。「めり」推量の助動詞、語り手の主観的推量を表す。
1.1.2 注釈8 【同じ寝殿の西東にぞ住みたまひける】 寝殿の西の間に朝顔の君、東の間に女五の宮。
1.1.3 注釈9 【年長におはすれど】 下文によって「故大殿の宮」すなわち葵の上の母宮、三の宮が主語と知れる。
1.1.3 注釈10 【故大殿の宮】 故大殿すなわち故太政大臣。「薄雲」巻に薨去が語られている。葵の上の母。
1.1.4 注釈11 【院の上、隠れたまひてのち】 以下「もの忘れしぬべくはべる」まで、女五の宮の詞。お礼の挨拶。
1.1.6 注釈12 【かしこくも古りたまへるかな】 源氏の心中。五の宮はひどく年をとったなという感想。『完訳』は「「かしこくも」は、高貴な身分へのもったいない気持とともに、甚だしい老化の意を表す。次の「うちかしこまり」とも照応」と注す。
1.1.7 注釈13 【院隠れたまひてのちは】 以下「思ひたまへわたりつれ」まで、源氏の詞。御無沙汰を詫びた挨拶。
1.1.7 注釈14 【おぼえぬ罪に当たりはべりて、知らぬ世に惑ひはべりしを】 官位の剥奪と須磨明石流離の生活をさす。
1.1.7 注釈15 【たまたま、朝廷に数まへられたてまつりては】 『完訳』は「「たまたま」に注意。人力を超えた偶然による」と注す。
1.1.9 注釈16 【いともいともあさましく】 以下「おぼえはへり」まで、五の宮の詞。
1.1.9 注釈17 【いづ方につけても】 桐壺院の崩御と源氏の流離をさす。
1.1.9 注釈18 【命長さの恨めしきこと】 「寿則辱多し」(荘子、外篇)。「人生莫羨苦長命 命長感旧多悲辛(人生羨む莫かれ苦だ長命なるを 命長ければ旧に感じて悲辛多意し)」(白氏文集巻六十九「感旧」)。
1.1.9 注釈19 【見たてまつりさしてましかば】 「ましかば」--「口惜しからまし」反実仮想の構文。
1.1.11 注釈20 【いときよらに】 以下「推し量りはべれ」まで、五の宮の詞。源氏の美しさを面と向かって礼讃。世間では今上帝と似ていて美しいというが、それ以上だと、かたはら痛いことまで口にする。
1.1.11 注釈21 【似たてまつらせたまへりと】 大島本は「給へり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまへる」と校訂する。
1.1.13 注釈22 【ことにかくさし向かひて人のほめぬわざかな】 源氏の心中。
1.1.14 注釈23 【山賤になりて】 以下「御推し量りになむ」まで、源氏の詞。五の宮の言葉を否定し謙遜する。
1.1.16 注釈24 【時々見たてまつらば】 以下「去りぬる心地なむ」まで、五の宮の詞。
1.1.18 注釈25 【三の宮うらやましく、さるべき御ゆかり添ひて、親しく見たてまつりたまふを、うらやみはべる】 以下「折々ありしか」まで、五の宮の詞。前の「同じさまにて見たまへ過ぐす命長さの恨めしきこと」とも関連して、皇族の独身老女の孤独な悲哀が語られている。 【うらやみはべる】-「はべる」連体中止法。余意余情のニュアンス。
1.1.19 注釈26 【すこし耳とまりたまふ】 話題が朝顔の君に関することになったので、関心をよせた。
1.1.20 注釈27 【さも、さぶらひ馴れなましかば】 以下「皆さし放たせたまひて」まで、源氏の詞。「ましかば」--「まし」反実仮想の構文。

