First updated 2/17/2002(ver.1-2)
Last updated 11/9/2010(ver.2-2)
渋谷栄一注釈(C)

  

竹河

 [底本]
財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修『大島本 源氏物語』第八巻 一九九六年 角川書店

 [参考文献]
池田亀鑑編著『源氏物語大成』第三巻「校異篇」一九五六年 中央公論社

阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第十二巻 一九九八年 小学館
柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第四巻 一九九六年 岩波書店
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第八巻 一九八七年 小学館
石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第六巻 一九八二年 新潮社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第五巻 一九七五年 小学館
玉上琢弥著『源氏物語評釈』第九巻 一九六七年 角川書店
山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第四巻 一九六二年 岩波書店
池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第五巻 一九五四年 朝日新聞社

伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院

第一章 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち

  1. 鬚黒没後の玉鬘と子女たち---これは、源氏の御族にも離れたまへりし、後の大殿わたり
  2. 玉鬘の姫君たちへの縁談---男君たちは、御元服などして、おのおのおとなびたまひ
  3. 夕霧の息子蔵人少将の求婚---容貌いとようおはする聞こえありて、心かけ申したまふ人
  4. 薫君、玉鬘邸に出入りす---六条院の御末に、朱雀院の宮の御腹に生まれたまへりし君
第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語
  1. 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上---睦月の朔日ころ、尚侍の君の御兄弟の大納言
  2. 薫君、玉鬘邸に年賀に参上---夕つけて、四位侍従参りたまへり。そこらおとなしき若君達も
  3. 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問---侍従の君、まめ人の名をうれたしと思ひければ
  4. 得意の薫君と嘆きの蔵人少将---少将も、声いとおもしろうて、「さき草」歌ふ
  5. 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち---弥生になりて、咲く桜あれば、散りかひくもり
  6. 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話---尚侍の君、かくおとなしき人の親になりたまふ御年
  7. 蔵人少将、姫君たちを垣間見る---中将など立ちたまひてのち、君たちは、打ちさしたまへる碁
  8. 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む---君達は、花の争ひをしつつ明かし暮らしたまふに
第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院
  1. 大君、冷泉院に参院決定---かくいふに、月日はかなく過ぐすも、行く末のうしろめたきを
  2. 蔵人少将、藤侍従を訪問---かひなきことも言はむとて、例の、侍従の曹司に来たれば
  3. 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る---またの日は、卯月になりにければ、兄弟の君たちの
  4. 四月九日、大君、冷泉院に参院---九日にぞ参りたまふ。右の大殿、御車、御前の人びと
  5. 蔵人少将、大君と和歌を贈答---蔵人の君、例の人にいみじき言葉を尽くして
  6. 冷泉院における大君と薫君---大人、童、めやすき限りをととのへられたり
  7. 失意の蔵人少将と大君のその後---かの少将の君はしも、まめやかに、いかにせましと
第四章 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語
  1. 正月、男踏歌、冷泉院に回る---その年かへりて、男踏歌せられけり。殿上の若人どもの中に
  2. 翌日、冷泉院、薫を召す---夜一夜、所々かきありきて、いと悩ましう苦しくて
  3. 四月、大君に女宮誕生---卯月に、女宮生まれたまひぬ。ことにけざやかなるものの
  4. 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る---「かくて、心やすくて内裏住みもしたまへかし
  5. 玉鬘、出家を断念---前の尚侍の君、容貌を変へてむと思し立つを
  6. 大君、男御子を出産---年ごろありて、また男御子産みたまひつ
  7. 求婚者たちのその後---聞こえし人びとの、めやすくなり上りつつ、さてもおはせましに
第五章 薫君の物語 人びとの昇進後の物語
  1. 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上---左大臣亡せたまひて、右は左に
  2. 薫、玉鬘と対面しての感想---「さらにかうまで思すまじきことになむ
  3. 右大臣家の大饗---大臣の殿は、ただこの殿の東なりけり。大饗の
  4. 宰相中将、玉鬘邸を訪問---左の大殿の宰相中将、大饗のまたの日、夕つけてここに

 

第一章 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち

 [第一段 鬚黒没後の玉鬘と子女たち]

【これは源氏の御族にも離れたまへりし後の大殿わたりにありける悪御達の】−『弄花抄』は「凡此物語を紫式部か作とも見せす其意也紫式部か決したる語也古き事と見えたり紫式部が作せさる心也」。『玉の小櫛』は「上の語をうけて、此物語の作りぬしのいふ也。そは後の大殿わたりの女房は、紫上の御方の女房の、源氏君の御末々の人々の事を、かたりおきたるは、ひがことども多きを、我らが申す、此大殿わたりの事共は、みなまこと也とて、語りたる。二方ともに、年老いたる人々の、語りしことなれば、いづ方かまことならん、ともにさだかならぬ事なれども、まづ聞きたるまゝに、いづ方をもすてず、しるしおくぞといふ意にて、その紫上の御方の女房の語れるは、匂宮の巻、後の大殿わたりの女房のかたれるは、即ち此巻也。さて此物語は、すべてみな作り物がたりなるを、実に世に有し事を、人の語れるを聞て、書るごとく、ことさらおぼめきて、かくいへるも一つの興也」と指摘する。鬚黒大将家の物語。
【悪御達の】−『集成』は「おしゃべりな女房たちで」。『完訳』は「いかがわしい女房たちの」と訳す。
【源氏の御末々に】−以下「ひがことにや」まで、鬚黒周辺の御達の噂。

【尚侍の御腹に】−玉鬘をさす。
【いつしかといそぎ思しし御宮仕へも】−姫君の入内の件。

【領じたまふ所々のなど】−大島本は「所々の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「所々」と「の」を削除する。『新大系』は底本のままとする。

【御仲らひの】−格助詞「の」は同格。
【心おかれたまふこともありけるゆかりにや】−語り手の挿入句。
【誰れにも】−『集成』が「ご兄弟のどなたとも」と注す。

【六条院にはすべてなほ昔に変らず数まへきこえたまひて】−「六条院」は源氏をさす。生前のこと。『集成』は「家族の一員として」と注す。
中宮の御次に−明石中宮の次に。
【右の大殿なとは】−夕霧。

 [第二段 玉鬘の姫君たちへの縁談]

【殿のおはせでのち】−大島本は「殿の」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「殿」と「の」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
【おのづからなり出でたまひぬべかめり】−推量助動詞「めり」主観的推量のニュアンスは語り手のもの。

【内裏にも】−帝に対してもの意。
【おとなびたまひぬらむ】−推量助動詞「らむ」、作中人物の帝の視界外推量のニュアンス。
【推し量らせたまひて】−帝の動作についての最高尊敬。
【中宮のいよいよ並びなく】−『完訳』は「以下、玉鬘の心」と注す。
【皆人無徳にものしたまへる末に参りて】−『集成』は「どなたも形なしといった有様でいらっしゃる末席に列なって」。『完訳』は「どなたもみなあってなきがごとくでいらっしゃる、その末席に連なって」と訳す。
【はるかに目を側められたてまつらむも】−『奥入』は「未だに君王に面を見ること得ること容されざるに已に楊妃に遥かに目を側められたり」(白氏文集、上陽白髪人)を指摘。

【冷泉院よりは】−大島本は「れせい院よりハ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「冷泉院より」と「は」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
【尚侍の君の昔本意なくて過ぐしたまうし辛さを】−玉鬘が尚侍として冷泉院の在位中にに出仕したにもかかわらず鬚黒の北の方となってしまったことをさす。

【今はまいて】−以下「譲りたまへ」まで、冷泉院の詞。
【さだ過ぎすさまじきありさまに】−冷泉院自身の退位した有様をいう。

【いかがはあるせきことならむ】−以下「御覧じ直されまし」まで、玉鬘の心中。

 [第三段 夕霧の息子蔵人少将の求婚]

【三条殿の御腹にて】−雲居雁所生の子。

【いづ方につけてももて離れぬ御仲らひなれば】−玉鬘の姫君と夕霧の子の蔵人少将は、玉鬘と夕霧は義理の姉弟、また玉鬘と雲居雁は異腹の姉妹の関係である。
【尚侍の殿も】−玉鬘。尚侍の殿という呼称。

【母北の方】−蔵人少将の母雲居雁。
【いと軽びたるほどにはべめれど思し許す方もや】−雲居雁の手紙文かと思えるが、後文により、夕霧の詞である。「母北の方の」云々と「大臣も」云々が並列の構文になっている。

