First updated 9/20/1996(ver.1-1)
Last updated 2/1/2011(ver.2-2)
渋谷栄一校訂(C)

  

椎本

薫君の宰相中将時代二十三歳春二月から二十四歳夏までの物語

 [主要登場人物]

 薫<かおる>
呼称---宰相中将・宰相の君・中将・中納言・中納言殿・中納言の君、源氏の子
 匂宮<におうのみや>
呼称---兵部卿宮・親王・三の宮・宮、今上帝の第三親王
 八の宮<はちのみや>
呼称---主人の宮・宮・親王・聖、桐壺帝の第八親王
 大君<おおいきみ>
呼称---姉君・姫君、八の宮の長女
 中君<なかのきみ>
呼称---中の宮・君・女、八の宮の二女
 阿闍梨<あじゃり>
呼称---阿闍梨・聖
 弁の尼君<べんのあまぎみ>
呼称---老い人・古人、柏木の乳母の娘

第一章 匂宮の物語 春、匂宮、宇治に立ち寄る

  1. 匂宮、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る---如月の二十日のほどに、兵部卿宮、初瀬に詣でたまふ
  2. 匂宮と八の宮、和歌を詠み交す---所につけて、御しつらひなどをかしうしなして
  3. 薫、迎えに八の宮邸に来る---中将は参うでたまふ。遊びに心入れたる君たち誘ひて
  4. 匂宮と中の君、和歌を詠み交す---かの宮は、まいてかやすきほどならぬ御身をさへ
  5. 八の宮、娘たちへの心配---宮は、重く慎みたまふべき年なりけり
第二章 薫の物語 秋、八の宮死去す
  1. 秋、薫、中納言に昇進し、宇治を訪問---宰相中将、その秋、中納言になりたまひぬ
  2. 薫、八の宮と昔語りをする---夜深き月の明らかにさし出でて、山の端近き心地するに
  3. 薫、弁の君から昔語りを聞き、帰京---こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて
  4. 八の宮、姫君たちに訓戒して山に入る---秋深くなりゆくままに、宮は、じみじうもの心細く
  5. 八月二十日、八の宮、山寺で死去---かの行ひたまふ三昧、今日果てぬらむと
  6. 阿闍梨による法事と薫の弔問---阿闍梨、年ごろ契りおきたまひけるままに
第三章 宇治の姉妹の物語 晩秋の傷心の姫君たち
  1. 九月、忌中の姫君たち---明けぬ夜の心地ながら、九月にもなりぬ
  2. 匂宮からの弔問の手紙---御忌も果てぬ。限りあれば、涙も隙もやと
  3. 匂宮の使者、帰邸---御使は、木幡の山のほども、雨もよにいと恐ろしげなれど
  4. 薫、宇治を訪問---中納言殿の御返りばかりは、かれよりも
  5. 薫、大君と和歌を詠み交す---御心地にも、さこそいへ、やうやう心しづまりて
  6. 薫、弁の君と語る---ひきとどめなどすべきほどにもあらねば、飽かずあはれにおぼゆ
  7. 薫、日暮れて帰京---今は旅寝もすずろなる心地して、帰りたまふにも
  8. 姫君たちの傷心---兵部卿宮に対面したまふ時は、まづこの君たちの御ことを
第四章 宇治の姉妹の物語 歳末の宇治の姫君たち
  1. 歳末の宇治の姫君たち---雪霰降りしくころは、いづくもかくこそはある風の音なれど
  2. 薫、歳末に宇治を訪問---中納言の君、「新しき年は、ふとしもえ訪らひきこえざらむ
  3. 薫、匂宮について語る---「宮の、いとあやしく恨みたまふことのはべるかな
  4. 薫と大君、和歌を詠み交す---「かならず御みづから聞こしめし負ふべきこととも
  5. 薫、人びとを励まして帰京---「暮れ果てなば、雪いとど空も閉ぢぬべうはべり
第五章 宇治の姉妹の物語 匂宮、薫らとの恋物語始まる
  1. 新年、阿闍梨、姫君たちに山草を贈る---年替はりぬれば、空のけしきうららかなるに
  2. 花盛りの頃、匂宮、中の君と和歌を贈答---花盛りのころ、宮、「かざし」を思し出でて
  3. その後の匂宮と薫---御心にあまりたまひては、ただ中納言を
  4. 夏、薫、宇治を訪問---その年、常よりも暑さを人わぶるに
  5. 障子の向こう側の様子---まづ、一人立ち出でて、几帳よりさし覗きて

【出典】
【校訂】

 

第一章 匂宮の物語 春、匂宮、宇治に立ち寄る

 [第一段 匂宮、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る]

 如月の二十日のほどに、兵部卿宮、初瀬に詣でたまふ。古き御願なりけれど、思しも立たで年ごろになりにけるを、宇治のわたりの御中宿りのゆかしさに、多くは催されたまへるなるべし。うらめしと言ふもありける里の名の、なべて睦ましう思さるるゆゑもはかなしや。上達部いとあまた仕うまつりたまふ。殿上人などはさらにもいはず、世に残る人少なう仕うまつれり

 六条院より伝はりて、右大殿知りたまふ所は、川より遠方に、いと広くおもしろくてあるに、御まうけせさせたまへり。大臣も、帰さの御迎へに参りたまふべく思したるを、にはかなる御物忌みの、重く慎みたまふべく申したなれば、え参らぬ由のかしこまり申したまへり。

 宮、なますさまじと思したるに、宰相中将、今日の御迎へに参りあひたまへるに、なかなか心やすくて、かのわたりのけしきも伝へ寄らむと、御心ゆきぬ。大臣をば、うちとけて見えにくく、ことことしきものに思ひきこえたまへり。

 御子の君たち、右大弁、侍従の宰相、権中将、頭少将、蔵人兵衛佐など、さぶらひたまふ。帝、后も心ことに思ひきこえたまへるなれば、おほかたの御おぼえもいと限りなく、まいて六条院の御方ざまは、次々の人も、皆私の君に、心寄せ仕うまつりたまふ。

 [第二段 匂宮と八の宮、和歌を詠み交す]

 所につけて、御しつらひなどをかしうしなして、碁、双六、弾棊の盤どもなど取り出でて、心々にすさび暮らしたまふ。宮は、ならひたまはぬ御ありきに、悩ましく思されて、ここにやすらはむの御心も深ければ、うち休みたまひて、夕つ方ぞ御琴など召して遊びたまふ。

 例の、かう世離れたる所は、水の音ももてはやして、物の音澄みまさる心地して、かの聖の宮にも、たださし渡るほどなれば、追風に吹き来る響きを聞きたまふに、昔のこと思し出でられて、

 「笛をいとをかしうも吹きとほしたなるかな。誰ならむ。昔の六条院の御笛の音聞きしは、いとをかしげに愛敬づきたる音にこそ吹きたまひしか。これは澄みのぼりて、ことことしき気の添ひたるは、致仕大臣の御族の笛の音にこそ似たなれ」など、独りごちおはす。

 「あはれに、久しうなりにけりや。かやうの遊びなどもせで、あるにもあらで過ぐし来にける年月の、さすがに多く数へらるるこそ、かひなけれ」

 などのたまふついでにも、姫君たちの御ありさまあたらしく、「かかる山懐にひき籠めてはやまずもがな」と思し続けらる。「宰相の君の、同じうは近きゆかりにて見まほしげなるを、さしも思ひ寄るまじかめり。まいて今やうの心浅からむ人をば、いかでかは」など思し乱れ、つれづれと眺めたまふ所は、春の夜もいと明かしがたきを、心やりたまへる旅寝の宿りは、酔の紛れにいと疾う明けぬる心地して、飽かず帰らむことを、宮は思す。