第二段 朝顔姫君と対話

1.2.1 注釈28 【あなたの御前を見やりたまへば】 源氏、目を寝殿の西面の朝顔の君の方に向ける。
1.2.1 注釈29 【枯れ枯れなる前栽の心ばへ】 晩秋の庭先の様子。
1.2.2 注釈30 【かくさぶらひたる】 以下「聞こゆべかりけり」まで、源氏の詞。五の宮に辞去の挨拶、朝顔の君訪問を述べる。
1.2.4 注釈31 【暗うなりたるほどなれど、鈍色の御簾に、黒き御几帳の透影】 朝顔の君の部屋の様子。暗くなって、喪中の鈍色または薄墨色の几帳の帷子がやはり鈍色の御簾に透けて黒く見える様子。
1.2.4 注釈32 【けはひあらまほし】 『集成』は「風情は申し分なく奥ゆかしい」と訳す。
1.2.5 注釈33 【宣旨、対面して】 朝顔の君の女房。
1.2.6 注釈34 【今さらに】 以下「頼みはべりける」まで、源氏の詞。親しい対面を要求。
1.2.6 注釈35 【若々しき心地する御簾の前】 若い男性を相手にしたようなよそよそしい応対ぶりだという。
1.2.6 注釈36 【神さびにける年月の労数へられはべるに】 斎院にちなんで「神さびにける」という。昔から長い年月の意。『完訳』は「官人が在任中の労を、年数を冠して、「--年の労」と申告して昇進を願い出るのになぞらえた表現」と注す。
1.2.8 注釈37 【ありし世は】 以下「定めきこえさすべうはべらむ」まで、朝顔の返事。『完訳』は「ありし世は夢に見なして涙さへとまらぬ宿ぞ悲しかりける」(栄華物語・岩蔭、紫式部)を指摘。父宮在世中をさす。
1.2.8 注釈38 【静かにやと】 大島本は「しつかにやと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「静かにや」と「と」を削除する。
1.2.9 注釈39 【げにこそ定めがたき世なれ】 源氏の心中。朝顔の「思ひたまへ定めがたく」の分別しがたいを受けて「定めがたき世」無常な世だと思う。
1.2.10 注釈40 【人知れず神の許しを待ちし間に--ここらつれなき世を過ぐすかな】 源氏から朝顔への歌。朝顔が斎院であったことにちなんで「神の許し」という。長年待ち続けたという気持ち。
1.2.11 注釈41 【今は、何のいさめにか】 以下「片端をだに」まで、歌に続けた源氏の詞。
1.2.12 注釈42 【さるは、いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり】 「さるは」「めり」推量の助動詞、主観的推量。『新大系』は「「さるは」以下、あらためて語り手が源氏の風姿を批評し直す。実は、ほんとに魅力がありすぎていらっしゃるが、(その若々しさは)御位の高さには不似合いのように見える」と注す。源氏の若々しさを強調して従一位の高さには不釣合だとする語り手の批評。
1.2.13 注釈43 【なべて世のあはればかりを問ふからに--誓ひしことと神やいさめむ】 朝顔の返歌。「神」「世」の語句を受けて、「神の許し」を「神や諌めむ」と切り返す。
1.2.15 注釈44 【あな、心憂】 以下「たぐへてき」まで、源氏の詞。
1.2.15 注釈45 【その世の罪】 『集成』は「須磨流謫時代のことはもうすんだ過去のこと」。『新大系』は「斎院時代の姫君との文通をさすか」と注す。
1.2.17 注釈46 【みそぎを、神は、いかがはべりけむ】 宣旨の詞。朝顔に代わって答える。「恋せじと御手洗川にせし禊神はうけずもなりにけるかな」(伊勢物語)を踏まえる。
1.2.18 注釈47 【まめやかには、いとかたはらいたし】 朝顔の姫君の心情を評す。『完訳』は「自分が宣旨に言わせたと、源氏に思われる、いたたまれなさ」と注す。
1.2.19 注釈48 【好き好きしきやうになりぬるを】 源氏の呟き。お見舞いのつもりが、が省略されている。
1.2.21 注釈49 【齢の積もりには】 以下「もてなしたまひける」まで、源氏の詞。
1.2.21 注釈50 【世に知らぬやつれを、今ぞ、とだに】 「君が門今ぞ過ぎ行く出でて見よ恋する人のなれる姿を」(源氏釈所引、出典未詳)。
1.2.21 注釈51 【聞こえさすべくやは、もてなしたまひける】 「やは」反語。『集成』は「申し上げられるほどにもおあしらい下さったでしょうか、冷たいお方だ」と訳す。
1.2.23 注釈52 【おほかたの、空もをかしきほどに、木の葉の音なひにつけても、過ぎにしもののあはれとり返しつつ】 晩秋の風景描写から朝顔の心情描写へと続く。
1.2.23 注釈53 【思ひ出できこえさす】 『集成』は、主語を女房たち。『完訳』は、主語を朝顔の姫君とする。

