第十二帖 須磨

光る源氏の二十六歳春三月下旬から二十七歳春三月上巳日まで無位無官時代の都と須磨の物語

注釈番号
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注釈

第一章 光る源氏の物語 逝く春と離別の物語


第一段 源氏、須磨退去を決意

1.1.1 注釈1 【世の中、いとわづらはしく、はしたなきことのみまされば】 政治的社会的情勢が源氏にとって不利な事ばかりが生じてきた。
1.1.1 注釈2 【せめて知らず顔にあり経ても、これよりまさることもや】 源氏の心中を間接叙述。「これ」は『完訳』「除名処分以上のこと。流罪」と指摘する。
1.1.2 注釈3 【かの須磨は、昔こそ人の住みかなどもありけれ】 「須磨」は歌枕の地。「こそ」「ありけれ」の係結びは、逆接用法。「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ(古今集雑下、九六二、在原行平)。「人」は身分のある人の意、「住みか」はその別荘をさす。以下「まれに」まで、人の言の間接引用。
1.1.2 注釈4 【人しげく、ひたたけたらむ住まひは】 以下、「おぼつかなかるべきを」まで、源氏の心中の間接的叙述であるが、それを受ける引用の格助詞「と」などがない。「ひたたく」は、『集成』は「みだりがわしい、しまりがないなどの意」と解し、『完訳』は「にぎやかなさま」の意に解す。
1.1.2 注釈5 【本意なかるべし】 『集成』は「本心にかなわぬことであろう」の意に解し、『完訳』は「心底にある出家遁世への本願」の意に解す。
1.1.3 注釈6 【憂きものと】 『完訳』は「ここも前巻花散里冒頭に照応。葵の上の死を契機とする道心を発条として、離京を決意するが、絆ゆえに躊躇」という。
1.1.4 注釈7 【行きめぐりても】 『岷江入楚』は「下の帯の道はかたがたに別るとも行きめぐりても逢はむとぞ思ふ(古今集離別、四〇五、紀友則)を指摘する。
1.1.4 注釈8 【なほ一、二日】 『完訳』は「「なほ--おぼえ」は、源氏の雲林院への短期間の参篭などを具体例に、直前の叙述を補強する」と指摘。
1.1.4 注釈9 【幾年そのほどと限りある道にもあらず】 以下「門出にもや」まで、源氏の心中叙述。『獄令』には流罪の人は六年または三年後復任を許されるとある。源氏は自主的に退去したので、何年と限ることができない。『完訳』「「--だに--だに」の文脈を受けて、まして--の気持」と注す。
1.1.4 注釈10 【逢ふを限りに隔たりゆかむも】 『河海抄』は「わが恋は行方も知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ」(古今集恋二、六一一、凡河内躬恒)を指摘する。その第四句の文句による表現。
1.1.4 注釈11 【やがて別るべき門出にもや】 『紫明抄』は「かりそめの行きかひ路とぞ思ひこし今は限りの門出なりけり」(古今集哀傷、八六二、在原滋春)を指摘する。
1.1.4 注釈12 【さる心細からむ】 以下、源氏の心中に添った叙述。「なかなかもの思ひのつまなるべきを」は直接的叙述。
1.1.4 注釈13 【波風よりほかに立ちまじる人】 「立ち」は「波風」の縁語。「立ち交じる人」は文飾表現。
1.1.4 注釈14 【たまへらむ】 給つ(つ$へ<朱>)らむ大-給つらむ飯-給へらむ横池肖三。青表紙本は「たまへ」(尊敬の補助動詞)「ら」(完了の助動詞、完了)「む」(推量の助動詞、仮定)という語法。源氏の心中叙述の中に語り手の敬語表現が交じった文型。
1.1.4 注釈15 【いみじからむ道にも、後れきこえずだにあらば】 紫の君の心中。
1.1.5 注釈16 【おはし通ふことこそまれなれ】 「こそ--まれなれ」係結び表現。読点で逆接用法。
1.1.6 注釈17 【ものの聞こえや、またいかがとりなさむ】 藤壺の心中。 【とりなさむ】-とりなさむ大-とりなれむ飯-とりなさむ横池肖三書 大島本は河内本(高松宮家本を除く)、別本(御物本と陽明文庫本)と同文である。『集成』『新大系』は「とりなさむ」のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「とりなされむ」と校訂する。底本の「れ」受身の助動詞。「れ」の有無によって主語が藤壺または噂と変化する。
1.1.6 注釈18 【昔、かやうに相思し、あはれをも見せたまはましかば】 源氏の心中。「相思し」とあることに注意。「ましかば」は反実仮想の表現。
1.1.6 注釈19 【うち思ひ出でたまふにも】 大島本は「うちおもひいて給にも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまふに」と校訂する。
1.1.6 注釈20 【さも、さまざまに、心をのみ尽くすべかりける人の御契りかな】 源氏の心中。藤壺との恋を回顧する。『集成』は「「さまざまに」とは、これまで藤壺との恋で味わった嘆きと、今せっかくやさしくして下さっても、もうどうにもならぬ嘆きとをさす」と注す。

第二段 左大臣邸に離京の挨拶

1.2.1 注釈21 【三月二十日あまりのほどになむ、都を離れたまひける】 大島本は「みやこを」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「を」を削除する。「三月二十日余り」という設定は、安和二年(九六九)三月二十六日、左大臣源高明が大宰権帥に左遷された事件を準拠とするとされる。「離れたまひける」と、その後から語ったいう語り口だが、以下に、離京までの経緯や経過を詳細に語る。
1.2.1 注釈22 【人にいつとしも知らせたまはず】 大島本は「いつ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「いま」を校訂する。『完訳』は「源氏の離京計画が右大臣方に漏れると、すぐにも流罪が決定しかねないので、秘密裡に事を運ぶ」と注す。
1.2.1 注釈23 【いと近う仕うまつり馴れたる限り、七、八人ばかり御供にて】 『完訳』は「通常なら、参議大将は、随身六人で、供人は二、三十人に及ぶ」という。
1.2.1 注釈24 【その折の、心地の紛れに、はかばかしうも聞き置かずなりにけり】 語り手の文章。『弄花抄』は「例の紫式部詞也」と指摘。また『評釈』は「この語り手は、光る源氏須磨下向を、その目で見ずとも、その耳に聞いた生き残りなのである。老人の問わず語り、思い出話、それを筆記編集したのが、この物語である」という。『集成』は「主人公の身辺の事件を実際に見聞きした女房の話を筆録したものという建て前による草子地」という。
1.2.3 注釈25 【若君はいとうつくしうて】 夕霧五歳。
1.2.4 注釈26 【久しきほどに、忘れぬこそ、あはれなれ】 源氏の詞。「ぬ」打消の助動詞。
1.2.7 注釈27 【つれづれに籠もらせたまへらむほど】 以下「いとあぢきなくなむ」まで、左大臣の詞。「籠もる」の主語は源氏。「せ」(尊敬の助動詞)「給ふ」(尊敬の補助動詞)二重敬語。
1.2.7 注釈28 【参りて、聞こえさせむ】 大島本は「まいりてきこえさせむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「参り来て」と「来て」を補訂する。
1.2.7 注釈29 【位をも返したてまつりて】 「位」は官職をさす。位階ではない。
1.2.7 注釈30 【腰のべて】 『集成』は「勝手な振舞いをして」の意に解し、『完訳』は「気ままに出歩いて」の意に解す。
1.2.7 注釈31 【今は世の中憚るべき身】 大島本は「いまは世中はかるへき身」とある。独自異文である。諸本に従って「憚る」校訂する。
1.2.7 注釈32 【かかる御ことを見たまふるに】 大島本は「見たまふに」とある。独自異文である。諸本に従って「たまふる」(下二段活用)と校訂する。源氏の除名処分と自主的須磨退去をさす。「たまふ」は謙譲の補助動詞。
1.2.7 注釈33 【命長きは心憂く】 古来「寿ければ則ち辱多し」(荘子、外篇、天地)が指摘される。
1.2.9 注釈34 【とあることも、かかることも】 以下「思うたまへ立ちぬる」まで、源氏の詞。
1.2.9 注釈35 【さして、かく、官爵を取られず】 「さして」は、特定して、はっきりとしての意。『集成』は「これと言った理由で私のように官位を剥奪されるというのではなく」の意に解し、『完訳』も「はっきりと私のように官位を取りあげられるのでなく」の意に解す。
1.2.9 注釈36 【遠く放ちつかはすべき定め】 遠流をいう。
1.2.9 注釈37 【はべるなるは】 「なり」伝聞推定の助動詞。宮廷には源氏を遠流に処すべきだという意見も流れている。
1.2.9 注釈38 【さま異なる罪】 『集成』は「容易ならぬ罪」の意に、『完訳』は「特別の重罪」の意に解す。
1.2.11 注釈39 【聞こえ出でたまひて】 主語は左大臣。
1.2.11 注釈40 【御直衣の袖もえ引き放ちたまはぬに】 『集成』は「〔お目から〕お離しになれないのに」の意に、『完訳』は「袖に顔を当てて泣く様子」の意に解す。
1.2.12 注釈41 【過ぎはべりにし人を】 以下「思ひたまへ寄らむかたなく」まで、左大臣の詞。「過ぎはべりにし人」は葵の上をさす。
1.2.12 注釈42 【まことに犯しあるにてしも】 本当に犯した罪があって罪科に処せられたわけでない、中には讒言や策略によって、無実の罪に落とされた者もいたのだ、の意。
1.2.12 注釈43 【なほさるべきにて】 やはり前世からの宿縁で、と思考する。
1.2.12 注釈44 【言ひ出づる節ありてこそ、さることもはべりけれ】 『集成』は「謀叛の嫌疑などは、誰かの讒言によるものだが、源氏の場合は、そういうこともない無実の罪だという、政道への批判」と注す。
1.2.14 注釈45 【中納言の君】 葵の上づきの女房。源氏の召人。
1.2.14 注釈46 【言へばえに】 『奥入』は「言へばえに深く悲しき笛竹の夜声や誰と問ふ人もがな」(古今六帖四、笛)を指摘する。また『異本紫明抄』は「言へばえに言はねば胸に騒がれて心一つに嘆くころかな」(伊勢物語)を指摘する。
1.2.14 注釈47 【これにより泊まりたまへるなるべし】 語り手の推量。『細流抄』は「草子地也」と指摘。『完訳』は「以下、語り手の推測」と注す。源氏が左大臣邸に泊まった理由をいう。
1.2.15 注釈48 【明けぬれば】 『完訳』は「まもなく明けてしまうので」の意に解す。
1.2.15 注釈49 【有明の月いとをかし】 『完訳』は「下旬、夜明け後も空に残る月。後朝の別れの典型的な景物」と注す。
1.2.15 注釈50 【花の木どもやうやう盛り過ぎて、わづかなる木蔭の、いと白き庭に薄く霧りわたりたる、そこはかとなく霞みあひて、秋の夜のあはれにおほくたちまされり】 晩春三月の情景描写。源氏の失意のさまと景情一致。
1.2.16 注釈51 【中納言の君、見たてまつり送らむとにや、妻戸おし開けてゐたり】 「夕顔」巻の源氏が六条御息所邸を辞去する段に相似。あちらは秋の早朝であった。 【見たてまつり送らむとにや】-語り手の想像を介在させた挿入句。
1.2.17 注釈52 【また対面あらむことこそ】 以下「隔てしよ」まで、源氏の詞。
1.2.17 注釈53 【かかりける世を知らで】 こんな別れになる仲とは思いもしないで。「世」は男女の仲、の意。
1.2.17 注釈54 【ありぬべかりし月ごろ、さしも】 大島本は「月ころさしも」とあある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「月ごろを」と「を」を補訂する。
1.2.20 注釈55 【身づから聞こえまほしきを】 大島本は「身つからきこえまほしきを」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「みづからも」と「も」を補訂する。以下「やすらはせたまはで」まで、大宮の消息。
1.2.22 注釈56 【鳥辺山燃えし煙もまがふやと--海人の塩焼く浦見にぞ行く】 源氏の贈歌。「鳥辺山」は火葬の地。「浦見」に「怨み」を掛ける。『集成』は「大宮の心中を思いやった歌」と注し、『完訳』は「須磨下向に、死者の世界に近づく思いをこめる」と注す。
1.2.24 注釈57 【暁の別れは】 以下「あらむかし」まで、源氏の詞。『全集』は「いかで我人にも問はむ暁のあかぬ別れや何に似たりと」(後撰集恋三、七一九、紀貫之)を引歌として指摘する。
1.2.26 注釈58 【いつとなく】 以下「ほどに」まで、宰相の君の返事。
1.2.28 注釈59 【聞こえさせまほしきことも】 以下「急ぎまかではべり」まで、源氏の大宮への返事。「聞こえさす」という丁重な謙譲表現。
1.2.31 注釈60 【入り方の月いと明きに、いとどなまめかしうきよらにて、ものを思いたるさま、虎、狼だに泣きぬべし】 源氏の暁の月の光に照らされた優雅な姿を写し出す。非情な動物の虎や狼でさえ泣こうという。『完訳』は「釈迦涅槃の時に泣き悲しんだ獣を思わせ、偉大な王者の死のイメージ」と注す。
1.2.31 注釈61 【いはけなくおはせしほどより見たてまつりそめてし】 源氏が左大臣家へ婿入したのは元服した年の十二歳であった。現在二十六歳の春である。
1.2.32 注釈62 【まことや】 語り手の話題転換の語法。『孟津抄』は「草子地」と指摘。『集成』は「話の筋をもとに戻した時の発語。草子地」と注す。
1.2.33 注釈63 【亡き人の別れやいとど隔たらむ--煙となりし雲居ならでは】 大宮の返歌。『異本紫明抄』は「恋ふる間に年の暮れなば亡き人の別れやいとど遠くなりなむ」(後撰集哀傷、一四二五、紀貫之)を引歌として指摘する。『完訳』は「源氏の離京を、幽明を隔てた源氏と葵の上の間がさらに遠のくと嘆く歌」と注す。