 はるばると霞みわたれる空に、散る桜あれば今開けそむる、いろいろ見わたさるるに、川沿ひ柳の起きふしびく水影など、おろかならずをかしきを、見ならひたまはぬ人は、いとめづらしく見捨てがたしと思さる。

 宰相は、「かかるたよりを過ぐさず、かの宮にまうでばや」と思せど、「あまたの人目をよきて、一人漕ぎ出でたまはむ舟わたりのほども軽らかにや」と思ひやすらひたまふほどに、かれより御文あり。

 「山風に霞吹きとく声はあれど
  隔てて見ゆる遠方の白波」

 草にいとをかしう書きたまへり。宮、「思すあたりの」と見たまへば、いとをかしう思いて、「この御返りはわれせむ」とて、

 「遠方こちの汀に波は隔つとも
  なほ吹きかよへ宇治の川風」

 [第三段 薫、迎えに八の宮邸に来る]

 中将は参うでたまふ。遊びに心入れたる君たち誘ひて、さしやりたまふほど、酣酔楽遊びて、水に臨きたる廊に造りおろしたる階の心ばへなど、さる方にいとをかしう、ゆゑある宮なれば、人びと心して舟よりおりたまふ。

 ここはまた、さま異に、山里びたる網代屏風などの、ことさらにことそぎて、見所ある御しつらひを、さる心してかき払ひ、いといたうしなしたまへり。いにしへの、音などいと二なき弾きものどもを、わざとまうけたるやうにはあらで、次々弾き出でたまひて、壱越調の心に、桜人びたまふ。

 主人の宮、御琴をかかるついでにと、人びと思ひたまへれど、箏の琴をぞ、心にも入れず、折々掻き合はせたまふ。耳馴れぬけにやあらむ、「いともの深くおもしろし」と、若き人びと思ひしみたり。

 所につけたる饗応、いとをかしうしたまひて、よそに思ひやりしほどよりは、なま孫王めくやしからぬ人あまた、大君四位の古めきたるなど、かく人目見るべき折と、かねていとほしがりきこえけるにや、さるべき限り参りあひて、瓶子取る人もきたなげならず、さる方に古めきて、よしよししうもてなしたまへり。客人たちは、御女たちの住まひたまふらむ御ありさま、思ひやりつつ、心つく人もあるべし。

 [第四段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す]

 かの宮は、まいてかやすきほどならぬ御身をさへ、所狭く思さるるを、かかる折にだにと、忍びかねたまひて、おもしろき花の枝を折らせたまひて、御供にさぶらふ上童のをかしきしてたてまつりたまふ。

 「山桜匂ふあたりに尋ね来て
  同じかざしを折りけるかな
 野を睦ましみ

 とやありけむ。「御返りは、いかでかは」など、聞こえにくく思しわづらふ。

 「かかる折のこと、わざとがましくもてなし、ほどの経るも、なかなか憎きことになむしはべりし」

 など、古人ども聞こゆれば、中の君にぞ書かせたてまつりたまふ。

 「かざし折る花のたよりに山賤の
  垣根を過ぎぬ春の旅人
 野をわきてしも

 と、いとをかしげに、らうらうじく書きたまへり。

 げに、川風も心わかぬさまに吹き通ふ物の音ども、おもしろく遊びたまふ。御迎へに、藤大納言、仰せ言にて参りたまへり。人びとあまた参り集ひ、もの騒がしくてきほひ帰りたまふ。若き人びと、飽かず返り見のみせられける。宮は、「またさるべきついでして」と思す。

 花盛りにて、四方の霞も眺めやるほどの見所あるに、唐のも大和のも、歌ども多かれど、うるさくて尋ねも聞かぬなり。

 もの騒がしくて、思ふままにもえ言ひやらずなりにしを、飽かず宮は思して、しるべなくても文は常にありけり。宮も、

 「なほ、聞こえたまへ。わざと懸想だちてももてなさじ。なかなか心ときめきにもなりぬべし。いと好きたまへる親王なれば、かかる人なむ、と聞きたまふが、なほもあらぬすさびなめり」

 と、そそのかしたまふ時々、中の君ぞ聞こえたまふ。姫君は、かやうのこと、戯れにももて離れたまへる御心深さなり。

 いつとなく心細き御ありさまに、春のつれづれは、いとど暮らしがたく眺めたまふ。ねびまさりたまふ御さま容貌ども、いよいよまさり、あらまほしくをかしきも、なかなか心苦しく、「かたほにもおはせましかば、あたらしう、惜しき方の思ひは薄くやあらまし」など、明け暮れ思し乱る。

 姉君二十五、中の君二十三にぞなりたまひける。

 [第五段 八の宮、娘たちへの心配]

 宮は、重く慎みたまふべき年なりけり。もの心細く思して、御行ひ常よりもたゆみなくしたまふ。世に心とどめたまはねば、出で立ちいそぎをみ思せば、涼しき道にも赴きたまひぬべきを、ただの御ことどもに、いといとほしく、限りなき御心強さなれど、「かならず、今はと見捨てたまはむ御心は、乱れなむ」と、見たてまつる人も推し量りきこゆるを、思すさまにはあらずとも、なのめに、さても人聞き口惜しかるまじう、見ゆるされぬべき際の人の、真心に後見きこえむ、など、思ひ寄りきこゆるあらば、知らず顔にてゆるしてむ、一所一所世に住みつきたまふよすがあらば、それを見譲る方に慰めおくべきを、さまで深き心に尋ねきこゆる人もなし。

 まれまれはかなきたよりに、好きごと聞こえなどする人は、まだ若々しき人の心のすさびに、物詣での中宿り、行き来のほどのなほざりごとに、けしきばみかけて、さすがに、かく眺めたまふありさまなど推し量り、あなづらはしげにもてなすは、めざましうて、なげのいらへをだにせさせたまはず。三の宮ぞ、なほ見ではやまじと思す御心深かりける。さるべきにやおはしけむ。

 

第二章 薫の物語 秋、八の宮死去す

 [第一段 秋、薫、中納言に昇進し、宇治を訪問]

 宰相中将、その秋、中納言になりたまひぬ。いとど匂ひまさりたまふ。世のいとなみに添へても、思すこと多かり。いかなることと、いぶせく思ひわたりし年ごろよりも、心苦しうて過ぎたまひにけむいにしへざまの思ひやらるるに、罪軽くなりたまふばかり、行ひもせまほしくなむ。かの老い人をばあはれなるものに思ひおきて、いちじるきさまならず、とかく紛らはしつつ、心寄せ訪らひたまふ。

 宇治に参うでで久しうなりにけるを、思ひ出でて参りたまへり。七月ばかりになりにけり。都にはまだ入りたたぬ秋のけしきを、音羽の山近く風の音もいと冷やかに、槙の山辺もわづかに色づきて、なほ尋ね来たるに、をかしうめづらしうおぼゆるを、宮はまいて、例よりも待ち喜びきこえたまひて、このたびは、心細げなる物語、いと多く申したまふ。

 「亡からむ後、この君たちを、さるべきもののたよりにもとぶらひ、思ひ捨てぬものに数まへたまへ」

 など、おもむけつつ聞こえたまへば、

 「一言にても承りおきてしかば、さらに思うたまへおこたるまじくなむ。世の中に心をとどめじと、はぶきはべる身にて、何ごとも頼もしげなき生ひ先の少なさになむはべれど、さる方にてもめぐらいはべらむ限りは、変らぬ心ざしを御覧じ知らせむとなむ思うたまふる」

 など聞こえたまへば、うれしと思いたり。

 [第二段 薫、八の宮と昔語りをする]