第三段 帰邸後に和歌を贈答しあう

1.3.1 注釈54 【朝霧を眺めたまふ。枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて】 歌語として、「朝霧」は後朝の情調、いぶせさを象徴。「朝顔」は蔓草として恋情の連綿とした気持ちを表象する。
1.3.1 注釈55 【たてまつれたまふ】 朝顔の君に後朝の文を。
1.3.2 注釈56 【けざやかなりし】 以下「かつは」まで、源氏の文。
1.3.3 注釈57 【見し折のつゆ忘られぬ朝顔の--花の盛りは過ぎやしぬらむ】 源氏の贈歌。「見し」にかつての逢瀬の体験をいう。「つゆ」は「露」(名詞)と「つゆ」(副詞)の掛詞。また「露」は「朝顔」の縁語。『集成』は「「朝顔」は、女の寝起きの顔の意を掛ける。「見しをりの」は、帚木の巻に「式部卿の宮の姫君に、朝顔奉りたまひし歌などを----」とあった時のことであろう。一体いつお逢いできるのでしょうか、と嘆く意」。『完訳』は「「朝顔」は朝の素顔でもあり、「見し」とともに情交を暗示。実際にはなかった関係を、帚木巻以来の呼称とも応じて表現」「花の盛りが衰えたかと、相手を揶揄して、相手の反応を強く要請する」と注す。
1.3.6 注釈58 【秋果てて霧の籬にむすぼほれ--あるかなきかに移る朝顔】 朝顔の返歌。「朝顔」はそのまま受けて、「露」を「霧」に「盛り過ぐ」を「移る」とずらして、おっしゃるとおり盛りを過ぎてひっそりとあるかなきかの状態で生きておりますと応える。『新大系』は「「朝顔」は、はかなさを象徴する花でもあり、こおこでは「霧のまがき」とともに自らのはかない運命を表現して、贈歌を切り返す」と注す。
1.3.8 注釈59 【何のをかしきふしもなきを】 以下の文章ははしばしに語り手の感情が移入されている。
1.3.8 注釈60 【をかしく見ゆめり】 『完訳』は「源氏の心中を、語り手が推測」と注す。
1.3.8 注釈61 【人の御ほど】 『集成』は「以下、草子地」。『完訳』は「以下、語り手の弁」と注す。
1.3.8 注釈62 【つきづきしくまねびなすには、ほほゆがむこともあめればこそ、さかしらに書き紛らはしつつ、おぼつかなきことも多かり】 『集成』は「事実を誤り伝えることもあるようですから、(それを書き手としては)勝手にとりつくろって書き書きしますので、ほんとうはどうだったか、はっきりしないところも多いのです。このお歌もほんとうはもっとお上手だったかもしれません、という気持」。『新大系』は「(男女の手紙は)その人のご身分や書きやうなどでとりつくろわれ、その当座は難がないように見えても、後にそれをもっともらしく語り伝えるとなると、誤り伝えることもあるようだから、(書き手としては)勝手に書いてはつくろい、(そのために)はっきりしないところも多いものだ。物語とは語り伝えられてきた内容を書き記すもの、という前提によって源氏の歌のきわどい表現を陳弁する。この場合の手紙も、本来の事実とは異なる可能性あるとする」と注す。
1.3.9 注釈63 【なほかく昔よりもて離れぬ御けしきながら】 「ぬ」打消の助動詞。「御気色」は朝顔の態度をいう。
1.3.9 注釈64 【えやむまじくて】 大島本は「えやむましくて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「えやむまじく」と「て」を削除する。

第四段 源氏、執拗に朝顔姫君を恋う

1.4.1 注釈65 【東の対に離れおはして】 二条院東の対。源氏の居室。宣旨を迎えて相談する。
1.4.1 注釈66 【はかなき木草に】 以下「とりなさるらむ」まで、朝顔の心中。
1.4.1 注釈67 【古りがたく同じさまなる御心ばへを】 朝顔の姫君の昔に変わらぬ態度。
1.4.3 注釈68 【前斎院を、ねむごろに】 大島本は「せむ斎院(院+を<朱>)」とある。すなわち朱筆で「を」を補入する。『新大系』は底本の補入に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本及び底本の訂正以前本文に従って「前斎院」と校訂する。以下「御あはひならむ」まで、世人の噂。
1.4.5 注釈69 【さりとも】 以下「思したらじ」まで、紫の上の心中。噂を否定。源氏を信頼。真実なら自分に打ち明けるはずと期待。
1.4.7 注釈70 【まめまめしく思しなるらむことを】 以下「人に押し消たれむこと」まで、紫の上の心中。真実らしいことに気づき、疑念をいだく。
1.4.9 注釈71 【かき絶え名残なきさまには】 以下「こそはあらめ」まで、紫の上の心中。
1.4.9 注釈72 【いとものはかなきさまにて見馴れたまへる年ごろの睦び、あなづらはしき方にこそはあらめ】 『集成』は「幼少の頃からの親の庇護もない私と共に暮してこられた今まで長年の二人の仲では、つい軽くご覧になることになるのであろう」。『完訳』は「この自分はまったくこれといって取るに足りない身とて、長年連れ添ってくださった気安さから、軽いお扱いとなるのだろう」と訳す。
1.4.10 注釈73 【よろしきことこそ】 係助詞「こそ」--「聞こえたまへ」係結び、已然形、逆接用法。読点で下文に続く。
1.4.10 注釈74 【まめやかにつらし】 紫の上の心中、間接的叙述。
1.4.11 注釈75 【端近う眺めがちに】 源氏の態度。
1.4.12 注釈76 【げに、人の言葉】 以下「かすめたまへかし」まで、紫の上の心中。