第三段 二条院の人々との離別

1.3.1 注釈64 【殿におはしたれば】 源氏、二条院に帰宅、紫の君と別れを惜しむ。
1.3.1 注釈65 【わが御方の人びとも】 東の対の源氏づきの女房たちをいう。
1.3.1 注釈66 【私の別れ惜しむほどにや】 語り手の推量を交えた挿入句。
1.3.1 注釈67 【人もなし】 大島本は「人もなし」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人目もなし」と校訂する。なお河内本は「人かけもなし」、陽明文庫本、御物(各筆)本は「人けもなし」とある。
1.3.1 注釈68 【世は憂きものなりけり】 源氏の心中。
1.3.2 注釈69 【見るほどだにかかり。ましていかに荒れゆかむ】 源氏の心中。
1.3.3 注釈70 【御格子も参らで】 御格子を下ろさずにの意。
1.3.3 注釈71 【年月経ば、かかる人びとも、えしもあり果てでや、行き散らむ】 源氏の心中。
1.3.3 注釈72 【さしもあるまじきことさへ】 『集成』は「そんな些細なことまで」、『完訳』は「常は気にかからぬことまで」のニュアンスに解す。
1.3.4 注釈73 【昨夜は、しかしかして】 以下「いとほしう」まで、源氏の詞。昨夜左大臣邸に泊まった弁解。
1.3.4 注釈74 【更けにしかばなむ】 「なむ」(係助詞)、下に「泊まりぬる」などの語句が省略。
1.3.4 注釈75 【多かりける】 大島本は「おほかりける」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「多かりけるを」と接続助詞「を」を補訂する。
1.3.4 注釈76 【ひたやごもりにてやは】 「やは」(係助詞)反語。「あらむ」などの語句が下に省略。
1.3.6 注釈77 【かかる世を】 以下「何ごとにかは」まで、紫の君の詞。
1.3.6 注釈78 【思はずなること】 『完訳』は「源氏の「思はず--」を、源氏が自分を疎んずる意に、切り返した」と注す。
1.3.7 注釈79 【ことわりぞかし】 語り手の読者に共感を求める語句。『集成』は「草子地の文」と指摘。
1.3.7 注釈80 【父親王】 大島本は「ちゝみこ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「父親王は」と係助詞「は」を補訂する。
1.3.7 注釈81 【おろかにもとより思しつきにけるに】 『集成』は「ひどく冷淡にもともと〔紫上のことを〕思っていられただけに」の意に解し、『完訳』は「おろかに」の下に読点を付けて、「父親王はほんとに疎々しくて、この女君はもともと君になじんでいらっしゃったのだが」の意に解す。
1.3.8 注釈82 【にはかなりし幸ひの】 以下「別れたまふ人かな」まで、兵部卿宮の北の方の詞。
1.3.9 注釈83 【げにぞ、あはれなる御ありさまなる】 継母が言うように、という語り手のあいづち。『岷江入楚』所引三光院実枝説が「草子地」と指摘。
1.3.10 注釈84 【なほ世に許されがたうて】 以下「立ちまさることもありなむ」まで、源氏の詞。
1.3.10 注釈85 【巌の中にも】 『岷江入楚』は「いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ」(古今集雑下、九五二、読人しらず)を引歌として指摘する。
1.3.10 注釈86 【過ちなけれど、さるべきにこそ】 前世からの宿縁で、と源氏は考える。
1.3.12 注釈87 【帥宮、三位中将などおはしたり】 源氏の弟帥宮と三位中将(左大臣嫡男)。
1.3.13 注釈88 【位なき人は】 「無位無官の者は」と言って。源氏は官位を剥奪されている。
1.3.14 注釈89 【無紋の直衣】 平絹(模様のない絹)の直衣。
1.3.15 注釈90 【こよなうこそ、衰へにけれ】 以下「あはれなるわざかな」まで、源氏の詞。
1.3.16 注釈91 【女君、涙一目うけて】 大島本は「女君なミたひとめうけて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「涙を」と格助詞「を」を補訂する。
1.3.17 注釈92 【身はかくてさすらへぬとも君があたり--去らぬ鏡の影は離れじ】 源氏の贈歌。『全集』は「身を分くることの難さは真澄鏡影ばかりをぞ君に添へつる」(後撰集離別、一三一四、大窪則春)を引歌として指摘する。
1.3.19 注釈93 【別れても影だにとまるものならば--鏡を見ても慰めてまし】 紫の君の返歌。「鏡」「影」の語句を用いて返す。
1.3.20 注釈94 【なほ、ここら見るなかにたぐひなかりけり】 源氏の心中。

第四段 花散里邸に離京の挨拶

1.4.1 注釈95 【花散里の心細げに思して】 源氏、花散里を訪問。「花散里」は邸宅をさす。
1.4.1 注釈96 【かの人も、今ひとたび見ずは、つらしとや思はむ】 源氏の心中。「かの人」は妹三の君をさす。
1.4.1 注釈97 【いともの憂くて】 紫の君を思う気持ちから。
1.4.2 注釈98 【かく数まへたまひて、立ち寄らせたまへること】 麗景殿女御のお礼の詞。
1.4.3 注釈99 【書き続けむもうるさし】 語り手の省筆の文。『林逸抄』が「双紙の詞也」と指摘。
1.4.4 注釈100 【ただ御蔭に隠れて】 大島本は「たゝ御かけにかくれて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「この御蔭」と「この」を補訂する。
1.4.5 注釈101 【月おぼろにさし出でて、池広く、山木深きわたり、心細げに見ゆるにも、住み離れたらむ巌のなか、思しやらる】 春三月下旬の月。『紫明抄』は「いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ」(古今集雑下、九五二、読人しらず)を引歌として指摘する。
1.4.6 注釈102 【西面は】 寝殿の西側に住む三の君(花散里)をいう。
1.4.6 注釈103 【かうしも渡りたまはずや】 花散里の心中。「しも」強調の副助詞。「や」詠嘆の終助詞。
1.4.6 注釈104 【うち振る舞ひたまへる】 主語は源氏。
1.4.6 注釈105 【すこしゐざり出でて】 主語は花散里。
1.4.7 注釈106 【短夜のほどや】 大島本は「みしかよのほとや」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「短の夜のほどや」と格助詞「の」を補訂する。以下「ありけれ」まで、源氏の詞。
1.4.7 注釈107 【えしもや】 「え」副詞。下に打消の語句が来るが、ここではそれが省略され、言いさした形になっている。
1.4.7 注釈108 【思ふこそ】 『集成』は読点、『完訳』は句点。下に「悔しけれ」とあるべきところが「悔しう」と係結びが消失している。
1.4.7 注釈109 【ことなしにて過ぐしつる】 『奥入』は「君見ずて程の古屋の廂には逢ふことなしの草ぞ生ひける」(新勅撰集恋五、読人しらず)を引歌として指摘する。
1.4.8 注釈110 【げに、漏るる顔なれば】 「げに」は語り手の同意の気持ちを表出。『源氏釈』は「あひにあひて物思ふころの我が袖に宿る月さへ濡るる顔なる」(古今集恋五、七五六、伊勢)を引歌として指摘する。
1.4.9 注釈111 【月影の宿れる袖はせばくとも--とめても見ばやあかぬ光を】 花散里の贈歌。「袖」は自分を喩え、「飽かぬ光」を源氏に喩える。
1.4.11 注釈112 【行きめぐりつひにすむべき月影の--しばし雲らむ空な眺めそ】 源氏の返歌。「月影」の語句を用いて返す。「すむ」に「住む」と「澄む」を掛ける。
1.4.12 注釈113 【思へば、はかなしや】 以下「心を昏らすものなれ」まで、返歌に添えた詞。『河海抄』は「行く先を知らぬ涙の悲しきはただ目の前に落つるなりけり」(後撰集離別、一三三三、源済)を引歌として指摘する。