 夜深き月の明らかにさし出でて、山の端近き心地するに、念誦いとあはれにしたまひて、昔物語したまふ。

 「このころの世は、いかがなりにたらむ。宮中などにて、かやうなる秋の月に、御前の御遊びの折にさぶらひあひたる中に、ものの上手とおぼしき限り、とりどりにうち合はせたる拍子など、ことことしきよりも、よしありとおぼえある女御、更衣の御局々の、おのがじしは挑ましく思ひ、うはべの情けを交はすべかめるに、夜深きほどの人の気しめりぬるに、心やましく掻い調べ、ほのかにほころび出でたる物の音など、聞き所あるが多かりしかな。

 何ごとにも、女は、もてあそびのつまにしつべく、ものはかなきものから、人の心を動かすくさはひになむあるべき。されば、罪の深きにやあらむ。子の道の闇思ひやるにも、男は、いとしも親の心を乱さずやあらむ。女は、限りありて、いふかひなき方に思ひ捨つべきにも、なほ、いと心苦しかるべき」

 など、おほかたのことにつけてのたまへる、いかがさ思さざらむ、心苦しく思ひやらるる御心のうちなり。

 「すべて、まことに、しか思うたまへ捨てたるけにやはべらむ、みづからのことにては、いかにもいかにも深う思ひ知る方のはべらぬを、げにはかなきことなれど、声にめづる心こそ、背きがたきことにはべりけれ。さかしう聖だつ迦葉も、さればや、立ちて舞ひはべりけむ」

 など聞こえて、飽かず一声聞きし御琴の音を、切にゆかしがりたまへば、うとうとしからぬ初めにもとや思すらむ、御みづからあなたに入りたまひて、切にそそのかしきこえたまふ。箏の琴をぞ、いとほのかに掻きならしてやみたまひぬる。いとど人のけはひも絶えて、あはれなる空のけしき、所のさまに、わざとなき御遊びの心に入りてをかしうおぼゆれど、うちとけてもいかでかは弾き合はせたまはむ。

 「おのづからかばかりならしそめつる残りは、世籠もれるどちに譲りきこえてむ」

 とて、宮は仏の御前に入りたまひぬ。

 「われなくて草の庵は荒れぬとも
  このひとことはかれじとぞ思ふ

 かかる対面もこのたびや限りならむと、もの心細きに忍びかねて、かたくなしきひが言多くもなりぬるかな」

 とて、うち泣きたまふ。客人、

 「いかならむ世にかかれせむ長き世の
  契りむすべる草の庵は

 相撲など、公事ども紛れはべるころ過ぎて、さぶらはむ」

 など聞こえたまふ。

 [第三段 薫、弁の君から昔語りを聞き、帰京]

 こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて、残り多かる物語などせさせたまふ。入り方の月、隈なくさし入りて、透影なまめかしきに、君たちも奥まりておはす。世の常の懸想びてはあらず、心深う物語のどやかに聞こえつつものしたまへば、さるべき御いらへなど聞こえたまふ。

 「三の宮、いとゆかしう思いたるものを」と、心のうちには思ひ出でつつ、「わが心ながら、なほ人には異なりかし。さばかり御心もて許いたまふことの、さしもいそがれぬよ。もて離れて、はたあるまじきこととは、さすがにおぼえず。かやうにてものをも聞こえ交はし、折ふしの花紅葉につけて、あはれをも情けをも通はすに、憎からずものしたまふあたりなれば、宿世異にて、他ざまにもなりたまはむは」、さすがに口惜しかるべう、領じたる心地しけり。

 まだ夜深きほどに帰りたまひぬ。心細く残りなげに思いたりし御けしきを、思ひ出できこえたまひつつ、「騒がしきほど過ぐして参うでむ」と思す。兵部卿宮も、この秋のほどに紅葉見におはしまさむと、さるべきついでを思しめぐらす。

 御文は、絶えずたてまつりたまふ。女は、まめやかに思すらむとも思ひたまはねば、わづらはしくもあらで、はかなきさまにもてなしつつ、折々に聞こえ交はしたまふ。

 [第四段 八の宮、姫君たちに訓戒して山に入る]

 秋深くなりゆくままに、宮は、いみじうもの心細くぼえたまひければ、「例の、静かなる所にて、念仏をも紛れなうせむ」と思して、君たちにもさるべきこと聞こえたまふ。

 「世のこととして、つひの別れを逃れぬわざなめれど、思ひ慰まむ方ありてこそ、悲しさをも覚ますものなめれ。また見譲る人もなく、心細げなる御ありさまどもを、うち捨ててむがいみじきこと。

 されども、さばかりのことに妨げられて、長き夜の闇にさへ惑はむが益なさを。かつ見たてまつるほどだに思ひ捨つる世を、去りなむうしろのこと、知るべきことにはあらねど、わが身一つにあらず、過ぎたまひにし御面伏せに、軽々しき心どもつかひたまふな。

 おぼろけのよすがならで、人の言にうちなびき、この山里をあくがれたまふな。ただ、かう人に違ひたる契り異なる身と思しなして、ここに世を尽くしてむと思ひとりたまへ。ひたぶるに思ひなせば、ことにもあらず過ぎぬる年月なりけり。まして、女は、さる方に絶え籠もりて、いちしるくいとほしげなる、よそのもどきを負はざらむなむよかるべき」

 などのたまふ。ともかくも身のならむやうまでは、思しも流されず、ただ、「いかにしてか、後れたてまつりては、世に片時もながらふべき」と思すに、かく心細きさまの御あらましごとに、言ふ方なき御心惑ひどもになむ。心のうちにこそ思ひ捨てたまひつらめど、明け暮れ御かたはらにならはいたまうて、にはかに別れたまはむは、つらき心ならねど、げに恨めしかるべき御ありさまになむありける。

 明日、入りたまはむとての日は、例ならず、こなたかなた、たたずみ歩きたまひて見たまふ。いとものはかなく、かりそめの宿りにて過ぐいたまひける御住まひのありさまを、「亡からむのち、いかにしてかは、若き人の絶え籠もりては過ぐいたまはむ」と、涙ぐみつつ念誦したまふさま、いときよげなり。

 おとなびたる人びと召し出でて、

 「うしろやすく仕うまつれ。何ごとも、もとよりかやすく、世に聞こえあるまじき際の人は、末の衰へも常のことにて、紛れぬべかめり。かかる際になりぬれば、人は何と思はざらめど、口惜しうてさすらへむ、契りかたじけなく、いとほしきことなむ、多かるべき。もの寂しく心細き世を経るは、例のことなり。

 生まれたる家のほど、おきてのままにもてなしたらむなむ、聞き耳にも、わが心地にも、過ちなくはおぼゆべき。にぎははしく人数めかむと思ふとも、その心にもかなふまじき世とならば、ゆめゆめ軽々しく、よからぬ方にもてなしきこゆな」

 などのたまふ。

 まだ暁に出でたまふとても、こなたに渡りたまひて、

 「無からむほど、心細くな思しわびそ。心ばかりはやりて遊びなどはしたまへ。何ごとも思ふにえかなふまじき世を。思し入られそ」

 など、返り見がちにて出でたまひぬ。二所、いとど心細くもの思ひ続けられて、起き臥しうち語らひつつ、

 「一人一人なからましかば、いかで明かし暮らさまし」
 「今、行く末も定めなき世にて、もし別るるやうもあらば」

 など、泣きみ笑ひみ、戯れごともまめごとも、同じ心に慰め交して過ぐしたまふ。

 [第五段 八月二十日、八の宮、山寺で死去]

 かの行ひたまふ三昧、今日果てぬらむと、いつしかと待ちきこえたまふ夕暮に、人参りて、

 「今朝より、悩ましくてなむ、え参らぬ。風邪かとて、とかくつくろふとものするほどになむ。さるは、例よりも対面心もとなきを」

 と聞こえたまへり。胸つぶれて、いかなるにかと思し嘆き、御衣ども綿厚くて、急ぎせさせたまひて、たてまつれなどしたまふ。二、三日怠りまはず。「いかに、いかに」と、人たてまつりたまへど、