【姫君をばさらにただのさまにも思しおきてたまはず】−「姫君」は大君。臣下との結婚、すなわち蔵人少将との結婚は考えていない。
【中の君をなむ】−玉鬘は、蔵人少将を中君の結婚相手に考えている。
【今すこし世の聞こえ軽々しからぬほどになずらひならば】−主語は蔵人少将。
【あなかしこ過ち引き出づな】−玉鬘の詞。
【朽たされてなむわづらはしがりける】−主語は、姫君付の女房たち。

 [第四段 薫君、玉鬘邸に出入りす]

【朱雀院の宮の御腹に生まれたまへりし君】−朱雀院の内親王女三の宮が生んだ源氏の子、薫、の意。
【四位侍従そのころ十四五ばかりにて】−『完訳』は「十四歳の二月に侍従、秋、右近中将に昇進(匂宮巻)。侍従は従五位下。官位相当より上の位の者は、位を示して呼ぶ」と注す。
【尚侍の君は】−玉鬘は夕霧の子の蔵人少将よりも源氏の子の薫四位侍従を重んじ、中君の婿にと思っている。

【この殿は】−玉鬘邸。
【三条の宮と】−薫邸。母女三の宮邸。
【見えしらひさまよふ中に】−大島本は「見えしらひ」とある。『集成』『完本』『新大系』は諸本に従って「見えしらがひ」と「が」を補訂する。

【六条院の御けはひ近うと思ひなすが心ことなるにやあらむ】−『完訳』は「源氏の子と世人が思い込むせいか。源氏の子でない真相を知ったうえでの、語り手の言辞」と注す。
【もてかしづかれたまへる人】−大島本は「もてかしつかれ給へる人」とある。『集成』『完本』『新大系』は諸本に従って「人なり」と「なり」を補訂する。
【若き人びと】−玉鬘邸の若い女房たち。
【げにこそめやすけれ】−玉鬘の詞。

【院の御心ばへを】−以下「かたきを」まで、玉鬘の詞。

【兄弟のつらに思ひきこえたまへれば】−玉鬘は薫を弟(義理弟)と思っている。
【かの君も】−薫をさす。薫も玉鬘邸を姉の邸と思って。
【ここかしこの若き人ども】−三条宮邸や玉鬘邸の若い女房たち。

 

第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語

 [第一段 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上]

【尚侍の君の御兄弟の大納言】−玉鬘の実の姉弟の紅梅大納言。ただし異母姉弟。
【高砂謡ひしよ】−『弄花抄』は「注也」。『評釈』は「大納言についての説明。大納言はすでに「紅梅」の巻で活躍しているから、説明がなくても一応は判るが、語り手は一言つけ加えた。その理由の一つはこの巻の語り手が、それまでと違ってかんの君方の古女房だからである。他の一つはこういうさりげない一言で、物語の世界に深みをあたえ、時間的遠近法の効果をはかった」と注す。
【藤中納言故大殿の太郎真木柱の一つ腹など】−藤中納言の説明。故鬚黒の太郎君で真木柱の姫君と同腹の人、という説明。
【右の大臣も御子ども六人ながらひき連れておはしたり】−『集成』は「北の方(雲居の雁)腹の長男、三、五、六男と、藤典侍腹の二、四男。蔵人の少将は、五男であろう」と注す。

【何ごと思ふらむと】−大島本は「なにこと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「何ごとを」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
【思ふことあり顔なり】−恋煩いのさま。

【そのこととなくて】−以下「いましめはべり」まで、夕霧の玉鬘への詞。
【他のありき】−大島本は「ありき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ありきなど」と「など」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

【今はかく】−以下「思うたまへられける」まで、玉鬘の詞。

【院より】−冷泉院。
【ほのめかし聞こえたまふ】−主語は玉鬘。『完訳』は「冷泉院の、姫君に参院せよとの仰せ言。蔵人の少将の求婚を婉曲に断るために言い出したか」と注す。
【はかばかしう】−以下「なむわづらふ」まで、玉鬘の詞。
【思ひたまへ】−大島本は「おもひたまへ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「かたがた思ひたまへ」と「かたがた」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

【内裏に仰せらるること】−以下「とどこほることもはべらじ」まで、夕霧の詞。
【よろしう生ひ出づる女子はべらましかば】−大島本は「侍らましかハ」とある。『集成』『完本』『新大系』は諸本に従って「はべらましかばと」と「と」を補訂する。夕霧の娘。六人。うち大君は東宮に、中君は二の宮に入内。六の君は美貌で知られる。

【女一の宮の女御は】−女一の宮の母女御の意。冷泉院の弘徽殿女御。

【女御なむつれづれに】−以下「思ひたまへよるになむ」まで、玉鬘の詞。
【後見て慰めまほしきを】−玉鬘の大君を。

【これかれここに集まりたまひて】−夕霧右大臣や紅梅大納言らが玉鬘邸に参集なさって、の意。
【三条の宮に】−薫の母宮、女三の宮邸。
【入道の宮をば】−源氏の正妻女三の宮。
【参りたまふなめり】−語り手の推量。
【この殿の左近中将右中弁侍従の君なども】−玉鬘邸の子息たち三人。

 [第二段 薫君、玉鬘邸に年賀に参上]

【四位侍従】−薫。
【この君の立ち出でたまへる】−薫が姿を見せた。
【例のものめでする若人たちは】−玉鬘邸の若い女房たち。
【なほことなりけり】−玉鬘邸の若い女房たちの詞。薫を絶賛。

【この殿の姫君の】−以下「さしな並べて見め」まで、女房の詞。玉鬘の大君と薫の結婚を仮想。

【げにいと若う】−『林逸抄』は「双紙の詞也」と注す。「げに」は語り手が女房の詞に納得する気持ち。
【姫君と聞こゆれど】−『一葉抄』は「傍人の批判したる也」と注す。
【見知りたまふらむかしとぞおぼゆる】−語り手の感想。

【こなたに】−玉鬘の詞。薫を招く。
【いと好かせたてまほしきさま】−大島本は「すかせたてまほしき」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「すかせたてまつらまほしき」と「まつら」を補訂する。『新大系』は底本のままとし、「「好(す)かせたつ」で一語」と注す。
【宰相の君と聞こゆる上臈の詠みかけたまふ】−『集成』は「「聞こゆる」は、下の「たまふ」とともに、語り手の女房より宰相の君に対する敬語」。『完訳』は「螢に登場する女房とは別人か」と注す。

【折りて見ばいとど匂ひもまさるやとすこし色めけ梅の初花】−宰相の君から薫への贈歌。真淵『新釈』は「よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬ色香は折りてなりけり(古今集春上、三七、素性法師)を指摘。『完訳』は「「折りて見る」は情交を暗示。「梅の初花」は薫。女から男に戯れた歌」と注す。

【よそにてはもぎ木なりとや定むらむ下に匂へる梅の初花】−薫の返歌。「梅の初花」の語句をそのまま用いて返す。『完訳』は「内心の魅力を主張して戯れた歌」と注す。

【さらば袖触れて見たまへ】−薫の歌に添えた言葉。『源氏釈』は「色よりも香こそあはれと思ほゆれたが袖触れし宿の梅ぞも」(古今集春上、三三、読人しらず)を指摘。

【まことは色よりも】−女房の詞。「香が素晴らしい」の意が下に省略。

【うたての御達や】−以下「面無けれ」まで、玉鬘の詞。

【のたまふなり】−「なり」伝聞推定の助動詞。薫に即した表現。
【まめ人とこそ】−以下「いと屈じたる名かな」まで、薫の心中。
【主人の侍従殿上などもまだせねば】−玉鬘と鬚黒の三男。薫と区別するために「主人の」と言った。『完訳』は「侍従は従五位下だが、新任のためか勅許がない」と注す。

【大臣は】−以下「おはしけむかし」まで、玉鬘の詞。
【もてなししもぞ】−大島本は「もてなしゝもそ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「もてなしぞ」と「し」を削除する。『新大系』は底本のままとする。

【思ひ出でられたまひて】−大島本は「思いてられ給て」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ出できこえたまひて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【うちしほれたまふ】−大島本は「うちしほれ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「うちしほたれ」と「た」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
【名残さへ】−薫が立ち去った後の残香。

 [第三段 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問]