第五段 旅生活の準備と身辺整理

1.5.1 注釈114 【よろづのことども】 源氏、旅立ちの準備と整理をする。
1.5.2 注釈115 【さるべき書ども】 大島本は「さるへきふミとも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「またさるべき書ども」と「また」を補訂する。
1.5.2 注釈116 【琴一つ】 琴の琴、一張。書籍楽器類の持参品は『白氏文集』の「草堂記」に記された退隠生活に似る。
1.5.3 注釈117 【さぶらふ人びと】 源氏付きの女房をいう。
1.5.3 注釈118 【よろづのこと、みな西の対に聞こえわたしたまふ】 紫の君をさす。『完訳』は「源氏の留守をあずかるれっきとした女主人へと格上げ」と注す。
1.5.3 注釈119 【さるべき所々、券など】 大島本は「さるへき所/\券なと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は「さるべき所々の券など」と諸本に従って格助詞「の」を補訂する。しかるべき領地の地券。『集成』は「桐壺帝から譲られたものなのであろう」という。
1.5.3 注釈120 【御倉町、納殿など】 二条院内にある御倉の並んだ一画や納殿の管理をいう。
1.5.3 注釈121 【少納言】 紫の君の乳母。「若紫」巻に初出の人。
1.5.3 注釈122 【しろしめすべき】 主語は紫の君。
1.5.4 注釈123 【わが御方の中務、中将などやうの人びと】 源氏の召人たち。
1.5.4 注釈124 【こそ慰めつれ】 係結び。逆接用法。読点で続く。
1.5.4 注釈125 【何ごとにつけてか】 女房の心中。『集成』は「(源氏がいらっしゃらなくなれば)何につけてご奉公の楽しみがあろうかと思うが。いっそ、お暇を頂こうかと思うのである」と注す。
1.5.5 注釈126 【命ありて】 以下「こなたにさぶらへ」まで、源氏の詞。
1.5.7 注釈127 【花散里なども】 大島本は「花ちるさとなとも」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「花散里などにも」と格助詞「に」を補訂する。
1.5.8 注釈128 【尚侍の御もとに】 朧月夜と消息を交わす。
1.5.8 注釈129 【わりなくして】 『集成』は「困難をおかして」の意に、『完訳』は「無理を押して」の意に解す。
1.5.9 注釈130 【問はせたまはぬも】 以下「逃れがたうはべりける」まで、源氏の消息。
1.5.10 注釈131 【逢ふ瀬なき涙の河に沈みしや--流るる澪の初めなりけむ】 源氏の贈歌。「流るる」に「泣かるる」を掛け、「みを」に「澪(水脈)」と「身を」を掛ける。「瀬」「川」「流るる」「澪(水脈)」は縁語。『完訳』は「実際には逢瀬があったのに「なき」とする。他者の目を危惧する切実な恋の常套手段」と注す。
1.5.11 注釈132 【思ひたまへ出づる】 大島本は「思給いつる」とある。「給」を「たまへ」(下二段活用)と読んでおく。
1.5.11 注釈133 【罪逃れがたう】 『集成』は「朧月夜に思いを懸けたこと以外は無実であるという気持が下にある」と解し、『完訳』は「前世からの因縁による仏罰か。公的な罪を認めたのではあるまい」と解す。
1.5.13 注釈134 【女、いといみじう】 朧月夜をさす。『集成』は「敬語を付けないで、「女」と呼び捨てにするのは、感情の高潮した場面に多い」と注す。
1.5.14 注釈135 【涙河浮かぶ水泡も消えぬべし--流れて後の瀬をも待たずて】 朧月夜の返歌。「涙の河」「瀬」「流る」の語句を用いて返す。「流れて」に「泣かれて」を掛ける。「涙川」「水泡」「瀬」が縁語。
1.5.15 注釈136 【今ひとたび対面なくや】 大島本は「なくや」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「なくてや」と「て」を補訂する。『全集』は「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一たびの逢ふこともがな」(後拾遺集恋三、七六三、和泉式部)を引歌として指摘する。
1.5.15 注釈137 【憂しと思しなすゆかり多うて】 朧月夜にとってひどいと思う縁者、すなわち、姉の弘徽殿大后、父右大臣などをさす。
1.5.15 注釈138 【いとあながちにも聞こえたまはずなりぬ】 『集成』は「大層な無理をしてまで逢おうともおっしゃらずに終った」の意に解し、『完訳』は「そうそう無理にお便り申し上げることもなさらずじまいになった」の意に解す。

第六段 藤壺に離京の挨拶

1.6.1 注釈139 【明日とて、暮には、院の御墓拝みたてまつりたまふとて】 大島本は「あすとて」とある。諸本「あすとての」(横飯肖三書)とある。池田本は大島本と同文。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「明日とての」と校訂する。源氏、離京の前日に父桐壺院の御陵に参拝する。
1.6.2 注釈140 【かたみに】 以下「よろづあはれまさりけむかし」まで、語り手の推量。『孟津抄』が「地也」と草子地であることを指摘。
1.6.2 注釈141 【御物語は】 大島本は「御ものかたりハ」とある。諸本「御ものかたりはた」(横飯肖三書)とある。池田本は大島本と同文。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は「御物語はた」と校訂する。
1.6.2 注釈142 【今さらにうたてと思さるべし】 以下「まさりぬべければ」まで、『完訳』は「藤壺の反発を推測する源氏の心。直接話法の混じった文脈」と注す。
1.6.3 注釈143 【かく思ひかけぬ罪に】 以下「おはしまさば」まで、源氏の詞。
1.6.3 注釈144 【思うたまへあはすることの一節になむ、空も恐ろしうはべる】 『集成』は「思い当るただ一つのことのために、天の咎めも恐ろしゅうございます。藤壺と密通して、春宮が生まれたことさす」と注し、『完訳』は「密通によって誕生した東宮の存在から、わが宿世の恐ろしさを思う。無実の公的罪を、宿世の仏罰によって必然化しているか」と注す。
1.6.3 注釈145 【宮の御世にだに】 大島本は「御世にたに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御世だに」と「に」を削除する。
1.6.4 注釈146 【ことわりなるや】 語り手の批評。『孟津抄』が「地也」と草子地であることを指摘。
1.6.6 注釈147 【御山に参りはべるを、御ことつてや】 源氏の詞。
1.6.8 注釈148 【見しはなくあるは悲しき世の果てを--背きしかひもなくなくぞ経る】 藤壺の贈歌。「見し」は桐壺院、「有る」は源氏、「背きし」は藤壺をさす。「なく」に「泣く」と「無く」とを掛ける。『異本紫明抄』は「あるはなく無きは数そふ世の中にあはれいづれの日まで嘆かむ」(新古今集哀傷、八五〇、小野小町)を引歌として指摘する。
1.6.9 注釈149 【いみじき御心惑ひどもに】 「ども」複数を表す接尾語。藤壺と源氏の心。『細流抄』は「草子地」と指摘。『全書』も「作者の評と見るべきであろう」という。
1.6.10 注釈150 【別れしに悲しきことは尽きにしを--またぞこの世の憂さはまされる】 源氏の返歌。「悲しき」の語句を用いて返す。「この」に「子の」を響かせ、東宮を暗示する。

第七段 桐壺院の御墓に離京の挨拶

1.7.1 注釈151 【ありし世の御ありきに】 参議兼大将の源氏は六人の公的随身を賜る。それに親しい殿上人や私的随身などが供回りを務めた。
1.7.1 注釈152 【悲しう思ふなり。なかに】 大島本は「思なりなかに」とある。諸本には「おもふなかに」(池)-「おもふ中に」(横肖三書)-「思ふになかに」(飯)とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』は「思ふなかに」と文を続け、『古典セレクション』は「思ふ。中に」と校訂する。
1.7.1 注釈153 【かの御禊の日、仮の御随身にて仕うまつりし右近の将監の蔵人】 「葵」巻、斎院の御禊の日に源氏の仮の随身を務めた右近尉兼蔵人。
1.7.1 注釈154 【得べきかうぶりも】 『完訳』は以下「参るうちなり」まで、挿入句と解す。六位蔵人の中から上席の者が従五位下に叙せられることを「爵得」(かうぶりう)という。
1.7.1 注釈155 【御簡削られ、官も取られて】 殿上人の「日給の簡」(にっきゅうのふだ・ひだまいのふだ)から除籍され、右近将監の官職からも外された意。
1.7.2 注釈156 【下りて、御馬の口を取る】 右近将監が馬から下りて、源氏の馬の轡をとる。
1.7.3 注釈157 【ひき連れて葵かざししそのかみを--思へばつらし賀茂の瑞垣】 右近将監の贈歌。「そのかみ」に「神」を掛ける。
1.7.4 注釈158 【げに、いかに思ふらむ。人よりけにはなやかなりしものを】 源氏の心中。
1.7.5 注釈159 【神にまかり申したまふ】 『古典セレクション』は「神に罷申ししたまふ」と整定する。
1.7.6 注釈160 【憂き世をば今ぞ別るるとどまらむ--名をば糺の神にまかせて】 源氏の独詠歌。「ただす」に正邪を糺す意と地名の糺の森の意を掛ける。
1.7.7 注釈161 【ものめでする若き人にて】 右近将監をいう。
1.7.8 注釈162 【おはしましし御ありさま】 故桐壺院の姿。
1.7.8 注釈163 【世に亡くなりぬる人】 桐壺院をいう。
1.7.8 注釈164 【泣く泣く申したまひても】 主語は源氏。
1.7.8 注釈165 【承りたまはねば】 大島本は「うけ給はりたまはねは」とあるが、独自異文。他の青表紙諸本は「えうけ給たまはねは」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「え」を補訂する。
1.7.8 注釈166 【さばかり思しのたまはせし】 以下「消え失せにけむ」まで、源氏の心中。
1.7.9 注釈167 【御墓は、道の草茂くなりて、分け入りたまふほど、いとど露けきに、月も隠れて、森の木立、木深く心すごし】 『河海抄』は「古き墓何れの世の人ぞ姓と名とを知らず化して路の傍らの土と作る年々春の草生る」(白氏文集、続古詩)を指摘。 【月も隠れて】-大島本は「月もかくれて」とあるが、独自異文。他の青表紙諸本は「月のくもかくれて」とある。『新大系」は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「月も雲隠れて」と校訂する。なお『完訳』は「「月」は皇統の象徴。「雲隠れて」は、故院の霊魂が反応した証」と注す。
1.7.9 注釈168 【帰り出でむ方もなき心地して】 大島本は「心して」とある。『集成』『新大系』『古典セレクション』は諸本に従って「心地して」と補訂する。
1.7.9 注釈169 【ありし御面影、さやかに見えたまへる、そぞろ寒きほどなり】 故桐壺院が亡霊となって源氏の眼前に出現。「見え」は、客体が現れるというニュアンス。『完訳』は「故院の幻影が生前の面影のまま出現し、それと交感する趣」と注す。
1.7.10 注釈170 【亡き影やいかが見るらむよそへつつ--眺むる月も雲隠れぬる】 源氏の独詠歌。「亡き影」は故桐壺院をいう。「月」は故院を象徴。「月も雲隠れぬる」とは、譬喩表現で、故院が涙で目を曇らせという意。『完訳』は「霊との感応をふまえた歌」と注す。