第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心


第一段 朝顔姫君訪問の道中

2.1.1 注釈77 【夕つ方、神事なども止まりて】 十一月の神事が諒闇によって停止。大島本等「ゆふつかた」とある。『集成』は肖柏本・三条西家本に従って「冬つ方」と校訂する。
2.1.1 注釈78 【雪うち散りて艶なるたそかれ時に】 源氏、雪の日に朝顔の姫君のもとへ外出。
2.1.1 注釈79 【いとど心弱からむ人はいかがと見えたり】 語り手の実景描写といった感じ。源氏の美しさを讃美。
2.1.2 注釈80 【女五の宮の悩ましく】 以下「訪らひきこえになむ」まで、源氏の詞。女五の宮の病気見舞いのためという。
2.1.3 注釈81 【ついゐたまへれど、見もやりたまはず】 『完訳』は「腰を浮かせ、挨拶もそこそこの体」と注す。「見もやりたまはず」の主語は紫の上。
2.1.4 注釈82 【あやしく、御けしきの】 以下「またいかが」まで、源氏の詞。
2.1.4 注釈83 【罪もなしや】 『集成』は「しかし何も悪いことをしているわけではありませんよ」。『完訳』は「このわたしには思いあたる咎もないのですが」と訳す。
2.1.4 注釈84 【塩焼き衣のあまり目馴れ、見だてなく】 「須磨の海人の塩焼き衣なれゆけばうとくのみこそなりまさりけれ」(源氏釈所引、出典未詳)。
2.1.6 注釈85 【馴れゆくこそ、げに、憂きこと多かりけれ】 紫の上の返事。「馴れ行くは憂き世なればや須磨の海人の塩焼き衣間遠なるらむ」(新古今集恋三、一二一〇、女御徽子女王)を踏まえる。
2.1.7 注釈86 【宮に御消息聞こえたまひてければ】 訪問の際には、予め消息を遣わしてから出かけたのである。
2.1.8 注釈87 【かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ】 紫の上の心中。源氏に浮気心が生じることを疑うことなく過ごしてきたうかつさに気づく。
2.1.9 注釈88 【鈍びたる御衣どもなれど】 源氏の服装。藤壺の宮の喪に服している。
2.1.10 注釈89 【まことに離れまさりたまはば】 紫の上の心中。
2.1.13 注釈90 【内裏より他の歩きは】 以下「いとほしければ」まで、源氏の詞。
2.1.14 注釈91 【人びとにも】 『集成』は「供人たちにも」。『完訳』は「女房たちにも」と注す。
2.1.15 注釈92 【いでや。御好き心の】 以下「出で来なむ」まで、人々の詞。

第二段 宮邸に到着して門を入る

2.2.1 注釈93 【宮には、北面の】 桃園式部卿宮邸。北門が通用門、西門が正門となっている。
2.2.1 注釈94 【今日しも渡りたまはじ」と思しけるを】 源氏は前に訪問の手紙を出していたのだが、五の宮はそれが今日とは思っていなかった。
2.2.2 注釈95 【御門守、寒げなるけはひ、うすすき出で来て、とみにもえ開けやらず】 零落の邸の光景。「末摘花」巻の常陸宮邸に類似。
2.2.3 注釈96 【錠のいといたく銹びにければ、開かず】 御門守の詞。
2.2.5 注釈97 【昨日今日と思すほどに】 以下「心を移すよ」まで、源氏の心中。「思す」は語り手の敬語が介入。
2.2.5 注釈98 【三年】 大島本は「みそ(そ$<朱>)とせ」とある。すなわち「そ」を朱筆でミセケチにする。諸本は「みそとせ」(御池冬耕肖三)とある。『新大系』は底本の訂正に従う。『集成』『古典セレクション』は「三十年」と校訂する。なお河内本「みとせ」。別本の保坂本「みそとせ」、国冬本「みそ(そ補入)とせ」とある。『集成』は「夕霧の巻にも「昨日今日と思ふほどに、三十年よりあなたのことになる世にこそあれ」とあり、人の死後、月日のたつことの早さを言う当時の諺と思われる」。『新大系』は「「三年」が何をさすか不明。式部卿宮の死去は今年の夏。三年も経った感じだとして時の経過のはかなさを思う表現か」と注す。
2.2.6 注釈99 【いつのまに蓬がもととむすぼほれ--雪降る里と荒れし垣根ぞ】 源氏の歌。「降る」と「古」の掛詞。

第三段 宮邸で源典侍と出会う

2.3.1 注釈100 【宮の御方に】 寝殿の東表の間、源氏、女五の宮対面。
2.3.1 注釈101 【御耳もおどろかず、ねぶたきに】 主語は源氏。『集成』は「お相手に辟易している体」と注す。
2.3.2 注釈102 【宵まどひをしはべれば、ものもえ聞こえやらず】 女五の宮の詞。「宵まどひ」は宵のうちから眠くなること。老人の習癖。
2.3.3 注釈103 【鼾とか、聞き知らぬ音】 「とか」「聞き知らぬ」。源氏のような高貴な方の知らない下品な世界のものというニュアンス。
2.3.4 注釈104 【かしこけれど】 以下「笑はせたまひし」まで、源典侍の詞。色好みで名高い老女の源典侍の登場。源氏の古りがたい好色心を対比させていよう。この巻全体の時間の流れ、老い、醜さ、など主題が語られている。源氏の古りがたき恋もまた醜い様相をおびている。
2.3.6 注釈105 【源典侍といひし人は】 「紅葉賀」巻で五十七、八歳であった。現在七十または七十一歳。
2.3.6 注釈106 【あさましうなりぬ】 『集成』は「あきれる思いでいらっしゃる」。『完訳』は「びっくりなさった」と訳す。
2.3.7 注釈107 【その世のことは】 以下「育みたまへかし」まで、源氏の詞。
2.3.7 注釈108 【親なしに臥せる旅人】 「しなてるや片岡山に飯に飢ゑ臥せる旅人あはれ親なし」(拾遺集哀傷、一三五〇、聖徳太子)を踏まえる。
2.3.8 注釈109 【寄りゐたまへる御けはひに】 主語は源氏。
2.3.8 注釈110 【いとど昔思ひ出でつつ、古りがたくなまめかしきさまに】 主語は源典侍。
2.3.9 注釈111 【言ひこしほどに】 源典侍の詞。「身を憂しと言ひこしほどに今はまた人の上とも嘆くべきかな」(源氏釈所引、出典未詳)。『集成』は「お互いに年を取りました、それゆえ、お相手としては五分五分、というほどの下意であろう」と注す。
2.3.9 注釈112 【まばゆさよ】 源氏とともに語り手の気持ち。『集成』は「閉口千万だ」。『完訳』は「まったく見られたものでない」と訳す。
2.3.9 注釈113 【今しも来たる老いのやうに】 源氏の心中。
2.3.10 注釈114 【この盛りに】 以下「定めなき世なり」まで、源氏の心中。若くして逝った藤壺と生き永らえて勤行している源典侍を比べ、世の無常を思う。
2.3.10 注釈115 【年のほど身の残り少なげさに】 源典侍をさす。
2.3.12 注釈116 【年経れどこの契りこそ忘られね--親の親とか言ひし一言】 源典侍の贈歌。「この契り」に「子の契り」を掛ける。「親の親」は典侍自身をいう。「親の親と思はましかばとひてまし我が子の子にはあらぬなるべし」(拾遺集雑下、五四五、源重之の母)を踏まえる。
2.3.14 注釈117 【身を変へて後も待ち見よこの世にて--親を忘るるためしありやと】 源氏の返歌。「この契り」を「身を変へて」の来世の意と「この世にて」と切り返す。「この世」と「子の世」の掛詞。
2.3.15 注釈118 【頼もしき契りぞや】 以下「聞こえさすべき」まで、歌に続けた源氏の詞。