【二十余日のころ梅の花盛りなるに】−正月二十日過ぎ。梅の花盛り。
【匂ひ少なげに】−以下「ならはむかし」まで、薫の心中。
【取りなされじ】−「じ」について、『集成』は、過去助動詞「し」に解し、『完訳』、打消推量助動詞「じ」に解す。
【藤侍従の御もとに】−玉鬘の三男。前出の「主人の侍従」。

【隠れなむと思ひけるを】−相手の男。先に来ていた男の動作。
【ひきとどめたれば】−主語は薫。
【少将なりけり】−夕霧の子息。

【心を惑はして立てるなめり】−薫と語り手が一体化した視点で語る。
【寝殿の西面に】−以下「深かるべきわざかな」まで、薫の心中。

【いざしるべしたまへまろはいとたどたどし】−薫の蔵人少将への詞。叔父甥の関係でもある。

【呂の歌は】−律はわが国固有の俗楽的音階で秋の調べ、呂は中国伝来の正式な音階で春の調べという。
【いたしと思ひて】−主語は薫。敬語が付かないのは緊張した臨場感を出すためである。
【今一返りをり返し歌ふ】−大島本は「おりかへしうたふ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「をり返しうたふを」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。主語は侍従の君。

【ゆゑありて】−以下「あたりぞかし」まで、薫の感想。
【はかなしごとなどもいふ】−主語は薫。ここでも敬語が付かない。

【かたみに譲りて】−薫と蔵人少将とが互いに。
【侍従の君して】−玉鬘の三男、侍従の君。

【故致仕の大臣の】−以下「誘はれたまへ」まで、玉鬘の薫への詞。和琴の弾奏をすすめる。
【鴬にも誘はれたまへ】−『奥入』は「花の香を風のたよりにたぐへてぞ鴬誘ふしるべにはやる(古今集春上、一三、紀友則)。『異本紫明抄』は「鴬の声に誘引せられて花の下に来る草の色に拘留せられて水の辺に坐り」(白氏文集巻十八、春江・和漢朗詠集上、春、鴬)を指摘。

【爪くふべきことにもあらぬを】−薫の心中。

【常に見たてまつり】−以下「おぼえつれ」まで、玉鬘の詞。薫の和琴を聴いて、亡き父致仕太政大臣を思い出す。

【故大納言の御ありさまに】−柏木。薫の実の父親。
【古めいたまふしるしの涙もろさにや】−語り手の批評。『首書』は「草子地也」と指摘。『完訳』は「語り手の言辞。薫の出生の秘事をはぐらかし、老の涙かとする」と注す。

 [第四段 得意の薫君と嘆きの蔵人少将]

【さき草謡ふ】−『源氏釈』は「この殿は 宜も 宜も富みけり 三枝の あはれ 三枝の はれ 三枝の 三つば四つばの中に 殿づくりせりや 殿づくりせりや」(催馬楽、この殿は)を指摘。
【竹河を同じ声に】−『源氏釈』は「竹河の 橋のつめなるや 橋のつめなるや 花園に はれ 花園に 我をば放てや 我をば放てや少女伴へて」(催馬楽、竹河)を指摘。
【故大臣に】−鬚黒。
【似たてまつりたまへるにや】−語り手の想像。
【寿詞をだにせむや】−薫または蔵人少将の詞。

【酔のすすみては】−以下「もてないたまふぞ」まで、薫の詞。『源氏釈』は「思ふには忍ぶることぞ負けにける色に出でじと思ひしものを」(古今集恋一、五〇三、読人しらず)を指摘。

【被けたまふ】−主語は玉鬘。玉鬘が薫に。
【何ぞもぞ】−薫の詞。男踏歌にちなんだ言葉遣い。
【侍従は主人の君にうちかづけて去ぬ】−薫源侍従がこの家の藤侍従に与えて、の意。
【水駅にて夜更けにけり】−薫の詞。『集成』は「ちょっと立ち寄ったつもりが、つい夜更かししました」と注す。

【この源侍従の君の】−以下「思ひ弱りて」まで、蔵人少将の心中。末尾は地の文に流れる。

【人はみな花に心を移すらむ一人ぞ惑ふ春の夜の闇】−蔵人少将の詠歌。真淵『新釈』は「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」(古今集春上、四一、凡河内躬恒)を指摘。

【をりからやあはれも知らむ梅の花ただ香ばかりに移りしもせじ】−女房の返歌。「香ばかり」「かばかり」の掛詞。蔵人少将を慰める。

【昨夜は】−以下「いかに見たまひけむ」まで、薫の文。

【仮名がちに書きて】−大島本は「かなかちにかきて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「仮名がちに書きて、端に」と「端に」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

【竹河の橋うちいでし一節に深き心の底は知りきや】−薫から玉鬘への贈歌。催馬楽「竹河」の詞章を踏まえる。「橋」と「端」の掛詞。「竹」−「節」、「河」−「深き」−「底」は縁語。

【これかれ見たまふ】−玉鬘や姫君たちが。

【手なども】−以下「こそあめれ」まで、玉鬘の詞。
【いかなる人今より】−『集成』は「いかなる前世の因縁か、という気持」。『完訳』は「どんな前世の因縁を持つ人が」と訳す。

【この君たちの手など】−玉鬘の子供たちの筆跡。
【げにいと若く】−「げに」は語り手の納得した気持ち。

【昨夜は水駅をなむ】−以下、歌の終わりまで、藤侍従の文。

【竹河に夜を更かさじといそぎしもいかなる節を思ひおかまし】−藤侍従の返歌。「夜」と「よ(竹の節と節の間)」の掛詞。「竹」−「節」は縁語。

【げにこの節をはじめにて】−「げに」は語り手の感情移入による。
【この君の御曹司に】−藤侍従。
【少将の推し量りしもしるく】−蔵人少将の心配は、前に「この源侍従の君の」(第二章四段)以下に語られていた。

 [第五段 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち]

【咲く桜あれば散りかひくもり】−『源氏釈』は「桜咲く桜の山の桜花咲く桜あれば散る桜あり」(出典未詳)「桜花散りかひ曇れ老いらくの来むといふなる道まがふがに」(古今集賀、三四九、在原業平)を指摘。
【のどやかにおはする所は】−玉鬘邸。
【端近なる罪もあるまじかめり】−「めり」は語り手の推量。

【そのころ十八九のほどにやおはしけむ】−玉鬘の娘姉妹の年齢。『評釈』は「古女房が昔の有様を思い出して語っている痕跡の一つである。「けむ」と推量しているのは語り手の女房である」と注す。
【姫君はいとあざやかに】−大君。
【げにただ人にて見たてまつらむは】−語り手が作中人物に納得同意する気持ち。

【今一所は薄紅梅に】−中の君。
【桜色にて】−大島本は「さくら色にて」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御髪いろにて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【たをたをとたゆみ】−大島本は「たゆみ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「見ゆ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【こよなしとぞ】−『完訳』は「大君のほうが格別と」と注す。

【兄君たちさしのぞきたまひて】−藤侍従の兄、左中将と右中弁。

【侍従のおぼえ】−以下「許されにけるをや」まで、兄君の詞。

【宮仕へのいそがしう】−以下「本意なきわざかな」まで、左近中将の詞。

【弁官はまいて】−以下「思し捨てむ」まで、右中弁の詞。
【さのみやは思し捨てむ】−反語表現。『集成』は「そうまでお見捨てになっていいものでしょうか」と訳す。

【内裏わたりなど】−以下「多くこそ」まで、左中将の詞。
【故殿おはしまさましかば】−左中将や右中弁らの父、鬚黒。

【二十七八のほどにものしたまへべ】−左中将の年齢。『完訳』は「左近中将の誕生は、真木柱。今は二十五歳のはず」と注す。
【いかでいにしへ】−以下「違へずもがな」まで、左中将の心中。

【他のにも似ずこそ】−姫君の詞。係助詞「こそ」の下に「はべれ」などの語句が省略。

【幼くおはしましし時】−以下「思ひたまへられしはや」まで、左中将の詞。
【上は】−母上は、の意。
【いとさは泣きののしらねどやすからず思ひたまへられしはや】−『集成』は「父母が姫君たちにかまけて自分を顧みてくれない、と思った幼時の回想」と注す。
【この桜の】−以下「止めがたうこそ」まで、左中将の詞。

【人の婿になりて】−他家の婿に入って。

 [第六段 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話]