 「ことにおどろおどろしくはあらず。そこはかとなく苦しうなむ。すこしもよろしくならば、今、念じて」

 など、言葉にて聞こえたまふ。阿闍梨つとさぶらひて仕うまつりける。

 「はかなき御悩みと見ゆれど、限りのたびにもおはしますらむ。君たちの御こと、何か思し嘆くべき。人は皆、御宿世といふもの異々なれば、御心にかかるべきにもおはしまさず」

 と、いよいよ思し離るべきことを聞こえ知らせつつ、「今さらにな出でたまひそ」と、諌め申すなりけり。

 八月二十日のほどなりけり。おほかたの空のけしきもいとどしきころ、君たちは、朝夕、霧の晴るる間もなく、思し嘆きつつ眺めたまふ。有明の月のいとはなやかにさし出でて、水の面もさやかに澄みたるを、そなたの蔀上げさせて、見出だしたまへるに、鐘の声かすかに響きて、「明けぬなり」と聞こゆるほどに、人びと来て、

 「この夜中ばかりになむ、亡せたまひぬる」

 と泣く泣く申す。心にかけて、いかにとは絶えず思ひきこえたまへれど、うち聞きたまふには、あさましくものおぼえぬ心地して、いとどかかることには、涙もいづちか去にけむ、ただうつぶし臥したまへり。

 いみじき目も、見る目の前にておぼつかなからぬこそ、常のことなれ、おぼつかなさ添ひて、思し嘆くこと、ことわりなり。しばしにても、後れたてまつりて、世にあるべきものと思しならはぬ御心地どもにて、いかでかは後れじと泣き沈みたまへど、限りある道なりければ、何のかひなし。

 [第六段 阿闍梨による法事と薫の弔問]

 阿闍梨、年ごろ契りおきたまひけるままに、後の御こともよろづに仕うまつる。

 「亡き人になりたまへらむ御さま容貌をだに、今一度見たてまつらむ」

 と思しのたまへど、

 「今さらに、なでふさることかはべるべき。日ごろも、また会ひたまふまじきことを聞こえ知らせつれば、今はまして、かたみに御心とどめたまふまじき御心遣ひを、ならひたまふべきなり」

 とのみ聞こゆ。おはしましける御ありさまを聞きたまふにも、阿闍梨のあまりさかしき聖心を、憎くつらしとなむ思しける。

 入道の御本意は、昔より深くおはせしかどかう見譲る人なき御ことどもの見捨てがたきを、生ける限りは明け暮れえ避らず見たてまつるを、よに心細き世の慰めにも、思し離れがたくて過ぐいたまへるを、限りある道には、先だちたまふも慕ひたまふ御心も、かなはぬわざなりけり。

 中納言殿には、聞きたまひて、いとあへなく口惜しく、今一度、心のどかにて聞こゆべかりけること多う残りたる心地して、おほかた世のありさま思ひ続けられて、いみじう泣いたまふ。「またあひ見ると難くや」などのたまひしを、なほ常の御心にも、朝夕の隔て知らぬのはかなさを、人よりけに思ひたまへりしかば、耳馴れて、昨日今日と思はざりける、かへすがへす飽かず悲しく思さる。

 阿闍梨のもとにも、君たちの御弔らひも、こまやかに聞こえたまふ。かかる御弔らひなど、また訪れきこゆるだになき御ありさまなるは、ものおぼえぬ御心地どもにも、年ごろの御心ばへのあはれなめりしなどをも、思ひ知りたまふ。

 「世の常のほどの別れだに、さしあたりては、またたぐひなきやうにのみ、皆人の思ひ惑ふものなめるを、慰むかたなげなる御身どもにて、いかやうなる心地どもしたまふらむ」と思しやりつつ、後の御わざなど、あるべきことども、推し量りて、阿闍梨にも訪らひたまふ。ここにも、老い人どもにことよせて、御誦経などのことも思ひやりたまふ。

 

第三章 宇治の姉妹の物語 晩秋の傷心の姫君たち

 [第一段 九月、忌中の姫君たち]

 明けぬ夜の心地がら、九月にもなりぬ。野山のけしき、まして袖の時雨をもよほしがちに、ともすればあらそひ落つる木の葉の音も、水の響きも、涙の滝も一つもののやうに暮れ惑ひて、「かうては、いかでか、限りあらむ御命も、しばしめぐらいたまはむ」と、さぶらふ人びとは、心細く、いみじく慰めきこえつつ。

 ここにも念仏の僧さぶらひて、おはしましし方は、仏を形見に見たてまつりつつ、時々参り仕うまつりし人びとの、御忌に籠もりたる限りは、あはれに行ひて過ぐす。

 兵部卿宮よりも、たびたび弔らひきこえたまふ。さやうの御返りなど、聞こえむ心地もしたまはず。おぼつかなければ、「中納言にはかうもあらざなるを、我をばなほ思ひ放ちたまへるなめり」と、恨めしく思す。紅葉の盛りに、文など作らせたまはむとて、出で立ちたまひし、かく、このわたりの御逍遥、便なきころなれば、思しとまりて口惜しくなむ。

 [第二段 匂宮からの弔問の手紙]

 御忌も果てぬ。限りあれば、涙も隙もやと思しやりて、いと多く書き続けたまへり。時雨がちなる夕つ方、

 「牡鹿鳴く秋の山里いかならむ
  小萩が露のかかる夕暮

 ただ今の空のけしき、思し知らぬ顔ならむも、あまり心づきなくこそあるべけれ。枯れゆく野辺、分きて眺めらるるころになむ」
 などあり。

 「げに、いとあまり思ひ知らぬやうにて、たびたびになりぬるを、なほ、聞こえたまへ」

 など、中の宮を、例の、そそのかして、書かせたてまつりたまふ。

 「今日までながらへて、硯など近くひき寄せて見るべきものとやは思ひし。心憂くも過ぎにける日数かな」と思すに、またかきくもり、もの見えぬ心地したまへば、押しやりて、

 「なほ、えこそ書きはべるまじけれ。やうやうかう起きゐられなどしはべるが、げに、限りありけるにこそとおぼゆるも、疎ましう心憂くて」

 と、らうたげなるさまに泣きしをれておはするも、いと心苦し。

 夕暮のほどより来ける御使、宵すこし過ぎてぞ来たる。「いかでか、帰り参らむ。今宵は旅寝して」と言はせたまへど、「立ち帰りこそ、参りなめ」と急げば、いとほしうて、我さかしう思ひしづめたまふにはあらねど、見わづらひたまひて、

 「涙のみ霧りふたがれる山里は
  籬に鹿ぞ諸声に鳴く」

 黒き紙に、夜の墨つきもたどたどしければ、ひきつくろふところもなく、筆にまかせて、おし包みて出だしたまひつ。

 [第三段 匂宮の使者、帰邸]

 御使は、木幡の山のほど、雨もよにいと恐ろしげなれど、さやうのもの懼ぢすまじきをや選り出でたまひけむ、むつかしげなる笹の隈を、駒ひきとどむるどもなくち早めて、片時に参り着きぬ。御前にても、いたく濡れて参りたれば、禄賜ふ。

 さきざき御覧ぜしにはあらぬ手の、今すこしおとなびまさりて、よしづきたる書きざまなどを、「いづれか、いづれならむ」と、うちも置かず御覧じつつ、とみにも大殿籠もらねば、