第四段 朝顔姫君と和歌を詠み交わす

2.4.1 注釈119 【西面に】 寝殿の西表の間。朝顔の居所。
2.4.1 注釈120 【月さし出でて、薄らかに積もれる雪の光りあひて、なかなかいとおもしろき夜のさまなり】 冬の夜の雪の光と心象風景。季節と物語の類同的発想。「末摘花」巻参照。
2.4.2 注釈121 【ありつる老いらくの心げさうも、良からぬものの世のたとひとか】 『河海抄』所引「枕草子」に「清少納言枕草子、すさまじきもの、おうなのけさう、しはすの月夜云々」。現存本にはない。『二中歴』十列に「冷物、十二月月夜--老女仮借--」とある。
2.4.3 注釈122 【一言、憎しなども】 以下「思ひ絶ゆるふしにもせむ」まで、源氏の詞。『完訳』は「今はただ思ひ絶えなむとばかり人づてならで言ふよしもがな」(後拾遺集恋三、七五〇、藤原道雅)を指摘する。
2.4.5 注釈123 【昔、われも人も】 以下「いとまばゆからむ」まで、朝顔の心中。
2.4.5 注釈124 【一声】 源氏の「一言」を受ける。
2.4.6 注釈125 【あさましう、つらし】 源氏の心中。
2.4.7 注釈126 【さすがに、はしたなく】 『集成』は「源氏の気持になりかわっての草子地」と注す。
2.4.7 注釈127 【心やましきや】 源氏の心に即した感想。
2.4.7 注釈128 【さまよきほど】 大島本は「さまよきほと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「ほどに」と「に」を補訂する。
2.4.8 注釈129 【つれなさを昔に懲りぬ心こそ--人のつらきに添へてつらけれ】 源氏の歌。「つれなさ」「つらきにそへて」「つらけれ」同語同音を反復した執拗な恋情を訴えた歌。
2.4.9 注釈130 【心づからの】 歌に添えた言葉。「恋しきも心づからのわざなれば置きどころもなくもてぞわづらふ」(中務集)。
2.4.10 注釈131 【のたまひすさぶるを】 『集成』は「お口に上るままおっしゃるのを」。『完訳』は「言いつのられるのを」と訳す。
2.4.11 注釈132 【げに」--「かたはらいたし】 女房の詞。
2.4.14 注釈133 【あらためて何かは見えむ人のうへに--かかりと聞きし心変はりを】 朝顔の姫君の返歌。「人のつらきに」を受けて「人の上にかかりと聞きし」と切り返す。
2.4.15 注釈134 【昔に変はることは、ならはず】 歌に添えた詞。 【ならはず」--など】-大島本は「ならハすなと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「なむと」と「む」を補訂する。