第八段 東宮に離京の挨拶

1.8.1 注釈171 【明け果つるほどに帰りたまひて】 源氏、北山の故桐壺院の御陵から帰り、宮中の東宮に離京の挨拶文を贈る。
1.8.1 注釈172 【王命婦を御代はりにて】 大島本は「御かハりにて」とあある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御かはりとて」と校訂する。王命婦を藤壺の代わりとしての意。『完訳』は「出家して東宮への伺候は不審」ともいう。
1.8.1 注釈173 【御局に】 大島本は「御つほ(△&ほ)ね(ね+に)」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「局に」として「御」を削除する。
1.8.2 注釈174 【今日なむ、都離れはべる】 以下「山賤にして」まで、源氏の文。
1.8.3 注釈175 【いつかまた春の都の花を見む--時失へる山賤にして】 源氏の贈歌。「春の都の花」は東宮の即位した治世をいう。「山賤」は須磨へ退去する自分を卑下していう。
1.8.4 注釈176 【桜の散りすきたる】 『集成』は「桜の散り過ぎたる」、『完訳』は「桜の散りすきたる」と読む。『新大系』は「「散り過ぎ」か。「ちりすきたるとは散透也」(細流抄)という説あるも、「散り透く」の確例を見ない」と注す。
1.8.4 注釈177 【かくなむ】 王命婦の詞。間接話法。
1.8.4 注釈178 【幼き御心地にも】 東宮八歳である。
1.8.5 注釈179 【御返りいかがものしたまふらむ】 王命婦の詞。大島本は「ものし給らむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「ものしはべらむ」と校訂する。
1.8.7 注釈180 【しばし見ぬだに】 以下「と言へかし」まで、東宮の詞。七七五の和歌的な言葉遣い。和歌にならなかったものか。「賢木」巻にも「久しうおはせぬは恋しきものを」という似た表現があった。
1.8.8 注釈181 【ものはかなの御返りや】 王命婦の感想。
1.8.8 注釈182 【あぢきなきことに】 以下「やうにぞおぼゆる」まで、王命婦の心中を語る。
1.8.8 注釈183 【我も人も】 「我」は源氏、「人」は藤壺をさす。
1.8.8 注釈184 【わが心ひとつに】 王命婦の心をいう。
1.8.9 注釈185 【さらに聞こえさせやりはべらず】 以下「いみじうなむ」まで、王命婦の詞。
1.8.10 注釈186 【心の乱れけるなるべし】 語り手の推量。『一葉抄』は「草子の詞也」と指摘。『評釈』は「期待する読者に対する、これは釈明である」という。
1.8.11 注釈187 【咲きてとく散るは憂けれどゆく春は--花の都を立ち帰り見よ】 王命婦の返歌。『完訳』は「「咲きてとく散る」は、源氏の栄枯盛衰、引歌によるか。その「花の都」への復帰を願う歌」と注す。『異本紫明抄』は「光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散るもの思ひもなし」(古今集雑下、九六七、清原深養父)を引歌として指摘する。
1.8.12 注釈188 【時しあらば】 歌に添えた詞。引歌があるらしいが不明。
1.8.13 注釈189 【一宮のうち】 東宮御所全体がの意。
1.8.14 注釈190 【御顧みの下なりつるを】 源氏の御恩顧の下に過ごしてきた意。
1.8.14 注釈191 【しばしにても】 以下「ほどや経む」まで、下女たちの心中。
1.8.15 注釈192 【七つになりたまひしこのかた】 大島本は「このかみゝ(ゝ#<朱>)」とある。大島本は「そのかみ」の誤りか。諸本に従って「このかた」と校訂する。源氏七歳の時、読書始めの儀があった。
1.8.15 注釈193 【奏したまふことのならぬはなかりしかば】 源氏が帝に奏上することで実現しないことがなかったという意。
1.8.15 注釈194 【御徳をよろこばぬやはありし】 語り手の感情移入による表現。
1.8.15 注釈195 【下に朝廷をそしり】 大島本は「したにおほやけ越」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「下には」と「に」を補訂する。
1.8.15 注釈196 【身を捨ててとぶらひ参らむにも、何のかひかは】 人々の心中。
1.8.15 注釈197 【世の中はあぢきなきものかな】 源氏の感想。

第九段 離京の当日

1.9.1 注釈198 【その日は、女君に御物語のどかに聞こえ暮らしたまひて】 源氏、離京の当日。
1.9.1 注釈199 【例の、夜深く出でたまふ】 「夜深し」は、明け方から見て夜が深い、という意。旅立ちの通例によって、朝早く出立する。
1.9.2 注釈200 【月出でにけりな】 以下「心地するものを」まで、源氏の詞。「二十日余り」の月の出は、午前零時過ぎ。
1.9.2 注釈201 【隔たる折だに】 大島本は「へたゝるおり」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「隔つる」と校訂する。
1.9.3 注釈202 【泣き沈みたまへるを】 大島本は「たまへる(る+を)」とある。『新大系』は底本の補入を採用する。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「たまへる」と校訂する。
1.9.3 注釈203 【わが身かくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへたまはむ】 源氏の心中。「さすらへ」の主語は、「たまは」の敬語がついているので、紫の上。
1.9.3 注釈204 【思し入りたる】 主語は紫の君。
1.9.4 注釈205 【生ける世の別れを知らで契りつつ--命を人に限りけるかな】 源氏の贈歌。
1.9.5 注釈206 【はかなし】 和歌に添えた言葉。
1.9.6 注釈207 【あさはかに聞こえなし】 『集成』は「大したことではないかのように」の意に解し、『完訳』は「生き別れに気づかぬ自分の浅慮と、相手の悲嘆を紛らす」という。
1.9.7 注釈208 【惜しからぬ命に代へて目の前の--別れをしばしとどめてしがな】 紫の君の返歌。「別れ」「命」の語句を用いて返す。『集成』は「がな」(願望の終助詞)と濁音、『完訳』は「かな」(詠嘆の終助詞)と清音に読む。
1.9.8 注釈209 【げに、さぞ思さるらむ】 源氏の心中。
1.9.9 注釈210 【御舟に乗りたまひぬ】 『集成』は「当時は普通、山崎で乗船し、淀川を下る」と注し、『完訳』は「馬か徒歩で伏見まで至り、そこから川船で難波(大阪)に至る」「翌日、難波から須磨に航行」と注す。
1.9.9 注釈211 【まだ申の時ばかりに、かの浦に着きたまひぬ】 午後四時頃に須磨に到着。
1.9.9 注釈212 【かりそめの道にても】 時間を遡って道中を詳しく語る。
1.9.9 注釈213 【大江殿と言ひける所は】 現在、大江橋の地名が残っている大阪市東区天満橋の付近。
1.9.9 注釈214 【松ばかりぞしるしなる】 『完訳』は「引歌があるらしいが未詳」という。
1.9.10 注釈215 【唐国に名を残しける人よりも--行方知られぬ家居をやせむ】 源氏の独詠歌。中国の屈原の故事を想起。屈原は讒言により追放され汨羅の淵に見を投じた。
1.9.11 注釈216 【うらやましくも】 『源氏釈』は「いとどしく過ぎ行く方の恋しきにうらやましくも返る波かな」(後撰集羈旅、位置三五二、在原業平・伊勢物語)
1.9.11 注釈217 【三千里の外」の心地する】 『源氏釈』は「三千里外随行李十九年間任転蓬」(扶桑集、巻七、紀在昌)を指摘。『異本紫明抄』以後は「十一月中長至夜三千里外遠行人」(白氏文集巻十三、冬至宿楊梅館)を指摘する。
1.9.11 注釈218 【櫂の雫も】 『紫明抄』は「わが上に露ぞ置くなる天の川門渡る舟の櫂の雫か」(古今集雑上、八六三、読人しらず・伊勢物語)を指摘する。
1.9.12 注釈219 【故郷を峰の霞は隔つれど--眺むる空は同じ雲居か】 源氏の独詠歌。

第二章 光る源氏の物語 夏の長雨と鬱屈の物語


第一段 須磨の住居

2.1.1 注釈220 【おはすべき所は】 源氏の須磨の生活始まる。
2.1.1 注釈221 【行平の中納言】 在原行平(弘仁九-寛平五)。阿保親王の子、業平の兄。
2.1.1 注釈222 【藻塩垂れつつ」侘びける】 『源氏釈』は「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」(古今集雑下、九六二、在原行平)を指摘する。その『古今集』の詞書に「田村の御時に事に当りて津の国の須磨といふ所に籠りはべりけるに、宮のうちにはべりける人に遣はしける」とある。
2.1.2 注釈223 【かからぬ折ならば、をかしうもありなまし】 大島本は「かゝらぬおりならハ」とある。諸本は「かゝるおりならすは」(横池飯書)とある。大島本は肖柏本と同文。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かかるをりならずは」と校訂する。源氏の感想。
2.1.2 注釈224 【昔の御心のすさび】 鄙びた夕顔の宿や常陸宮邸の荒廃した邸宅などをさす。
2.1.3 注釈225 【良清朝臣】 源氏の腹心の家来。「若紫」巻に初出。
2.1.3 注釈226 【あはれなり】 『集成』は「けなげである」の意に解し、『完訳』「感にたえない」の意に解す。
2.1.3 注釈227 【国の守も】 摂津国守。