【尚侍の君かくおとなしき人の親になりたまふ御年のほどよりは】−玉鬘は、二十七八歳の左中将らの母親、四十八歳。
【冷泉院の帝は多くは】−『完訳』は「大君参院を望む理由の大半は、後宮に入らなかった玉鬘への未練」と注す。
【何につけてかは】−冷泉院の心中。
【この君たちぞ】−左中将や右中弁ら。

【なほものの栄なき心地】−以下「春宮はいかが」まで、左中将らの詞。
【げにいと見たてまつらまほしき御ありさまは】−冷泉院の美しい姿態。
【盛りならぬ心地】−退位後という感じ。

【いさや】−以下「たまひてましを」 まで、玉鬘の詞。
【やむごとなき人のかたはらもなきやうにてのみ】−夕霧の大君が入内していることをいう。
【おはせましかば】−「もてなしたまひてましを」 に係る反実仮想の構文。

 [第七段 蔵人少将、姫君たちを垣間見る]

【三番に数一つ勝ちたまはむ方にはなほ花を寄せてむ】−大島本は「かたにハ猶花を」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「方に花を」と「ハ猶」を削除する。『新大系』は底本のままとする。姫君たちの詞。

【暗うなれば端近うて打ち果てたまふ】−「なれば」は単純な順接。「端近うて」は挿入句。
【うち連れて出でたまひにければ】−侍従が兄左中将や右中弁らと一緒に。

【かううれしき折を見つけたるは】−蔵人少将と語り手の地の文が一体化した叙述。
【はかなき心になむ】−語り手の蔵人少将の心情批評。『全集』は「語り手の評」と注す。
【桜色のあやめも】−大君の衣裳。
【げに散りなむ後の形見にも】−「げに」語り手の同意納得する気持ち。『奥入』は「さくら色に衣は深く染めて着む花の散りなむ後の形見に(古今集春上、六六、紀有朋)を指摘。
【異ざまになりたまひなむこと】−大君が他人に嫁ぐこと。
【右勝たせたまひぬ】−中君が勝つ。「せたまふ」最高敬語。玉鬘邸の古女房の語りという性格上、敬語の使用基準も従来と異なる。
【高麗の乱声おそしや】−右方の女房の詞。右方が勝ったので、「高麗楽の乱声」を催促。高麗楽は右楽、唐楽は左楽。

【右に心を寄せたてまつりて】−大島本は「心越よせ」とある。『完本』は諸本に従って「心寄せ」と「を」を削除する。『集成』『新大系』は底本のままとする。以下「ありつるぞかし」まで、右方の女房の詞。
【西の御前によりてはべる木を】−西の庭先すなわち右方にあった桜の木を、の意。
【左になして】−父鬚黒が大君のものだと言ったことで。

【をかしと聞きて】−主語は蔵人少将。
【うちとけたまへる折心地なくやは】−蔵人少将の心中。
【またかかる紛れもや】−蔵人少将の心中。下に「あらむ」などの語句が省略。

 [第八段 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む]

【桜ゆゑ風に心の騒ぐかな思ひぐまなき花と見る見る】−大君の詠歌。『全集』は「折りて見ば近まさりせよ桃の花思ひ暮らして桜惜しまじ」(紫式部集)を指摘。

【咲くと見てかつは散りぬる花なれば負くるを深き恨みともせず】−大君方の女房宰相の君の唱和歌。

【風に散ることは世の常枝ながら移ろふ花をただにしも見じ】−中君の詠歌。

【心ありて池のみぎはに落つる花あわとなりてもわが方に寄れ】−中君方の女房大輔の君の唱和歌。『河海抄』は「枝よりもあだに散りにし花なれば落ちても水の泡とこそなれ」(古今集春下、八一、菅野高世)を指摘。

【勝ち方の童女】−右方の童女。

【大空の風に散れども桜花おのがものとぞかきつめて見る】−右方の童女の詠歌。

【桜花匂ひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありやは】−左方の童女なれきの反論歌。『河海抄』は「大空におほふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ」(後撰集春中、六四、読人しらず)を指摘。

 

第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院

 [第一段 大君、冷泉院に参院決定]

【院よりは御消日々にあり】−冷泉院から大君入内の要請がある。
【女御】−冷泉院の弘徽殿女御。

【うとうとしう】−以下「思し立ちね」まで、弘徽殿女御の詞。
【上はここに聞こえ疎むるなめりと】−お上は、わたし弘徽殿女御があなた玉鬘の大君の入内を邪魔しているようだと。

【さるべきにこそは】−以下「かたじけなし」まで、玉鬘の心中。同じ妻妾の関係にある女性は嫉妬したり妨害するのだが、好意的に勧誘している。

【これを聞くに】−玉鬘の大君の冷泉院入内のこと。
【母北の方をせめたてまつれば】−雲居雁を。雲居雁は玉鬘と異母姉妹の関係。

【いとかたはらいたきことに】−以下「慰めさせたまへ」まで、雲居雁から玉鬘への文。
【闇の惑ひに】−『異本紫明抄』は「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を指摘。

【苦しうもあるかな】−玉鬘の心中。

【いかなることと】−以下「なだらかならむ」まで、玉鬘の雲居雁への返書。
【まめやかなる御心ならば】−蔵人少将の気持ちが。
【このほどを思ししづめて慰めきこえむさまをも】−大君の冷泉院入内の後に考えるところ、すなわち中君を許してもよい、という含み。

【この御参り過ぐして中の君をと思すなるべし】−手紙の趣を語り手が解説してみせる。『紹巴抄』は「此注也」。『全集』は「語り手の解説」と注す。
【さし合はせては】−以下「あさへたるほどを」まで、玉鬘の心中。
【男は】−蔵人少将。
【思ひ移るべくもあらず】−大君から中君に心を移す意。
【いかならむ折に】−蔵人少将の心中。

 [第二段 蔵人少将、藤侍従を訪問]

【侍従の曹司】−玉鬘邸の藤侍従の部屋。
【源侍従】−薫。
【見ゐたまへりける】−主語は藤侍従。
【さなめりと見て奪ひ取りつ】−主語は蔵人少将。
【そこはかとなく】−大島本は「そこはかとなくて(て$、#)」とある。すなわち、「て」をミセケチにした後、さらに抹消している。『集成』『完本』は諸本に従って「そこはかとなくて」と底本の訂正以前本文に従う。『新大系』は底本の訂正に従って「て」を削除する。
【世を恨めしげに】−「世」は男女関係。

【つれなくて過ぐる月日をかぞへつつもの恨めしき暮の春かな】−薫から藤侍従への贈歌。

【人はかうこそ】−以下「あなづりそめられにたる」まで、蔵人少将の心中。係助詞「こそ」は「ねたげなめれ」に係る。逆接用法。「わが」と対比。
【あなづりそめられにたるなど】−大島本は「たるなと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「…たる」と」と「な」を削除する。『新大系』は底本のままとする。
【中将の御許】−大君付の女房。
【例のかひあらじかし】−蔵人少将の心中。

【この返りことせむ】−薫への返事。
【上に参りたまふを】−母上玉鬘のもとへ、返事の相談に行く。

【前申し】−一語。取り次ぎ役、中将の御許のこと。
【いとほしと思ひて】−主語は中将の御許。

【さばかりの夢をだに】−以下「まことなりけれ」まで、蔵人少将の詞。
【つらきもあはれといふことこそまことなりけれ】−『花鳥余情』は「立ち返りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白波」(古今集恋一、四七四、在原元方)。『弄花抄』は「うれしくは忘るる事もありなましつらきぞ長き形見なりける」(新古今集恋五、一四〇三、清原深養父)を指摘。

【あはれと】−大島本は「あハれと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「あはれとて」と「て」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「添ひたるならむ」まで、中将の御許の心中。
【かの慰めたまふらむ御さま】−大島本は「なくさめ給らん」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「慰めたまはむ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。玉鬘からの返事に、中君を結婚相手にとあったことをさす。

【聞こしめさせたらば】−以下「御心なりけり」まで、中将のおもとの詞。蔵人少将が垣間見たということを姫君がお知りになったら、の意。
【心苦しと思ひきこえつる心】−中将の御許が蔵人少将を気の毒だと思う気持ち。

【いでや】−以下「こよなからましものを」まで、蔵人少将の詞。
【目くはせたてまつらましかば】−碁にこっそり助言してやれたものを、の意。

【いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは人に負けじの心なりけり】−蔵人少将の詠歌。『集成』は「「数」「負く」は、会話から続いて、碁の縁語」と注す。