第五段 朝顔姫君、源氏の求愛を拒む

2.5.2 注釈135 【いとかく、世の例に】 以下「なれなれしや」まで、源氏の詞。
2.5.2 注釈136 【いさら川などもなれなれしや】 「犬上の鳥篭の山なるいさら川いさと答えて我が名漏らすな」(古今六帖、名を惜しむ)。『完訳』は「情交もないのに、あったかのように、この歌を持ち出すのが、「馴れ馴れし」」と注す。
2.5.3 注釈137 【何ごとにかあらむ】 『集成』は「草子地」。『完訳』は「女房の心に即した語り手の評」と注す。
2.5.4 注釈138 【あな、かたじけな】 以下「心苦しう」まで、女房の詞。
2.5.7 注釈139 【げに、人のほどの】 「げに」は朝顔の姫君と語り手の気持ちが一体化した表現。『完訳』は「姫君の心内に即した叙述。部分的に直接話法が混じる」と注す。
2.5.8 注釈140 【もの思ひ知るさまに】 以下「御ありさまを」まで、朝顔の姫君の心中。
2.5.8 注釈141 【と思せば】 語り手の叙述。
2.5.8 注釈142 【なつかしからむ情けも】 以下「行なひを」まで、再び朝顔の姫君の心中。
2.5.8 注釈143 【聞こえたまひ】 『完訳』は「間接話法ゆえの尊敬語」と注す。
2.5.8 注釈144 【年ごろ、沈みつる罪失ふばかり御行なひを】 斎院として仏道から離れていたことを「沈みつる罪」と自覚する。
2.5.8 注釈145 【とは思し立てど】 語り手の叙述。
2.5.8 注釈146 【にはかにかかる御ことをしも】 以下「人のとりなさじやは」まで、再び朝顔の姫君の心中。
2.5.9 注釈147 【御兄弟の君達あまたものしたまへど】 朝顔の姫君の兄弟。物語には登場しない。
2.5.9 注釈148 【宮のうちいとかすかになり行くままに、さばかりめでたき人の、ねむごろに】 故桃園式部卿宮邸の荒廃、その女主人への源氏の求愛、取り巻きの女房の心理。故常陸宮邸の末摘花の物語に類似。

第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影


第一段 紫の君、嫉妬す

3.1.1 注釈149 【げにはた、人の御ありさま】 「げに」は語り手が納得したニュアンス。『完訳』は「以下、源氏は反転して、自らを凝視し、姫君への恋慕に自制的」。また「人の御ありさま」について『完訳』は「源氏の人柄。一説には「あらまほしく」まで姫君とする」と注す。
3.1.2 注釈150 【むなしからむは】 以下「いかにせむ」まで、源氏の心中。
3.1.3 注釈151 【たはぶれにくくのみ思す】 「ありぬやとこころみがてらあひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき」(古今集俳諧歌、一〇二五、読人しらず)。『集成』は「冗談もならぬほど恋しくてたまらぬお気持である」と訳す。
3.1.3 注釈152 【いかがうちこぼるる折もなからむ】 「いかが--む」反語表現。『完訳』は「語り手が、紫の上の涙を想像」と注す。
3.1.4 注釈153 【あやしく例ならぬ御けしきこそ、心得がたけれ】 源氏の詞。
3.1.5 注釈154 【絵に描かまほしき御あはひなり】 『完訳』は「語り手が、二人の心情とは別に、理想の夫婦仲とする点に注意」と注す。表面と内面は別。冷えた関係。
3.1.6 注釈155 【宮亡せたまひて後】 以下「らうたけれ」まで、源氏の詞。「宮」は藤壺をさす。
3.1.6 注釈156 【おとなびたまひためれど】 紫の上についていう。
3.1.8 注釈157 【いといたく】 以下「きこえたるぞ」まで、源氏の詞。
3.1.9 注釈158 【常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや】 源氏の心中。『集成』は「いつ死ぬか分らぬ無常な世に、このいとしい人にこんなにまで怨まれるのも、つまらぬことよと、前斎院のことを思う一方、浮かぬ思いでいらっしゃる」。『完訳』は「どうせ短い人生、せめて自分も人も心を分け合って生きたい、の願望。「心おく」は警戒する意」と注す。
3.1.10 注釈159 【斎院にはかなしごと聞こゆるや】 以下「思ひ直したまへ」まで、源氏の詞。
3.1.10 注釈160 【ただならで聞こえ悩ますに】 『集成』は「心を静めがたくて、お便りをさし上げてお困らせすると」。『完訳』は「恋文めかしたお手紙をさしあげてお困らせ申しあげたところ」と訳す。
3.1.10 注釈161 【かくなむあるとしも、愁へきこゆべきことにやは】 『集成』は「こういうことですなどと(前斎院とのことがうまくゆかないなどと)あなたに泣き事を申さねばならないことでしょうか。反語」と訳す。

第二段 夜の庭の雪まろばし

3.2.1 注釈162 【雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に】 夕暮の松と竹の枝に雪の降り積もるかっこうでその違いが区別される様子。
3.2.1 注釈163 【人の御容貌も光まさりて見ゆ】 源氏をさす。
3.2.2 注釈164 【時々につけても】 以下「人の心浅さよ」まで、源氏の詞。「春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は」(拾遺集雑下、五〇九、紀貫之)を踏まえる。
3.2.2 注釈165 【人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光りあひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ】 源氏の口を通して語らせた作者の冬の雪明りの夜の美意識。中世の美意識の先駆的なもの。「いざかくてをりに明かしてむ冬の月春の花にも劣らざりけり」(拾遺集雑秋、一一四六、清原元輔)。 【この世のほかのことまで】-来世をさす。『完訳』は「源氏の脳裡には亡き藤壺が去来していよう」と注す。
3.2.3 注釈166 【御簾巻き上げさせたまふ】 『白氏文集』の「香炉峯の雪は簾を撥げて看る」を踏まえた表現。
3.2.4 注釈167 【月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭心苦しう、遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ】 白と黒との無色の世界。遣水の流れを擬人法で描写、池の氷の無情な様子。源氏の荒寥寂寞とした心中との景情一致の世界、また源氏の心象風景であろう。そこに、童女を雪の庭に下ろして、かろうじて、色彩が加わり、人心を取り戻す。
3.2.5 注釈168 【なまめいたるに】 『集成』は「あでやかなのに」。『完訳』は「みずみずしくいきな感じであるところへ」と訳す。
3.2.7 注釈169 【まろばさらむと】 大島本は「まろはさらむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「まろばさむ」と「ら」を削除する。