第二段 京の人々へ手紙

2.2.1 注釈228 【長雨のころになりて】 季節は夏の長雨の頃に推移。
2.2.2 注釈229 【二条院へたてまつりたまふ】 大島本は「たてまつり給」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「奉れたまふ」と校訂する。
2.2.3 注釈230 【松島の海人の苫屋もいかならむ--須磨の浦人しほたるるころ】 源氏から藤壺への贈歌。「松島」に「待つ」を掛け、「海人」に「尼」を掛ける。「賢木」巻の贈答歌を踏まえた表現。
2.2.4 注釈231 【いつとはべらぬなかにも】 以下「まさりてなむ」まで、手紙の文句。
2.2.4 注釈232 【汀まさりて】 『異本紫明抄』は「君惜しむ涙落ちそひこの河の汀まさりて流るべらなり」(古今六帖四、別)を引歌として指摘する。
2.2.6 注釈233 【つれづれと過ぎにし】 以下、手紙の文句。
2.2.7 注釈234 【こりずまの浦のみるめのゆかしきを--塩焼く海人やいかが思はむ】 源氏の朧月夜への贈歌。「懲りずまに」に「須磨」を掛け、「海松布(みるめ)」に「見る目」を掛ける。『奥入』は「白波は立ち騒ぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ」(古今六帖三、みるめ)を引歌として指摘する。
2.2.8 注釈235 【さまざま書き尽くしたまふ言の葉、思ひやるべし】 語り手のあとは読者の推量に任すという省筆の弁。『岷江入楚』所引三光院実枝は「草子の地なり」と指摘。
2.2.10 注釈236 【京には、この御文】 場面が変わって、都の紫の君の悲嘆の様子を語る。
2.2.10 注釈237 【そのままに】 『集成』は「お別れした日から」の意に解し、『完訳』は「源氏の手紙を読んだまま」の意に解す。
2.2.11 注釈238 【脱ぎ捨てたまひつる御衣】 大島本は「ぬきすて給つる御そ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「捨てたまへる」と校訂する。
2.2.11 注釈239 【僧都に】 紫の君の祖母の兄。北山の僧都(「若紫」巻初出)。
2.2.11 注釈240 【思し嘆く】 大島本は「おほしなけく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かく思し嘆く」と「かく」を補訂する。以下「たてまつりたまへ」まで、僧都の祈りの内容。
2.2.12 注釈241 【去らぬ鏡】 「須磨」巻(第三段)の源氏の和歌の語句を受ける。
2.2.13 注釈242 【寄りゐたまひし真木柱】 『異本紫明抄』は「わぎもこが来ては寄り立つ真木柱そもむつましやゆかりと思へば」(出典未詳)を引歌として指摘する。
2.2.13 注釈243 【胸のみふたがりて】 『完訳』は「恋しう」に続くと注す。すると「ものをとかう」以下「ならはしたまへれば」まで挿入句となる。
2.2.13 注釈244 【忘れ草も生ひやすらむ】 『河海抄』は「恋ふれども逢ふ夜のなきは忘れ草夢路にさへや生ひ茂るらむ」(古今集恋五、七六六、読人しらず)を引歌として指摘する。
2.2.14 注釈245 【入道宮にも、春宮の御事により】 藤壺、朧月夜・紫の君からの返書を語る。
2.2.14 注釈246 【いかが浅く思されむ】 大島本は「あさく」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「浅くは」と係助詞「は」を補訂する。語り手の推測。
2.2.14 注釈247 【すこし情けあるけしき見せば】 以下「出づることもこそ」まで、藤壺の心中。
2.2.14 注釈248 【かばかり憂き世の】 大島本「かはかり」とあるが、独自異文。青表紙諸本「かはかりに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は「かばかりに」と校訂する。以下「もて隠しつるぞかし」まで、藤壺の心中。ただし、それを受ける引用句なし。『完訳』は「直接話法の心内」という。
2.2.14 注釈249 【人の御おもむけ】 「人」は源氏をさす。
2.2.14 注釈250 【あはれに恋しうも、いかが思し出でざらむ】 『細流抄』は「草子地ことはる也」と指摘。『完訳』は「心内語から、語り手の推測に転じて、源氏と隔った今、ひとり源氏への感動を反芻する心中と推測」と注す。
2.2.15 注釈251 【このころは】 以下和歌の終わりまで、藤壺の手紙。
2.2.16 注釈252 【塩垂るることをやくにて松島に--年ふる海人も嘆きをぞつむ】 藤壺の返歌。「役」と「焼く」、「松島」の「まつ」に「待つ」、「海人」と「尼」、「嘆き」と「投げ木」を掛ける。「投げ木」とは「積む」の縁語。『新大系』は「四方の海に塩焼くあまの心からやくとはかかるなげきをやつむ」(紫式部集)を指摘。
2.2.18 注釈253 【浦にたく海人だにつつむ恋なれば--くゆる煙よ行く方ぞなき】 「海人だに」と「数多に」、「恋」の「ひ」に「火」、「燻ゆる」に「悔ゆる」を掛ける。以下「えなむ」まで、朧月夜からの手紙。
2.2.19 注釈254 【さらなることどもは、えなむ】 和歌に添えた言葉。「えなむ」の下に「書き続けぬ」などの語句が省略されている。
2.2.20 注釈255 【いささか書きて】 大島本は「いさゝかかきて」とあるが、独自異文。青表紙諸本「いさゝかにて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は「いささかにて」と校訂する。
2.2.20 注釈256 【思し嘆くさまなど、いみじう言ひたり】 中納言の私信の中に。
2.2.22 注釈257 【浦人の潮くむ袖に比べ見よ--波路へだつる夜の衣を】 紫の君の返歌。「浦人」は源氏をいう。
2.2.23 注釈258 【今は他事に】 以下「あるべきものを」まで、源氏の心中。
2.2.23 注釈259 【なほ忍びてや迎へまし】 源氏の心中。
2.2.23 注釈260 【なぞや、かく憂き世に、罪をだに失はむ】 源氏の心中。『完訳』は「せめて仏罰だけでも消滅させよう。無実の謫居生活に、藤壺と深くかかわらねばならなかった罪業を贖おうとする」と注す。
2.2.24 注釈261 【おのづから逢ひ見てむ】 以下「うしろめたうはあらず」まで、源氏の心中。
2.2.24 注釈262 【なかなか、子の道の惑はれぬにやあらむ】 『異本紫明抄』は「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を引歌として指摘する。「にやあらむ」は語り手の源氏の心を推量。『完訳』は「夫婦仲よりもかえって、親子の道には迷わぬのか、とする語り手の評、夫婦愛を強調」と注す。

第三段 伊勢の御息所へ手紙

2.3.1 注釈263 【まことや、騒がしかりしほどの紛れに漏らしてけり】 「まことや」は話題転換の常套表現。「書き漏らしてけり」は語り手の弁明。『一葉抄』は「記者詞也」と指摘。六条御息所や花散里との手紙のやりとりを語る。
2.3.2 注釈264 【なほうつつとは】 以下「なり果つべきにか」まで、御息所の手紙。
2.3.2 注釈265 【明けぬ夜の心惑ひかと】 『完訳』は「無明長夜の闇、煩悩に迷っているのか。自身の源氏への執心」と注す。
2.3.2 注釈266 【年月隔てたまはじ】 大島本は「とし月」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「年月は」と係助詞「は」を補訂する。
2.3.3 注釈267 【うきめかる伊勢をの海人を思ひやれ--藻塩垂るてふ須磨の浦にて】 御息所の返歌。「浮き布」に「憂き目」を掛ける。
2.3.6 注釈268 【伊勢島や潮干の潟に漁りても--いふかひなきは我が身なりけり】 御息所の独詠歌。「貝」に「効」を掛ける。『完訳』は「己が不毛の人生を、漁りがいのない潟の景として形象。前歌では源氏と自分を対比的に詠み、これは自己のみを詠嘆」と注す。
2.3.8 注釈269 【あはれに思ひきこえし人を】 以下「別れたまひにし」まで、源氏の心中。
2.3.8 注釈270 【ひとふし憂しと】 生霊事件をさす(「葵」巻)。
2.3.9 注釈271 【いみじうめでたし】 御息所の使者の感嘆。
2.3.9 注釈272 【御返り書きたまふ、言の葉、思ひやるべし】 語り手の読者への語りかけ。『岷江入楚』所引三光院実枝説「草子の地なり」と指摘。『集成』は「草子地。以下、歌の前後の文章だけをしるした趣」と指摘。『完訳』は「語り手の推測」と注す。 【書きたまふ言の葉】-『集成』は「書きたまふ言の葉」と一文に続け、『完訳』は「書きたまふ。言の葉」云々と文を切る。
2.3.10 注釈273 【かく世を離るべき身と】 以下「心地しはべれ」まで、源氏の御息所への返書。
2.3.10 注釈274 【思ひたまへましかば--ましものを】 反実仮想の表現。
2.3.11 注釈275 【伊勢人の波の上漕ぐ小舟にも--うきめは刈らで乗らましものを】 『異本紫明抄』は「伊勢人はあやしき者をや何どてへば小舟に乗りてや波の上を漕ぐや波の上漕ぐや」(風俗歌・伊勢人)を指摘する。「うきめ」に「浮き布」と「憂き目」を掛ける。
2.3.12 注釈276 【海人がつむなげきのなかに塩垂れて--いつまで須磨の浦に眺めむ】 源氏の返歌。御息所の第二首に応える。「なげき」に「嘆き」と「投げ木」を掛ける。
2.3.15 注釈277 【御心々見たまふ】 大島本は「御心/\見給ふ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御心ごころ見たまふは」と係助詞「は」を補訂する。姉麗景殿女御と花散里の心。
2.3.16 注釈278 【荒れまさる軒のしのぶを眺めつつ--しげくも露のかかる袖かな】 花散里の贈歌。「偲ぶ」と「忍(草)」、「長雨」と「眺め」の掛詞。「忍(草)」と「露」は縁語。「軒の忍(草)」は荒廃した邸を象徴し、「露」は「涙」を連想させる。
2.3.17 注釈279 【げに、葎よりほかの後見もなきさまにておはすらむ】 源氏の心中。『集成』は「葎が門を閉ざすという表現が和歌にあり、それが用心堅固だという気持で「後見」という」と注す。
2.3.17 注釈280 【長雨に築地所々崩れて】 季節が長雨の頃に推移。