【わりなしや強きによらむ勝ち負けを心一つにいかがまかする】−中将の御許の返歌。「強き」「勝ち負け」は碁の縁語。「強き」は冷泉院を暗示。

【あはれとて手を許せかし生き死にを君にまかするわが身とならば】−蔵人少将の詠歌。『集成』は「「手をゆるす」は、碁で相手に何目か置き意志を許すこと。「生き死に」は碁の縁語」と注す。

 [第三段 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る]

【兄弟の君たち】−蔵人少将の兄弟たち。夕霧右大臣の子息。

【院の聞こしめすところもあるべし】−以下「え違へたまはざらまし」まで、夕霧の詞。冷泉院が蔵人少将の執心ぶりを聞いたら不快に思うだろう、の意。
【何にかは】−「聞き入れむ」に係る。反語表現。
【対面のついでにも】−玉鬘との面会の折。
【申さましかば】−「え違へたまはざらまし」に係る、反実仮想の構文。

【花を見て春は暮らしつ今日よりやしげき嘆きの下に惑はむ】−蔵人少将の独詠歌。「嘆き」に「木」を響かせ、「繁き」と縁語。

【御前にて】−大君の御前。
【この御懸想人の】−蔵人少将ら求婚者をいう。

【生き死にをと】−以下「心苦しげなりし」まで、中将の御許の詞。

【大臣北の方】−以下「はえばえしからぬを」まで、玉鬘の心中。末尾は地の文に流れる。
【取り替へありて思すこの御参りを】−大君に代えて中君を蔵人少将にと考えている、この大君の冷泉院入内を、の意。「思す」という敬語の前後は地の文。
【さまたげやうに思ふらむ】−主語は夕霧や雲居雁。敬語抜きの表現。推量助動詞「らむ」視界外推量、はるかに想像しているニュアンス。
【故殿の思しおきてたりしものを】−故鬚黒の遺言。
【御文取り入れてあはれがる】−主語は女房たち。
【御返事】−大島本は「御返事」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御返し」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。

【今日ぞ知る空を眺むるけしきにて花に心を移しけりとも】−『集成』は「中将のおもとがしたのだろう」。『完訳』は「女房の代作である」と注す。

【あないとほし】−以下「取りなすかな」まで、女房の詞。

 [第四段 四月九日、大君、冷泉院に参院]

【九日にぞ参りたまふ】−『河海抄』は、藤原時平の娘が宇多上皇に四月九日に入内した例を引く。
【年ごろさもあらざりしにこの御ことゆゑしげう聞こえ通ひたまへるを】−雲居雁と玉鬘は姉妹でありながら、長年親しく文通してこなかったが、蔵人少将の大君への求婚の件で頻繁に文を交わすようになったのだが、の意。

【あやしううつし心もなきやうなる人の】−以下「うとうとしくなむ」まで、雲居雁から玉鬘への文。子息蔵人少将の落胆ぶりを訴える。
【承りとどむることもなかりけるを】−大君の冷泉院入内の件。
【おどろかさせたまはぬも】−主語はあなた玉鬘。「驚かす」は、知らせる意。「せたまふ」二重敬語表現。

【ほのめかしたまへるを】−『集成』は「それとなく恨み言をおっしゃっているのを」と訳す。

【みづからも参るべきに】−以下「召し使はせたまへ」まで、夕霧から玉鬘への文。

【源少将兵衛佐など】−夕霧の子息、蔵人少将の兄弟たち。源少将は四男(藤典侍腹)、兵衛佐は六男。蔵人少将は五男。
【情けはおはすかし】−玉鬘のお礼の詞。
【大納言殿よりも】−紅梅大納言。玉鬘の実家の主人、姉弟でもある。
【真木柱の姫君なれば】−真木柱は故鬚黒と北の方の娘、蛍兵部卿宮に嫁して死別後、紅梅大納言の後の北の方となる。玉鬘の継子でもある。

【藤中納言は】−鬚黒の長男。真木柱の兄。大君とは異母兄妹。
【中将弁の君たちもろともに】−玉鬘腹の子息の左中将と右中弁。

 [第五段 蔵人少将、大君と和歌を贈答]

【蔵人の君】−夕霧の子息、蔵人少将。
【例の人に】−中将の御許に。

【今は限りと思ひはべる命の】−大島本は「思はへる」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひ果つる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「ながらへやせむ」まで、蔵人少将の手紙。

【持て参りて見れば】−中将の御許が大君のもとに持参して様子を見ると、の意。
【中の戸ばかり隔てたる西東】−『集成』は「「中の戸」は、中仕切りの戸。障子(襖)であろう」と注す。
【よそよそにならむことを思すなりけり】−前の「いといたう屈じたまへり」の理由説明の叙述。『完訳』「別れの悲しみに、あらためて気づく気持」と注す。

【取りて見たまふ】−大君が蔵人少将からの手紙を。
【大臣北の方のさばかり立ち並びて】−以下「思ひ言ふらむ」まで、大君の心中。蔵人少将の両親揃っていることを思い比べる。
【限りとあるを】−蔵人少将の手紙に「今は限りと思ひはべる命」とあったことをさす。
【まことやと思して】−大島本は「まことや」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「まことにや」と「に」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。

【あはれてふ常ならぬ世の一言もいかなる人にかくるものぞは】−大君の返歌。「あはれと思ふとばかりだに一言のたまはせば」とあったことを受けて返す。

【ゆゆしき方にてなむほのかに思ひ知りたる】−歌に添えた文言。「あはれ」を愛情としてでなく無常一般のこととした。

【かう言ひやれかし】−『集成』は「こう言っておやり。書き換えて返事せよ、の意」。『完訳』は「清書して伝えよ、の気持か」と注す。
【とのたまふをやがてたてまつれたる】−接続助詞「を」逆接の意。大君の言葉に反して、中将の御許は書き変えずそのまま蔵人少将に与えた。
【折思しとむる】−大島本は「おり」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「をりを」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。『集成』は「院に御参りの当日、最後の折であることをお心に止めて返事を下さったのも(胸に迫って)」。『完訳』は「参院の当日、最後の機会と思って返事をくれたのも」と注す。

【誰が名は立たじ】−『源氏釈』は「恋ひ死なば誰が名は立たじ世の中の常なきものと言ひはなすとも」(古今集恋二、六〇三、清原深養父)を踏まえたものであることを指摘。
【かことがましくて】−『集成』は「恨みがましく書いて」と訳す。

【生ける世の死には心にまかせねば聞かでややまむ君が一言】−蔵人少将の返歌。『完訳』は「死ねば「あはれ」と思ってくれるとのこと、生きている限りは「あはれ」と言ってくれぬのか」と訳す。

【塚の上にも掛けたまふべき御心のほど】−大島本は「ほと」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ほどと」と「と」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。以下「急がれはべらましを」まで、歌に添えた文言。『源氏釈』は、季札の剣の故事(史記、呉世家・和漢朗詠集下、風)を踏まえることを指摘。
【思ひたまへましかば】−「たまへ」下二段活用、謙譲の補助動詞。主語は蔵人少将。「ましかば」--「まし」反実仮想の構文。死に急ぐ気になれない、生きて「あはれ」と言ってもらいたい、の意。

【うたてもいらへをしてけるかな書き換へでやりつらむよ】−大君の心中。

 [第六段 冷泉院における大君と薫君]

【ととのへられたり】−「られ」尊敬の助動詞。「たまふ」より敬意が軽い。
【まづ女御の御方に渡りたまひて尚侍の君は御物語など聞こえたまふ】−冷泉院の弘徽殿の女御に玉鬘は挨拶する。弘徽殿の女御は玉鬘の異母姉、女一の宮の母女御として最も気をつかうところ。

【后女御などみな年ごろ経て】−秋好中宮は五十三歳、弘徽殿女御は四十五歳など。
【などてかはおろかならむ】−語り手の感情移入の句。
【ただ人だちて心やすく】−冷泉院が。譲位後の堅苦しくない生活の様子。

【口惜しう心憂しと思したり】−主語は冷泉院。

【げにただ昔の光る源氏の】−語り手の感想を交えた表現。
【生ひ出でたまひしに劣らぬ人の御おぼえなり】−『集成』は「ご成人なさった時に劣らぬご寵愛ぶりである」と訳す。
【この御方にも】−大君。
【心寄せあり顔にもてなして】−主語は薫。

【世の中恨めしげにかすめつつ語らふ】−『集成』は「敬語がないのは、薫に密着した書き方」と注す。

【手にかくるものにしあらば藤の花松よりまさる色を見ましや】−薫の詠歌。『集成』は「私の力の及ぶものなら、姫君を人のものにはしなかったのに、の含意」と注す。大君を藤の花に喩える。