第三段 源氏、往古の女性を語る

3.3.1 注釈170 【一年、中宮の御前に】 以下「世に残りたまへらむ」まで、源氏の詞。
3.3.1 注釈171 【何の折々につけても、口惜しう飽かずもあるかな】 藤壺崩御後の寂寥感を吐露する。
3.3.3 注釈172 【いふかひあり、思ふさまに、はかなきことわざをもしなしたまひしはや】 『集成』は「立派に、申し分なく、ほんのちょっとしたことでも格別のなさりようでした」と訳す。
3.3.3 注釈173 【たぐひありなむや】 大島本は「たくひありなむ」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「ありなむや」と「や」を補訂する。底本は次の「やはらかに」の「や」と目移りして脱字したものか。「や」を補訂する。
3.3.4 注釈174 【君こそは、さいへど、紫のゆゑ、こよなからずものしたまふめれど】 「紫の一本とゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る」(古今集雑上、八六七、読人しらず)「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ」(古今六帖、五)。あなた(紫の上)は故藤壺中宮の縁者ゆえに身分も格別である、という。
3.3.4 注釈175 【すこしわづらはしき気添ひて、かどかどしさのすすみたまへるや】 『集成』は「利発さの勝っておられるところが」。『完訳』は「きかぬ気の勝ちすぎていらしゃるのが」と訳す。
3.3.7 注釈176 【尚侍こそは】 以下「ありけることどもかな」まで、紫の上の詞。
3.3.7 注釈177 【浅はかなる筋など、もて離れたまへりける人の御心を】 紫の上は、朧月夜尚侍を軽率な振る舞いなど無関係な人柄であったのに、と評すが、源氏とのスキャンダルについて事の真相を質そうとするさぐりの言葉であろうか。
3.3.9 注釈178 【さかし】 以下「と思ひしだに」まで、源氏の詞。古りせぬ好色心の末路が、源典侍によって照射される一方で、藤壺の死があり、人の世の皮肉な無常感がこの巻の主題となっている。物語の伝統である「色好み」「好き心」が問い直されている巻である。
3.3.9 注釈179 【うちあだけ好きたる人】 好色な男。
3.3.9 注釈180 【ことなき静けさ】 大島本は「ことなき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「こよなき」と校訂する。
3.3.9 注釈181 【思ひしだに】 『完訳』は「下に、こんなに後悔が多いのだから、の意。自らの述懐である」と注す。
3.3.10 注釈182 【尚侍の君の御ことににも】 大島本は「御ことににも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御ことにも」と「に」を削除する。
3.3.11 注釈183 【この、数にもあらず】 以下「と思ひはべる」まで、源氏の詞。
3.3.11 注釈184 【ことなべきものなれば】 大島本は「ことなへき」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「ことなるべき」と「る」を補訂する。
3.3.11 注釈185 【思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな】 『集成』は「気位の高いところなども無視しているのです」。『完訳』は「気位の高い様子もたいしたこととは思わないのでいるのです」と訳す。
3.3.12 注釈186 【東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ】 花散里をいう。