第四段 朧月夜尚侍参内する

2.4.1 注釈281 【尚侍の君は、人笑へに】 朧月夜、源氏との関係が世間に知られて参内停止になっている。
2.4.1 注釈282 【宮にも内裏にも奏したまひければ】 「宮」は弘徽殿大后をいう。
2.4.1 注釈283 【限りある】 以下「出で来しか」まで、挿入句。「奏しければ」「許され給て」と文脈は続く。「限りある」とは、帝の後宮の后妃の一人としての意。尚侍は妃ではなく公職の人なのだという帝の心意を語る文。
2.4.1 注釈284 【公ざまの宮仕へ】 尚侍は内侍司の長官という公職の人である意。
2.4.1 注釈285 【思し直り】 主語は朱雀帝。
2.4.1 注釈286 【かの憎かりしゆゑこそ、いかめしきことも出で来しか】 源氏との一件から参内停止という処置をとったのだが。「こそ--出で来しか」係結び、逆接用法。連用中止で、下に、源氏が退去した今となっては、朧月夜一人に辛く当たる必要はない、という意が省略。
2.4.2 注釈287 【七月になりて参りたまふ】 季節は秋七月に移る。朧月夜参内を許される。
2.4.2 注釈288 【いみじかりし御思ひの名残なれば】 帝の大変な御寵愛が今に失せない人なので。
2.4.2 注釈289 【例の、主上につとさぶらはせたまひて、よろづに怨み、かつはあはれに契らせたまふ】 帝と朧月夜との関係は形の上で元のごとく復活。「例の」「つと」とあることに注意。
2.4.3 注釈290 【御さま容貌もいとなまめかしうきよらなれど】 『集成』と『新大系』は帝の容貌や姿態の美しさと解す。『完訳』は「以下、語り手は朧月夜の美貌から、源氏との思い出に生きる心中に転じ、畏れ多い心と評す」と注す。
2.4.3 注釈291 【思ひ出づることのみ多かる心のうちぞ、かたじけなき】 朧月夜の心中。「心のうちぞ」以下、語り手の批評。『首書源氏物語』所引「或抄」は「朧月夜の心中を地より云也」と指摘。『完訳』も「語り手は--評す」と注す。
2.4.4 注釈292 【その人のなきこそ】 以下「心地するかな」まで、帝の詞。源氏のいないことをさびしがる。
2.4.4 注釈293 【院の思しのたまはせし御心を違へつるかな。罪得らむかし】 帝の詞。桐壺院の遺言に背いてしまったことをいう。「賢木」巻にその遺言が語られている。
2.4.5 注釈294 【え念じたまはず】 主語は朧月夜。
2.4.6 注釈295 【世の中こそ、あるにつけても】 以下「人の言ひ置きけむ」まで、帝の詞。厭離思想。
2.4.6 注釈296 【さもなりなむに】 「さ」は死ぬことをさす。
2.4.6 注釈297 【いかが思さるべき】 主語は朧月夜。自分との死別を源氏との生別離に比較して問う。
2.4.6 注釈298 【近きほどの別れ】 源氏との生別離をさす。
2.4.6 注釈299 【生ける世にとは】 『源氏釈』は「恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人の見まくほしけれ」(拾遺集恋一、六八五、大伴百世)を引歌として指摘する。『集成』は「あなたの心は源氏のことでいっぱいだから、「生きているこの世で」と思っても、何にもならぬことなのだ、古歌は私のような場合のあることを知らないのだ、の意」と注す。
2.4.8 注釈300 【さりや。いづれに落つるにか】 帝の詞。
2.4.10 注釈301 【今まで御子たちのなきこそ】 以下「心苦しう」まで、帝の詞。
2.4.11 注釈302 【世を御心のほかにまつりごちなしたまふ人びと】 大島本は「人/\」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人」と校訂する。政治を帝の御意に反して行う人々。

第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語


第一段 須磨の秋

3.1.1 注釈303 【須磨には、いとど心尽くしの秋風に】 須磨の秋の侘住まいのさま。『異本紫明抄』は「木の間よりもり来る月の影見れば心づくしの秋は来にけり」(古今集秋上、一八四、読人しらず)を引歌として指摘する。以下、和歌的修辞が続く。
3.1.1 注釈304 【行平中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ】 『源氏釈』は、「旅人は袂涼しくなりにけり関吹き越ゆる須磨の浦波(続古今集、羈旅、中納言行平)又、「秋風の関吹き越ゆるたびごとに声うちそふる須磨の浦波」(忠見集)を指摘する。
3.1.1 注釈305 【浦波、夜々は】 『集成』は「「浦波」が「寄る寄る」に「夜々」を言い掛ける歌語的表現」と注し、さらに「住吉の岸の白波よるよるはあまのよそめに見るぞ悲しき」(後撰集恋一、五六一、読人しらず)を引歌として指摘する。
3.1.2 注釈306 【枕をそばだてて】 『源氏釈』は「遺愛寺鐘欹枕聴香鑪峯雪撥簾看」(白氏文集巻十六、律詩)を指摘する。
3.1.2 注釈307 【枕浮くばかり】 『異本紫明抄』は「独り寝の床にたまれる涙には石の枕も浮きぬべらなり」(古今六帖五、まくら)を引歌として指摘する。
3.1.3 注釈308 【恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は--思ふ方より風や吹くらむ】 源氏の独詠歌。『異本紫明抄』は「浪立たば沖の玉藻も寄り来べく思ふ方より風は吹かなむ」(玉葉集、雑二、凡河内躬恒)を引歌として指摘する。
3.1.4 注釈309 【あいなう】 『完訳』は「語り手の評言」と注す。
3.1.5 注釈310 【げに、いかに思ふらむ】 以下「かく惑ひあへる」まで、源氏の心中。
3.1.5 注釈311 【いとかく】 以下「思ふらむ」まで、源氏の心中。
3.1.5 注釈312 【昼は何くれとうちのたまひ紛らはし】 大島本は「ひるハなにくれとうちの給る(る&ひ)まきらハし」とある。『新大系』は底本のあっまとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「昼は何くれと戯れ言うちのたまひ紛らはし」と「戯れ言」を補訂する。
3.1.6 注釈313 【げに及ばぬ磯のたたずまひ】 『集成』は「なるほど、話の通りに筆も及ばぬすばらしい海辺の景色を」の意に解し、『完訳』は「京からは想像も及ばない」の意に解す。
3.1.7 注釈314 【このころの上手にすめる】 以下「仕うまつらせばや」まで、供人の詞。
3.1.7 注釈315 【千枝、常則】 千枝、常則は村上天皇時代の高名な絵師。
3.1.9 注釈316 【たたずみたまふさま】 大島本は「さま」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御さま」と「御」を補訂する。
3.1.9 注釈317 【紫苑色など】 『集成』は「一番上に重ね着た袿の色」と解すのに対し、『完訳』は「指貫であろう」と解す。
3.1.10 注釈318 【釈迦牟尼仏の弟子】 源氏の詞。勤行を始める前の名乗り。「迦牟尼仏の弟子、源の某(源氏の名)」云々と名乗る。
3.1.12 注釈319 【雁の連ねて鳴く声、楫の音にまがへるを】 『完訳』は「晴虹橋影出秋雁櫓声来」(白氏文集巻五十四、河亭晴望詩)を指摘する。
3.1.12 注釈320 【涙こぼるるを】 大島本は「涙こほるゝ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「涙の」と格助詞「の」を補訂する。
3.1.12 注釈321 【映えたまへる】 大島本は「はえ給へる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「映えたまへるは」と係助詞「は」を補訂する。
3.1.12 注釈322 【女恋しき人びと】 大島本は「女こひしき人/\」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「人々の」と格助詞「の」を補訂する。
3.1.13 注釈323 【初雁は恋しき人の列なれや--旅の空飛ぶ声の悲しき】 源氏の歌。南下してきた「初雁」に自分の身の上を喩え、旅の寂寥を詠む。
3.1.15 注釈324 【かきつらね昔のことぞ思ほゆる--雁はその世の友ならねども】 良清の唱和歌。源氏の歌の「つらなれや」を受けて「かきつらね」と詠む。「昔」の栄えばえしい昔日を回想。
3.1.17 注釈325 【心から常世を捨てて鳴く雁を--雲のよそにも思ひけるかな】 民部大輔の唱和歌。源氏の栄えばえしい時代であった良清の歌の「その世」を「常世」といい、それを捨てて来た源氏の心が理解できるという。
3.1.19 注釈326 【常世出でて旅の空なる雁がねも--列に遅れぬほどぞ慰む】 前右近将監の唱和歌。民部大輔の「常世」をそのまま用い、源氏の「つらなれや」を「つらに後れぬ」と連環させて詠む。源氏と一緒にいることで心慰められるという。
3.1.20 注釈327 【友まどはしては、いかにはべらまし】 前右近尉の歌に添えた言葉。主語は自分。
3.1.21 注釈328 【親の常陸になりて】 常陸介、すなわち空蝉の夫。紀伊守の弟。「関屋」巻参照。

第二段 配所の月を眺める

3.2.1 注釈329 【今宵は十五夜なりけり】 源氏の心中。
3.2.1 注釈330 【所々眺めたまふらむかし】 源氏の心中。「眺め」の主語は、都の女性たち。
3.2.2 注釈331 【二千里外故人心】 「三五夜中新月色二千里外故人心」(白氏文集巻十四、律詩)の詩句。
3.2.3 注釈332 【霧や隔つる】 藤壺の詠んだ歌「九重に霧やへだつる雲の上の月を遥かに思ひやるかな」(「賢木」)の文句。一昨年の九月二十日のことである。
3.2.4 注釈333 【夜更けはべりぬ】 供人の詞。
3.2.6 注釈334 【見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ--月の都は遥かなれども】 源氏の独詠歌。『完訳』は「「月の都」に帝都の意をもこめる。「月」はここでも皇統の象徴」と注す。
3.2.7 注釈335 【その夜】 『集成』は「藤壺が「霧や隔つる」と詠んだその同じ夜」と注す。
3.2.8 注釈336 【恩賜の御衣は今此に在り】 源氏の詞。「去年今夜侍清涼 秋思詩篇独断腸 恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香(菅家後集、九月十日)の詩句。
3.2.9 注釈337 【身を放たず】 大島本は「身をはなたす」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「を」を削除する。
3.2.10 注釈338 【憂しとのみひとへにものは思ほえで--左右にも濡るる袖かな】 源氏の独詠歌。「ひとへ」は「偏に」と「単衣」の掛詞。「左」「右」は「袖」の縁語。『完訳』は「帝寵ゆえの涙と、勅勘ゆえの涙で濡れる意」と注す。