 「待つとて、起きおはしまし」
 「また御覧ずるほどの久しきは、いかばかり御心にしむことならむ」

 と、御前なる人びと、ささめき聞こえて、憎みきこゆ。ねぶたければなめり。

 まだ朝霧深き朝に、いそぎ起きてたてまつりたまふ。

 「朝霧に友まどはせる鹿の音を
  おほかたにやはあはれとも聞く

 諸声は劣るまじくこそ」

 とあれど、「あまり情けだたむもうるさし。一所の御蔭に隠ろへたるを頼み所にてこそ、何ごとも心やすくて過ごしつれ。心よりほかにながらへて、思はずなることの紛れ、つゆにてもあらば、うしろめたげにのみ思しおくめりしなき御魂さへ、疵やつけたてまつらむ」と、なべていとつつましう恐ろしうて、聞こえたまはず。

 この宮などを、軽らかにおしなべてのさまにも思ひきこえたまはず。なげの走り書いたまへる御筆づかひ言の葉も、をかしきさまになまめきたまへる御けはひを、あまたは見知りたまはねど、見たまひながら、「そのゆゑゆゑしく情けある方に、言をまぜきこえむも、つきなき身のありさまどもなれば、何か、ただ、かかる山伏だちて過ぐしてむ」と思す。

 [第四段 薫、宇治を訪問]

 中納言殿の御返りばかりは、かれよりもまめやかなるさまに聞こえたまへば、これよりも、いとけうとげにはあらず聞こえ通ひたまふ。御忌果てても、みづから参うでたまへり。東の廂の下りたる方にやつれておはするに、近う立ち寄りたまひて、古人召し出でたり。

 闇に惑ひたまへる御あたりに、いとまばゆく匂ひ満ちて入りおはしたれば、かたはらいたうて、御いらへなどをだにえしたまはねば、

 「かやうには、もてないたまはで、昔の御心むけに従ひきこえたまはむさまならむこそ、聞こえ承るかひあるべけれ。なよびけしきばみたる振る舞ひをならひはべらねば、人伝てに聞こえはべるは、言の葉も続きはべらず

 とあれば、

 「あさましう、今までながらへはべるやうなれど、思ひさまさむ方なき夢にたどられはべりてなむ、心よりほかに空の光見はべらむもつつましうて、端近うもえみじろきはべらぬ」

 と聞こえたまへれば、

 「ことといへば、限りなき御心の深さになむ。月日の影は、御心もて晴れ晴れしくもて出でさせたまはばこそ、罪もはべらめ。行く方もなく、いぶせうおぼえはべり。また思さるらむは、しばしをも、あきらめきこえまほしくなむ」

 と申したまへば、

 「げに、こそ。いとたぐひなげなめる御ありさまを、慰めきこえたまふ御心ばへの浅からぬほど」など、聞こえ知らす。

 [第五段 薫、大君と和歌を詠み交す]

 御心地にも、さこそいへ、やうやう心しづまりて、よろづ思ひ知られたまへば、昔ざまにても、かうまではるけき野辺を分け入りたまへる心ざしなども、思ひ知りたまふべし、すこしゐざり寄りたまへり。

 思すらむさま、またのたまひ契りしことなど、いとこまやかになつかしう言ひて、うたて雄々しきけはひなどは見えたまはぬ人なれば、け疎くすずろはしくなどはあらねど、知らぬ人にかく声を聞かせたてまつり、すずろに頼み顔なることなどもありつる日ごろを思ひ続くるも、さすがに苦しうて、つつましけれど、ほのかに一言などいらへきこえたまふさまの、げに、よろづ思ひほれたまへるけはひなれば、いとあはれと聞きたてまつりたまふ。

 黒き几帳の透影の、いと心苦しげなるに、ましておはすらむさま、ほの見し明けぐれなど思ひ出でられて、

 「色変はる浅茅を見ても墨染に
  やつるる袖を思ひこそれ」

 と、独り言のやうにのたまへば、

 「色変はる袖をば露の宿りにて
  わが身ぞさらに置き所なき
 はつるる糸は

 と末は言ひ消ちて、いといみじく忍びがたきけはひにて入りたまひぬなり。

 [第六段 薫、弁の君と語る]

 ひきとどめなどすべきほどにもあらねば、飽かずあはれにおぼゆ。老い人ぞ、こよなき御代はりに出で来て、昔今をかき集め、悲しき御物語ども聞こゆ。ありがたくあさましきことどもをも見たる人なりければ、かうあやしく衰へたる人とも思し捨てられず、いとなつかしう語らひたまふ。

 「いはけなかりしほどに、故院に後れたてまつりて、いみじう悲しきものは世なりけりと、思ひ知りにしかば、人となりゆく齢に添へて、官位、世の中の匂ひも、何ともおぼえずなむ。

 ただ、かう静やかなる御住まひなどの、心にかなひたまへりしを、かくはかなく見なしたてまつりなしつるに、いよいよいみじく、かりそめの世の思ひ知らるる心も、もよほされにたれど、心苦しうて、とまりたまへる御ことどもの、ほだしなど聞こえむは、かけかけしきやうなれど、ながらへても、かの御言あやまたず、聞こえ承らまほしさなむ。

 さるは、おぼえなき御古物語聞きしより、いとど世の中に跡とめむともおぼえずなりにたりや」

 うち泣きつつのたまへば、この人はましていみじく泣きて、えも聞こえやらず。御けはひなどの、ただそれかとおぼえたまふに、年ごろうち忘れたりつるいにしへの御ことをさへとり重ねて、聞こえやらむ方もなく、おぼほれゐたり。

 この人は、かの大納言の御乳母子にて、父は、この姫君たちの母北の方の、母方の叔父、左中弁にて亡せにけるが子なりけり。年ごろ、遠き国にくがれ、母君も亡せたまひてのち、かの殿には疎くなり、この宮には、尋ね取りてあらせたまふなりけり。人もいとやむごとなからず、宮仕へ馴れにたれど、心地なからぬものに宮も思して、姫君たちの御後見だつ人になしたまへるなりけり。

 昔の御ことは、年ごろかく朝夕に見たてまつり馴れ、心隔つる隈なく思ひきこゆるたちにも、一言うち出で聞こゆるついでなく、忍びこめたりけれど、中納言の君は、「古人の問はず語り、皆、例のことなれば、おしなべてあはあはしうなどは言ひ広げずとも、いと恥づかしげなめる御心どもには、聞きおきたまへらむかし」と推し量らるるが、ねたくもいとほしくもおぼゆるにぞ、「またもて離れてはやまじ」と、思ひ寄らるるつまにもなりぬべき。

 [第七段 薫、日暮れて帰京]

 今は旅寝もすずろなる心地して、帰りたまふにも、「これや限りのなどのたまひしを、「などか、さしもやは、とうち頼みて、また見たてまつらずなりにけむ、秋やは変はれる。あまたの日数も隔てぬほどに、おはしにけむ方も知らず、あへなきわざなりや。ことに例の人めいたる御しつらひなく、いとことそぎたまふめりしかど、いとものきよげにかき払ひ、あたりをかしくもてないたまへりし御住まひも、大徳たち出で入り、こなたかなたひき隔てつつ、御念誦の具どもなどぞ、変らぬさまなれど、『仏は皆かの寺に移したてまつりてむとす』」と聞こゆるを、聞きたまふにも、かかるさまの人影などさへ絶え果てむほど、とまりて思ひたまはむ心地どもを汲みきこえたまふも、いと胸いたう思し続けらる。

 「いたく暮れはべりぬ」と申せば、眺めさして立ちたまふに、雁鳴きて渡る。

 「秋霧の晴れぬ居にいとどしく
  この世をかりと言ひ知らすらむ」

 [第八段 姫君たちの傷心]