【わが心にもあらぬ世のありさまにほのめかす】−冷泉院への憚りから。

【紫の色はかよへど藤の花心にえこそかからざりけれ】−藤侍従の返歌。「色は通へど」は大君と姉弟であることをいう。「藤に花」「かかる」は縁語。

 [第七段 失意の蔵人少将と大君のその後]

【母北の方の御恨みにより】−蔵人少将の母北の方、雲居雁。

【殿上の方にさしのぞきても】−冷泉院の御所の殿上間。

【内裏には故大臣の心ざしおきたまへるさまことなりしをかく引き違へたる御宮仕へを】−今上帝は故鬚黒大臣が大君を入内させたい旨奏上していたが、冷泉院に参院してしまったことをいぶかしく思う。
【中将を召して】−故鬚黒と玉鬘の長男。左近中将。

【御けしきよろしからず】−以下「あぢきなくなむはべる」まで、左中将の詞。
【かかる仰せ言のはべれば】−帝の御不快の言葉。

【いさやただ今】−以下「これもさるべきにこそは」まで玉鬘の詞。
【あながちにいとほしうのたまはせしかば】−主語は冷泉院。
【後見なき交じらひの内裏わたりは】−今上帝の後宮生活をいう。
【今は心やすき御ありさまなめるに】−冷泉院の後宮生活をいう。
【誰れも誰れも便なからむ事はありのままにも諌めたまはで】−『完訳』は「実際には中将たちが参院に反対した。これは当座の言いのがれ」と注す。

【その昔の】−以下「聞き耳もはべらむ」まで、左中将の詞。
【思しのたまはするを】−主語は帝。
【中宮を憚りきこえたまふとて】−明石中宮。源氏の娘。玉鬘の娘大君とは叔母姪の関係妹。
【院の女御をばいかがしたてまつりたまはむとする】−冷泉院の弘徽殿の女御。故致仕大臣の娘。玉鬘の娘大君とは伯母姪の関係。『完訳』は「入内の場合、明石の中宮に遠慮すべきとはいえ、参院の場合、弘徽殿女御には遠慮がいらぬのか」と注す。

【異人は交じらひたまはずや】−係助詞「や」反語表現。後宮には大勢の妃がいるものだ、という趣旨。
【君に仕うることは】−帝に入内することをいう。
【女御は】−弘徽殿女御。
【よろしからず思ひきこえたまはむに】−主語は弘徽殿女御。推量助動詞「む」仮定の意。
【ひがみたるやうに】−伯母姪の関係でうまくいっていない。

【二所して】−左中将と右中弁の兄弟して。
【さるは限りなき御思ひのみ月日に添へて】−『集成』は「とはいえ、(大君に対しては)院のこの上なもないご寵愛が、ただもう月日のたつにつれてまさる」と訳す。

【七月よりはらみたまひにけり】−四月九日に冷泉院に参院した。大君の懐妊。
【うち悩みたまへるさま】−悪阻のさま。
【げに人のさまざまに聞こえわづらはすもことわりぞかし】−語り手の批評。『紹巴抄』は「双地」と指摘。
【いかでかはかからむ人をなのめに見聞き過ぐしてはやまむとぞおぼゆる】−語り手の感想。『細流抄』は「草子地也」と指摘。
【侍従も気近う召し入るれば】−冷泉院が薫を側近くに招き入れる。
【御琴の音などは】−大君が弾く琴の音。
【中将の御許】−大君の女房として一緒に冷泉院に入っている。

 

第四章 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語

 [第一段 正月、男踏歌、冷泉院に回る]

【男踏歌せられけり】−正月十四日、宮中で行われる。女踏歌は毎年行われたが、男踏歌は隔年または数年間を置いて行われた。
【四位の侍従】−薫。
【楽人の数のうちにありけり】−『完訳』は「音楽を奏する役、九人」と注す。

【御前より出でて冷泉院に参る】−踏歌のコースは宮中の清涼殿東庭から、院、中宮、春宮の順に回り、暁に宮中に帰って来る。
【この御息所も】−大君をいう。御子出産の妃をいう呼称。まだ御子は誕生していない。四月に女宮が生まれる。
【上に御局して見たまふ】−冷泉院御所の寝殿の一角に部屋を設けての意。

【右の大殿致仕の大殿の族を離れて】−夕霧と致仕大臣の一族(紅梅大納言他)以外は、の意。
【見たまふらむかし】−主語は大君。

【過ぎにし夜のはかなかりし遊びも】−昨年正月二十日過ぎの玉鬘邸の夜のこと。
【思ひ出でられければ】−主語は蔵人少将。

【后の宮の御方に参れば】−秋好中宮の御殿。冷泉院の中の御殿。
【上もそなたに渡らせたまひて御覧ず】−冷泉院も秋好中宮の御殿に移って一緒に御覧になる。
【夜深くなるままに】−大島本は「夜ふかく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「夜累ふかう」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【いかに見たまふらむとのみ】−蔵人少将は大君(御息所)がどのように見ているかと。
【さして一人をのみとがめらるるは】−名指しで一人だけ飲みぶりが悪いと責められる意。

 [第二段 翌日、冷泉院、薫を召す]

【あな苦ししばし休むべきに】−薫の詞。
【御前のことどもなど問はせたまふ】−主語は冷泉院。冷泉院が薫に。

【歌頭は】−以下「心にくかりけり」まで、冷泉院の詞。

【うつくしと思しためり】−推量の助動詞「めり」主観的推量のニュアンスは語り手の推測。
【万春楽を御口ずさみにしたまひつつ】−主語は冷泉院。
【御供に参りたまふ】−主語は薫。
【物見に参りたる里人多くて】−男踏歌見物に来た冷泉院の後宮の実家の人々。

【一夜の月影は】−以下「さしも見えざりき」まで、薫の詞。
【雲の上近ては】−宮中をさす。

【闇はあやなきを】−以下「定めきこえし」まで、女房の詞。『源氏釈』は「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる」(古今集春上、四一、凡河内躬恒)を指摘。
【今すこし】−蔵人少将に比較してあなた薫は、の意。

【竹河のその夜のことは思ひ出づや忍ぶばかりの節はなけれど】−女房から薫への贈歌。「夜」と「世」の掛詞。「竹」と「よ(節と節の間)」と「節」は縁語。

【みづから思ひ知らる】−主語は薫。

【流れての頼めむなしき竹河に世は憂きものと思ひ知りにき】−薫の返歌。「竹河」の語句を用いて返す。「竹」と「よ(節と節の間)」と「節」は縁語。

【さるはおり立ちて】−『紹巴抄』は「双地」と指摘。『全集』は「語り手の薫評」と注す。
【人のやうには】−蔵人少将のようには、の意。

【うち出で過ぐすことも】−以下「あなかしこ」まで、薫の詞。

【こなたに】−冷泉院の詞。使者が伝えたもの。

【故六条院の】−以下「をかしかりけむ」まで、冷泉院の詞。「初音」巻に見える男踏歌の後の管弦の遊びをいう。
【女楽にて】−大島本は「女かく」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「女方にて」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【いと物の上手なる女さへ多く集まりて】−六条院の女性をいう。

【和琴を弾かせたまひて】−主語は冷泉院。「せたまふ」は最高敬語。
【いとよう教へないたてまつりたまひてけり】−主語は冷泉院。語り手の立ち入った批評的叙述ともまた薫の感想とも読める叙述。
【何ごとも心もとなく後れたることはものしたまはぬ人なめり】−語り手の批評。

【をかしかべしとなほ心とまる】−主語は薫。
【いかが思しけむ知らずかし】−『一葉抄』は「双紙詞也」と指摘。『集成』は「語り手の言葉をそのまま記す体」。『完訳』は「語り手の、薫の独自な内心に注目させる言辞」と注す。

 [第三段 四月、大君に女宮誕生]

【卯月に女宮生まれたまひぬ】−御息所、女宮を出産。冷泉院の御子は弘徽殿女御の生んだ女一の宮がいるのみ。したがって、女二の宮の誕生となる。
【院の御けしきに従ひて】−院が喜ぶ気持ちによって、それを無視できない。
【疾う参りたまふべきよしのみあれば】−出産は里に下がって行われる。
【五十日のほどに参りたまひぬ】−生後五十日のお食初めの祝いがある。