第三段 筑紫五節と和歌贈答

3.3.1 注釈339 【そのころ、大弐は上りける】 大宰大弍、上京の折に源氏を見舞う。「ける」連体中止形。余韻を残して次の文脈に掛かっていく表現。
3.3.1 注釈340 【大将かくておはす】 大弍の従者の詞。「大将」は源氏をさす。
3.3.1 注釈341 【あいなう】 語り手の感情移入の語。無駄なことなのにの意。
3.3.1 注釈342 【五節の君は】 「花散里」巻に初出。
3.3.2 注釈343 【帥】 長官が任地に赴任せず、次官が当地で実質上の長官の任務を遂行する場合は、その長官名をもって呼称されることがある。
3.3.3 注釈344 【いと遥かなるほどより】 以下「参りはべらむ」まで、大弍の挨拶。
3.3.4 注釈345 【子の筑前守】 大弍の子の筑前守。五節の兄。
3.3.4 注釈346 【この殿の、蔵人になし】 源氏が蔵人に任官させて目をかけてやった人という。
3.3.5 注釈347 【都離れて後】 以下「ものしたること」まで、源氏の詞。
3.3.6 注釈348 【御返りもさやうになむ】 大弍への返書。
3.3.7 注釈349 【御ありさま語る】 大島本は「御ありさまかたる」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「語るに」と接続助詞「に」を補訂する。
3.3.8 注釈350 【琴の音に弾きとめらるる綱手縄--たゆたふ心君知るらめや】 五節の贈歌。「ひき」に「引き」と「弾き」を掛ける。『集成』は「つなてなは」と清音、『完訳』は「つなでなは」と濁音に読む。
3.3.9 注釈351 【好き好きしさも、人な咎めそ】 歌に添えた文句。「人なとがめそ」は、「いでわれを人なとがめそ大船のゆたのたゆたに物思ふころぞ」(古今集恋一、五〇八、読人しらず)の第二句。
3.3.11 注釈352 【心ありて引き手の綱のたゆたはば--うち過ぎましや須磨の浦波】 源氏の返歌。「引き」「綱」「たゆたふ」「心」の語句を用いて返す。
3.3.12 注釈353 【いさりせむとは思はざりしはや】 歌に添えた文句。「いさりせむと」は、「思ひきや鄙の別れに衰へて海人の縄たきいさりせむとは」(古今集雑下、九六一、小野篁)の第五句。
3.3.13 注釈354 【駅の長に句詩取らする】 菅原道真が左遷されて西に向かう途上、明石の駅で、その駅長に詩句を与えた故事をさす。その詩句は「駅長莫驚時変改一栄一落是春秋」(大鏡、時平伝)。「くし」について、『集成』は「句詩」説、『完訳』は「口詩」説をとる。

第四段 都の人々の生活

3.4.1 注釈355 【都には、月日過ぐるままに】 都の人々の動向。
3.4.1 注釈356 【春宮は、まして】 帝以上にの意。
3.4.1 注釈357 【忍びて泣きたまふ】 大島本は「しのひてなき給ふ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「泣きたまふを」と接続助詞「を」を補訂して文を続ける。
3.4.1 注釈358 【御乳母、まして命婦の君】 東宮の御乳母と王命婦。
3.4.3 注釈359 【御兄弟の親王たち】 源氏の御兄弟の親王たち。
3.4.3 注釈360 【とぶらひきこえたまふなどありき】 手紙によるお見舞い。
3.4.3 注釈361 【あはれなる文を作り交はし】 漢詩文をさす。
3.4.4 注釈362 【朝廷の勘事なる人は】 以下「追従する」まで、弘徽殿大后の詞。
3.4.4 注釈363 【この世のあぢはひをだに知ること難うこそ】 『完訳』は「日々の食事さえ味わい難いが」と注す。
3.4.4 注釈364 【かの鹿を馬と言ひけむ人のひがめるやうに追従する】 秦の趙高の故事。謀叛をたくらむ趙高が二世皇帝に馬といって鹿を献上し、帝の前で、それが馬か鹿かを帝臣に答えさせて、自分にへつらう者とそうでないない者を見分けて、そうでない者を処罰した。「追従する」の主語は都の人々。
3.4.5 注釈365 【わづらはしとて、消息聞こえたまふ人なし】 大島本は「わつらハしとてせうそこきこえ給ふ人なし」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「絶えて消息聞こえたまふ人なし」と副詞「絶えて」を補訂する。
3.4.6 注釈366 【東の対にさぶらひし人びと】 二条院の東対。源氏づきの女房たち。
3.4.6 注釈367 【などかさしも】 源氏づきの女房たちの心中。
3.4.6 注釈368 【なべてならぬ際の人びとには、ほの見えなどしたまふ】 『集成』は「几帳などに隠れて、容易に姿を見せないのを嗜みとした」と注す。『完訳』は「上臈の女房。源氏の召人、中務・右近なども含まれよう」という。
3.4.6 注釈369 【そこらのなかにすぐれたる御心ざしもことわりなりけり】 女房たちの心中。

第五段 須磨の生活

3.5.1 注釈370 【かの御住まひには、久しくなるままに】 須磨の源氏の生活。
3.5.1 注釈371 【我が身だにあさましき】 以下「つきなからむ」まで、源氏の心中を地の文に織り込んだ表現。『集成』は「「いかでかは、うち具しては」「つきなからむ」と、思案の浮ぶままを言葉にした文章」といい、『完訳』は「以下、源氏の心内を直接話法で語るが、「つきなからむさま」以下、間接話法に移る」と注す。
3.5.1 注釈372 【見たまへ知らぬ】 『集成』は「「見たまへ知らぬ」は「見たまひ知らぬ」の誤りか」とし、『完訳』は「この謙譲語、不審。源氏のことを存じあげぬ下人をも、の意か」と注し、訳文でも「今まで君のことをまるで理解申しあげない下人のことをも」と訳す。
3.5.1 注釈373 【めざましうかたじけなう】 『集成』は「源氏が、自らをいとおしむ気持」と注す。
3.5.1 注釈374 【これや海人の塩焼くならむ】 源氏の心中。「須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり」(古今集恋四、七〇八、読人しらず)を想定する。
3.5.1 注釈375 【後の山に、柴といふものふすぶるなりけり】 『完訳』は「柴たく山里の晩秋である」と注す。季節の推移を語る表現。
3.5.2 注釈376 【山賤の庵に焚けるしばしばも--言問ひ来なむ恋ふる里人】 源氏の独詠歌。「山賤の--柴」は「しばしば」に掛かる序詞。「柴々」と「屡」の掛詞。「山賤」と「里人」(都の人)の対。
3.5.3 注釈377 【冬になりて雪降り荒れたるころ、空のけしきもことにすごく眺めたまひて】 須磨の冬。雪の降り荒れる空模様。源氏の心象風景でもある。 【空のけしきもことにすごく眺めたまひて】-『完訳』は「「すごく」は、上からは述語として、下へは連用修飾として続く」と注す。
3.5.3 注釈378 【遊びたまふ】 『完訳』は「冬の管弦の遊びは異例」と注す。
3.5.4 注釈379 【昔、胡の国に遣しけむ女を思しやりて】 王昭君の故事。『西京雑記』『和漢朗詠集』に見える。
3.5.4 注釈380 【ましていかなりけむ】 以下「放ちやりたらむ」まで、源氏の心中。「まして」は漢帝の心中をさす。
3.5.4 注釈381 【我が思ひきこゆる人】 『集成』は「いとしくお思い申す紫の上」と注す。一般論としても解せる。
3.5.4 注釈382 【あらむことのやうに】 「む」推量の助動詞、推量の意。将来実際起こってきそうなの意。
3.5.5 注釈383 【霜の後の夢】 「胡角一声霜後夢 漢宮万里月前腸」(和漢朗詠集、王昭君、大江朝綱)の詩句。
3.5.7 注釈384 【はかなき旅の御座所】 大島本は「おまし所」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御座所は」と係助詞「は」を補訂する。
3.5.7 注釈385 【床の上に夜深き空も見ゆ】 「向暁簾頭生白露 終宵床底見青天」(和漢朗詠集、故宮付故宅、三善善宗)を踏まえる。
3.5.8 注釈386 【ただ是れ西に行くなり】 源氏の独語。「天廻玄鑑雲将霽 唯是西行不左遷」(菅家後集、代月答)を踏まえる。
3.5.10 注釈387 【いづ方の雲路に我も迷ひなむ--月の見るらむことも恥づかし】 源氏の独詠歌。
3.5.12 注釈388 【友千鳥諸声に鳴く暁は--ひとり寝覚の床も頼もし】 源氏の独詠歌。 『新大系』は「雲路をも知らぬ我さへ諸声に今日ばかりとぞ泣きかへりぬる」(後撰集雑四、一二七六、読人しらず)を参考歌として指摘。
3.5.14 注釈389 【御念誦】 大島本は「(+御イ、イ#)ねんす」とある。異本に拠って「御」を補い、後に「イ」ヲ擦り消した。『新大系』はその補訂に従う。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「念誦」のままとする。

第六段 明石入道の娘

3.6.1 注釈390 【明石の浦は、ただはひ渡るほどなれば】 「はひ渡る」は歩いて行けるほどの距離というニュアンス。当時の貴族女性は膝行していたのでこのような表現が生まれた。
3.6.1 注釈391 【父入道】 大島本は「ちゝ入道」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「父の入道」と格助詞「の」を補訂する。
3.6.2 注釈392 【聞こゆべきこと】 以下「対面もがな」まで、明石入道の詞。
3.6.3 注釈393 【うけひかざらむものゆゑ】 以下「をこなるべし」まで、良清の心中。
3.6.4 注釈394 【世に知らず心高く思へるに】 以下、明石入道について語る。
3.6.4 注釈395 【さも思はで】 「さ」は「国の内は守の縁のみこそかしこきことにすめれど」をさす。
3.6.5 注釈396 【桐壺の更衣の御腹の、源氏の光る君こそ】 以下「この君にたてまつらむ」まで、明石入道の詞。
3.6.5 注釈397 【ものしたまふなれ】 「なれ」伝聞推量の助動詞。
3.6.5 注釈398 【吾子の御宿世にて】 「吾子」は、わが子をいとしんで呼ぶ言葉。
3.6.5 注釈399 【おぼえぬこと】 『完訳』は「源氏の流離を、わが娘の宿縁ゆえとする点に注意。源氏との結婚を確信して、娘を「御」と敬う」と注す。
3.6.5 注釈400 【この君にをたてまつらむ】 大島本は「この君にをたてまつらむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「を」を削除する。「を」は間投助詞。
3.6.7 注釈401 【あな、かたはや】 以下「心とどめたまひてむや」まで、母君の詞。
3.6.7 注釈402 【帝の御妻さへあやまちたまひて】 大島本は「みかとの御めさへ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「帝の御妻をさへ」と格助詞「を」を補訂する。朧月夜尚侍との事件をさす。
3.6.7 注釈403 【騒がれたまふなる】 「なる」伝聞推量の助動詞。
3.6.9 注釈404 【え知りたまはじ】 以下「おはしまさせむ」まで、入道の詞。
3.6.10 注釈405 【心をやりて言ふも】 『集成』は「調子づいて」の意に解し、『完訳』は「おかまいなしに言うのも」の意に解す。
3.6.11 注釈406 【などか、めでたくとも】 以下「あるまじきことなり」まで、母君の詞。
3.6.11 注釈407 【ものの初めに】 『集成』は「結婚の門出に」の意に解す。
3.6.11 注釈408 【心をとどめたまふべくはこそあらめ】 係結び。逆接用法。『完訳』は「源氏が心をとめてくれるならまだしも、の意」と注す。
3.6.12 注釈409 【いといたくつぶやく】 『集成』は「母親の言い分にはっきり反対できないでいる様子」。『完訳』は「自信なげにつぶやく。妻の現実に根ざした説得力に圧倒される」と指摘。
3.6.13 注釈410 【罪に当たることは】 以下「思し捨てじ」まで、入道の詞。源氏と明石入道との血縁関係を説く。
3.6.13 注釈411 【何ごとも人にことになりぬる人】 大島本は「なに事も人に」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「何ごとにも」と格助詞「に」を補訂する。
3.6.13 注釈412 【故母御息所は、おのが叔父にものしたまひし按察使大納言の娘なり】 大島本は「按察大納言のむすめ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「御むすめ」と「御」を補訂する。桐壺更衣が叔父按察大納言の娘で、源氏はその子。すなわち、源氏は自分のいとこの子である、という。
3.6.15 注釈413 【げに、やむごとなき人に】 入道が言うようにの意。
3.6.16 注釈414 【高き人は、我を】 以下「海の底にも入りなむ」まで、明石君の心中。
3.6.16 注釈415 【さらに見じ】 主語は明石君。