 兵部卿宮に対面したまふ時は、まづこの君たちの御ことを扱ひぐさにしたまふ。「今はさりとも心やすきを」と思して、宮は、ねむごろに聞こえたまひけり。はかなき御返りも、聞こえにくくつつましき方に、女方は思いたり。

 「世にいといたう好きたまへる御名のひろごりて、好ましく艶に思さるべかめるも、かういと埋づもれたる葎の下よりさし出でたらむ手つきも、いかにうひうひしく、古めきたらむ」など思ひ屈したまへり。

 「さても、あさましうて明け暮らさるるは、月日なりけり。かく、頼みがたかりける御世を、昨日今日とは思はでただおほかた定めなきはかなさばかりを、明け暮れのことに聞き見しかど、我も人も後れ先だつどしもやは経む、などうち思ひけるよ」

 「来し方を思ひ続くるも、何の頼もしげなる世にもあらざりけれど、ただいつとなくのどやかに眺め過ぐし、もの恐ろしくつつましきこともなくて経つるものを、風の音も荒らかに、例見ぬ人影も、うち連れ声づくれば、まづ胸つぶれて、もの恐ろしくわびしうおぼゆることさへ添ひにたるが、いみじう堪へがたきこと」

 と、二所うち語らひつつ、干す世もなくて過ぐしたまふに、年も暮れにけり。

 

第四章 宇治の姉妹の物語 歳末の宇治の姫君たち

 [第一段 歳末の宇治の姫君たち]

 雪霰降りしくころは、いづくもかくこそはある風の音なれど、今はじめて思ひ入りたらむ山住みの心地したまふ。女ばらなど、

 「あはれ、年は替はりなむとす。心細く悲しきことを。改まるべき春ち出でてしがな」

 と、心を消たず言ふもあり。「難きことかな」ときたまふ。

 向かひの山にも、時々の御念仏に籠もりたまひしゆゑこそ、人も参り通ひしか、阿闍梨も、いかがと、おほかたにまれに訪れきこゆれど、今は何しにはほのめき参らむ。

 いとど人目の絶え果つるも、さるべきことと思ひながら、いと悲しくなむ。何とも見ざりし山賤も、おはしまさでのち、たまさかにさしのぞき参るは、めづらしく思ほえたまふ。このころのこととて、薪、木の実拾ひて参る山人どもあり。

 阿闍梨の室より、炭などうのものたてまつるとて、

 「年ごろにならひはべりにける宮仕への、今とて絶えはつらむ、心細さになむ」

 と聞こえたり。かならず冬籠もる山風ふせぎつべき綿衣など遣はししを、思し出でてやりたまふ。法師ばら、童べなどの上り行くも、見えみ見えずみ、いと雪深きを、泣く泣く立ち出でて見送りたまふ。

 「御髪など下ろいたまうてける、さる方にておはしまさましかば、かやうに通ひ参る人も、おのづからしげからまし」
 「いかにあはれに心細くとも、あひ見たてまつること絶えてやまましやは」

 など、語らひたまふ。

 「君なくて岩のかけ道絶えしより
  松の雪をもなにとかは見る」

 中の宮、

 「奥山の松葉に積もる雪とだに
  消えにし人を思はましかば」

 うらやましくぞ、またも降り添ふや。

 [第二段 薫、歳末に宇治を訪問]

 中納言の君、「新しき年は、ふとしもえ訪らひきこえざらむ」と思しておはしたり雪もいと所狭きに、よろしき人だに見えずなりにたるを、なのめならぬけはひして、軽らかにものしたまへる心ばへの、浅うはあらず思ひ知られたまへば、例よりは見入れて、御座などひきつくろはせたまふ。
 墨染ならぬ御火桶、奥なる取り出でて、塵かき払ひなどするにつけても、宮の待ち喜びたまひし御けしきなどを、人びとも聞こえ出づ。対面したまふことをば、つつましくのみ思いたれど、思ひ隈なきやうに人の思ひたまへれば、いかがはせむとて、聞こえたまふ。
 うちとくとはなけれど、さきざきよりはすこし言の葉続けて、ものなどのたまへるさま、いとめやすく、心恥づかしげなり。「かやうにてのみは、え過ぐし果つまじ」と思ひなりたまふも、「いとうちつけなる心かな。なほ、移りぬべき世なりけり」と思ひゐたまへり。

 [第三段 薫、匂宮について語る]

 「宮の、いとあやしく恨みたまふことのはべるかな。あはれなりし御一言をうけたまはりおきしさまなど、ことのついでにもや漏らし聞こえたりけむ。またいと隈なき御心のさがにて、推し量りたまふにやはべらむ、ここになむ、ともかくも聞こえさせなすべきと頼むを、つれなき御けしきなるは、もてそこなひきこゆるぞと、たびたび怨じたまへば、心よりほかなることと思うたまふれど、里のしるべいとこよなうもえあらがひきこえぬを、何かは、いとさしももてなしきこえたまはむ。

 好いたまへるやうに、人は聞こえなすべかめれど、心の底あやしく深うおはする宮なり。なほざりごとなどのたまふわたりの、心軽うてなびきやすなるなどを、めづらしからぬものに思ひおとしたまふにや、となむ聞くこともはべる。何ごとにもあるに従ひて、心を立つる方もなく、おどけたる人こそ、ただ世のもてなしに従ひて、とあるもかかるもなのめに見なし、すこし心に違ふふしあるにも、いかがはせむ、さるべきぞ、なども思ひなすべかめれば、なかなか心長き例になるやうもあり。

 崩れそめては、龍田の川の濁る名をも汚しいふかひなく名残なきやうなることなども、皆うちまじるめれ。心の深うしみたまふべかめる御心ざまにかなひ、ことに背くこと多くなどものしたまはざらむをば、さらに、軽々しく、初め終り違ふやうなることなど、見せたまふまじきけしきになむ。

 人の見たてまつり知らぬことを、いとよう見きこえたるを、もし似つかはしく、さもやと思し寄らば、そのもてなしなどは、心の限り尽くして仕うまつりなむかし。御中道のほど、乱り脚こそ痛からめ

 と、いとまめやかにて、言ひ続けたまへば、わが御みづからのこととは思しもかけず、「人の親めきていらへむかし」と思しめぐらしたまへど、なほ言ふべき言の葉もなき心地して、

 「いかにとかは。かけかけしげにのたまひ続くるに、なかなか聞こえむこともおぼえはべらで」

 と、うち笑ひたまへるも、おいらかなるものから、けはひをかしう聞こゆ。

 [第四段 薫と大君、和歌を詠み交す]

 「かならず御みづから聞こしめし負ふべきこととも思うたまへず。それは、雪を踏み分けてり来たる心ざしばかりを、御覧じ分かむ御このかみ心にても過ぐさせたまひてよかし。かの御心寄せは、また異にぞはべべかめる。ほのかにのたまふさまもはべめりしを、いさや、それも人の分ききこえがたきことなり。御返りなどは、いづ方にかは聞こえたまふ」

 と問ひ申したまふに、「ようぞ、戯れにも聞こえざりける。何となけれど、かうのたまふにも、いかに恥づかしう胸つぶれまし」と思ふに、え答へやりたまはず。

 「雪深き山のかけはし君ならで
  またふみかよふ跡を見ぬかな」

 と書きて、さし出でまへれば、

 「御ものあらがひこそ、なかなか心おかれはべりぬべけれ」とて、

 「つららとぢ駒ふみしだく山川を
  しるべしがてらまづや渡らむ

 さらばしも、影さへ見ゆるるしも、浅うははべらじ」

 と聞こえたまへば、思はずに、ものしうなりて、ことにいらへたまはず。けざやかに、いともの遠くすくみたるさまには見えたまはねど、今やうの若人たちのやうに、艶げにももてなさで、いとめやすく、のどかなる心ばへならむとぞ、推し量られたまふ人の御けはひなる。