【いといみじう思したり】−はなはだ嬉しい気持ち。
【いとかからでありぬべき世かな】−弘徽殿女御方の女房の詞。

【かの中将の君の】−左中将、御息所の兄。
【のたまひしことかなひて】−主語は左中将。弘徽殿方からよくない事が起こるだろうという予言。
【むげにかく言ひ言ひの果て】−以下「苦しくもあるべきかな」まで、玉鬘の心中。『異本紫明抄』は「世の中をかくいひいひのはてはいかにやいかにやならむとすらむ」(拾遺集雑上、五〇七、読人しらず)を指摘。
【年経てさぶらひたまふ御方々】−秋好中宮や弘徽殿女御ら。
【内裏にはまことにものしと】−帝。大君の参院を不快に思っていた。
【公ざまにて交じらはせたてまつらむことを思して尚侍を譲りきこえたまふ】−玉鬘は中君を一般の女官として帝に出仕させるべく、自らの尚侍の官職を譲ることを申し出る。

【朝廷いと難うしたまふことなりければ】−朝廷は尚侍辞任をそう簡単に許可しないのが普通なので、の意。
【故大臣の御心を思して】−主語は帝。鬚黒が娘を入内させたいと奏上していたこと。
【昔の例など引き出でて】−『集成』は「尚侍を母娘譲任の史上の例は現存文献の上に見出せない」と注す。
【この君の御宿世にて年ごろ申したまひしは難きなりけりと見えたり】−長年尚侍辞任を申し出ていたが、娘の中君が尚侍を譲り受けるべき宿縁にあって、それまで願いが叶わなかったように思えたという意。語り手の推測判断。

 [第四段 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る]

【かくて心やすくて】−「かくて」以下「したまへかし」まで、玉鬘の思い。「かくて」は地の文とも心中文とも読める。
【いとほしう少将の事を】−以下「いかに思ひたまふらむ」まで、玉鬘の心中。蔵人少将とその母雲居雁のことが気になる。

【弁の君して心うつくしきやうに大臣に聞こえたまふ】−玉鬘の二郎、右中弁を使いとして夕霧に他意ないことを申し上げる。

【内裏よりかかる仰せ言のあれば】−以下「わづらひぬる」まで、玉鬘から夕霧への文。
【あながちなる交じらひのこ好みと世の聞き耳も】−『完訳』は「高望みして宮仕えをしたがると。予想される世間の悪評に先手を打つ形で、縁談を断ったと弁解」と注す。

【内裏の御けしきは】−以下「思し立つべきになむ」まで、夕霧の返書。

【中宮の御けしき取りてぞ参りたまふ】−明石中宮に御機嫌伺いの後に、中君参内。
【大臣おはせましかばおし消ちたまはざらまし】−玉鬘の心中。
【あはれなることどもをなむ】−下に「思しける」「思しのたまひける」などの語句が省略。
【姉君は容貌など名高うをかしげなりと聞こしめしおきたりけるを】−主語は帝。大君は美貌であるという評判を聞いていた。
【これもいとらうらうじく心にくくもてなしてさぶらひたまふ】−中君をいう。才気あり奥ゆかしく振る舞う。

 [第五段 玉鬘、出家を断念]

【前の尚侍の君容貌を変へてむと思し立つを】−玉鬘出家を決意。尚侍の職を中君に譲ったので、「前の尚侍の君」と呼称される。

【かたがたに扱ひきこえたまふほどに】−以下「勤めたまへ」まで、「君たち」左中将・右中弁らの詞。「方々に」は大君・中君をさす。

【内裏には時々】−「院には」云々と並列構文。
【院にはわづらはしき御心ばへのなほ絶えねば】−冷泉院の玉鬘への執心が未だに絶えない。
【いにしへを思ひ出しか】−以下、玉鬘と御息所の心中に密着した長い叙述になる。
【かたじけなうおぼえしかしこまりに】−在位中の冷泉院の意向に反して鬚黒の北の方となったこと。
【人の皆許さぬことに思へりしを】−左中将や右中弁らが大君の冷泉院への参院に対して反対していた。
【参らせたてまつりて】−大君を冷泉院へ参院させた。
【さる罪によりと】−大島本は「つ(つ&つ、つ=いイ)ミにより」とある。すなわち「「つ」の上に重ねて「つ」と書き、異本には「い」とあることを記す。『集成』『完本』は諸本と底本の異本に従って「忌(いみ)」と校訂する。『新大系』は底本の本行本文のままとする。
【われを昔より】−以下、御息所の心中に即した叙述となる。
【故大臣は取り分きて思しかしづき】−「尚侍の君は」云々の並列構文。父鬚黒は私大君をかわいがってくれた。
【尚侍の君は若君を】−母玉鬘は妹の中君を大事にした。

【古めかしき】−以下「ことわりなり」まで、冷泉院の御息所への詞。『集成』は「はなやかな宮中には時々参内して、と裏に皮肉をこめる」と注す。

【あはれにのみ思しまさる】−『完訳』は「大君がひがんでいるのを」と注す。

 [第六段 大君、男御子を出産]

【年ごろありて】−『完訳』は「年立では五年経過」と注す。
【おろかならざりける御宿世】−大君の宿縁。『集成』は「子供が生れるのは、前世からの深い宿縁によると考えられていた」と注す。
【帝はまして限りなくめづらしと】−冷泉院。院の帝、の意。今上帝は内裏(うち)と呼称している。
【おりゐたまはぬ世ならましかば】−以下「いと口惜し」まで、冷泉院の心中。

【あまりかうてはものしからむ】−弘徽殿女御の気持ち。

【隔たるべかめり】−語り手の推測。
【世のこととして】−『林逸抄』は「双紙也」と指摘。
【もとよりことわりえたる方にこそ】−『集成』は「もとからの妻だという言い分のある者の方に」。『完訳』は「本妻の地位にあたる人」と注す。
【いとやむごとなくて久しくなりたまへる御方に】−女一の宮の母弘徽殿女御。
【この方ざまを】−大島本は「この方さま」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「御方」と「御」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。大君をさす。

【さればよ悪しうやは聞こえおきける】−大君の兄弟、左中将や右中弁らの玉鬘への詞。連語「やは」反語表現。
【心やすからず聞き苦しきままに】−主語は玉鬘。

【かからでのどやかに】−以下「思ひ寄るまじきわざなりけり」まで玉鬘の心中。
【限りなき幸ひなくて】−『集成』は「この上もなく幸運に恵まれた人でなくては」。『完訳』は「中宮・国母として最高の地位につくのでないと苦労するばかり」と訳す。

【大上は嘆きたまふ】−玉鬘。大君に男御子が誕生したことにより呼称が「大上」となる。

 [第七段 求婚者たちのその後]

【聞こえし人びとのめやすくなり上りつつ】−薫や蔵人少将ら、かつての求婚者。
【さてもおはせましに】−『集成』は「婿君になっていらしたとしても」。「まし」反実仮想の助動詞。
【あまたあるや】−間投助詞「や」詠嘆。語り手の口吻。
【匂ふや薫るやと】−「匂兵部卿、薫中将」と「匂宮」巻にあった。
【げにいと人柄】−「げに」は語り手の納得した気持ちの現れ。
【そのかみは】−以下「ねびまさりぬべかめり」まで、玉鬘の詞。

【容貌さへあらまほしかりきや】−女房の詞。
【うるさげなる御ありさまよりは】−女房の詞。冷泉院より三位中将のほうがよかったという意。
【いとほしうぞ見えし】−玉鬘の様子。『首書或抄』は「草子地也」と指摘。

【この中将はなほ思ひそめし心絶えず】−三位中将。大君を思う気持ちが今だに絶えない。
【左大臣の御女を得たれど】−この左大臣は系図不詳。竹河左大臣。夕霧右大臣の上位者。
【道の果てなる常陸帯の】−三位中将の詞。『源氏釈』は「東路の道の果てなる常陸帯のかごとばかりもあひ見てしがな」(古今六帖五、帯)を指摘。
【いかに思ふやうのあるにかありけむ】−『一葉抄』は「双紙詞也」と指摘。『完訳』は「語り手の評」と注す。

【尚侍の君思ひしやうにはあらぬ御ありさまを口惜しと思す】−玉鬘。『集成』は「「尚侍の君」と呼ぶのは、次に、現在の尚侍である中の君を「内裏の君」と呼ぶからであろう」と注す。
【内裏の君はなかなか今めかしう】−中君。尚侍。姉の御息所に比較して「なかなか」とある。