第四段 藤壺、源氏の夢枕に立つ

3.4.1 注釈187 【月いよいよ澄みて、静かにおもしろし】 時間の経過とさらに研ぎ澄まされてゆく心を象徴する。
3.4.2 注釈188 【氷閉ぢ石間の水は行きなやみ--空澄む月の影ぞ流るる】 紫の上の独詠歌。『集成』は「氷が張って石の間を流れる遣水は流れかねていますが、空に澄む月の光はとどこおることなく西に向ってゆきます。「ながるる」は、氷の面に映じながら移る景をいう。庭を眺めての叙景の歌である」。『完訳』は「「行き」「生き」、「澄む」「住む」、「流るる」「泣かるる」、「空」「嘘言」の掛詞。自身を石間の水に、源氏を月影にたとえ、孤心を形象」「氷の張った石間の水は流れかねているけれども、空に澄む月影は西へと傾いてゆきます--私は閉じこめられて、どう生きていけばよいのか悩んでおりますので、嘘ばっかりおっしゃって私を離れていこうとするあなたのお顔を見ると泣けてきます」。『新大系』は「冬夜の庭と月光に触発された歌。先刻までの朝顔姫君への嫉妬も、自然観照のうちに封じこめられる。石間の水に自身を、月光に源氏を喩えたとする読み方もあるが、とらない」と注す。
3.4.3 注釈189 【恋ひきこゆる人】 藤壺をさす。
3.4.3 注釈190 【いささか分くる御心もとり重ねつべし】 『集成』は「源氏の気持をそのまま地の文として書いたもの」と注す。『新大系』は「いささか他の女(朝顔姫君)に分けているお気持も、きっと(紫上に)さらに加わることだろう」と訳す。 【とり重ねつべし】-とり返されつへし為-とりかへしへし肖-とりかさね(さね$へし)つへし三 河内本は一本(宮)が「とりかへしつへし」、別本四本(陽坂平国)は「とりかへしつへし」。源氏の心が紫の上に、「取り重ねつべし」又は「取り返しつべし」という重要な相違。そして、「取り返す」の場合、それは誰にか。紫の上にか、あるいは藤壺にか。藤壺という解釈も有効である。
3.4.4 注釈191 【かきつめて昔恋しき雪もよに--あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か】 源氏の独詠歌。『集成』は「あれもこれも昔のことが恋しく思われる雪の降る中に、哀れをそそる鴛鴦の浮き寝であることよ。「かきつめて」は、かき集めて。「昔」は、藤壺のこと。「鴛鴦の浮寝」は、紫の上との間柄を意味していよう」。『完訳』は「「むかし恋しき」は藤壺追懐の情。「雪もよに」は「雪もよよに」の約か。「鴛鴦のうきね」は、藤壺を亡くした悲情を象徴。前述の、雪の夜にかたどられた心象風景に連なり、亡き藤壺への哀傷を詠む。同じく雪の夜を詠みながらも、紫の上の孤心と、源氏の哀傷という相違に注意」と注す。
3.4.5 注釈192 【入りたまひても】 『集成』は「奥に」。『完訳』は「御寝所に」と訳す。同床異夢の源氏と紫の上。
3.4.5 注釈193 【ほのかに見たてまつる】 大島本は「ミたてまつるを(を$)」とある。すなわち「を」をミセケチにする。『新大系』は底本の削除に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本及び底本の訂正以前本文に従って「見たてまつるを」と校訂する。
3.4.6 注釈194 【漏らさじとのたまひしかど】 以下「つらくなむ」まで、源氏の夢の中の藤壺の詞。『集成』は「紫の上に自分のことを語ったのを恨んでいる。女としての悲しい嫉妬の思いが篭められている」と注す。
3.4.7 注釈195 【御応へ聞こゆと思すに】 『集成』は「何かお答え申し上げているつもりが」。『完訳』は「ご返事申しあげているとお思いのときに」と訳す。
3.4.8 注釈196 【こは、など、かくは】 紫の上の詞。
3.4.9 注釈197 【いみじく口惜しく】 夢の覚めたことをさす。藤壺への執心。
3.4.9 注釈198 【今も】 夢から覚めた今も、の意。
3.4.10 注釈199 【うちもみじろかで臥したまへり】 『集成』は「源氏は身動きもしないで横になっておいでになる。主語を紫の上とするのは誤り」。『完訳』は「紫の上は闇のなかの不思議を探るべく身を固くする」と注する。
3.4.11 注釈200 【とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に--むすぼほれつる夢の短さ】 源氏の心中独詠歌。「とけて寝ぬ」の「ぬ」打消の助動詞。夢の中での藤壺との短い逢瀬を惜しむ気持ち。

第五段 源氏、藤壺を供養す

3.5.2 注釈201 【苦しき目見せたまふと】 以下「すすいたまはざらむ」まで、源氏の心中。『完訳』は「夢の中で、苦患に責められていらっしゃるとお恨みになったが、宮はさぞそのように自分を恨んでいらっしゃるのだろう」と訳す。
3.5.4 注釈202 【何わざをして】 以下「代はりきこえばや」まで、源氏の心中。
3.5.6 注釈203 【かの御ために】 以下「思すところやあらむ」まで、源氏の心中。途中「たまはむ」という敬語表現がまじる。『集成』は「内容は源氏の心中の思いであるが、地の文のような書き方をしている」と注す。
3.5.7 注釈204 【同じ蓮に」とこそは】 『集成』は「極楽の同じ蓮の上に往生しようと。歌のなき人をしたふ--」に続く。極楽の往生人は、蓮華の上に半座をあけて同行の人を待つとされる」。『完訳』は「浄土では夫婦が後から来る伴侶のために蓮華の座をあけて待つ。しかし夫婦ならざる源氏は、一蓮托生を望みえず、絶望の歌を託す」と注す。
3.5.8 注釈205 【亡き人を慕ふ心にまかせても--影見ぬ三つの瀬にや惑はむ】 源氏の独詠歌。「亡き人」「影」は藤壺をさす。「水の瀬」「三つの瀬」の掛詞。『新大系』は「女は最初に契った男に負われて三途の川を渡るとされる。冥界でも面会ができぬとする源氏の絶望を詠んだ歌」と注す。
3.5.9 注釈206 【憂かりけるとや】 『集成』は「源氏の気持を伝える語り手の言葉」。『完訳』は「語り手の感想」。『新大系』は「源氏の心を語り伝える語り手の言葉」と注す。
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