 かうこそは、あらまほしけれと、思ふに違はぬ心地したまふ。ことに触れて、けしきばみ寄るも、知らず顔なるさまにのみもてなしたまへば、心恥づかしうて、昔物語などをぞ、ものまめやかに聞こえたまふ。

 [第五段 薫、人びとを励まして帰京]

 「暮れ果てなば、雪いとど空も閉ぢぬべうはべり」

 と、御供の人びと声づくれば、帰りたまひなむとて、

 「心苦しう見めぐらさるる御住まひのさまなりや。ただ山里のやうにいと静かなる所の、人も行き交じらぬはべるを、さも思しかけば、いかにうれしくはべらむ」

 などのたまふも、「いとめでたかるべきことかな」と、片耳に聞きて、うち笑む女ばらのあるを、中の宮は、「いと見苦しう、いかにさやうにはあるべきぞ」と見聞きゐたまへり。

 御くだものよしあるさまにて参り、御供の人びとにも、肴などめやすきほどにて、土器さし出でさせたまひけり。また御移り香もて騷がれし宿直人ぞ、鬘鬚とかいふつらつき、心づきなくてある、「はかなの御頼もし人や」と見たまひて、召し出でたり。

 「いかにぞ。おはしまさでのち、心細からむな」

 など問ひたまふ。うちひそみつつ、心弱げに泣く。

 「世の中に頼むよるべもはべらぬ身にて、一所の御蔭に隠れて、三十余年を過ぐしはべりにければ、今はまして、野山にまじりはべらむも、いかなる木のもとかは頼むべくはべらむ」

 と申して、いとど人悪ろげなり。

 おはしましし方開けさせたまへれば、塵いたう積もりて、仏のみぞ花の飾り衰へず、行ひたまひけりと見ゆる御床など取りやりて、かき払ひたり。本意をも遂げば、と契りきこえしこと思ひ出でて、

 「立ち寄らむ蔭と頼みし椎が本
  空しき床
なりにけるかな」

 とて、柱に寄りゐたまへるをも、若き人びとは、覗きてめでたてまつる。

 日暮れぬれば、近き所々に、御荘など仕うまつる人びとに、御秣取りにやりける、君も知りたまはぬに、田舎びたる人びとは、おどろおどろしくひき連れ参りたるを、「あやしう、はしたなきわざかな」と御覧ずれど、老い人に紛らはしたまひつ。おほかたかやうに仕うまつるべく、仰せおきて出でたまひぬ。

 

第五章 宇治の姉妹の物語 匂宮、薫らとの恋物語始まる

 [第一段 新年、阿闍梨、姫君たちに山草を贈る]

 年替はりぬれば、空のけしきうららかなるに、汀の氷解けたるを、ありがたくもと眺めたまふ。聖の坊より、「雪消えに摘みてはべるなり」とて、沢の芹、蕨などたてまつりたり。斎の御台に参れる。

 「所につけては、かかる草木のけしきに従ひて、行き交ふ月日のしるしも見ゆるこそ、をかしけれ」

 など、人びとの言ふを、「何のをかしきならむ」と聞きたまふ。

 「君が折る峰の蕨と見ましかば
  知られやせまし春のしるしも」

 「雪深き汀の小芹誰がために
  摘みかはやさむ親なしにして」

 など、はかなきことどもをうち語らひつつ、明け暮らしたまふ。

 中納言殿よりも宮よりも、折過ぐさず訪らひきこえたまふ。うるさく何となきこと多かるやうなれば、例の、書き漏らしたるなめり。

 [第二段 花盛りの頃、匂宮、中の君と和歌を贈答]

 花盛りのころ、宮、「かざし」を思し出でて、その折見聞きたまひし君たちなども、

 「いとゆゑありし親王の御住まひを、またも見ずなりにしこと」

 など、おほかたのあはれを口々こゆるに、いとゆかしう思されけり。

 「つてに見し宿の桜をこの春は
  霞隔てず折りてかざさむ」

 と、心をやりてのたまへりけり。「あるまじきことかな」と見たまひながら、いとつれづれなるほどに、見所ある御文の、うはべばかりをもて消たじとて、

 「いづことか尋ねて折らむ墨染に
  霞みこめたる宿の桜を」

 なほ、かくさし放ち、つれなき御けしきのみ見ゆれば、まことに心憂しと思しわたる。

 [第三段 その後の匂宮と薫]

 御心にあまりたまひては、ただ中納言を、とざまかうざまに責め恨みきこえたまへば、をかしと思ひながら、いとうけばりたる後見顔にうちいらへきこえて、あだめいたる御心ざまをも見あらはす時々は、

 「いかでか、かからむには」

 など、申したまへば、宮も御心づかひしたまふべし。

 「心にかなふあたりをまだ見つけぬほどぞや」とのたまふ。

 大殿の六の君を思し入れぬこと、なま恨めしげに、大臣も思したりけり。されど、

 「ゆかしげなき仲らひなるちにも、大臣のことことしくわづらはしくて、何ごとの紛れをも見とがめられむがむつかしき」

 と、下にはのたまひて、すまひたまふ。

 その年、三条宮焼けて、入道宮も、六条院に移ろひたまひ、何くれともの騒がしきに紛れて、宇治のわたりを久しう訪れきこえたまはず。まめやかなる人の御心は、またいと異なりければ、いとのどかに、「おのがものとはうち頼みながら、女の心ゆるびたまはざらむ限りは、あざればみ情けなきさまに見えじ」と思ひつつ、「昔の御心忘れぬ方を、深く見知りたまへ」と思す。

 [第四段 夏、薫、宇治を訪問]

 その年、常よりも暑さを人わぶるに、「川面涼しからむはや」と思ひ出でて、にはかに参うでたまへり。朝涼みのほどに出でたまひければ、あやにくにさし来る日影もまばゆくて、宮のおはせし西の廂に、宿直人召し出でておはす。

 そなたの母屋の仏の御前に、君たちものしたまひけるを、気近からじとて、わが御方に渡りたまふ御けはひ、忍びたれど、おのづから、うちみじろきたまふほど近う聞こえければ、なほあらじに、こなたにふ障子の端の方に、かけがねしたる所に、穴のすこし開きたるを見おきたまへりければ、外に立てたる屏風をひきやりて見たまふ。

 ここもとに几帳を添へ立てたる、「あな、口惜し」と思ひて、ひき帰る、折しも、風の簾をいたう吹き上ぐべかめれば、

 「あらはにもこそあれ。その几帳おし出でてこそ」

 と言ふ人あなり。をこがましきものの、うれしうて見たまへば、高きも短きも、几帳を二間の簾におし寄せて、この障子に向かひて、開きたる障子より、あなたに通らむとなりけり。

 [第五段 障子の向こう側の様子]

 まづ、一人立ち出でて、几帳よりさし覗きて、この御供の人びとの、とかう行きちがひ、涼みあへるを見たまふなりけり。濃き鈍色単衣に、萱草の袴もてはやしたる、なかなかさま変はりてはなやかなりと見ゆるは、着なしたまへる人からなめり。

 帯はかなげにしなして、数珠ひき隠して持たまへり。いとそびやかに、様体をかしげなる人の、髪、袿にすこし足らぬほどならむと見えて、末まで塵のまよひなく、つやつやとこちたう、うつくしげなり。かたはらめなど、あならうたげと見えて、匂ひやかに、やはらかにおほどきたるけはひ、女一の宮も、かうざまにぞおはすべきと、ほの見たてまつりしも思ひ比べられて、うち嘆かる。