 

第五章 薫君の物語 人びとの昇進後の物語

 [第一段 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上]

【右は左に】−夕霧は右大臣から左大臣に。『集成』は「ただし、後の宇治十帖を通じて、夕霧は右大臣のままである」と注す。
【藤大納言左大将かけたまへる右大臣になりたまふ】−紅梅大納言は左大将兼右大臣に。『集成』は「ただしこの人、後の宿木、東屋の巻には、按察使の大納言のままである」。『完訳』は「右の昇進人事のうち、夕霧左大臣と紅梅の右大臣は宇治十帖での官と符合しない」と注す。
【この薫中将は中納言に】−宰相中将の薫は中納言に。『集成』は「紅梅に「源中納言」とあり、椎本に中納言昇進のことが見える」と注す。
【三位の君は宰相になりて】−三位中将、もと蔵人少将であった人。薫の後任宰相中将となる。

【かくいと草深くなりゆく】−以下「思ひ出でられてなむ」まで、玉鬘の詞。
【葎の門を】−『集成』は「見捨てられた家という歌語的表現」と注す。
【昔の御こと】−『完訳』は「源氏生前の昔。源氏が自分を養女にしたから、薫も親しむ」と注す。

【古りがたくもおはするかな】−以下「引き出でたまひてむ」まで、薫の感想と思い。

【喜びなどは】−以下「うちかへさせたまふにや」まで、薫の玉鬘への詞。
【御覧ぜられにこそ】−敬語はあなた、玉鬘に御覧になっていただきたいために、の意。
【よきぬなどのたまはするは】−「避き」は上二段動詞、未然形。「ぬ」打消の助動詞。玉鬘の詞「葎の門をよきたまはぬ」を受ける。
【おろかなる罪にうちかへさせたまふにや】−『完訳』は「わざと反対のことを言われたのか。薫のまわりくどい応じ方」と注す。

【今日は】−以下「もどかしくなむ」まで、玉鬘の詞。

【院にさぶらはるるが】−大君をさす。
【世の中を思ひ乱れ】−冷泉院の後宮生活。
【中空なるやうにただよふを】−里がちな生活をいう。
【なめげに心ゆかぬものに】−大島本は「心ゆかぬ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ゆるさぬ」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【宮たちはさてさぶらひたまふ】−女二の宮と男宮を冷泉院に残したまま里下がりしている意。
【かくて心やすくだにながめ過ぐいたまへ】−玉鬘の大君への助言。

【思しのたまはすなる】−「なる」伝聞推定の助動詞。
【とざまかうざまに】−中宮や弘徽殿女御に。
【幼うおほけなかりけるみづからの心をもどかしくなむ】−後見もなく娘を院に参院させ、このような事態が起こることを見通せなかった、幼稚で身分不相応な我が身であったと後悔。

【とうち泣いたまふけしきなり】−『完訳』は「簾越しに感取される」と注す。断定助動詞「なり」は登場人物薫と語り手の判断が一体化した表現。

 [第二段 薫、玉鬘と対面しての感想]

【さらにかうまで】−以下「はべらぬことになむ」まで、薫の詞。
【いかがいどましく】−「なからむ」に係る反語表現。

【心動かいたまふこと】−大島本は「心うこかひ」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「心を」と「を」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
【男の方にて奏すべきことにもはべらぬことになむ】−『完訳』は「後宮の女たちの葛藤は、公的立場の男子官僚には関わらぬこととして、玉鬘の懇願を冷たく突き放す。薫らしい冷静な反応に注意」と注す。

【対面のついでに】−以下「御ことわりや」まで、玉鬘の詞。
【あはの御ことわりや】−『集成』は「「あは」は「淡し」の語幹。「ことわる」は、是非を判断する意」と注す。

【いと若やかにおほどいたる心地す】−『集成』は「大層若々しくおっとりとした感じがする。薫の印象」と注す。
【御息所も】−以下「をかしきぞかし」まで、薫の感想。
【かやうにぞ】−大君も母玉鬘同様に若々しく魅力的な女性だろうの意。
【宇治の姫君の心とまりておぼゆるも】−宇治八の宮の大君をさす。『完訳』は「紅梅巻末「八の宮の姫君」と同じく、やや唐突。構想・成立上の問題点とされる。女君たちを次々と連想する点が、薫らしい」と注す。

【尚侍も】−中君。
【こなたかなた住みたまへるけはひをかしう】−寝殿の東西の部屋に。参院・参内以前にも同様に住んでいた。
【簾の内心恥づかしうおぼゆれば心づかひせられて】−主語は薫。
【大上は近うも見ましかばと】−玉鬘。「ましかば」反実仮想。薫を婿として世話するのだったらと思う。

 [第三段 右大臣家の大饗]

【大臣の殿はただこの殿の東なりけり】−先に右大臣に昇進した紅梅大納言邸。もと致仕太政大臣の後継者(一男の柏木は死去)。玉鬘邸の東に位置する。
【大饗の垣下の君達などあまた集ひたまふ】−右大臣昇進の祝宴。
【左の大臣殿の賭弓の還立相撲の饗応などには】−夕霧。先の人事で左大臣に昇進。「賭弓の還立」は匂宮巻の「賭弓の帰饗」をさす。「相撲の饗応」は、七月の相撲の節会に催される。

【心にくくもてかしづきたまふ姫君たちを】−紅梅右大臣が大切に育てている姫君たち。中君と宮の御方。大君は春宮に入内。宮の御方は後の北の方真木柱の連れ子、蛍兵部卿宮との間の子。
【思ひきこえたまふべかめれど宮ぞいかなるにかあらむ】−推量の助動詞「めり」は語り手の推量、「宮ぞいかなるにかあらむ」は挿入句、語り手の疑問提示。
【大臣も北の方も】−紅梅右大臣と北の方真木柱。

【昔のこと思ひ出でられて】−主語は玉鬘。夫鬚黒生前の頃の事が。

【故宮亡せたまひて】−以下「いづれにかよるべき」まで、玉鬘の詞。「故宮」は蛍兵部卿宮。蛍兵部卿宮が薨じて後、その北の方の真木柱のもとに紅梅大納言が通うようになり、やがて真木柱は紅梅大納言の今の北の方となった。蛍兵部卿宮はかつて玉鬘に懸想した人でもあった。
【通ひたまひしほどを】−大島本は「ほとを」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「ことを」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【かくてものしたまふも】−大島本は「かくてものし給」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「思ひも消えずかくて」と「思ひも消えず」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
【さすがなる方に】−大島本は「さすかなるかたに」とある。『集成』『完本』は諸本に従って「さすがさる方に」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
【いづれにか寄るべき】−『集成』は「継子の真木柱の再婚生活の幸福、実子の御息所の苦労など、つい比較しての感慨」と注す。

 [第四段 宰相中将、玉鬘邸を訪問]

【左の大殿の宰相中将】−夕霧の子、元の蔵人少将。薫と同時に昇進。

【朝廷のかずまへたまふ】−以下「はるけむ方なきこと」まで宰相中将の詞。

【見苦しの君たちの】−以下「心は乱らまし」まで、玉鬘の詞。宰相中将の詞に対する批判。
【いますがらふや】−『集成』は「いますからふや」と清音。『完訳』は「いますがらふや」と濁音に読む。
【故殿おはせましかば】−「心は乱らまし」に係る反実仮想の構文。
【ここなる人びとも】−我が子たちも。

【右兵衛督右大弁にて皆非参議なるをうれはしと思へり】−もと左中将は右兵衛督(従四位下相当官)に、またもと右中弁は右大弁(従四位上相当官)に、わずかずつ昇進、しかし参議にはなれない。かつての蔵人少将は宰相中将になり、四位侍従の薫は中納言に昇っている。『完訳』は「宰相中将が参議なのに、自分の子らが資格があっても参議になれないのを悲嘆」と注す。
【侍従と聞こゆめりしぞこのころ頭中将と聞こゆめる】−頭中将はエリートコースのポスト、従四位下相当官。二人の兄に比較して日の当たる官職。推量の助動詞「めり」。語り手の婉曲的推量のニュアンス。
【宰相はとかくつきづきしく】−宰相中将。『集成』は「玉鬘の姫君にかかわる貴公子として、薫よりはこの人を終始表面に立てた書き方」。『完訳』は「後続の物語があるような巻末形式である」と注す。

源氏物語の世界ヘ
本文
ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入