第四章 光る源氏の物語 信仰生活と神の啓示の物語


第一段 須磨で新年を迎える

4.1.1 注釈416 【須磨には、年返りて】 須磨で新年を迎える。源氏、二十七歳。
4.1.1 注釈417 【植ゑし若木の桜ほのかに咲き初めて、空のけしきうららかなるに】 二月中旬頃であろうか。
4.1.2 注釈418 【二月二十日あまり】 須磨での現時点をさす。
4.1.2 注釈419 【京を別れし時】 前に「三月二十日あまりのほどになむ都離れたまひける」とあった。
4.1.2 注釈420 【南殿の桜、盛りになりぬらむ】 大島本は「南殿のさくらさかりに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「桜は盛りに」と係助詞「は」を補訂する。「らむ」推量の助動詞、視界外の推量。以下「誦じたまひし」まで、源氏の心中文であるが、その引用句がなく、地の文に流れている。
4.1.2 注釈421 【一年の花の宴に】 源氏、二十歳の春、「二月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせたまふ」(花宴)とあった。ちょうど同じ時期。
4.1.3 注釈422 【いつとなく大宮人の恋しきに--桜かざしし今日も来にけり】 源氏の独詠歌。都を恋うる歌。「ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ」(和漢朗詠集、春興、赤人)を踏まえる。
4.1.4 注釈423 【ことの聞こえありて罪に当たるともいかがはせむ】 宰相中将の心中。
4.1.5 注釈424 【うち見るより、めづらしううれしきにも】 源氏と宰相中将の二人が主語。
4.1.5 注釈425 【ひとつ涙ぞこぼれける】 「嬉しきも憂きも心は一つにて分れぬものは涙なりけり」(後撰集雑二、一一八八、読人しらず)を踏まえる。
4.1.6 注釈426 【住まひたまへるさま、言はむかたなく唐めいたり】 以下、宰相中将の目を通して語る。
4.1.6 注釈427 【竹編める垣しわたして、石の階、松の柱】 『白氏文集』の「五架三間新草堂 石階松柱竹編墻」の表現を踏まえた造り。
4.1.7 注釈428 【ゆるし色の黄がちなるに】 「聴色」は誰が着てもよい色。
4.1.8 注釈429 【調度も】 大島本は「てうとも」とある。『集成』『新大系』は底本のままとする。『古典セレクション』は諸本に従って「調度ども」と校訂する。
4.1.8 注釈430 【双六盤】 大島本は「こすくろくはむ」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「双六の盤」と格助詞「の」を補訂する。
4.1.9 注釈431 【心の行方は同じこと。何か異なる】 源氏の心中。
4.1.9 注釈432 【御衣どもなどかづけさせたまふを、生けるかひありと思へり】 「かづく」「かひ」など海人に関係ある語句を選んで表現。「させ」使役の助動詞。
4.1.10 注釈433 【飛鳥井】 「飛鳥井(あすかひ)に宿りはすべしやおけ蔭もよしみもひもさむし御秣もよし」(催馬楽)という歌詞。「御馬ども近う立てて--稲取り出て飼ふなど」という実景から、歌い出したもの。
4.1.11 注釈434 【若君の】 以下「思し嘆く」まで、宰相中将の詞。
4.1.12 注釈435 【尽きすべくもあらねば、なかなか片端もえまねばず】 語り手の省筆の弁。『弄花抄』は「記者筆也」と指摘。
4.1.14 注釈436 【酔ひの悲しび涙そそく春の盃の裏】 『白氏文集』律詩の「酔悲灑涙春盃裏 吟苦支頤暁燭前」の詩句。
4.1.17 注釈437 【故郷をいづれの春か行きて見む--うらやましきは帰る雁がね】 源氏の宰相中将への贈歌。『菅家後集』「聞旅雁」の「我為遷客汝来賓 共是蕭々旅漂身 欹枕思量帰去日 我知何歳汝明春」を踏まえる。
4.1.19 注釈438 【あかなくに雁の常世を立ち別れ--花の都に道や惑はむ】 宰相中将返歌。「雁」に「仮」を掛ける。
4.1.20 注釈439 【都の苞など】 宰相中将が都から持ってきたみやげの品々。
4.1.20 注釈440 【黒駒たてまつりたまふ】 『河海抄』は「よそにありて雲居に見ゆる妹が家に早く到らむ歩め黒駒」(拾遺集恋四、九一〇、人麿)、「我が帰る道の黒駒心あらば君は来ずともおのれ嘶け」(拾遺集恋四、九一一、読人しらず)を引歌として指摘する。
4.1.21 注釈441 【ゆゆしう思されぬべけれど】 以下「嘶えぬべければ」まで、源氏の詞。
4.1.21 注釈442 【風に当たりては、嘶えぬべければ】 『文選』古詩十九首の「胡馬依北風 越鳥巣南枝」を踏まえる。『集成』は「中将の帰路を祝った言葉」と注す。
4.1.23 注釈443 【形見に偲びたまへ】 『集成』は源氏の詞と解し、『完訳』は宰相中将の詞と解す。
4.1.26 注釈444 【いつまた対面は」--と申したまふに】 大島本は「いつ又たいめむハと申給に」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「いつまた対面たまはらんとすらん。さりともかくやは」と申したまふに」と校訂する。
4.1.28 注釈445 【雲近く飛び交ふ鶴も空に見よ--我は春日の曇りなき身ぞ】 源氏の歌。以下「思ひはべらぬ」まで、源氏の詞。
4.1.29 注釈446 【かくなりぬる人】 大島本は「かくなりぬる人」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「かくなりぬる人は」と係助詞「は」を補訂する。
4.1.31 注釈447 【たづかなき雲居にひとり音をぞ鳴く--翼並べし友を恋ひつつ】 宰相中将の返歌。『集成』は「たつかなき」とすべて清音に、『新大系』は「たづかなき」と「づ」を濁音に、『古典セレクション』は「たづがなき」と「づが」を濁音に読む。「たつかなき」は「たつきなき」と同意。「田鶴が鳴き」を掛ける。 【翼並べし】-『史記』「留侯世家」の「羽翼已成」を踏まえた表現。
4.1.32 注釈448 【いとしもと悔しう】 『源氏釈』は「思ふとていとこそ人になれざらめしかならひてぞ見ねば恋しき」(拾遺集恋四、九〇〇、読人しらず)を引歌として指摘する。
4.1.32 注釈449 【折多く」--など】 大島本は「おりおほくなと」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「多くなむと」と「む」を補訂する。

第二段 上巳の祓と嵐

4.2.2 注釈450 【今日なむ】 以下「御禊したまふべき」まで、供人の詞。
4.2.3 注釈451 【見たまふに】 大島本は「見給ふに」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「見たまふにも」と係助詞「も」を補訂する。
4.2.4 注釈452 【知らざりし大海の原に流れ来て--ひとかたにやはものは悲しき】 源氏の独詠歌。「一方」と「人形」の掛詞。
4.2.7 注釈453 【八百よろづ神もあはれと思ふらむ--犯せる罪のそれとなければ】 源氏の独詠歌。身の潔白を訴え、八百万の神に同情を乞う。
4.2.8 注釈454 【肱笠雨とか降りきて】 「肱笠雨」は催馬楽の「妹が門」に「妹が門夫が門行き過ぎかねてや我が行かべ肱笠の雨もや降らなむ死出田長雨宿り宿りてまからむ死出田長」とある語句。
4.2.8 注釈456 【さる心もなきに】 暴風雨に対する用意。
4.2.8 注釈455 【波いといかめしう立ちて】 大島本は「たちて」とある。『新大系』は底本のままとする。『集成』『古典セレクション』は諸本に従って「立ち来て」と「来」を補訂する。
4.2.8 注釈457 【足をそらなり】 『古典セレクション』は「「足をそら(空)なり」は慣用表現。地に足がつかず、あわてふためくさま」と注す。「殿のうちの人、足をそらにて思ひまどふ」(夕顔)。
4.2.8 注釈458 【たどり来て】 『完訳』は「手探りでやって来て」と注す。
4.2.9 注釈459 【かかる目は見ずもあるかな】 以下「めづらかなり」まで、供人たちの詞。
4.2.11 注釈460 【雨の脚当たる所、徹りぬべく】 『集成』は「雨の降るのが白く糸を引いたようになる様をいう」と注す。
4.2.13 注釈461 【多く立てつる願の力なるべし】 以下「まだ知らず」まで、供人たちの詞。
4.2.17 注釈462 【そのさまとも見えぬ人来て】 『集成』は「何者の姿とも判じがたい人が現れて」の意に解す。
4.2.18 注釈463 【など、宮より召しあるには参りたまはぬ】 異形の人の詞。『完訳』は「源氏は、海に呑まれかけただけに、この「宮」を離宮の意に解し、海神住吉の神殿に誘われたぐらいに直感したのであろう。なお、その源氏の理解とは別に、「宮」は宮中の意とも解しうる」と注す。
4.2.19 注釈464 【さは、海の中の】 以下「見入れたるなりけり」まで、源氏の心中。
4.2.19 注釈465 【ものめでする】 『集成』は「美しいものを大層ひどく好む」と注す。
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