 またゐざり出でて、「かの障子は、あらはにもこそあれ」と、見おこせたまへる用意、うちとけたらぬさまして、よしあらむとおぼゆ。頭つき、髪ざしのほど、今すこしあてになまめかしきさまなり。

 「あなたに屏風も添へて立ててはべりつ。急ぎてしも、覗きたまはじ」

 と、若き人びと、何心なく言ふあり。

 「いみじうもあるべきわざかな」

 とて、うしろめたげにゐざり入りたまふほど、気高う心にくきけはひ添ひて見ゆ。黒き袷一襲、同じやうなる色合ひを着たまへれど、これはなつかしうなまめきて、あはれげに、心苦しうおぼゆ。

 髪、さはらかなるほどに落ちたるなるべし、末すこし細りて、色なりとかいふめる、翡翠だちていとをかしげに、糸をよりかけたるやうなり。紫の紙に書きたる経を、片手に持ちたまへる手つき、かれよりも細さまさりて、痩せ痩せなるべし。立ちたりつる君も、障子口にゐて、何ごとにかあらむ、こなたを見おこせて笑ひたる、いと愛敬づきたり。

 【出典】
出典1 我が庵は都の巽しかぞ住む世を宇治山と人は言ふなり(古今集雑下-九八三 喜撰法師)(戻)
出典2 桜咲くさくらの山の桜花散る桜あれば咲く桜あり(源氏釈所引-出典未詳)(戻)
出典3 稲蓆川添ひ柳水行けば起き臥しすれどその根絶えせず(古今六帖六-四一五五)(戻)
出典4 桜人 その舟止(ちぢ)め 島つ田を 十町作れる 見て帰り来むや そよや 明日帰りこむ そよや 言をこそ 明日とも言はめ 遠方(をちかた)に 妻ざる夫(せな)は 明日もさね来じや そよや さ明日もさね来じや そよや(催馬楽-桜人)(戻)
出典5 我が宿と頼む吉野に君し入らば同じかざしを挿しこそはせめ(後撰集恋四-八〇九 伊勢)(戻)
出典6 春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける(万葉集巻八-一四二八 山部赤人)(戻)
出典7 わきてしも何匂ふらむ秋の野にいづれともなくなびく尾花を(源氏釈所引-出典未詳)(戻)
出典8 近江路をしるべなくても見てしかな関のこなたは侘しかりけり(後撰集恋三-七八五 源中正)(戻)
出典9 松虫の初声誘ふ秋風は音羽山より吹きそめにけり(後撰集秋上-二五一 読人しらず)(戻)
出典10 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典11 朝有紅顔誇世路 暮為白骨朽郊原(和漢朗詠集下-七九四 藤原義孝)(戻)
出典12 つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりけり(古今集哀傷-八六一 在原業平)(戻)
出典13 明けぬ夜ながら心地ながらにやみにしをあさくらと言ひし声は聞ききや(後拾遺集雑四-一〇八一 読人しらず)(戻)
出典14 我が世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれ高けむ(新古今集雑中-一六五一 在原行平)(戻)
出典15 鹿の棲む尾の上の萩の下葉より枯れ行く野辺もあはれとぞ見る(新千載集秋下-五二六 具平親王)(戻)
出典16 山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりぞ来る君を思へば(拾遺集雑恋-一二四三 柿本人麿)(戻)
出典17 笹の隈桧の隈川に駒止めてしばし水かへ影をだに見む(古今集神遊び-一〇八〇 ひるめのうた)(戻)
出典18 声立てて鳴きぞしぬべき秋霧に友まどはせる鹿にはあらねども(後撰集秋下-三七二 紀友則)(戻)
出典19 藤衣はつるる糸は侘び人の涙の玉の緒とぞなりける(古今集哀傷-一二九二 読人しらず)(戻)
出典20 逢ふことはこれや限りのたびならむ草の枕も霜枯れにけり(新古今集恋三-一二〇九 馬内侍)(戻)
出典21 雁の来る峰の朝霧晴れずのみ思ひ尽きせぬ世の中の憂さ(古今集雑下-九三五 読人しらず)(戻)
出典22 つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりけり(古今集哀傷-八六一 在原業平)(戻)
出典23 末の露本の雫や世の中の後れ先立つためしなるらむ(古今六帖一-五九三)(戻)
出典24 百千鳥さへづる春はものごとに改まれども我ぞ古りゆく(古今集春上-二八 読人しらず)(戻)
出典25 海人の住む里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人の言ふらむ(古今集恋四-七二七 小野小町)(戻)
出典26 神奈備の三室の岸や崩るらむ龍田の川の水の濁れる(拾遺集物名-三八九 高向草春)(戻)
出典27 忘れては夢かとぞ思ふ雪踏み分けて君を見むとは(古今集雑下-九七〇 在原業平)(戻)
出典28 浅香山影さへ見ゆる山の井の浅くは人を思ふものかは(古今六帖二-九八五)(戻)
出典29 侘び人のわきて立ち寄る木の本は頼む蔭なく紅葉散りけり(古今集秋下-二九二 遍昭僧正)(戻)
出典30 優婆塞が行ふ山の椎が本あなそばそばし床にしあらねば(宇津保物語-二一二)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 仕うまつれり--つかうまつ(つ/+れ)り(戻)
校訂2 たまへる--給へり(り/$る<朱>)(戻)
校訂3 夕つ方ぞ--夕つかたに(に/$そ<朱>)(戻)
校訂4 今開け--今△(△/#)ひらけ(戻)
校訂5 孫王めく--そむわ(わ/$王<朱>)めく(戻)
校訂6 大君--おほき(き/+み)△(△/#)(戻)
校訂7 世に心とどめたまはねば、出で立ちいそぎを--を(を/$<朱>)(/+世に心とゝめ給はねはいてたちいそきを<朱>)(戻)
校訂8 ただ--たゝ/\(/\/$)(戻)
校訂9 もの心細く--物心(心/+ほ)そく(戻)
校訂10 怠り--おこ(こ/+た)り(戻)
校訂11 おはせしかど--おは(は/+せ)しかと(戻)
校訂12 あひ見る--あひ見ん(ん/$る)(戻)
校訂13 きこゆる--きこゆ(ゆ/+る<朱>)(戻)
校訂14 出で立ちたまひし--いてたち(ち/+給)し(戻)
校訂15 ほどもなく--(/+ほとも<朱>)なく(戻)
校訂16 御魂--御ため(め/$ま)(戻)
校訂17 はべらず--はへ(へ/+ら<朱>)す(戻)
校訂18 思ひこそ--思ひに(に/$こ<朱>)そ(戻)
校訂19 承らまほしさ--うけたまはら(ら/+ま<朱>)ほしさ(戻)
校訂20 遠き国に--とをきくに(に/+に)(戻)
校訂21 思ひきこゆる--*思きこゆ(戻)
校訂22 心を消たず言ふもあり。「難きことかな」と--(/+心をけたすいふもありかたき事かなと)(戻)
校訂23 何しに--なにこと(こと/$し)に(戻)
校訂24 など--なと(なと/#<朱>)なと(戻)
校訂25 絶えはつらむ--たえはへ(へ/#つ)らん(戻)
校訂26 おはしたり--おはした(た/+り<朱>)(戻)
校訂27 にもや--に(に/+も)や(戻)
校訂28 痛からめ--(/+い)たからめ(戻)
校訂29 さし出で--さしはへ(はへ/#)いて(戻)
校訂30 口々--くち(ち/+/\<朱>)(戻)
校訂31 あたりを--あたり(り/+を)(戻)
校訂32 仲らひなる--なからひた(た/$な<朱>)る(戻)
校訂33 こなたに--こなたには(は/#<朱>)(戻)
校訂34 鈍色--わ(わ/$に<朱>)ひいろ(戻)

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
注釈
大島本
自筆本奥入